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特開2023-124857リチウムイオン二次電池を失活化する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023124857
(43)【公開日】2023-09-06
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池を失活化する方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/54 20060101AFI20230830BHJP
   B09B 3/70 20220101ALI20230830BHJP
   B09B 3/35 20220101ALI20230830BHJP
   B09B 5/00 20060101ALI20230830BHJP
   B09B 101/16 20220101ALN20230830BHJP
【FI】
H01M10/54
B09B3/70 ZAB
B09B3/35
B09B5/00 Z
B09B101:16
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027425
(22)【出願日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2022028632
(32)【優先日】2022-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「資源循環システムの構築へ向けたLIBのオンサイト型安全失活処理」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】安田 幸司
(72)【発明者】
【氏名】岸本 章宏
(72)【発明者】
【氏名】竹村 育生
(72)【発明者】
【氏名】道明 亮太
【テーマコード(参考)】
4D004
5H031
【Fターム(参考)】
4D004AA23
4D004BA05
4D004CA04
4D004CA34
4D004CC12
5H031EE01
5H031EE03
5H031EE04
5H031HH03
5H031HH06
5H031RR02
(57)【要約】
【課題】酸素ガスの発生を抑制しつつリチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に失活化させる方法を提供する。
【解決手段】リチウムイオン二次電池を失活化させる方法であって、
(1)ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液中に、前記リチウムイオン二次電池を浸漬する工程
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池を失活化させる方法であって、
(1)ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液中に、前記リチウムイオン二次電池を浸漬する工程
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である、方法。
【請求項2】
前記水溶液がアルカリ水溶液中である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ハロゲン化物イオンが、塩化物イオン、臭化物イオン及びヨウ化物イオンよりなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ハロゲン化物イオンの濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、請求項1又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記還元剤が、ヨウ化物イオン、硫黄系オキソ酸イオン、尿素化合物、リン系オキソ酸イオン、及び有機酸よりなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記還元剤の濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、請求項1又は5に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(1)を不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下で行う、請求項1、3又は5に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(1)において、前記水溶液がアルカリ土類金属化合物の溶液である、請求項1、3又は5に記載の方法。
【請求項9】
前記アルカリ土類金属化合物の濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記工程(1)において、前記水溶液が石灰水である、請求項1、3又は5に記載の方法。
【請求項11】
前記工程(1)の後、
(2)前記水溶液中で、前記リチウムイオン二次電池を開口する工程
を備える、請求項1、3又は5に記載の方法。
【請求項12】
前記工程(2)を不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下で行う、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記リチウムイオン二次電池を開口する工程が、前記リチウムイオン二次電池を破砕又は切断するか、前記リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けるか、又は前記リチウムイオン二次電池のケーシングの一部又は全部を開封する工程である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記工程(2)において、前記リチウムイオン二次電池を開口した後に、前記リチウムイオン二次電池を10分以上水溶液中で浸漬する、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
前記工程(2)の後、
(3)失活処理を施したリチウムイオン二次電池を乾燥させる工程
を備える、請求項11に記載の方法。
【請求項16】
リチウムイオン二次電池から金属元素を分離回収する方法であって、
請求項11に記載の方法によりリチウムイオン二次電池を失活化させた後、前記失活化させたリチウムイオン二次電池を粉砕し、物理選別する工程
を備える、方法。
【請求項17】
リチウムイオン二次電池を失活化させるために使用されるリチウムイオン二次電池失活化装置であって、
ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液が貯留されるチャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、前記チャンバー内に投入されたリチウムイオン二次電池を開口する機構と
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である、リチウムイオン二次電池失活化装置。
【請求項18】
前記チャンバー上に配置され、前記水溶液の上に形成される閉鎖空間を外部から隔離するための開閉可能な蓋と、
不活性ガス又は還元性ガスを前記閉鎖空間に供給するガス供給部と
をさらに備える、請求項17に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置。
【請求項19】
請求項17又は18に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置を備える、車両。
【請求項20】
請求項17又は18に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置を備える、可搬性プラント。
【請求項21】
請求項1、3又は5に記載の方法を用いる、リチウムイオン二次電池リサイクル方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池を失活化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会においてリチウムイオン二次電池の需要が増加するとともに、使用済みリチウムイオン二次電池(廃リチウムイオン二次電池)の効率的なリサイクルの重要性も増している。特に、リチウムイオン二次電池には希少な資源が含まれているため、その廃電池はリサイクルされることが好ましい。しかしながら、リチウムイオン二次電池は反応性の高いリチウム(Li)化合物を含んでおり、不適切な取り扱いによって発火する事故が報告されている。また、過去には廃リチウムイオン二次電池の処理を行う際に爆発も起こっている。このような理由から、特に電動車等に利用される大型のリチウムイオン二次電池については、「安全な失活と解体」が課題となっている。廃リチウムイオン二次電池を高温で焼却処理する、又は高温水蒸気処理することも想定されているが、リチウムイオン二次電池中の有機溶媒の燃焼、分解、蒸発等によって生じる有害なガスの無害化等のために大型の処理設備が必要となる。また、このような大型設備を備える処理場は各地に分散して設置することが難しく、大型の廃リチウムイオン二次電池を処理場まで輸送する際には安全性を担保するために特殊な容器に厳重に梱包して輸送する必要がある。
【0003】
このような状況下、廃リチウムイオン二次電池をリサイクルのために失活化させる方法としては、例えば、特許文献1には、放電後に廃リチウムイオン二次電池を焼却処理することが記載されている。また、特許文献2には、アルゴン、二酸化炭素等の雰囲気下でリチウムイオン二次電池を機械的に乾式粉砕することが記載されている。
【0004】
特許文献1のように、高温焼却によってリチウムを失活化することを前提とした研究が多くなされているが、この場合は高温焼却設備が必要となり、大型の処理設備が必要となることは避けられず、都市部における分散型処理には適さないうえに、リチウムイオン二次電池の電解液中に含まれる有機溶媒の燃焼により生じる有害なフッ素を含むガスを無害化させる課題が生じる。また、特許文献1の方法では、リチウムやアルミニウムはスラグ相に分配されるため回収することができない。一方、特許文献2の方法では、アルゴン、二酸化炭素等の雰囲気下であっても、乾式粉砕することによって廃リチウムイオン二次電池が激しく発火及び発熱し得る非常に危険な方法であるため、大型のリチウムイオン二次電池の安全な失活処理には不適切である。そこで、発熱及び有害なガスの発生を防ぐために、特許文献3では水、アルコール、酸の液体中又は不活性ガス中でリチウムイオン二次電池を切断又は破砕を、特許文献4では水中でシュレッダー破砕を行う方法が開発されている。ただし、水及び酸中で雰囲気を制御せずにリチウムイオン二次電池を切断した場合、電解液に含まれるカーボネート等の有機溶媒の加水分解によってガスが発生し、失活後の液の保管や輸送に危険性がある。
【0005】
