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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023125739
(43)【公開日】2023-09-07
(54)【発明の名称】光学材料および光学材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/61 20060101AFI20230831BHJP
   C09K 11/08 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C09K11/61
C09K11/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022030006
(22)【出願日】2022-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091292
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 達哉
(74)【代理人】
【識別番号】100173428
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100091627
【弁理士】
【氏名又は名称】朝比 一夫
(72)【発明者】
【氏名】戸田 健司
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 美寿貴
【テーマコード(参考)】
4H001
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CF01
4H001XA17
4H001XA30
4H001XA55
4H001YA29
(57)【要約】
【課題】優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を提供すること、また、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を、量産に適した環境に優しい方法で製造できる、光学材料の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下であることを特徴とする。本発明の光学材料の製造方法は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を有する光学材料を製造する方法であって、前記光学材料を構成する元素を含む複数種の原料を準備する原料準備工程と、前記複数種の原料を水の存在下で混合する混合工程とを有し、前記光学材料中における前記銅イオンの賦活濃度を3mol%以上10mol%以下とすることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、
前記銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下であることを特徴とする光学材料。
【請求項2】
平均粒径が1nm以上100nm以下のナノ粒子で構成される請求項1に記載の光学材料。
【請求項3】
銅イオンで賦活されたCsZnCl相を有する光学材料を製造する方法であって、
前記光学材料を構成する元素を含む複数種の原料を準備する原料準備工程と、
前記複数種の原料を水の存在下で混合する混合工程を有し、
前記光学材料中における前記銅イオンの賦活濃度を3mol%以上10mol%以下とすることを特徴とする光学材料の製造方法。
【請求項4】
前記混合工程に供される混合物中における水の含有率が0.1質量%以上20質量%以下である請求項3に記載の光学材料の製造方法。
【請求項5】
前記原料としてZnClを用いる請求項3または4に記載の光学材料の製造方法。
【請求項6】
前記混合工程での処理温度が10℃以上100℃以下である請求項3ないし5のいずれか1項に記載の光学材料の製造方法。
【請求項7】
前記混合工程での処理時間が6時間以上96時間以下である請求項3ないし6のいずれか1項に記載の光学材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学材料および光学材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
量子ドットとは、ナノメートルサイズ、例えば約2nm~10nmの半導体であり、量子閉じ込め効果に基づく特異な電気的および光学的性質を示す。1980年代にカドミウム系量子ドットが発見されて以来、多種多様な量子ドットが合成され、研究が行われてきた(例えば、非特許文献1)。
【0003】
最近では、ペロブスカイト構造を持つハロゲン化鉛の量子ドットが、発光ダイオードから太陽電池、蛍光体、レーザーにいたる幅広い用途において優れた特性を示す光学材料として注目されている。(例えば、非特許文献2、3)
【0004】
しかしながら、カドミウムに比べて毒性が低い鉛でも、環境汚染の問題が懸念されており非鉛の光学材料の開発が、重要な研究テーマとなっている。
【0005】
優れた非鉛系ハロゲン化物の光学材料として、Cuを賦活したCsZnCl蛍光体が報告されている(例えば、非特許文献4)。
【0006】
Cuを賦活したCsZnClは、優れた発光効率を持つ光学材料であるが、有機溶媒に可溶な高価な原料を用いて、150℃という、溶液法としては比較的高い温度で合成しなければならない。また、Cuの酸化を防止するため、反応容器内の雰囲気を不活性ガスに置換する必要もある。そのため、特別な設備を必要とし、コストも高くなってしまう。
【0007】
このように、従来の合成法は、有機溶媒を大量に使用すること、また、均一な反応を実現することは困難であることから、量産に適するものではなかった。
【0008】
そのため、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を、量産に適した環境に優しい方法で製造できる合成手法の開発が課題となっていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Murray, C. B. et al., J. Am. Chem. Soc. 115, 8706-8715 (1993)
【非特許文献2】He Huang et al., NPG Asia Materials, 8, e328 (2016)
【非特許文献3】Nano Lett., 15 (2015) p. 3692.
