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  • 特開-鉄クロム合金 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023129111
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】鉄クロム合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230907BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230907BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230907BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D9/46 Q
C21D9/46 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033902
(22)【出願日】2022-03-04
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA11
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF00
4K037FF02
4K037FF03
4K037FF05
4K037FG00
4K037FH00
4K037FH01
4K037FH03
4K037FJ04
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FM02
4K037GA01
4K037HA05
(57)【要約】
【課題】微摺動摩耗による電気抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現する。
【解決手段】鉄クロム合金であって、金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくとも何れかであって導電性を有する析出物を含み、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、圧延方向に直交する断面における、前記析出物の合計面積率が0.3%超8.0%以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくとも何れかであって導電性を有する析出物を含み、
表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、
圧延方向に直交する断面における、前記析出物の合計面積率が0.3%超8.0%以下である、鉄クロム合金。
【請求項2】
質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:3.5%以下、Mo:2.0%以下、N:0.2%以下およびAl:0.001~3.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、請求項1に記載の鉄クロム合金。
【請求項3】
質量%で、Ti:0.05~0.35%、Nb:0.05~0.35%、V:0.05~0.35%、W:0.05~0.35%、Zr:0.05~0.35%およびB:0.0010~0.010%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項2に記載の鉄クロム合金。
【請求項4】
質量%で、Ca:0.0002~0.0030%、Hf:0.001~0.5%、Sb:0.005~0.50%、Co:0.01~0.30%、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.30%、Mg:0.0003~0.0030%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有する、請求項3に記載の鉄クロム合金。
【請求項5】
前記REMは、La:0.1%以下およびCe:0.05%以下の少なくとも何れかを含む、請求項4に記載の鉄クロム合金。
【請求項6】
前記析出物は、Cr、Ti、Nb、V、WまたはMoの、炭化物、ホウ化物または窒化物の少なくとも何れかである、請求項1から5の何れか1項に記載の鉄クロム合金。
【請求項7】
