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特開2023-128089ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)共重合の製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128089
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】ポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)共重合の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20230907BHJP
   C12P 7/625 20220101ALI20230907BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
C12N15/53 ZNA
C12P7/625
C12N1/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032185
(22)【出願日】2022-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】福居 俊昭
(72)【発明者】
【氏名】ホング カイ ヒー
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD83
4B064CA02
4B064CA19
4B064CB03
4B064CC24
4B064CD09
4B064CE02
4B064CE08
4B064DA16
4B065AA01X
4B065AA12X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BB15
4B065BB40
4B065BD01
4B065BD16
4B065CA12
4B065CA54
(57)【要約】
【課題】安価なバイオマスを基本炭素源としてポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)(P(3HB-co-4HB))を微生物において生産することを目的とする。
【解決手段】本発明によれば、P(3HB)生産能を有する微生物を4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(4HcD)遺伝子、又は4HcD遺伝子と細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子の組み合わせを含有する組換えベクターを用いて形質転換し、炭素源を含有する培地で形質転換体を増殖させることにより、4HB分率を向上させたP(3HB-co-4HB)を製造する方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)生産能を有するクプリアヴィダス(Cupriavidus)属、ラルストニア(Ralstonia)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、ヒドロゲノモナス(Hydrogenomonas)属、又はワウテルシア(Wautersia)属に属する微生物を4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(4HcD)遺伝子を含有する組換えベクターを用いて形質転換し、炭素源を含有する培地で形質転換体を増殖させることにより、形質転換体内でポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)(P(3HB-co-4HB)を製造する方法。
【請求項2】
微生物が、クプリアヴィダス・ネカトール(Cupriavidus necator)、ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)、アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus)、ヒドロゲノモナス・ユートロファ(Hydrogenomonas eutropha)、又はワウテルシア・ユートロファ(Wautersia eutropha)である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
クプリアヴィダス・ネカトールが、NSDG-GGΔB1株である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
4HcD遺伝子が、
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質
をコードする核酸を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
4HcD遺伝子が、
(a)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸;又は
(b)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質をコードする核酸
を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記組換えベクターに細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子を組み込むことをさらに含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
Vgbが、
(a)配列番号3で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(b)配列番号3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつ酸素に結合する活性を有するタンパク質
をコードする核酸を含む、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
Vgbが、
(a)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸;又は
(b)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ酵素に結合する活性を有するタンパク質をコードする核酸
を含む、請求項6又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
