(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023128977
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230907BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20230907BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033691
(22)【出願日】2022-03-04
(71)【出願人】
【識別番号】501366188
【氏名又は名称】株式会社中津山熱処理
(71)【出願人】
【識別番号】592102940
【氏名又は名称】新潟県
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中津山 國雄
(72)【発明者】
【氏名】三浦 一真
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EB02
4K037FB00
4K037FG00
4K037FJ01
4K037FJ02
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037FK01
(57)【要約】
【課題】優れた耐食性及び導電性を有するステンレス鋼材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】mass%で、Crを16%以上30%以下、更にTiを0.03%以上1%以下含有するフェライト系ステンレス鋼材を素材とし、真空下で所定の温度T
1まで加熱する第一の加熱工程と、上記所定の温度T
1に達した後、窒素ガスを導入して窒素ガス雰囲気下で、更に所定の温度T
2まで加熱を続け、該所定の温度T
2で所定時間保持する第二の加熱工程と、更に、急冷する急冷処理工程とを、この順に備える。これにより、オーステナイト相組織を有するとともに、少なくとも表層に、膜状にオーステナイト相及び窒化チタン相が分布した組織を有するステンレス鋼材となり、高温の厳しい腐食環境下における優れた耐食性と、金めっき膜と同等の優れた導電性と、を兼ね備える。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相組織を有するステンレス鋼材であって、
上記ステンレス鋼材の少なくとも表層が、オーステナイト相及び窒化チタン相が分布した組織を有する、ステンレス鋼材。
【請求項2】
上記ステンレス鋼材が、mass%で、Crを16%以上30%以下含み、更にTiを0.03%以上1%以下、Nを0.3%以上1.5%以下、Siを1.0%以下、Mnを1.0%以下、Cを0.1%以下、含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、Ni非含有である組成を有する、請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
上記組成に加えて更に、mass%で、Nb及びAlのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で、0.1%以上1%以下含有する、請求項2に記載のステンレス鋼材。
【請求項4】
上記組成に加えて更に、mass%で、Moを3%以下含有する、請求項2又は3に記載のステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載のステンレス鋼材からなる、ステンレス鋼構造体。
【請求項6】
固体高分子形燃料電池用セパレータである、請求項5に記載のステンレス鋼構造体。
【請求項7】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載のステンレス鋼材の製造方法であって、
Tiを含有するフェライト系ステンレス鋼材を素材とし、真空下で所定の温度T1にまで加熱する第一の加熱工程と、上記所定の温度T1に達した後、窒素ガスを導入して窒素ガス雰囲気下で、更に所定の温度T2まで加熱を続け、該所定の温度T2で所定時間保持する第二の加熱工程と、更に、急冷する急冷処理工程とを、この順に備える、ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項8】
上記真空下が、10―2Pa以下の圧力下である、請求項7に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項9】
上記窒素ガス雰囲気下が、窒素ガス圧力で100Pa以上200kPa以下となる雰囲気下である、請求項7又は8に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項10】
上記急冷が、100℃/min以上の冷却速度で冷却する処理である、請求項7ないし9のいずれか一項に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項11】
上記所定の温度T1が、800℃以上1150℃以下の範囲の温度であり、また、上記所定の温度T2が、1100℃以上1250℃以下の範囲の温度で温度T1<温度T2である、請求項7ないし10のいずれか一項に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項12】
上記Tiを含有するフェライト系ステンレス鋼材が、mass%で、Crを16%以上30%以下含み、更にTiを0.03%以上1%以下、Siを1.0%以下、Mnを1.0%以下、Cを0.1%以下含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、Ni非含有である組成を有する、請求項7ないし11のいずれか一項に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項13】
