IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人君が淵学園の特許一覧 ▶ 石倉 恵介の特許一覧

<>
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図1
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図2
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図3
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図4
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図5
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図6
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図7
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図8
  • 特開-運動時の脂質代謝促進剤 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125423
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】運動時の脂質代謝促進剤
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/10 20160101AFI20230831BHJP
   A61K 31/185 20060101ALI20230831BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
A23L33/10
A61K31/185
A61P3/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022029495
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(71)【出願人】
【識別番号】522078233
【氏名又は名称】石倉 恵介
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】千葉(西園) 祥子
(72)【発明者】
【氏名】石倉 恵介
【テーマコード(参考)】
4B018
4C206
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018LB10
4B018MD14
4B018MD18
4B018ME14
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA08
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZC33
(57)【要約】
【課題】運動時の脂質代謝を促進することができる脂質代謝促進剤の提供。
【解決手段】本発明は、タウリンを含む脂質代謝促進剤、特に、運動時の脂質代謝を促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤に関する。本発明はまた、運動時の脂質代謝を促進し、かつ糖質代謝を抑制するための、ひいてはグリコーゲンを節約するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤。
【請求項2】
さらに、前記運動時に、糖質代謝を対象において抑制するための、請求項1に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項3】
対象が、前記運動の前に前記脂質代謝促進剤を単回摂取する、又は前記運動の前若しくは前記運動の前後にわたって反復して前記脂質代謝促進剤を摂取する、請求項1又は2に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項4】
対象が、前記運動の直前又は運動中に、前記脂質を摂取する、請求項1~3のいずれか1項に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項5】
前記運動が低~中強度運動である、請求項1~4のいずれか1項に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項6】
摂取した脂質に起因する血中中性脂肪濃度及び/又は血中遊離脂肪酸濃度の上昇を抑制する、請求項1~5のいずれか1項に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項7】
対象が、運動習慣のない対象である、請求項1~6のいずれか1項に記載の脂質代謝促進剤。
【請求項8】
脂質と組み合わせたタウリンの摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、請求項1~7のいずれか1項に記載の脂質代謝促進剤又はタウリンを含む、飲食品。
【請求項9】
さらに、前記運動時に、糖質代謝を対象において抑制するための、請求項8に記載の飲食品。
【請求項10】
脂質をさらに含む、請求項8又は9に記載の飲食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運動時の脂質代謝促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肥満は、脂質異常症、糖尿病、メタボリックシンドローム等の危険因子であり、動脈硬化や脳血管疾患のリスクを高めることから、その予防が世界中で喫緊の課題となっている。
【0003】
肥満を予防・改善するためには、運動が最も効果的である。しかし、日常的な運動(例えば散歩やウォーキング、ジョギング)では、脂質をよく燃焼させるためには長時間の運動が必要となる。また、個々の健康状態、運動歴、生活習慣等により運動時間や負荷強度等が制限される場合がある。したがって、運動時(特に、短時間の運動時や低~中強度の運動時)の脂質代謝を促進することができる食品成分が必要とされている。
【0004】
一方、マラソン、自転車ロードレース、トライアスロン、スキー、クロスカントリー等の持久力を必要とするアスリートは、筋肉中のグリコーゲンが枯渇すると疲労困憊状態に陥るため、運動効率を向上させるために、一度、グリコーゲンが枯渇するまで運動し、その後、糖質食を多量に摂取することにより、グリコーゲンの貯蔵量を増加させるグリコーゲンローディングを行う場合がある。しかし、グリコーゲンローディングは、高炭水化物食を摂取する必要があり、アスリートにとって負担が大きい。したがって、運動時(特に、持久力を要する長時間の運動時)の脂質代謝を促進、糖質代謝を抑制し、ひいてはグリコーゲン節約をもたらすことができる食品成分が必要とされている。
【0005】
