(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123901
(43)【公開日】2023-09-06
(54)【発明の名称】軽負荷時高速運転クレーン
(51)【国際特許分類】
B66C 13/23 20060101AFI20230830BHJP
B66D 1/46 20060101ALI20230830BHJP
H02P 29/00 20160101ALI20230830BHJP
【FI】
B66C13/23 C
B66D1/46 E
H02P29/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022027365
(22)【出願日】2022-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】504005781
【氏名又は名称】株式会社日立プラントメカニクス
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【弁理士】
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】岸本 至康
【テーマコード(参考)】
3F204
5H501
【Fターム(参考)】
3F204AA02
3F204CA07
3F204GA01
3F204GA04
5H501AA06
5H501BB02
5H501BB05
5H501DD04
5H501FF02
5H501FF04
5H501HB07
5H501KK08
5H501LL49
(57)【要約】
【課題】加速時間軽負荷時にモータの余力を用いて高速運転を行うクレーンにおいて、高速運転からの制動距離を短縮し軽負荷時高速運転の安全性を向上させるとともに、定格速度から速度を高速に上昇させる速度制御が可能な範囲を広げることで、荷役運搬時間の更なる短縮が可能なクレーンを提供すること。
【解決手段】クレーンが吊り上げる荷重が該クレーンの定格荷重と比較して軽い時に、巻上モータのトルクが低下する定格回転数を超える回転数領域まで高速で回転させる軽負荷時の巻上速度の高速運転機能を備えたクレーンにおいて、その軽負荷時の高速運転状態から減速する時に、該巻上モータの回転数が低下するにつれて巻上モータのトルクが回復増大するのに応じて減速レートを短く変化させるようにする。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クレーンが吊り上げる荷重が該クレーンの定格荷重と比較して軽い時に、巻上モータのトルクが低下する定格回転数を超える回転数領域まで高速で回転させる軽負荷時の巻上下の速度の高速運転機能を備えたクレーンにおいて、その軽負荷時の高速運転状態から減速する時に、該巻上モータの回転数が低下するにつれて巻上モータのトルクが回復増大するのに応じて減速レートを短く変化させるようにしたことを特徴とする軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項2】
短い減速レートで減速させた時、減速終了停止の直前に減速レートを緩める機能を付加するようにしたことを特徴とする請求項1に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項3】
軽負荷時の巻上モータの加速時に、モータの余力分を用いて加速レートを短時間にセットして加速し、該モータの回転数が定格回転数を超えたところから該巻上モータが出力可能なトルクが減少するのに伴い、短時間にセットしていた加速レートを定格回転数を超えたところからの回転数の上昇に伴い加速レートを緩めることにより、短時間で加速する機能を付加するようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項4】
起動直後の加速時に一旦緩い加速レートで加速をし、その後に加速レートを短くすることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項5】
巻上の加速時は加速時間を長くし、巻下の加速時は加速時間を短くし、巻上の減速時は減速時間を短くし、巻下の減速時は減速時間を長くするようにしたことを特徴とする請求項1、2、3又は4に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項6】
