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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023012564
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】ジエステル化合物
(51)【国際特許分類】
   C07C 69/75 20060101AFI20230119BHJP
【FI】
C07C69/75 Z CSP
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021116030
(22)【出願日】2021-07-14
(71)【出願人】
【識別番号】000191250
【氏名又は名称】新日本理化株式会社
(72)【発明者】
【氏名】阿野 駿介
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茜
(72)【発明者】
【氏名】竹上 明伸
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AB60
(57)【要約】
【課題】
本発明は、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として有用なジエステル化合物を提供する。
【解決手段】
一般式(1)
[式中、R及びRは、同一又は異なってそれぞれ炭素数1~4の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を表す。]
で表されるジエステル化合物に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】
[式中、R及びRは、同一又は異なってそれぞれ炭素数1~4の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を表す。]
で表されるジエステル化合物。
【請求項2】
一般式(1)に記載のR及びRが、同一又は異なって、それぞれメチル基、エチル基又はn-ブチル基である、請求項1に記載のジエステル化合物。
【請求項3】
一般式(1)に記載のR及びRがそれぞれメチル基である、請求項1に記載のジエステル化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)に用いることができるジエステル化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタル情報社会化が進み、印刷機及び複写機への要求精度が高まっている。特に紙の高精度送りが求められるモータ部では、高回転精度、低振動及び低騒音化が求められている。これらの回転部の動力伝達手段として歯車方式を採用した場合には振動や騒音が大きい為、それらの少ないトラクションドライブが多く用いられている。
【0003】
また、産業用ロボットの普及も進み、精密な動きが求められる関節部分にもトラクションドライブが用いられる。他には産業機器用無段変速機、航空機のジェネレータ、ヘリコプターのローター回転数制御などの分野でトラクションドライブの実用化が進展している。動力伝達量を大きくする為に、トラクションドライブの大型化の検討が進められてきているが、接触面積の増大に伴い発熱量も多くなる傾向があった。
【0004】
トラクションドライブ用潤滑油基油は、動力伝達能を高めるべく、高いトラクション係数を有するものが好ましく、脂環式炭化水素化合物等が提案されている。例えば、2-メチル-2,4-ジシクロヘキシルペンタンで代表されるジシクロヘキシル化合物、二量化ノルボルナン類などが挙げられる(特許文献1及び2)。
【0005】
しかしながら、2-メチル-2,4-ジシクロヘキシルペンタンに代表される脂環式炭化水素化合物は引火点が200℃以下と低くなる傾向が強く、大型のトラクションドライブ等が採用される耐熱性や安全性が重要視される分野では必ずしも十分でなかった。
【0006】
また、引火点が高いトラクションドライブ用潤滑油基油としてエステル化合物が提案されている。例えば、1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジ(シクロヘキシルメチル)で代表される脂環式ジエステル化合物などが挙げられる(特許文献3)。
【0007】
しかしながら、1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジ(シクロヘキシルメチル)で代表される脂環式ジエステル化合物は流動点が-20℃以上と高くなる傾向が強く、航空機やヘリコプター、自動車など低温下での作動性を重要視される分野では必ずしも十分でなかった。
【0008】
特許文献4では、トラクション流体としてネオペンチルグリコール及びシクロヘキサンカルボン酸とのジエステル、ネオペンチルグリコール及びメチルシクロヘキサンカルボン酸とのジエステル、ネオペンチルグリコール及びシクロヘキサンカルボン酸とメチルシクロヘキサンカルボン酸混合物(酸のモル比1:1)とのジエステルが例示されているが、低温流動性、引火点、高温でのトラクション係数に関する記載や示唆も無いため、トラクションドライブ用潤滑油基油として必ずしも十分でなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭47-7664号公報
【特許文献2】特開平3-95295号公報
【特許文献3】国際公開第2018/008667号
【特許文献4】特開昭62-153393号公報(特公平6-31365号公報)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として有用なジエステル化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、一般式(1)で表されるジエステル化合物が、高いトラクション係数及び引火点を有し、且つ、低温流動性が良好であり、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として有用であることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて更に検討を加えることにより完成したものである。