イカやタコ等の魚介類に多く含まれるタウリン(2-アミノエチルスルホン酸)は、浸透圧調節作用(非特許文献1)、胆汁酸分泌促進作用、コレステロール濃度低下作用及び肝機能の改善効果(非特許文献2)等を有することが報告されているが、その作用はまだ十分に解明されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Jean Holowach Thurston, Richard E. Hauhart, and John A. Dirgo, Life Sciences, 1980, 26(19):1561-1568
【非特許文献2】Shigeru Murakami et al., Clinical and Experimental Pharmacology and Physiology, 2016. 43(3):372-378
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、運動時の脂質代謝を促進することができる脂質代謝促進剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、タウリン摂取によって、脂質摂取後の運動時の脂質代謝(特に摂取した脂質のエネルギー源としての利用)が促進されることや、糖質代謝が抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤。
[2] さらに、前記運動時に、糖質代謝を対象において抑制するための、[1]に記載の脂質代謝促進剤。
[3] 対象が、前記運動の前に前記脂質代謝促進剤を単回摂取する、又は前記運動の前若しくは前記運動の前後にわたって反復して前記脂質代謝促進剤を摂取する、[1]又は[2]に記載の脂質代謝促進剤。
[4] 対象が、前記運動の直前又は運動中に、前記脂質を摂取する、[1]~[3]のいずれかに記載の脂質代謝促進剤。
[5] 前記運動が低~中強度運動である、[1]~[4]のいずれかに記載の脂質代謝促進剤。
[6] 摂取した脂質に起因する血中中性脂肪濃度及び/又は血中遊離脂肪酸濃度の上昇を抑制する、[1]~[5]のいずれかに記載の脂質代謝促進剤。
[7] 対象が、運動習慣のない対象である、[1]~[6]のいずれかに記載の脂質代謝促進剤。
[8] 脂質と組み合わせたタウリンの摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、[1]~[7]のいずれかに記載の脂質代謝促進剤又はタウリンを含む、飲食品。
[9] さらに、前記運動時に、糖質代謝を対象において抑制するための、[8]に記載の飲食品。
[10] 脂質をさらに含む、[8]又は[9]に記載の飲食品。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、運動時の脂質代謝を効果的に促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、タウリンと脂質食とを摂取させた後に運動を負荷した被験者の運動時の呼吸交換比を示す図である。図1Aは、タウリン又はプラセボを単回摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動時の呼吸交換比を示す。この単回摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリン及び運動強度の影響は有意であり(それぞれ、p<0.05、p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図1Bは、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動時の呼吸交換比を示す。図1A中、†(短剣符)は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の低強度の運動時の呼吸交換比に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。図1A中、*(アステリスク)は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、プラセボ群の同じ強度の運動時の呼吸交換比に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図2図2は、タウリンと脂質食とを摂取させた後に運動を負荷した被験者の運動時の糖質酸化量を示す図である。図2Aは、タウリン又はプラセボを単回摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動時の糖質酸化量を示す。この単回摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリン及び運動強度の影響は有意であり(それぞれ、p<0.05、p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図2Bは、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動時の糖質酸化量を示す図である。図2A中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の低強度の運動時の糖質酸化量に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。図2A中、*は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、プラセボ群の同じ強度の運動時の糖質酸化量に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図3図3は、タウリン又はプラセボを単回摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動時の脂質酸化量を示す図である。
図4図4は、タウリン又はプラセボを単回摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中中性脂肪濃度(図4A)、及び運動後の血中中性脂肪濃度の運動前からの増加量(Δ血中中性脂肪濃度)(図4B)を示す。図4A中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中中性脂肪濃度に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図5図5は、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中中性脂肪濃度(図5A)、及び運動後の血中中性脂肪濃度の運動前からの増加量(Δ血中中性脂肪濃度)(図5B)を示す。この連続摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリンの影響は有意でなく(NS)、運動の影響は有意であり(p<0.05)、交互作用は有意であった(p<0.05)。図5A中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中中性脂肪濃度に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。図5B中、*は、対応のあるt検定により、プラセボ群のΔ血中中性脂肪濃度に比べ有意差(p<0.05)があったことを示す。
