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特開2023-128385食肉の処理方法および当該処理方法によって処理された食肉加工食品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128385
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】食肉の処理方法および当該処理方法によって処理された食肉加工食品
(51)【国際特許分類】
   A23L 13/00 20160101AFI20230907BHJP
   A23B 4/06 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
A23L13/00 Z
A23B4/06 501B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032703
(22)【出願日】2022-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】507152970
【氏名又は名称】公益財団法人東洋食品研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】西村 耕作
(72)【発明者】
【氏名】阿部 竜也
【テーマコード(参考)】
4B042
【Fターム(参考)】
4B042AC09
4B042AE03
4B042AG02
4B042AG03
4B042AH01
4B042AK10
4B042AP18
4B042AP21
4B042AP27
4B042AP30
(57)【要約】
【課題】加熱調理時に食肉から効率よく脂肪や結合組織(スジ)を除去することができる食肉の処理方法を提供する。
【解決手段】食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結する凍結処理工程Aと、凍結した食肉を解凍する解凍処理工程Bと、食肉をタンパク質分解酵素によって酵素処理を行う酵素処理工程Cと、を有する食肉の処理方法、および、当該食肉の処理方法によって処理された食肉加工食品。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結する凍結処理工程と、
凍結した食肉を解凍する解凍処理工程と、
食肉をタンパク質分解酵素によって酵素処理を行う酵素処理工程と、を有する食肉の処理方法。
【請求項2】
前記凍結処理工程が-196~-30℃の液体による処理である請求項1に記載の食肉の処理方法。
【請求項3】
前記凍結処理工程が液体窒素による処理あるいは-30℃以下の有機溶媒による処理である請求項2に記載の食肉の処理方法。
【請求項4】
前記有機溶媒がアルコール系溶媒、アルカン系溶媒、アルケン系溶媒、エステル系溶媒、エーテル系溶媒、プロピレングリコール、ブタノン、ジクロロメタンおよびトリクロロエチレン、1,1,1,2-テトラフルオロエタンの群れから選択される何れかである請求項3に記載の食肉の処理方法。
【請求項5】
前記アルコール系溶媒がエタノール、メタノール、プロパノールおよびブタノールの何れかである請求項4に記載の食肉の処理方法。
【請求項6】
前記タンパク質分解酵素がコラーゲンに作用できるプロテアーゼである請求項1~5の何れか一項に記載の食肉の処理方法。
【請求項7】
前記タンパク質分解酵素がパパイン、フィシン、ペプシンおよびコラゲナーゼの群れから選択される何れかである請求項1~6の何れか一項に記載の食肉の処理方法。
【請求項8】
前記食肉が牛肉または豚肉の何れかである請求項1~7の何れか一項に記載の食肉の処理方法。
【請求項9】
請求項1~8の何れか一項に記載の食肉の処理方法によって処理された食肉加工食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉の処理方法および当該処理方法によって処理された食肉加工食品に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、非特許文献1には、液体窒素凍結によるブリの脱油現象について開示してあり、-30℃で静置凍結および液体窒素で浸漬凍結したブリ切り身試料を、流水解凍後に25℃で10時間放置した結果、液体窒素凍結の方が多く脱油されたことが記載してある。
