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特開2023-127504アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材
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  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図1
  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図2
  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図3
  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図4
  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図5
  • 特開-アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材 図6
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127504
(43)【公開日】2023-09-13
(54)【発明の名称】アルミニウム青銅合金および該合金を用いた摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/01 20060101AFI20230906BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20230906BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230906BHJP
【FI】
C22C9/01
C22F1/08 H
C22F1/00 611
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031337
(22)【出願日】2022-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000103644
【氏名又は名称】オイレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】滝上 憲司
(72)【発明者】
【氏名】久郷 政文
(57)【要約】
【課題】 本発明は、耐食性(β相の析出の抑制)および耐摩耗性(金属の硬さを一定以上に担保)の双方に優れるとともに、安定製造可能なアルミニウム青銅合金を提供する。また、該アルミニウム青銅合金を用いた耐食性、耐摩耗性および製造時の安定性を備えた摺動部材を提供する
【解決手段】本発明のアルミニウム青銅合金は、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、ケイ素(Si)及び不可避的不純物からなる、アルミニウム青銅合金であって、α相、1μm以上の粗大なFe-Si系金属間化合物、Fe-Si系金属間化合物とは別の微細なκ相、および微量な不可避な相からなる組織を有する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅(Cu)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、ケイ素(Si)及び不可避的不純物からなる、アルミニウム青銅合金であって、
全量に対し、
Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、
Niが6.0重量%以上8.0重量%以下であり、
Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、
Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、
残部がCu及び不可避的不純物であって、
α相、短手方向の長さが1μm以上の粗大なFe-Si系金属間化合物、Fe-Si系金属間化合物とは別のκ相であって、短手方向の長さが1μm未満の微細なκ相、および微量な不可避な相からなる組織を有し、
前記粗大なFe-Si系金属間化合物が、全体の組織に対し、金属の断面における面積比で4%以上14%以下であり、
点状または線状の微細なκ相が組織全面に分散していることを特徴とするアルミニウム青銅合金。
【請求項2】
請求項1記載のアルミニウム青銅合金であって、
全量に対し、
Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、
Niが7.0重量%超8.0重量%以下であり、
Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、
Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、
残部がCu及び不可避的不純物であることを特徴とするアルミニウム青銅合金。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアルミニウム青銅合金であって、
ロックウェル硬さが、HRC17以上であることを特徴とするアルミニウム青銅合金。
【請求項4】
請求項1~3のうちいずれか1項に記載のアルミニウム青銅合金であって、
ISO6509-1981に準拠する腐食試験法において、最大脱アルミニウム腐食深さが、120μm以下であることを特徴とするアルミニウム青銅合金。
【請求項5】
摺動面が、請求項1~4のうちいずれか1項に記載のアルミニウム青銅合金により、形成されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
請求項5記載の摺動部材であって、
該摺動面に複数の孔、溝または凹部が形成され、これら孔、溝または凹部に固体潤滑剤が埋設固定されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項7】
請求項5または6記載の摺動部材であって、
該摺動部材の一部または全体が海水中で使用されることを特徴とする摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム青銅合金に関し、該合金を用いた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
実用的なアルミニウム青銅合金は、日本工業規格(JIS)において、CAC701~CAC704までの4種類に分類され、全体の重量に対して、7~10重量%のアルミニウム(Al)、0.5~4.5重量%のニッケル(Ni)、0.5~5重量%の鉄(Fe)、0.1~2重量%のマンガン(Mn)、及び残部銅(Cu)並びに不可避的不純物で構成される。該アルミニウム青銅合金は、耐食性、耐海水性、耐摩耗性などの化学的、機械的性質の観点から、化学工業部品、船舶部品、機械部品などの工業的用途に多く使用されている。特に、全体の重量に対して、8.5~10.5重量%のAl、3~6重量%のNi、3~6重量%のFe、0.1~1.5重量%のMn、及び残部Cu並びに不可避的不純物で構成されるCAC703に代表されるアルミニウム青銅合金は、耐食性に優れており、海水用軸受として使用されている。
【0003】
特許文献1では、耐酸耐食性に優れたアルミニウム青銅合金が開示され、該アルミニウム青銅合金は、全体の重量に対して、3~12重量%のAl、4~7重量%のNi、3~6重量%のFe、0.3~5.0重量%のケイ素(Si)、及び残部銅(Cu)並びに不可避的不純物で構成される。該アルミニウム青銅合金は、耐酸耐食性に優れることから、主として酸性洗浄用装置の部材に用いられる。
【0004】
特許文献2では、耐摩耗性に優れたシンクロナイザリング用のアルミニウム青銅合金が開示され、該アルミニウム青銅合金は、全体の重量に対して、7.5~9.5重量%のAl、7~11重量%のNi、7.0~9.5重量%のFe、1~4重量%のSi、及び残部銅(Cu)並びに不可避的不純物で構成される。該アルミニウム青銅合金は、耐摩耗性に優れ、同時に摩擦係数が大きいことから、シンクロナイザリング部材として好適である。
【0005】
また、従来のアルミニウム青銅合金にスズ(Sn)を添加することで、摺動性能が向上することが知られている。該アルミニウム青銅合金は耐食性に優れるため、ベアリングブッシュ、滑動シュー、ウォームギア、またはターボチャージャー用の軸ベアリングなどに使用される。(例えば、特許文献3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭51-47519号公報
【特許文献2】欧州特許出願公開第1279749号明細書
【特許文献3】特表2017-515974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来のアルミニウム青銅合金、特に、耐食性が優れるCAC703であっても、高荷重の耐性および海水領域で耐摩耗性の低下がある。特許文献1記載のアルミニウム青銅合金は、耐摩耗性について課題があり、摺動部材として用いることが困難である。また、特許文献2記載のアルミニウム青銅合金は耐食性について課題があり、海水または化学的に活性に富んだ環境においての使用に困難がある。
【0008】
