(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128448
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】スピーカ装置及び音響システム
(51)【国際特許分類】
H04R 3/14 20060101AFI20230907BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20230907BHJP
H04R 1/24 20060101ALI20230907BHJP
H04R 9/04 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
H04R3/14
H04R3/00 310
H04R1/24
H04R9/04 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032793
(22)【出願日】2022-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】000112565
【氏名又は名称】フォスター電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】須賀田 弘
【テーマコード(参考)】
5D012
5D220
【Fターム(参考)】
5D012BA01
5D220AB02
(57)【要約】
【課題】本発明は、簡易な構成で、高音質なスピーカ装置及び音響システムを提供することを目的とする。
【解決手段】スピーカ装置は、振動板を含む少なくとも1つのドライバと、前記ドライバを収納するエンクロージャと、音源信号に基づいて、前記少なくとも1つのドライバの振動板を振動させる制御信号を出力する複数の駆動回路と、を含み、前記複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に、ローパスフィルタを設け、前記ローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板を含む少なくとも1つのドライバからなる駆動部と、
前記ドライバを収納するエンクロージャと、
音源信号に基づいて、前記少なくとも1つのドライバの振動板を振動させる制御信号を出力する複数の駆動回路と、を含み、
前記駆動部は、前記複数の駆動回路の出力に応じて前記振動板を振動させ、
前記複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に、ローパスフィルタを設け、
前記ローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される
スピーカ装置。
【請求項2】
前記駆動部は、1つのドライバからなり、
前記複数の駆動回路の各々は、音源信号に基づいて、前記ドライバの振動板を振動させる制御信号を各々出力し、
前記駆動部は、前記複数の駆動回路の出力に応じて単一の振動板を振動させる請求項1記載のスピーカ装置。
【請求項3】
前記駆動部は、前記複数の駆動回路に対応して設けられた複数のドライバからなり、
前記複数の駆動回路の各々は、音源信号に基づいて、対応する前記ドライバの振動板を振動させる制御信号を出力し、
前記駆動部は、前記複数の駆動回路の各々に対応する振動板を、前記駆動回路の出力に応じて振動させる請求項1記載のスピーカ装置。
【請求項4】
前記ドライバは、ボイスコイル及び磁気回路を含む請求項1~請求項3の何れか1項記載のスピーカ装置。
【請求項5】
請求項1~請求項4の何れか1項記載のスピーカ装置と、
前記音源信号を受け付ける信号入力部と、
前記受け付けた音源信号を前記スピーカ装置へ出力するアンプと、
を含む音響システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカ装置及び音響システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、スピーカと、それを収納するキャビネットと、前記キャビネットの回折効果による周波数音圧特性の低音域と中、高音域との段差を補正する手段とを備えたことを特徴とするスピーカが知られている(特許文献1)。
【0003】
また、振動板と結合されたコイルボビンと、コイルボビンに巻回されたボイスコイルと、ボイスコイルの両端から導出された第1の端子及び第2の端子と、ボイスコイルの途中から導出された中間端子と、第2の端子に接続されたバンドパスフィルタとを備え、第1の端子と中間端子との間に駆動用電流が供給されるとともに、第2の端子と中間端子との間に駆動用電流がバンドパスフィルタを介して供給されることによって駆動するスピーカが知られている(特許文献2)。このスピーカでは、第2の端子と中間端子との間にバンドパスフィルタを介して供給される駆動用電流により、再生音圧レベルが制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61-41299号公報
【特許文献2】特開平9-163486号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術では、エンクロージャのバッフルの回折効果によるドライバ出力特性の変化に対して補正を施して、低コストで、かつ高音質な音響システムを実現するのに改善の余地がある。
【0006】
本発明は上記事実を考慮して、簡易な構成で、高音質なスピーカ装置及び音響システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るスピーカ装置は、振動板を含む少なくとも1つのドライバからなる駆動部と、前記ドライバを収納するエンクロージャと、音源信号に基づいて、前記少なくとも1つのドライバの振動板を振動させる制御信号を出力する複数の駆動回路と、を含み、前記駆動部は、前記複数の駆動回路の出力に応じて前記振動板を振動させ、前記複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に、ローパスフィルタを設け、前記ローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される。
【0008】
本発明によれば、複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に設けられたローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される。そして、複数の駆動回路が、音源信号に基づいて、前記少なくとも1つのドライバの振動板を振動させる制御信号を出力する。
【0009】
このように、複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に設けられたローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定されることにより、簡易な構成で、高音質なスピーカ装置を提供することができる。
