(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127666
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】ニトロチロシン減少剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20230907BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031491
(22)【出願日】2022-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】齊藤(奥田) 奈緒美
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA35
2G045FB06
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、既に生成したニトロ化タンパク質を直接的に分解等することが可能な、優れたニトロチロシン減少剤の効率的なスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は以下の好適な態様を含む。〔1〕第一発明としては、素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標としたニトロチロシン減少剤のスクリーニング方法。
【効果】本願発明によれば、既に生成してしまったニトロチロシンを直接的に分解することでニトロ化タンパク質を効果的に減少させることができる新たな剤の効率的なスクリーニング方法が提供される。本願発明により動脈硬化や脳虚血疾患をはじめとするニトロ化タンパク質が関与し得る疾患の改善剤および肌の弾力低下やくすみなど加齢に伴う皮膚の性状変化の改善剤又はこれらの候補剤を選択することが可能となる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標としたニトロチロシン減少剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
ニトロチロシン減少剤をスクリーニングする方法であって、
A)素材を加水分解する工程、
B)加水分解物中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドを測定する工程、
C)芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量が多い素材を選択する工程、
を含んでなる方法。
【請求項3】
前記芳香族ヒドロキシカルボン酸がジヒドロキシ安息香酸及び/又はトリヒドロキシ安息香酸である請求項1又は請求項2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記芳香族ヒドロキシアルデヒドがジヒドロキシベンズアルデヒド及び/又はトリヒドロキシベンズアルデヒドである請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニトロチロシン減少剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質のニトロ化とは、生体内で発生した活性窒素種によって生じるタンパク質翻訳後修飾のひとつであり、タンパク質を構成する芳香族アミノ酸のチロシン、トリプトファンの残基中のベンゼン環にニトロ基が付与される反応をいう。ニトロ化反応はアミノ酸中のベンゼン環が、活性窒素種により形成されるニトロニウムイオン(NO2
+)や二酸化窒素ラジカルなどと求電子置換反応をおこすことで生じる(非特許文献1)。生体内に存在する多くのタンパク質中のトリプトファンの含有率はチロシンのそれよりもはるかに小さいため、タンパク質のニトロ化反応は主にチロシン残基に生ずると考えられ、タンパク質中にニトロチロシンが生成する(非特許文献2)。
【0003】
タンパク質のニトロ化が生じると、酵素やチロシンキナーゼ型受容体の機能低下を引き起こすことで、細胞機能に影響を及ぼすことが知られる(非特許文献3)。また、タンパク質中のニトロチロシンは動脈硬化や脳虚血疾患などの加齢に伴う数々の疾患で蓄積し、これらの疾患に関与することが報告されている(非特許文献4)ほか、神経変性疾患、高血圧、喘息、慢性関節リウマチ、糖尿病性腎症、および炎症性腸疾患にニトロ化タンパク質が関与し得ることも報告されている(非特許文献5~10)。さらに本願発明者は、ニトロ化タンパク質が肌の弾力低下やくすみなど加齢に伴う皮膚の性状変化にも関与することを突き止めてきた(非特許文献11~12、特許文献1~2)。
【0004】