製造されるP(3HB-co-4HB)に含有する4HB分率が0.01~20mol%であることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖、植物油等のバイオマスを基本原料として、微生物により分解可能であり、生体適合性にも優れた共重合ポリエステルの1つであるポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)を微生物により製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会における必須材料である石油合成プラスチックは安価で加工しやすい反面、難分解性のため廃棄された際の処理が問題になっている。近年では、海洋を含む自然環境に流出したプラスチックによる環境汚染が深刻であることが示されつつある。プラスチック汚染問題の解決に貢献する技術として、自然環境中の微生物で分解する生分解性プラスチックの実用化が挙げられる。
【0003】
多くの微生物がエネルギー源として細胞内に蓄積するポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は石油ではなくバイオマスを原料とし、かつ生分解性を有する環境低負荷型の高分子素材である。特に、PHA系高分子材料は生分解性プラスチックの中でも海洋分解性が高いことから社会への普及が期待されている。ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB)]は多くの微生物が生合成する代表的なPHAであるが、P(3HB)は固くて脆いという物性のため実用化が困難である。一方、P(3HB)生産菌に4-ヒドロキシブタン酸(4HB)やγ-ブチロラクトン(γBL)などを前駆体として培地に添加すると、ポリ((R)-3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)共重合体[P(3HB-co-4HB)]を生合成することが知られている(非特許文献1、非特許文献2)(図1参照)。この共重合体は4HB分率の増加に伴って柔軟性に富む物性を示すことから、実用性が高い(非特許文献3)。しかしながら、前駆体添加による生合成では生産コストが高くなるため、安価なバイオマス原料のみからP(3HB-co-4HB)を合成するための技術が望ましい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Y Doi, A Segawa, M Kunioka, Int. J. Biol. Macromol.12:106-111 (1990), Biosynthesis and characterization of poly(3-hydroxybutyrate-co-4-hydroxybutyrate) in Alcaligenes eutrophus)
【非特許文献2】Y Saito, Y Doi, Int. J. Biol. Macromol.16:99-104 (1994), Microbial synthesis and properties of poly(3-hydroxybutyrate-co-4-hydroxybutyrate) in Comamonas acidovorans)
【非特許文献3】S Nakamura, Y Doi, M Scandola, Macromolecules 25: 42374241 (1992), Microbial synthesis and characterization of poly(3-hydroxybutyrate-co-4-hydroxybutyrate)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前駆体の添加により共重合ポリエステルであるP(3HB-co-4HB)を生合成する手法が知られているが、生産コストが高く、工業生産として利用するには好ましくない。そのため、安価なバイオマス原料のみからP(3HB-co-4HB)を合成するための技術の開発が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
これまでに海外研究グループによりTCA回路(カルビン回路)中のスクシニル-CoAから3段階の反応により4HB-CoAを生成し、(R)-3HB-CoAと共重合することでP(3HB-co-4HB)を生合成する経路が報告されている(図1左)。また、この経路を導入した大腸菌E.coliや好塩性細菌による工業化も検討されている。本発明者らは、今回、従来経路とは異なる新規な生合成経路を構築した。(図1右)。具体的には、本発明者らは、クロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有する4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(「4HcD」)遺伝子を組み込んだクプリアヴィダス・ネカトール株が、グルコースを原料として4-ヒドロキシブタン酸(「4HB」)ユニット分率の高いP(3HB-co-4HB)を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)生産能を有するクプリアヴィダス(Cupriavidus)属、ラルストニア(Ralstonia)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、ヒドロゲノモナス(Hydrogenomonas)属、又はワウテルシア(Wautersia)属に属する微生物を4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(4HcD)遺伝子を含有する組換えベクターを用いて形質転換し、炭素源を含有する培地で形質転換体を増殖させることにより、形質転換体内でポリ(3-ヒドロキシブタン酸-co-4-ヒドロキシブタン酸)(P(3HB-co-4HB)を製造する方法。
[2]微生物が、クプリアヴィダス・ネカトール(Cupriavidus necator)、ラルストニア・ユートロファ(Ralstonia eutropha)、アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus)、ヒドロゲノモナス・ユートロファ(Hydrogenomonas eutropha)、又はワウテルシア・ユートロファ(Wautersia eutropha)である、[1]に記載の製造方法。
[3]クプリアヴィダス・ネカトールがNSDG-GGΔB1株である、[2]に記載の製造方法。
[4]4HcD遺伝子が、
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質
をコードする核酸を含む、[1]~[3]のいずれか1つに記載の製造方法。
[5]4HcD遺伝子が、
(a)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸;又は
(b)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質をコードする核酸
を含む、[1]~[4]のいずれか1つに記載の製造方法。
[6]前記組換えベクターに細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子を組み込むことをさらに含む、[1]~[5]のいずれか1つに記載の製造方法。
[7]Vgbが、
