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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128066
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】表示素子
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/1516 20190101AFI20230907BHJP
   G09F 9/30 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
G02F1/1516
G09F9/30 380
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032125
(22)【出願日】2022-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】星野 勝義
(72)【発明者】
【氏名】塚田 学
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和真
【テーマコード(参考)】
2K101
5C094
【Fターム(参考)】
2K101AA22
2K101DA01
2K101DB03
2K101DB32
2K101DC05
2K101DC06
2K101DC45
2K101ED52
2K101EE02
2K101EG52
2K101EJ15
2K101EJ23
2K101EK05
2K101EK21
2K101EK35
5C094AA31
5C094BA54
5C094FB01
(57)【要約】
【課題】エレクトロクロミズムを示す膜の繰り返し耐久性に優れる表示素子を提供する。
【解決手段】基板と、チオフェン重合体と樹脂を含有し前記基板上に形成された膜と、膜に電圧を印加する電圧印加手段とを有し、膜は、樹脂を母材としてチオフェン重合体の粒子が分散した構造を有している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、チオフェン重合体と樹脂を含有し前記基板上に形成された膜と、前記膜に電圧を印加する電圧印加手段とを有し、
前記膜は、前記樹脂を母材として前記チオフェン重合体の粒子が分散した構造を有していることを特徴とする表示素子。
【請求項2】
前記チオフェン重合体は、3-メトキシチオフェンオリゴマー、3-エトキシチオフェンオリゴマー、および/または3-プロポキシチオフェンオリゴマーであることを特徴とする請求項1に記載の表示素子。
【請求項3】
前記樹脂は、ポリエステル樹脂、および/またはアクリル樹脂であることを特徴とする請求項1に記載の表示素子。
【請求項4】
前記チオフェン重合体と前記樹脂との混合比が1:0.6~1:2であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の表示素子。
【請求項5】
前記チオフェン重合体と前記樹脂との混合比が1:0.8~1:1.2であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の表示素子。
【請求項6】
前記膜の断面には、1μm×1μmの範囲における対角線上において、粒径が10nm~40nmの前記チオフェン重合体の粒子の数が平均25個以上80個以下存在することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の表示素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロクロミズムを利用した表示素子に関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学的な酸化還元反応によって可逆的な色変化が生じる現象、すなわちエレクトロクロミズムを示すエレクトロクロミック材料は、電圧印加による色変化が電源を切った後も持続するメモリ性を有することから、近年、省エネルギの観点からも注目されており、ディスプレイ等を構成する表示素子への応用研究が進められている。
【0003】
特許文献1には、エレクトロクロミック材料である3-メトキシチオフェンの化学重合により得られる3-メトキシチオフェン重合体を有機溶媒に溶解させた溶液を酸化インジウムスズ(ITO)基板上に塗布することによって得られる膜を備え、電解液中で当該膜に異なる電圧を印加することにより、金色調と緑色光沢色の金属光沢色間での可逆的な色変化が生じるエレクトロクロミズムを発現可能な表示素子が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-95724号公報(第3頁~第5頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような、表示素子は、従来の酸化タングステンやビオロゲン等のエレクトロクロミック材料を用いたものとは異なり、光沢を有した可逆的な色変化を発現させるという全く新たな機能を有しており、その実用化が産業界から強く望まれている。しかしながら、特許文献1の表示素子は、繰り返し使用すると、色変化が十分に生じないサンプルや、色変化が十分に生じても光沢が弱まるサンプルが多かった。
【0006】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、エレクトロクロミズムを示す膜の繰り返し耐久性に優れる表示素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の表示素子は、
基板と、チオフェン重合体と樹脂を含有し前記基板上に形成された膜と、前記膜に電圧を印加する電圧印加手段とを有し、
前記膜は、前記樹脂を母材として前記チオフェン重合体の粒子が分散した構造を有していることを特徴としている。
この特徴によれば、エレクトロクロミズムを示す膜が基板から剥離することを抑制できる。
【0008】
前記チオフェン重合体は、3-メトキシチオフェンオリゴマー、3-エトキシチオフェンオリゴマー、および/または3-プロポキシチオフェンオリゴマーであることを特徴としている。
この特徴によれば、膜においてチオフェン重合体の粒子が樹脂中に均一に分散しやすい。
なお、本明細書において「および/または」は、これらすべての内の少なくとも一つを含むという意味である。
【0009】
前記樹脂は、ポリエステル樹脂、および/またはアクリル樹脂であることを特徴としている。
この特徴によれば、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間で色変化させることが可能となる。
【0010】
前記チオフェン重合体と前記樹脂との混合比が1:0.6~1:2であることを特徴としている。
この特徴によれば、基板からの膜の剥離を一層抑制することができる。
【0011】
前記チオフェン重合体と前記樹脂との混合比が1:0.8~1:1.2であることを特徴としている。
この特徴によれば、基板からの膜の剥離を一層抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させることができる。
【0012】
前記膜の断面には、1μm×1μmの範囲における対角線上において、粒径が10nm~40nmの前記チオフェン重合体の粒子の数が平均25個以上80個以下存在することを特徴としている。
この特徴によれば、チオフェン重合体の粒子は膜の断面において密にかつ適度に分散して配置されており、樹脂はチオフェン重合体の粒子を結合するように粒子の周辺に配置されるため、基板からの膜の剥離を一層抑制しつつ、電子移動を可能とし金属光沢色間での色変化を安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施例1における表示素子におけるチオフェン重合体・樹脂混合膜電極の断面を走査型電子顕微鏡で観察した画像である。
図2】実施例1における混合比が異なる混合膜の外観を観察した画像である。
図3】実施例1における電気化学測定/吸収スペクトル同時測定用電解セルを示す図である。
図4】実施例1における混合比が異なる混合膜のサイクリックボルタンモグラムを示す図である。
