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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023124565
(43)【公開日】2023-09-06
(54)【発明の名称】生分解性医療器具
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/02 20060101AFI20230830BHJP
【FI】
A61L31/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022028393
(22)【出願日】2022-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】000227467
【氏名又は名称】日東精工株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】505193162
【氏名又は名称】金 郁▲チョル▼
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(71)【出願人】
【識別番号】592205023
【氏名又は名称】堤 定美
(74)【代理人】
【識別番号】100137486
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 雅直
(72)【発明者】
【氏名】石原 雅和
(72)【発明者】
【氏名】上野 美光
(72)【発明者】
【氏名】村田 知明
(72)【発明者】
【氏名】大槻 潔人
(72)【発明者】
【氏名】小林 佑輔
(72)【発明者】
【氏名】岡 佳伸
(72)【発明者】
【氏名】金 郁▲チョル▼
(72)【発明者】
【氏名】会田 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】堤 定美
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AC03
4C081BA16
4C081CG08
(57)【要約】      (修正有)
【課題】生分解性医療器具が生体内において適正な溶解速度で溶解するようにする。
【解決手段】本発明の生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり4.742×10-3(mg/mm)以下である。
【選択図】図28
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、
生体内における平均腐食速度が、1日あたり4.74×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする生分解性医療器具。
【請求項2】
マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、
生体内における平均腐食速度が、1日あたり6.5×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする生分解性医療器具。
【請求項3】
マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、
生体内における平均腐食速度が、1日あたり5.63×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする生分解性医療器具。
【請求項4】
前記マグネシウム材は、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材であることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の生分解性医療器具。
【請求項5】
前記マグネシウム材は、マグネシウムを主成分とするマグネシウム合金であることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の生分解性医療器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性医療器具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、骨を付着または固定するための医療器具としては、金属材料で形成されたものがある。その際、金属製の医療器具が治療後も体内に残留し続けるのを防止するために、治療後あるいは治癒後に再手術により医療器具を除去するのが一般的である。しかし、再手術を行うことは患者の負担が大きいことから生体内において溶解する生分解性医療器具が開発されている。生体内において溶解する生分解性医療器具の材料としては、適度な強度を有する高純度マグネシウム材料が考えられる(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2013/021913号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、高純度マグネシウム材料は、生体内における耐食性が低いため、速く溶解してしまうという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の発明者は、マグネシウム結晶粒の配向性を変化させることにより生分解性医療器具の耐食性(溶解性)を制御することを研究した。
【0006】
マグネシウム結晶粒は、六方最密充填構造を有しており、その(0001)面が生分解性医療器具の表面側に向けて配向された場合に、マグネシウム結晶粒の耐食性が高くなり溶解し難くなることが知られている。そのため、本発明の発明者は、生分解性医療器具の表面に対して、マグネシウム結晶粒の(0001)面を表面側に向けて配向した部分の面積(表面全体に対する面積割合)を変化させた場合に、生分解性医療器具の耐食性がどのように変化するかについて研究した。
【0007】
上記の研究を重ねた結果、本発明の発明者は、生分解性医療器具の表面に対して、マグネシウム結晶粒の(0001)面を表面側に向けて配向した部分の面積を大きくすることにより、生分解性医療器具の耐食性をある程度高くすることが可能であるが、生分解性医療器具の表面の一部分に対して耐食性が低く溶解しやすい(10-10)面または(2-1-10)面が表面側に向けて配向されている部分があると、その部分を介して表面から中心部に向かって溶解が進行するため、生分解性医療器具の耐食性が低下するという知見を得た。そのため、生分解性医療器具の耐食性を大幅に高くするのが困難であった。
【0008】
