(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128590
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤
(51)【国際特許分類】
A23L 33/10 20160101AFI20230907BHJP
A61K 31/7016 20060101ALI20230907BHJP
A61P 1/14 20060101ALI20230907BHJP
A61K 35/747 20150101ALI20230907BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20230907BHJP
C12N 5/0784 20100101ALI20230907BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20230907BHJP
C12P 1/04 20060101ALN20230907BHJP
C12P 19/44 20060101ALN20230907BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
A23L33/10
A61K31/7016
A61P1/14
A61K35/747
A61P37/04
C12N5/0784
A23K10/16
C12P1/04 Z ZNA
C12P19/44
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033026
(22)【出願日】2022-03-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年2月7日に日本農芸化学会2022年度大会(オンライン開催)の大会プログラム(オンライン)に掲載(掲載アドレス:https://jsbba2.bioweb.ne.jp/jsbba2022/index.php?aid=61137&place_num=1)
(71)【出願人】
【識別番号】593141078
【氏名又は名称】株式会社アルソア慧央グループ
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104709
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 誠剛
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 千秋
(72)【発明者】
【氏名】白石 宗
(72)【発明者】
【氏名】横田 伸一
(72)【発明者】
【氏名】山本 憲二
(72)【発明者】
【氏名】邱 泰瑛
(72)【発明者】
【氏名】高橋 知也
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B064
4B065
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
2B150AC06
4B018MD18
4B018MD42
4B018MD86
4B018ME14
4B018MF01
4B018MF13
4B064AF41
4B064CA02
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4B065AC14
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4B065CA41
4B065CA43
4B065CA44
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA06
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086NA14
4C086ZA69
4C086ZB09
4C086ZC61
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC58
4C087CA09
4C087CA15
4C087CA22
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZA69
4C087ZB09
(57)【要約】
【課題】アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属乳酸菌由来のリポテイコ酸が有する新規な性質を明らかにし、これに基づいて新たな用途を提供する。
【解決手段】アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含む腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含む腸管免疫賦活剤。
【請求項2】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌である請求項1に記載の腸管免疫賦活剤。
【請求項3】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株である請求項2に記載の腸管免疫賦活剤。
【請求項4】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項1~3のいずれかに記載の腸管免疫賦活剤。
【請求項5】
アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含むIgA産生促進剤。
【請求項6】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌である請求項5に記載のIgA産生促進剤。
【請求項7】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株である請求項6に記載のIgA産生促進剤。
【請求項8】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項5~7のいずれかに記載のIgA産生促進剤。
【請求項9】
アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含み、樹状細胞においてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)のうち少なくとも一つの因子の発現を促進させる遺伝子発現促進剤。
【請求項10】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)に属する乳酸菌である請求項9に記載の遺伝子発現促進剤。
【請求項11】
前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株である請求項10に記載の遺伝子発現促進剤。
【請求項12】
飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項9~11のいずれかに記載の遺伝子発現促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含む腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、乳酸菌やその発酵生産物が様々な生理機能を有することが知られている。例えば、特許文献1には、ラクトバチルス クンキーに属する乳酸菌が、高いIgA産生促進作用を有することが記載されている。
