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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023124882
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】抗ウイルス性を有する防曇コート剤
(51)【国際特許分類】
   C09D 183/04 20060101AFI20230831BHJP
   C09D 5/14 20060101ALI20230831BHJP
   C09D 7/45 20180101ALI20230831BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20230831BHJP
   C09D 7/62 20180101ALI20230831BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20230831BHJP
【FI】
C09D183/04
C09D5/14
C09D7/45
C09D7/61
C09D7/62
C09D7/63
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022028731
(22)【出願日】2022-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】000135265
【氏名又は名称】株式会社ネオス
(74)【代理人】
【識別番号】100105821
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 淳
(72)【発明者】
【氏名】内貴 英人
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038DL151
4J038HA066
4J038HA446
4J038JC34
4J038KA08
4J038KA09
4J038KA13
4J038MA07
4J038MA10
4J038NA05
4J038NA06
(57)【要約】
【課題】高い防曇性とともにより優れた抗ウイルス性を兼ね備えた防曇コート剤を提供する。
【解決手段】抗ウイルス性を有する防曇コート剤であって、(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ、(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ、(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物、(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(但し、前記(C)のシラン誘導体化合物を除く。)、及び(E)1価の銅化合物の固体粒子を含むことを特徴とする防曇コート剤に係る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗ウイルス性を有する防曇コート剤であって、
(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ、
(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ、
(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物、
(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(但し、前記(C)のシラン誘導体化合物を除く。)、及び
(E)1価の銅化合物の固体粒子
を含むことを特徴とする防曇コート剤。
【請求項2】
アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカとアンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカとの合計100重量部のうち、アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカの含有量が20~50重量部である、請求項1に記載の防曇コート剤。
【請求項3】
固形分含量として、
(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ:45~75重量%、
(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ:20~50重量%、
(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物:0.1~5重量%、
(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物:0.1~5重量%、
