IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 熊本大学の特許一覧 ▶ 学校法人君が淵学園の特許一覧

<>
  • 特開-抗ウイルス剤 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128167
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】抗ウイルス剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/28 20060101AFI20230907BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20230907BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20230907BHJP
   A61P 31/18 20060101ALI20230907BHJP
   A61P 31/20 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
A61K31/28
A61P31/12
A61P31/14
A61P31/18
A61P31/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032330
(22)【出願日】2022-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】天野 将之
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 正晴
(72)【発明者】
【氏名】ボアテング アレックス
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206JB20
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB33
4C206ZC55
(57)【要約】
【課題】新規な抗ウイルス剤を提供すること。
【解決手段】下記式(1)で示される化合物又はその塩を含む、抗ウイルス剤。
【化1】
(式中、RおよびRは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、pは0~5の整数を示し、qは0~5の整数を示し、rは1~5の整数を示し、実線と点線の組み合わせは、各々独立に単結合又は二重結合を示す。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される化合物又はその塩を含む、抗ウイルス剤。
【化1】
(式中、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、pは0~5の整数を示し、qは0~5の整数を示し、rは1~5の整数を示し、
【化2】
は、各々独立に単結合又は二重結合を示す。)
【請求項2】
エンベロープウイルス阻害剤である、請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
ウイルスが、レトロウイルス科、コロナウイルス科、又はヘパドナウイルス科である、請求項1又は2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
抗HIV-1剤、抗SARS-CoV-2剤、又は抗B型肝炎ウイルス剤である、請求項1から3の何れか1項に記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
pが0である、請求項1から4の何れか1項に記載の抗ウイルス剤。
【請求項6】
qが0~2の整数である、請求項1から5の何れか1項に記載の抗ウイルス剤。
【請求項7】
rが1又は2である、請求項1から6の何れか1項に記載の抗ウイルス剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレノエステル化合物を有効成分として含む抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
第4周期16族元素であるセレン(Se、原子番号34)は、活性酸素種を除去する酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼなどにセレノシステインとして含まれており、その活性中心を担っていることからも、ヒトに必須の微量元素である。また、有機セレン化合物が、抗ウイルス活性や抗腫瘍活性などの様々な生物活性を示すことはよく知られている(非特許文献1)。有機セレン化合物のうち、セレノエステル化合物については、炭酸脱水素酵素に対する阻害活性(非特許文献2)や、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)に対する抗ウイルス活性(非特許文献3)などが最近報告されているが、生物活性の検討は限定的であった。その要因として、構造展開が容易なセレノエステル類の合成法が限られていることが挙げられる。セレノエステルはセレノールのアシル化反応によって合成するのが一般的である(例えば、非特許文献4)が、不飽和セレノエステルの合成例は極めて限定的であった。
【0003】
本発明者らは最近、自ら開発した「四塩化チタンを用いるアルドール縮合反応」によって、単純なセレノエステルとカルボニル化合物から、様々な不飽和セレノエステル類が合成できること、また、それらの還元によって飽和セレノエステル類も合成できることを報告した(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Drug Discovery Today 2021,26,256
【非特許文献2】Chem.Commun.2020,56,4444
【非特許文献3】Molecules 2019,24,4264
【非特許文献4】J.Org.Chem.2017,82,4588
【非特許文献5】第38回日本薬学会九州山口支部大会、2021年11月13日、C1-5-20,アレックス ボアテング・杉浦 正晴(崇城大学大学院薬学研究科),Synthesis of Biologically Active Unsaturated Selenoesters Using One-pot TiCl4-promoted Aldol Condensation
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ウイルス感染症は、現在の新型コロナウイルスによるパンデミックにみられるように、人類の脅威であり、薬剤耐性株の出現に対抗するためにも、新しい抗ウイルス剤に関する知見を常に集積することが不可欠である。
【0006】
