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特開2023-125006耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125006
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230831BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20230831BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
C22C38/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022028907
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】小林 稜
(57)【要約】
【課題】鋼中のSi含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する特定成分の適正化を図るととも、鋼中の存在する特定S系介在物を制御した高純度フェライト系ステンレス鋼において、耐食性、特に、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】所定の化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼であって、ステンレス鋼中に、Sを含有する無機化合物であるS系介在物が存在し、S系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物は、ステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下であり、ステンレス鋼中のCr、Si、Mo、Cu、Ni、Al、Ca、Mgの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}、{Al}、{Ca}、{Mg}で表すとき、これらが所定の式(1)および(2)の関係を満足する耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.0%超3.0%以下、
Mn:1.0%以下、
Ni:2.0%以下、
P:0.10%以下、
S:0.0020%以下、
Cr:13.0%以上32.0%以下、
N:0.10%以下、
Nb及びTiの少なくとも1種:6(C+N)%以上0.7%以下
Cu:2.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Al:0.01%以上0.20%以下、
Ca:0.010%以下、
Mg:0.010%以下、および
O:0.0040%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼であって、
前記ステンレス鋼中に、Sを含有する無機化合物であるS系介在物が存在し、
前記S系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物は、前記ステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下であり、
前記ステンレス鋼中のCr、Si、Mo、Cu、Ni、Al、Ca、Mgの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}、{Al}、{Ca}、{Mg}で表すとき、
{Al}、{Ca}、{Mg}が、下記式(1)の関係を満足するとともに、
{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}が、下記式(2)の関係を満足する、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
式(1):{Al}+10{Ca}+{Mg}≦0.20
式(2):{Cr}+1.7{Si}+1.2{Mo}+0.4({Cu}+{Ni})>19.0
【請求項2】
前記化学組成は、
V、W、CoおよびZrの少なくとも1種:1.0質量%以下、
REM:0.10質量%以下、
Sn:0.10質量%以下、および
B:0.01質量%以下をさらに含有する、請求項1に記載の耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フェライト系ステンレス鋼は、Niを含有しないか、またはNiを含有しても少量であるため、安価であることから、建築材料、厨房用材料および電気部品用材料などに広く適用されている。しかし、従来のフェライト系ステンレス鋼は、SUS304に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼等に比較して、耐食性が劣っていた。このため、近時は、製造技術の向上によりCおよびNの不純物元素を低減したフェライト系ステンレス鋼に、Siを1.0質量%を添加することで、耐食性を向上させた高純度フェライト系ステンレス鋼が開発されている。
【0003】
しかし、フェライト系ステンレス鋼は、例えば、建材パネル、配管用途として屋外環境、特に、塩害環境などの腐食環境で使用されることがある。これまでのフェライト系ステンレス鋼は、Cr、Moなどの合金元素の添加により表面の発銹を抑制する耐候性の向上が行われてきた。しかし、Cr、Moを多量に添加することはフェライト系ステンレス鋼を安価にするという目的に反することになる。さらに、フェライト系ステンレス鋼では、Niを含有するオーステナイト系ステンレス鋼に比べて一度生じた孔食の進行が速く、かつ孔食が停止しにくい性質がある。CおよびNの不純物元素を低減し、Siを1.0質量%を添加するフェライト系ステンレス鋼は、水溶液中における孔食発生を抑制するには有効であるが、屋外腐食環境において耐候性が十分ではないという問題点がある。
