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  • 特開-ミリ波帯域用電波吸収シート 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023129145
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】ミリ波帯域用電波吸収シート
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20230907BHJP
   H01Q 17/00 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H05K9/00 W
H01Q17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033955
(22)【出願日】2022-03-04
(71)【出願人】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 敬太
(72)【発明者】
【氏名】蔵前 雅規
(72)【発明者】
【氏名】江口 修太
【テーマコード(参考)】
5E321
5J020
【Fターム(参考)】
5E321AA23
5E321BB21
5E321BB23
5E321BB53
5E321CC16
5E321GG11
5J020EA05
5J020EA07
(57)【要約】
【課題】ミリ波帯域における優れた電波吸収性能と、薄さと、高い表面抵抗と、優れた耐熱性、耐湿性、難燃性、及び環境適応性とを全て備える電波吸収シートを提供する。
【解決手段】本発明の一実施形態によるミリ波帯域用電波吸収シート100は、電波入射側から順に、絶縁層10、誘電損失層20、粘着層30、及び導電層40を有し、76~81GHzの周波数帯域における電波吸収量が10dB以上である。絶縁層10の表面抵抗値が1010Ω/□以上である。誘電損失層20の厚みBの絶縁層10の厚みCに対する比B/Cが3.0以上である。誘電損失層20は、基材と、前記基材中に分散される炭素粉末からなる損失材と、前記誘電損失層に対して5体積%以上の非ハロゲン難燃剤と、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電物上に取り付けられた時の76~81GHzの周波数帯域における電波吸収量が10dB以上であるミリ波帯域用電波吸収シートであって、
前記電波吸収シートを前記導電物上に貼り着けるための粘着層と、
前記粘着層上に接して設けられる誘電損失層と、
前記誘電損失層上に接して設けられ、電波入射面を形成する絶縁層と、
を有し、
前記絶縁層の表面抵抗値が1010Ω/□以上であり、
前記誘電損失層の厚みBの前記絶縁層の厚みCに対する比B/Cが3.0以上であり、
前記誘電損失層は、基材と、前記基材中に分散される炭素粉末からなる損失材と、前記誘電損失層に対して5体積%以上の非ハロゲン難燃剤と、を含む
ことを特徴とするミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項2】
前記粘着層の厚みA、前記誘電損失層の厚みB、及び前記絶縁層の厚みCの合計厚みA+B+Cが100μm以上700μm以下である、請求項1に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項3】
前記絶縁層の厚みCが12μm以上100μm以下であり、前記誘電損失層の厚みBが50μm以上400μm以下である、請求項1又は2に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項4】
前記粘着層の厚みAが30μm以上150μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項5】
前記絶縁層は、ポリエチレンテレフタラート(PET)及びポリエチレンナフタレート(PEN)のいずれかからなる、請求項1~4のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項6】
前記誘電損失層の前記基材は、シリコーンゴム及びアクリル樹脂のいずれかからなる、請求項1~5のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項7】
前記絶縁層は、76~81GHzにおける比誘電率の実数部が2.0以上4.0以下であり、