そこで、このような課題を解決することができるリチウムイオン二次電池の失活化方法として、特許文献5では、不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下の水中や、アルカリ水溶液中でリチウムイオン二次電池を開口することが知られており、火気を抑止し、リチウムイオン二次電池の開口に伴って生じる反応ガスを希釈し、安全なリチウムイオン二次電池の失活処理が可能となった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許出願公開第2005/0235775号
【特許文献2】特表2007-531977号公報
【特許文献3】特開平6-141805号公報
【特許文献4】国際公開第2017/006209号
【特許文献5】国際公開第2021/201151号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献5では、反応ガスとして主に水素ガスを想定しており、水素ガスによる火炎の危険性を排除することができている。ただし、実験検証を進めるにつれて、解体の条件にによっては、酸素ガスが相当量発生していることが明らかとなった。これは、リチウムイオン二次電池の正極の酸化作用により水溶液から酸素ガスが発生するためである。このように酸素ガスが発生すると、結局装置内において水素ガスと酸素ガスとが接触混合する機会が生まれることとなる。このため、酸素ガスの発生を抑制しつつリチウムイオン二次電池を失活処理する方法が求められている。このようなケースは、正極がアルミニウム箔から剥がれた場合や、アルミニウム箔が全て酸化された後等が顕著と考えられ、アルミニウムが酸化されない状況になった場合を想定すると、酸素ガスの発生や、水素ガスへの引火、爆発の懸念が考えられる。
【0008】
本発明は、上記のような課題を解決しようとするものであり、酸素ガスの発生を抑制しつつリチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に失活化させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記問題点を解決するために鋭意検討した結果、ハロゲン化物イオン及び/又は特定の還元剤を含む水溶液中に、リチウムイオン二次電池を浸漬することで、酸素ガスの発生を抑制しつつリチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に失活化処理することができることを見出した。これらの知見に基づいて、本発明者らは、さらに研究を重ね、本発明を完成させた。即ち、本発明は以下の態様を包含する。
【0010】
項1.リチウムイオン二次電池を失活化させる方法であって、
(1)ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液中に、前記リチウムイオン二次電池を浸漬する工程
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である、方法。
【0011】
項2.前記水溶液がアルカリ水溶液中である、項1に記載の方法。
【0012】
項3.前記ハロゲン化物イオンが、塩化物イオン、臭化物イオン及びヨウ化物イオンよりなる群から選ばれる少なくとも1種である、項1又は2に記載の方法。
【0013】
項4.前記ハロゲン化物イオンの濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【0014】
項5.前記還元剤が、ヨウ化物イオン、硫黄系オキソ酸、リン系オキソ酸、有機酸よりなる群から選ばれる少なくとも1種である、項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【0015】
項6.前記還元剤の濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【0016】
項7.前記工程(1)を不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下で行う、項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【0017】
項8.前記工程(1)において、前記水溶液がアルカリ土類金属化合物の溶液である、項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【0018】
項9.前記アルカリ土類金属化合物の濃度が、1.00×10-5~3.0mol/Lである、項8に記載の方法。
【0019】
項10.前記工程(1)において、前記水溶液が石灰水である、項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【0020】
項11.前記工程(1)の後、
(2)前記水溶液中で、前記リチウムイオン二次電池を開口する工程
を備える、項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【0021】
項12.前記工程(2)を不活性ガス雰囲気下又は還元性ガス雰囲気下で行う、項11に記載の方法。
【0022】
項13.前記リチウムイオン二次電池を開口する工程が、前記リチウムイオン二次電池を破砕又は切断するか、前記リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けるか、又は前記リチウムイオン二次電池のケーシングの一部又は全部を開封する工程である、項11又は12に記載の方法。
【0023】
項14.前記工程(2)において、前記リチウムイオン二次電池を開口した後に、前記リチウムイオン二次電池を10分以上水溶液中で浸漬する、項11~13のいずれか1項に記載の方法。
【0024】
項15.前記工程(2)の後、
(3)失活処理を施したリチウムイオン二次電池を乾燥させる工程
を備える、項11~14のいずれか1項に記載の方法。
【0025】
項16.リチウムイオン二次電池から金属元素を分離回収する方法であって、
項11~15のいずれか1項に記載の方法によりリチウムイオン二次電池を失活化させた後、前記失活化させたリチウムイオン二次電池を粉砕し、物理選別する工程
を備える、方法。
【0026】
項17.リチウムイオン二次電池を失活化させるために使用されるリチウムイオン二次電池失活化装置であって、
ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液が貯留されるチャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、前記チャンバー内に投入されたリチウムイオン二次電池を開口する機構と
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である、リチウムイオン二次電池失活化装置。
【0027】
項18.前記チャンバー上に配置され、前記水溶液の上に形成される閉鎖空間を外部から隔離するための開閉可能な蓋と、
不活性ガス又は還元性ガスを前記閉鎖空間に供給するガス供給部と
をさらに備える、項17に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置。
【0028】
項19.項17又は18に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置を備える、車両。
【0029】
項20.項17又は18に記載のリチウムイオン二次電池失活化装置を備える、可搬性プラント。
【0030】
項21.項1~16のいずれか1項に記載の方法を用いる、リチウムイオン二次電池リサイクル方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、酸素ガスの発生を抑制しつつ廃リチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に失活化させることができる。このため、失活処理物を簡便且つ安全に輸送することができ、廃リチウムイオン二次電池のリサイクルを促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】一般的な小型リチウムイオン二次電池の構成及び各部材の原料価格を示す。
図2】リチウムイオン二次電池から金属元素を分離回収する方法の一例を示す。
図3】廃リチウムイオン二次電池をオンサイト(自動車解体工場や事故現場等)で失活処理及び各元素分離回収可能な車両の一例を示す。
図4】本発明のリチウムイオン二次電池失活化装置の概略図を示す。(a)外観写真。(b)平面図。(c)断面図。
図5】本実施例において、「前処理なし」、「開封」及び「切断」の意味を説明する写真である。
図6】参考例1において、ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて失活処理中の酸素濃度及び水素濃度を分析した結果を示す。
図7】参考例1において、リチウムイオン二次電池の失活化処理及び元素分離処理のフローチャートを示す。分離された試料の様子も示す。
図8】参考例1において、リチウムイオン二次電池の失活化処理及び元素分離処理のフローチャートを示す。分離された試料の回収率も示す。
図9】実施例1~2で使用した装置の概略を示す。
図10】実施例1におけるガスクロマトグラフィーの結果を示す。
図11】LiCl添加石灰水中での各反応での仮想的な分極曲線を示す。
図12】LiF添加石灰水中での各反応での仮想的な分極曲線を示す。
図13】実施例3~6及び比較例1で使用した装置の概略を示す。
図14】合成例5のLiOH添加石灰水を用いた、比較例1の浸漬電位の測定結果を示す。
図15】合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いた、比較例2の浸漬電位の測定結果を示す。
図16】合成例1のLiCl添加石灰水A、合成例2のLiF添加石灰水A、合成例3のLiCl添加石灰水B、又は合成例4のLiF添加石灰水Bを用いた、実施例3~6の浸漬電位の測定結果を示す。
図17】I-HO系の電位-pH図を示す。
図18】合成例6のLiI添加石灰水を用いた、実施例7の浸漬電位の測定結果を示す。
図19】合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用いた、実施例8の浸漬電位の測定結果を示す。
図20】合成例9のアスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水を用いた、実施例9の浸漬電位の測定結果を示す。
図21】合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を用いた、実施例10の浸漬電位の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本明細書において、数値範囲を「A~B」で表示する場合、A以上B以下を意味する。また、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する。
【0034】
1.リチウムイオン二次電池を失活化させる方法