フェライト系、マルテンサイト系またはフェライト-マルテンサイト二相系の組織を有する、請求項1から6の何れか1項に記載の鉄クロム合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄クロム合金に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の輸送機器において、安全装備等の各種電装設備の増加に伴い、電線および接続端子により構成されるワイヤハーネスの使用量が増加している。接続端子は、接続部において所定の接触圧が要求されることから、高強度を有する材料により形成されることが好ましい。
【0003】
接続端子の材料としては、一般的に銅合金が用いられている。近年、銅合金と同等の強度を有しながらより安価であり、かつ、銅合金では困難な磁力による選別も可能となる、ステンレス鋼等の鉄クロム合金の使用が提案されている。ただし、鉄クロム合金は表面に不働態被膜を形成するため耐食性に優れる一方で、一般的には接触抵抗が大きい傾向がある。
【0004】
このような問題に対して、例えば特許文献1には、ステンレス鋼板の表面上にCuめっき層およびSnめっき層を有する自動車用端子が開示されている。特許文献2には、Cuリッチ相の析出により接触抵抗を下げたステンレス鋼板が記載されている。特許文献3には、表面が微細な凹凸状になっている層を備える接続部を備えた端子が開示されている。特許文献4には、導電性を有する炭化物系金属介在物およびホウ化物系金属介在物のうちの1種以上が分散、露出するステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-183144号公報
【特許文献2】特開平11-266607号公報
【特許文献3】特開2015-220145号公報
【特許文献4】特開平11-208278号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車等の輸送機器は、振動によって接続端子の接続部に微摺動摩耗が生じやすい。特許文献1に記載のめっき層は、微摺動摩耗により消耗してしまう場合がある。特許文献2の開示のようにCuリッチ相を析出させると、微摺動摩耗によってCuリッチ相を含む微粉が生じる。当該微粉は酸化することで、接触抵抗が増大する原因となる。特許文献3に開示された端子は、接続部表面の凹凸について製造上の管理が難しく、製造コストに改善の余地がある。
【0007】
また、特許文献4には、炭化物系金属介在物およびホウ化物系金属介在物の含有量について何ら開示されていない。また、特許文献4には微摺動摩耗の課題についても一切言及がない。そのため、微摺動摩耗によって接触抵抗が増大することを防止するために、ステンレス鋼がどの程度の炭化物系金属介在物およびホウ化物系金属介在物を含有すればよいか不明である。
【0008】
本発明の一態様は、微摺動摩耗による接触抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくとも何れかであって導電性を有する析出物を含み、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下であり、圧延方向に直交する断面における、前記析出物の合計面積率が0.3%超8.0%以下である。
【0010】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:3.5%以下、Mo:2.0%以下、N:0.2%以下およびAl:0.001~3.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものであってもよい。
【0011】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、Ti:0.05~0.35%、Nb:0.05~0.35%、V:0.05~0.35%、W:0.05~0.35%、Zr:0.05~0.35%およびB:0.0010~0.010%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0012】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、質量%で、Ca:0.0002~0.0030%、Hf:0.001~0.5%、Sb:0.005~0.50%、Co:0.01~0.30%、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.30%、Mg:0.0003~0.0030%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0013】