【0003】
また、本出願人は、野菜黒糖発酵液から単離した乳酸菌であるラクトバチルス コウソイ10H株が、他の乳酸菌とは異なる新規なゲノム構造を有するフラクトフィリックな乳酸菌であること、及び、優れたIgA産生促進作用(ひいては免疫賦活作用)を有することを見出している(特許文献2参照。なお、特許文献2における「ラクトバチルス・コーソイ」は本明細書における「ラクトバチルス コウソイ」と同じものを指している。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-73130号公報
【特許文献2】特開2020-92704号公報
【0005】
ところで、ラクトバチルス属という分類は長く使用されてきたものの、系統の多様性や菌種間で生理的特徴及び生化学的特徴が大きく異なることが以前より指摘されていた。このため、近年、ラクトバチルス属について、ゲノムレベルでの分類の再評価が実施された。例えば、上記したラクトバチルス クンキー及びラクトバチルス コウソイは、再評価後においてはアピラクトバチルス属に再分類され、学名はそれぞれアピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)及びアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)となった。
【0006】
上記したようにアピラクトバチルス属乳酸菌の特定の菌種ではIgA産生促進作用(ひいては免疫賦活作用)を有することは知られているが、これが何に起因するものであるかについては知られていない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、アピラクトバチルス属乳酸菌由来の物質の有する新規な性質を明らかにし、これに基づいて新たな用途を提供することを課題とする。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明者らは、アピラクトバチルス属乳酸菌に含有されている物質のうちリポテイコ酸に着目し、アピラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸の構造が旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸の典型的な構造とは異なること、及び、優れたIgA産生促進作用及び免疫賦活作用を有することを見出して本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下の実施形態を含む。
【0009】
(1)アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含む腸管免疫賦活剤。
(2)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌である(1)に記載の腸管免疫賦活剤。
(3)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株である(2)に記載の腸管免疫賦活剤。
(4)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である(1)~(3)のいずれかに記載の腸管免疫賦活剤。
(5)アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含むIgA産生促進剤。
(6)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌である(5)に記載のIgA産生促進剤。
(7)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株である(6)に記載のIgA産生促進剤。
(8)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である(5)~(7)のいずれかに記載のIgA産生促進剤。
(9)アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を有効成分として含み、樹状細胞においてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)のうち少なくとも一つの因子の発現を促進させる遺伝子発現促進剤。
(10)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)に属する乳酸菌である(9)に記載の遺伝子発現促進剤。
(11)前記アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株である(10)に記載の遺伝子発現促進剤。
(12)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態である請求項9~11のいずれかに記載の遺伝子発現促進剤。
(13)ヒトまたは非ヒト動物における腸管免疫賦活用又はIgA産生促進用の医薬品、飲食品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物を製造するための、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸の使用。
(14)ヒトまたは非ヒト動物における樹状細胞においてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)のうち少なくとも一つの因子の発現を促進させる遺伝子発現促進用の医薬品、飲食品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物を製造するための、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属乳酸菌由来のリポテイコ酸の有する新規な用途として、このリポテイコ酸を含む腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例3におけるリポテイコ酸のIgA産生誘導能を示すグラフである。
【
図2】実施例4におけるアピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸の遺伝子発現解析の結果を示すグラフである。
【
図3】実施例5におけるリポテイコ酸の
1H-NMRスペクトルである。
【
図4】実施例5におけるリポテイコ酸の
1H-NMRスペクトルである。
【
図5】実施例6におけるリポテイコ酸のアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトルである。
【
図6】実施例6におけるリポテイコ酸のアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、本発明の各実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下に説明する各実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、各実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0013】
