(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023124544
(43)【公開日】2023-09-06
(54)【発明の名称】IMS分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/622 20210101AFI20230830BHJP
G01N 27/64 20060101ALI20230830BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20230830BHJP
H01J 49/14 20060101ALI20230830BHJP
【FI】
G01N27/622
G01N27/64 C
H01J49/04 220
H01J49/14 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022028359
(22)【出願日】2022-02-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発/革新的センシング技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】鴻丸 翔平
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
(72)【発明者】
【氏名】森谷 正三
(72)【発明者】
【氏名】久軒 佳彦
(72)【発明者】
【氏名】松尾 俊輔
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA02
2G041DA09
2G041DA13
2G041GA21
(57)【要約】
【課題】本発明は、検出感度が安定したIMSスペクトルを得ることができ定量性が向上したIMS分析装置を提供する。
【解決手段】本発明のIMS分析装置は、分析チャンバと、電子放出素子と、イオン検出部と、分析チャンバに試料ガスを注入するように設けられた第1ガス注入部と、分析チャンバにドリフトガスを注入するように設けられた第2ガス注入部と、分析チャンバに一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた第3ガス注入部と、排出口とを備え、第1ガス注入部、第2ガス注入部、第3ガス注入部及び排出口は、試料ガスが反応領域においてドリフトガス及び一次イオン生成用ガスと合流し排出口から排出されるように設けられ、イオン検出部は、反応領域よりもドリフトガスの流れの上流側に配置され、電子放出素子は、反応領域よりも一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されていることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析チャンバと、前記分析チャンバに配置された電子放出素子と、前記分析チャンバに配置されたイオン検出部と、前記分析チャンバに試料ガスを注入するように設けられた第1ガス注入部と、前記分析チャンバにドリフトガスを注入するように設けられた第2ガス注入部と、前記分析チャンバに一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた第3ガス注入部と、前記分析チャンバの気体を排出するように設けられた排出口とを備え、
第1ガス注入部、第2ガス注入部、第3ガス注入部及び前記排出口は、前記試料ガスが反応領域において前記ドリフトガス及び前記一次イオン生成用ガスと合流し前記排出口から排出されるように設けられ、
前記イオン検出部は、前記反応領域よりも前記ドリフトガスの流れの上流側に配置され、
前記電子放出素子は、前記反応領域よりも前記一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されていることを特徴とするIMS分析装置。
【請求項2】
第1ガス注入部、第2ガス注入部及び第3ガス注入部は、それぞれ異なる位置から前記分析チャンバに気体を注入するように設けられた請求項1に記載のIMS分析装置。
【請求項3】
第3ガス注入部は、第1ガス注入部が試料ガスを前記分析チャンバに注入しているとき、前記一次イオン生成用ガスを前記分析チャンバに注入するように設けられた請求項1又は2に記載のIMS分析装置。
【請求項4】
前記一次イオン生成用ガスは、水分を有する空気、酸素含有ガス又は塩素含有ガスである請求項1~3のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【請求項5】
前記分析チャンバの圧力は、630hPa以上1120hPa以下である請求項1~4のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【請求項6】