【0010】
本発明に係る前記エンクロージャを、無限大バッフルにおけるドライバ音圧特性に対して、回折効果により、音圧の低い低域と音圧の高い高域の中間帯域においてピーク(変曲点)を生じさせるエンクロージャとすることができる。例えば、エンクロージャを、直方体状の筐体とすることができる。
【0011】
本発明に係る前記駆動部は、1つのドライバからなり、前記複数の駆動回路の各々は、音源信号に基づいて、前記ドライバの振動板を振動させる制御信号を各々出力することができる。
【0012】
本発明に係る前記駆動部は、前記複数の駆動回路に対応して設けられた複数のドライバからなり、前記複数の駆動回路の各々は、音源信号に基づいて、対応する前記ドライバの振動板を振動させる制御信号を出力し、前記駆動部は、前記複数の駆動回路の各々に対応する振動板を、前記駆動回路の出力に応じて振動させることができる。
【0013】
本発明に係る前記ドライバは、ボイスコイル及び磁気回路を含むことができる。
【0014】
本発明に係る音響システムは、上記のスピーカ装置と、前記音源信号を受け付ける信号入力部と、前記受け付けた音源信号を前記スピーカ装置へ出力するアンプと、を含んで構成されている。
【0015】
本発明によれば、信号入力部が、前記音源信号を受け付ける。そして、アンプが、前記受け付けた音源信号を前記スピーカ装置へ出力する。そして、スピーカ装置において、複数の駆動回路が、音源信号に基づいて、前記少なくとも1つのドライバの振動板を振動させる制御信号を出力する。ここで、複数の駆動回路のうちの一部の駆動回路に設けられたローパスフィルタは、前記エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、前記複数の駆動回路の各々が出力する前記制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定されている。これにより、簡易な構成で、高音質な音響システムを提供することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明によれば、簡易な構成で、高音質な音響システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の第1、第2、第3の実施の形態に係る音響システムの概略図である。
【
図2】本発明の第1の実施の形態に係るスピーカ装置の構成を示す断面図である。
【
図3】本発明の第1の実施の形態に係るスピーカ装置の電気的な構成を示す回路図である。
【
図4】駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図5】本発明の第1の実施の形態に係るスピーカ装置の構成の一例を示す回路図である。
【
図6】1次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置の例を示す回路図である。
【
図7】ボイスコイルを純抵抗とした場合の回路図である。
【
図9】駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図10】2次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置の等価回路を示す回路図である。
【
図11】ボイスコイル電圧を表すベクトル図である。
【
図12】駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図13】ζを変化させた場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図14】3次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置の等価回路を示す回路図である。
【
図15】ζを変化させた場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図16】1次~4次のローパスフィルタを用いた場合におけるボイスコイル電圧を表すベクトル図である。
【
図17】ローパスフィルタを含む駆動回路の等価回路を示す回路図である。
【
図18】ローパスフィルタを含む駆動回路の等価回路を示す回路図である。
【
図19】各インピーダンスの特性を表すグラフである。
【
図20】負荷を変化させた場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性を示すグラフである。ボイスコイル電圧の周波数特性を表すグラフである。
【
図21】本発明の第2の実施の形態に係るスピーカ装置の構成を示す断面図である。
【
図22】本発明の第2の実施の形態に係るスピーカ装置の構成を示す回路図である。
【
図23】(A)単一のボイスコイルボビンを示す斜視図、及び(B)2系統構成したボイスコイルの断面図である。
【
図24】ローパスフィルタを用いずに構成したスピーカ装置を示す回路図である。
【
図25】ローパスフィルタを用いずに構成したスピーカ装置における2π空間とバスレフ型エンクロージャでの無響室特性を表すグラフである。
【
図26】バスレフ型エンクロージャと2π空間との実測値の差と、計算データとの比較を表すグラフである。
【
図27】実施例に係るスピーカ装置の構成を示す回路図である。
【
図28】駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図29】ローパスフィルタの有無それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
【
図30】ローパスフィルタの有無による音圧差を表すグラフである。
【
図31】実施例に係るスピーカ装置の構成の一例を示す回路図である。
【
図32】駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図33】ローパスフィルタの有無それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
【
図34】ローパスフィルタの有無による音圧差を表すグラフである。
【
図35】一方のボイスコイルが短絡した状態の回路図である。
【
図36】一方のボイスコイルが短絡した場合としていない場合(
図24の接続の場合)それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
【
図37】一方のボイスコイルが開放した状態の回路図である。
【
図38】一方のボイスコイルが開放した場合と短絡した場合それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
【
図39】WFとして利用する例におけるスピーカ装置の構成を示す回路図である。
【
図40】各ドライバに対する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図42】2ウェイ音響システムの構成を示す回路図である。
【