(E)1価の銅化合物の固体粒子:1~10重量%
を含む請求項1又は2に記載の防曇コート剤。
【請求項4】
水及び水溶性有機溶剤の少なくとも1種を含み、かつ、性状が液体である、請求項1~3のいずれかに記載の防曇コート剤。
【請求項5】
界面活性剤をさらに含む、請求項1~4のいずれかに記載の防曇コート剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の防曇コート剤の塗膜からなる防曇・抗ウイルス性塗膜。
【請求項7】
請求項6に記載の防曇・抗ウイルス性塗膜が基材表面に積層されている物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス性を有する防曇コート剤に関する。
【背景技術】
【0002】
防曇コート剤は、物品の表面にコーティングすることによって防曇性の皮膜を形成することによって、その表面の曇りを防止できる塗工液であり、例えばカメラレンズ、フェイスシールド、眼鏡等をはじめとして各種の製品に適用されている。
【0003】
このような防曇コート剤は、これまで種々のものが提案されている。例えば、コーティング組成物を塗布する表面を有する基材に反射防止特性及び防曇特性を付与するコーティング組成物であって、多孔質無機金属酸化物と、少なくとも1つの疎水性基及び少なくとも1つの親水性アニオン基を含む界面活性剤とを含むコーティング組成物が知られている(特許文献1)。
【0004】
また、特定の共重合体(A)と多官能ブロックイソシアネート化合物(B)と界面活性剤(C)とからなる防曇剤組成物が提案されている(特許文献2)。
【0005】
さらに、 酸性長尺状コロイダルシリカとpH調整用長尺状コロイダルシリカとを含有するコロイダルシリカ混合物を含む防曇塗料組成物が知られている(特許文献3)。
【0006】
その他にも、長尺状コロイダルシリカと、分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物と分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物とを少なくとも含むシラン誘導体化合物混合物と、を含有する、防曇塗料組成物が提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010-131651
【特許文献2】特開2016-169287
【特許文献3】特開2019-19253
【特許文献4】国際公開WO2021/141044
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめとしたウイルス性疾患の予防対策への関心の高まりに伴い、防曇剤等にも抗ウイルス性を付与することが必要とされている。
【0009】
これに関し、前述した従来技術では、所望の防曇性が得られるが、さらに高い抗ウイルス性も付与することができれば、より幅広い用途への適用が期待される。
【0010】
従って、本発明の主な目的は、高い防曇性とともにより優れた抗ウイルス性を兼ね備えた防曇コート剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特定の成分を含む組成物が防曇性とともに抗ウイルス性を兼ね備えていることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、下記の防曇コート剤に係る。
1. 抗ウイルス性を有する防曇コート剤であって、
(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ、
(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ、
(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物、
(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(但し、前記(C)のシラン誘導体化合物を除く。)、及び
(E)1価の銅化合物の固体粒子
を含むことを特徴とする防曇コート剤。
2. アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカとアンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカとの合計100重量部のうち、アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカの含有量が20~50重量部である、前記項1に記載の防曇コート剤。
3. 固形分含量として、
(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ:45~75重量%、
(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ:20~50重量%、
