(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127306
(43)【公開日】2023-09-13
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20230906BHJP
【FI】
H01B7/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031016
(22)【出願日】2022-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】309019534
【氏名又は名称】住友電工ウインテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】太田 槙弥
(72)【発明者】
【氏名】持田 博紹
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健吾
【テーマコード(参考)】
5G309
【Fターム(参考)】
5G309MA02
(57)【要約】
【課題】低誘電率であり、可とう性に優れる絶縁電線を提供することを課題とする。
【解決手段】本開示の一態様に係る絶縁電線は、導体と、上記導体を被覆する絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層が樹脂マトリックスと複数の気孔とを含有し、上記樹脂マトリックスの主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドであり、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合が18%以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、上記導体を被覆する絶縁層とを備える絶縁電線であって、
上記絶縁層が樹脂マトリックスと複数の気孔とを含有し、
上記樹脂マトリックスの主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドであり、
上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合が18%以下である絶縁電線。
【請求項2】
上記ポリイミドを構成する炭素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子数の割合が5%以下である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
上記芳ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する第3級炭素原子に結合する水素原子数及び第2級炭素原子に結合する水素原子数の合計の割合が15%以下である請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
上記気孔が熱分解性樹脂含有粒子に由来する請求項1、請求項2又は請求項3に記載の絶縁電線。
【請求項5】
上記ポリイミドのイミド基濃度が28質量%以上37質量%以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項6】
上記芳香族ジアミンが2つの芳香環がエーテル結合で連結した部分構造を少なくとも1つ有する請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項7】
上記絶縁層における気孔率が20体積%以上65体積%以下である請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項8】
上記絶縁電線がマグネットワイヤである請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、塗膜構成樹脂と、上記塗膜構成樹脂の焼付温度よりも低い温度で分解する熱分解性樹脂とを含む絶縁ワニス、及び上記絶縁ワニスの加熱硬化膜を有する絶縁電線であって、上記加熱硬化膜には熱分解性樹脂の熱分解に基づく空孔が形成されている絶縁電線が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様に係る絶縁電線は、導体と、上記導体を被覆する絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層が樹脂マトリックスと複数の気孔とを含有し、上記樹脂マトリックスの主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドであり、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合が18%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態に係る絶縁電線を示す模式的断面図である。
【
図2】
図2は、実施例における比誘電率の測定方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモーター等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁層表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。部分放電の発生により、局部的な温度上昇、オゾンの発生、イオンの発生等が引き起こされると、早期に絶縁破壊を生じ、絶縁電線ひいては電気機器の寿命が短くなる。そのため、部分放電の発生を抑制することが求められており、その手法として絶縁層の低誘電率化を図ることが検討されている。絶縁層の低誘電率化を図る手法の一つとして、上記特許文献1では、絶縁皮膜に気孔を形成する技術が提案されている。
【0007】
絶縁層における気孔率を高めると絶縁層の低誘電率化を図ることができるが、その一方で絶縁層の可とう性が低下するおそれがある。そのため、絶縁層の気孔率の上昇に伴う可とう性の低下が抑制された絶縁電線が求められている。
【0008】
