(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128520
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物およびその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20230907BHJP
C02F 1/32 20230101ALI20230907BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20230907BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C02F1/32
C02F3/34 Z
C12N15/09 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022032898
(22)【出願日】2022-03-03
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費「バイオマス廃棄物由来イタコン酸からの海洋分解性バイオナイロンの開発」による委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】若井 暁
(72)【発明者】
【氏名】塚谷 京
(72)【発明者】
【氏名】野牧 秀隆
(72)【発明者】
【氏名】磯部 紀之
【テーマコード(参考)】
4B065
4D037
4D040
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AC14
4B065BB05
4B065BB12
4B065BB13
4B065BD26
4B065BD32
4B065BD34
4B065BD40
4B065CA55
4B065CA56
4D037AA01
4D037AA05
4D037AA06
4D037AA08
4D037AA11
4D037AB12
4D037BA18
4D037CA07
4D040DD03
4D040DD12
4D040DD14
(57)【要約】
【課題】イタコン酸由来ポリアミドの生分解性を解明するとともに、水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解方法を提供する。
【解決手段】マリノバクター・エスピー(Marinobacter sp.)BN-1株(受領番号NITE AP-03618)またはスルフィトバクター・エスピー(Sulfitobacter sp.)BN-2株(受領番号NITE AP-03611)を代表とした水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物、上記微生物を用いて水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する方法、およびイタコン酸由来ポリアミドを、水中で紫外線に暴露して水溶化イタコン酸由来ポリアミドを得て、これを上記方法で分解することを含む、イタコン酸由来ポリアミドの分解方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マリノバクター(Marinobacter)属またはスルフィトバクター(Sulfitobacter)属に属し、水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物。
【請求項2】
マリノバクター(Marinobacter)属に属し、16S rDNAが
配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
配列番号1に示す塩基配列と90%以上の同一性を有するポリヌクレオチド
を含む請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
マリノバクター・エスピー(Marinobacter sp.)BN-1株(受領番号NITE AP-03618)からなる請求項2に記載の微生物。
【請求項4】
スルフィトバクター(Sulfitobacter)属に属し、16S rDNAが
配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
配列番号2に示す塩基配列と90%以上の同一性を有するポリヌクレオチド
を含む請求項1に記載の微生物。
【請求項5】
スルフィトバクター・エスピー(Sulfitobacter sp.)BN-2株(受領番号NITE AP-03611)からなる請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の微生物を用いて水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する方法。
【請求項7】
イタコン酸由来ポリアミドを、水中で紫外線に暴露して水溶化イタコン酸由来ポリアミドを得ること、および
前記水溶化イタコン酸由来ポリアミドを請求項6に記載の方法により分解すること