(a)配列番号3で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(b)配列番号3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつ酵素に結合する活性を有するタンパク質
をコードする核酸を含む、[6]に記載の製造方法。
[8]Vgb遺伝子が、
(a)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸;又は
(b)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ酵素に結合する活性を有するタンパク質をコードする核酸
を含む、[6]又は[7]に記載の製造方法。
[9]製造されるP(3HB-co-4HB)に含有する4HB分率が0.01~20mol%であることを特徴とする、[1]~[8]のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
従来より問題とされていた、P(3HB)生産菌に高価な4HBやγ-ブチロラクトンなどを前駆体として培地に添加する手法とは異なり、微生物内に人工の新たな代謝経路を構築することによって、より安価なバイオマスを基本炭素源としてP(3HB-co-4HB)を生産することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】P(3HB-co-4HB)をバイオマス原料から生合成する従来経路(左)と本発明による新規経路(右)を示す。
図2】クプリアヴィダス・ネカトールに導入した発現ベクターを示す。
図3】生合成された共重合体のガスクロマトグラフィー分析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の説明のために、好ましい態様に関して詳述する。
上記の通り、本発明者らは、クロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有する4HcDの遺伝子を組み込んだ組換えベクターをクプリアヴィダス・ネカトール株に導入して、この微生物内に新たな代謝経路を構築することによって、上記課題を解決することに成功した。また、上記組換えベクターに、細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子をさらに組み込むことにより、共重合体の4HB分率をさらに増加させることにも成功した。
【0011】
一態様として、本発明は、ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)(「P(3HB)」)生産能を有する微生物(例えば、クプリアヴィダス・ネカトール株)の染色体に、4HcD遺伝子を相同性組換えによって形質転換し、又は前記株に該遺伝子が組み込まれた自律複製ベクターを導入することによって形質転換し、炭素源としてグルコースを含有する培地で形質転換体を増殖させることを含む、P(3HB-co-4HB)を製造する方法、並びに該共重合体の生産量及び/又は該共重合体中の4HBユニットの分率を向上させる方法に関する。
【0012】
別の態様として、本発明は、上記P(3HB)生産能を有する上記微生物の染色体に、4HcD遺伝子及びVgb遺伝子を相同性組換えによって形質転換し、又は前記株に該遺伝子が組み込まれた自律複製ベクターを導入することによって形質転換し、炭素源としてグルコースを含有する培地で形質転換体を増殖させることを含む、P(3HB-co-4HB)を製造する方法、並びに該共重合体の生産量及び/又は該共重合体中の4HBユニットの分率をさらに向上させる方法に関する。
【0013】
(1)宿主(微生物)
本発明の生産方法に使用される宿主は、P(3HB)生産能を有する微生物であれば限定されないが、このようなP(3HB)生産能を有する微生物としては、クプリアヴィダス(Cupriavidus)属、ラルストニア(Ralstonia)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、ヒドロゲノモナス(Hydrogenomonas)属、又はワウテルシア(Wautersia)属に属する微生物が含まれる。例えば、本発明の生産方法に使用されるクプリアヴィダス属に属する微生物としては、クプリアヴィダス・ネカトールが好ましい。クプリアヴィダス・ネカトールの例としては、NSDG-GGΔB1株、NSDG-GG株等が挙げられる。
【0014】
本明細書で使用する場合、「NSDG株」とは、水素細菌クプリアヴィダス・ネカトール野生株の一種であるH16株(ATCC16699株、DSM428株)の染色体上のphaオペロン中の本来のPHA重合酵素遺伝子phaCを、土壌細菌アエロモナス・キャビエ由来PHA重合酵素の変異体の遺伝子であるphaCNSDGに相同性組換えにより置換した組換え株である(国際公開WO2011/105379参照)。ここで、「phaCNSDG」とは、アエロモナス・キャビエ株由来のPHA重合酵素(phaCAc)の149番のアスパラギンがセリンに、かつ171番のアスパラギン酸がグリシンに置換された変異体をコードする遺伝子である。なお、phaCNSDG遺伝子のクローニングについては、通常の分子生物学的手法により行うことができる。
【0015】
本明細書で使用する場合、「NSDG-GGΔB1株」とは、上記NSDG株において、アセトアセチル-CoAを(R)-3-ヒドロキシブチリル-CoAに還元するアセトアセチル-CoA還元酵素の主要酵素PhaB1の遺伝子を欠失させ、さらに糖輸送タンパク質遺伝子の変異によるグルコース資化能付与、グリセロール代謝遺伝子の導入によるグリセロール資化能を強化した改変株である(M Zhang, S Kurita, I Orita, S Nakamura, T Fukui, Microb. Cell Fact.18: 147 (2019). Modification of acetoacetyl-CoA reduction step in Ralstonia eutropha for biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) from structurally unrelated compounds)。
【0016】
(2)4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(4HcD)をコードする遺伝子
本発明者らは、P(3HB-co-4HB)共重合体の生産量及び/又は4HB分率を向上させるために、上述したP(3HB)生産能を有する前記微生物に4HcDを形質転換によって導入させる新規な生合成経路を構築した。ここで、本明細書で使用する場合、「4HB-CoAデヒドラターゼ」及び「4HcD」は互換的に使用され、クロトニル-CoA(又は2-ブテノイル-CoA)から異性化を伴う水和反応により4-ヒドロキシブチリル-CoA(「4HB-CoA」)を生成する触媒活性を有する酵素である。
【0017】