そこで、本発明の発明者は、さらに研究を重ねた結果、生分解性医療器具の所定断面において、六方晶構造における(0001)面を器具表面側に向けて配向したマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続している場合に、生分解性医療器具の耐食性が大幅に高くなり溶解し難くなることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明に係る生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり4.74×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも4週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0011】
本発明に係る生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり6.5×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも8週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0013】
本発明に係る生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり5.63×10-3(mg/mm)以下であることを特徴とする。
【0014】
本発明に係る生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも12週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0015】
本発明に係る生分解性医療器具において、前記マグネシウム材は、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材であることを特徴とする。
【0016】
これにより、本発明に係る生分解性医療器具では、マグネシウム材として生体内における耐食性が低い高純度マグネシウム材料を使用した場合でも、生分解性医療器具の耐食性を高めて溶解し難くすることができる。
【0017】
本発明に係る生分解性医療器具において、前記マグネシウム材は、マグネシウムを主成分とするマグネシウム合金であることを特徴とする。
【0018】
これにより、本発明に係る生分解性医療器具では、マグネシウム材としてマグネシウムを主成分とするマグネシウム合金を使用した場合でも、生分解性医療器具の耐食性を高めて溶解し難くすることができる。
【発明の効果】
【0019】
以上、本発明によれば、生分解性医療器具の耐食性(溶解性)を制御して、生体内において生分解性医療器具を適正な溶解速度で溶解するようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施形態において評価試験に使用した試料を示す図である。
図2】試料の横断面における観察箇所を示す図(図1のA-A線に係る拡大断面図)である。
図3】横断面を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図4】横断面を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図5】横断面を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図6】試料の縦断面における観察箇所を示す図(図1のB-B線に係る要部拡大断面図)である。
図7】縦断面を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図8】縦断面を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図9】縦断面を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図10】(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図11】(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図12】(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図13】(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図14】(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図15】(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図16】(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図17】(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図18】(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図19】(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図20】(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図21】(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示す図である。
図22】(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4をそれぞれ軸1方向から観察したとき、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層の分布を示す図である。
図23】(試料N1)の横断面を軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層の分布を示す図である。
図24】(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層の分布を示す図である。
図25】(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層の分布を示す図である。
図26】(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4をそれぞれ軸1方向から観察したとき、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層の分布を示す図である。
図27】マグネシウム結晶粒の層が長手方向に連続する範囲を説明する図である。
図28】溶解性の評価試験より得られたデータを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態の生分解性医療器具について、図面を参照して説明する。
【0022】
本発明の実施形態に係る生分解性医療器具としては、体内において、例えば骨を付着または固定するために使用されるプレート、ピン、ねじ等がある。