第3ガス注入部は、前記分析チャンバに前記一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた注入口を有し、
前記電子放出素子は、前記注入口と前記反応領域との間に配置された請求項1~5のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【請求項7】
第3ガス注入部は、前記ドリフトガスよりも高い相対湿度を有する空気を前記分析チャンバに注入するように設けられた請求項1~6のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【請求項8】
第3ガス注入部は、0.5%以上10%以下の相対湿度を有する空気を前記分析チャンバに注入するように設けられた請求項1~7のいずれか1つに記載のIMS分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IMS分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のIMS分析装置では、放射線、コロナ放電などを用いて試料ガスをイオン化している。放射線やコロナ放電は高いエネルギーを有するため、試料ガスをイオン化する際に試料ガスが化学的に分解することがある。この場合、試料ガスが分解して生成した多くのイオンが検出器により検出され、IMSスペクトルに多くのピークが現れる。このことがIMS分析において試料ガスを特定することを困難にしている。
電子放出素子から放出される低エネルギーの電子を用いて試料ガスをイオン化するIMS分析装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。この分析装置により、試料ガスが化学的に分解することを抑制することができ、試料ガスを特定することが容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子放出素子を用いたIMS分析装置により得られたIMSスペクトルにおいて、検出感度が不安定になる場合や空気のピークが分裂する場合がある。このため、IMS分析における定量性が低い。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、検出感度が安定したIMSスペクトルを得ることができ定量性が向上したIMS分析装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、分析チャンバと、前記分析チャンバに配置された電子放出素子と、前記分析チャンバに配置されたイオン検出部と、前記分析チャンバに試料ガスを注入するように設けられた第1ガス注入部と、前記分析チャンバにドリフトガスを注入するように設けられた第2ガス注入部と、前記分析チャンバに一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた第3ガス注入部と、前記分析チャンバの気体を排出するように設けられた排出口とを備え、第1ガス注入部、第2ガス注入部、第3ガス注入部及び前記排出口は、前記試料ガスが反応領域において前記ドリフトガス及び前記一次イオン生成用ガスと合流し前記排出口から排出されるように設けられ、前記イオン検出部は、前記反応領域よりも前記ドリフトガスの流れの上流側に配置され、前記電子放出素子は、前記反応領域よりも前記一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されていることを特徴とするIMS分析装置を提供する。
【発明の効果】
【0006】
前記電子放出素子は、前記反応領域よりも一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されている。このため、試料ガスが電子放出素子に到達することを抑制することができ、電子放出素子の電子放出側の電極(表面電極)付近のガス組成を安定化することができる(一次イオン生成用ガスが流れている状態となる)。また、分析チャンバの気体の流れも安定化することができる。
電子放出素子の電子放出側の電極付近では、電子放出素子から放出された電子が気体に衝突し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を生成される。電極付近のガス組成は一次イオン生成用ガスにより安定化されているため、生成される一次イオンの量も安定化することができる。また、一次イオンのイオン種も安定化することができる。この一次イオンはメディエータとなる。