(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物:0.1~5重量%、
(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物:0.1~5重量%、
(E)1価の銅化合物の固体粒子:1~10重量%
を含む前記項1又は2に記載の防曇コート剤。
4. 水及び水溶性有機溶剤の少なくとも1種を含み、かつ、性状が液体である、前記項1~3のいずれかに記載の防曇コート剤。
5. 界面活性剤をさらに含む、前記項1~4のいずれかに記載の防曇コート剤。
6. 前記項1~5のいずれかに記載の防曇コート剤の塗膜からなる防曇・抗ウイルス性塗膜。
7.前記項6に記載の防曇・抗ウイルス性塗膜が基材表面に積層されている物品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い防曇性とともにより優れた抗ウイルス性を兼ね備えた防曇コート剤を提供することができる。
【0014】
本発明の防曇コート剤によって、防曇・抗ウイルス性塗膜を好適に形成することができる。この塗膜においては、親水性の高い無機微粒子(球状シリカ、長尺状シリカ)を主成分として用いることで、水へ溶出する成分が少ないながらも水濡れ性の高い塗膜を形成できる結果、優れた防曇性を発揮することができる。それと同時に、塗膜中へ水を呼び込みやすい性質をもたせることで、1価の銅化合物とウイルスとの接触確率を上げ、安定的に抗ウイルス性を発揮することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.防曇コート剤
本発明の防曇コート剤(本発明コート剤)は、抗ウイルス性を有する防曇コート剤であって、
(A)アンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカ(A成分)、
(B)アンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカ(B成分)、
(C)分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物(C成分)、
(D)分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(但し、前記(C)のシラン誘導体化合物を除く。)(D成分)、及び
(E)1価の銅化合物の固体粒子(E成分)
を含むことを特徴とする。
【0016】
(1)各成分について
(1-1)A成分
A成分のアンモニウムイオンを有しない長尺状コロイダルシリカは、シリカの一次粒子どうしが共有結合し、長い紐状を形成した長尺状シリカ(SiO又はその水和物)を水に分散させたコロイド溶液である。前記シリカの一次粒子の直径(平均一次粒径)は、限定的ではないが、通常は5~300nm程度である。本発明において、長尺状コロイダルシリカは、基材の表面上に広がって吸着し、被膜を形成することができるため、防曇コート剤の成分として好適に使用することができる。
【0017】
長尺状コロイダルシリカとしては、例えば鎖状コロイダルシリカ、パールネックレス状コロイダルシリカ等を挙げることができる。
【0018】
なお、水を分散媒としたコロイダルシリカとしては、酸性、中性又は塩基性の各種がある。本発明では、いずれも使用することができるが、特に、水に分散してpH1~3の強酸性を示す酸性長尺状コロイダルシリカ、pH4~9の弱酸性~中性~弱塩基性を示す中性長尺状コロイダルシリカ、pH10~14を示す塩基性長尺状コロイダルシリカが挙げられ、これらを単独又は混合して用いることもできる。
【0019】
この場合、複数のコロイダルシリカを混合して用いる場合は、本発明コート剤が適用される基材に影響を及ぼさない範囲(通常は弱酸性~弱塩基性の範囲、特にpH7~10程度の範囲)となるように、組み合わせて使用することが好ましい。例えば、酸性長尺状コロイダルシリカと塩基性長尺状コロイダルシリカとの組み合わせ、塩基性長尺状コロイダルシリカと酸性長尺状コロイダルシリカとの組み合わせのほか、中性長尺状コロイダルシリカを単独で用いることもできる。
【0020】
また、本発明においては、長尺状コロイダルシリカは、アンモニウムイオンを有しないものであれば良く、その限りにおいていずれも使用することができる。
【0021】
このような長尺状コロイダルシリカ自体は、公知又は市販のものを使用することができる。市販品としては、例えば製品名「ST-OUP」、「ST-UP」、「ST-PS-S」、「ST-PS-M」、「ST-PS-SO」、「ST-PS-MO」(いずれも日産化学工業(株))等を用いることができる。
【0022】
本発明コート剤中におけるA成分の固形分含有量は、所望の性能、用途、適用部位等に応じて適宜設定できるが、通常は45~75重量%程度とし、特に50~70重量%とすることが好ましい。