【非特許文献4】Chem. Mater., 13 (2020) p. 5897.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を提供すること、また、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を、量産に適した環境に優しい方法で製造できる光学材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
このような目的は、下記の本発明により達成される。
本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、
前記銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明の光学材料は、平均粒径が1nm以上100nm以下のナノ粒子で構成されることが好ましい。
【0013】
本発明の光学材料の製造方法は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を有する光学材料を製造する方法であって、
前記光学材料を構成する元素を含む複数種の原料を準備する原料準備工程と、
前記複数種の原料を水の存在下で混合する混合工程を有し、
前記光学材料中における前記銅イオンの賦活濃度を3mol%以上10mol%以下とすることを特徴とする。
【0014】
本発明の光学材料の製造方法では、前記混合工程に供される混合物中における水の含有率が0.1質量%以上20質量%以下であることが好ましい。
【0015】
本発明の光学材料の製造方法では、前記原料としてZnClを用いることが好ましい。
【0016】
本発明の光学材料の製造方法では、前記混合工程での処理温度が10℃以上100℃以下であることが好ましい。
【0017】
本発明の光学材料の製造方法では、前記混合工程での処理時間が6時間以上96時間以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を提供すること、また、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を、量産に適した環境に優しい方法で製造できる、光学材料の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の光学材料の製造方法の工程の一例を示すフローチャートである。
図2】実施例1、比較例2の光学材料の粉末X線回折パターンを示す図である。
図3】実施例1~3および比較例1の光学材料の粉末X線回折パターンを示す図である。
図4】実施例1、2、比較例1の光学材料の励起スペクトルおよび発光スペクトルを示す図である。
図5】実施例1~3、比較例1の光学材料に254nmの波長をもつ紫外線を照射した際の電子顕微鏡写真を示す図である。
図6】実施例1、2、比較例1の光学材料の拡散反射スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
なお、本発明は、産業通商資源部(MOTIE)および韓国産業技術振興院(KIAT)との国際協力研究開発プログラムである、P0006844_次世代ディスプレイ用色変換ナノ結晶発光材料の開発(13580-703000-J18K0121 次世代ディスプレイ用色変換ナノクリスタルルミネッセンス材料の開発)に関する共同研究(2018年12月1日から2021年11月30日)における成果である。
【0021】
[1]光学材料
まず、本発明の光学材料について説明する。
なお、以下の説明では、本発明の光学材料が蛍光体である場合について中心的に説明するが、これに限定されるものではなく、本発明の光学材料は、後述するように、広い用途において種々の光学材料として適用することができる。
【0022】
本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下であることを特徴とする。
【0023】
このような構成により、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料を提供することができる。特に、例えば、このような光学材料では、銅イオンの賦活濃度を制御することにより、紫外線を吸収して高い発光強度で緑色の発光(蛍光)を示すことができる。より具体的には、例えば、254nmの波長をもつ紫外線で励起され、高い発光強度で緑色の発光(蛍光)を発する。
