(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023127699
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】乳汁分泌促進器
(51)【国際特許分類】
A61H 7/00 20060101AFI20230907BHJP
A61M 1/06 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
A61H7/00 322F
A61M1/06
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022031544
(22)【出願日】2022-03-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-05-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 畿央大学大学院健康科学科2021年度修士論文中間発表に関して、令和3年9月3日~20日の間、本願発明(又はその概要)が記載された修士論文等が、中間発表参加者全員に閲覧可能となった。
(71)【出願人】
【識別番号】508179637
【氏名又は名称】学校法人冬木学園
(74)【代理人】
【識別番号】100152700
【弁理士】
【氏名又は名称】泉谷 透
(72)【発明者】
【氏名】幾島 祥子
(72)【発明者】
【氏名】冬木 正紀
【テーマコード(参考)】
4C077
4C100
【Fターム(参考)】
4C077AA22
4C077KK25
4C100AD13
4C100AD15
4C100BB10
4C100BC14
4C100CA20
4C100DA07
(57)【要約】
【課題】
新生児の吸啜運動や助産師の手指の動きによる乳管集約部の中心深部への選択的な圧迫を再現可能で、かつ、育児や家事または休息中にも使用時の姿勢を選ばない、家庭でも手軽に使用できる軽量・コンパクト・低コストな乳汁分泌促進器を提供する。
【解決手段】
乳房に密着してこれを覆う略円錐台側面形状のパッドと、パッドの上面円周に沿って設けられた人工筋肉リングと、人工筋肉リングの内周側面に等間隔に設けられた複数の軟突起とからなり、人工筋肉リングは円環内径を反復的に拡縮可能に構成し、軟突起は人工筋肉リングの収縮時に、先端が乳房の乳管集約部の中心深部を圧迫するように設けており、軟突起は断面略カマボコ型の独立したゴム塊であって、略カマボコ型の略底面の乳房寄り側の部位と、前記人工筋肉リングの内周側面の乳房寄り側の部位とを、接合部によって軟突起が回転座屈可能に接合した。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、乳房に密着してこれを覆う略円錐台側面形状のパッドと、
前記パッドの上面円周に沿って設けられた人工筋肉リングと、
前記人工筋肉リングの内周側面に等間隔に設けられた複数の軟突起と、
からなり、
前記人工筋肉リングは円環内径を反復的に拡縮可能に構成し、
前記軟突起は、前記人工筋肉リングの収縮時に、先端が乳房の乳管集約部の中心深部を圧迫するように設けられたこと
を特徴とする乳汁分泌促進器。
【請求項2】
前記人工筋肉リングは、
マッキベン式人工筋肉の両端を、ガス吸排口を備えたT字コネクタで接続してなり、
前記ガス吸排口に接続したガス供給機からの圧縮ガスの吸排による加減圧で断面径を拡縮させることにより円環内径を反復的に拡縮可能に構成したこと
を特徴とする、請求項1に記載の乳汁分泌促進器。
【請求項3】
前記軟突起は、
断面略カマボコ型の独立したゴム塊であり、
前記略カマボコ型の略底面の乳房寄り側の部位と、前記人工筋肉リングの内周側面の乳房寄り側の部位とを、接合部により軟突起が回転座屈可能に接合したこと
を特徴とする、請求項2に記載の乳汁分泌促進器。
【請求項4】
前記人工筋肉リングは、
周囲に側壁を設けた略円盤形のケースに内装されてなり、