図6図6は、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中遊離脂肪酸濃度を示す。この連続摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリンの影響は有意でなく(NS)、運動の影響は有意であり(p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中遊離脂肪酸濃度に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図7図7は、タウリン又はプラセボを単回摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中総コレステロール濃度を示す。この単回摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリンの影響は有意でなく(NS)、運動の影響は有意であり(p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中総コレステロール濃度に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図8図8は、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中総コレステロール濃度を示す。この連続摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリンの影響は有意でなく(NS)、運動の影響は有意であり(p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中総コレステロール濃度に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
図9図9は、タウリン又はプラセボを連続摂取させた後、脂質食を摂取させ、低強度及び中強度の運動を負荷した被験者の、運動前後の血中dROMs値を示す。この連続摂取試験では、二元配置分散分析の結果、タウリンの影響の傾向があり(p=0.07)、運動の影響は有意であり(p<0.01)、交互作用は有意でなかった(NS)。図中、†は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、同じ摂取群の運動前の血中dROMs値に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。図中、*は、二元配置分散分析の後の単純主効果検定により、プラセボ群の同じタイミング(運動前)の血中dROMs値に比べて、有意差(p<0.05)があったことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明は、タウリンを含む脂質代謝促進剤、特に、運動時の脂質代謝を促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤に関する。具体的には、本発明は、脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、脂質代謝を対象において促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤に関する。より具体的には、本発明は、脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤に関する。
【0014】
本明細書において、「タウリン」は、2-アミノエタンスルホン酸又は2-アミノエチルスルホン酸とも称される、化学式C2H7NO3Sを有する物質を意味する。タウリンは、化学合成されたものであってもよく、タコ等の海産物から抽出されたものであってもよい。タウリンは、例えば、ナトリウム塩などの塩の形態であってもよい。
【0015】
後述の実施例で示すように、タウリンは、脂質と組み合わせて対象に摂取させた場合、脂質のみを摂取させた場合と比べて、脂質摂取後の運動時の脂質酸化(脂質代謝)を促進することができ、特に摂取した脂質のエネルギー源としての利用を促進することができる。したがって、タウリンは、脂質代謝を促進する効果、特に、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進する効果を有しており、本発明の脂質代謝促進剤の有効成分として用いることができる。
【0016】
後述の実施例で示すように、タウリンはまた、脂質と組み合わせて対象に摂取させた場合、脂質のみを摂取させた場合と比べて、脂質摂取後の運動時の糖質酸化(糖質代謝)を抑制することもできる。したがって、タウリンは糖質代謝を抑制する効果を有しており、タウリンを含む本発明の脂質代謝促進剤は、運動時の糖質代謝を抑制するために使用することもできる。したがって、本発明は、運動時の脂質代謝を促進し、かつ、糖質代謝を抑制するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤を提供する。具体的には、本発明は、脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、脂質代謝を対象において促進し、かつ糖質代謝を対象において抑制するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤を提供する。より具体的には、本発明は、脂質と組み合わせた摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進し、かつ糖質代謝を対象において抑制するための、タウリンを含む脂質代謝促進剤を提供する。
【0017】
本明細書において、「脂質代謝」とは、生体内において行われる脂質の化学的変換、並びに生体内での脂質の輸送及び動態の総称を意味し、腸管における脂質の吸収、末梢組織への脂質の輸送、末梢組織による脂質の取り込み、並びに脂質の酸化(β酸化)及び分解の過程を包含する。本明細書において、「脂質」とは、水に不溶若しくは難溶であるがクロロホルム等の有機溶媒には溶解する物質の総称であり、例えば、中性脂肪(トリグリセリド)、脂肪酸、コレステロール、及びリン脂質等を包含する。
【0018】
本明細書において、「脂質代謝促進」には、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進すること、例えば、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進することが含まれる。
【0019】