前記誘電損失層は、76~81GHzにおける比誘電率の実数部が5.9以上12.5以下であり、比誘電率の虚数部の絶対値が1.4以上10.2以下であり、誘電正接が0.23以上0.82以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項8】
前記非ハロゲン難燃剤が、窒素系化合物、水酸化系化合物、及びリン化合物の一種以上からなる、請求項1~7のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項9】
前記導電物として、前記粘着層に接して設けられた厚み10nm以上のアルミニウム又は銅からなる導電層を有する、請求項1~8のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【請求項10】
前記導電層の前記粘着層とは反対側に接して設けられた、前記電波吸収シートを対象物に貼り着けるための第2粘着層を有する、請求項1~9のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯域用電波吸収シートに関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンやタブレット端末などの電子通信産業をはじめ、自動車産業、家電産業など、多くの産業において物と物とを繋げる手段や障害物の検出手段として電磁波を使用し、多く電磁波が飛び交う状況が生まれている。そういった状況において、相互干渉の問題や自家中毒の問題による誤作動回避や製品性能を向上させる目的で、ノイズ抑制シートや電波吸収シートなど、電磁波を整流するための機能性シートを使用する場面が増えてきている。
【0003】
特に顕著なのが、ミリ波帯域である。例えば、通信規格が4G(第4世代移動体通信)から5G(第5世代移動体通信)に変わったことによる高周波化が挙げられる。これまでは、1GHz前後での通信が主流であったが、Sub6(3~6GHz)帯や28GHz帯、40GHz帯へとシフトしてきている。また、自動車分野では、自動車の衝突防止用や、今後増えるとされている自動運転のための装備として、車両にミリ波レーダーが搭載されることが多くなってきた。
【0004】
ミリ波レーダーは、ミリ波の電磁波を飛ばし、対象物から反射した電磁波を自らが受信し、障害物の認識およびその距離を測る装置である。検出可能距離が長いことや、天候に左右されにくいことから、障害物認識のための安全装置や自動運転技術のキーデバイスとして利用されている。ミリ波とは、一般的に波長が1~10mm、周波数が30~300GHzの電磁波であるが、ミリ波レーダー用途として、76~81GHz帯域が主に使用されている。ミリ波レーダーの信頼性を左右する項目として、対象物と関係のないものを誤検知しないことが挙げられる。例えば、目的とする対象物ではない路面などから反射した電磁波を受信してしまうと、検出精度が低下する。結果として、誤検知となり安全性の低下につながる。このような問題を解決するため、ミリ波レーダーの内部には、電波吸収シートが設けられている。
【0005】
レーダー内部に装着でき得るミリ波帯域用電波吸収シートとしては、先行技術として下記のものが存在する。
【0006】
特許文献1には、電波反射層、電波吸収層、及び保護層が順次積層されたミリ波帯域用電波吸収シートであって、電波吸収層が、ウレタン樹脂及びEPDMゴムからなる基材にフェライト粉末を添加した誘電損失層であり、保護層として塩化ビニル樹脂などからなるものが記載されている。
【0007】
特許文献2には、少なくとも樹脂組成物層と電磁波反射層からなる積層構造を有し、樹脂組成物層は、アクリル系重合性樹脂を硬化してなる硬化物中に、導電性針状酸化チタンと水酸化アルミニウムとが分散固定されてなる整合型電磁波吸収体が記載されている。
【0008】
特許文献3には、保護層と抵抗皮膜と誘電体層と電磁波遮蔽層とを順次積層してシート状に形成された可撓性を有する電磁波吸収シートであって、抵抗皮膜は、表面抵抗を377Ω/□付近に調整してなり、抵抗皮膜と誘電体層との合計厚みは300~500μmと比較的薄いものが記載されている。
【0009】
特許文献4には、樹脂層、抵抗層、誘電体層、導電層、及び樹脂層を順次積層してなる電磁波吸収体であって、抵抗層は、表面抵抗を377Ω/□付近に調整してなり、抵抗層と誘電体層との合計厚みは400~600μmと比較的薄いものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2019/077808号
【特許文献2】国際公開第2017/090623号
【特許文献3】特開2019-140404号公報