まず、一般的な小型リチウムイオン二次電池の構成及び各部材の原料価格を図1に示す。一般的なリチウムイオン二次電池から樹脂製外装を除去すると、アルミニウム等で構成され、制御基板が付されているケーシングが現れる。この中には、正極活物質、正極集電体(アルミニウム箔)、負極活物質、負極集電体(銅箔)、電解液、セパレータ、絶縁フィルム等が包含されている。これらのうち、各部材の原料価格を比較すると、正極活物質が全体の約79%を占めており、いずれもリチウムを含んでいる。つまり、リチウムイオン二次電池からのリサイクル効率を考慮すれば、リチウムを回収することが好ましく、さらに、正極活物質中の金属元素、特にニッケル及びコバルトも合わせて回収することがより好ましい。
【0035】
一方、従来のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法では、特許文献1のように、高温焼却によってリチウム化合物を失活化することを前提とした研究が多くなされている。この場合は高温焼却設備や電解液中に含まれる有機溶媒の燃焼により生じる有害なフッ素を含むガスを無害化するための大型の処理設備が必要となることは避けられず、各地での分散型処理には適さない。
【0036】
特許文献1のように、高温焼却によってリチウム化合物を失活化させる方法では、高温炉でリチウムイオン二次電池を加熱融解し、有価物を溶融合金中に溶け込ませる。この後、合金を酸浸出し、溶媒抽出によって各元素を分離することとなる。しかしながら、特許文献1の方法では、リチウムや黒鉛はスラグ相に分配されるため回収することができない。このことから、リチウムイオン二次電池中に含まれるリチウムを回収できていない。つまり、従来のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法では、効率のよいリサイクル方法とは言えない。
【0037】
それに対して、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法は、
(1)ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液中に、前記リチウムイオン二次電池を浸漬する工程
を備え、
前記還元剤は、前記水溶液のpHにおいて、O/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)である。
【0038】
また、工程(1)の後、
(2)前記水溶液中で、前記リチウムイオン二次電池を開口する工程
を備えることが好ましい。これにより、水溶液中で酸素ガスを発生させにくく、より安全に失活処理を行いやすい。
【0039】
また、失活処理終了後は、そのまま放置することもできるが、工程(2)の後、
(3)失活処理を施したリチウムイオン二次電池を乾燥させる工程
により、失活処理における反応を終了させることも好ましい。
【0040】
水溶液中でリチウムイオン二次電池を処理する場合、正極集電体としてアルミニウム箔、正極活物質としてLi0.23Ni0.86Co0.14が使用されている(NCA正極で少量の含有成分であるAlを除外した物質、以下同様)と仮定した場合、正極中のリチウム量の変化をΔXLiと仮定すると、
酸化反応:
(1)4OH → O + 2HO + 4e
(2)Al + 3OH → Al(OH) + 3e
還元反応:
(3)Li0.23Ni0.86Co0.14 + ΔXLiLi + ΔXLi
→ Li0.23+ΔXLiNi0.86Co0.14
(4)2HO + 2e → H + 2OH
が想定される。
【0041】
水溶液中にハロゲン化物イオン(特に、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等)を含ませた場合は、アルミニウム酸化及び水素発生、つまり、(2)及び(4)の反応が主に進行すると想定され、酸素ガスが発生しないものと想定される。
【0042】
このように、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、ハロゲン化物イオン(特に、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等)及び/又は還元剤を含む水溶液中でリチウムイオン二次電池の開口を行うことで、酸素ガスの発生を抑制しつつ、リチウムイオン二次電池中に含まれるリチウム化合物を穏やかに失活させることが可能である。しかも、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法では、リチウム、ニッケル及びコバルトを固体として回収することができ、銅及びアルミニウムを金属のまま回収することが可能である点においても有用である。
【0043】
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、有毒ガスも発生せず、比較的小型の設備で行うことができ、安全にリチウムイオン二次電池の解体を行うことが可能である。
【0044】
このため、ごみ焼却場、自動車解体場等の都市部の各所においても簡便且つ安全にリチウムイオン二次電池の解体処理を行うことができ、リチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に解体及び輸送することが可能である。
【0045】
(1-1)水溶液
工程(1)では、ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液中に、前記リチウムイオン二次電池を浸漬する。
【0046】
工程(1)において使用できる水溶液としては、特に制限されるわけではなく、酸性水溶液、中性水溶液及びアルカリ水溶液のいずれも採用できる。例えば、酸性水溶液では、アルミニウムの酸化作用を強めることができ、酸素発生反応を抑え、安全に失活処理を行えることも期待される。また、後述の図17(I-HO系の電位-pH図)によれば、pH1~14のいずれの領域においても、IO /I、IO /I 、IO /I等の酸化還元電位のほうが、O/HOの酸化還元電位よりも卑な(低い)電位であるため、酸素発生反応よりも、ヨウ化物イオン(I)の酸化反応が優先されることとなり、酸素ガスの発生を抑制できることが理解できる。ただし、発生する二酸化炭素をアルカリ水溶液と反応させることによって捕捉しやすい(アルカリ水溶液として石灰水を使用する場合は、炭酸カルシウムとして固定化しやすい)ため、下記のカーボネートの分解反応を促進したり、有機酸の反応生成物の二酸化炭素の固定の観点から同様の効果の可能性のある、アルカリ水溶液が好ましい。なお、水溶液中でリチウムイオン二次電池の破砕処理を進めるにつれて、電池成分が溶出することで組成が変遷(汚染)することが想定される。本発明で使用する水溶液は、このように、リチウムイオン二次電池の破砕処理を行った後に、電池成分が溶出することで組成が変遷(汚染)した水溶液も包含する。つまり、本発明の方法により、リチウムイオン二次電池の失活化処理を施した後に、使用済の水溶液を使用して、さらに連続的に、本発明の方法により、リチウムイオン二次電池の失活化処理を行うことも可能である。
【0047】
工程(1)において水溶液としてアルカリ水溶液を使用する場合、アルカリ水溶液中に含まれるアルカリ化合物は、水中に溶解させることでアルカリ性(特にpH10~14程度)を呈する化合物であれば特に制限はなく、例えば、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、酸化マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等が挙げられる。これらのアルカリ化合物は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0048】
アルカリ水溶液中のアルカリ化合物の含有量は、飽和濃度以下とすると、リチウムイオン二次電池の失活化処理中の反応によりアルカリ化合物が消費される。具体的には、以下に詳述する。
【0049】
例えばリチウムイオン二次電池中のカーボネートが炭酸エチレンの場合は、水中でカーボネートが加水分解され、以下の反応が引き起こされる。
【0050】
【化1】
【0051】
このとき水中に溶解した二酸化炭素はアルカリ化合物と反応して沈殿するため、上式のカーボネートの加水分解が促進される。例えば、アルカリ化合物が水酸化カルシウムである場合は、以下のように二酸化炭素と反応して炭酸カルシウムを形成する。
【0052】
【化2】
【0053】
また、アルカリ化合物については、上記のカーボネートの分解反応に加え、後述のLiPFの分解反応にも消費される。このため、アルカリ水溶液中のアルカリ化合物の含有量は、飽和濃度以下とすると、リチウムイオン二次電池の失活化処理中の反応によりアルカリ化合物が消費され、カーボネートやLiPFの分解反応が進行しにくくなり、完全に無害化処理できない可能性がある。
【0054】
このため、工程(1)において、アルカリ水溶液を使用する場合、アルカリ水溶液中のアルカリ化合物の含有量は、飽和濃度以上として、一部のアルカリ化合物を沈殿させておくことが好ましい。これにより、リチウムイオン二次電池の失活化処理中の反応によりアルカリ化合物が消費されたとしても、その分沈殿からアルカリ水溶液中に溶解してアルカリ化合物の濃度を補充することができる。
【0055】
例えば、アルカリ化合物として水酸化カルシウムを採用する場合は、水酸化カルシウムは水100mL中に室温で0.17gしか溶解しないが、アルカリ水溶液中に含ませる水酸化カルシウムの量は過剰量として、溶解分と沈殿分を合わせて、水100mLに対して、例えば0.17~100g、特に0.4~10g添加することが好ましい。
【0056】
加えて、LiPFの分解は、溶解度の高いフッ化ナトリウム、フッ化カリウム等を生成するアルカリ金属化合物と比較して、溶解度の低いフッ化マグネシウムやフッ化カルシウム等を生成するアルカリ土類金属化合物(特に、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物;酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属酸化物等)の方が効果が高いことから、分解速度が速くなることが想定され好ましい。
【0057】
工程(1)において使用される水溶液のpHは、特に制限されるわけではなく、1~14とすることができるが、リチウムイオン二次電池の失活化処理の効率、安全性、経済性等の観点から、3~14が好ましく、4~13がより好ましい。なお、工程(1)において使用する水溶液をアルカリ水溶液とする場合は、そのpHを10~14、好ましくは11~13とすることもできる。
【0058】
本発明において、水溶液中に含まれるハロゲン化物イオンとしては、特に制限されるわけではなく、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等を採用することができる。ただし、水溶液として石灰水(水酸化カルシウム水溶液)を採用する、つまり、アルカリ化合物として水酸化カルシウム又は酸化カルシウムを含ませる場合には、フッ化物イオンはカルシウムイオンと反応するために濃度を高くすることが困難である。ハロゲン化物イオン濃度を高くしたほうが、発生する酸素ガス量を低減しやすいため、ハロゲン化物イオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等が好ましく、塩化物イオン、ヨウ化物イオン等がより好ましく、塩化物イオンがさらに好ましい。