上記クロトニル-CoAは、細胞体での主要代謝中間体であるアセチル-CoA2分子から生成するため、4HcDを機能させればバイオマス原料から4HB-CoAを生成できる。しかしながら、4HcDは絶対嫌気性細菌が有する珍しい酵素であり、酸素と容易に反応する鉄-硫黄クラスターを活性発現に必要とすることから酸素感受性であり、大気条件では速やかに失活する。このため、4HcDを好気性細菌による物質生産に利用することはこれまで報告されていない。一方、微生物によるアンモニア酸化の研究から、ある種のアーキアが有する4HcDは、酸素に対して比較的耐性であることが報告されている(M Konnekeほか、Proc Natl Acad Sci USA 111: 8239-8244 (2014), Ammonia-oxidizing archaea use the most energy-efficient aerobic pathway for CO2 fixation)。
【0018】
本明細書で使用する場合、「4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼをコードする遺伝子」、「4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ遺伝子」、及び「4HcD遺伝子」は互換的に使用され、上記4HB-CoAデヒドラターゼをコードする遺伝子である。本発明に使用される4HcD遺伝子は、一本鎖又は二本鎖型DNA、及びそのRNA相補体も含む。DNAには、例えば、天然由来のDNA、組換えDNA、化学合成したDNA、PCRによって増幅されたDNA、及びそれらの組み合わせが含まれる。本発明で使用される核酸としてはDNAが好ましい。なお、周知の通り、コドンには縮重があり、1つのアミノ酸をコードする塩基配列が複数存在するアミノ酸もあるが、4HcDをコードする核酸の塩基配列であれば、いずれの塩基配列を有する核酸も本発明の範囲に含まれる。
【0019】
一般的に、ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、公知の核酸合成法又は分子生物学的手法により、容易に調製することができる。より具体的には、ポリペプチドの公知のアミノ酸配列に基づいて核酸合成をする場合、各アミノ酸をコードするコドンは公知であるため、特定のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの塩基配列は容易に特定することができ、さらに必要に応じて該ポリヌクレオチドを使用する宿主のコドン頻度を勘案して塩基配列を決定した後、市販の核酸合成機(例えば、DNA/RNA合成機 NTS H-6(日本テクノサービス株式会社))を使用してポリヌクレオチドを得ることができる。あるいは、ポリヌクレオチドを遺伝子工学的手法により作製する場合は、ポリヌクレオチドの塩基配列情報に基づいてプライマーを設計し、核酸を増幅させることによって、所望の塩基配列を有するポリヌクレオチドを得ることができる。
【0020】
本発明の一実施形態において、本発明に使用される4HcD遺伝子として、例えば、GenBank Accession No.WP 012021928によって特定されるアミノ酸配列に対応するDNAを利用することができる。本発明によれば、4HcDのアミノ酸配列は、配列番号1に示され、該アミノ酸配列を基にして4HcD遺伝子の全長又はその部分を人工合成することができる。後述する実施例1では、4HcD遺伝子をクローニングしているが、使用した宿主(クプリアヴィダス・ネカトール)におけるコドン使用頻度を考慮して、所望の核酸配列(例えば、実施例1では、0.8kbpのDNA断片)を得ることができる。
【0021】
別の実施形態において、4HcD遺伝子の単離及び同定は、通常の分子生物学的手法により行うことができる。これらの遺伝子は、例えば、後述する実施例1に記載するように、配列番号2の塩基配列に基づいてプライマーとなる合成ヌクレオチドを設計し、ゲノムDNAを鋳型として増幅することができる。増幅後、遺伝子産物をアガロースゲル電気泳動等の分子量によりDNA断片を篩い分ける方法で分離し、特定のバンドを切り出す方法等の常法に従って核酸を単離することができる。
【0022】
ここで、核酸を増幅するための手法としては、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(Saiki, R. K., et al., Science, 230: 1350-1354 (1985))、ライゲース連鎖反応(LCR)(Wu, D. Y., et al., Genomics, 4: 560-569(1989))、及び転写に基づく増幅(Kwoh, D. Y., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 86: 1173-1177(1989))等の温度循環を必要とする反応、並びに鎖置換反応(SDA)(Walker, G. T., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89: 392-396 (1992); Walker, G. T., et al., Nuc. Acids Res., 20: 1691-1696 (1992))、自己保持配列複製(3SR)(Guatelli, J. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87: 1874-1878 (1990))、及びQβレプリカーゼシステム(Lizardi, P. M., et al., BioTechnology, 6: 1197-1202 (1988))等の恒温反応を利用することができるが、これらに限定されない。本発明の生産法においては、PCR法を使用することが好ましい。
【0023】
本発明の実施形態において、4HcDは、アンモニア酸化細菌ニトロソプミルス・マリティムス由来であって、(a)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸;又は(b)配列番号2で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質をコードする核酸を含むか又はそれからなるものであってもよい。一方、上記の通り、4HcD遺伝子は、4HB-CoAデヒドラターゼをコードする遺伝子としても定義されることから、ここで、4HcD遺伝子は、(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつクロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有するタンパク質をコードする核酸含むか又はそれからなるものであってもよい。
