(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128212
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】細胞構造体の製造方法、培養治具および培養基材
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230907BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032396
(22)【出願日】2022-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 明良
(72)【発明者】
【氏名】青山 朋樹
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB01
4B029BB11
4B029CC02
4B065AA90X
4B065AC17
4B065BC41
4B065BD25
4B065BD39
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】細胞構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程と、複数の細胞を培養して構造体を形成する工程と、を含んだ、構造体の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程と、
複数の細胞を培養して構造体を形成する工程と、
を含む、細胞構造体の製造方法。
【請求項2】
壁面と細胞との接着力が、細胞間の凝集力よりも強い、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
播種される細胞が、スフェロイドである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
播種されるスフェロイドの数が、スフェロイド直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、スフェロイド直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
壁面は細胞接着性素材で構成され、
細胞接着性素材が、細胞外マトリックスのタンパク質、糖たんぱく質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
底面の細胞との接着力は、壁面の細胞との接着力よりも低い、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
底面が細胞非接着性である、請求項1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
播種する工程は、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面と、壁面よりも細胞との接着力が低い底面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種し、
形成する工程は、複数のスフェロイドを培養して構造体を形成し、播種される細胞がスフェロイドである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項9】
培養治具であって、
培養容器の底面に配置されて所定の収容空間を形成する壁面を有し、
前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する、培養治具。
【請求項10】
培養治具の全体が、細胞接着性素材で構成されている、請求項9に記載の治具。
【請求項11】
壁面の全体または壁面の収容空間側が、細胞接着性素材で構成されている、請求項9に記載の治具。
【請求項12】
細胞接着性素材が、細胞外マトリックスのタンパク質、糖たんぱく質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む、請求項10又は11に記載の治具。
【請求項13】
細胞接着性素材が、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、キチンおよびキトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、請求項10~12のいずれか一項に記載の治具。
【請求項14】
細胞接着性素材が、フィブリン、コラーゲン、ラミニン、ゼラチン、ゼラチンメタクリレート(GelMA)、または、キトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、請求項10に記載の治具。
【請求項15】
培養基材であって、
底面、および
前記底面を囲んで所定の収容空間を形成する壁面
を有し、
前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する、培養基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞構造体の製造方法、培養治具および培養基材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、プラスチック培養皿上で細胞を単層培養する二次元培養法では生体組織内での細胞代謝などが反映されていないことから、三次元培養法がいくつも提案されている。また、再生医療ではMATRIGEL(登録商標)などのスキャフォールドを用いて細胞を包埋して三次元培養し、生体内へ移植する試みがなされている。しかし、MATRIGELは、EHS(Engelbreth-Holm-Swarm)マウス肉腫から抽出されるため、異物混入による炎症反応や感染のリスク、及び十分な治療効果が得られていないなどの課題が残されている。
【0003】
そこで、スキャフォールドを用いないで純細胞由来の移植組織の開発が進められている。単純なものでは細胞をスフェロイド状に培養する方法、さらにスフェロイドを三次元バイオプリンターにて積層する剣山法(非特許文献1)や、特殊なネットを用いて三次元培養するネットモールド法(非特許文献2)などがある。また、温度応答性培養皿で単層培養し、シート状の構造を作成し、それを積層することで三次元化させる方法(非特許文献3)も考案されている。
【0004】
剣山法の課題としては、スフェロイドを針にさす必要があり、剣山抜去後には一時的に穴が生じることやわずかながら細胞傷害性が認められること、針よりも十分に太いスフェロイドを用いる必要があることから、シート状などの薄い構造物の作成は難しい点、専用の装置(非常に高価な三次元バイオプリンター)が必要な点、積層に数時間要する点、成熟過程で50%程の収縮が生じて形状を維持できない点などがあげられる(非特許文献1)。
【0005】
ネットモールド法の課題としては、ブロック状の細胞構造物の作成が可能であるが、薄いシート状の作成は難しい点、専用の器具(特殊なネットのキット)が必要な点、予め決められた四角形などの単純な形状でしか作成できない点、培養過程で顕微鏡観察ができない点などが挙げられる(非特許文献2)。
【0006】
温度応答性培養皿の課題としては、基本的に単層培養する工程が含まれるため、単層培養で細胞の形質が変化してしまう細胞・幹細胞への応用が難しい点、分厚い構造物を作成するためには何層ものシートを積層する必要があり煩雑な点、積層化後に収縮が生じて形状を維持できない点などがあげられる(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Zhang XY, Yanagi Y, Sheng Z, Nagata K, Nakayama K, Taguchi T. Regeneration of diaphragm with bio-3D cellular patch. Biomaterials. 2018 Jun;167:1-14.