【0012】
即ち、本発明は、以下のジエステル化合物を提供するものである。
【0013】
[項1]
一般式(1)
【化1】
[式中、R及びRは、同一又は異なってそれぞれ炭素数1~4の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を表す。]
で表されるジエステル化合物。
【0014】
[項2]
一般式(1)に記載のR及びRが、同一又は異なって、それぞれメチル基、エチル基又はn-ブチル基である、[項1]に記載のジエステル化合物。
【0015】
[項3]
一般式(1)に記載のR及びRがそれぞれメチル基である、[項1]に記載のジエステル化合物。
【発明の効果】
【0016】
本発明のジエステル化合物は、トラクション係数(60℃、140℃)及び引火点が高く、且つ、低温流動性が良好であるという特徴を有しているため、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1で得られたビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)のIRスペクトルである。
図2】実施例1で得られたビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)のH-NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のジエステル化合物は、一般式(1)
【化2】
[式中、R及びRは、同一又は異なってそれぞれ炭素数1~4の直鎖状若しくは分岐鎖状のアルキル基を表す。]
で表されるジエステル化合物であり、動力伝達用潤滑油基油として好適に用いることができる。
【0019】
一般式(1)に記載の、R及びRは同一又は異なってそれぞれメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基又は、tert-ブチル基が挙げられ、好ましくは、メチル基、エチル基、n-ブチル基であり、特に、メチル基が好ましい。
【0020】
一般式(1)で表されるジエステル化合物の具体的な例としては、例えば、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-エチル-2-メチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-メチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-メチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-メチルプロピル)、 ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-sec-ブチル-2-メチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-メチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-tert-ブチル-2-メチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジエチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-エチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-エチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-エチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-sec-ブチル-2-エチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-エチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-tert-ブチル-2-エチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジ-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソプロピル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-sec-ブチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-tert-ブチル-2-n-プロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジイソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-sec-ブチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-tert-ブチル-2-イソプロピルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジ-n-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-sec-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-n-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-tert-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジ-sec-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-sec-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-sec-ブチル-2-tert-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジイソブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-イソブチル-2-tert-ブチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジ-tert-ブチルプロピル)、が挙げられる。その中でも、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2-n-ブチル-2-エチルプロピル)が好ましい。