生成した一次イオンは、一次イオン生成用ガスの流れ及び分析チャンバに形成された電界により反応領域へと移動し、第1ガス注入部から注入された試料ガスに含まれる検出対象成分に電荷を受け渡しマイナスイオン又はプラスイオンが生成される(イオン分子反応)。一次イオン生成用ガスを流すことにより一次イオンの量及びイオン種が安定化しているため及び分析チャンバの気体の流れが安定化されているため、反応領域において生成される検出対象成分のイオンの量が安定化する、また、反応領域において生成される検出対象成分のイオン種も安定化する。このイオンがイオン検出部に到達して検出されるため、複数回分析を繰り返す場合において、IMSスペクトルにおける検出感度を安定化することができる、また、IMSスペクトルに現れるピークの強度を安定化することができる。このことにより、IMS分析の定量性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態のIMS分析装置の概略断面図である。
【
図3】(a)(b)はIMS分析に用いたIMS分析装置の構造の説明図であり、(c)はIMSスペクトルである。
【
図4】(a)(b)はIMS分析に用いたIMS分析装置の構造の説明図であり、(c)はIMSスペクトルである。
【
図5】(a)(b)はIMS分析に用いたIMS分析装置の構造の説明図であり、(c)はIMSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のIMS分析装置は、分析チャンバと、前記分析チャンバに配置された電子放出素子と、前記分析チャンバに配置されたイオン検出部と、前記分析チャンバに試料ガスを注入するように設けられた第1ガス注入部と、前記分析チャンバにドリフトガスを注入するように設けられた第2ガス注入部と、前記分析チャンバに一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた第3ガス注入部と、前記分析チャンバの気体を排出するように設けられた排出口とを備え、第1ガス注入部、第2ガス注入部、第3ガス注入部及び前記排出口は、前記試料ガスが反応領域において前記ドリフトガス及び前記一次イオン生成用ガスと合流し前記排出口から排出されるように設けられ、前記イオン検出部は、前記反応領域よりも前記ドリフトガスの流れの上流側に配置され、前記電子放出素子は、前記反応領域よりも前記一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されていることを特徴とする。
【0009】
第1ガス注入部、第2ガス注入部及び第3ガス注入部は、それぞれ異なる位置から前記分析チャンバに気体を注入するように設けられることが好ましい。
第3ガス注入部は、第1ガス注入部が試料ガスを前記分析チャンバに注入しているとき、前記一次イオン生成用ガスを前記分析チャンバに注入するように設けられることが好ましい。
前記一次イオン生成用ガスは、水分を有する空気、酸素含有ガス又は塩素含有ガスであることが好ましい。このことにより、電子放出素子の表面電極の近傍で安定して一次イオンを生成することができる。
前記分析チャンバの圧力は、630hPa以上1120hPa以下であることが好ましい。このことにより、分析チャンバの気圧が大気圧とほぼ同じになり、IMS分析装置を小型化することが可能になる。
【0010】
好ましくは、第3ガス注入部は、前記分析チャンバに前記一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた注入口を有し、前記電子放出素子は、前記注入口と前記反応領域との間に配置される。このことにより、電子放出素子の周囲に一次イオン生成用ガスを安定して流すことができ、電子放出素子の表面電極の近傍で安定して一次イオンを生成することができる。
第3ガス注入部は、前記ドリフトガスよりも高い相対湿度を有する空気を前記分析チャンバに注入するように設けられたことが好ましい。このことによりIMS分析装置の検出感度を高くすることができる。
第3ガス注入部は、0.5%以上10%以下の相対湿度を有する空気を前記分析チャンバに注入するように設けられたことが好ましい。このことによりIMS分析装置の検出感度を高くすることができる。
【0011】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0012】
図1、
図2はそれぞれ本実施形態のIMS分析装置の概略断面図である。
本発明のIMS分析装置40は、分析チャンバ30と、分析チャンバ30に配置された電子放出素子2と、分析チャンバ30に配置されたイオン検出部6と、分析チャンバ30に試料ガスを注入するように設けられた第1ガス注入部16と、分析チャンバ30にドリフトガスを注入するように設けられた第2ガス注入部15と、分析チャンバ30に一次イオン生成用ガスを注入するように設けられた第3ガス注入部12と、分析チャンバ30の気体を排出するように設けられた排出口20とを備え、第1ガス注入部16、第2ガス注入部15、第3ガス注入部12及び排出口20は、試料ガスが反応領域10においてドリフトガス及び一次イオン生成用ガスと合流し排出口20から排出されるように設けられ、イオン検出部6は、反応領域10よりもドリフトガスの流れの上流側に配置され、電子放出素子2は、反応領域10よりも一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されていることを特徴とする。