本開示は、このような事情に基づいてなされたものであり、低誘電率であり、可とう性に優れる絶縁電線を提供することを課題とする。
【0009】
[本開示の効果]
本開示の一態様に係る絶縁電線は、低誘電率であり、可とう性に優れる。
【0010】
[本開示の実施態様の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0011】
本開示の一態様に係る絶縁電線は、導体と、上記導体を被覆する絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層が樹脂マトリックスと複数の気孔とを含有し、上記樹脂マトリックスの主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドであり、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合が18%以下である。
【0012】
「主成分」とは、質量換算で最も含有量が多い成分をいう。すなわち、「樹脂マトリックスの主成分」とは、樹脂マトリックスを構成する成分のうち質量換算で最も含有量が多い成分を意味する。
【0013】
当該絶縁電線は、低誘電率であり、可とう性に優れる。より詳細には、当該絶縁電線は、低誘電率化と可とう性とのバランスが図られている。限定的な解釈を望むものではないが、当該絶縁電線は、絶縁層が複数の気孔を含有することにより低誘電率化が図られており、上記絶縁層の主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドであり、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合が18%であることにより優れた可とう性を発揮する。
【0014】
上記ポリイミドを構成する炭素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子数の割合が5%以下であることが好ましい。この場合、可とう性をより向上させることができる。
【0015】
上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する第3級炭素原子に結合する水素原子数及び第2級炭素原子に結合する水素原子数の合計の割合が15%以下であることが好ましい。この場合、可とう性をより向上させることができる。
【0016】
上記気孔が熱分解性樹脂含有粒子に由来することが好ましい。この場合、絶縁層を形成する樹脂マトリックスの海相に微小粒子の島相となって均等分布でき、独立気孔を形成することができる。
【0017】
上記ポリイミドのイミド基濃度が28質量%以上37質量%以下であることが好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより図ることができるとともに、絶縁層の機械的強度を向上させることができる。「イミド基濃度」とは、ポリイミドにおいて、芳香族テトラカルボン酸二無水物に由来する構造単位と芳香族ジアミンに由来する構造単位とからなる繰り返し単位を構成する全原子量に対するイミド基の含有割合(質量基準)を意味する。
【0018】
上記芳香族ジアミンが2つの芳香環がエーテル結合で連結した部分構造を少なくとも1つ有することが好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより図ることができる。
【0019】
上記絶縁層における気孔率が20体積%以上65体積%以下であることが好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより図ることができるとともに、絶縁層の機械的強度を向上させることができる。「気孔率」とは、気孔を含む絶縁層の体積に対する気孔の容積の百分率を意味する。
【0020】
当該絶縁電線は、マグネットワイヤとして好適に用いることができる。「マグネットワイヤ」とは、コイル用巻線として用いられる絶縁電線を意味する。
【0021】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の一実施形態に係る絶縁電線について図面を参照しつつ詳説する。
【0022】
<絶縁電線>
図1に示す絶縁電線1は、導体2と、上記導体2を被覆する絶縁層3とを備える。上記絶縁層3は樹脂マトリックスと複数の気孔4とを含有する。
【0023】
絶縁電線1の断面形状としては特に制限されず、例えば円形状(丸線)、楕円形状、正方形状(角線)、長方形状(平角線)等が挙げられる。絶縁電線1の断面形状が長方形状、換言すると平角線であることが好ましい。この場合、コイル加工の際に絶縁電線1を高密度に巻き付けることができる。また、絶縁電線1の断面形状と後述する導体2の断面形状とは同種の形状であることが好ましい。
【0024】
絶縁電線1は、マグネットワイヤとして好適に用いることができる。
【0025】
〔導体〕
導体2の断面形状としては、例えば円形状(丸線)、楕円形状、正方形状、長方形状等が挙げられる。絶縁電線1を平角線とする場合、導体2の断面形状が長方形状であることが好ましい。
【0026】
導体2の材質としては、導電率が高くかつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。導体2は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0027】
導体2の平均断面積の下限としては、0.01mm2が好ましく、0.1mm2がより好ましい。この場合、当該絶縁電線における導体2に対する絶縁層3の体積を適度なものとすることができ、当該絶縁電線を用いて形成されるコイル等の体積効率を向上させることができる。導体2の平均断面積の上限としては、20mm2が好ましく、10mm2がより好ましい。この場合、誘電率を十分に低下させるために絶縁層3を厚く形成する必要性を低くすることができ、当該絶縁電線の不必要な大径化を回避することができる。
【0028】
〔絶縁層〕
絶縁層3は、導体2を被覆するように導体2の外周面に積層される。絶縁層3は、1又は複数の層から構成される。例えば、絶縁層3を後述する方法(樹脂ワニスの塗工及び焼き付けを複数回繰り返す方法)で形成する場合、同種の樹脂ワニスを用いて形成した絶縁層は同一の絶縁層とみなす。