国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告では、2019年において世界で3,800万人のHIV-1感染者が存在、年間180万人がHIV-1に新規感染し、69万人がAIDS関連疾患で死亡しており、また2,600万人が抗HIV-1薬による治療を受けているが、これは2010年の770万人から大きく増加している。このように、HIV-1感染症治療薬には世界的な医療ニーズが存在する。また、HIV-1が現在の抗レトロウイルス療法(cART)に対して薬剤耐性を獲得し、多くが交差耐性であるが故に治療抵抗性となった症例数の増大が続いており、これに対応し得る全く新たな作用機序・標的を有する薬剤の開発に関する基礎研究の重要性は増している。
【0007】
また、SARS-CoV-2感染症(COVID-19)に至っては、武漢での初の報告からちょうど2年後の2021年12月の時点で、世界において2億6千万人以上が感染し、既に500万人以上が死亡した(WHO coronavirus dashboard)。対応策として世界で80億回以上のワクチン接種が行われてきたが、接種が普及している諸外国においても変異株による新たなパンデミックが頻発しており、依然感染収束の目処が付かない。また直近では、スパイク領域にK417N/E484A等の免疫回避変異に加えT478K/N501Y/D614G等の伝播性増強変異を併せて持つomicron株の出現もあり、この状況が今後も当分は続くことが予想される。
【0008】
本発明は、新規な抗ウイルス剤を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の構造を有するセレンエステル化合物が、優れた抗ウイルス活性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1] 下記式(1)で示される化合物又はその塩を含む、抗ウイルス剤。
【化1】
(式中、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、pは0~5の整数を示し、qは0~5の整数を示し、rは1~5の整数を示し、
【化2】
は、各々独立に単結合又は二重結合を示す。)
[2] エンベロープウイルス阻害剤である、[1]に記載の抗ウイルス剤。
[3] ウイルスが、レトロウイルス科、コロナウイルス科、又はヘパドナウイルス科である、[1]又は[2]に記載の抗ウイルス剤。
[4] 抗HIV-1剤、抗SARS-CoV-2剤、又は抗B型肝炎ウイルス剤である、[1]から[3]の何れか一に記載の抗ウイルス剤。
[5] pが0である、[1]から[4]の何れか一に記載の抗ウイルス剤。
[6] qが0~2の整数である、[1]から[5]の何れか一に記載の抗ウイルス剤。
[7] rが1又は2である、[1]から[6]の何れか一に記載の抗ウイルス剤。
【0011】
[A] 上記式(1)で示される化合物又はその塩を、抗ウイルスの処置を必要とする対象に投与することを含む、ウイルスの抑制方法。
[B] ウイルス抑制の治療において使用するための、上記式(1)で示される化合物又はその塩。
[C] 抗ウイルス剤の製造のための、 上記式(1)で示される化合物又はその塩の使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明の化合物は、優れた抗ウイルス活性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、化合物のHIV-1キャプシド構造蛋白に対する蛋白崩壊誘導活性を評価した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について更に具体的に説明する。
本発明者らは、後記の実施例に示す通り多様なセレノエステル化合物について、HIV-1の必須構造蛋白であるキャプシド蛋白の自己崩壊誘導により抗HIV-1活性を発揮すること(HIV-1キャプシド蛋白を強制発現させたCOS-7細胞の溶解液を本発明化合物と共培養した後、キャプシド蛋白の抗原性の経時的な変化を化学発光酵素免疫測定システム・ルミパルスG1200で評価することにより判明)を実証した。さらに本発明者らは、セレノエステル化合物について、Vero細胞を用いた感染実験において武漢型SARS-CoV-2株及び複数のSARS-CoV-2変異株(VOC株/variant of concern;alpha株、gamma株、delta株)といった臨床分離感染性SARS-CoV-2株に対し、感染増殖阻害活性を有すること(本発明化合物を液体細胞培地に添加することで、SARS-CoV-2の感染増殖による感染vero細胞の細胞死を阻害)を実証した。さらに本発明者らは、セレノエステル化合物について、HBV持続産生細胞株HepG2.2.15株を用いた実験において、HBVに対する増殖阻害活性を有することを実証した。
【0015】
HIV-1キャプシドの構造安定性に作用し抗ウイルス作用を発揮、かつSARS-CoV-2阻害作用を有するdual阻害剤に関する報告は世界でこれまで無く、従来技術に対し明白な新規性・優位性を持つと考えられる。最近、免疫不全患者の体内でSARS-CoV-2が長期間持続感染し、その様なSARS-CoV-2株において現在のVOC株で認められるスパイク領域の変異が、VOC株流行の無い1年半前に既に出現していた事が複数の論文で報告された(Nat.Commun.2021,12,6405,6612)。免疫不全者の体内における長期持続感染がVOC株の発生源となった可能性は否定できず、また同様な事象がHIV-1感染者においても十分に起こり得ると考えられる。HIV-1及びSARS-CoV-2のdual阻害剤である本発明化合物は、SARS-CoV-2に感染した(不顕性感染も含め)HIV-1感染者体内における新たなSARS-CoV-2変異株出現に対する予防策と成り得ることが期待される。
【0016】
HIV治療に関しては、既存のcARTは主にHIV-1の酵素を標的としているが、対して本発明の抗ウイルス剤の標的分子であるCAは、HIV-1内でウイルス遺伝子を包む円錐状の殻を構成するHIV-1増殖に必須の蛋白である。HIV-1の逆転写酵素に起因する高い突然変異発生率及びHIV-1の酵素群の持つ遺伝子変異への高い許容性により、薬剤耐性株出現の問題が惹起されているが、本発明において標的とするCAは非常に保存された領域であり(Novitsky. J Virol,2002,HIV Sequence Compendium 2014,Los Alamos National Laboratory, USA)、HIV-1 CAに作用しCA自壊を誘導する新規セレノエステル化合物に対し、HIV-1が薬剤耐性を獲得することは困難であることが推測される。本発明の抗ウイルス剤は、HIV-1の耐性発現に抵抗し、他薬剤との交差耐性を有しない新規機序を有する抗HIV-1薬となる可能性があり、HIV-1感染症患者において長期間ウイルス量を測定感度以下にコントロールし、その結果外来通院による長期加療が更に容易となり患者のQOLの改善、および医療・対費用効果の改善に大きく貢献する。
【0017】
