(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128970
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】トランスジェニックマウス
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20230907BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230907BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20230907BHJP
A61K 39/12 20060101ALI20230907BHJP
A61K 39/235 20060101ALI20230907BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20230907BHJP
C12Q 1/70 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
C12N15/12
A61P3/10
A61K39/12
A61K39/235
A61K48/00
C12Q1/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033681
(22)【出願日】2022-03-04
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】永淵 正法
(72)【発明者】
【氏名】三根 敬一朗
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C085
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ10
4B063QR72
4B063QR79
4B063QS38
4B063QS39
4B063QX02
4C084AA13
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZC351
4C084ZC352
4C085AA03
4C085BA51
4C085BA77
4C085EE01
4C085GG01
(57)【要約】
【課題】ヒトコクサッキーB群ウイルス受容体遺伝子を膵β細胞特異的に発現するトランスジェニックマウスを提供する。
【解決手段】トランスジェニックマウスは、膵β細胞にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体をコードするDNAを有し、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵β細胞にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体をコードするDNAを有し、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現していることを特徴とする、
トランスジェニックマウス。
【請求項2】
請求項1に記載のトランスジェニックマウスにおいて、
前記DNAが、マウスインスリンプロモーターの制御下に配置される、
トランスジェニックマウス。
【請求項3】
請求項1または2に記載のトランスジェニックマウスにおいて、
前記ヒトコクサッキーB群ウイルス受容体が、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)、またはヒト崩壊促進因子(DAF)である、
トランスジェニックマウス。
【請求項4】
請求項3に記載のトランスジェニックマウスにおいて、
前記DNAが、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または、
配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して90%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドであって、かつ、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現するタンパク質をコードするポリヌクレオチドから構成される、
トランスジェニックマウス。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載のトランスジェニックマウスにおいて、
ヒトコクサッキーB群ウイルスの感染により糖尿病の病態を示す、
トランスジェニックマウス。
【請求項6】
請求項5に記載のトランスジェニックマウスにおいて、
前記糖尿病が、1型糖尿病、または2型糖尿病である、
トランスジェニックマウス。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載のトランスジェニックマウスを用いた、
糖尿病予防ワクチンの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の糖尿病予防ワクチンの製造方法において、
前記トランスジェニックマウスに候補ウィルスを接種する接種工程と、
前記候補ウィルスを接種されたトランスジェニックマウスの血糖値及び/又はインスリン値の変動に基づいて糖尿病の発症状況を判定する判定工程と、
糖尿病発症と判定された候補ウィルスの接種状況を同定する同定工程と、
前記発症状況および接種状況に基づいて、糖尿病予防ワクチンを製造する製造工程と、
を含む、
糖尿病予防ワクチンの製造方法。
【請求項9】
請求項1~6のいずれかに記載のトランスジェニックマウスを用いた、
糖尿病治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスジェニックマウスに関し、特にウイルス受容体がコードされたトランスジェニックマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病に関して、平成28年 厚生労働省の推計では、日本人の糖尿病患者数が1000万人、予備軍も含めると2000万人にも達すると公表されている。さらに、国際糖尿病連合(IDF)は、2019年世界の糖尿病患者は4億6300万人、2045年には7億人に登ると警鐘を鳴らしている。
【0003】
このように、国内外で糖尿病患者の広がりとその増加は、社会的問題であるばかりでなく、個々人の健康、経済、そして生活の質に関わる重要な課題である。糖尿病は、社会の経済的な進展に伴う生活習慣病として、過食、肥満、運動不足、加齢の影響が大きいと理解されているが、ウイルス感染の重要性も認識されつつある。
【0004】
これまでにウイルスによる糖尿病について、多くの基礎的、臨床的研究が蓄積され、様々なウイルスが糖尿病発症に関与することが知られている。その候補ウイルスとして、コクサッキーB群(CoxB)ウイルス、A型肝炎ウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルス、及びロタウイルス等が挙げられている。さらに、近年、世界を震撼させている新型コロナウイルスも糖尿病発症に関わるとの興味深い報告も相次いでいる。
【0005】
現在、糖尿病原因候補ウイルスの中でもエンテロウイルスに属するコクサッキーB群(CoxB)ウイルスが急性発症糖尿病患者膵島に認められるとの報告が積み重なっている(例えば、非特許文献1,2参照)。
【0006】
また、分離したウイルスが実験的に免疫を脆弱化したマウスに糖尿病を発症させるとの報告が存在している(例えば、非特許文献3,4,5参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jimbo E, Kobayashi T, Takeshita A, Mine K, Nagafuchi S, Fukui T, Yagihashi S. Immunohistochemical detection of enteroviruses in pancreatic tissues of patients with type 1 diabetes using a polyclonal antibody against 2A protease of Coxsackievirus. J Diabetes Investigation published online.