【0023】
生分解性医療器具は、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材により形成される。純マグネシウム材は、マグネシウム以外に、不可避的不純物を含有しており、その不可避的不純物とは、例えばZn、Zr、Mnなどであるが、その材料の種類は任意である。
【0024】
生分解性医療器具の耐食性(溶解性)は、生分解性医療器具の表面に対するマグネシウム結晶粒の配向性により変化する。すなわち、マグネシウム結晶粒は、六方最密充填構造を有しているが、その(0001)面が生分解性医療器具の表面側に向けて配向された場合に、生分解性医療器具の耐食性が高くなる(溶解性が低くなる)。
【0025】
そこで、後方散乱電子回折(Electron Back-Scatter Diffraction:EBSD)法により、生分解性医療器具の表面に対するマグネシウム結晶粒の配向性を検出するとともに、その生分解性医療器具の耐食性についての評価試験を行った。
【0026】
なお、EBSDによる評価試験で用いた機器類は、以下のとおりである。
(SEM観察、EDS分析)
走査電子顕微鏡(SEM) 日本電子(株) JSM-IT300HR(LA)
エネルギー分散形X線分析装置(EDS) 日本電子(株) JED-2300 Analysis Station Plus
(EBSDデータ収集ソフトウェア(SEMステージの制御、結晶方位の算出等を行うためのソフトウェア))
(株)TSLソリューションズ OIM Data Collection
(EBSDデータ解析ソフトウェア(収集したデータを詳細に解析し、マップやグラフ等を作成するためのソフトウェア))
(株)TSLソリューションズ OIM Analysis
【0027】
本実施形態では、生分解性医療器具に対応した試料として、図1(a)に示すような直径2mmの円形断面を有する長さ5mmの円柱形状の2種類の試料N1及びN2を使用した。
【0028】
なお、本実施形態では、(試料N1)及び(試料N2)として、押出成形で得られた押し出し材を切削加工または引き抜き加工で得られたものを使用する。切削加工による場合は、押し出し材を所定の回転数で回転させながら切削し、所望の形状を得る。また、引き抜き加工による場合は、押し出し材に適宜熱処理(焼なまし)を加えながら、引き抜きダイスを用いて引き抜くことにより、所望の形状を得る。(試料N1)及び(試料N2)の長手方向は、押出成形での押出方向と一致する。このように、例えば切削加工または引き抜き加工など、熱処理や加工熱によって試料の結晶粒の粒度を調整しながら試料の全周に所定の応力を付加することにより、試料内部に全周にわたって配向性の整った層を形成することができる。なお、試料の全周に所定の応力を付加する加工方法は、切削加工、引き抜き加工に限定されるものではない。
【0029】
(マグネシウム結晶粒の配向性)
まず、(試料N1)及び(試料N2)について、図1(b)に示すように軸に垂直な平面で切断した横断面(図1(b)のA-A線断面)と、図1(c)に示すように軸を通過し且つ軸に平行に切断した縦断面(図1(c)のB-B線断面)について、後方散乱電子回折により試料の表面に対するマグネシウム結晶粒の配向性を検出した。
【0030】
(横断面の配向性)
横断面については、図2に示す観察箇所a1を、3つの方向から観察した場合のマグネシウム結晶粒の配向性を検出した。図2では、3つの方向として、観察箇所a1を観察する際の軸1方向、軸2方向及び軸3方向が図示されている。3つの方向からの観察とは、横断面と平行であり且つ試料の表面に対して垂直方向外側から観察する場合(軸1方向からの観察)と、横断面と平行であり且つ軸1方向と垂直な方向から観察する場合(軸2方向からの観察)と、横断面と垂直な方向から観察する場合(軸3方向からの観察)とである。なお、軸3方向とは、図2における紙面に垂直な方向である。
【0031】
図3は、横断面の観察箇所a1を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示している。そのため、図3に示した軸3方向から観察したマグネシウム結晶粒の配向性は、実際の横断面に現れているマグネシウム結晶粒の配向性を示している。すなわち、横断面を軸3方向から観察したときにマグネシウム結晶粒の何れの面が軸3方向を向いているかを示している。
【0032】
図3において、マグネシウム結晶粒の配向性は、図右下に示すように、六方晶構造における(0001)面が観察方向である軸3方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒が黒色で図示され、(10-10)面が観察方向である軸3方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒が濃度の高いグレー色で図示され、(2-1-10)面が観察方向である軸3方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒が濃度の低いグレー色で図示される。
【0033】
なお、図3に示すマグネシウム結晶粒の配向性において、「六方晶構造における(0001)面が観察方向である軸3方向に対して0~45度傾斜する」とは、「六方晶構造における(0001)面の法線方向が、表面の法線方向に対して0~45度傾斜する」ことを意味する。その場合、傾斜する方向は何れの方向でもよい。以下のマグネシウム結晶粒の配向性を示す図においても、図3と観察方向が変わる場合があるが、マグネシウム結晶粒の配向性を図示する方法は、図3と同様である。
【0034】
図3によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸3方向から観察したときに、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒と、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒がほとんどであり、黒色で図示された結晶粒はほとんど無いことが分かる。
【0035】
図4は、横断面の観察箇所a1を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示し、図3に示した軸3方向から観察した結果に基づいて計算により得られたものである。
【0036】
図4によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸1方向から観察したとき、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、黒色で図示された結晶粒、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒、及び、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒が混在していることが分かる。特に、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、試料の表面付近では、試料の中心付近と比べて、黒色で図示された結晶粒が多いことが分かる。