【0024】
これに対し、上記のような条件を満足しないと、上記のような優れた効果が得られない。
【0025】
例えば、銅イオンの賦活濃度が前記下限値未満であると、光学材料は、青色(水色)の発光を示し、緑色の発光を示さなくなる。
【0026】
また、例えば、銅イオンの賦活濃度が前記上限値を超えると、2価の銅が増加し、十分な発光強度を得られなくなる。
【0027】
銅イオンの賦活濃度は、3mol%以上10mol%以下であればよいが、4mol%以上9mol%以下であるのが好ましく、5mol%以上8mol%以下であるのがより好ましい。
これにより、上記効果をより顕著なものとすることができる。
【0028】
本発明の光学材料は、ナノ粒子で構成されることが好ましい。より具体的には、本発明の光学材料を構成するナノ粒子の平均粒径は、1nm以上100nm以下であるのが好ましく、2nm以上60nm以下であるのがより好ましく、3nm以上40nm以下であるのがさらに好ましい。
【0029】
これにより、光学材料を発光性量子ドットとしてより好適に使用することができる。また、例えば、光学材料を、光学材料を含む組成物に適用した場合における光学材料の分散安定性をより優れたものとすることができる。また、粉砕処理等をしなくても、分散処理をするだけで発光性量子ドットとして使用することができる。
【0030】
なお、本明細書において、平均粒径とは、特に断りのない限り、体積基準の平均粒径のことを指す。光学材料の平均粒径は、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた粒子径測定により求めることができる。
【0031】
前述したように、本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含むものであるが、当該銅イオンで賦活されたCsZnCl相は、Cu、Cs、Zn以外の金属元素を含んでいてもよい。以下、このような金属元素を「その他の金属元素」という。
【0032】
その他の金属元素としては、例えば、Ca、Ba、Mg、Ga、Ge、Si、Li、Na、希土類元素等が挙げられ、これらから選択される1種または2種以上を含むことができる。
【0033】
例えば、前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相が、その他の金属元素として、Ca、Mg、Li、NaおよびSiよりなる群から選択される少なくとも1種を含むものであると、光学材料の発光ピーク波長を好適に長波長にシフトさせることができる。
【0034】
また、前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相が、その他の金属元素として、Ba、GaおよびGeよりなる群から選択される少なくとも1種を含むものであると、光学材料の発光ピーク波長を好適に短波長にシフトさせることができる。
【0035】
また、前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相が、その他の金属元素として、希土類元素を含むものであると、トラップ深さの制御により残光時間をより好適に調整することができる。
【0036】
前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相がその他の金属元素を含むものである場合、前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相中におけるCsの含有量に対するその他の金属元素の含有量の比率は、35mol%以下であるのが好ましく、30mol%以下であるのがより好ましく、25mol%以下であるのがさらに好ましい。
【0037】
また、本発明の光学材料は、前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相以外の成分を含んでいてもよい。ただし、本発明の光学材料中における前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相以外の成分の含有率は、10質量%以下であるのが好ましく、5質量%以下であるのがより好ましく、3質量%以下であるのがさらに好ましい。言い換えると、本発明の光学材料中における前記銅イオンで賦活されたCsZnCl相の含有率は、90質量%以上であるのが好ましく、95質量%以上であるのがより好ましく、97質量%以上であるのがさらに好ましい。