本明細書において、「糖質代謝」とは、生体内において行われる糖質の化学的変換、並びに生体内での糖質の輸送及び動態の総称を意味し、末梢組織への糖質の輸送、末梢組織による糖質の取り込み、並びに解糖系による糖質の酸化及び分解の過程を包含する。本明細書において、「糖質」とは、糖を主要成分とする物質の総称であり、例えば、グルコース及びグリコーゲン等を包含する。
【0020】
運動は筋肉を収縮させることによって行われる。筋肉の収縮にはエネルギー源としてアデノシン三リン酸(ATP)が利用されるが、筋肉内に蓄えられているATPの量は非常に少ないため、運動中筋肉では解糖系や有酸素系等によってATPが再合成される。解糖系では、筋肉内に貯蔵されたグリコーゲン、又は血液中から取り込んだグルコースを分解することでATPが再合成される。解糖系の反応が高まり、グリコーゲンやグルコースの分解が進むと、乳酸が蓄積し始める。有酸素系では、脂肪組織で分解された脂肪酸、筋肉内に貯蔵されている中性脂肪から供給される脂肪酸、解糖系で合成されたピルビン酸等がミトコンドリア内で酸化される過程でATPが再合成される。
【0021】
解糖系及び有酸素系は、運動の強度と時間によって、それぞれの貢献度が変化する。具体的には、運動強度が低いほど有酸素系の利用割合が増加し、運動強度が強いほど解糖系の利用割合が増加する。また、運動時間が長いほど有酸素系の利用割合が増加する。
【0022】
運動の継続可能時間は、筋肉中に貯蔵されているグリコーゲンの量に依存しており、筋肉中に貯蔵されているグリコーゲンが利用され枯渇すると、疲労困憊に陥り、それ以上の運動は不可能となる。したがって、運動中に、グリコーゲン等の糖質よりもエネルギー価の高い脂質のエネルギー源としての利用を促進し、グリコーゲンを節約することができれば、運動の継続可能時間を延長することができる。
【0023】
本明細書において、「エネルギー代謝」とは、ATPがADPに変換される際に生じるエネルギーを利用して筋収縮等が行われる過程のことを意味する。本明細書において、「摂取した脂質をエネルギー源とする」とは、体内に貯蔵された脂質ではなく摂取した脂質を直接エネルギー源として利用すること、即ち、摂取・吸収された後、体内に貯蔵されることなく末梢組織に輸送された脂質の酸化・分解に伴って合成されたATPをエネルギー代謝に利用することを意味する。本明細書において、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を促進することは、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝の割合を増大させること、すなわち、体内に貯蔵された脂質ではなく、摂取した脂質を直接エネルギー源として利用する割合を増加させることであり得る。
【0024】
脂質代謝促進効果、特に、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進する効果は、例えば、運動時の呼吸商又は脂質酸化量を指標として判定することができる。
【0025】
呼吸商は、全身の組織における酸素消費量の総和に対する二酸化炭素産生量の総和の比率(二酸化炭素産生量/酸素消費量)であり、糖質と脂質の燃焼(酸化量)の比率を表す。呼吸商は、脂肪のみが酸化される場合には約0.7に、糖質のみが酸化される場合には1となる。従って、呼吸商の値は、高いほど糖質の酸化量の割合が高いことを示し、低いほど脂質の酸化量の割合が高いことを示す。安静時又は一定強度の運動時などには、呼吸商は、呼吸交換比(二酸化炭素排出量/酸素摂取量)と一致する。したがって、一定強度の運動時には、呼吸交換比を呼吸商として測定することができる。
【0026】
被験物質が脂質代謝促進効果を有するか否かは、例えば、以下の手順により判定することができる。被験物質(例えば、タウリン又は本発明の脂質代謝促進剤)と脂質とを対象に摂取させ、脂質摂取から60分後に低強度及び中強度の運動(例えば、自転車漕ぎ運動)をそれぞれ30分間対象に負荷し、運動中測定した二酸化炭素排出量及び酸素摂取量から各運動時の呼吸交換比及び脂質酸化量を測定する。対照として、被験物質の代わりにプラセボ(例えばデキストリン)を用いて同様の操作を行う。(i) 被験物質を投与した対象の低強度の運動時の呼吸交換比が、プラセボを投与した対象の低強度の運動時の呼吸交換比に比べて低下している(例えば、1%以上低下している)場合、(ii) 被験物質を投与した対象の中強度の運動時の呼吸交換比が、プラセボを投与した対象の中強度の運動時の呼吸交換比に比べて低下している(例えば、1%以上低下している)場合、(iii) 被験物質を投与した対象の低強度の運動時の脂質酸化量が、プラセボを投与した対象の低強度の運動時の脂質酸化量に比べて増大している(例えば、1%以上、好ましくは10%以上増大している)場合、又は(iv) 被験物質を投与した対象の中強度の運動時の脂質酸化量が、プラセボを投与した対象の中強度の運動時の脂質酸化量に比べて増大している(例えば、1%以上、好ましくは10%以上増大している)場合には、被験物質は脂質代謝促進効果(特に、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進する効果)を有すると判定できる。
【0027】
被験物質が糖質代謝抑制効果を有するか否かは、例えば、以下の手順により判定することができる。被験物質(例えば、タウリン又は本発明の脂質代謝促進剤)と脂質とを対象に摂取させ、脂質摂取から60分後に低強度及び中強度の運動(例えば、自転車漕ぎ運動)をそれぞれ30分間対象に負荷し、運動中測定した二酸化炭素排出量及び酸素摂取量から各運動時の呼吸交換比及び糖質酸化量を測定する。対照として、被験物質の代わりにプラセボ(例えばデキストリン)を用いて同様の操作を行う。(i) 被験物質を投与した対象の低強度の運動時の呼吸交換比が、プラセボを投与した対象の低強度の運動時の呼吸交換比に比べて低下している(例えば、1%以上低下している)場合、(ii) 被験物質を投与した対象の中強度の運動時の呼吸交換比が、プラセボを投与した対象の中強度の運動時の呼吸交換比に比べて低下している(例えば、1%以上低下している)場合、(iii) 被験物質を投与した対象の低強度の運動時の糖質酸化量が、プラセボを投与した対象の低強度の運動時の糖質酸化量に比べて低下している(例えば、5%以上低下している)場合、又は(iv) 被験物質を投与した対象の中強度の運動時の糖質酸化量が、プラセボを投与した対象の中強度の運動時の糖質酸化量に比べて低下している(例えば、5%以上低下している)場合には、被験物質は糖質代謝抑制効果を有すると判定できる。
【0028】
本発明の脂質代謝促進剤を摂取させる対象は、好ましくは、哺乳類又は鳥類である。哺乳類としては、例えば、ヒト、サル等の霊長類、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット等を挙げることができるが、好ましくは霊長類であり、より好ましくはヒトである。鳥類としては、例えば、ハト、ハヤブサ等を挙げることができる。
【0029】