【0037】
図5は、横断面の観察箇所a1を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示し、図3に示した軸3方向から観察した結果に基づいて計算により得られたものである。
【0038】
図5によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸2方向から観察したとき、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、黒色で図示された結晶粒、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒、及び、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒が混在していることが分かる。特に、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、試料の中心付近では、黒色で図示された結晶粒が多いとともに、試料の表面付近では、黒色で図示された結晶粒が少ないことが分かる。
【0039】
上述したように、試料の横断面の観察箇所a1を軸1方向、すなわち、試料の外周表面から中心に向かう方向から観察したとき、図4に示すように、黒色で図示された結晶粒が多く観察される。
【0040】
本実施形態において、図4において黒色で図示された結晶粒は、「六方晶構造における(0001)面が表面の法線方向に対して垂直に配置されたマグネシウム結晶粒」、または、「六方晶構造における(0001)面の法線方向が、表面の法線方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒(傾斜する方向は何れの方向でもよい)」であるが、それらのマグネシウム結晶粒を「六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒」と称する。
【0041】
なお、観察箇所a1を軸1方向から観察したとき、図4に示すように、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒が多く観察されるが、図3図5に基づくと、これらのマグネシウム結晶粒の(0001)面は、長手方向に垂直な方向へ傾斜する傾向が強いことが分かる。
【0042】
すなわち、図4において黒色で図示された結晶粒の多くは、六方晶構造における(0001)面が外周表面の法線方向に対して垂直に配置されたマグネシウム結晶粒であるか、または、六方晶構造における(0001)面が、外周表面の法線方向に対して垂直な面を長手方向(横断面と垂直な方向)に沿った直線の周りに0~45度傾斜させた面の何れかに含まれるマグネシウム結晶粒であることが分かる。
【0043】
(縦断面の配向性)
縦断面については、図6に示す観察箇所c1について、3つの方向から観察した場合のマグネシウム結晶粒の配向性を検出した。図6では、3つの方向として、観察箇所c1を観察する際についての軸1方向及び軸2方向及び軸3方向が図示されている。3つの方向の観察とは、縦断面と平行であり且つ試料の表面に対して垂直方向外側から観察する場合(軸1方向からの観察)と、縦断面と平行であり且つ軸1方向と垂直な方向から観察する場合(軸2方向からの観察)と、縦断面と垂直な方向から観察する場合(軸3方向からの観察)とである。なお、軸3方向とは、図6における紙面に垂直な方向である。
【0044】
図7は、縦断面の観察箇所c1を軸3方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示している。そのため、図7に示した軸3方向から観察したマグネシウム結晶粒の配向性は、実際の縦断面に現れているマグネシウム結晶粒の配向性を示している。すなわち、縦断面を軸3方向から観察したときにマグネシウム結晶粒の何れの面が軸3方向を向いているかを示している。
【0045】
図7によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸3方向から観察したときに、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、黒色で図示された結晶粒、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒、及び、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒が混在していることが分かる。
【0046】
図8は、縦断面の観察箇所c1を軸1方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示し、図7に示した軸3方向から観察した結果に基づいて計算により得られたものである。
【0047】
図8によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸1方向から観察したとき、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、黒色で図示された結晶粒、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒、及び、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒が混在していることが分かる。特に、(試料N1)の表面付近では、試料の中心付近と比べて、黒色で図示された結晶粒が多いことが分かる。
【0048】
図9は、縦断面の観察箇所c1を軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性を示し、図7に示した軸3方向から観察した結果に基づいて計算により得られたものである。
【0049】
図9によれば、(試料N1)及び(試料N2)の何れにおいても、軸2方向から観察したとき、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒と、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒がほとんどであり、黒色で図示された結晶粒はほとんど無いことが分かる。
【0050】
上述したように、試料の縦断面の観察箇所c1を軸1方向、すなわち、試料の外周表面から中心に向かう方向から観察したとき、図8に示すように、黒色で図示された結晶粒が多く観察される。
【0051】