巻上モータの最大出力トルク値を超えないように、トルク制限値を設定し、加速或いは減速時間を最短時間に設定することにより、軽負荷の加速時には巻上モータの余力分を用いて短時間で加速し、軽負荷の高速運転状態からの減速時には減速による巻上モータの回転数が低下するにつれて回復増大するようにモータトルクに応じて短時間で減速するようにしたことを特徴とする請求項1、2、3、4又は5に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【請求項7】
巻上モータに定格回転数が低回転のモータを用いることで、軽負荷時の高速運転の速度出力範囲を広くするようにしたことを特徴とする請求項1、2、3、4、5又は6に記載の軽負荷時高速運転クレーン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クレーンの吊荷が軽い時に、巻上モータに生まれる余力を利用して定格回転数を超えてモータを回転させ、クレーンの巻上速度の高速化を行う技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クレーンの巻上装置は、減速比の高い減速機やシーブへのワイヤーロープの掛け数により巻上速度を低速に落とすことで、比較的小さな力で重い荷役物を空中に吊り上げることを可能とし、横行或いは走行の鉄レールの上を鉄車輪を転がすことで、軽い力で水平移動ができる効率の良い荷役運搬機械となっている。
しかしながら、巻上装置の速度が低速であるため、荷役物を吊っていない時や、荷役物の荷重が軽い時には巻上の力が不要なのに巻上速度が遅く動作時間がかかり時間効率が良くないという問題があった。
この荷役物を吊っていない時や荷重が軽い時に生まれるモータの余力を利用することで巻上速度を定格速度以上に上げて荷役運搬時間を短縮し、時間効率を向上するための技術が提案されている(例えば、特許文献1~3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60―219999号公報
【特許文献2】特開平4―66498号公報
【特許文献3】特開平7-187565号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、荷役物を吊っていない時や荷重が極端に軽い時には、モータの余力と負荷だけを見ると巻上速度を定格速度の3倍とか4倍とかの速度も出せることになるが、実際にはモータの定格回転数を遥かに超える回転数でモータを回転させると、モータの回転子等の回転部分に大きな遠心力が作用する。また、吊荷を保持するための巻上ブレーキも、摺動面の速度が速くなり過ぎ、摩擦力が低下したり、振動や騒音などの問題も発生し、軽負荷時の高速運転は定格速度の2倍程度に制限しているのが現状で、それ以上の速度を出すことができなかった。
【0005】
また、軽負荷時高速運転時の制動距離は定格速度の制動距離に対して速度比の自乗倍になり、軽負荷時高速運転の速度を定格速度の2倍に上昇させた場合の制動距離は、定格速度の制動距離の4倍になり、2倍以上の速度を出して3倍の速度を出した場合の制動距離は9倍になってしまい、操作性の弊害になったり危険性を生じたりすることから、特許文献3には、定格速度を超えたところの減速度を大きくすることで制動距離を短縮するための技術が記載されている。
しかしながら、定格速度を超えたところは、モータの出力トルクが小さくなる領域であるため、特許文献3に記載されている技術を実現するためには、容量の大きなモータやインバータを使用する必要があり、コストの課題があった。
【0006】
本発明は、上記従来のクレーンの有する問題点に鑑み、加速時間軽負荷時にモータの余力を用いて高速運転を行うクレーンにおいて、高速運転からの制動距離を短縮し軽負荷時高速運転の安全性を向上させるとともに、定格速度から速度を高速に上昇させる速度制御が可能な範囲を広げることで、荷役運搬時間の更なる短縮が可能なクレーンを提供するこ
