(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125429
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】チタン箔の製造方法及びチタン箔
(51)【国際特許分類】
B21B 1/40 20060101AFI20230831BHJP
B21B 1/36 20060101ALI20230831BHJP
B21B 3/00 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
B21B1/40
B21B1/36
B21B3/00 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022029506
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】金子 拓実
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 大輔
(72)【発明者】
【氏名】藤井 秀樹
【テーマコード(参考)】
4E002
【Fターム(参考)】
4E002AA08
4E002AD13
4E002BA03
4E002BC05
4E002BD10
4E002CA02
4E002CA08
4E002CB03
(57)【要約】
【課題】より簡便に平滑性が高いチタン箔を製造することが可能なチタン箔の製造方法を提供する。
【解決手段】溶融塩浴での電気化学反応で得られた電析チタン箔から、チタン箔を製造するチタン箔の製造方法であって、電析チタン箔を、ロール圧延機を使用して冷間圧延する冷間圧延工程を含み、電析チタン箔の厚さが、100μm以上かつ300μm以下であり、電析チタン箔の酸素含有量が、400質量ppm以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融塩浴での電気化学反応で得られた電析チタン箔から、チタン箔を製造するチタン箔の製造方法であって、
前記電析チタン箔を、ロール圧延機を使用して冷間圧延する冷間圧延工程を含み、
前記電析チタン箔の厚さが、100μm以上かつ300μm以下であり、
前記電析チタン箔の酸素含有量が、400質量ppm以下である、チタン箔の製造方法。
【請求項2】
前記冷間圧延による合計圧下率が、10%以上かつ100%未満である、請求項1に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項3】
前記ロール圧延機は、対をなすワークロールを有し、
前記冷間圧延工程では、前記対をなすワークロール同士が、接触している状態で冷間圧延を開始する、請求項1又は2に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項4】
前記冷間圧延工程では、前記電析チタン箔を、前記ロール圧延機の対をなすワークロール間を複数回通過させる、請求項3に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項5】
前記電析チタン箔は、前記溶融塩浴での電気化学反応において前記溶融塩浴に浸漬される電極から物理的に剥離させたものである、請求項1~4のいずれか一項に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項6】
前記冷間圧延工程では、前記電析チタン箔に、圧延方向と平行な方向への張力を作用させずに、冷間圧延する、請求項1~5のいずれか一項に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項7】
前記冷間圧延工程では、大気雰囲気下で冷間圧延する、請求項1~6のいずれか一項に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項8】
前記冷間圧延工程後、洗浄及び/又は焼鈍を実施する仕上げ処理工程を更に含む、請求項1~7のいずれか一項に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項9】
前記チタン箔の引張強度が120MPa以上であり、
前記チタン箔の破断伸びが5%以上である、請求項1~8のいずれか一項に記載のチタン箔の製造方法。
【請求項10】
厚さが40μm以上かつ200μm以下、酸素含有量が400質量ppm以下、鉄含有量が20質量ppm以下であり、