高荷重の耐性を高め、耐摩耗性を向上させるために、アルミニウム青銅合金の組織を硬くすることが考えられる。組織の内に、他の相と比較して硬いβ相があり、組織中にβ相を析出させると一般的にアルミニウム青銅合金は硬くなる。しかし、アルミニウム青銅合金にβ相が増えると金属腐食が発生しやすくなる。水中、特に海水中においては、金属腐食が顕著に発生し、アルミニウム青銅合金が有する機能が時間経過とともに損なわれる。
【0009】
また、特許文献3に記載のSnを添加したアルミニウム青銅合金は摺動性能および耐摩耗性を向上させる一方、金属加工時に損傷しやすいという課題がある。特に大口径の部材の遠心及び砂型鋳造において鋳造欠陥が発生し、安定製造が困難である。
【0010】
したがって、β相の析出抑制およびアルミニウム青銅合金の組織(母相)を硬くする観点から、組織の一部の相をβ相とは別の相によって構成し硬くする必要がある。組織の一部の相を硬くするために、アルミニウム青銅合金の構成元素および各構成元素のそれぞれの量を調整する必要がある。また、製造時の安定性を高める観点からSnを添加せずにAlおよび/またはNi量を調整する必要がある。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明は、耐食性(β相の析出の抑制)および耐摩耗性(金属の硬さを一定以上に担保)の双方に優れるとともに、安定製造可能なアルミニウム青銅合金を提供することを目的とする。また、該アルミニウム青銅合金を用いた耐食性、耐摩耗性および製造時の安定性を備えた摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)
本発明のアルミニウム青銅合金は、
銅(Cu)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、ケイ素(Si)及び不可避的不純物からなる、アルミニウム青銅合金であって、
全量に対し、
Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、
Niが6.0重量%以上8.0重量%以下であり、
Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、
Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、
残部がCu及び不可避的不純物であって、
α相、短手方向の長さが1μm以上の粗大なFe-Si系金属間化合物、Fe-Si系金属間化合物とは別のκ相であって、短手方向の長さが1μm未満の微細なκ相、および微量な不可避な相からなる組織を有し、
粗大なFe-Si系金属間化合物が、全体の組織に対し、金属の断面における面積比で4%以上14%以下であり、
点状および/または線状の微細なκ相が組織全面に分散していることを特徴とする。
【0013】
かかる構成のアルミニウム青銅合金によれば、β相の析出が抑制されるので、金属の耐食性が向上する。また、組織中に粗大なFe-Si系金属間化合物が一定の割合で析出し、Fe-Si系金属間化合物とは別の微細なκ相が組織全面に点状および/または線状の形状で分散するので、金属の硬度が担保される。したがって、摺動部材として用いたときに高荷重への耐性および摩耗への耐性が向上する。さらに、Snを添加しないので、製造時の欠陥を低減することができ、安定して製造することができる。
【0014】
(2)
また、本発明のアルミニウム青銅合金において、
全量に対し、
Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、
Niが7.0重量%超8.0重量%以下であり、
Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、
Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、
残部がCu及び不可避的不純物であることが好ましい。
【0015】
かかる構成のアルミニウム青銅合金によれば、(1)に記載のアルミニウム青銅合金よりもβ相の析出がさらに抑制されるので、金属の耐食性がさらに向上する。また、(1)に記載のアルミニウム青銅合金よりも組織中の粗大なFe-Si系金属間化合物以外の微細なκ相が増え、組織の硬さが向上するので、摺動部材として用いた場合、高荷重の耐性および耐摩耗性を向上させる。
【0016】
(3)
また、本発明のアルミニウム青銅合金において、
ロックウェル硬さが、HRC17以上であることが好ましい。
【0017】
かかる構成のアルミニウム青銅合金によれば、ロックウェル硬さが、HRC17以上であるので、優れた耐摩耗性を示し、該合金を用いた部材の機能を長期間にわたり維持できる。また、摺動部材として用いた場合、高荷重の耐性および耐摩耗性を向上させる。
【0018】
(4)
また、本発明のアルミニウム青銅合金において、