【0059】
上記したハロゲン化物イオンは、特に制限されるわけではないが、本発明はリチウムイオン二次電池を失活化させる方法であることを考慮して、リチウム塩として投入されることが好ましい。つまり、ハロゲン化物イオンを含む水溶液は、水溶液中に、フッ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等のハロゲン化リチウムの他、LiPF、LiBF等のハロゲン含有リチウム塩を投入することが好ましく、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等を投入することがより好ましく、塩化リチウム、ヨウ化リチウム等を投入することがさらに好ましく、塩化リチウムを投入することが特に好ましい。
【0060】
本発明において、水溶液中に含まれるハロゲン化物イオンの濃度は、特に制限されるわけではないが、水溶液中で酸素ガスを発生させにくく、より安全に失活処理を行いやすい観点から、1.00×10-5~3.00mol/Lが好ましく、1.00×10-3~1.00mol/Lがより好ましく、5.00×10-2~0.80mol/Lがさらに好ましく、0.15~0.70mol/Lが特に好ましい。
【0061】
本発明において、水溶液中に含まれる還元剤としては、特に制限されるわけではないが、水溶液のpHにおけるO/HOの標準酸化還元電位よりも卑な標準酸化還元電位の酸化還元対(Ox/Red)を有する還元体(Red)を採用することが好ましく、ヨウ化物イオン、低価数の硫黄系オキソ酸イオン(例えば、亜硫酸水素イオン、チオ硫酸イオン、二亜硫酸イオン、亜ジチオン酸イオン等の1~5価の硫黄系オキソ酸イオン等)、尿素化合物(例えば、尿素、チオ尿素、二酸化チオ尿素等)、低価数のリン系オキソ酸イオン(例えば、亜リン酸イオン、次亜リン酸イオン等の1~3価のリン系オキソ酸イオン)、有機酸(例えば、ギ酸等のモノカルボン酸;シュウ酸、クエン酸、アスパラギン酸等のポリカルボン酸;アスコルビン酸等のラクトン)等を採用することができる。これらの還元剤を使用した場合には、酸素発生よりも還元剤の酸化が優先され、酸素ガスの発生を抑制することができる。水溶液中で酸素ガスを発生させにくく、より安全に失活処理を行いやすい観点から、ヨウ化物イオン、尿素化合物、有機酸等が好ましい。
【0062】
上記した還元剤は、特に制限されるわけではないが、そのまま投入することもできるし、本発明はリチウムイオン二次電池を失活化させる方法であることを考慮して、リチウム塩として投入することもできる。つまり、還元剤を含む水溶液は、水溶液中に、ヨウ化リチウム;尿素、チオ尿素、二酸化チオ尿素等の尿素化合物;亜硫酸水素リチウム、チオ硫酸リチウム、二亜硫酸リチウム等の硫黄系オキソ酸リチウム;亜リン酸リチウム、次亜リン酸リチウム等のリン系オキソ酸リチウム;ギ酸、シュウ酸、クエン酸、アスパラギン酸、アスコルビン酸等の有機酸;ギ酸リチウム、シュウ酸リチウム、クエン酸リチウム、アスパラギン酸リチウム、アスコルビン酸リチウム等の有機酸リチウム等を投入することが好ましく、ヨウ化リチウムを投入することがより好ましい。
【0063】
本発明において、水溶液中に含まれる還元剤の濃度は、特に制限されるわけではないが、水溶液中で酸素ガスを発生させにくく、より安全に失活処理を行いやすい観点から、1.00×10-5~3.00mol/Lが好ましく、1.00×10-3~1.00mol/Lがより好ましく、5.00×10-2~0.80mol/Lがさらに好ましく、0.15~0.70mol/Lが特に好ましい。
【0064】
なお、工程(1)において使用する水溶液の使用量は過剰量が好ましい。具体的には、以下に詳述する。
【0065】
本発明では、リチウムイオン二次電池中の活性なリチウム化合物が水と接触して優先的に反応し、水素を発生しながら穏やかに失活していく。この際の反応は、反応式:
LiC+yHO→y/2H+Li+yOH+xC
に従って進行する。この際、リチウムイオン二次電池の電解液中に含まれる可燃性の有機溶媒は、水中へ溶解させて希釈されるうえに、反応前後において酸素濃度は一定、つまり、反応により酸素が発生せず、水溶液が急激な温度上昇を防止する冷却剤としても機能するので、発火及び発熱を抑制することができ、安全な方法である。また、過剰量の水により、上記反応において水(HO)が不足することもない。
【0066】
なお、この反応では、水酸化物イオンが発生するが、後述のカーボネートやLiPFの分解反応に消費されるため、pHを酸性領域、中性領域又はアルカリ性領域のうちの適切な範囲で維持し、失活化処理を継続して行いやすい。
【0067】
以上のことから、工程(1)において使用する水溶液の使用量は過剰量が好ましく、対象とするリチウムイオン二次電池の容量1Whに対して、50mL以上が好ましく、100mL以上がより好ましく、500mL以上がさらに好ましい。なお、工程(1)において使用する水溶液の使用量は多いほどよく、上限値は特に制限はないが、装置の小型化の観点からあまり多くの水溶液を用いるのは好ましくない。このため、水溶液は、対象とするリチウムイオン二次電池の容量1Whに対して、20L以下であるのが好ましい。通常、対象とするリチウムイオン二次電池の容量1Whに対して75mL~15L程度が特に好ましい。
【0068】
なお、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法において、投入されるリチウムイオン二次電池は、特に制限されない。例えば、使用済の廃リチウムイオン二次電池をそのまま投入することもできるし、使用済の廃リチウムイオン二次電池をあらかじめ放電処理を施した後に投入することもできる。このように、あらかじめ放電処理を施した場合には、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法を採用する際に、水素ガスと酸素ガスとが発生して水素爆発を起こす懸念をさらに低減しやすいとともに、急激な発熱により溶媒が燃焼して爆発する懸念もさらに低減しやすい。
【0069】
使用済の廃リチウムイオン二次電池をあらかじめ放電処理を施す場合は、当該廃リチウムイオン二次電池を水溶液中に浸漬することができる。
【0070】
放電処理に用いる水溶液は、特に制限されるわけではないが、塩化ナトリウム水溶液、塩化カリウム水溶液等を採用することができる。
【0071】
ただし、当該廃リチウムイオン二次電池を水溶液中に浸漬した場合、負極から水素ガスが発生することによって、溶液が中性からアルカリ性に変わり、リチウムイオン二次電池のアルミケースからも酸化溶解によって水素ガスが発生する。この場合、正極から同時に酸素ガスが発生すると、水素爆発の懸念があるだけでなく、アルミニウムの回収価値も低下する懸念がある。このような懸念を抑制するため、当該廃リチウムイオン二次電池を放電処理のために浸漬する水溶液中には、緩衝剤を含ませることが好ましい。
【0072】
このような緩衝剤としては、具体的には、ホウ酸-塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、りん酸水素二ナトリウム等を採用することができる。
【0073】
水溶液中の緩衝剤の含有量は、特に制限されるわけではなく、当該廃リチウムイオン二次電池を水溶液中に浸漬した場合に弱アルカリ性(pH9~11)を維持できる程度に含まれていればよい。例えば、緩衝剤の含有量は、0.01~0.5mol/Lとすることが可能である。
【0074】
以上のように、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、水溶液中でリチウムイオン二次電池の開口を行う(工程(2))ことで、リチウムイオン二次電池中に含まれるリチウムを穏やかに失活させることが可能である。
【0075】
特に、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、リチウムイオン二次電池中に存在する電解液の有機溶媒として含まれているカーボネート等が水溶液中で加水分解し、徐々に二酸化炭素を発生する。この際予想される分解反応は、例えばカーボネートが炭酸エチレンの場合は、以下の反応式が想定される。
【0076】
【化3】
【0077】
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、カーボネート等の有機溶媒の加水分解が速く、ガス発生の時間を短縮することが可能である点で有用である。
【0078】
また、水溶液中では、リチウムイオン二次電池中に存在する電解液の電解質塩として含まれているLiPFは、リチウムイオン二次電池の失活処理時には処理液に溶出する。この際、平衡論的・速度論的検討が残るが、LiPFはHFを生成しながら加水分解する。
【0079】
【化4】
【0080】
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、有害なフッ化物イオンを塩として固定化しやすい。例えば、アルカリ水溶液として石灰水を使用する場合は、フッ化物イオンをフッ化カルシウム(CaF)としてその場で固定化しやすく、フッ化物イオンの分離工程を省略することができる。
【0081】
また、本発明の還元剤を共存させた水溶液中でのリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、水中での鉄系材料の腐食速度が遅いことが推定され、リチウムイオン二次電池の失活化処理施設等において、処理液が接する部材においても安価な鉄系材料を使用することが可能であり、材料選択の幅が広がる。
【0082】
(1-2)雰囲気
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法(工程(1)及び(2))においては、雰囲気は特に制限されない。なかでも、水溶液中で酸素ガスを発生させにくく、より安全に失活処理を行いやすい観点から、窒素ガス雰囲気下、アルゴンガス雰囲気下等の不活性雰囲気下や、水素ガス雰囲気下等の還元性ガス雰囲気下が好ましい。
【0083】
このような雰囲気を採用した場合には、雰囲気中に酸素が存在しないことから、リチウムイオン二次電池の失活化処理中において、水素ガスが発生したとしても化学的に安定となり、リチウムイオン二次電池の発火及び発熱の危険性をさらに抑制しやすい。
【0084】
(1-3)温度
本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法(工程(1)及び(2))を行う温度は特に制限されず、例えば常温で行うこともできる。つまり、高温焼却が不要であり、より簡便で安全な方法とすることが可能である。具体的には、本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法(工程(1)及び(2))を行う温度は、例えば、5~80℃、好ましくは10~45℃とすることができる。
【0085】