また、解凍後の時間経過によるドリップ流出において、-30℃凍結や液体窒素での浸漬凍結を行い、流水解凍直後と解凍後に10℃または25℃で18時間保存後に脱水率・脱油率の測定を行った結果、10℃または25℃の保存後はともに2倍以上の増加傾向であったことが記載してある。以上の結果から、解凍後の貯蔵過程におけるドリップ量、特に脂質分の流出が多くなることが記載してある。
【0003】
また、非特許文献2には、キウイフルーツ搾汁、生姜搾汁による食肉の前処理が加熱調理後の脂肪酸量、コレステロール量へ及ぼす影響について開示してあり、加熱調理後の豚肉、鶏肉の脂肪量(脂肪酸量)およびコレステロール量はキウイフルーツ搾汁の前処理によって有意に減少したことが記載してある。
また、酸性条件下での結合組織に対するプロテアーゼ作用によって、結合組織に蓄積している脂質の溶出が増加したことが記載してあり、さらに、キウイフルーツ搾汁の前処理による食肉の軟化は、調理後の食肉のテクスチャーのみでなく、脂質量にも影響を及ぼすことが記載してある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】竹内友里 他,「液体窒素凍結による脂肪分の多いブリ切り身の脱油現象」,[online],2021年,『日本冷凍空調学会』,[令和4年2月22日検索],インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/tjsrae/advpub/0/advpub_21-17_OA/_pdf/-char/ja>
【非特許文献2】杉山寿美 他,「食肉の加熱調理後の脂質量へ及ぼすキウイフルーツおよび生姜搾汁前処理の影響」,[online],2005年,『日本家政学会誌』56巻9号607-615頁,[令和4年2月22日検索],インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1987/56/9/56_9_607/_pdf/-char/ja>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
食肉の脂肪組織は動物性脂肪の過剰摂取、結合組織(スジ)は食肉の噛み切りづらさの原因となる。従って、これら組織は食肉加工の工程において手作業で除去されることが多い。しかし、除去には熟練した技術が必要である。
【0006】
熟練した技術が必要な手作業を経ることなく、需要の高い牛肉や豚肉等の食肉から効率よく脂肪や結合組織(スジ)を除去することができる技術が望まれている。
【0007】
非特許文献1,2に記載の技術は、牛肉や豚肉等の食肉を大量に一括で処理するものではない。
【0008】
従って、本発明の目的は、加熱調理時に食肉から効率よく脂肪や結合組織(スジ)を除去することができる食肉の処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための本発明に係る食肉の処理方法の第一特徴構成は、食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結する凍結処理工程と、凍結した食肉を解凍する解凍処理工程と、食肉をタンパク質分解酵素によって酵素処理を行う酵素処理工程と、を有する点にある。
【0010】
本構成によれば、凍結処理工程および解凍処理工程を行うことにより、-7.5℃/分以上で急速冷凍した後に食肉を解凍することができる。これにより、例えば食肉の脂肪組織における細胞膜を破壊あるいは損傷(細胞膜の乱れ)させることができる。また、酵素処理工程を行うことにより、食肉の脂肪組織や結合組織(スジ)を効率よく酵素分解してこれら組織を破壊することができる。
【0011】
このように本構成では、凍結処理および酵素処理を併用して食肉を処理することができ、凍結処理工程および解凍処理工程を行うことにより引き起こされる細胞膜の乱れと、酵素処理工程を行うことにより引き起こされる組織の破壊とは、それぞれ異なる機序で食肉の組織を破壊することができる。そのため、本発明では、食肉の加熱調理前に、凍結処理および酵素処理を併用することによって食肉の組織を効率よく破壊することができる。
【0012】
このように食肉の加熱調理前の前処理として凍結処理および酵素処理を併用すれば、加熱調理時に食肉の組織を効率よく崩壊させ、脂肪細胞や結合組織(スジ)を加熱することで生じる肉汁を効率よく流出させることができる。従って、本発明の食肉の処理方法によれば、加熱調理時に食肉から効率よく脂肪や結合組織(スジ)を除去することができる。