【0023】
(1-2)B成分
B成分であるアンモニウムイオンを有する球状コロイダルシリカは、球状シリカ(SiO又はその水和物)を水に分散させたコロイド溶液である。これは、NH 安定型アルカリ性(塩基性)ゾルとして知られているものを使用することができる。このような球状コロイダルシリカは、アンモニウムイオンにより安定化されていることに加え、1価の銅化合物の抗ウイルス性にも寄与することができる。
【0024】
球状コロイダルシリカは、水中で概ね球形の粒子形状を有している。前記シリカの一次粒子の直径(平均粒径)は、限定的ではないが、通常は5~300nm程度である。本発明では、互いに平均粒径が異なる2種以上の球状コロイダルシリカを用いることもできる。これによって、より緻密な塗膜を形成できる結果、塗膜成分の溶出を阻止し、後記の試験例1に示すような「水垂れ跡」の発生を効果的に抑制ないしは防止することができる。
【0025】
一般に、球状コロイダルシリカには、酸性、中性又は塩基性のものが存在するが、本発明では、上記のようにアンモニウムイオンを有するものであり、通常はpH10~14を示す塩基性球状コロイダルシリカである。これらは、単独又は混合して用いることができる。
【0026】
このような球状コロイダルシリカは、公知又は市販のものを使用することができる。市販品としては、例えば製品名「ST-N」、「ST-NS」、「ST-N-40」(いずれも日産化学工業(株))等を用いることができる。
【0027】
本発明コート剤中におけるB成分の固形分含有量は、所望の性能、用途、適用部位等に応じて適宜設定できるが、通常は20~50重量%程度とし、特に25~40重量%とすることが好ましい。
【0028】
また、A成分とB成分の比率は、限定的ではないが、両者の合計を100重量部として、B成分の比率を20~50重量部とすることが好ましく、25~40重量部とすることがより好ましい。これによって、より高い抗ウイルス性とともに、より優れた造膜性、防曇耐久性(水垂れ跡性)等を得ることができる。
【0029】
(1-3)C成分
C成分として、分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物を用いる。具体的には、下記の一般式(1-1)~(1-3)で示される化合物の少なくとも1種を挙げることができる。
【0030】
一般式(1-1)で示される化合物として、
【化1】
(式中、R、R及びRは、互いに同一又は異なって、炭素数1~3のアルキル基であり、Rは水素原子又は炭素数1~3のアルキル基であり、nは1~5の整数であり、mは1~20、好ましくは4~20、より好ましくは4~15の整数である。)で表される化合物を用いることができる。
【0031】
一般式(1-1)で表されるシラン誘導体化合物は、長尺状シリカ及び球状シリカと反応することができるアルコキシ基(すなわち-OR、-OR及び-ORの基)と、水との親和性が高いポリエチレングリコール鎖を含む親水基(-OCHCH-)とを有している。一般式(1-1)で表されるシラン誘導体化合物が長尺状シリカと反応することができる置換基と親水基とを有していることで、当該シラン誘導体化合物が長尺状シリカ及び球状シリカに結合し、かつ、本発明コート剤による塗膜に親水性を付与することが可能となる。
【0032】
一般式(1-1)で表されるシラン誘導体化合物の具体例として、メトキシPEG-10プロピルトリメトキシシラン、エトキシPEG-10プロピルトリメトキシシラン等のポリエチレングリコール変性アルコキシシランが挙げられる。その他にも、例えば2-[ヒドロキシ(ポリエチレンオキシ)エチル]トリメトキシシラン、3-[ヒドロキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]トリメトキシシラン、4-[ヒドロキシ(ポリエチレンオキシ)ブチル]トリメトキシシラン、2-[アルコキシ(ポリエチレンオキシ)エチル]トリメトキシシラン、3-[アルコキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]トリメトキシシラン、4-[アルコキシ(ポリエチレンオキシ)ブチル]トリメトキシシラン等も用いることができる。
【0033】
一般式(1-1)で表されるシラン誘導体化合物自体は、市販品も使用することができる。市販品としては、例えば製品名「Dynasylan4148」、「Dynasylan4150」(いずれもエボニックジャパン(株))、「メトキシPEG-10プロピルトリメトキシシラン」(PGシリーズ)(アヅマックス(株))等を用いることもできる。
【0034】
また、一般式(1-2)で示される化合物として、
【化2】