(I)有効成分のリポテイコ酸
本発明の一実施形態における有効成分は、アピラクトバチルス(Apilactobacillus)属乳酸菌由来のリポテイコ酸である。好ましくは、アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌である。また、一層好ましくは、アピラクトバチルス属乳酸菌がアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株である。
【0014】
アピラクトバチルス属乳酸菌としては、アピラクトバチルス コウソイ、アピラクトバチルス クンキー及びアピラクトバチルス アピノーラムの他に、アピラクトバチルス ミシェネリー(Apilactobacillus micheneri)、アピラクトバチルス オゼンシス(Apilactobacillus ozensis)、アピラクトバチルス ケヌイー(Apilactobacillus quenuiae)及びアピラクトバチルス ティンバーレーキー(Apilactobacillus timberlakei)が知られている。
【0015】
アピラクトバチルス属乳酸菌は、旧ラクトバチルス属乳酸菌の中でもラクトバチルス クンキーグループと呼ばれていた一群の乳酸菌である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、グラム陽性、桿状、ヘテロ発酵性の性質を有し、一般的に1537℃の範囲で増殖し、多くはpH3.0未満の酸性条件でも増殖する。アピラクトバチルス属乳酸菌のゲノムサイズは1.42~1.58Mbp程度であり、比較的小さい。DNA中のG+C含量は30.5~36.4の範囲内である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、フルクトースをマンニトールに変換する。また、通常、フルクトース、グルコース及びスクロースは代謝できるが、マルトース及びペントースは代謝できない(Zheng et al. A taxonomic note on the genus Lactobacillus:Description of 23 novel genera,emended description of the genus Lactobacillus Beijerinck 1901,and union of Lactobacillaceae and Leuconostocaceae. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 2020;70:2782-2858)。
【0016】
アピラクトバチルス コウソイは、最近発見されたフラクトフィリック乳酸菌(FLAB:Fructophilic lactic acid bacteria)として、従来の乳酸菌から進化した細菌であると考えられる(Filannino et al.“Fructose-rich niches traced the evolution of lactic acid bacteria toward fructophilic species”Critical Reviews in Microbiology、Vol.45、No.1、2019、pp.65-81)。FLABは、花や果物、発酵食品、またフルクトースを主食とする昆虫の消化管など、フルクトースが豊富な環境に生息している。FLABは、グルコースではなくフルクトースを炭素源として好むヘテロ発酵性の乳酸菌であるが、酸素などの電子受容体基質を追加することで、グルコース存在下での生育が促進されるといわれている。アピラクトバチルス コウソイ10H株は、他のFLAB及び乳酸菌に対して、比較的小さなゲノムサイズと低いGC含量を有する(Filannino et al.のFigure3参照)。
【0017】
アピラクトバチルス クンキーは、発酵の遅い葡萄酒(ワイン)から単離された乳酸菌であるが、典型的にはミツバチや花と関連付けられるものである。アピラクトバチルス クンキーJCM16173株はアピラクトバチルス クンキーの基準株であり、YH-15株、ATCC700308株、DSM12361株と同じものである。当該乳酸菌は従来からよく知られているものであるため、詳しい性質については説明を省略する。
【0018】
アピラクトバチルス アピノーラムは、ミツバチの蜜胃から単離された乳酸菌である。アピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株はアピラクトバチルス アピノーラムの基準株であり、Fhon13N株、DSM26257株及びCCUG63287株と同じものである。当該乳酸菌も従来からよく知られているものであるため、詳しい性質については説明を省略する。
【0019】
リポテイコ酸(Lipoteichoic acid、LTA)とは、グラム陽性菌の細胞膜の構成物質である。一般的なリポテイコ酸は、グリセロールリン酸を繰り返し単位とした主鎖(グリセロールリン酸鎖)と、数個の糖及び数残基の脂肪酸を含むアンカー糖脂質とが結合した構造からなる。リポテイコ酸の構造はその由来となる菌によって異なる。リポテイコ酸はグラム陰性菌のリポ多糖(LPS)と比較して研究が進んでおらず、その詳しい構造や生理活性はまだあまり判明していない。
【0020】
(II)IgA産生促進剤及び腸管免疫賦活剤
本明細書において、「IgA産生促進剤」とは、IgA産生細胞を多量に含むパイエル板細胞の培養液に添加して所定期間培養し、培養後の培養液中に分泌された分泌型IgA量が、添加しなかった場合より増加するような、IgA産生誘導能を有するものをいう。本発明のIgA産生促進剤は、以下に詳述するように、飲食品、医薬品、飼料又は有効成分組成物の形態等を含む。IgA産生促進剤は、例えば、ワクチンと共に投与することにより、ワクチン中に含まれる抗原に対応する抗体の産生を増強し、ワクチンの効果を増強することができ、またワクチンの副作用を抑える可能性が高い。すなわち、ワクチンが含む抗原に対する抗体の産生を増強し、防御免疫の誘導を良好にしてワクチンの効果を増強する。
【0021】
本実施形態のIgA産生促進剤をワクチンと共に用いる場合、IgA産生促進剤をワクチン投与の前後に投与して効果を高めるワクチンの効果増強剤として利用することができる。IgA産生促進剤の使用量は、使用したワクチンの種類及び品質、又は接種者の年齢、症状等によって異なるが、例えば、予防のために用いるには、成人1回につき固形分換算で0.01~1g程度が挙げられ、食前30分位に1日3回服用することが望ましい。
【0022】
また、本明細書において「腸管免疫賦活剤」とは、腸管の粘膜上皮におけるIgAの分泌を促進し、宿主の免疫機構を賦活するために有効なものを意味する。本発明の腸管免疫賦活剤は、以下に詳述するように、飲食品、医薬品、飼料又は有効成分組成物の形態等を含む。また、これらの中でも健康食品が好ましく、特に、免疫力が低下した対象者の健康を維持増進するための食品組成物が好ましい。健康食品としての使用時には、食品の味や外観に悪影響を及ぼさない量を用いることが適当である。
【0023】
(III)遺伝子発現促進剤