図43】各ドライバに対する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図44】バッフルの回折効果の影響を考慮した場合における各ドライバに対する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図45】補償回路を設けたスピーカ装置の構成を示す回路図である。
【
図46】各ドライバに対する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【
図47】ホワイトノイズを信号源とした場合のフィルタ特性を表すグラフである。
【
図48】TWとして利用する例におけるスピーカ装置の構成を示す回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0019】
<本発明の実施の形態の概要>
高音質再生を重視した音響システムには、広帯域であって、歪みが低く、かつ、平坦な音圧周波数特性が要求される。
【0020】
一般のユーザ向けの音響システムでは、エンクロージャについてはスペースファクタを重視し、小型の音響システムやトールボー型(低音再生を有利にすべく容積を増やすために全高方向に拡張されたもの)など、直方体状のものが主流である(
図41(A)、(B)参照)。これらには、一つのドライバで全帯域放射可能なフルレンジ型ドライバを使用したものや、入力信号をディバイディングネットワーク回路で低音、中音、高音等に分け、各専用ドライバで再生するマルチウェイ音響システムがある。
【0021】
エンクロージャの容積やドライバ口径が小さくなると、再生可能な下限周波数が高くなったり、低音帯域の音圧が不十分になるなど、低音不足の問題が生じやすい。このため、音響システムの再生下限周波数より下の帯域を再生するためのサブウーファー音響システムを追加することが提案されている。ここで、サブウーファー音響システムは、最低音域では、リスナーが方向感知することができないことを利用して、メイン音響システムの下限周波数以下を一つの音響システムで再生するものである。
【0022】
サブウーファーの効果は、メイン音響システムの下限周波数付近以下を補強することが可能なことであるが、小型の音響システムなどが低音不足となることの他の大きな要因である、バッフル(ドライバ取り付け部)の回折効果の影響に対して、補正する効果はない。
【0023】
また、マルチウェイ音響システムであれば、各ユニット間の音圧差等の特性コントロールが可能であるが、各ユニットの再生可能帯域が限られているので、バッフルの回折効果による音圧差の周波数範囲やピーク周波数に合わせた特性を作れない場合がある。例えば、バッフルの回折効果による音圧段差の部分が低音ドライバの再生帯域内にある場合などには、補正することができない。
【0024】
ここで、バッフルの回折効果について説明する。音楽鑑賞用などのHi-Fi音響システムの低音用ドライバやフルレンジ型ドライバでは、駆動部は動電型であり、放射部は直接放射型(コーン型、平板型等)であることが一般的である。
【0025】
この型のドライバを、振動板前後の放射音を分離するための無限大バッフルに取り付けた場合(2π空間に放射)の特性は、質量制御帯域(最低共振周波数よりも高い周波数帯域)のドライバ軸上のリスニングポイントでの音圧が入力電圧に比例するので、理論上その帯域内で概ね平坦な特性である。
【0026】
しかし、無限大バッフルを構成することは現実的ではない為、ドライバの後方放射音を取り囲む直方体状のエンクロージャを使用するのが一般的である。
【0027】
バッフルは有限の大きさとなり、バッフルの端で音波の回折が生じる。これにより、指向性が弱くなる低音帯域(波長が長い帯域)において放射空間が実質4π空間となることから、指向性の強い高音帯域に対して6dBの音圧低下が生じる。すわなち、低域側が高域側よりも6dB低くなる。また、バッフル端に仮想音源が生じることにより、ドライバ軸上の特性にうねりが生じる。
【0028】
このように、例えば一般的な直方体状のエンクロージャのバッフル板に導電型ドライバを取り付けた場合の音圧特性の顕著な特徴として、2つの特徴がある。第一に、高音側帯域が低音側帯域より6dB高くなる、という特徴がある。また、第二に、中間帯域で高域側の音圧に対して1~3dB程度のピークが生じる、という特徴がある。
【0029】
少なくともこの二つの特徴を補正することは、音響システムの低音不足改善、すわなち、平坦な音圧周波数特性を実現するためには効果的である。なお、導電型ドライバは、電圧に比例した音圧特性であって、無限大バッフルで平坦な音圧特性を有する。
【0030】
これらを補償する対策の一例として、高音用ドライバ(トゥイータ:以下「TW」とも称する。)と低音用ドライバ(ウーファー:以下「WF」とも称する。)を用いて構成される2ウェイ音響システムの場合、クロスオーバーネットワーク(ディバイディングネットワーク/以下「ネットワーク」とも称する。)の各定数を調整することで、低域側と高域側の音圧差とピークとを補正する方法がある。
【0031】
図42は2ウェイ音響システムのスピーカ装置を示す基本的な回路図である。HPFは、ハイパスフィルタであり、入力信号をTW用の適切な帯域の信号成分にする。LPFは、ローパスフィルタであり、入力信号をWF用に適切な帯域の信号成分にする。ATTは、アッテネータであり、TWへの入力電圧の大きさを調整するための回路である。上記
図42の例では、L型に抵抗が配置され、HPFから見た場合のインピーダンスが純抵抗に近くなる。これにより、HPFの特性がTWのボイスコイルインダクタンスやモーショナルインピーダンスの影響を受けにくくなる。
【0032】
インピーダンス(Imp.)補正は、ドライバの電気インピーダンスはモーショナルインピーダンスとボイスコイルの直流抵抗とWFのボイスコイルインダクタンスで構成される。上記
図42の回路によりLPF帯域でWFのボイスコイルインダクタンスの影響を無くすことができる。すなわち、見かけ上、純抵抗とすることができる。
【0033】
図43は、各ドライバ出力特性がそれぞれの帯域内で平坦で同能率であることを前提とした場合の、各ドライバへ入力される制御信号の周波数特性と合成した信号の周波数特性との一例を示すグラフである。
図43では、TW側が逆相となるように接続した回路における、計算値を示しており、Einは、アンプからの入力電圧であり、Ewfは、WF側のドライバへ入力される信号の電圧であり、Etwは、TW側のドライバへ入力される信号の電圧である。
【0034】
また、バッフルの回折効果の影響をさらに考慮した場合の、各ドライバへ入力される制御信号の周波数特性と合成した信号の周波数特性との一例を示すグラフを
図44に示す。上記
図44では、上記
図43に示した例に対して、LPFのインダクタンスL1を3倍として、より低い周波数からなだらかに出力低下するようにし、ATTでTW出力をWF出力より6dB低くなるようにすることでバッフルの回折効果を補正する例を示している。
【0035】
上記