【非特許文献2】Nagafuchi S (Guest Editor).Editorial:Regulation of viral infection in diabetes. Biology 10:529, 2021.
【非特許文献3】Nagafuchi S, Mine K, Takahashi H, Anzai K, Yoshikai Y. Viruses with masked pathogenicity and genetically susceptible hosts. J Med Virol 91:1365-1367,2019 with August Issue Front Cover.
【非特許文献4】Flodstroem M, Maday A, Balakrishna D, Cleary MM, Yoshimura A, Sarvetnick N. Target cell defense prevents the development of diabetes after viral infection. Nat Immunol. 3:373-382, 2002.
【非特許文献5】McCartney SA, Vermi W, Lonardi S, Rossini C, Otero K, Calderon B, Gilfillan S, Diamond MS, Unanue ER, Colonna M. RNA sensor-induced type I IFN prevents diabetes caused by a β cell tropic virus in mice. J Clin Invest. 121:1497-1507, 2011.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献4および5に示されるように、分離したウイルスが実験的に免疫を脆弱化したマウスに糖尿病を発症させるとの報告は存在するものの、決定的な証拠は乏しいのが実情である。
【0009】
その理由としては、病原体の証明法であるコッホの三原則(1.ある一定の病気には一定の微生物が見出されること、2.その微生物を分離できること、3.分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること)を満たすような、ウイルスによる糖尿病誘発性の適切な検定システム(ヒトのウイルス糖尿病発症メカニズムを正確に模倣した動物モデル)が未だ存在していないことが挙げられる。
【0010】
すなわち、コッホの原則では、ある微生物がある疾病の原因であることの証明にヒトの感受性を模倣した動物モデル(例えばマウス)を用いて当該疾病が発症することを根拠とするものの、糖尿病に関しては当該動物モデルが存在しないことからコッホの原則が確認できないという状況である。
【0011】
そもそも、動物モデルとして最も利用されているマウスは、ヒトコクサッキーB群ウイルス(ヒトCoxBウイルス)に対する受容体の発現が乏しいため、ヒトコクサッキーB群ウイルスに対する感染感受性が乏しく、そのままでは、ヒトウイルス糖尿病検証モデルとして利用することができない。
【0012】
このように、糖尿病の発症に関わるウイルスとして有力なヒトコクサッキーB群ウイルス(ヒトCoxBウイルス)を科学的根拠に基づいて特定するためのモデルマウスが切望されているが、現在のところ、そのようなニーズの高いモデルマウスは存在しないという課題がある。
【0013】
本発明は、前記課題を解消するためになされたものであり、ヒトコクサッキーB群ウイルス受容体遺伝子を膵β細胞特異的に発現するトランスジェニックマウスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意研究の結果、上記目的を達成するために、マウスの膵β細胞がヒトコクサッキーB群ウイルスに感染しやすくなるように工夫したトランスジェニックマウスの作出に成功し、本発明を導き出した。
【0015】
かくして、本発明に拠れば、膵β細胞にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体をコードするDNAを有し、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現していることを特徴とする、トランスジェニックマウスが提供される。
【0016】
本発明に係るトランスジェニックマウスは、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現していることから、ヒトコクサッキーB群ウイルスの糖尿病との関連性の研究が効率的に推進されることとなり、糖尿病に関する新規ワクチンや当該マウスをヒトに効果のある薬の検証などを行うモデル動物として利用することにより、新規治療薬の開発に利用できる等の優れた効果が得られる。本発明に拠れば、当該トランスジェニックマウスを用いた糖尿病予防ワクチンの製造方法や糖尿病治療薬のスクリーニング方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係るトランスジェニックマウスについてコクサッキーB群ウイルスに対する受容体(ヒトコクサッキーアデノウイルスレレセプター)hCXADRをコードするDNAの塩基配列を示す。
【
図2】本発明の第1の実施形態に係るトランスジェニックマウスを用いた糖尿病予防ワクチンの製造方法のフロー図を示す。
【