ニトロ化タンパク質の生成に伴う各種疾患を改善するため、タンパク質のチロシン残基をニトロ化するペルオキシナイトライトを消去する成分を効果成分として選択する手段(特許文献3~4)が開示されている。しかしながら、これらはすべて専らニトロ化タンパク質の生成を抑制する効果成分を提供するためのスクリーニング方法であり、既に生成してしまったニトロ化タンパク質に対して有効に働く成分のスクリーニング方法ではない。またニトロ化タンパク質の分解剤としては、碁石茶(登録商標)抽出物およびハイビスカス抽出物に効果が見出されているが(特許文献1、特許文献5)、これらニトロ化タンパク質分解効果がある素材中の有効成分または、共通点などは不明であったため、従来のニトロ化タンパク質分解剤のスクリーニングではランダムスクリーニングを行うほかなく、候補素材の準備および試験実施に多大な労力、時間および費用を要していた。そのため、ニトロ化タンパク質生成に伴う各種疾患の根本的な解決のために、ニトロ化タンパク質を分解できる剤の効果的な探索方法が必要であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chem Res Toxicol.,22(5):894-898,2009
【非特許文献2】Front Chem.,3:70,2016
【非特許文献3】Diabetes,57(4):889-98,2008
【非特許文献4】Science,290(5493):985-9,2000
【非特許文献5】Int J Neurosci.,130(10):1047-1062,2020
【非特許文献6】JAMA.,289(13):1675-80,2003
【非特許文献7】Free Radic Res.,38(1):49-57,2004
【非特許文献8】Osteoarthritis Cartilage.,21(1):151-6,2013
【非特許文献9】Kidney Int.,57(5):1968-72,2000
【非特許文献10】J Pathol.,186(4):416-21,1998
【非特許文献11】The 31st IFSCC Congress 2020 Yokohama
【非特許文献12】FRAGRANCE JOURNAL,vol.45/No.8,2017
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-178899号公報
【特許文献2】特開2021-124313号公報
【特許文献3】特開2002-326922号公報
【特許文献4】特開2021-155362号公報
【特許文献5】特開2021-147335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、既に生成したニトロ化タンパク質を直接的に分解等することが可能な、優れたニトロチロシン減少剤の効率的なスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、芳香族ヒドロキシカルボン酸、芳香族ヒドロキシアルデヒドに高いニトロチロシン減少作用があることを見出した。そのため芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標とすることで、ニトロチロシン減少作用がある素材のスクリーニングが可能と判断され、本発明を完成するに至った。
【0009】
加えて、本発明者は芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの誘導体にも高いニトロチロシン減少作用があることを見出した。しかしながら、これらの誘導体の構造は多岐にわたるためスクリーニングの指標となりうる化合物構造も多数存在し、測定の実施および素材同士の効果の比較が難しいという課題があったが、本発明者は素材を加水分解する工程を経ることで本課題を解決した。すなわち、加水分解により素材中に含まれる芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの誘導体を、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドに変換することで、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドを指標としてニトロチロシン減少剤のスクリーニングが可能と判断し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の好適な態様を含む。
〔1〕第一発明としては、
素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標としたニトロチロシン減少剤のスクリーニング方法。
〔2〕第2発明としては、
ニトロチロシン減少剤をスクリーニングする方法であって、
A)素材を加水分解する工程、
B)加水分解物中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドを測定する工程、
C)芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量が多い素材を選択する工程、
を含んでなる方法。
〔3〕第三発明としては、
前記芳香族ヒドロキシカルボン酸がジヒドロキシ安息香酸及び/又はトリヒドロキシ安息香酸である〔1〕又は〔2〕に記載のスクリーニング方法。
〔4〕第4発明としては、