なお、本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法において、乾燥工程(工程(3))を行う場合は、乾燥条件は特に制限されず、常法にしたがうことができる。具体的には、乾燥工程(工程(3))を行う場合の温度は、本発明におけるリチウムイオン二次電池の失活反応を終了しやすい観点から、20~300℃が好ましく、30~200℃がより好ましい。
【0086】
(1-4)開口処理
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法において、リチウムイオン二次電池の開口処理としては、特に制限されず、種々様々な方法を採用することができる。具体的には、リチウムイオン二次電池を破砕又は切断したり、リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けたり、リチウムイオン二次電池のケーシングの一部又は全部を開封したりすることが挙げられる。なお、「リチウムイオン二次電池を破砕」とは、リチウムイオン電池を破き、砕くことを意味する。また、「リチウムイオン二次電池を破砕又は切断」は、リチウムイオン二次電池のケーシングのみを破砕又は切断して内部を露出させることのみを意味するものではない。「リチウムイオン二次電池を破砕又は切断」は、リチウムイオン二次電池の不特定の位置を破砕又は切断することによって、ケーシング内に配置される集電体、セパレータ等の収納部品も合わせて破砕又は切断することも意味する。
【0087】
また、本発明では、リチウムイオン二次電池の破砕又は切断する回数は1回以上であれば特に限定されないものの、複数回数であることが好ましい。さらに、リチウムイオン二次電池を複数回数破砕又は切断する場合は、各々異なる位置を破砕または切断するのが好ましい。これにより、迅速な失活を図れるととともに、失活化後の工程における物理選別等の工程を迅速に進めることが可能である。
【0088】
この場合、リチウムイオン二次電池のケーシングの一部又は全部を切断する方法によれば、本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法のなかでも、特に安全に本発明のリチウムイオン二次電池の失活化処理を行うことができる。
【0089】
また、リチウムイオン二次電池を破砕又は切断したり、リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けたりする方法によれば、本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法のなかでも、失活化時間を特に短縮することができる。なお、従来の空気中で失活化を行う乾式法によれば、リチウムイオン二次電池を破砕又は切断したり、リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けたりする方法を採用すると、リチウムイオン二次電池が発火したり発熱したりするが、本発明のリチウムイオン二次電池の失活化方法を採用すれば、リチウムイオン二次電池を破砕又は切断したり、リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けたりしても、安全にリチウムイオン二次電池の失活化を行うことができる。
【0090】
(1-5)浸漬処理
上記のようにしてリチウムイオン二次電池に対して開口処理を施した後は、リチウムイオン二次電池中の活性なリチウム化合物が水溶液と接触して優先的に反応し、水素を発生しながら穏やかに失活していく。この際の反応は、反応式:
LiC+yHO→y/2H+Li+yOH+xC
に従って進行する。この際、リチウムイオン二次電池の電解液中に含まれる可燃性の有機溶媒は、水溶液中へ溶解させて希釈されるうえに、反応前後において酸素濃度は一定、つまり、反応により酸素が発生せず、水溶液が急激な温度上昇を防止する冷却剤としても機能するので、発火及び発熱を抑制することができ、安全な方法である。
【0091】
なお、リチウムイオン二次電池を水溶液中に浸漬しつつ、浸漬電位を測定することで、失活化処理の正極の反応終了を判断することができる。水溶液中で酸素の発生の余地がなくなった時点を正極の失活化処理が終了した定義し、具体的には、浸漬電位が、O/HO酸化還元電位より低くなった時点で、酸素ガスの発生する余地がなくなるため、正極の失活化処理が終了したと判断することができる。具体的な浸漬時間は、正極からの酸素ガスの発生抑制のみならず、負極からの水素ガスの発生抑制等も考慮して、例えば、10分~130分とすることができる。例えば、ハロゲン化物イオンとして塩化物イオン、臭化物イオン等を含ませている場合は、リチウムイオン二次電池を浸漬してから1分程度で、浸漬電位が、O/HO酸化還元電位より低くなるため、浸漬時間は1分程度であっても、正極の失活化処理を終了することができる一方、負極の失活化処理を考慮すると、浸漬時間は10分以上とすることが好ましい。また、還元剤を含ませている場合は、リチウムイオン二次電池を浸漬してから15秒~7分程度で、浸漬電位が、O/HO酸化還元電位より低くなるため、正極の失活化処理が終了したと判断することができる。浸漬時間は、上記と同様に、負極の失活化処理を考慮すると、例えば、10分~130分とすることができる。ただし、いずれの場合も、リチウムイオン二次電池の正極のみを失活化処理する場合には、1分~7分程度の短時間の浸漬でも十分である。一方、ハロゲン化物イオンとしてフッ化物イオンを含ませている場合は、リチウムイオン二次電池を浸漬してから11~22分程度で、浸漬電位が、O/HO酸化還元電位より低くなるため、浸漬時間は、例えば、11分~42分とすることができ、フッ化物イオン濃度によって、11~13分とすることもでき、22~42分とすることもできる。
【0092】
2.リチウムイオン二次電池から金属元素を分離回収する方法
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法においては、有毒ガスも発生せず、比較的小型の設備で行うことができ、安全にリチウムイオン二次電池の解体を行うことが可能である。
【0093】
このため、ごみ焼却場や自動車解体場等の都市部の各所や自働車の事故現場においても簡便且つ安全にリチウムイオン二次電池の失活処理を行うことができ、リチウムイオン二次電池を簡便且つ安全に解体及び輸送することが可能であり、ここから各元素を分離回収することができる。この分離回収方法の一例を図2に示す。
【0094】
このようにして安全に失活処理されたリチウムイオン二次電池又はその破砕物には、リチウム、アルミニウム、銅、ニッケル、コバルト、マンガン等の金属元素等が含まれており、物理選別又は化学的な処理によって、それぞれ分離回収することが可能である。
【0095】
本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法において、例えば、リチウムイオン二次電池のケーシングを貫通する穴を開けたり、リチウムイオン二次電池のケーシングの一部又は全部を開封したりしている場合は、その後の処理を容易とするため、対象物を小粒径化することが好ましい。なお、図2では、図4に記載の切断装置を用いた切断処理によりリチウムイオン二次電池の失活化を行った例を記載している。
【0096】
具体的には、失活後の固形物から、まず、制御基板付きのケーシングをサイズで選別することができる。ここから、多くのアルミニウムを回収することが可能である。その後、所望の大きさ(図2では20mm×20mm)の大きさに切断し、その後、鉄球等を用いたボールミル等により、破砕することができる。
【0097】
その後、例えば目開き0.5~3mm程度(図2では1mm)の篩分け(1)により、銅屑、アルミニウム屑、セパレータ片、ボールミルに使用した鉄球等を回収することが可能である。この混合物から磁力選別することで鉄球を回収し、また、目開き5~15mm程度(図2では10mm)の篩分け(2)により、セパレータ片を回収することが可能である。残部は銅屑及びアルミニウム屑の混合物であり、例えば、渦電流選別等の物理選別によって両者を分離し、既存の処理所へと出荷することが可能である。
【0098】
一方、上記篩分け(1)を施した後の懸濁液を濾過することで、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガン等の酸化物や、黒鉛粉末、水酸化アルミニウム、フッ化カルシウム等を分離することができる。これらは廃リチウムイオン二次電池処理物専門の中規模製錬所や既存の製錬所で処理することが可能である。ここから、リチウムの約7割、ニッケル、コバルト等のほとんどを固体で回収することができる。
【0099】
なお、有価元素はほとんど固体として回収することができ、特に、従来の乾式処理では回収することが困難であるリチウムや黒鉛等も、本発明の方法では固体として濃縮分離ができる点において有用である。また、本発明の方法では、銅及びアルミニウムについては金属として回収できるので、乾式プロセスのような酸浸出や還元等の化学的な処理が不要であり、その後容易にリサイクルが可能である。
【0100】
以上から、本発明のリチウムイオン二次電池を失活化させる方法によれば、乾式プロセスと比較して、極めて小型且つ有価物の回収率が高い湿式リサイクルプロセスを実現することが可能である。好ましくは大型の廃リチウムイオン二次電池の集約施設や製錬所への輸送を安全且つ簡便なものへと変革することができる。例えば、各地のごみ焼却場や自動車の解体現場等に分散して処理場を設置し、各処理場でリチウムイオン二次電池の失活化処理することでネックとなっていた廃リチウムイオン二次電池の輸送問題を解決することが可能である。
【0101】
また、図3に示す一例のようなリチウムイオン二次電池失活化装置を備える車両や可搬性を有する小型プラントを用意すれば、あらかじめ、ハロゲン化物イオン及び/又は還元剤を含む水溶液を浸した容器のチャンバー中に故障車等の廃リチウムイオン二次電池を投入し、次いで当該廃リチウムイオン二次電池を切断破砕部(例えば、切断刃と対向する一対のローラ)により切断及び破砕し、次いで、コンベア等により切断したリチウムイオン二次電池を運搬し、必要に応じて乾燥させて、破砕物を回収できる。この際、コンベア等の移動速度を調整することで、浸漬時間を調整することができる。
【0102】
ここで、廃リチウムイオン二次電池を投入する部分には、大気と隔てる機構が設けられている。この機構により、蓋と水溶液の上に形成される空間が密閉されて、外部から隔離された閉鎖空間が形成される。この状態で、チューブを介してガス供給部(窒素生成機)から不活性ガス(窒素ガス)が供給されると、閉鎖空間に不活性ガスが満たされて、不活性ガス雰囲気が形成される。なお、還元性ガス(例えば、水素ガス等)が供給されると、閉鎖空間に還元性ガスが満たされて、還元性ガス雰囲気を形成することが可能である。
【0103】
そして、車両には、脱水、乾燥装置が設けられており、チャンバー内の水溶液とともに破砕物が通過することによって、破砕物を分離することが可能である。なお、破砕物が取り除かれた水溶液は、再度チャンバー内に供給される。
【0104】