本実施形態において、図8において黒色で図示された結晶粒は、「六方晶構造における(0001)面が表面の法線方向に対して垂直に配置されたマグネシウム結晶粒」、または、「六方晶構造における(0001)面の法線方向が、表面の法線方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒(傾斜する方向は何れの方向でもよい)」である。
【0052】
なお、観察箇所c1を軸1方向から観察したとき、図8に示すように、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒が多く観察されるが、図7図9に基づくと、これらのマグネシウム結晶粒の(0001)面は、試料の長手方向に垂直な方向へ傾斜する傾向が強いことが分かる。この点は、縦断面の配向性についても、横断面の配向性と同様である。
【0053】
(試料全周の配向性)
本実施形態において、(試料N1)及び(試料N2)は何れも、押し出し成形で得られた押し出し材を切削加工または引き抜き加工したものであり、試料の横断面において、試料の表面に対するマグネシウム結晶粒の配向性は、その全周にわたって略同一であると考えられる。
【0054】
そこで、試料の横断面においてマグネシウム結晶粒の配向性が全周にわたって略同一であることを確認するために、図2に示した横断面について、上述した観察箇所a1以外に、観察箇所a2~a4のマグネシウム結晶粒の配向性を検出した。横断面の観察箇所a1~a4は、試料の表面において周方向に互いに90度離れた箇所である。
【0055】
図10図12は、(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4を軸3方向、軸1方向、軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性をそれぞれ示している。図10図12によれば、(試料N1)の横断面において、円周方向に互いに90度離れた箇所におけるマグネシウム結晶粒の配向性は略同一であることが分かる。
【0056】
図13図15は、(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4における軸3方向、軸1方向、軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性をそれぞれ示している。図13図15によれば、(試料N1)と同様に、(試料N2)の横断面において、円周方向に互いに90度離れた箇所におけるマグネシウム結晶粒の配向性は略同一であることが分かる。
【0057】
具体的には、図10及び図13によれば、黒色で図示された結晶粒はほとんど無いことが分かる。図11及び図14によれば、試料の表面付近では、試料の中心付近と比べて、黒色で図示された結晶粒が多いことが分かる。図12及び図15によれば、試料の表面付近では、試料の中心付近と比べて、黒色で図示された結晶粒が少ないことが分かる。
【0058】
(試料長手方向の配向性)
また、(試料N1)及び(試料N2)は何れも、押し出し成形で得られた押し出し材を切削加工または引き抜き加工したものであり、試料の縦断面において、試料の表面に対するマグネシウム結晶粒の配向性は、その長手方向の大部分において略同一であると考えられる。
【0059】
そこで、マグネシウム結晶粒の配向性が長手方向の大部分において略同一であることを確認するために、図6に示した縦断面について、上述した観察箇所c1以外に、観察箇所c2~c4のマグネシウム結晶粒の配向性を検出した。観察箇所c1、c2は、試料の縦断面の長手方向に沿った一方の表面において長手方向に離れた2つの箇所であり、観察箇所c3、c4は、試料の縦断面の長手方向に沿った他方の表面において長手方向に離れた2つの箇所である。
【0060】
図16図18は、(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4を軸3方向、軸1方向、軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性をそれぞれ示している。図16図18によれば、(試料N1)の縦断面において、長手方向に離れた箇所におけるマグネシウム結晶粒の配向性は、その長手方向の大部分において略同一であることが分かる。
【0061】
図19図21は、(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4における軸3方向、軸1方向、軸2方向から観察したときのマグネシウム結晶粒の配向性をそれぞれ示している。図19図21によれば、(試料N1)と同様に、(試料N2)の表面において長手方向に離れた2つの箇所におけるマグネシウム結晶粒の配向性は、その長手方向の大部分において略同一であることが分かる。
【0062】
具体的には、図16及び図19によれば、試料の表面付近から中心付近の全体にわたって、黒色で図示された結晶粒、濃度の高いグレー色で図示された結晶粒、及び、濃度の低いグレー色で図示された結晶粒が混在していることが分かる。図17及び図20によれば、試料の表面付近では、試料の中心付近と比べて、黒色で図示された結晶粒が多いことが分かる。図18及び図21によれば、黒色で図示された結晶粒はほとんど無いことが分かる。
【0063】
(結晶粒の分布)
六方晶構造における(0001)面が表面側に向けて配向された結晶粒の分布が、試料の耐食性(溶解性)に対して影響が大きいため、(試料N1)及び(試料N2)について、試料の外周表面を垂直方向外側(軸1方向)から観察した場合のマグネシウム結晶粒の配向性を詳細に考察した。
【0064】
(横断面における結晶粒の分布)
・(試料N1)の横断面について
図22は、(試料N1)の横断面の観察箇所a1~a4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の分布を黒色で図示している。なお、図22は、図11において黒色で示されたマグネシウム結晶粒のみを図示したものと同じである。
【0065】
上述したように、観察箇所a1~a4は、横断面において試料の表面の周方向(試料の軸周りの方向)に互いに90度離れた箇所であり、図22の左右方向が試料の周方向に対応している。なお、図24においても同様である。
【0066】
観察箇所a1~a4の分布では、それぞれ、例えば点線で囲まれた領域において、黒色で図示された結晶粒が左右方向の全域に連続して分布していることが分かる。なお、本実施形態では、図22において黒色で図示された結晶粒が連続する部分を、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層と称する。この点は、図24図26についても同様である。このように、図22の観察箇所a1~a4の何れにおいても、(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、試料の周方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいる。