前記REMは、La:0.1%以下およびCe:0.05%以下の少なくとも何れかを含んでいてもよい。
【0014】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、前記析出物は、Cr、Ti、Nb、V、WまたはMoの、炭化物、ホウ化物または窒化物の少なくとも何れかであってもよい。
【0015】
本発明の一態様に係る鉄クロム合金は、フェライト系、マルテンサイト系またはフェライト-マルテンサイト二相系の組織を有していてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様によれば、微摺動摩耗による接触抵抗の増大が生じにくい鉄クロム合金を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施例に係る鉄クロム合金のL断面に含まれる析出物の光学顕微鏡像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、本発明は以下の各実施形態または各実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書において「A~B」は、A以上B以下であることを示している。
【0019】
本発明の一実施形態に係る鉄クロム合金(以下、単に「鉄クロム合金」と称する場合がある)は、合金中のCrに由来する不働態被膜を表面に形成する合金鋼を意図する。鉄クロム合金としては、例えば、Cr含有量が10.5質量%以上であるステンレス鋼が挙げられるが、これに限定されず、Cr含有量は10.5質量%未満の合金鋼であってもよい。また、鉄クロム合金の形状は特に限定されず、例えば、鋼板、鋼帯、鋼管または条鋼であってよい。
【0020】
〔析出物〕
鉄クロム合金は、金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくとも何れかであって、導電性を有する析出物(以下、単に「析出物」と称する場合がある)を含む。ここで、析出物が「導電性を有する」とは、析出物の電気抵抗値が、少なくとも鉄クロム合金の表面に形成される不働態被膜よりも低ければよい。また、析出物の電気抵抗値は、例えば、鉄クロム合金の基地と同程度であることがより好ましい。例えば、析出物が、金属炭化物の一例である炭化チタン(TiC)である場合、電気抵抗値は約61×10-6Ω・cmとなり、一般的なステンレス鋼の基地における電気抵抗値と同等であり、好ましい。
【0021】
金属炭化物は、例えば、M23型、MC型、MC型およびMC型(Mは金属元素を示す)の金属炭化物であってよい。金属炭化物としては、例えば、周期表4~6属に属する遷移金属の炭化物であることが好ましい。このような金属炭化物としては、Cr、Ti、Nb、V、WまたはMoの炭化物であることが好ましいが、これに限定されない。
【0022】
金属ホウ化物は、例えば、MB型(Mは金属元素を示す)の金属ホウ化物であってよい。金属ホウ化物としては、例えば、周期表4~6属に属する遷移金属のホウ化物であることが好ましい。このような金属ホウ化物としては、Cr、Ti、Nb、V、WまたはMoのホウ化物であることが好ましいが、これに限定されない。
【0023】
金属窒化物は、例えば、周期表4~6属に属する遷移金属の窒化物であることが好ましい。このような金属窒化物としては、Cr、Ti、Nb、V、WまたはMoの窒化物であることが好ましいが、これに限定されない。
【0024】
鉄クロム合金は、析出物として単一種類の金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくともいずれかを含んでいてもよく、複数種類の金属炭化物、金属ホウ化物および/または金属窒化物を含んでいてもよい。
【0025】
鉄クロム合金は、圧延方向に直交する断面における析出物の合計面積率が0.3%超8.0%以下である。合計面積率とは、鉄クロム合金の前記断面における各析出物の面積率の合計を示す。
【0026】
析出物の合計面積率が0.3%以下である場合、鉄クロム合金の表面および表面近傍に存在する析出物が不足する。そのため、鉄クロム合金における接触抵抗の向上に、導電性を有する析出物が十分に機能しない。一方、合計面積率が8.0%を超える量の析出物を析出させようとすると、鉄クロム合金に添加するCまたはBの量と、TiまたはNb等の金属元素の量とが増大してしまう。これにより、鉄クロム合金の曲げ加工性低下を招来すると共に、製造コストも増大する。
【0027】
なお、圧延方向に直交する断面とは、圧延方向に直交し、かつ平行な断面(L断面)であってもよく、圧延方向に直交し、かつ直角な断面(T断面)であってもよく、圧延方向に直交している限りにおいてその他の断面であってもよい。