(式中、R11、R12、R13及びR14は、互いに同一又は異なって、炭素数1~3のアルキル基であり、Aは、-O-、-NHCOO-、-OCO-、-COO-、-OCHCH(OH)CHO-、-OCHCHCH(OH)O-、-S-、-SCO-及び-COS-からなる群より選択され、n1は1~5の整数であり、m1は1~20、好ましくは4~20、より好ましくは4~15の整数である。)で表される化合物を用いることができる。一般式(1-2)で表されるシラン誘導体化合物のうち、式中Aの最も好ましい基は-O-である。
【0035】
一般式(1-2)で表されるシラン誘導体化合物は、長尺状シリカと反応することができるアルコキシ基(すなわち-OR11、-OR12及びOR13の基)と、水との親和性が高いポリエチレングリコール鎖を含む親水基(-CHCHO-)とを有するものである。
【0036】
一般式(1-2)で表されるシラン誘導体化合物が長尺状シリカと反応することができる置換基と親水基とを有していることで、当該シラン誘導体化合物が長尺状シリカに結合し、かつ本発明コート剤による塗膜に親水性を付与することが可能となる。
【0037】
一般式(1-2)で表されるシラン誘導体化合物の具体例として、3-[アセトキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]トリエトキシシラン、2-[アセトキシ(ポリエチレンオキシ)エチル]トリメトキシシラン、3-[アセトキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]トリメトキシシラン、4-[アセトキシ(ポリエチレンオキシ)ブチル]トリメトキシシラン等が挙げられる。
【0038】
一般式(1-2)で表されるシラン誘導体化合物自体は、公知又は市販のものを使用することができる。市販品としては、分子内にポリエチレングリコール鎖とアシル基とを有するシラン誘導体化合物である3-[アセトキシ(ポリエチレンオキシ)プロピル]トリエトキシシラン(Gelest Inc.)等を用いることもできる。
【0039】
一般式(1-3)で示される化合物として、
【化3】
(式中、R21、R22及びR23は、互いに同一又は異なって炭素数1~3のアルキル基であり、R24は水素原子又は炭素数1~3のアルキル基であり、Bは、-NHCOO-、-OCO-、-COO-、-OCHCH(OH)CHO-、-OCHCHCH(OH)O-、-S-、-SCO-及び-COS-からなる群より選択され、n2は1~5の整数であり、m2は1~20、好ましくは4~20、さらに好ましくは4~15の整数である。)で表される化合物を用いることができる。一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物のうち、式中Bの最も好ましい基は-NHCOO-(ウレタン基)である。
【0040】
一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物は、長尺状シリカと反応することができるアルコキシ基(すなわち-OR21、-OR22及び-OR23の基)と、水との親和性が高いポリエチレングリコール鎖を含む親水基(-CHCHO-)とを有している。
【0041】
一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物が長尺状シリカと反応することができる置換基と親水基とを有していることで、当該シラン誘導体化合物が長尺状シリカに結合し、かつ本発明コート剤による塗膜に親水性を付与することが可能となる。
【0042】
一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物の具体例として、2-ヒドロキシ(ポリエチレンオキシ)エチル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]カルバメート、2-ヒドロキシ(ポリエチレンオキシ)エチル[3-(トリエトキシシリル)プロピル]カルバメート、2-アルコキシ(ポリエチレンオキシ)エチル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]カルバメート、2-アルコキシ(ポリエチレンオキシ)エチル[3-(トリエトキシシリル)プロピル]カルバメート、2-アルコキシ(ポリエチレンオキシ)エチル[4-(トリメトキシシリル)ブタン酸]エステル等が挙げられる。
【0043】
また、一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物のうち、分子内にポリエチレングリコール鎖とウレタン基とを有するシラン誘導体化合物が最も好ましい。分子内にポリエチレングリコール鎖とウレタン基とを有するシラン誘導体化合物は、イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、イソシアナトプロピルトリエトキシシラン等の、イソシアナト基を有するアルコキシシラン化合物と、ポリエチレングリコールとを反応させることにより合成することができる。
【0044】