図3】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスの作出に用いるマウスインスリンプロモーター(MIP)を説明する図を示す。
【
図4】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスの作出に用いるMIP を含むpUC 系プラスミドベクターマップの一例を示す。
【
図5】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスの作出に用いるMIP-hCXADR のプラスミドベクターマップの一例を示す。
【
図6】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスの作出に用いるマウス受精卵に注入するウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を説明する図を示す。
【
図7】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスの作出に用いるMIP-hCXADRプラスミドベクターの模式図を示す。
【
図8】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスにおける遺伝子導入した受精卵から生まれたマウスの導入成功のチェック(PCR法)結果を示す。
【
図9】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスにおけるサザンブロット(DNA/DNAハイブリッド法)を用いたコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子導入コピー数の算定結果を示す。
【
図10】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスにおけるヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子の個体ごとの相対的発現レベルを示す。
【
図11】本発明の実施例1に係るトランスジェニックマウスにおけるコクサッキーB4ウイルス感染hCXADR陽性マウス膵島の免疫染色の結果を示す。
【
図12】本発明の実施例2に係るトランスジェニックマウスにおけるヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子の臓器ごとの相対的発現レベルを示す。
【
図13】本発明の実施例2に係るトランスジェニックマウス(ライン5)に対してコクサッキーB4 ウイルスを腹腔内に接種後、7日後の膵島の組織を調べた画像結果を示す。
【
図14】本発明の実施例3に係るトランスジェニックマウスに対してコクサッキーB4ウイルスで攻撃(感染)後の血糖値(mg/dl)の変動結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(第1の実施形態)
本実施形態に係るトランスジェニックマウスは、膵島細胞にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体をコードするDNAを有し、膵β細胞に特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現しているものである。
【0019】
このヒトコクサッキーB群ウイルス受容体は、ヒトコクサッキーウイルスのB群のうち1型、2型、3型、4型、5型、及び6型のいずれでも適用可能である。
【0020】
このヒトコクサッキーB群ウイルス受容体としては、ヒトコクサッキーB群ウイルスの受容体として機能するものであれば特に限定されず、例えば、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(human Coxsackie and Adenovirus receptor (hCXADR(hCAR)))、またはヒト崩壊促進因子(DAF:Decay Acceralating Factor)を用いることができる。この他にもヒトコクサッキーB群ウイルスの受容体として機能するものであれば特に限定されない。
【0021】
なお、このヒトコクサッキーアデノウイルス受容体の略称は、hCXADR(human Coxsackie and Adenovirus receptor)やhCAR(coxsackievirus and adenovirus receptor)が知られており、いずれを用いることも可能であるが、本明細書では、他の医学分野でも使用されているCAR(Chimeric Antigen Receptor)との混同を避けるため、便宜上、国際的にも認められ、一般化されているhCXADR(human Coxsackie and Adenovirus receptor)を使用することとする。すなわち、本明細書においてhCXADR(human Coxsackie and Adenovirus receptor)として示されるヒトコクサッキーアデノウイルス受容体は、hCAR(coxsackievirus and adenovirus receptor)として示されるヒトコクサッキーアデノウイルス受容体と同義である。
【0022】
このヒトコクサッキーB群ウイルス受容体をコードするDNAの導入位置は、マウスインスリンプロモーター(MIP)の制御下に配置することができる。
【0023】
このヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)をコードするDNAとしては、
図1に示すように、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、または、この配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドに対して90%以上の塩基配列同一性を有するポリヌクレオチドである。
図1に示す配列番号2および3は、各々、この3'末端側および5'末端側の塩基配列を示す。
【0024】
このヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)をコードするDNAは、市販品(例えばOriGene社製)を購入して用いることができる。
【0025】
このヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)をマウス膵β細胞特異的に発現させるための遺伝子とし、特に限定はされないが、マウスインスリンプロモーター(MIP)にヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を結合した遺伝子導入のためのベクター(遺伝子担体)を用いることができる。このようなベクターとしては、細菌内で増殖するプラスミドベクターを用いることができる。一例として、pUC 系プラスミドベクター(例えばpTimer-1 Vector:Clontech)を用いることができるが、これに限定されず、各種のプラスミドベクターを用いることができる。なお、マウスインスリンプロモーターの代替としてラットインスリンプロモーター(RIP)を用いることも可能である。
【0026】
このようにして得られたトランスジェニックマウスは、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子がマウス膵島の膵β細胞特異的に表出することが確認されている(後述の実施例参照)。
【0027】
このようにインスリンを産生する膵β細胞にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を表出するトランスジェニックマウスは、これまで知られておらず、新規の糖尿病モデル動物といえる。
【0028】
本実施形態のトランスジェニックマウスの利用対象となる糖尿病は、1型でも2型でも特に限定されず、いずれも発症に対するウイルスの関与が指摘されていることから、1型糖尿病及び2型糖尿病のいずれでも利用可能である。
【0029】
このように、本実施形態のトランスジェニックマウスがウイルス感染により糖尿病の病態を示すことから、本実施形態のトランスジェニックマウスを用いることにより、糖尿病予防ワクチンの製造や、糖尿病治療薬のスクリーニングを行うことが可能となる。
【0030】
例えば、糖尿病予防ワクチンの製造方法の一例としては、
図2に示すように、先ず、前記トランスジェニックマウスに候補ウィルスを接種する(S1:接種工程)。この候補ウイルスとしては、例えば、糖尿病を引き起こす可能性が示唆されているヒトコクサッキーB群(CoxB)ウイルスが挙げられる。
【0031】
次に、前記候補ウィルスを接種されたトランスジェニックマウスの血糖値及び/又はインスリン値の変動に基づいて糖尿病の発症状況を判定する(S2:判定工程)。この発症状況としては、例えば、トランスジェニックマウスの血糖値及び/又はインスリン値が閾値を超えるか否か、及び/又はその変動幅が閾値を超えるか否か、を基準に判断することが可能である。
【0032】
次に、糖尿病発症と判定された候補ウィルスの接種状況を同定する(S3:同定工程)。この接種状況としては、トランスジェニックマウスに接種された候補ウィルスの接種量、接種濃度、接種時間間隔等が総合的に考慮されて判断される。
【0033】
前記発症状況および接種状況に基づいて、糖尿病予防ワクチンを製造する(S4:製造工程)。この得られた発症状況および接種状況から、糖尿病予防ワクチンに用いるのに必要となる候補ウィルスの諸条件が明らかとなり、最適な糖尿病予防ワクチンの製造が可能となる。
【0034】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)
(トランスジェニックマウスの作製)
【0036】
(1) 配列について
(1-1)マウスインスリンプロモーター(MIP ; Mouse insulin promoter)
図3(a)に示すように、ゲノムDNA、8,469bp、同定済、マウスのインスリンをコードする領域の上流の配列である。転写開始点より上流-8,156bp、下流313bpの計8,469bp の配列であり、翻訳開始点までの5’ノンコーディング領域(Exon1、Intron1、Exon2 のATG 直前まで)を含む。哺乳動物等に対する病原性及び伝達性に関係しない。
マウスインスリンプロモーター(MIP)は、その後続の遺伝子を活性化することが知られている(Hara M, et al. Am J Physiol Endocrinol Metab 2003)。本発明者は、当該MIP遺伝子(旧MIP)を用いて、その機能が働くことを確認している(Izumi K, Mine K, Nagafuchi S, et al. Nat Commun 2015)。
この