【特許文献4】特開2018-98367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ミリ波帯域用電波吸収シートには、ミリ波帯域における優れた電波吸収性能が求められることは当然であるが、その他にも以下のような種々の特性が求められる。
【0012】
近年、レーダーの小型化が進んでいるため、電波吸収シートは狭いスペースに設置されることになる。レーダー内部の設置スペースにもよるが、導電層(反射層)がない電波吸収シートの総厚みが1000μm以下、さらに言えばできるかぎり薄いほど汎用性が高くなり需要も多い。
【0013】
また、回路近くに電波吸収シートが配置されるため、電波吸収シートが取り付け部から脱落した場合、電波吸収シートの表面抵抗が1010Ω/□を下回るものであると、電波吸収シートが回路と接触して回路のショートを起こす危険性がある。そのため、電波吸収シートには高い表面抵抗も求められる。
【0014】
さらに、車載に搭載されるレーダーでは高い信頼性が求められる。具体的には、耐熱性の面では85~125℃、耐湿性(高温高湿)の面では、85℃85%RHが要求され、この温湿度環境下で所定時間放置された後の電波吸収特性が著しく低下しないことが求められる。また、難燃性の面では、少なくともUL94-HB以上のレベルが要求される。
【0015】
加えて、車載分野のみならず、近年では環境に対して一層の配慮が求められており、電波吸収シートにも塩素などのハロゲン物質を含まないことが求められている。
【0016】
しかしながら、特許文献1~4の電波吸収シートは、以下のように、上記要求を全て満足してはいない。
【0017】
特許文献1では、電波吸収シートの厚みや表面抵抗は問題ないが、誘電体層に難燃剤が含まれていないために難燃性に乏しい。また、表面保護層に塩化ビニル樹脂を使用する場合もあり、環境面でも好ましくない。
【0018】
特許文献2では、厚みや難燃性に問題はないものの、表面抵抗が1010Ω/□を下回る。また、電波吸収性を発現するために添加するフィラーが針状物質であり、電波吸収シート製造過程においてフィラーの配向性が生じてしまう。その結果、電波吸収性にも異方性が生じ、実用的に使用する面で好ましくない。
【0019】
特許文献3では、表面保護層が絶縁性を高める役割を果たし得るが、抵抗皮膜を構成するPEDOTを含む導電性有機高分子の耐熱性が乏しく、85℃の環境下に放置された場合に抵抗皮膜の表面抵抗値が大幅に変質し、電波吸収性を著しく低下させてしまう。また、電波吸収シートの難燃性も乏しい。
【0020】
特許文献4では、樹脂層が絶縁性を高める役割を果たし得るが、抵抗層を構成するITOを主体とした導電物質は純粋な無機物質ではなく、耐熱性に乏しい有機高分子を含んだものであり、85℃の環境下に放置された場合に抵抗層の表面抵抗値が大幅に変質し、電波吸収性を著しく低下させてしまう。また、電波吸収シートの難燃性も乏しい。
【0021】
ミリ波帯域用電波吸収シートには、特許文献1~4に挙げたものの他に、ε酸化鉄を誘電体層に用いたものや、抵抗膜にメッシュ金属膜を用いたものなどがあるが、上記要求を全て満足したものは得られていない。
【0022】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、ミリ波帯域における優れた電波吸収性能と、薄さと、高い表面抵抗と、優れた耐熱性、耐湿性、難燃性、及び環境適応性とを全て備える電波吸収シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決すべく本発明者らは鋭意研究を行い、以下の知見を得た。すなわち、電波吸収シートの基本構成として、当該電波吸収シートを導電物上に貼り着けるための粘着層と、前記粘着層上に接して設けられる誘電損失層と、前記誘電損失層上に接して設けられ、電波入射面を形成する絶縁層と、を有するものとする。その際、
(I)絶縁層の表面抵抗値を1010Ω/□以上とし、
(II)誘電損失層の厚みBの絶縁層の厚みCに対する比B/Cを3.0以上とし、
(III)誘電損失層は、基材と、前記基材中に分散される炭素粉末からなる損失材と、前記誘電損失層に対して5体積%以上の非ハロゲン難燃剤と、を含むものとする
ことによって、ミリ波帯域における優れた電波吸収性能と、薄さと、高い表面抵抗と、優れた耐熱性、耐湿性、難燃性、及び環境適応性とを全て備える電波吸収シートを得ることができることを見出し、本発明を完成させた。特に本発明は、電波吸収性能と難燃性とを両立させるために、誘電損失層の厚みBの絶縁層の厚みCに対する比B/Cと、誘電損失層への難燃剤の添加量とをバランスさせた点に特徴を有する。