上記組成に加えて更に、mass%で、Nb及びAlのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で、0.1%以上1%以下含有する、請求項12に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【請求項14】
上記組成に加えて更に、mass%で、Moを3%以下含有する、請求項12又は13に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、固体高分子形燃料電池のセパレータ用として好適な、ステンレス鋼材及びその製造方法に係り、特に耐食性と導電性の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼材は、強度及び加工性において十分に満足できる特性を有しているが、耐食性については改善の余地があった。
ステンレス鋼は表面に不動態皮膜を有することで高い耐食性を有するが、水中に一定以上のCl-イオン(塩素イオン)が含まれている場合、不動態皮膜が局部的に破壊され、条件により、孔食、すきま腐食、応力腐食割れといった局部腐食が発生する。局部腐食はステンレス鋼に特有な腐食現象であり、耐食性はステンレス鋼の鋼種により異なる。一般にオーステナイト系ステンレス鋼材は、一定レベルの耐食性を有するが、腐食環境では前記の腐食が発生する。
窒素はオーステナイト安定化元素であり、ステンレス鋼の耐食性の指標である孔食指数を上げることでも知られており、フェライト系ステンレス鋼に添加することでオーステナイト化されるとともに耐食性の向上が期待される。
このようなことに対し、窒素吸収処理によるステンレス鋼製製品の製造方法が提案されている。
例えば、特許文献1には、所望の形状に加工されたバルク状のフェライトステンレス鋼製製品を、窒素ガスを含む不活性ガスと800℃以上で接触させ、製品全体をオーステナイト化させる又は一部をオーステナイト化させ、フェライトとオーステナイトの2相組織を形成させるステンレス鋼製製品の製造方法が記載されている。特許文献1に記載されたステンレス鋼製製品の製造方法によれば、強度、耐食性において満足できる特性を有するステンレス鋼製製品の加工コストを低く抑えることができるとしている。
【0003】
特許文献2には、質量%で、Cr:18~24%、Mo:0~4%を含むフェライト型ステンレス鋼を素材として用いて、窒素吸収処理を行い、Niを含まないステンレス鋼製製品を製造するステンレス鋼製製品の製造方法が記載されている。特許文献2に記載されたステンレス鋼製製品の製造方法によれば、加工性と耐食性に優れたステンレス鋼製製品が得られるとしている。
【0004】
特許文献3には、ステンレス鋼を基材とする固体高分子形燃料電池のセパレータが記載されている。特許文献3に記載された技術では、基材とするステンレス鋼を、溶製段階でN含有量を高濃度としてオーステナイト系とし、耐酸性を向上させるとともに、Al、Caの適切な複合脱酸による低酸素化と十分な脱硫処理によるS含有量の低下とにより、非金属化合物を低減させた高清浄ステンレス鋼としている。これにより、塑性加工性の向上を図るとともに、固体高分子形燃料電池のセパレータの使用環境に耐える耐食性、耐酸性を兼ね備えることができるとしている。
【0005】
特許文献4には、フェライト系ステンレス鋼からなる基材を、窒素含有雰囲気中で1000℃以上1250℃以下に加熱、保持することで、上記基材の表層部にオーステナイト相を形成する工程と、加熱後の上記基材を1℃/秒以上の冷却速度で冷却する工程と、冷却後の上記基材を、所定形状に加工して容器体を作製する工程と、を有する加熱調理容器の製造方法が記載されている。特許文献4に記載された技術によれば、フェライト系ステンレス鋼からなる基材の表層部に、基材の内層部よりも高耐食性の金属相であるオーステナイト相が形成され、優れた耐食性を有する加熱調理容器になるとしている。
【0006】
特許文献5には、フェライトステンレス鋼を、加熱炉内において、1100~1250℃の窒素ガス雰囲気中で加熱し、該フェライトステンレス鋼に窒素を吸収させた後、窒素が吸収された該材料を急冷して該フェライトステンレス鋼の一部又は全部をオーステナイト化する工程を含むニッケルフリーオーステナイトステンレス鋼の製造方法が記載されている。特許文献5に記載された技術によれば、耐食性及び耐久性の高いステンレス鋼とすることができ、固体高分子形燃料電池のセパレータ用として有効であるとしている。
【0007】
特許文献6、特許文献7及び特許文献8には、質量%で、Cr:20~26%、N:0.6~2.0%を含む組成を有し、表層に導電性と耐食性とを兼ね備えたCr窒化物層が形成され、耐食性、低接触抵抗、優れたプレス加工性を有し、固体高分子形燃料電池用セパレータに加工できるステンレス鋼板が記載されている。特許文献6~8に記載された技術では、質量%で、Cr:20~26%、N:0.1%以下を含む組成のステンレス鋼スラブを熱間圧延及び冷間圧延することによって、薄圧延鋼板とし、該薄圧延鋼板を、窒素を含むガス雰囲気下で焼鈍して冷却し、更に、非酸化性酸を含む溶液で酸洗して、N含有量が0.6~2.0質量%であるステンレス鋼板を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-68115号公報
【特許文献2】特開2006-316338号公報
【特許文献3】特開2008-186601号公報
【特許文献4】特開2010-68886号公報
【特許文献5】特開2012-92413号公報
【特許文献6】特開2020-111805号公報
【特許文献7】特開2020-111806号公報
【特許文献8】国際公開2019-058409号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1~8に記載された技術で製造されたステンレス鋼材では、例えば、JIS G 0578に規定される塩化第二鉄腐食試験において、特に液温の高い厳しい腐食環境下では、孔食が発生し、耐食性が低下することから、更なる耐食性の向上が要望されていた。