引張強度が120MPa以上、破断伸びが5%以上、マイクロビッカース硬さが100Hv以下である、チタン箔。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン箔の製造方法及びチタン箔に関する。
【背景技術】
【0002】
スポンジチタンは、通常、いわゆるクロール法によって製造されうる。そのスポンジチタンから、比較的薄い厚さの箔状で金属チタン製のもの(以下、「チタン箔」と称する。)を製造するには、上記のスポンジチタンを溶解するとともに鋳造してチタンインゴットやチタンスラブ等とした後、さらに熱間圧延及び冷間圧延等のその他の所要の加工を施すことが必要になる。なお、前記チタンインゴットは通常ブレークダウン処理によりスラブの形状の被圧延材に加工し、前記チタンスラブは前記ブレークダウン処理を省略して被圧延材とすることができる。
【0003】
熱間圧延に供される被圧延材はその厚さが数百mmであることがあり、冷間圧延後の圧延材であるチタン箔はその厚さが数百μm程度となることがある。このようなチタン箔は、用途上、その表面が平滑であることが要求されていることが通常である。一方で、被圧延材の表面に表面疵が存在すると圧延処理では該表面疵を除去できないことが知られている。そこで、圧延開始前までに表面疵を修復する技術、圧延条件の調整等により表面疵の発生を抑制する技術、等様々な技術が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、「底部から頂部へ向かって溶製された純チタンスラブを熱間圧延する工程を備える純チタン板の製造方法であって、上記熱間圧延工程として、上記頂部から上記底部へ向かう順方向に上記純チタンスラブを1回又は連続して複数回圧延する順方向圧延工程と、上記順方向圧延工程後、上記順方向とは逆方向に上記純チタンスラブを圧延する逆方向圧延工程とを備え、上記逆方向圧延工程での圧延の圧下率を上記順方向圧延工程での圧延の圧下率よりも小さくする純チタン板の製造方法。」が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献2には、「ロール対の隙間にチタン素材を通過させる加工チタン材の製造方法であって、前記ロール対の少なくとも一方のロールが、表面を展開して平面視した場合に千鳥状となるよう配列された複数の突起を有し、前記突起を前記チタン素材の表面に押し込むことで、チタン素材の表面に複数のディンプルを形成する工程を備え、前記突起が、その先端に球面状の押圧面を備え、前記押圧面の高さをh(mm)、前記押圧面の曲率半径をR(mm)、前記チタン素材の通過方向において隣接する前記突起の中心間距離をS(mm)、前記突起の押込み量をD(mm)とするとき、前記Rが3~30の範囲内であり、前記Dが2~10の範囲内で、かつh以下であり、前記Sが2(R2-(R-D)2)1/2~3(R2-(R-D)2)1/2の範囲内である、加工チタン材の製造方法。」が提案されている。
【0006】
また、特許文献3には、熱間圧延前に、母材として用いる直接鋳造スラブの、表面の少なくとも一部に電子ビーム加熱等により溶融再凝固層を形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-104135号公報
【特許文献2】国際公開第2021/149154号
【特許文献3】国際公開第2017/018514号
【特許文献4】特開2021-031723号公報
【特許文献5】特開2021-134398号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、チタン箔を製造するにあたり、上述した溶解及び加工に代えて、溶融塩浴を用いた電気化学反応、すなわち溶融塩電解、を採用することが製造プロセスでの消費エネルギーの削減及びコストの低減の観点から検討されている。例えば、電析チタン箔の製造方法としては、特許文献4、5の技術が挙げられる。
【0009】
溶融塩電解で電析チタン箔を製造する場合、溶融塩電解後、電極から剥離させた電析チタン箔の一方の表面(電極に接していた面と反対側の面、言い換えれば溶融塩浴に接していた面)は、上述した従来の圧延材であるチタン箔に要求される平滑度と比較すると多くの凸部を有することがある。即ち、各面の粗さに明確な相違がある電析チタン箔が製造されることがある。このような電析チタン箔を被圧延材とし、圧延等の所要の工程を行って、平滑性が高いチタン箔を製造する方法は未だ技術的に確立しているとはいえない。
【0010】