【0024】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]導電物上に取り付けられた時の76~81GHzの周波数帯域における電波吸収量が10dB以上であるミリ波帯域用電波吸収シートであって、
前記電波吸収シートを前記導電物上に貼り着けるための粘着層と、
前記粘着層上に接して設けられる誘電損失層と、
前記誘電損失層上に接して設けられ、電波入射面を形成する絶縁層と、
を有し、
前記絶縁層の表面抵抗値が1010Ω/□以上であり、
前記誘電損失層の厚みBの前記絶縁層の厚みCに対する比B/Cが3.0以上であり、
前記誘電損失層は、基材と、前記基材中に分散される炭素粉末からなる損失材と、前記誘電損失層に対して5体積%以上の非ハロゲン難燃剤と、を含む
ことを特徴とするミリ波帯域用電波吸収シート。
【0025】
[2]前記粘着層の厚みA、前記誘電損失層の厚みB、及び前記絶縁層の厚みCの合計厚みA+B+Cが100μm以上700μm以下である、上記[1]に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0026】
[3]前記絶縁層の厚みCが12μm以上100μm以下であり、前記誘電損失層の厚みBが50μm以上400μm以下である、上記[1]又は[2]に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0027】
[4]前記粘着層の厚みAが30μm以上150μm以下である、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0028】
[5]前記絶縁層は、ポリエチレンテレフタラート(PET)及びポリエチレンナフタレート(PEN)のいずれかからなる、上記[1]~[4]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0029】
[6]前記誘電損失層の前記基材は、シリコーンゴム及びアクリル樹脂のいずれかからなる、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0030】
[7]前記絶縁層は、76~81GHzにおける比誘電率の実数部が2.0以上4.0以下であり、
前記誘電損失層は、76~81GHzにおける比誘電率の実数部が5.9以上12.5以下であり、比誘電率の虚数部の絶対値が1.4以上10.2以下であり、誘電正接が0.23以上0.82以下である、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0031】
[8]前記非ハロゲン難燃剤が、窒素系化合物、水酸化系化合物、及びリン化合物の一種以上からなる、上記[1]~[7]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0032】
[9]前記導電物として、前記粘着層に接して設けられた厚み10nm以上のアルミニウム又は銅からなる導電層を有する、上記[1]~[8]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【0033】
[10]前記導電層の前記粘着層とは反対側に接して設けられた、前記電波吸収シートを対象物に貼り着けるための第2粘着層を有する、上記[1]~[9]のいずれか一項に記載のミリ波帯域用電波吸収シート。
【発明の効果】
【0034】
本発明の電波吸収シートは、ミリ波帯域における優れた電波吸収性能と、薄さと、高い表面抵抗と、優れた耐熱性、耐湿性、難燃性、及び環境適応性とを全て備える。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の一実施形態によるミリ波帯域用電波吸収シート100の模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(ミリ波帯域用電波吸収シート)
図1を参照して、本発明の一実施形態によるミリ波帯域用電波吸収シート100は、絶縁層10と、誘電損失層20と、粘着層30と、導電層40とが順次積層されてなる。本実施形態の場合、導電層40の粘着層30とは反対側には、電波吸収シート100を対象物に貼り着けるための第2粘着層(図示せず)を有する。電波吸収シート100は、対象物に近い側から記載すると、図示しない第2粘着層と、この第2粘着層上に接して設けられた導電層40と、この導電層40上に接して設けられた粘着層30と、この粘着層30上に接して設けられた誘電損失層20と、この誘電損失層20上に接して設けられた絶縁層10と、を有し、絶縁層10が電波入射面を形成する。