【0028】
このような鉄クロム合金の表面には、導電性を有する析出物が所定量存在する。当該析出物は、鉄クロム合金の表面に形成される不働態被膜よりも電気伝導率が大きいため、鉄クロム合金の表面と、当該表面に接触した導体との間で流れる電気の通り道として機能する。
【0029】
また、上述のような鉄クロム合金は、自動車等の輸送機器が備える、微摺動摩耗が生じやすい接続端子にも好適に利用できる。鉄クロム合金の鋼中には、表面と同様に所定量の析出物が析出している。そのため、鉄クロム合金の表面に微摺動摩耗が生じた場合でも、鋼中の析出物が順次、微摺動摩耗が生じた部位に露出する。したがって、接続端子を鉄クロム合金により構成すれば、微摺動摩耗が生じた接続部においても析出物が電気の通り道として機能できるため、接触抵抗の増大が生じにくい。
【0030】
なお、鉄クロム合金は、微摺動摩耗に限られず、例えば抜き差しが頻繁に行われるような接続端子であっても、摩耗による接続部の接触抵抗の増大が生じにくい。そのため、鉄クロム合金は種々の接続端子に好適に利用可能である。
【0031】
このような鉄クロム合金によれば、例えば接触抵抗の低減のためにめっき処理を行う必要がなく、省原料化および製造工程の省エネルギー化が可能となる。また、銅合金等では不可能な磁力選鉱によってスクラップの分別が可能となり、金属のリサイクルが容易となる。これにより、持続可能な開発目標(SDGs)の、目標12「つくる責任つかう責任」等の達成に貢献できる。
【0032】
〔表面粗さ〕
鉄クロム合金は、表面における、Ra(算術平均粗さ)×RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の値が550以下である。Ra(算術平均粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は、JIS B0601:2013の定義に準拠するものである。
【0033】
鉄クロム合金の表面が過剰に粗くなり、表面の凹凸が増加すると、鉄クロム合金と導体との接触点の数が極端に少なくなり、接触圧による負荷が少ない接触点に集中してしまう。これにより、鉄クロム合金に微摺動摩耗が生じた場合に、摩耗粉(表面が削れて生じた粉)が生成しやすくなる。酸化した摩耗粉は、鉄クロム合金の接触抵抗を上昇させる原因となる。
【0034】
ここで本発明者らは、Ra(算術平均粗さ)だけでなく、RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)にも着目した。Ra(算術平均粗さ)は、表面の凹凸における、表面に対して垂直な方向の大きさを示し、RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は平行な方向の大きさを示す。摩耗粉は、表面の凹凸がいずれの方向に大きくても生成しやすいといえるため、これら両方のパラメータを調整することで、摩耗粉の発生量を効果的に低減できる。このように、本発明者らは、鉄クロム合金の表面粗さについて、摩耗粉の発生の観点からは、Ra(算術平均粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)の両方により評価することが好ましいことを見出した。
【0035】
鉄クロム合金の表面が、Ra×RSm≦550の範囲内であれば、摩耗粉の過剰な生成を防止できるため、摩耗粉による接触抵抗の上昇を防止できる。
【0036】
〔成分組成〕
鉄クロム合金は、質量%で、C:0.01~0.5%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:0.01~5.0%、Cr:4.0~25.0%、Cu:3.5%以下、Mo:2.0%以下、N:0.1%以下およびAl:0.001~3.5%以下を含有してよい。また、鉄クロム合金の残部は、Fe(鉄)および不可避的不純物からなるものであってよい。以下、鉄クロム合金に含まれる各元素について説明する。
【0037】
(C)
C(炭素)は、高い固溶強化作用を有し、また鉄クロム合金の高強度化にも有効である。一方、Cの過剰添加は、鉄クロム合金の加工性および耐食性の低下を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上0.5質量%以下のCを含有していてよい。Cの含有量は、0.15質量%以下であることが好ましい。
【0038】
(Si)