を含む、イタコン酸由来ポリアミドの分解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物に関する。本発明はまた、当該微生物を利用する水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋環境のプラスチックごみ汚染は深刻である。既存のナイロン製品で作られている釣り糸や漁網が海洋環境に流失し、ゴーストフィッシングや誤食により海洋生態系に悪影響を引き起こしている。この様な背景から生分解性プラスチックの開発が進められているが、生分解性プラスチックの多くはコンポストなどの土壌中での分解性に優れており、多くは海洋環境での分解性がないか、非常に遅い。また、簡単に分解される生分解性プラスチックは使用中の劣化の問題があり、実用化が難しい。そこで、刺激応答性のプラスチック材料の開発が進められている。
【0003】
イタコン酸およびジアミン化合物から製造されるポリアミド(以下、「イタコン酸由来ポリアミド」ということがある。)はこのようなプラスチック材料の1つであり、水中で紫外線に暴露することで水中に消失することが報告されている(非特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Polym. Degrade. Stabil.109, 367(2014)
【非特許文献2】Macromolecules, 46, 3719(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
イタコン酸由来ポリアミドは紫外線を一定量浴びることで親水化が起こり水中に溶解するが、水溶化物の生分解性は不明であった。本発明は、イタコン酸由来ポリアミドの生分解性を解明するとともに、水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決のため、海洋環境試料を用いた分解実験を行い、水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解を証明し、その際に海水中の特定の微生物が集積することを見出した。そして、この知見に基づき、本発明を完成させた。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0007】
<1>マリノバクター(Marinobacter)属またはスルフィトバクター(Sulfitobacter)属に属し、水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物。
<2>マリノバクター(Marinobacter)属に属し、16S rDNAが、
配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
配列番号1に示す塩基配列と90%以上の同一性を有するポリヌクレオチド
を含む<1>に記載の微生物。
<3>マリノバクター・エスピー(Marinobacter sp.)BN-1株(受領番号NITE AP-03618)からなる<2>に記載の微生物。
<4>スルフィトバクター(Sulfitobacter)属に属し、16S rDNAが、
配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または
配列番号2に示す塩基配列と90%以上の同一性を有するポリヌクレオチド
を含む<1>に記載の微生物。
<5>スルフィトバクター・エスピー(Sulfitobacter sp.)BN-2株(受領番号NITE AP-03611)からなる<4>に記載の微生物。
<6><1>~<5>のいずれかに記載の微生物を用いて水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する方法。
<7>イタコン酸由来ポリアミドを、水中で紫外線に暴露して水溶化イタコン酸由来ポリアミドを得ること、および
上記水溶化イタコン酸由来ポリアミドを<6>に記載の方法により分解すること
を含む、イタコン酸由来ポリアミドの分解方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物が提供される。本発明の微生物を用いることで水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解が可能であり、また、この微生物を用いることで環境中に流失したイタコン酸由来ポリアミドを分解させるバイオレメディエーションが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】イタコン酸由来ポリアミドの自然光暴露処理前後の変化を示す写真である。
【
図2】イタコン酸由来ポリアミドの、海水中での自然光への暴露処理前後の質量分析結果であり、上段三つ(上から、ろ過海水、自然海水、無機塩添加海水)が暴露14日後、下段三つ(上から、ろ過海水、自然海水、無機塩添加海水)が開始時点である。
【
図3】イタコン酸由来ポリアミドの、海水中での自然光への暴露処理前後の微生物群集構造を示す図である。
【
図4】0.1gまたは0.5gの水溶化イタコン酸由来ポリアミドを添加したポリアミド試験液と水溶化イタコン酸由来ポリアミド無添加の対照液のBOD試験結果を示す図である。
【
図5】BOD試験後の試験液および対照液の質量分析結果であり、上段が対照液、下段が水溶化イタコン酸由来ポリアミド添加試験液の結果である。
【