【0021】
上記のジエステル化合物は、単独で又は2種以上の混合物を動力伝達用潤滑油基油として用いることができる。
【0022】
一般式(1)で表されるジエステル化合物の製造方法は特に限定されるものではない。例えば、一般式(1)で表されるジエステル化合物は、反応式1に示すように、式(2)で表されるカルボン酸又はその誘導体と、一般式(3)で表されるジオールとを反応させることにより製造することができる。ここで、式(2)で表されるカルボン酸の誘導体としては、例えば、酸ハライド(例えば、酸クロライド等)、混合酸無水物、活性エステル等の反応性の高い誘導体、低級(炭素数1~4)アルキルエステル等が挙げられる。
【化3】
[式中、R及びRは前記に同じ。]
一般式(1)で表されるジエステル化合物は、例えば、式(2)で表されるカルボン酸(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)と、一般式(3)で表されるジオールとを、酸触媒(例えば、硫酸、p-トルエンスルホン酸等)の存在下、加熱して副生する水を除去しながら脱水縮合させて製造することができる。また、酸触媒を、無機金属触媒(例えば、酸化スズ等)や有機チタン触媒(例えば、テトラ-n-ブトキシチタン等)に変更して同様の方法で製造することもできる。
また、一般式(1)で表されるジエステル化合物は、式(2)で表されるカルボン酸と、一般式(3)で表されるジオールとを、縮合剤(例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド、カルボニルジイミダゾール等)の存在下、反応させて製造することもできる。
また、一般式(1)で表されるジエステル化合物は、式(2)で表されるカルボン酸を、酸ハライド(例えば、酸クロライド等)、混合酸無水物、活性エステル等の反応性の高い誘導体に変換した後、塩基(例えば、トリエチルアミン、4-(N,N?ジメチルアミノ)ピリジン、ピリジン等)の存在下、一般式(3)で表されるジオールを反応させて製造することもできる。
また、一般式(1)で表されるジエステル化合物は、式(2)で表されるカルボン酸と低級(炭素数1~4)アルコール(例えば、メタノール、エタノール等)とを反応(エステル化)させて低級アルキルエステルとした後、これを一般式(3)で表されるジオールとエステル交換反応させて製造することもできる。
上記反応式1で示される反応は、その反応の種類に応じて公知の反応条件に従い又は準じて実施することができる。
【0023】
或いは、一般式(1)で表されるジエステル化合物は、反応式2に示すように、式(4)で表される化合物(m-トルイル酸)又はその誘導体と、一般式(3)で表されるジオールとを反応(エステル化又はエステル交換反応)させて、一般式(5)で表される化合物を得た後、当該化合物の芳香環を核水素化(還元)することにより製造することもできる。ここで、m-トルイル酸の誘導体としては、例えば、酸ハライド(例えば、酸クロライド等)、混合酸無水物、活性エステル等の反応性の高い誘導体、低級(炭素数1~4)アルキルエステル等が挙げられる。
【化4】
[式中、R及びRは前記に同じ。]
式(4)で表される化合物(m-トルイル酸)又はその誘導体と、一般式(3)で表されるジオールとを反応させて、一般式(5)で表される化合物を製造する反応は、上記反応式1における式(2)で表されるカルボン酸又はその誘導体と、一般式(3)で表されるジオールとを反応させて一般式(1)で表される化合物を製造する反応に従い又は準じて実施することができる。
一般式(5)で表される化合物を核水素化(還元)する反応は公知の方法を採用することができる。例えば、水素雰囲気下(常温から加圧)、還元触媒(白金、パラジウム、ニッケル、ロジウム等の遷移金属又はその酸化物、パラジウム/C等)の存在下、一般式(5)で表される化合物を還元することにより、一般式(1)で表される化合物を製造することができる。
【0024】
簡便性等、実用性の観点から、3-メチルシクロヘキサンカルボン酸と、一般式(3)で表されるジオールとのエステル化反応により得る方法が最も好ましい。
【0025】
一般式(1)で表されるジエステル化合物の酸価としては、好ましくは0.1mgKOH/g以下、より好ましくは0.05mgKOH/g以下である。酸価が0.1mgKOH/g以下のときには一般式(1)で表されるジエステル化合物自身の耐熱性がより向上する傾向が認められ、このような好ましい範囲では一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する基油の熱酸化安定性の向上にも好影響を与える。酸価を低減する方法としては、反応を十分に進行させる方法や、後処理工程でのアルカリ成分で中和及び水洗する方法(例えば、アルカリ水溶液による洗浄(中和)及び水による洗浄を行う方法)や、活性アルミナでの吸着処理する方法などが例示される。
【0026】
一般式(1)で表されるジエステル化合物の水酸基価としては、好ましくは2mgKOH/g以下、より好ましくは1mgKOH/g以下である。水酸基価が2mgKOH/g以下のときには一般式(1)で表されるジエステル化合物自身の吸湿性がより低くなり、耐熱性もより向上する傾向が認められ、このような好ましい範囲では一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する基油の耐水性及び熱酸化安定性の向上にも好影響を与える。水酸基価を低減する方法としては、反応を十分に進行させる方法や、後処理工程での原料アルコール成分を減圧留去する方法(例えば、蒸留可能な過剰の原料アルコール等を減圧下又は常圧下にて留去する方法)などが例示される。