またCOVID-19に関しては、SARS-CoV-2特異治療薬として承認されているRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)阻害剤である核酸アナログremdesivirに加え、3CLプロテアーゼ阻害剤PF-07321332(Ritonavirとの合剤Paxlovid/米国FDAが緊急使用許可)、RdRp阻害核酸アナログであるmolnupiravir(英国で承認、本邦でも12/24に特例承認)といった新薬も開発されている。しかし、これらの医薬はいずれも、本発明において使用するセレノエステル化合物とは構造上の類似点はない。本発明の抗ウイルス剤は、異種のウイルスに対して抗ウイルス作用を発揮するという特徴を有していることから、今後のCOVID-19治療薬の開発において新たな選択肢の1つに成り得るものである。
【0018】
さらに、HIV-1に対する現行の多剤併用療法において、抗ウイルス効果の強いキードラッグを補足しウイルス抑制効果を高めるバックボーン薬剤として核酸系逆転写酵素阻害剤(核酸アナログ)を用いる事が一般的である。しかし、このような治療を受けているHIV-1感染者がSARS-CoV-2に感染した際、現行のSARS-CoV-2治療の主流である核酸アナログremdesivirを用いることにより、核酸アナログ過剰投与によるミトコンドリア障害・腎障害等の副作用の出現が懸念される。これに対し、本発明の抗ウイルス剤はそのような有害事象を回避することができる可能性が高い。
【0019】
本発明の抗ウイルス剤は、有効成分として、下記式(1)で示される化合物又はその塩を含む。
【化3】
式中、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、Rは各々独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のアルコキシ基、保護されていてもよいヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、または置換されていてもよいアミノ基を示し、pは0~5の整数を示し、qは0~5の整数を示し、rは1~5の整数を示し、
【化4】
は、各々独立に単結合又は二重結合を示す。
【0020】
pは、好ましくは0~2の整数であり、より好ましくは0又は1であり、さらに好ましくは0である。
qは、好ましくは0~2の整数である。
rは、好ましくは1、2又は3であり、より好ましくは1又は2である。
【0021】
式(1)で示される化合物の中で好ましい化合物としては、以下の式(1A)または式(1B)で示される化合物が挙げられる。式中の各記号の定義は、式(1)における定義と同じである。
【化5】
【0022】
およびRが示す炭素数1~6のアルキル基としては、直鎖、分岐鎖または環状のいずれでよく、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、シクロプロピルメチル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基、ヘキシル基、シクロへキシル基などが挙げられ、メチル基が好ましい。
【0023】
およびRが示す炭素数1~6のアルコキシ基としては、直鎖、分岐鎖または環状のいずれでよく、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロピルオキシ基、イソプロピルオキシ基、シクロプロピルオキシ基、シクロプロピルメチルオキシ基、n-ブトキシ基、イソブチルオキシ基、sec-ブチルオキシ基、tert-ブチルオキシ基、ペンチルオキシ基、シクロペンチル基オキシ基、ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基などが挙げられ、メトキシ基が好ましい。
【0024】
およびRが示す保護されていてもよいヒドロキシル基としては、ヒドロキシル基又は保護されたヒドロキシル基である。ヒドロキシル基の保護基としては、上記した炭素数1~6のアルキル基(メチル基など)、低級アルコキシ低級アルキル基(例えば、メトキシメチル基など)などを挙げることができる。ここで、低級アルコキシとは炭素数1~6のアルコキシを意味し、低級アルキルとは炭素数1から6のアルキルを意味する。
【0025】
およびRが示すハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が挙げられ、臭素原子が好ましい。
【0026】
およびRが示す置換されていてもよいアミノ基としては、好ましくは、炭素数1~6のアルキル基で置換されたアミノ基であり、例えば、1又は2個のメチル基、エチル基又はプロピル基で置換されたアミノ基を挙げることができる。
【0027】
式(1)で示される化合物の具体例としては、後記する実施例に記載の化合物1~12を挙げることができる。
【0028】
式(1)で示される化合物が、光学異性体、立体異性体、位置異性体、回転異性体等の異性体を有する場合には、いずれか一方の異性体でもよいし、異性体の混合物でもよい、例えば、光学異性体が存在する場合には、ラセミ体から分割された光学異性体でもよい。
【0029】
式(1)で示される化合物は、塩として使用してもよい。式(1)で示される化合物の塩としては、薬学的に許容される塩が好ましい。式(1)で示される化合物の塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸など)、有機酸(例えば、シュウ酸、マロン酸、クエン酸、フマル酸、乳酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、グルコン酸、アスコルビン酸、メチルスルホン酸、ベンジルスルホン酸など)、無機塩基(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アンモニウムなど)、有機塩基(メチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン、グアニジン、コリン、シンコリンなど)、またはアミノ酸(例えば、グリシン、アラニン、リジン、アルギニンなど)との塩を挙げることができる。
【0030】
式(1)で示される化合物またはその塩は、水あるいは溶媒との付加物(水和物又は溶媒和物)の形で存在してもよい。これらの付加物も本発明の範囲内である。溶媒和物における溶媒としては、メタノール、エタノールなどを挙げることができるが、特に限定されない。
【0031】
式(1)で示される化合物またはその塩は、結晶であってもよい。結晶は、公知の結晶化法に従って結晶化することによって製造することができる。
【0032】
一般式(1)に包含される代表的な化合物の製造方法を本明細書の実施例に詳細かつ具体的に記載した。実施例に記載された製造方法を参照することにより、原料化合物、反応条件、試薬などを適宜選択することにより、一般式(1)に包含される化合物を製造することが可能である。
【0033】
一例としては、セレノ酢酸Se-フェニルと溶媒(例えば、塩化メチレンなど)の混合物に、四塩化チタンとトリブチルアミンを添加し、混合物を冷却下(例えば、-78℃)で攪拌する。次いで、ベンズアルデヒドを加えて、冷却下(例えば、-78℃)で攪拌する。さらに、ピリジンを加えて、室温で攪拌することにより、セレノエステルを得ることができる。
【0034】