【0013】
よって、本発明の食肉の処理方法によって食肉を処理することにより、高タンパク質で低脂肪の食肉加工食品を供することができる。
【0014】
また、後述の実施例によれば、単独の酵素処理の場合と比べて、凍結処理および酵素処理を併用することで、同等の肉汁流出量を得るための処理時間を大幅に短縮できると認められている。
【0015】
また、後述の実施例によれば、凍結処理および酵素処理を併用することで、食肉の筋線維の損傷を最小限に抑えつつ、スジの流出を促進させることができると認められている。
【0016】
また、後述の実施例によれば、官能評価において、食肉の食味の劣化を最小限に抑えられると認められている。
【0017】
本発明に係る食肉の処理方法の第二特徴構成は、前記凍結処理工程を-196~-30℃の液体による処理とした点にある。
【0018】
本構成によれば、効率よく-7.5℃/分以上で急速冷凍することができる。
【0019】
本発明に係る食肉の処理方法の第三特徴構成は、前記凍結処理工程を液体窒素による処理あるいは-30℃以下の有機溶媒による処理とした点にある。
【0020】
本構成によれば、液体窒素あるいは-30℃の有機溶媒によって食品を容易に処理することができる。そのため、食肉を大量に一括で急速冷凍することができる。
【0021】
本発明に係る食肉の処理方法の第四特徴構成は、前記有機溶媒をアルコール系溶媒、アルカン系溶媒、アルケン系溶媒、エステル系溶媒、エーテル系溶媒、プロピレングリコール、ブタノン、ジクロロメタンおよびトリクロロエチレン、1,1,1,2-テトラフルオロエタンの群れから選択される何れかとした点にある。
【0022】
本構成によれば、これら有機溶媒によって食品を容易に処理することができる。そのため、食肉を大量に一括で急速冷凍することができる。
【0023】
本発明に係る食肉の処理方法の第五特徴構成は、前記アルコール系溶媒をエタノール、メタノール、プロパノールおよびブタノールの何れかとした点にある。
【0024】
本構成によれば、エタノール、メタノール、プロパノールおよびブタノールの何れかによって食品を容易に処理することができる。そのため、食肉を大量に一括で急速冷凍することができる。
【0025】
本発明に係る食肉の処理方法の第六特徴構成は、前記タンパク質分解酵素をコラーゲンに作用できるプロテアーゼとした点にある。
【0026】
本構成によれば、食肉のコラーゲンに作用して食肉の脂肪組織や結合組織(スジ)を効率よく酵素分解することができる。
【0027】
本発明に係る食肉の処理方法の第七特徴構成は、前記タンパク質分解酵素をパパイン、フィシン、ペプシンおよびコラゲナーゼの群れから選択される何れかとした点にある。
【0028】
本構成によれば、容易に入手可能な酵素を使用して食肉の脂肪組織や結合組織(スジ)を効率よく酵素分解することができる。
【0029】
本発明に係る食肉の処理方法の第八特徴構成は、前記食肉を牛肉または豚肉の何れかとした点にある。
【0030】
本構成によれば、畜肉として需要の高い食肉を処理して、高タンパク質で低脂肪の牛肉または豚肉の食肉加工食品を供することができる。
【0031】
本発明に係る食肉加工食品の特徴構成は、第一~八特徴構成の何れか一項に記載の食肉の処理方法によって処理された点にある。
【0032】
本構成によれば、本発明の食肉の処理方法によって食肉を処理することにより、高タンパク質で低脂肪の食肉加工食品を供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明の食肉の処理方法の流れ図である。
図2】実施例1において、凍結処理工程あるいは酵素処理工程の単独処理、および併用処理を施した牛脂身の重量変化を示したグラフである。
図3】実施例2において、液体窒素凍結以外の凍結処理工程を施した牛脂身の重量変化を示したグラフである。
図4】実施例3において、凍結処理工程における牛脂身の冷却速度を測定したグラフである。
図5】実施例4において、種々の凍結処理工程を施した後に酵素処理工程を施した牛脂身について肉汁流出量を比較したグラフである。
図6】実施例5において、焼成以外の方法(ボイル)で加熱調理した場合に肉汁流出量の変化を示したグラフである。
図7】実施例6において、種々の解凍処理工程を施した牛脂身の重量変化を示したグラフである。
図8】実施例7において、種々のタンパク質分解酵素を使用して酵素処理工程を施した牛脂身の重量変化を示したグラフである。
