(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023129581
(43)【公開日】2023-09-14
(54)【発明の名称】細胞製剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20230907BHJP
A61P 19/04 20060101ALI20230907BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P19/04
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023120712
(22)【出願日】2023-07-25
(62)【分割の表示】P 2021121254の分割
【原出願日】2017-12-04
(31)【優先権主張番号】P 2016235286
(32)【優先日】2016-12-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017159670
(32)【優先日】2017-08-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】牧野 朋未
(72)【発明者】
【氏名】仲田 拓馬
(72)【発明者】
【氏名】伊井 正明
(57)【要約】
【課題】治療ターゲットとして軟骨組織関連疾患に対して高い治療効果を示す、スフェロイド含有細胞製剤を提供する。
【解決手段】培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する、軟骨組織関連疾患の予防または治療剤である。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する、軟骨組織関連疾患の予防または治療剤。
【請求項2】
細胞培養用基材上で接着培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する、請求項1に記載の予防または治療剤。
【請求項3】
前記軟骨組織関連疾患が、変形性膝関節症、外傷性軟骨損傷、肩関節周囲炎、顎関節症、関節リウマチ、離断性骨軟骨症、無腐性骨壊死、および半月板損傷からなる群より選択される、請求項1または2に記載の予防または治療剤。
【請求項4】
前記間葉系幹細胞が、ヒト脂肪組織由来の細胞である、請求項1~3のいずれか1項に記載の予防または治療剤。
【請求項5】
前記細胞培養用基材が、ポリイミド樹脂を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の予防または治療剤。
【請求項6】
前記ポリイミド樹脂が、含フッ素ポリイミド樹脂である、請求項5に記載の予防または治療剤。
【請求項7】
局部注射されることにより用いられる、請求項1~6のいずれか1項に記載の予防または治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞製剤に関する。より詳細には、本発明は、所定の細胞培養物を有効成分として含有する特定の疾患の予防または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells;MSCs)は、優れた自己再生能および多分化能を有する。このため、間葉系幹細胞は、細胞治療に用いられる細胞製剤の潜在的な細胞源として期待されている(非特許文献1)。
【0003】
このような間葉系幹細胞を細胞製剤として用いる際には、培養された細胞同士が三次元的にネットワークを形成したスフェロイド(細胞塊;細胞凝集体)の形態で用いることが、疾患の創傷治癒効果を向上させるという観点からは好ましい。
【0004】
スフェロイドを有効成分として含有する細胞製剤のうち、治療ターゲットとして軟骨組織関連疾患に対して高い治療効果を示すものはいまだ知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Pittenger et al., 1999, Science. 284:143-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明は、治療ターゲットとして軟骨組織関連疾患に対して高い治療効果を示す、スフェロイド含有細胞製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、驚くべきことに、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する細胞製剤が、軟骨組織関連疾患に対して高い治療効果を示すことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する、軟骨組織関連疾患の予防または治療剤である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、治療ターゲットとして軟骨組織関連疾患に対して高い治療効果を示す、スフェロイド含有細胞製剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施例1における間葉系幹細胞の接着培養の経過を、光学顕微鏡を用いて観察した観察像を示す写真である。
図1(a)は培養1日目の観察像を示し、
図1(b)は培養3日目の観察像を示す。
【
図2】
図2は、実施例2における間葉系幹細胞の浮遊培養の経過を光学顕微鏡を用いて観察した観察像を示す写真である。
【
図3】