これにより、前述した効果がより顕著に発揮される。
【0038】
例えば、本発明の光学材料はフラックスを含んでいてもよいが、本発明の光学材料におけるフラックスの含有率は、0.001質量%未満であるのが好ましく、0.0005質量%以下であるのがより好ましい。
【0039】
フラックスには毒性を有するものがあり、このような成分の含有率を十分に低くすること、すなわち、このような成分を実質的に含有しないことにより、光学材料の製造過程における安全性、製造された光学材料を使用する者等の安全性を確保するうえで有利である。また、上記のようにフラックスの含有率が十分に低いと、光学材料中に、蓄光、発光に寄与しない成分の含有率を低くすることができ、光学材料全体としての発光特性をより優れたものとすることができる。
【0040】
光学材料に含まれるフラックスは、通常、製造時の原料混合物に添加されるフラックス(例えば、硼素化合物)によるものである。後述するように、本発明に係る光学材料の製造方法では、各成分(特に、銅イオン)を十分に反応させることができ、原料混合物にフラックスを添加する必要がない。したがって、本発明に係る光学材料中において、フラックスを実質的に含有しないものとすることができ、フラックスの含有率について、上記のような条件を満足するものとすることができる。
【0041】
本発明の光学材料は、優れた光学特性を有するものであるため、種々の用途に用いることができる。
【0042】
本発明の光学材料の用途としては、例えば、蛍光体、紫外線吸収剤、太陽電池、光センサー等が挙げられる。
【0043】
蛍光体としては、例えば、ディスプレイ用発光素子、照明用発光素子、シンチレーター等として用いることができる。
【0044】
紫外線吸収剤としては、例えば、紫外線吸収フィルム、ファンデーション、化粧水、日焼け止め等における紫外線吸収材料として用いることができる。
【0045】
太陽電池としては、例えば、太陽電池における波長変換材料等として用いることができる。
【0046】
光センサーとしては、例えば、フォトディテクターにおける光検出素子等として用いることができる。
【0047】
[2]光学材料の製造方法
次に、本発明の光学材料の製造方法について説明する。
図1は、本発明の光学材料の製造方法の工程の一例を示すフローチャートである。
本発明の光学材料の製造方法は、前述した光学材料を製造する方法である。より具体的には、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を有する光学材料を製造する方法であって、光学材料を構成する元素を含む複数種の原料を準備する原料準備工程と、複数種の原料を水の存在下で混合する混合工程とを有し、光学材料中における銅イオンの賦活濃度を3mol%以上10mol%以下とすることを特徴とする。
【0048】
これにより、前述した本発明の光学材料、すなわち、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下である光学材料を好適に製造することができる。
【0049】
また、この光学材料の製造方法では、有機溶媒に対し溶解性の低い安価な原料を用いることができる。また、複数種の原料を水の存在下で混合することで、均一な反応を実現することができる。また、使用する水の量を少なくすることができるため、大量生産時に取り扱う物質量を減らすことができる。これにより、優れた特性を示す非鉛系ハロゲン化物の光学材料の、量産に適した環境に優しい光学材料の製造方法を提供することができる。
【0050】
このような優れた効果が得られるのは、複数種の原料を水の存在下で混合する混合工程を行うことにより、従来では得られていなかった、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下である光学材料が得られるためである。
【0051】
以下、各工程について説明する。
[2-1]原料準備工程
原料準備工程では、光学材料を構成する元素を含む複数種の原料を準備する。
光学材料を構成する元素を含む複数種の原料としては、例えば、Cs源の物質、Zn源の物質、Cu源の物質等が挙げられる。
【0052】
本工程で準備する原料のうち少なくとも1種は、光学材料を構成する元素を2種以上含むものを用いてもよい。より具体的には、例えば、金属元素と塩素元素とを含む原料を準備してもよい。
【0053】
Cs源、Zn源およびCu源としては、それぞれ、Cs、ZnおよびCuを含む化合物であれば使用可能であるが、例えば、これらの塩化物を好適に用いることができる。