【0024】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、中程度又は高程度なストリンジェントな条件においてハイブリダイズすることを意味する。具体的には、中程度のストリンジェントな条件は、例えば、DNAの長さに基づき、一般の技術を有する当業者によって、容易に決定することが可能である。基本的な条件は、Sambrook,J.ら、Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,7.42-7.45(2001)に示されるが、ニトロセルロースフィルターに関し、5×SSC、0.5%SDS、1.0mM EDTA(pH8.0)の前洗浄溶液、約40~50℃での、約50%ホルムアミド、2×SSC~6×SSC(又は約42℃での約50%ホルムアミド中の、スターク溶液(Stark’s solution)などの他の同様のハイブリダイゼーション溶液)のハイブリダイゼーション条件、及び約60℃、0.5×SSC、0.1%SDSの洗浄条件の使用が含まれる。高ストリンジェントな条件もまた、例えばDNAの長さに基づき、当業者によって、容易に決定することが可能である。一般的に、こうした条件は、中程度にストリンジェントな条件よりも高い温度及び/又は低い塩濃度でのハイブリダイゼーション及び/又は洗浄を含み、例えば上記のようなハイブリダイゼーション条件、及び約68℃、0.2×SSC、0.1%SDSの洗浄を伴うと定義される。当業者は、温度及び洗浄溶液塩濃度は、プローブの長さ等の要因に従って、必要に応じて調整可能であることを認識するであろう。
【0025】
上記のような核酸増幅反応又はハイブリダイゼーション等を使用してクローニングされる相同な核酸は、配列番号2に記載の塩基配列に対して、少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらにより好ましくは90%以上、さらになお好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有する。なお、同一性パーセントは、視覚的検査及び数学的計算によって決定することが可能である。あるいは、2つの核酸配列の同一性パーセントは、Devereux, J., et al., Nucl. Acids Res.,12: 387 (1984)に記載され、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラム(GCG Wisconsin Package、バージョン10.3)を用いて、配列情報を比較することによって決定することができる。
【0026】
本発明のより好ましい態様では、宿主に導入される4HcD遺伝子は、配列番号2で示される塩基配列からなる核酸であってもよい。なお、当業者に理解されるように、宿主の染色体上に導入された遺伝子が適切に転写され、さらには所望の活性を有するタンパク質に翻訳されるために、これらの遺伝子は染色体上で適切なプロモーターの制御下にあるように組み込まれる必要がある。なお、プロモーターに関して、宿主の染色体に固有に存在するプロモーターに代えて、宿主と異なる種のプロモーターを遺伝子工学的操作により染色体に導入し、適宜使用してもよい。
【0027】
タンパク質に関して、一般に、酵素のような生理活性を有するタンパク質において、そのアミノ酸配列のうち、1若しくは数個のアミノ酸が置換し若しくは欠失し、若しくは該アミノ酸配列に1若しくは数個のアミノ酸が挿入され若しくは付加された場合であっても、該生理活性が維持されることがあることは周知である。また、天然産のタンパク質の中には、それを生産する生物種の品種の違いや、生態型(ecotype)の違いによる遺伝子の変異、あるいはよく似たアイソザイムの存在等に起因して、1から数個のアミノ酸変異を有する変異タンパク質が存在することは知られている。
【0028】
したがって、上記の通り、本発明の製造方法において使用される4HcDは、典型的には、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するが、クロトニル-CoAから4-ヒドロキシブチリル-CoAを生成する触媒活性を有する限り、当該アミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加等の変異が生じてもよい。ここで、用語「数個」とは、本明細書中で使用するとき、好ましくは2~100個、より好ましくは2~50個、さらにより好ましくは2~20個、最も好ましくは2~10個である。一般的には、部位特異的な変異によってアミノ酸が置換された場合に、元々のタンパク質が有する活性を保持する程度に置換が可能なアミノ酸の個数は、好ましくは1~10個である。
【0029】
(3)細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子
本発明による共重合体の生産方法において、上記の4HcD遺伝子を組み込んだ宿主に細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子をさらに導入してもよい。Vgb遺伝子は、発現ベクターに組み込まれた4HcD遺伝子の上流又は下流のいずれかの位置に組み込むことができるが、好ましくはVgb遺伝子は4HcD遺伝子の下流に組み込まれ得る。一方、本発明で使用する場合、タンパク質である「細菌ヘモグロビン」及び「Vgb」は互換的に使用され、細菌に由来するヘモグロビンを指す。該細菌ヘモグロビンは、酸素結合活性を有し、細胞内での酸素運搬を効率化すると考えられている。また、本明細書で使用する場合、「細菌ヘモグロビン遺伝子」及び「Vgb遺伝子」は互換的に使用される。
【0030】
なお、本発明に使用されるVgb遺伝子は、一本鎖又は二本鎖型DNA、及びそのRNA相補体も含む。DNAには、例えば、天然由来のDNA、組換えDNA、化学合成したDNA、PCRによって増幅されたDNA、及びそれらの組み合わせが含まれる。本発明で使用される核酸としてはDNAが好ましい。なお、周知の通り、コドンには縮重があり、1つのアミノ酸をコードする塩基配列が複数存在するアミノ酸もあるが、Vgbをコードする核酸の塩基配列であれば、いずれの塩基配列を有する核酸も本発明の範囲に含まれる。
【0031】
Vgb遺伝子は、上記4HcD遺伝子と同様に、核酸合成法又は分子生物学的手法によって得ることができる。
【0032】
本発明の一実施形態において、本発明に使用されるVgb遺伝子として、例えば、GenBank Accession No.WP 019959060によって特定されるアミノ酸に対応する塩基配列を利用することができる。本発明によれば、Vgbのアミノ酸配列は、配列番号3に示され、該アミノ酸配列を基にしてVgb遺伝子の全長又はその部分を人工合成することができる。後述する実施例2では、Vgb遺伝子をクローニングしているが、使用した宿主(クプリアヴィダス・ネカトール)におけるコドン使用頻度を考慮して、所望の核酸配列(例えば、実施例2では、0.44kbpのDNA断片)を得ることができる。
【0033】
別の実施形態において、Vgb遺伝子の単離及び同定は、通常の分子生物学的手法により行うことができる。これらの遺伝子は、例えば、後述する実施例1に記載するように、配列番号3の塩基配列に基づいてプライマーとなる合成ヌクレオチドを設計し、ゲノムDNAを鋳型として増幅することができる。増幅後、遺伝子産物をアガロースゲル電気泳動等の分子量によりDNA断片を篩い分ける方法で分離し、特定のバンドを切り出す方法等の常法に従って核酸を単離することができる。核酸を増幅するための手法としては、前述の通りである。