図44が示す例では、2ウェイ音響システムの典型的なディバイディングネットワーク回路構成のまま、素子の定数変更のみで補正が可能であるが、WFとTWのクロスオーバー周波数付近でくぼみを作る為に、TWは、バッフル効果により音圧にピークが生じる周波数付近まで十分再生可能である必要がある。上記
図44の例では、TWが1kHz以上の帯域で十分再生可能である必要がある。
【0036】
また、バッフルが300×450mm程度の直方体のエンクロージャに、有効径が145mmの振動板を取り付けた場合、例えば、バッフル効果の影響で、音圧特性の700Hzにピークが生じる。同様の方法で補正するためには700Hz以上が十分再生可能なTW(2ウェイ音響システムの場合)が必要となる。このように、音響システムの外寸に応じて低域再生能力が高いものに使用可能なTWが限定されることとなる。
【0037】
また、他の例として、TWの再生可能下限周波数が高い場合やTWの耐入力が低い場合では、システムとしての耐入力性能を高くするためクロスオーバー周波数を高くせざるを得ない場合がある。また、広帯域のWFやフルレンジ型ドライバを利用するためにあえてクロスオーバー周波数を高く設定するものやTWを用いないものも有る。これらの場合では、バッフル効果により音圧差の生じる帯域が、低域側のドライバ又はフルレンジ型ドライバの出力帯域内となる。
【0038】
例えば、
図45に示すように、ドライバへ入力される信号の周波数特性をバッフル効果の逆特性とするための補償回路を設ける方法が知られている。
図46は、上記
図45の回路における各ドライバへの入力信号の周波数特性と合成した信号の周波数特性の一例を示すグラフである。
【0039】
上記
図42の例で示した方法では、バッフルが大きい場合、TWの再生帯域が低域側に広くなり、TWのボイスコイルが発熱や振幅過大により破損しやすい、という問題がある。また、結果的にシステムの耐入力が低くなる、という問題がある。また、TWの低域再生限界が十分低い必要があり、TWの選択肢が減少する、という問題がある。
【0040】
上記
図45の例で示した方法では、補償回路内の抵抗からの発熱が大きいことから、それによる特性の変化や安全上の問題がある。また、音声信号又は音楽信号は、高域ではエネルギーが低く中低域ではエネルギーが大きい為、ネットワークに抵抗を使用する場合は主に高域側で使用される。また、TWの再生帯域の低域側の拡張は信頼性上不利である、という問題がある。なお、国際規格で規定されているスピーカの耐入力テスト用の信号の特性が規定されている(
図47参照)。
図47は、ホワイトノイズを信号源とした場合の、フィルタ特性を示している。
【0041】
本発明の実施の形態では、上記問題を解決し、安価に高音質な音響システムを提供する。
【0042】
ここで、直方体などのエンクロージャのバッフルの回折効果の主な特徴として、低域と高域との間で6dBの音圧差となることと、音圧段差より高域側に音圧上昇部(約2dBのピーク)があることとが挙げられる。
【0043】
通常のドライバへの入力信号に対して、上記特徴の逆特性となる補正を行ってドライバに入力する構成とする。その際、抵抗は用いない。
【0044】
具体的には、低域と高域との間で6dBの音圧差となることを補正する為の構成要素として、バッフル効果により音圧差を生じる帯域を放射するドライバ(WFまたはフルレンジ型ドライバ)を、電気的に2以上の系統の駆動回路で駆動し、一部の系統の駆動回路に、ローパスフィルタを設け、他の系統の駆動回路と並列に接続する。
【0045】
これにより、高域よりも低域のドライバ出力を大きくし、有限バッフルによる低域側と高域側との音圧差を補正する。
【0046】
電気的に2以上の系統の駆動回路で駆動する構成としては、下記の第1の方法~第3の方法の何れかの方法で、入力信号に対してそれぞれの駆動回路が同一方向に力を発生させる構成とすればよい。
【0047】
第1の方法では、複数のドライバに対する複数の駆動回路を並列接続して使用する。
【0048】
第2の方法では、単一のドライバ(振動板)に対して複数の駆動回路を設け、それぞれを並列接続する。具体的には、単一のドライバにおいて、磁気ギャップとボイスコイルとを複数組設ける。
【0049】
第3の方法では、単一のドライバにおける単一の磁気ギャップ及び単一のボイスコイルに対して、複数系統のボイスコイル線を配置する。
【0050】
なお、同性能の偶数系統の駆動回路を用いる場合、半数の駆動回路にローパスフィルタを設け、他の駆動回路にローパスフィルタを設けずに信号をドライバに入力して駆動すればよい。これにより、高域側が低域側よりも6dB低くなる。すわなち、駆動力が1/2になる。
【0051】
音圧段差より高域側に音圧上昇部(約2dBのピーク)があることを補正する構成要素として、ローパスフィルタを、ボイスコイルに直列に接続された入力側のインダクタンス(コイル)と、ボイスコイルに並列に接続されたキャパシタンス(コンデンサ)で構成された2次以上のものとする。また、ドライバへ入力される信号の周波数特性において、バッフル効果によって生じるピーク周波数付近にくぼみができるようにする。
【0052】
[第1の実施の形態]
<本発明の第1の実施の形態の音響システムの構成>
図1は、本発明の実施の形態に係る音響システム10の概略図を示している。
【0053】
図1に示すように、音響システム10は、音源入力部12と、アンプ14と、スピーカ装置16とを備えている。
【0054】
音源入力部12は、音源信号を受け付ける。
【0055】
アンプ14は、受け付けた音源信号をスピーカ装置16へ出力する。
【0056】
スピーカ装置16は、
図2に示すように、2つのドライバ20A、20Bからなる駆動部18と、駆動部18を収納するエンクロージャ22とを備えている。本実施の形態では、エンクロージャ22は、直方体状の筐体であり、バスレフ型のエンクロージャである。ドライバ20A、20Bは、フルレンジ型ドライバである。
【0057】
また、
図3に示すように、スピーカ装置16は、音源信号に基づいてドライバ20Aの振動板(図示省略)を振動させる制御信号を出力する駆動回路30Aと、音源信号に基づいてドライバ20Bの振動板(図示省略)を振動させる制御信号を出力する駆動回路30Bと、駆動回路30A、30Bの出力に応じて振動板を振動させる駆動部18とを備えている。駆動回路30Bは、ローパスフィルタ32を備えている。
【0058】
ドライバ20A、20Bは、ボイスコイルVC1、VC2及び磁気回路(図示省略)を含む。
【0059】
駆動回路30Aは、入力された音源信号に応じた制御信号をボイスコイルVC1に出力し、磁気回路によりドライバ20Aの振動板を振動させる。
【0060】
駆動回路30Bは、入力された音源信号からローパスフィルタ32を介して得られた制御信号をボイスコイルVC2に出力し、磁気回路によりドライバ20Bの振動板を振動させる。
【0061】
ローパスフィルタ32は、エンクロージャ22の形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、駆動回路30A、30Bの各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される(