【0029】
絶縁層3は、樹脂マトリックスと、上記樹脂マトリックス中に散在する複数の気孔4とを含有する。
【0030】
上記樹脂マトリックスの主成分が芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体に由来するポリイミドである。ポリイミド前駆体は、ポリアミック酸(ポリアミド酸)とも称される化合物である。ポリイミド前駆体は、脱水環化反応により環状イミドを形成し、ポリイミドとなる。
【0031】
上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合(以下、「非芳香環C-H結合含有率」ともいう)は18%以下である。
【0032】
限定的な解釈を望むものではないが、樹脂ワニスを硬化させる際や気孔を形成する際に発生するラジカルが、ポリイミド前駆体、その硬化物であるポリイミド又はその原料である芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミン(以下、「ポリイミド前駆体等」ともいう)における芳香環を構成しない炭素原子と水素原子との結合から水素原子を奪い炭素ラジカル(C・)を発生させる。この炭素ラジカルは、空気中の酸素と反応してカルボン酸ラジカル(COO・)を発生させる。そして、このカルボン酸ラジカルは、ポリイミド前駆体等における芳香環を構成しない炭素原子と水素原子との結合から水素原子を奪い、カルボン酸基(COOH)を発生させる。カルボン酸基は誘電率が高いことから、絶縁層の誘電率の上昇を招いてしまう。また、上記発生した炭素ラジカルは、他のポリイミド前駆体又はポリイミドにおける炭素ラジカルと反応し、ポリイミド前駆体又はポリイミドの重合体鎖同士の望まない架橋を形成し、絶縁層の可とう性の低下を招くものと考えられる。
【0033】
よって、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数の割合を18%以下とすることにより、上述のようなラジカルの発生や影響を抑制し、低誘電率化及び可とう性の向上を図ることができると考えられる。
【0034】
「芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数」は、例えばジアミノジフェニルエーテルの場合、芳香環を構成しない炭素原子が存在しないため、「芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数」は0とカウントする。また、例えば2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンの場合、芳香環を構成しない炭素原子は3つ存在しており、このうち2つの炭素原子にそれぞれ3つの水素原子が結合しているため、「芳香環を構成しない炭素原子に結合する水素原子数」は6とカウントする。
【0035】
上記非芳香環C-H結合含有率の上限としては、18%であり、16%が好ましく、15%がより好ましく、14%がさらに好ましく、10%がより一層好ましく、5%が特に好ましい。この場合、低誘電率化及び可とう性の向上をより図ることができる。上記非芳香環C-H結合含有率の下限としては、0%である。
【0036】
上記ポリイミドを構成する炭素原子数に対する芳香環を構成しない炭素原子数の割合(以下、「非芳香環C原子含有率」ともいう)が5%以下であることが好ましい。この場合、可とう性をより向上させることができる。上記非芳香環C原子含有率の上限としては、4%がより好ましい。
【0037】
また、上記ポリイミドを構成する炭素原子に結合する水素原子数の合計に対する第3級炭素原子に結合する水素原子数及び第2級炭素原子に結合する水素原子数の合計の割合が15%以下であることが好ましい。この場合、可とう性をより向上させることができる。
【0038】
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、上記非芳香環C-H結合含有率の範囲を満たす範囲において適宜選択することができる。例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s-BPDA)、2,3,3’,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(a-BPDA)、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(i-BPDA)等のビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物、2,2’,3,3’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。上記芳香族テトラカルボン酸二無水物は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0039】
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、PMDA、BPDA又はこれらの組合せが好ましく、PMDA、s-BPDA又はこれらの組合せがより好ましい。この場合、当該絶縁電線の可とう性をより向上させることができる。また、当該絶縁電線の耐熱性を向上させることができる。
【0040】