図3は、実施例1および実施例2並びに比較例1において培養された間葉系幹細胞におけるヒトTGFβ1遺伝子(軟骨分化起因因子)のmRNA発現量を測定した結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞並びに実施例3および実施例4で得られた間葉系幹細胞スフェロイドを投与した変形性膝関節症モデルマウスにおける組織学的関節損傷度の半定量的スコアリング評価の結果を示すグラフである(スコアが小さいほど関節の損傷度は低いことを意味する)。
【
図5】
図5は、比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞並びに実施例3および実施例4で得られた間葉系幹細胞スフェロイドを投与した変形性膝関節症モデルマウスにおける関節組織に対してサフラニンO染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一形態は、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを有効成分として含有する、軟骨組織関連疾患の予防または治療剤である。
【0012】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0013】
<有効成分(スフェロイド)>
本形態に係る軟骨組織関連疾患の予防または治療剤は、有効成分として間葉系幹細胞を含むスフェロイドを含有するものである。本明細書において「スフェロイド」とは、細胞の凝集体(細胞塊)を意味し、三次元細胞集合体をもその概念に含むものとする。なお、スフェロイドのサイズについて特に制限はないが、一例として、スフェロイドの直径は、好ましくは1~500μmであり、好ましくは10~300μmである。ここで、スフェロイドの直径は、常法(粒子径分布測定)により測定されうる。
【0014】
(間葉系幹細胞(MSC))
本形態に係る有効成分としてのスフェロイドは、培養された間葉系幹細胞を含む点に特徴がある。培養に供される間葉系幹細胞(MSC)としては、未分化の間葉系細胞である限り特に制限はされず、哺乳動物の骨髄、骨膜、脂肪組織、末梢血等から常法に従い採取したものを用いることができる。また、採取後、未分化のMSCをプラスチック付着性の有無等により選択することもできる。ここで、MSCとしては、調達の容易さおよび高い増殖性という観点から、脂肪組織由来の間葉系幹細胞を用いることが好ましい。また、MSCとしては、本発明の予防・治療剤の投与対象と同種の哺乳動物由来のMSCを用いることが好ましく、投与対象以外の同種の哺乳動物由来のMSCや、投与対象自身のMSC(自家細胞)を用いることができる。これらの細胞が由来する生物種も特に制限されず、ヒトおよび非ヒト哺乳動物由来の各種細胞を用いることができる。細胞が由来する生物種としては、例えば、ヒト、アカゲザル、ミドリザル、カニクイザル、チンパンジー、タマリンおよびマーモセット等の霊長類、マウス、ラット、ハムスターおよびモルモット等の齧歯類、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ウマ等が例示できる。なお、培養に供されるMSCとしては、MSCを70~90%コンフルエント(好ましくは80%コンフルエント)まで増殖させて得られた細胞をゼロ継代とし、それをさらに増殖させて1~10継代のMSCを用いることができる。
【0015】
(培養条件)
本形態に係る有効成分としてのスフェロイドは、培養された間葉系幹細胞を含む点に特徴がある。スフェロイドに含まれる「培養された間葉系幹細胞」を得るための培養の条件についても特に制限はなく、当業者であれば間葉系幹細胞(MSC)を培養することが可能な条件を適宜選択することが可能である。
【0016】
具体的に、間葉系幹細胞を培養する形態としては、浮遊培養や接着培養がある。なかで
も、本発明において、培養は好ましくは「接着培養」である。「接着培養」とは、「浮遊培養」に対する概念であり、培養しようとする細胞や当該細胞を含むスフェロイドを細胞培養用基材の表面に接着させて培養することを意味する。培養中、「培養しようとする細胞や当該細胞を含むスフェロイドが培養用基材の表面に接着する」とは、細胞やスフェロイドが、ECM(extracellular matrix;細胞外マトリックス)などに含まれる細胞-基質接着分子を通じて、培養用基材の表面と接着している状態を意味し、培地を軽く揺らしても細胞やスフェロイドが培地中に浮遊してこない状態をいう。一方、「浮遊培養」とは、培養しようとする細胞や当該細胞を含むスフェロイドを培養用基材の表面に接着させずに培養することを意味する。培養中、「培養しようとする細胞や当該細胞を含むスフェロイドが培養用基材の表面に接着しない」とは、細胞やスフェロイドが、ECMなどに含まれる細胞-基質接着分子を通じて培養用基材の表底面と接着していない状態を意味し、たとえ基材の表面に触れていても培地を軽く揺らすと細胞やスフェロイドが培地中に浮遊してきたり、付着せずに沈んでいる状態等をいう。これを定量的に表現すると、本明細書においては、培養容器内の細胞やスフェロイドを含有する培地から培地をすべて除去した後に、再度培地を速度0.1mL/秒の速度で当該容器に注入した際に、細胞やスフェロイドが底面から離れ浮かぶか、または細胞やスフェロイドが500μm以上移動した場合に、当該細胞やスフェロイドは「浮遊した(つまり、当該細胞やスフェロイドは培養用基材の表面に接着していない)」と判断するものとする。
【0017】