Si(ケイ素)は、脱酸剤として有効であり、また固溶強化作用を有する元素である。一方、Siの過剰添加は加工性および靱性の低下の原因となる。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上2.0質量%以下のSiを含有していてよく、0.2質量%以上1.5質量%以下のSiを含有することが好ましい。
【0039】
(Mn)
Mn(マンガン)は、鉄クロム合金の高強度化に有効な元素である。一方、Mnの過剰添加は鉄クロム合金の熱間加工性の低下を招いてしまう。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上2.0質量%以下のMnを含有していてよく、0.2質量%以上1.5質量%以下のMnを含有することが好ましい。
【0040】
(P)
P(リン)は、不可避的不純物として混入する元素であり、Pの含有量は少ないほど好ましい。製造性の観点から、鉄クロム合金は、0.045質量%以下のPを含有していてよい。Pの含有量が0.045質量%以下であれば、鉄クロム合金において、延性等の材料特性への悪影響を低減できる。
【0041】
(S)
S(硫黄)は、不可避的不純物として混入する元素であり、Sの含有量は少ないほど好ましい。製造性の観点から、鉄クロム合金は、0.03質量%以下のSを含有していてよい。Sの含有量が0.03質量%以下であれば、鉄クロム合金において、延性等の材料特性への悪影響を低減できる。
【0042】
(Ni)
Ni(ニッケル)は、鉄クロム合金の耐食性および靱性の向上に有効な元素である。一方、Niは高価な元素であり、過剰な添加は製造コストの増大を招く。そのため、鉄クロム合金は、0.01質量%以上5.0質量%未満のNiを含有していてよく、0.1質量%以上3.0質量%以下のNiを含有することが好ましい。
【0043】
(Cr)
Cr(クロム)は、鉄クロム合金の耐食性を確保するために有効な元素である。また、Crは、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。一方で、Crを過剰添加すると、鉄クロム合金の加工性および靱性が低下する。そのため、鉄クロム合金は、4.0質量%以上25.0質量%以下のCrを含有していてよく、7.0質量%以上18.0質量%以下のCrを含有することが好ましい。
【0044】
(Cu)
Cuは、鉄クロム合金の高強度化に有効な元素である。一方で、Cuを過剰添加すると、スラブが凝固する過程において当該スラブの中心にCuMn相が生成してしまい、スラブの熱間加工性が低下する。そのため、鉄クロム合金は、3.5質量%以下のCuを含有していてよく、0.1質量%以上3.2質量%以下のCuを含有することが好ましい。
【0045】
(Mo)
Mo(モリブデン)は、鉄クロム合金の耐食性の向上に有効な元素である。また、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。一方、Moは高価な元素でもあることから、過剰な添加は好ましくない。そのため、鉄クロム合金は、2.0質量%以下のMoを含有していてよく、0.01質量%以上2.0質量%以下のMoを含有することが好ましく、0.1質量%以上1.5質量%以下のMoを含有することがより好ましい。
【0046】
(N)
N(窒素)は、固溶強化作用および耐食性向上作用を有する元素である。一方、Nを過度に添加すると、鉄クロム合金の加工性が低下する。そのため、鉄クロム合金は、0.2質量%以下のNを含有していてよく、0.08質量%以下のNを含有することが好ましい。
【0047】
(Al)
Al(アルミニウム)は、脱酸作用を有する元素である。一方で、Alを過剰添加すると表面品質が劣化してしまう場合がある。そのため、鉄クロム合金は、0.001質量%以上3.5質量%以下のAlを含有していてよく、0.001質量%以上1.8質量%以下のAlを含有することが好ましい。
【0048】
(その他の元素)
鉄クロム合金は、上述の元素に加えて、質量%で、Ti:0.05~0.35%、Nb:0.05~0.35%、V:0.05~0.35%、W:0.05~0.35%、Zr:0.05~0.35%およびB:0.0010~0.010%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0049】
また、鉄クロム合金は、上述の元素にさらに加えて、質量%で、Ca:0.0002~0.0030%、Hf:0.001~0.5%、Sb:0.005~0.50%、Co:0.01~0.30%、Ta:0.001~1.0%、Sn:0.002~1.0%、Ga:0.0002~0.30%、Mg:0.0003~0.0030%およびREM(希土類元素):0.001~0.20%からなる群より選択される少なくとも1種をさらに含有していてもよい。