なお、本明細書では、一般式(1-3)で表されるシラン誘導体化合物のうち、実施形態において特に好適に使用できる、分子内にポリエチレングリコール鎖とウレタン基とを有するシラン誘導体化合物を「ウレタンシラン」と呼ぶことがある。また、一般式(1-1)、(1-2)、(1-3)でそれぞれ表されるシラン誘導体化合物を、まとめて、「分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物」と呼ぶことがある。
【0045】
本発明コート剤中におけるC成分の固形分含有量は、所望の性能、用途、適用部位等に応じて適宜設定できるが、通常は0.1~5重量%程度とし、特に1~4重量%とすることが好ましい。
【0046】
(1-4)D成分
D成分として、分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(但し、前記(C)のシラン誘導体化合物を除く。)を用いる。D成分としては、一般式(2)で表されるシラン誘導体化合物を用いることができる。
【化4】
(式中、R、R及びRは、互いに同一又は異なって、炭素数1~3のアルキル基であり、pは1~5の整数であり、Xはエポキシ基を含む有機基である。)
【0047】
これは、長尺状シリカと反応することができるアルコキシ基(すなわち、-OR、-OR及びORの基)と、X(Xはエポキシ基を含む有機基である。)とを有している。ここに、エポキシ基を含む有機基としては、例えばグリシジル基等が挙げられるが、これに限定されない。
【0048】
一般式(2)で表されるシラン誘導体化合物が長尺状シリカと反応することができる置換基を有していることで、当該シラン誘導体化合物が、長尺状シリカの間を架橋することが可能となる。
【0049】
一般式(2)で表されるシラン誘導体化合物の具体例として、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン等のエポキシ基含有シラン誘導体化合物が挙げられる。
【0050】
分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物として、例えば製品名「DynasylanGLYEO」(エボニックジャパン(株))、「KBM402」、「KBM403」、「KBE402」、「KBE403」(いずれも信越化学工業(株))等の市販品を用いることもできる。このようなシラン誘導体化合物は、特に、長尺状シリカと反応して結合し、長尺状シリカの間を架橋し、塗膜の強度を高め、かつ、塗膜に親水性を付与することができる。
【0051】
本発明コート剤中におけるD成分の固形分含有量は、所望の性能、用途、適用部位等に応じて適宜設定できるが、通常は0.1~5重量%程度とし、特に1~4重量%とすることが好ましい。
【0052】
(1-5)1価の銅化合物(E成分)
本発明コート剤では、E成分として1価の銅化合物の固体粒子を含有する。1価の銅化合物としては、1価の銅イオンを発生するものであれば良く、例えば塩化銅(CuCl)等が挙げられるが、これに限定されない。1価の銅化合物自体は、公知又は市販のものを使用することもできる。また、1種又は2種以上を用いることができる。
【0053】
1価の銅化合物は、固体粒子(粉末)として本発明コート剤中に含まれていれば良いが、本発明の効果を妨げない範囲内において、その一部が溶解してCuイオンとなっていても良い。固体粒子の粒径は、特に限定されないが、通常は平均粒径1μm以下であり、好ましくは1~500nm程度の範囲内にあれば良い。
【0054】
本発明コート剤中のE成分の固形分含有量は、用いるE成分の種類等に応じて適宜設定できるが、通常は1~10重量%程度とし、特に1~5重量%とすることが好ましい。
【0055】
(1-6)溶媒
本発明コート剤は、必要に応じて溶媒を配合することもできる。これにより、本発明コート剤を液体コート剤として使用することができる。溶媒としては、限定的ではないが、特に水及び水溶性有機溶剤の少なくとも1種を好適に用いることができる。
【0056】
水溶性有機溶剤としては、例えばアルコール類(メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジアセトンアルコール等)、エーテル類(ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、プロピレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールターシャリーブチルエーテル、エチレングリコールフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル等)、ケトン類(アセトン、エチルメチルケトン等)、アミド類(ジメチルホルムアミド等)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、ニトロメタン、トリエチルアミン等を挙げることができる。これらは、1種又は混合して用いることができる。
【0057】