別の例としては、セレノ酢酸Se-フェニルと溶媒(例えば、塩化メチレンなど)の混合物に、四塩化チタンとトリブチルアミンを添加し、混合物を冷却下(例えば、-78℃)で攪拌する。これとは別に、4-ヒドロキシベンズアルデヒドと溶媒(例えば、塩化メチレンなど)の混合物に、トリブチルアミン又はトリエチルアミンと、クロロトリメチルシランとを加えて反応させる。この反応物を、前者の混合物に添加し、冷却下(例えば、-78℃)で攪拌する。さらに、ピリジンを加えて、室温で攪拌することにより、セレノエステルを得ることができる。
【0035】
上記で得られたセレノエステルが、不飽和セレノエステルである場合には、還元することによりセレノエステルを得ることができる。例えば、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン、不飽和セレノエステル、トルエン、トリエチルシランを順次加えて、室温で攪拌することにより、不飽和セレノエステルの還元を行うことができる。
【0036】
式(1)で示される化合物は、抗ウイルス作用を有し、抗ウイルス剤として有用である。ウイルスとして、好ましくはエンベロープウイルスである。
【0037】
ウイルスは特に限定されないが、例えば、
アデノウイルス科(ヒトアデノウイルスなど)、ヘルペスウイルス科(単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、ヒトサイトメガロウイルス、エプスタイン-バールウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、ヘルペスウイルス6型)、パポーバウイルス科)ヒトパピローマウイルスなど)、ポリオーマウイルス科(ヒトポリオーマウイルスなど)、ポックスウイルス科(ワクシニアウイルス、痘瘡ウイルス、牛痘ウイルス、サル痘ウイルスなど)、又はヘパドナウイルス科(B型肝炎ウイルスなど)等に属する2本鎖DNAウイルス;
サーコウイルス科(ニワトリ貧血ウイルスなど)等に属する1本鎖DNAウイルス;
レオウイルス科(哺乳類オルトレオウイルスなど)等に属する2本鎖RNAウイルス;
コロナウイルス科(SARSウイルス、伝染性気管支炎ウイルス、ヒトコロナウイルス、マウス肝炎ウイルス、ヒトトロウイルス、新型コロナウイルスなど)、フラビウイルス科(黄熱病ウイルス、日本脳炎ウイルス、デング熱ウイルス、西ナイルウイルス、牛ウイルス性下痢ウイルス、豚コレラウイルス、ボーダー病ウイルス、C型肝炎ウイルスなど)、ピコルナウイルス科(口蹄疫ウイルス、ポリオウイルス、A型肝炎ウイルス、ヒトライノウイルスなど)、トガウイルス科(風疹ウイルス、脳炎ウイルスなど)、カリシウイルス科(ノロウイルス、サッポロウイルス、ブタ水泡疹ウイルスなど)、ヘペウイルス科(E型肝炎ウイルスなど)、又はレトロウイルス科(HIV、HTLV-1、HTLV-2、牛白血病ウイルス、トリ白血病ウイルスなど)等に属する1本鎖RNA(+鎖)ウイルス;
フィロウイルス科(エボラ出血熱ウイルス、マールブルグウイルスなど)、ラブドウイルス科(狂犬病ウイルスなど)、パラミクソウイルス科(はしかウイルス、おたふくかぜウイルス、仙台ウイルス、RSウイルスなど)、オルトミクソウイルス科(A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルスなど)、ブニヤウイルス科(ハンタウイルス、ブニヤムウェラウイルスなど)、又はアレナウイルス科(ラッサウイルス、フニンウイルス、マチュポウイルス)等に属する1本鎖RNA(-鎖)ウイルス;
などを例示することができる。
【0038】
本発明の抗ウイルス剤は、特に、レトロウイルス科(Retroviridae)、コロナウイルス科(Coronaviridae)、ヘパドナウイルス科(Hepadnaviridae)に属するウイルスに対して使用することができる。
【0039】
式(1)で示される化合物の抗ウイルス活性は、例えばウイルスを細胞に感染させ、感染前、感染後、又は感染と同時に、式(1)で示される化合物を培地に添加した後、ウイルス複製抑制率を測定する方法によって評価することができる。
【0040】
例えば、ウイルス非感染細胞を含む培地に本発明に係る化合物を添加した後、式(1)で示される化合物の細胞増殖抑制率を測定する。例えば水溶性MTT液等の生細胞測定用試薬を用いることで、細胞増殖抑制率を測定することができる。
得られたウイルス複製抑制率(生細胞測定試薬を用いた評価では、ウイルスの細胞内複製による細胞変性効果[細胞死]の阻害率)から、50%のウイルス複製抑制率を付与することができる化合物の濃度(すなわち、50%有効濃度:EC50)を求めることができる。
【0041】
また、式(1)で示される化合物の抗ウイルス活性は、式(1)で示される化合物を含む培地で培養したウイルス感染細胞におけるウイルス抗原量を測定するアッセイ(例えば、ウエスタンブロット分析、ELISAやフローサイトメトリー)、ウイルス遺伝子(RNA)量を測定するアッセイ(例えば、ノーザンブロット分析や定量RT-PCR法)又はウイルス感染価を測定するアッセイ(例えば、プラーク数測定や細胞変性効果評価)によって評価することができる。このようなウイルス感染の指標に基づき、例えば陰性対照(例えば、式(1)で示される化合物の不在下でのウイルス感染細胞培養におけるウイルスの増殖)と比較して、式(1)で示される化合物の存在下でのウイルス感染細胞培養におけるウイルスの増殖が有意に抑制された場合には、式(1)で示される化合物の抗ウイルス活性は、良好であると評価することができる。
【0042】
本発明の抗ウイルス剤は、例えば、HIV感染症、新型コロナウイルス感染症、及びB型肝炎に対して有用であることから、抗HIV-1剤、抗SARS-CoV-2剤、又は抗B型肝炎ウイルス剤として使用することができる。
【0043】
HIV感染症とはエイズ、症候性又は無症候性のHIV感染症(エイズ関連症候群:ARCを含む)を含めてHIVに感染している病態をいう。本発明の抗ウイルス剤は、HIV感染症をはじめとした各種レトロウイルス感染症の治療剤として使用することはできる。例えばHIV感染症の治療とは、HIV感染による症状の改善、緩和又は治癒、エイズ発症の予防又は遅延を目的とした処置を含む。具体的には、CD4陽性リンパ球数の増加又は減少の抑制、NK細胞活性の増加又は低下の抑制、ARCの予防、改善、緩和又は治癒、エイズ発症の予防又は遅延、日和見感染症の予防、改善、緩和又は治癒、エイズの症状の改善、緩和又は治癒を目的とした処置を含む。ARCの症状には、リンパ節腫脹、食欲不振、下痢、体重減少、発熱、倦怠感、発疹、気管支喘息等が含まれる。
【0044】
本発明の抗ウイルス剤の投与対象は特に限定されず、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等の哺乳類を挙げることができ、好ましくはヒトである。
【0045】
本発明の抗ウイルス剤の投与方法は、経口投与でも非経口投与でもよい。非経口投与としては、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与、経鼻投与、経肺投与等を挙げることができる。