【0034】
本発明の実施形態において、Vgbは、ビトレオスチラ・ステルコラリア由来であって、(a)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸;又は(b)配列番号4で示される塩基配列を含む核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ酸素結合活性を有するタンパク質をコードする核酸を含むか又はそれからなるものであってもよい。一方、Vgb遺伝子は、細菌ヘモグロビン又はVgbをコードする遺伝子としても定義されることから、ここで、Vgbは、(a)配列番号3で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質;又は(b)配列番号3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸を含み、かつ酸素結合活性を有するタンパク質をコードする核酸含むか又はそれからなるものであってもよい。なお、ハイブリダイゼーション及びストリンジェントな条件等については、前述の通りである。
【0035】
本発明のより好ましい実施形態では、宿主に導入されるVgb遺伝子は、配列番号4で示される塩基配列からなる核酸であってもよい。なお、当業者に理解されるように、宿主の染色体上に導入された遺伝子が適切に転写され、さらには所望の活性を有するタンパク質に翻訳されるために、これらの遺伝子は染色体上で適切なプロモーターの制御下にあるように組み込まれる必要がある。なお、プロモーターに関して、宿主の染色体に固有に存在するプロモーターに代えて、宿主と異なる種のプロモーターを遺伝子工学的操作により染色体に導入し、適宜使用してもよい。
【0036】
一方、発明の製造方法において使用されるVgbは、典型的には、配列番号3に記載のアミノ酸配列を有するが、Vgbが酸素に結合する活性を有する限り、当該アミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加等の変異が生じてもよい。ここで、用語「数個」とは、本明細書中で使用するとき、好ましくは2~100個、より好ましくは2~50個、さらにより好ましくは2~20個、最も好ましくは2~10個である。一般的には、部位特異的な変異によってアミノ酸が置換された場合に、元々のタンパク質が有する活性を保持する程度に置換が可能なアミノ酸の個数は、好ましくは1~10個である。
【0037】
(4)遺伝子置換ベクターの構築及び組換え微生物の作製
本発明によれば、4HcD遺伝子、又は4HcD遺伝子とVgb遺伝子との組み合わせを宿主の染色体に導入するための、該遺伝子若しくは組み合わせを相同性組換え用ベクターに組み込んだ遺伝子置換ベクター、又は該遺伝子若しくは組み合わせを自律複製ベクターに組み込んだ発現ベクターが提供される。ここで、ベクターに遺伝子を組み込む方法としては、例えば、Sambrook,J.ら,Molecular Cloning,A Laboratory Manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Laboratory,1.1(2001)に記載の方法などが挙げられる。簡便には、市販のライゲーションキット(例えば、トーヨーボー社製、タカラバイオ社製等)を用いることもできる。
【0038】
ベクターは、簡単には当該技術分野において入手可能な組換え用ベクター(例えば、プラスミドDNA等)に所望の遺伝子を常法により連結することによって調製することができる。本発明のポリヒドロキシアルカン酸共重合体の制御方法に用いられるベクターとしては、微生物内で、微生物の染色体に既に組み込まれている微生物由来のポリエステル重合酵素遺伝子を外来の広基質特異性ポリエステル重合酵素遺伝子によって置換することを目的として、限定されないが、相同性組換え用ベクターpK18mobsacB(Schafer, A., et al., Gene, 145: 69-73 (1994))、pJQ200(Quandt, J. & Hynes, M. P., "Versatile suicide vectors which allow direct selection for gene replacement in gram-negative bacteria", Gene (1993) 127: 15-21)を使用することが好ましい。あるいは、グラム陰性菌で自律複製することが知られている広宿主域ベクターpBBR1-MCS2(GenBank Accession No.U23751)、pJRD215(M16198)(Davision, J., et al., Gene, 51: 275-80 (1987)を参照)、pJB861(U82000)、pHRP311(Parales, R. E. & Harwood, C. S., Gene, 133: 23-30 (1993)を参照)が例示されるが、これらに限定されない。また、大腸菌用のプラスミドとして、例えば、pBAD24(GenBank Accession No.X81837)、pDONR201、pBluescript、pUC118、pUC18、pUC19、pBR322等を使用することができる。
【0039】
また、当業者であれば、組換えベクターに適合するように制限末端を適宜選択することができ、さらに、所望のタンパク質を発現させるために、宿主細胞に適した組換えベクターを適宜選択することができる。このようなベクターは、本発明で使用する遺伝子が目的の宿主細胞の遺伝子と相同性組換えが起るように機能する領域(必要に応じて、自立複製起点、接合伝達領域、選択マーカー(例えば、カナマイシン耐性遺伝子)等)が適切に配列されており又は導入することにより、該核酸が適切に組換えられるように構築されている又は構築することが好ましい。
【0040】
一般的に、形質転換体は、組換えベクターを宿主細胞に組み込むことによって作製することができる。組換えベクターの宿主細胞への導入(形質転換)は公知の方法を用いて行うことができる。例えば、Cohenらの方法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,69:2110(1972))、プロトプラスト法(Mol.Gen.Genet.,168:111(1979))やコンピテント法(J.Mol.Biol.,56:209(1971))、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。また、クプリアヴィダス属、ラルストニア属、アルカリゲネス属等に属する菌体への発現ベクターの導入では、接合伝達法を使用することができる(J.Bacteriol.,147:198(1981))。
【0041】