【0037】
本実施形態による電波吸収シート100では、(A)誘電損失層20に含まれる損失材による電波吸収(電波を熱に変換することによる吸収)と、(B)誘電損失層20の表面で反射した電波と、誘電損失層20を透過して導電層40の表面で反射した電波が打ち消しあうことによる電波吸収と、これら2つの態様によって電波吸収が行われる。本実施形態による電波吸収シート100は、対象物の材質が導電物に制限されず、樹脂プレートなどの非導電物も含めた任意の材質の対象物に取り付けることができる。
【0038】
ただし、本発明において、導電層40及び第2粘着層は任意の構成である。例えば、対象物が導電物の場合、すなわち、電波吸収シートを導電物に取り付ける場合には、導電層40及び第2粘着層は不要である。この場合、本発明の電波吸収シートは、図1において導電層40を除いた構成となり、電波吸収シートを導電物上に貼り着けるための粘着層30と、この粘着層30上に接して設けられる誘電損失層20と、この誘電損失層20上に接して設けられ絶縁層10と、を有し、この絶縁層10が電波入射面を形成する。この場合、上記(B)による電波吸収は、誘電損失層20の表面で反射した電波と、対象物である導電物の表面で反射した電波が打ち消しあうことによる電波吸収となる。
【0039】
[絶縁層]
絶縁層10は、電波吸収シート100の表面絶縁性を確保し、かつ、電波吸収シート100に入射したミリ波の電波を取り込むための層である。
【0040】
絶縁層10の材質に制限はないが、一般的には可撓性を有する樹脂フィルムが用いられる。樹脂の種類としては、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタラート、ポリエチレンナフタレート、ポリイミド、及びポリアミドイミドなどを挙げることができるが、実用的な点で考えるとポリエチレンテレフタラート及びポリエチレンナフタレートのいずれかが好ましい。なお、より耐湿性が求められる場合は、耐湿性のある材料からなる樹脂フィルムや耐湿処理を施した樹脂フィルムを使用することもできる。また、より難燃性が求められる場合は、難燃性が付与された難燃PETを使用することもでき、より好ましくはハロゲン系を含まない難燃性PETが好ましい。
【0041】
絶縁層10の厚みCは、電波吸収シートの表面絶縁性を確保する観点から、12μm以上であることが好ましく、25μm以上であることがより好ましい。また、絶縁層10の厚みCは、電波吸収シートの可撓性や難燃性の観点から、100μm以下であることが好ましく、75μm以下であることがより好ましい。
【0042】
電波吸収シートの表面絶縁性を確保する観点から、絶縁層10の表面抵抗値は1010Ω/□以上である必要がある。絶縁層10の表面抵抗値の上限は限定されないが、本実施形態では、絶縁層10の表面抵抗値は1014Ω/□以下となる。
【0043】
絶縁層10は、ミリ波の電波が最初に入射される層である。このため、絶縁層10の76~81GHzにおける比誘電率の実数部は、2.0以上4.0以下であることが好ましい。これにより、空気層と絶縁層10との境界面での電波の反射を抑制するとともに、誘電損失層20に電波が侵入する前に絶縁層10の内部を伝搬させることによって、電波の波長を1/√εに短くすることができる。絶縁層10の次にミリ波の電波が入射される誘電損失層20には、波長が1/√εに短縮された電波が入射されるため、所定の周波数に吸収ピークを発現させる共振型電波吸収シートにおいて、絶縁層10が無い場合と比較して、誘電損失層20を薄くすることが可能となる。当該比誘電率の実数部が2.0未満の場合、上記の効果が薄まってしまうため、誘電損失層20を厚くせざるを得なくなる。また、当該比誘電率の実数部が4.0超えの場合、ミリ波の電波が絶縁層10の表面で反射してしまい、電波吸収シートにミリ波の電波を取り込むことができず、電波吸収量が低下してしまう。
【0044】
[誘電損失層]
誘電損失層20は、粘着層を介さずに絶縁層10と接して配置された層であり、上記(A)及び(B)の態様の電波吸収が行われる層である。
【0045】
誘電損失層20は、基材と、この基材中に分散される炭素粉末からなる損失材と、誘電損失層20に対して5体積%以上の非ハロゲン難燃剤と、を含む。
【0046】
基材は、可撓性を有し、かつ、絶縁層10と粘着層を介さずに密着可能で、耐熱性が高いゴムや樹脂であることが好ましい。具体的には、基材は、シリコーンゴム又はアクリル樹脂のいずれかからなることが好ましい。
【0047】
