(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128827
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】耐火断熱膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 24/08 20060101AFI20230907BHJP
C23C 18/12 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
C23C24/08 C
C23C18/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033456
(22)【出願日】2022-03-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (A)令和3年3月8日に、日本セラミックス協会 2021年年会 予稿集 3K25にて公開 (B)令和3年3月25日に、日本セラミックス協会 2021年年会にて公開 (C)令和3年8月26日に、第82回応用物理学会秋季学術講演会 予稿集 12p-N203-12にて公開 (D)令和3年9月12日に、第82回応用物理学会秋季学術講演会にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】小松 啓志
(72)【発明者】
【氏名】徐 若暉
(72)【発明者】
【氏名】林 峰啓
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 治
(72)【発明者】
【氏名】中村 淳
【テーマコード(参考)】
4K022
4K044
【Fターム(参考)】
4K022AA49
4K022BA15
4K022BA27
4K022DA06
4K022DB07
4K044BA12
4K044BB01
4K044CA04
4K044CA07
4K044CA11
4K044CA23
4K044CA24
4K044CA27
4K044CA29
(57)【要約】
【課題】本発明は、比較的安価で耐火断熱性に優れる耐火断熱膜、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る耐火断熱膜は、酸化マグネシウムを含み、気孔率が50%以上であることを特徴とする。本発明に係る耐火断熱膜の製造方法は、前記耐火断熱膜が、酸化マグネシウムを含み、且つその気孔率が50%以上であり、マグネシウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し基材に当てる工程を含むことを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マグネシウムを含み、気孔率が50%以上であることを特徴とする耐火断熱膜。
【請求項2】
前記気孔率が70%以下である請求項1に記載の耐火断熱膜。
【請求項3】
平均厚さが20μm以上、100μm以下である請求項1または2に記載の耐火断熱膜。
【請求項4】
耐火断熱膜を製造するための方法であって、
前記耐火断熱膜が、酸化マグネシウムを含み、且つその気孔率が50%以上であり、
マグネシウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し基材に当てる工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤の分子量が200以下である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤の価数が2である請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤がヒドロキシエチルイミノ二酢酸である請求項4~6のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、比較的安価で耐火断熱性に優れる耐火断熱膜、及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的な内燃機関では、燃料の吸気・燃料の圧縮・燃焼・燃料後ガスの排気というサイクルを繰り返し、熱的エネルギーを機械的エネルギーに変換して動力を生み出す。内燃機関の内部、特に燃焼室では燃料の圧縮と燃焼のために高温になり、約3000℃に達することがある。よって、内燃機関を構成する素材には、耐火断熱性の膜が形成されている。