図5】実施例1における混合比が異なる混合膜のサイクリックボルタンメトリー測定時における電位と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図6】実施例1における混合比1:0の混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図7】実施例1における混合比1:0.5の混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図8】実施例1における混合比1:1の混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図9】実施例1における混合比1:2の混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図10】実施例1における混合比が異なる混合膜に酸化還元による繰り返し試験を行った前後の膜の外観を観察した画像である。
図11】実施例1における混合比1:1の混合膜に酸化還元電位を印加した際の応答速度と吸光度(λ=600nm)の変化を示す図である。
図12】実施例1における混合比1:1の混合膜の膜厚方向におけるAl、SおよびCl元素の分布を示す図である。
図13】実施例1における混合比1:1の混合膜の断面におけるAl、SおよびCl元素マッピング像を示す画像である。
図14】実施例1における混合比1:1の混合膜の断面を走査型電子顕微鏡で観察した拡大画像である。
図15】実施例1における混合比1:1の混合膜の断面におけるチオフェン重合体の粒子と樹脂の状態を示す模式図である。
図16】本発明の実施例2における樹脂の種類が異なる混合膜の外観を観察した画像である。
図17】実施例2における樹脂の種類が異なる混合膜のサイクリックボルタンモグラムを示す図である。
図18】実施例2における樹脂の種類が異なる混合膜のサイクリックボルタンメトリー測定時における電位と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図19】実施例2における樹脂の種類が異なる混合膜にサイクリックボルタンメトリー測定を行った前後の膜の外観を観察した画像である。
図20】実施例2におけるポリエステル樹脂(バイロン220)を用いた混合膜のサイクリックボルタンメトリー測定を行った前後の膜の外観を観察した画像である。
図21】実施例2におけるポリエステル樹脂(バイロン220)を用いた混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と電流の関係を示す図である。
図22】実施例2におけるポリエステル樹脂(バイロン220)を用いた混合膜に酸化還元電位を印加した際のサイクル数と吸光度(λ=600nm)の関係を示す図である。
図23】実施例2におけるポリエステル樹脂(バイロン220)を用いた混合膜に酸化還元電位を印加した際の応答時間と吸光度λ=600nm)の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態や実施例の例示に限定されるものではない。
【0015】
発明者らは、試行錯誤の研究の末、絶縁性の樹脂をチオフェン重合体と混合しながらも、エレクトロクロミック特性を生じさせ得るという知見を得て、この知見を基に膜と基板の密着性に着眼し、繰り返し使用時の色変化や光沢を十分に発揮できる表示素子を作製することができた。
【0016】
本発明に係る表示素子(以下、「本表示素子」という。)は、基板と、チオフェン重合体と樹脂を含有し基板上に形成された膜と、膜に電圧を印加する電圧印加手段とを有している。本表示素子においては、基板上にチオフェン重合体・樹脂混合膜(以下、「本混合膜」という。)が形成されることにより、エレクトロクロミズムを示す膜電極が構成される。なお、本表示素子は、エレクトロクロミズムを示す膜電極に本混合膜が用いられる点以外は、周知の表示素子と略同一構成であるため、詳しい説明を省略する。
【0017】
(チオフェン重合体)
本混合膜において「チオフェン重合体」とは、二以上のチオフェンが互いに結合して重合したものをいい、下記一般式で示される化合物をいう。
【0018】
【化1】
【0019】
上記式において、Rは置換基であり、本混合膜に金属光沢色を付与できる限りにおいて限定されるわけではないが、アルコキシ基、アミノ基、アルキル基、ヒドロキシル基、ヒドロキシアルキル基、アリール基、シアノ基、または、ハロゲンのいずれかであることが好ましく、さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から、Rはアルコキシ基であることが好ましい。また、Rは一つのチオフェン環に一つであっても、二つであってもよい。また、本実施形態に係るチオフェン重合体において、各チオフェンの上記Rは同じであっても異なっていてもよい。さらに、チオフェン重合体は陰イオンによってドーピングされていると、金および銅に近い金色調および銅色調を呈する。陰イオンとしては、過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、硝酸イオン、クエン酸イオン、シュウ酸イオン、パラトルエンスルホン酸イオン、ポリスチレンスルホン酸イオン等を挙げることができる。
【0020】
なお「チオフェン」は、上記の記載からも明らかなように、硫黄を含む複素環式化合物
であって、下記一般式で示される化合物である。式中Rの定義は上記と同様である。
【0021】
【化2】
【0022】
なお、上記式中Rがアルコキシ基である場合、限定されるわけではないが、炭素数は1以上8以下であることが好ましく、より具体的には、3-メトキシチオフェン、3,4-ジメトキシチオフェン、3-エトキシチオフェン、3-プロポキシチオフェン、3-ブトキシチオフェン、3-メトキシ-4-メチルチオフェン、3-エトキシ-4-メチルチオフェン、3-ブトキシ-4-メチルチオフェン、3,4-ジエトキシチオフェン、3,4-エチレンジオキシチオフェン、3,4-プロピレンジオキシチオフェン等を例示することができる。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から、3-メトキシチオフェン、3-エトキシチオフェン、3-プロポキシチオフェンであることが好ましく、さらに色変化を安定させる観点から特に3-メトキシチオフェンであることが好ましい。
【0023】
また、上記式中Rがアルキル基である場合、限定されるわけではないが、炭素数は1以上12以下であることが好ましく、より具体的には、3-メチルチオフェン、3,4-ジメチルチオフェン、3-エチルチオフェン、3,4-ジエチルチオフェン、3-ブチルチオフェン、3-ヘキシルチオフェン、3-ヘプチルチオフェン、3-オクチルチオフェン、3-ノニルチオフェン、3-デシルチオフェン、3-ウンデシルチオフェン、3-ドデシルチオフェン、3-ブロモ-4-メチルチオフェン等を例示することができる。
【0024】
また、上記式中Rがアミノ基である場合、3-アミノチオフェン、3,4-ジアミノチオフェン、3-メチルアミノチオフェン、3-ジメチルアミノチオフェン、3-チオフェンカルボキシアミド、4-(チオフェン-3-イル)アニリン等を例示することができる。
【0025】
また、本混合膜において、「チオフェン重合体」の分子量としては、混合膜が金属光沢色を有する限りにおいて限定されるわけではないが、GPC測定法により求められる重量平均分子量の分布のピークが200以上30000以下の範囲内にあることが好ましく、より好ましくは500以上10000以下の範囲内である。
【0026】
また、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から「チオフェン重合体」は、比較的分子量の小さいオリゴマーであることが好ましい。
【0027】
また、本混合膜において、チオフェン重合体は、作製することができる限りにおいて限定されず種々の方法を採用することができる。例えば、チオフェン重合体は、化学重合または電解重合によって作製することができる。
【0028】
(化学重合)
ここで「化学重合法」とは、酸化剤を用いて液相および固相の少なくともいずれかにおいて行う重合をいう。
【0029】