つまり、自動車解体現場や廃リチウムイオン二次電池の生じた現場でも実施することが可能である。その後、専用処理設備や製錬所に輸送し、各種金属元素のリサイクルや、処理液の廃液処理を行うことができる。以上から、発展途上国を含む世界各地で前処理所として利用することが可能である。
【実施例0105】
以下、実施例及び比較例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【0106】
本実施例において、「前処理なし」は、図5左図に示すように、ケーシングに対して何ら傷をつけず、ケーシング内に存在するリチウムイオン二次電池を露出させないことを意味する。
【0107】
本実施例において、「開封」は、図5中図に示すように、ケーシング内に存在するリチウムイオン二次電池には傷をつけないようにケーシングの一部だけを切除し、ケーシング内に存在するリチウムイオン二次電池を露出させることを意味する。
【0108】
本実施例において、「切断」は、図5右図に示すように、ケーシング内に存在するリチウムイオン二次電池ごと、ケーシングを切断することを意味する。
【0109】
参考例1:石灰水中での失活処理及び元素回収
水溶液中に浸漬したリチウムイオン二次電池を切断した際の失活挙動を23~25℃において調査した。図2にリチウムイオン二次電池の失活処理のフローチャートを示す。窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、リチウムイオン二次電池の樹脂製外挿を除去し、アルミニウム製のケーシングを露出させた。図4に示すリチウムイオン二次電池切断装置のチャンバー1内に水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは1g)を沈殿させた石灰水を処理液として300mL充填し、試料台2に設置したリチウムイオン二次電池を浸漬した。その後、装置を動作させ、チャンバー1内に取り付けたステンレス鋼製の刃3にリチウムイオン二次電池を回転棒4で押し付けて切断した。この際、より安全に操作するため、落とし蓋5をチャンバー1内に配置した。なお、1回の装置の動作でリチウムイオン二次電池を切断できない場合は、繰り返し装置を動作させ、リチウムイオン二次電池を切断した。
【0110】
切断後のリチウムイオン二次電池は気泡の発生が終了するまで処理液に浸漬した状態で静置し、ガスのサンプリングを適宜行った。サンプリングしたガスはガスクロマトグラフィー((株)島津製作所製、GC-8A)により、酸素濃度及び水素濃度を分析した。結果を図6に示す。
【0111】
この結果、失活処理時に水素ガスが発生しており、負極中のリチウムが水との反応によって失活していることが示唆された。また、酸素濃度はほぼ一定であり、正極活物質の分解や水の酸化は無視できることが示唆された。
【0112】
反応終了後、処理液と固形物をグローブボックスから大気中に搬出し、固形物はアルミニウム製のケーシング片を手選別で取り除き、2cm×2cm程度の大きさに切断した。このようにして取り除いたケーシングから、86.7%のアルミニウムを金属アルミニウムとして回収することが可能であった。次に、切断後の固形物を鉄球(平均直径0.9cm)20個程度、脱イオン水100mLとともにポリプロピレン製ボトルに入れ、10時間のボールミルを行った。このようにして粉砕した固形物を、目開き1mmの篩で分別後、篩上の固体をさらに磁力選別、目開き10mmの篩分けによって、鉄球、銅屑・アルミ屑、セパレータ片に分離した。篩下には黒色の懸濁液が回収されるため、これを濾過することで黒色の粉末と透明なボールミル液を回収した。これらの回収物については一部をサンプリングして塩酸と過酸化水素の混合液で溶解させ、それぞれに含まれる金属元素をICP-AES法によって定量した。結果を図7及び8に示す。この結果、リチウム金属の69%、ニッケルの99.2%、コバルトの98.9%を固体酸化物として、銅の94.2%を金属銅として回収することが可能であった。
【0113】
上記のとおり、水溶液中でリチウムイオン二次電池の開口処理を行うことで、安全にリチウムイオン二次電池の失活が可能であることが示されたが、さらなる安全性の担保には、正極の反応挙動の解明が重要である。
【0114】
合成例1:LiCl添加石灰水A
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiClを2.5g投入し、LiCl添加石灰水Aを得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.236mol/L、Ca2+:9.18×10-3mol/L、Cl:0.236mol/Lであり、pHは12.26であった。
【0115】
合成例2:LiF添加石灰水A
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiFを2.5g投入し、LiF添加石灰水Aを得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.216mol/L、Ca2+:6.36×10-8mol/L、F:1.16×10-2mol/Lであり、pHは13.31であった。
【0116】
合成例3:LiCl添加石灰水B
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは4.45g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiClを1.27g投入し、LiCl添加石灰水Bを得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.100mol/L、Ca2+:9.18×10-3mol/L、Cl:0.100mol/Lであり、pHは12.26であった。
【0117】
合成例4:LiF添加石灰水B
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは4.45g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiFを0.78g投入し、LiF添加石灰水Bを得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.100mol/L、Ca2+:1.27×10-3mol/L、F:8.23×10-5mol/Lであり、pHは12.99であった。
【0118】
合成例5:LiOH添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.41g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiOHを1.70g投入し、LiOH添加石灰水を得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.24mol/L、Ca2+:2.17×10-4mol/Lであり、pHは13.4であった。
【0119】
合成例6:CH COOLi添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.40g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、CHCOOLi・2HOを7.21g投入し、CHCOOLi添加石灰水を得た。表1に示す溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.236mol/L、Ca2+:1.45×10-5mol/Lであり、pHは12.5であった。
【0120】
合成例7:LiI添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.41g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、LiIを9.47g投入し、LiI添加石灰水を得た。溶解度積から算出される各イオン濃度は、Li:0.24mol/L、Ca2+:1.35×10-2mol/L、I:0.24mol/Lであり、pHは12.3であった。
【0121】
合成例8:チオ尿素及びCH COOLi添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.40g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、チオ尿素を5.39g、CHCOOLi・2HOを7.21g投入し、チオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を得た。表1に示す溶解度積から算出される各濃度は、Li:0.236mol/L、Ca2+:1.45×10-5mol/L、チオ尿素:0.236mol/Lであり、pHは11.8~12.1であった。
【0122】
合成例9:アスコルビン酸及びCH COOLi添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.40g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、アスコルビン酸を12.46g、CHCOOLi・2HOを7.21g投入し、アスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水を得た。表1に示す溶解度積から算出される各濃度は、Li:0.236mol/L、Ca2+:0.11mol/L、アスコルビン酸:0.236mol/Lであり、pHは5.5であった。アスコルビン酸には解離反応(C⇔C +H、C ⇔C 2-+H)があるため、石灰水へ添加すると弱酸性となった。
【0123】
合成例10:アスコルビン酸、CH COOLi及びLiOH添加石灰水
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、水酸化カルシウム(処理液中に投入した水酸化カルシウムは2.40g)を沈殿させた石灰水300mLに対して、アスコルビン酸を5.28g、CHCOOLi・2HOを7.21g、LiOH・HOを2.38g投入し、アスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を得た。表1に示す溶解度積から算出される各濃度は、Li:0.236mol/L、Ca2+:1.45×10-5mol/L、アスコルビン酸:0.1mol/Lであり、pHは12.0~12.2であった。合成例9では弱酸性の水溶液となったため、LiOHを添加することでpHを12付近に調整した。
【0124】
【表1】
【0125】
【表2】
【0126】
実施例1~2(ガスクロマトグラフィー)
水溶液中で正極から発生するガスを分析した。実施例1では合成例1のLiCl添加石灰水Aを用い、実施例2では合成例2のLiF添加石灰水Aを用いて、図9に示す装置により、リチウムイオン二次電池中の正極の反応性(酸素発生、リチウムイオンのインターカレーションの反応量等)を評価した。
【0127】