上記芳香族ジアミンとしては、上記非芳香環C-H結合含有率の範囲を満たす範囲において適宜選択することができる。例えば、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-ODA)、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル(3,4’-ODA)、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル(3,3’-ODA)、2,4’-ジアミノジフェニルエーテル(2,4’-ODA)、2,2’-ジアミノジフェニルエーテル(2,2’-ODA)等のジアミノジフェニルエーテル(ODA)、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’-ジアミノジフェニルメタン、2,4’-ジアミノジフェニルメタン、2,2’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、2,4’-ジアミノジフェニルスルホン、2,2’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,2’-ジアミノジフェニルスルフィド、パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、p-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、2,2’-ジメチル-4,4’-ジアミノビフェニル(mTBHG)、1,5-ジアミノナフタレン、4,4’-ベンゾフェノンジアミン、3,3’-ジメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’,5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。上記芳香族ジアミンは、1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0041】
上記芳香族ジアミンとしては、2つの芳香環がエーテル結合で連結した部分構造を少なくとも1つ有するものが好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより図ることができる。また、上記部分構造を2以上有することがより好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより一層図ることができる。
【0042】
「2つの芳香環がエーテル結合で連結した部分構造」は、例えばジアミノジフェニルエーテルの場合は「1」とカウントし、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンの場合や、「4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル」の場合は「2」とカウントする。また、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンの場合は「2」とカウントする。
【0043】
上記芳香族ジアミンとしては、ODA、BAPB又はこれらの組合せが好ましく、4,4’-ODA、BAPB又はこれらの組合せがより好ましい。この場合、当該絶縁電線の可とう性をより向上させることができる。また、当該絶縁電線の耐熱性を向上させることができる。
【0044】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとのモル比(芳香族テトラカルボン酸二無水物:芳香族ジアミン)としては、ポリイミド前駆体の合成容易性の観点から、例えば95:105以上105:95以下、より好ましくは97:103以上103:97以下、さらにより好ましくは99:101以上101:99以下とすることができる。また、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとは実質的に当モル量であることが好ましい。この場合、ポリイミド前駆体の分子量を簡便に大きくすることができる。「実質的に当モル量」とは、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとのモル比(芳香族テトラカルボン酸二無水物:芳香族ジアミン)が99:101以上101:99以下の範囲をいう。
【0045】
上記ポリイミドのイミド化濃度としては、28質量%以上37質量%以下であることが好ましい。この場合、絶縁層の低誘電率化をより図ることができるとともに、絶縁層の機械的強度を向上させることができる。
【0046】
上記ポリイミドの重量平均分子量の下限としては、15,000であり、16,000が好ましい。この場合、絶縁層3の可とう性をより向上することができる。上記ポリイミドの重量平均分子量の上限としては、100,000が好ましく、50,000がより好ましい。この場合、樹脂ワニスの粘度を適度に調整することができ、絶縁層3を形成しやすくできる。ポリイミドの「重量平均分子量」は、JIS-K7252-1(2008)の「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠してゲル浸透クロマトグラフィーによりポリスチレン換算で測定した値をいう。
【0047】
(ポリイミド前駆体の合成方法)
上記ポリイミド前駆体は、上述した芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの重合縮合反応により得ることができる。上記重合縮合反応の方法としては、従来のポリイミド前駆体の合成と同様とすることができる。上記重合縮合反応の具体的な方法としては、例えば芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを有機溶剤中で混合する方法等が挙げられる。この方法により、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとが重合し、ポリイミド前駆体が有機溶剤に溶解した溶液を得ることができる。
【0048】
上記重合の際の反応条件としては、使用する原料等により適宜設定すればよいが、例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0049】
上記重合縮合反応に用いる有機溶媒としては、後述する樹脂ワニスが含有する溶媒と同様のものが挙げられる。
【0050】
絶縁層3の平均厚さの下限としては、5μmが好ましく、10μmがより好ましい。この場合、絶縁電線1の絶縁性を向上させることができる。絶縁層3の平均厚さの上限としては、200μmが好ましく、100μmがより好ましい。この場合、絶縁電線1を用いて形成されるコイル等の体積効率を向上させることができる。
【0051】