本発明において、対象は、アスリート又は競走馬等の運動習慣のある対象であってもよいが、運動習慣のない対象であってもよい。本明細書において、「運動習慣のある」対象とは、1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続して実施している対象を意味する。本明細書において、「運動習慣のない」対象とは、運動習慣のある対象に該当しない対象を意味する。
【0030】
一般に、全身持久力の指標として、最大酸素摂取量(VO2max)が使用されている。最大酸素摂取量(VO2max)は、運動中に体内に取り込まれる酸素の最大量であり、男性30歳の平均値は約40ml/kg/分であるが、エリート長距離選手のVO2maxは90ml/kg/分にも達する場合があることが知られている。本発明において、対象は、最大酸素摂取量(VO2max)として20~90 ml/kg/分、20~80 ml/kg/分、20~70 ml/kg/分、20~60 ml/kg/分、20~50ml/kg/分、25~45 ml/kg/分、55~90 ml/kg/分、55~80 ml/kg/分、55~70 ml/kg/分、又は55~60 ml/kg/分を示すヒトであり得る。最大酸素摂取量は、例えば、被験者に自転車エルゴメーターを用いた漸増運動負荷試験を行い、最大負荷時の酸素摂取量をVO2maxとして測定することができる。
【0031】
一実施形態では、本発明における対象は、最大酸素摂取量(VO2max)として20~50 ml/kg/分、又は25~45 ml/kg/分、例えば平均35 ml/kg/分程度を示す、運動習慣のないヒトであり得る。一実施形態では、本発明における対象は、最大酸素摂取量(VO2max)として55~90 ml/kg/分、55~80 ml/kg/分、55~70 ml/kg/分、又は55~60 ml/kg/分を示す、運動習慣のあるヒトであり得る。
【0032】
本発明において、対象は、オスであってもよく、メスであってもよい。対象は、例えば、ヒト男性又はヒト女性であり得る。
【0033】
本発明において、対象は、幼体であってもよく、成体であってもよい。対象は、限定されないが、例えば、10~80歳、10~60歳、10~40歳、10~30歳、15~30歳、15~25歳、20~25歳、又は20~22歳のヒトであり得る。
【0034】
本発明において、対象は、肥満を有する対象であってもよく、肥満を有しない対象であってもよい。肥満を有しない対象は、例えば、25未満のBMI(Body Mass Index)(例えば、18以上25未満のBMI)を有するヒトであり得る。肥満を有しない対象はまた、例えば、20%未満の体脂肪率(例えば、4%以上20%未満、若しくは5%以上20%未満の体脂肪率)を有するヒト男性、又は30%未満の体脂肪率を有するヒト女性であり得る。肥満を有する対象は、例えば、25以上のBMI(例えば、25以上40未満、25以上35未満、又は25以上30未満のBMI)を有するヒトであり得る。肥満を有する対象はまた、例えば、20%以上の体脂肪率(例えば、20%以上40%未満、20%以上35%未満、若しくは20%以上30%未満の体脂肪率)を有するヒト男性、又は30%以上の体脂肪率を有するヒト女性であり得る。
【0035】
本発明の脂質代謝促進剤は、対象の年齢、体重等の種々の要因を考慮して、その摂取量を適宜設定することができる。本発明の脂質代謝改善剤は、限定されないが、例えば、1日当たり10~1000mg/kg体重、10~500mg/kg体重、10~300mg/kg体重、10~100mg/kg体重、20~100mg/kg体重、又は30~100mg/kg体重のタウリンが摂取されるように用いることができる。
【0036】
本発明において、対象は、運動の前又は運動中、好ましくは運動の前に本発明の脂質代謝促進剤を摂取し得る。本明細書において、「運動の前」とは、運動開始時より前の時間を意味する。本明細書において、「運動中」とは、運動開始時から運動終了時までの時間を意味する。
【0037】
本発明において、対象は、本発明の脂質代謝促進剤を単回摂取してもよく、反復して摂取してもよい。本明細書において、ある物質を「反復して摂取」するとは、その物質を複数回(即ち2回以上)摂取することを意味する。
【0038】
一実施形態では、対象は、例えば、運動の前、例えば、運動開始前6時間以内、5時間以内、4時間以内、又は3時間以内、好ましくは、運動開始の0.5~3時間前、運動開始の0.5~2時間前、運動開始の1~2時間前、又は運動開始の1.5時間前に、本発明の脂質代謝促進剤を単回摂取することができる。
【0039】
一実施形態では、対象は、運動の前に反復して本発明の脂質代謝促進剤を摂取することができる。例えば、対象は、数日~数か月(例えば、3日~3か月、3日~2か月、3日~1か月、3~11日、4~10日、5~9日、6~8日、又は7日)にわたって、例えば、1日3回、1日2回、1日1回、2日毎、3日毎、又は1週間毎に、本発明の脂質代謝促進剤を反復して摂取することができる。
【0040】
一実施形態では、対象は、運動の前後にわたって、反復して本発明の脂質代謝促進剤を摂取することができる。本明細書において、「運動の前後にわたって」反復して本発明の脂質代謝促進剤を摂取するとは、運動の前に少なくとも1回、運動の後に少なくとも1回、本発明の脂質代謝促進剤を摂取することを意味する。本明細書において、「運動の後」とは、運動終了時より後の時間を意味する。例えば、対象は、運動の前後にわたる期間、例えば、数日~数か月(例えば、3日~3か月、3日~2か月、3日~1か月、3~11日、4~10日、5~9日、6~8日、又は7日)にわたって、例えば、1日3回、1日2回、1日1回、2日毎、3日毎、又は1週間毎に、本発明の脂質代謝促進剤を反復して摂取することができる。
【0041】
一実施形態では、対象は、運動の直後に脂質代謝促進剤を摂取しない。本明細書において、「運動の直後」とは、運動終了後3時間以内の時間を意味する。
【0042】
本明細書において、「運動」とは、体力を維持若しくは向上させること、身体を鍛えること、又は健康を維持する若しくは増進させることを意図して身体を動かすことを意味し、限定されないが、例えば、マラソン、自転車ロードレース、トライアスロン、スキー、クロスカントリー、テニス、サッカー、野球、バスケットボール、水泳等のスポーツ、散歩、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、ストレッチ、ヨガ等の日常的な運動、労働(例えば、農作業)、家事(例えば、買い物、拭き掃除、モップ掛け、風呂掃除、庭の草むしり)、歩行・自転車による移動(例えば、徒歩・自転車走行を含む通勤・通学)等の日常生活における運動が包含される。本発明において、運動は、好ましくは、低~中強度の運動、例えば低強度及び/又は中強度の運動である。本明細書において、「低~中強度の運動」とは、換気性閾値(Ventilation Threshold: VT)での運動強度を超えない程度の運動を意味する。換気性閾値での運動強度は、例えば、自転車エルゴメーターを用いた漸増運動負荷試験を行い、試験中に測定した酸素摂取量(VO2)及び二酸化炭素排出量(VCO2)をプロットし、得られたグラフからV-Slope法等に基づいてVTを特定することによって、決定することができる。