(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023124645
(43)【公開日】2023-09-06
(54)【発明の名称】炭素繊維電極材料
(51)【国際特許分類】
C25B 11/043 20210101AFI20230830BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20230830BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20230830BHJP
C25B 11/056 20210101ALI20230830BHJP
C25B 11/065 20210101ALI20230830BHJP
D03D 15/275 20210101ALI20230830BHJP
D06M 11/74 20060101ALI20230830BHJP
D06M 15/256 20060101ALI20230830BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20230830BHJP
D06M 101/40 20060101ALN20230830BHJP
【FI】
C25B11/043
H01M4/86 B
H01M4/86 M
H01M4/96 M
C25B11/056
C25B11/065
D03D15/275
D06M11/74
D06M15/256
H01M8/10 101
D06M101:40
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022028535
(22)【出願日】2022-02-25
(71)【出願人】
【識別番号】322000041
【氏名又は名称】ENETEK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142365
【弁理士】
【氏名又は名称】白井 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100146064
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 玲子
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(72)【発明者】
【氏名】高木 順
(72)【発明者】
【氏名】犬山 久夫
【テーマコード(参考)】
4K011
4L031
4L033
4L048
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4K011AA11
4K011AA16
4K011AA23
4L031AA27
4L031AB31
4L031BA02
4L031DA15
4L033AA09
4L033AB04
4L033AC11
4L033CA17
4L048AA05
4L048AB01
4L048BC03
4L048CA01
5H018AA06
5H018AA08
5H018BB01
5H018BB03
5H018BB08
5H018BB11
5H018DD05
5H018EE05
5H018EE18
5H018EE19
5H018HH01
5H018HH03
5H018HH05
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】 電極材料に要求されるクッション性を維持しながら、燃料電池セル内においては、発生する水蒸気の排出特性(通気特性)を向上させて発電効率を高める燃料電池用ガス拡散層として適用可能な、さらに、レドックスフロー電池および電気分解装置等の液体セル内においては、接触面積を増やし、流路抵抗を下げ、かつ、厚み方向の電気抵抗を下げることのできる、炭素繊維電極材料を提供する。
【解決手段】 炭素繊維織物から形成され、炭素繊維織物を構成する経糸および緯糸のうち、少なくとも一方が紡績糸であって、炭素繊維織物の少なくとも一方の面において、織組織における紡績糸の浮き部分で、紡績糸を構成する複数の単繊維のうちの一部の単繊維が切断された起毛部が形成されており、起毛部は、緯糸および経糸に対して、斜め方向に延設されていることを特徴とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維織物から形成され、
前記炭素繊維織物を構成する経糸および緯糸のうち、少なくとも一方が紡績糸であって、
前記炭素繊維織物の少なくとも一方の面において、織組織における前記紡績糸の浮き部分で、前記紡績糸を構成する複数の単繊維のうちの一部の単繊維が切断された起毛部が形成されており、
前記起毛部は、前記緯糸および経糸に対して、斜め方向に延設されていることを特徴とする炭素繊維電極材料。