【0067】
図23は、図22の観察箇所a1~a4の分布を横断面に対応するように配置した図である。六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層は、試料の表面において周方向に互いに90度離れた観察箇所a1~a4のそれぞれにおいて試料の周方向に沿って全域に連続して分布している。
【0068】
横断面において、周方向について4つの観察箇所a1~a4以外の部分(図23で点線で示した領域)において試料の表面から中心部に延びる所定幅(試料の軸周りに沿った長さ)の領域を観察した場合も、観察箇所a1~a4と同様に、(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、その領域において試料の周方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいると考えられる。すなわち、試料の横断面において、試料の表面にある何れの位置と試料の中心部とを直線により接続しても、その直線は、(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層を少なくとも1つ通過すると考えられる。
【0069】
さらに、試料の横断面において、0001面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が試料の表面側から中心側へも連続して延び、試料の周方向または径方向に近接する結晶粒の層と結晶粒の層が結合される。これによって、特に試料の表面に近い側(切削や引き抜き加工時に応力が作用したと思われる部分)では、0001面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が一部網目状に連なった構造となる。
【0070】
よって、(試料N1)の横断面において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続している。すなわち、マグネシウム結晶粒の層が生分解性医療器具の中心部を囲んでいる。
【0071】
・(試料N2)の横断面について
図24は、(試料N2)の横断面の観察箇所a1~a4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の分布を黒色で図示している。なお、図24は、図14において黒色で示されたマグネシウム結晶粒のみを図示したものと同じである。
【0072】
観察箇所a1~a4の分布では、それぞれ、例えば点線で囲まれた領域において、黒色で図示された結晶粒が左右方向の全域に連続して分布していることが分かる。このように、図24の観察箇所a1~a4の何れにおいても、(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、試料の周方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいる。
【0073】
よって、(試料N1)の横断面と同様に、(試料N2)の横断面において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続している。すなわち、マグネシウム結晶粒の層が生分解性医療器具の中心部を囲んでいる。
【0074】
(縦断面における結晶粒の分布)
・(試料N1)の縦断面について
図25は、(試料N1)の縦断面の観察箇所c1~c4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の分布を黒色で図示している。なお、図25は、図17において黒色で示されたマグネシウム結晶粒のみを図示したものと同じである。
【0075】
上述したように、観察箇所c1~c4は、試料の縦断面において長手方向に離れた箇所であり、図25の左右方向が試料の長手方向に対応している。なお、図26においても同様である。
【0076】
観察箇所c1~c4の分布では、例えば点線で囲まれた領域において、黒色で図示された結晶粒が左右方向の全域に連続して分布していることが分かる。このように、図25の観察箇所c1~c4の何れにおいても、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、試料の長手方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいる。
【0077】
縦断面において、長手方向について4つの観察箇所c1~c4以外の部分において試料の表面から中心部に延びる所定幅(試料の長手方向に沿った長さ)の領域を観察した場合も、観察箇所c1~c4と同様に、(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、その領域において試料の長手方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいると考えられる。
【0078】
さらに、試料の縦断面において、0001面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が試料の表面側から中心側へも連続して延び、試料の長手方向または径方向に近接する結晶粒の層と結晶粒の層が結合される。これによって、特に試料の表面に近い側(切削や引き抜き加工時に応力が作用したと思われる部分)では、0001面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が一部網目状に連なった構造となる。
【0079】
よって、(試料N1)の縦断面において、2つの観察箇所c1~c2の間及び2つの観察箇所c3~c4の間においても、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層は、長手方向に連続して分布している。
【0080】
・(試料N2)の縦断面について
図26は、(試料N2)の縦断面の観察箇所c1~c4をそれぞれ軸1方向から観察したときに、六方晶構造における(0001)面が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の分布を黒色で図示している。なお、図26は、図20において黒色で示されたマグネシウム結晶粒のみを図示したものと同じである。
【0081】
図26の観察箇所c1、c3、c4の分布では、例えば点線で囲まれた領域において、黒色で図示された結晶粒が左右方向の全域に連続して分布していることが分かる。このように、図26の観察箇所c1~c4の何れにおいても、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、試料の長手方向の全域に連続するように分布する領域を少なくとも1つ含んでいる。
【0082】