本明細書において「遺伝子発現促進剤」とは、特定の細胞から特定の因子(遺伝子)の発現を促進するものを意味する。本発明の遺伝子発現促進剤は、以下に詳述するように、飲食品、医薬品、飼料又は有効成分組成物の形態等を含む。本発明の遺伝子発現促進剤は、樹状細胞においてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)のうち少なくとも一つの因子の発現を促進させる遺伝子発現促進剤である。IL(インターロイキン)-6及びIL-10はサイトカインである。また、レチナールデヒドロゲナーゼ2はレチナールを代謝してレチノイン酸にする酵素である。腸内の樹状細胞におけるIL-6、レチノイン酸及びIL-10の合成は、Foxp3+T細胞に働き、B細胞と相互作用する濾胞性Tヘルパー細胞(Tfh cells)へ分化させる。また、腸内の樹状細胞におけるレチノイン酸及びIL-10の合成は、パイエル板胚中心(germinal center)内のB細胞におけるIgAクラススイッチ組み換え及びIgA産生を促進する。また、IL-6が発現している樹状細胞は、IL-6Rシグナル伝達によってB細胞からのIgA産生を増強する。さらに、レチノイン酸はIgA産生B細胞の腸へのホーミングに必要である。このように、樹状細胞におけるIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2の発現は、IgA産生促進と密接に関連する。
【0024】
(IV)飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物
(有効成分組成物)
本実施形態の腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤は、飲食品、医薬品、飼料又はこれらに配合する有効成分組成物の形態で用いることができる。有効成分組成物として用いる場合には、有効成分であるアピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を、乳酸菌から分離された純粋なものをそのまま用いることのみならず、リポテイコ酸を含有する粗精製物あるいは精製物、それらの凍結乾燥物、又は、菌体を酵素や物理的手段を用いて処理した細胞壁画分も用いることができる。
【0025】
本実施形態の有効成分組成物は、適当な可食性担体(食品素材)、製薬上許容される担体等の適宜の配合を経て、後述するような飲食品、医薬品等の形態に調製されることが好ましい。
【0026】
(医薬品)
本実施形態の腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤を医薬品の形態とする場合は、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸と共に製剤学的に許容される適当な製剤担体を用いて医薬組成物の形態に調製されて実用される。当該製剤担体としては、通常この分野で使用される充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤等の希釈剤あるいは賦形剤を例示できる。
【0027】
医薬品の投与単位形態としては、各種の形態が選択できるが、好適には経口投与用製剤が挙げられる。経口投与製剤の代表的なものとしては錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤等が挙げられる。
【0028】
錠剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として例えば乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、リン酸カリウム等の賦形剤;水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤;カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム等の崩壊剤;ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド等の界面活性剤;白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤;第4級アンモニウム塩、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤;グリセリン、デンプン等の保湿剤;デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコールなどの滑沢剤等を使用できる。錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠とすることもできるし、二重錠又は多層錠とすることもできる。
【0029】
丸剤の形態に成形するに際しては、製剤担体として例えばブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤;アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等の結合剤;ラミナラン、カンテン等の崩壊剤等を使用できる。
【0030】
更に、医薬品中には、必要に応じて着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等や他の医薬品を含有させることもできる。
【0031】
本実施形態の医薬品の投与方法には特に制限がなく、製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度等に応じて決定される。また、その投与量は、用法、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度等により適宜選択されるが、通常、上記有効成分組成物が1日当り体重1kg当り約0.5~100mg程度とするのがよい。医薬品は、1日に1~4回に分けてヒトに投与することができる。
【0032】
(飲食品)
本明細書における「飲食品」とは、専ら飲食のために経口的に用いられる形態のもの全てを含み(例えば、飲料も含む)、錠剤等の形態のものであっても、専ら飲食のために用いられる限りにおいては、本明細書における飲食品に含まれる。例えば、感染防御や下痢の予防等をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した、健康食品、健康補助食品、病者用食品、栄養補助食品、あるいは、厚生労働省の定める保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)も、本明細書における飲食品に含まれる。健康食品とは、通常の食品よりも積極的な意味で、保健、健康維持・増進等の目的とした食品を意味する。
【0033】
本実施形態の腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤を飲食品とする場合は、例えば発酵乳、乳酸菌飲料、発酵野菜飲料、発酵果実飲料、発酵豆乳飲料等を挙げることができる。「発酵乳」とは、乳又は乳製品を乳酸菌又は酵母で発酵させた糊状又は液状にしたものをいう。従って該発酵乳には飲料形態と共にヨーグルト形態が包含される。また「乳酸菌飲料」とは、乳又は乳製品を乳酸菌又は酵母で発酵させた糊状又は液状にしたものを主原料としてこれを水に薄めた飲料をいう。