誘電損失層20の基材に添加し分散させる損失材は、炭素成分を主成分とする炭素粉末であって、一般的には、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、ファーネスブラックなどのカーボンブラック系や、球状黒鉛、鱗片状黒鉛、膨張黒鉛などのグラファイト系、及びこれらの組合せからなる材料である。損失材の添加量は、誘電損失層20が後述の比誘電率を持つように設定すればよい。
【0048】
誘電損失層20の基材に添加する難燃剤は、環境に配慮し、非ハロゲン系の難燃剤である必要がある。非ハロゲン系難燃剤は、窒素系化合物、水酸化系化合物、リン系化合物の一種以上からなるものとすることが好ましい。窒素系化合物としては、メラミンシアヌレート、炭酸アンモニウムを挙げることができる。水酸化系化合物としては、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムを挙げることができる。リン系化合物としては、赤燐、リン酸エステルを挙げることができる。車載衝突防止レーダー用電波吸収シートとして求められるUL94-HBレベルの難燃性を得る観点から、誘電損失層20に対する難燃剤の含有量は、5体積%以上であることが必要であり、10体積%以上であることが好ましい。他方で、基材比率の低下に起因する成形性不良を防ぐ観点から、誘電損失層20に対する難燃剤の含有量は、25体積%以下であることが好ましく、20体積%以下であることがより好ましい。
【0049】
誘電損失層20の厚みBは、76~81GHzの周波数帯域における十分な電波吸収量を確保する観点から、50μm以上であることが好ましく、100μm以上であることがより好ましい。他方で、誘電損失層20が厚すぎると、76~81GHzにおいて吸収ピークを得ることができず、所望の電波吸収量を得ることができないことや、誘電損失層を安定的に形成できない懸念がある。この観点から、誘電損失層20の厚みBは、400μm以下であることが好ましく、300μm以下であることがより好ましい。
【0050】
誘電損失層20は、76~81GHzにおける比誘電率の実数部が5.9以上12.5以下であることが好ましく、76~81GHzにおける比誘電率の虚数部の絶対値が1.4以上10.2以下であることが好ましく、76~81GHzにおける誘電正接(tanδ)が0.23以上0.82以下であることが好ましい。なお、誘電正接は、比誘電率の虚数部の絶対値/比誘電率の実数部で定義される。各パラメータが、所定の下限値を下回る場合、損失材による電波吸収が十分に得られないだけでなく、電波の打ち消しあいに必要な誘電損失層の厚みが厚くなってしまう。各パラメータが、所定の上限値を上回る場合、誘電損失層の表面での電波の反射が強くなってしまうことにより、誘電損失層の内部への電波取り込み量が減り、損失材による電波吸収及び電波打ち消しあいによる電波吸収効果が薄れてしまう。
【0051】
なお、絶縁層10及び誘電損失層20の各々の、周波数76~81GHzにおける比誘電率は、フリースペース法(Sパラメーター法)によって連続的に測定を行うことができる。フリースペース評価用測定治具(キーコム株式会社製)と誘電率算出プログラム(キーコム株式会社製ソフトウェア)を用いて、得られた76~81GHzのSパラメータの測定値より算出することができる。
【0052】
[粘着層]
粘着層30は、その両面にそれぞれ誘電損失層20及び導電層40が接して配置され、誘電損失層20と導電層40とを一体化させるための層である。本発明の電波吸収シートが導電層40を有しない場合には、電波吸収シートを対象物としての導電物上に貼り着けるための層である。
【0053】
粘着層30の材質は特に制限されるものではないが、有機系接着剤又は有機系粘着剤であり、特に有機系粘着剤であることが好ましい。有機系粘着剤としては、アクリル系、シリコーン系、ウレタン系、ゴム系などの合成系粘着剤が挙げられ、接着させたい対象物によって使い分けることができる。
【0054】
粘着層30の厚みAは30μm以上150μm以下であることが好ましい。厚みAが30μm以上であれば、十分な粘着力を発揮することができる。厚みAが150μm以下であれば、電波吸収シートの合計厚みを抑えつつ、電波吸収性能に悪影響を及ぼすことがない。
【0055】
[合計厚み及び厚み比率]