IMS分析装置40は、試料をイオン移動度分析(IMS)で分析する装置である。分析装置40はイオン移動度スペクトロメータであってもよい。分析装置40は、ドリフトチューブ方式IMSで分析するIMS分析装置であってもよい。また、IMS分析装置40で分析する試料ガスは、気体試料であってもよく、液体を気化した試料であってもよい。
【0013】
IMS分析装置40は、試料ガスに含まれる検出対象成分を分析する分析チャンバ30(筐体28の内部)を有する。筐体28は、方形断面又は凸字形断面を有することができる。
図1、
図2に示したIMS分析装置40は、凸字形断面を有している。
分析チャンバ30には、イオン検出部6、電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9などが配置される。また、第1ガス注入部16から分析チャンバ30に試料ガスが注入され、第2ガス注入部15から分析チャンバ30にドリフトガスが注入され、第3ガス注入部12から分析チャンバ30に一次イオン生成用ガスが注入される。また、分析チャンバ30の気体は、排出口20から排気される。また、分析チャンバ30は、反応領域10及びイオン移動領域11を有することができる。また、分析チャンバ30の圧力は、630hPa以上1120hPa以下とすることができる。このことにより、分析チャンバ30の気圧が大気圧とほぼ同じになり、IMS分析装置を小型化することが可能になる。
反応領域10は、検出対象成分をイオン化する領域である。イオン移動領域11は、イオン化した検出対象成分がドリフトガスの流れに逆らってイオン検出部まで移動する領域である。
【0014】
電子放出素子2は、表面電極4から電子を放出するように設けられ、放出した電子により電子放出素子2(表面電極4)の近傍の気体をイオン化し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を生成するための素子である。電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極4と、下部電極3と表面電極4との間に配置された中間層5とを有する。電子放出素子2は、表面電極4が反応領域10側を向くように配置することができる。このことにより、表面電極4付近で生成した一次イオンを安定して反応領域10に供給することができる。
表面電極4は、電子放出素子2の表面に位置する電極である。表面電極4は、好ましくは10nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極4の材質は、例えば、金、白金である。また、表面電極4は、複数の金属層から構成されてもよい。
表面電極4は、40nm以上の厚さを有する場合であっても、複数の開口、すき間、10nm以下の厚さに薄くなった部分を有してもよい。中間層5を流れた電子がこの開口、すき間、薄くなった部分を通過又は透過することができ、表面電極4から電子を放出することができる。このような開口、すき間、薄くなった部分は、下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加することによっても形成することができる。
【0015】
下部電極3は、中間層5を介して表面電極4と対向する電極である。下部電極3は、金属板であってもよく、絶縁性基板上もしくはフィルム上に形成した金属層又は導電体層であってもよい。また、下部電極3が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子2の基板であってもよい。下部電極3の材質は、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルなどである。下部電極3の厚さは、例えば200μm以上1mm以下である。
【0016】
中間層5は、表面電極4と下部電極3との間に電圧を印加することにより形成される電界により電子が流れる層である。中間層5は、半導電性を有することができる。中間層5は、絶縁性樹脂、絶縁性微粒子、金属酸化物のうち少なくとも1つを含むことができる。また、中間層5は導電性微粒子を含むことが好ましい。中間層5の厚さは、例えば、0.5μm以上1.8μm以下とすることができる。中間層5は、例えば、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層である。
【0017】
表面電極4及び下部電極3はそれぞれ制御部と電気的に接続することができる。制御部は、表面電極4と下部電極3との間に印加する電圧(電子放出素子2の駆動電圧)の大きさを制御するように設けられる。制御部を用いて下部電極3の電位を表面電極4の電位と実質的に同じにする(駆動電圧を0Vにする)と、中間層5には電流は流れず電子放出素子2から電子は放出されない。