そこで、本発明は、高温の厳しい腐食環境下においても使用可能な、優れた耐食性、更には導電性を有するステンレス鋼材及びその製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
まず、上記した目的を達成するため、耐食性に及ぼす、素材組成及び窒素吸収処理条件の影響について鋭意検討した。
その結果、Tiを含有するフェライト系ステンレス鋼材を素材とし、窒素吸収処理により、素材の組織の一部又はすべてをオーステナイト相とするとともに、少なくとも表層は、オーステナイト相及び窒化チタン相が分布した組織を有することにより、耐食性が顕著に向上するとともに、導電性も向上することを知見した。
【0011】
本発明は、かかる知見に基づき、更に検討を加えて完成したものである。すなわち本発明は、オーステナイト相組織を有するステンレス鋼材であって、上記ステンレス鋼材の少なくとも表層は、オーステナイト相及び窒化チタン相が分布した組織を有する、ステンレス鋼材を提供するものである。
【0012】
また本発明は、上記のステンレス鋼材からなるステンレス鋼構造体を提供するものである。
【0013】
更に本発明は、上記のステンレス鋼材の好適な製造方法であって、Tiを含有するフェライト系ステンレス鋼材を素材とし、真空下で所定の温度T1まで加熱する第一の加熱工程と、上記所定の温度T1に達した後、窒素ガスを導入して窒素ガス雰囲気下で、更に所定の温度T2まで加熱を続け、該所定の温度T2で所定時間保持する第二の加熱工程と、更に、急冷する急冷処理工程とを、この順に備える、ステンレス鋼材の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐食性に優れたステンレス鋼材が得られ、特に、JIS G 0578に準拠した塩化第二鉄腐食試験のような、高温の厳しい腐食環境下においても、優れた耐食性を示し、産業上格段の効果を奏する。また、本発明ステンレス鋼材は、金めっき膜と同等の優れた導電性を有しており、本発明ステンレス鋼材からなる構造体として、例えば、固体高分子形燃料電池用セパレータに利用できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明ステンレス鋼材の板厚方向断面の電界放出形走査電子顕微鏡組織写真である。
【
図2】本発明ステンレス鋼材の表層近傍のX線回折結果を示すグラフである。
【
図3】本発明ステンレス鋼材の表層近傍における深さ方向の元素分布を示すグラフである。
【
図4】防食膜の硬さ測定の一例を示すグラフである。
【
図5】本発明において好適な、加熱工程、急冷処理工程の一例を模式的に示すグラフである。
【
図6】実施例で行った塩化第二鉄腐食試験結果を示すグラフである。
【
図7】実施例で用いた接触抵抗測定試験の概略を示す説明図である。
【
図8】各種窒化物の標準生成自由エネルギーΔG
0と温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のステンレス鋼材は、オーステナイト相組織を有するステンレス鋼材である。上記ステンレス鋼材の少なくとも表層は、オーステナイト相(面心立方の結晶構造を有する結晶相)及び窒化チタン相(窒化チタンの結晶構造を有する結晶相)が分布した組織を有することが好ましい。ここでいう「窒化チタン」とはTiNで表される化合物である。表層に分布する結晶相(オーステナイト相、窒化チタン相)は、混在した状態で、表層に好ましくは0.1~15μm、より好ましくは0.1~5μm、更に好ましくは0.1~1μm、一層好ましくは0.1~0.5μm程度の厚さで膜状に分布する(以下、防食膜とも称する)ことが好ましい。
【0017】
本発明のステンレス鋼材の防食膜は、極く表面(表面から0.05μm)にTi、Nが偏在し、しかもその部分にはCr、Feが存在し、更に深くなると、Ti、Nは徐々に減少し、Feが増加し、一方、Crは最表面付近ではやや低いが、それ以降はほぼ一定となる元素の深さ方向プロファイルを有していることが好ましい。
例えば後述する本発明例のステンレス鋼材No.1の結果である
図3に示すとおり、Ti及びNはステンレス鋼材の最表面よりもわずかに深い部分において組成割合が最も高く、表面からの深さが増すにつれて漸減していることが好ましい。ステンレス鋼材の最表面においてはTi及びNの組成割合がCr及びFeよりも高く、Nの組成割合がTiの組成割合よりも高いことが好ましい。
Crはステンレス鋼材の最表面における組成割合が最も低く、表面からの深さが増すにつれて漸増し、表面からの距離がある一定の範囲を超えると一定の組成割合を示すことが好ましい。ステンレス鋼材の最表面においてはCrの組成割合がN、Ti及びFeの組成割合よりも低いことが好ましい。Crの組成割合が一定の値を示してからは、Crの組成割合がFeの組成割合よりも低く、Ti及びNの組成割合よりも高いことが好ましい。
Feはステンレス鋼材の最表面における組成割合が最も低く、表面からの深さが増すにつれて急激に増加することが好ましい。ステンレス鋼材の最表面においてはFeの組成割合がTi及びNの組成割合よりも低く、Crの組成割合よりも高いことが好ましい。Feの組成割合が急激に増加してからは、Feの組成割合がCr、Ti及びNの組成割合よりも高いことが好ましい。
防食膜がこのような元素の深さ方向プロファイルを有することで、厳しい腐食環境における局部腐食性が大幅に向上するとともに、強酸性環境での耐食性の改善という効果が奏される。
防食膜はビッカース硬さ換算で1700HV程度の非常に硬い相となっていることが好ましい。
【0018】
本発明のステンレス鋼材は、上記した組織を有し、mass%で、Crを16%以上30%以下含み、更にTiを0.03%以上1%以下、Nを0.3%以上1.5%以下、Siを1.0%以下、Mnを1.0%以下、Cを0.1%以下、含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、Ni非含有である組成を有することが好ましい。上記した組成に加えて更に、Moを3%以下、あるいはTiに加えて更に、Nb及びAlのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で、0.1%以上1%以下含有してもよい。