これに対して、観察箇所c2の分布では、黒色で図示された結晶粒が左右方向の全域に連続して分布していないことが分かる。このように、図26の観察箇所c2において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向された結晶粒の層が、試料の長手方向の全域に連続するように分布する領域を含んでいない。
【0083】
上述したように、(試料N1)の縦断面において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層は、図27(a)に示すように、少なくとも観察箇所c2~c4の範囲A1で連続していると考えられる。
【0084】
これに対して、(試料N2)の縦断面において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層は、図27(b)に示すように、少なくとも観察箇所c3~c4の範囲A2で連続していると考えられる。
【0085】
よって、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が長手方向に連続している範囲は、(試料N1)の方が(試料N2)よりも大きいと考えられる。
【0086】
(溶解性の評価試験)
(試料N1)及び(試料N2)について、溶解性の評価試験を行った。溶解性評価試験としては、試料をHBSS(+)[富士フイルム和光純薬(株)製:品番082-08961]に炭酸水素ナトリウム[和光純薬(株)製:品番199-05985]を添加することによりpHを7.67に調整した疑似体液に浸漬し、試料の重量変化を測定した。試料を浸漬した容器は、マルチガスインキュベーター[パナソニックヘルスケア(株)製:型式MCO-170MUVH-PJ]に納め、庫内温度37度、CO2濃度5%で管理した。
【0087】
図28は、(試料N1)及び(試料N2)について溶解性評価試験により得られたデータを示している。なお、図28の横軸は、溶解性評価試験を開始したときからの日数を示し、縦軸は、試料の腐食量(試料が溶解して減少した重量)を示す。
【0088】
図28によれば、(試料N1)は、浸漬開始から約56日が経過するまで重量変化がほとんどない状態であり、約56日後から徐々に重量が減少したことが分かる。これに対して、(試料N2)は、浸漬開始から約10日が経過するまで重量変化がほとんどない状態であるが、約10日後から徐々に重量が減少したことが分かる。
【0089】
図28の(試料N2)のデータについて、表1に基づいて検討する。
【0090】
【表1】
【0091】
(試料N2)は、試験が開始した後、4週(31日)が経過するまでに0.147mg/mmが溶解して減少し、8週(56日)が経過するまでに0.364mg/mmが溶解して減少し、12週(84日)が経過するまでに0.473mg/mmが溶解して減少している。
【0092】
この結果に基づいて、平均腐食速度(試料が1日あたり溶解して減少した重量)を計算すると、試験が開始した後、4週(31日)が経過するまでは、1日あたり4.74×10-3mg/mmであり、8週(56日)が経過するまでは、1日あたり6.5×10-3mg/mmであり、12週(84日)が経過するまでは、1日あたり5.63×10-3mg/mmである。
【0093】
図28及び表1から分かるように、試験開始から4週(31日)が経過するまでの平均腐食速度と、試験開始から8週(56日)が経過するまでの平均腐食速度と、試験開始から12週(84日)が経過するまでの平均腐食速度は、異なっている。
【0094】
なお、図28には、(試料N1)及び(試料N2)の溶解性と比較するために、比較材について溶解性評価試験により得られたデータを示している。比較材の溶解性評価試験としては、HBSS(+)のみの疑似体液に比較材を浸漬し、試料を浸漬した容器を庫内温度37度で管理した。
【0095】
比較材としては、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材で形成され、押出成形で得られた押し出し材を使用した。溶解性評価試験で用いた試料N1・N2および比較材の寸法、重量および表面積は、以下のとおりである。
試料N1・N2:φ2×50mm(体積157mm)、重量約0.25~0.26g
表面積320.44mm
比較材:φ7.7×12mm(体積558.5mm)、重量0.943g
表面積383.42mm
【0096】
上述したように、(試料N1)及び(試料N2)は、押出成形で得られた押し出し材を切削加工または引き抜き加工したものであるのに対して、比較材は、押出成形で得られた押し出し材であり、切削加工または引き抜き加工は行われていない。図28の比較材のグラフは、浸漬開始から約25日が経過したときに、比較材の全てが溶解消失したことを示している。
【0097】
(試料N1)及び(試料N2)の何れも、少なくとも1つの横断面において、六方晶構造における(0001面)が試料の表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続しているため、図28に示すように、(試料N1)及び(試料N2)の溶解速度は、比較材の溶解速度と比べて非常に遅いことが分かる。
【0098】
なお、(試料N1)及び(試料N2)の溶解性評価試験と、比較材の溶解性評価試験とで異なる疑似体液を使用したが、比較材の溶解性評価試験のように、疑似体液がHBSS(+)のみの場合、(試料N1)及び(試料N2)の溶解性評価試験のように、疑似体液がHBSS(+)に炭酸水素ナトリウムを添加する場合よりもpHが高い(アルカリ性が強い)ため、純マグネシウムは溶解しにくくなる特性を有している。すなわち、比較材は、(試料N1)及び(試料N2)より溶けにくい試験環境にもかかわらず、比較材の方がより早期に溶解消失する結果となっている。また、比較材の体積は、(試料N1)及び(試料N2)の体積より大きいにもかかわらず、比較材の方がより早期に溶解消失する結果となっている。
【0099】
また、上述したマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続した横断面は、(試料N1)の方が(試料N2)よりも長手方向に広い範囲で連続しているため、(試料N1)の溶解速度は、(試料N2)の溶解速度と比べてさらに遅いことが分かる。
【0100】
なお、本実施形態において、後方散乱電子回折法によりマグネシウム結晶粒の配向性を検出した結果によれば、押出成形で得られた押し出し材に対して、引き抜き加工、切削加工、圧造加工等により、全外周から内部に向かって均等な応力を付加できる加工を行うことにより、全周にわたって結晶粒の配向性が整えられることが分かる。
【0101】
以上説明したように、本実施形態の生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり4.74×10-3(mg/mm)以下である。
【0102】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも4週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0103】