【請求項2】
前記起毛部は、前記緯糸の紡績糸を構成する単繊維数の25%以上50%以下の本数が切断されてなる、請求項1記載の炭素繊維電極材料。
【請求項3】
前記起毛部が形成された紡績糸は、糸巾の細い部分と太い部分とを有し、前記糸巾の細い部分の糸巾は、前記糸巾の太い部分の糸巾の50%以上75%以下である、請求項1記載の炭素繊維電極材料。
【請求項4】
前記起毛部は、切断元の前記紡績糸以外の緯糸または経糸に架け渡されている、請求項1から3のいずれか一項に記載の炭素繊維電極材料。
【請求項5】
前記炭素繊維織物が朱子織もしくはマット織である、請求項1から4のいずれか一項に記載の炭素繊維電極材料。
【請求項6】
前記起毛部は、前記架け渡された緯糸または経糸と、導電性微粒子とフッ素樹脂とを含むバインダーで結着されている、請求項1から5のいずれか一項に記載の炭素繊維電極材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池・レドックスフロー電池・電気分解装置などに利用可能である、炭素繊維織物からなる炭素繊維電極材料に関する。
【背景技術】
【0002】
家庭用や車両用として主流である固体高分子形燃料電池(以下、燃料電池またはFCとする)は、1)高分子膜の両面に白金触媒接合層(以下、CCM層とする)、2)燃料ガス、酸化剤ガスを触媒反応域に導くガス拡散層(以下、GDLとする)、3)ガス導入・排出溝を持つセパレータやシール材等からなる単位ユニット(以下、セルとする)が繰り返し積層された構造である。レドックスフロー電池は電解質膜を挟み、正極と負極に電解液を循環させ、その金属イオンの電荷数を増減することにより充放電を繰り返す2次電池である。燃料電池のガス拡散層や、レドックスフロー電池の電極、また、燃料電池とほぼ同じ構成の電気分解装置の水素極には、炭素繊維織物を使用することが検討されている。
【0003】
まず、燃料電池に使用されるガス拡散層は、一般的に1mm以下の薄いシート状に形成された部材で、外部からの水素を含む燃料ガスおよび酸素を含む酸化剤ガスの2つの反応ガスを電極触媒層に円滑に供給できる機能を有することが要求される。この他に、ガス拡散層の基本的な機能として、1)電気エネルギーを効率的に取り出すために十分に低い電気抵抗を有すること、2)大電流を取り出すための十分なガス透過性および電池で生成する生成水の排出性からなる良好な拡散性を有すること、3)積層部材の厚みのムラや厚みの変化を吸収できるクッション性(弾力性)を有すること、4)強酸性や強アルカリ性にも耐える耐腐食性を有すること、などが必要となる。また、レドックスフロー電池や電気分解装置の液体用の電極としては、厚み方向の電気抵抗が小さく、平面方向の流路抵抗が低く、接液面積が大きいことが要求される。
【0004】
これまでのガス拡散層は主に炭素繊維による抄紙構造(カーボンペーパ)であるため、上記のガス透過性が不十分であり、厚みムラを吸収するクッション性(弾力性)が低いという問題があった。また、カーボンペーパの特性に対して、高剛性やクッション性を要求する場合には目付けが大きくなり、ガス拡散層全体として厚み方向の電気抵抗も大きくなる。その結果、燃料電池セル自体が発熱し、発電効率が低下する。一方、電気抵抗を小さくするために、カーボンペーパの目付けを小さくしようとすると、短くカットした炭素繊維を紙状に漉く際、空白部を橋渡しする繊維が減るため剛性がへり、CCM層に押し当てる押圧が小さくなり接触抵抗が増える。その結果、発電性能が低下する。そして、カーボンペーパを使用する場合には、大電流域で大量に発生する生成水の水はけが悪いという問題があった。
【0005】
そこで、高分子電解質型燃料電池のセル内の排水性能と保水性能のバランスをうまく保ち、かつ供給ガスの高分子電解質膜への充分な供給を確保することを目的として、ガス拡散層の中のカーボンクロス(炭素繊維織物)において、異なる大きさの網目を面方向に間欠的に分布させる技術が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、カーボンクロスとして織目の密なものを使用しても、CCMとの接触を良好にするMPL層(多孔質な平滑層)に凹凸ができ、とくに織目の中央部ではCCM層との接触に必要な押圧が確保できず十分な密着性が得られないという問題もあった。
【0006】
また、これらの問題点を解消するために、カーボンクロスとカーボンペーパとを積層させたガス拡散層が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、カーボンペーパとカーボンクロスとを単に積層させたガス拡散層では、膜・電極接合体の組立工程においてカーボンペーパとカーボンクロスとを個別に積層させる際に、カーボンペーパおよびカーボンクロスの各々がCCM層に損傷を加えない程度の圧力を加えるので、接触抵抗が大きくなる。さらに、カーボンペーパおよびカーボンクロスのそれぞれに多くの製造工程が必要になり、コストの点でも課題が生じている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003-173789号公報