図6】BOD試験後のBOD試験後の試験液および対照液の微生物群集構造を示す図である。
【
図7】試験液をイタコン酸由来ポリアミドプレートに接種して、培養後、プレート上に形成された複数のコロニーを示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。
【0011】
<微生物>
本発明者らは、水溶化イタコン酸由来ポリアミドが海水中で分解することを確認し、その際に集積する微生物から、水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物として新規な2株を確認した。このような微生物を利用して水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解することができる。
【0012】
本明細書において、水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解するとは、水溶化イタコン酸由来ポリアミドをより重合度の低い単位に分解すること、モノマーに分解すること、およびモノマーをさらに分解(例えば二酸化炭素に分解)することを含む意味である。本発明の微生物を用いて、水溶化イタコン酸由来ポリアミドはモノマーよりも低分子量の単位に分解することが可能である。
【0013】
本発明者らが見出した新規な株の1つのBN-1株は、16S rDNAが配列表の配列番号1に示す塩基配列を有し、16S rDNAによる系統解析から、マリノバクター(Marinobacter)属に分類されることが分った。この株は受領番号NITE AP-03618として、2022年3月2日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国立研究開発法人海洋研究開発機構(日本国神奈川県横須賀市夏島町2-5)により、寄託されている。
【0014】
本発明者らが見出した新規な株の別の1つのBN-2株は、16S rDNAが配列表の配列番号2に示す塩基配列を有し、16S rDNAによる系統解析から、スルフィトバクター(Sulfitobacter)属に分類されることが分った。この株は受領番号NITE AP-03611として、2022年2月21日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国立研究開発法人海洋研究開発機構(日本国神奈川県横須賀市夏島町2-5)により、寄託されている。
【0015】
上記微生物BN-1株およびBN-2株はいずれも、以下の科学的性質を有する細菌である。
・Marine Agar 2216プレート(後述)上で白色のコロニーを形成する。
・水溶化イタコン酸由来ポリアミドを唯一のエネルギー源・炭素源として生育可能である。
・培養条件は以下のとおりである。
培地:Marine Broth 2216 培地(後述)などの海水塩濃度の従属栄養培地
培養温度:25~30℃
培養期間:3日
培養方法:好気・振とう培養が適する。
【0016】
水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する方法に用いることができる微生物としては、上記の寄託株以外の、水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する活性を有する微生物を用いることができる。特に、マリノバクター(Marinobacter)属またはスルフィトバクター(Sulfitobacter)属に分類される微生物であって水溶化イタコン酸由来ポリアミドを分解する活性を有する微生物を用いることができる。マリノバクター属またはスルフィトバクター属に分類される微生物は、当該技術分野で公知の方法、例えば形態観察、16S rDNA解析等に基づき、同定することができる。なお、本発明や本発明の実施態様を説明する際に、上記の寄託株を用いた場合を例に説明することがあるが、その説明は、マリノバクター属またはスルフィトバクター属に分類される他の株を用いた場合にもあてはまる。
【0017】
好ましい態様においては、
マリノバクター(Marinobacter)属に属し、下記(a1)もしくは(b1)からなる16S rDNAを有する微生物:
(a1)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b1)配列番号1に記載の配列と高い同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド、または、
スルフィトバクター(Sulfitobacter)属に属し、下記(a2)もしくは(b2)からなる16S rDNAを有する微生物:
(a2)配列番号2に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b2)配列番号2に記載の配列と高い同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド、
を用いることができる。
【0018】
高い同一性とは、例えば、90%以上であることをいい、好ましくは95%以上であり、より好ましくは99.0%以上であり、さらに好ましくは、99.40%以上であり、特に好ましくは99.70%以上であり、最も好ましくは99.80%以上である。
【0019】