【0003】
例えば特許文献1には、断熱性能が要求されるエンジン部材などの部材として、アルミニウム又はアルミニウム合金からなる基材上にアルマイト層およびセラミック層が順次形成された複層コートアルミニウム基材が開示されている。当該セラミック層を形成する素材としては、アルミナ、ジルコニア、イットリア、カルシア、マグネシア、セリア、及びハフニアが挙げられており、その実施例では、セラミック層材料としてSiO2-TiO2系ガラスが用いられている。
【0004】
また、特許文献2には、イットリア安定化ジルコニアで構成される断熱皮膜系が開示されている。
【0005】
ところで、本発明者らは、半導体製造装置において耐プラズマ性を必要とする部分などの材料として、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料を、非気化性のイットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し酸化ケイ素基材に当てることにより、緻密性および透明性が高く密着性に優れた酸化イットリウム膜を酸化ケイ素基材上の容易に形成できる方法を開発している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-166484号公報
【特許文献2】特開2000-119869号公報
【特許文献3】特開2018-140913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、耐火断熱膜が種々検討されているが、シリカやアルミナは融点が低いため、特に温度が高くなる燃焼室の耐火断熱膜の素材としては適さない。また、実際に実用化されているのは熱伝導率の低いジルコニアやイットリア安定化ジルコニアであるが、ジルコニアやイットリア安定化ジルコニアは比較的高価である。
一方、酸化マグネシウム(マグネシア)には、熱伝導率が高いという問題がある。例えばある技術資料では、400℃におけるジルコニアの熱伝導率が3W/(m・K)であるのに対して、酸化マグネシウムの熱伝導率は15W/(m・K)である。しかし、酸化マグネシウムには比較的安価であるという利点がある。また、マグネシアの比熱容量は298Kにおいて0.879kJ/(kg・K)であり、ジルコニアの比熱容量0.47kJ/(kg・K)やシリカの比熱容量0.75kJ/(kg・K)に比較して高く、加熱により温度が上がりにくいといった有利な特徴を有する。
そこで、本発明は、比較的安価で耐火断熱性に優れる耐火断熱膜、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、内燃機関の耐火断熱膜は、恒常的に加熱されるのではなく、高熱になるのは燃料の燃焼時のみであって、燃料の圧縮時には僅かに加熱されるのみであり、燃料の吸入時とガス排出時には温度がかえって低下するため、熱容量の大きい酸化マグネシウムに着目した。即ち、熱容量の小さいジルコニアなどは、間欠的な加熱では温度の出入りが激しく、燃焼室の温度環境を変えてしまうが、熱容量の大きい酸化マグネシウムは熱され難く且つ冷め難いため、燃焼室の温度環境に影響を与え難いといえる。
また、本発明者らは、空気の熱伝導率は金属酸化物に比べて極端に低いため、酸化マグネシウムの熱伝導率が比較的高いという問題は、膜を多孔質することで解決できるのではと考えた。
更に、本発明者らが開発したキレート剤と溶射ガンを用いた溶射法により、多孔質の酸化マグネシウム膜を容易に形成できることが明らかにされた。即ち、溶射法によりジルコニア膜などを形成する場合には、ジルコニウム等の質量が比較的大きいため、高温の金属酸化物粒子は基材に衝突する際に運動エネルギーにより潰れてしまい、緻密な膜が形成される。一方、マグネシウムの質量は比較的小さいため、マグネシウムキレート粒子のキレート成分が溶射火炎中で熱分解されて除去され、残った酸化マグネシウム粒子が基材に衝突する際にも完全に潰れることはなく、多孔質膜が形成されると考えられる。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] 酸化マグネシウムを含み、気孔率が50%以上であることを特徴とする耐火断熱膜。
[2] 前記気孔率が70%以下である前記[1]に記載の耐火断熱膜。