図9】実施例8において、凍結処理工程あるいは酵素処理工程を長時間それぞれ単独で施したときの牛脂身の重量変化を、両工程の併用時の牛脂身の重量変化と比較したグラフである。
図10】実施例9において、牛モモ肉に酵素処理工程、凍結処理工程および酵素処理工程の両工程の併用処理の各処理を行った後に切断時の硬さの測定を行った結果を示した図である。
図11】実施例10において、凍結処理工程、酵素処理工程および両工程の併用処理の各処理を施した牛脂身を細胞レベルで観察した結果を示した写真図である。
図12】実施例11における官能評価の結果を示した図である。
図13】実施例12において、凍結処理工程、酵素処理工程および両工程の併用処理の各処理を施した牛脂身の栄養成分の変化の比較を行ったグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
本発明の食肉の処理方法は、図1に示したように、食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結する凍結処理工程Aと、凍結した食肉を解凍する解凍処理工程Bと、食肉をタンパク質分解酵素によって酵素処理を行う酵素処理工程Cと、を有する。
【0035】
凍結処理工程Aおよび酵素処理工程Cは、何れを先に行ってもよい。解凍処理工程Bは凍結処理工程Aの後に行う。即ち、本発明の食肉の処理方法は、凍結処理工程A、解凍処理工程B、酵素処理工程Cの順で行うか、酵素処理工程C、凍結処理工程A、解凍処理工程Bの順で行うことができる。
【0036】
食肉は、例えば牛肉、豚肉等の畜肉、獣肉および鶏肉等、様々な肉類を使用することができるが、これらに限定されるものではない。また、肉類の部位としては、まとまった状態で脂肪組織や結合組織(スジ)が存在する部位である、もも肉、ウデ肉、肩肉、ヒレ肉およびばら肉等を使用することが特に好ましいが、これらに限定されるものではない。このような食肉を必要に応じて適当な大きさにカットして供するとよい。
【0037】
凍結処理工程Aは、食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結することができれば、その手法は特に限定されるものではない。凍結処理工程Aにおいて食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上となるように凍結すれば、食肉を急速冷凍することができる。急速冷凍の手法は特に限定されるものではなく、公知の手法を適用することができる。当該手法としては、例えば低温の液体(冷媒)に食肉を浸漬する手法(液体凍結型)や、食品に電磁波を当てる、冷凍庫内に磁場空間を作る、冷凍庫内で乱流を作り立体的に風を当てる、湿度の高い風で熱伝導率を高くする等の原理によりエアーブラスト凍結機を使用する手法(空気凍結型)等を適用することができる。
【0038】
低温の液体は、例えば液体窒素(-196℃)、液体酸素(-183℃)、液体アルゴン(-186℃)、液体ヘリウム(-269℃)および低温の有機溶媒等を使用することができる。本実施形態では、凍結処理工程Aを-196~-30℃の液体による処理とする場合について説明する。具体的には、液体窒素(-196℃)あるいは-30℃以下の有機溶媒による処理とするのがよい。
【0039】
有機溶媒としては、食肉に利用可能な溶媒であり、氷点下で液体のものを利用することができる。このような有機溶媒としては、例えばアルコール系溶媒、アルカン系溶媒、アルケン系溶媒、エステル系溶媒、エーテル系溶媒の何れかを適用することができるがこれらに限定されるものではない。これら溶媒の他に利用できる有機溶媒としては、例えばプロピレングリコール、ブタノン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、1,1,1,2-テトラフルオロエタン等がある。
【0040】
アルコール系溶媒としては、例えばエタノール、メタノール、プロパノールおよびブタノールの何れかを利用することができる。アルカン系溶媒としては、例えばプロパン、ブタンおよびヘキサンの何れかを利用することができる。アルケン系溶媒としては、例えばエチレン(液体エチレン:-104℃)を利用することができる。エステル系溶媒としては、例えば酢酸エチルおよび酢酸メチルの何れかを利用することができる。エーテル系溶媒としては、例えばジエチルエーテルを利用することができる。
【0041】
有機溶媒の温度範囲は、上記の温度範囲のうち、好ましくは-104~-30℃、-80~-40℃、-80~-50℃、-80~-60℃或いは-80~-70℃とすることができる。
【0042】
本発明では液体窒素による処理あるいは-80℃のエタノールによる処理を行う場合について説明する。
【0043】
凍結処理工程Aは、食肉をそのまま凍結させてもよいし、所望の容器・袋に収容した状態で凍結させてもよい。前記容器・袋には特に限定されるものではなく、公知の容器・袋を使用することができる。
【0044】
凍結処理工程Aは、食肉を凍結速度が-7.5℃/分以上、好ましくは-150℃/分で凍結するのがよい。凍結処理工程Aは、食肉を上記の凍結速度で凍結することができれば、処理時間は特に限定されるものではない。例えば4℃の食肉を液体窒素(-196℃)による処理を行う場合は、-150℃/分の凍結速度で凍結できるため2秒以上の処理時間とするのがよい。また、例えば4℃の食肉を-80℃のエタノールによる処理を行う場合は、-7.5℃/分の凍結速度で凍結できるため40秒以上の処理時間とするのがよい。当該処理時間の上限は特に限定されるものではないが、食肉の大きさ等に応じて、例えば24時間、6時間、1時間、30分、10分、5分または1分の何れかとすることができるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
解凍処理工程Bは、凍結した食肉を解凍することができれば、その態様は限定されるものではない。例えば、凍結した食肉を流水に晒す解凍処理、解凍装置を使用した解凍、自然解凍など、公知の解凍処理を行うことができる。解凍処理に要する時間も特に限定されるものではなく、適宜設定することができる。
【0046】
凍結処理工程Aおよび解凍処理工程Bを行うことにより、急速冷凍した後に食肉を解凍することができる。これにより、例えば食肉の脂肪組織における細胞膜を破壊あるいは損傷(細胞膜の乱れ)させることができる。
【0047】
酵素処理工程Cは、食肉をタンパク質分解酵素によって酵素処理を行う。当該タンパク質分解酵素は、食肉のタンパク質を分解できる酵素であれば、公知の酵素を使用することができる。酵素処理工程Cを行うことにより、食肉の脂肪組織や結合組織(スジ)を効率よく酵素分解してこれら組織を破壊することができる。
【0048】
本実施形態では、タンパク質分解酵素をコラーゲンに作用できるプロテアーゼとする場合について説明する。
【0049】
本実施形態におけるコラーゲンに作用できるプロテアーゼは、例えばパパイン、フィシン、ペプシンおよびコラゲナーゼの群れから選択される何れかとする場合について説明する。パパインとこれら3種の酵素は、いずれもコラーゲン分子のテロペプチド領域あるいは三重螺旋領域を切断することが報告されている。
【0050】
本発明の食肉の処理方法によれば、凍結処理および酵素処理を併用して食肉を処理することができる。上述したように、凍結処理工程Aおよび解凍処理工程Bを行うことにより引き起こされる細胞膜の乱れと、酵素処理工程Cを行うことにより引き起こされる組織の破壊とは、それぞれ異なる機序で食肉の組織を破壊している。そのため、本発明では、食肉の加熱調理前に、凍結処理および酵素処理を併用することによって食肉の組織を効率よく破壊することができる。
【0051】
このように食肉の加熱調理前の前処理として凍結処理および酵素処理を併用すれば、加熱調理時に食肉の組織を効率よく崩壊させ、脂肪細胞や結合組織(スジ)を加熱することで生じる肉汁を効率よく流出させることができる。従って、本発明の食肉の処理方法によれば、加熱調理時に食肉から効率よく脂肪や結合組織(スジ)を除去することができる。
【0052】
よって、本発明の食肉の処理方法によって食肉を処理することにより、高タンパク質で低脂肪の食肉加工食品を供することができる。
【実施例0053】
〔実施例1〕
食肉として牛肉を使用し、脂肪とスジから構成される牛脂身を直方体状(2cm角)にカットし、凍結処理工程Aあるいは酵素処理工程Cに供した。
酵素処理工程Cにおいてタンパク質分解酵素はパパインを使用し、10μMのパパイン溶液に4℃で1時間浸漬する処理を行った(実験例1-1)。また、凍結処理工程Aは液体窒素で10分凍結した後、流水にて解凍処理工程を行った(実験例1-2)。また、「凍結処理工程A後に酵素処理工程C」、「酵素処理工程C後に凍結処理工程A」の2パターンの併用処理も検証した(実験例1-3,1-4)。