図3(a)に示すMIP の構成は、これまで使用していた旧MIP に比べ+139~+313 までを付加したものであり、プロモーター領域(-8.156)およびExon1、Intron1、Exon2 の+313(ATG直前)までを含むものである。そのため、本明細書では、これまで使用していた旧MIPに対して、新たなより活性の高いマウスインスリンプロモーターをMIPと表記して明確に区別する。
このように遺伝子の範囲を延長することで、そのMIPの機能をより詳細に検討したところ、
図3(b)に示すように、新たな活性の高いマウスインスリンプロモーターMIPは、旧MIPよりもさらにその活性が上昇している(P<0.05)ことが確認された。
【0037】
(1-2)ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR;Human Coxsackie virus and Adenovirus Receptor)cDNA、1.1kb、同定済(NM_001338.3、OriGene製)、コクサッキーウイルスとアデノウイルスのレセプターをコードする配列である(
図1)。
【0038】
(2)ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子のクローニング
購入した市販品(OriGene製)のヒトcoxsackie virus and adenovirus receptor (hCXADR) cDNA[SC108081: Human coxsackie virus and adenovirus receptor (hCXADR), transcript variant 1, NM_001338.3]を用いて、hCXADR 遺伝子のタンパク質をコードしている領域をPCR法で増幅し、
図4に示すようにMIP を含むpUC 系プラスミドベクター(MIP のみが挿入されたプラスミドベクター)(pTimer-1 Vector:Clontech)のDsRed1-E5 配列と置換する形でクローニングした。MIP-hCXADRのクローニングに用いるプラスミドDNA (pUC 系)は Escherichia coli (腸内細菌科大腸菌属、クラス1) に由来し、伝達性における供与核酸の交換や持ち出しの可能性はない。プラスミドとは、細菌の中で自己増殖する遺伝子であり、各種の遺伝子を増やすために用いられる遺伝子である。
【0039】
図4中の字句の説明
MIP: mouse insulin promoter
DsRed1-E5
MCS: multiple cloning site
SV40 poly A+: SV40 early poly A signals
f1 ori P: f1 origin of replication
P: Promoter for Kanr
SV40 ori: SV40 origin of replication
PSV40: SV40 early promoter and enhancer
Kanr/Neor: kanamycin/neomycin resistance gene
HSV TK poly A+: Herpes simplex virus thymidine kinase polyadenylation signals
pUC ori: origin of replication
【0040】
上記の
図4に示すMIPを含むpUC 系プラスミドベクターのマップに示すように、蛍光タイマータンパク質DsRed1-E5 をコードする配列の上流にあるマルチクローニングサイトに、プロモーターあるいはプロモーター/エンハンサー配列を挿入し、プロモーターからの転写をモニターした。このMIPを含むpUC系プラスミドベクターは、カナマイシン/ネオマイシン耐性遺伝子、HSV TKpolyA、DsRed1-E5、SV40 polyA シグナル、f1 オリジン、SV40 プロモーターおよびSV40 オリジンを有しており、上述の
図3に示したMIPをマルチクローニングサイトに挿入したものである。
【0041】
MIP-hCXADR遺伝子をプラスミドに導入し、プラスミドを増殖させることにより目的の遺伝子を増やすことができる。増えたMIP-hCXADR遺伝子を取り出して次のステップに利用可能となる。
図5のMIP-hCXADRのプラスミドベクターマップに示すように、上記
図4で示したDsRed1-E5 部分を制限酵素AgeINotIで切断し,hCXADR cDNA を挿入した。この
図5に示すように、マウスインスリンプロモーター(MIP)の制御下でヒトコクサッキーアデノウイルス受容体遺伝子(hCXADR)を発現できるMIP-hCXADR-SV40 polyA シグナル配列を持つプラスミドベクター(MIP-hCXADRプラスミドベクター)を作成した(P1 レベル)。
【0042】
図5中の字句の説明
MIP: mouse insulin promoter
hCXADR: human coxsackie and adenovirus receptor
MCS: multiple cloning site
SV40 poly A+: SV40 early poly A signals
f1 ori P: f1 origin of replication
P: Promoter for Kanr
SV40 ori: SV40 origin of replication
PSV40: SV40 early promoter and enhancer
Kanr/Neor: kanamycin/neomycin resistance gene