[3] 平均厚さが20μm以上、100μm以下である前記[1]または[2]に記載の耐火断熱膜。
[4] 耐火断熱膜を製造するための方法であって、
前記耐火断熱膜が、酸化マグネシウムを含み、且つその気孔率が50%以上であり、
マグネシウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し基材に当てる工程を含むことを特徴とする方法。
[5] 前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤の分子量が200以下である前記[4]に記載の方法。
[6] 前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤の価数が2である前記[4]または[5]に記載の方法。
[7] 前記マグネシウムキレート錯体粒子に含まれるキレート剤がヒドロキシエチルイミノ二酢酸である前記[4]~[6]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る耐火断熱膜を構成する酸化マグネシウムは、従来の耐火断熱膜を構成するジルコニアやイットリア安定化ジルコニア等に比べて低コストで製造することができる。また、内燃機関の内部温度は恒常的に高いのではなく、1サイクル中の温度変化が比較的大きいのに対して、酸化マグネシウムは熱容量が比較的大きいため、熱され難く且つ冷め難く、燃焼室の温度環境に影響を与え難いといえる。更に、酸化マグネシウムの熱伝導率は比較的大きいが、本発明に係る耐火断熱膜は多孔質であるために、膜全体の熱伝導率は低く実用レベルである。
また、本発明方法によれば、本発明に係る多孔質の耐火断熱膜を容易に製造することができる。詳しくは、従来の物理蒸着法(PVD法)では、原子または分子の状態の粒子を基材に付着・堆積させるため、多孔質膜を形成することができない。また、金属酸化物スラリーを基材に塗布後、焼成する方法でも、金属酸化物結晶粒子が焼成により成長して互いに焼結するため、膜は緻密質なものとなる。それに対して本発明方法では、マグネシウムの原子量は比較的低く、酸化マグネシウムの分子量も比較的小さくその運動エネルギーは小さいため、熱流体により酸化マグネシウム粒子が基材に衝突しても潰れ難く、その結果、形成される膜は多孔質なものとなる。
よって本発明は、比較的安価で耐火断熱性に優れる耐火断熱膜を基材上に容易に形成可能な技術として、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】フレーム溶射法で使用される溶射ガンの一例を示し、溶射ガンの断面図を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る耐火断熱膜は、酸化マグネシウム(MgO)を含み、気孔率が50%以上である。
【0013】
本発明に係る耐火断熱膜は、酸化マグネシウムを含み、また、耐火断熱膜の特性を向上させる目的で、マグネシウム以外の金属元素を添加してもよい。例えば、積み重なった酸化マグネシウム粒子同士の接着強度を向上させる目的で、酸化マグネシウムの融点を下げるアルミニウム等の金属元素を意図的添加することも可能である。また、本発明に係る耐火断熱膜は、気孔を有する以外、実質的に酸化マグネシウムのみから構成してもよい。実質的に酸化マグネシウムのみからなるとは、耐火断熱膜が、不可避的不純物や不可避的混入物以外、酸化マグネシウムで構成されていることをいう。不可避的不純物や不可避的混入物としては、加熱分解しきれず残留したキレート剤由来の有機成分が考えられる。
【0014】
酸化マグネシウムは、熱容量が比較的大きいため、熱され難く且つ冷め難く、燃焼室の温度環境に影響を与え難いといえる。よって、酸化マグネシウムは、間欠的に加熱される内燃機関の内側膜の素材として非常に適している。また、酸化マグネシウムは、その融点が3250℃と高いため、耐火性に優れているといえる。
【0015】
本発明に係る耐火断熱膜の気孔率は50%以上である。本発明に係る耐火断熱膜を構成する酸化マグネシウムの熱伝導率は比較的高いが、高い気孔率のため、耐火断熱膜の熱伝導率は低いものとなる。
【0016】
前記気孔率は、常法により求めることができる。例えば、耐火断熱膜の体積と質量を測定してかさ密度を算出し、当該かさ密度と酸化マグネシウムの理論密度3.58g/cm3との比率から気孔の体積を算出し、全体積に占める気孔体積の割合として気孔率を求めることができる。
【0017】