【特許文献2】特開2009-295509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明においては電極材料に要求されるクッション性を維持しながら、燃料電池セル内においては、発生する水蒸気の排出特性(通気特性)を向上させて発電効率を高める燃料電池用ガス拡散層として適用可能な、さらに、レドックスフロー電池および電気分解装置等の液体セル内においては、接触面積を増やし、流路抵抗を下げ、かつ、厚み方向の電気抵抗を下げることのできる、炭素繊維電極材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の炭素繊維電極材料は、炭素繊維織物から形成され、前記炭素繊維織物を構成する経糸および緯糸のうち、少なくとも一方が紡績糸であって、前記炭素繊維織物の少なくとも一方の面において、織組織における前記紡績糸の浮き部分で、前記紡績糸を構成する複数の単繊維のうちの一部の単繊維が切断された起毛部が形成されており、前記起毛部は、前記緯糸および経糸に対して、斜め方向に延設されていることを特徴とする。
【0010】
本発明の炭素繊維電極材料において、前記起毛部は、前記緯糸の紡績糸を構成する単繊維数の25%以上50%以下の本数が切断されてなることが好ましい。
【0011】
本発明の炭素繊維電極材料において、前記起毛部が形成された紡績糸は、糸巾の細い部分と太い部分とを有し、前記糸巾の細い部分の糸巾は、前記糸巾の太い部分の糸巾の50%以上75%以下であることが好ましい。
【0012】
本発明の炭素繊維電極材料において、前記起毛部は、切断元の前記紡績糸以外の緯糸または経糸に架け渡されていることが好ましい。
【0013】
本発明の炭素繊維電極材料において、前記炭素繊維織物が朱子織もしくはマット織であることが好ましい。
【0014】
本発明の炭素繊維電極材料において、前記起毛部は、前記架け渡された緯糸または経糸と、導電性微粒子とフッ素樹脂とを含むバインダーで結着されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、電極材料に要求されるクッション性を維持しながら、燃料電池セル内においては、発生する水蒸気の排出特性(通気特性)を向上させて発電効率を高める燃料電池用ガス拡散層として適用可能な、さらに、レドックスフロー電池および電気分解装置等の液体セル内においては、接触面積を増やし、流路抵抗を下げ、かつ、厚み方向の電気抵抗を下げることのできる、炭素繊維電極材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、炭素繊維織物における起毛部の形成を説明する模式構造図である。
【
図2】
図2は、起毛部が延設している状態を説明する模式構造図である。
【
図3】
図3は、実施例1の炭素繊維電極材料表面の顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、実施例1における表面粗さ測定の結果を示す図である。
【
図5】
図5は、比較例1における表面粗さ測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の炭素繊維電極材料の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、以下の例に限定および制限されない。なお、以下で参照する図面は、模式的に記載されたものであり、図面に描画された物体の寸法の比率などは、現実の物体の寸法の比率などとは異なる場合がある。図面相互間においても、物体の寸法比率等が異なる場合がある。
【0018】
本発明の炭素繊維電極材料は、炭素繊維織物から形成される層を有している。炭素繊維織物は、アクリル繊維を焼成、炭化することで得られる炭素繊維織物である。前記炭素繊維織物を構成する経糸および緯糸のうち、少なくとも緯糸は紡績糸である。そして、この紡績糸を構成する複数の単繊維のうちの一部の単繊維が切断されて、起毛部が形成されている。
図1は、炭素繊維織物における起毛部の形成を説明する模式構造図であり、一例として、緯糸4本のうち3本が浮いた朱子織を示している。同図に示すように、炭素繊維織物の織組織における緯糸の浮き部分(緯糸が経糸の上にある部分)の、「切断箇所」と示した位置で、前記一部の単繊維が切断されることで、起毛部が形成されている。そして、起毛部は、