この方法では、具体的に(1)酸化剤を用いてチオフェンを重合してチオフェン重合体を含む溶液とする工程、(2)チオフェン重合体を含む溶液から未反応原料および副生成物を除去してチオフェン重合体粉末を得る工程、を有する。
【0030】
まず、この方法では、(1)酸化剤を用いてチオフェンを重合し、このチオフェン重合体を含む溶液を作製する。ここで用いる「チオフェン」および得られる「チオフェン重合体」は、上記したものである。チオフェン重合体は、上記の通り、いわゆるオリゴマーの範囲にあることが好ましく、具体的には重量平均分子量の分布ピークが200以上30000以下の範囲内となるように重合することが好ましく、さらに樹脂中にチオフェン重合体の粒子を分散させやすくする観点から、200以上15000以下の範囲内となるように重合することが好ましい。これは、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が均等に分散していると、本混合膜は適度な電気伝導性を有しエレクトロクロミック特性を生じさせ得るものとなるからである。
【0031】
本工程において、酸化剤は、チオフェン重合体を製造することができる限りにおいて限定されず様々なものを使用することができるが、例えば第二鉄塩、第二銅塩、セリウム塩、二クロム酸塩、過マンガン酸塩、過硫酸アンモニウム、三フッ化ホウ素、臭素酸塩、過酸化水素、塩素、臭素およびヨウ素を挙げることができ、中でも第二鉄塩が好ましい。なお、水和物であってもよい。また、この場合において、この対となるイオンも適宜調整可能であって限定されるわけではなく、例えば塩化物イオン、臭化物イオン、クエン酸イオン、シュウ酸イオン、パラトルエンスルホン酸イオン、硫酸イオン、過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン等を挙げることができ、その中でも、過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、および、パラトルエンスルホン酸イオンの少なくともいずれかを用いると、測色計による数値評価で規定される金に近い金色調の金属光沢色を得ることができ好ましい。金に近い金色調の金属光沢色を得ることができる理由は、推測の域であるが、過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、パラトルエンスルホン酸イオンが重合の際、チオフェン重合体にドーパントとして組み込まれ、チオフェン重合体内に生成されるカチオン部位と結合して安定化し、規則正しい分子配向構造の形成(ラメラ結晶構造の形成)に寄与するためであると考えられる。実際のところ金属光沢色を有する膜を分析するとこれらが安定的に存在することが確認されている。こうして形成されたラメラ結晶構造は、高密度な構造であるために、光学定数(屈折率と消衰係数)が有機物でありながら極めて大きくなり、その結果、光をはね返す効果、すなわち反射率が高くなることが明らかにされている(Minako Kubo,Minako Tachiki,Terumasa Mitogawa,Kota Saito,Ryota Saito,Satoru Tsukada,Takahiko Horiuchi,Katsuyoshi Hoshino,Coatings,11巻,記事番号861(2021年))。
【0032】
また、本工程において、重合は溶媒を用い、この溶媒中において行うことが好ましい。用いる溶媒は、上記酸化剤およびチオフェンを十分に溶解し効率的に重合させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、高い極性を有し、ある程度の揮発性を有する有機溶媒であることが好ましく、例えばアセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレン、ニトロメタン、1-メチル-2-ピロリジノン、ジメチルスルホキシド、2-ブタノン、テトラヒドロフラン、アセトン、メタノール、アニソール、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、トリクロロエチレン、シクロヘキサノン、ジクロロメタン、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、エタノール、ブタノール、ピリジン、ジオキサン、およびこれらの混合物等を用いることができるが、アセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレンはチオフェン重合体が可溶であり、より良好な金属光沢色を備えた膜となりやすく好ましい。
【0033】
なお、本工程において、溶媒に対し用いるチオフェン、酸化剤の量は適宜調整可能であり限定されるわけではないが、溶媒の重量を1とした場合、チオフェンの重量は0.00007以上7以下であることが好ましく、より好ましくは0.0007以上0.7以下であり、過塩素酸鉄(III)n水和物の場合、重量は0.0006以上6以下であることが好ましく、より好ましくは0.006以上0.6以下である。
【0034】
また、本工程において、用いるチオフェンと酸化剤の比としてはチオフェンの重量を1とした場合、0.1以上1000以下であることが好ましく、1以上100以下であることがより好ましい。
【0035】
また、本工程は、チオフェンと酸化剤を溶媒に一度に加えてもよいが、溶媒にチオフェンを加えた溶液と、酸化剤を溶媒に加えた溶液の二種類の溶液を別途作製し、これらを加え合わせることで重合反応を行わせてもよい。
【0036】
また、この方法において、上記作製したチオフェン重合体は、溶媒を除去して粉末状のチオフェン重合体(チオフェン重合体粉末)としておくことが好ましい。このようにしておくことで後述の溶媒に溶解させつつ樹脂と混合し、当該溶液を基板に塗布することにより本混合膜を製造することが可能となる。なお、酸化剤において上記過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、パラトルエンスルホン酸イオンを含むものを用いた場合、上記チオフェン重合体に安定的に結合されているため残り、金属光沢色の状態を安定的に維持することができる。
【0037】
(電解重合)
また、本混合膜において、上記の通りチオフェン重合体は、電解重合を用いて製造することもできる。本実施形態において、電解重合とは、重合体の前駆体となる物質(モノマー)を、支持電解質を含む溶液に溶解し、その後モノマーを電極酸化することにより、導電体上に溶液不溶性重合体膜を形成する手法をいう。
【0038】
また、本実施形態において、陽極酸化させる際、電位掃引法を用いることが好ましい。電位掃引法とは、支持電解質を含む溶液に一対の電極を浸漬し、一定の速度で電位を変化させつつ印加する処理をいう。
【0039】
また、本実施形態において用いられる溶液の溶媒としては、特に限定されるわけではないが、例えば水、アルコールの他、藤島昭、相澤益男、井上徹、電気化学測定法、技報堂出版、上巻107-114頁、1984年に記載の溶媒を採用できる。また、種々の溶媒の混合溶媒も好ましい。さらに、ドデシル硫酸ナトリウム等の陰イオン界面活性剤、臭化ドデシルトリメチルアンモニウム等のカチオン性界面活性剤、およびポリオキシエチレンラウリルエーテル等の非イオン性界面活性剤を用いると、測色計による数値評価で規定される金に近い金色調の金属光沢色を得ることができ好ましい。
【0040】
また、本実施形態において用いられる溶液の支持電解質は、電気分解において必須の成分であり、溶媒に十分溶解し、電気分解されにくいカチオンまたはアニオンを構成要素とするものが好ましく、限定されるわけではないが、カチオンに注目すれば例えばリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、テトラアルキルアンモニウム塩の少なくともいずれかを用いることが好ましく、アニオンに注目すれば例えばハロゲン化物、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ酸塩、六フッ化リン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩の少なくともいずれかを用いることが好ましい。支持電解質の濃度は、限定されるわけではないが0.001M以上溶解度以下であることが好ましく、0.01M以上5M以下であることがより好ましい。