【0034】
他の飲食品形態の例としては、漬物、味噌、発酵茶、パン等の発酵食品、離乳食、粉ミルク、ベビーフード等の乳児用食品、発泡製剤、ガム、グミ、プディング等の菓子類、麺類、カプセル、顆粒、粉末、錠剤等の栄養補助食品等、前記発酵乳及び乳酸菌飲料以外の乳製品等を挙げることができる。
【0035】
本実施形態による飲食品における有効成分組成物の含有量は特に限定されるものではなく、適宜決定できる。腸管免疫賦活、IgA産生促進又は遺伝子発現促進の効果を奏する観点から、それぞれの飲食品の全質量に対して、例えば、0.001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上がより好ましい。一方、飲食品中における有効成分組成物の含有量の上限は特に制限されず、通常は、飲食品の形態に合わせて適宜調整することができる。
【0036】
(飼料)
本実施形態の腸管免疫賦活剤、IgA産生促進剤及び遺伝子発現促進剤を飼料の形態とする場合には、例えば、鶏の非抗生剤投与時期や豚、牛等の離乳期における感染症予防用として、経口投与用製剤形態(水溶液、乳化液、顆粒、粉末、カプセル、錠剤等)とすることができる。
【0037】
[実施例]
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。なお、以下の実施例において、各種成分の添加量等を示す数値の単位%は、特記がない場合には質量%を意味する。
【0038】
[実施例1]乳酸菌の入手と培養
アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸を得るために、アピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株、アピラクトバチルス コウソイ10H株及びアピラクトバチルス クンキーJCM16173株を準備した。また、比較用として、アピラクトバチルス属以外の乳酸菌、ラクチプランチバチルス プランタラム サブスピーシーズ プランタラム(Lactiplantibacillus plantarum subsp. plantarum。以下、単に「ラクチプランチバチルス プランタラム」と記載する。)JCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサス(Lacticaseibacillus rhamnosus)GG株(ATCC53103)も準備した。なお、ラクチプランチバチルス プランタラム サブスピーシーズ プランタラムJCM1149株は基準株である。
【0039】
上記乳酸菌のうち、アピラクトバチルス コウソイ10H株は石川県立大学松▲崎▼研究室保管株を用い、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株(ATCC53103)は米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)から入手したものを用いた他は、国立研究開発法人理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室(JCM)から入手したものを用いた。
【0040】
アピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株及びアピラクトバチルス コウソイ10H株については、フルクトースを10%添加したラクトバチルス用MRSブロスを用いて培養した。アピラクトバチルス クンキーJCM16173株については、トマトジュースを10%、L-システイン塩酸塩を0.05%、それぞれ添加したラクトバチルス用MRSブロスを用いて培養した。比較用の乳酸菌の菌株は、ラクトバチルス用MRSブロス(ディフコラボラトリ社)を用いて培養した。各菌株は30℃にて一晩前培養を行い、その後30℃にて一日本培養を行った。
【0041】
[実施例2]リポテイコ酸の精製
リポテイコ酸の精製は公知の方法(Morath et al.,J.Exp.Med.,193:393-397,2001、及びClaes et al.,Microbial Cell Factories,11:161-168,2012)を参考に実施した。まず、本培養後の乳酸菌細胞を遠心分離で集菌し、0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.7)を加えて懸濁させた。次に、マルチビーズショッカー(登録商標)(安井器械株式会社製)を用いて、0.3mmのジルコニアビーズを用いて氷上で破砕した。破砕時間は1分間とし、これを6回繰り返した。破砕した乳酸菌細胞を一旦-80℃で凍結させた後、親油性の細胞分子を取り除くため、等量のブタノールを加えて2時間攪拌した。これを遠心分離し、水層を回収した後に凍結乾燥させた。凍結乾燥させたサンプルをカラム平衡緩衝液(15%のn-プロパノールを含む0.1M酢酸ナトリウム緩衝液、pH4.7)に溶解させ、30分間の遠心分離により固形分を除去し、octyl-Sepharose 4 Fast Flow column(GEヘルスケア社製)にロードして疎水性クロマトグラフィーを実施した。リポテイコ酸は、0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.7)中におけるn-プロパノールの15%から60%への線形勾配を用いて溶出した。リポテイコ酸を含む画分は、リン酸塩及び糖の含有量を測定することにより同定した。リン酸塩の含有量は、ホスホモリブデン試験により測定した。糖の含有量は、グルコースを標準としたフェノール硫酸法により測定した。また、回収した画分に核酸及びタンパク質が含まれていないことについて、それぞれ260nm及び280nmでのUV吸収を測定することにより確認した。このようにして回収した画分をいったん凍結乾燥させ、10mlのMilli-Q水に懸濁させた後Milli-Q水で透析し、もう一度凍結乾燥させた。リポテイコ酸の純度は、LAL試薬(<0.0001%)(生化学工業株式会社製)を用いてエンドトキシン含有量を測定することにより決定した。
【0042】
[実施例3]IgA産生誘導能の測定
(パイエル板細胞の調製)
6週齢オスBALB/cA マウス(CREA Japanより購入)を、AIN-76 diet(Research Dietsより購入)を基礎飼料として飼育した。AIN-76 dietは20.0%のミルクカゼイン、0.3%のDL-メチオニン、5.0%のコーンオイル、50.0%のスクロース、15.0%のコーンスターチ、5.0%のセルロースパウダー、1.0%のAIN-76ビタミンミックス、3.5%のAIN-76ミネラルミックス及び0.2%の酒石酸水素コリンを含有する混合物である。
【0043】
マウスは日本学術会議が2006年に発行した動物実験の適切な実施に関するガイドラインに従って取り扱われた。マウスを1週間飼育した後炭酸ガスにて安楽死させ、開腹手術により小腸のパイエル板を摘出した。
【0044】