制御部を用いて下部電極3の電位が表面電極4の電位よりも低くなるように下部電極3と表面電極4との間に電圧(駆動電圧)を印加すると中間層5に電流が流れ、中間層5を流れた電子が表面電極4を通過し電子放出素子2から放出される。電子放出素子2から電子を放出させるために下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧は、例えば5V以上40V以下とすることができる。
【0018】
制御部は、IMS分析装置を制御する部分である。制御部は、例えば、CPU、メモリ、タイマー、入出力ポートなどを有するマイクロコントローラを含むことができる。また、制御部は、電場制御部、ゲート制御部、駆動電圧制御部、回収電流測定部、電源部などを含むことができる。
【0019】
第3ガス注入部12は、一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入する部分である。一次イオン生成用ガスは、電子放出素子2の周囲に供給するガスであり、電子放出素子2の放出電子を受け取り一次イオンを生成するためのガスである。一次イオン生成用ガスは、例えば、水分を含んだ空気、酸素含有ガス、酸素ガス、塩素含有ガス又は塩素ガスなどである。好ましくは、一次イオン生成用ガスは、湿度一定の空気(例えば、相対湿度(気温10℃~30℃、1気圧)が0.5%以上10%以下である、又は水分量(モル分率)が30ppmv以上5000ppmv以下である)である。また、一次イオン生成用ガスの相対湿度は、ドリフトガスの相対湿度よりも高いことが好ましい。このことによりIMS分析装置40の検出感度を高くすることができる。
一次イオン生成用ガスが酸素分子と水分子とを含むことにより、表面電極4付近において安定して一次イオンを生成することができる。
【0020】
第3ガス注入部12は、分析チャンバ30に一次イオン生成用ガスを注入する注入口を有することができる。また、第3ガス注入部12は、ガスボンベ、エアコンプレッサ、送風機、湿度調整部などを備えてもよい。湿度調整部は、分析チャンバ30に注入する一次イオン生成用ガスの湿度が一定になるように設けられている(例えば、湿度調整ユニット)。
【0021】
第3ガス注入部12により分析チャンバ30に注入された一次イオン生成用ガスは、電子放出素子2の周囲を流れ、反応領域10へと流れる。つまり、電子放出素子2は、反応領域10よりも一次イオン生成用ガスの流れの上流側に配置されている。
例えば、
図1、
図2に示したIMS分析装置40のように、分析チャンバ30に注入した一次イオン生成用ガスが電子放出素子2の周囲を流れ反応領域10へ到達するように第3ガス注入部12及び電子放出素子2を設けることができる。電子放出素子2は、
図1に示したように、第3ガス注入部12の注入口と、反応領域10との間に配置してもよい。また、第3ガス注入部12は、
図2に示したように、電子放出素子2の下部電極3の後方のスペースに側方から一次イオン生成用ガスを注入するように設けられてもよい。
【0022】
このような第3ガス注入部12を設けることにより、試料ガスが電子放出素子2に到達することを抑制することができ、電子放出素子2の周囲の空気を安定して一次イオン生成用ガスとすることができる。この結果、電子放出素子2の放出電子により生成される一次イオンの量及びイオン種を安定化することができ、IMSスペクトルにおける検出感度を安定化することができる。また、一次イオンの量は、表面電極4と下部電極3との間に印加する電圧を調節することなど(電子放出素子2の電子放出量を調節すること)により調節することができる。
【0023】
電子放出素子2(表面電極4)から一次イオン生成用ガス中へ電子を放出させると、電子は直ちに一次イオン生成用ガスの成分と衝突し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を形成する。電子放出素子2から放出された電子が表面電極4の近傍の気体成分に付着すると(電子付着現象)、気体成分のマイナスイオンが生成する。電子放出素子2から放出された電子のエネルギーが表面電極4の近傍の気体成分のイオン化エネルギーよりも高い場合、気体成分のプラスイオンが生成する。一次イオン生成用ガスが水分を含む空気の場合、一次イオン(マイナスイオン)は例えば、O2
-、OH-などである。
【0024】
電子放出素子2(表面電極4)の近傍で生成させた一次イオンは、電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9などにより分析チャンバ30に形成される電界と、第3ガス注入部12により分析チャンバ30に注入された一次イオン生成用ガスの流れとにより、反応領域10へと移動する。一次イオンは、電荷を反応領域10において検出対象成分へと受け渡す電荷輸送メディエータとなる。