図2に示すように、前記緯糸および経糸に対して、斜め方向に延設されている。起毛部は、刷毛もしくは空気流で一方向に引きそろえて毛羽伏せすることで、このように斜め方向に延設することができる。起毛部が斜め方向に延設されることにより、炭素繊維織物の目を跨ぎ、経糸の間に架け橋的に渡る繊維が並ぶ。そのため、織物構造でありながら、起伏が抑制された表面構造を得ることができる。ガス拡散層の基材としてこのような炭素繊維織物を用いると、基材上にマイクロポーラス層を形成する際に、陥没部や開口部の発生を抑制することができる。ここで、紡績糸であるために、数本の毛羽が織目を斜めに延設することはあるが、この程度では好ましい架橋状態とは言えない。
【0019】
起毛部は、前記緯糸の紡績糸を構成する単繊維数の50%以上75%以下の本数が切断されずに残ることが好ましい。切断割合が高くなると緯糸方向の強度が低下するため、炭素繊維電極材料としての性能(引張強度)維持の観点からは、50%以上の本数が切断されずに残っていることが好ましい。また、切断割合が低く起毛部が少なすぎると、炭素繊維織物の目を十分に跨ぐことができず、起伏の抑制が不十分となるおそれがあるため、75%以下の本数が切断されずに残っていることが好ましい。すなわち、切断割合は、25%以上50%以下の本数の単繊維が切断され、織目の隙間を網羅していることが好ましい。
【0020】
上記の切断されずに残る単繊維本数の割合は、次のように測定することができる。まず、炭素繊維電極材料の顕微鏡写真から切断されていない単繊維数を数えるという方法で確認することができる。または、顕微鏡写真での計測に代えて、炭素繊維織物から紡績糸をさばき、その糸束において、拡大鏡を用いて明らかに細い部分の10か所の平均糸巾を、明らかに太い部分の10か所の平均糸巾に対する割合として%表示することで算定することができる。なお、このとき、紡績糸ゆえの明らかな毛羽糸や、無撚糸ゆえ糸束から明らかに遊離した糸は無視する。
【0021】
起毛部は、経糸に対して30°以上60°以下の角度に引き揃えられていることが好ましい。前記引き揃えの角度は、
図2におけるθAまたはθBのように、経糸と起毛部とが交差する鋭角側の角度とする。なお、後述のMPL層形成後の炭素繊電極材利用でも、MPL層を構成する樹脂の分解温度以上に焼成すれば、起毛部の状況は判別できる。このような起毛部の形成は、例えば、次の方法で行うことができる。炭素繊維織物の出発材料である極細PAN紡績糸からなる織物の耳端部補強した帯状の両端をミシン縫いし、4本ローラの外周を経糸と緯糸に一定張力かけて経糸方向に連続走行させる。その布面に植針ローラを押し当て緯糸の少し浮いている一部の単繊維を切断して起毛させる。そのときの切断される単繊維数は、布の張力の強弱で調整できる。起毛装置は金井重要工業株式会社製、KU-50S等が選択できる。また、前記植針ローラとは、針を放射線状に植え付けたローラである。また、起毛した単繊維を、経糸に対し起毛単繊維が30°~60°に引き揃えられるように、刷毛もしくはエアブラシで一定方向に毛羽伏せする。次に、この織物を耐熱性で平滑な平板間に、所定のシムで適度の隙間(好ましくは織物厚みの1~2倍の隙間)を確保し、毛羽伏せした状態で織物を挟みながら耐炎化と炭化焼成をする。ここで、起毛した単繊維を腰のやわらかい塗装用等の刷毛で撫でるようにして毛羽伏せするとともに、同時に浮遊繊維を除去し、実使用時に、短繊維が遊離しないようにすることも重要である。
【0022】
起毛部は、切断元の紡績糸以外の緯糸または経糸に架け渡されていることが好ましく、架け渡された緯糸または経糸と、導電性微粒子とフッ素樹脂とを含むバインダーで結着されていることがより好ましい。前記バインダーとしては、MPLインクを用いることができる。MPLインクとは、マイクロポーラス層形成のための材料であって、一般に、炭素質粉末等の導電性微粒子とそのバインダーであるフッ素樹脂粒子、界面活性剤が水中に分散したインクである。MPLインク塗布後に、乾燥および焼結して緯糸と経糸とを結着させる。導電性微粒子を含んだマイクロポーラス層用の樹脂、例えばポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)の場合には、370℃で5分間硬化して結着する。また、レドックスフロー電池の電極用途には、例えば、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)やポリビニルアルコール(PVA)等の、上記の条件での加熱で消失する微細粒子を含んだフッ素樹脂で結着させると、比表面積が増えるため効率が向上し、好ましい。前記微細粒子の粒子径は、5μm以下が好ましく、より好ましくは2μm以下である。
【0023】