絶縁層3の気孔率の下限としては、20体積%が好ましく、25体積%がより好ましい。この場合、絶縁層3の低誘電率化をより図ることができる。絶縁層3の気孔率の上限としては、65体積%が好ましく、50体積%がより好ましい。この場合、絶縁層3の機械的強度を向上させることができる。
【0052】
絶縁層3は、上記成分以外の他の成分を含有することができる。上記他の成分としては、絶縁電線の絶縁層に配合される添加剤であれば特に制限されず、例えばフィラー、酸化防止剤、レベリング剤、硬化剤、接着助剤等が挙げられる。
【0053】
〔気孔〕
気孔4は、熱分解性樹脂含有粒子に由来することが好ましい。気孔4は、上記熱分解性樹脂含有粒子の熱分解によりガス化し、絶縁層3内の熱分解性樹脂含有粒子が存在していた部分に気孔4が形成される。この場合、絶縁層3を形成する樹脂マトリックスの海相に微小粒子の島相となって均等分布でき、独立気孔を形成することができる。
【0054】
熱分解性樹脂含有粒子が含有する熱分解性樹脂としては、絶縁層3の樹脂マトリックスの主成分のポリイミドの焼付温度よりも低い温度で熱分解する樹脂がより好ましい。上記焼付温度は、ポリイミドの種類に応じて適宜設定されるが、通常200℃以上600℃以下程度である。従って、熱分解性樹脂の熱分解温度の下限としては200℃が好ましく、上限としては400℃が好ましい。「熱分解温度」とは、空気雰囲気下で室温から10℃/分で昇温し、質量減少率が50%となるときの温度を意味する。熱分解温度は、熱重量測定-示差熱分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)の「TG/DTA」)を用いて熱重量を測定することにより測定できる。
【0055】
好ましい熱分解性樹脂の具体例としては、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどの片方、両方の末端又は一部をアルキル化、(メタ)アクリレート化又はエポキシ化した化合物、ポリ(メタ)アクリル酸メチル、ポリ(メタ)アクリル酸エチル、ポリ(メタ)アクリル酸プロピル、ポリ(メタ)アクリル酸ブチルなどの炭素数1~6のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステルの重合体、ウレタンオリゴマー、ウレタンポリマー、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、ε-カプロラクトン(メタ)アクリレートなどの変性(メタ)アクリレートの重合物、ポリ(メタ)アクリル酸、これらの架橋物、ポリスチレン、架橋ポリスチレン等が挙げられる。これらの中でも、上記焼付温度で熱分解しやすく絶縁層3に気孔4を形成させやすい点において、炭素数1~6のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステルの重合体が好ましい。このような(メタ)アクリル酸エステルの重合体として、例えばポリメチルメタクリレート(PMMA)が挙げられる。「(メタ)アクリル酸」との表記は、「アクリル酸」及び「メタクリル酸」の両方を包含するものである。
【0056】
上記熱分解性樹脂含有粒子は球状であることが好ましい。上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径の下限としては、0.1μmが好ましく、0.5μmがより好ましく、1μmがさらに好ましい。この場合、絶縁層3に気孔4を形成しやすくなる。上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径の上限としては、100μmが好ましく、50μmがより好ましく、30μmがさらに好ましく、10μmが特に好ましい。この場合、絶縁層3表面に凹凸が生じるのを抑制することができる。「熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径」とは、レーザー回折式粒度分布測定装置で測定した粒度分布において、最も高い含有割合を示す粒径を意味する。
【0057】
上記熱分解性樹脂含有粒子としては、上記熱分解性樹脂のみからなる粒子であってもよいが、上記熱分解性樹脂を主成分とするコアと、上記熱分解性樹脂の熱分解温度よりも高い熱分解温度を有する樹脂を主成分とするシェルとを有するコアシェル構造の中空形成粒子が好ましい。この場合、気孔4の連通を抑制することができ、気孔4の大きさのばらつきを小さくすることができる。
【0058】
上記熱分解性樹脂含有粒子が上記コアシェル構造の中空形成粒子である場合、気孔4は周縁部にコアシェル構造の中空形成粒子のシェルに由来する外殻を備える。
【0059】
上記シェルの主成分としては、上記コアよりも熱分解温度が高い材料であれば特に制限されず、誘電率が低く、耐熱性が高い合成樹脂が好ましい。例えばポリスチレン、シリコーン、フッ素樹脂、ポリイミド等が挙げられる。中でも、弾性を高めやすく、これにより絶縁層3中の気孔4の分散性を向上しやすく、絶縁性及び耐熱性に優れるシリコーンが好ましい。「フッ素樹脂」とは、高分子鎖の繰り返し単位を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも1つが、フッ素原子又はフッ素原子を有する有機基(以下「フッ素原子含有基」ともいう)で置換されたものをいう。フッ素原子含有基は、直鎖状又は分岐状の有機基中の水素原子の少なくとも1つがフッ素原子で置換されたものであり、例えばフルオロアルキル基、フルオロアルコキシ基、フルオロポリエーテル基等を挙げることができる。また、絶縁性を損なわない範囲で外殻には金属が含まれてもよい。
【0060】
外殻は内外を貫通する欠損を一部に有することが好ましい。絶縁電線1では、ガス化したコアがこの欠損を通って外部に放出されることで外殻内に気孔4を形成することができる。この欠損の形状は、シェルの材質や形状によって変化するが、外殻による気孔4の連通防止効果を高める観点から、亀裂、割れ目又は孔が好ましい。絶縁層3は、欠損のない外殻を含んでいてもよい。ガス化したコアのシェル外部への放出条件によってはシェルに欠損が形成されない場合もある。
【0061】