そこで、本発明は一実施形態において、より簡便に平滑性が高いチタン箔を製造することが可能なチタン箔の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は一側面において、溶融塩浴での電気化学反応で得られた電析チタン箔から、チタン箔を製造するチタン箔の製造方法であって、前記電析チタン箔を、ロール圧延機を使用して冷間圧延する冷間圧延工程を含み、前記電析チタン箔の厚さが、100μm以上かつ300μm以下であり、前記電析チタン箔の酸素含有量が、400質量ppm以下である、チタン箔の製造方法である。
【0012】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記冷間圧延による合計圧下率が、10%以上かつ100%未満である。
【0013】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記ロール圧延機は、対をなすワークロールを有し、前記冷間圧延工程では、前記対をなすワークロール同士が、接触している状態で冷間圧延を開始する。
【0014】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記冷間圧延工程では、前記電析チタン箔を、前記ロール圧延機の対をなすワークロール間を複数回通過させる。
【0015】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記電析チタン箔は、前記溶融塩浴での電気化学反応において前記溶融塩浴に浸漬される電極から物理的に剥離させたものである。
【0016】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記冷間圧延工程では、前記電析チタン箔に、圧延方向と平行な方向への張力を作用させずに、冷間圧延する。
【0017】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記冷間圧延工程では、大気雰囲気下で冷間圧延する。
【0018】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記冷間圧延工程後、洗浄及び/又は焼鈍を実施する仕上げ処理工程を更に含む。
【0019】
本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態においては、前記チタン箔の引張強度が120MPa以上であり、前記チタン箔の破断伸びが5%以上である。
【0020】
また、本発明は別の側面において、厚さが40μm以上かつ200μm以下、酸素含有量が400質量ppm以下、鉄含有量が20質量ppm以下であり、引張強度が120MPa以上、破断伸びが5%以上、マイクロビッカース硬さが100Hv以下である、チタン箔である。
【発明の効果】
【0021】
本発明の一実施形態によれば、より簡便に平滑性が高いチタン箔を製造することが可能なチタン箔の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係るチタン箔の製造方法の一実施形態における冷間圧延工程で使用可能なロール圧延機を説明するための概略図である。
【
図2】
図1に示すロール圧延機を備える圧延ラインの一例を説明するための概略図である。
【
図3】実施例における電析チタン箔の製造に用いる電解装置を説明するための概略図である。
【
図4A】実施例で得られた電析チタン箔の厚さ方向における断面写真である。
【
図4B】実施例で得られた冷間圧延後のチタン箔の厚さ方向における断面写真である。
【
図4C】実施例で得られた真空焼鈍後のチタン箔の厚さ方向における断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は以下に説明する各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、各実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素からいくつかの構成要素を削除して発明を形成してもよい。なお、図面では、発明に含まれる実施形態等の理解を助けるため概略として示す部材もあり、図示された大きさや位置関係等については必ずしも正確でない場合がある。
【0024】
[チタン箔の製造方法]
本発明に係るチタン箔の製造方法は、溶融塩浴での電気化学反応で得られる電析チタン箔からチタン箔を製造するものであって、冷間圧延工程を含む。また、一実施形態では、冷間圧延工程後、洗浄及び/又は焼鈍を実施する仕上げ処理工程を更に含んでもよい。