図4の矢印参照)。
図4では、Einは、アンプ14からの入力信号の電圧を示し、Evc1は、ボイスコイルVC1へ入力される制御信号の電圧を示し、Evc2は、ボイスコイルVC2へ入力される制御信号の電圧を示している。くぼみ周波数とは、信号の周波数特性において極小値となる周波数である。
【0062】
ローパスフィルタ32を、ボイスコイルVC2に直列に接続されたインダクタンス(コイル)と、ボイスコイルVC2に並列に接続されたキャパシタンス(コンデンサ)で構成された2次以上のものとする。
【0063】
例えば、
図5に示すように、ローパスフィルタ32は、ボイスコイルVC2に直列に接続されたインダクタンスLと、ボイスコイルVC2に並列に接続されたキャパシタンスCとを備えている。
【0064】
<ローパスフィルタの次数に関する説明>
ここで、ローパスフィルタ32を2次以上とする理由について説明する。
【0065】
まず、ローパスフィルタが一次の場合、すわなち、コイルのみでローパスフィルタを構成する場合について説明する(
図6)。
図6は、1次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置を示す回路図である。
【0066】
入力信号の電圧Ein=1とし、各ボイスコイルの電気インピーダンスをそれぞれ抵抗Rvc1、Rvc2とし、ボイスコイルへ出力される制御信号の電圧をEvc1、Evc2とした場合(
図7参照)、以下の式で表される。なお、
図7は、ボイスコイルを純抵抗とした場合のスピーカ装置の等価回路を示す回路図である。
【0067】
【0068】
それぞれのボイスコイルへの制御信号の電圧を
図8に示すベクトル図で表すと、Evc1(ω)は周波数に関わらず1で一定なので、ベクトルは回転しない(
図8の破線矢印参照)。
【0069】
なお、上記
図7では、簡略化の為、ボイスコイルを純抵抗としている。厳密には、ボイスコイルは純抵抗ではないため、他のリアクタンス等の影響については後述する。
【0070】
Evc2(ω)は、ω(=2πf)が0から大きくなるに従い、破線曲線上を1から0へ向かって移動する。従ってEvc2(ω)の実部が負になることがない(位相角は0~-90°の範囲)。
【0071】
Evc1(ω)+Evc2(ω)(
図8の実践矢印先端部参照)は、ωが0から大きくなるにしたがって実線曲線上を実部である2から1に向けて移動する。そのため合成ベクトルの長さ(|Evc1(ω)+Evc2(ω)|)は常に1以上でありEinの値を下回ることはなく、周波数特性上にくぼみを形成することができない(
図9の実線参照)。
図9は、上記
図7の回路における駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【0072】
合成ベクトルの長さ(|Evc1(ω)+Evc2(ω)|)が1よりも小さくなる(くぼみができる)条件として、少なくともEvc2(ω)の実部が負になる必要がある。言い換えるとEvc2(ω)の位相角が、-90~+90度の内の一部分に存在する必要がある。
【0073】
次に、
図10に示すように、2次のローパスフィルタを用いる場合、すなわち、コイルとコンデンサをそれぞれ1つ用いてローパスフィルタを構成する場合について説明する。
図10は、2次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置の等価回路を示す回路図である。ボイスコイルに出力される制御信号の電圧Evc1、Evc2は、以下の式で表される。
【0074】
【0075】
Evc2(ω)の実部は、分母が常に正であるので、(1-ω
2CL)<0の場合に負になることが判る。つまり
以上になる周波数で負になる(
図11の破線曲線が第3象限を通る場合を参照)。
図11は、上記
図10に示す回路におけるボイスコイルへ出力される制御信号の電圧を表すベクトル図である。
【0076】
Evc1(ω)+Evc2(ω)(上記
図11の実線矢印先端部を参照)は周波数が0から大きくなるにしたがって実線曲線上を2から1に向かって移動し、周波数が高い部分で絶対値1の円内になり1に収束する。
【0077】
このことから、Evc2(ω)の実部が負になる周波数(位相が-90°~-180°の間)の内の特定部分で、合成した信号の電圧の周波数特性上にくぼみを形成可能であることが判る(
図12)。
図12は、上記
図10に示す回路における駆動回路の各々が出力する制御信号、及び合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【0078】
また、2次のバターワース型のローパスフィルタの定数は
であるが、ζを変化させることでローパスフィルタの肩特性を変化させることができる。
【0079】
ζによる特性変化は、具体的には以下のようになる。
【0080】
バッフル回折効果による音圧の変化の内、低域側から高域側に向けて音圧が低下する帯域は、概して2octより幅広く、2次の場合はバターワース型等の一般的なローパスフィルタの特性よりも肩特性はなだらかなにするとよい。ただし、これに伴いくぼみも浅くなる(
図13参照)。
図13は、上記
図10に示す回路においてζを変化させた場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【0081】
このように、2次のローパスフィルタにおいてf、ζを調整し、補正特性をバッフル回折効果の逆特性に近づけるべく調整することができる。
【0082】
次に、
図14に示すように、3次のローパスフィルタを用いる場合について説明する。
図14は、3次のローパスフィルタを用いて構成したスピーカ装置の等価回路を示す回路図である。
【0083】
バターワース型の各定数は以下の式で表される。
【0084】
【0085】
各ζを調整することで、バッフル回折効果の逆特性に近づけることができる(
図15参照)。音圧低下帯域の帯域幅、くぼみ帯域のレベル等が調整可能である。
図15は、上記
図14に示す回路においてζを変化させた場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【0086】
次に、4次以上のローパスフィルタを用いる場合について説明する。
【0087】
次数が大きくなるに従いEvc2の位相回転角は大きくなるので、2次、3次の場合と同様に、4次以上の場合もEvc2の実部が負になる部分(位相が-90~+90度)が存在する。従ってくぼみの形成が可能である。
図16は、1次~4次のローパスフィルタの各々を用いた場合のボイスコイルへ出力される制御信号の電圧Evc2のベクトル軌跡を示すベクトル図である。
【0088】
<ドライバの電気インピーダンスの影響に関する説明>
次に、ローパスフィルタの負荷としてのドライバの電気インピーダンスの影響について説明する。
【0089】