【0004】
これまで、例えば、特許文献1は、母材および溶接部の強度向上のため、Si添加による強度担保、Ni添加および溶接金属部の介在物を、1μm以下にすることで靭性を向上させた溶接部の靭性に優れたステンレス鋼製溶接構造体および溶接用ステンレス鋼板を開示している。また、特許文献2は、耐食性・強度を担保しつつ溶接性を向上させるため、Ni、Mn、Moを適正範囲とすることで溶け落ちを抑制しつつ、Si、Cuを適正範囲とすることで溶け込み不足を抑制するフェライト系ステンレス鋼および溶接構造物を開示している。また、特許文献3は、Ni、Mo、Siを適正範囲とすることで高温塩害を抑制し、かつCr、Si、Mo、Niを適正範囲とすることで耐孔食性を向上させたフェライト系ステンレス鋼を開示している。また、特許文献4は、Si、Cr、Moの量を規定し、かつ表面の金属の被さり個数を規定してすきま腐食の起点を減らすことで高強度かつ耐すきま腐食性を向上させるフェライト系ステンレス鋼を開示している。
【0005】
しかしながら、特許文献1~4はいずれも、屋外での使用に際して問題となる耐候性について考慮されていない。特に、Siを添加して耐孔食性、引張強度を向上させた高純度フェライト系ステンレス鋼において、屋外の塩害環境において腐食起点となる表面欠陥であるS(硫黄)を含有する介在物に関して全く考慮されていないという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-229470号公報
【特許文献2】特開2018-165384号公報
【特許文献3】特開2019-112709号公報
【特許文献4】特開2020-164937号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記問題点を鑑みてなされたものであり、鋼中のSi含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する特定成分の適正化を図るととも、鋼中の存在する特定S系介在物を制御した高純度フェライト系ステンレス鋼において、耐食性、特に、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、以下に本発明の特徴を列記する。
(1)質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.0%超3.0%以下、
Mn:1.0%以下、
Ni:2.0%以下、
P:0.10%以下、
S:0.0020%以下、
Cr:13.0%以上32.0%以下、
N:0.10%以下、
Nb及びTiの少なくとも1種:6(C+N)%以上0.7%以下、
Cu:2.0%以下、
Mo:3.0%以下、
Al:0.01%以上0.20%以下、
Ca:0.010%以下、
Mg:0.010%以下、および
O:0.0040%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼であって、
前記ステンレス鋼中に、Sを含有する無機化合物であるS系介在物が存在し、
前記S系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物は、前記ステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下であり、
前記ステンレス鋼中のCr、Si、Mo、Cu、Ni、Al、Ca、Mgの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}、{Al}、{Ca}、{Mg}で表すとき、
{Al}、{Ca}、{Mg}が、下記式(1)の関係を満足するとともに、
{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}が、下記式(2)の関係を満足する、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
式(1):{Al}+10{Ca}+{Mg}≦0.20
式(2):{Cr}+1.7{Si}+1.2{Mo}+0.4({Cu}+{Ni})>19.0
(2)前記化学組成は、
V、W、CoおよびZrの少なくとも1種:1.0質量%以下、
REM:0.10質量%以下、
Sn:0.10質量%以下、および
B:0.01質量%以下をさらに含有する、(1)に記載の耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、鋼中のSi含有量を1.0質量%超とし、鋼中に含有する特定成分の適正化を図るととも、鋼中の存在する特定S系介在物を制御することによって、耐候性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の説明はこの発明における実施形態の例であって、この特許請求の範囲を限定するものではない。
【0011】
本発明者らは、課題を解決するために、フェライト系ステンレス鋼において、耐食性、特に耐候性を改善する添加元素および介在物の作用効果について鋭意検討を行い、下記の新しい知見を得て本発明をなすに至った。
【0012】
本発明のフェライト系ステンレス鋼(以下、単に「ステンレス鋼」と記す。)は、Feを主成分としてCrを含有し、金属組織としてはフェライト相を主体とする組織であり、引張強度、伸び等の機械的性質、製造時における加工特性を備えるために、以下に示す化学組成を有している。さらに、本発明のステンレス鋼は、多くの耐食性用途に使用される。例えば、屋外腐食環境において発銹抑制が重要となる建材用途や、腐食に伴う穴あき抑制が重要な配管など、耐候性が要求されることも多い。このために、耐候性向上のため、腐食起点となる介在物を減少させている。この介在物は、ステンレス鋼の鋼中に存在し、表面に露出したものは腐食環境で溶解し、ステンレス鋼の母材と介在物との間に、すきまを生じる。すきま内部は外部と電位差が生じ、腐食の駆動力となることに加え、腐食により溶出した金属イオン、特にCrイオンは水和物を形成するため周囲の環境のpHが低下する。母材と介在物のすきまではイオンの拡散が生じにくいためこの傾向が強く、再不働態化が生じにくく孔食が進行する。このすきまが大きくなるほど、すきま内のpHが低下しやすい。