パイエル板は氷温のRPMI1640培地(PSMF)[RPMI1640培地(Gibco BRL)に、100U/mlのペニシリン、100μg/mlのストレプトマイシン、55μmol/lの2-メルカプトエタノール及び10%非働化牛胎児血清(FBS;GibcoBRL)]を満たしたペトリ皿に置き、当該培地で3回洗浄した。その後、25mmol/lのHEPES、5mmol/lのEDTA(pH8.0)及び1mmol/lのジチオスレイトールを加えたRPMI1640培地(PSMF)にて45分、37℃で培養した。パイエル板を再度5mmol/lのEDTA(pH8.0)を含むRPMI1640培地(PSMF)で洗浄した後、400U/mlのタイプIコラゲナーゼ(Sigma)と、30U/mlのDNaseI(タカラバイオ株式会社)とを加えたRPMI1640培地(PSMF)にて50分、37℃で処理した。得られた混合物を40μmのナイロンメッシュで濾過し、RPMI1640培地(PSMF)で2回洗浄し、IgA産生誘導能の測定に用いるパイエル板細胞を取得した。パイエル板細胞の生存率はトリパンブルー染色により確認した。パイエル板細胞の最終濃度が1.25×106cells/mlとなるように調製し、評価に使用した。
【0045】
(IgAの測定)
実施例2で得たリポテイコ酸を、最終的な濃度が50μg/mlとなるようにパイエル板細胞の懸濁液に加え、96-well T-cell activation plate(Becton Dickinson)中で5日間、37℃、5%CO2条件下で共培養した。その後、得られた培養上清中のIgA量を、mouse IgA ELISA kit (Bethyl Laboratories)で測定した。
【0046】
その結果を
図1に示す。なお、
図1においては、最上部にネガティブコントロールである生理食塩水(saline)の結果を配置している。また、
図1における「a」、「b」及び「c」の表示は、異なるアルファベットを付した群ごとに有意差(P<0.05)があることを示す。実験の結果、アピラクトバチルス属乳酸菌、つまり、アピラクトバチルス コウソイ10H株、アピラクトバチルス クンキーJCM16173株及びアピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株に由来するリポテイコ酸においては、他の乳酸菌由来のリポテイコ酸と比較して明確に高いIgA産生誘導能が確認できた。
【0047】
上記の結果より、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸、特にアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)に属する乳酸菌由来のリポテイコ酸、さらに言えば、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株、アピラクトバチルス クンキー(Apilactobacillus kunkeei)JCM16173株又はアピラクトバチルス アピノーラム(Apilactobacillus apinorum)JCM30765株由来のリポテイコ酸は、顕著な効果を有する免疫賦活剤として期待できる。
【0048】
[実施例4]樹状細胞における遺伝子発現解析
(マウス骨髄細胞からの骨髄由来樹状細胞の生成)
骨髄由来樹状細胞は、4週齢メスBALBc/A マウス(CREA Japanより購入)の大腿骨及び脛骨の骨髄細胞から生成したものを用いた。マウスから採取した骨髄細胞を洗浄後、細胞数を1×106cells/mlとして、RPMI1640培地(PSMF)に20ng/mLの濃度となるように顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(PeproTech社製)を加えたものに懸濁させ、37℃、5%CO2条件下で培養した。培養3日目及び5日目に、培地の半分を新しいものに交換した。培養6日目に樹状細胞を含む細胞を収集し、抗CD11cマイクロビーズ(ミルテニーバイオテク社製)で磁気的にラベルし、AutoMACS(ミルテニーバイオテク社製)を用いて常法により樹状細胞を分離した。
【0049】
(遺伝子発現解析)
上記のようにして得られた骨髄由来樹状細胞について、1.0×109cells/ウェル(3ml)でRPMI1640培地(PSMF)を用いて6時間培養を行った。当該培養は、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸を50μg/mlの濃度で含有させたものと、リポテイコ酸を入れなかったもの(コントロール)と、両方について実施した。その後、QuickPrep Total RNA Extraction Kit(GEヘルスケア社製)を用いて骨髄由来樹状細胞から全RNAを単離し、SuperScript(登録商標) III reverse transcription kit(インビトロジェン社製)を用いて全RNAからcDNAを合成した。リアルタイムPCR法は、StepOneリアルタイムPCRシステム(アプライドバイオシステムズ社製)及びPower SYBR(登録商標) Green Master Mix(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて実施した。DNAを増幅するためのプライマーとしては以下のものを用いた。
【0050】
(IL-6増幅用プライマー:bone marrow-derived dendritic cell IL-6 PCR primer)
Forward:5’-AATAGTCCTTCCTACCCCAATTTC-3’(配列番号1)
Reverse:5’-ATTTCAAGATGAATTGGATGGTCT-3’(配列番号2)
(IL-10増幅用プライマー:bone marrow-derived dendritic cell IL-10 PCR primer)
Forward:5’-ATGCAGGACTTTAAGGGTTACTTG-3’(配列番号3)
Reverse:5’-GAATTCAAATGCTCCTTGATTTCT-3’(配列番号4)
(RALDH2増幅用プライマー:bone marrow-derived dendritic cell RALDH2 PCR primer)
Forward:5’-GACTTGTAGCAGCTGTCTTCACT-3’(配列番号5)
Reverse:5’-TCACCCATTTCTCTCCCATTTCC-3’(配列番号6)
【0051】
内在性コントロールとして、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子を用いた。これを増幅するためのプライマーとしては以下のものを用いた。
【0052】
(GAPDH増幅用プライマー:bone marrow-derived dendritic cell GAPDH PCR primer)
Forward:5’-CTACACTGAGGACCAGGTTGTCT-3’(配列番号7)
Reverse:5’-ATTGTCATACCAGGAAATGAGCTT-3’(配列番号8)
【0053】
統計解析は、エクセル統計(株式会社社会情報サービス)を用いて実施した。測定結果は一元配置のANOVAを用いて解析し、DunnettのPost-hoc解析をおこなった。***p<0.001
【0054】
その結果を
図2に示す。
図2における遺伝子発現の度合いは、コントロールの結果とリポテイコ酸を含有させたサンプルとの比率で示している。実験の結果、アピラクトバチルス コウソイ10H株に由来するリポテイコ酸は、骨髄由来樹状細胞についてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)の遺伝子発現を促進する効果があることが確認できた。