【非特許文献2】Yang B, Lui C, Yeung E, Matsushita H, Jeyaram A, Pitaktong I, Inoue T, Mohamed Z, Ong CS, DiSilvestre D, Jay SM, Tung L, Tomaselli G, Ma C, Hibino N. A Net Mold-Based Method of Biomaterial-Free Three-Dimensional Cardiac Tissue Creation. Tissue Eng Part C Methods. 2019 Apr;25(4):243-252.
【非特許文献3】Mitani G, Sato M, Lee JI, Kaneshiro N, Ishihara M, Ota N, Kokubo M, Sakai H, Kikuchi T, Mochida J. The properties of bioengineered chondrocyte sheets for cartilage regeneration. BMC Biotechnol. 2009 Mar 6;9:17.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
異物を混入させずに細胞構造体を簡便に製造する方法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、驚くべきことに、底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程、および複数の細胞を培養して構造体を形成する工程を含む、細胞構造体の製造方法、ならびに培養治具および培養基材を見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は以下のものを提供する。
【0010】
[1]底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程と、
複数の細胞を培養して構造体を形成する工程と、
を含む、細胞構造体の製造方法。
[2]壁面と細胞との接着力が、細胞間の凝集力よりも強い、[1]に記載の製造方法。
[3]構造体と収容空間とを分離する工程を更に含む、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]播種される細胞数が、細胞の直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、細胞の直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]播種される細胞が、スフェロイドである、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[6]播種されるスフェロイドの数が、スフェロイド直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、スフェロイド直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である、[5]に記載の製造方法。
[7]スフェロイドは、30(個)から5×105(個)の細胞からなる、[5]又は[6]に記載の製造方法。
[8]壁面は細胞接着性素材で構成され、
細胞接着性素材が、細胞外マトリックスのタンパク質、糖たんぱく質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]壁面は細胞接着性素材で構成され、
細胞接着性素材が、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、キチンおよびキトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]壁面は細胞接着性素材で構成され、
細胞接着性素材が、フィブリン、コラーゲン、ラミニン、ゼラチン、ゼラチンメタクリレート(GelMA)、または、キトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]底面の細胞との接着力は、壁面の細胞との接着力よりも低い、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]底面が細胞非接着性である、[1]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]構造体が三次元構造体である、[1]~[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14]播種する工程は、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面と、壁面よりも細胞との接着力が低い底面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種し、
形成する工程は、複数のスフェロイドを培養して構造体を形成し、播種される細胞がスフェロイドである、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[15]底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数のスフェロイドを播種する工程と、
複数のスフェロイドを培養して三次元構造体を形成する工程と、
を含んだ、細胞構造体の製造方法。