これにより、後工程の混合工程における反応を好適に行うことができる。
【0054】
これらの化合物としては、水和物を用いてもよい。以下の好ましい化合物の説明では、水和物の水和水を省略して示す。
【0055】
Cs源としては、例えば、塩化セシウム(CsCl)が挙げられる。
Zn源としては、例えば、塩化亜鉛(ZnCl)が挙げられる。
Cu源としては、例えば、塩化銅(CuCl、CuCl)挙げられる。
【0056】
Cu源としては、1価の銅を含むものであることが好ましい。これにより、銅を1価の銅イオンとして、CsZnCl相中に好適に取り込むことができ、発光強度をより優れたものとすることができる。
【0057】
本発明の光学材料の製造方法では、原料としてZnClを用いるのが好ましい。
ZnClは、非常に吸湿性の高い物質であるため、後工程の混合工程において、ZnClが吸湿した大気中の水分によって、反応が好適に進行する。
【0058】
これにより、混合工程において使用する水の量をより少なくすることができ、大量生産時に取り扱う物質量をより効果的に減らすことができるため、大量生産における反応を、環境により優しいものとすることができる。
準備工程では、上記のようなCs源、Zn源およびCu源を準備する。
【0059】
[2-2]混合工程
混合工程では、複数種の原料を水の存在下で混合する。
【0060】
混合工程では、上記のようなCs源、Zn源およびCu源を、水の存在下で、所定の比率、例えば、化学量論比に従って混合して原料混合物とする。
【0061】
より具体的には、Cs源としてCsCl、Zn源としてZnCl、Cu源としてCuClを用いる場合、それらの混合比は、以下のようにするのが好ましい。
【0062】
すなわち、物質量比でのCsClの使用量に対するZnClの使用量の比率は、0.5以下であるのが好ましく、0.4以上0.5以下であるのがより好ましい。
【0063】
また、物質量比でのCsClの使用量に対するCuClの使用量の比率は、0.003以上0.5以下であるのが好ましく、0.008以上0.3以下であるのがより好ましい。
【0064】
本工程における前記水には、液体の水のほか、気体の水(水蒸気)も含む。前記気体の水は、例えば、大気中に含まれる水蒸気であってもよい。また、前記水には、例えば、原料が吸湿した水分も含まれ、また、原料として水和物を用いる場合には、その水和水も含まれる。
【0065】
本発明の光学材料の製造方法では、混合工程に供される混合物中における水の含有率が0.1質量%以上20質量%以下であるのが好ましく、1.0質量%以上15質量%以下であるのがより好ましく、5.0質量%以上10質量%以下であるのがさらに好ましい。
【0066】
上記のような条件を満足することにより、混合工程における反応をより好適に行うことができ、得られる光学材料において、CsZnCl相を好適に形成することができる。また、水を溶媒として混合物を溶解させる場合に比べて、使用する水の量が少ないため、大量生産時に取り扱う物質量を、さらに効果的に減らすことができ、環境にさらに優しいものとすることができる。
【0067】
上記のような複数種の原料を水の存在下で混合する方法としては、特に限定されないが、例えば、原料混合物に水を滴下する方法、原料として吸湿性の物質を用いることにより、雰囲気中の水蒸気を吸収して原料混合物中に水を取り込ませる方法、原料に含まれる水和水を用いる方法等が挙げられる。
【0068】
複数種の原料のうち少なくとも1つ以上に、例えば、ZnClといった、吸湿性の高い物質を用いる場合、混合工程における雰囲気の湿度は、50%RH以上であるのが好ましく、60%RH以上であるのがより好ましく、70%RH以上であるのがさらに好ましい。
【0069】
これにより、大気中の水蒸気をより効率よく原料混合物に取り込むことができ、混合工程における反応をより好適に進行させることができる。また、大気中の水蒸気を用いることで、使用する水の量をさらに少なくすることができ、大量生産時に取り扱う物質量をさらに効果的に減らすことができ、環境にさらに優しいものとすることができる。なお、混合工程における雰囲気の湿度の上限は、100%RHである。
【0070】
本発明の光学材料の製造方法では、混合工程での雰囲気における水蒸気分圧が、10hPa以上1022hPa以下であるのが好ましく、200hPa以上800hPa以下であるのがより好ましい。
【0071】