【0055】
上記の結果より、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸、特にアピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)に属する乳酸菌由来のリポテイコ酸、さらに言えば、アピラクトバチルス コウソイ(Apilactobacillus kosoi)10H株由来のリポテイコ酸は、樹状細胞においてIL-6、IL-10及びレチナールデヒドロゲナーゼ2(RALDH2)の発現を促進させる遺伝子発現促進剤として期待できる。
【0056】
[実施例5]リポテイコ酸のグリセロールリン酸鎖の解析
リポテイコ酸のグリセロールリン酸鎖(繰り返し構造、ポリマー部位)の解析は、1H-NMRスペクトルを取得することにより実施した。まず、実施例2で得たリポテイコ酸を0.6mlの99.8%D2O(富士フイルム和光純薬株式会社より購入)に溶解させた。1H-NMRスペクトルは、25℃の条件で、500MHzのVarian Unity Inova 500 spectrometer(アジレントテクノロジー社製)を用いて取得した。化学シフトの基準物質としては、3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム-2,2,3,3-d4(富士フイルム和光純薬株式会社より購入)を用いた。
【0057】
その結果を
図3及び
図4に示す。まず、アピラクトバチルス属乳酸菌以外の乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖の構造から説明する。
【0058】
ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸については、過去の論文(Hatano et al. Scavenger receptor for lipoteichoic acid is involved in the potent ability of Lactobacillus plantarum strain L-137 to stimulate production of interleukin-12p40. International Immunopharmacology,25:321-331,2015)を参考に、各ピークを帰属した(
図3(b)参照。)。ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸は、GroPユニット、AlaGroPユニット及びGlcGroPユニットで構成されたグリセロールリン酸鎖を有すると考えられる。
【0059】
ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸についても、過去の論文(Claes et al. Lipoteichoic acid is an important microbe-associated molecular pattern of Lactobacillus rhamnosus GG. Microbial Cell Factories,11:161-168,2012)を参考に、各ピークを帰属した(
図3(c)参照。)。ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株は、GroPユニット及びAlaGroPユニットで構成されたグリセロールリン酸鎖を有すると考えられる。
【0060】
上記したラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖の構造は、旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸として一般的に見られる構造である。
【0061】
一方、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトルは、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトルとは明らかに異なる(
図3(a)参照。)。各ピークの帰属は現在進めている最中であり、過去の報告と
13C-NMR及び二次元NMRの結果(図示せず。)も考慮すると、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸は、おそらくGlcGroPユニットを有しているように考えられる。しかし、他にも不明なピークが多く存在するため、今後も構成分析等によって明らかにしていく予定である。少なくとも、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖は、一般的な構造ではないユニークな構造を有していると考えられる。
【0062】
また、アピラクトバチルス クンキーJCM16173株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトル(
図4(b)参照。)及びアピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトル(
図4(c)参照。)も、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸における
1H-NMRスペクトル(
図4(a)参照。なお、
図4(a)は
図3(a)と同様のものである。)とよく似た結果を示した。このため、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖は、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸におけるグリセロールリン酸鎖とはかなり異なり、かつ、属内である程度共通する構造を有していると考えられる。
【0063】
[実施例6]リポテイコ酸のアンカー糖脂質の解析
リポテイコ酸のアンカー糖脂質の解析は、MALDI-TOF MSスペクトルを取得することにより実施した。
【0064】
(アンカー糖脂質の単離)
まず、PP製のチューブにリポテイコ酸100μgを採取した。次に、48%(w/v)フッ化水素酸を0.1ml添加し、4℃で3時間静置した。フッ化水素酸をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去した後、クロロホルム、メタノール、水をそれぞれ1ml、1ml、0.9ml添加し、よく攪拌した後に遠心分離(20℃、200×g、30秒間)にかけ、下層の有機層を回収した。有機溶媒をドラフト内での窒素ガス吹き付けにより除去し、リポテイコ酸のアンカー糖脂質を得た。
【0065】
(MALDI-TOF MSスペクトルの取得)
アンカー糖脂質をクロロホルム/メタノール(2:1、v/v)100μlに溶解させ、さらにターゲットプレート上で同量のマトリックス剤(0.1%のトリフルオロ酢酸(TFA)を含有する、10mg/mlの2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)の水/メタノール(7:3、v/v)溶液)と混合した。混合物が共結晶化した後、MALDI-TOF質量スペクトルを陽イオンモード、リフレクトロンモードで取得した。質量分析装置としては、TOF/TOF 5800 system(ABサイエックス社製)を用いた。