ここまで示した補正特性等の計算データは、ドライバの電気インピーダンスを純抵抗として計算したものである。実際のドライバの電気インピーダンスは、主にモーショナルインピーダンスZemとボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexを要因として、特定のインピーダンス特性Zeをもつ。
【0090】
これらの要因により純抵抗に対してリアクタンス分が大きくなる帯域が、ローパスフィルタにより6dBの段差を生じさせる帯域と近い場合、ボイスコイルへ入力される制御信号の周波数特性が、純抵抗の場合の特性と比較して変化する。
【0091】
モーショナルインピーダンスZemは、磁気ギャップ内でボイスコイルが運動することにより発生する逆起電力の影響で、以下の式で表される。
【0092】
【0093】
ボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexは、ボイスコイルの巻線及び鉄心として作用する磁性体(磁気回路)による影響で、以下の式で表される。
Zex=jωL
【0094】
ただし、Lは、ボイスコイルのインダクタンスであり、Aは、力係数(磁束密度×VC2の有効長)であり、Mmは、振動系質量であり、Smは、スティフネスであり、Rmは、機械抵抗である。
【0095】
以下、一般的なダイナミックスピーカの電気インピーダンスと、それによる端子電圧への影響を、上記
図3のボイスコイルVC2の特性として説明する。
【0096】
ボイスコイルVC2側の駆動回路の等価回路は以下の通りである。
【0097】
ボイスコイルのインピーダンスを純抵抗とした場合、ボイスコイルのインピーダンスZeは以下の式で表される(
図17)。
Ze=Rvc2
【0098】
図17は、ボイスコイルのインピーダンスを純抵抗とした場合における、ローパスフィルタを含む駆動回路の電気系等価回路を示す図である。
【0099】
また、モーショナルインピーダンスZemとボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexを考慮した場合における、ドライバの電気インピーダンスZeは、以下の式で表される(
図18)。
【0100】
Ze=Rvc2+Zex+Zem
【0101】
図18は、モーショナルインピーダンスZemとボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexを考慮した場合における、ローパスフィルタを含む駆動回路の等価回路を示す図である。
図18の(1)は、モーショナルインピーダンスZemに相当し、
図18の(2)は、ボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexに相当する。
【0102】
また、上記
図18に示す回路におけるドライバの電気インピーダンスの特性を、
図19に示す。
図19は、|Zex|、|Zem|、|Ze|、純抵抗Rvc2の各々の特性を表すグラフである。
【0103】
また、負荷の違いによる、各ボイスコイルへの制御信号を合成した信号の周波数特性の変化を、
図20に示す。
図20は、ドライバの電気インピーダンスを純抵抗とした場合、及びモーショナルインピーダンスZemとボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexを考慮した場合における、駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性を示すグラフである。
【0104】
200Hz付近にモーショナルインピーダンスによる影響(
図20の(1)参照)、1.5kHz付近にボイスコイルインダクタンスの影響(
図20の(2))が示されている。
【0105】
これらの影響に対しては、そのドライバの仕様に応じ計算したシミュレーションや実測による確認を行い、ローパスフィルタの定数を調整することで所望の特性に近づけることは可能である。
【0106】
なお、ボイスコイルVC2側のローパスフィルタとドライバの間にインダクタンスをキャンセルする回路(前述のインピーダンス補償回路)を設けた場合やショートリング等(ボイスコイル電流に伴い発生する磁束変化をキャンセルするもの)を用いた場合は、ローパスフィルタの負荷におけるインダクタンス成分が少なくなるため、上記ボイスコイルインダクタンスによるリアクタンスZexの影響も少なくなる。また、一般的にフルレンジ型ドライバなど、ボイスコイルの巻数が少ない方が、WFよりもインダクタンスは小さい為、影響は少ない。
【0107】
<本発明の実施の形態の音響システムの動作>
音源入力部12が、オーディオプレーヤ等から音源信号の入力を受け付ける。
【0108】
そして、アンプ14は、受け付けた音源信号をスピーカ装置16へ出力する。
【0109】
そして、スピーカ装置16の駆動回路30Aは、音源信号に基づいて制御信号をドライバ20Aへ出力し、ドライバ20Aの振動板(図示省略)を振動させる。
【0110】
また、スピーカ装置16の駆動回路30Bは、音源信号に基づいてローパスフィルタ32を用いて制御信号をドライバ20Aへ出力し、ドライバ20Bの振動板を振動させる。
【0111】
ここで、ローパスフィルタ32は、エンクロージャ22の形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、駆動回路30A、30Bの各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定されている。従って、ドライバ20A、20Bへの入力信号を合成した信号の周波数特性において、エンクロージャ22のバッフル効果によって生じるピークの周波数付近にくぼみができる。これにより、音響システム10で、平坦な音圧周波数特性が実現される。
【0112】
以上説明したように、本発明の第1の実施の形態に係る音響システムによれば、2つの駆動回路のうちの一方の駆動回路に設けられたローパスフィルタは、エンクロージャの形状に応じて出力される音圧の周波数特性のピーク周波数に、2つの駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号の周波数特性におけるくぼみ周波数が対応するように設定される。これにより、簡易な構成で、高音質なスピーカ装置を提供することができる。
【0113】
また、エンクロージャのバッフルの回折効果によるドライバ出力特性の変化に対し、ドライバ入力に逆特性となる補正を施すことにより、単純な回路構成で実現し低コストで高音質な音響システムを提供することができる。
【0114】
また、スピーカ装置は抵抗を用いておらず発熱が少ない為、使用時の特性が安定するとともに、耐久性の高い音響システムの設計にも有利となる。
【0115】
また、各駆動回路の出力バランスと素子定数の調整により、長方形状のバッフルの回折効果の特性に合わせた補正に加えドライバ特性の補正も可能である。
【0116】
[第2の実施の形態]
次に、第2の実施の形態に係る音響システムについて説明する。なお、第1の実施の形態と同様の構成となる部分については、同一符号を付して説明を省略する。
【0117】