電析チタン箔は、溶融塩電解を実施して得られるものである。電極からの電析チタン箔の取得方法は特に限定されない。電極の再利用、製造負荷の低減等の観点から、電極から物理的に剥離した電析チタン箔を使用することが好ましい。物理的な剥離とは、把持等の物理的な方法に基づき電極と電析チタン箔とを剥離することを意味する。よって、リーチング等の化学的な剥離と異なり、物理的な剥離では電極の再利用が可能となる。
【0025】
溶融塩浴での電気化学反応で得られる電析チタン箔は、その溶融塩電解で不純物含有量が低減されてチタンが精製されるので、不純物含有量が少ないことが知られる。但し、電析チタン箔は、電極から剥離した時、一方の表面(溶融塩浴と接する側の表面)上に、多くの比較的細かい凸部を有することがある。チタン箔では、そのような凸部がほぼ存在せずに表面が平滑であることが求められる。よって、電析チタン箔の表面を平滑化することになる。
【0026】
ところで、圧延後の圧延材(製造品である箔等)はその表面が平滑である。ここで、従来の被圧延材は圧延の開始前までに所要の前処理を受けることから、圧延後の圧延材も所要の平滑さを備えることが通常である。一方で、凸部を複数有する被圧延材を圧延ロールで圧延、特に冷間圧延すると圧延後の圧延材の表面にシワが生じるおそれがある、又は圧延ロールの表面に疵が生じこの疵が圧延材の表面に転写されるおそれがある、等の不具合が想定される。これらの不具合が生じると圧延材が平滑であると評価できない。よって、従来、上記凸部を有する被圧延材に圧延、特に冷間圧延を実施することが避けられていた。
【0027】
溶融塩電解では不純物含有量が低減され、当該不純物には硬さに影響する酸素が含まれる。そこで、本発明者は、電析チタン箔に対して冷間圧延を行って表面を平滑にすることを案出した。溶融塩電解で得られた電析チタン箔はその表面に凸部を有することがあるものの酸素含有量が所定よりも低いことがあり、この場合、電析チタン箔が柔らかいので冷間圧延による電析チタン箔の表面の平滑化が可能になるとの知見が得られた。
【0028】
上記の知見に基づいて、本発明の実施形態の製造方法では、酸素含有量が所定よりも低い電析チタン箔を、ロール圧延機を使用して冷間圧延する。これにより、表面の平滑性が高いチタン箔を製造することが可能になる。
なお、本発明においては、電析チタン箔が数百μm程度の厚さである。このため、電析チタン箔に対し加熱して軟化させながら圧延する熱間圧延を実施してもよいものの、一方で電析チタン箔に対する熱間圧延は省略可能である。
以下、好適な態様について図面を使用しながら説明する。
【0029】
<冷間圧延工程>
一実施形態では、電析チタン箔を、ロール圧延機を使用して冷間圧延する。チタンは新生面が生じると酸素等と反応し、結果として製造されるチタン箔の酸素等の不純物含有量が増えてしまうおそれがあるため、不活性雰囲気下や真空雰囲気下で電析チタン箔を冷間圧延することが考えられる。ただし、冷間圧延では熱間圧延と異なり高温で処理しないので、熱間圧延のようにスケールが表面に形成されることを考慮しなくてよく、大気雰囲気下で冷間圧延を実施してもよい。大気雰囲気下での冷間圧延はコストの観点、設備操業上の観点から有利である。即ち、一実施形態においては、冷間圧延の実施において非酸化性雰囲気下に調整するための設備等を設ける必要がない。なお、本明細書において、「冷間圧延」とは、被圧延材の温度が200℃以下、例えば150℃以下、また例えば100℃以下で圧延することを意味する。
【0030】
(電析チタン箔)
電析チタン箔は、少なくとも一方の表面に多数の凸部を有していることが比較的多い。電析チタン箔の表面のうち、多数の凸部を有する表面の算術平均粗さRaは、5μm以上かつ30μm以下であってよい。また、当該算術平均粗さRaの上限側の値は15μm以下であってよい。算術平均粗さRaについては、JIS B0601:2001に準拠して測定可能である。
【0031】
電析チタン箔の厚さは、100μm以上かつ300μm以下である。当該厚さが100μm未満であると、強度の低下に伴い、電極から電析チタン箔を剥がす際に不具合が生じるおそれがある。他方、当該厚さが300μmを超えるような電析チタン箔の製造は電力コストの観点から不利となりうる。当該厚さは、下限側として好ましくは120μm以上である。また、当該厚さは、上限側は250μm以下であってよく、また200μm以下であってよい。
【0032】
冷間圧延の効率の観点から、電析チタン箔の酸素含有量は、400質量ppm以下、好ましくは250質量ppm以下、また好ましくは200質量ppm以下である。このような電析チタン箔は、所定の溶融塩電解で得られたことにより、その酸素含有量が比較的少なく、硬度が低い傾向がある。これにより、本発明においては、冷間圧延で、電析チタン箔の表面上の多数の凸部が良好に押し潰され、表面の平滑性が高いチタン箔を得ることができる。