[16]播種されるスフェロイドの数が、スフェロイド直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、スフェロイド直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である、[15]に記載の製造方法。
[17]スフェロイドは、30(個)から5×105(個)の細胞からなる、[15]又は[16]に記載の製造方法。
[18]底面の細胞との接着力は、壁面の細胞との接着力よりも低い、[15]~[17]のいずれかに記載の製造方法。
[19]少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面と、壁面よりも細胞との接着力が低い底面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程と、
複数の細胞を培養して構造体を形成する工程と、
を含んだ、細胞構造体の製造方法。
[20]播種される細胞数が、細胞の直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、細胞の直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である、[19]に記載の製造方法。
[21]培養治具であって、
培養容器の底面に配置されて所定の収容空間を形成する壁面を有し、
前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する、培養治具。
[22]培養治具の全体が、細胞接着性素材で構成されている、[21]に記載の治具。
[23]壁面の全体または壁面の収容空間側が、細胞接着性素材で構成されている、[21]に記載の治具。
[24]細胞接着性素材が、細胞外マトリックスのタンパク質、糖たんぱく質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む、[22]又は[23]に記載の治具。
[25]細胞接着性素材が、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、キチンおよびキトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[22]~[24]のいずれかに記載の治具。
[26]細胞接着性素材が、フィブリン、コラーゲン、ラミニン、ゼラチン、ゼラチンメタクリレート(GelMA)、または、キトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[22]に記載の治具。
[27]培養基材であって、
底面、および
前記底面を囲んで所定の収容空間を形成する壁面
を有し、
前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する、培養基材。
[28]前記底面の細胞との接着力は、前記壁面の細胞との接着力よりも低い、[27]に記載の培養基材。
[29]前記壁面の全体または前記壁面の収容空間側が、細胞接着性素材で構成されている、[27]又は[28]に記載の培養基材。
[30]細胞接着性素材が、細胞外マトリックスのタンパク質、糖たんぱく質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む、[29]に記載の培養基材。
[31]細胞接着性素材が、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、キチンおよびキトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[29]又は[30]に記載の培養基材。
[32]細胞接着性素材が、フィブリン、コラーゲン、ラミニン、ゼラチン、ゼラチンメタクリレート(GelMA)、または、キトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む、[29]~[31]のいずれかに記載の培養基材。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、異物を混入させずに細胞構造体を簡便に製造することができる。例えば、本開示によれば、MATRIGEL等のスキャフォールドを用いて細胞を包埋しないので、異物を混入させることがない。また、本開示によれば、剣山法やネットモールド法のように、専用の装置や器具を必要としないので、簡便に細胞構造体を製造することが可能になる。この結果、より生体に近い微小環境下での細胞研究が低コストで展開可能となる。また、研究者が求める形状で様々な細胞を用いた細胞構造体を製造可能となり、様々な組織に対する移植再生医療の発展に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】GelMA枠にスフェロイドを注入直後の画像。
【
図2】ブタ軟骨細胞三次元シートの培養による経時変化。
【
図3】GelMA枠面積の違いによる組織厚の違い、および細胞生存性の確認。
【
図4】GelMA枠の取り外し、および作製した細胞構造体のハンドリング。
【
図5】ヒト皮膚線維芽細胞(HDF)三次元構造体の作製例。
【
図6】ヒト間葉系幹細胞(MSC)三次元構造体の作製例。
【
図7】枠材料の検討。赤矢頭は、枠から細胞が剥がれていることを示す。
【
図8】バイオ三次元プリンターを応用した二次元MSCシートの作製例。
【
図9】壁面と培養される細胞との接着力が、培養される細胞間の凝集力と等しいか、または培養される細胞間の凝集力よりも強い場合の模式図。
【
図10】中空の枠体である治具の一例の模式図。
図10Aおよび
図10Bは、中空の枠体である治具を示す。