【0013】
ここで、介在物は、S(イオウ)を含有する無機化合物である(以下、「S系介在物」と記す。)。このS系介在物は、MnS、CaSなど硫化物を含有する。また、単独で析出している硫化物以外にも、析出する硫化物とともにAl、Ca、Mg酸化物が共に凝集して析出してS系介在物を形成している。
【0014】
このS系介在物は、腐食環境において水分に可溶性であり、腐食起点となることから、個数割合を減少させることが必要となる。減少方法は下記(1)、(2)となる。
(1)ステンレス鋼におけるSの含有量を低減することでS系介在物の個数を低減する。
(2)酸化物を形成し、S又は硫化物と凝集してS系化合物を形成するAl、Ca、Mgの含有量を制御する。特に、硫化物を形成する傾向が強いCaの含有量を制御する。
【0015】
さらに、S系介在物は腐食環境で溶解し、ステンレス鋼の母材との間に、すきまを生じる。すきま内部は外部と電位差が生じ、腐食の駆動力となることに加え、すきま内で腐食が発生すると、ステンレス鋼の金属イオンが溶け出す。溶出したCrイオンは水和物を形成するため、周囲の環境のpHが低下する。特に、介在物の下のすきまではイオンの拡散が生じにくいためこの傾向が強く、再不働態化が生じにくく孔食が進行する。ステンレス鋼は多くの耐食性用途に使用される。屋外腐食環境において発銹抑制が重要となる建材用途や、腐食に伴う穴あき抑制が重要な配管など、耐候性が要求されることも多い。耐候性を向上させるため、従来のフェライト系ステンレス鋼では、鋼中にCrやMoなどの合金元素を添加するのが一般的である。しかしながら、ステンレス鋼には、硫化物など腐食起点となる介在物が一定数存在するため、耐候性を満たすためには必要以上の合金元素の添加が必要であった。また、フェライト系ステンレス鋼は、Niを含有するオーステナイト系ステンレス鋼に比べて、一度生じた腐食(孔食)の進展が速く、かつ停止(再不働態化)しにくい傾向がある。
また、母材の耐食性を向上させる固溶元素としては、Siが挙げられる。しかしながら、鋼中のSi添加は、耐食性が向上するものの、耐候性の向上は望めなかった。この要因として、Siの耐食性向上効果は、中性環境において有効であり、孔食内部のような低pH環境で腐食進展を抑制する効果は認められないためである。
したがって、すきま腐食で生ずる低pH環境下で孔食性に有効に作用するCu、Niをわずかに添加しつつ耐候性を担保する。
以下に、本発明のフェライト鋼を具体的に説明する。
【0016】
本発明のステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.10%以下、Si:1.0%超3.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:2.0%以下、P:0.1%以下、S:0.0020%以下、Cr:13.0%以上32.0%以下、N:0.1%以下、Nb及びTiの少なくとも1種:6(C+N)%以上0.7%以下、Cu:2.0%以下、Mo:3.0%以下、Al:0.01%以上0.20%以下、Ca:0.010%以下、Mg:0.010%以下、およびO:0.0040%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【0017】
(化学組成)
以下に、各必須添加元素の限定理由について説明する。なお、以下の化学組成の各成分の説明では、「質量%」を単に「%」として示す。
(C:0.10%以下)
C(炭素)は、ステンレス鋼中に不可避的に含有する。しかし、加工性と耐食性を低下させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.10%以下とする。特に、腐食の起点となり耐候性を低下させる効果が大きく、さらに、好ましくは0.05%以下にすることで、さらに、耐食性として特に耐孔食性、耐候性を向上させることができる。一方、Cは侵入型固溶元素であり、結晶粒界への偏析傾向も大きい元素であり結晶粒界の強化にも寄与する。従って、Cは、Pの粒界偏析抑制に対しても効果的である。これらCの作用効果を得るには下限を0.0005%以上とすることが好ましい。
【0018】
(Si:1.0%超3.0%以下)
Si(ケイ素)は、脱酸元素として有効であり、耐酸化性を向上させる。また、引張強度、硬度を高くし、機械的強度の向上に貢献する。さらに、Si含有量を1.0%超えにすることで、耐食性、特に、塩水などの中性環境下における耐孔食性を向上させることができる。一方、固溶強化元素として作用し、加工性の低下や溶接性靭性の低下を招くため、上限を3.0%以下とする。脱酸や耐酸化性、機械的強度、耐孔食性を確保するために、それぞれの効果と製造性を考慮して、好ましくは、1.0%超2.5%以下とする。さらに、好ましい範囲は、それぞれの効果と製造性を考慮して、1.1%以上2.0%以下とする。
【0019】
(Mn:1.0%以下)
Mn(マンガン)は、脱酸元素およびSの固定で有効な元素である。一方、MnS硫化物を形成し腐食の起点になることがあり、また、フェライト相を不安定化し、耐酸化性の低下を招くため、上限を1.0%以下とする。一方、母相中のO(酸素)の脱酸やS(硫黄)を硫化物にすることでSを固定する脱硫の作用を確保するために下限を0.01%以上とすることが好ましい。好ましい範囲は、それぞれの効果と製造コストを考慮して0.02~0.8%とする。