【0025】
分析チャンバ30中の電界は、制御部により電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、イオン検出部6などの電位を制御することにより形成される。
制御部は、電子放出素子2(表面電極4)の近傍で生成した一次イオンが反応領域10へと移動するような電位勾配が形成されるように電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、イオン検出部6などの電位を制御する。また、制御部は、静電ゲート電極8を通過したイオンがイオン検出部6へと移動するような電位勾配が形成されるように電子放出素子2、静電ゲート電極8、電場形成用電極9、イオン検出部6などの電位を制御する。試料ガスに含まれる検出対象ガスをマイナスイオンとして検出する場合(マイナスイオンモード)と、試料ガスに含まれる検出対象ガスをプラスイオンとして検出する場合(プラスイオンモード)とでは、形成する電位勾配の傾きは逆になる。
【0026】
第1ガス注入部16は、分析対象成分を含む試料ガスを分析チャンバ30に注入する部分である。また、第1ガス注入部16は、試料ガスをキャリアガスと共に分析チャンバ30に注入するように設けられてもよい。また、第1ガス注入部16は、分析チャンバ30の反応領域10に試料ガス(又は試料ガス+キャリアガス)を注入するように設けられてもよい。
第1ガス注入部16は、分析チャンバ30に試料ガスを注入する注入口を有することができる。また、第1ガス注入部16は、ガスボンベ、エアコンプレッサ、送風機、試料気化室などを備えてもよい。また、第1ガス注入部16は、キャリアガスと試料(試料ガス又は液体試料)とを混合する混合室や、試料ガスをキャリアガスで希釈する希釈部などを有してもよい。キャリアガスは、試料ガスと共に分析チャンバ30に注入されるガスであり、例えば、空気、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガスなどである。
第1ガス注入部16の注入口から電子放出素子2までの距離は、5cm以上とすることができる。このことにより、試料ガスが電子放出素子2に到達することを抑制することができる。また、第1ガス注入部16の試料ガスの注入方向と電子放出素子2の表面電極4とが平行になるように電子放出素子2を配置することができる。このことにより、試料ガスが電子放出素子2に到達することを抑制することができる。
【0027】
第1ガス注入部16から反応領域10に注入された試料ガスは、反応領域10において、電子放出素子側から流れてきた一次イオン生成用ガス及びイオン検出部6側から流れてきたドリフトガスと合流し、排気口20から排気される。このような気流により、試料ガスが電子放出素子2の方へ流れることを抑制することができる。排気口20は、排気ファンなどにより分析チャンバ30の気体を強制排気するように設けられてもよく、分析チャンバ30の気体を自然排気するように設けられてもよい。
第3ガス注入部12を用いて分析チャンバ30に注入する一次イオン生成用ガスの注入流量に対する第1ガス注入部16を用いて分析チャンバ30に注入する試料ガス(又は試料ガス+キャリアガス)の注入流量の比は、例えば、0.5以上2以下とすることができる。
【0028】
第1ガス注入部16の注入口は、反応領域10に隣接するように設けることができる。また、排出口20も反応領域10に隣接するように設けることができる。また、筐体28が方形断面又は凸字形断面を有する場合、第1ガス注入部16の注入口は、分析チャンバ30を形成する筐体28の第1側壁に、又はこの第1側壁から突出して設けることができ、排出口20は、第1側壁に対向する第2側壁に、又はこの第2側壁から突出して設けることができる。
筐体28が方形断面又は凸字形断面を有する場合、第3ガス注入部12の注入口は、筐体28の第3側壁に、又はこの第3側壁から突出して設けることができ、第2ガス注入部15の注入口は、第3側壁に対向する第4側壁に又は第4側壁から突出して設けることができる。また、筐体28が凸字形断面を有する場合、第1ガス注入部16の注入口、第3ガス注入部12の注入口及び排出口20は、筐体28のうち突出した部分(幅が狭くなった部分)に配置することができる。
筐体28が方形断面又は凸字形断面を有する場合、電子放出素子2は、第1ガス注入部16の注入口を設けた位置から第3ガス注入部12の注入口の方向へ5cm以上離れた位置に、表面電極4が反応領域10を向くように配置することができる。
【0029】
反応領域10では、試料ガスと、一次イオン生成用ガスと、ドリフトガスとが混合された混合気体となる。また、反応領域10には、電界及び一次イオン生成用ガスの流れにより一次イオンが移動してくる。この一次イオンは反応領域10において試料ガスに含まれる検出対象成分に電荷を受け渡し、試料ガスに含まれる検出対象成分のマイナスイオン又はプラスイオンが生成される(イオン分子反応)。一次イオン生成用ガスを流すことにより一次イオンの量及びイオン種が安定化されているため、反応領域10において検出対象成分を(量及び種類において)安定してイオン化することができる。