なお、電析チタン箔の酸素含有量については、不活性ガス融解法により測定可能である。
【0033】
また純度向上の観点から、電析チタン箔の鉄含有量は、例えば50質量ppm以下、例えば25質量ppm以下、例えば20質量ppm以下、例えば15質量ppm以下である。チタン純度が良好に高いため、後工程である仕上げ処理工程の焼鈍を行ってもチタン箔にβ相が生成しにくい。
なお、電析チタン箔中の鉄含有量については、ICPによる湿式定量分析により測定可能である。
【0034】
溶融塩電解では電極上に順次結晶が成長する。通常、電析チタン箔の結晶粒の成長方向はランダムである。
【0035】
電析チタン箔の製造については、溶融塩電解において公知の方法を採用することが可能であり、例えば国際公開第2020/044841号、特開2021-031723号公報、特開2021-134398号公報等に記載されている方法を採用すればよい。また、これらの公開公報に記載の内容(電析チタン箔の製造条件)を適宜変更して採用することもできる。
なお、溶融塩電解において、定電流で通電させてもよく、通電中に停止期間を設けてもよい。通電中に停止期間を設けた場合、電流パターンは適宜選択すればよい。
【0036】
(ロール圧延機)
先述したように電析チタン箔は酸素含有量が所定よりも低く比較的軟らかい材料であるので、該電析チタン箔を圧延するためのロール圧延機は、公知のものを適宜利用可能である。該ロール圧延機の一例を以下に説明する。
図1に示すロール圧延機10は上下にワークロールを1本ずつ含み、すなわち対をなすワークロールを有する2段圧延機である。
図1は冷間圧延中のロール圧延機10を図示しており、被圧延材としての電析チタン箔ETを挟んで、該電析チタン箔ETの上面側に配置された第1ワークロール12と、その下面側に配置された第2ワークロール14とを有する対をなすワークロールを備えたロール圧延機10である。当該対をなすワークロールにより、電析チタン箔ETの一方の表面に存在する多数の凸部を押し潰して、さらには該電析チタン箔を圧延する。本実施形態において、ロール圧延機として2段圧延機が図示されているが、クラスター圧延機を用いても良い。なお、別の実施形態において、複数のロール圧延機10を並列に配置した圧延ラインを用いて、連続的に冷間圧延してもよい(
図2参照)。また、冷間圧延は、圧延油を使用して実施してよい。
【0037】
一実施形態では、電析チタン箔に、圧延方向と平行な方向への張力を作用させずに、冷間圧延してもよい。この場合、電析チタン箔の圧延方向の両端側を固定せず(自由端の状態)に、電析チタン箔をロール圧延機の対をなすワークロール間を通過させることとしてよい。
一方、別の実施形態では、電析チタン箔に、圧延方向と平行な方向への張力を作用させて、冷間圧延してもよい。すなわち、一例として
図2に示すロール圧延機10を備える圧延ライン50は、電析チタン箔ETが巻き付けられる繰出しロール22と、同図に矢印(圧延方向)で示すように、該繰出しロール22から繰り出されて送られた電析チタン箔ETを圧延する、複数のロール圧延機10と、該複数のロール圧延機10を通過したものを巻き取る巻取りロール24とを有する。圧延ラインはさらに他の構成を適宜含んでよい。図示の圧延ライン50にはさらに繰出しロール22とロール圧延機10との間、及び、ロール圧延機10と巻取りロール24との間にそれぞれ配置された複数の送りロール26、28が含まれる。
【0038】
また、一実施形態では、より確実に電析チタン箔の表面に存在する多数の凸部を押し潰して平滑性を向上させるという観点から、対をなすワークロール同士が接触している状態で冷間圧延を開始することがより好ましい。一方、従来の冷間圧延では、被圧延材である熱間圧延コイルの硬さを考慮し、対をなすワークロールを例えば数mm程度離して冷間圧延を開始することがある。
【0039】
また、冷間圧延時の電析チタン箔の表面の向きに関する配置については、特に限定するものではない。例えば、電析チタン箔の多数の凸部を有する一方の表面が、上方を向くように電析チタン箔を冷間圧延してもよく、下方を向くように電析チタン箔を冷間圧延してもよく、対をなすワークロール間を通板させる度に電析チタン箔の表面の向きを適宜変更してもよい。
【0040】
(通過回数)