【0054】
各処理を施した牛脂身を200℃のホットプレート上で2分間焼成し、固形物の重量あるいは流出した肉汁の重量を焼成前重量で除した重量比を算出した。結果を図2に示した。
【0055】
その結果、対照区、酵素処理工程C(実験例1-1)、凍結処理工程A(実験例1-2)ではそれぞれ全重量のそれぞれ14,23,18%が液体として肉汁が流出した。従って、単独の酵素処理工程C(実験例1-1)あるいは凍結処理工程A(実験例1-2)では、対照区に対して有意な重量低下および肉汁量の増加が確認されなかった。
【0056】
一方、上記の2パターンの併用処理においては、42~46%が液体として肉汁が流出した。即ち、併用処理(実験例1-3,1-4)において、対照区に対して約半分程度の重量低下および約3.9~4.4倍程度の流出した肉汁量の増加が確認された。また、併用処理を施した牛脂身においてのみ、焼成による著しい組織崩壊が確認された(図外)。以上のことから、凍結処理工程Aあるいは酵素処理工程Cの順番に拘わらず、両工程の併用によって牛脂身においてスジと脂肪の流出が促進されることが判明した。
【0057】
〔実施例2〕
凍結処理工程Aにおいて、液体窒素凍結以外の凍結方法を検討した。
牛脂身に実施例1と同様の酵素処理工程Cを施した後に袋に収容し、以下の実験例2-1~2-3の凍結処理工程Aを施した。袋はジッパー付き袋(冷凍・解凍用)のLサイズ(27.3cm×26.8cm)(旭化成ホームプロダクツ株式会社製)を使用した。
(2-1)牛脂身を袋に詰め、-20℃の冷凍庫で冷却
(2-2)牛脂身を袋に詰め、-80℃の冷凍庫で冷却
(2―3)牛脂身を袋に詰め、-80℃のエタノールに浸漬
【0058】
その後、200℃のホットプレート上で2分間焼成し、固形物の重量あるいは流出した肉汁の重量を焼成前重量で除した重量比を算出した。結果を図3に示した。
【0059】
その結果、実験例2-1,2-2の各条件で凍結した場合は、酵素処理工程Cのみの場合と肉汁の流出量は同程度であった(重量比約19~22%)。実験例2-3の条件で凍結した場合は、重量比約29%となり、対照区に比べ肉汁流出量の有意な増加(約3倍程度)が認められた。以上より、液体窒素凍結以外の方法でも肉汁の流出促進効果が得られることが判明した。
【0060】
〔実施例3〕
凍結処理工程Aにおける牛脂身の冷却速度を明らかにするため、2cm四方にカットした牛脂身の中心部に温度センサーを刺し、以下の実験例3-1~3-3の凍結処理工程Aを施して冷却速度を測定してそれぞれの結果を比較した。
(3-1)液体窒素冷却
(3-2)牛脂身を袋に詰め、-80℃のエタノールに浸漬
(3-3)牛脂身を袋に詰め、-80℃の冷凍庫で冷却
【0061】
凍結処理工程Aの時間経過による牛脂身の中心部の温度変化を図4に示した。その結果、0℃から-5℃の間の平均冷却速度はそれぞれ、実験例3-1が-150℃/分、実験例3-2が-7.5℃/分、実験例3-3が-1.6℃/分であった。実施例2の実験例2-3「牛脂身を袋に詰め、-80℃のエタノールに浸漬」の結果(肉汁流出量の有意な増加)を鑑みると、肉汁流出量促進効果を得るためには、-7.5℃/分以上の速度で冷却する必要があると推察された。
【0062】
〔実施例4〕
凍結処理工程Aにおいて、凍結速度と最終的な冷却温度のどちらが重要かを検証するため、以下の実験例4-1~4-3の凍結処理工程Aを施して凍結した後、解凍処理工程を行った後に酵素処理工程Cを施した牛脂身について肉汁流出量を比較した。解凍処理工程および酵素処理工程Cは実施例1と同様とした。結果を図5に示した。
(4-1)-80℃の冷凍庫凍結
(4-2)冷凍庫凍結後に液体窒素冷却
(4-3)液体窒素凍結
【0063】
その結果、実験例4-3における重量比が約52%となり(実験例4-1,4-2に対して1.5~1.9倍程度の重量比)、実験例4-3「液体窒素凍結」したもののみ有意な肉汁流出量の増加が確認された。このことから、最終的な冷却温度よりも凍結の過程(凍結速度)が肉汁量に影響することが判明した。
【0064】
〔実施例5〕
200℃の焼成以外の方法で加熱調理した場合に、同様の効果が得られるかを検証した。牛脂身に実施例1と同様の凍結処理工程A、酵素処理工程Cおよびこれらの併用処理を施し(それぞれ実験例5-1~5-3)、100℃の沸騰水で2~120分間ボイルした。各時間ボイルした後の脂身をザルにあげ、固形物の重量をボイル前重量で除した重量比を算出した。結果を図6に示した。