【0030】
第2ガス注入部15は、ドリフトガスを分析チャンバ30に注入するように設けられた部分である。ドリフトガスは、イオン移動領域11においてイオンの移動方向とは逆方向に流すガスであり、イオンがイオン移動領域11を移動する際の抵抗となるガスである。ドリフトガスは、大気中の空気を浄化した空気(清浄空気)であってもよく、圧縮空気シリンダーから供給される空気であってもよく、排気口20により分析チャンバ30から排出された空気を浄化したものであってもよい。また、ドリフトガスは、ヘリウムガスであってもよく、アルゴンガスであってもよく、窒素ガスであってもよい。また、第2ガス注入部15及び排気口20は、イオン移動領域11においてドリフトガスがイオン検出部側から静電ゲート電極側に向かって流れるように設けられる。例えば、第2ガス注入部15は、イオン検出部側からドリフトガスをイオン移動領域11に供給するように設けることができる。
第2ガス注入部15を用いて分析チャンバ30に注入するドリフトガスの注入流量は、第1ガス注入部16の注入流量と第3ガス注入部12の注入流量の合計流量よりも大きくすることができる。このことにより、イオン移動領域11の気流を安定化することができ、IMS分析装置40のイオン分離性能を向上させることができる。
【0031】
静電ゲート電極8は、反応領域10とイオン移動領域11との間に配置される電極であり、反応領域10において生成したイオンのイオン移動領域11への注入をイオンと静電ゲート電極8との静電相互作用を利用して制御する電極である。
静電ゲート電極8は、例えばグリッド状の電極(シャッターグリッド)である。静電ゲート電極8は、複数の電場形成用電極9と共に一列に並べて配置することができる。静電ゲート電極8は、制御部と電気的に接続することができる。また、静電ゲート電極8は、分析チャンバ30に形成される電位勾配を変化させることができるように設けられる。
【0032】
制御部は、低電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が低いためイオンが静電ゲート電極8を通過できずイオン移動領域11へ移動できない状態)から高電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が高いためイオンが静電ゲート電極8を通過できずイオン移動領域11へ移動できない状態)に瞬間的に変化させるように、又は高電位側クローズから低電位側クローズに瞬間的に変化させるように、静電ゲート電極8の電位を変化させる。このことにより、静電ゲート電極8をごく短い時間だけオープン状態とすることができ、イオンをこの短い時間にだけイオン移動領域11に注入することができる。従って、イオンを単発パルス状にイオン移動領域11に注入することができる。
【0033】
イオン移動領域11に注入されたマイナスイオン又はプラスイオンは、分析チャンバ30に形成された電位勾配によりイオン移動領域11をイオン検出部6へと向かって移動し、イオン検出部6へ到達する。この際、マイナスイオン又はプラスイオンは、ドリフトガスの流れに逆らって移動する。このドリフトガスの流れは、静電ゲート電極8からイオン検出部6へと向かって移動するマイナスイオン又はプラスイオンの抵抗となる。この抵抗の大きさ(イオンの移動度)はイオン種により異なる。一般的に移動度はイオンの衝突断面積(イオンの大きさ)に反比例するため、イオンの衝突断面積が大きいほどイオンがイオン検出部6に到達するためにかかる時間が長くなる(大きいイオン程、ドリフトガス中の空気の分子と衝突する頻度が高くなり、移動速度が遅くなってイオン検出部6への到達時間が遅くなる)。従って、静電ゲート電極8によりイオン移動領域11に注入されてからイオン検出部6へと到達するまでの時間(到達時間、ピーク位置)がマイナスイオン又はプラスイオンのイオン種により異なる。従って、この到達時間(ピーク位置)に基づきマイナスイオン又はプラスイオン(試料に含まれる検出対象成分)を特定することが可能になる。また、試料ガスに含まれる複数の検出対象成分のイオンをイオン移動領域11において分離することができる。
【0034】
イオン検出部6は、マイナスイオン又はプラスイオンの電荷を集める金属製の部材である。イオン検出部6は制御部の回収電流測定部と電気的に接続することができる。また、この回収電流測定部は、マイナスイオン又はプラスイオンがイオン検出部6に電荷を受け渡すことにより生じる回収電流を時系列で測定するように設けられる。このことにより回収電流の電流波形(IMSスペクトル)を計測することができる。
【0035】