一実施形態においては、電析チタン箔の表面に存在する多数の凸部をより確実に押し潰して平滑性を向上させるという観点から、電析チタン箔を、複数回冷間圧延することが好ましい。当該「複数回」は冷間で圧下を複数回実施することを意味する。よって、対をなすワークロールを有するロール圧延機を使用する場合は、ワークロール間を複数回通過させることが好ましい。なお、対をなすワークロール間を通過させる回数については、電析チタン箔の厚さや製造するチタン箔の目標厚さ等を考慮して適宜調整可能であるが、例えば10回以上かつ50回以下であり、また例えば20回以上かつ40回以下である。
【0041】
(合計圧下率)
一実施形態においては、冷間圧延工程における冷間圧延による合計圧下率が、10%以上かつ100%未満であることが好ましい。合計圧下率は、例えば20%以上かつ70%以下、例えば30%以上かつ60%以下であってもよい。当該合計圧下率は、下記式(1)により算出することができ、通過回数が全て終了した後に求めればよい。
Rtotal={(t0-tf)/t0}×100(%)・・・式(1)
Rtotal:合計圧下率
t0:冷間圧延直前の厚さ
tf:冷間圧延直後の厚さ
なお、厚さの測定については、一例を以下に説明する。
冷間圧延直前の電析チタン箔又は冷間圧延直後のチタン箔についてデジタルシックネスゲージ(厚さ測定器)を用いて、圧延方向において(冷間圧延直前の電析チタン箔の場合、圧延方向に相当する方向)長さ10mmを任意に3箇所選択し、その3箇所から長さ10mm内で任意に10点測定し、計30点で測定し、それらの平均値を算出する。当該平均値を電析チタン箔又はチタン箔の厚さとする。
【0042】
<仕上げ処理工程>
仕上げ処理工程では、洗浄及び/又は焼鈍を実施する。洗浄及び焼鈍については公知の方法で実施すればよいが、以下に洗浄条件及び焼鈍条件の一例をそれぞれ挙げる。
洗浄条件の一例としては、当該洗浄に脱イオン水、蒸留水、有機溶剤、酸及びアルカリから選ばれる1つ以上を用いてよい。洗浄により、冷間圧延後のチタン箔の表面に付着する油分(圧延油)が除去される。
焼鈍条件の一例としては、真空下で、焼鈍温度を500℃以上かつ900℃以下、焼鈍時間を20分以上600分以下とする。焼鈍の実施により、圧延により導入された歪が除去され、さらには再結晶が生じることもあり、結果として成形性に優れたチタン箔が得られる。
【0043】
製造されるチタン箔の引張強さ(TS)は、下限側として、加工性の観点から、120MPa以上であることが好ましく、140MPa以上であることがより好ましい。なお、上記チタン箔の引張強さは、上限側として、180MPa以下であってよく、また160MPa以下であってよい。
また、製造されるチタン箔の破断伸び(EB)は、下限側として、加工性の観点から、5%以上であることが好ましく、7%以上であることがより好ましい。なお、上記チタン箔の破断伸びは、上限側として、11%以下であってよく、また9%以下であってよい。
なお、引張強さ及び破断伸びの測定方法の一例を説明する。
まず、長手方向がチタン箔の圧延方向となるように、ダンベル形状の4号試験片(JIS Z2241:2011の附属書D参照)のサンプルを採取する。引張試験機にサンプルをセットして、JIS Z2241:2011に準拠して、引張試験速度を9mm/分で行うことで、室温(25℃)での引張強さ及び破断伸びを測定する。
このとき、サンプルの大きさについては、全長を183mm、端部間距離を83mm、平行部の長さを35mm、中央の平行部の幅を15±0.1mm、肩部の半径を60mm、端部の幅を25mmとする。
【0044】
チタン箔の表面のうち、電析チタン箔の多数の凸部を有する表面に相当する表面の算術平均粗さRaは、2μm以下であればよく、1μm以下であればよりよい。算術平均粗さRaについては、JIS B0601:2001に準拠して測定可能である。
【0045】
また、当該チタン箔のマイクロビッカース硬さは、上限側として、100Hv以下、好ましくは90Hv以下である。なお、上記チタン箔のマイクロビッカース硬さの下限側は特段限定されず、下限側として、例えば20Hv以上、例えば30Hv以上である。
なお、マイクロビッカース硬さの試験の一例として、JIS Z2244:2009に準拠して、ビッカース硬さ試験機を用いて測定する。ビッカース硬さは、ダイヤモンド圧子(四角錐型)を用い、温度25℃、荷重100gf、負荷時間15秒として行う。
【0046】
なお、当該チタン箔の酸素含有量は、先述した冷間圧延前の電析チタン箔と同程度であってよく、即ち400質量ppm以下、好ましくは250質量ppm以下、また好ましくは200質量ppm以下である。また、チタン箔の鉄含有量は、先述した冷間圧延前の電析チタン箔と同程度であってよく、例えば50質量ppm以下、また例えば25質量ppm以下、更に例えば20質量ppm以下である。上記酸素含有量及び鉄含有量については、先述した方法と同様に測定可能である。