ISO6509-1981に準拠する腐食試験法に基づいた、最大脱アルミニウム腐食深さが、120μm以下であることが好ましい。
【0019】
かかる構成のアルミニウム青銅合金によれば、最大脱アルミニウム腐食深さが、120μm以下であるので、該金属は腐食しにくくなり、ひいては耐食性が向上する。したがって、例えば海水など、金属にとって化学的に活性に富んだ環境においても、アルミニウム青銅合金としての機能を長期間にわたり維持できる。
【0020】
(5)
本発明の摺動部材は、
摺動面が、前記(1)~(4)にいずれか記載のアルミニウム青銅合金によって形成されている摺動部材である。
【0021】
かかる構成の摺動部材によれば、摺動面が、耐食性および耐摩耗性に優れたアルミニウム青銅合金で形成されるので、長期間にわたり、摺動部材の摺動性能を維持しうる。
【0022】
(6)
また、本発明の摺動部材において、
該摺動面に複数の孔、溝または凹部が形成され、これら孔、溝または凹部に固体潤滑剤が埋設固定されていることが好ましい。
【0023】
かかる構成の摺動部材によれば、摺動面の一部に、固体潤滑剤が埋設固定されているので、アルミニウム青銅合金の優れた耐食性および耐摩耗性および固体潤滑剤の低摩擦性によって、摺動部材の耐摩耗性がさらに向上する。
【0024】
(7)
また、本発明の摺動部材において、
該摺動部材の一部または全体が海水中で使用されることが好ましい。
【0025】
かかる構成の摺動部材によれば、摺動面が、耐食性および耐摩耗性に優れたアルミニウム青銅合金で形成されるので、海水中で使用される摺動部材であっても、長期間にわたり、摩耗および腐食を抑制し、摺動部材の摺動性能を維持しうる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の摺動部材を示す概略図である。
図2】本発明の実施例2に対応するアルミニウム青銅合金のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。
図3】本発明の実施例とは別の比較例1に対応するアルミニウム青銅合金のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。
図4】本発明の実施例とは別の比較例4に対応するアルミニウム青銅合金のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。
図5】本発明のアルミニウム青銅合金のFe-Si系金属間化合物の面積割合と軸受摩耗量および摩擦係数の関係を表す図である。
図6】本発明のアルミニウム青銅合金のロックウェル硬さと軸受摩耗量および摩擦係数の関係を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施形態について、さらに詳しく説明する。
【0028】
本発明の一実施形態としての摺動部材は軸受、軸、スライダ、スライダホルダ、ギア、ワッシャなど任意の摺動部品およびこれら摺動部品の組み合わせである。図1に示されているように、本発明の一実施形態としての摺動部材は略円筒状に形成される滑り軸受11によって説明される。滑り軸受11の内側には、その内径と略同径の略円柱状の軸12が同軸に挿入される。軸12および/または滑り軸受11が軸線方向に水平運動または軸線方向を軸とした回転運動または揺動運動をする。
【0029】
滑り軸受11の少なくとも内側面の一部(摺動部材の摺動面)は、後述するように、所定の方法により本発明の一実施形態としてのアルミニウム青銅合金によって形成される。滑り軸受11の内側面の全部にアルミニウム青銅合金が形成されていてもよく、周方向および/または軸線方向について滑り軸受11の内側面に部分的にアルミニウム青銅合金が形成されていてもよい。滑り軸受11の全体がアルミニウム青銅合金によって形成されてもよいし、金属材料または非金属材料によって形成される円筒状部材の内側に、アルミニウム青銅合金層が形成されてもよい。また、要求される摺動性能に応じて、黒鉛、樹脂、鉛などの固体潤滑剤および/または潤滑油、グリース等の潤滑剤が添加されてもよい。また、軸12は所定の金属材料または非金属材料が利用される。本発明の一実施形態ではSUS630を使用したが、これに限定されず、材料強度、耐食性等求められる摺動性能および使用条件に応じて、所定の金属材料または非金属材料を利用してもよい。
【0030】
本発明の一実施形態では、摺動部材として滑り軸受11が例示されたが、これに限定されない。軸12の少なくとも外側面の一部(摺動面)がアルミニウム青銅合金によって形成されることで、当該軸12が本発明の摺動部材を構成してもよい。また、軸12の少なくとも外側面の一部および滑り軸受11の少なくとも内側面の一部のそれぞれがアルミニウム青銅合金によって形成されてもよい。