【0041】
また、本実施形態において、電解重合で用いられるチオフェンモノマーの電解溶液中における濃度は、限定されるわけではないが、0.1mM以上溶解度以下であることが好ましく、より具体的には0.5mM以上3M以下であることがより好ましい。
【0042】
また、本実施形態において、電解重合は溶液を入れた電解容器に導電体(動作電極として機能させる)を浸漬し、これに対向電極、必要に応じて電位の基準となる参照電極の3本の電極を用いる3電極式、または、導電体と対向電極だけを用いる2電極式を採用することができる。なお、導電体の電位を基準となる参照電極に対して厳密に規定することのできる3電極式は、本方法によって形成される金属光沢色を有するチオフェン重合体を再現性良く作製することができる点においてより好ましい。
【0043】
動作電極としての導電体は、3電極式および2電極式のいずれの場合においても、電極酸化に対して安定な物質であれば良く、限定されるわけではないが、例えば上記したように、酸化インジウムスズ(ITO)や酸化スズ(TO)等が塗布された透明導電ガラス電極、金属電極、ステンレス等の合金電極、グラシーカーボン電極等を好適に用いることができる。また、対向電極としては、上記電極材料に加え、ステンレスや銅板等の金属電極を好適に用いることができる。また参照電極は、限定されるわけではないが例えば銀・塩化銀電極(Ag/AgCl電極)、飽和カロメル電極を好適に用いることができる。
【0044】
また、本実施形態において電解重合における電位掃引法は、負電位と正電位の間で掃引することが好ましい。またこの場合において、負電位は、-1.5V以上-0.01V以下の範囲であることが好ましく、より好ましくは-1.0V以上-0.1V以下の範囲、さらに好ましくは-0.7V以上-0.2V以下の範囲である。また、正電位は、+1.0V以上+3.0V以下の範囲であることが好ましく、より好ましくは+1.0V以上+2.0V以下の範囲、さらに好ましくは+1.0V以上+1.5V以下の範囲内である。
【0045】
また、本実施形態において、電位掃引法は、掃引速度について、金属光沢色を有するチオフェン重合体を製造することができる限りにおいて限定されるわけではないが、0.1mV/秒以上10V/秒以下の範囲内とすることが好ましく、より好ましくは1mV/秒以上1V/秒以下の範囲、さらに好ましくは2mV/秒以上300mV/秒以下の範囲内である。
【0046】
また、電解重合の時間としては、金属光沢色を有するチオフェン重合体を析出させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、上記印加電圧の範囲内において1秒以上5時間以下の範囲内において行うことが好ましく、10秒以上1時間以下の範囲内において行うことがより好ましい。
【0047】
また、この電気分解の温度としては電解重合により金属光沢色を有するチオフェン重合体を析出させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、-20℃以上60℃以下の範囲内にあることが好ましい。
【0048】
また、この電気分解は、大気中の成分物質が関与することの少ない反応でありまた比較的低電位で行われるため、大気中で行うことができる。電解液中の溶存酸素の酸化等、生成した膜を汚染する可能性を回避する観点から、窒素ガスやアルゴンガス雰囲気中で行うことが好ましいが、汚染の心配はほとんど無い。しかし、電解重合を形成する場合、溶液中に酸素が多く存在すると電極反応に影響を与えてしまう可能性があるため、不活性ガス(窒素ガスやアルゴンガス)によるバブリングを行うことも有用である。
【0049】
(樹脂)
本混合膜において樹脂は、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかであることが好ましく、特に膜の光沢性や耐剥離性の観点からポリエステル樹脂が特に好ましい。なお、これらは絶縁性透明樹脂である。
【0050】
ポリエステル(PES)樹脂とは、多価カルボン酸と多価アルコールとの重縮合体からなる樹脂をいい、この限りにおいて限定されるわけではないが、例えばポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンイソフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメチルテレフタレート、ポリトリメチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート、ポリトリテトラメチレンナフタレートおよびこれらの共重合体および混合物等を例示することができるがこれに限定されない。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から、特にポリエチレンイソフタレートテレフタレート共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンイソフタレートであることが好ましい。
【0051】
また、本実施形態におけるポリエステル樹脂の数平均分子量は、本混合膜が金属光沢色を有する限りにおいて限定されるわけではないが、1000以上1000000以下であることが好ましく、より好ましくは2000以上100000以下、さらに好ましくは2000以上30000以下である。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から2000以上20000以下であることが好ましく、さらに3000以上10000以下であることが好ましい。
【0052】
アクリル樹脂とは、アクリル酸エステルまたはメタクリル酸エステルの重合体をいい、例えばポリメタクリル酸メチル樹脂を例示することができる。
【0053】
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)樹脂とは、アクリル酸エステルを重合させた樹脂である。また、ポリメタクリル酸メチル樹脂の重量平均分子量は、本混合膜が金属光沢色を有する限りにおいて限定されるわけではないが、1000以上1000000以下であることが好ましく、より好ましくは3000以上500000以下である。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から3000以上300000以下であることが好ましく、さらに10000以上200000以下であることが好ましく、さらに100000以上200000以下であることが好ましい。
【0054】
また、本混合膜に含有される樹脂は、1種類に限らず、異なる種類の樹脂が複数組み合わせられていてもよいし、共重合体でもよい。
【0055】
(製造方法)
本混合膜は、上記の化学重合あるいは電解重合で合成されたチオフェン重合体とポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかを混合することで作製するが、この混合においては、溶媒を用いることが好ましい。溶媒としては、上記ポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかとチオフェン重合体を混合させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、例えばニトロメタン、γ-ブチロラクトン、アセトニトリル、炭酸プロピレン、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドンおよびこれらの混合物を用いることができる。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から、特にγ-ブチロラクトン、ニトロメタン、炭酸プロピレンであることが好ましい。
【0056】
また、チオフェン重合体とポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかの混合比は、混合膜の繰り返し耐久性を向上させる限りにおいて限定されるわけではないが、1:0.3~1:3であることが好ましい。さらに、本混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造により、基板からの膜の剥離を抑制する観点から1:0.6~1:2であることが好ましく、さらに基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点から1:0.8~1:1.2であることが好ましい。