前記人工筋肉リングの断面径の拡張時には、前記ケースの内側面によって円環の外側方向への拡張を規制され、内側方向にのみ拡張可能とするように構成したこと
を特徴とする、請求項3に記載の乳汁分泌促進器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、妊産婦用の乳汁分泌促進器に関する。より具体的には、たとえば妊産婦用ブラジャーに内装し、乳首の奥に位置する乳管集約部を自動的に反復マッサージして乳汁の分泌を促進できる、軽量かつハンズフリーな乳汁分泌促進器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
新生児の発育にとっての母乳保育の有用性は広く知られており、約9割を超える妊婦が母乳保育を希望するが、生後1カ月時点での母乳保育率は約5割であり、このギャップは母乳保育の困難性を示している。母乳保育の確立には乳房へのケア、具体的には乳頭刺激・乳管開通操作が重要であり、そのセルフケアの促進が求められている。
【0003】
図1に示すように、乳汁は乳房内部の乳腺から乳管を経て乳頭(乳首)から分泌されるが、乳頭の先端から奥に向かって半径2~3cmの範囲に乳管が集約する乳管集約部が存在する。乳管開通操作は、乳管集約部の中心深部に反復的に圧迫を加えることによって行う。
【0004】
乳汁分泌促進のために、新生児の吸啜(きゅうてつ)や助産師の乳頭乳輪部マッサージと同等の効果を得るためには、褥婦の乳房において前記乳管集約部、特にその中心深部を圧迫する乳管開通操作が必要である。助産師が行う乳管開通促進・乳汁分泌促進の手技には、主に2指法と3指法があり、乳管集約部の中心深部への作用の点では、
図2に示すとおり、母指・人差指の指腹、中指の第一関節人差指側側部を力点として動作させる3指法がより有効とされている。
【0005】
多くの病産院では吸引圧で搾乳する電動搾乳器が導入されているが、適切な乳頭刺激・乳管開通操作が可能なものは普及しておらず、機器の重量やコスト、使用時に手がふさがり座位を強いられる等の点で手軽さに欠け、家庭でのセルフケアには適さない。
【0006】
一方、乳汁分泌促進のための乳頭乳輪部マッサージを器具によって行う従来技術としては、たとえば、特許文献1、2に開示されるような発明が提案されている。
【特許文献1】特開平9-66085公開特許公報
【特許文献2】特表2005-504587号公表特許公報
【0007】
特許文献1に係る乳首マッサージ器は、乳房を覆う本体ケーシングの内面頂部に開口された乳首挿入孔内で、電動リンク機構で開閉する長短のアーム5に乳首側部を間欠的に挟む動作をさせるとともに、回転体12に設けた突起部13によって乳首を刺激するものである。しかし、アーム5は2方向からハサミのように乳首の基部を挟んで圧迫する構成であり、突起部13も回転しながら乳首側面を摩擦して刺戟する構成であって、乳管集約部の中心深部を圧迫する作用は想定していない。
【0008】
特許文献2に係る母乳搾乳システムは、母乳を搾取して収集容器212に収集するための発明であり、複数の加圧チャンバ802、あるいはビーズを備えたアレイ状の搾乳機構1314などにより乳房全体を乳首側に向けて圧迫する構成である。これらはいずれも、基本的に乳管が十分に開通済みの褥婦の乳房から文字通り乳汁を搾り取る構成であり、乳管集約部の中心深部を選択的に圧迫する作用は想定しておらず、乳管開通が不十分な褥婦に適したものではない。
【0009】
また、これら従来技術はいずれも構造が複雑で、重量やコスト、使用時に手がふさがり、座位を強いられる等の点で手軽さに欠けるという問題は解決しておらず、やはり家庭でのセルフケアには適さない。
【0010】