【0031】
本発明の一実施形態の摺動部材は滑り軸受の形状で例示されたが、本発明の摺動部材はこれに限らない。前述したように、本発明の摺動部材は摺動面の一部または全部が後述されるアルミニウム青銅合金により形成される、軸受、軸、スライダ、スライダホルダ、ギア、ワッシャなど任意の摺動部品およびこれら摺動部品の組み合わせである。例えば、摺動部材がワッシャの場合、ワッシャの全部またはワッシャの摺動面(接触面)の一部または全部が本発明のアルミニウム青銅合金によって形成される。また、例えば、摺動部材がスライダまたはスライダホルダの場合、摺動部材は板状に形成される。この時、当該板状の摺動部材の全部がアルミニウム青銅合金であってよいし、板状の摺動部材の一の面である摺動面のみがアルミニウム青銅合金によって形成されてもよい。
【0032】
本発明の一実施形態の摺動部材としての滑り軸受11の摺動面に、複数の孔、溝または凹部が形成され、当該孔、溝または凹部に黒鉛やワックス等からなる固体潤滑剤が埋設固定される。当該構成により、摺動部材の摺動性能を向上させることができるが、求められる摺動性能に応じて、当該構成を省略してもよい。複数の孔、溝または凹部はドリルやエンドミル用を用いた孔明け加工あるいは切削加工によって形成されるが、その他の手段で形成してもよい。このとき、複数の孔、溝または凹部の形状、大きさ、摺動面全体に対しての面積割合および固定箇所は、所望の摺動性能や用途によって、任意に選択される。例えば、特許5616032号のように選択してもよいし、当業者にとって自明な範囲で選択してもよい。
【0033】
本発明の一実施形態の摺動部材としての滑り軸受11は、後述するように耐食性に優れているので、様々な環境で使用される。特に、本発明の一実施形態としての摺動部材は海水中で使用される。ただし、海水中での使用は限定されず、海水以外の環境においても使用可能である。例えば、高温環境などの用途にも使用される。
【0034】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金は、Cu、Al、Ni、Fe、Si及び不可避的不純物からなる、アルミニウム青銅合金であって、全量に対し、Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、Niが6.0重量%以上8.0重量%以下であり、Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、残部がCu及び不可避的不純物である。また、α相、短手方向の長さが1μm以上の粗大なFe-Si系金属間化合物、Fe-Si系金属間化合物とは別の短手方向の長さが1μm未満の微細なκ相、および微量な不可避な相からなる組織を有し、当該粗大なFe-Si系金属間化合物が、全体の組織に対し、金属の断面における面積比で4%以上14%以下であり、点状および/または線状の微細なκ相が組織全面に分散している。
【0035】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金は、合金組成に前記範囲の量のFeおよびSiを添加し、前記範囲の量においてNiおよびAlを調整することで、粗大なFe-Si系金属間化合物を前記範囲内において析出させことで、優れた耐摩耗性を得ることができる。この時、ロックウェル硬さとしてはHRC17以上が好ましいが、これに限定されず、摺動性能および使用条件に応じて所定の硬さに選択される。また、本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金は、合金組成に前記範囲の量のAlおよびNiを加えることにより、β相の析出がさらに抑制され金属の耐食性が向上する。この時、ISO6509-1981に準拠する腐食試験法に基づいた、最大脱アルミニウム腐食深さが120μm以下であることが好ましい。
【0036】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金の製造方法は特に限定されないが、ナゲット銅、Alショット、Fe50Al、Cu30Ni、Cu15Siの母合金を所望の質量になるように計量し、高周波溶解炉により溶解し、連続鋳造、遠心鋳造、砂型鋳造等により鋳造することが好ましい。
【0037】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金において、材料となる純金属材料および合金材料をナゲット銅、Alショット、Fe50Al、Cu30Ni、Cu15Siとしたが、これに限定されない。全量に対し、Alが9.5重量%以上10.5重量%以下であり、Niが6.0重量%以上8.0重量%以下であり、Feが4.0重量%以上6.0重量%以下であり、Siが1.0重量%以上2.0重量%以下であり、残部がCu及び不可避的不純物からなるように、所定の純金属材料および合金材料を計量して用いることができる。例えば、純金属材料および合金材料として、Fe、Ni、Si、Cu-50Fe等を用いることができる。