【0050】
(Ti)
Ti(チタン)は、脱酸作用を有する元素である。また、Tiは、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。そのため、鉄クロム合金は、0.05質量%以上0.35質量%以下のTiを含有していてもよい。
【0051】
(Nb)
Nb(ニオブ)は、組織の微細化および均一化に有効な元素である。また、Nbは、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。そのため、鉄クロム合金は、0.05質量%以上0.35質量%以下のNbを含有していてもよい。
【0052】
(V、W)
V(バナジウム)およびW(タングステン)は、いずれも鉄クロム合金の耐食性の向上に有効な元素である。また、VおよびWは、導電性を有する金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の析出にも有効である。一方、VおよびWは高価な元素であることから、過剰な添加は好ましくない。そのため、鉄クロム合金は、0.05質量%以上0.35質量%以下のVおよび0.05質量%以上0.35質量%以下のWの少なくとも一方を含有していてもよい。
【0053】
(Zr)
Zr(ジルコニウム)は、鉄クロム合金の熱間加工性を改善すると共に、耐酸化性にも有効な元素である。そのため、鉄クロム合金は、0.05質量%以上0.35質量%以下のZrを含有していてもよい。
【0054】
(B)
B(ホウ素)は、鉄クロム合金の熱間加工性を改善する元素であり、熱間圧延における耳切れおよび二枚割れの発生の低減に有効な元素である。また、Bは、金属ホウ化物の析出に有効である。そのため、鉄クロム合金は、0.0010質量%以上0.010質量%以下のBを含有していてもよい。
【0055】
(Ca)
Ca(カルシウム)は、熱間圧延時の耳切れ防止に有効に作用する。鉄クロム合金には、必要に応じて0.0002質量%以上のCaを添加してもよい。しかし、過度な添加は耐食性の低下を招くため、添加量の上限は0.0030質量%であることが好ましい。
【0056】
(Hf)
Hf(ハフニウム)は耐食性、高温強度を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.001質量%以上のHfを添加してもよい。しかし、過度な添加は加工性および製造性の低下を招く虞があるため、添加量の上限は0.5質量%であることが好ましい。
【0057】
(Sb)
Sb(アンチモン)は、高温強度を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.005質量%以上のSbを添加してもよい。しかし、過度な添加は溶接性、靭性を低下させるため添加量の上限は0.50質量%であることが好ましい。
【0058】
(Co)
Co(コバルト)は、高温強度を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.01質量%以上のCoを添加してもよい。しかし、過剰添加により靭性が低下することで製造性の低下を招くため、添加量の上限は0.30質量%であることが好ましい。
【0059】
(Ta)
Ta(タンタル)は、高温強度を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.001質量%以上のTaを添加してもよい。しかし、過度な添加は溶接性、靭性を低下させるため、添加量の上限は1.0質量%であることが好ましい。
【0060】
(Sn)
Sn(スズ)は、耐食性および高温強度を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.002質量%以上のSnを添加してもよい。しかし、過度の添加は靭性および製造性の低下を招く虞があるため、添加量の上限は1.0質量%であることが好ましい。
【0061】
(Ga)
Ga(ガリウム)は、耐食性および耐水素脆化特性を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.0002質量%以上のGaを添加してもよい。しかし、過度な添加は溶接性、靭性を低下させるため、添加量の上限は0.30質量%であることが好ましい。
【0062】
(Mg)
Mg(マグネシウム)は、脱酸元素であることに加え、スラブの組織を微細化させ、成型性を向上する元素である。鉄クロム合金には、必要に応じて0.0003質量%以上のMgを添加してもよい。しかし、過度な添加は耐食性、溶接性、表面品質の低下を招くため、添加量の上限は0.0030質量%であることが好ましい。