塩基配列(単に配列ということもある。)に関し、同一性とは、特に記載した場合を除き、2つの配列を最適の態様で整列させた場合に、2つの配列間で共有する一致したヌクレオチドの個数の百分率を意味する。同一性%は、(一致した位置の数/位置の全数)×100で算出でき、市販されているアルゴリズムを用いて計算することができる。また、このような計算は、当業者には周知のアルゴリズムまたはプログラム(例えば、BLASTN、BLASTP、BLASTX、ClustalW)により行うことができる。プログラムを用いる場合のパラメーターは、当業者であれば適切に設定することができ、また各プログラムのデフォルトパラメーターを用いてもよい。これらの解析方法の具体的な手法もまた、当業者には周知である。
【0020】
<水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解方法>
本発明の水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解方法は、水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分解能を有する微生物を用いる方法である。具体的には、本発明のイタコン酸由来ポリアミドの分解方法においては、水溶化イタコン酸由来ポリアミドと上記微生物とを水中で共存させる。本発明者らは、本発明の微生物を用いることにより、水溶化イタコン酸由来ポリアミドが、そのモノアミド単位に相当する化合物が確認できなくなるまで分解されることを見出した。
【0021】
[イタコン酸由来ポリアミド]
イタコン酸由来ポリアミドは、イタコン酸とジアミンとを脱水縮合反応(重合)させてなる構造を含むポリアミドである。イタコン酸由来ポリアミドは、例えばジカルボン酸としてイタコン酸を用い、これをジアミン化合物と反応させて製造することができる。
【0022】
イタコン酸は、以下の式で表される脂肪族ジカルボン酸の一種である。
【化1】
【0023】
イタコン酸はクエン酸の熱分解により得ることができる。また、イタコン酸は、カビを用いた発酵によって生産することができ、バイオ由来のものが工業的規模で安定、且つ比較的安価に供給されている。本発明の方法により分解されるポリアミドは必ずしもバイオ由来のイタコン酸を用いたものではなくてもよいが、バイオ由来のものを用いることで、いわゆるバイオベースエンジニアリングプラスチックを実現することができ、二酸化炭素の長期固定化等の社会的要求に合致する。バイオ由来のイタコン酸を用いて製造されたイタコン酸由来ポリアミドはバイオナイロンと呼ばれることがある。
【0024】
イタコン酸由来ポリアミドの製造に用いられるジアミン化合物は特に限定されず、ポリマー用途に応じて選択することができる。また、イタコン酸由来ポリアミドの製造に用いられるジアミン化合物は一種であっても複数の化合物の混合物であってもよい。ジアミン化合物としては脂肪族系ジアミンまたは芳香族系ジアミンがあげられる。脂肪族系ジアミンは直鎖アルキレンジアミンまたは分岐鎖アルキレンジアミンのいずれであってもよいが、直鎖アルキレンジアミンであることが好ましい。脂肪族系ジアミンの炭素数は2~12であることが好ましく、2~8であることがより好ましく、2~6であることがさらに好ましい、特に炭素数2~6の直鎖アルキレンジアミンであることが好ましい。具体例としては、ヘキサメチレンジアミン、ペンタメチレンジアミン、テトラメチレンジアミン、トリメチレンジアミン、エチレンジアミン等を挙げることができる。芳香族系ジアミンの例としては、p-フェニレンジアミン、m-フェニレンジアミン、p-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルを挙げることができる。ジアミン化合物としては、脂肪族系ジアミンが好ましく、ヘキサメチレンジアミン(1,6-ジアミノヘキサン)がより好ましい。
【0025】
イタコン酸由来ポリアミドは、イタコン酸とジアミン化合物とを1:1(モル比)で重合(脱水縮合)させ、アミド結合により連結することにより製造できるポリマーである。ジアミン化合物が複数のジアミン化合物からなる場合、ランダム共重合体、交互共重合体、またはブロック共重合体のいずれの形態で製造されたものであってもよい。具体的な製造方法については、ポリアミド(ナイロン)の公知の製造方法を参照することができる。
【0026】
イタコン酸由来ポリアミドは、ジアミン化合物のアミノ基のイタコン酸のビニル基へのアザマイケル付加により生成したイミンが二重結合からより遠いカルボキシル基と脱水縮合反応することでピロリドン環(5員環)が形成されている構造を有していることが好ましい。このようなイタコン酸由来ポリアミドの製造方法としては、例えば、特開2012-107122号公報に記載の方法を参照することができる。具体的にはイタコン酸由来ポリアミドは以下式(1)で表される構造を有することが好ましい。
【0027】
【0028】
式(1)中、mはポリマーの重合度を示す2以上の整数であり、例えば5000以下であり、1000以下であることが好ましく、50以下であることがより好ましい。水溶化イタコン酸由来ポリアミドにおけるmの値は小さいことが好ましい。後述する水溶化により、式(1)で表されるイタコン酸由来ポリアミドにおけるmの値はより小さくなりうる。例えば、mの値が21以上の水溶化前のイタコン酸由来ポリアミドにおいて、水溶化によりmの値を20以下とすることができ、好ましくは、mの値が25以上の水溶化前のイタコン酸由来ポリアミドにおいて水溶化によりmの値を10以下とすることができる。