細胞培養に用いる培地は、細胞に合わせて適宜選択すればよい。培地の種類は特に限定されないが、例えば、任意の細胞培養基本培地や分化培地、初代培養専用培地等を用いることができる。具体的には、イーグル最小必須培地(EMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、α-MEM、グラスゴーMEM(GMEM)、IMDM、RPMI1640、ハムF-12、MCDB培地、ウィリアムス培地E、Hepatocyte thaw medium、MSC専用培地およびこれらの混合培地等が挙げられるが、これらには限定されず、細胞が増殖や分化に必要な成分が含まれる培地であれば利用可能である。さらに、血清、各種成長因子、分化誘導因子、抗生物質、ホルモン、アミノ酸、糖、塩類等を添加した培地を使用してもよい。培養温度も特に制限されないが、通常は25~40℃程度で行う。
【0018】
培養に供する時間についても特に制限はなく、細胞の増殖速度と所望のスフェロイドのサイズなどを考慮して適宜決定することが可能である。ここで、培養の時間は、好ましくは4時間~30日(4~720時間)であり、より好ましくは1~14日(24~336時間)であり、さらに好ましくは1~7日(24~168時間)である。すなわち、培養の開始から上記範囲の時間だけ培養を行って得られたスフェロイドを有効成分として用いることが好ましい。
【0019】
間葉系幹細胞(MSC)の培養が接着培養である場合、培養に用いられる細胞培養用基材の具体的な構成について特に制限はなく、間葉系幹細胞(MSC)を培養することが可能なものであれば従来公知の基材がいずれも好適に用いられうる。
【0020】
(細胞培養用基材)
細胞培養用基材の材質としては、樹脂等が例示できるが、生物由来の材料ではないという観点から、細胞培養用基材は樹脂を含むことが好ましい。このような樹脂としては、細胞培養用基材として利用可能な生体適合性の高いものであれば特に制限されない。一例として、細胞培養用基材が含む樹脂は、フッ素樹脂、ポリイミド樹脂(例えば、含フッ素ポリイミド樹脂)、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリジメチルシロキサン等や、これらのブレンドが例示されうる。また、材料の強度が高いという観点から、ポリイミド樹脂が好ましく用いられる。すなわち、本発明の好ましい一実施形態では、細胞培養用基材が、ポリイミド樹脂を含む。ポリイミド樹脂としては、以下の式(I)で示される構成
単位を含むポリイミド樹脂が例示できる。また、スフェロイド形成が良好であるという観点から、分子内にフッ素原子を有する樹脂が好ましく、含フッ素ポリイミド(含フッ素ポリイミド樹脂)がより好ましい。本発明で用いられるポリイミド樹脂は、典型的には、酸二無水物とジアミンとを各々1種以上重合させて得られるポリアミド酸をイミド化することにより得られる。ポリイミド樹脂は、ポリアミド酸を化学構造の一部に含んでいてもよい。ポリイミド樹脂を製造する方法としては、公知の手法で製造すればよい。一例として二段合成法が使用できる。ポリイミド樹脂の二段合成法は前駆体としてポリアミド酸を合成し、ポリアミド酸をポリイミド酸に変換する方法である。前駆体としてのポリアミド酸はポリアミド酸誘導体であってもよい。ポリアミド酸誘導体としては、例えばポリアミド酸塩、ポリアミド酸アルキルエステル、ポリアミド酸アミド、ビスメチリデンピロメリチドからのポリアミド酸誘導体、ポリアミド酸シリルエステル、ポリアミド酸イソイミドなどが挙げられる。ポリイミドとしてはピロメリット酸二無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物等の酸無水物と、オキシジアミン、パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ベンゾフェノンジアミン等のジアミンとからなるポリイミドが例示できる。フッ素原子を有する樹脂としては、例えば、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物(6FDA)/1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン(TPEQ)共重合体、6FDA/4,4’-オキシジフタル酸無水物(ODPA)/TPEQ共重合体、4,4’-(4,4’-イソプロピリデンジフェノキシ)ジフタル酸(BPADA)/2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン(HFBAPP)、6FDA/2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP)共重合体等の以下の式(I)で示される構成単位を含む含フッ素ポリイミド樹脂;エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体等が例示できる。
【0021】
【0022】
上記式(I)中、X0は酸素原子、硫黄原子、または2価の有機基のいずれかを示し;Yは2価の有機基を示し;Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、及びZ6は互いに独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子のいずれかを示し、pは0または1である。なお、ポリイミド樹脂において、式(I)で示される化学構造は、樹脂の構成単位ごとに異なってもよく、同一であってもよい。X0、Y、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、およびZ6の少なくとも1つはフッ素原子を1個以上含むことが好ましい。
【0023】