【0027】
一般式(1)で表されるジエステル化合物は、動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として使用することができる。本発明は、一般式(1)で表されるジエステル化合物を含む動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)をも開示する。
【0028】
動力伝達用潤滑油基油のトラクション係数(60℃)は、通常、0.080以上であり、好ましくは0.090以上である。なお、本明細書及び請求の範囲においてトラクション係数(60℃)は、後述の実施例に記載した方法で測定される値である。
【0029】
また、トラクション係数(140℃)は、通常、0.075以上であり、好ましくは0.085以上である。なお、本明細書及び請求の範囲においてトラクション係数(140℃)は、後述の実施例に記載した方法で測定される値である。
【0030】
動力伝達用潤滑油基油の低温流動性は、例えば、流動点によって評価することができる。潤滑油基油の流動点は、低温作動性の観点から、通常、-30℃以下であり、好ましくは-35℃以下である。なお、本明細書及び請求の範囲において流動点は、後述の実施例に記載した方法で測定される値である。
【0031】
動力伝達用潤滑油基油の引火点は、貯蔵安定性及び取り扱い性の観点から、通常、185℃以上であり、好ましくは200℃以上である。185℃未満であると、引火による取り扱い上の制約が多くなる。なお、本明細書及び請求の範囲において引火点は、後述の実施例に記載した方法で測定される値である。
【0032】
動力伝達用潤滑由基油としては、例えば、トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.085以上、流動点-30℃以下、引火点185℃以上の動力伝達用潤滑由基油;トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.075以上、流動点-35℃以下、引火点185℃以上の動力伝達用潤滑由基油;トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.075以上、流動点-30℃以下、引火点200℃以上の動力伝達用潤滑由基油;トラクション係数(60℃)0.080以上、トラクション係数(140℃)0.075以上、流動点-35℃以下、引火点200℃以上の動力伝達用潤滑由基油が挙げられ、さらにトラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.085以上、流動点-35℃以下、引火点185℃以上の動力伝達用潤滑由基油;トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.085以上、流動点-30℃以下、引火点200℃以上の動力伝達用潤滑由基油;トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.075以上、流動点-35℃以下、引火点200℃以上の動力伝達用潤滑由基油が好ましく、特に、トラクション係数(60℃)0.090以上、トラクション係数(140℃)0.085以上、流動点-35℃以下、引火点200℃以上の動力伝達用潤滑由基油が好ましい。
【0033】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油は、トラクション係数(60℃、140℃)及び引火点が高く、且つ、低温流動性が良好なことから、動力伝達用潤滑油基油、特に、トラクションドライブ用潤滑油基油として好適に用いられる。
【0034】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油は、併用することができる他の基油(以下「併用基油」と表記する)を含むことができる。つまり、一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油には、一般式(1)で表されるジエステル化合物のみ、及び一般式(1)で表されるジエステル化合物と併用基油との混合物を包含する。以下、動力伝達用潤滑油基油を「基油」と表記する場合がある。
【0035】
併用基油としては、鉱物油(石油の精製によって得られる炭化水素油)、ポリ-α-オレフィン、ポリブテン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、脂環式炭化水素油、動植物油、有機酸エステル(一般式(1)で表されるジエステル化合物を除く)、ポリアルキレングリコール、ポリビニルエーテル、ポリフェニルエーテル、アルキルフェニルエーテル、シリコーン油などの基油が挙げられる。これらの少なくとも1種を適宜併用することができる。
【0036】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油中における、一般式(1)で表されるジエステル化合物の含有量は、通常、70質量%以上であり、好ましくは90質量%以上であり、より好ましくは95質量%以上であり、特に好ましくは98質量%以上である。
【0037】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油中における併用基油の含有量は、通常、30質量%以下であり、好ましくは10質量%以下であり、より好ましくは5質量%以下であり、特に好ましくは2質量%以下である。
【0038】
一般式(1)で表されるジエステル化合物は、前記動力伝達用潤滑油基油を含む動力伝達用潤滑油に好適に用いることができる。当該動力伝達用潤滑油は、その性能を向上させるために、基油に例えば、酸化防止剤、金属清浄剤、無灰分散剤、油性剤、摩耗防止剤、極圧剤、金属不活性剤、防錆剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、消泡剤、加水分解抑制剤、増ちょう剤、腐食防止剤、色相安定剤等の添加剤の少なくとも1種を適宜配合することも可能である。これらの配合量は、本発明の効果を奏する限り特に限定されるものではない。