前記気孔率は50%以上であり、55%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。空気の熱伝導率は非常に低いため、前記気孔率が高いほど耐火断熱膜の熱伝導率は低くなる。一方、気孔率が高くなるほど耐火断熱膜の強度は低下するので、前記気孔率としては80%以下が好ましく、75%以下がより好ましく、70%以下がより更に好ましい。なお、内燃機関の内側面のうち、摺動部など部品同士が接触する部位以外の部位であれば、多少強度の低い耐火断熱膜であっても形成することは可能である。
【0018】
本発明に係る耐火断熱膜の平均厚さは、特に制限されないが、20μm以上、500μm以下が好ましい。当該厚さが20μm以上であれば、断熱性能がより確実に発揮され得、500μm以下であれば、過剰な厚さによるひび割れや剥離がより確実に抑制され得る。当該厚さとしては、40μm以下がより好ましく、30μm以下がより更に好ましく、また、400μm以下または200μm以下がより好ましく、100μm以下、70μm以下または50μm以下がより更に好ましい。
【0019】
耐火断熱膜の平均厚さは、常法により測定することができる。例えば、耐火断熱膜の断面を電子顕微鏡で撮影し、写真の4か所以上で厚さを測定し、平均値を算出すればよい。その他、膜厚計を用いたり、上記の実測法と膜厚計での測定を併用してもよい。
【0020】
本発明に係る耐火断熱膜は、特に制限されないが、例えば溶射法により製造することができる。より詳しくは、マグネシウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し基材に当てることにより形成することができる。
【0021】
マグネシウムキレート錯体粒子は、マグネシウムとキレート剤とから形成された錯体であって、特に制限なく用いることができる。マグネシウムキレート錯体粒子は、非気化性であることが好ましい。非気化性のマグネシウムキレート錯体粒子であれば、熱流体中に導入した際に、気化する前にキレート剤部分が熱分解する。また、マグネシウムキレート錯体であれば、熱流体中での滞留時間が短くてもキレート剤部分が速やかに熱分解し易い。そして、熱分解後に残るマグネシウム成分は、熱流体中で酸化されて酸化マグネシウムとなり、これが基材の表面に衝突することによって、基材に酸化マグネシウムが堆積し、酸化マグネシウムの皮膜が形成される。そのため、基材上に酸化マグネシウム膜を効率的に形成することができる。この際、マグネシウムの原子量は比較的小さく、基材に衝突する際のエネルギーも小さいため、粒子が潰れ難く、粒子形状が維持されたまま基材に堆積するため、多孔質膜が形成されると考えられる。
【0022】
マグネシウムキレート錯体の分解温度は、当該錯体の沸点よりも低い温度であればよく、例えば250℃以上、400℃以下が好ましい。
【0023】
マグネシウムキレート錯体粒子は、マグネシウム化合物とキレート剤とを反応させることにより得ることができる。具体的には、マグネシウム化合物とキレート剤とを水系溶媒中で反応させてマグネシウムキレート水溶液を得て、この水溶液から溶媒を除去したり、マグネシウムキレート錯体を析出させることによって、固体状のマグネシウムキレート錯体粒子を得ることができる。
【0024】
マグネシウムキレート錯体粒子の原料となるマグネシウム化合物は、水系溶媒中でマグネシウムイオンとなり、キレート剤と錯体を形成するものであれば特に限定されない。マグネシウム化合物としては、例えば、酸化物;水酸化物;塩化物塩や臭化物塩などのハロゲン化物塩;炭酸塩;硝酸塩;硫酸塩などを用いることができる。
【0025】
キレート剤としては、例えば、ジヒドロキシエチルグリシン、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミンジ(o-ヒドロキシフェニル)酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、イミノ二酢酸、メチルグリシン二酢酸、エチレンジアミン二こはく酸、1,3-ジアミノプロパン二こはく酸、グルタミン酸-N,N-二酢酸、アスパラギン酸-N,N-二酢酸、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三プロピオン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、1,2-シクロヘキサンジアミン四酢酸、ジアミノプロパノール四酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ヘキサメチレンジアミン四酢酸、1,3-ジアミノプロパン四酢酸、1,2-ジアミノプロパン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸などのアミノカルボン酸系キレート剤;ヒドロキシエチリデンジホスホン酸などのホスホン酸系キレート剤;ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)やエチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)などのアミノホスホン酸系キレート剤;ホスホノブタントリカルボン酸などのカルボン酸-ホスホン酸系キレート剤;グルコン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸などのヒドロキシカルボン酸系キレート剤などを用いることができる。これらのキレート剤は水溶性であることが好ましい。上記のようなキレート剤を用いれば、非気化性のマグネシウム錯体粒子を得ることが容易になり、また熱流体の温度がそれほど高くなくても、例えば500℃以上の温度で、マグネシウムキレート錯体のキレート剤部分が熱分解して酸化マグネシウムが生成する反応が好適に進行し易くなる。
【0026】
キレート剤としては、アミノカルボン酸系キレート剤が好適に用いられる。アミノカルボン酸系キレート剤は、マグネシウムイオンと容易に結合してマグネシウムキレート錯体を形成し、更にマグネシウムキレート錯体を結晶として単離して高純度化することが容易な点から、好ましく用いられる。また、アミノカルボン酸系キレート剤から得られたマグネシウムキレート錯体は、熱流体中に導入した際に、気化するより前に分解して、酸化マグネシウムに容易に変換され易くなる。
【0027】
キレート剤の分子量としては、200以下が好ましい。マグネシウムの原子量が比較的小さいため、分子量の大きいキレート剤を用いるとマグネシウムキレート錯体粒子におけるマグネシウムの相対量が小さくなり、溶射法により耐火断熱膜が形成され難くなるおそれがあり得るが、分子量が200以下であるキレート剤を用いれば、耐火断熱膜をより良好に形成し易くなる。キレート剤の分子量の下限は特に制限されないが、例えば、100以上とすることができる。
【0028】
また、キレート剤としては、1分子中に2個のカルボキシ基を有する二酢酸化合物など、価数が2であるものが好ましい。例えばキレート剤の価数が3であると、1分子のキレート剤がキレートできるのは1個のマグネシウムイオンであり、1個のアニオンを中和するためにアンモニウムイオン等が使われる。その結果、マグネシウムキレート錯体粒子の親水性が上がり、マグネシウムキレート錯体粒子がべたつくなど溶射ガンへの供給が難しくなるおそれがあり得る。4価のキレート剤も、一般的には1分子あたり2個のマグネシウムイオンをキレートできず、同様にマグネシウムキレート錯体粒子の溶射ガンへの供給が難しくなるおそれがあり得る。それに対して、2価のキレート剤であれば、1分子あたり1個のマグネシウムイオンをキレートし、アンモニウムイオン等を使わなくても電気的に中性のマグネシウムキレート錯体粒子が得られる。
【0029】
マグネシウム化合物とキレート剤との反応条件は、マグネシウムキレート錯体を効率的に得られるように適宜設定すればよい。例えば、マグネシウム化合物とキレート剤の使用量は量論比に基づき適宜設定すればよく、キレート剤に対するマグネシウム化合物のモル比を0.8以上、1.2以下に調整することが好ましい。反応溶液中のマグネシウム化合物とキレート剤の合計濃度は、例えば、5質量%以上、50質量%以下程度とすればよい。反応温度や反応時間も適宜調整することができ、予備実験などにより決定すればよいが、例えば、10℃以上、溶媒の沸点以下で、1分以上、10時間以下程度反応させればよい。
【0030】
マグネシウム化合物とキレート剤との反応の溶媒としては、原料化合物に対する溶解性に優れる水系溶媒が好ましい。水系溶媒とは、水を主成分とし、水、又は水と水混和性有機溶媒との混合溶媒をいう。水混和性有機溶媒とは、水と制限無く混和可能な有機溶媒をいい、例えば、メタノール、エタノール、2-プロパノール等のアルコール溶媒が挙げられる。前記混合溶媒中における水の割合としては、50質量%超が好ましく、60質量%以上、70質量%以上または80質量%以上がより好ましく、90質量%以上、95%以上または98質量%以上がより更に好ましい。