上記のように、水蒸気分圧が比較的高い環境下で混合工程を行うことにより、相対的に酸素分圧が低く、言い換えると還元性雰囲気となるため、銅が酸化されて2価の銅になることが好適に抑制され、銅を1価の銅イオンとして、CsZnCl相中により好適に取り込むことができる。また、銅の酸化を防止するために、反応容器内の雰囲気の不活性ガスへの置換を省略または簡略化することができ、コストの削減や、さらなる生産性の向上にもつながる。
【0072】
本発明の光学材料の製造方法では、混合工程での雰囲気における酸素分圧が、0.1hPa以上210hPa以下であるのが好ましく、0.1hPa以上200hPa以下であるのがより好ましい。
【0073】
上記のように、酸素分圧が比較的低い、言い換えると、還元性雰囲気下で混合工程を行うことにより、銅が酸化されて2価の銅になることが好適に抑制され、銅を1価の銅イオンとして、CsZnCl相中により好適に取り込むことができる。また、銅の酸化を防止するために、反応容器内の雰囲気の不活性ガスへの置換を省略または簡略化することができ、コストの削減や、さらなる生産性の向上にもつながる。
【0074】
本発明の光学材料の製造方法では、混合工程での処理温度が、10℃以上100℃以下であるのが好ましく、20℃以上90℃以下であるのがより好ましく、30℃以上85℃以下であるのがさらに好ましい。
【0075】
これにより、混合工程における反応をより好適に進行させることができる。また、比較的低温で光学材料を製造することができ、これにより、特別な設備等を必要とせず、製造コストの低下にもつながる。
【0076】
また、従来の方法では、例えば、150℃以上といった比較的高温で加熱することで銅が酸化されてしまい、銅を1価の銅イオンとして多くの量を賦活させることが困難であったが、本発明の方法では、水の存在下、上記範囲の比較的低温で混合工程を行うことにより、銅の酸化がより好適に抑制され、銅を1価の銅イオンとして、CsZnCl相中にさらに好適に取り込むことができる。また、高温加熱のための特別な装置が不要となるほか、銅の酸化を防止するために、反応容器内の雰囲気の不活性ガスへの置換を省略または簡略化することができ、コストの削減や、さらなる生産性の向上にもつながる。
【0077】
本発明の光学材料の製造方法では、混合工程での処理時間が、6時間以上96時間以下であるのが好ましく、12時間以上72時間以下であるのがより好ましく、18時間以上48時間以下であるのがさらに好ましい。
【0078】
これにより、混合工程における反応をさらに好適に進行させることができるとともに、光学材料の生産性をより優れたものとすることができる。
【0079】
本工程での混合方法としては、例えば、撹拌機、らせん型混合機、リボン型混合機、流動化型混合機等の固定型混合機、円筒型混合機、双子円筒型混合機等の回転型混合機、サンドミル、ボールミル、ビーズミル、コロイドミル、サンドグラインダーミル等の湿式粉砕機、ペイントシェーカー等の振とう機、超音波分散機等の分散機等を用いた混合方法を採用することができる。
【0080】
本工程に供される原料混合物は、フラックスを含まないものであるのが好ましい。
フラックスには毒性を有するものがあり、このような成分の含有率を十分に低くすること、すなわち、このような成分を実質的に含有しないことにより、光学材料の製造過程における安全性、製造された光学材料を使用する者等の安全性を確保するうえで有利である。また、上記のようにフラックスの含有率が十分に低いと、光学材料中に、蓄光、発光に寄与しない成分の含有率を低くすることができ、光学材料全体としての残光特性を優れたものとすることができる。
【0081】
以上のようにして、本発明の光学材料(銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下である光学材料)が得られる。
【0082】
このようにして得られる光学材料は、上記[1]で述べた好ましい条件を満たすものであるのが好ましい。
【0083】
前述した条件で製造することにより、このような好ましい条件を満たす光学材料を好適に得ることができる。
【0084】
なお、上記のようにして得られる光学材料は、複数個の粒子が凝集した凝集体を含む場合があるが、比較的温和な条件の解砕処理により、微粒子化(例えば、ナノ粒子化)することができる。
【0085】
以上、本発明の好適な実施形態について説明してきたが、本発明は、これらに限定されない。
【0086】