このように、毛羽伏せされた単繊維(起毛部)が織目空間を網羅するような状態で、経糸や緯糸に結着していることで、実使用時に、電解質膜を両極で挟持した際に、炭素繊維電極材料の織目空間部分のMPL層と電解質膜との密着性が確保され、両者の良好な接触状態が担保される。一方、前記MPL層の反対面のセパレータ側において、この炭素繊維電極材料の織物がセパレータの溝内に食い込むと、流路が減少し水はけが悪くなり、生成水による水詰まり現象を起こしやすくなる。しかし、織目を架橋する繊維(起毛部)が存在する本発明の炭素繊維電極材料を用いた燃料電池用ガス拡散層では、上述のとおり、経糸や緯糸に毛羽伏せ繊維(起毛部)が結着されて補強されているため、セパレータ溝への食い込み量も少なくなり、通気性や水はけ性が保たれる。
【0024】
なお、起毛部が炭素繊維織物の織目を十分に跨ぐとともに、他の糸条に確実に架け渡すためには、起毛部の長さを織物の目の幅よりも長くする必要がある。そこで、炭素繊維織物の織組織を、例えば、緯糸の3本に1本もしくは4本に1本が浮くような朱子織とし、その浮いた緯糸を切断することで、起毛部の長さを確保することができる。
【0025】
なお、
図1では、緯糸4本のうち3本が浮いた朱子織を例示して切断箇所を示したが、本発明はこれに限られるものではない。緯糸の浮き部分で一部の単繊維を切断し、形成された起毛部が斜め方向に延設されればよいが、2本以上浮いている緯糸を有している織り組織であることが好ましい。前記以外にも、具体的には、5枚2飛び朱子織、5枚3飛び朱子織、7枚2飛び朱子織、8枚3飛び朱子織、2本以上の糸を一組にして平織するマット織等が好ましくあげられる。なお、浮き本数が多くなりすぎると、経糸の拘束が弱く、目ずれを起こすなど織目が正則でなくなりやすくなる。そのため、浮き本数は5本までが望ましい。
【0026】
本発明の炭素繊維電極材料は、織物であって、経糸間を緯糸の起毛単糸(起毛単繊維)によって橋架けされた構造であるとともに、起毛単糸(起毛単繊維)の一方端が緯糸に撚り込まれた構造であることが特徴である。このことにより織目の中間部においても、電子が移動できる良好な導電体を確保でき、電気化学反応を促進することができる。また、本願のような炭素繊維電極材料を構成する繊維内の導電抵抗は、カーボンペーパのような短い繊維がバインダーで結着固定された材料に比較して、接触抵抗がより低くなり得るといえる。また、織物であると、平2重織などの織り方とすることで、カーボンペーパ等の紙や不織布等では容易に形成されない、糸条に沿った方向の微小な線状の凹凸構造を形成することもできる。この構造は、液体や気体の流路とすることができ、セパレータで挟持した際には、流体の流路抵抗を下げることができ、好ましい。
【0027】
以上においては、少なくとも緯糸に紡績糸を用いた織物について説明したが、本発明においては、紡績糸は緯糸に代えて経糸のみに用いてもよいし、緯糸および経糸の両方を紡績糸として、緯糸および経糸の両方について一部の単繊維を切断する態様としてもよい。
【実施例0028】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
【0029】
[実施例1]
1.燃料電池用ガス拡散層の作製
(1)出発繊維繊維織物
出発繊維織物として、カバーファクターがデニール換算959で、緯糸が5本中4本が浮く朱子織のアクリル紡績糸織物を織った。経糸は100メートル番手に消失繊維(PVA)で撚りを戻すように合糸し、緯糸は同じく200メートル番手の撚りを戻すようにした合糸である。経糸はインチ当たり70本とした。織布後消失繊維を温水で洗い落とし、実質無撚り糸からなる織物とした。
【0030】
(2)起毛部の形成
得られたアクリル紡績糸織物の浮いた緯糸を毛羽立て機(金井重要工業株式会社製、KU-50S)にて、部分的に破れず、拡大鏡で毛羽が織目以上の長さで毛羽立てできている設定条件として部分的に単繊維を切断して毛羽(起毛部)を形成し、刷毛で毛羽が経糸に45度になるように毛羽伏せし、毛羽伏せ布を作製した。ここで毛羽伏せ後の織物の目付は毛羽伏せしない織物の目付の94%であった。
【0031】
(3)炭素繊維織物作製
得られた毛羽伏せ後の織物の厚みの1.5倍の隙間を確保するシムを外周に配して、毛羽伏せ後の織物を耐熱板で挟み、耐炎化処理と炭化処理を実施して毛羽伏せ炭素繊維織物である炭素繊維電極材料を得た。ここで、織物の厚みとは、ミツトヨ製デジマチックインディケータの平押1cm径端を上から押し当てた時の値とした。得られた炭素繊維電極材料の毛羽伏せした面の表面顕微鏡写真を
図3に示す。得られた毛羽伏せ炭素繊維織物の緯糸をさばき、その糸束において、拡大鏡を用いて測定した、明らかに細い部分の10か所の平均糸巾と、明らかに太い部分の10か所の平均糸巾とを算出したところ、細い部分の前記平均糸巾は、太い部分の前記平均糸巾の66%であった。この緯糸の紡績糸は、単繊維数の34%の本数が切断されていると見積もることができる。得られた炭素繊維電極材料の経糸のピッチは、280μmであった。