上記式(I)中、p=0である場合にはX0は存在していなくても(換言すれば、左右のベンゼン環が直接結合していても)よいが、p=1である場合には、左右のベンゼン環はX0を介して結合する。
【0024】
X0で示される2価の有機基としては、具体的には、アルキレン基、アリーレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基等が挙げられ、これらの中でも、アルキレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基が好ましく、アルキレン基、アリーレンオキシ基が
より好ましく、これらはフッ素原子で置換されていてもよい。上記アルキレン基の炭素数は、例えば1~12であり、好ましくは1~6である。
【0025】
X0の例であるフッ素原子で置換されたアルキレン基としては、例えば、-C(CF3)2-、-C(CF3)2-C(CF3)2-等を例示することができる。X0の例である上述したアルキレン基の中では、-C(CF3)2-が好適である。
【0026】
X0の例であるアリーレン基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0027】
【0028】
X0の例であるアリーレンオキシ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0029】
【0030】
X0の例であるアリーレンチオ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0031】
【0032】
増殖活性が低下した細胞であっても基材上にスフェロイドを良好に形成しうるという観点からは、X0で示される2価の有機基は、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択されることが好ましく、上記b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択されることがより好ましく、b-8で表される構造であることがさらに好ましい。また、X0で表される2価の有機基は、-C(CF3)2-であることも同様に好ましい。
【0033】
X0の例である上述したアリーレン基、アリーレンオキシ基及びアリーレンチオ基は、各々独立して、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子または塩素原子であり、より好ましくはフッ素原子である。)、メチル基およびトリフルオロメチル基よりなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレンチオ基に置換している好適な置換基は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であり、好適にはフッ素原子である。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレ
ンチオ基は、Yにフッ素原子が含まれない場合、少なくとも1つ以上のフッ素原子で置換されることが好ましい。
【0034】
上記式(I)中、Yで示される2価の有機基としては、特に制限されないが、例えば、芳香環を有する2価の有機基が挙げられる。詳しくは、1個のベンゼン環からなる基もしくは、2個以上のベンゼン環が炭素原子(すなわち、単結合、またはアルキレン基)、酸素原子、硫黄原子を介してまたは直接結合した構造を有する基が挙げられる。具体的には、以下の基を例示することができる。
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
【0039】
Yの例である上述した芳香環を有する2価の有機基は、置換可能であれば、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原
子または塩素原子、より好ましくはフッ素原子である。)、メチル基およびトリフルオロメチル基からなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。芳香環を有する2価の有機基に置換している好適な置換基は、特にX0にフッ素原子が含まれない場合は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であることが好ましく、より好適にはフッ素原子である。
【0040】
スフェロイド形成性の観点から、上記式(I)中、Yはd-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される構造であることが好ましく、より好ましくはe-1、e-3またはe-4の構造であり、さらに好ましくはe-3の構造である。
【0041】
上記式(I)中、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、及びZ6は、各々同じであってもよく異なっていてもよく、それぞれ独立して、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子から選ばれ、X0およびYの少なくとも一方にフッ素原子が含まれない場合、Z1、Z2、Z3、Z4、Z5、およびZ6の少なくとも1つはフッ素原子であることが好ましい。
【0042】