本明細書でいう「Ni非含有」とは、Niを意図的に添加することを排除する意味であり、鋼材の製造工程において、不可避的に含有される微量のNi(本発明のステンレス鋼材中0.6%以下)、用いられる原料から除去できずに残留する微量のNi(本発明のステンレス鋼材中0.6%以下)の存在は許容される。
【0019】
次に、本発明のステンレス鋼材の組成限定理由について説明する。以下、組成におけるmass%は、単に%で記す。
Cr:16%以上30%以下
Crは、本発明のステンレス鋼材の素材となるフェライト系ステンレス鋼材に、窒素を確実に吸収させ、鋼材の組織をオーステナイト相とするために、上記した範囲に限定した。上記した範囲を外れると、所望量のNを含有することが難しくなる。好ましくはCrは20%以上24%以下である。
【0020】
N:0.3%以上1.5%以下
Nは、素材であるフェライト系ステンレス鋼材に吸収されて、ステンレス鋼材の組織をフェライト相からオーステナイト相に変化させ、耐食性の向上に寄与する。このような効果を得るためには、0.3%以上の含有を必要とする。N含有量が0.3%未満では、Nが均一に拡散したオーステナイト相を得ることが難しくなる。一方、N含有量の上限は特に限定する必要はないが、1.5%を超える含有は、長時間の窒素吸収処理を必要とし、生産性の低下を招く。このため、Nは0.3%以上1.5%以下の範囲に限定した。好ましくは、Nは0.8%以上1.2%以下である。
【0021】
Ti:0.03%以上1%以下
Tiは、高温で窒素と結合し、表層にチタン窒化物(窒化チタン)を膜状に形成(分布)し、耐食性の向上に寄与する。このような効果を得るためには、0.03%以上含有する必要がある。一方、1%を超えて含有すると、素材であるフェライト系ステンレス鋼材中に余分な窒化物が形成されてしまい、延性が低下する。このため、Tiは0.03%以上1%以下に限定した。好ましくは、Tiは0.3%以上0.4%以下%である。
【0022】
本発明では、上記したTiに加えて更に、Nb、Alのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で0.1%以上1%以下含有してもよい。
Nb及びAlは、Tiと同様に、窒素と結合して窒化物を形成し、一部は表層に分布して耐食性の向上に寄与するため、Tiに加えて更に、Nb及びAlのうちの1種又は2種を含有してもよい。ただし、Ti、Nb及びAlの合計で1%を超えて多量に含有すると素材であるフェライト系ステンレス鋼材中に余分な窒化物が形成されてしまい、延性が低下し、加工性が悪くなる。このため、Tiに加えて更にNb及びAlを含有する場合は、Nb及びAlのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で0.1%以上1%以下に限定することが好ましい。より好ましくは0.2~0.5%である。
【0023】
Mo:3%以下
Moは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには1%以上含有することが望ましいが、3%を超えるまでの多量の含有は、製造コストの高騰を招く。このため、含有する場合は、Moは3%以下に限定することが好ましい。
【0024】
上記した成分以外に、通常、強度増加、延性向上等のために、素材であるフェライト系ステンレス鋼材に含有されているSi、Mn、Cを、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、C:0.1%以下、の範囲で含有できる。上記した成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物としては、P:0.030%以下、S:0.030%以下が許容できる。
【0025】
本発明のステンレス鋼材に含有される元素量のうち、C及びSについては炭素硫黄分析装置を用いて測定することができる。
まず本発明のステンレス鋼材のテストピース(大きさ:5×5cm)から2~3mm角の小片を2~3個採取する。次いで採取した小片を炭素硫黄分析装置(EMIA-920V2、(株)堀場製作所製)のるつぼ内で高周波溶融する。るつぼから発生するガスを赤外線で定量し、ステンレス鋼材に含有されるC及びSの元素量を測定する。
【0026】
また本発明のステンレス鋼材に含有される元素量のうち、C及びS以外のCr、N、Ti、Nb、Al、Mo、Si、Mn、Fe及びPについては、以下の蛍光X線分析装置を用いて測定することができる。
まず本発明のステンレス鋼材から蛍光X線分析装置(S8 TIGER 4kW、ブルカー・エイエックスエス(株)製)の測定用ホルダに入る大きさのテストピースを採取する。次いで標準物質による検量線法によって、テストピースの定量分析を行い、ステンレス鋼材中に含有されるC及びS以外の元素量を測定する。
【0027】
本発明のステンレス鋼材は、Nの拡散という観点から、好ましくは肉厚:1mm以下、更に好ましくは肉厚:0.05~0.8mmの鋼材とすることが好ましい。なお、「鋼材」とは、鋼板、棒鋼、線材等を含むものとする。
【0028】
上記した本発明のステンレス鋼材は、プレス成形加工等の適切な後加工を施され、所定の寸法形状を有する構造体として、例えば固体高分子形燃料電池用セパレータ、あるいは、二次電池や水の電気分解用セパレーター、海洋又は海岸等の腐食環境で使用するプレス加工品等の用途に適用できる。例えば、固体高分子形燃料電池用セパレータとして用いる場合には、板厚:0.2mm以下、好ましくは0.08~0.1mmの本発明のステンレス鋼板(大きさ:300×200mm程度)に、プレス成形加工して所定の深さの溝を形成して所定の寸法形状のセパレータとすることが好ましい。このようなステンレス鋼材の製造方法は後述するが、特に本発明のステンレス鋼材の素材であるフェライト系ステンレス鋼材に窒素を吸収させた後に所定の形状に加工する場合は、加工時のステンレス鋼材の板厚を0.1mm未満とすることが好ましく、0.05~0.08mmとすることがより好ましい。ステンレス鋼材の板厚がこの範囲にあることで、窒素吸収処理によって高い強度と硬さを有するステンレス鋼材であっても、後加工が容易となる。
