(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127690
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】金属帯の溶接方法および溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 11/06 20060101AFI20230907BHJP
B23K 11/24 20060101ALI20230907BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20230907BHJP
B23K 11/36 20060101ALI20230907BHJP
B21B 15/00 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
B23K11/06 320
B23K11/24 350
B23K31/00 B
B23K11/36 330
B23K11/36 310
B21B15/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031531
(22)【出願日】2022-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】大山 真之介
(72)【発明者】
【氏名】菅原 仁
(72)【発明者】
【氏名】原 亜怜
(57)【要約】
【課題】金属帯のマッシュシーム溶接後の溶接部の焼き戻しを確実に行って、母材部分と溶接部の硬度差を低減し、連続処理ラインにおける板破断を防止することができる金属帯の溶接方法および溶接装置を提供する。
【解決手段】金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接方法であって、先行金属帯1の尾端部と後行金属帯2の先端部とを重ね合わせ、該重ね合わせ部を上下一対の電極輪4を回転させてマッシュシーム溶接する溶接工程と、前記溶接工程で溶接された溶接部20を上下一対の加圧ローラ5で圧延する圧延工程と、前記圧延工程で圧延された前記溶接部に対して熱処理を行う後加熱工程と、を有し、さらに、前記後加熱工程の前に、前記溶接部を冷却する冷却工程を有する。その冷却工程は、溶接部に冷却媒体を吹きかける方法、圧延工程における圧延速度を低下させる方法、および後加熱工程の前に所定時間待機させる方法のうちの少なくともいずれかの方法が好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接方法であって、
先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部とを重ね合わせ、該重ね合わせ部を上下一対の電極輪を回転させてマッシュシーム溶接する溶接工程と、
前記溶接工程で溶接された溶接部を上下一対の加圧ローラで圧延する圧延工程と、
前記圧延工程で圧延された前記溶接部に対して熱処理を行う後加熱工程と、
を有し、
さらに、前記後加熱工程の前に、前記溶接部を冷却する冷却工程を
有することを特徴とする金属帯の溶接方法。
【請求項2】
前記冷却工程が、前記溶接部に冷却媒体を吹きかける方法、前記圧延工程における圧延速度を低下させる方法、および前記後加熱工程の前に所定時間待機させる方法のうちの少なくともいずれかの方法であることを特徴とする請求項1に記載の金属帯の溶接方法。
【請求項3】
前記冷却工程は、前記溶接工程の直後の前記溶接部の温度に基づいて行うことを特徴とする請求項1または2に記載の金属帯の溶接方法。
【請求項4】
前記金属帯が、板厚2mm以下で1470MPa以上の強度を有する高張力鋼板であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載の金属帯の溶接方法。
【請求項5】
金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接装置であって、
先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部とを重ね合わせ、該重ね合わせ部を上下一対の電極輪を回転させてマッシュシーム溶接する溶接手段と、
前記溶接手段で溶接された溶接部を上下一対の加圧ローラで圧延する圧延手段と、
前記圧延手段で圧延された前記溶接部に対して熱処理を行う後加熱手段と、
を備え、
さらに、前記後加熱手段の上流側に、前記溶接部を冷却する冷却手段を
備えることを特徴とする金属帯の溶接装置。
【請求項6】
前記冷却手段が、前記溶接部に冷却媒体を吹きかける冷却媒体噴射装置であることを特徴とする請求項5に記載の金属帯の溶接装置。
【請求項7】
前記冷却媒体噴射装置が、高圧エアー噴射装置であることを特徴とする請求項6に記載の金属帯の溶接装置。
【請求項8】
前記後加熱手段が、誘導加熱装置であることを特徴とする請求項5ないし7のいずれか一項に記載の金属帯の溶接装置。
【請求項9】
前記金属帯が、板厚2mm以下で1470MPa以上の強度を有する高張力鋼板であることを特徴とする請求項5ないし8のいずれか一項に記載の金属帯の溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接方法および溶接装置に関し、特に、高張力鋼板を対象とし、先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部をマッシュシーム溶接により溶接し、溶接部を後加熱により焼き戻して、溶接部の硬さを確実に低減させつつ、板破断を防止し、高い生産性を実現する金属帯の溶接方法および溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼帯などの金属帯の連続処理ラインでは、ライン入側で溶接により先行金属帯(以下、「先行材」ともいう。)と後行金属帯(以下、「後行材」ともいう。)をつなぎ合わせることで連続処理を可能としている。溶接方法としては、突き合わせ抵抗溶接、重ね合わせ抵抗溶接(「マッシュシーム溶接」といい、以下、「MSW」ともいう。)、レーザー溶接など様々だが、一般に、厚さ2~3mm以上の厚物材には突き合わせ抵抗溶接やレーザー溶接が使われ、2mm以下の薄物材には重ね合わせ抵抗溶接(MSW)が使われている。
【0003】
近年、高張力鋼板の需要が増加しているが、高張力鋼板は、炭素(C)を多く含むため、熱処理によりマルテンサイト変態した際に、溶接部の硬度が大きく上昇するという問題点がある。