【0020】
(Ni:2.0%以下)
Ni(ニッケル)は、耐食性向上に有効な元素であり、特に、低pH環境下における孔食の進行を抑制する効果があり、母材と介在物とのすきま腐食の抑制に有効である。耐すきま腐食性を得るには、Ni含有量は0.03%超とすることが好ましい。一方、Ni含有量が2.0%超えだと、フェライト相を不安定化し、合金コストの上昇や材料強度の上昇による加工性の低下を招くため、Ni含有量の上限は2.0%とする。Ni含有量の好ましい範囲は、性能と合金コストを考慮して、1.8%以下とする。
【0021】
(P:0.10%以下)
P(リン)は、加工性や溶接性を阻害する元素であり、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.10%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.005%以上とすることが好ましい。より好ましい範囲は、製造コストを考慮して0.008~0.050%とする。
【0022】
(S:0.0020%以下)
S(硫黄)は、ステンレス鋼中に不可避的に含有する。結晶粒界に偏析し、溶接部の靭性や熱間加工性、耐食性を低下させる。さらに、他の元素と硫化物として無機化合物を形成することで、耐食性、特に、耐候性を低下させることから、S含有量は少ないほど良いため、上限を0.0020%以下とする。しかし、過度に低減することは原料及び精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001以上とすることが好ましい。より好ましい範囲は、耐候性低下の抑制や製造コストを考慮して0.0002~0.0018%とする。
【0023】
(Cr:13.0~32.0%)
Cr(クロム)は、本発明のフェライト系ステンレス鋼の基本元素であり、耐酸化性や耐食性、特に、耐候性を確保するために必須の元素である。屋外の塩害環境を考慮し耐候性を確保するために下限を13.0%以上とする。Cr含有量の上限としては、原料コストと熱延板靭性低下等の製造性の観点から32.0%とし、好ましくは25.0%以下とする。
【0024】
(N:0.10%以下)
N(窒素)は、Cと同様に加工性と耐食性を低下させるため、N含有量は少ないほど良いため、上限を0.10%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とすることが好ましい。また、NはCと同様に侵入型固溶元素であるものの、結晶粒界への偏析傾向は小さく、結晶粒界の強化に殆ど寄与せず、鋭敏化による耐食性低下が懸念されるため、好ましい範囲は、性能と製造コストを考慮して0.005~0.050%とする。
【0025】
(Nb及びTiの少なくとも1種:6(C+N)%以上0.7%以下)
Nb(ニオブ)、Ti(チタン)は、C、Nを固定する安定化元素の作用により、加工性及び耐粒界腐食性を改善するとともに、金属組織の改善にも有効な元素である。添加する場合は、それぞれその効果が発現するため、C、Nの添加量に対して6(C+N)%以上とする。但し、過度な添加は合金コストの上昇や再結晶温度上昇に伴う製造性の低下に繋がるため、0.7%以下とする。また、過度の添加は、製造時における表面品質の低下を招く。好ましい範囲は、効果と合金コストおよび製造性を考慮して、Nb、Tiの少なくとも1種で0.05~0.5%とする。より好ましい範囲は0.08~0.5%とする。
【0026】
(Cu:2.0%以下)
Cu(銅)は、加工性および耐候性を得るために好適な元素である。特に、低pH環境下における孔食の進行を抑制する効果がある。本効果を得るには、Cu含有量は0.03%超とすることが好ましい。一方、Cu含有量が2.0%超えだと、フェライト相を不安定化し、合金コストの上昇や材料強度の上昇による加工性の低下を招くため、Cu含有量の上限は2.0%とする。Cu含有量の好ましい範囲は、性能と合金コストを考慮して、0.04~1.5%とする。
【0027】
(Mo:3.0%以下)
Mo(モリブデン)は、NiやCuと同様に耐酸化性に加えて、耐孔食性や耐候性を得るために有効な元素である。特に、低pH環境下における孔食の進行を抑制する効果がある。Mo含有量は、それぞれの効果が発現するために、Moは0.10%以上とすることが好ましい。但し、過度な含有量は、合金コストの上昇と熱間加工及び冷間加工の製造性を阻害するため、Mo含有量の上限は、3.0%以下とする。
【0028】
(Al:0.01%以上0.20%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。一方、鋼の靭性や溶接性の低下を招くため、上限を0.20%以下とする。Alは、特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。しかし、Alの含有量が多くなることで鋼中の酸化物が多くなると硫化物と複合して可溶性介在物を形成することで、腐食の起点となり、耐候性を低下させる。したがって、上限として、0.20%以下が好ましい。一方、下限は、脱酸効果を考慮して0.01%以上とする。より好ましい範囲は、製造性と性能を考慮して0.01~0.17%とする。
【0029】
(Ca:0.010%以下)
Ca(カルシウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。さらに、熱間加工性やステンレス鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。Caの含有量は、それぞれの効果を発現する0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、Caの含有量が0.010%超えると、酸化物・硫化物を形成しやすくなり、特に、硫化物(CaS)が水に可溶性であることから腐食の起点となり、耐候性を低下させるため、Caの含有量の上限を0.010%とする。好ましくは、製造性や耐酸化性を考慮して0.009%以下とする。