上述のとおり、防食膜の厚さは、0.1~15μmであることが好ましい。本発明のステンレス鋼材は、窒素吸収によってフェライト相から高耐食のオーステナイト相に変態するとともに耐食性を有する膜を形成する。本発明のステンレス鋼材の耐食性を確保する観点から、得られた防食膜の厚さは、フェライト系ステンレス鋼材の厚さの1/10以上であることが好ましく、例えば板厚が0.1mmの場合は、防食膜の厚さを0.01mm以上とすることが好ましい。防食膜が一定の厚さを有することで、窒素吸収処理を行ったときに腐食の起点となり得る膜状に分布したフェライト相の出現が抑制され、耐食性を確保することが可能となる。
【0029】
以下、本発明のステンレス鋼材の製造方法について説明する。
まず、素材として、Tiを含有するフェライト系ステンレス鋼材を用意する。用意するフェライト系ステンレス鋼材は、mass%で、Crを16%以上30%以下、更にTiを0.03%以上1%以下含み、更にSiを1.0%以下、Mnを1.0%以下、Cを0.1%以下、を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、Ni非含有である組成を有するフェライト系ステンレス鋼材とすることが好ましい。不可避的不純物としては、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.1%以下が許容できる。上記した組成に加えて更に、Moを3%以下、あるいはTiに加えて更に、Nb及びAlのうちの1種又は2種を、Ti、Nb及びAlの合計で、0.1%以上1%以下含有してもよい。このようなフェライト系ステンレス鋼材としては、SUS430LX、SUS430J1L、SUS436L、SUS436J1L、SUS443J1、SUS444、SUS445J1等が挙げられ、特にSUS443J1、SUS445J1が好ましい。
また用意するフェライト系ステンレス鋼材の厚さは、好ましくは0.05~2mm、より好ましくは0.05~0.3mm、更に好ましくは0.05~0.1mmである。
【0030】
次いで、本発明では、上記した組成のTiを含有するフェライト系ステンレス鋼材に、加熱処理及び急冷処理を施す。加熱処理及び急冷処理は、第一の加熱工程と、第二の加熱工程と、急冷処理工程と、をこの順に備える。
【0031】
加熱工程及び急冷処理工程の概略を
図5に示す。
まず、用意した素材に、上記した加熱工程の前に、脱脂・洗浄を行うことが好ましい。そして、脱脂・洗浄を行った素材は、真空加熱装置(真空熱処理炉)内に載置されて、真空吸引され、加熱装置内の酸素、水分等の不純物を除去する。加熱装置内に酸素、水分が残留していると、加熱処理時に、含有するCr、Ti、Nb等の合金元素と反応して酸化皮膜を厚く形成するため、素材であるフェライト系ステンレス鋼中への窒素の拡散が阻害される。そのため、加熱装置内の真空吸引は、例えば窒素ガス置換を挟み、2回程度繰り返して行うことが好ましい。加熱装置内の真空吸引を十分に行った後、第一の加熱工程及び第二の工程からなる加熱処理を施す。
【0032】
第一の加熱工程は、素材に、真空下で所定の温度T1まで加熱する加熱処理を施す工程とする。本明細書でいう「真空下」とは、10―2Pa以下の圧力下とすることが好ましい。また、本明細書でいう「所定の温度T1」は、800℃以上1150℃以下の範囲内の温度とすることが好ましい。なお、室温から所定の温度T1までの昇温速度は、装入された素材が均一に昇温できればよく、特に限定する必要はないが、5℃/min以上20℃/min以下の範囲とすることが好ましい。なお、均一加熱のために、昇温途中で所定の温度に保持する処理を行ってもよい。
【0033】
素材(ステンレス鋼材)を真空下で加熱することで、蒸気圧の高い、Si、Mn、Crは表面から離脱し脱元素現象を起こすが、蒸気圧の低いTiは脱元素しにくく、最表面に残存しやすい。このため、次の第二の加熱工程で導入される窒素ガスと反応して、表層に窒化チタン相が形成しやすくなると考えられる。
参考として、主な窒化物の標準生成自由エネルギーΔG
0について、温度との関係で
図8に示す。ΔG
0の値が低いほど化合物は安定で、窒化物を形成しやすい。TiNがΔG
0が最も低く、安定であり、次いでAlN、その次がNb窒化物、Cr窒化物の順に高くなり、TiN以外の窒化物は生成しにくいことが推察できる。
【0034】
第二の加熱工程は、第一の加熱工程で所定の温度T1に到達した後、窒素ガスを導入し、窒素ガス雰囲気下で、更に所定の温度T2まで加熱を続け、該所定の温度T2で所定時間保持する加熱処理を施す工程とする。窒素ガスの導入は、窒素ガス圧力で100Pa以上200kPa以下の範囲の窒素ガス圧力となるまでとすることが好ましい。導入する窒素ガスは、液体窒素を気化させて生成した窒素ガス(純度:99.999%以上)とすることが好ましい。
【0035】
窒素ガス圧力が100Pa未満では、窒素ガス圧力が低すぎて、表層に所望のチタン窒化物相を形成できない。一方、窒素ガス圧力が200kPaを超えて高くなると、炉内清浄度に影響し、素材(ステンレス鋼材)が不純物ガスを吸着する。このため、窒素ガス雰囲気における窒素ガス圧力は、100Pa以上200kPa以下の範囲に限定することが好ましい。また、「所定の温度T2」は、温度T1<温度T2であることを条件として、温度1100℃以上1250℃の範囲の温度とすることが、窒素の吸収速度、結晶粒粗大化防止の観点から好ましい。より好ましくは1180℃以上1220℃以下である。
【0036】