【0004】
MSWでは、溶接時、溶接部がA3変態点以上の1000℃を超えるオーステナイト領域の温度まで加熱されるが、その後、自然冷却される過程でマルテンサイト開始点(Ms点)まで急冷(焼入れ)され、溶接部は、マルテンサイト変態し、硬化する。溶接入熱の行われていない母材部分は、熱硬化の影響を受けないため、母材部分と溶接部では硬度差が生じ、連続処理ラインにおいて繰り返し曲げを受けた際、板破断を起こす恐れがある。焼鈍炉内で破断すると、炉内の損傷による炉のメンテナンスや破断した板の除去に要する操業停止に伴う生産性低下を引き起こすなど大きな問題となる。そのようなトラブルの起因となる母材部分と溶接部の硬度差をなくすために、マルテンサイト変態した溶接部を熱処理により焼き戻すことで、硬度差を低減する必要がある。
【0005】
金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接方法として、特許文献1には、複数の薄鋼板の重ね合わせ部に対するマッシュシーム溶接(MSW)により、形成された接合部の機械的特性を改善することを目的とし、同種の銅合金製の円板電極(電極輪)により溶接した後、MSW装置の電極輪を再度後退させて往復させることで、同一の電極輪を用いてMSWと後加熱処理(MSWによる加熱により焼き入れされた溶接部の焼き戻し処理)を行い、さらに後加熱処理と同時に、重ね合わせ部の厚みを低減する加工(スエージング)を同時に行う、溶接継手の形成方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、特許文献1と異なるマッシュシーム溶接方法として、2枚の金属板の端部を重ね合わせ、その重ね合わせ部を上下一対の電極輪で加圧し、溶接電流を流しながら連続的に溶接し、前記2枚の金属板を接合した後、前記金属板の接合部を上下一対の加圧ローラで圧延する圧延工程を備えるマッシュシーム溶接方法が開示されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、自動車車体のような鋼構造物のシーム溶接において、シーム溶接後に、熱処理を実施してシーム溶接部をマルテンサイト開始温度(Ms点)未満に冷却し、続いてシーム溶接部を焼き戻し、この焼き戻しは、マルテンサイト開始温度を超えるが下部臨界温度を越えないように加熱するもので、溶接後熱処理を用いてシーム溶接継手の性能を改善する方法が開示されている。
【0008】
なお、特許文献4には、マッシュシーム溶接機の省力化を実現するために、金属板の重ねしろを小さくしてもよいように溶接直後に冷却媒体をかけて急冷し、溶接不良の要因となる重ねしろの変化を防止する溶接機が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2015-136725号公報
【特許文献2】国際公開WO2012/039060号公報
【特許文献3】特表2010-516471号公報
【特許文献4】特開平8-71762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載された溶接継手の接合方法は、マッシュシーム溶接時と後熱処理時とで、同じ電極輪を用い、重ね合わせた鋼板に対して、加圧及び通電しながら上側の電極輪及び下側の電極輪に対する相対的な移動方向を逆方向とすることにより、マッシュシーム溶接を行う設備と後熱処理を行う設備とを共通にしている。しかし、特許文献1に記載された方法では、重ね合わせた鋼板の接合予定箇所に対して、上側の電極輪及び下側の電極輪を往復させる必要があり、生産性の低下につながるという課題があった。
【0011】
これに対し、特許文献2に開示されたマッシュシーム溶接方法として、2枚の金属板の端部を重ね合わせて連続的に溶接し、続けて加圧ローラで圧延する方法が示されている。これに加えて、さらに加圧ローラの後方に後加熱処理装置を配置して続けて熱処理を行えば、生産性を向上することができると記載されているが、特許文献1に開示されたマッシュシーム溶接方法よりも生産性を向上できる反面、加圧ローラと後加熱処理装置の間隔が狭く、特許文献1ほどマッシュシーム溶接が終了してから熱処理(後加熱)を開始するまでの間に時間を確保することが困難であり、溶接部の焼き戻しを確実に行えない場合があり、母材部分と溶接部の硬度差が低減されず、溶接部の硬度が高いままとなるという課題があった。
【0012】
また、特許文献3は、自動車車体のような鋼構造物のシーム溶接であり、金属帯の連続処理ラインにおける金属帯端部のシーム溶接方法に関して、生産性の向上と溶接部の焼き戻しを安定的に両立させる方法については、記載も示唆もされていない。
【0013】
さらに、特許文献4は、単にマッシュシーム溶接を行うだけの装置が示されているのみで、溶接後の圧延およびその後の熱処理については、何ら記載がない。溶接後の急冷処理も重ねしろを確保するためであり、母材部分と溶接部の硬度差が低減されず、溶接部の硬度が高くなるという問題点は解消されてはいない。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、金属帯のマッシュシーム溶接後の溶接部の焼き戻しを確実に行って、母材部分と溶接部の硬度差を低減し、連続処理ラインにおける板破断を防止することができる金属帯の溶接方法および溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、金属帯連続処理ラインにおけるMSWを用いる金属帯の溶接方法において、MSWの後、加圧ローラで圧延し、続けて後加熱装置により溶接部に焼き戻し処理を行っても、その焼き戻し処理の効果が得られず、母材部分と溶接部の硬度差が低減されずに溶接部の硬度が高いマルテンサイト組織のままである現象が発生する原因を鋭意検討した。
【0016】
その結果、MSW直後の溶接部の温度にばらつきが生じているため、その温度が所定の温度よりも高温の場合に、溶接部の硬度が高いマルテンサイト組織のままであることを突き止めた。
【0017】
MSWは、先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部をそれぞれクランプして先行金属帯と後行金属帯とを重ね合わせ、その重ね合わせ部を上下一対の電極輪で挟み、適当な加圧力を加えて電流を流し、重ね合わせ部の接触抵抗により発生するジュール熱でお互いを溶融接着させる接合方法であり、このMSWにおける発熱量は、溶接電流および金属帯どうしの重ね代および加圧力の影響を受ける通電抵抗により決定される。