【0038】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金の製造方法として、マッフル炉を用いて溶解し所定の金型を用いて金型鋳造したが、これに限定されない。溶解方法として、高周波溶解炉等を用いることができる。また、鋳造方法として、連続鋳造、遠心鋳造、砂型鋳造等を用いることができる。これらの手法は、所望の摺動部材を製造するために、当業者にとって自明な範囲で選択される。溶解温度は特に限定されず、用いる純金属材料および合金材料のそれぞれが溶解する温度であることが好ましい。
【0039】
本発明の一実施形態としての摺動部材の少なくとも摺動面の一部を構成するアルミニウム青銅合金を前述した摺動部材に加工する場合、鋳造時に摺動部材を製造するための金型または砂型を用いて、摺動部材を形成することができるが、これに限定されない。鋳造時に任意の形状の金型または砂型を用いて、任意の形状のアルミニウム青銅合金を製造したのちに、曲げ、研磨および/または研削等の加工をすることで、摺動部材を形成してもよい。
【0040】
なお、本発明は上記実施形態に限らず、本発明の技術的思想内で当該分野の通常の知識を有する者によってその変形や改良が可能である。
【実施例0041】
次に、実験結果を参照しながら本発明の実施例が、さらに詳しく説明される。
【0042】
表1に示した組成を有するアルミニウム青銅合金のそれぞれを製造するために、ナゲット銅、Alショット、Fe50Al、Cu30Ni、Cu15Siのそれぞれを、組成の比になるように計量し、1200℃~1250℃の温度にて溶解し、金型に鋳込み、試料を製造した。本実施例および比較例にかかるアルミニウム青銅合金は、溶解時に、金属溶湯に対して、フラックスを添加し、金属酸化物を除去した後金型に鋳造した。試料の重量は300gおよび3500gであり、300gの試料について最大脱アルミニウム腐食深さおよび金属組織の観察を行い、3500gの試料についてロックウェル硬さ(HRC)および摺動性能の測定を行った。
【0043】
【表1】
【0044】
表2は、本実施例および比較例にかかるアルミニウム青銅合金のミクロ組織の断面図において、全体に対してのFe-Si系金属間化合物の面積割合を示した表である。該断面図において、Fe―Si系金属間化合物の面積割合は以下のように求められる。それぞれのアルミニウム青銅合金に対して、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、Fe―Si系金属間化合物が明瞭となるようにコントラストを調整し、反射電子像(COMP像)を500倍の倍率で撮像した。この時、撮像箇所は任意の5つの箇所に選択される。それぞれのアルミニウム青銅合金の5つの反射電子像に対して、画像解析ソフト(WinROOF:三谷商事株式会社製)を用いて、Fe―Si系金属間化合物の面積割合が計測される。表2には、5つの当該面積割合の相加平均値が示される。
【0045】
【表2】
【0046】
表3は、最大脱アルミニウム腐食深さの結果を示した表である。最大脱アルミニウム腐食深さの結果により、耐食性の比較を行うことができる。ここで、最大脱アルミニウム深さの測定は、ISO6509-1981に準拠する腐食試験法に基づいて、実施された。
【0047】
【表3】
【0048】
表3の結果から、本実施例のアルミニウム青銅合金(実施例1~5)は、比較例のアルミニウム青銅合金(比較例4~7)に比べ、最大脱アルミニウム腐食深さおよび平均脱アルミニウム腐食深さが小さいことから、優れた耐食性を備える。
【0049】
図2図4のそれぞれは、実施例2、比較例1および比較例4のそれぞれに対応するアルミニウム青銅合金のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真である。なお、判別の容易性を高めるために当該写真のコントラストが調整されて図示されている。図2に代表して示すように、それぞれの図に対して、明暗が比較的明るい領域はアルミニウム青銅合金におけるα相である。α相は一般的に軟らかい組織であり、α相が多いと、金属の耐摩耗性および高荷重への耐性が損なわれる。また、それぞれの図において、明暗が暗く、短手方向の長さが1μm以上の略円形または略楕円形の領域は粗大なFe―Si系金属間化合物であり、明暗が暗く、短手方向の長さが1μm未満の線状または点状の領域はFe―Si系金属間化合物とは別の微細なκ相である。
【0050】