【0030】
(Mg:0.010%以下)
Mg(マグネシウム)は、脱酸元素として極めて有効な元素である。特に、Siとともに酸化物を形成し、母相中のO(酸素)を低減する。さらに、熱間加工性やステンレス鋼の清浄度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。Mgの含有量は、それぞれの効果を発現する0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、Mg含有量が多くなることで、製造性の低下、および鋼中の酸化物が多くなると硫化物と複合して可溶性の介在物を形成することで、腐食の起点となり、耐候性を低下させるため、Mgの含有量の上限を0.010%とする。好ましくは、製造性や耐酸化性を考慮して0.009%以下とする。
【0031】
(O:0.0040%未満)
O(酸素)は、ステンレス鋼板中に不可避的に含有する。他の添加元素と酸化物を形成する。このような酸化物に硫化物が凝集することで腐食起点となる可溶性の介在物として作用し、耐候性の低下に繋がるため、Oの含有量を0.0040%以下にする。さらに、好ましくは、0.0035%以下にする。しかし、過度の低減は原料及び精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0032】
(S系介在物の個数割合)
また、本発明のステンレス鋼中に、Sを含有する無機化合物であるS系介在物が存在し、このS系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物は、ステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下である。
【0033】
S系介在物は、腐食環境で水に溶解し、ステンレス鋼の母材との間に、すきまを生じる。すきま内部は外部と電位差が生じ、腐食の駆動力となることに加え、すきま内で孔食が発生すると、ステンレス鋼の金属イオンが溶出する。溶出したCrイオンは水和物を形成するため、周囲の環境のpHが低下する。特に、介在物の下のすきまではイオンの拡散が生じにくいためこの傾向が強く、再不働態化が生じにくく孔食が進行する。Ni含有量が低いフェライト系ステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼に比べて腐食進行が速いため、S系介在物は、腐食起点として作用しやすい。そこで、腐食起点となるS系介在物のサイズ、または、個数割合を低減することで耐候性を向上させている。
【0034】
S系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物は、ステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下にすることで、このステンレス鋼の表面における発銹を抑制する。
特定S系介在物の個数割合は、圧延面を鏡面処理して観察し、以下のようにして測定した。初めに、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡:株式会社日立ハイテク製 SU-5000)装置を用いて特定S系介在物を検出し、その部分をさらに、EDX(エネルギー分散型X線分析)装置で点分析により、組成、個数割合を測定した。
【0035】
さらに、検出した介在物のうち、直径相当サイズ((長辺×短辺)1/2)が1μm以上かつEDX分析成分のSの含有量が1質量%以上の特定S系介在物の個数を求めた。特定S系介在物数を観察面積で除することにより、個数割合を算出した。
【0036】
特定S系介在物は、S系介在物のうち、直径相当サイズが1μm以上である。ここでいう「直径相当サイズ」とは、形状における長辺寸法と短辺寸法の積の数値を1/2乗したときの数値を意味する。これによって、形状が不定形であっても、大きさを一義的に定めることができる。S系介在物は、直径相当サイズが1μm未満では、非常に小さいことで腐食の駆動力となるすきま内部と外部と電位差が生じることや、すきま内で孔食が発生した際にも拡散が生じやすいためpH低下が軽微であるため、腐食の起点になりにくい。
また、介在物でSの含有量が1%未満では、介在物が溶けて母材との間にすきまを形成することがないため腐食起点になりにくい。したがって、ステンレス鋼の表面に介在物が存在しても、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1%以上である特定S系介在物の個数割合を、15個/mm以下にすることで発銹を抑制し、耐候性の低下を抑制することができる。
【0037】
さらに、本発明のステンレス鋼は、Cr、Si、Mo、Cu、Ni、Al、Ca、Mgの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}、{Al}、{Ca}、{Mg}で表すとき、{Al}、{Ca}、{Mg}が、下記式(1)の関係を満足するとともに、{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}が、下記式(2)の関係を満足する。
式(1):{Al}+10{Ca}+{Mg}≦0.20
式(2):{Cr}+1.7{Si}+1.2{Mo}+0.4({Cu}+{Ni})>19.0
【0038】
(式(1)について)
本発明のステンレス鋼は、Al、CaおよびMgの各含有量{Al}、{Ca}および{Mg}で表される式(1)を満足している。