低強度の運動は、例えば、換気性閾値での運動強度の10~50%、20~50%、30~50%又は40%の運動であり得る。中強度の運動は、例えば、換気性閾値での運動強度の50~90%、60~80%、又は70%の運動であり得る。運動強度はまた、Mets(メッツ;Metabolic equivalents)で表すこともでき、本明細書において、低~中強度の運動は、例えば、2.0~8.5 Mets、2.0~7.5 Mets、2.0~7.0 Mets、2.0~6.8 Mets、2.0~6.5 Mets、2.0~6.0 Mets、2.0~5.9 Mets、3.0~8.5 Mets、3.0~7.5 Mets、3.0~7.0 Mets、3.0~6.8 Mets、3.0~6.5 Mets、3.0~6.0 Mets、3.0~5.9 Mets、3.5~8.5 Mets、3.5~7.5 Mets、3.5~7.0 Mets、3.5~6.8 Mets、3.5~6.5 Mets、3.5~6.0 Mets、又は3.5~5.9 Metsの運動であり得る。様々な運動のMetsの値については、例えば、厚生労働省により公表されている「健康づくりのための身体活動基準2013」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/undou/index.html)に記載されている。低~中強度の運動としては、例えば、散歩、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、ストレッチ、ヨガ、家事、歩行・自転車による移動等が挙げられる。
【0043】
本発明において、運動は、例えば、5分間~10時間、5分間~8時間、5分間~6時間、5分間~4時間、5分間~2時間、5分間~1.5時間、5分間~1時間、15分間~10時間、15分間~8時間、15分間~6時間、15分間~4時間、15分間~2時間、15分間~1.5時間、15分間~1時間、25分間~10時間、25分間~8時間、25分間~6時間、25分間~4時間、25分間~2時間、25分間~1.5時間、25分間~1時間、30分間~10時間、30分間~8時間、30分間~6時間、30分間~4時間、30分間~2時間、30分間~1.5時間、30分間~1時間、1時間、又は30分間継続して行われる運動であり得る。なお、本明細書では、運動中に短い休憩(例えば、10秒程度~数分間の休憩)が行われる場合でも運動は継続して行われているものとする。
【0044】
本発明の脂質代謝促進剤は、例えば、運動習慣のない対象が短時間の運動を行う際にもその効果(脂質代謝促進効果及び糖質代謝抑制効果等)を発揮することができる。したがって、本発明の一実施形態では、対象は運動習慣のない対象であり、運動は5分間~1時間、5分間~45分間、5分間~35分間、5分間~30分間、15分間~1時間、15分間~45分間、15分間~35分間、15分間~30分間、25分間~1時間、25分間~45分間、25分間~35分間、25分間~30分間、又は30分間継続して行われる運動であり得る。
【0045】
本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンは、脂質と組み合わせて摂取される。本明細書において、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンの「脂質と組み合わせた摂取」とは、脂質を、典型的には運動の直前又は運動中に、対象の運動時にエネルギー代謝のエネルギー源として利用するために摂取するとともに、その摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を促進するために本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンを摂取することを意味する。本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンと、脂質とは、脂質が、対象の運動時にエネルギー代謝のエネルギー源として利用されるように摂取され、かつ、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンが、その摂取された脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を促進するように摂取される限り、同時に又は時間を空けて摂取されてもよい。
【0046】
本発明において、脂質は、脂質を含む食品(例えば、肉類、魚介類、穂実類などの脂質を多く含む食品、加工食品、惣菜、菓子、調味料、飲料)の形態で摂取されてもよい。
【0047】
本発明において、脂質の摂取量は、限定されないが、例えば、合計5~50g、5~40g、5~30g、5~20g、5~15g、又は10~12gであり得る。
【0048】
本発明において、脂質は、対象の運動時にエネルギー代謝のエネルギー源として利用されるように摂取されればよい。したがって、本発明において、対象は、例えば、運動の直前又は運動中、好ましくは運動の直前に脂質を摂取し得る。本明細書において、「運動の直前」とは、運動開始前3時間以内の時間を意味する。本発明において、対象は、運動の直前~運動中に脂質を1回のみ摂取してもよく、複数回(例えば、2、3、4、又は5回)摂取してもよい。
【0049】
一実施形態では、対象は、運動の直前、例えば、運動開始前3時間以内、運動開始の0.5~3時間前、運動開始の0.5~2時間前、運動開始の0.5~1.5時間前、又は運動開始の1時間前に、脂質を摂取(例えば1回のみ又は複数回摂取)することができる。
【0050】
一実施形態では、対象は、所定の期間(例えば、数日~数か月)にわたって、所定の間隔で(例えば、1日3回、1日2回、1日1回等)本発明の脂質代謝促進剤を反復して摂取し、その所定の期間中に行われる1回又は複数回の運動の直前又は運動中に脂質を摂取することができる。
【0051】
本発明の脂質代謝促進剤は、添加剤(例えば、担体(固体や液体担体など)、賦形剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤、着色剤、矯味矯臭剤、保存剤、緩衝剤、pH調整剤)等をさらに含んでもよい。
【0052】
本発明の脂質代謝促進剤は、例えば、脂質を含む食事後に運動する場合に使用することができる。この場合、食事により摂取した脂質が効率的にエネルギー源として利用され、肥満が防止され得る。したがって、本発明の脂質代謝促進剤は、肥満を防止するために使用し得る。
【0053】