【0029】
Lは、2価の連結基でありジアミン化合物の2つのアミノ基の連結基に由来する基である。Lは好ましくは、以下のいずれかの構造を有し、m個のLは互いに同一であっても、異なっていてもよい。
【0030】
【0031】
上記式中nは自然数であり、2~12であることが好ましく、2~8であることがより好ましく、2~6であることがさらに好ましい。
【0032】
イタコン酸由来ポリアミドは、上記の環状アミド構造(ピロリドン環構造)を有していることにより、吸湿性が低下し、エンジニアリングプラスチックとしての性能が改善されている。したがって、イタコン酸由来ポリアミドの環境下での分解方法を確立することにより、工業的に実用化可能なプラスチックのバイオレメディエーションが可能になる。
【0033】
イタコン酸由来ポリアミドの分子量は特に限定されない。例えば重量平均分子量Mw400~1000000程度、好ましくは、600~500000程度、より好ましくは600~100000程度であり、数平均分子量Mn400~800000程度、好ましくは、600~500000程度、より好ましくは600~300000程度である。水溶化イタコン酸由来ポリアミドの分子量は重量平均分子量Mw400~10000程度、好ましくは、400~5000程度、より好ましくは、400~2000程度であることが好ましい。水溶化により分子量はより小さくなりうる。例えば、重量平均分子量4000以上の水溶化前のイタコン酸由来ポリアミドにおいて、水溶化により重量平均分子量4000未満とすることができ、好ましくは、例えば200~2000程度の重量平均分子量とすることができる。
【0034】
なお、イタコン酸由来ポリアミドは、イタコン酸に加えて他のカルボン酸を原料に用いて製造された共重合体であってもよい。他のカルボン酸としては、テトラデカン二酸などがあげられる。他のカルボン酸は原料イタコン酸の総質量に対し、50質量%未満、好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下であればよい。また、イタコン酸由来ポリアミドは、他のモノマーを含んで製造されたものであってもよい。他のモノマーとしては、11-アミノウンデンカン酸などのアミノカルボン酸があげられる。他のモノマーは式(1)で表される単位構造のモノマーの総質量に対し、50質量%未満、好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下であればよい。さらに、イタコン酸由来ポリアミドはモンモリロナイトや酸化チタンなどとコンポジットを形成したものであってもよい。
【0035】
[水溶化イタコン酸由来ポリアミド]
イタコン酸由来ポリアミドは、水溶化することによって、本発明の微生物により分解することが可能になる。イタコン酸由来ポリアミドの水溶化は、例えば、低分子化(オリゴマー化)により促進される。また、水溶化は、構造中の少なくとも一部のピロリドン環の開環反応によりカルボキシル基および追加の2級アミノ基が生じることによっても促進される。開環反応はイタコン酸由来ポリアミドの水溶化に足りる程度に生じていればよい。
【0036】
水溶化イタコン酸由来ポリアミドはイタコン酸由来ポリアミドを紫外線照射下またはアルカリ条件下に置くことにより得ることができる。紫外線を含む太陽光(自然光)照射下で水溶化イタコン酸由来ポリアミドを得ることができる。
【0037】
好ましい態様において、本発明の微生物により分解される水溶化イタコン酸由来ポリアミドは、オリゴマー(イタコン酸由来ポリアミドオリゴマー)である。イタコン酸由来ポリアミドオリゴマーは、典型的には、上記の式(1)において、mの値が2~20であるオリゴマー(2~20量体)であり、mの値が2~15であるオリゴマー(2~15量体)であることがより好ましく、mの値が3~10であるオリゴマー(3~10量体)であることがさらに好ましく、mの値が3~8であるオリゴマー(2~8量体)であることが最も好ましい。上記のように、式(1)で表される各オリゴマーにおいては、一部または全ての構造単位におけるピロリドン環構造が開環していてもよい。
【0038】
イタコン酸由来ポリアミドオリゴマーはイタコン酸由来ポリアミドの上記のような部分的加水分解によって得ることができる。イタコン酸由来ポリアミドオリゴマーは、イタコン酸由来ポリアミドと同様に、イタコン酸とジアミン化合物との脱水縮合反応により製造することもできる。そのため、水溶化イタコン酸由来ポリアミドオリゴマーはイタコン酸由来ポリアミドの製造工程での副産物としても生じ得る。したがって、本発明の分解方法は、イタコン酸由来ポリアミドの製造過程で生じるオリゴマーを含む排水処理にも用いることができる。
【0039】
<イタコン酸由来ポリアミドの分解方法>