【0057】
また、チオフェン重合体とポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかの混合物と溶媒の濃度の比は、溶解が可能で、必要な粘度とすることができる限りにおいて適宜調整可能であれば限定されるものではないが、例えば、チオフェン重合体と樹脂の総重量を1とした場合、0.1以上1000以下であることが好ましい。
【0058】
そして、上記作製した溶液を基板の上に塗布し、乾燥させて溶媒を除去することで、基板上に混合膜を形成することができる。なお、本混合膜は、基板上に溶液を塗布し、乾燥させて溶媒を除去するだけで、上述したように樹脂中にチオフェン重合体の粒子が分散した構造を得ることができるため、膜電極の製造が容易である。
【0059】
このように、本混合膜は、実質的にチオフェン重合体と樹脂から構成されている。なお、膜は、チオフェン重合体および樹脂以外の不可避的不純物を含んでいてもよい。
【0060】
また、本混合膜が被膜される基板は、ガラス基板の表面にITO、TO、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)等の透明導電ガラス基板であることが好ましい。なお、基板に透光性が不要であれば、ステンレス、チタン、白金、金等の金属基板、グラシーカーボン等の炭素基板が用いられてもよい。
【0061】
また、図1に示されるように、本混合膜は、樹脂を母材としてチオフェン重合体の粒子が密にかつ適度に分散した構造を有している(図1参照)。なお、図1は、後述する実施例1で製作された混合膜であり、本混合膜の一例である。本混合膜の断面には、1μm×1μmの範囲における対角線上において、粒径が15~40nmのチオフェン重合体の粒子の数が平均25個以上80個以下存在していることが好ましく、さらに粒径が20~30nmのチオフェン重合体の粒子の数が平均35個以上50個以下存在していることが好ましい。
【0062】
以上、本表示素子は、基板と、チオフェン重合体と樹脂を含有し基板上に形成された膜(本混合膜)と、膜に電圧を印加する電圧印加手段とを有し、膜は、樹脂を母材としてチオフェン重合体の粒子が分散した構造を有することにより、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させることができるものであり、エレクトロクロミズムを示す膜の繰り返し耐久性に優れる表示素子を提供することができる。
【0063】
なお、本明細書において「金属光沢色間での色変化を安定させる」とは、表示素子の膜電極における酸化還元の繰り返しに伴い、混合膜の光沢性と一定の色変化の幅、すなわちコントラストが維持されることである。上記チオフェン重合体および樹脂を上記混合比で混合することにより、基板上に形成される混合膜において、樹脂中にチオフェン重合体の粒子が均等に分散し、エレクトロクロミズムが確実に発現するため、金属光沢色間での色変化を安定させることができる。
【0064】
また、基材からの膜の剥離が抑制される理由は、樹脂中においてチオフェン重合体の粒子が密にかつ適度に分散することにより、少なくとも膜の基材側において樹脂が略均一に分布することとなり、膜における樹脂部分が基材の表面に密着した状態となるためであると推測される。
【0065】
また、本混合膜において、樹脂と混合された状態でチオフェン重合体が金属光沢色を示す理由は、樹脂中においてチオフェン重合体の粒子が密にかつ適度に分散することにより電子移動を可能とし、さらにチオフェン重合体を構成する分子が規則的に配向し、特定の波長を反射するためであると推測される。
【0066】
なお、通常、チオフェン重合体に他の混合物である樹脂を混合させた場合、チオフェン重合体の分子の規則的な配列は乱され、金属光沢色を示す構造の実現は容易ではない。混合膜が金属光沢色を呈色するためには、チオフェン重合体を構成する分子の規則的な配向を維持する必要があるが、これはチオフェン重合体と樹脂との混合比により調整することができる。また、当該配向は、基板の表面性状等にも影響を受けることが確認されている。すなわち、混合膜が形成される基板の種類を選択することにより金属光沢色を呈色するように調整することができる。
【0067】
また、本混合膜は、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂等の絶縁性透明樹脂が混合された状態でもなおチオフェン重合体が電気化学的応答性、すなわちエレクトロクロミズムを示す。
【実施例0068】
上記実施形態に係る実施例の表示素子を実際に作製し、エレクトロクロミズムを示す膜の繰り返し耐久性を確認した。以下具体的に説明する。
【0069】
本実施例1においては、先ず、化学酸化重合法により3-メトキシチオフェンオリゴマーの合成を行った。具体的には、三つ口フラスコに原料モノマーである3-メトキシチオフェン(1mmol、和光純薬社製、純度98%以上)とアセトニトリル(関東化学社製、純度99.5%以上)10mLを加え、攪拌しながら30分間窒素バブリングを行った。ここに、酸化剤である過塩素酸鉄(III)n水和物(2mmol、シグマアルドリッチ社製)を溶解したアセトニトリル溶液(10mL)を加え、撹拌しながら2時間重合を行った。重合後に、沈殿物を濾過した。濾過を行う際、酸化剤を完全に除去するためにメタノール(関東化学社製、純度99.8%以上)で5回洗浄を行った。濾過後、残渣を乾燥機で真空乾燥し、ClO ドープされた3-メトキシチオフェンオリゴマーを得た。
【0070】
次に、γ-ブチロラクトン(東京化成工業社製、純度99%以上)1gにポリエステル樹脂A(東洋紡社製 バイロン220、非晶性ポリエステル、数平均分子量3000)を加え、樹脂が完全に溶解するまで撹拌した。この樹脂溶液に、3-メトキシチオフェンオリゴマー0.01gを加え、完全に溶解するまで撹拌し、塗布液をそれぞれ調整した。
【0071】
次に、上記各塗布液をマイクロピペッタでドロップキャスト法によりITOコートガラス(ジオマテック社製、シート抵抗値10Ω/sq)基板上に広がるように塗布し、恒温温風乾燥機(ヤマト科学社製 DN64)内において80℃で温風乾燥することで混合膜を製膜し、膜電極を得た。
【0072】
なお、ドロップキャスト法では、基板の表面を構成するITOの状態は形成する膜に大きな影響を及ぼすため、ITOコートガラス基板(以下、「ITO基板」という。)の洗浄は特に念入りに行った。具体的には、先ず、ダイヤモンドカッタを使用して切り分けたITO基板を蒸留水、トリクロロエチレン(関東化学社製、純度99.5%以上)、アセトン(関東化学社製、純度99.5%以上)、エタノール(関東化学社製、純度99.5%以上)中でそれぞれ20分ずつ超音波洗浄を行った。各溶液での超音波洗浄の後は、一度ITO基板を取り出して乾燥させてから、次の溶液での洗浄を行った。最後のエタノールでの洗浄の後は、ITO基板を実験で使用するまでサンプル瓶にエタノール中で保存した。実験で使用する際には、アセトン、2-プロパノール(関東化学社製、純度99.7%以上)、エタノールで再度20分ずつ超音波洗浄をし、その後よく乾燥させてから使用した。
【0073】
(混合比の異なる混合膜の作製)
次いで、塗布液における3-メトキシチオフェンオリゴマーとポリエステル樹脂Aの混合比を変えることで、混合膜の物性と剥離に与える影響について検討した。具体的には、溶媒であるγ-ブチロラクトン1gに3-メトキシチオフェンオリゴマー0.01gとポリエステル樹脂Aの混合重量比が1:0.5(ポリエステル樹脂A0.005g)、1:1(ポリエステル樹脂A0.01g)、1:2(ポリエステル樹脂A0.02g)になるように加え、塗布液を調製した。また、比較例として3-メトキシチオフェンオリゴマー塗布液(混合比1:0)およびポリエステル樹脂A塗布液(混合比0:1)も同様に調製した。
【0074】
(混合膜の外観)