【0018】
しかしながら、先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部の重ね代は、それぞれの金属帯をクランプするクランプフレーム等の機械精度により、数パーセント程度のばらつきが生じる場合がある。また、電極輪の摩耗劣化によっても加圧力にばらつきが生じ得る。さらに、工場内の電源負荷変動に伴う電圧の脈動により溶接電流の設定に対して実際の溶接電流のばらつきが生じる。これらの原因により、MSW直後の溶接部の温度は、1000~1100℃の範囲でばらつきが生じることを見出した。
【0019】
さらに、MSW直後の溶接部の温度が所定の温度よりも高いと、後加熱装置による溶接部の焼き戻し処理の前までに、溶接部の温度がマルテンサイト開始温度(Ms点)未満まで下がらずにマルテンサイト変態を生じず、金属組織はオーステナイトのままであり、後加熱装置による溶接部の焼き戻し処理を行っても焼き戻しされない。また、炭素を多く含む1470MPa以上の強度を有する高張力鋼板においては、その後の待機空冷中に、Ms点以下まで急冷されなくとも、溶接部は室温まで徐冷される過程で硬度の高いマルテンサイト組織に変態する。このため、後加熱装置による熱処理後も、溶接部の硬度が高いマルテンサイト組織のままであることを見出した。
【0020】
本発明は、上述の検討などの結果から得られた知見に基づき、さらに検討を加えてなされたものであり、その構成は以下のとおりである。
〔1〕金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接方法であって、
先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部とを重ね合わせ、該重ね合わせ部を上下一対の電極輪を回転させてマッシュシーム溶接する溶接工程と、
前記溶接工程で溶接された溶接部を上下一対の加圧ローラで圧延する圧延工程と、
前記圧延工程で圧延された前記溶接部に対して熱処理を行う後加熱工程と、
を有し、
さらに、前記後加熱工程の前に、前記溶接部を冷却する冷却工程を
有することを特徴とする金属帯の溶接方法。
〔2〕前記〔1〕において、前記冷却工程が、前記溶接部に冷却媒体を吹きかける方法、前記圧延工程における圧延速度を低下させる方法、および前記後加熱工程の前に所定時間待機させる方法のうちの少なくともいずれかの方法であることを特徴とする金属帯の溶接方法。
〔3〕前記〔1〕または〔2〕において、前記冷却工程は、前記溶接工程の直後の前記溶接部の温度に基づいて行うことを特徴とする金属帯の溶接方法。
〔4〕前記〔1〕ないし〔3〕のいずれか一つにおいて、前記金属帯が、板厚2mm以下で1470MPa以上の強度を有する高張力鋼板であることを特徴とする金属帯の溶接方法。
〔5〕金属帯連続処理ラインにおける金属帯の溶接装置であって、
先行金属帯の尾端部と後行金属帯の先端部とを重ね合わせ、該重ね合わせ部を上下一対の電極輪を回転させてマッシュシーム溶接する溶接手段と、
前記溶接手段で溶接された溶接部を上下一対の加圧ローラで圧延する圧延手段と、
前記圧延手段で圧延された前記溶接部に対して熱処理を行う後加熱手段と、
を備え、
さらに、前記後加熱手段の上流側に、前記溶接部を冷却する冷却手段を
備えることを特徴とする金属帯の溶接装置。
〔6〕前記〔5〕において、前記冷却手段が、前記溶接部に冷却媒体を吹きかける冷却媒体噴射装置であることを特徴とする金属帯の溶接装置。
〔7〕前記〔6〕において、前記冷却媒体噴射装置が、高圧エアー噴射装置であることを特徴とする金属帯の溶接装置。
〔8〕前記〔5〕ないし〔7〕のいずれか一つにおいて、前記後加熱手段が、誘導加熱装置であることを特徴とする金属帯の溶接装置。
〔9〕前記〔5〕ないし〔8〕のいずれか一つにおいて、前記金属帯が、板厚2mm以下で1470MPa以上の強度を有する高張力鋼板であることを特徴とする金属帯の溶接装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、後加熱工程の前に、溶接部を冷却する冷却工程を設けることにより、後加熱工程の前までに、マッシュシーム溶接直後の溶接部の温度のばらつきが生じても、その溶接部の温度を低下させて、後加熱工程の前までにマルテンサイト変態を生じさせることができる。これにより、後加熱工程による溶接部の焼き戻しを確実に行い、母材部分と溶接部の硬度差を低減することができ、連続処理ラインにおいて、金属帯が繰り返し曲げ変形を受けた際の板破断を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係るマッシュシーム溶接装置の基本的な装置構成の一例を示す模式側面図である。
【
図2】本発明に係るマッシュシーム溶接装置で、冷却媒体噴射装置を備える装置構成の一例を示す模式側面図である。(a)装置全体側面図、(b)一部拡大図、(c)装置全体正面図。
【
図3】本発明に係るマッシュシーム溶接方法における冷却工程が、後加熱前待機方法の一例を示す概略説明図である。
【
図4】待機放冷した場合と冷却媒体噴射方法を組み合わせた場合の溶接部の温度変化の違いを示すグラフである。
【
図5】本発明に係る溶接方法における冷却工程の違いによる溶接部の温度変化(ヒートサイクル)を説明する模式図である。(a)従来例、(b)発明例1、(c)発明例2、(d)発明例3。
【
図6】溶接部の溶接時の状態を説明する模式断面図である。
【
図7】溶接部周辺のビッカース硬度分布の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[マッシュシーム溶接装置]
本発明に係るマッシュシーム溶接装置における具体的な実施態様について、図を用いて説明する。
図1は、本発明に係るマッシュシーム溶接装置の一実施態様の概略構成を示した模式図である。
先行金属帯1および後行金属帯2、上下一対の電極輪4、上下一対の加圧ローラ(「スエージングロール」ともいう。)5、後加熱装置6、溶接後温度計7、圧延後温度計8、後加熱温度計9を備えており、これらは、電極輪4等を一体となって搬送するためのキャリッジ3に装着されている。
【0024】
先行金属帯1および後行金属帯2を重ね合わせた状態で、キャリッジ3が矢印の方向に移動する。
【0025】