図2に示すように、実施例2で得られたアルミニウム青銅合金は、粗大なFe-Si系金属間化合物が均一に分散して析出している。また、Fe―Si金属間化合物とは別の微細なκ相が、組織全面に分散し、α相とともに母相を構築している。α相の他に母相には、β相の存在が想定されるが、脱アルミニウム腐食深さが小さい(最大脱アルミニウム深さが120μm以下である)ことから、α相内部にβ相は全く形成されていないまたは耐食性を損なうほど存在していないことがわかる。母相に微細なκ相および粗大なFe―Si系金属間化合物が析出することで、母相の硬さを維持するとともに、母相内に粗大で硬い領域を析出させる。このことにより、摺動時に粗大な金属間化合物が容易に脱落せず、後述するように優れた摺動性能を示す。実施例1および3~5においても実施例2同様の様子を示した。
【0051】
一方、図3に示すように、比較例1のアルミニウム青銅合金は、1μm以上の粗大なFe-Si系金属間化合物が図2に示した実施例5と比較して少ないことが分かった。図示しないが、比較例1同様に比較例2~3も同様に粗大なFe-Si系金属間化合物が少なかった。粗大なFe-Si系金属間化合物が少なく、α相の割合が多いため、比較例1~3のアルミニウム青銅合金は後述する表4の通り、摺動時に硬い金属間化合物が容易に脱落するため、摺動性能が大きく損なわれる。また、硬さ(ロックウェル硬さ)においても、実施例1~5に比べて小さくなり、摺動部材として用いる際の耐摩耗性および高荷重への耐性が低下する。
【0052】
また、図4に示すように、比較例4のアルミニウム青銅合金は、粗大なFe-Si系金属間化合物が均一に分散して析出している。図示しないが、比較例5~7のそれぞれに対しても同様に確認できる。一方、比較例3~6のそれぞれのアルミニウム青銅合金は脱アルミニウム腐食深さが大きい(120μm以上である)ことから、母相にβ相を形成していることが想定される。β相が顕著に形成されているため、比較例4~7のアルミニウム青銅合金は表2の通り、脱アルミニウム腐食深さが実施例1~5に比べて大きくなり、耐食性ひいては耐久性が低下する。
【0053】
本実施例のアルミニウム青銅合金からなる摺動部材の摺動性能を、以下の表4に示す条件において海水ジャーナル試験を行い、そのときの摩擦係数、軸受摩耗量および軸摩耗量を測定した。また、比較のため、比較例1および2に対して同様の試験を行った。実施例1~5および比較例1、2の組成からなる摺動部材のそれぞれは、本発明の一実施形態で説明した通り、滑り軸受11の形態をとる。滑り軸受11は略円筒状で形成される。本実施例の滑り軸受11は、60mmの内径と、75mmの外径と、30mmの長さと、を有する。また、本実施例の滑り軸受11の摺動面の一部に固体潤滑剤が埋め込まれる。固体潤滑剤としては、PTFE系固体潤滑剤SL464(オイレス工業株式会社製)が用いられる。
【0054】
【表4】
【0055】
海水ジャーナル試験では、図1に示すように、海水中において、軸12を滑り軸受11に挿入した状態で、表4に示す面圧で滑り軸受11の内周面(摺動面)が軸12の外周面を押圧するように、軸12の軸心に対して垂直な方向の荷重を滑り軸受11に加えながら、表4に示す速度で軸12を軸心として揺動運動させ、そのときの滑り軸受11の摩擦係数、軸受摩耗量および軸摩耗量を測定している。
【0056】
表5は、それぞれの実施例および比較例にかかるアルミニウム青銅合金からなる滑り軸受11に対して、表4に示す条件にて行った海水ジャーナル試験における軸受11の摩擦係数、軸受摩耗量および相手軸摩耗量の試験結果を示す表である。さらに、表5には摺動部材としての耐荷重性を調べるためにロックウェル硬さ(HRC)が示されている。摩擦係数は、海水ジャーナル試験終了時の摩擦係数であり、軸12の摩耗量および滑り軸受11の摩耗量も海水ジャーナル試験終了時の値である。また、この時。実施例3において、潤滑条件における摺動性能を確認するために、潤滑剤の有無で場合分けを行い、摺動性能を確認した。潤滑剤としてはグリースが利用された。
【0057】
【表5】
【0058】
本実施例で用いた実施例1~5のアルミニウム青銅合金からなる滑り軸受11の試験終了時の摩擦係数は0.13以下であり、摺動部材として用いることが好適である。また、実施例1~5のアルミニウム青銅合金からなる滑り軸受11の摩耗量が、0.04mm以下であり、ロックウェル硬さがHRC17以上であるので、摺動部材としての高荷重への耐久性および耐摩耗性が優れている。一方、比較例1~3によれば、表5に示すように、試験終了時の摩擦係数は0.16以上であり、本実施例1~5と比較して摩擦係数が大きく、実施例1~5と比較して摺動性能に課題が残る。また、比較例1~3によれば、試験終了時の滑り軸受11の摩耗量は0.08mmを超え、ロックウェル硬さはHRC17未満である。滑り軸受11の摩耗量が実施例1~5のそれぞれよりも2倍以上であるため、比較例1~3は、高荷重への耐久性および耐摩耗性に課題が残り、摺動部材としての用途への使用は困難である。