【0046】
本発明の抗ウイルス剤の剤型は特に限定されず、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、シロップ剤等の経口剤、あるいは注射剤、経皮吸収剤(貼付剤、軟膏剤、硬膏剤など)、または坐剤等の非経口剤とすることができる。
【0047】
本発明の抗ウイルス剤には、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0048】
賦形剤としては、乳糖、白糖、D-ソルビトール、デンプン、α化デンプン、コーンスターチ、D-マンニトール、デキストリン、結晶セルロース、アラビアゴム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、血清アルブミンなどを例示することができる。
【0049】
結合剤としては、α化デンプン、ショ糖、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、白糖、D-マンニトール、トレハロース、デキストリン、プルラン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどを例示することができる。
【0050】
溶剤としては、精製水、生理的食塩水、リンゲル液、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール、マクロゴールなどの親水性溶剤や、オリーブ油、ラッカセイ油、ゴマ油、ツバキ油、ナタネ油、脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、高級脂肪酸エステル、流動パラフィンなどの油性溶剤を例示することができる。
【0051】
溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D-マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどを例示することができる。
【0052】
懸濁化剤としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、アラビアゴム、ベントナイトなどを例示することができる。
【0053】
乳化剤としては、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、コレステロール,卵黄、ベントナイト、ビーガム、セタノール、モノステアリン酸グリセリン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ステアリン酸などを例示することができる。
【0054】
等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グルコース、フルクトース、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、サッカロース、グリセリン、尿素などを例示することができる。
【0055】
緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム、グリセリンなどを例示することができる。
安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、アミノ酸、ヒト血清アルブミンなどを例示することができ。
無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカインなどを例示することができる。
防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などを例示することができる。
抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などを例示することができる。
【0056】
着色剤としては、タール系色素、カラメル、ベンガラ、二酸化チタンなどを例示することができる。
滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、精製タルク、コロイドシリカ等を使用することができる。
崩壊剤としては、でんぷん、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム等を例示することができる。
甘味剤としては、ブドウ糖、果糖、転化糖、ソルビトール、キシリトール、グリセリン、単シロップ等を例示することができる。
湿潤剤、吸着剤、希釈剤としても、公知の物を使用することができる。
【0057】
式(1)で示される化合物を有効成分として含有する抗ウイルス剤(医薬)中における本式(1)で示される化合物の含有量は製剤全体に対して一般的には0.01~99.9重量%であり、好ましくは0.1~50重量%である。
【0058】
式(1)で示される化合物の投与量は、年令、体重、健康状態、性別、投与方法、病状の程度に応じて適宜設定することができるが、一般的には、約0.001~100mg/体重kg/dayであり、好ましくは0.01~10mg/体重kg/dayである。
【0059】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されることはない。
【実施例0060】
実施例で合成及び使用した化合物の構造を以下に示す。
【化6】
【0061】
【化7】
【0062】
<合成例>
不飽和セレノエステルの合成法A (方法A)
【化8】
【0063】
アルゴン雰囲気下、30 mL二頸フラスコに、攪拌子とセレノ酢酸Se-フェニル(112.0 mg, 0.563 mmol)、脱水塩化メチレン(1.5 mL)を加えて、-78 ℃に冷却しながら攪拌した。そこに、四塩化チタン(2.09 M塩化メチレン溶液, 0.32 mL, 0.669 mmol)を滴下し、トリブチルアミン(0.17 mL, 0.715 mmol)を加えて、反応混合物を-78 ℃で30分攪拌した。次いで、ベンズアルデヒド(51 μL, 0.505 mmol)を加えて、-78 ℃で2時間攪拌した。さらに、ピリジン(0.21 mL, 2.60 mmol)を加え、冷却用バスから反応容器を出して、室温で2時間攪拌した。反応混合物にジエチルエーテルと酢酸エチルを加え、セライトを用いる濾過で不溶成分を除いた。濾液を減圧下濃縮し、残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/塩化メチレン = 2:1)により精製し、セレノエステル1(126.0 mg, 0.439 mmol, 収率87%)を黄色結晶として得た。
【0064】
セレノエステル1:1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.61 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 7.60-7.54 (m, 4H), 7.44-7.38 (m, 6H), 6.78 (d, J = 15.5 Hz, 1H).