さらにいえば、人体の中でも特に柔らかく繊細な乳房及び乳輪部・乳頭部に作用する以上、器具による動作自体が機械的な硬い動作にならず、新生児の吸啜運動や助産師の手指の動きを模倣できることが望ましいが、これら先行技術の動作は、いずれもこうした模倣とは程遠いものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来技術のかかる問題点を解決しようとするものであり、新生児の吸啜運動や助産師の手指の動きによる乳管集約部の中心深部への選択的な圧迫を再現可能とし、かつ、育児や家事または休息中にも使用時の姿勢を選ばない、家庭でも手軽に使用できる軽量・コンパクト・低コストな乳汁分泌促進器を提供することを課題とする。
【0012】
前記の課題を解決するために、本願発明の請求項1に記載した乳汁分泌促進器は、
少なくとも、乳房に密着してこれを覆う略円錐台側面形状のパッドと、
前記パッドの上面円周に沿って設けられた人工筋肉リングと、
前記人工筋肉リングの内周側面に等間隔に設けられた複数の軟突起と、
からなり、
前記人工筋肉リングは円環内径を反復的に拡縮可能に構成し、
前記軟突起は、前記人工筋肉リングの収縮時に、先端が乳房の乳管集約部の中心深部を圧迫するように設けられたこと
を特徴としている。
【0013】
また、請求項2に記載した発明は、請求項1に記載した乳汁分泌促進器であって、
前記人工筋肉リングは、
マッキベン式人工筋肉の両端を、ガス吸排口を備えたT字コネクタで接続してなり、
前記ガス吸排口に接続したガス供給機からの圧縮ガスの吸排による加減圧で断面径を拡縮させることにより円環内径を反復的に拡縮可能に構成したこと
を特徴としている。
【0014】
また、請求項3に記載した発明は、請求項2に記載した乳汁分泌促進器であって、
前記軟突起は、
断面略カマボコ型の独立したゴム塊であり、
前記略カマボコ型の略底面の乳房寄り側の部位と、前記人工筋肉リングの内周側面の乳房寄り側の部位とを、接合部により軟突起が回転座屈可能に接合したこと
を特徴としている。
【0015】
最後に、請求項4に記載した発明は、請求項3に記載した乳汁分泌促進器であって、前記人工筋肉リングは、
周囲に側壁を設けた略円盤形のケースに内装されてなり、
前記人工筋肉リングの断面径の拡張時には、前記ケースの内側面によって円環の外側方向への拡張を規制され、内側方向にのみ拡張可能とするように構成したこと
を特徴としている。
【0016】
(人工筋肉リング)
前記人工筋肉リングとしては、円環内径が反復的に収縮する動作が可能で、軽量かつ耐久性に優れ、低コストで実装可能なものであればその方式や構造は問わないが、人体親和性に優れ、人体の筋肉と同様の動作が可能な人工筋肉を、乳管集約部の周囲に効率良く圧迫効果が作用するようにリング状に形成したものが適用可能である。かかる人工筋肉として、たとえば、マッキベン(McKibben)式人工筋肉が好適である。
【0017】
マッキベン式人工筋肉は、天然ゴムやウレタンゴム等製の弾性体チューブの外周に合成樹脂繊維を螺旋状の網目に織った筒状のスリーブを被せた上で、空気の吸排機構を備える一対のターミナルにて両端を固定封鎖し、弾性体チューブを外部から印加する空気圧で膨張させることにより全長を収縮させるものである。スリーブは、網目の角度がアコーディオンのように変化することにより、軸方向に押し込むと半径が太くなり、逆に引っ張ると半径が細くなる構造を有する。そのため、内蔵する弾性体チューブに空気圧が印加されて軸方向と半径方向に膨張しようとする際に、スリーブが半径方向の膨張を取り出して網目の角度を変化させることで弾性体チューブに軸方向の収縮力を生じさせることを原理としている。かかるマッキベン式人工筋肉の両端を接続してリング状にすることで、膨張時に断面が円形に拡張すると、リングの円環内径が縮小する。
【0018】
また、マッキベン式人工筋肉は、電動式・電磁式、あるいは油圧シリンダ式のアクチュエータに比べて、軽量で出力密度が高い(自重が小さいのに大きな力が出る)、耐環境性に優れている(錆びや埃に強い)、構造がシンプルかつ軽量、メンテナンスが容易で製造コストが小さく、柔軟性が高く人間の筋特性に近い特性を有している。
【0019】
(軟突起)
軟突起は、人間の手指の動きを模倣する本発明独自の構成である。その材質は特に限定されないが、たとえば、指先に近い柔らかさのウレタンゴム塊が好適である。前述のとおり、マッキベン式人工筋肉を使用した人工筋肉リングでは、内蔵する弾性体チューブを圧縮空気で加減圧することで、円環内径を反復的に拡縮可能である。