スフェロイド形成性の観点から、本発明の好ましい一実施形態では、上記式(I)中、X0で示される2価の有機基が、-C(CF3)2-、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択され;かつ、Yが、d-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される。本発明のより好ましい一実施形態では、上記式(I)中、X0で示される2価の有機基が、-C(CF3)2-、b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択され;かつ、Yが、e-1、e-3およびe-4からなる群から選択される。
【0043】
上記の式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、酸二無水物とジアミンとの重合により得られるポリアミド酸を焼成する手法により得ることができる。以下に、一具体例として、6FDA/BAPP共重合体の合成過程を示す。なお、上記「式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂」のイミド化率は、100%でなくともよい。すなわち、式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、上記式(I)で表される構造単位のみからなるものであってもよいが、本発明の目的効果が損なわれない範囲において、環状イミド構造が脱水閉環せずにアミド酸のままである構成単位が一部に含まれていてもよい。
【0044】
【0045】
ポリアミド酸合成反応は有機溶媒中で行われることが好適である。ポリアミド酸合成反応に用いられる有機溶媒としては、原料である酸二無水物とジアミンとの反応が効率よく進行でき、かつこれらの原料に対して不活性であれば、特に限定されるものではない。例えば、N-メチルピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、メチルイソブチルケトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ニトロベンゼン、ニトロメタン、アセトン、メチルエチルケトン、イソブチルケトン、メタノール等の極性溶媒;トルエンやキシレン等の非極性溶媒等が挙げられる。中でも、極性溶媒を用いることが好ましい。これらの有機溶媒は、単独で使用されてもよいし、2種以上の混合物として使用されてもよい。アミド化反応後の反応混合物をそのまま熱イミド化に供してもよい。前記ポリアミド酸の溶液中の前記ポリアミド酸の濃度は特に限定されないが、得られる樹脂組成物の重合反応性と重合後の粘度、その後の製膜、焼成での取り扱いやすさから、好ましくは、5重量%以上、より好ましくは10重量%以上、好ましくは50重量%以下、より好ましくは40重量%以下である。
【0046】
前記ポリアミド酸を、熱イミド化または化学イミド化のいずれかによりイミド化して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。特定の実施形態では、前記ポリアミド酸を、加熱処理によりイミド化(熱イミド化)して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。熱イミド化で得られたポリイミドは、触媒の残存の可能性がなく、細胞培養用途ではより好ましい。なお、含フッ素ポリイミド樹脂のイミド化率は、100%でなくともよい。すなわち、含フッ素ポリイミド樹脂は、上記式(I)で表される構造単位の環状イミド構造の一部が開環したアミド構造である構造単位を、一部に含むものであってもよい。
【0047】
熱イミド化によりイミド化する場合、例えば、前記ポリアミド酸を、空気中で、またはより好ましくは窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、或いは真空中で、好ましくは温度50~400℃、より好ましくは100~380℃、好ましくは時間0.1~10時間、より好ましくは0.2~5時間の条件下で焼成してイミド化反応を行うことによりポリイミドを含む樹脂組成物を得ることができる。
【0048】
熱イミド化反応に供する前記ポリアミド酸は、適当な溶媒中に溶解された形態であることが好ましい。溶媒としては、ポリアミド酸を溶解するものであれば良く、ポリアミド酸合成反応に関して上記した溶媒を用いることもできる。
【0049】
化学イミド化によりイミド化する場合では、適当な溶媒中で後述の脱水環化試薬の使用によりポリアミド酸を直接イミド化することができる。
【0050】
前記脱水環化試薬は、ポリアミド酸を化学的に脱水環化してポリイミドとする作用を有するものであれば、特に制限なく用いることができる。このような脱水環化試薬としては、第三級アミン化合物を単独で用いるか、または、第三級アミン化合物とカルボン酸無水物とを組合せて用いることが、イミド化を効率よく促進させうる点で好ましい。
【0051】
第三級アミン化合物としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ-5-エン、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタン、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,3-プロパンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,6-ヘキサンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルメチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルエチレンジアミン等が挙げられる。これらの中でも特に、ピリジン、DABCO、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタンが好ましく、DABCOがより好ましい。3級アミンは1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0052】