「所定の温度T2」における保持時間は、対象とするステンレス鋼材の板厚等により適宜決定することが好ましい。窒素ガス雰囲気下で、「所定の温度T2」で保持することにより、素材であるステンレス鋼材は窒素を吸収して、フェライト相からオーステナイト相に変態する。なお、所定の温度T2に到達した後、窒素の拡散を促進するために、窒素ガス圧力を高めることが好ましい。特に、窒素の吸収によって高い強度と硬さを得たステンレス鋼材を製造した後に加工する場合は、保持時間は5分以上20分以下が好ましく、5分以上10分以下がより好ましい。保持時間が上述の範囲にあることで、窒素を吸収したときに得られる防食膜の厚さを薄くし、柔らかさを有するフェライト相を本発明のステンレス鋼材に残すことができるから、後加工が容易となる。
【0037】
次いで、急冷処理工程では、上記した窒素ガス雰囲気下での加熱処理を施した後、急速冷却を行う。急冷処理は、第二の加熱工程で得られたオーステナイト相の組織を室温においても維持するために行う。急冷の冷却速度は100℃/min以上とすることが好ましい。なお、冷却速度が100℃/min未満では、冷却が遅く、オーステナイト相からフェライト相に意図せず変態してしまうから、オーステナイト相組織を安定して室温において維持できない。
急冷処理は、加熱工程後の加熱装置に冷却用ガスを所定の圧力で吹き込み、装置内を循環させ、排出することにより行うことが好ましい。冷却用ガスとしては、各種の不活性ガス、例えば窒素ガスやArガス等の希ガスとすることが好ましい。なお、更に冷却速度を高めるためには、装置内に配設された水冷式冷却管を利用してもよい。
なお、得られたステンレス鋼材の厚さは、窒素の吸収の前後で実質的に変化しない。
【0038】
上記した製造方法で得られた本発明のステンレス鋼材は、用途に応じて適切な後加工が施される。例えば、固体高分子形燃料電池用セパレータとして用いる場合には、プレス成形加工して所定の深さの溝を形成することが好ましい。なお、上記した後加工に代えて、上記した加熱処理等の前に適切な前加工を施し所定形状の構造体としてもよい。
【実施例0039】
以下、実施例に基づき、更に本発明について説明する。
表1に示す組成のフェライト系ステンレス鋼板(SUS445J1、SUS443J1相当材)を素材A~C(板厚:0.1mm、大きさ:80mm×80mm)とし、脱脂・洗浄した後真空加熱装置内に載置した。なお、使用した真空加熱装置には、チャンバ内に複数本の水冷式冷却管を設置している。
【0040】
【0041】
次いで、真空加熱装置内を、圧力:10―2Pa以下になるまで、真空吸引した。この真空吸引を、更に窒素ガス置換を挟み2回繰り返し、装置内の不純物を除去した後、該真空下で、加熱装置内の温度がT1(1100℃)に到達するまで加熱する加熱処理を施した(第一の加熱工程)。なお、昇温速度は10℃/minとした。
【0042】
加熱装置内の温度がT1(1100℃)に到達した時点で、液体窒素を気化させて生成した窒素ガス(純度:99.999%以上)を、加熱装置内に、装置内圧力が窒素ガス圧力で100Paに達するまで、供給し、引き続き、昇温速度:10℃/minで、加熱を継続した(第二の加熱工程)。加熱中、加熱装置内に窒素ガスを流通させて、加熱装置内の圧力を窒素ガス圧力で100Paに維持した。加熱装置内の温度がT2(1200℃)に到達したら、その温度で0.5h保持した。加熱装置内の温度がT2に到達したら、加熱装置内の窒素ガス圧力を90kPaまで高めた。
【0043】
次いで、加熱装置内に冷却用ガスとして窒素ガスを圧入するとともに排出し、かつ加熱装置内に配設された冷却管に冷却水を流入させて、加熱装置内を強制冷却し、素材を急冷する急冷処理を施して、ステンレス鋼材(No.1、No.3、No.4)とした(急冷処理工程)。冷却速度は100℃/min以上であった。得られたステンレス鋼材No.1の厚さは0.1mmであった。ステンレス鋼材No.3の厚さは0.1mmであった。
【0044】
比較として、表1に示す組成の素材No.A(板厚:0.1mm、大きさ:80mm×80mm)を、真空加熱装置内に載置し、加熱装置内を、圧力:10―2Pa以下になるまで、真空吸引した。次いで、加熱装置内に、液体窒素を気化させて生成した窒素ガス(純度:99.999%以上)を、装置内圧力が窒素ガス圧力で0.1MPaになるまで供給した後、加熱を開始した。加熱中、加熱装置内に窒素ガスを流通させて、加熱装置内の圧力を窒素ガス圧力で0.1MPaに維持した。加熱装置内の温度がT2(1200℃)に到達したら、その温度で0.5h保持した。保持後、加熱装置内に冷却用ガスとして窒素ガス(圧力:0.5MPa)を圧入するとともに排出し、かつ加熱装置内に配設された冷却管に冷却水を流入させて、加熱装置内を強制冷却し、素材を急冷し、ステンレス鋼材(No.2:比較例)とした。
【0045】
得られたステンレス鋼材No.1及びNo.3(本発明例)を目視で観察したところ、いずれも、表面全域が均一に黄金色を呈しており、窒化チタン(TiN)相が形成されていることが分かる。なお、本発明の範囲を外れるステンレス鋼材No.2及びNo.4(比較例)では、黄金色を呈さなかった。
まず、得られたステンレス鋼材No.1~No.4について、母材部から試験片を採取し、X線回折装置を用いて以下の方法で組織を解析した。ステンレス鋼材No.1~No.4ではいずれも、オーステナイト相からのピークが確認され、窒素吸収処理により、フェライト相からオーステナイト相組織を有するステンレス鋼材となっていることを確認した。上述したのと同様の方法で、X線回折装置を用いて組織を解析したところ、ステンレス鋼材No.1及びNo.3ではいずれも、窒化チタン相が形成されていることを確認した。
【0046】
〔ステンレス鋼材の組織の解析〕
まず得られたステンレス鋼材No.1~No.4からテストピース(大きさ:2×2cm)を採取した。次いでテストピースをビルドアップ型多機能X線回折装置(RINT-UltrmaIII、(株)リガク製)の治具に固定し、薄膜測定モードで組織を解析した。
【0047】
また、得られたステンレス鋼材No.1~4の素材部分について、成分分析を行った。ステンレス鋼材から試験片を採取し、炭素硫黄分析装置(EMIA-920V2、株式会社堀場製作所製)を用いて炭素(C)を、蛍光X線分析装置(S8 TIGER 4KW、ブルカー・エイエックスエス(株)製)を用い、合金元素及び窒素(N)を、いずれも検量線法により、各元素の割合を測定した。得られた結果を表2に示す。