【0065】
その結果、実験例5-1における酵素処理工程Cのみの処理において、対照区に対する重量比は、2分間ボイル処理が約74%、20分間ボイルが約70%、120分間ボイルが約55%となり、有意な肉汁流出量の増加が確認された。また、実験例5-3における併用処理において、対照区に対する重量比は、2分間ボイル処理が約71%、20分間ボイルが約51%、120分間ボイルが約36%となり、有意な肉汁流出量の増加が確認された。このことから、焼成以外の加熱調理においても本発明の食肉の処理方法が利用可能であることが示された。
【0066】
〔実施例6〕
解凍処理工程の影響を検証するため、実施例1と同様の凍結処理工程Aで凍結した牛脂身を、以下の実験例6-1~6-3の解凍処理工程を施し、実施例1と同様の酵素処理工程Cを施した。
(6-1)流水で急速解凍
(6-2)流水で急速解凍後一晩冷蔵
(6-3)一晩冷蔵し緩慢解凍
【0067】
その後、200℃のホットプレート上で2分間焼成し、固形物の重量あるいは流出した肉汁の重量を焼成前重量で除した重量比を算出した。結果を図7に示した。
【0068】
その結果、肉汁流出量は実験例6-1~6-3の解凍方法によって有意な変化は確認できなかった。以上のことから、凍結速度のみが肉汁量に影響し、解凍速度は影響しないことが示された。
【0069】
〔実施例7〕
酵素処理工程Cにおいてタンパク質分解酵素をパパインと同じシステインプロテアーゼに分類されるフィシン、アスパラギン酸プロテアーゼに分類されるペプシン、金属プロテアーゼに分類されるコラゲナーゼ、セリンプロテアーゼに分類されるズブチリシンのそれぞれについて、単独の酵素処理工程C、凍結処理工程Aおよび酵素処理工程Cの併用処理を検証した(実験例7-1~7-8)。各タンパク質分解酵素の濃度は10μMとし、実施例1と同様の凍結処理工程Aを施した。その後、200℃のホットプレート上で2分間焼成し、固形物の重量あるいは流出した肉汁の重量を焼成前重量で除した重量比を算出した。結果を図8に示した。
【0070】
その結果、フィシン、ペプシン、コラゲナーゼにおいて、実施例1における対照区に対して酵素処理工程Cの単独処理による肉汁流出量増加が確認され(実験例7-1,7-3,7-5)、併用処理においても肉汁流出量の増加(重量比約32~37%、単独処理の約1.5~3.7倍程度)が確認された(実験例7-2,7-4,7-6)。
【0071】
一方、ズブチリシンは肉汁流出量の増加は確認できなかった(実験例7-7~7-8)。
【0072】
以上のことから、コラーゲンに作用できる酵素であれば、酵素の分類に因らず本発明の食肉の処理方法に用いることができることが示唆された。
【0073】
〔実施例8〕
凍結処理工程Aあるいは酵素処理工程Cを長時間(10分~24時間)それぞれ単独で施したときの牛脂身の重量変化の結果(実験例8-1~8-7)を、両工程の併用時の牛脂身の重量変化の結果(実験例8-8)と比較した。両工程は実施例1と同様の処理を施した。各工程を行った後、200℃のホットプレート上で2分間焼成し、固形物の重量を焼成前重量で除した重量比を算出した。結果を図9に示した。
【0074】
その結果、凍結処理工程Aは長時間処理(10分~24時間)しても重量比は約70~80%程度であり、肉汁流出量の有意な変化は認められなかった(実験例8-1~8-4)。一方、酵素処理工程Cは処理時間が長くなるに従い重量比は約72%から約43%程度に減少し、肉汁流出量は増加傾向となった(実験例8-5~8-7)。一方、両工程の併用時の重量比は約40%であった(実験例8-8)。
【0075】
従って、24時間の酵素処理工程Cを行った後の肉汁流出量(実験例8-7)が、1時間の酵素処理工程Cおよび10分間の凍結処理工程Aの併用時の肉汁流出量と(実験例8-8)同等であったことから、両工程の併用により処理時間の大幅な短縮が図れることが判明した。
【0076】
〔実施例9〕
上記の牛脂身よりスジと脂肪が多量に流出する条件において、牛脂身の筋線維が損傷を受けていないかを確認するため、以下の実験を行った。
【0077】
厚さ5mm×20mm×40mmにカットした牛モモ肉において、未処理(実験例9-1)、24時間の酵素処理工程C(実験例9-2)、10分間の凍結処理工程A後に1時間の酵素処理工程Cの併用処理(実験例9-3)の各処理を施した後にブレード型プランジャで切断し、切断時の最大荷重、即ち硬さの比較を行った。牛モモ肉のカットは、筋線維を垂直に切断(A)と平行に切断(B)の2通り実施した。牛モモ肉の硬さはテクスチャーアナライザー(TA.XT plus,英弘精機株式会社製)によって評価した。結果を図10に示した。