カルボン酸無水物としては、例えば、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水イソ酪酸、無水コハク酸、無水マレイン酸等が挙げられる。これらの中でも特に、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸が好ましく、無水酢酸がより好ましい。カルボン酸無水物は1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0053】
化学イミド化においてポリアミド酸を溶解する溶媒としては、溶解性に優れる極性溶媒が好適である。例えば、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド等が挙げられ、これらの中でも特に、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミドおよびN-メチルピロリドンからなる群より選ばれる1種以上であることが均一反応をする観点から好ましい。アミド化反応の溶媒としてこれらの溶媒を用いた場合、アミド化反応後の反応混合物からポリアミド酸を分離せずそのまま化学イミド化に用いることができる。
【0054】
上記の細胞培養用基材の形成材料である樹脂の重量平均分子量は、例えば、5,000~2,000,000、好ましくは8,000~1,000,000であり、さらに好ましくは20,000~500,000である。なお、本明細書において、樹脂の重量平均分子量は、以下の手法により測定された値である。重量平均分子量が上記範囲であることにより、スフェロイド形成性がより良好となる。
【0055】
(重量平均分子量の測定)
装置:東ソー株式会社製 HCL-8220GPC
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・H2O、リン酸入りNMP):0.01mol/L
測定方法:0.5重量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線をもとに分子量を算出する。
【0056】
細胞培養用基材の細胞培養面は、静的水接触角が75°以上かつ転落角が15°以上であることが好ましい。細胞培養用基材がこのような条件を満たすことにより、細胞培養用基材上でのスフェロイド形成がより一層促進される。スフェロイド形成性の観点から、静的水接触角は、より好ましくは80°超であり、さらに好ましくは81°超であり、静的水接触角の上限は、例えば150°未満であり、好ましくは120°未満であり、より好ましくは100°以下であり、さらに好ましくは90°未満である。スフェロイド形成性の観点から、転落角は、18°以上、20°以上、22°以上、24°以上の順で高いほど好ましい。転落角の上限値は、例えば80°未満であり、好ましくは70°未満であり、より好ましくは60°未満であり、さらに好ましくは50°未満である。なお、上記の静的水接触角や転落角は、以下の方法により測定される値である。
【0057】
(静的水接触角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水2μLを滴下した直後の液滴の付着角度を測定する(測定温度:25℃)。
【0058】
(転落角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水25μLを滴下した後、基材を連続的に傾けていき、流れ落ちた際の角度を転落角とする(測定温度:25℃)。
【0059】
細胞培養用基材は、可塑剤、酸化防止剤等の添加剤成分をさらに含んでもよい。基材の厚さも特に制限されず、任意に設定できるが、例えば0.1μm~10mmであり、好ましくは1μm~1mmである。
【0060】
本発明に係る細胞培養用基材は、ナノ凹凸構造の形成加工を施さなくともスフェロイド形成に用いることが可能であるが、ナノ凹凸構造を有するものを排除しない。細胞培養用基材に対するナノ凹凸構造の形成加工は、例えば、特開2014-210404号公報に記載の手法により行うことができる。
【0061】
細胞培養用基材は、細胞培養容器の形態で用いられてもよい。具体的に、本発明の細胞培養容器は、上述した細胞培養用基材と他の部材(例えば、支持部材)とが組み合わされて構成されていてもよいし、上述した細胞培養用基材と他の部材とが一体化されて構成されていてもよいし、上述した細胞培養用基材のみにより構成されていてもよい。
【0062】
上述した細胞培養用基材が支持部材と組み合わされて細胞培養容器が構成される場合、細胞培養容器が開口した側から当該容器を平面視したときの内郭形状および外郭形状は、それぞれ例えば円、多角形(四角形、三角形等)などの任意の形状であることができる。支持部材を構成する材料としては、例えば、無機ガラス;カーボン;シリコン等の金属;ポリエチレン、ポリプロピレン、環状オレフィン等のポリオレフィン樹脂;ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステル樹脂;ポリメタクリル酸メチル等のアクリル系樹脂;エポキシ樹脂;ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン樹脂、ポリ酢酸ビニル、ABS(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)樹脂、ポリカーボネート樹脂、ビニルエーテル、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル(PPE)、ポリアリールエーテル、ポリフェニレンスルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアリールエーテルケトン、フェノール樹脂、ポリエーテルニトリル(PEN)等が例示できる。