絶縁層3は、気孔4の分散性を向上する点から全ての気孔4の周縁部に外殻を有することが好ましいが、一部に外殻に被覆されない気孔4を含んでいてもよい。絶縁層3における全気孔4の存在個数に対する外殻を有する気孔4の存在個数の割合の下限としては、70%が好ましく、90%がより好ましく、100%が最も好ましい。この場合、絶縁層3中における気孔4の分散性を向上させることができ、複数の気孔4の連通を抑制することができる。
【0062】
外殻は、外面に複数の凸部を有することが好ましい。外殻は、ラズベリー状又はこんぺいとう状の外形を有することが好ましい。この場合、絶縁層3中における気孔4の分散性を向上させることができ、複数の気孔4の連通を抑制することができる。
【0063】
外殻1個の単位面積(14μm2)当たりの凸部の平均存在個数の下限としては、5個が好ましく、10個がより好ましい。この場合、絶縁層3における気孔4の分散性をより向上させることができる。上記存在個数の上限としては、200個が好ましく、100個がより好ましい。この場合、外殻に上述の欠損を形成しやすくなる。
【0064】
複数の凸部の平均高さhの下限としては、0.01μmが好ましく、0.05μmがより好ましい。この場合、絶縁層3における気孔4の分散性をより向上させることができる。複数の凸部5の平均高さhの上限としては、0.5μmが好ましく、0.4μmがより好ましい。この場合、絶縁層3中における気孔4の間隔を適度なものとすることができ、絶縁層3の気孔率を十分に高めることができる。
【0065】
複数の凸部の底部における平均径dの下限としては、0.05μmが好ましく、0.1μmがより好ましい。この場合、隣接する外殻の凸部同士を干渉させやすくなり、絶縁層3における気孔4の分散性をより向上させることができる。複数の凸部の底部における平均径dの上限としては、1.0μmが好ましく、0.5μmがより好ましい。この場合、外殻における凸部以外の領域を適度に確保することができ、欠損を形成しやすくなる。「凸部の底部における径」とは、凸部の底部の外縁の内部領域を等面積の真円に換算した場合の直径をいう。「凸部の底部における平均径」とは、任意に抽出した10個の凸部の底部における径の平均値をいう。
【0066】
外殻4の平均厚さの上限としては、0.2μmが好ましく、0.1μmがより好ましい。この場合、低誘電率化を図りつつ、可とう性をより向上させることができる。外殻の平均厚さの下限としては特に限定されず、例えば0.01μmとすることができる。「外殻の平均厚さ」とは、複数の凸部を除く部分の平均厚さを意味する。また、外殻は、1層で形成されていてもよく、複数の層で形成されていてもよい。外殻が複数の層で形成される場合、上記平均厚さは、複数の層全体の平均厚さを意味する。
【0067】
絶縁層3は、気孔4の分散性を向上する点からは全ての外殻の外面に複数の凸部が形成されていることが好ましいが、凸部を有しない外殻が一部に存在していてもよい。絶縁層3における全外殻の存在個数に対する凸部を有する外殻の存在個数の割合の下限としては、70%が好ましく、90%がより好ましく、100%がさらに好ましい。この場合、絶縁層3中における気孔4の分散性を向上させることができ、複数の気孔4の連通を抑制することができる。
【0068】
外殻は、上記中空形成粒子のコアが除去されて中空となったシェルで構成される。つまり、気孔4はコアシェル構造の中空形成粒子のコアに由来し、外殻はこの中空形成粒子のシェルに由来する。
【0069】
中空形成粒子の凸部を除く部分のCV値の上限としては、30%が好ましく、20%がより好ましい。この場合、気孔サイズの違いで生じる気孔部分での電荷集中による絶縁性低下や加工応力の集中による絶縁層の強度低下を抑制できる。上記CV値の下限としては特に制限されず、例えば1%とすることができる。「CV値」とは、JIS-Z8825(2013)に規定される変動変数を意味する。
【0070】
<絶縁電線の製造方法>
絶縁電線1は、導体2の外周側に、熱分解性樹脂含有粒子を含有する樹脂ワニスを塗工する工程(塗工工程)と、上記塗工工程で塗工された樹脂ワニスを硬化する工程(硬化工程)とを備える方法により製造することができる。
【0071】
〔塗工工程〕
上記塗工工程では、後述する樹脂ワニスを導体2の外周側に塗布する。上記樹脂ワニスを塗工する方法としては、例えば上記樹脂ワニスを貯留した貯留槽と塗工ダイスとを備える塗工装置を用いた方法等が挙げられる。この塗布装置によれば、導体2が貯留槽内を挿通することで樹脂ワニスが導体2の外周側に付着し、その塗工ダイスを通過することでこの樹脂ワニスが略均一な厚さで塗布される。
【0072】
〔加熱工程〕
上記硬化工程では、上記塗工工程で塗布された樹脂ワニスを加熱する。上記硬化工程によって、上記樹脂ワニスを導体2の外周側に焼き付けることで、導体2の外周側に絶縁層3が積層される。上記硬化工程の法としては、特に限定されないが、熱風加熱、赤外線加熱、高周波加熱やUV照射等、従来公知の方法が挙げられる。加熱工程における加熱温度としては、通常200℃以上600℃以下である。
【0073】
上記塗工工程及び硬化工程を複数回繰り返して行うことが好ましい。つまり、絶縁層3は、複数の焼付層の積層体として構成されることが好ましい。このように絶縁層3が複数の焼付層の積層体として構成される場合、焼付層毎に気孔4が形成されるので、気孔4の分散性が高まりやすい。
【0074】
<樹脂ワニス>
樹脂ワニスは、ポリイミド前駆体と、上記ポリイミド前駆体に分散する熱分解性樹脂含有粒子と、溶媒とを含有する。樹脂ワニスは、上記成分以外の他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、例えば硬化を促進する塩基化合物やラジカル発生剤などが挙げられる。
【0075】
ポリイミド前駆体は、絶縁層3の樹脂マトリックスを形成する成分である。ポリイミド前駆体は上記<絶縁電線>の項において説明している。
【0076】
熱分解性樹脂含有粒子は、上記<絶縁電線>の項において説明している。
【0077】