上下一対の電極輪4は、例えば、油圧または空圧のシリンダー装置(図示せず)により上下方向に駆動することができ、先行金属帯1および後行金属帯2の重ね合わせ部を加圧し、溶接電流を流しながら金属帯の幅方向の一方の端から他方の端まで全幅にわたって連続的に溶接する。
【0026】
上下一対の加圧ローラ5は、前記電極輪4の下流側に配置され、例えば同様に、油圧または空圧のシリンダー装置(図示せず)により上下方向に駆動することができ、溶接部を連続的に圧延して押し潰し、溶接部の段差を平坦化する。なお、加圧ローラ5は、内部水冷によりローラ表面の温度の上昇を抑える構造となっている。また、上下のロールの回転面が、例えば、5°以内の角度でクロスしていても良い。
【0027】
後加熱装置6は、加熱方式としては、バーナーによって直接加熱する方式、誘導加熱装置を用いて加熱する方式、または特許文献1のような電極輪を用いて加熱する方式があるが、ここでは昇温速度が速く、設置スペースの観点から片面からの加熱が可能な誘導加熱装置を用いて加熱することが好ましい。
【0028】
さらに、後述する本発明に係る金属帯の溶接方法を構成する溶接工程、圧延工程および後加熱工程の各工程ごとの溶接部温度を測定するために、以下のような温度計を配置することが好ましい。溶接工程後の溶接部の温度は、上下一対の電極輪4の直後に設置される溶接後温度計7で測定される。また、圧延工程後の溶接部の温度は、上下一対の加圧ローラ5の直後に設置される圧延後温度計8で測定される。なお、この圧延後温度計8は、後述する冷却工程における後加熱前待機方法を実行した際のように、圧延工程後に待機時間を設けた場合の温度(=後加熱工程前の温度)を示すことにもなる。さらに、後加熱工程中の溶接部の温度は、後加熱装置6の上部に設置される後加熱温度計9で測定される。これらの温度計は、いずれも非接触式の赤外放射温度計を用いるのが好ましい。
【0029】
ここで、溶接部とは、
図6に示すように、母材である先行金属帯1と後行金属帯2とが溶接により接合した部分であり、初期の重ね合わせ部が加圧加熱されて溶融した中心部分の溶融部21(「ナゲット」ともいう。)と、両母材の端面が変形して拡散接合した固相接合部22と、溶接熱によって変形した熱影響部23(「HAZ」ともいう。)とからなる部分をいう。そして、溶接部中心に対し、点対称の位置に溶接部段差24が形成される。この溶接部の温度測定は、
図6に示した溶接部20の中心にある溶融部(ナゲット)21の直上の金属帯表面の位置Sにおける温度を測定している。
【0030】
上述した本発明に係るマッシュシーム溶接装置の一実施態様では、キャリッジ3を矢印の方向に移動させることにより、後述する本発明に係る金属帯の溶接方法を構成する溶接工程、圧延工程および後加熱工程を連続的に行うことができるので、生産性を高めることができる。
【0031】
[金属帯の溶接方法]
次に、本発明に係る金属帯の溶接方法は、溶接工程、圧延工程、後加熱工程に、さらに冷却工程から構成される。
【0032】
すなわち、本発明の特徴は、後加熱工程に入る前の溶接工程または圧延工程のいずれかの工程またはその後に溶接部を冷却する冷却工程を設けることであって、それにより、マッシュシーム溶接直後の溶接部に温度のばらつきが生じても、その溶接部の温度を低下させて、後加熱装置6の入側までにマルテンサイト変態を生じさせ、溶接部の焼き戻しを確実に行い、母材部分と溶接部の硬度差を低減することができるものである。
以下に、前述の各工程について、さらに詳しく説明する。
【0033】
[溶接工程]
マッシュシーム溶接工程は、前述したように、先行金属帯1の尾端部と後行金属帯2の先端部をそれぞれクランプして重ね合わせ、その重ね合わせ部を上下一対の電極輪4で挟み、回転させながら加圧するとともに、溶接電流を流しながら金属帯の幅方向の一方の端から他方の端まで全幅にわたって連続的に溶接する工程である。
【0034】
対象となる金属帯は、前述した2mm以下の薄物材であるが、板厚としては、5mm以下であっても適用可能であり、より好ましくは、0.5~2.5mmの範囲である。
【0035】
重ね合わせ部の搬送方向の長さ(幅)である重ね代は、板幅方法の一方の端から他方の端までにおいて、0.5~1.5mmの範囲とするのが好ましいが、金属帯の種類や板厚、板幅などの仕様に応じてその長さを決めるのがより好ましく、板厚が大きく高強度材ほど重ね代を大きくするのが好ましい。
【0036】
電極輪4は、重ね合わせ部を板幅方向の一方の端から他方の端まで全幅にわたって溶接していくために、板幅方向に移動するキャリッジ3に載置されている。上側の電極輪4の上方には、電極輪4を押して金属帯の重ね合わせ部を加圧するための加圧装置(図示せず)が設けられている。下側の電極輪4は、上方からの加圧を支える構造となっている。それぞれ上下の電極輪4には回転させるための電極輪駆動用モータ(図示せず)が設けられている。
【0037】
溶接重ね代の他の溶接条件としては、溶接電流値、電極輪加圧力、溶接速度などが挙げられる。
電極輪加圧力が大きいほど、通電面積が大きくなるため必要な溶接電流も大きくなる。溶接電流は大きすぎると溶接部の中心にある溶融部(ナゲット)が金属帯の表層を突き破って外部に噴出するチリが発生し、小さすぎると溶接剥離を誘発する原因となる。そこで、溶接電流値および電極輪加圧力は、溶接試験を行い溶接部の断面マクロ組織写真および溶接部の強度をエリクセン試験等の結果に基づき適当に決定する。例えば、溶接電流値としては、10~25kA程度であり、電極輪加圧力としては、5~40kN程度である。
【0038】
さらに、溶接速度(キャリッジの移動速度)は、溶接試験により決定した溶接電流値、電極輪加圧力の条件において、溶接部への入熱不足が発生しない範囲で可能な限り早い速度とするのが好ましく、5.0~20.0mpmの範囲が好ましい。
【0039】
[圧延工程]
圧延工程は、溶接された溶接部を上下一対の加圧ローラ5で連続的に圧延する工程である。
加圧ローラ5は、上記の電極輪4と同じようにキャリッジ3に載置され、電極輪4の下流側に配置されている。加圧ローラ5の上方には、加圧ローラ5を押して金属帯の溶接された溶接部を加圧するための加圧装置(図示せず)が設けられている。下側の加圧ローラ5は、上方からの加圧を支える構造となっている。それぞれ上下の加圧ローラ5には回転させるための加圧ローラ駆動用モータ(図示せず)が設けられている。
【0040】
加圧ローラ5の加圧力は、電極輪加圧力と同じように、加圧ローラに加える圧力である。この加圧力は、溶接部の圧延試験を行い溶接部の断面マクロ組織写真等の結果に基づいて、溶接部の溶接部段差24(