とを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の軽負荷時高速運転クレーンは、クレーンが吊り上げる荷重が該クレーンの定格荷重と比較して軽い時に、巻上モータのトルクが低下する定格回転数を超える回転数領域まで高速で回転させる軽負荷時の巻上速度の高速運転機能を備えたクレーンにおいて、その軽負荷時の高速運転状態から減速する時に、該巻上モータの回転数が低下するにつれて巻上モータのトルクが回復増大するのに応じて減速レートを短く変化させるようにしたことを特徴とする。
すなわち、軽負荷時高速運転によりモータの定格回転数を超え、モータ発生トルクが低下している回転数領域で回転している状態にある時、その状態から減速させると回転数の低下に伴いモータ発生トルクが復活上昇してくる。その回転数の低下に応じて、復活上昇するモータ発生トルクに応じて減速レートを短く変化させていくことでモータやインバータの容量を上げることなく制動距離を短くし、軽負荷時高速運転時に制動距離が長くなる課題を解決することを可能とした。
【0008】
この場合において、短い減速レートで減速させた時、減速終了停止の直前に減速レートを緩める機能を付加することで、急激な減速度による力により発生したクレーンガーダの撓みを停止直前にゆっくりと戻し、停止後のガーダの振動を少なくし、それに伴う停止後の吊荷の上下振動を抑制することができる。
【0009】
また、軽負荷時の巻上モータの加速時に、モータの余力分を用いて加速レートを短時間にセットして加速し、該モータの回転数が定格回転数を超えたところから該巻上モータが出力可能なトルクが減少するのに伴い、短時間にセットしていた加速レートを定格回転数を超えたところからの回転数の上昇に伴い加速レートを緩めることにより、短時間で加速する機能を付加するようにすることができる。
【0010】
また、起動直後の加速時に一旦緩い加速レートで加速をし、その後加速レートを短くすることで、加速時の生じるクレーンガーダの撓みをゆっくりと発生させることで、起動後のガーダの振動を少なくし、運転中の上下振動を抑制することができる。
【0011】
また、巻上の加速時は加速時間を長くし、巻下の加速時は加速時間を短くし、巻上の減速時は減速時間を短くし、巻下の減速時は減速時間を長くするようにすることができる。
【0012】
また、巻上モータの最大出力トルク値を超えないように、トルク制限値を設定し、加速或いは減速時間を最短時間に設定することにより、軽負荷の加速時には巻上モータの余力分を用いて短時間で加速し、軽負荷の高速運転状態からの減速時には減速による巻上モータの回転数が低下するにつれて回復増大するようにモータトルクに応じて短時間で減速するようにすることができる。
【0013】
また、巻上モータに定格回転数が低回転のモータ、具体的には、巻上モータに定格回転数が低回転の多極モータ又は低い周波数を定格電源とする低回転の交流モータを用いることで、軽負荷時の高速運転の速度出力範囲を広くすることができる。
すなわち、巻上モータに低回転で大トルクのモータを用いることで、巻上装置の回転部分から高速回転部分を無くし、遠心力により高速回転部分の強度に与える影響を解決することで、軽負荷時の速度を従来より高い速度まで上昇させることを可能とした。
【発明の効果】
【0014】
本発明の軽負荷時高速運転クレーンによれば、クレーンの荷役運搬工程の中で、空荷動作運転時や吊り荷が極端に軽い時のモータ負荷が小さい時の軽負荷時高速運転において、
従来生じていた高速運転による回転部分の遠心力の増大と制動距離が長くなる問題を解決することで、従来以上に高速に速度を上昇することを可能とし、荷役運搬作業の時間を大幅に短縮する高効率なクレーンを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】一般的なクレーンの搬送工程の説明図である。
【
図3】軽負荷時高速運転の速度範囲を広げた巻上装置の説明図である。
【
図4】クレーンの荷重率に対する出力可能な最高速度の説明図である。
【
図5】本発明の軽負荷時高速運転クレーンにおける減速カーブの説明図である。
【
図6】本発明の軽負荷時高速運転クレーンにおける加速カーブの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の軽負荷時高速運転クレーンについて、図面を用いて実施例に基づいて説明する。
【0017】
図1に、一般的なクレーンの搬送工程の図を示す。