また、当該チタン箔の厚さは、例えば40μm以上かつ200μm以下、また例えば40μm以上かつ150μm以下、更に例えば70μm以上かつ130μm以下である。上記厚さについては、先述した方法と同様に測定可能である。
【実施例0047】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。以下の実施例の記載は、あくまで本発明の技術的内容の理解を容易とするための具体例であり、本発明の技術的範囲はこれらの具体例によって制限されるものではない。
【0048】
[電析チタン箔の製造]
まず、電析チタン箔を製造するため、
図3に示す電解装置100を設置した。電解装置100の電解槽110の浴部分の寸法形状は、470mmΦ×500mm深さとした。なお、
図3は装置構成の概略を示すものであり、その縮尺は必ずしも正確ではない。また、各電極が円筒状であることを示すため、各電極の上面部分は斜視にて図示した。
【0049】
次に、電解装置100の電解槽110内に溶融塩(MgCl2:NaCl:KCl=2:1:1(質量比換算))を投入して、溶融塩の温度を約700℃に昇温した。その後、浴中にスポンジチタンを浸漬させ、そこに四塩化チタンを添加し、約7モル%の低級塩化チタン(TiCl2およびTiCl3)を含有する溶融塩浴Bfを得た。この溶融塩浴Bfを得た後、溶融塩浴Bfの温度を500℃に制御した。
【0050】
次に、溶融塩電解に用いる電極120として、金属チタン製の陽極121と金属モリブデン製の陰極122をそれぞれ準備した。チタン板を使用し、その内径(直径)が160mmの円筒状の陽極121とした。一方、モリブデン板を外径(直径)100mm×高さ250mmの円筒形の陰極122とした。電解装置100の電解槽110内にて、円筒状の陽極121の内側に円筒状の陰極122を位置させるとともに、陽極121及び陰極122の高さ方向が溶融塩浴Bfの深さ方向とほぼ平行になるように、陽極121及び陰極122を配置した。当該陰極122の陽極121側の表面が、平滑であることを確認した。なお、陽極121および陰極122の全周に渡り電極間距離は一定とした。すなわち、陽極121の中心軸と陰極122の中心軸は同じ位置にある。
【0051】
電源130を介して陽極121及び陰極122にパルス電流を供給して、溶融塩浴Bf中にて溶融塩電解を行った。下記条件に基づき陰極122の陽極121側の表面全体に亘って金属チタンを析出させた。
<溶融塩電解条件>
溶融塩浴の温度:500℃
通電時電流密度:0.1A/cm2
通電期間:1.5秒
通電停止期間:7.5秒
通電時間:5時間30分
【0052】
通電終了後、金属チタンが析出した陰極122を溶融塩浴Bfから引き揚げて酸洗し、さらに水洗することで、溶融塩を除去した。更に、金属チタンが析出した陰極122を乾燥した。そして、作業者が陰極122から金属チタンをペンチを用いて物理的に剥離したことで、電析チタン箔を得た。
【0053】
次に、電析チタン箔の外周部を切断することで、幅210mm×長さ300mmの電析チタン箔を得た。そして、該電析チタン箔を更に切断することで、2枚の幅50mm×長さ300mmの評価用電析チタン箔と1枚の幅100mm×長さ300mmの圧延用電析チタン箔を得た。これら評価用電析チタン箔と圧延用電析チタン箔とは同一の電析チタン箔から得られたものであるので、その特性は同一である。
【0054】
(厚さ測定)
先述した方法により、デジタルシックネスゲージ(厚さ測定器)を用いて、評価用電析チタン箔の厚さを計30点測定し、それらの平均値を算出した。その結果、算出された電析チタン箔の厚さは190μmであった。
【0055】
(不純物含有量測定)
評価用電析チタン箔の一部をサンプルとして採取し、先述した方法により、該サンプルの酸素含有量及び鉄含有量をそれぞれ測定した。その結果、電析チタン箔の酸素含有量は150質量ppmであり、鉄含有量は10質量ppmであった。
【0056】
(断面測定)
評価用電析チタン箔について、エッチング処理を施した後厚さ方向における断面を光学顕微鏡で断面観察をした。その結果、
図4Aが得られた。
図4Aによれば、電析チタン箔中、厚さ方向に、3~4個程度の結晶粒が配置されていることを確認した。なお、電析チタン箔は、陰極122に接していた面は平滑であったが、溶融塩浴Bfに接していた面は多数の凸が確認された。
【0057】
(表面粗さ)
評価用電析チタン箔の多数の凸部を有する表面の算術平均粗さRaについては、先述した方法により測定した。その結果、評価用電析チタン箔の表面の算術平均粗さRaは6.5μmであった。
【0058】
[チタン箔の製造]
<冷間圧延工程>
次に、圧延用電析チタン箔を冷間圧延し、その後仕上げ処理した。冷間圧延では
図1に示す構成を有する2段圧延機を使用した。当該2段圧延機が有する対をなすワークロール同士を接触している状態にし、次に、大気雰囲気下で、室温にて電析チタン箔を2段圧延機の対をなすワークロール間を通過させた。冷間圧延では、圧延方向を同じ方向として、電析チタン箔が対をなすワークロール間を通過した回数を20回以上かつ40回以下の範囲内から適宜選択した。冷間圧延では圧延用電析チタン箔の両端は自由端とした。
【0059】
<仕上げ処理工程>
冷間圧延後のチタン箔を、その表面に付着した油分を除去するため、脱イオン水で洗浄した後、真空焼鈍を700℃、20分で実施して、チタン箔を得た。
そして、目視ではチタン箔の表面において圧延に由来する疵や割れ等が確認されなかった。
【0060】
(厚さ測定)
先述した方法により、デジタルシックネスゲージ(厚さ測定器)を用いて、冷間圧延における通過回数全て終了後のチタン箔の厚さを計30点測定し、それらの平均値を算出した。その結果、算出された当該チタン箔の厚さは98μmであった。また、仕上げ処理工程後のチタン箔の厚さを計30点測定し、それらの平均値を算出した。その結果、当該チタン箔の厚さは冷間圧延後に測定された厚さと同等であった。
【0061】
上記式(1)に基づき、冷間圧延における合計圧下率Rtotalを算出した。その結果、48%であった。
【0062】
(断面測定)
冷間圧延における通過回数全て終了後のチタン箔について、観察用試料片を採取し、エッチング処理を施した後、厚さ方向における断面を光学顕微鏡で観察した。その結果、
図4Bが得られた。
図4Bによれば、各結晶粒内で双晶変形が生じていることを確認した。さらに、真空焼鈍後のチタン箔について、観察用試料片を採取し、エッチング処理を施した後、厚さ方向における断面を光学顕微鏡で観察した。その結果、
図4Cが得られた。
図4Cによれば、再結晶が生じていることを確認した。
【0063】
(表面粗さ)
仕上げ処理工程後のチタン箔の表面(電析チタン箔の多数の凸部を有する表面に相当する面)の算術平均粗さRaについては、JIS B0601:2001に準拠して測定した。その結果、チタン箔の表面の算術平均粗さRaは1.0μm未満であった。当該表面性状の結果から、チタン箔の表面(電析チタン箔の多数の凸部を有する表面に相当)が平滑であることを確認した。
【0064】
(引張強さ、破断伸び)
仕上げ処理工程後のチタン箔を先述した方法により、4号試験片のサンプルに採取し、JIS Z2241:2011に準拠して、室温(25℃)で、引張強さと破断伸びをそれぞれ測定した。その結果、引張強さが150MPaであり、破断伸びが8%であった。
【0065】
(マイクロビッカース硬さ)
先述した方法により、JIS Z2244:2009に準拠して、仕上げ処理工程後のチタン箔のマイクロビッカース硬さを測定した。その結果、マイクロビッカース硬さが64Hvであった。
【0066】
(不純物含有量測定)
仕上げ処理工程後のチタン箔の不純物含有量(酸素含有量、鉄含有量)を測定したところ、電析チタン箔の不純物含有量と同等であった。
【0067】
(実施例による考察)
実施例では、電析チタン箔の表面の算術平均粗さRaと冷間圧延後のチタン箔の表面の算術平均粗さRaとの比較により、平滑性が高いチタン箔を製造できたといえる。すなわち、実施例においては、電析チタン箔の厚さが100μm以上かつ300μm以下であり、該電析チタン箔の酸素含有量が400質量ppm以下であったことにより良好に冷間圧延を実施でき、その結果平滑性に優れたチタン箔を製造することができた。また、実施例では、冷間圧延後のチタン箔を目視したところ、冷間圧延に起因する凸部の潰れ不良によるシワの発生及び疵の転写は確認できなかった。
また、スポンジチタンを溶解するとともにチタンスラブを鋳造して、熱間圧延、冷間圧延を実施してチタン箔を製造する従来方法に比べ、実施例の方法は簡便な製造プロセスであり、製造プロセスでの消費エネルギーの削減及びコストの低減が可能であると推察される。
さらに、実施例では、電析チタン箔の酸素含有量及び鉄含有量が比較的低かったので、電析チタン箔中のチタンの結晶構造は、α相であると推察される。また、冷間圧延後には焼鈍を実施し再結晶しているので、チタン箔の結晶構造もα相であると推察される。