本実施形態の生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり6.5×10-3(mg/mm)以下である。
【0104】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも8週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0105】
本実施形態の生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、生体内で使用される生分解性医療器具であって、生体内における平均腐食速度が、1日あたり5.63×10-3(mg/mm)以下である。
【0106】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、生体内に配置された後で少なくとも12週間が経過するまでは、骨を付着または固定するための医療器具として使用することができる。
【0107】
本実施形態の生分解性医療器具は、マグネシウム材により形成され、少なくとも1つの横断面において、六方晶構造における(0001面)が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が、全周にわたって連続している。
【0108】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、横断面において、六方晶構造における(10-10)面及び(2-1-10)面と比べて、生体内における耐食性が高い(0001)面が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続しているため、周方向の何れの方向からも生分解性医療器具の表面から器具中心部に向かって溶解が進行し難い。よって、生分解性医療器具の表面の少なくとも一部に対して生体内における耐食性が低い(10-10)面または(2-1-10)面が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒がある場合と比べて、生分解性医療器具の表面から器具中心部に向かって溶解が進行するのを遅くすることにより、生分解性医療器具の耐食性を高め、溶解し難くすることができる。
【0109】
なお、本発明において、例えば生分解性医療器具が長尺の器具である場合、横断面において、「六方晶構造における(0001)面が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒」とは、「六方晶構造における(0001)面が器具表面の法線方向に対して垂直に配置されたマグネシウム結晶粒」と、「六方晶構造における(0001)面の法線方向が、器具表面の法線方向に対して0~45度傾斜するマグネシウム結晶粒(傾斜する方向は何れの方向でもよい)」とを含んでいる。また、本発明において、例えば生分解性医療器具が長尺の器具である場合、横断面において「マグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続している」とは、「マグネシウム結晶粒の層が生分解性医療器具の中心部を囲んでいる」ことを意味する。
【0110】
本実施形態の生分解性医療器具において、マグネシウム結晶粒の層は、横断面と垂直な方向に連続している。
【0111】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、横断面において周方向の何れの方向からも生分解性医療器具の表面から器具中心部に向かって溶解が進行し難いマグネシウム結晶粒の層が、長手方向に連続しているため、器具全体の表面全体に対してマグネシウム結晶粒の層が内側にある部分の面積割合は比較的大きい。よって、生分解性医療器具の耐食性をさらに高めて溶解し難くすることができる。
【0112】
なお、本発明において、「マグネシウム結晶粒の層は、所定断面と垂直な方向に連続している」とは、例えば生分解性医療器具が長尺の器具である場合、「横断面において六方晶構造における(0001)面が表面側に向けて配向されたマグネシウム結晶粒の層が全周にわたって連続し、且つ、そのマグネシウム結晶粒の層が長手方向に連続している」ことである。なお、マグネシウム結晶粒の層が、長尺の器具の長手方向の少なくとも一部において連続していればよい。
【0113】
本実施形態の生分解性医療器具において、マグネシウム材は、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材である。
【0114】
これにより、本実施形態の生分解性医療器具では、マグネシウム材として生体内における耐食性が低い高純度マグネシウム材料を使用した場合でも、生分解性医療器具の耐食性を高めて溶解し難くすることができる。
【0115】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本実施形態の構成は上述したものに限定されず、種々の変形が可能である。
【0116】
例えば、上記実施形態では、生分解性医療器具として、体内において、例えば骨を付着または固定するために使用されるプレート、ピン、ねじについて説明したが、生分解性医療器具は、それらに限られない。生分解性医療器具の形状や使用方法は任意である。上記実施形態では、生分解性医療器具としての円柱形状の試料について説明したが、生分解性医療器具の形状にかかわらず、本発明の効果が得られる。
【0117】
上記実施形態では、生分解性医療器具が、99.9質量%以上のマグネシウムを含有する純マグネシウム材により形成されるが、それに限られない。生分解性医療器具が、マグネシウムを主成分とするマグネシウム合金により形成されてもよい。例えば、本発明のマグネシウム合金は、質量%で、1.0~2.0%のZn、0.05~0.80%のZr、0.05~0.40%のMnを含有し、残部がMgおよび不可避的不純物からなるマグネシウム合金である。また、本発明のマグネシウム合金は、さらに質量%で、0.005%以上0.20%未満のCaを含んでもよい。すなわち、マグネシウム合金は、質量%で、1.0~2.0%のZn、0.05~0.80%のZr、0.05~0.40%のMn、0.005%以上0.20%未満のCaを含有し、残部がMgおよび不可避的不純物からなるマグネシウム合金でもよい。その場合でも上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0118】
その他の構成も、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
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図11
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