図2に示されるように、ITO基板上に製膜された混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜は、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)と同様に金色調の金属光沢色を発現していることを確認した。詳しくは、ポリエステル樹脂Aを用いた混合膜は、空気と接している表面が金色調、ITO基板と接している裏面が黒に近い色度を呈することを確認した。なお、ポリエステル樹脂A単独膜(混合比0:1)は、無色透明であるため図示を省略している。
【0075】
また、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜は、ポリエステル樹脂Aの含有量が増加するにつれて、混合膜の色が金色調から緑みを帯びた金色調に変化していることを確認した。
【0076】
このように、混合比によって混合膜中における3-メトキシチオフェンオリゴマーとポリエステル樹脂Aの混在状態や、3-メトキシチオフェンオリゴマーを構成する分子の配向等の状態が変化することにより、混合膜の色調や光沢が変化するものと推測される。
【0077】
(混合膜の膜厚および電気伝導度)
次いで、触針式表面形状測定器触(Veeco社製 Dektak3030)により膜の膜厚を、抵抗率計(三菱ケミカル社製 MCP-T600)を用いて膜の抵抗率を測定し、四探針法により電気伝導度を求めた結果を表1に示す。
【0078】
【表1】
【0079】
表1に示されるように、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜は、ポリエステル樹脂Aの含有量が増加するにつれて、抵抗率が増加し、電気伝導度が減少していることを確認した。また、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜は、電気伝導度が10-3~10-4S/cm程度の値を示し、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)の電気伝導度程高くないものの、電気化学測定が行える程度の電気伝導度であることを確認した。
【0080】
なお、金属の反射は高い電気伝導度に起因した自由電子のプラズマ反射によって起きるものであることから、これらの金属光沢色を示す混合膜の反射原理は、金属のプラズマ反射とは異なる反射原理を有しているものと推測される。
【0081】
また、チオフェン重合体を構成する分子は、膜内で規則的な配列を持ち、分子内だけでなく分子間でもπ共役することで電気伝導度が向上することが知られている。そのため、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜内においても、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜と同様にチオフェン重合体を構成する分子が規則的な配列を形成しているものと推測される。
【0082】
(混合膜のエレクトロクロミック特性)
次いで、混合膜のエレクトロクロミック特性の測定を行った。混合膜の色変化挙動は、サイクリックボルタンメトリー(CV)およびCV測定時の吸光度を測定し検討を行った。測定には、電気化学アナライザ(ALS社製 Model750A)を使用した。また、図3に示されるように、電解セルは、動作電極に混合膜電極、対向電極に白金リング、そして参照電極に銀塩化銀電極(Ag/AgCl)を用いた。電極面積(塗布膜が電解液に浸漬している面積)は1.0cm、電位掃引範囲は-0.5Vから0.7Vの範囲であり、掃引速度は20mV/sで行った。また、測定は、測定前に30分間以上、電解液の窒素バブリングを施し、測定中は電解液上部に窒素ガスをフローする窒素雰囲気下で測定を行った。電解液は、水と1-ブタノール(関東化学社製、純度99.0%以上)を96:4の体積比で混合した溶媒に、支持電解質として過塩素酸リチウム(0.1M、富士フイルム和光純薬社製)を加えた溶液である。ここでは、電位掃引の繰り返し回数を5サイクルとした。なお、吸収スペクトル測定時のバックグラウンドのスペクトルは、電解セルと電解液の吸収の寄与を含んだものとなる。なお、測定波長は膜が金色調に着色したときの混合膜のピーク波長である600nmとした。吸収スペクトルの測定には、紫外可視分光光度計(オーシャンオプティクス社製 DH-2000)を用いた。
【0083】
図4の混合膜電極のサイクリックボルタンモグラムに示されるように、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜において、ポリエステル樹脂Aの含有量が増加するにつれて、ピーク電流値が減少していることを確認した。
【0084】
また、混合比が1:0.5、1:1、1:2の混合膜において、ポリエステル樹脂Aの含有量が増加するにつれて酸化電位が高電位側にシフトしており、特に混合比が1:2の混合膜は、酸化波が2つに分離することを確認した。
【0085】
これは、3-メトキシチオフェンオリゴマーの反応で、第1酸化波はポーラロン(カチオンラジカル)が生成するときの反応、第2酸化波はバイポーラロン(ジカチオン)が生成するときの反応であると推測される。また、混合膜内において、ポリエステル樹脂Aの含有量が増加するとドーパントであるClO の移動がポリエステル樹脂により阻害されるため、反応に必要な電位が大きくなると同時に、ポーラロンとバイポーラロンの生成が近接した電位で生じるのではなく、逐次的に進行したために酸化電位のアノードシフトと波形の分離が生じたものと推測される。
【0086】
また、図5のサイクリックボルタンメトリー測定時の吸光度測定の結果に示されるように、金色調に着色したときの混合膜のピーク波長である600nmでのスペクトルが酸化状態では高く、還元されることで減少することがすべての膜で起きていることを確認した。
【0087】
これは、混合比が1:2の混合膜の場合、図4の混合膜電極のサイクリックボルタンモグラムに示されるように、特にバイポーラロンが生成される第2酸化波の電流値が低いため、金色調状態の吸光度が小さくなっていることから、ポリエステル樹脂Aの混合比率が大きいことと、最も厚い膜厚を有すること(表1参照)と関連するものと推測される。
【0088】
なお、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)は、初期の電位掃引で電流値と吸光度が激減することを確認した。これは、初期の電位掃引時に、基板からの膜の剥離が生じ、電極反応およびそれに伴う色変化、すなわちエレクトロクロミズムが阻害されたことによるものと推測される。
【0089】
(混合膜の繰り返し耐久性と応答速度)
次いで、一定の時間、酸化電位を印加しながら吸光度を測定し、その後、一定の時間、還元電位を印加しながら吸光度を測定する実験(クロノアンペロメトリー)を行い、繰り返し耐久性と応答速度の測定を行った。なお、測定条件は、還元電位は-0.5V、酸化電位は0.7Vとし、還元電位と酸化電位の印加時間は共に3.0sまたは5.0sとした。また、還元電位と酸化電位の印加時間は応答速度によって影響されるため、電気伝導度が小さい混合比1:2の混合膜のみ印加時間を5.0sとした。また、ここでは300サイクルの酸化還元の往復を行った。
【0090】
図6に示されるように、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)は、酸化還元サイクル数の増加とともに吸光度が減少し、測定後の膜には一部の剥離や亀裂、ひび割れが生じることを確認した(図10参照)。
【0091】
なお、本実施例1において、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)の場合、1回目の酸化還元サイクルから膜の剥離が生じたことにより、吸光度の激減と色変化の消失が生じているものと推測される。
【0092】
図7に示されるように、混合比1:0.5の混合膜は、酸化還元サイクル数の増加とともに吸光度が減少し、測定後の膜には一部の剥離や亀裂、ひび割れが生じることを確認した(図10参照)。
【0093】
また、混合比1:0.5の混合膜では、上記した3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)程の激しい基板からの剥離が生じないため、吸光度変化(すなわち金色調と緑色光沢色の間での色変化)が進行したが、その変化は酸化還元サイクルとともに次第に減少することを確認した。