図6)を滑らかな形状として段差を平坦化できる圧力に決定する。例えば、加圧ローラの加圧力としては、10~30kN程度である。
【0041】
[後加熱工程]
後加熱工程は、圧延された溶接部に対して後加熱装置6により熱処理を行う工程である。
後加熱装置(「ポストアニーラー」ともいう。)としては、前述したように、昇温速度が速く、片面からの加熱が可能な誘導加熱装置が好ましい。
【0042】
後加熱温度は、溶接部のマルテンサイト組織の焼き戻し効果を得られるように、後述するように溶接部の温度がオーステナイト開始点(Ac1点)を越えない範囲に設定するのが好ましい。なお、Ac1点は、次の式(1)で求められる。
【0043】
Ac1=750.8-26.6C+17.6Si-11.6Mn-22.9Cu-23Ni+24.1Cr+22.5Mo-39.7V-5.7Ti+232.4Nb-169.4Al-894.7B ・・・ (1)
ここで、元素記号は、金属帯組成における当該元素の含有量(質量%)を示す。含有されていない元素は、0とする。
【0044】
例えば、対象とする金属帯の材料種を上述と同様に、C:0.1~0.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:1~5%としたとき、Ac1点の範囲は、696~763℃である。一例として、前述した鋼種、C:0.20質量%、Si:1.50質量%、Mn:4.60質量%、残部:Feと不可避的不純物とした場合、Ac1点は約720℃である。
【0045】
そして、上述したMSW直後の溶接部の温度のばらつきは、レンジで約100℃(1000~1100℃)であるので、このばらつきに起因した後加熱温度のばらつき等も考慮して後加熱温度を決定する。例えば、温度のばらつき(レンジで約100℃)に余裕代20℃を加味し、Ac1点よりも120℃低い温度を後加熱温度の目標とする。そして、対象とする金属帯の材料種のC、Si、Mnの含有量(質量%)が上述の範囲の場合、後加熱温度としては、576~643℃である。また、一例として、前述した鋼種、C:0.20質量%、Si:1.50質量%、Mn:4.60質量%、残部:Feと不可避的不純物とした場合、約600℃である。
【0046】
[冷却工程]
冷却工程は、上記の後加熱工程の前に、すなわち、後加熱工程に入る前の溶接工程後および/または圧延工程後に溶接部を冷却する工程である。
【0047】
溶接部を冷却する具体的な方法としては、(1)溶接部に冷却媒体を吹きかける方法(以下、「冷却媒体噴射方法」ともいう。)、(2)圧延工程における圧延速度を低下させて方法(以下、「圧延速度低下方法」ともいう。)、および(3)後加熱工程の前に所定時間金属帯を待機させる方法(以下、「後加熱前待機方法」ともいう。)がある。上記の(1)、(2)、(3)の方法は、それぞれ別々に行ってもよく、また適宜組み合わせて行っても良い。どの冷却方法を採用するかは、溶接工程の作業状況に応じて、選択すれば良い。
【0048】
さらに、溶接工程の直後の溶接部の温度に基づいて、冷却方法の選択および組み合わせを行ってもよい。溶接工程の直後の溶接部の温度に基づいて行う理由は、次の通りである。
図1に一実施形態の概略構成を示したマッシュシーム溶接装置では、キャリッジ3を矢印の方向に移動させることにより、溶接工程、圧延工程および後加熱工程を連続的に行うものであり、溶接工程終了直後から後加熱工程直前までの時間は、10s以下と短い。このため、マッシュシーム溶接直後の溶接部の温度が高い場合、例えば、(1)の方法だけでは後加熱装置6の入側までにマルテンサイト変態を生じさせることができず、(1)と(2)を組み合わせて選択するのが適切な場合がある。すなわち、マッシュシーム溶接直後の溶接部の温度のばらつきに応じて、適切な冷却方法の選択および組み合わせを行うことで、溶接工程終了直後から後加熱工程直前までの短い時間でも、後加熱装置の入側までにマルテンサイト変態を確実に生じさせることが可能となる。
【0049】
[(1)冷却媒体噴射方法]
冷却媒体噴射方法の一実施態様を
図2に示す。
図2の拡大図に示すように、例えば、電極輪4と加圧ローラ5の間、さらに、加圧ローラ5と後加熱装置6の間に、冷却媒体としてコンプレッサー等(図示せず)により3~4kg/cm
2程度の圧力とした高圧エアーを噴射するヘッダー10、11を設け、マッシュシーム溶接後の溶接部および加圧ローラによる圧延後の溶接部に向けて高圧エアーを吐出する。溶接部の温度が高いほど、高圧エアーによる抜熱効果は高いので、特に、電極輪4と加圧ローラ5の間にヘッダー10を設けるのが好ましい。また、高圧エアー(圧縮空気)を暖気と冷気に分離するボルテックス効果を活用したボルテックスチューブを介して、室温よりも-40~-80℃低いエアーを冷却媒体として用いてもよい。冷却媒体噴射方法による冷却速度は、例えば1.6mm鋼板の場合、室温20℃時の輻射熱による自然放冷の場合が0.89℃/sであるのに対し、コンプレッサー等により3~4kg/cm
2程度の圧力とした高圧エアーによる噴射冷却の場合は、2.63℃/sであり、自然放冷の2.3倍となり、ボルテックスチューブを介して-30℃の低温エアーによる噴射冷却の場合は、2.93℃/sであり、自然放冷の2.9倍まで冷却効果を高めることができる。
【0050】
さらに、上述のエアー以外でも、冷却媒体として(コスト的に)実用的ではないが、アルゴンガスやヘリウムガスなどの不活性ガスを圧縮して吹きかけることもできる。
【0051】
[(2)圧延速度低下方法]
前述の冷却媒体噴射方法に対して、この圧延速度低下方法は、特段の冷却手段を要しない方法である。この方法は、圧延工程における加圧ローラによる圧延速度を低下させて、主に、内部水冷により表面が低い状態に保持されている加圧ローラと溶接部との接触時間を稼ぐことにより接触抜熱する方法である。
【0052】
ここで、圧延工程における圧延速度とは、
図1に示す溶接装置において、先行金属帯1と後行金属帯2の溶接部を、加圧ローラ5で圧延する時の速度であり、キャリッジ3を矢印の方向に、金属帯に対して相対的に移動させる速度を指し、キャリッジ移動速度ともいい、前述の溶接速度と同等である。この圧延速度としては、5~20mpmの範囲が好ましい。
【0053】