第2の実施の形態では、単一のドライバに対して複数の駆動回路を設け、複数の駆動回路を並列接続する点が、第1の実施の形態と異なっている。
【0118】
上記
図1に示すように、音響システム210は、音源入力部12と、アンプ14と、スピーカ装置216とを備えている。
【0119】
スピーカ装置216は、
図21に示すように、ドライバ220からなる駆動部218と、ドライバ220を収納するエンクロージャ22とを備えている。
【0120】
また、
図22に示すように、スピーカ装置216は、駆動回路30Aと、駆動回路30Bと、駆動回路30A、30Bの出力に応じて振動板を振動させる駆動部218とを備えている。駆動回路30Bは、ローパスフィルタ32を備えている。
【0121】
駆動回路30A及び駆動回路30Bの各々は、音源信号に基づいて単一のドライバ220の振動板を振動させる制御信号を出力する。
【0122】
ドライバ220は、磁気回路とボイスコイルとを複数組含む。具体的には、ドライバ220は、ボイスコイルVC1及び磁気回路の組と、ボイスコイルVC2及び磁気回路の組と、を含む。
【0123】
駆動回路30Aは、音源信号に基づいて制御信号をボイスコイルVC1へ出力することにより、単一のドライバ220の振動板を振動させる。また、駆動回路30Bは、音源信号に基づいて制御信号をボイスコイルVC2へ出力することにより、単一のドライバ220の振動板を振動させる。
【0124】
なお、第2の実施の形態に係る音響システムの他の構成及び作用については第1の実施の形態と同様であるため、説明を省略する。
【0125】
第2の実施の形態に係る音響システムでは、単一ドライバの場合であっても単純な回路でバッフルの回折効果による影響を補正できる。
【0126】
[第3の実施の形態]
次に、第3の実施の形態に係る音響システムについて説明する。なお、第1、第2の実施の形態と同様の構成となる部分については、同一符号を付して説明を省略する。
【0127】
第3の実施の形態では、ドライバが、単一の磁気回路、単一のボイスコイルに、複数系統のボイスコイル線を配置して構成されている点が、第2の実施の形態と異なっている。
【0128】
具体的には、ドライバが、
図23(A)、(B)に示すように、単一のボイスコイルボビンに2系統の導線を同方向に並列に巻いたものを用いて構成されている。
図23(B)は、巻き線部の断面を示しており、ボイスコイルVC1のコイル線と、ボイスコイルVC2のコイル線とがボイスコイルボビンに並列に巻かれている様子を示している。
【0129】
駆動回路30Aは、音源信号に基づいて制御信号をボイスコイルVC1へ出力することにより、単一のドライバ220の振動板を振動させる。また、駆動回路30Bは、音源信号に基づいて制御信号をボイスコイルVC2へ出力することにより、単一のドライバ220の振動板を振動させる。
【0130】
なお、第3の実施の形態に係る音響システムの他の構成及び作用については第2の実施の形態と同様であるため、説明を省略する。
【0131】
[実施例]
上記第3の実施の形態で説明した音響システムの実施例について説明する。本実施例では、ボイスコイルとして、内径Φ25の単一ボイスコイルボビンに2系統の導線を同方向に並列に巻いたもの(DCR6.9+6.9Ω)を用いた。磁気回路はフェライトマグネット外磁型であり、有効振動径Φ80のコーン振動板(カーブドコーン、布エッジ)を用いた。また、外寸がW214×H384×D150であるバスレフ型エンクロージャを用いた。
【0132】
また、比較例として、
図24に示すローパスフィルタを用いずに構成したスピーカ装置を用いた。
図25は、ローパスフィルタを用いずに構成したスピーカ装置における2π空間とバスレフ型エンクロージャでの無響室特性を表すグラフである。2π空間は、2π空間を模した一面がバッフルとなっている無響室である。また、
図26は、バスレフ型エンクロージャと2π空間との実測値の差と、計算データとの比較を表すグラフである。ここで、実測値の差は、バッフルの回折効果に相当している。
【0133】
200Hz以下ではバスレフ型エンクロージャの特性の特徴が出ているが、バッフルの回折の影響について300Hz以上では概ねシミュレーションで得られた計算データと一致している。
【0134】
また、
図27は、2次のローパスフィルタを用いた実施例に係るスピーカ装置216の構成を示す回路図である。ここで、ローパスフィルタのインダクタンスLを3mHとし、キャパシタCを20μFとする。
【0135】
図28は、上記
図27に示す回路における駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号(合成電圧)の周波数特性のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0136】
図29は、ローパスフィルタの有無それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
図30は、ローパスフィルタの有無による音圧差を表すグラフである。なお、
図30の値は、実測値を計算したものである。
【0137】
また、
図31は、3次のローパスフィルタを用いた実施例に係るスピーカ装置216の構成を示す回路図である。ここで、ローパスフィルタのインダクタンスL1を3mHとし、キャパシタCを15μFとし、インダクタンスL2を0.5mHとする。
【0138】
図32は、上記
図31に示す回路における駆動回路の各々が出力する制御信号を合成した信号(合成電圧)の周波数特性のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0139】
図33は、ローパスフィルタの有無それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
図34は、ローパスフィルタの有無による音圧差を表すグラフである。なお、
図34の値は、実測値を計算したものである。
【0140】
次に、ボイスコイルの電磁結合の影響について説明する。この実施例では、2系統のボイスコイルが同軸振動方向の同一部に位置している。従って、電流によって発生する磁束を共有する結合関係にあり、それぞれのボイスコイルに他方のボイスコイルの電流変化に応じて起電力が生じる。これによって他方のボイスコイルに生じる電流は、それぞれのボイスコイルへの入力電圧に対して逆方向の電流となり、時間に対して磁束変化が大きい高い周波数ほど大きくなる。これらの電流は、それぞれの入力により発生する駆動力を減少させる作用があるが、特に高い周波数ほど顕著になる。なお、前述のショートリングを設ける場合はこの現象の影響は小さくなる。
【0141】
また、ローパスフィルタなしの場合(上記
図24)は、それぞれのボイスコイル系統の回路は、他方のボイスコイルが短絡した状態(
図35)と同様(通常、アンプの出力インピーダンスはボイスコイルインピーダンスより十分低い)と考えられ、ローパスフィルタを用いない場合の両端子入力時の特性は、この場合の特性(
図36の実線参照)を2つ合成(+6dB)した特性(