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、リチウムイオン二次電池の樹脂製外挿を除去し、内部のリチウムイオン二次電池には傷をつけないようにケーシングの一部(側面のみ)を切除し、正極(3×10cm、1~2g程度、アルミニウム箔の両面に正極材Li0.23Ni0.86Co0.14を塗布したもの)を取り出した。
【0128】
次いで、取り出した正極を、アルゴンフローの22~25℃の容器中において、合成例1のLiCl添加石灰水A又は合成例2のLiF添加石灰水Aに浸漬し、ガスを発生させて評価した。この際、1時間で発生したガスの体積を測定し、捕集管内のガスをガスクロマトグラフィー((株)島津製作所製、GC-8A)を用いて分析し、酸素ガス、水素ガス、窒素ガス濃度を測定した。また、浸漬した正極を、X線回折(XRD)及び高周波誘導結合プラズマ(ICP)により分析し、リチウムイオンの正極へのインターカレーションの反応量を評価した。一例として、実施例1におけるガスクロマトグラフィーの結果を図10に示す。
【0129】
この結果、水素ガスの発生が検出されたが、酸素ガス及び窒素ガスも微量検出された。窒素ガスが検出されているため、以降の試験では、大気の混入に由来する酸素ガスのカウント数を補正して評価した。この結果を表3に示す。
【0130】
【表3】
【0131】
実施例3~6及び比較例1~2(ハロゲン化物イオン共存下での浸漬電位)
石灰水中にリチウムイオン二次電池を浸漬した場合、正極中のリチウム量の変化をΔXLiと仮定すると、
酸化反応:
(1)4OH → O + 2HO + 4e
(2)Al + 3OH → Al(OH) + 3e
還元反応:
(3)Li0.23Ni0.86Co0.14 + ΔXLiLi + ΔXLi
→ Li0.23+ΔXLiNi0.86Co0.14
(4)2HO + 2e → H + 2OH
が想定され、上記の酸化反応及び還元反応がバランスしているものと想定される。
【0132】
LiCl添加石灰水中での各反応での仮想的な分極曲線を図11に示し、LiF添加石灰水中での各反応での仮想的な分極曲線を図12に示す。
【0133】
石灰水中にLiClを添加した場合は、アルミニウム酸化及び水素発生、つまり、(2)及び(4)の反応が主に進行すると想定され、酸素ガスが発生せず、正極の浸漬電位は大部分の時間で-2.28~-0.73Vの間にあるものと想定される。
【0134】
一方、水溶液中にLiFを添加した場合は、アルミニウム酸化、インターカレーション及び酸素発生、つまり、(1)~(3)の反応が主に進行すると想定され、酸素ガスの発生を完全に抑制できるわけではないが、発生量を抑制することが可能であり、大部分の時間で正極の浸漬電位は0.48V以上と想定される。
【0135】
そこで、リチウム塩を含む石灰水中での正極の浸漬電位を測定した。実施例3では合成例1のLiCl添加石灰水Aを用い、実施例4では合成例2のLiF添加石灰水Aを用い、実施例5では合成例3のLiCl添加石灰水Bを用い、実施例6では合成例4のLiF添加石灰水Bを用い、比較例1では合成例5のLiOH添加石灰水を用い、比較例2では合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いて、図13に示す装置により、リチウム塩を含む石灰水中での正極の浸漬電位を測定した。
【0136】
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、リチウムイオン二次電池の樹脂製外挿を除去し、内部のリチウムイオン二次電池には傷をつけないようにケーシングの一部(側面のみ)を切除し、正極(3×10cm、1~2g程度、アルミニウム箔の両面に正極材Li0.23Ni0.86Co0.14を塗布したもの)を取り出した。
【0137】
次いで、窒素雰囲気の容器中で、熱電対により温度を確認しながら、25℃において、取り出した正極をワニ口端子ではさんで、合成例1のLiCl添加石灰水A、合成例2のLiF添加石灰水A、合成例3のLiCl添加石灰水B、合成例4のLiF添加石灰水B、合成例5のLiOH添加石灰水、又は合成例6のCHCOOLi添加石灰水に浸漬した。対極としては白金線を使用し、参照電極としては、銀/塩化銀電極(3.33mol/L KCl)を使用し、攪拌子により60rpmで攪拌しながら、多チャンネルデータロガーを用いて、参照極に対する電極の電位を記録し、浸漬液中の酸化還元電位を評価した。また、実験には、脱気のため、事前にアルゴンバブリングを行ってから、浸漬した。また、正極の浸漬開始後は、浸漬液からバブラーを引き抜いた後に、セル内でアルゴンをフローした。
【0138】
結果を図14~16に示す。
【0139】
合成例5のLiOH添加石灰水を用いた比較例1では、正極を浸漬してから約130分は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示した。このため、正極を浸漬してから約130分は、酸素ガスが発生していることが想定されることから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、130分以上は浸漬する必要があることが理解できる。なお、正極を浸漬してから約180分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は130~180分が好ましいことが理解できる。
【0140】
また、合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いた比較例2では、正極を浸漬してから約7時間は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示した。このため、正極を浸漬してから約420分は、酸素ガスが発生していることが想定されることから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、420分以上は浸漬する必要があることが理解できる。なお、正極を浸漬してから約800分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は420~800分が好ましいことが理解できる。
【0141】
それに対して、合成例1のLiCl添加石灰水A、合成例2のLiF添加石灰水A、合成例3のLiCl添加石灰水B、又は合成例4のLiF添加石灰水Bを用いた、実施例3~6では、正極を浸漬してから短時間で浸漬電位が低下した。
【0142】
具体的には、フッ化物イオン濃度が低いLiF添加石灰水の場合(実施例6)は、正極を浸漬してから約22分は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示したことから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、22分以上は浸漬する必要があることが理解できる。なお、正極を浸漬してから約42分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は22~42分が好ましいことが理解できる。
【0143】
また、フッ化物イオン濃度が高いLiF添加石灰水の場合(実施例4)は、正極を浸漬してから約11分は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示したことから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、11分以上は浸漬する必要があることが理解できる。ただし、正極を浸漬してから約13分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は11~13分が好ましいことが理解できる。
【0144】
一方、LiCl添加石灰水の場合(実施例3及び5)は、塩化物イオン濃度が高い場合も低い場合も、正極を浸漬してから約1分で、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示したことから、リチウムイオン二次電池の正極を安全に失活させるためには、1分以上浸漬すればよいことが理解できる。ただし、正極を浸漬してから約13~15分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は1~13分が好ましいことが理解できる。ただし、負極の失活には10分の浸漬を要することから、リチウムイオン二次電池としての失活には浸漬時間は10~13分が好ましいことが理解できる。
【0145】
実施例7~10及び比較例1~2(還元剤共存下での浸漬電位)
石灰水中にリチウムイオン二次電池を浸漬した場合、正極中のリチウム量の変化をΔXLiと仮定すると、
酸化反応:
(1)4OH → O + 2HO + 4e
(2)Al + 3OH → Al(OH) + 3e
還元反応:
(3)Li0.23Ni0.86Co0.14 + ΔXLiLi + ΔXLi
→ Li0.23+ΔXLiNi0.86Co0.14
(4)2HO + 2e → H + 2OH
が想定され、上記の酸化反応及び還元反応がバランスしているものと想定される。
【0146】
ただし、正極がアルミニウム箔から剥がれた場合や、アルミニウム箔が全て溶解した後等のように、アルミニウムが酸化されない状況になった場合を想定すると、酸素ガスの発生や、水素ガスへの引火、爆発の懸念が考えられる。本発明では、還元剤を系内に添加することで、アルミニウムが犠牲防触的に酸化されない状況になった場合においても、酸素ガスの発生を抑制することを想定している。
【0147】
熱力学的検討を行うため、I-HO系の電位-pH図を図17に示す。アルカリ水溶液として石灰水を使用する場合を想定すると、石灰水のpHは約12.5であるため、pH12.5における挙動を検討する。pHが12.5の時点では、図16から、O/HOの酸化還元電位は0.49V vs SHE(点A)であり、IO /Iの酸化還元電位は0.36V vs SHE(点B)であることが理解できる。そうすると、還元剤としてヨウ化物イオン(I)が含まれている場合は、IO /Iの酸化還元電位のほうが、O/HOの酸化還元電位よりも卑な(低い)電位であるため、酸素発生反応よりも、ヨウ化物イオン(I)の酸化反応が優先されることとなり、酸素ガスの発生を抑制することができる。つまり、還元剤としては、水溶液のpHにおいて、O/HOの酸化還元電位よりも卑な(低い)酸化還元電位を有する酸化反応を起こすことができる物質を採用することができる。
【0148】
結果を確認するため、リチウム塩を含む石灰水中での正極の浸漬電位を測定した。実施例7では合成例7のLiI添加石灰水を用い、実施例8では合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用い、実施例9では合成例9のアスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水を用い、実施例10では合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を用い、比較例1では合成例5のLiOH添加石灰水を用い、比較例2では合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いて、図13に示す装置により、リチウム塩を含む石灰水中での正極の浸漬電位を測定した。