前記芳香族ヒドロキシアルデヒドがジヒドロキシベンズアルデヒド及び/又はトリヒドロキシベンズアルデヒドである〔1〕乃至〔3〕のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0011】
本願発明によれば、素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標に用いることにより、既に生成してしまったニトロチロシンを直接的に分解することでニトロ化タンパク質を効果的に減少させることができる新たな剤の効率的なスクリーニング方法が提供される。本願発明により、動脈硬化や脳虚血疾患をはじめとするニトロ化タンパク質が関与し得る疾患の改善剤および肌の弾力低下やくすみなど加齢に伴う皮膚の性状変化の改善剤又はこれらの候補剤を選択することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本発明の範囲はここで説明する実施態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更をすることができる。
【0013】
本発明は、既に生成してしまったニトロチロシンを直接的に分解することでニトロ化タンパク質を効果的に減少させることができる新たな物質を評価、選択する方法である。
【0014】
本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を指標とするとは、任意の方法を用いて測定した芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量をニトロチロシン減少作用の効果判定の基準にするという趣旨である。
【0015】
本発明で指標となる芳香族ヒドロキシカルボン酸とは、ベンゼン環にカルボキシ基とヒドロキシ基の両方がそれぞれ1つ以上結合した化合物であれば特に限定されないが、好ましくはカルボキシ基が1つ、ヒドロキシ基が1~5つベンゼン環に結合した化合物、より好ましくはカルボキシ基が1つ、ヒドロキシ基が2~3つベンゼン環に結合した化合物である。
【0016】
芳香族ヒドロキシカルボン酸の具体例としては、2-ヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシ安息香酸、4-ヒドロキシ安息香酸に代表されるモノヒドロキシ安息香酸、2,3-ジヒドロキシ安息香酸(2-ピロカテク酸)、2,4-ジヒドロキシ安息香酸(β-レゾルシン酸)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(ゲンチジン酸)、2,6-ジヒドロキシ安息香酸(γ-レゾルシン酸)、3,4-ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテク酸)、3,5-ジヒドロキシ安息香酸(α-レゾルシン酸)に代表されるジヒドロキシ安息香酸、2,3,4-トリヒドロキシ安息香酸、2,4,6-トリヒドロキシ安息香酸(フロログルシノールカルボン酸)、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(没食子酸)に代表されるトリヒドロキシ安息香酸等が挙げられる。中でも、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(ゲンチジン酸)、3,5-ジヒドロキシ安息香酸(α-レゾルシン酸)、3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸(没食子酸)からなる群から選択される1種以上の化合物が好ましい。
【0017】
本発明で指標となる芳香族ヒドロキシアルデヒドとは、ベンゼン環にアルデヒド基とヒドロキシ基の両方がそれぞれ1つ以上結合した化合物であれば特に限定されないが、好ましくはアルデヒド基が1つ、ヒドロキシ基が1~5つベンゼン環に結合した化合物、より好ましくはアルデヒド基が1つ、ヒドロキシ基が2~3つベンゼン環に結合した化合物である。
【0018】
芳香族ヒドロキシアルデヒドの具体例としては、2-ヒドロキシベンズアルデヒド(サリチルアルデヒド)、3-ヒドロキシベンズアルデヒド、4-ヒドロキシベンズアルデヒドに代表されるモノヒドロキシベンズアルデヒド、2,3-ジヒドロキシベンズアルデヒド、2,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(β-レソルシルアルデヒド)、2,5-ジヒドロキシベンズアルデヒド(ゲンチシンアルデヒド)、2,6-ジヒドロキシベンズアルデヒド、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(プロトカテクアルデヒド)、3,5-ジヒドロキシベンズアルデヒド(α-レソルシルアルデヒド)に代表されるジヒドロキシベンズアルデヒド、2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒド、2,4,5-トリヒドロキシベンズアルデヒド、2,4,6-トリヒドロキシベンズアルデヒド、3,4,5-トリヒドロキシベンズアルデヒドに代表されるトリヒドロキシベンズアルデヒド等が挙げられる。中でも、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(プロトカテクアルデヒド)、2,3,4-トリヒドロキシベンズアルデヒドからなる群から選択される1種以上の化合物が好ましい。