溶媒としては、絶縁電線の絶縁層形成用樹脂ワニスに従来より用いられている公知の有機溶媒を用いることができる。具体的には、例えばN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ-ブチロラクトンなどの極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどのケトン類、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチルなどのエステル類、ジエチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールジメチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類、ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素類、ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素類、クレゾール、クロルフェノールなどのフェノール類、ピリジンなどの第三級アミン類等が挙げられ、これらの有機溶媒はそれぞれ単独であるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0078】
上記樹脂ワニスの樹脂固形分濃度の下限としては、15質量%が好ましく、20質量%がより好ましく、30質量%がさらに好ましい。この場合、樹脂ワニスを用いて絶縁層を形成する際に所望の厚さの絶縁層を得るために製造工程全体で必要となる樹脂ワニス量を低下させることや、塗工工程及び加熱工程の回数を低減させることができる。上記樹脂ワニスの樹脂固形分濃度の上限としては、50質量%が好ましく、40質量%がより好ましい。この場合、樹脂ワニスの粘度を適度に調節することができ、保存安定性や塗工性を向上させることができる。
【0079】
[その他の実施形態]
今回開示された実施形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0080】
上記実施形態においては、1層の絶縁層が導体の外周面に積層される絶縁電線について説明したが、複数の絶縁層が導体の外周面に積層される絶縁電線としてもよい。つまり、
図1の導体2と絶縁層3との間に1又は複数の絶縁層が積層されてもよいし、
図1の絶縁層3の外周面に1又は複数の絶縁層が積層されてもよいし、
図1の絶縁層3の外周面及び内周面の両方に1又は複数の絶縁層が積層されてもよい。
【0081】
また、当該絶縁電線において、導体と絶縁層との間にプライマー処理層等のさらなる層が設けられてもよい。プライマー処理層は、層間の密着性を高めるために設けられる層であり、例えば公知の樹脂組成物により形成することができる。
【0082】
導体と絶縁層との間にプライマー処理層を設ける場合、このプライマー処理層を形成する樹脂組成物は、例えばポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエステル及びフェノキシ樹脂の中の一種又は複数種の樹脂を含むとよい。また、プライマー処理層を形成する樹脂組成物は、密着向上剤等の添加剤を含んでもよい。このような樹脂組成物によって導体と絶縁層との間にプライマー処理層を形成することで、導体と絶縁層との間の密着性を向上することが可能であり、その結果、当該絶縁電線の可撓性や耐摩耗性、耐傷性、耐加工性などの特性を効果的に高めることができる。
【0083】
プライマー処理層を形成する樹脂組成物は、上記樹脂と共に他の樹脂、例えばエポキシ樹脂、メラミン樹脂等を含んでもよい。また、プライマー処理層を形成する樹脂組成物に含まれる各樹脂として、市販の液状組成物(絶縁ワニス)を使用してもよい。
【0084】
プライマー処理層の平均厚さの下限としては、1μmが好ましく、2μmがより好ましい。一方、プライマー処理層の平均厚さの上限としては、30μmが好ましく、20μmがより好ましい。
【0085】
また、上記実施形態では、熱分解性樹脂を用いて絶縁層内に気孔を生成させる製造方法について説明したが、熱分解性樹脂の代わりに発泡剤や熱膨張性マイクロカプセルを樹脂ワニスに混合し、発泡剤や熱膨張性マイクロカプセルにより絶縁層3内に気孔4を形成してもよい。例えば絶縁層を形成する樹脂を溶剤で希釈したものを熱膨張性マイクロカプセルと混合して絶縁層形成用ワニスを調製し、この絶縁層形成用樹脂ワニスの導体2の外周面への塗工及び焼付けにより絶縁層3を形成してもよい。焼付けの際に、樹脂ワニスに含まれる熱膨張性マイクロカプセルが膨張又は発泡することによって絶縁層3内に気孔4が形成される。
【0086】
熱膨張性マイクロカプセルは、熱膨張剤からなる芯材(内包物)と、芯材を包む外殻とを有する。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤は、加熱により膨張又は気体を発生するものであればよく、その原理は問わない。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤としては、例えば低沸点液体、化学発泡剤又はこれらの混合物を使用することができる。
【0087】
低沸点液体としては、例えばブタン、i-ブタン、n-ペンタン、i-ペンタン、ネオペンタン等のアルカンや、トリクロロフルオロメタン等のフレオン類などが好適に用いられる。また、化学発泡剤としては、加熱によりN2ガスを発生するアゾビスイソブチロニトリル等の熱分解性を有する物質が好適に用いられる。
【0088】
熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度、つまり低沸点液体の沸点又は化学発泡剤の熱分解温度としては、後述する熱膨張性マイクロカプセルの外殻の軟化温度以上とされる。より詳しくは、熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度の下限としては、60℃が好ましく、70℃がより好ましい。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度の上限としては、200℃が好ましく、150℃がより好ましい。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度が上記下限に満たない場合、絶縁電線の製造時、輸送時又は保管時に熱膨張性マイクロカプセルが意図せず膨張してしまうおそれがある。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度が上記上限を超える場合、熱膨張性マイクロカプセルを膨張させるために必要なエネルギーコストが過大となるおそれがある。