【0031】
反応終了後は、反応液を濃縮したり、使用した水系溶媒と混和可能な貧溶媒を反応液に添加したり、反応液を冷却することによって、マグネシウムキレート錯体粒子を得ることができる。更に、必要に応じて、マグネシウムキレート錯体粒子の濾別、乾燥、洗浄、再結晶などの処理を更に行ってもよい。
【0032】
得られたマグネシウムキレート錯体粒子は粒度調整してもよい。例えば、得られたマグネシウムキレート錯体粒子を、ボールミル、ロッドミル、ハンマーミル等により粉砕することにより、粗大な粒子を細粒化してもよい。また、篩い分け等により、粗大粒子や過剰に細かい粒子などを除去し、粒度分布が狭く粒径の揃った粒子を得るようにしてもよい。マグネシウムキレート錯体粒子は、球形またはそれに近い形状であることが好ましく、アスペクト比が小さい形状であることが好ましい。このときのアスペクト比としては、3以下が好ましく、2以下がより好ましい。アスペクト比は、マグネシウムキレート錯体粒子の顕微鏡写真を撮り、マグネシウムキレート錯体粒子の長軸方向の長さとそれに直交する軸方向の長さの比を測定することで求められる。
【0033】
熱流体中に導入するマグネシウムキレート錯体粒子は、レーザー回折・散乱法により求めた体積基準のメジアン径(D50)が10μm以上であることが好ましく、15μm以上がより好ましく、また150μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましく、80μm以下がより更に好ましい。このようにマグネシウムキレート錯体粒子の粒子径を調整することにより、粒子を搬送するパウダーホース内での閉塞が起こり難くなり、マグネシウムキレート錯体粒子を安定して熱流体中に供給し易くなり、また、熱流体中でのマグネシウムキレート錯体の熱分解反応が好適に進行し易くなる。熱流体中に導入するマグネシウムキレート錯体粒子はある程度粒度が揃っていることが好ましく、粒度分布のばらつきの指標として、体積基準のメジアン径をD50、累積10%径をD10、累積90%径をD90としたときに、(D90-D10)/D50で表される指標(変動係数)が400%以下であることが好ましく、300%以下がより好ましく、250%以下がより更に好ましい。
【0034】
本発明に係る耐火断熱膜の製造方法では、マグネシウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入して基材に当てる。熱流体中に導入されたマグネシウムキレート錯体粒子は、有機成分であるキレート剤成分が熱分解して除去され、熱分解後に残るマグネシウム成分が酸化されて酸化マグネシウムになる。そして、生成した酸化マグネシウムは熱流体により搬送されて基材の表面に衝突することによって、基材上に酸化マグネシウムが堆積し、酸化マグネシウムの皮膜が形成される。
【0035】
熱流体は、マグネシウムキレート錯体の熱分解反応および酸化反応が起こり、酸化マグネシウムが生成するのに必要な温度を有し、基材に向かう流れが形成されるものであれば特に限定されない。熱流体としては燃焼火炎またはプラズマ炎を用いることが好ましく、これによりマグネシウムキレート錯体から酸化マグネシウムを容易に生成することができ、また基材に向かう流れを容易に形成することができる。より簡便に熱流体を形成する点からは、熱流体として燃焼火炎を用いることが好ましく、燃焼火炎としては、可燃性ガスの燃焼により形成されるガス火炎を用いることが好ましい。基材に向かう熱流体の流れは、例えば、可燃性ガス、酸素ガス、空気などの燃焼ガスやプラズマの噴出方向を適宜設定したり、マグネシウムキレート錯体粒子の搬送ガスの流れを適宜設定することにより、適切に制御することができる。
【0036】
熱流体の温度は、マグネシウムキレート錯体を熱分解するのに十分な温度以上であればよく、例えば500℃以上であればよい。熱流体の温度の上限は特に限定されないが、例えば5000℃以下とすることができ、3500℃以下が好ましく、3000℃以下がより好ましい。本発明の製造方法によれば、酸化マグネシウムを溶射材料として用い、これを加熱して溶射する場合と比べて、より低い温度で基材上に酸化マグネシウム膜を形成することができる。
【0037】