上記接合伝達法は、簡単には、細胞同士の接触によって染色体ゲノム又はプラスミドを一方の細胞から他方の細胞に移行させる細胞の性質を利用したものであり、例えば、目的のDNAを担持する自己伝達性プラスミドが導入された供与菌と該プラスミドを有しない受容菌との接合に始まり、両菌体における橋の形成、該プラスミドの複製と移行、並びにDNA合成の完了と共に菌体の分離といった一連の工程によって遺伝子導入を可能にする手段である。
【0042】
(5)P(3HB-co-4HB)共重合体の合成
本発明によれば、P(3HB-co-4HB)共重合体の合成は、P(3HB)生産能を有する組換え微生物(例えば、クプリアヴィダス属に属する微生物)の染色体に4HcD遺伝子、又は該遺伝子とVgb遺伝子を導入することによって、該組換え微生物内又は培養物(例えば、培地)中に該共重合体を生成及び蓄積させ、組換え微生物又は培養物から目的とする該共重合体を採取することにより行われる。なお、当業者にも理解されるように、該共重合体を合成させるために、上記組換え微生物を適切な培養条件下に置くことが好ましい。一実勢形態では、培養条件は、このような組換え微生物の培養、遺伝子組換えを行う前の親微生物の培養条件に従ってもよい。別の実施形態では、4HcD遺伝子が微生物に導入されている場合、上記の親微生物の培養条件の他、微好気的条件又は嫌気的条件下で組換え微生物を培養してもよい。このような別の実施形態における培養条件としては、限定されないが、一般的な微生物の振とう培養における振とう条件(例えば、120往復/分)と比較して、穏やかにした振とう条件(例えば、60往復/分)が挙げられる。また、微生物を培養するインキュベーター内の酸素濃度を調整して、低酸素濃度として培養を行ってもよい。このような培養条件下で培養された組換え微生物によって合成された共重合体の4HB分率は、Vgb遺伝子が組み込まれていない微生物及び好気的条件(一般的な培養条件)で培養された微生物と比較して向上され得る(実施例2参照)。また、一般的に、抗生物質として、カナマイシン、ネオマイシン、アンピシリン等を培地に添加してもよい。また、必要であれば、遺伝子発現誘導剤として、アラビノース、インドールアクリル酸(IAA)、イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)等を使用することができる。当業者であれば、所望の遺伝子発現のために可能な培養条件、遺伝子発現の誘導条件等を適宜選択できる。
【0043】
本発明の特定の実施形態において、炭素源(バイオマス原料)として糖質を含有する培地中で組換え微生物を増殖させることができる。
【0044】
一例として、組換えクプリアヴィダス・ネカトール株を宿主とした場合の培地として、該微生物が資化し得る糖質を添加し、窒素源、無機塩類、その他の有機栄養源のいずれかを制限した培地が挙げられる。典型的には、培地温度を25℃~37℃の範囲にし、好気的、微好気的、又は嫌気的に1時間~10日間培養することにより、共重合体を菌体内に生成し蓄積させ、その後、回収・精製することによって所望の共重合体を生産することができる。また、糖質を炭素源として用いる場合、使用可能な糖質としては、一般的に市販されている糖質を使用することができ、その供給源は特に限定されない。「糖質」とは、アルデヒド基又はケトン基を持つ多価アルコールであって、単糖、少糖(オリゴ糖)、多糖、糖の誘導体を意味する。具体的には、単糖では、グルコース、ガラクトース、マンノース、グルコサミン、N-アセチルグルコサミン、フルクトースなどが挙げられる。二糖では、マルトース、イソマルトース、ラクトース、ラクトサミン、N-アセチルラクトサミン、セロビオース、メリビオースなどが挙げられる。オリゴ糖としては、グルコース、ガラクトース、マンノース、グルコサミン、N-アセチルグルコサミン、フルクトースなどから構成されるホモオリゴマー、あるいは、グルコース、ガラクトース、マンノース、グルコサミン、N-アセチルグルコサミン、フルクトース、シアル酸などの2成分以上より構成されるヘテロオリゴマーが挙げられ、例えば、マルトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖、ラクトオリゴ糖、ラクトサミンオリゴ糖、N-アセチルラクトサミンオリゴ糖、セロオリゴ糖、メリビオオリゴ糖などが挙げられる。多糖としては、動物、植物(海藻を含む)、昆虫、微生物など広範囲な生物で見いだされているものが挙げられ、例えば、N結合型糖鎖、O結合型糖鎖、グリコサミノグリカン、澱粉、アミロース、アミロペクチン、セルロース、キチン、グリコーゲン、アガロース、アルギン酸、ヒアルロン酸、イヌリン、グルコマンナンなどが挙げられる。糖の誘導体としては、デオキシリボース(C10)、硫酸化多糖類などが挙げられる。なお、培地中の糖質の濃度は、0.1~5%が好ましい。
【0045】
また、必要であれば、培地中に窒素源や無機物を添加してもよい。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー等が挙げられる。無機物としては、例えばリン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
【0046】
(6)P(3HB-co-4HB)の精製と構造解析
本発明において、共重合体は、下記の通り精製することができる。まず、培地から遠心分離によって形質転換体を回収し、蒸留水で洗浄後、乾燥又は凍結乾燥させる。その後、クロロホルムに乾燥した形質転換体を懸濁させ、室温で所定時間撹拌し、共重合体を抽出する。抽出の段階で、必要であれば加熱してもよい。濾過によって残渣を除去し、上清にメタノールを加えて共重合体を沈殿させ、沈殿物を濾過又は遠心分離によって、上清を除去し、乾燥させて精製した共重合体を得ることができる。
【0047】
得られた共重合体が所望のものであることを確認するための手段は、限定されないが、NMR(核磁気共鳴)、ガスクロマトグラフィーを用いる方法を含む。本発明によれば、共重合体のモノマーユニットの比、即ち、3-ヒドロキシブタン酸(3HB)と4-ヒドロキシブタン酸(4HB)の比を遺伝子発現条件、培養条件等を変えることにより適宜調節することができる。本発明の製造方法によって得られる共重合体の4HP分率は、好ましくは0.01~20モル%、より好ましくは0.05~20モル%、さらにより好ましくは0.1~20モル%、例えば、0.1~15モル%、0.1~10モル%である。用語「モル%」は、本明細書中で使用するとき、多成分系における各成分のモル数の和で、ある成分のモル数を割ったものをいう。例えば、本発明の製造方法により得られる共重合体の一般式を3HB及び4HBのモノマーユニットの数として、それぞれ「x」及び「y」を用いていると、4HB分率は、式:y×100/(x+y)により求めることができる。
【実施例0048】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0049】
実施例1:4-ヒドロキシブタン酸-CoAデヒドラターゼ(4HcD)遺伝子のクローニング
アンモニア酸化細菌ニトロソプミルス・マリティムス由来4HcDのアミノ酸配列(GenBank Accession No.WP 012214590)を基に、使用コドンをクプリアヴィダス・ネカトールH16株のコドン使用頻度に応じて最適化した配列に、5’-末端側に制限酵素NdeIおよび3’-末端側にHindIIIの認識配列を付加したDNAをユーロフィンジェノミクス株式会社に合成を委託した。