図10Cは、中空の枠体である治具が培養用容器に配置された場合の断面図を示す。
【
図11】底面を有する治具の一例の模式図。
図11Aおよび
図11Bは、底面を有する枠体である治具を示す。
図11Cは、底面を有する枠体である治具が培養用容器に配置された場合の断面図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(定義)
特に定義しない限り、本明細書で使用される全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書に記載の方法および材料と、類似もしくは同等の任意の方法および材料を、本発明の実施または試験に使用することができる。特に指示しない限り、本発明の実施は、化学、生化学、分子生物学、細胞生物学、遺伝学、免疫学および薬理学などの分野における従来の方法を用いて行うことができる。
【0014】
(細胞構造体の製造方法)
ある態様において、本開示は、細胞構造体(本明細書において、「構造体」と称することがある)の製造方法であって、異物を混入させずに細胞構造体を簡便に製造することが可能な方法を提供する。本開示の構造体の製造方法は、底面と、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面とが形成する収容空間の内部に複数の細胞を播種する工程(「第1の工程」とも言う。)、および複数の細胞を培養して構造体を形成する工程(「第2の工程」とも言う。)を含む。
【0015】
本開示の方法の第1の工程において、収容空間は、底面と、底面の周囲を覆う壁面とによって形成される領域または空間を指す。収容空間は、あらゆる形状であってよく、例えば円柱形、斜円柱形、直方体形、斜角柱形であってもよい。例えば、収容空間は、シャーレ等の培養用容器に例えば
図10に示される治具を配置することによって形成される。
【0016】
治具は、例えば
図10(
図10A及び
図10B)に示されるように、上側及び下側の両側が開口した中空の枠体である。
図10Cに示されるように培養用容器に治具を配置することによって、培養用容器の底面のうち中空の枠体で囲まれる領域が収容空間を形成する底面となり、中空の枠体の内側側面が収容空間を形成する壁面となる。
【0017】
なお、治具は、例えば
図11(
図11A及び
図11B)に示されるように、底面を有する枠体であってもよい。この場合、治具自体を収容空間としてもよい。このような治具は、
図11Cに示されるように培養用容器に配置して用いられてもよく、治具単独で用いられてもよい。なお、シャーレやマイクロタイタープレートのウェル等の培養用容器自体を収容空間としてもよい。本明細書において、
図11に示されるような治具やマイクロタイタープレートのウェル等のように単独で収容空間を形成する治具や培養用容器のことを「培養基材」と称することがある。
【0018】
本開示の収容空間において、壁面は、少なくとも一部が細胞接着性を有する。なお、本開示の壁面は、全体が細胞接着性を有してもよい。ここで言う細胞接着性とは、細胞が結合または付着する性質または特性を指す。例えば、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面は、培養される細胞同士が塊になることを防止することができるように、培養される細胞が壁面に結合または付着することができる壁面である。例えば、少なくとも一部が細胞接着性を有する壁面の接着力は、培養される細胞同士が塊になることを防止することができるように、培養される細胞が壁面に結合または付着することができる接着力である。例えば、壁面と培養される細胞との接着力は、
図9に示されるように、培養される細胞間の凝集力と等しいか、または培養される細胞間の凝集力よりも強い。壁面の細胞接着性を有する部分、大きさおよび形状は、特に限定されないが、例えば細胞の型、播種される細胞数、培養条件、細胞接着性素材などに応じて、適宜選択することができる。
【0019】
本開示の収容空間において、壁面が細胞接着性を有するようにするために、壁面の少なくとも一部が、細胞接着性素材で構成されていてもよい。細胞接着性素材は、壁面と培養される細胞との接着力が、培養される細胞間の凝集力と等しいか、または培養される細胞間の凝集力よりも強いことを満たせば、細胞接着性を有するあらゆる素材または材料を適用可能である。細胞接着性素材は、例えば、細胞接着性を有するゲル、プラスチック、樹脂、ガラス、ゴム、金属、ペプチド、タンパク質、細胞間接着分子、融合タンパク質、脂質化合物、抗体、細胞外マトリックスのタンパク質、糖タンパク質、およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含んでいてもよい。例えば、細胞接着性素材は、細胞外マトリックスのタンパク質、糖タンパク質およびムコ多糖類由来の成分から成る群から選択される少なくとも1つの成分を含む。一例をあげると、細胞接着性素材は、ゼラチン、コラーゲン、フィブリン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、キチンおよびキトサンから選択される少なくとも1つの成分を含む。好ましくは、細胞接着性素材は、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、キトサンおよびフィブリンから選択される少なくとも1つの成分を含む。細胞接着性素材の種類、純度、品質および濃度等は、適宜選択することができる。例えば、細胞接着性素材は、細胞(生体)適合性が高い素材であることが好ましい。
【0020】