また、実施例3において、グリースの有無について、摺動性能を確認した(表5参照)。滑り軸受11にグリースを塗布していない場合の滑り軸受11の摩擦係数(0.13)は滑り軸受11にグリースを塗布している場合の滑り軸受11の摩擦係数(0.11または0.12)と比較して変化は少なかった。一方、滑り軸受11にグリースを塗布していない場合の滑り軸受11の摩耗量(0.028mm)は、滑り軸受11にグリースを塗布している場合の滑り軸受11の摩耗量(0.015mmまたは0.019mm)と比較して大きかったが、比較例1~3による軸受の摩耗量(0.124mmおよび0.087mm)と比較して、顕著に小さかった。したがって、本発明のアルミニウム青銅合金からなる摺動部材は潤滑剤の有無に限らず、優れた摺動性能を有するため、潤滑剤を多用できない環境における摺動部材への使用に好適である。
【0059】
図5は、実施例1~5および比較例1~3のアルミニウム青銅合金のミクロ組織を示す光学顕微鏡写真から、Fe-Si系金属間化合物の全体に対する面積割合を算出し、当該面積比と表5で得られた摩擦係数および軸受摩耗量との関係を示した図である。ここで、横軸はFe-Si系金属間化合物の全体に対しての面積割合を表しており、左の縦軸は軸受摩耗量を表しており、右の縦軸は摩擦係数を表している。また、白塗り円形で囲まれた数字は当該数字にかかる実施例の摩擦係数を示し、黒塗り円形で囲まれた数字は当該数字にかかる実施例の軸受摩耗量を示し、白塗り四角形で囲まれた数字は当該数字にかかる比較例の摩擦係数を示し、黒塗り四角形で囲まれた数字は当該数字にかかる比較例の軸受摩耗量を示している。一般的に、高面圧下では真実接触面積が増大し潤滑被膜を維持することが困難となるため摩擦係数及び軸受摩耗量は増大する傾向にある。該影響を防ぐために、Fe-Si系金属間化合物の面積割合を高くし、真実接触面積を小さくする必要がある。特に、図5を参照すると、Fe-Si系金属間化合物の面積割合が全体に対して4%以上になることで、摩擦係数の低減および軸受摩耗量の低下の効果が顕著に表れる。Fe-Si系金属間化合物の全体に対しての面積割合は4%未満である場合、摩擦係数は高くなり、軸受摩耗量も増加する。一方、Fe-Si系金属間化合物が14%を超える場合、相手軸の摩耗が顕著になり、摺動性能を長期間維持しえない。さらに、加工時の自由度が当該硬さによって、制限される。したがって、本発明のアルミニウム青銅合金において、Fe-Si系金属間化合物の面積割合の範囲は好ましくは4%以上14%以下であり、さらに好ましくは4.7%以上~13.2以下である。
【0060】
図6は、実施例1~5および比較例1~3アルミニウム青銅合金からなる滑り軸受11のロックウェル硬さ(表5参照)と表5で得られた摩擦係数および軸受摩耗量との関係を示した図である。ここで、横軸は滑り軸受11のロックウェル硬さを表しており、左の縦軸は軸受摩耗量を表しており、右の縦軸は摩擦係数を表している。また、白塗り円形で囲まれた数字は当該数字にかかる実施例の摩擦係数を示し、黒塗り円形で囲まれた数字は当該数字にかかる実施例の軸受摩耗量を示し、白塗り四角形で囲まれた数字は当該数字にかかる比較例の摩擦係数を示し、黒塗り四角形で囲まれた数字は当該数字にかかる比較例の軸受摩耗量を示している。一般的に、高面圧下では真実接触面積が増大し潤滑被膜を維持することが困難となるため摩擦係数及び軸受摩耗量は増大する傾向にある。該影響を防ぐために、Fe-Si系金属間化合物の面積割合を高くし、真実接触面積を小さくするとともにFe-Si系金属間化合物の脱落を防止するために、母相硬さを大きくする必要がある。図6を参照すると、ロックウェル硬さがHRC17以上になることで、摩擦係数の低減および軸受摩耗量の低下の効果が顕著に表れる。特に比較例1~3ではロックウェル硬さはHRC17未満であるので、摩擦係数は0.16と高い水準であり、軸受摩耗量も0.08mm以上である。したがって、摺動性能を維持しうる観点から、本発明のアルミニウム青銅合金において、ロックウェル硬さは好ましくは、HRC17以上であり、さらに好ましくはHRC17.5以上である。
【0061】
以上、実施例に基づいて本発明について説明した。本発明のアルミニウム青銅合金によれば、脱アルミニウム腐食深さがほかのアルミニウム青銅合金に比べて小さいことから、海水ひいては化学的に活性が強い環境においても、アルミニウム青銅合金としての性質ひいては摺動部材としての性質を維持できる。また、十分な硬さを有し、摺動性能としても海水ジャーナル試験において十分な性能を示したことから、高荷重への耐性および耐摩耗性を備えた摺動部材に好適である。
【符号の説明】
【0062】
滑り軸受・・11、軸・・12
図1
図2
図3
図4
図5
図6