水溶化イタコン酸由来ポリアミドはイタコン酸由来ポリアミドを水中で紫外線に暴露することで得られる。したがって、本発明の水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物を用いた分解方法は、太陽光などの光が照射され得る環境下で、イタコン酸由来ポリアミドの分解方法として用いることができる。すなわち、イタコン酸由来ポリアミドは、水中で紫外線に暴露して水溶化イタコン酸由来ポリアミドとすることにより、本発明の微生物による分解を受けることができる。したがって、本発明の方法は環境中に流出したイタコン酸由来ポリアミドのバイオレメディエーションに適用できる。本発明の微生物は海水中から見出された微生物ではあるが、実施例で示すように、自然環境下では、水溶化イタコン酸由来ポリアミドオリゴマーの分解する速度は非常に遅い。本発明の微生物を人工的に自然環境下よりも高濃度で用いることにより、イタコン酸由来ポリアミドをより短時間で分解することができ、工業的な応用が可能となる。
【実施例0040】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、試薬、物質量とその割合、操作等は本発明の趣旨から逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
実施例において、イタコン酸由来ポリアミドとしては、イタコン酸およびヘキサメチレンジアミンを原料として特開2012-107122号公報に記載の方法により製造した重量平均分子量約6000のイタコン酸由来ポリアミド(固形)を用いた。
水溶化イタコン酸由来ポリアミドとしては上記イタコン酸由来ポリアミドに純水中で紫外線(250~400nm、150mW/cm2)を人工的に照射して、ゲル状にしたものを使用した。
【0042】
使用培地は以下のとおりである。
培養培地1:Marine Broth 2216(1.6 mg/L硝酸アンモニウム、22.0 mg/Lホウ酸、1.8 g/L塩化カルシウム、8.0 mg/Lリン酸二ナトリウム、0.1 g/Lクエン酸第一鉄、5.9 g/L塩化マグネシウム、3.24 g/L硫酸マグネシウム、5.0 g/Lペプトン、0.08 g/L臭化カリウム、0.55 g/L塩化カリウム、0.16 g/L炭酸ナトリウム、19.45 g/L塩化ナトリウム、2.4 mg/Lフッ化ナトリウム、 4.0 mg/Lケイ酸ナトリウム、34.0 mg/L塩化ストロンチウム、1.0 g/L乾燥酵母エキス、pH 7.6±0.2)
【0043】
培養培地2:イタコン酸由来ポリアミド培地(2.0 g/L水溶化イタコン酸由来ポリアミド、7.7 mg/Lリン酸二水素カリウム、200 mg/L塩化アンモニウム、100 mg/L硝酸ナトリウム、33 g/Lテトラマリンソルトプロ)
培養用平板培地:Marine Agar 2216(1.6 mg/L硝酸アンモニウム、22.0 mg/Lホウ酸、1.8 g/L塩化カルシウム、8.0 mg/Lリン酸二ナトリウム、0.1 g/Lクエン酸第一鉄、5.9 g/L塩化マグネシウム、3.24 g/L硫酸マグネシウム、5.0 g/Lペプトン、0.08 g/L臭化カリウム、0.55 g/L塩化カリウム、0.16 g/L炭酸ナトリウム、19.45 g/L塩化ナトリウム、2.4 mg/Lフッ化ナトリウム、 4.0 mg/Lケイ酸ナトリウム、34.0 mg/L塩化ストロンチウム、1.0 g/L乾燥酵母エキス、15.0 g/L寒天末、pH 7.6±0.2)
【0044】
純粋分離用平板培地:イタコン酸由来ポリアミドプレート(2.0 g/L水溶化イタコン酸由来ポリアミド、7.7 mg/Lリン酸二水素カリウム、200 mg/L塩化アンモニウム、100 mg/L硝酸ナトリウム、33 g/Lテトラマリンソルトプロ、0.4 g/Lゲランガム)
【0045】
使用した海水:神奈川県横須賀海水
使用した堆積物:島根県中海堆積物
【0046】
<自然光暴露処理>
板状(厚さ2~3mm)のイタコン酸由来ポリアミドを1cm角に切り出し、自然海水50mLと共に100mL容量のメディウム瓶に入れ、日光の当たる屋外に横向きに倒した状態で14日間静置した。対照区として、0.22μm孔径のメンブレンフィルターでろ過したろ過海水を用いた。処理終了後、試験液を回収し、15mLを質量分析、残りを微生物群集構造解析に使用した。
【0047】
<生物的酸素要求(BOD)試験>
圧力センサー式BOD計(OxiTop IDS)を250mL容量メディウム瓶にセットして使用した。海水50mLに、無機塩(終濃度7.7mg/Lリン酸二水素カリウム(KH2PO4)、200mg/L塩化アンモニウム(NH4Cl)、100mg/L硝酸ナトリウム(NaNO3))および微生物の活動の活性化のため堆積物5gを添加した溶液を試験液とし、0.1gまたは0.5gの水溶化イタコン酸由来ポリアミドを添加してポリアミド試験液とし、水溶化イタコン酸由来ポリアミド無添加の対照液を用意した。気相中に発生した二酸化炭素の吸着材として、アコマライムゼロ0.4gをボトルトップのホルダーにセットした。ボトル内の撹拌のために、トライアングル型PTFE回転子を入れ、180rpmで連続的に撹拌し、25℃で14日間培養した。BODの計測は28分間隔とした。
【0048】
<質量分析>
BOD試験後の液を超純水で10倍希釈し、5mg/mL CHCAと混合して、レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置MALDI-8020を用いて分析した。測定条件下次の通りである。レーザー光源:固体レーザー(355nm)、検出イオン:Positive ion mode、飛行モード:Linear mode。