図36の破線参照)と言える。
図35は、一方のボイスコイルが短絡した状態の回路図である。
図36は、一方のボイスコイルが短絡した場合(
図35)と短絡していない場合(
図24)それぞれでの音圧実測結果を表すグラフである。
【0142】
また、ボイスコイルVC2側を開放した状態の回路図を
図37に示す。
図38は、上記
図35に示す回路(一方のボイスコイルが短絡した場合)での音圧実測結果と、上記
図37に示す回路(一方のボイスコイルが開放した場合)での音圧実測結果との特性を比較した結果を示す。
【0143】
上記
図38により、ボイスコイルVC2側を短絡することで、結合により生じた電流により高域が低下していることが分かる。また、低域で電磁結合の影響はほとんど無いにも関わらず音圧が低下しているのは、ボイスコイルVC2のコイル線が磁気ギャップ内で振幅することで生じる逆起電力による制動力が発生する為である。
【0144】
3次のローパスフィルタを用いたスピーカ装置(
図31)の場合は、ローパスフィルタのインダクタンスL2がボイスコイルVC2に直列に接続されている為に、ボイスコイルVC1側の電流によってボイスコイルVC2に逆起電力が生じるも、高い周波数では電流が流れにくい。従って、高域におけるボイスコイルVC1側の入力信号による出力特性は、ボイスコイルVC2側が開放されている状態に近い特性となる。
図31は、3次のローパスフィルタを用いた実施例に係るスピーカ装置の構成の一例を示す回路図である。
【0145】
これにより、ローパスフィルタなしの場合に対して高域での音圧低下が6dB未満となる。この現象は低域のみを扱うWFとして構成する場合、影響は少ないが、この実施例の様にフルレンジ型ドライバの場合は留意する必要がある。
【0146】
次に、スピーカ装置をWFとして利用する実施例(WF帯域内にバッフルの回折効果による低域と高域の音圧差とピークが生じる場合の実施例)について説明する。WFとして利用する場合、WFの出力の内TWの帯域となる周波数の出力を制限する必要がある。ディバイディングネットワークを用いる場合は、バッフルの回折効果の逆特性を意図した回路(
図27、
図31参照)に対して、ボイスコイルVC1側に所望のネットワーク回路を設ければよい。
【0147】
図39は、WFとして利用する実施例におけるスピーカ装置316の構成を示す回路図である。上段の駆動回路330Cは、TWとして利用するドライバ320に対して制御信号を出力する。中段の駆動回路330Aは、制御信号をボイスコイルVC1へ出力し、下段の駆動回路330Bは、制御信号をボイスコイルVC2へ出力する。
【0148】
ここで、ローパスフィルタのインダクタンスL1を2.5mHとし、キャパシタC1を20μFとし、インダクタンスL2を0.5mHとする。また、ディバイディングネットワークのインダクタンスL3を0.5mHとし、キャパシタC3を2.6μFとする。また、インピーダンス補正の抵抗Rを7Ωとし、キャパシタC2を6.8μFとする。
【0149】
図40は、上記
図39に示す回路における駆動回路330A、330B、330Cの各々が出力する制御信号と、各制御信号を合成した信号(合成電圧)の周波数特性のシミュレーション結果を示すグラフである。ボイスコイルVC3へ出力する制御信号の電圧をEtwとし、合成した信号の電圧をEtotalとする。
【0150】
この例のように、TWを使用した2ウェイ音響システムにおいてWF用としても実施可能である。この例では、抑えたい音圧段差とピークが低音帯域(WFの帯域)にあり、低音帯域側のドライバに対する駆動回路に設けたローパスフィルタで帯域制限する場合について説明したが、これに限定されるものではない。抑えたい音圧段差とピークが高音用ドライバの帯域(TWの帯域)にある場合や3ウェイなどの中音用ドライバ(SQ)の帯域にある場合などでは、高音帯域又は中音帯域側ドライバに本発明の駆動回路に設け、かつ低域側の帯域制限のためにハイパスフィルタを設けて調整すればよい。ただし、この場合のハイパスフィルタは、
図48に示すように、当発明の駆動回路の各VCの回路に分岐する手前に設ければよい。
【0151】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。
【0152】
例えば、上記の実施の形態では、低域側と高域側の音圧差は6dBである場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。バッフルの回折の効果のみを考慮した場合、低域側と高域側の音圧差は6dBである。これは、放射空間が2πとみなせる十分高い周波数と、4πとみなせる十分低い周波数の音圧差である。しかし、音響システムの特性は、ドライバのコーン形状、磁気回路の構成、その他部品等により周波数特性が変化する他の要因を有する為、駆動回路の出力特性を6dBに対してやや増減した方が最終的な特性が最適と見なせる場合も有り得る。
【0153】
このような場合はボイスコイルVC1とボイスコイルVC2のインピーダンスを1:1以外に設定するなど、2系統の駆動力を不均等にすることで任意に調整可能である。また、3以上の駆動回路とし、各駆動力と駆動系数により調整することも可能である。例えば、ボイスコイルVC1側とボイスコイルVC2側の駆動力を1.3:1に設定し、ボイスコイルVC2側にローパスフィルタを設ければ、音圧差は5dBとなる。なお、この様な方法をとる場合、くぼみの大きさもやや増減することに留意する必要がある。
【0154】
また、単一のボイスコイルボビンに2系統以上のコイルを構成する場合、実施例以外に、同軸かつ振動方向の別の位置に巻いたボイスコイルを用いる方法でも良い。それぞれに同一電圧をかけた場合に同方向に力を発生する様に電流方向とギャップ磁束方向を設定すれば良い。
【0155】
また、スピーカ装置のポールピースに、ボイスコイルに電流を流した場合に発生する交流磁束を減少させるためのリング状の高導電率の導電体(銅リング等)を巻くようにしてもよい。これにより、ボイスコイルのインピーダンスがなくなり、インピーダンス補正が不要となる。すわなち、ボイスコイルのインダクタンスを無視して設計が可能となる。また、この交流磁束が減ることで電流に生じるひずみも減らすことができ高音質化できる。
【0156】
また、単一のボイスコイルボビンに2系統以上のボイスコイルを巻く際に、同軸かつ振動方向の別の位置に巻いたボイスコイルを用いる場合には、2系統の巻線部とし同一の電圧をかけた場合にそれぞれ発生する交流磁束が相反する方向となる様にすることで、各系統の相互の影響を少なくすることできる。これにより、ボイスコイルのインダクタンスを無視して設計が可能となる。また、この交流磁束が減ることで電流に生じるひずみも減らすことができ高音質化できる。
【符号の説明】
【0157】
10、210 音響システム
12 音源入力部
14 アンプ
16、216、316 スピーカ装置
20A、20B、220、320 ドライバ
22 エンクロージャ
30A、30B、330A、330B、330C 駆動回路
32 ローパスフィルタ
VC1、VC2、VC3 ボイスコイル