【0020】
妊産婦の乳房に装着した場合、円環内径の拡縮は乳房の軸線に対し垂直方向の拡縮となるため、人工筋肉リングのみでも、収縮時には乳管集約部周囲に均等に圧迫力を掛けて乳汁を「搾る」作用は生じる。しかし、前述のとおり、乳管開通を促すためには、全体を均等に絞る作用だけでなく、乳管集約部の中心深部方向の角度で、より深く集中的な圧迫を加えることが必要である。
【0021】
人工筋肉リングの内径、及び、人工筋肉リングから乳管集約部の中心深部の方向への角度は、使用者の乳房の大きさや形状、状態により適宜設定され得るが、少なくとも、収縮時に圧迫を加えるべき方向は、人工筋肉リングの円環面の軸線上の後方側(使用者の背後方向)の1点に向けた方向となる。
【0022】
本発明における軟突起は、人工筋肉リングの収縮によって助産師の手指による乳管開通・乳汁分泌促進の手技と同様の効果的な圧迫刺激を乳管集約部、特に、その中心深部に加えられるように、手指の代替として、手指先に近い柔らかさの独立したゴム塊を装着したものである。
【0023】
また、本発明は、人工筋肉リングへの軟突起の取り付け方法に格別の特徴を有する。マッキベン式人工筋肉リングの断面形状は、その構造上、弾性体チューブの拡張時には略円形となる。一方、断面略カマボコ型の軟突起は、略平面の底面から略円筒側面の一部を成す湾曲した突起部分が立ち上がる形状であり、前記底面の一部が人工筋肉リングの内径側面の一部に取り付けられる。
【0024】
もし、軟突起の底面の中央部を人工筋肉リングの内径側面の中央部に取り付けた場合は、人工筋肉リングの内径の拡縮に押された軟突起は、単に人工筋肉リングの円環面上を中心に向けて押し出されるので、その先端は乳管集約部の中心深部の方向には向かわず、適切な圧迫を得られない。
【0025】
一方、軟突起の底面の中央部を、人工筋肉リングの内径側面の乳房寄り側に、あらかじめその先端が乳管集約部の中心深部の方向に向くように取り付ければ、適切な方向への圧迫が得られる。しかしこの場合、圧迫力が作用する軟突起の突起部分は常に同一の部分が乳房の皮膚の同一の位置に接触することになり、産後の乳房乳輪のデリケートな皮膚への負担となるという問題がある。
【0026】
助産師による乳管開通操作では、助産師は、皮膚の同一の位置に単純に圧迫を加えて傷つけないように、伸縮する皮膚に沿って微妙に手指先面を添わせて順次圧迫を加えるというテクニックが用いられている。本発明は、軟突起を略カマボコ型とし、底面の乳房寄り側の接合部を、前記人工筋肉リングの内周側面の乳房寄り側の位置に接合することにより、かかる助産師の手技を模倣可能としている。
【0027】
軟突起を略カマボコ型とすることで、皮膚を圧迫する突起を、円筒外側面の一部をなすカマボコ天面の曲面として構成している。また、軟突起と人工筋肉リングとの接合部を、軟突起の底面の乳房寄り側と人工筋肉リングの内周側面の乳房寄り側とを接合してオフセットさせているため、軟突起は接合部を軸に回転座屈するように可動する。軟突起が乳管集約部の中心深部の方向に向かって回転する際の最大角度は、使用者の乳房の大きさや形状により適宜設定し得るが、一般的な褥婦の乳房を想定した場合、人工筋肉リングの円環面から乳房側、すなわち使用者の背後方向に向けて30~45°とし、望ましくは35~40°が好適である。
【0028】
乳房に装着した際に、軟突起はカマボコ型天面の乳房寄り側のみで乳房に接触するが、人工筋肉リングが加圧されて拡張するにつれて円環面上を中心に向けて押し出された軟突起は、乳房側にオフセットした接合部を軸に徐々に座屈するように回転する。そして、人工筋肉リングの最大拡張時には、軟突起の先端が乳房の乳管集約部の中心深部の方向に向いて圧迫を加える。この間、軟突起は徐々に回転しながら圧迫で伸縮する皮膚に順次接触していくので、皮膚の同一の位置に単純に圧迫を加えて傷つけないという、助産師の手技に近い効果が得られるのである。