【0089】
熱膨張性マイクロカプセルの外殻は、熱膨張剤の膨張時に破断することなく膨張し、発生したガスを包含するマイクロバルーンを形成できる延伸性を有する材質から形成される。熱膨張性マイクロカプセルの外殻を形成する材質としては、通常は、熱可塑性樹脂等の高分子を主成分とする樹脂組成物が用いられる。
【0090】
熱膨張性マイクロカプセルの外殻の主成分とされる熱可塑性樹脂としては、例えば塩化ビニル、塩化ビニリデン、アクリロニトリル、アクリル酸、メタアクリル酸、アクリレート、メタアクリレート、スチレン等の単量体から形成された重合体、あるいは2種以上の単量体から形成された共重合体が好適に用いられる。好ましい熱可塑性樹脂の一例としては、塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合体が挙げられ、この場合の熱膨張剤の膨張開始温度は、80℃以上150℃以下とされる。
【実施例0091】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0092】
<樹脂ワニスの調製及び絶縁電線の作製>
樹脂ワニスの調製に用いた各成分の略称を以下に示す。
(芳香族テトラカルボン酸二無水物)
PMDA:ピロメリット酸二無水物
BPDA:3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物
BPADA:4,4’-(4,4’-イソプロピリデンジフェノキシ)ジフタル酸二無水物
(芳香族ジアミン)
ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル
BAPB:4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル
TPE-R:1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン
BAPP:2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン
ビスアニリンP:1,4-ビス[2-(4-アミノフェニル)-2-プロピル]ベンゼン
【0093】
[No.1]
(樹脂ワニスの調製)
芳香族ジアミンとしてのODA及びBAPBをNMPに溶解させた。ODAとBAPBとの混合比(モル比)は65:35とした。芳香族テトラカルボン酸二無水物としてのPMDAを、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの混合比(モル比)が100:100となるように加えた。窒素雰囲気下で攪拌しながら30℃で3時間反応させ、ポリイミド前駆体を合成した。得られたポリイミド前駆体100質量部に対し、絶縁層の気孔率が計算値で40体積%となる量の熱分解性樹脂含有粒子を添加し、樹脂ワニスNo.1を調製した。熱分解性樹脂含有粒子として、コアがPMMA粒子であり、シェルがシリコーンである平均粒子径3μmのコアシェル粒子を用いた。
【0094】
(絶縁電線の作製)
導体として、平均直径1mmの丸線状の銅線を用いた。樹脂ワニスNo.1を上記導体の表面に塗工し、上記樹脂ワニスNo.1を塗工した導体を加熱炉の設定温度500℃で加熱する工程を繰り返し行うことで平均厚さ30μmの絶縁層を形成し、絶縁電線No.1を作製した。
【0095】
[No.2~8]
下記表1に示す種類及び使用量の各成分を用いたこと以外はNo.1と同様にして樹脂ワニスNo.2~8を調製し、絶縁電線No.2~8を作製した。
【0096】
[比誘電率の測定]
上記作製した絶縁電線No.1~8について、絶縁層の比誘電率を測定した。
図2は、誘電率の測定方法を説明するための模式図である。
図2では、絶縁電線に
図1と同一符号を付している。まず、絶縁電線の表面3カ所に銀ペーストPを塗布すると共に、絶縁電線の一端側の絶縁層3を剥離して導体2を露出させた測定用のサンプルを作製した。ここで、絶縁電線の表面3カ所に塗布した銀ペーストPの絶縁電線長手方向の塗布長さは、長手方向に沿って順に10mm、100mm及び10mmとした。長さ10mmで塗布した2カ所の銀ペーストPを接地し、これらの2カ所の銀ペーストの間に塗布した長さ100mmの銀ペーストPと上記露出させた導体2との間の静電容量をLCRメータMで測定した。この測定した静電容量及び絶縁層3の平均膜厚から絶縁層3の比誘電率を算出した。なお、上記比誘電率の測定は、105℃で1時間加熱した後にn=3で実施し、その平均値を求めた。測定結果を下記表1に示す。
【0097】
[可とう性の評価]
上記作製した絶縁電線No.1~8について、下記の方法に従って可とう性を評価した。絶縁電線について自己径巻付けを行い、絶縁層の亀裂や割れの有無を目視で確認した。自己径巻付けとしては、直径1mmの芯棒に10回巻き付ける操作を行った。可とう性の評価は、絶縁層に亀裂や割れが確認されなかった場合を「A(良好)」と、絶縁層に亀裂や割れが確認された場合を「B(不良)」と評価した。評価結果を下記表1に示す。
【0098】
[部分放電開始電圧の測定]
上記作製した絶縁電線No.1~8について、下記の方法に従って絶縁層の部分放電開始電圧(PDIV)を測定した。絶縁電線2本を撚り合わせ、2本の絶縁電線の両端に交流電圧を加え、10V/秒で昇圧し、50pC以上の放電が3秒間続いたときの電圧をPDIVとした。測定結果を下記表1に示す。
【0099】
下記表1中、「酸無水物」は「芳香族テトラカルボン酸二無水物」を、「ジアミン」は「芳香族ジアミン」をそれぞれ意味する。また、「酸無水物」及び「ジアミン」の行において、数値の単位はモル%であり、「-」は該当する成分を使用していないことを示す。
【0100】
【0101】
表1の結果から、絶縁電線No.1~5は、低誘電率であり、可とう性に優れることが分かる。