本発明のステンレス鋼は、耐候性の向上のために特定S系介在物の個数割合を低減することを一つの手段としている。本発明のステンレス鋼は、1.0%超3.0%以下のSiを添加することでフェライト系においても高い耐食性を得ることができる。さらに、1.0%超のSiを添加することによって、コストの高いCr、Moの含有量を低減しつつ耐孔食性を担保することが可能である。しかし、Si添加による耐孔食性の向上は主に中性環境で有効に作用するため、低pH環境を形成する特定S系介在物と母材のすきまなどで有効に作用しないためSi添加による耐候性の向上は望めなかった。しかし本発明のステンレス鋼は腐食起点である特定S系介在物を減少させているため、Siを添加することで更に耐候性を向上させることができる。
【0039】
本発明のステンレス鋼は、Al、CaおよびMgの各含有量{Al}、{Ca}、{Mg}が、式(1)の関係を満足する。これによって、特定S系介在物の個数割合を低くすることができる。
本発明のステンレス鋼は、S又は硫化物が凝集することでS系介在物を形成するAl、CaおよびMgの含有量を規定した。AlとMgは、酸化物を形成し、S等と凝集してS系介在物する。一方で、Al、Mgは、Siと複合添加することによりステンレス鋼中のO(酸素)を極めて低減することが可能になるため添加は必須であり、添加量の制御が必要である。また、Caは、Al、Mgと比較しても酸化物を形成する傾向が強いし、さらに、Sと結合して硫化物を形成する傾向がある。このために、Caは、Al、Mgと比較してS系介在物を形成する傾向が10倍大きいとする知見を見出し、式(1)を導き出した。
【0040】
さらに、直径相当サイズが1μm以上でかつS含有量が1質量%以上である特定S系介在物をステンレス鋼の表面に存在する個数割合が15個/mm以下に制御するには、式(1)の値を、0.20以下にする。これにより、特定S系介在物を制御するとともに、ステンレス鋼の耐候性を担保することができる。
式(1)の左辺の数値が0.20を超えると、上記限定範囲を外れる。特に、特定S系介在物の個数割合を15個/mm以下に制御することが難しい。また、個数割合を10個/mm以下にするには、式(1)の値を、0.15以下にすることが好ましい。
【0041】
(式(2)について)
さらに、本発明のフェイライト鋼は、本発明のステンレス鋼は、Cr、Si、Mo、Cu、Niの各含有量を、それぞれ{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}で表すとき、下記式(2)の関係を満足する。
式(2):{Cr}+1.7{Si}+1.2{Mo}+0.4({Cu}+{Ni})>19.0
【0042】
ステンレス鋼は、塩素イオン等のハロゲン系イオンを含む腐食環境においてこれらのイオンにより不働態皮膜が局部的に破壊され、孔食が発生する。この孔食は、ステンレス鋼が含有する元素によって発生、進行が大きく変動する。一般に、ステンレス鋼の耐孔食性の指標として、これまで、Crを基本とする孔食指数(PI=Cr+3Mo)が知られている。本発明のステンレス鋼は、孔食指数(PI)として、Mo、Cu、Niがすきまや孔食内部などすき間環境である低pH環境における孔食の進行に効果があることを新たに見出して得られた式(2)を満足している。
【0043】
本発明のステンレス鋼は、耐孔食性の序列を簡易的に評価できる手法として孔食電位測定を採用し、含有する添加元素のうち、多くの添加元素を測定し、Cr、Moに加えて、特に効果が見出されたSi、Cu、Niに着目して、その各の含有量{Cr}、{Si}、{Mo}、{Cu}、{Ni}の影響について検討した。
孔食電位測定はJIS G 0577に準拠して行い、30℃の3.5質量%NaCl水溶液中における電流値が100μA/cmを超える電位を孔食電位V‘c100と定めた。本発明のステンレス鋼において、1.0%を超える{Si}を含有する場合には、{Cr}の増加はもとより{Si}の増加によっても孔食電位が向上し、その効果は{Cr}の1.7倍あることを知見した。この効果は必ずしも明らかではないが、不働態皮膜の分析から、皮膜内層および鋼界面に生成するSiの酸化物が、特に、塩水などの中性溶液環境においてハロゲンイオンによる不働態皮膜の破壊を抑制する作用を発現したものと推察している。さらに、1.0%を超えてSiを添加した場合においても、{Mo}を含有する場合には、その効果は{Cr}の1.2倍あることを知見した。{Cu}、{Ni}を含有する場合には、その効果は{Cr}の0.4倍あることを知見した。
したがって、本発明のステンレス鋼は、式(2)として、{Cr}+1.7{Si}+1.2{Mo}+0.4({Cu}+{Ni})と表している。
【0044】
さらに、SUS430J1L(19Crフェライト系ステンレス鋼)、SUS443J1(21Crフェライト系ステンレス鋼)とSUS304(18Cr-8Niオーステナイト系ステンレス鋼)と孔食電位V‘c100を比較した。本発明のステンレス鋼の式(2)を19.0にすることで、SUS430J1L(19Crフェライト系ステンレス鋼)と同等の孔食電位0.20Vとすることができた。また、本発明のステンレス鋼を、式(2)を21.0にすることで、SUS443J1(21Crフェライト系ステンレス鋼)とSUS304(18Cr-8Niオーステナイト系ステンレス鋼)と同等の孔食電位0.30Vとすることができた。そこで、本発明のステンレス鋼の式(2)を19.0以上とした。また、本発明のステンレス鋼における式(2)が25.0を超えると、鋼中のSi含有量{Si}が多くなりすぎる傾向があるため、引張強度および硬度が高くなりすぎて加工性が低下し、製造コストが高くなるという不利益がある。また、同様に、鋼中のMo、Cu、Niの含有量{Mo}、{Cu}、{Ni}が大きくなると、原材料費が高くなるという不利益がある。このため、式(2)の上限は、好ましくは25.0とする。
【0045】
また、本発明のステンレス鋼は、必要に応じて、以下に示す任意添加元素をさらに添加することができる。
【0046】
(V、W、Co、Zr:1.0%以下)