溶媒の使用量は、例えば本発明コート剤の塗工性、造膜性等に応じて適宜設定すれば良く、例えば本発明コート剤の固形分濃度が5~90重量%程度とし、好ましくは5~50%の範囲内となるように設定することもできるが、これに限定されない。
【0058】
(1-7)その他の成分
本発明コート剤では、本発明の効果を妨げない範囲内において、塗料組成物に通常含まれている添加剤(界面活性剤、染料、顔料、可塑剤、分散剤、防腐剤、つや消し剤、帯電防止剤、難燃剤等)を適宜配合することができる。界面活性剤はアニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、両性界面活性剤のいずれでも良い。界面活性剤を添加することによって、本発明コート剤をより平滑に基材に塗工することができる。
【0059】
(2)本発明コート剤の性状等
本発明コート剤は、通常は液体の形態で使用することができる。この場合、前記の通り、所定量の溶媒を用いることができる。本発明コート剤が液体である場合、その粘度等は用途、基材の種類等に応じて適宜設定することができる。
【0060】
2.本発明コート剤の製造
本発明コート剤は、前記の各成分を均一に混合することによって製造することができる。混合する順序も、特に限定されず、各成分を同時に混合しても良いし、あるいは順次に混合しても良い。
【0061】
また、混合に際しては、例えばミキサー、ニーダー等の公知又は市販の装置を使用して実施することもできる。
【0062】
3.本発明コート剤の使用
本発明コート剤は、公知又は市販の防曇コート剤と同様に、基材表面に塗布することによって、基材表面に本発明コート剤による塗膜(防曇・抗ウイルス性塗膜)を硬化膜として形成することができる。本発明は、本発明コート剤による防曇・抗ウイルス性塗膜も包含する。
【0063】
基材の材質としては、特に限定されず、例えばプラスチックス、ガラス、金属、セラミックス、ゴム等のいずれであっても良い。また、基材としては、例えば原材料、一次製品、最終製品等のいずれを構成する材料であっても良い。最終製品としては、例えば照明装置、前照灯、窓、レンズ、レンズカバー、モニター、モニターカバー、眼鏡・サングラス、ゴーグル、フェイスシールド、フェイスガード、ヘルメット等が挙げられる。このように、本発明コート剤による防曇・抗ウイルス性塗膜が基材表面に積層されている物品も、本発明に包含される。
【0064】
防曇・抗ウイルス性塗膜を含む本発明の物品は、その塗膜による優れた防曇性とともに優れた抗ウイルス性を有する。しかも、物品が予想外の高温条件下に曝された場合であっても、水垂れ跡の形成等を効果的に抑制し、良好な外観を維持することができる。また、本発明コート剤による塗膜は、プラスチック等の基材に強固に接着し、密着性が高いので、高温下での耐久性が高く、長期にわたって防曇性及び抗ウイルス性を発揮することができる。
【0065】
本発明コート剤を基材に塗布する方法は、限定的でなく、例えばドクターブレード法、バーコート法、ディッピング法、エアスプレー法、ローラーブラシ法、ローラーコーター法等の各種のコーティング方法を採用することができる。
【0066】
塗布厚みは、特に限定されないが、最終的に形成される防曇・抗ウイルス性塗膜の厚みが0.1~10μm程度の範囲内となるように調整すれば良いが、これに限定されない。
【0067】
塗布後は、塗膜を乾燥することによって防曇・抗ウイルス性塗膜を硬化膜として形成することができる。乾燥は、自然乾燥であっても良いが、好ましくは加熱乾燥する。加熱乾燥の際の温度は、シリカとシラン誘導体が反応し、かつ、水(及び含まれている場合は有機溶剤)が蒸発するのに十分な温度とすれば良い。加熱温度は、例えば80~150℃程度とし、特に100~140℃とすることができる。これにより、反応をスムーズに進行させ、かつ、水及び有機溶剤を蒸発させることができる。
【0068】
加熱手段は、特に制限されず、例えばバーナー、オーブン等の加熱装置による加熱のほか、ドライヤー等の温風による加熱方法により行うことができる。このようにして、本発明コート剤による塗膜が乾燥すると、基材表面上に広がった長尺状コロイダルシリカ(及び場合により球状コロイダルシリカ)は長尺状シリカ(場合により球状コロイダルシリカ)となって、所定の硬化膜を形成する。一方、シラン誘導体化合物はこれらのシリカと結合し、シリカの間を架橋して、強固な高次構造を形成する。こうして、本発明コート剤を物品に適用することにより防曇・抗ウイルス性塗膜を形成できる結果、そのような塗膜で被覆された物品を得ることができる。
【0069】
本発明に係る物品は、その塗膜による優れた防曇性とともに優れた抗ウイルス性を有する。しかも、前記のように、粒径の異なる2種の球状コロイダルシリカを併用した場合には、物品が予想外の高温条件下に曝された場合であっても、水垂れ跡の形成等の外観変化を効果的に抑制することができる。また、本発明コート剤による塗膜は、プラスチック等の基材に強固に接着し、密着性が高いので、高温下での耐久性が高く、長期にわたって防曇性及び抗ウイルス性を維持することができる。