例えば、本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、前記銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下であるものであればよく、前述した製造方法で製造されたものに限定されない。
【0087】
また、前述した光学材料の製造方法においては、前述した工程に加え、他の工程をさらに有していてもよい。
【0088】
より具体的には、例えば、本発明の製造方法では、必要に応じ、混合工程の後に粉砕や分級を行ってもよい。粉砕は、湿式粉砕、乾式粉砕のいずれでもよい。乾式粉砕では、必要に応じて、例えば、乳鉢、ロールクラッシャー、アトマイザー、ハンマーミル、ジェットミル、流体エネルギーミル、ミックスマラー等の乾式粉砕機を用いてもよい。
【0089】
粉砕により得られた粉末状の光学材料を、液体中に分散させた後、固液分離により回収することにより、不純物を除去してもよい。これにより、光学材料の発光効率をより一層向上させることができる。
【0090】
固液分離は濾過、吸引濾過、加圧濾過、遠心分離、デカンテーション等の工業的に通常用いられる方法により行うことができる。固液分離により回収された光学材料は、真空乾燥機、熱風加熱乾燥機、コニカルドライヤー、ロータリーエバポレーター等の工業的に通常用いられる装置を用いて乾燥させることができる。
【実施例0091】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0092】
なお、特に雰囲気条件、温度条件を示していない処理については、大気中、25℃で行った。
【0093】
[3]評価方法
まず、以下の実施例および比較例の評価に用いた分析方法について、測定条件を以下にまとめて示す。
【0094】
[3-1]X線回折
装置:MX-Labo(Mac Science Co.Ltd)
X線:CuΚα(λ=1.54056オングストローム)
電流:25mA
電圧:40kV
試料:粉末
【0095】
[3-2]光ルミネセンス
装置:FP-6500(日本分光(株))
線源:150Wキセノンランプ
励起波長:254nm
試料:粉末
励起光(λex=254nm)を照射した際の発光光の強度を測定した。
【0096】
[3-3]拡散反射(紫外可視分光)
装置:V-700(日本分光(株))
線源:重水素ランプ、ハロゲンランプ
バンド幅:5nm
試料:粉末
線源を照射した際の900nmから200nmの範囲において、各波長の光の吸収をモニターした。
【0097】
[4]光学材料の製造
(実施例1)
まず、Cs源としてのCsCl粉末と、Zn源としてのZnCl粉末と、Cu源としてのCuCl粉末を用意し、これらを化学量論比に従い、秤量した。
このとき、銅イオンの賦活濃度が3mol%となるように、原料の比率を調整した。
【0098】
次に、メノウ乳鉢を用いて上記原料を混合し原料混合物を得た。
原料混合物をポリスチレン製の容器に入れて蓋をし、環境試験機を用いて、80℃、80%RHの環境下で48時間保持した。
【0099】
このとき、ZnClの吸湿作用により、大気中の水蒸気から、原料混合物中に水が取り込まれた。この取り込まれた水の量は、全原料混合物の約2質量%に相当する量であった。
【0100】
その後、得られた固体物質を室温まで放冷した。得られた生成物を篩分し、粉末状の光学材料を得た。
【0101】
(実施例2)
原料の比率を変えることにより、銅イオンの賦活濃度を5mol%となるようにした以外は、前記実施例1と同様にして光学材料を製造した。
【0102】
(実施例3)
原料の比率を変えることにより、銅イオンの賦活濃度を10mol%となるようにした以外は、前記実施例1と同様にして光学材料を製造した。
【0103】
(比較例1)
原料の比率を変えることにより、銅イオンの賦活濃度を1mol%となるようにした以外は、前記実施例1と同様にして光学材料を製造した。
【0104】
(比較例2)
混合工程を、実質的に水を含まないアルゴン雰囲気下で行った以外は、前記実施例1と同様にして光学材料を製造した。
【0105】
前記各実施例および各比較例で製造された光学材料について、前述の測定条件により、X線回折により結晶相を同定し、また、光ルミネセンスにより発光(蛍光)特性を評価し、また、拡散反射スペクトルにより、含有する銅の価数について評価した。
【0106】