【0065】
不飽和セレノエステルの共役還元
【化9】
【0066】
アルゴン雰囲気下、10 mLナスフラスコに、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(2.6 mg, 0.005 mmol)、セレノエステル1(28.87 mg, 0.1 mmol)、脱水トルエン(0.2 mL)、トリエチルシラン(18 μL, 0.11 mmol)を順次加えて、室温で30分間攪拌した。0.1 M塩酸(mL)を加えて15分攪拌した後、反応混合物をジエチルエーテル(10 mL)で3回抽出した。合わせた有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、ろ過後、減圧下濃縮し、残渣をPTLC(ヘキサン/酢酸エチル = 10:1)により精製し、セレノエステル2(27.4 mg, 0.095 mmol, 収率95%)を無色液体として得た。
【0067】
セレノエステル2:1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ7.51-7.47 (m, 2H), 7.42-7.35 (m, 3H), 7.30 (apparent t, J = 7.5 Hz, 2H), 7.22 (apparent t, J= 7.5 Hz, 1H), 7.19 (apparent d, J = 7.5 Hz, 2H), 3.05-2.97 (m, 4H).
【0068】
不飽和セレノエステルの合成法B (方法B)
【化10】
【0069】
アルゴン雰囲気下、30 mL二頸フラスコに、攪拌子とセレノ酢酸Se-フェニル(220.0 mg, 1.10 mmol)、脱水塩化メチレン(2 mL)を加えて、-78 ℃に冷却しながら攪拌した。そこに、四塩化チタン(2.09 M塩化メチレン溶液, 0.63 mL, 1.32 mmol)を滴下し、次いでトリブチルアミン(0.34 mL, 1.43 mmol)を加えて、反応混合物を-78 ℃で30分攪拌した。一方、別の10 mLナスフラスコに、アルゴン雰囲気下、4-ヒドロキシベンズアルデヒド(122.4 mg, 1.00 mmol)と脱水塩化メチレン(2 mL)を加えて、室温で攪拌した。そこに、トリブチルアミン(0.34 mL, 1.43 mmol)とクロロトリメチルシラン(165 μL, 1.30 mmol)を順次滴下し、反応混合物を室温で1時間攪拌した。この溶液を、カニューレを用いて、-78 ℃に冷却している前者の反応容器に加え(脱水塩化メチレン1 mLを用いて洗い出し)、-78 ℃で2時間攪拌した。反応混合物にピリジン(0.41 mL, 5.09 mmol)を加え、冷却用バスから反応容器を出して、室温で2時間攪拌した。反応混合物にジエチルエーテルと酢酸エチルを加え、セライトを用いる濾過で不溶成分を除いた。濾液を減圧下濃縮し、残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/塩化メチレン = 2:1)により精製し、セレノエステル3(218.0 mg, 0.719 mmol, 収率72%)を黄色結晶として得た。
【0070】
セレノエステル3:1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.60-7.56 (m, 2H), 7.56 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.48 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.43-7.38 (m, 3H), 6.99 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 6.65 (d, J= 16.0 Hz, 1H), 5.20 (s, 1H).
【0071】
不飽和セレノエステルの合成法C
【化11】
【0072】
アルゴン雰囲気下、30 mL二頸フラスコに、攪拌子とセレノ酢酸Se-フェニル(220.0 mg, 1.10 mmol)、脱水塩化メチレン(2 mL)を加えて、-78 ℃に冷却しながら攪拌した。そこに、四塩化チタン(2.09 M塩化メチレン溶液, 0.63 mL, 1.32 mmol)を滴下し、次いでトリブチルアミン(0.34 mL, 1.43 mmol)を加えて、反応混合物を-78 ℃で30分攪拌した。一方、別の10 mLナスフラスコに、アルゴン雰囲気下、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(138.2 mg, 1.00 mmol)と脱水塩化メチレン(4 mL)を加えて、室温で攪拌した。そこに、トリエチルアミン(0.56 mL, 4.04 mmol)とクロロトリメチルシラン(0.52 mL, 4.11 mmol)を順次滴下し、反応混合物を室温で1.5時間攪拌した。この溶液を、カニューレ(入り口側にプロワイプを縛ったもの)を用いて、-78 ℃に冷却している前者の反応溶液に加え(脱水塩化メチレン2 mLを用いて洗い出し)、-78 ℃で2時間攪拌した。反応混合物にピリジン(0.41 mL, 5.09 mmol)を加え、冷却用バスから反応容器を出して、室温で2時間攪拌した。反応混合物にジエチルエーテルと酢酸エチルを加え、セライトを用いる濾過で不溶成分を除いた。濾液を減圧下濃縮し、残渣をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル = 5:2)により精製し、セレノエステル4(204.0 mg, 0.639 mmol, 収率64%)を橙色結晶として得た。
【0073】
セレノエステル4:1H-NMR (500 MHz, acetone-d6): δ 8.50 (brs, 2H), 7.59-7.44 (m, 2H), 7.51 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 7.45-7.40 (m, 3H), 7.24 (d, J = 1.7 Hz, 1H), 7.15 (dd, J = 8.6, 1.7 Hz, 1H), 6.89 (d, J= 8.0 Hz, 1H), 6.75 (d, J = 15.5 Hz, 1H).
【0074】
セレノエステル5~12の合成
セレノエステル5
【化12】
【0075】
方法Bに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(220.5 mg, 1.11 mmol)とバニリン(152.5 mg, 1.00mmol)からセレノエステル5(259.0 mg, 0.777 mmol, 収率78%)を橙色結晶として得た。
【0076】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.61-7.55 (m, 2H), 7.54 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.44-7.37 (m, 3H), 7.13 (dd, J= 8.0, 1.7 Hz, 1H), 7.04 (d, J = 1.7 Hz, 1H), 6.93 (d, J = 8.0 Hz, 1H), 6.63 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 5.94 (s, 1H), 3.94 (s, 3H).