より具体的には、細胞接着性素材をインクとして用い、三次元プリンターによって中空の枠体を治具として造形して本開示の収容空間の壁面としてもよい。かかる場合、ラミニン、フィブリン、キトサン、コラーゲン、ゼラチンおよびゼラチンメタクリレート(GelMA)から選択される少なくとも1つの成分を含んだバイオインクが用いられてもよい。
【0021】
また、中空の非接着性の材料を治具としてこの治具の内側に細胞接着性素材を塗布して本開示の収容空間の壁面としてもよい。更に、シャーレ等の培養用容器の壁面に細胞接着性素材を塗布して本開示の収容空間の壁面としてもよい。
【0022】
収容空間のサイズ、底面の大きさ(底面積)、壁の高さ等は、所望の構造体のサイズ、細胞の数や種類、および培養用容器の形状およびサイズ等に応じて適宜選択しうる。底面の大きさ(底面積)は、特に限定されないが、例えば0.1mm2以上、1.0mm2以上、4.0mm2以上、9.0mm2以上、10.0mm2以上、16.0mm2以上、20.0mm2以上、30.0mm2以上、32.0mm2以上、40.0mm2以上、50.0mm2以上、100.0mm2以上、500.0mm2以上、または1000.0mm2以上であってもよい。底面の大きさ(底面積)は、特に限定されないが、例えば10000.0mm2以下、5000.0mm2以下、1000.0mm2以下、500.0mm2以下、100.0mm2以下、50.0mm2以下、40.0mm2以下、32.0mm2以下、30.0mm2以下、20.0mm2以下、16.0mm2以下、または10.0mm2以下であってもよい。壁の高さは、特に限定されないが、例えば0.1mm以上、0.5mm以上、1.0mm以上、1.5mm以上、2.0mm以上、2.5mm以上、3.0mm以上、4.0mm以上、5.0mm以上、10.0mm以上、50.0mm以上、または100.0mm以上であってもよい。壁の高さは、特に限定されないが、例えば500.0mm以下、100.0mm以下、50.0mm以下、10.0mm以下、5.0mm以下、4.0mm以下、3.0mm以下、2.0mm以下または1.0mm以下であってもよい。壁面の厚さおよび底面の厚さについても、所望の構造体のサイズ、細胞の数や種類、および培養用容器の形状およびサイズ等に応じて適宜選択しうる。
【0023】
本開示の収容空間において、底面は細胞接着性であっても、細胞非接着性(細胞超低接着性)であってもよい。底面が細胞接着性である場合、底面の細胞との接着力は、壁面の細胞との接着力よりも低いことが好ましい。例えば、培養用容器に、
図10に示すような中空の枠体である治具を配置して収容空間を形成する場合、培養用容器の底面のうち治具で囲まれる領域が収容空間を形成する底面となる。この場合、培養用容器は、細胞非接着性または細胞超低接着性の培養用容器を用いる場合には、例えば、表面にCorning処理が施された超低接着性容器であってよく、細胞接着性の培養用容器を用いる場合には、例えば、表面にNunclon Delta 処理が施された容器であってよい。なお、表面にNunclon Delta 処理が施された、接着性の培養用容器の底面の細胞との接着力は、I型コラーゲン、ポリ-L-リジン塩酸塩、またはフィブロネクチンによる接着力よりも低いことが知られている(Chemistry & Biology 16, 773-782, July 31, 2009, Sayumi Yamazoe et al., A Dumbbell-Shaped Small Molecule that Promotes Cell Adhesion and Growth、特に
図6参照)。
【0024】
また、
図11に示すような底面を有する枠体である治具を収容空間とする場合、例えば、シリコン等非接着性の材料によって
図11と同様の形状に構成された枠体の内側の壁面の少なくとも一部に細胞接着性素材を塗布し、底面には細胞接着性素材を塗布しないようにしてもよい。
【0025】
底面の性質、大きさおよび形状は、特に限定されないが、例えば細胞の型、播種される細胞数、培養条件、細胞接着性素材などに応じて、適宜選択することができる。底面が非接着性である場合、培養された構造体と収容空間とを分離しやすくなる。底面が接着性である場合、細胞が接着する範囲が壁面に加えて広範となり、構造体が維持されやすくなる。また、底面が接着性である場合、底面と細胞との接着力は、壁面と細胞との接着力を補いうる。
【0026】
培養用容器に治具を配置して収容空間を形成する場合、収容空間の壁面は、培養のために必要とされる溶液や栄養分等を透過することができる素材または形状であってよい。壁面が前記素材または形状である場合、壁面の外側に前記溶液や栄養分等を加えることができ、細胞の喪失の減少や細胞の生存率の向上をもたらすこともできる。なお、底面を有する治具を培養用容器に配置して収容空間を形成する場合、治具の底面は、培養のために必要とされる溶液や栄養分等を透過することができる素材または形状であってよい。
【0027】
収容空間に播種される細胞は、あらゆる細胞であってよい。播種される細胞の形態は、懸濁された細胞、細胞同士が凝集して塊になった細胞スフェロイドであってよい。播種される細胞の種類は、例えば、間葉系幹細胞、胚性幹細胞または人工多能性幹細胞由来のいわゆる幹細胞である。また、播種される細胞の種類は、あらゆる組織由来の細胞であってよい。より具体的には、播種される細胞の種類は、例えば、軟骨細胞または皮膚線維芽細胞である。播種される細胞は、健常細胞または非健常細胞由来の細胞であってよい。播種される細胞は、ヒト由来の細胞であってよく、またはヒト以外の動物由来の細胞であってもよい。ヒト以外の動物は、例えば、昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類または哺乳類であり、哺乳類は、例えば、サル、ブタ、ウマ、ウシ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ラット、マウスまたはウサギである。