圧延工程中の加圧ローラ5およびその後の後加熱装置6までの期間(距離にして約60mm)の平均冷却速度は、1.6mmの鋼板において140~160℃/sと極めて高いので、キャリッジ移動速度を下げて、この期間の時間を長くすれば、加圧ローラ5による加圧中の溶接部との接触抜熱および加圧前後の移動中の放冷(自然放冷)による抜熱量を増やすことができる。それにより、後加熱装置6入側の温度のばらつき範囲を低温側に狭めることから、確実にMs点以下にすることができる。例えば、電極輪4と後加熱装置6との間隔が500mmで、圧延速度が10mpmで、溶接後から圧延後までの平均冷却速度が140℃/sの場合、後加熱装置6入側で温度をマイナス20℃下げる場合、圧延速度を9.54mpm(マイナス5%)とし、滞留時間を3sに対して0.14s増やせばよい。
【0054】
また、この圧延工程における圧延速度低下方法と併用して前述した溶接部に冷却媒体を噴射して冷却する冷却媒体噴射方法を実施することにより、加圧前後の移動中の放冷(自然放冷)に加えて強制対流による抜熱量を増やすことができ、より効率良く短時間で溶接部を冷却することができるので、好ましい。
【0055】
[(3)後加熱前待機方法]
冷却方法の他の方法として、後加熱工程前において所定時間金属帯を待機させて放冷する方法がある。
【0056】
この後加熱前待機方法の一態様を、
図3を用いて説明する。
図3(a)は、マッシュシーム溶接方法における溶接途中の状態を示している。キャリッジ3が右から左方向へ移動しながら、先行金属帯1と後行金属帯2の重ね合わせ部を上下一対の電極輪4にて溶接し、その後の加圧ローラ5により溶接された金属帯が圧延されている状態である。この状態では、後加熱装置6は稼働していないOFFの状態である。通常であれば、後加熱装置6を稼働させて、つまり、ONの状態で後加熱処理を行っているが、この後加熱前待機方法の場合は、後加熱装置6がOFFの状態のままで、
図3(b)の状態となる。すなわち、溶接および圧延が終了し、キャリッジ3が左端に達している状態である。ここで、電極輪4と加圧ローラ5の上側ロールのみ上昇させて、上下間にギャップ(隙間)を開く。その後、
図3(c)にあるように、キャリッジ3を右方向に移動させる。この時は、前記のギャップは開いた状態のままである。そして、キャリッジ3が最初の位置(キャリッジ3が右端にいる状態)に戻ったら、
図3(d)に示すように、後加熱装置6をONの状態として、キャリッジ3を左方向に移動して、溶接された金属帯を通過させて、金属帯の後加熱処理を実施する。
【0057】
この方法により、溶接された金属帯が、圧延工程後から後加熱工程までにキャリッジ3が往復する時間を待機させることができ、その間の自然放冷により溶接部の温度が低下することになる。この場合の待機時間は、40~80sが好ましい。
【0058】
さらに、この後加熱前待機方法に加えて、前述の冷却媒体噴射方法を組み合わせて行ってもよい。このとき、溶接部の温度が所定の温度(例えば、Ms点)を下回るまで待機させても良く、また、溶接工程の直後に溶接部の温度に応じてあらかじめ定めた時間だけ待機させてもよい。
【0059】
図4に、板厚1.6mm、溶接部の温度が335℃の時に、溶接部をそのまま待機させて自然放冷した場合と冷却媒体噴射方法を組み合わせた場合の溶接部の温度変化の違いを示す。これによると、Ms点が305℃の場合に、溶接部の温度をMs点の温度まで低下させるのに、単に待機させるだけの場合は、約40sを要し、冷却媒体噴射方法を組み合わせた場合は、約10s程度に短縮されることが分かる。
【0060】
[溶接部の温度変化(ヒートサイクル)]
本発明に係る溶接方法における冷却工程の違いによる溶接部の温度変化(ヒートサイクル)について、
図5の(a)~(d)を用いて説明する。ここで、
図5(a)は、冷却工程のない従来例である。
図5(b)は、発明例1で、前述の冷却方法の(1)の冷却媒体噴射方法による冷却の例であり、
図5(c)は、発明例2で、冷却方法の(2)の圧延速度低下方法による冷却の例であり、
図5(d)は、発明例3で、冷却方法の(3)の後加熱前待機方法による冷却の例である。
【0061】
なお、
図5(a)~(d)中の記号[A]~[F]は期間を示し、その内容は以下の通りである。
[A]溶接工程の期間(スタートから溶接が終了する期間)
[B]溶接後~圧延前の期間(溶接終了後から加圧ローラによる圧延前までのつなぎの期間)
[C]圧延工程の期間(加圧ローラ5で圧延される期間)
[D]圧延後~後加熱前の期間(圧延後から後加熱処理される前までの期間)
[E]後加熱工程の期間(後加熱装置により熱処理される期間)
[F]後加熱後から放冷されるまでの期間
【0062】
まず、
図5(a)の従来例の温度変化の推移を説明する。
図5(a)中の[A]の期間は、ごく短く0.5s以内である。この期間で、溶接部は、オーステナイト変態点(以下、「Ac
3点」ともいう。)を超える1000℃以上、例えば、1033℃に加熱されて、オーステナイト変態(以下、「γ変態」ともいう。)を起こす。このAc
3点は、次の式(2)で求められる。
【0063】
Ac3点=937.2-436.5C+56Si-19.7Mn-16.3Cu-26.6Ni-4.9Cr+38.1Mo+124.8V+136.3Ti-19.1Nb+198.4Al+3315B ・・・ (2)
ここで、元素記号は、金属帯組成における当該元素の含有量(質量%)を示す。含有されていない元素は、0とする。
【0064】
例えば、対象とする金属帯のうち、鋼種の組成例としてC:0.1~0.2質量%、Si:0.5~1.5質量%、Mn:1~5質量%としたとき、Ac3点の範囲は、779~958℃である。一例として、C:0.20質量%、Si:1.50質量%、Mn:4.60質量%、残部:Feと不可避的不純物とした場合、Ac3点は約850℃である。
【0065】
次に、
図5(a)中の[B]の期間は、3s以内であり、この期間で溶接部は自然放冷される。自然放冷の冷却速度は、板厚が0.5~2.0mmの範囲では、0.7~3.0℃/s程度である。
【0066】
そして、
図5(a)中の[C]の期間は、上記の[A]と同様に0.5s以内である。ここで、溶接部は、加圧ローラ5との接触により大きく抜熱される。
次の
図5(a)中の[D]の期間では、さらに自然放冷される。
【0067】
ここで、マルテンサイト変態開始点(以下、「Ms点」ともいう。)を下回る温度まで低下してマルテンサイト変態(以下、「M変態」ともいう。)すると、硬いマルテンサイト組織が生成するが、冷却されずに温度低下が少ないと、マルテンサイト変態がなく、硬いマルテンサイト組織は生成しない。
【0068】