【0019】
本発明のスクリーニング方法の第1の形態では、素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量を測定する系において、素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量が多い素材をニトロチロシン減少剤として選択すればよい。
【0020】
素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量を測定する際、被験物質となる素材の状態は問わないが、例えば素材が固形物である場合は任意の方法にて素材中芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドを抽出あるいは可溶化し、測定に供するのが望ましい。
【0021】
本発明のスクリーニング方法の第2の形態では、素材を加水分解試薬と混合し加水分解処理工程を経たのち、加水分解処理物中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量を測定する系において、素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量が多い素材をニトロチロシン減少剤として選択すればよい。
【0022】
本発明では素材中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を測定し効果判定の指標とするが、素材中には芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドが誘導体の形としても存在し、かつ誘導体もニトロチロシン減少作用を有することが確認されている。そこで、候補素材を加水分解処理し芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの誘導体を芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドに変換することで、候補素材中に存在する芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒド類の含有量の測定が可能となる。
【0023】
素材中に存在する芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量は、所望する効果の程度によって適宜基準を設ければよく、いずれか一方が公知の検出機器で検出できる程度存在すれば良い。概ねの目安として、乾燥重量1gあたりに換算して、0.000001g、好ましくは0.00001g以上、0.0001g以上あれば顕著な効果が期待できる。例えば、個体により多少異なるが、ユーカリ(葉)には乾燥重量1gあたり芳香族ヒドロキシカルボン酸として没食子酸が概ね0.00003g以上含有されており、またチョウジノキ(花蕾)には、乾燥重量1gあたり芳香族ヒドロキシカルボン酸として没食子酸が概ね0.0002g以上含有されていることを確認し、ニトロチロシン減少能について高い効果を確認している。
【0024】
本発明で行う素材の加水分解の工程は、特に限定されないが、例えば水熱処理、酸又はアルカリ処理、酵素処理などの公知の手段を用いて行うことができる。
【0025】
当該水熱処理による加水分解工程では、素材をそのまま又は水を含む溶媒に浸漬し、加熱又は蒸気若しくは加圧蒸気等の加水分解媒質中で反応させる。水を含む溶媒には、反応に影響を与えない限りにおいては有機溶媒が含まれていてもよく、特に制限はないが具体的には例えば、メタノール、エタノール、エチレングリコール、ブチレングリコール等のアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン、エチルエーテル、1,4-ジオキサン、メチルtert-ブチルエーテル等のエーテル系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系溶媒;酢酸エチル、酢酸n-プロピル、酢酸イソプロピル等のエステル系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒等を用いることができる。これらの有機溶媒は単独で用いても良く、2種以上を併用してもよい。好ましくはエタノール、ブチレングリコール等のアルコール系溶媒であり、更に好ましくはエタノール、ブチレングリコールである。溶媒中に水が含有されていればよく、その混合比は特に制限されない。水熱処理による加水分解時の加熱温度又は加水分解媒質温度は、50℃~200℃であり、好ましくは100~180℃、処理時間は0.5~90時間、好ましくは24~72時間である。
【0026】