【0028】
スフェロイドは、一般的に、細胞同士が凝集して塊になったもの、または細胞の単純なクラスター(集合体)を指す。スフェロイドは、一般的に、数千個の細胞が凝集して球形に組織化されたものであり、二次元細胞培養に比べ長期間にわたり高い機能発現を維持できるが、自己集合や自己再生ができないためオルガノイドほど発達しているとはいえないことが知られている。スフェロイドは、例えば、2個以上、30個以上、500個以上、1000個以上、5000個以上、10000個以上、20000個以上、30000個以上、40000個以上、または50000個以上の細胞から構成される。スフェロイドは、例えば、50個以下、100個以下、500個以下、1000個以下、5000個以下、10000個以下、20000個以下、30000個以下、40000個以下、50000個以下、100000個以下、500000個以下、または1000000個以下の細胞から構成される。
【0029】
播種される細胞またはスフェロイド数は、例えば、1個から、細胞またはスフェロイド直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、細胞またはスフェロイド直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である。播種される細胞数は、例えば、細胞の直径を2乗した値で壁内面積を除した値に、細胞の直径で壁面高さを除した値の積(個)以内である。細胞またはスフェロイドの直径は、短径と長径の平均である。より具体的には、1つの細胞の直径は、1つの細胞の短径と長径の平均であり、1つのスフェロイドの直径は、1つのスフェロイドの短径と長径の平均である。複数の細胞に対して直径を求める場合、任意に選択した複数の細胞ついてそれぞれの直径を求め、求めた直径の平均値を細胞の直径としてもよい。また、複数のスフェロイドに対して直径を求める場合、任意に選択した複数のスフェロイドついてそれぞれの直径を求め、求めた直径の平均値をスフェロイドの直径としてもよい。
【0030】
細胞またはスフェロイドの播種は、公知の手段・方法を用いて行いうる。例えば、ピペットを用いて、細胞の懸濁液またはスフェロイドを収容空間内に配置してもよい。
【0031】
本開示の方法の第2の工程における細胞またはスフェロイドの培養は、公知の手段・方法を用いて行うことができる。培地組成、培養温度、培養時間等の培養条件は、細胞の種類、目的とする構造体のサイズ等を考慮して、当業者が適宜選定しうる。
【0032】
本開示の構造体の製造方法は、スフェロイドを調製する工程をさらに含んでもよい。例えば、スフェロイドを調製する工程は、拡大培養した細胞を回収し、再播種して培養することを含む。拡大培養した細胞を回収するために、試薬、例えばトリプシン-EDTA溶液を用いてもよい。
【0033】
本開示の構造体の製造方法は、播種された細胞が壁面と接着していることを確認する工程をさらに含んでもよい。例えば、本発明の構造体の製造方法は、収容空間に播種された細胞同士が塊になっていないことを確認する工程をさらに含んでもよい。播種された細胞が壁面と接着していることを確認する工程は、目視であってよく、または実際に器具で触れてみてもよい。
【0034】
本開示の構造体の製造方法は、培養中の細胞、培養された細胞、または構造体中の細胞の生存性を確認する工程をさらに含んでもよい。例えば、Live/Dead細胞生存アッセイを用いてもよい。
【0035】
本開示の構造体の製造方法は、構造体と収容空間とを分離する工程をさらに含んでもよい。培養用容器の底面に治具を配置して収容空間を形成した場合、製造された構造体と収容空間とを分離するには、治具をピンセットなどの器具で挟んで持ち上げてもよい。この場合、例えば、ピンセットなどの器具で収容空間の壁面には触れるが構造体に直接触れることはない。器具で構造体に触れることがないため、異物の混入のリスクを低下させることができる。また、器具で挟んだりつまんだりすることによる意図しない機械的ストレスを細胞に与えるリスクを低下させることができる。これにより、遺伝子発現変化など細胞代謝に影響を与えることを回避することが可能になる、または細胞の生存率を向上させることができる。器具で挟むことができるように、治具の壁面の高さを製造する構造体の高さよりも高く設定したり、あるいは治具の外側の壁面につまみを付したりしてもよい。培養用容器の壁面に細胞接着性素材を塗布して収容空間の壁面を形成した場合、製造された構造体と収容空間とを分離するには、構造体をへらなどの器具で持ち上げるとよい。なお、製造された構造体と収容空間とを分離する場合、底面または壁面は、培養された構造体を分離しやすい素材または形状であることが好ましい。
【0036】
製造される構造体は、二次元構造体または三次元構造体であってよい。例えば、構造体は、培養された複数の細胞とこれら複数の細胞から分泌された細胞外マトリックスとを含む細胞の集合体である。構造体は、例えばMATRIGELのような異種の細胞外マトリックス等の異物を含まないスキャフォールドフリーである(すなわちスキャフォールドを含んでいない)。スキャフォールドフリーな構造体は、異物の混入のリスクを低下させることが可能であるので、異物混入による炎症反応や感染のリスクを低下させ、細胞の生存率を向上させることが可能となる。三次元構造体の形状としては、三次元シート、臓器状、組織状、球状、またはブロック状などが例示されるが、これらに限定されない。