HSV TK poly A+: Herpes simplex virus thymidine kinase polyadenylation signals
pUC ori: origin of replication
【0043】
(3)トランスジェニックマウス作成
(3-1) ウイルス受容体(hCXADR)遺伝子のマウス受精卵への注入
プラスミドにおけるマウスに導入した当該ウイルス受容体(hCXADR)遺伝子の構造を
図6に示す。
図7では、MIP-hCXADRプラスミドベクターの模式図を示しており、MIP-hCXADR遺伝子をプラスミドに導入したMIP-hCXADR遺伝子の制限酵素による切断場所を矢印で示している(ベクター:pTimer-1 Vector:Clontech社:既述)。この制限酵素は、受精卵へインジェクションするためのMIP-hCXADR SV40 polyA シグナルを含む直鎖状DNA 断片を得るために、XhoI とBsaXI を用いた。
図6に示すように、マウス膵β細胞特異的にヒトコクサッキーB群ウイルス受容体を発現させるための遺伝子として、上記
図7で示したMIP-hCXADRプラスミドベクターから制限酵素で切り出したマウスインスリンプロモーター(MIP)にヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)を結合したトランスジーン(
図6)を用いた。
以上、Xhl I, Bsa XI、それぞれの制限酵素が認識する特定の遺伝子配列の場所を切断することにより、マウスに導入する目的のMIP-hCXADR遺伝子を得て、プラスミドDNA 上の MIP とSV40 polyAシグナルの間にhCXADR cDNA を挿入したベクターを作成し、この作成したMIP-hCXADRプラスミドから、MIP-hCXADR-SV40 polyA シグナルを含む直鎖状DNA 断片(トランスジーン)を切出して、受精卵にインジェクションしてトランスジェニックマウスを作成した。
【0044】
(3-2) トランスジェニックマウス作成の経過
トランスジーンを総計690個の受精卵に注入したところ、580個が分割成長を始めた。24匹の仮親のメスマウス移植したところ14匹が妊娠した。出生した産仔マウスは25匹、生存マウスは14匹であった。そのうち遺伝子導入に成功したマウスは4匹であった。1匹のマウスにおける複数の染色体に遺伝子が組み込まれていると、その後の解析が複雑になることから、さらに総計4回の交配(F4)を行った。最終的に、5つのラインの遺伝子組み込み陽性マウスが得られた。
【0045】
(3-3) 遺伝子増幅(PCR)検査によるスクリーニング
次に、遺伝子増幅(PCR)検査によってスクリーニングを行い、生まれたマウスにこの遺伝子が導入されたかどうかを検定し、遺伝子導入が成功したマウスを確認した。
図8に、遺伝子導入した受精卵から生まれたマウスの導入成功のチェック(PCR法)結果を示す。
図8のデータは、特異的な遺伝子増幅法(PCR)により得られた結果であり(MIP-hCXADR PCR 産物、サイズ:2.5kb)、サンプル番号2,3,7,8,14が陽性であることが確認された。
【0046】
(3-4) サザンブロット検定
導入できた遺伝子のコピー数をサザンブロットで検定した。この作出したトランスジェニック(Mouse Insulin Promoter:MIP-hCXADR Tg)マウスにおいて、サザンブロット(DNA/DNAハイブリッド法)を用いて、コクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子導入コピー数を算定した結果を対照コピー数と共に
図9に示す。サザンブロットとは、導入された遺伝子と特異的に結合する標識されたマーカー遺伝子を用いて、その結合の程度により導入された遺伝子の数(コピー数)を検定する方法である。
図9の結果から、得られたトランスジェニックマウスに対してコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子が導入できたことが確認された。
【0047】
また、
図10では、hCXADR遺伝子導入して得られた5つのマウスラインについて、それぞれの膵島におけるhCXADR遺伝子の発現レベルをヒト膵島と比較した結果を示している。
図10では、ヒト膵島を1.0として、それぞれの膵島細胞におけるhCXADR遺伝子の発現レベルを定量的遺伝子増幅法(定量PCR)で検定した結果である。
図10に示すように、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR) 遺伝子について、発現レベルの低い、中等度、高度の3つに区分可能な複数のライン1-5において、マウス膵島に膵β細胞特異的に表出しており、膵島(臓器)特異的に発現していることも確認できた。
【0048】
このように、ヒトにおいて膵島細胞における受容体の発現レベルも、個人差や、何らかの刺激などにより変動する可能性が高いため、発現レベルが低い、中等度、高度の3つの複数のラインを樹立するという目的で、5ラインのトランスジェニックマウス(hCXADR Tg マウス)を取得することができた。
【0049】
以上より、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を膵β細胞特異的に発現するトランスジェニック(Mouse Insulin Promoter:MIP-hCXADR Tg)マウスの作出が確認された。また、ヒトにおける膵島細胞での受容体の発現レベルの変動も考慮して、発現レベルの低い、中等度、高度の3つに区分可能な複数のラインのトランスジェニック(Mouse Insulin Promoter:MIP-hCXADR Tg)マウスも作出できることが確認された。