【0048】
【0049】
得られたステンレス鋼材No.1、No.3(本発明例)、No.2、No.4(比較例)ではいずれも、素材に比べて、N含有量が増加し、1.1mass%までのNを含有している。
【0050】
次いで、得られたステンレス鋼材からイオンミリング(Arイオンビーム)によりダレを抑えて板厚方向断面サンプルを作製し、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM:JSM-7800 Prime、株式会社日本電子製)を用いて観察し、
図1に示すような板厚方向断面の走査型電子顕微鏡組織写真を得た。
図1から、本発明のステンレス鋼材No.1では、最表層に薄い膜状に分布した相(防食膜:厚さ:0.2~0.3μm)を有することが確認できる。また図示していないが、本発明のステンレス鋼材No.3についても同様の結果が得られた。一方、本発明範囲から外れる比較例では、そのような防食膜は観察されなかった。
【0051】
次に、本発明のステンレス鋼材No.1について、グロー放電発光分析装置(GD-OES)を用いて、表面から深さ方向にCr、Fe、Ti、N量を分析し、元素の深さプロファイルを以下の方法で求めた。その結果を
図3に示す。
図3からわかるように、Tiはステンレス鋼材の最表面よりも表面からの深さが約0.02μmの位置において組成割合が最も高い約22mass%を示し、表面からの深さが増すにつれて漸減した。Nはステンレス鋼材の最表面よりも表面からの深さが約0.01μmの位置において組成割合が最も高い約20mass%を示し、表面からの深さが増すにつれて漸減した。またステンレス鋼材の最表面においてはTi及びNの組成割合がCr及びFeよりも高く、Nの組成割合がTiの組成割合よりも高かった。Crはステンレス鋼材の最表面における組成割合が最も低い約4mass%を示し、表面からの深さが増すにつれて漸増し、表面からの深さが約0.05μmの位置を超えると約22mass%という一定の組成割合を示した。またステンレス鋼材の最表面においてはCrの組成割合がN、Ti及びFeの組成割合よりも低かった。Feはステンレス鋼材の最表面において組成割合が最も低い約6mass%を示し、表面からの深さが増すにつれて急激に増加した。ステンレス鋼材の最表面においてはFeの組成割合がTi及びNの組成割合よりも低く、Crの組成割合よりも高かった。Feの組成割合が急激に増加してからは、Feの組成割合がCr、Ti及びNの組成割合よりも高くなり、表面からの深さが0.5μmの位置では約72mass%の組成割合を示した。また図示指していないが、本発明のステンレス鋼材No.3についても同様の結果が得られた。
【0052】
〔ステンレス鋼材の元素の深さプロファイルの測定〕
まず本発明のステンレス鋼材No.1及びNo.2からテストピース(大きさ:2cm×2cm)を採取した。次いでテストピースをマーカス型グロー放電発光分光分析装置(GD-Profiler、(株)堀場製作所製)における測定部のホルダにセットし、グロー放電領域のカソードスパッタリングを行った。Arプラズマ内におけるスパッタされた原子の発光を分光測定し、ステンレス鋼材の元素の深さプロファイルを測定した。
【0053】
次いで、本発明のステンレス鋼材No.1からX線回折用試験片を採取し、X線回折装置を用い、X線を鋭角に入射する薄膜測定モードで、表層に形成された膜状に分布した相について調査した。その結果を
図2に示す。得られた結果(回折パターン)から、オーステナイト(γ)相と、γ相とは明らかに異なる回折ピーク(TiNの回折ピークと一致又はそれに近い回折ピーク)が観察された。これにより、表層に形成された膜状に分布した相は、オーステナイト相と窒化チタン相であることが確認された。また図示していないが、本発明のステンレス鋼材No.3で得られたステンレス鋼材についても同様の結果が得られた。
【0054】
本発明のステンレス鋼材No.1表面部分のEDS分析を行った。その結果、本発明のステンレス鋼材No.1については、EDS分析によって測定されたステンレス鋼材の表面から電子線の到達範囲であるおよそ1μmの深さ方向において、mass%(半定量)で、N:8.9%、Ti:10.1%、Cr:21.6%、Fe:48.8%、Al:3.1%、Nb:1.1%、O:2.7%、C:2.8%、Si:0.9%の値を得た。なお、O及びCはステンレス鋼材最表面に存在する酸化物や汚染された層を反映している可能性がある。また、Alは窒化物等の化合物を形成している可能性があるが、Alの検出量は微量であるから、層状に存在していないものと考える。したがって、Al(化合物)の存在はステンレス鋼材の耐食性や導電性に影響を与えないものと考える。Nb及びSiの検出量はEDS分析の検出限界(1%)に近く、それらがステンレス鋼材中へ含有されていると仮定してもその量は微量であるから、ステンレス鋼材の耐食性や導電性への影響は皆無に近いと考える。
本発明のステンレス鋼材No.3については、mass%(半定量)で、N:11.9%、Ti:13.4%、Cr:31.7%、Fe:37.2%、Si:0.9%の値を得た。なお、Alは検出されているものの、1%以下であり、検出限界以下のため、除外している。
【0055】
サンプル表面部分に含有される元素の組成割合は、以下の方法で測定した。
走査型電子顕微鏡及びエネルギー分散型X線分析(SEM-EDS、(株)日本電子製)装置を用いて、EDS分析を行った。本発明のステンレス鋼材の表面の0.1mm×0.1mm内において、EDS分析を実施した。電子線を照射し、検出される元素の発生する特性X線強度(カウント数)を測定し、元素の持っている固有の特性X線強度からサンプル表面部分に含有される元素の割合を算出した。
【0056】
本発明のステンレス鋼材No.1について、薄膜硬度計(HM500、フィッシャー・インストルメンツ社製)を用いて、表面から圧子を押し込み、
図4に示すように得られた荷重-押し込み深さの関係から塑性硬さ(H
IT)を求めると7345N/mm