【0039】
ここで、本明細書及び特許請求の範囲において、「基油に対して0.01~5質量%」のように、「基油に対して」との表現を用いて、添加剤の配合量の範囲を規定している場合がある。この場合に用いる「基油」は、一般式(1)で表されるジエステル化合物のみからなる基油又は一般式(1)で表されるジエステル化合物と併用基油との混合物からなる基油の何れかの意味で用いている。そしてまた、「基油に対して0.01~5質量%」の例で言えば、基油100質量部に対して、0.01~5質量部という意味と同義である。
【0040】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油に増ちょう剤を適宜組み合わせることにより、「グリース」とすることができる。
【0041】
増ちょう剤としては、金属石鹸系増ちょう剤や複合体金属石鹸系増ちょう剤、非石鹸系増ちょう剤が挙げられる。
【0042】
上記の中でも、耐熱性及び耐水性、せん断安定性の観点より、リチウム石鹸、リチウムコンプレックス石鹸、ウレア化合物が増ちょう剤として好適であり、特に、ウレア化合物が好ましい。
【0043】
これらの増ちょう剤は1種で又は適宜2種以上を組み合わせて用いることができ、その添加量は所定の効果を奏する限り特に限定されるものではない。
【0044】
腐食防止剤としては、ナトリウムスルホネートやソルビタンエステルが例示され、通常、基油に対して0.1~3.0質量%程度添加される。
【0045】
色相安定剤としては、置換ハイドロキノン、フルフラールアジン等が例示され、通常、基油に対して0.01~0.1質量%程度添加される。
【0046】
かくして得られる一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油は、上述の通り、トラクション係数及び引火点が高く、低温流動性に優れた基油を含有することから、トラクションドライブ用潤滑油として好適である。
【0047】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油及び一般式(1)で表されるジエステル化合物は、動力伝達用潤滑油(特に、トラクションドライブ用潤滑油)に添加することにより、動力伝達用潤滑油のトラクション係数の向上を図ることができる。そのため、トラクション係数向上剤として用いることができる。
【0048】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油は、動力伝達能が高く、振動や騒音の発生が小さく、さらに引火点が高いため、トラクションドライブ、即ち2以上の回転体からなる動力伝達装置の潤滑油として用いることができる。当該トラクションドライブを採用する装置としては、例えば、自動車、船舶、航空機、精密機器、ロボット等のモータ、変速機、ジェネレータ、減速機等が挙げられる。
【実施例0049】
以下に実施例を掲げて本発明を詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。また、各例における潤滑油基油及び潤滑油組成物の物理特性及び化学特性は以下の方法により評価した。特に言及していない化合物は試薬を使用した。
【0050】
<使用化合物>
・シクロヘキサンカルボン酸:シグマ-アルドリッチ社製
・2-メチル-シクロヘキサンカルボン酸:シグマ-アルドリッチ社製
・3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸:シグマ-アルドリッチ社製
・4-メチル-シクロヘキサンカルボン酸:シグマ-アルドリッチ社製
・2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール:東京化成工業株式会社製
・アジピン酸ジイソデシル:新日本理化株式会社製 製品名「サンソサイザー DIDA」
・鉱物油Y:日油株式会社製 製品名「ポリブテン0N」
【0051】
(a)酸価(AV)
JIS K2501(2003)に準拠して測定した。なお検出限界は0.01mgKOH/gである。
【0052】
(b)水酸基価(OHV)
JIS K0070(1992)に準拠して測定した。なお検出限界は0.1mgKOH/gである。
【0053】
[潤滑油基油の物性測定]
(c)トラクション係数
下記装置および条件にて試験した時の最大トラクション係数を測定し、トラクション係数(60℃、140℃)とした。
[測定条件]
装置:ボールオンリング型摩擦試験機(Phoenix Tribology社製TE54型)
試験片形状:上試験片(直径25mmの球)、下試験片(直径50mmのリング)
試験片材質:SUJ2
滑り率:5%
試料温度:60℃、140℃
荷重:150N
<トラクション係数(60℃)の評価>
A:0.090以上
B:0.080以上0.090未満
C:0.080未満
<トラクション係数(140℃)の評価>
A:0.085以上
B:0.075以上0.085未満
C:0.075未満
【0054】
(d)低温流動性試験(流動点)
JIS-K-2269(1987)に準拠して流動点を測定した。
<低温流動性の評価>
A:-35℃以下
B:-35℃を越え-30℃以下
C:-30℃を越える
【0055】
(e)引火点
JIS K2265(クリーブランド開放式)に準拠して測定した。
<引火点の評価>
A:200℃以上
B:185℃以上200℃未満
C:185℃未満
【0056】
(f)動粘度
JIS-K-2283(2000)に準拠して、40℃、100℃における動粘度を測定した。
【0057】
(g)動力伝達用潤滑油基油の評価
動力伝達用潤滑油基油の評価としては、トラクション係数の評価、低温流動性の評価及び引火点の評価の結果において、Cが1以上あれば不適と、Bが2以下(他の評価はA)であれば良好と、Bが1以下(他の評価はA)であれば特に良好と評価される。
【0058】
<赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)>
得られたジエステル化合物のIRスペクトルは、赤外分光分析装置(株式会社パーキンエルマージャパン製Spectrum400)を用い、ATR法(減衰全反射法)で行った。
【0059】
<プロトン核磁気共鳴スペクトル(H-NMR)>
得られたジエステル化合物のH-NMRは、重クロロホルムに溶かした後、核磁気共鳴装置(Bruker社製DRX-500)を用い、H-NMR(500MHz)測定で行った。
【0060】
[実施例1]
撹拌器、温度計、冷却管付き水分分留受器を備えた1リットルの四ツ口フラスコに、3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸532.6g(3.75mol)、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール177.2g(1.70mol)、酸化スズ0.6g、エントレーナーとしてキシレン30gを仕込み、フラスコ内を窒素置換した後、徐々に230℃まで昇温した。キシレンが還流するように減圧度を調整しながら、理論生成水量(30.7g)を目処にして留出してくる生成水を水分分留受器で除去しつつ、エステル化反応を行った。反応終了後、残存する3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸とキシレンを減圧下で蒸留により除去してエステル化粗物を得た。次いで、得られたエステル化粗物の酸価に対して1.5倍当量の苛性ソーダ水溶液で中和した後、中性になるまで水洗を繰り返した。得られたエステル化粗物に硫酸マグネシウムを加えて脱水した後、濾過により硫酸マグネシウムを除去して、ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)487.8g(1.38mol)を得た。
得られたジエステル化合物の酸価は、0.01mgKOH/g以下、水酸基価は、1mgKOH/g以下であった。ビス(3-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)のIRスペクトル、H-NMRスペクトルを測定し、図1~2に示した。なお、H-NMRスペクトルの7.27ppm付近のピークは溶媒の重クロロホルムの残存プロトンのピークである。
【0061】
IR(cm-1):2927,2857,1731,1475,1457,1379,1303,1275,1255,1216,1173,1134,1088,1045,1024,1006,972,936,880,853,744,701
【0062】
当該ジエステル化合物を動力伝達用潤滑油基油(A)として評価した際の各物性を表1に示す。
【0063】
[比較例1]
アジピン酸ジイソデシルを動力伝達用潤滑油基油(a)として評価した際の各物性値を表1に示す。
【0064】
[比較例2]
鉱物油Yを動力伝達用潤滑油基油(b)として評価した際の各物性を表1に示す。
【0065】
[比較例3]
3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸をシクロヘキサンカルボン酸521.6g(4.07mol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、ビス(シクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)514.2g(1.58mol)を得た。
得られた化合物の酸価は、0.01mgKOH/g以下、水酸基価は、1mgKOH/g以下であった。当該化合物を動力伝達用潤滑油基油(c)として評価した際の各物性を表1に示す。
【0066】
[比較例4]
3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸を2-メチル-シクロヘキサンカルボン酸532.6g(3.75mol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、ビス(2-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)476.4g(1.35mol)を得た。
得られた化合物の酸価は、0.01mgKOH/g以下、水酸基価は、1mgKOH/g以下であった。当該化合物を動力伝達用潤滑油基油(d)として評価した際の各物性を表1に示す。
【0067】
[比較例5]
3-メチル-シクロヘキサンカルボン酸を4-メチル-シクロヘキサンカルボン酸532.6g(3.75mol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、ビス(4-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)497.4g(1.41mol)を得た。
得られた化合物の酸価は、0.01mgKOH/g以下、水酸基価は、1mgKOH/g以下であった。当該化合物を動力伝達用潤滑油基油(e)として評価した際の各物性を表1に示す。
なお、このジエステル化合物の動粘度(40℃及び100℃)の値は、特許文献4の実施例A2の試料のものと良く一致していることから、特許文献4の実施例A2の試料は、本比較例5のビス(4-メチルシクロヘキサンカルボン酸)-1,3-(2,2-ジメチルプロピル)であると認められる。
【0068】
【表1】
【0069】
表1から、実施例1に記載の本発明の動力伝達用潤滑油基油は、トラクション係数(60℃)が0.090以上かつトラクション係数(140℃)が0.085以上と高く、流動点が-30℃以下であり、また、引火点が200℃以上と高いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
一般式(1)で表されるジエステル化合物を含有する動力伝達用潤滑油基油は、高いトラクション係数、高い引火点及び良好な低温流動性を有することから、自動車、船舶、航空機及び精密機器等の動力伝達用潤滑油基油(特に、トラクションドライブ用潤滑油基油)として好適に使用することができる。
図1
図2