【0029】
(パッド)
パッドは、乳房に密着してこれを覆う略円錐台側面形状の布体である。その上面円周に沿って人工筋肉リングを設けることで、拡縮により軟突起の位置がずれないように固定するとともに、乳汁分泌促進器を乳帯(産後用ブラジャー)等に実装して乳房に密着固定することで、褥婦が姿勢を問わず手軽に使用できるようにすることができる。
【0030】
(ケース)
ケースは、中央に乳頭部を露出させるための孔を有する円盤の外周に側壁を設けてなる略円盤型の硬質の部材である。ケースは内装した人工筋肉リングの拡張によって変形しない硬度を有するなら特に素材は限定されないが、軽量なプラスティック製が好適である。人工筋肉リングの断面径の拡張時には、前記ケースの側壁の内側面によって円環の外側方向への拡張が規制され、内側方向にのみ拡張可能となるため、人工筋肉リングの内径の収縮を増強するように作用する。
【0031】
(その他の構成)
人工筋肉リングを拡縮させる機構は人工筋肉の方式・種類により適宜選択される。マッキベン式人工筋肉である場合は、圧縮ガスの弾性体チューブへの加減圧により駆動できるため、たとえば、人工筋肉リングのT字コネクタを、加減圧タイミング調整器を介して、圧力調整器付き圧縮ガスボンベにホースで接続することでシステムとして完結できる。
【発明の効果】
【0032】
以上の構成により、本発明に係る乳汁分泌促進器は以下のような、従来技術にない作用効果を奏する。
1)乳管集約部の中心深部に選択的に適切な圧迫を加えることができるため、有効性の高い乳管開通操作、乳汁分泌促進を行える。
2)人工筋肉リング、軟突起、パッドという直接身体に装着する構成が、いずれも人体親和性の高い部材であり、その動作も助産師の手技を模倣可能としているため、使用上の安全性が高く違和感も小さい。
3)人工筋肉リング、軟突起、パッドという直接身体に装着する構成が、いずれも軽量であるため、使用中の使用者の姿勢や動作への制限が小さく、家庭でも手軽に使用でき、効率的に効果を得られる。
4)構造が簡易で部材も低コストであるため、普及させやすい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図3は、本発明の一つの実施形態に係る一対の乳汁分泌促進器1と、装着時にその上から妊婦用ブラジャーBに適用した状態を示す。一対の乳汁分泌促進器1にはそれぞれホース16を通じて圧縮炭酸ガスを供給し、間欠的に加減圧する。外部機器である小型圧縮炭酸ガスボンベ、圧力調整器、加減圧タイミング調整器は省略しているが、出願人の試作品では、内蔵する電磁弁(SMC株式会社製SYJ514-1MZ-01)の動作時間と開閉時間を2つのタイマー(オムロン株式会社製H3CR-A)を用いて設定できる加減圧タイミング調整器を製作して用いている。
【0034】
圧縮炭酸ガスによる加減圧のリズムと継続時間は乳児の吸啜を理想としており、助産師の手技のリズムもこれに準じている。リズムは短周期(0.2~0.5秒毎)と長周期があり、哺乳開始直後の1分間程度が短周期で、その後は約1秒間の吸啜(圧迫)、約1秒間の間歇という長周期となる。継続時間は、良好に哺乳している新生児は10~20分以内で必要量を飲み取るため、1回当りの継続時間もこれに準じ、新生児の吸啜や助産師の手技を模倣することが好適である。これらの加減圧のリズムや継続期間は加減圧タイミング調整器により任意に設定・制御可能である。
【0035】
乳汁分泌促進器1は本体部10とパッド20とからなり、本体部10は外部機器とホース16で接続され、圧縮炭酸ガスを供給される。
図4はパッド20を閉じた状態の乳汁分泌促進器1の単体の外側を示す斜視図、
図5はパッド20を開放した状態の乳汁分泌促進器1の単体を内側(乳房に触れる側)から見た平面図である。パッド20は内面側に滑り止め加工を施した通気性の高いメッシュシートであり、開放状態では略扇形で、丸めて略扇形の両端を面ファスナー(図示せず)で固定することにより、乳房に密着し乳頭部分を露出させる円錐台側面形状とできる。