本発明の脂質代謝促進剤はまた、上述のように、対象の運動時に、糖質代謝を抑制することもできる。したがって、本発明の脂質代謝改善剤は、対象の運動時に、糖質代謝を対象において抑制するため、ひいては対象の運動時にグリコーゲンを節約するために使用することもできる。運動時のグリコーゲンの節約は、疲労困憊までの時間の延長をもたらすことから、本発明の脂質代謝促進剤はまた、対象の運動時に、運動の継続可能時間を延長するため、又は運動パフォーマンス若しくは持久力を向上させるために使用することもできる。本明細書において、「グリコーゲンを節約する」とは、体内に貯蔵されたグリコーゲンの消費を節約(抑制)すること、すなわち、体内のグリコーゲン(例えば、筋グリコーゲン、及び/又は肝臓グリコーゲン)のエネルギー源としての利用、即ち、グリコーゲンの分解及び解糖系による酸化を抑制することを意味する。
【0054】
本発明の脂質代謝促進剤はまた、後述の実施例に示すように、摂取した脂質に起因する血中中性脂肪濃度及び/又は血中遊離脂肪酸濃度の上昇を抑制することができるが、これは、摂取した脂質の末梢組織による取り込みが促進されるためであると考えられる。したがって、本発明の脂質代謝促進剤は、摂取した脂質の末梢組織(例えば、筋肉)による取り込みを促進するために使用し得る。
【0055】
本発明の脂質代謝促進剤はまた、後述の実施例に示すように、酸化ストレスを軽減することができる。運動時には酸素消費量が増加し、生体内の酸化ストレスが高まるが、これは老化や様々な疾病の一因となり得る。したがって、酸化ストレスを軽減することができる本発明の脂質代謝促進剤は、運動による酸化ストレスによりもたらされる状態又は疾患(例えば老化など)を防止するためにも使用し得る。
【0056】
本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンは、飲食品に配合(添加)することができる。したがって、本発明は、脂質と組み合わせたタウリンの摂取により、対象の運動時に、摂取した脂質をエネルギー源とするエネルギー代謝を対象において促進するための、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンを含む飲食品も提供する。
【0057】
本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンを含む飲食品(本発明の飲食品)は、本発明の脂質代謝促進剤と同じ作用を有する。従って、本発明の飲食品は、上述の本発明の脂質代謝促進剤と同じ用途に使用することができる。
【0058】
本発明において、脂質及びタウリンの摂取は、別々の飲食品により行われてもよいが、同じ飲食品で行われてもよい。したがって、本発明の飲食品は、さらに脂質を含んでもよい。
【0059】
本発明に係る飲食品は、飲食品の製造で許容される添加剤(例えば、担体(固体や液体担体など)、賦形剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤、着色剤、矯味矯臭剤、保存剤、緩衝剤、pH調整剤)等をさらに含んでもよい。本発明に係る飲食品はまた、水、タンパク質、糖質、ビタミン類、ミネラル類、有機酸、有機塩基、果汁、フレーバー類等をさらに含んでもよい。
【0060】
一実施形態では、本発明の脂質代謝促進剤又は飲食品は、カフェイン及び/又はケルセチニンを含まないものであり得る。一実施形態では、本発明の脂質代謝促進剤又は飲食品は、生鮮食品ではない。
【0061】
本発明に係る飲食品は、加工食品、惣菜、菓子、調味料、補給食、飲料(例えばスポーツ飲料、ゼリー飲料)等の任意の形態であってもよい。本発明に係る飲食品は、好ましくは、機能性食品であってもよい。
【0062】
本発明において「機能性食品」とは、生体に所定の機能性を付与できる食品をいい、例えば、特定保健用食品(条件付きトクホ[特定保健用食品]を含む)、機能性表示食品、栄養機能食品を含む保健機能食品、特別用途食品、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメント(例えば、錠剤、被覆錠、糖衣錠、カプセル、液剤等の各種の剤形のもの)、美容食品(例えば、ダイエット食品)等の、健康食品の全般を包含する。
【0063】
本発明の飲食品は、固体、液体、混合物、懸濁液、ペースト、ゲル、粉末、顆粒、カプセル等の任意の形態に調製されたものであってよい。また、本発明の飲食品は、当業者が利用可能である任意の適切な方法によって、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンを含ませればよい。具体的には、本発明の飲食品は、脂質代謝促進剤又はタウリンをカプセルに封入することによって製造してもよいし、脂質代謝促進剤又はタウリンを可食フィルムや食用コーティング剤などで包み込むことによって製造してもよいし、脂質代謝促進剤又はタウリンに適切な賦形剤等を配合(添加)した後に、錠剤等の任意の形態に成形することによって製造してもよい。本発明の飲食品は、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンと他の食品原料とを含む組成物を加工することにより製造してもよい。そして、本発明の飲食品は、例えば、各種の食品(飲料、流動食、病者用食品、栄養食品、冷凍食品、加工食品、その他の市販食品等)に脂質代謝促進剤又はタウリンを配合(添加)することによって製造することもできる。本発明の飲食品は、本発明の脂質代謝促進剤又はタウリンと同様に脂質をさらに含ませることによって、製造してもよい。
【0064】
本発明の飲食品を摂取させる対象は、本発明の脂質代謝促進剤を摂取させる対象と同様に設定することができる。
【実施例0065】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0066】
運動習慣がない健常な若年男性15人(表1)を被験者として、タウリン又はプラセボ(デキストリン)を摂取させる二重盲検クロスオーバー試験を実施し、タウリン摂取による脂質食摂取後の低・中強度の運動への影響を調べた。
【0067】
【表1】
【0068】
<材料及び方法>
(タウリンカプセル及びプラセボカプセルの調製)
目視で内容物を判別できないようにするため、タウリン(大正製薬、タウリン散98%)及びデキストリンをそれぞれ、ダークカラメル色のハードカプセル(1号)に充填し、タウリンカプセル及びプラセボカプセルを調製した。後述の単回摂取試験及び連続摂取試験では、1回の摂取につき上記のカプセル7粒(タウリン又はデキストリン2gに相当)を被験者に摂取させた。
【0069】
(VO2maxの測定及びVTの決定)
被験者に自転車エルゴメーターを用いた漸増運動負荷試験を行い、最大負荷時の酸素摂取量(VO2max)を測定し、V-Slope法に基づいて換気性閾値(Ventilation Threshold: VT)を決定した。試験は、呼気ガス分析器(肺運動負荷モニタリングシステム エアロモニタ AE-310S(ミナト医科学)、以下同様)を用いて被験者の呼気ガスを採取しながら行った。
【0070】
(単回摂取試験)