【0050】
また、インスリンで染色すると膵β細胞が染色することから、マウス膵島の免疫染色を行った。コクサッキーB4ウイルス感染hCXADR陽性マウス膵島の免疫染色の結果を
図11に示す。
図11(a)は、インスリン染色(膵β細胞)の結果であり、
図11(b)は、hCXADR染色(細胞表面表出蛋白)の結果であり、
図11(c)は、2重染色(灰:インスリン、白:hCXADR)の結果である。得られた組織所見から、ウイルス受容体タンパク質(hCXADR)は膵β細胞の表面に出ており、二重染色することでインスリンを作る膵β細胞にhCXADR蛋白が表出していることが確認された。
【0051】
(実施例2)
(マウスの糖尿病の病態の検討)
また、実施例1に係るトランスジェニックマウスに導入されたヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子について、マウスの臓器ごとの相対的発現レベルを測定した結果を
図12に示す。hCXADR遺伝子の導入に成功したマウスにおける遺伝子発現レベルを定量的遺伝子増幅法(定量PCR法)により、臓器別に検定したデータであり、膵島を1.0として相対的な発現レベルを示したものである。得られた結果から、ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子の相対的発現レベルについて、膵島以外の臓器の値そのものはあまりに低く、値そのものにほとんど意味はなく、<0.01と判断可能な無視できる数値となっていたことから、膵島以外の臓器にはほとんど発現していないことが確認された。このように、マウスの心臓、肝臓、脳等の他の臓器・器官と比較して、マウス膵島の膵β細胞に膵島(臓器)特異的に発現していることが確認された。
【0052】
この膵β細胞特異的に高いレベルでヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を発現するマウス(ライン5)にコクサッキーB4 ウイルス(10
7 p.f.u.*)を腹腔内に接種し、接種から7日後の膵島の組織を調べた画像結果を
図13に示す。ヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)を発現しない対照の野生型マウスでは、
図13(a)の結果に示すように、膵島細胞の傷害はほとんど認められなかった。その一方で、膵β細胞特異的に高いレベルでヒトコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子を発現するマウスでは、
図13(b)の結果に示すように、膵島細胞の膨化、変性が起きていて(矢印)、膵島細胞が傷害を受けていることが明らかとなった。(*p.f.u.:plaque forming unit;ウイルス感染価)
【0053】
(実施例3)
(マウスの糖尿病の病態の検討)
コクサッキーB4ウイルスで、上記実施例1で得られたトランスジェニックマウスを攻撃(感染)した後に、このトランスジェニックマウスの血糖値(mg/dl)を感染後14日間測定した結果を
図14に示す。
図14では、hCXADR (Tg+) n=3、hCXADR (Tg-) n=4の各凡例に対して血糖値の平均値±標準誤差を示している。得られた結果から、このトランスジェニックマウスは、コクサッキーB4ウイルスに感染後に、血糖値が有意に上昇したことが確認された。すなわち、上記実施例1で得られたトランスジェニックマウスでは、膵β細胞に表出するウイルス受容体を介して、コクサッキーB4ウイルスによる感染が成立し、このウイルス感染によって膵β細胞が傷害され血糖が上昇することが明らかとなった。
【0054】
以上のように、ヒトのウイルス感染による糖尿病発症に至る機序を優れて模倣することに成功したウイルス糖尿病高感受性マウスが作出された。このマウスを用いて、糖尿病原因ウイルスを高感度に特定することが可能となることが確認された。その結果、医学的、科学的証拠に準拠したウイルス糖尿病予防ワクチン開発につながることにより、ウイルス糖尿病を予防することが可能となる。このようなウイルス糖尿病予防ワクチンとしては、種々の公知の手法により得られるワクチンが適用可能であり、とくに限定されないが、一例を挙げるとすれば、ホルマリン、フェノール、紫外線、又は温熱等を用いた不活化ワクチン、mRNA(messenger RNA)ワクチンやDNAワクチン等の遺伝子ワクチン、及び安全性が高いとされるウイルス様粒子(VLP:virus like particle)ワクチンが適用可能である。このようなウイルス糖尿病予防ワクチン開発が促進される結果、1型及び2型いずれの糖尿病患者の発症率の抑制につながることにより医学のみならず社会的に貢献することが期待できる。
【0055】
なお、上記各実施例に係る研究倫理については、ヒトのコクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)遺伝子をマウスに導入(トランスジェニックマウスの作成)する実験は、文部科学大臣の承認(30受 文科振第555号)が得られており、当該コクサッキーアデノウイルス受容体(hCXADR)陽性マウスは、佐賀大学動物実験施設での飼育、繁殖の承認が得られたものである。
【配列表】