【0032】
(4)MPLインク塗布(MPL層形成)
導電性微粒子としてカーボンブラックおよびカーボンナノチューブ粒子を、フッ素樹脂としてPTFE樹脂を含んだ水溶性のMPLインク(バインダー)を調合した。そして、このMPLインクを、得られた炭素繊維電極材料に、塗布目付が11g/m2になるように転写方式で塗布し、370℃で5分間焼成した。焼成後の炭素繊維電極材料では、起毛部が結着されていることが確認できた。
【0033】
なお、本願にて「目付け」とは、日本工業規格(JIS)L02028における「毛織物などの単位面積当たりの質量を表す単位で、1m2当りのグラム数」と同義である。
【0034】
(5)表面粗さ測定
MPLインクを塗布し、焼成した後の炭素繊維電極材料を、ゼロから200N/cm
2まで加圧することを5回繰り返した後、そのMPLインク塗布側(MPL層側)の平面の表面粗さを、非接触表面粗さ機能のあるデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、VHX700)で測定した。
図4に表面粗さ測定の結果を示す。経糸断面方向の表面粗さは、280μmピッチの周期で最大5μm以内であり、燃料電池用ガス拡散層として使用した場合に、発電性能に影響の及ばないへこみ量であった。図示しないが、MPL層の反対面のセパレータ側から紡績糸の単繊維の一部が切断されて、織糸方向に対して斜め方向に延設されて、織目中央部のMPL層の表面を覆っていることが観察された。
【0035】
[比較例1]
出発繊維織物として、実施例1と同じ紡績糸からなる、カバーファクターがデニール換算959である平織のアクリル紡績糸織物を用い、起毛部の形成を行わなかった以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維電極材料を得た。得られた炭素繊維織物の緯糸をさばき、その糸束において、拡大鏡を用いて測定した、明らかに細い部分の10か所の平均糸巾と、明らかに太い部分の10か所の平均糸巾とを算出したところ、細い部分の前記平均糸巾は、太い部分の前記平均糸巾の87%であった。この値は、切断の工程のない通常の工程で発生する紡績糸のばらつき範囲であった。得られた炭素繊維電極材料の経糸のピッチは280μmであった。
【0036】
MPLインクを塗布し焼成後に、MPL層側の表面粗さを測定した結果を
図5に示す。経糸断面方向の表面粗さは、280μmピッチの周期で最大12μmもあった。これは、燃料電池用ガス拡散層として使用した場合に、押圧不足を招く基準を超える値である。起毛部の形成を行わない平織である場合には、MPL層形成後に表面の凹凸が改善されていないことがわかる。
【0037】
実施例1の炭素繊維電極材料では、起毛部が斜め方向に延設されていることにより、比表面積を大きくするとともに、織目中央部の空間の剛性が上がっている。そのため、MPL層形成(MPLインクの塗布)の際に、織目中央部の空間部分での凹みが生じにくくなった。MPL層を形成した炭素繊維電極材料を、電解質膜とセパレータで挟持するとき、その押圧で経糸の直角断面におけるMPL層の表面粗さは、経糸ピッチの周期的な凹凸が発生する。毛羽伏せ布のように織目をまたぐ繊維(起毛部)があると、その繊維は補強繊維として作用し、表面の凹み変形は、燃料電池の発電性能に大きく影響しない程度の変形量(6μm以内)に収めることができ、密着性を確保している。一方、毛羽伏せのない布で織目をまたぐ補強材がないときは、比較例1のように約2倍凹み、接触不良をおこす。
【0038】
織構造としては、一般的には、朱子織は平織と比較して、MPL面を押したときに凹凸が発生しやすい。朱子織は、織糸の橋渡し距離が長くなる部分があるため、凹凸面になりやすい構造であるためである。しかし、上述のように、毛羽伏せを行った朱子織の炭素繊維織物では、MPL層形成後に、比較例1の平織に比べてその凹凸は改善されており、実施例1の毛羽の橋渡し効果は十分あることが示されたといえる。
【0039】
以上、本発明の炭素繊維電極材料について、燃料電池用ガス拡散層としての特性を確認した結果を例示して説明した。しかし、本発明の炭素繊維電極材料の用途は、燃料電池用ガス拡散層に限定されるものではなく、レドックスフロー電池および電気分解装置等の液体セル内において、好適に使用することができる。レドックスフロー電池および電気分解装置に使用される形態においては、本発明の炭素繊維電極材料を用いた正極および負極の電極で電解質膜を挟み、流体流路を確保するセパレータで挟持して使用することができる。この電極についても、厚み方向の電気抵抗が低く、流路抵抗も低く、電解質膜と安定して密着させることができ、耐酸性であるとの要求特性は、燃料電池用ガス拡散層と同じである。