V(バナジウム)、W(タングステン)、Co(コバルト)、Zr(ジルコニウム)は、耐食性の改善に有効な元素である。特に、炭窒化物の生成により固溶C、Nの低減させることで、高純度フェライト系ステンレス鋼の耐食性と加工性の改善に寄与することから必要に応じて添加する。V、W、Co、Zrの含有量は、それぞれその効果が発現する0.01%以上とすることが好ましい。それぞれの含有量が1.0%超えだと、合金コストの上昇や製造性の低下に繋がり、固溶強化と析出強化により硬質化と靭性の低下を招くため、それぞれの含有量の上限を1.00%以下とする。それぞれの含有量の好ましい範囲は、加工性及び製造性と合金コストを考慮して、0.02~0.50%とする。
【0047】
(Sn:0.10%以下)
Sn(錫)は、耐食性とPの粒界偏析を抑制して耐二次加工脆性の改善にも有効な元素であり、必要に応じて添加する。Sn含有量は、それぞれの効果が発現するために、下限は、0.01%以上とすることが好ましい。但し、Sn含有量が0.10%超えだと、合金コストの上昇と熱間加工及び冷間加工の製造性を阻害するため、Sn含有量の上限は、0.10%以下とする。
【0048】
(REM:0.10%以下)
REM(希土類元素)は、熱間加工性や鋼の清浄度を向上させ、耐酸化性や熱間加工性を著しく向上させる効果を持つため、必要に応じて添加しても良い。それらの含有量は、それぞれその効果が発現する0.001%以上とする。しかし、REMを過剰に添加しても、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるだけであるため、REMの各含有量の上限をそれぞれ0.10%以下とする。好ましくは、効果と経済性および製造性を考慮して、少なくとも1種以上で0.001~0.080%とする。
REMは、Ce、Pr、Sm等のランタノイド系列、アクチノイド系列の希土類金属及びこれらの複合した金属を示している。
【0049】
(B:0.010%以下)
B(ホウ素)は、熱間加工性や耐二次加工脆性を向上させる元素であり、フェライト系ステンレス鋼への添加は有効である。B含有量は、これらの効果を発現する0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が0.010%超えだと、伸びの低下、疲労強度の低下をもたらすため、上限を0.010%とする。好ましくは、材料コストや加工性を考慮して0.0005~0.0080%とする。
【0050】
(残部はFeおよび不可避的不純物)
残部はFeおよび不可避的不純物からなり、不可避的不純物としては、例えばAs及びSbなどが挙げられるが、ここで不可避的不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0051】
(製造方法)
上述した化学組成を有する本発明のステンレス鋼の好適な製造方法について説明する。ステンレス鋼の製造方法は、精錬時間の増加およびスクラップ比率低減により、S含有量を低下させている。常法においても転炉における精錬時間を長くすることで、Sを低減することは一般的である。一方で、極微量なSの含有量を規制するためには精錬時間延長だけでは著しく製造性を阻害するため、実用的には製造コストが高くなり、実用上では実施されない。本発明のフェライト鋼におけるSの含有量の低減は精錬時間延長のみならず、Sをはじめとする不純物が混入の主要因であるスクラップ比率を低減することによってSの含有量低減を達成している。すなわちスクラップ比率を40%以下とすることが望ましく、さらに35%以下とすることが好ましい。これにより、本発明の目標とする耐候性を確保することが可能である。
【実施例0052】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0053】
表1は、実施例1~6、比較例1~7における必須添加元素及び一部では任意添加元素を含有量を示している。実施例・比較例に示す化学組成(質量%)を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、加熱温度1150~1250℃の熱間圧延を行い、板厚4mmの熱延鋼板を製造した。その後、1000℃で焼鈍、酸洗後に板厚0.8mmまで冷間圧延し、870~1000℃の仕上げ焼鈍と酸洗を行った。これを用いて、以下の評価を行った。
【0054】
【表1】
【0055】
以下、実施例1~6、比較例1~7の特性を性能を評価した。
【0056】
表2は、本発明のステンレス鋼の特性として、特定S系介在物の個数割合、式(1)および式(2)の計算値を評価した。
【0057】
特定S系介在物の個数割合は、以下のように評価した。
製造した鋼板から10mm×10mmの試験片を切削によって切り出した。この際、製造した焼鈍酸洗板の幅方向の端から20mm以上離れた箇所で採取した。次に、圧延面が観察面となるように樹脂埋めを施した。次に、樹脂埋めを行った試験片を湿式研磨によって鏡面処理した。その後、FE-SEM(株式会社日立ハイテク製SU-5000)を用いて特定S系介在物の検出およびEDX点分析による特定S系介在物組成を測定した。介在物の自動分析機能を用いて測定しており、条件は下記となる。
測定範囲:測定面積5mm(2.0mm×2.5mm)である。
観察倍率:200倍(1視野範囲0.48mm×0.64mm)を5%ラップさせつつ、18視野測定して上記測定範囲とした。検出する最小粒子径は0.47μmである。
EDXの分析ビーム径:0.05μmである。
検出した介在物のうち、直径((長辺×短辺)1/2)が1μm以上かつEDX分析成分のS濃度が1質量%以上の特定S系介在物の個数を求めた。特定S系介在物の個数を観察面積で除することにより、個数割合(個/mm)を算出した。
【0058】
【表2】
【0059】
表3は、本発明のステンレス鋼の表面の耐候性と耐孔食性を評価している。