【0036】
図6は、人工筋肉リング12が収縮状態の場合の本体部10の単体を内側(乳房に触れる側)から見た平面図であり、
図7は、同拡張状態の場合の平面図である。本体部10は中央に孔11aを有する円盤の外周に側壁11bを設けてなる略円盤型のケース11と、当該ケース11内に内装された人工筋肉リング12と、人工筋肉リング12の内周側面に接合部13により等間隔で取り付けられた3つの軟突起14とからなる。軟突起14の数を3つとしているのは、助産師の3指法の手技を模倣するためであるが、軟突起14の数は2つ、あるいは4つとしてもよい。
【0037】
出願人の製作した本実施形態に係る乳汁分泌促進器1の人工筋肉リング12は、内径7mm、外径9mm、全長約17cmのナイロンメッシュスリーブ内に内径6mm、外径6.3mm、全長約17cmのウレタンゴムチューブを内装した直線状のマッキベン式人工筋肉を、ガス吸排管15aを備えたT字コネクタ15でリング状に接続して円環状に形成している。
【0038】
軟突起14はウレタンゴム塊を短い略カマボコ型に形成しており、その大きさは概ね女性(助産師)の手指先と同程度としている。具体的には、略カマボコ型の底面14aから湾曲した天面14b頂部までの高さ、底面14aの幅及び長さを、いずれも1cm程度としている。
【0039】
接合部13は、伸縮性に富むナイロン糸(テグス4号)を用いて、人工筋肉リング12の断面の最下部(乳房寄り側)から2mm程度の位置のナイロンメッシュスリーブに、軟突起14の略カマボコ型の略底面14aの最下部(乳房寄り側)を、軟突起14の幅一杯に渡り線状に縫い付けることで形成している。
【0040】
図8及び
図9は、乳房に装着された状態の本体部10の断面模式図であり、それぞれ
図6及び
図7のA-A断面を表す。なお、パッド20は省略している。
図8に示すように、収縮状態の人工筋肉リング12の断面は、ケース11の中で平たく畳まれた状態となっている。そのため、接合部13によって人工筋肉リング12に接合された軟突起14の天面14bは、概ね人工筋肉リング12の円環面の中心方向に向いており、乳房には天面14bの下部が接する形となる。
【0041】
なお、拡張時の人工筋肉リング12は断面が円形となるが、収縮時に平たく畳まれた形状となるのは、マッキベン式人工筋肉に用いられる一般的な長尺のナイロンメッシュスリーブがロール状に巻き重ねられて流通しているため、巻き重ねにより折り畳み癖がついているからである。
【0042】
図9は人工筋肉リング12に圧縮炭酸ガスを印加した状態を示す。人工筋肉リング12は断面が円形に拡張するが、ケース11の側壁11bによって円環該側面の位置は規制されるため、円環内側面が内側方向に拡張して軟突起14を押す形となる。なお、出願人の製作した試作品では、ケース11に内装しない状態の人工筋肉リング12は、圧縮炭酸ガス0.2MPaの加圧により直径が拡張・全長が短縮することにより、円環内径が約1cm狭まり、ケース11に内装した状態では円環内径の縮小は約1.2cmとなった。
【0043】
ここで、軟突起14は人工筋肉リング12に接合部13で接合されているため、接合部13を回転軸として下方に向けて回転座屈し、乳管集約部Gの中心深部Dを圧迫する。この際、軟突起14が回転するため、略カマボコ型の天面14bは、その下部から上部に向けて順次乳房の皮膚に接触する形となり、皮膚の同一箇所を単純に圧迫して傷つけるおそれの小さい助産師の乳管開通操作の手技が模倣再現されるのである。
【0044】
(熟練助産師の手技と比較する動作試験)
出願人は試作品の乳汁分泌促進器1の人工筋肉リング12を圧縮炭酸ガスの加減圧により拡張収縮させて軟突起14が乳管集約部を圧迫する動作が、少なくとも熟練助産師の手技と同程度に適切・有効であることを確認するため動作試験を行った。
【0045】