このMs点は、次の式(3)で求められる。
Ms点=521-353C-22Si-24.3Mn-7.7Cu-17.3Ni-17.7Cr-25.8Mo ・・・ (3)
ここで、元素記号は、金属帯組成における当該元素の含有量(質量%)を示す。含有されていない元素は、0とする。
【0069】
例えば、対象とする金属帯の材料種を上述と同様に、C:0.1~0.2%、Si:0.5~1.5%、Mn:1~5%としたとき、Ms点の範囲は、296~450℃である。一例として、前述した鋼種、C:0.20質量%、Si:1.50質量%、Mn:4.60質量%、残部:Feと不可避的不純物とした場合、Ms点は約305℃である。溶接部がこのMs点を下回る温度まで低下すると、マルテンサイト変態し、硬いマルテンサイト組織が生成することになる。
【0070】
続けて、
図5(a)中の[E]の期間は、2s以内である。この後加熱工程に入る前の時点で、溶接部の温度がMs点を超えている場合、つまり、後加熱工程に入るまでにマルテンサイト変態が生じていないと、熱処理を行っても溶接部が焼き戻しされない状態となるので、母材(先行金属帯と後行金属帯)部分と溶接部の硬度差が低減されず、溶接部の硬度が高いままの状態となる。
【0071】
その後、
図5(a)中の[F]の期間において、溶接部は自然放冷される。この従来例では、[E]の後加熱工程後も焼き戻しされていない状態となり、溶接部の硬度が高いままの状態であった。
【0072】
次に、
図5(b)の発明例1について説明する。
この発明例1は、
図5(b)中の[B]と[D]の期間において、冷却媒体を噴射して冷却した例である。この場合、[B]の期間で溶接部の温度は大きく低下し、その後の[C]の圧延を経て、溶接部の温度がMs点を下回り、マルテンサイト変態が生じて、硬いマルテンサイト組織が生成する。従って、その後の[E]の後加熱工程で焼き戻し処理しても、Ac
1点まで到達しないので、焼き戻しマルテンサイトが生成し、母材と溶接部の硬度差が低減されることになる。
【0073】
次に、
図5(c)の発明例2について説明する。
この発明例2は、
図5(c)中の[C]の期間において、圧延工程の圧延速度(キャリッジ移動速度)を低下させる圧延速度低下方法を用いた例である。この場合、キャリッジ移動速度を低下させることにより[C]の圧延時間、および[B]、[C]の放冷(自然放冷)のための時間を稼ぐことができるため、溶接部の温度が低下し、Ms点を下回ることになる。これにより、上記の発明例1と同様に、その後の後加熱工程によっても、溶接部の温度はAc
1点にまで到達しないので、焼き戻しマルテンサイトが生成し、母材と溶接部の硬度差が低減されることになる。
【0074】
最後に、
図5(d)の発明例3について説明する。
この発明例3は、
図5(d)中の[D]の期間において、後加熱前に待機時間を設けて溶接部の温度を低下させる方法を用いた例である。この場合、[D]の期間を長くすることにより、溶接部の温度がMs点を下回るまで低下することになるので、上記の発明例1および2と同様に、その後の後加熱工程によっても、溶接部の温度はAc
1点にまで到達しないので、焼き戻しマルテンサイトが生成し、母材と溶接部の硬度差が低減されることになる。
【0075】
[温度測定による冷却制御]
さらに、この冷却工程は、溶接工程の直後に溶接部の温度を測定し、その溶接部の温度が所定の値を上回っている場合に、その後の冷却工程を実施することが(経済的な観点から)好ましい。
【0076】
具体的には、例えば、
図2に示す冷却媒体噴射方法の場合には、電極輪4の直後の溶接部の温度を溶接後温度計7で測定し、その温度が所定の値を上回る場合に、電極輪4と加圧ローラ5の間に設けた高圧エアーを噴射するヘッダー10および加圧ローラ5の後に設けた高圧エアーを噴射するヘッダー11から、高圧エアーをヘッダーより吐出するように制御することが好ましい。
【0077】
この所定の値は、溶接後温度計7と圧延後温度計8の測定データに基づき、後加熱装置6入側において、溶接部の温度がMs点を確実に下回る温度の値を、あらかじめ決定しておけばよい。例えば、MSW直後の溶接部の温度が1000~1100℃の範囲でばらつき、後加熱装置6入側の溶接部の温度が281~309℃の範囲であって、Ms点が305℃である場合、所定の値を1070℃とすれば、後加熱装置6入側のばらつき範囲を281~300℃に狭めて、確実にMs点以下にすることができる。したがって、溶接直後の溶接部の温度が1070℃以下の場合は、高圧エアーを制御してその噴射を止めることにより、無駄に高圧エアーの吐出を防止できるので、ランニングコストを低減することができる。
【0078】
また、冷却方法が圧延速度低下方法や後加熱前待機方法の場合にも、溶接工程の直後に溶接部の温度を測定し、溶接部の温度が所定の値を上回っている場合に、その冷却方法を実施してもよい。
【実施例0079】
本実施例では、
図1または
図2に示すマッシュシーム溶接装置を用い、1470MPa級の高張力鋼板(鋼種の組成としては、前述の鋼種例と同じ、C:0.20質量%、Si:1.50質量%、Mn:4.60質量%、残部:Feと不可避的不純物とした。)であって、板厚が1.6mmの冷延コイル(金属帯)を先行金属帯1および後行金属帯2として、1.2mmの重ね代で重ね合わせて、電極輪4で連続的に溶接し、続けて加圧ローラ5で圧延し、さらに続けて後加熱装置6で熱処理を行い、溶接後温度計7および圧延後温度計8でそれぞれ溶接工程後の溶接部の温度および圧延工程後の溶接部の温度を測定した。
【0080】
圧延後温度計8の温度に関しては、Ms点(上記の鋼板では、305℃)を超えていない場合を良(〇)、越えている場合を否(×)と判定した。
【0081】
そして、溶接部の硬度が、母材である金属帯の硬度(400HV以下)相当まで焼き戻しにより軟化しているかどうかを確認した。硬度は、JIS Z 2244「ビッカース硬さ試験 試験方法」に従い、溶接部の搬送方向に、測定間隔0.2mmピッチで、測定荷重(試験力)200gとしてビッカース硬さ(HV)を測定し、ビッカース硬さ(HV)の平均値が400以下(HV≦400)である場合、焼き戻しにより軟化した(良:〇)とした。
【0082】
なお、後加熱装置6を用いた後加熱工程では、溶接部を目標600℃として昇熱し、その後、自然放冷させた。
【0083】
表1に、本発明例1~14および比較例1~3の結果を一覧で示す。
【0084】
【0085】