ここで、耐候性は、CCT(塩乾湿複合サイクル試験)後の発銹面積率で表している。発銹面積率が小さいほど塩害環境におけるステンレス鋼の耐候性が優れる。特に、表2に示す特定S系介在物の個数と式(1)の左辺の値の双方で評価することができる。
また、耐孔食性は、孔食電位測定によって評価した。孔食電位が高ければ、孔食の発生を抑制することができることから、式(2)の左辺の値により耐孔食性を表すことができる。
【0060】
耐候性の評価方法について詳述する。幅方向50mm×圧延方向100mmの測定用試験片を切り出した後、測定用試験片の片側表面に#600湿式研磨を施した。次に、測定用試験片の3つの側面(幅方向の側面1つを除く)を樹脂(信越シリコーン株式会社製の一液縮合型RTVゴムKE44)で被覆した。次に、70mm×150mmのベークライト板の上に20mmφ×10mmのポリエチレン製チューブ2個を接着し、その上に測定用試験片の研磨を施していない表面を配置して接着した。このようにして得られたサンプルに対して塩乾湿複合サイクル試験(CCT)を行った。サンプルは、測定用試験片の表面が水平面に対して75°、且つ測定用試験片の樹脂で被覆されていない側面が下部となるようにしてCCT装置に配置し、5%塩水噴霧(35℃、2時間)、乾燥(60℃、25%RH、4時間)、湿潤(50℃、95%RH、2時間)を1サイクルとして3サイクル行った。その後、サンプルを水洗及び乾燥し、測定用試験片の表面における発銹面積率を評価した。
また、この評価において、レイティングナンバ(RN)が、8未満(発銹面積率が0.25%超えに相当)であれば耐候性に劣るとして「×」とし、RNが8以上(発銹面積率が0.25%以下に相当)であれば耐候性に優れているとして「〇」とし、RNが9.5以上(発銹面積率が0.05%以下に相当)であれば耐候性に非常に優れているとして「◎」と評価している。
なお、この発銹面積率の評価は、JIS Z 2371:塩水噴霧試験方法の「附属書JC(規定)レイティングナンバ方法」に準拠している。
【0061】
また、耐孔食性の評価方法について説明する。
試験材をせん断加工して、20mm×15mmの寸法の孔食電位評価用試験片を作製した。試験片の一端に導線をスポット溶接して接続し、試験面10mm×10mm以外をシリコーン樹脂により被覆した。試験液として、3.5%のNaCl水溶液を使用し、30℃でAr脱気において試験を行った。上記のNaCl水溶液中に試験面を完全に浸し、10分間の放置をした後、ポテンショスタットを用いた動電位法により、電位掃引速度20mV/minで、自然電極電位からアノード電流密度が500μA/cmに達するまで電位を測定し、アノード分極曲線を得た。孔食電位は、アノード分極曲線において100μA/cmに対応する電位のうち、最も貴な値を孔食電位(V)とした。
なお、このときに、孔食電位が0.20V未満では、十分な耐孔食性が得られないとして「×(不可)」と、孔食電位が0.20V以上0.30V未満では、19Cr含有フェライト系ステンレス鋼(SUS304J1L)と同等の耐孔食性が得られているとして「〇(良)」と、孔食電位が0.30V以上では、21Cr含有フェライト系ステンレス鋼、18-8オーステナイト系ステンレス鋼(SUS443J1、SUS304)と同等の耐孔食性が得られているとして「◎(優)」として耐孔食性を評価した。
【0062】
【表3】
【0063】
表1および表2に示す結果から、実施例1~6のステンレス鋼は、S系介在物の個数割合、式(1)の値および式(2)の値いずれもが本発明の適正範囲を満たしている。
これにより、表3に示す結果から、実施例1~6のステンレス鋼は、耐候性と耐孔食性の性能評価が、ずべて「〇」以上の良好であることが分かる
【0064】
それに対し、比較例1は、ステンレス鋼中のSの含有量が0.0085質量%と高く、それに伴いS系介在物の個数割合が30.3(個/mm)と高く、本発明の範囲外であることから、耐候性が「×」と劣っていた。
【0065】
比較例2は、ステンレス鋼中のCa、Mgの含有量が高く、それに伴い、特定S系介在物の個数割合が22.7(個/mm)と高く、かつ、式(1)の値が0.222と高く、本発明の範囲外であることから、耐候性が「×」と劣っていた。
【0066】
比較例3は、ステンレス鋼中のAlの含有量が0.130%と範囲内であるが、特定S系介在物の個数割合が20.3(個/mm)と高く、かつ、式(1)の値が0.221と高く、本発明の範囲外であることから、耐候性が「×」と劣っていた。
【0067】
比較例4は、ステンレス鋼中のAlの含有量が3.198%と高く、特定S系介在物の個数割合が16.7(個/mm)と高く、かつ、式(1)の値が3.240と高く、本発明の範囲外であることから、耐候性が「×」と劣っていた。
【0068】
比較例5は、ステンレス鋼中のAlの含有量が0.003%と低く範囲外であり、さらに、Oの含有量が0.007%と高いことで、式(1)の値が範囲内であるが、特定S系介在物の個数割合が17.5(個/mm)と高く、本発明の範囲外であることから、耐候性が「×」と劣っていた。
【0069】
比較例6は、ステンレス鋼中のSiの含有量が0.23%と低く、式(2)の値が範囲外であることから、耐候性、耐孔食性がともに「×」と劣っていた。
【0070】
比較例7は、ステンレス鋼中のCrの含有量が11.03%と低く、式(2)の値が範囲外であることから、耐候性、耐孔食性がともに「×」と劣っていた。
【0071】
これらの実施例1~6および比較例1~7の結果から、本発明の目標とした耐候性および耐孔食性を得るためには、本発明で規定する化学組成の範囲と、特定S系介在物の個数割合、式(1)および式(2)の値が本発明の範囲内にあることが重要であることがわかる。更に、微量元素であるV、W、Co、Zr、REM、Sn、Bの添加や、本発明で規定する好ましい製造方法は、耐候性および耐孔食性の向上に有効である。