当該酸又はアルカリ処理による加水分解工程では、素材を1種以上の酸又はアルカリ溶液に浸漬させ反応させる。好適に用いられる酸は特に限定されないが、例えば塩酸、硫酸、硝酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸、臭化水素酸などが挙げられる。好適に用いられるアルカリは特に限定されないが、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどが挙げられる。酸又はアルカリの濃度は、好ましくは1~25規定、より好ましくは1~10規定である。当該酸又はアルカリによる加水分解反応の流動性を確保し、また反応を加速する目的で、更に補助的な溶媒を添加してもよい。前記補助的な溶媒としては反応に影響を与えない限りにおいては特に制限はなく、具体的には例えば、水のほか、メタノール、エタノール、エチレングリコール、ブチレングリコール等のアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン、エチルエーテル、1,4-ジオキサン、メチルtert-ブチルエーテル等のエーテル系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系溶媒;酢酸エチル、酢酸n-プロピル、酢酸イソプロピル等のエステル系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒等を用いることができる。これらは単独で用いても良く、2種以上を併用してもよい。好ましくは水のほか、エタノール、ブチレングリコール等のアルコール系溶媒であり、更に好ましくは水、エタノール、ブチレングリコールである。酸又はアルカリに前記補助的な溶媒を添加する場合、その混合比は特に制限されず、系中の酸又はアルカリの濃度が、好ましくは1~25規定、より好ましくは1~10規定であれば良い。 本工程において素材及び酸又はアルカリ、及び/又は補助的な溶媒の混合順序について特に制限はなく、両者が試験系中で共存するタイミングがあればよい。
【0027】
該酸又はアルカリ処理による加水分解の処理時間は0.5~90時間、好ましくは1~72時間、反応温度は20~100℃、好ましくは50~90℃である。当該酸又はアルカリ処理による加水分解で得られた加水分解物は、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量の測定の前に、中和及び/又は洗浄するのが好ましい。中和により、酸又はアルカリに由来する塩が生じるため、中和に続いて、洗浄及び/又は脱塩及び/又は希釈を行うことが好ましい。洗浄には、上述の酸又はアルカリ処理で用いた酸又はアルカリ溶液の溶媒のほか、水や水を含む溶媒等を用いることができる。洗浄は1~5回程度、又は洗浄した液が中性付近になるまで行うことが好ましい。脱塩は、通常行い得る方法、例えばろ過や膜処理などによって行うことができる。
【0028】
当該酵素処理による加水分解工程では、素材と1種以上の加水分解酵素を混合し反応させる。好適に用いられる酵素は配糖体の加水分解酵素であれば特に限定されないが、例えばグリコシダーゼ、ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ、タンナーゼなどが挙げられ、又はこれらの酵素を含む細胞や菌体からの抽出物を用いることも出来る。該酵素加水分解工程において、処理時間は1~144時間、好ましくは3~72時間、反応温度は20~60℃、好ましくは30~45℃である。
【0029】
該酵素加水分解工程において、加水分解反応の好ましいpH条件は特に限定されないが、pH5~9、好ましくは6.5~8.0で実施される。加水分解を行う際のpHの調整は、素材に1種以上の加水分解酵素を添加する前に、素材と加水分解酵素のそれぞれのpHを調整しておいてもよいし、素材に1種以上の加水分解酵素を添加した後、pHの調整を行ってもよい。pHの調整には酸、アルカリ、又はpH緩衝液を用いることができる。酸、アルカリ、又はpH緩衝液の種類については、所定のpHに調整できるものであれば特に限定されないが、酸又はアルカリとしては例えば上記の成分が挙げられるが、酸としては塩酸、硫酸、リン酸、ギ酸、酢酸が好ましく、アルカリとしては水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、リン酸三ナトリウムが好ましい。また、pH緩衝液としては、例えば酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液などが挙げられ、調整するpHがpH6.0~8.0であるという観点から、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液が好ましい。
【0030】
該酵素加水分解工程において、加水分解反応終了後、酵素加水分解に用いた酵素類を不活性化するために、熱不活性化の工程を行っても良い。本工程において素材及び加水分解酵素、及び/又はpH調整剤の混合順序について特に制限はなく、両者が試験系中で共存するタイミングがあればよい。
【0031】