【0037】
(培養治具)
本開示の培養治具は、培養用容器の底面に配置されて所定の収容空間を形成する壁面を有し、そして前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する。すなわち、培養治具は、例えば
図10に示すように、中空の枠体であってよい。ここで、培養治具は、細胞接着性素材をインクとして用い、
図10と同様の形状に構成された枠体を三次元プリンターによって造形したものであってもよい。また、培養治具は、シリコン等非接着性の材料によって
図10と同様の形状に構成された枠体の内側の壁面の少なくとも一部に細胞接着性素材を塗布したものであってもよい。
【0038】
(培養基材)
本開示の培養基材は、底面と、前記底面を囲んで所定の収容空間を形成する壁面と、を有し、そして前記壁面の収容空間側において少なくとも一部が細胞接着性を有する。すなわち、培養基材は、例えば
図11に示すように、底面を有する枠体であってよい。この場合、枠体が有する底面が収容空間の底面を構成する。あるいは、培養基材は、培養用容器に、例えば
図10に示す枠体であって、内側の壁面において少なくとも一部が細胞接着性を有する枠体を配置したものであってもよい。また、培養基材は、培養用容器の内側の壁面の少なくとも一部に細胞接着性素材を塗布したものであってもよい。
【0039】
(変形例)
上述した実施の形態は以下のように適宜変形可能である。
【0040】
例えば、底面および壁面は、細胞が収容空間から漏れ出さない範囲で、収容空間を完全に覆っていなくてもよい。また、収容空間は、さらに、上側の開口を覆う蓋面で覆われてもよい。例えば、収容空間に細胞を播種した後に、蓋面が取り付けられる。
【0041】
また、収容空間の壁面を栄養分などが透過できるだけでなく、壁面などの治具内に栄養因子や成長因子などを含有させてもよい。これにより、細胞分化や成長の促進、細胞生存率の向上を促すようにしてもよい。
【0042】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、本発明の範囲がこれらの実施例に限定されると解すべきではない。
【実施例0043】
実施例1:細胞の拡大培養および細胞スフェロイド作製
(1)ブタ軟骨細胞
GibcoDulbecco's Modified Eagle Medium/Nutrient Mixture F-12(DMEM/F-12)+10%ウシ胎児血清(FBS)+1%ペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液を用いて培養皿(CELLSTAR 145x20mm シャーレ〔グライナー・ジャパン社製〕)上で拡大培養した。拡大培養した細胞をトリプシン-EDTA溶液で回収し、PrimeSurface(登録商標)プレート96Uに1×104細胞/wellで再播種して1日間培養し、細胞スフェロイドを形成させた。
(2)ヒト皮膚線維芽細胞(human dermal fibroblast:HDF)
FGMTM-2 Fibroblast Growth Medium-2 Bullet KitTM(Lonza社製)を用いて培養皿上で拡大培養した。拡大培養した細胞をトリプシン-EDTA溶液で回収し、PrimeSurface(登録商標)プレート96Uに3×104細胞/wellで再播種して1日間培養し、細胞スフェロイドを形成させた。
(3)ヒト間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)
MSC NutriStem(登録商標) XF Basal Medium+Supplement Mix(Sartorius社製)を用いて培養皿上で拡大培養した。拡大培養した細胞をトリプシン-EDTA溶液で回収し、培養皿の蓋にHanging drop methodにて1×104細胞/dropで再播種して1日間培養し、細胞スフェロイドを形成させた。
【0044】
実施例2:壁面・枠の作製
(1)シリコン壁
厚さ2mmのシリコン板の中央部に4mm×4mmの窓を開け、35mm直径の非接着性培養皿(PrimeSurface(登録商標) シャーレ〔住友ベークライト社製〕)内に載置した。
(2)ゼラチンメタクリレート(GelMA)枠
10~12.5%のGelMAに0.1%の光重合開始剤(lithium phenyl-2,4,6-trimethylbenzoylphosphinate)を混合し、バイオ三次元プリンター(Cellink社製)を用いて高さ約2mm、枠内約4mm×8mmもしくは4mm×4mmのGelMA枠を、35mm直径の非接着性培養皿もしくは通常の接着性細胞培養皿内に造形し、405nmの可視光線で硬化した。
(3)アルギン酸ゲル枠、RGDペプチド修飾アルギン酸ゲル枠
アルギン酸ゲル(CELLINK A〔Cellink社製〕)および細胞接着活性配列であるL-arginine-Glycine-L-aspartic Acid(RGD)ペプチドで修飾したアルギン酸ゲル(CELLINK A-RGD〔Cellink社製〕)を用い、バイオ三次元プリンターで高さ約2mm、枠内約4mm×4mmの枠をそれぞれ非接着性培養皿内に造形し、塩化カルシウム溶液を架橋剤として硬化した。
(4)キトサンゲル枠
Chitosan-based bioink(Cellink社製)を用い、バイオ三次元プリンターで高さ約2mm、枠内約4mm×4mmのキトサンゲル枠を通常の接着性細胞培養皿内に造形し、tripolyphospateを架橋剤として硬化した。
(5)マトリゲル壁