【0149】
窒素雰囲気(酸素濃度:1体積%未満)のグローブボックス中で、リチウムイオン二次電池の樹脂製外挿を除去し、内部のリチウムイオン二次電池には傷をつけないようにケーシングの一部(側面のみ)を切除し、正極(3×10cm、1~2g程度、アルミニウム箔の両面に正極材Li0.23Ni0.86Co0.14を塗布したもの)を取り出した。
【0150】
次いで、窒素雰囲気の容器中で、熱電対により温度を確認しながら、25℃において、取り出した正極をワニ口端子ではさんで、合成例7のLiI添加石灰水、合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水、合成例9のアスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水、合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水、合成例5のLiOH添加石灰水、又は合成例6のCHCOOLi添加石灰水に浸漬した。対極としては白金線を使用し、参照電極としては、銀/塩化銀電極(3.33mol/L KCl)を使用し、攪拌子により60rpmで攪拌しながら、多チャンネルデータロガーを用いて、参照極に対する電極の電位を記録し、浸漬液中の酸化還元電位を評価した。また、実験には、脱気のため、事前にアルゴンバブリングを行ってから、浸漬した。また、正極の浸漬開始後は、浸漬液からバブラーを引き抜いた後に、セル内でアルゴンをフローした。
【0151】
合成例7のLiI添加石灰水を用いた実施例7の浸漬電位の結果を図18に示し、合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用いた実施例8の浸漬電位の結果を図19に示し、合成例9のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用いた実施例9の浸漬電位の結果を図20に示し、合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を用いた実施例10の浸漬電位の結果を図21に示す。なお、合成例5のLiOH添加石灰水を用いた比較例1及び合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いた比較例2の浸漬電位の結果は、図14~15に示されている。
【0152】
合成例5のLiOH添加石灰水を用いた比較例1では、正極を浸漬してから約130分は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示した。このため、正極を浸漬してから約130分は、酸素ガスが発生していることが想定されることから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、130分以上は浸漬する必要があることが理解できる。なお、正極を浸漬してから約180分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は、130~180分が好ましいことが理解できる。
【0153】
また、合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いた比較例2では、正極を浸漬してから約7時間は、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも貴な(高い)電位を示した。このため、正極を浸漬してから約7時間は、酸素ガスが発生していることが想定されることから、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、7時間以上は浸漬する必要があることが理解できる。なお、正極を浸漬してから約13時間経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は7時間~13時間が好ましいことが理解できる。
【0154】
比較例1~2では、リチウムイオンのインターカレーション反応により、電位が貴に(高く)保持され、酸素ガスが長時間発生し続けるため、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるためには、長時間の浸漬が必要になることが理解できる。
【0155】
それに対して、合成例7のLiI添加石灰水を用いた実施例7、合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用いた実施例8、合成例9のアスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水を用いた実施例9、合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を用いた実施例10では、正極を浸漬してから短時間で浸漬電位が低下した。
【0156】
具体的には、LiI添加石灰水の場合(実施例7)は、正極を浸漬してから1分以内(15秒前後)で、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示したことから、リチウムイオン二次電池の正極を安全に失活させるためには、15秒以上浸漬すればよいことが理解できる。ただし、正極を浸漬してから約130分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は15秒~130分が好ましいことが理解できる。ただし、負極の失活には10分の浸漬を要することから、リチウムイオン二次電池としての失活には浸漬時間は10~130分が好ましいことが理解できる。
【0157】
また、チオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水の場合(実施例8)は、正極を浸漬してから4分で、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示したことから、チオ尿素が還元剤として有効に機能しており、リチウムイオン二次電池の正極を安全に失活させるためには、4分以上浸漬すればよいことが理解できる。ただし、正極を浸漬してから約350分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は4~350分が好ましいことが理解できる。ただし、負極の失活には10分の浸漬を要することから、リチウムイオン二次電池としての失活には浸漬時間は10~350分が好ましいことが理解できる。なお、チオ尿素を使用した場合は、正極におけるアルミニウム集電体の露出が少ないためか、二段階の反応が起こっていることが見られ、浸漬電位がO/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示した後にHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するまでには多くの時間を要した。また、図19からは、白金極の電位は-0.3V付近で安定していることから、チオ尿素が酸化する酸化還元反応の平衡電位は約-0.3Vであることが示唆されている。
【0158】
また、アスコルビン酸及びCHCOOLi添加石灰水の場合(実施例9)は、正極を浸漬してから0分で、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示したことから、アスコルビン酸が還元剤として有効に機能しており、リチウムイオン二次電池の正極を安全に失活させるためには、0分以上浸漬すればよいことが理解できる。また、正極を浸漬してから20時間以上経過しても、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移しないため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は0分以上の時間から適宜調整できることが理解できる。ただし、負極の失活には10分の浸漬を要することから、リチウムイオン二次電池としての失活には浸漬時間は10分以上の時間から適宜調整できることが理解できる。なお、図20からは、白金極の電位は0V付近で安定していることから、アスコルビン酸とアスコルビン酸の酸化体との平衡電位は約0Vであることが示唆されている。
【0159】
また、アスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水の場合(実施例10)は、正極を浸漬してから7分で、浸漬電位は、O/HO酸化還元電位よりも卑な(低い)電位を示したことから、アスコルビン酸が還元剤として有効に機能しており、リチウムイオン二次電池の正極を安全に失活させるためには、7分以上浸漬すればよいことが理解できる。ただし、正極を浸漬してから約13分経過すると、正極に使われているアルミニウム集電体が溶解することで、浸漬電位はHO/H酸化還元電位よりも卑な(低い)電位に推移するため、溶解にともなう大幅なpH変化を避けるためには、浸漬時間は7~13分が好ましいことが理解できる。ただし、負極の失活には10分の浸漬を要することから、リチウムイオン二次電池としての失活には浸漬時間は10~13分が好ましいことが理解できる。なお、図21からは、白金極の電位は水素ガスの発生前では-0.3V付近で安定していることから、アスコルビン酸とアスコルビン酸の酸化体との平衡電位は約-0.3Vであることが示唆されている。
【0160】
上記の比較例1~2の結果のように、リチウムイオンのインターカレーション反応により、電位が貴に(高く)保持され、酸素ガスが長時間発生し続けることを考慮すれば、本発明では、リチウムイオンが存在するにもかかわらず、ハロゲン化物イオンや還元剤の存在により、このリチウムイオンのインターカレーション反応が抑制され、酸素ガスの発生を抑制しているために、リチウムイオン二次電池を安全に失活させるための浸漬時間を短くすることが可能であると想定される。
【0161】
このことを確認するため、実施例1~2と同様に、合成例7のLiI添加石灰水を用いた実施例7、合成例8のチオ尿素及びCHCOOLi添加石灰水を用いた実施例8、合成例10のアスコルビン酸、CHCOOLi及びLiOH添加石灰水を用いた実施例10、合成例6のCHCOOLi添加石灰水を用いた比較例2において、正極を浸漬中に発生するガス量をガスクロマトグラフィで測定した。ただし、測定中、ガスクロマトグラフィでは、水素ガス及び酸素ガスのみならず、窒素ガスも検出された。窒素ガスは、空気が混入することにより検出されるものなので、窒素ガスのカウント数に応じて、酸素ガスのカウント数を補正し、空気の混入による影響を最小限とした結果を算出した。この結果を表4に示す。
【0162】
【表4】
【0163】
表4から、比較例2と比較し、実施例7、8及び10では酸素ガスの発生量が極めて少ないか又は酸素ガスが全く発生しておらず、リチウムイオン二次電池を安全に失活させることができることが示唆されている。
【符号の説明】
【0164】
1 チャンバー
2 試料台
3 刃
4 回転棒
5 落とし蓋
図1
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