これらのうち、実施例1および比較例2の光学材料の粉末X線回折パターンを図2に示し、実施例1~3および比較例1の光学材料の粉末X線回折パターンを図3に示し、実施例1、2および比較例1の光学材料の励起スペクトルおよび発光スペクトルを図4に示し、実施例1、2および比較例1の光学材料の拡散反射スペクトルを図6に示す。
【0107】
なお、図2に示すX線回折パターンでは、参考として、CsClについての粉末X線回折パターンも併せて示している。また、図2および図3に示すX線回折パターンでは、参考として、CsZnCl相についての粉末X線回折パターンのシミュレーション結果も併せて示している。このシミュレーション結果は、ISCD(データーベース)から引用したものである。また、図4では、破線で示す短波長側のスペクトルが励起スペクトルであり、実線で示す長波長側のスペクトルが発光スペクトルである。
【0108】
また、実施例1~3、比較例1の光学材料に、254nmの波長をもつ紫外線を照射した際の電子顕微鏡写真を図5に示す。
【0109】
[5]X線回折パターンの測定結果
図2に示すX線回折パターンの測定結果から、混合工程を、水蒸気を含む大気雰囲気下で行った実施例1の光学材料は、室温で固相反応が進行し、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含んでいることが確認された。
【0110】
これに対し、混合工程を、実質的に水を含まないアルゴン雰囲気下で行った比較例2では、原料であるCsClが主相で得られた。すなわち、水の非存在下では、反応が十分に進行していなかった。
【0111】
また、図3に示すように、銅イオンの賦活濃度を変えた場合であっても、混合工程を、水蒸気を含む大気雰囲気下で行った実施例1~3、比較例1の光学材料は、室温で固相反応が進行し、CsZnCl相を含んでいることが確認された。
【0112】
言い換えると、実施例1~3の光学材料は、一般式:CsZn1-xCuCl、0.03≦x≦0.10で表される相を主成分として有するものであった。
【0113】
また、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて粒子径を測定したところ、実施例1~3の光学材料は、平均粒径が1nm以上100nm以下のナノ粒子で構成されるものであることが確認された。
【0114】
[6]光ルミネセンスの測定結果
図4に示す光ルミネセンスの測定結果から、得られた光学材料は、紫外領域の光強度を主に有する光で励起することで、青色~緑色領域の発光を示した。銅イオンの賦活濃度が1%である比較例1では、青色(水色)の発光を示すが、賦活濃度が3mol%の実施例1および5mol%の実施例2では、緑色の発光を、より高い発光強度で示すことが分かる。
【0115】
また、図5に示す電子顕微鏡写真では、いずれの光学材料においても、強い発光を示したが、銅イオンの賦活濃度を1mol%とした比較例1の光学材料は、緑色の発光を示さず、青色(水色)の発光を示した。
【0116】
[7]拡散反射スペクトルの測定結果
図6に示す拡散反射スペクトルの測定結果から、すべての光学材料において、一価の銅が示す特徴的なスペクトルが観測された。このことから、比較的低温で反応を行うことにより、銅の酸化が抑制され、銅イオンは主に一価の銅として存在していることが確認された。
【0117】
また、混合工程での処理温度を10℃以上100℃以下の範囲内で種々変更し、混合工程での処理時間を6時間以上96時間以下の範囲内で種々変更した以外は、前記実施例1~3および比較例1、2と同様にして発光材料を製造し、これらについて、前記と同様に評価を行ったところ、対応する実施例、比較例と同様の結果が得られた。
【0118】
また、混合工程を、全量混合物中に液状の水を0.1質量%以上20質量%以下の割合で含ませ、かつ、実質的に水を含まないアルゴン雰囲気下で行った以外は、前記実施例1~3および比較例1と同様にして発光材料を製造し、これらについて、前記と同様に評価を行ったところ、対応する実施例、比較例と同様の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の光学材料は、銅イオンで賦活されたCsZnCl相を含み、銅イオンの賦活濃度が3mol%以上10mol%以下である。
【0120】
このような光学材料は、例えば、紫外線を吸収して高い発光強度で緑色の発光(蛍光)を示す。したがって、本発明の光学材料は、産業上の利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6