【0063】
(REM)
REM(希土類元素)は、Sc(スカンジウム)と、La(ランタン)からLu(ルテチウム)までの15元素(ランタノイド)との総称を指す。REMは、単独の元素として添加されてもよく、または複数の元素の混合物として添加されてもよい。REMは、鉄クロム合金の清浄度を向上、熱間圧延時の耳切れ防止に有効に作用する。鉄クロム合金には、必要に応じて0.001質量%以上のREMを添加してもよい。しかし、過度な添加は合金コストを上昇させ、製造性を低下させるため、添加量の上限は0.20質量%であることが好ましい。
【0064】
鉄クロム合金に添加するREMは、0.1質量%以下のLaおよび0.05質量%以下のCe(セリウム)の少なくとも何れかを含んでいてもよい。
【0065】
〔組織〕
鉄クロム合金は、フェライト系、マルテンサイト系またはフェライト-マルテンサイト二相系の組織を有していてもよい。鉄クロム合金は、成分組成を調整することで所望の組織構成とすることができる。具体的には、鉄クロム合金は、下記式(1)に示すM値が100以上であればマルテンサイト系の組織に、0以上100未満であればフェライト-マルテンサイト二相系の組織に、0未満であればフェライト系の組織になる。
【0066】
M値=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo-10V+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 (1)
前記(1)式の元素記号の箇所には、鉄クロム合金が含有している各元素の含有量(質量%)が代入され、無添加の元素については0が代入される。
【0067】
〔製造方法〕
本発明の一実施形態に係る鉄クロム合金の製造方法は、焼鈍工程以外の工程については、一般的なステンレス鋼等の鉄クロム合金の製造工程を含んでよい。また、鉄クロム合金は、少なくともいずれかの焼鈍工程において、500℃以上1000℃以上で5分以下の均熱処理を実施することにより製造できる。このような焼鈍工程により、鉄クロム合金中に、金属炭化物、金属ホウ化物および金属窒化物の少なくとも何れかであって、導電性を有する析出物を効果的に析出させることができる。
【0068】
ここで焼鈍工程とは、各種中間焼鈍工程および仕上焼鈍工程の、少なくともいずれかの工程を示す。中間焼鈍工程とは、後述の第1中間焼鈍工程および第2中間焼鈍工程等のように、鉄クロム合金の製造方法の実施中において、仕上焼鈍工程の前に行われる焼鈍工程を示す。これらの焼鈍工程はそれぞれ独立して、バッチ焼鈍により行われてもよく、連続焼鈍により行われてもよい。
【0069】
以下に、鉄クロム合金の製造方法の一例を示すが、これに限られるものではない。
【0070】
鉄クロム合金の製造方法では、例えば、成分を調整した溶鋼を連続鋳造することによってスラブを製造する。そして、連続鋳造により製造したスラブを1100℃以上1300℃以下に加熱した後、熱間圧延を施して熱延鋼帯を製造する。熱間圧延を施した熱延鋼帯に酸洗を行ってもよい。なお、熱延鋼帯の酸洗前に焼鈍を施す第1中間焼鈍工程を実施してもよく、焼鈍を施さずに酸洗を行ってもよい。
【0071】
そして、酸洗後の熱延鋼帯に、所定の板厚になるまで冷間圧延を施して冷延鋼帯を得る、冷間圧延工程を実施する。冷間圧延工程では、必要に応じて中間圧延を実施してもよく、焼鈍を施す第2中間焼鈍工程を実施してもよい。
【0072】
冷間圧延工程後の冷延鋼帯に対して、仕上焼鈍工程を実施してもよい。また、仕上焼鈍後の鋼帯についてさらに強度を高めるため、必要に応じて調質圧延を実施してもよい。
【0073】
鉄クロム合金の製造方法では、第1中間焼鈍工程、第2中間焼鈍工程および仕上焼鈍工程の、少なくともいずれかの焼鈍工程を実施することで、析出物の析出を進行させることができる。焼鈍工程では、500℃以上1000℃以下に加熱することで析出物が効果的に析出する。また、析出物の析出をより進行させるため、このような加熱は、温度を均一に調整して保持する均熱処理により実施することが好ましい。析出物の過剰な析出を防止するため、均熱処理は5分以下とすることが好ましく、3分以下とすることがより好ましい。
【0074】
また、鉄クロム合金には、表面におけるRa×RSmの値が550以下となる範囲で、表面仕上げを施してもよい。鉄クロム合金に施される表面仕上げの方法は、例えば、BA(光輝焼鈍)仕上げ、酸洗仕上げ、酸洗後軽圧延仕上げ、調質圧延仕上げ、HL(ヘアライン)仕上げおよびダル仕上げ等が挙げられる。HL仕上げとは、鉄クロム合金の表面に研磨目を付与するものである。ダル仕上げとは、調質圧延時に目の粗いロールを使用して、鉄クロム合金の表面に当該ロールの表面状態を転写するものである。