静電ゲート電極8を用いて単発パルス状にイオン移動領域11に注入された複数種のイオンはイオン移動領域11を移動する間に各種イオンに分離され、各種イオンが時間的にずれてイオン検出部6に到達する。この結果として、回収電流の電流波形(IMSスペクトル)は各種イオンの到着時間に応じたピークを持つ波形を示すこととなり、そのピーク位置(到達時間)から移動度を算出し、イオンの成分を判別することが可能となる。このため、検出対象成分の検出、同定ができる。また、回収電流の電流波形のピーク高さ又はピーク面積は各種イオンがイオン検出部6に受け渡した電荷量に相当するため、ピーク高さ又はピーク面積に基づき検出対象成分を定量分析することが可能になる。
【0036】
本願発明では、第3ガス注入部12を用いて電子放出素子2の周囲に一次イオン生成用ガスを供給するため、表面電極4の近傍で生成する一次イオンのイオン種及びイオン生成量を安定化することができ、反応領域10で生成する検出対象成分のイオンのイオン種及びイオン生成量も安定化することができる。このため、イオン検出部6に到達する検出対象成分のイオンのイオン種及びイオン量も安定し、回収電流の電流波形(IMSスペクトル)も安定する。この結果、本発明のIMS分析装置を用いるとIMS分析の定量性を向上させることができる。また、検出対象成分の検出、同定を簡単化することができる。
【0037】
IMS分析
図3(a)(b)に示したように電子放出素子2を配置したIMS分析装置(比較例)を用いて試料ガス(相対湿度80%の空気又は相対湿度0.4%の空気)を分析するIMS分析を行った。このIMS分析装置では第3ガス注入部12は設けていない。ドリフトガスには相対湿度0.4%の空気を用い、電子放出素子2は、第1ガス注入部16から分析チャンバ30に注入された試料ガスが電子放出素子2にあたるように配置している。電子放出素子2の駆動電圧は13Vとした。
試料ガスを相対湿度80%の空気としたときのIMSスペクトル及び試料ガスを相対湿度0.4%の空気としたときのIMSスペクトルを
図3(c)に示す。
図3(c)に示したグラフのように、試料ガスを相対湿度80%としたときIMSスペクトルに大きなピークが現れた。一方、試料ガスを相対湿度0.4%としたときIMSスペクトルに大きなピークが現れなかった。これは、電子放出素子2から放出された電子によるイオンの生成に試料ガスの相対湿度が大きな影響を与えているためと考えられる。
【0038】
図4(a)(b)に示したように電子放出素子2を配置したIMS分析装置(比較例)を用いて試料ガス(相対湿度80%の空気又は相対湿度0.4%の空気)を分析するIMS分析を行った。このIMS分析装置では、電子放出素子2は、第1ガス注入部16の注入口から遠ざけて配置している、また、第3ガス注入部12は設けていない。ドリフトガスには相対湿度0.4%の空気を用いた。電子放出素子2の駆動電圧は16Vとした。
試料ガスを相対湿度80%の空気としたときのIMSスペクトル及び試料ガスを相対湿度0.4%の空気としたときのIMSスペクトルを
図4(c)に示す。
図4(c)に示したグラフのように、試料ガスを相対湿度80%としたときIMSスペクトルには約10.8ms(ドリフト時間)のピークと、約11.4msのピークとが現れた。試料ガスを相対湿度0.4%とすると約10.8msのピークは小さくなり、約11.4msのピークは大きくなった。
【0039】
図5(a)(b)に示したように電子放出素子2を配置したIMS分析装置(実施例)を用いて試料ガス(相対湿度80%の空気又は相対湿度0.4%の空気)を分析するIMS分析を行った。このIMS分析装置には第3ガス注入部12を設けている。ドリフトガスには相対湿度0.4%の空気を用い、一次イオン生成用ガスには相対湿度0.4%の空気を用いた。また、電子放出素子2は、第1ガス注入部16の注入口から遠ざけて配置し、第3ガス注入部12は、電子放出素子2の後方(下部電極3側)から一次イオン生成用ガスを分析チャンバ30に注入するように設けている。電子放出素子2の駆動電圧は18Vとした。
試料ガスを相対湿度80%の空気としたときのIMSスペクトル及び試料ガスを相対湿度0.4%の空気としたときのIMSスペクトルを
図5(c)に示す。
図5(c)に示したグラフのように試料ガスの相対湿度を変えても、IMSスペクトルに現れたピークの強度はほぼ変わらなかった。これは、試料ガスの相対湿度を変えた場合であっても、一次イオン生成用ガスを電子放出素子2の周囲に流すことにより、電子放出素子2の表面電極付近において一次イオンが安定して生成するためと考えられる。
【符号の説明】
【0040】
2:電子放出素子 3:下部電極 4:表面電極 5:中間層 6:イオン検出部 8:静電ゲート電極 9:電場形成用電極 10:反応領域 11:イオン移動領域 12:第3ガス注入部 15:第2ガス注入部 16:第1ガス注入部 20:排出口 28:筐体 30:分析チャンバ 40:IMS分析装置