【0066】
その結果を
図5及び
図6に示す。まず、アピラクトバチルス属乳酸菌以外の乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造から説明する。
【0067】
ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
3DAG、つまり、3糖にジアシルグリセロールが結合している構造であると考えられる(
図5(b)参照。)。また、ピーク強度が弱く背景に隠れているが、AcylHex
3DAGに起因すると考えられるピークも存在する。さらに、Hex
2DAG、つまり、2糖にジアシルグリセロールが結合している構造に起因すると考えられるピーク(956)も存在するが、これもピーク強度が弱く、確実に存在しているとまでは言えないと考えられる。
【0068】
ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
3DAGであると考えられる(
図5(c)参照。)。AcylHex
3DAGに起因すると考えられるピークについては1本(1368)のみしか見られず、ピークも弱いため、ラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質はAcylHex
3DAGを有していない可能性がある。Hex
2DAGに起因すると考えられるピークについては、ラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株の場合と同様に存在するが(942,956)、やはりピーク強度が弱い。
【0069】
いずれにしても、上記したラクチプランチバチルス プランタラムJCM1149株及びラクチカゼイバチルス ラムノーサスGG株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造はHex3DAGであると考えられる。3糖のアンカー糖脂質は旧ラクトバチルス属乳酸菌におけるリポテイコ酸として一般的に見られる構造である。
【0070】
一方、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の主要な構造は、Hex
2DAG(942,956,982)であると考えられる(
図5(a)参照。)。2糖のアンカー糖脂質は、乳酸菌の中では、エンテロコッカス(Enterococcus)属乳酸菌、ラクトコッカス(Lactococcus)属乳酸菌及びロイコノストック(Leuconostock)属乳酸菌由来のリポテイコ酸において一般的に見られる構造である。一方、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸で一般的に見られるのは、3糖又は4糖のアンカー糖脂質である。しかし、アピラクトバチルス属乳酸菌は旧ラクトバチルス属に属するにもかかわらず、リポテイコ酸におけるアンカー糖脂質は主に2糖であることが確認できた。また、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質は、多くの旧ラクトバチルス属乳酸菌やラクトコッカス属乳酸菌由来のリポテイコ酸に共通して見られる、3残基の脂肪酸が結合したアンカー糖脂質も有していない。このため、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質の構造には、これまでに明らかになっている代表的な乳酸菌に共通するアンカー糖脂質の構造とは大きく異なるという特徴が見られる。
【0071】
また、アピラクトバチルス クンキーJCM16173株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトル(
図6(b)参照。)及びアピラクトバチルス アピノーラムJCM30765株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトル(
図6(c)参照。)も、アピラクトバチルス コウソイ10H株由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質のMALDI-TOF MSスペクトル(
図6(a)参照。なお、
図6(a)は
図5(a)と同様のものである。)と、Hex
2DAGを主要な構造としているという点で類似した結果を示した。このため、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質も、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸におけるアンカー糖脂質とはかなり異なり、かつ、属内である程度共通する構造を有していると考えられる。
【0072】
上記実施例5、6により、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸は、旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸とは全体的に異なる構造を有していることが判明した。アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸と旧ラクトバチルス属乳酸菌由来の一般的なリポテイコ酸との構造の違いは、アピラクトバチルス属乳酸菌由来のリポテイコ酸が高いIgA産生誘導能を示すことに関連していると考えられる。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2022-06-08
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0015
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0015】
アピラクトバチルス属乳酸菌は、旧ラクトバチルス属乳酸菌の中でもラクトバチルス クンキーグループと呼ばれていた一群の乳酸菌である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、グラム陽性、桿状、ヘテロ発酵性の性質を有し、一般的に15~37℃の範囲で増殖し、多くはpH3.0未満の酸性条件でも増殖する。アピラクトバチルス属乳酸菌のゲノムサイズは1.42~1.58Mbp程度であり、比較的小さい。DNA中のG+C含量は30.5~36.4の範囲内である。アピラクトバチルス属乳酸菌は、フルクトースをマンニトールに変換する。また、通常、フルクトース、グルコース及びスクロースは代謝できるが、マルトース及びペントースは代謝できない(Zheng et al. A taxonomic note on the genus Lactobacillus:Description of 23 novel genera,emended description of the genus Lactobacillus Beijerinck 1901,and union of Lactobacillaceae and Leuconostocaceae. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 2020;70:2782-2858)。