2となり、ビッカース硬さに換算すると1762HVとなった。表層で膜状に分布した相は、非常に硬い相であることを確認した。また図示していないが、本発明のステンレス鋼材No.3で得られたステンレス鋼材についても同様の結果が得られた。
【0057】
このようなことから、本発明のステンレス鋼材は、最表層に、結晶相(オーステナイト相と窒化チタン相)が、混在した状態で薄く膜状に分布する組織を有し、しかもピンホール等は形成されず、基材と連続的につながっており、硬さも高く、高い防食性、更に優れた導電性を有することが確認された。
【0058】
次に、本発明のステンレス鋼材の耐食性、導電性について調査した。
(1)耐食性試験(塩化第二鉄腐食試験)
得られたステンレス鋼材No.1(本発明例)、No.2(比較例)から、板状試験片(大きさ:幅20mm×長さ30mm)を採取し、表面を研磨洗浄した後、JIS G 0578の規定に準拠した塩化第二鉄腐食試験を実施し、耐食性を評価した。なお、塩化第二鉄水溶液は、0.05mol/LのHCl水溶液に、FeCl3・6H2Oを溶解することにより調整した。Feの濃度は6%に設定した。
【0059】
表面を研磨洗浄した試験片を、塩化第二鉄水溶液中に、温度:35℃、50℃、65℃、80℃の順にそれぞれ24時間浸漬、すなわち連続96時間浸漬した。そして、試験片の質量測定を、浸漬前、24時間浸漬後、48時間浸漬後、72時間浸漬後、96時間浸漬後にそれぞれ行い、腐食減量を算出した。なお、参考として、フェライト系ステンレス鋼板(SUS445J1)、及び一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板(SUS304及びSUS316)(冷延板)から、上記したのと同様の試験片(素材のまま)を採取し、上記したのと同様の塩化第二鉄腐食試験を実施し、同様に、浸漬後の試験片の質量変化を測定して、腐食減量をそれぞれ算出した。
得られた結果を表3及び
図6に示す。
【0060】
【0061】
本発明例(ステンレス鋼材No.1)は、80℃浸漬においても腐食による質量減少はなく、優れた耐食性を有することが分かる。ステンレス鋼材No.2は、35℃浸漬では腐食を発生しないが、50℃浸漬でわずかに腐食が発生(腐食臨界温度:50℃)し、65℃及び80℃浸漬では若干の腐食が発生している。参考として試験した素材のままの試験片である、No.R1(SUS304)、No.R2(SUS316)、No.R3(SUS445J1)では、35℃浸漬で腐食が発生(腐食臨界温度:35℃)し、水溶液温度の上昇とともに、腐食減量は増加している。また表3及び
図6に示していないが、本発明のステンレス鋼材No.3で得られたステンレス鋼材についても同様の結果が得られた。このような結果から、本発明のステンレス鋼材は、耐食性に優れるSUS304、SUS316のようなオーステナイト系ステンレス鋼材に比べても、優れた耐食性を有していることが分かる。
【0062】
(2)導電性試験
得られたステンレス鋼材No.1(本発明例)から、サンプル(大きさ:10×10mm)を採取し、
図7に概略を示す接触抵抗測定回路を用いて、サンプルとカーボンペーパーとの接触抵抗を4端子法で測定した。参考として、素材Aから、窒素吸収処理を施さない素材のままのサンプル(No.R3)を採取して同様に、サンプルとカーボンペーパーとの接触抵抗を測定した。また、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼板(SUS304;板厚:0.1mm)から同様に、素材のままのサンプル(No.R1)を採取して、サンプルとカーボンペーパーとの接触抵抗を測定した。また、素材A及びSUS304鋼板の表面にそれぞれ金めっきを施したサンプル(No.R1A、No.R3A)を採取して、同様に、サンプルとカーボンペーパーとの接触抵抗を測定した。
【0063】
接触抵抗は、
図7に示すように、バイス底部にロードセルを固定し、その上にステンレス鋼板、Cu板、カーボンペーパー(CP)とサンプル、Cu板、ステンレス鋼板の順に重ねて配置し、サンプルに1MPaの応力を負荷した状態で、ミリオームメータを用いて測定した。なお、
図7に示す測定回路Aでは、ステンレス治具、Cu板、CP、サンプル、CP、Cu板、ステンレス治具の順に重ねて配置し、測定回路Bでは、ステンレス治具、Cu板、CP、CP、CP、Cu板、ステンレス治具の順に重ねて配置し、測定回路Cでは、ステンレス治具、Cu板、CP、CP、Cu板、ステンレス治具の順に重ねて配置した。
【0064】
カーボンペーパー(CP)とサンプルとの接触抵抗値の測定方法は次のとおりとした。
図7に示す測定回路Aにより抵抗RAを、測定回路Bにより抵抗RBを、測定回路Cにより抵抗RCを、それぞれ測定し、これらの抵抗値から次式
R=(RA+RC―2RB)/2
を用いて、サンプルとカーボンペーパー(CP)間の接触抵抗Rとした。
得られた結果を表4に示す。
【0065】
【0066】
窒素吸収処理を施さない素材A(SUS445J1相当材)のままのNo.R3(参考例)や、SUS304の素材のままのNo.R1(参考例)では、サンプルとカーボンペーパー(CP)間の接触抵抗Rは、大凡80mΩであるが、No.1(本発明例)のサンプルとカーボンペーパー(CP)間の接触抵抗Rは、10mΩを下回る低い接触抵抗値を示し、参考のために測定した、金めっきを施した素材A(No.R3A)や金めっきを施したSUS304(No.R1A)に近い接触抵抗値を示している。すなわち、表層に結晶相(オーステナイト相と窒化チタン相)が、混在した状態で薄く膜状に分布する組織を有するステンレス鋼材(本発明例)は、金めっき皮膜とほぼ同等の導電性を有している。また表4に示していないが、本発明のステンレス鋼材No.3で得られたステンレス鋼材についても同様の結果が得られた。
【0067】
このようなことから、本発明のステンレス鋼材は、一般的なオーステナイト系ステンレス鋼材であるSUS304や、フェライト系ステンレス鋼材であるSUS445J1と比較して、耐食性や導電性に優れており、固体高分子形燃料電池のセパレータ用として好適であるといえる。