クレーンCRで荷役物CAを運搬する時、先ずクレーンCRが空荷状態で荷役物CAのところに移動する呼び出し工程CLがある。そして荷役物CAを玉掛けし、荷役物CAをクレーンCRで吊り上げ、クレーンCRは負荷状態で荷役物CAの運搬先に運ぶ運搬工程TPを経て荷役物CAが運搬先に運ばれる。
この運搬先で玉掛けを解かれたクレーンCRは、再び空荷状態で別の荷役物CAの場所に移動するか、待機場所に格納工程RTの移動を行う。
このようにクレーン運搬工程は、荷役物CAを吊っている運搬工程TPの他に、呼び出し工程CLと格納工程RTといった空荷の工程が高い比率で必ず存在するので、軽負荷時高速運転により空荷工程の時間短縮は運搬作業の効率向上に有効である。
【0018】
ところで、クレーンCRで荷重値Mを速度Vで巻き上げる時に、その速度Vの時の巻上装置の回転数Nのところに掛かる巻上負荷トルクThは、式(1)に示すとおりである。
Th=(M×V)÷(2×π×N) ・・・式(1)
ここで、πは円周率である。
式(1)のように、荷重値Mが小さい時にはそれに比例して巻上モータに掛かる巻上負荷トルクThも小さくなる。つまり、荷役物CAを吊っていない呼び出し工程CLや格納工程RTでは、巻上モータに掛かる巻上負荷トルクThは、ほぼゼロに近い。
そして、運搬工程TPにおいても、常に定格荷重を吊るクレーンは、ラインに組み込まれた一部のプロセスクレーンだけで、ほとんどのクレーンの場合は、軽い荷重の荷役物を吊ることが多く、軽負荷時の高速運転が有効に使われる機会が多い。
ところで、式(1)の速度Vと回転数Nの比が一定(機械の減速比が一定)の固有の巻上装置において、巻上モータの速度制御で回転数Nと速度Vを変化させたとしても、荷重値Mに対する巻上負荷トルクThは一定である。
【0019】
図2に交流モータをインバータ等の周波数変換装置を用いて回転数制御を行う時のモータの回転数Nに対するモータ出力トルクTmのモータ特性について示す。
連続的に定格100%トルクを出力できる連続トルクCTの特性は、定格回転数100%を超えたところからモータ出力トルクTmが小さくなっていく。
この時、巻上負荷トルクThが連続トルクCTを超えないようにする必要がある。このため、荷重値Mがクレーンが吊れる最大荷重である定格荷重の時にThが100%速度以下の時の連続トルクCTを超えないように設定し、荷重値Mが小さくなるとそれにつれて連続トルクCTを超えない速度まで速度を上昇することができる。
【0020】
ところで、6極の交流モータの場合、50Hzの交流電源で回転させると、100%の回転数は、同期回転数が毎分1000回転となり、100Hzまで電源周波数を上昇させ、200%の回転数では毎分2000回転となる。この時、モータ軸に存在するモータの回転子や負荷と接続するカップリング等の回転部分に回転数の自乗に比例して遠心力が作用する。この遠心力による強度の問題が高速回転部分に生じ、毎分2000回転程度の回転数が限界で、これを超えて回す強度を回転部分に持たす特殊構造は経済的に不効率で、一般的な機器の構成では物理的に困難であった。
また、200%速度である毎分2000回転の回転は、遠心力による強度の問題の他に、モータ軸に装備されたブレーキの摩擦力の低下により吊荷の保持力が低下したり、減速機の振動や騒音の問題なども発生する。
【0021】
このような問題を解消し、軽負荷時の速度を200%を超えて出力するために、本発明の軽負荷時高速運転クレーンの巻上装置には、
図3に示すように所謂ダイレクトドライブシステムに用いられる多極モータDMを巻上モータに用いることにより、高速回転部分を無くし、負荷が小さい時に200%以上の速度も出力することができるようにした。
例えば、ダイレクトドライブシステムに用いられる多極モータDMが30極の場合、50Hzの電源で回すと毎分200回転となり、300%の回転数に上げても毎分600回転となり、400%の場合でも毎分800回転で、モータの回転子やモータ軸に取り付けられたカップリングCPやブレーキBR等が、遠心力で強度不足になることを防ぎ、減速機GRの振動や騒音などの問題も無くなり、軽負荷時の高速回転を、より高速回転まで上昇させることができる。
【0022】
ところで、クレーンの巻上では、30極のダイレクトドライブ用の多極モータDMを用いても、減速機を無くす所謂ダイレクトドライブ駆動とすると、クレーンの巻上速度が速くなり過ぎてしまい、それに伴い重い荷重を吊り上げる力が不足してしまう。そのため