被験者を、タウリンを摂取させる群(タウリン群)とプラセボを摂取させる群(プラセボ群)にランダムに分けた。被験者に採血(肘静脈より)を行った後、タウリン群の被験者にタウリン2gを、プラセボ群の被験者にプラセボ(デキストリン)2gを単回摂取させた。30分後、脂質食として市販の栄養食品(カロリーメイト(登録商標)(大塚製薬))(200kcal、脂質11g)を被験者に摂取させた。脂質食摂取の60分後(14~17時)に、自転車エルゴメーターを用いて、低強度の運動強度(決定したVTの40%の値の運動強度、約50 W)にて30分間の自転車漕ぎ運動、続けて中強度の運動強度(決定したVTの70%の値の運動強度、約87.5 W)にて30分間の自転車漕ぎ運動を被験者に負荷した(自転車エルゴメーターでの50 W及び90 Wの運動強度は、それぞれ、3.5 Mets、6.8 Metsの運動強度に相当する)。運動中、被験者には呼気ガス分析器を装着し、二酸化炭素排出量及び酸素摂取量を測定した。運動終了後、被験者に採血を行った。測定した二酸化炭素排出量及び酸素摂取量から呼吸交換比、脂質酸化量及び糖質酸化量を算出した。
【0071】
なお、糖質酸化量及び脂質酸化量は、A E Jeukendrup et al., International journal of sports medicine, 2005, 26 Suppl 1:S28-37に記載の方法により算出した。
【0072】
具体的には、各運動中の1分間毎の糖質酸化量(g/分)を下記の式により算出し、それを積算することによって、各運動中の28分間の糖質酸化量(g/28分)を算出した。(なお、各運動中の最初の2分間のデータは安定して測定できないため、糖質酸化量(g/28分)の算出に用いなかった。脂質酸化量(g/28分)についても同様である。)
1分間毎の糖質酸化量(g/分) = 4.585 x 分時二酸化炭素排出量(L/分) - 3.226 x 分時酸素摂取量 (L/分)
【0073】
同様に、各運動中の1分間毎の脂質酸化量(g/分)を下記の式により算出し、それを積算することによって、各運動中の28分間の脂質酸化量(g/28分)を算出した。
1分間毎の脂質酸化量(g/分) = 1.695 x 分時酸素摂取量 (L/分) - 1.701 x 分時二酸化炭素排出量 (L/分)
【0074】
(連続摂取試験)
単回摂取試験の後さらに、タウリン群の被験者にタウリン2gを、プラセボ群の被験者にプラセボ2gを、1日3回(食後)で7日間連続摂取させた。連続摂取を開始してから8日目に、被験者に採血(肘静脈より)を行った後、単回摂取試験と同様の方法で、被験者に脂質食を摂取させ、自転車漕ぎ運動を負荷し、採血を行った。運動中、被験者には呼気ガス分析器を装着し、二酸化炭素排出量及び酸素摂取量を測定した。単回摂取試験と同様の方法で、測定した二酸化炭素排出量及び酸素摂取量から呼吸交換比及び糖質酸化量を算出した。連続摂取試験の後、10日間以上のウォッシュアウト期間(休薬期間)後に、クロスオーバー試験を実施した。
【0075】
(血液生化学検査)
単回摂取試験及び連続摂取試験において運動前後に採取した血液から血中中性脂肪濃度、血中遊離脂肪酸濃度、血中総コレステロール濃度、血中インスリン濃度、血中グルカゴン濃度、及び酸化ストレス度(血中d-ROMs値)を測定した。血中中性脂肪濃度、血中遊離脂肪酸濃度、及び血中総コレステロール濃度の測定は、株式会社エスアールエルへの委託により実施した。血中インスリン濃度は、Mercodia human insulin ELISA kit(フナコシ)を用いて測定した。血中グルカゴン濃度は、Glucagon EIA kit (YK090)(矢内原研究所)を用いて測定した。酸化ストレス度の測定は、フリーラジカル解析装置Free Carrio Duo(WISMERLL)を用いて行った。データは、二元配置分散分析により解析した。
【0076】
<結果>
被験者15人のVO2max(ml/kg/分)の平均は、35.1±1.2(26.1~44.4)であった。
【0077】
単回摂取試験及び連続摂取試験において、タウリン群の運動時の呼吸交換比は、低強度と中強度のいずれの運動強度でも、プラセボ群に比べて低下した(図1A及びB)。さらに、単回摂取試験における呼吸交換比について、タウリン摂取及び運動強度を因子とする二元配置分散分析の結果、交互作用は有意でなく、タウリン及び運動強度の影響は有意であった(それぞれ、p<0.05、p<0.01)(図1A)。
【0078】
単回摂取試験及び連続摂取試験において、タウリン群の運動時の糖質酸化量は、低強度と中強度のいずれの運動強度でも、プラセボ群に比べて低下した(図2A及びB)。さらに、単回摂取試験における糖質酸化量について、タウリン摂取及び運動強度を因子とする二元配置分散分析の結果、交互作用は有意でなく、タウリン及び運動強度の影響は有意であった(それぞれ、p<0.05、p<0.01)(図2A)。
【0079】
単回摂取試験において、タウリン群の運動時の脂質酸化量は、低強度と中強度のいずれの運動強度でも、プラセボ群に比べて増大した(図3)。
【0080】
これらの結果から、タウリンの摂取は、脂質摂取後の運動時の糖質酸化(代謝)を抑制し、脂質酸化(代謝)を促進することが示された。
【0081】
単回摂取試験及び連続摂取試験において、プラセボ群では運動後の血中中性脂肪濃度が運動前に比べて有意に上昇していたが、タウリン群では血中中性脂肪濃度の有意な上昇が見られなかった(図4図5)。
【0082】
同様に、連続摂取試験において、プラセボ群では運動後の血中遊離脂肪酸濃度が運動前に比べて有意に上昇していたが、タウリン群では血中遊離脂肪酸濃度の有意な上昇が見られなかった(図6)。
【0083】
本試験では、運動前に摂取した脂質が吸収され、カイロミクロン等により血液中に輸送されたために、プラセボ群においては運動後の血中中性脂肪濃度及び血中遊離脂肪酸濃度の上昇が見られたものと考えられる。これに対し、タウリン群では、吸収され血液中に輸送された中性脂肪及び遊離脂肪酸の末梢組織による取り込みが促進されたために、そのような運動後の血中中性脂肪濃度及び血中遊離脂肪酸濃度の上昇が見られなかったものと考えられる。
【0084】
したがって、タウリンが、運動後の血中中性脂肪濃度及び血中遊離脂肪酸濃度の上昇を抑制したという結果から、タウリン摂取によって、摂取した脂質の末梢組織による取り込みが促進されること、すなわち、体内に貯蔵された脂質ではなく、摂取した脂質を直接エネルギー源として利用する割合が増加することが示された。
【0085】
単回摂取試験及び連続摂取試験いずれにおいても、血中総コレステロールにはタウリン摂取の影響は認められなかった(図7図8)。血中コレステロールはリポタンパク質中に存在することから、タウリン摂取は、中性脂肪を輸送するリポタンパク質の量には影響を与えないものと考えられる。
【0086】
単回摂取試験及び連続摂取試験いずれにおいても、血中インスリン濃度及び血中グルカゴン濃度にはタウリン摂取の影響は認められなかった。
【0087】
連続摂取試験では、タウリン群の運動前の血中d-ROMs(Diacron-Reactive Oxygen Metabolites)値(酸化ストレス度を示す)がプラセボ群の運動前の血中d-ROMs値に比べて有意に低かった。このことから、タウリン摂取による酸化ストレスの軽減効果が示された(図9)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9