本実施形態において、粘着層30の厚みA、誘電損失層20の厚みB、及び絶縁層10の厚みCの合計厚みA+B+Cが100μm以上700μm以下であることが好ましい。合計厚みが100μm未満の場合、合計厚みが薄いため、電波を効率よく吸収させるためには誘電損失層の比誘電率の虚数部をより大きくする必要がある。それは、同時に比誘電率の実数部も大きくなってしまう。結果的に、隣接する2層(絶縁層と誘電損失層、誘電損失層と粘着層)の比誘電率の実数部の差異が大きくなってしまうため、各層境界での電波反射が強くなり、76~81GHzにおいて十分な電波吸収性能を得ることができない。合計厚みが700μm超えの場合、比誘電率の調整や各層の厚みを最適化することによって、所望の電波吸収性能を得られる可能性はあるが、スペースの問題や成形性の問題から、好ましくない。
【0056】
本実施形態において、誘電損失層20の厚みBの絶縁層10の厚みCに対する比B/Cは3.0以上であることが重要であり、4.0以上であることが好ましい。当該厚み比B/Cが3.0未満の場合、十分な難燃性を得ることができない。当該厚み比B/Cの上限は特に限定されないが、絶縁層10と接して誘電損失層20を安定的に成膜する観点から、30以下であることが好ましく、20以下であることがより好ましい。
【0057】
なお、本発明において、各層の厚みは、電波吸収シートの断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、得られた画像において、任意の10箇所の厚みを測定し、その平均値を採用するものとする。
【0058】
[導電層]
導電層40は、絶縁層10、誘電損失層20、及び粘着層30を透過したミリ波の電波を反射させるための層であり、各層の表面、特に誘電損失層20の表面で反射した電波と導電層40の表面で反射した電波とを打ち消す役割を果たす。なお、電波吸収シートがアルミ筐体などの導電物上に取り付けられる場合は、それが電波反射層として機能するため、電波吸収シートに導電層を設ける必要はない。
【0059】
導電層40の材質に特段の制限はないが、一般的には金属が用いられる。金属の種類としては、真鍮、銅、鉄、ニッケル、ステンレス、アルミニウム等が挙げられる。また、導電層は金属単体から成るものでなく、例えばフィルム上にアルミニウムを蒸着成膜したようなものも使用することができる。
【0060】
導電層40の厚みは、導電層40の表面でミリ波の電波を確実に反射させて、上記の電波打ち消しあい効果を十分に得る観点から、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましい。他方で、導電層40の厚みは、電波吸収シートの合計厚みを抑えて、電波吸収シートの可撓性を確保する観点から、300μm以下であることが好ましく、100μm以下であることがより好ましい。
【0061】
[第2粘着層]
図1において図示しない第2粘着層は、導電層40の粘着層30とは反対側に接して設けられ、電波吸収シート100を対象物に貼り着ける機能を有する。
【0062】
第2粘着層の材質は特に制限されるものではないが、有機系接着剤又は有機系粘着剤であり、特に有機系粘着剤であることが好ましい。有機系粘着剤としては、アクリル系、シリコーン系、ウレタン系、ゴム系などの合成系粘着剤が挙げられ、接着させたい対象物によって使い分けることができる。
【0063】
第2粘着層の厚みは30μm以上150μm以下であることが好ましい。厚みが30μm以上であれば、十分な粘着力を発揮することができる。厚みが150μm以下であれば、電波吸収シートの合計厚みを抑えることができるため、設置できるスペースの幅が広がる。
【0064】
[効果]
以上説明した本発明の電波吸収シートは、導電物(本実施形態による電波吸収シート100では導電層40)上に取り付けられた時の76~81GHzの周波数帯域における電波吸収量が10dB以上であり、優れた電波吸収性能を発揮する。当該電波吸収量は多いほど好ましいため、その上限は限定されない。
【0065】
(ミリ波帯域用電波吸収シートの製造方法)
本発明の一実施形態による電波吸収シート100の製造方法の一例を説明する。
【0066】
まず、絶縁層10となる樹脂フィルムを用意する。以下、樹脂フィルムとしてポリエチレンテレフタラート(PET)製フィルムを用いる場合を説明する。
【0067】
基材となるシリコーンゴム又はアクリル樹脂と、損失材となる炭素粉末と、難燃剤と、有機溶媒(例えばトルエン、メチルエチルケトン(MEK)など)とをボールミルで混錬し、誘電損失層20を形成するためのスラリーを作製する。
【0068】