図3に示すとおり、1段減速の減速機GRを介在してワイヤードラムWDに回転力を伝達することで重い荷重を吊り上げる力を確保する。
このように、従来のクレーンの巻上減速機が通常は3段減速が一般的なのに対し1段減速に減らし、ダイレクトドライブ用の多極モータDMを用いて、巻上装置のすべての軸を低速回転に抑えることで、負荷荷重が軽くモータ負荷が小さい時にモータを定格回転数を大きく超えて回転させても遠心力等の高速回転による問題が発生しないようにした。
【0023】
定格回転数が低回転のダイレクトドライブ用の多極モータは、永久磁石ロータの交流同期モータが一般的であるが、多極の交流誘導モータでも定格回転数が低回転のモータを製作することが可能で、同様に高い速度まで軽負荷高速運転ができる効果を得ることができる。
また、モータの交流電源が低い周波数を定格とするモータとして製作することによっても、同じように定格回転数が低回転のモータを製作することが可能で、この場合も同様に高い速度まで軽負荷高速運転ができる効果を得ることができる。
【0024】
図4は、クレーンが吊っている荷重値Mに対し、巻上装置の速度が出力可能な最高速度の説明図である。
図4に示すようにクレーンが吊り上げている荷重値Mが定格荷重の100%の時に、巻上負荷トルクThがモータの連続トルクCTと同等のトルクになるように機械の組み合わせが設定されており、定格速度100%が出力されるように速度Vが制御されている。そして吊り上げられている荷重値Mが軽くなるにつれてモータが出力可能な速度が速くなり、従来は、定格荷重の25%の荷重値の時に定格速度の200%の速度までモータの回転数を上げるように制御し、25%よりも軽い荷重でも定格速度の200%を超える速度が出ないように速度制限をかけていた。本発明の軽負荷時高速運転クレーンでは、巻上装置のすべての軸を低速回転に抑えることで、吊り上げている荷重が極端に軽い時や、荷重を吊っていない時に、モータの回転数Nを定格回転数の300%或いは40
0%と回転数を上げることで、巻上速度を300%或いは400%と軽負荷時の高速速度を出力可能とした。
【0025】
ここで、加減速時間taで停止から回転数Naまで加速或いは回転数Naから停止まで減速する時に必要とするトルクは、式(2)に示す加減速トルクTaとなる。
Ta=(GD
2×Na)÷(375×ta) ・・・ 式(2)
ここで、GD
2は慣性モーメントを示す。
通常、インバータ制御では短時間トルクSTは、
図2に示すように、連続トルクCTの150%に設定されている場合が多いが、この場合は巻上負荷トルクThの供給として連続トルクCTの値である100%が使われ、短時間トルクSTの残りの50%を加減速トルクTaとして使う。
この時、加減速トルクTaの値が50%になるように加減速時間taの値を設定することになる。
【0026】
クレーンの巻上装置は速度Vが遅いので吊荷の上下動作による吊荷の直線移動による慣性モーメントは小さい。このため巻上モータやブレーキやカップリングなどの高速回転部分の慣性モーメントが巻上装置の慣性モーメントGD2の大半を占める。吊荷の直線移動による慣性モーメントGD2が吊荷の重量に比例変動するのに対し、巻上モータ等の回転部分の慣性モーメントGD2は、その巻上装置固有の固定値で、吊っている荷重値Mには影響されない。つまり、慣性モーメントGD2の大半を回転部分の慣性モーメントGD2が占めるクレーンの巻上装置については、慣性モーメントGD2は、吊荷の荷重値にほとんど影響されず、その巻上装置の固有の固定値となる。
【0027】
ところで、クレーンが巻上方向の加速をする時は、巻上負荷トルクThと加減速トルクTaの双方がモータ出力トルクTmの負荷として作用するが、巻上方向の減速時は巻上負荷トルクThと加減速トルクTaが相反する方向に作用するので、巻上モータに余力が発生し、減速時間を短くすることができる。
そして、巻下方向の加速時は、巻上負荷トルクThと加減速トルクが相反する方向に働くので加速時間を短く設定できるが、巻下方向の減速時は巻上負荷トルクThと加減速トルクが同じ方向にモータ出力トルクTmの負荷として作用するので、減速時間が長くなる。
巻上方向の加速時は加速時間を長くし、巻下方向の加速時は加速時間を短くし、巻上方向の減速時は減速時間を短くし、巻下方向の減速時は減速時間を長く設定することで、加減速にかかる時間を改善することができる。