【実施例0070】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明の特徴をより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、実施例に限定されない。
【0071】
実施例1~2
表1に示す各成分を均一に混合することによって、コート剤を調製した。なお、各成分の含有量の単位は「重量%」である。
【0072】
比較例1
表1に示す組成に変更したほかは、実施例1と同様にしてコート剤を調製した。
【0073】
【表1】
【0074】
なお、表1中の略称の意味は、以下の通りである。
・「ST-OUP」:スノーテックスOUP、日産化学工業(株)、酸性長尺状コロイダルシリカ(固形分15重量%、水分散液)
・「ST-UP」:スノーテックスUP、日産化学工業(株)、Na含有塩基性長尺状コロイダルシリカ(固形分20重量%、水分散液)
・「ST-N」:スノーテックスN、日産化学工業(株)、粒径12nmのNH 含有球状塩基性コロイダルシリカ(固形分20重量%、水分散液)
・「ST-NXS」:スノーテックスNXS、日産化学工業(株)、粒径5nmのNH 含有塩基性球状コロイダルシリカ(固形分15重量%、水分散液)
・「FT-150」:フタージェント150、(株)ネオス、アニオン系界面活性剤(固形分100重量%)
・「D-4148」:ダイナシラン4148、エボニックジャパン(株)、分子内にポリエチレングリコール鎖を有するシラン誘導体化合物(固形分100重量%)
・「KBM-403」:信越化学工業(株)、分子内にエポキシ基を有するシラン誘導体化合物(固形分100重量%)
・「PGM」:プロピレングリコールモノメチルエーテル
・1価の銅化合物の粉体:平均粒径100nm
【0075】
試験例1
各実施例及び比較例で調製されたコート剤を用いて塗膜を形成し、サンプルを作製した。PETフィルム(東洋紡社「コスモシャインA4100」、厚み100μm)上に、各コート剤を塗布した。塗布は、バー塗工で行い、コート剤が硬化した後の塗膜(硬化膜)の厚さが1μmとなるように塗工量を調整した。コート剤が塗布されたPETフィルムを110℃のオーブンに入れ、15分間加熱することにより塗膜を形成し、サンプルを得た。得られたサンプルを用いて以下に示す方法で各性能評価を行った。
【0076】
(1)透明性
日本産業規格JIS K7136に従って、ヘーズメーターを用いて測定した。ヘーズ値が1.0未満の場合は「○」とし、ヘーズ値が1.0以上の場合は「×」と表記した。
【0077】
(2)防曇性
40℃の温水浴の水面から高さ1cmの位置に、塗膜が下向きになるようにサンプルを配置し、塗膜に温水浴からの蒸気を10秒間あてた。その間、塗膜上に曇りが形成されているか否かを目視により確認した。
【0078】
(3)水垂れ跡
前記(2)の防曇性評価を行ったサンプルを垂直に立てかけた状態で30分間維持して乾燥させ、サンプル表面上に水垂れ跡が形成されているか否かを目視により確認した。
【0079】
(4)抗ウイルス性
ISO21072:2019のプラーク測定法により測定した。試験ウイルスとしては、a)インフルエンザウイルス及びb)ネコカリシウイルスを用い、24時間後のウイルス感染価を測定した。ブランクフィルム(PETフィルム)とのウイルス感染価の差を抗ウイルス活性値とした。抗ウイルス活性値が2.0以上の場合を「◎」とし、抗ウイルス活性値が2.0未満1.5以上の場合を「○」とし、抗ウイルス活性値が1.5未満の場合を「×」とした。
なお、上記a)b)のそれぞれの抗ウイルス性試験条件の概要は、以下に示す通りである。
a)インフルエンザウイルス
・試験ウイルス:A 型インフルエンザウイルス(H3N2、A/Hong Kong/8/68)
・宿主細胞:MDCK 細胞(イヌ腎臓由来細胞株)
・反応条件:25℃、24 時間
・洗い出し液:SCDLP 培地
b)ネコカリシウイルス
・試験ウイルス:ネコカリシウイルス(F-9)
・宿主細胞:CRFK 細胞(ネコ腎由来株化細胞)
・反応条件:25℃、30 分間
・洗い出し液:SCDLP 培地
【0080】
表1の結果からも明らかなように、実施例1~2は、優れた防曇性とともに優れた抗ウイルス性を発現することがわかる。これは、特に1価の銅化合物を一定量含有させたことによる効果と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明コート剤は、基材表面に塗布することで防曇・抗ウイルス性塗膜を好適に形成することができる。これによって、防曇性及び抗ウイルス性を兼ね備えた各種の物品(照明装置、前照灯、窓、レンズ、レンズカバー、モニター、モニターカバー、眼鏡・サングラス、ゴーグル、フェイスシールド、フェイスガード、ヘルメット)を提供することが可能となる。