【0077】
セレノエステル6
【化13】
【0078】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(140.0 mg, 0.703 mmol)と3,4-ビス(メトキシメトキシ)ベンズアルデヒド(145.0 mg, 0.641 mmol)からセレノエステル6(145.0 mg, 0.356 mmol, 収率56%)を淡黄色結晶として得た。
【0079】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.61-7.56 (m, 2H), 7.53 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 7.44-7.37 (m, 3H), 7.38 (brs, 1H), 7.21-7.15 (m, 2H), 6.65 (d, J = 16.0 Hz, 1H), 5.29 (s, 2H), 5.28 (s, 2H), 3.54 (s, 3H), 3.52 (s, 3H).
【0080】
セレノエステル7
【化14】
【0081】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(109.4 mg, 0.549 mmol)とシンナムアルデヒド(63 μL, 0.500 mmol)からセレノエステル7(121.6 mg, 0.388 mmol, 収率78%)を黄色結晶として得た。
【0082】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.59-7.54 (m, 2H), 7.51-7.46 (m, 2H), 7.43-7.30 (m, 7H), 7.04 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 6.85 (dd, J = 15.5, 10.9 Hz, 1H), 6.33 (d, J = 15.5 Hz, 1H).
【0083】
セレノエステル8
【化15】
【0084】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(110.2 mg, 0.553 mmol)と(E)-4-メトキシシンナムアルデヒド(83.6 mg, 0.515 mmol)からセレノエステル8(150.9 mg, 0.440 mmol, 収率85%)を黄色結晶として得た。
【0085】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.60-7.54 (m, 2H), 7.44 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.43-7.38 (m, 3H), 7.38 (dd, J = 14.9, 10.9 Hz, 1H), 6.99 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 6.90 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 6.72 (dd, J = 15.5, 10.9 Hz, 1H), 6.28 (d, J= 14.9 Hz, 1H), 3.84 (s, 3H).
【0086】
セレノエステル9
【化16】
【0087】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(112.0 mg, 0.553 mmol)と(E)-4-メチルシンナムアルデヒド(73.1 mg, 0.500 mmol)からセレノエステル9(143.3 mg, 0.438 mmol, 収率88%)を黄色結晶として得た。
【0088】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.59-7.54 (m, 2H), 7.43-7.35 (m, 6H), 7.18 (d, J = 8.0 Hz, 2H), 7.00 (d, J= 15.5 Hz, 1H), 6.80 (dd, J = 15.5, 10.9 Hz, 1H), 6.30 (d, J = 14.9 Hz, 1H), 2.36 (s, 3H).
【0089】
セレノエステル10
【化17】
【0090】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(220.0 mg, 1.10 mmol)と(E)-4-ブロモシンナムアルデヒド(211.6 mg, 1.00 mmol)からセレノエステル10(180.2 mg, 0.459 mmol, 収率46%)を褐色結晶として得た。
【0091】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.59-7.54 (m, 2H), 7.50 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.43-7.38 (m, 3H), 7.35 (dd, J = 14.9, 11.5 Hz, 1H), 7.34 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 6.96 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 6.82 (dd, J = 15.5, 11.5 Hz, 1H), 6.34 (d, J= 14.9 Hz, 1H).
【0092】
セレノエステル11
【化18】
【0093】
方法Aに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(86.8 mg, 0.436 mmol)と(E)-4-ニトロシンナムアルデヒド(70.0 mg, 0.395 mmol)からセレノエステル11(94.7 mg, 0.264 mmol, 収率67%)を赤色結晶として得た。
【0094】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 8.22 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.61 (apparent d, J = 8.6 Hz, 2H), 7.59-7.54 (m, 2H), 7.44-7.38 (m, 3H), 7.37 (dd, J = 14.9, 10.9 Hz, 1H), 7.06 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 6.96 (dd, J = 15.5, 10.9 Hz, 1H), 6.42 (d, J = 14.9 Hz, 1H).
【0095】
セレノエステル12
【化19】
【0096】
方法Bに従って、セレノ酢酸Se-フェニル(105.1 mg, 0.528 mmol)と(E)-4-ヒドロキシ-3-メトキシシンナムアルデヒド(84.3 mg, 0.473 mmol)からセレノエステル12(141.3 mg, 0.393 mmol, 収率83%)を粘稠な橙色液体として得た。
【0097】
1H-NMR (500 MHz, CDCl3): δ 7.59-7.53 (m, 2H), 7.44-7.36 (m, 3H), 7.37 (dd, J = 14.9, 10.9 Hz, 1H), 7.03 (dd, J= 8.0, 1.7 Hz, 1H), 6.99 (d, J = 1.7 Hz, 1H), 6.96 (d, J = 15.5 Hz, 1H), 6.91 (d, J = 8.0 Hz, 1H), 6.71 (dd, J = 15.5, 10.9 Hz, 1H), 6.28 (d, J = 14.9 Hz, 1H), 5.81 (s, 1H), 3.94 (s, 3H).