本発明の当該素材の加水分解の工程において、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの存在量の測定を行う前に、加水分解処理後の加水分解物を抽出及び/又は精製しても良い。抽出法は、特に限定されないが、例えば加水分解物を含む溶液に酢酸エチル、ジエチルエーテル、塩化メチレン、トルエン、ヘキサン等の一般的な抽出溶媒を添加し、抽出操作を行うことができる。精製法は、特には限定されないが、例えば逆浸透膜濾過、透析、電気透析、限外濾過等のほか、サイズ排除クロマトグラフィー(ゲル濾過クロマトグラフィー、ゲル浸透クロマトグラフィーなど)、逆相クロマトグラフィーなどで分離して分取することにより行うこともできる。さらに、これらの手法を組み合わせて、加水分解物の精製を行うこともできる。
【0032】
当該素材の加水分解の工程後に芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量を測定する工程においては、十分に反応させ、反応が終了したものを用いることが好ましい。加えて反応物中の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒド測定方法に合わせ、反応溶液を留去或いは異なる溶液に置換後、測定に供するのが望ましい。
【0033】
本発明の芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量の測定方法は公知の方法で行うことができる。例えば、吸光度法、呈色法、免疫染色法、ELISA、液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、質量分析法、キャピラリー電気泳動、NMR法、赤外吸収分光法等を用いて存在量を測定することができる。
【0034】
本発明で用いる素材は、特に制限はない。動植物、動植物由来エキス、菌類の培養物、又はこれらの酵素等処理物であっても被検物質として用いることが出来、固形状、粉末状、液状の他、ジェル状等であっても差し支えない。素材に応じて加水分解の手法のほか、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの含有量の測定方法を適宜選択すればよい。素材の加水分解工程においては、必要に応じて、加水分解処理の前に切断又は粉砕等の加工を加えても良い。
【実施例0035】
以下、本発明をより詳細に説明する。特記しない限り配合量は質量%で示す。また、特記しない限りエタノールは試薬特級(99.5%)を用いた。
【0036】
(試験1)
<被験物質の調製>
被験物質としては、実施例1~13において、次の式(E1)~(E5)、(E6)~(E13)で表される化合物を使用し、比較例1~11においては、次の式(x1)~(x11)で表される化合物を使用した。各化合物を、エタノール(Fujifilm社)または蒸留水に溶解し、100mMの溶液を調製した。また、対照物質としては、蒸留水またはエタノールを使用した。
【0037】
<ニトロチロシン分解活性試験>
ニトロチロシン(SIGMA社)を400μMの濃度になるよう1M リン酸緩衝液(pH7.4)に溶解し、被験物質を濃度10mMになるよう添加した。溶液を37℃で3日間インキュベート後、HPLCにて溶液中のニトロチロシン量を次の分析条件で測定した。
(分析条件)
分析カラム:Chemcobond 5-ODS-W(150×6mm)
検出波長:355nm
移動相:10mM リン酸緩衝液(pH2.8)-メタノール(9:1(v/v))
カラム温度:40℃
流速:1.0mL/min
【0038】
得られた溶液中のニトロチロシン量から、次の式に従い、ニトロチロシン分解率(%)を算出した。得られた結果を表1および表2に示す。なお、ニトロチロシン分解率が5%以上である場合、ニトロチロシン減少効果が得られたと判断し、5%未満である場合には、ニトロチロシン減少効果が得られなかったと判断した。また、ニトロチロシン分解率が大きい程、ニトロチロシン減少効果が高いといえる。
【0039】
【0040】
<被験物質>
被験物質として、以下の化1~化3の化合物を用いた。
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドからなる群から選択される少なくとも1種の化合物からなるニトロチロシン減少剤を用いる実施例1~5の場合、高いニトロチロシン減少効果が得られた。加えて、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種の化合物からなるニトロチロシン減少剤を用いる実施例6~13の場合においても、高いニトロチロシン減少効果が得られた。
これに対し、ベンゼン環部分を有さないヒドロキシカルボン酸及び/又はヒドロキシアルデヒドからなる比較例1~5および10の化合物の場合や、ベンゼン環部分を有するものの、カルボキシ基がベンゼン環に直接結合していない比較例6~9の場合、およびベンゼン環に結合するヒドロキシ基を有さない比較例11の場合には、ニトロチロシン減少効果が得られなかった。
【0047】