【0094】
これは、3-メトキシチオフェンオリゴマーに対するポリエステル樹脂Aの量が少なく、ポリエステル樹脂Aによる基板からの剥離の抑制作用が十分に発揮されず、次第に剥離が進行していったためであると推測される。
【0095】
図8に示されるように、混合比1:1の混合膜は、基板から略剥離せず、一定の色変化の幅、すなわちコントラスト(吸光度λ=600nmにおいて1.3~1.8程度にわたる変化の幅)を維持することを確認した(図10参照)。
【0096】
図9に示されるように、混合比1:2の混合膜は、基板から略剥離せず、一定の色変化の幅、すなわちコントラスト(吸光度λ=600nmにおいて1.55~1.75程度)を維持することを確認した。しかし、混合比1:2の混合膜は、混合比1:1の混合膜よりも電気伝導度が小さいため(表1参照)、コントラストが小さく、測定後は膜の光沢が失われ、くすんだ色となることを確認した(図10参照)。
【0097】
これは、3-メトキシチオフェンオリゴマーに対するポリエステル樹脂Aの量が多く、色変化に対する3-メトキシチオフェンオリゴマーの寄与が小さいためであると推測される。
【0098】
このように、混合膜の繰り返し耐久性の実験結果から混合比1:1の混合膜が基板からの剥離が最も抑制され、かつ金属光沢色間での良好な色変化を示すことを確認した。なお、図8において、混合比1:1の混合膜における酸化還元サイクル数は、上限が300回となっているが、実験を継続した結果、酸化還元サイクル数が1000回以上となっても基板からの剥離が抑制され、かつ金属光沢色間での良好な色変化を示すことを確認した。
【0099】
混合膜の応答速度については、繰り返し耐久性に最も優れた混合比1:1の混合膜を用いて行った結果のみを示す。図11は、クロノアンペロメトリー測定時の吸光度のグラフの一部を拡大し横軸を時間に変換した場合の、時間と吸光度の関係を示したものである。吸光度の立ち上がり部分を基にして緑色光沢色状態から金色調への色変化についての応答速度を求めると1.9秒、同様に減少の部分を基にして金色調から緑色光沢色への応答速度を求めると2.1秒であることを確認した。なお、本実施例において定義する応答速度は、吸光度の変化の90%が完了するのに要する時間とした。
【0100】
なお、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)における応答速度は、緑色光沢色状態から金色調への色変化についての応答速度が0.7秒、金色調から緑色光沢色への応答速度が1.9秒であることから、混合比1:1の混合膜の応答速度は、ポリエステル樹脂Aが混合されているにも関わらず、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜と略同等の応答速度を示していることを確認した。
【0101】
(混合膜の断面SEM-EDX)
次いで、混合比1:1の混合膜の膜内部における3-メトキシチオフェンオリゴマーとポリエステル樹脂Aの分布状態を調べるために、膜電極を構成する混合膜と基板を切断し、走査型電子顕微鏡(日本電子社製 JSM-7800F)およびEDXユニット(オックスフォードインスツルメンツ社製 X-MaxN)を用いて断面のSEM-EDXスペクトル測定を行った。
【0102】
図1に示されるように、混合比1:1の混合膜の断面には、粒径15~40nm径のやや明るいコントラストの粒子が暗いコントラストの背景の中に分散している様子が観察できた。また、図1に示される混合膜の膜厚は約2.6μmである。
【0103】
なお、図1に示される混合膜中を斜めに走っている縞状構造は、イオン研磨にて断面出しを行った際の加工ムラである。また、図1においては、下から酸化インジウムスズ(ITO)コートガラス基板、混合膜、アルミニウム蒸着膜の順に積層された構造が確認できるが、アルミニウム蒸着膜は、膜電極の構成ではなく、走査型電子顕微鏡用試料の導電性処理により形成されたものである。
【0104】
ここで、混合比1:1の混合膜の断面における白いコントラストの粒子と暗いコントラストの背景部分を帰属するために、膜厚に沿う方向における元素の線分析を行った。図12に示されるように、混合比1:1の混合膜における膜厚方向のAl(アルミニウム)の分布から、混合膜の膜厚は2.2μmとなり、3-メトキシチオフェンオリゴマーに由来するS(硫黄)およびCl(塩素)の分布をみると、混合膜の表面から0.2μmほど膜内部に入った領域では徐々に濃度が増加し、その後は略一定の分布となることを確認した。
【0105】
このことから、図1における暗いコントラストの部分がポリエステル樹脂Aであり、白いコントラストの粒子が3-メトキシチオフェンオリゴマーであると推測される。
【0106】
また、図1の断面に対してAl、SおよびClの分布をマッピングした元素マッピング像(図13参照)に示されるように、アルミニウム蒸着膜と混合膜の界面では、各元素が互いに入り組んでいる様子が観察できた。一方で、混合膜においてアルミニウム蒸着膜と接している領域では、3-メトキシチオフェンオリゴマーに由来するSの濃度が低下しており、この領域ではポリエステル樹脂Aに対する3-メトキシチオフェンオリゴマーの比率が低いことを確認した。また、当該領域以外では、3-メトキシチオフェンオリゴマーが略均一に分布していることを確認した。
【0107】
また、混合膜において3-メトキシチオフェンオリゴマーがナノ粒子として略均一に存在し、その繋がりが導電パスを形成することにより、電子移動が可能になったものと推測される。
【0108】
ここで、3-メトキシチオフェンオリゴマーが略均一に分布している領域において、目視によって所定の線分長における3-メトキシチオフェンオリゴマーの粒子数を測定した。具体的には、図1に示される断面の任意の5箇所(測定箇所a~e)において、1μm×1μmの範囲における対角線αおよび対角線β上の3-メトキシチオフェンオリゴマーの粒子数を測定した(図14参照)。なお、粒子の一部が対角線αまたは対角線β上に配置されれば1個として計数するものとする。例えば図15を参照すると、対角線α上に3個、対角線β上に3個と計数するものとする。
【0109】
混合比1:1の混合膜の断面には、1つの対角線に対し35~58個の3-メトキシチオフェンオリゴマーの粒子が配置されていることを確認した。すなわち、混合比1:1の混合膜の断面には、1μm×1μmの範囲における対角線上において、粒径が15~40nmの3-メトキシチオフェンオリゴマーの粒子の数が平均52個(5か所の範囲における平均)、粒径が20~30nmの3-メトキシチオフェンオリゴマーの粒子の数が平均38個(5か所の範囲における平均)存在していることを確認した。
【実施例0110】
前記実施例1と同一の方法で作製した3-メトキシチオフェンオリゴマーに上記実施例1とは異なる樹脂を混合した混合膜を作製した。
【0111】
具体的には、本実施例2においては、γ-ブチロラクトン(東京化成工業社製、純度99%以上)1gに他の絶縁性透明樹脂としてポリエステル樹脂B(東洋紡社製 バイロン200、非晶性ポリエステル、数平均分子量17000)、またはアクリル樹脂として分子量の異なるポリメタクリル酸メチルA(シグマアルドリッチ社製、重量平均分子量120000)、ポリメタクリル酸メチルB(シグマアルドリッチ社製、重量平均分子量360000)、ポリメタクリル酸メチルC(シグマアルドリッチ社製、重量平均分子量996000)を加え、樹脂が完全に溶解するまで撹拌した。この樹脂溶液に、3-メトキシチオフェンオリゴマー0.01gを加え、完全に溶解するまで撹拌し、塗布液をそれぞれ調整した。なお、3-メトキシチオフェンオリゴマーと各樹脂の混合比は1:1とし、前記実施例1と同一の方法によりITO基板上に混合膜を製膜した。
【0112】
(混合膜の外観)
図16に示されるように、ITO基板上に製膜された混合比1:1の混合膜において、ポリエステル樹脂B(バイロン200)とポリメタクリル酸メチルA(重量平均分子量120000)を用いた混合膜は、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)と同様に金色調の金属光沢色を発現していることを確認した。詳しくは、ポリエステル樹脂Bを用いた混合膜は、空気と接している表面が金色調、ITO基板と接している裏面が黒みがかった金色調であることを確認した。また、ポリメタクリル酸メチルAを用いた混合膜は、空気と接している表面が金色調、ITO基板と接している裏面が黒に近い色度であることを確認した。