ところでこの場合に、巻下減速時の制動距離が長くなるので、減速開始点を見誤って、減速しきらない状態で勢いよく吊荷を床に落としてしまうなどの危険性を伴うので、これを極力短くする必要がある。
【0028】
ここで、軽負荷時に高速運転から単純に同じ減速レートで減速を行った時、定格速度で運転した時の制動距離に対し、200%速度からの制動距離は4倍、300%速度からの制動距離は9倍、400%速度からの制動距離は16倍となる。従来の200%速度に制限した軽負荷時高速運転でも4倍の制動距離では、運転し難い状態であったが、それを超える300%速度からの9倍の制動距離になると危険を伴う状態になる。
【0029】
そこで、本発明の軽負荷時高速運転では、吊り上げている荷重値Mが、例えば10%だったとした場合、巻上負荷トルクThも定格荷重時の10%であるため、モータ余力分で300%の回転数まで上昇させる。そして、その回転数Nから減速させる時、減速の開始時点では300%の回転時のモータの短時間トルクSTの値から巻上負荷トルクThの10%を差し引いた残りの小さな値しか加減速トルクTaに充てることができないため、通常の減速レートで減速させるトルクしかモータは出力できない。
しかしその後、減速に伴い回転数Nが下がるにつれて、モータの短時間トルクSTが回復増大してくる。この時も回転数に関係なく巻上負荷トルクThは10%のままなので、回復増大してきた短時間トルクSTの値から巻上負荷トルクThの10%を差し引いた残りの値を加減速トルクTaとして使用することが可能となり、減速レートを短い値に変化させて、制動距離を短縮することが可能となる。そして回転数Nが100%の回転数に減速し、この時のモータの短時間トルクSTが150%である時に、巻上負荷トルクThの10%を差し引いた残りの140%を加減速トルクTaに充てることができ減速レートを従来設定していた50%の加減速トルクTaに対し、1/2.8に短縮させることができる。
【0030】
この減速カーブを図に示したのが
図5の短縮制動曲線DLである。
この短縮制動曲線DLの曲線で減速させることで、100%速度からのD1の制動曲線で減速させた時の9倍の制動距離になっていた300%速度からのD3の制動距離に対し、約半分(約4.5倍)の制動距離で減速させることができ、200%からのD2の制動曲線の制動距離に近い値とすることができる。これにより、200%で速度制限を加えた軽負荷時高速運転と同等の制動距離で300%の速度まで軽負荷時高速運転の制御範囲を広げつつ、制動距離が大幅に延びるのを抑制し、高速化により危険性が上がることを防いでいる。
【0031】
ところで、モータの持つ能力を最大限に発揮し、短時間で減速しようとすると、その時の減速力の反力がクレーンガーダの撓みとして発生し、そのままの勢いで減速停止すると、そのクレーンガーダの撓みが瞬時に無くなるので、停止後に上下にクレーンガーダの振幅が発生し、それに伴い吊荷が上下に振動し、精密な位置決め停止などの妨げとなる。
そこで、クレーンガーダの上下の振幅動作を抑制するため短縮制動曲線DLの減速終了時点の停止直前で減速レートを緩め、減速中のクレーンガーダの撓みをゆっくりと戻しながら停止することで、停止後のクレーンガーダの上下振幅を抑制し、精密なクレーンの位置決め停止を行いやすくし、操作性の良いクレーンを提供できる。
【0032】
一方、加速時は、
図6に示す加速曲線A1でゆっくりと加速をする方が安全であるため急加速を行う必要性は低いが、運搬時間の短縮を求められる用途においては、吊荷が軽負荷の時に短縮加速曲線ALの加速特性を持たせ、短時間で軽負荷時の高速運転に到達させることで運搬時間を短縮することができる。
短縮加速曲線ALは、吊荷が軽い時に巻上負荷トルクThが小さくなることで、巻上モータの短時間トルクSTから巻上負荷トルクThを差し引いたトルクが大ききなり、加減速トルクTaが大きくとれることから短時間で加速ができるもので、モータの回転数が定格回転数を超えたところからモータ出力トルクTmが小さくなるのにつれて、加速レートがなだらかに緩くなる特性を辿っている。
なお、加速起動の最初は緩やかな加速レートから開始し、その後加速レートを短時間のレートに変化させることで起動時のクレーンガーダの撓みを緩和でき、クレーンガーダの上下振動を抑えることができる。この起動時の加速特性は、特にインチング操作で短時間で起動停止を繰り返す時のクレーンガーダの上下振動を抑制し、操作性を向上できる。