【0050】
実施例2:細菌ヘモグロビン(Vgb)遺伝子のクローニング
ビトレオスチラ・ステルコラリア由来Vgbのアミノ酸配列(GenBank Accession No.WP 019959060)を基に、使用コドンをクプリアヴィダス・ネカトールH16株のコドン使用頻度に応じて最適化した配列に、両末端に制限酵素HindIIIの認識配列を付加したDNAをユーロフィンジェノミクス株式会社に合成を委託した。
【0051】
実施例3:組換えベクターの構築
合成された4HcDをコードするDNAを制限酵素NdeIおよびHindIIIで切断した。発現ベクターpBPPを同じく制限酵素NdeIおよびHindIIIで切断し、制限酵素処理した4HcD遺伝子断片とDNAリガーゼで連結することにより、組換えベクターpBPP-4HcDを構築した。また、合成されたVgbをコードするDNAを制限酵素HindIIIで切断し、同じくHindIIIで切断したpBPP-4HcDとDNAリガーゼで連結することにより、組換えベクターpBPP-4HcD-vgbを構築した。なお、発現ベクターpBPPは広宿主域ベクターpBBR1-MCS2にクプリアヴィダス・ネカトールで機能するphaPプロモーターを含む改変ベクターである(T Fukui, K Ohsawa, J Mifune, I Orita, S Nakamura, Appl. Microbiol. Biotechnol., 89: 1527-1536 (2011)Evaluation of promoters for gene expression in polyhydroxyalkanoate-producing C priavidus necator)。
【0052】
実施例4:形質転換体の作製
得られた組換えプラスミドを用いて、P(3HB)生産菌であるクプリアヴィダス・ネカトール NSDG-GGΔB1株(発明者が以前に作製したグルコース資化性株、M Zhang, S Kurita, I Orita, S Nakamura, T Fukui, Microb. Cell Fact.18: 147 (2019). Modification of acetoacetyl-CoA reduction step in Ralstonia eutropha for biosynthesis of poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate) from structurally unrelated compounds)を接合伝達法によって形質転換した。まず、塩化カルシウム法によって、pBPP-4HcD、あるいはpBPP-4HcD-vgbを大腸菌S17-1株に導入した。次に、この組換え大腸菌をLB培地(1%トリプトン、1%塩化ナトリウム、0.5%イーストエキス、pH7.2)3.0ml中で37℃終夜培養した。これと並行して、クプリアヴィダス・ネカトール株をNR培地(1%魚肉エキス、1%ポリペプトン、0.2%イーストエキス)3.0ml中で30℃終夜培養した。その後、大腸菌の培養液0.2mlに対して、クプリアヴィダス・ネカトール NSDG-GGΔB1株の培養液0.1mlを混合し、30℃で6時間培養した。この菌体混合液を0.2mg/mlカナマイシンを添加したSimmons Citrate寒天培地(ディフコ社製)に塗布し、30℃で3日間培養した。組換え大腸菌のプラスミドがクプリアヴィダス・ネカトールに伝達され、保持される該菌体はカナマイシン耐性を示し、一方、組換え大腸菌はSimmons Citrate寒天培地では増殖不能であるため、上記培地上で増殖したコロニーはクプリアヴィダス・ネカトール形質転換体である。PCRによるベクターの保持を確認することでNSDG-GGΔB1/pBPP-4HcD株、NSDG-GGΔB1/pBPP-4HcD-vgb株をそれぞれ単離した。
【0053】
実施例5:クプリアヴィダス・ネカトール組換え株による共重合ポリエステル合成
クプリアヴィダス・ネカトール形質転換体による共重合体(P(3HB-co-4HB))は、下記に示すように培養で行った。
(1)細胞培養
NR培地(前述)で前培養したクプリアヴィダス・ネカトール組換え株を100mlのMB培地(0.9%リン酸水素二ナトリウム12水和物、0.15%リン酸二水素カリウム、0.05%塩化アンモニウム、1%微量金属溶液)に植菌し、坂口フラスコ中、30℃で72時間、振とう培養した。炭素源として1%グルコースを用い、培地中に0.1mg/mlカナマイシンを添加した。培養終了後に遠心分離によって菌体を回収し、脱イオン水で洗浄した。得られた菌体は凍結乾燥し、乾燥菌体重量を測定した。
【0054】
乾燥菌体10~30mgに2mlの硫酸-メタノール混液(15:85)と2mlのクロロホルムを添加して密栓し、100℃で140分間加熱することにより、菌体内ポリエステル分解物のメチルエステルを得た。これに1mlの蒸留水を添加して激しく攪拌した。静置して二層に分離させた後、下層の有機層を取り出した。有機層0.5mlをキャピラリーガラスクロマトグラフィーにより分析した。ガスクロマトグラフは島津製作所製GC-2014、キャピラリーカラムはGLサイエンス社製InertCap-1(カラム長25m、カラム内径0.25mm、液膜厚0.4μm)を用いた。温度条件は、初発温度 50℃を二分間維持した後、5℃/分の速度で昇温した。本条件では3-ヒドロキシブタン酸メチルエステルが保持時間8.4分、4-ヒドロキシブタン酸メチルエステルが保持時間11.2分、4-ヒドロキシブタン酸が脱水環化したγ-ブチロラクトンが保持時間9.4分で検出される。このピーク面積から生合成されたポリエステルの組成を算出した。
【0055】
(2)共重合体の合成
激しく振とうする好気条件(120往復/分)では蓄積PHAに4HBユニットは検出されなかったが、振とうを穏やかにした微好気条件(60往復/分)で、グルコース原料のみから2.8mol%の4HBユニットを含むP(3HB-co-4HB)が50重量%(72h)で生合成された(表1)。ガスクロマトグラフィー分析結果を図3に示す。120hまで培養を継続すると、PHA蓄積率61重量%、4HB分率5.4mol%に増加した、さらに、微好気条件でのO利用を効率化すると報告されている細菌ヘモグロビン(Vgb)を4HcDと共発現させたところ、4HB分率が72時間培養で4.2mol%に増加した。
【0056】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0057】
柔軟性に優れた生分解性プラスチックであるP(3HB-co-4HB)共重合体を前駆体を添加することなく、グルコース原料から合成するにあたり、従来とは異なる新規経路が適用できる。将来的に新たな生産技術の確立に向けた基本技術を提供することができる。
図1
図2
図3
【配列表】
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