【0113】
なお、ポリメタクリル酸メチルB(重量平均分子量360000)とポリメタクリル酸メチルC(重量平均分子量996000)を用いた混合膜は、表面の中央部に金色がかった部分が観察できるが、その周囲は黒色であった。なお、図16の画像では光が反射して周囲が白っぽく映っているが実際には黒色である。また、膜の裏側は鮮やかな金色を呈していた。
【0114】
(混合膜のエレクトロクロミック特性)
次いで、ポリエステル樹脂B(バイロン200)とポリメタクリル酸メチルA(重量平均分子量120000)を用いた混合膜のエレクトロクロミック特性の測定を行った。混合膜の色変化挙動は、サイクリックボルタンメトリー(CV)およびCV測定時の吸光度を測定し検討を行った。なお、測定は、前記実施例1同一の方法で行った。
【0115】
図17および図18に示されるように、ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜においては、先ず、負方向の掃引で-0.1Vと0.2Vの2つの還元波で金色調から緑色光沢色へと色変化する様子が、金色調に着色したときの混合膜のピーク波長である600nmの吸光度が減少していることから確認できた。また、0.3Vと0.5Vの酸化波で緑色光沢色から金色調へ戻る様子が同様に繰り返し確認できた。
【0116】
また、図19に示されるように、ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜において、基板からの膜の剥離が抑制されることを確認した。このことから、ポリエステル樹脂Bを用いた混合膜において、電流が酸化還元サイクル数の増加とともに減少しているのは剥離が原因ではなく、電極の酸化還元の繰り返しに伴い、徐々にドーパントである過塩素酸イオンの出入りが困難になる部分があり、その領域が広がっていくためであると推測される。
【0117】
なお、図18に示されるように、ポリエステル樹脂Bを用いた混合膜において、電極の酸化還元の繰り返しによって、上述したように電流値は変化したものの、色変化の程度は変化していないように見える。この理由は以下のように考えることができる。図19に示されるように、実際には表面の中央部近傍に光沢のない領域が観察でき、その周囲に金色調の部分が観察できる。光沢のない領域は上述のドーパントの出入りが困難な領域であり、その周辺の金色調部分の領域は過塩素酸イオンの出入りが自由に繰り返し行える領域である。この領域では金色調と緑色光沢色の間の色変化が繰り返し起こり、今回の測定ではこの領域を測定したために、図18では色変化の程度が変化しないように見えたものと推測される。一方、膜全体からの寄与がある電流値が変化したのは、ドーパントの出入りが次第に困難となる光沢のない領域が徐々に広がり、電気化学的な活性な領域(金色調部分)が次第に減少するためと考えることができる。
【0118】
また、図19に示されるように、ポリメタクリル酸メチルA(重量平均分子量120000)を用いた混合膜においては、基板から膜が徐々に剥離していったため、電極の酸化還元の繰り返しにより電流および吸光度が共に減少していったものと推測される(図17および図18参照)。
【0119】
(混合膜の繰り返し耐久性と応答速度)
次いで、ポリエステル樹脂Bを用いた混合膜について、一定の時間、酸化電位を印加しながら吸光度を測定し、その後、一定の時間、還元電位を印加しながら吸光度を測定するという実験を行い、繰り返し耐久性と応答速度の測定を行った。なお、測定条件は、還元電位は-0.5V、酸化電位は0.7Vとし、還元電位と酸化電位の印加時間は共に3.0sとした。また、ここでは600サイクルの酸化還元の往復を行った。
【0120】
図20に示されるように、ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜は、前記実施例1のポリエステル樹脂A(バイロン220)を用いた混合膜と同様に基板から膜がほとんど剥離しないことを確認した。しかし、図21および図22に示されるように、ポリエステル樹脂Bを用いた混合膜は、酸化還元の繰り返しにより電流および吸光度が共に減少した。
【0121】
ここで、図19および図20に示されるように、測定後に回収した膜を観察すると、表面の中央部近傍に光沢のない領域が観察でき、その周囲に金色調の部分が観察できた。これは、酸化によりドープされた過塩素酸イオンが還元時に脱ドープされず、膜内にドープされたままになっていることに起因するものと推測される。
【0122】
なお、ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜は、前記実施例1のポリエステル樹脂A(バイロン220)を用いた混合膜よりもこの現象が顕著であったことから、ポリエステル樹脂の分子量や構造の違いによるものであると推測される。また、混合膜において、基板からの膜の剥離を抑制しつつ、金属光沢色間での色変化を安定させる観点からポリエステル樹脂の数平均分子量は3000以上16000以下であることが好ましい。
【0123】
ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜の応答速度については、その立ち上がりの部分を基にして緑色光沢色状態から金色調への色変化についての応答速度を求めると1.5秒、同様に減少の部分を基にして金色調から緑色光沢色への応答速度を求めると1.8秒であることを確認した。
【0124】
なお、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比1:0)における応答速度は、緑色光沢色状態から金色調への色変化についての応答速度が0.7秒、金色調から緑色光沢色への応答速度が1.9秒であることから、ポリエステル樹脂B(バイロン200)を用いた混合膜の応答速度は、ポリエステル樹脂Bが混合されているにも関わらず、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜と略同等の応答速度を示していることを確認した。
【0125】
以上、本実施例の表示素子は、基板上に形成される膜がチオフェン重合体とポリエステル樹脂、アクリル樹脂の少なくともいずれかを混合した混合膜により構成され、チオフェン重合体の粒子は膜の断面において密にかつ適度に分散して略均一に配置されることにより、基材からの膜の剥離を抑制しつつ、チオフェン重合体を構成する分子の規則的な配向が維持されるため、金属光沢色を維持することができる。また、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂等の絶縁性透明樹脂が混合された状態においても、樹脂中においてチオフェン重合体がナノ粒子として略均一に存在することにより、チオフェン重合体が電気化学的応答性、すなわちエレクトロクロミズムを示す特性を阻害しない。
【0126】
以上、これら実施形態および実施例により、エレクトロクロミズムを示す膜の繰り返し耐久性に優れる表示素子を提供することができる。
【0127】
なお、本明細書において、「光沢」とは、反射スペクトルが拡散反射成分に対して正反射成分の方が大きくなる関係にある状態のことである。また、本明細書において、「金属光沢色」とは、金属の質感を有する色のことであり、例えば金色調のように金属である金に近い光沢を有する黄色を呈するものや、緑色光沢色のように一般的な金属の色ではなくとも光沢を有する緑色を呈するものを含む。
[産業上の利用可能性]
【0128】
本発明は、繰り返し耐久性を有する金属光沢色間での色変化がスマートウィンドウや電子ペーパー等のエレクトロクロミックディスプレイ分野に、光沢という新たな価値を付加することができるものとして産業上の利用可能性がある。また、本発明は、金属光沢色間で色変化するので人目を引きつけることができ、全く新しいショーウインドウディスプレイへの応用、あるいは反射色の変化を利用した新しいセンサ素子としての使用が可能であり、応用範囲は広い。
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