【0075】
例えば、BA仕上げを行った鉄クロム合金の表面は、Ra×RSmの値が0付近となる。また、ダル仕上げを行うことで、鉄クロム合金の表面におけるRa×RSmの値を550付近とすることができる。
【実施例0076】
本発明の一実施例および比較例に係る鉄クロム合金について評価した結果について、以下に説明する。
【0077】
〔評価の条件〕
<成分組成>
本発明の一実施例に係る鉄クロム合金(発明鋼A1~A19)および比較例に係る鉄クロム合金(比較鋼B1~B3)の成分組成(質量%)およびM値を、下記表1に示す。M値は、前記式(1)により算出した。上述の通り、M値が100以上であればマルテンサイト系、0以上100未満であればフェライト-マルテンサイト二相系、0未満であればフェライト系の鉄クロム合金である。
【0078】
【表1】
【0079】
<製造方法>
本発明の各実施例および比較例に係る鉄クロム合金は、次に示す方法により製造した。表1に示す成分組成を有する鉄クロム合金をそれぞれ溶製し、熱間圧延から仕上焼鈍までを行って圧延材を得た。発明鋼A1~A19および比較鋼B1では、仕上焼鈍工程において、700℃で1分の均熱処理を実施した。比較鋼B2およびB3については、当該均熱処理を実施しなかった。また、比較鋼B1では、Ra×RSmの値が550を超えるようにダル仕上げを施した。
【0080】
<評価方法>
本発明の各実施例および比較例に係る圧延材について、断面における析出物の面積率、表面のRa、RSm、Ra×RSmの値、および接触抵抗の評価方法を以下に示す。また、これらの評価方法により得られた結果について、前記表1に示す。なお、表1において下線が付されている値は、本発明の規定範囲外であることを示す。
【0081】
(析出物の合計面積率)
圧延材の、圧延方向と直交し、かつ平行な断面(L断面)を鏡面研磨し、当該断面を光学顕微鏡により観察し、画像データを取得した。得られた画像データの二値化処理を行って、金属炭化物、金属ホウ化物および/または金属窒化物の析出物の合計面積率(%)を求めた。二値化処理は、画像処理ソフト「ImageJ」を用いて行った。
【0082】
(表面粗さ)
圧延材の表面におけるRa(算術表面粗さ)およびRSm(粗さ曲線要素の平均長さ)は、JIS B0601:2013に準拠して、触針式表面粗さ測定機(株式会社東京精密社製SURFCOM2900DX)を用いて測定した。得られたRaの値(μm)とRSmの値(μm)とを積算し、Ra×RSmの値(μm)を求めた。
【0083】
(接触抵抗)
圧延材の接触抵抗は、微摺動摩耗試験により評価した。微摺動摩耗試験は、板厚0.3mmの圧延材を用いて、縦40mm、横40mmのプレートを作製し、r1.5mmで90度に曲げて試験片とした。2つの試験片の曲げ頂点同士を接触させ、接触圧5N、往復時の摺動距離100μm(片道50μm)、1往復の摺動を1サイクルとして、周波数1Hzの速度で摺動させた。摺動は、一方の試験片のみを往復運動させて行った。
【0084】
試験片間に定電流を流し、試験片間にかかる電圧の変化を4端子法にて測定し、試験片間の接触抵抗値(mΩ)を求めた。当該接触抵抗値が、測定開始時または測定開始後の最小値から2倍以上の値となった時点の摺動サイクル数が50サイクル以上の場合を合格とした。前記表1には、微摺動摩耗試験により合格と判定した場合を「O」、不合格と判定した場合を「×」として示した。
【0085】
〔結果〕
図1に、発明鋼A6、A7の圧延材のL断面における光学顕微鏡像を示す。図1および表1に示す通り、本発明の一実施例に係る圧延材はいずれも、析出物が鋼中に、所定の合計面積率により分散して析出していた。また、本発明の一実施例に係る圧延材はいずれも、Ra×RSmの値について本発明の規定範囲であった。
【0086】
このような本発明の一実施例に係る圧延材は、微摺動摩耗試験で合格判定となっており、微摺動摩耗による接触抵抗の増加が小さいことが示された。
【0087】
一方で、比較例に係る圧延材はいずれも、微摺動摩耗試験で不合格であった。比較鋼B1は表面が粗く、Ra×RSmの値が550を超えていた。これは、微摺動摩耗により生じた摩耗粉が生成し、当該摩耗粉が酸化して摩耗箇所に蓄積することで接触抵抗が急速に上昇したと考えられる。
【0088】
また、比較鋼B2、B3は析出物の合計面積率が低かったため、微摺動摩耗が生じた箇所に露出する析出物が不足したことで、接触抵抗が上昇しやすくなったと考えられる。
図1