【0049】
<微生物群集構造解析>
自然光暴露処理後の試験液、BOD試験に使用する前の海水と堆積物、および、BOD試験後の試験液と堆積物からそれぞれDNA抽出を行った。水試料は、0.22μm孔径のメンブレンフィルターを用いてろ過することで微生物細胞を回収し、メンブレンフィルターを1~2mm角に裁断して細胞破砕用チューブに入れた。堆積物試料は、約0.5gを量り取り、細胞破砕用チューブに入れた。DNA抽出には市販のキット(FAST DNA SPIN Kit for SOIL)を使用した。抽出後のDNAを鋳型として、細菌とアーキアを標的としたU530F(GTGCCAGCMGCCGCGG:配列番号3)/U907R(CCGTCAATTCMTTTRAGTTT:配列番号4)プライマーセットを用いたPCRにより、16S rRNA遺伝子(16S rDNA)を部分的に増幅し、MiSeq Reagent Kit v3と次世代シーケンサMiSeqを用いて塩基配列を解読した。得られたデータはQIIME2パイプラインを用いて解析し、各試料に含まれる微生物種の相対量を推定した。
【0050】
<純粋分離>
BOD試験後の試験液100μLをイタコン酸由来ポリアミドプレートに塗布し、25℃で静置培養した。約一週間後、プレート上に形成されたコロニーをディスポループにより釣菌し、再度イタコン酸由来ポリアミドプレートに画線法で接種し、25℃で静置培養した。得られたコロニーを5mLのMarine Broth 2216培地に接種し、25℃で三日間振とう培養し、終濃度20%となるようにグリセロールを添加し、-80℃で保管した。
【0051】
<分離株の系統分類>
2mLの培養液から微生物細胞を遠心分離(12,000×g、10分)で集め、市販のキットでDNAを抽出し、27F(AGAGTTTGATCMTGGCTCAG:配列番号5)/1492R(GGYTACCTTGTTACGACTT:配列番号6)プライマーセットを用いてPCRを行い、精製したPCR産物の塩基配列をサンガー法により解読した。得られた塩基配列をアセンブルしたコンセンサス配列を用いて国際塩基配列データベース(DDBJ/ENA(EMBL)/GenBank)に対するBLAST相同性検索を行った。
【0052】
<結果>
イタコン酸由来ポリアミドの試験片は、海水中で自然光に一定期間(
図1の例では6時間)暴露することで、表面から水溶化が始まり、試験終了後には原形をとどめないほど変化した(
図1)。この水溶化反応には生物的な反応は必要ではなく、対照区のろ過海水でも水溶化反応が見られた(
図1)。試験後の試験液を質量分析した結果、4量体~10量体に相当する質量にシグナルが観測され、これらを主成分とするオリゴマー状態で溶解していることが確認された(
図2)。ろ過海水、自然海水、および無機塩添加海水で同様の結果であったことから、オリゴマー化には微生物は関与していないと考えられた。また、自然光暴露処理後の試験液の微生物群集構造を調べた結果、Gammaproteobacteria綱に属する微生物種が試験液中で増加していることが確認された(
図3)。
【0053】
BOD試験:イタコン酸由来ポリアミドの添加量に応じて高いBOD値が測定され、イタコン酸由来ポリアミドを添加していない対照区では緩やかなBODの上昇がみられた(
図4)。BOD値から算出される分解率は約50%であった。BOD試験後の溶液を用いて質量分析を行った結果、自然光暴露処理後検出された5量体以上のオリゴマーは消失していた(
図5)。また、BOD試験後の試験液中の微生物群集構造において、Gammaproteobacteria綱のPseudohongiella属近縁種が集積していることが確認された(
図6)。
【0054】
純粋分離:BOD試験後にイタコン酸由来ポリアミドのオリゴマーが分解され、特定の微生物種が微生物群集構造中に集積していることから、試験液をイタコン酸由来ポリアミドプレートに接種して、培養した。培養後、プレート上に複数のコロニーが形成された(
図7)。本培地中の有機栄養塩は水溶化イタコン酸由来ポリアミドのみであり、これらのコロニーを水溶化イタコン酸由来ポリアミド分解能を有する微生物として純化を進めた。16S rDNA解析の結果、分類の異なる2株をイタコン酸ポリアミド分解微生物として特定した。1株は、Gammaproteobacteria綱のMarinobacter hydrocarbonoclasticus ATCC 49840株と99%一致したので、マリノバクター・エスピー(Marinobacter sp.)BN-1株と命名し、グリセロールストックを作製すると共に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託した(受託番号NITE AP-03618)。もう1株は、Alphaproteobacteria綱のSulfitobacter dubius KMM 3554株と99%一致したので、スルフィトバクター・エスピー(Sulfitobacter sp.)BN-2株と命名し、グリセロールストックを作製すると共に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託した(受領番号NITE AP-03611)。
【0055】