【0078】
その結果、筋線維を垂直に切断した場合(A)の最大荷重については、酵素処理工程Cの単独処理で36%(実験例9-2)、併用処理で19%低下していた(実験例9-3)ため、有意な差が確認された。
【0079】
一方、筋線維に平行に切断した場合(B)の最大荷重については、酵素処理工程Cの単独処理で17%(実験例9-2)、併用処理で26%低下していた(実験例9-3)が、有意な差は確認されなかった。
【0080】
以上の結果から、併用処理は食肉の筋線維の損傷を最小限に抑えつつ、スジの流出を促進させることができると推察され、有効な食肉加工方法であることが示された。
【0081】
〔実施例10〕
凍結処理工程A、酵素処理工程Cおよび両工程の併用処理の各処理を施した牛脂身をホルマリン緩衝液で固定した後、常法により、パラフィン包埋切片を作製し、アザン染色によりタンパク質を特異的に染色し、牛脂身を細胞レベルで観察した。結果を図11に示した。
【0082】
その結果、酵素処理区ではタンパク質分解に因ると推察される空隙が観察され(図11(a))、凍結処理区では脂肪細胞の細胞膜に乱れが観察され(図11(b))、併用処理では空隙と細胞膜の乱れの両方が確認された(図11(c))。そのため、酵素処理と凍結処理がそれぞれ異なる機序で牛脂身の組織を破壊し、併用によりさらに破壊が促進されたと推察された。
【0083】
〔実施例11〕
実施例9において硬さ測定に供した3区の牛モモ肉を官能評価に供した。評価項目は、独立行政法人家畜改良センターの「食肉の理化学分析及び官能評価マニュアル(II.官能評価)」を参考に、「1.咀嚼時のやわらかさ」「2.多汁性」「3.脂の広がり」「4.うま味」「5.酸味」「6.脂肪の残留度」「7.脂っぽい香り」「8.甘い香り」「9.肉様の香り」「10.鉄様の香り」「11.酸っぱい香り」の11項目とした。焼成直後の牛モモ肉を5名のパネルに提示し、各項目について-2、-1、0、1、2の5段階の評価を依頼した。結果を図12に示した。
【0084】
図12には各項目の平均値を示している。24時間酵素処理区では、うま味が弱く、鉄様の香り、酸っぱい香りが強いと評価され、食味の劣化が示唆された。一方、凍結処理・酵素処理の併用処理区ではこれらの項目は未処理区の場合と同等であり、劣化の程度が小さいことが示された。また、前述の評価項目の他に自由記述欄を設けたとところ、「えぐ味」の強さが24時間酵素処理区、凍結処理・酵素処理の併用処理区、未処理区、の順で強く、併用処理が比較的食べやすいと評価された。
【0085】
以上より、酵素処理・凍結処理の併用は、単独の酵素処理に比べ、処理時間の短縮を図れるだけでなく、食味の劣化を最小限に抑えられることが示された。
【0086】
〔実施例12〕
肉汁の流出による食肉の栄養成分変化の比較を試みた。5mm厚にスライスした豚肉(スジと脂肪を含む)に凍結処理工程A、酵素処理工程Cおよびこれらの併用処理を施し、200℃で焼成後、固形物を回収した。固形物を破砕し、燃焼法によってタンパク質量を、ソックスレー抽出法により脂質量をそれぞれ定量した(実験例12-1~12-3)。結果を図13に示した。
【0087】
固形物100gあたりに含まれる各栄養成分を比較したところ、タンパク質量は対照区で最少、併用処理区(実験例12-3)で最多の結果となった。この原因として、併用処理区ではタンパク質以外の成分が肉汁として流出し、タンパク質含有量が相対的に増加したことが考えられた。一方、脂質量については全体的にばらつきが大きく有意差は確認されなかったが、併用処理区(実験例12-3)で最も少ない傾向が認められ、前述の仮説を支持する結果となった。以上の結果から、本発明の食肉の処理方法によって高タンパク質で低脂肪の食肉加工食品を得られることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、食肉の処理方法、および、当該処理方法によって処理することによる高タンパク質で低脂肪の食肉加工食品の製造に利用できる。
【符号の説明】
【0089】
A 凍結処理工程
B 解凍処理工程
C 酵素処理工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図10
図11
図12
図13