本発明例1~14のうち、本発明例1~7は、特に温度制御することなく、冷却工程を実施し、後加熱工程を行った例である。
【0086】
本発明例8~14は、温度測定による冷却制御方法を用いた発明例であり、溶接後の温度の所定値を1070℃に設定して、
図1に示す溶接後温度計7により溶接直後の温度を測定し、その測定値が上記所定値を上回った場合に、冷却工程を実施するような制御を行った例である。
【0087】
まず、本発明例1は、
図2に示す溶接装置にあるように、電極輪4と加圧ローラ5の間、加圧ローラ5と後加熱装置6の間に、冷却媒体として高圧エアーを噴射するヘッダー10、11を設け、マッシュシーム溶接後および加圧ローラ5による圧延後の溶接部に向けて高圧エアーを噴射した場合である。高圧エアーの圧力は、4kg/cm
2に設定し、フラットノズルにより金属帯どうしの重ね合わせ部に均等に高圧エアーが当たるように噴射した。圧延後温度が255℃で、Ms点(305℃)を下回っており、ビッカース硬度の平均値も328HVと、目標とする400HVを下回っていた。
【0088】
本発明例2は、圧延工程における圧延速度を低下させて冷却した場合である。この場合、圧延速度を通常の9.5mpmから9.0mpmと0.5mpm下げて圧延を行った。これにより、圧延後の温度が273℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も344HVであった。
【0089】
本発明例3は、
図3に示した手順で説明したように、圧延工程終了後に、後加熱工程の前に電極輪4と加圧ローラ5のギャップを開けて、所定時間(40s)待機させて自然放冷してから後加熱処理を行った場合である。これにより、圧延後温度(=後加熱前温度)が302℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も358HVであった。
【0090】
本発明例4は、本発明例1の冷却媒体噴射方法と本発明例2の圧延速度低下方法を組み合わせて冷却した場合である。これにより、圧延後の温度が241℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も320HVであった。
【0091】
本発明例5は、本発明例1の冷却媒体噴射方法と本発明例3の後加熱前待機方法を組み合わせて冷却した場合である。これにより、圧延後の温度が247℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も336HVであった。
【0092】
本発明例6は、本発明例2の圧延速度低下方法と本発明例3の後加熱前待機方法を組み合わせて冷却した場合である。これにより、圧延後の温度が262℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も350HVであった。
【0093】
本発明例7は、本発明例1の冷却媒体噴射方法と本発明例2の圧延速度低下方法と本発明例3の後加熱前待機方法の3つの方法をすべて組み合わせて冷却した場合である。これにより、圧延後の温度が238℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も312HVであった。
【0094】
次に、本発明例8~14は、溶接後温度が所定値(1070℃)を上回った場合に、冷却工程を実施した例であり、冷却工程の内容は、前述の本発明例1~7の各方法に対応して実施した。
【0095】
その結果、本発明例8は、冷却媒体噴射方法を用いた例であり、圧延後の温度が285℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も320HVであった。
【0096】
本発明例9は、圧延速度低下方法を用いた例であり、圧延後の温度が282℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も333HVであった。
【0097】
本発明例10は、後加熱前待機方法を用いた例であり、圧延後の温度が303℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も350HVであった。
【0098】
本発明例11は、冷却媒体噴射方法と圧延速度低下方法を組み合わせて冷却した例である。これにより、圧延後の温度が271℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も318HVであった。
【0099】
本発明例12は、冷却媒体噴射方法と後加熱前待機方法を組み合わせて冷却した例である。これにより、圧延後の温度が280℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も330HVであった。
【0100】
本発明例13は、圧延速度低下方法と後加熱前待機方法を組み合わせて冷却した例である。これにより、圧延後の温度が303℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も345HVであった。
【0101】
本発明例14は、冷却媒体噴射方法、圧延速度低下方法および後加熱前待機方法をすべて組み合わせて冷却した例である。これにより、圧延後の温度が270℃とMs点を下回り、ビッカース硬度の平均値も310HVであった。
【0102】
比較例1と2は、
図1に示す後加熱装置6による後加熱工程を行わなかった場合であり、比較例1では、圧延後の温度が286℃でMs点を下回ってはいたが、後加熱処理しなかったために、ビッカース硬度の平均値が501HVと、目標とする400HVを大幅に上回った。比較例2は、圧延後の温度が315℃とMs点を上回っており、後加熱処理もなく、ビッカース硬度の平均値が520HVと、目標とする400HVを大幅に上回った。
【0103】
比較例3は、後加熱処理を実施した例であるが、その前の圧延後の温度が325℃と高く、冷却工程がないことから、その後の後加熱処理を行っても、ビッカース硬度の平均値が482HVと、目標とする400HVを大幅に上回った。
【0104】
さらに、本発明例と比較例における溶接部周辺のビッカース硬度分布を測定した。その測定結果を
図7に示す。比較例1の「後加熱工程なし」と比較例3の「冷却工程なしで後加熱工程あり」では、ビッカース硬度の低減効果が見られなかったが、本発明例4の「冷却工程ありで後加熱工程あり」では、ビッカース硬度の低減効果が確認された。
【0105】
以上より、本発明の有効性を実証できた。