動作試験は、人体の個体差による誤差を排除するべく、産科医師や助産師等の手技訓練に使用されている乳房を再現した搾乳トレーニングモデル(株式会社エムシーピー製MC009)を使用した。また、褥婦がどのような姿勢でも乳管集約部の深部中央を適切に圧迫できることを確認するため、褥婦の胴部を再現した株式会社高研製「妊婦腹部触診モデル1型」の両乳房に搾乳トレーニングモデルを取り付けた褥婦モデルを製作し、これに産後用ブラジャー(西松屋マタニティー乳帯Lサイズ)を使用して乳汁分泌促進器を装着し、次の条件で動作試験を行った。
(1)乳汁分泌促進器による動作と熟練助産師の手技を、それぞれ乳児の長周期の吸啜を模擬した1秒間圧迫動作・1秒間歇のサイクルを5サイクル、模擬乳汁の「初乳」・「成乳」別に各10回づつ実施した。なお、乳汁分泌促進器では、人工筋肉リングに圧縮炭酸ガス0.2MPaを加圧した。
(2)圧迫により漏出した模擬乳汁の採取量を比較。
(3)圧迫の際は、圧迫を邪魔せず、かつもれなく模擬乳汁が採取できるように柔らかい薄手のシリコン製乳首カバー(ビジョン株式会社 乳頭保護器 ソフトタイプLサイズ)を取り付けた。
【0046】
動作試験の結果は表1のとおりであり、初乳の場合、熟練助産師の手技1回での漏出量は平均0.03ml、5回動作では0.23mlであったのに対し、乳汁分泌促進器の1回動作での漏出量は平均0.02ml、5回動作では0.22mlとなった。成乳の場合、熟練助産師の手技1回での漏出量は平均0.13ml、5回動作では0.88mlであったのに対し乳汁分泌促進器の1回動作での漏出量は平均0.13ml、5回動作では0.99mlとなった。すなわち、初乳・成乳に関わらず、乳汁分泌促進器は熟練助産師の手技とほぼ同等の乳汁を漏出させることが確認された。また、いずれの場合も搾乳トレーニングモデルの皮膚に圧痕等のトラブルは生じることはなかった。
【0047】
【0048】
(姿勢の違いによる動作試験)
生活の中での乳汁分泌促進器の実際の使用においては、上半身を立ち姿勢の場合と仰臥位の寝姿勢が想定される。そのため、姿勢の違いによる作用効果の差異を検証するべく、前述の褥婦モデルに乳分泌促進器を装着し、同じ条件で縦置き(直立)と横置き(仰臥)それぞれ5回づつ試行して模擬乳汁の採取量を比較した。動作試験の結果は表2のとおりであり、縦置き・横置きの間で採取量にほぼ相違はなく、乳汁分泌促進器の作用効果は使用者の姿勢を問わず有効であることが確認された。
【0049】
【0050】
以上の動作試験から、本発明に係る乳汁分泌促進器は、使用者の姿勢を問わず、熟練助産師の手技に遜色のない効果を発揮することが確認された。人工筋肉リングは乳房の適切な位置に持続的に密着固定させることが重要であるが、乳房の大きさや形状に沿わせることができ、肌に張り付く滑り止め加工を施したパッドを設けているため、乳房への装着後に乳帯(ブラジャー)で押さえることにより人工筋肉リングのずれを防止できることも確認された。
【0051】
以上、本発明に係る乳汁分泌促進器の具体的な構成について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内において改良又は変更が可能であり、それらは本発明の技術的範囲に属するものである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係る乳汁分泌促進器によれば、熟練助産師の手技にも遜色のない乳管開通操作を、褥婦が自ら手軽に実施可能になる。装置は簡易かつ軽量・コンパクトな構造で低コストで製造できるので、産科医院等の医療機関はもとより家庭にも普及させやすく、母乳保育の促進に貢献し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【
図8】乳房に装着された状態の本体部の断面模式図(人工筋肉リング収縮時)
【
図9】乳房に装着された状態の本体部の断面模式図(人工筋肉リング拡張時)
【符号の説明】
【0054】
G 乳管集約部
D 乳管集約部の中心深部
1 乳汁分泌促進器
10 本体部
11 ケース
11a 円盤部
11b 側壁
12 人工筋肉リング
13 接合部
14 軟突起
14a 軟突起の底面
14b 軟突起の天面
15 T字コネクタ
15a ガス吸排管