【0033】
ところで、短縮制動曲線DLや短縮加速曲線ALを作り出すために、吊荷の荷重値、或いはモータの負荷率等の数値をもとに、その負荷状態での回転数Nの変化に伴い加減速レートを変化させて短縮制動曲線DLや短縮加速曲線ALを作る方法について説明したが、
図2の短時間トルクSTのカーブにトルク制限値を設定しておき、加減速時間を短く設定しておくことでも、短縮制動曲線DLや短縮加速曲線ALと同様の曲線を作り出すことができる。この場合も減速終わりや加速始めは、減速レート或いは加速レートを緩めてクレーンガーダの振動を抑えることで操作性の向上ができる。
ところで、このトルク制限値と短い加減速時間設定で最短の加減速曲線を作り出す方法
は、電流制御特性の良い制御装置を用いないと、制御を逸脱した時に過電流トリップとなる可能性が高くなる。しかしながら、ダイレクトドライブ用に使用されるモータは電流制御特性に優れた永久磁石ロータのACサーボモータを用いる場合が多く、高性能な電流制御により過電流トリップを起こさずにトルク制限と短い加減速時間で、短時間トルクSTの曲線ギリギリいっぱいのトルクを発揮させて吊荷重と回転数に応じて最短の加減速レートで加減速をさせ、最短の加速距離、制動距離で加減速を行うことができる。
【0034】
図5に300%の速度から単純に減速させた場合の約半分の制動距離で減速できる短縮制動曲線DLについて記載しているが、400%の速度まで加速させた時の減速も同様で、単純に減速させた場合に100%速度からの制動曲線D1の制動距離の16倍の制動距離になるところを短縮制動曲線DLにより約8倍の制動距離に抑えることができる。
ただし、8倍の制動距離となると、一般のクレーンでは使用することが難しく、極端に定格速度が遅いクレーンであったり、極端に巻上距離が長いクレーンや斜坑等を運搬するインクライン等で、その用途が求められる。なおその場合、長い制動距離により危険が生じないように、400%速度を制限するための減速リミットスイッチを設けるなどの安全措置をとる必要がある。
【0035】
ところで、ダイレクトドライブ用モータとして広く用いられる永久磁石ロータのACサーボモータは、連続トルクCTに対して短時間トルクSTが200%とか300%とかと大きいものが一般的で、この大きな短時間トルクSTを活用することにより、短時間での加減速を行うこともできる。
そして更に、この大きな短時間トルクに加え、短縮制動曲線DLや短縮加速曲線ALの曲線での加減速を併用することで、更に短時間での加減速を実現できる。
【0036】
ここで、巻上モータが持つ能力を最大に活用し、短時間での加速や減速を行う技術について記載をしたが、これは同時にモータ構造部分や減速機やキー等の機械周りや制御装置のパワー半導体等に繰り返しのストレスを累積することにもなるので、該当する部分については寿命に配慮をした余裕のある設計を行う必要がある。
【0037】
以上、本発明の軽負荷時高速運転クレーンについて、その実施例に基づいて説明したが、本発明は上記実施例に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の本発明の軽負荷時高速運転クレーンによれば、軽負荷時高速運転時の高速回転による遠心力に対する回転部分の強度の問題を解消し、更に軽負荷時に高速運転を行っても制動距離が延びる問題も解決し、より安全で、より扱いやすいクレーンとし、軽負荷時に、より高速の領域までモータ容量を上げずに運転することが可能で、荷役運搬作業の時間短縮が図れ、産業上の利用価値が高い。
【符号の説明】
【0039】
CR クレーン
CA 荷役物
CL クレーン呼び出し工程
TP 運搬工程
RT クレーン格納工程
Tm モータ出力トルク
Th 巻上負荷トルク
Ta 加減速トルク
N 回転数
CT 連続トルク
ST 短時間トルク
DM 多極モータ
CP カップリング
BR ブレーキ
GR 減速機
WD ワイヤードラム
SH シーブ
TS 横行装置
M 荷重値
V 速度
t 時間
td 減速時間
D1 制動曲線(100%速度)
D2 制動曲線(200%速度)
D3 制動曲線(300%速度)
DL 短縮制動曲線
ta 加速時間
A1 加速曲線
AL 短縮加速曲線