熱流体を発生させる方法および装置は、マグネシウムキレート錯体から酸化マグネシウムを生成するのに必要な温度の熱流体を発生できるものであれば特に限定されず、例えば一般に使用されている溶射法や溶射装置の熱流体発生装置を用いることができる。即ち、原料であるマグネシウムキレート錯体粒子を熱流体としての溶射炎の熱エネルギーで熱分解させることができればよく、マグネシウムキレート錯体が熱分解する温度に加熱可能であれば、溶射法や溶射条件は特に限定されない。具体的には、ガスを燃焼させて熱流体としての溶射炎を形成するフレーム溶射法や高速ガスフレーム溶射法、放電によって熱流体としての溶射炎を形成するプラズマ溶射法やアーク溶射法、熱流体としての高速の作動ガスによって溶射するコールドスプレー法などが挙げられるが、中でも低コストでの実施が可能なフレーム溶射法がより好ましい。
【0038】
フレーム溶射法を採用する場合、フレーム(燃焼火炎)の最高到達温度は、アセチレン炎の場合約3200℃であり、水素炎の場合約2700℃であり、マグネシウムキレート錯体を分解させるのに十分な温度、例えば400℃以上である。また、その他の溶射方法のフレームの温度は、高速ガスフレーム溶射で約2700℃、プラズマ溶射で約10000℃といわれており、いずれの溶射方法でもマグネシウムキレート錯体を分解することができる。従って、マグネシウムキレート錯体を溶射原料として用いれば、従来の一般的な溶射方法および溶射条件で、容易にマグネシウムキレート錯体を分解温度まで加熱して、熱分解および酸化させ、酸化マグネシウムを得ることができ、これを熱流体の流れに沿って基材に当てることで基材上に酸化マグネシウム膜を形成することができる。
【0039】
図1には、フレーム溶射法に用いることができる溶射ガンの一例を示した。溶射ガン100は、酸素-可燃性ガスを供給する酸素-可燃性ガス供給路1と、原料であるマグネシウムキレート錯体粒子を搬送する原料搬送ガスを供給する搬送ガス供給路2と、原料であるマグネシウムキレート錯体粒子を供給する原料供給路3と、ノズル4とを有する。原料供給路3から供給された原料は搬送ガスによって噴出されて、円筒状になった溶射炎(フレーム)5に導入される。マグネシウムキレート錯体は溶射炎5中で加熱されて、熱分解および酸化され、酸化マグネシウムが生成する。そして、溶射炎5によって加速された酸化マグネシウム粒子が基材6に衝突して堆積し、酸化マグネシウム膜7が形成される。
【0040】
溶射炎は、基材上の耐火断熱膜を形成すべき箇所に、耐火断熱膜ができるだけ均一に形成されるよう基材上に吹き付けることが好ましい。例えば、基材上、溶射炎を1cm/秒以上、100cm/秒以下程度の速度で移動させることができる。また、溶射炎を基材に複数回吹き付けてもよい。例えば、溶射炎を基材に1往復以上、5往復以下吹き付けてもよい。
【0041】
本発明に係る耐火断熱膜にマグネシウム以外の金属元素を添加する場合には、例えば、マグネシウムキレート錯体粒子に他の金属の錯体粒子や有機酸金属塩を混合して溶射法に供すればよい。或いは、マグネシウムキレート錯体粒子を溶射法に供して得られた酸化マグネシウム多孔質膜に、他の金属元素を含む液体を塗布し、乾燥後、焼成してもよい。かかる他の金属元素を含む液体の濃度や使用量は、酸化マグネシウム多孔質膜の気孔率を必要以上に低減させないよう調整することが好ましい。
【0042】
基剤を構成する素材は、内燃機関など、高熱に晒される装置や部材などを構成するものであり、その表面に耐火断熱膜を形成すべきものであれば特に制限されない。かかる素材としては、例えば、アルミニウム合金や鋳鉄が挙げられる。基材の形状も特に限定されず、平面板状や曲面板状などの板状、管状、筒状、柱状、球状など、用途に応じて適宜選択すればよい。
【0043】
また一般に、セラミックスによる表面コーティングにおいて、基材とコーティング膜との密着性を改善する目的で、基材の表面前処理として、酸やアルカリ等による化学的処理や、レーザー加工、放電加工、ブラスト処理のような表面粗化処理を行う場合がある。本発明においても、素材表面と耐火断熱膜との密着性を向上させるべく、1以上の基材表面前処理を行ってもよい。
【実施例0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0045】
実施例1
(1)マグネシウムキレート錯体粒子の調製
ヒドロキシエチルイミノ二酢酸(HIDA)を水に加え、更に酸化マグネシウムを添加して攪拌混合した。析出した結晶を濾別し、60℃で12時間乾燥することにより、Mg-HIDA錯体粒子を得た。