上記の結果より、芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドからなる群、および芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種の化合物からなる剤は、ニトロチロシン減少作用を有することが確認され、該剤はニトロチロシン減少剤として有用であることがわかった。
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。また、特記しない限り配合量は質量%で示す。
【0049】
<被験物質の調製>
乾燥植物原体に10倍の質量の蒸留水を加えて60℃、8時間加熱抽出し、乾燥植物原体質量の10~20%を抽出物として得た。抽出物の乾燥残分に対して、蒸留水を質量比で1:99となるように加えて希釈したものを被験物質とした。なお用いた植物原体は、ユーカリ葉、コンフリー葉、セイヨウノコギリソウ花、チョウジノキ花蕾、ナギナタコウジュ葉である。
【0050】
<加水分解処理ありサンプル>
被験物質および8N塩酸溶液をそれぞれ600μLずつガラスバイアルに分注し、90℃で4時間反応させた。放冷後、5N水酸化ナトリウム溶液(Fujifilm社)を添加して中和した後、100mM リン酸緩衝液(pH6.8)8mLを添加した。溶液をフィルター濾過したものをHPLC分析用サンプルとした。
<加水分解処理なしサンプル>
被験物質および蒸留水をそれぞれ600μLずつガラスバイアルに分注し、100mM リン酸緩衝液(pH6.8)8mLを添加した。溶液をフィルター濾過したものをHPLC分析用サンプルとした。
【0051】
<没食子酸含有量定量試験>
芳香族ヒドロキシ安息香酸の1つである没食子酸の含有量について、HPLCにて測定し、没食子酸(Fijifilm社)水溶液の検量線から含有量を算出し、さらに植物原体中の没食子酸含有量を計算した。
<分析条件>
分析カラム:Chemcobond 5-ODS-W(150×6mm)
検出波長:270nm
移動相A:0.05% トリフルオロ酢酸
移動相B:MeOH
移動相組成:グラジエント条件
0分 移動相A 90%:移動相B 10%
0~15分 移動相A 80%:移動相B 20%
15~30分 移動相A 60%:移動相B 40%
30~40分 移動相A 90%:移動相B 10%
40~45分 移動相A 90%:移動相B 10%
カラム温度:40℃
流速:1.0mL/min
【0052】
【0053】
表3より、ユーカリ葉、チョウジノキ花蕾のサンプルから没食子酸が検出され、これらの素材には没食子酸が含まれていることを確認した一方、コンフリー葉、セイヨウノコギリソウ花、ナギナタコウジュ葉からは没食子酸が検出されなかった。なお、素材を加水分解せずともユーカリ葉、チョウジノキ花蕾からは没食子酸が検出されたが、加水分解処理を行うことで没食子酸量が増加した。すなわち、ユーカリ葉、チョウジノキ花蕾中には没食子酸の誘導体が多数含まれていることが推察された。よって、素材を加水分解処理することにより没食子酸およびその誘導体の含有量を効率的に検出できたと判断できる。
【0054】
<被験物質の調製>
乾燥植物原体に10倍の質量の蒸留水を加えて60℃、8時間加熱抽出した。抽出物の乾燥残分に対して、蒸留水を質量比で1:99となるように加えて希釈したものを被験物質とした。なお用いた植物原体は、ユーカリ葉、チョウジノキ花蕾、ナギナタコウジュ葉である。対照物質には、被験物質調整に用いた溶解溶媒のみを用いた。
【0055】
<ニトロチロシン分解活性試験>
ニトロ化タンパク質の構成アミノ酸である3-ニトロチロシン(SIGMA社)を400μMの濃度になるよう1Mリン酸緩衝液(pH7.4)に溶解し、被験物質を1/10量添加した。溶液を37℃で3日間インキュベート後、HPLCにて溶液中ニトロチロシン量を測定した。
<分析条件>
分析カラム:Chemcobond 5-ODS-W(150×6mm)
検出波長:355nm
移動相:10mMリン酸緩衝液(pH2.8)-メタノール(9:1(v/v))
カラム温度:40℃
流速:1.0mL/min
【0056】
得られた溶液中ニトロチロシン量から、次の式に従い、ニトロチロシン分解率(%)を算出した。得られた結果を表4に示す。なお、ニトロチロシン分解率が5%以上である場合、ニトロチロシン減少効果が得られたと判断し、5%未満である場合には、ニトロチロシン減少効果が得られなかったと判断した。また、ニトロチロシン分解率が大きい程、ニトロチロシン減少効果が高いといえる。
【0057】
【0058】
【0059】
表3で没食子酸を含有することが確認されたユーカリ葉、チョウジノキ花蕾では、ニトロ化タンパク質の構成アミノ酸であるニトロチロシンの分解率は8.0~13.9%程度であり、これらの素材はニトロチロシン分解作用を有することが確認された。一方、没食子酸を含有していないナギナタコウジュ葉においては、ニトロチロシンの分解率は3.6%でありニトロチロシン分解作用を有していなかった。
【0060】
すなわち、本スクリーニング方法を用いることで、候補素材中に含まれるニトロチロシン分解作用を有する芳香族ヒドロキシカルボン酸及び/又は芳香族ヒドロキシアルデヒド類を効果的に検出することができ、効果の高いニトロチロシン減少剤を効率的に選択することが可能である。