【0098】
<抗ウイルス活性の評価>
(1)化合物の抗HIV-1阻害活性の評価
実験室野生株であるHIV-1LAIに対する化合物の感染増殖阻害活性を、CD4陽性Tリンパ球系細胞株であるMT-2細胞(JCRB細胞バンクから入手)を標的細胞としたMTTアッセイにより評価した。96wellプレート上で各化合物を段階希釈し(100、50、10、5、1…)、100×TCID50(50%tissue culture infectious dose/ウイルスストックごとにあらかじめ測定)の濃度となるように希釈したウイルス液とMT-2細胞(5×10/mL)の混和溶液をwellに加え、対照として、MT-2細胞のみを加えたwellを作成しCOインキュベーター内で7日間培養した後、各wellにMTT試薬(ナカライテスク社)を加え1.5~4時間の培養により呈色反応を行った。各wellにMTT可溶化溶液(イソプロパノール)を加え(生細胞において合成される)ホルマザン結晶をピペッティング操作により物理的に溶かした後、各wellの吸光度をプレートリーダー(Vmax、Molecular Devices社)にて測定、細胞のみを培養したwellでの吸光度(100%の生存率)と比較することで、HIV-1感染による細胞障害(CPE:cytopathic effect)を50%阻害する濃度であるEC50(50%effective concentration)値を算定した。
【0099】
結果を表1に示す。比較化合物1および比較化合物2では100μMの濃度まで明らかなHIV-1阻害活性は認めなかったが、本発明の化合物において、数μMのEC50値でHIV-1の感染増殖を阻害することが判った。
【0100】
(2)化合物の抗SARS-CoV-2阻害活性の評価
SARS-CoV-2武漢株に対する化合物の感染増殖阻害活性を、TMPRSS2高発現Vero細胞(VeroTMPRSS2細胞)を標的細胞としたWSTアッセイにより評価した。Day-1において96well plate上にVeroTMPRSS2細胞(JCRB細胞バンクから入手)を1×10/mLの細胞濃度で撒いておく。Day-0において段階希釈した各濃度の化合物溶液と、100×TCID50の濃度となるように希釈したウイルス液の混和溶液(1:1)を作成し、20分間 COインキュベーター内で培養した後に、VeroTMPRSS2細胞が撒かれている各well内の液体培地を除去後にウイルス-化合物混和液を加え培養した。Day-2で各wellにWST-8試薬(同仁化学研究所)を加え、1.5~4時間の培養により呈色反応を行った後、各wellの吸光度をプレートリーダーにて測定、細胞のみを培養したwellでの吸光度(100%生存)と比較することで、SARS-CoV-2感染による細胞障害を50%阻害する濃度であるEC50値を算定した。
【0101】
結果を表1に示す。評価した中で比較化合物1及び比較化合物2以外の本発明の化合物において、5.7~25.2μMのEC50値でSARS-CoV-2の感染増殖を阻害することが判った。
【0102】
(3)化合物の抗B型肝炎ウイルス(HBV)阻害活性の評価
HBVに対する化合物の増殖阻害活性を評価するため、HBV持続産生細胞株HepG2.2.15株を用いた。コラーゲンコートした96well plate上にHepG2.2.15細胞(5×10/mL)を段階希釈した化合物と共に播いて培養を開始した。(アッセイ開始時、細胞内に既に存在するHBVが十分放出されるのに必要な時間と推定する)培養3日目に、培養上清及び化合物を新しいものと交換し培養を継続、培養7日目に上清を回収し、上清よりウイルスDNAをカラム(キアゲン社)で抽出した後、リアルタイムPCR法により各wellにおけるHBV DNA量を測定し、細胞のみを培養したwellでの値と比較することで、HBVの産生を50%阻害する濃度であるEC50値を算定した。
【0103】
結果を表1に示す。評価した中で、本発明の化合物において、数μM~のEC50値でHBVの増殖を阻害することが判った。またHBVにおいても、比較化合物1および比較化合物2では10μMの濃度まで明らかな阻害活性は認めなかった。
【0104】
【表1】
【0105】
(4)化合物のHIV-1キャプシド構造蛋白に対する蛋白崩壊誘導活性の評価
(4-1)野生型HIV-1キャプシド(capsid:CA)単独発現プラスミドの作成
野生型キャプシド発現プラスミドを以下のようにして作成した。
pCMV-Mycベクター(タカラバイオ社)を用いて野生型CA単独発現プラスミドを作成した。制限酵素によりMycエピトープを含む領域を削除してベクターを線状化し、HIV-1NL4-3を鋳型としてPCRによりCAをコードする遺伝子領域を増幅した後、上記の線状化ベクターに導入した。
【0106】
(4-2)野生型CA発現細胞を用いたCA崩壊誘導活性測定
Day-1にCOS-7細胞を6well plateに5×10/mLの細胞濃度で撒いておく。Day-0で作成した野生型CA発現プラスミドを、lipofectamine LTX試薬(Thermo Fisher Scientific社)を用いてCOS-7細胞にトランスフェクションすることでCAを強制発現させた。培養上清へのCAの発現をELISA法で確認した後、72時間後に細胞を回収した。細胞を洗浄した後、M-PER Mammalian Protein Extraction Reagent(Thermo Fisher Scientific社)を用いて細胞溶解液を作成、DMSO(対照)もしくは化合物(100μM)を加えた後等量ずつチューブに分注、一部は即-80℃で凍結保存し、他は任意の時間37℃で培養を行った。その後全サンプル中のCA抗原濃度を全自動化学発光酵素免疫測定システム(ルミパルスG1200、富士レビオ社)で測定、安定したキャプシドの割合を以下の式から求めた。
【0107】
(各サンプルのCA抗原濃度/インキュベートしていないサンプルのCA抗原濃度)×100(%)
【0108】
結果を図1に示す。評価した中で本発明の化合物において、HIV-1CAの蛋白崩壊誘導作用を認め、このことから本発明の化合物は、HIV-1CAに作用し抗HIV-1活性を発揮する可能性が示唆された。
図1