【0046】
(2)フレーム溶射法による耐火断熱膜の形成
Mg-HIDA錯体粒子を、下記に示す条件で、
図1に模式的に示す溶射ガンの火炎中に導入し、ブラスト加工済の5cm×5cm×厚さ10mmのAl-Mg系アルミニウム合金(A5052)基板と溶射ガンのノズル先端との間隔が130mmの位置から、溶射ガンを平面垂直方向に5cm/分の速度で移動させつつ1回往復させることにより、耐火断熱膜を形成した。
溶射機: 「6P-II」Sulzer Metco社製
原料粉体供給機: 「5MP」Sulzer Metco社製
キャリアガス(O
2)流量: 7.1L/min
燃焼ガス(H
2)流量: 32.5L/min
燃焼ガス(O
2)流量: 43.0L/min
溶射距離: 130mm
原料供給量: 3g/min
【0047】
(3)耐火断熱膜の平均厚さの測定
上記(2)で得たマグネシアコーティング基板を試料切断機(「ファインカットN-7型」平和テクニカ社製)で切断した。切断面をクロスセクションイオンポリッシャー(「SM-09010」日本電子社製)で平面に仕上げて、走査電子顕微鏡(「Hitachi FlexSEM 1000 II」日立社製)で観察した。厚さは、マイクロメータを試料の4か所以上にあてて、その平均を測定する方法と、デジタル膜厚計を用いて測定する方法とを併用して、ダブルチェックで求めた。
その結果、耐火断熱膜の平均厚さは24.3μmであった。
【0048】
(4)耐火断熱膜のかさ密度の測定
上記(3)で求めた平均厚さから耐火断熱膜の体積(5cm×5cm×24.3μm)を算出した。また、耐火断熱膜の質量は、0.0717gであった。体積と質量から耐火断熱膜のかさ密度を求めたところ、1.18g/cm3であった。
【0049】
(5)耐火断熱膜の気孔率の測定
マグネシアの理論密度は3.58g/cm3であることから、上記(4)で求めたかさ密度との比率からコーティング膜中の気孔の体積を算出し、気孔体積が耐火断熱膜体積に占める割合として気孔率を計算したところ、67.0%であった。
【0050】
(6)熱伝導率の測定
回転治具上に、耐火断熱膜側を表側にして、耐火断熱膜を形成したアルミニウム合金基板を固定し、耐火断熱膜上と基板裏側にそれぞれK熱電対を固定した。
回転治具を60rpmの回転速度で回転させつつ、下記に示す条件で、基板と溶射ガンのノズル先端との間隔が130mmの位置から火炎を放射し、耐火断熱膜上と基板裏側の温度を10ms間隔で高速熱電対温度ロガー(「SHTDL4-HiSpeed」シスコム社製)に記録した。
溶射機: 「6P-II」Sulzer Metco社製
燃焼ガス(H2)流量: 32.5L/min
燃焼ガス(O2)流量: 43.0L/min
溶射距離: 130mm
耐火断熱膜上の温度は、火炎放射時に上昇し、火炎が放射されていないときには経時的に低下する。基板裏側の温度も回転治具の回転により同様に周期的に変化するが、温度の変化には耐火断熱膜上と基板裏側とで時間差がある。測定された耐火断熱膜上と基板裏側の温度変化から、下記式により熱伝導率を算出した。また、比較のために、耐火断熱膜を形成していないアルミニウム合金基板自体も同様に測定に付した。また、全体の熱伝導率から基板自体の熱伝導率を除し、耐火断熱膜の熱伝導率を求めた。結果を表1に示す。
φ=(Q/P)×2π
α=(d2×f×π)/φ2
熱伝導率k=α×ρ×c
[式中、φは耐火断熱膜上と基板裏側の温度変化の位相差を示し、Qは耐火断熱膜上と基板裏側の温度変化の時間差(s)を示し、Pは耐火断熱膜上と基板裏側の温度変化の周期(s)を示し、αは熱拡散率(mm2/s)を示し、dは試料の厚さ(mm)を示し、fは頻度(Hz)を示し、ρは試料の密度(g/cm3)を示し、cは試料の比熱[J/(g×K)]を示し、熱伝導度kの単位はW/(m・K)である。]
【0051】
【0052】
表1に示される結果の通り、本発明に係る耐火断熱膜の形成により、熱伝導率は顕著に低減された。
また、本発明に係る耐火断熱膜自体の熱伝導率も非常に低い。例えば、酸化マグネシウム自体の500℃の熱伝導率は17.68W/(m・K)であるが、表1に示されている測定値はそれよりも明らかに低い。その理由としては、本発明に係る耐火断熱膜が多孔質であることによると考えられる。
以上より、本発明に係る耐火断熱膜は、低伝導率であるために、例えば内燃機関などの素材の表面に形成されるものとして非常に優れていることが明らかにされた。