基材がシリコーンゴムの場合、PET製フィルムの一面に、塗工法を用いてシリコーンを膜厚1μm以下で処理(離型処理)した一般的なキャリア用PETフィルムを用い、そのPETフィルム上に、上記スラリーを直接塗布し、乾燥させて有機溶媒を蒸発させることで、誘電損失層20を形成する。乾燥後、樹脂フィルムからなる絶縁層10と誘電損失層20とは、粘着層を介することなく密着している。これは、PETに処理しているシリコーンと誘電損失層に使用しているシリコーンが同一素材であるため、反応して密着するものと推測される。なお、基材がシリコーンゴムの場合、絶縁層10はPET製フィルムに限定されず、既述の種々の樹脂フィルムから任意のものを選択できる。樹脂フィルムの一面に離型処理をすることで、樹脂フィルムに処理したシリコーンと誘電損失層に使用しているシリコーンが同一素材となるため、絶縁層10と誘電損失層20とを直接(粘着層を介在させずに)貼り着けることができる。
【0069】
基材がアクリル樹脂の場合、離型処理をしていないPET製フィルムを用い、そのPETフィルム上に、上記スラリーを直接塗布し、乾燥させて有機溶媒を蒸発させることで、誘電損失層20を形成する。乾燥後、樹脂フィルムからなる絶縁層10と誘電損失層20とは、粘着層を介することなく密着している。これは、基材となるアクリル樹脂がPETの構成元素と近似しているため、元素結合によって密着するものと推測される。
【0070】
本実施形態では、絶縁層10と誘電損失層20とを直接(粘着層を介在させずに)貼り着けることができる。そのため、粘着層の分だけ(約100μm程度)シート厚みを抑制することができ、薄膜化に寄与する。
【0071】
粘着層30としては、市販の両面テープを用いることができ、これを、誘電損失層20に貼り着ければよい。両面テープの選定は、接着させたい基材にあったものを選定すればよい。誘電損失層20の基材がシリコーンゴムの場合、両面テープのベースシートを中心に、誘電損失層20側はシリコーン系の粘着剤、導電層40側はアクリル系の粘着剤が使われている両面テープを使うことが好ましい。
【0072】
電波吸収シートを取り付ける対象物が樹脂プレートなどの非導電物の場合、導電層40となる金属箔を、ラミネーター等を用いて粘着層30に貼合することによって、導電層40を形成することができる。さらに、導電層40の粘着層30とは反対側に、電波吸収シート100を対象物に貼り着けるための第2粘着層を貼り付ければよい。なお、対象物が導電物である場合には、既述のとおり、導電層40及び第2粘着層は不要である。
【実施例0073】
(電波吸収シートの作製)
表1に記載したフィルム種、比誘電率、及び厚みの絶縁層と、表1に記載した基材、損失材(吸収フィラー)、及び難燃剤を含み、表1に記載した比誘電率及び厚みを有する誘電損失層と、表1に記載の粘着種及び厚みの粘着層と、表1に記載の金属種及び厚みの導電層を、順次形成して、各種の電波吸収シートを作製し、以下の特性評価に供した。
【0074】
(特性評価)
[電波吸収量]
電波吸収量は、60GHz~90GHzに対応したホーンアンテナ(キーコム株式会社製)及び誘電体レンズを用いた垂直入射における電波吸収量評価にて行った。測定周波数は、60~90GHzとし、その範囲内である76~81GHzの電波吸収量特性を表1に示した。
【0075】
[表面絶縁性]
絶縁層の表面抵抗値を、表面抵抗計を用いて測定し、表1に示した。
【0076】
[難燃性]
難燃性は、UL94燃焼規格のHB試験にて判定を行った。燃焼速度が規定値以内の場合に「適合」、規定値以上の場合に「不適合」として、表1に示した。
【0077】
[耐熱性]
耐熱性は、125℃に設定した庫内に電波吸収シートを1000時間暴露し、下記評価内容で評価し、すべて基準をクリアした場合は“〇”、1つでも基準に満たないものは“×”として、表1に示した。
・電波吸収量:10dB以上(76~81GHz)
・表面絶縁性:1010Ω/□以上
・難燃性 :UL94-HB適合
【0078】
[耐湿性]
耐湿性は、85℃85%RHに設定した庫内に電波吸収シートを1000時間暴露し、下記評価内容で評価し、すべて基準をクリアした場合は“〇”、1つでも基準に満たないものは“×”とした。
・電波吸収量:10dB以上(76~81GHz)
・表面絶縁性:1010Ω/□以上
・難燃性 :UL94-HB適合
【0079】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の電波吸収シートは、ミリ波帯域における優れた電波吸収性能と、薄さと、高い表面抵抗と、優れた耐熱性、耐湿性、難燃性、及び環境適応性とを全て備えるため、車載衝突防止レーダー等、種々のミリ波レーダー内に設置するのに好適である。
【符号の説明】
【0081】
100 電波吸収シート
10 絶縁層
20 誘電損失層
30 粘着層
40 導電層
図1