96-well細胞培養プレートのwell中央部に、厚さ2mm、幅4mm×4mm のシリコン板を静置し、4℃で冷却したMatrigel(登録商標) Matrix(Corinig社製)をシリコン板周囲に、厚さ2mmとなるように注入した。37℃で30分間温めた後、ピンセットで中央のシリコン板を取り除くことでマトリゲル壁を作成した。
【0045】
実施例3:ブタ軟骨細胞三次元シートの作製例1
上記方法で作成した12.5%GelMA枠(4mm×8mm)に、上記方法で作成したブタ軟骨細胞スフェロイド192個を注入し、拡大培養で用いた培養液にアスコルビン酸(50μg/ml濃度)を添加して14日間培養した。
図1にGelMA枠にスフェロイドを注入した直後のマクロ写真および顕微鏡像を示す。スフェロイド同士、およびスフェロイドとGelMA枠が接し合っている。
図2に培養1、3、7、14日後のマクロ写真と顕微鏡像を示す。培養1日後にはスフェロイド同士、およびスフェロイドとGelMA枠が接着し始めており、培養7日後には間隙は無くなり、シート状の構造体が形成されている。培養14日後に細胞構造体を組織学的解析に供したところ、ヘマトキシリン・エオジン染色(H・E染色)にて多数の細胞核およびシート状の基質産生が確認された。
【0046】
実施例4:ブタ軟骨細胞三次元構造体の作製例2
作製例1の半分の面積となる10%GelMA枠(4mm×4mm)に、作製例1と同様のスフェロイド数および方法で7日間培養した。
図3にマクロ写真、H・E染色像、細胞生存性所見を示す。H・E染色を施した組織像を確認したところ、スフェロイドが2~3層に積層化され、厚みのある細胞構造体が形成されていることを確認した。さらに、細胞生存性を確認するためにLive/Dead assayを施行し、高い細胞生存性を確認した。作製した細胞構造体はGelMA枠からピンセットで取り外し可能であり、ピンセットでハンドリング可能な状態まで成熟していることを確認した(
図4)。
【0047】
実施例5:HDF三次元構造体の作製例
上記方法で作成したシリコン壁および10%GelMA枠(4mm×4mm)に、上記方法で作成したHDFスフェロイド96個を注入し、拡大培養で用いた培養液で7日間培養した。
図5にスフェロイドを注入した直後、培養3日後、培養7日後のマクロ写真および顕微鏡像を示す。細胞接着性の低いシリコン壁には細胞は接着せず、培養3日後には一つの細胞塊を形成していた。一方で、GelMA枠に入れたスフェロイドは、底面の接着性の有無にかかわらず、スフェロイド同士、およびスフェロイドとGelMA枠が接着し合い、枠に沿った細胞構造体が形成されることを確認した。さらに、注入したスフェロイドと同数の細胞数を用いた細胞懸濁液を同様のGelMA枠内で培養した結果、スフェロイドと同様な枠に沿った細胞構造体が形成されることを確認した。なお、
図5中の通常の培養皿は、細胞接着性の培養用容器(CELLSTAR 35x10mm シャーレ〔グライナー・ジャパン社製〕)であった。
【0048】
実施例6:MSC三次元構造体の作製例
上記方法で作製した10%GelMA枠(4mm×4mm)に、上記方法で作成したMSCスフェロイド192個を注入し、軟骨分化培地(MSCgoTM Chondrogenic XF+Supplement Mix〔Sartorius社製〕)で7日間培養した。
図6にスフェロイドを注入した直後、培養3日後、培養7日後のマクロ写真および顕微鏡像を示す。スフェロイド同士、およびスフェロイドとGelMA枠が接着し合い、枠に沿った細胞構造体が形成されることを確認した。
【0049】
実施例7:枠材料の検討
上記方法で作製したアルギン酸ゲル枠、RGDペプチド修飾アルギン酸ゲル枠、GelMA枠、マトリゲル壁に、上記方法で作成したHDFスフェロイド96個を注入し、キトサンゲル枠には上記方法で作成したMSCスフェロイド192個を注入し、拡大培養で用いた培養液で7日間培養した。
図7にスフェロイドを注入した直後、培養3日後、培養7日後のマクロ写真および顕微鏡像を示す。低細胞毒性で生体適合性が高いことからスキャフォールドとして多用されるアルギン酸で作製されたゲル枠は、細胞接着性が低いことから培養3日後には細胞は枠から離れ、一つの細胞塊を形成していた。アルギン酸ゲルの低細胞接着性を補うため、細胞接着活性配列であるRGDペプチドで修飾したアルギン酸ゲルをベースとしたゲル枠を用いても、同様に培養3日後には枠から離れ、一つの細胞隗を形成していた。一方で、細胞外マトリクスを主成分とするGelMA枠(主にゼラチン)、マトリゲル壁(主にラミニン)、キトサンゲル枠(主にキチン)では、培養7日後には壁面の形状に沿った三次元構造体が形成されることを確認した。以上のことから、HDF三次元構造体の作製の場合、枠・壁面の材料はRGD配列だけではなく、細胞接着性を有する細胞外マトリクス(コラーゲン、ラミニンなど)で形成されていることが必要である。
【0050】
実施例8:バイオ三次元プリンターを応用した二次元MSCシートの作製例
MSCをシート化する技術は既にいくつか開発されているが、任意の形状に自由にシート化する技術は開発されていない。そこで、バイオ三次元プリンターでGelMAをバイオインクとして用いて枠を造形し、MSC懸濁液を枠内に播種して培養することで、枠の形状を有した二次元MSCシートを作製した(
図8)。一例として、直径10mmの円筒形の枠を造形し、枠内でMSCを9日間培養した結果、枠の形状に沿った円形の細胞シートが形成されることを確認した。本細胞シートは枠に接着しているため、枠をピンセットなどで把持すれば、細胞に触れることなく操作が可能である。
本発明は、再生医療および創傷治癒などのための治療材料の分野、より生体に近い微小環境下での細胞研究の分野、様々な組織に対する移植再生医療の分野などにおいて有用である。