【0063】
細胞培養容器は、上述した細胞培養用基材を備えていればよく、全体としてどのような
形状であってもよい。例えば、シングルもしくはマルチウェルプレートなどの培養用のプレート、シャーレ、ディッシュ、フラスコ、バッグ等の各種容器の形状であることができる。また、細胞培養容器は、大量培養装置や潅流培養装置などの培養装置における細胞培養容器の形態であってもよい。
【0064】
<用途>
上述したスフェロイドを有効成分として含有する本発明に係る予防・治療剤が予防・治療のターゲットとする疾患は、軟骨組織関連疾患である。
【0065】
軟骨組織関連疾患とは、軟骨組織に関連した疾患であり、軟骨の再生によって症状が改善しうる任意の疾患を意味する。軟骨組織関連疾患としては、例えば、変形性膝関節症、外傷性軟骨損傷、肩関節周囲炎、顎関節症、関節リウマチ、離断性骨軟骨症、無腐性骨壊死、および半月板損傷などが挙げられる。
【0066】
このように、本発明によれば、上述したスフェロイドを有効成分として含有する軟骨組織関連疾患の予防・治療剤が提供されるが、他の観点から、本発明はまた、以下のものも提供する。
【0067】
・培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドを、それを必要とする患者に投与することを含む、軟骨組織関連疾患の予防または治療方法。
【0068】
・軟骨組織関連疾患の予防または治療に用いられる、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイド。
【0069】
・軟骨組織関連疾患の予防または治療のための医薬の製造における、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドの使用。
【0070】
本発明に係るスフェロイドを有効成分として含有する予防・治療剤が上述したような各種の軟骨組織関連疾患に対して予防・治療効果を示すメカニズムは完全には明らかではないが、以下のようなメカニズムが推定される。
【0071】
すなわち、後述する実施例の欄において説明するように、本発明に係るスフェロイドは、培養された間葉系幹細胞を有効成分として含有するものであることにより(好ましくは、接着培養された間葉系幹細胞を有効成分として含有するものであることにより)、二次元培養物と比較して、TGFβ1(Transforming Growth Factor(腫瘍増殖因子)-β1)遺伝子について有意に高い発現量を示すことが判明している。
【0072】
ここで、TGFβ1遺伝子は、TGF-βスーパーファミリーに属する増殖因子であり、哺乳動物のTGF-βにはβ1、β2およびβ3のアイソフォームが存在している。TGFβ1は細胞増殖のほか、成長、分化や運動性の調節といった機能を担っており、胚形成、組織再構築や創傷治癒などの生理的機能にも関与していることが知られている。なお、成熟ヒトTGFβ1は、ブタ、イヌ、ウシと100%、マウス、ラット、ウマと99%アミノ酸配列が一致し、交差性を示す。本発明者らの検討によれば、このTGFβ1遺伝子の発現量の増加が、軟骨組織の再生や増殖に何らかの作用を示す結果、軟骨組織関連疾患の予防・治療効果を示すものと推定している。
【0073】
このように、本発明に係るスフェロイドは、二次元培養物と比較して所定の遺伝子について有意に高い発現量を示すが、そのメカニズムとしては、スフェロイドが立体的な細胞状態を作り出すことで、体内で存在している細胞状態に近い状態を再現しているためと考
えられる。また、特に接着培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドは、浮遊培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドよりも二次元培養に類似した経過を辿る結果、総合的に遺伝子の発現量が増大することが考えられる。さらに、接着培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドは、細胞培養用基材の表面に接着した状態で培養されることから、細胞同士の会合が少なくなる結果として比較的サイズの小さいスフェロイドを形成することが可能である。このため、培地からの栄養や酸素の供給が遮断される虞が小さいことから、高い機能(遺伝子発現量)を示しているのかもしれない。
【0074】
本発明に係る予防・治療剤は、従来公知の細胞製剤における知見を参照しつつ、同様にして調製、保管、投与することが可能である。本発明に係る予防・治療剤は、通常、注射剤の形態を有する。注射剤を調製する場合は、有効成分にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、および局所麻酔剤などを添加し、常法により皮下、筋肉内および静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤および緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、リン酸食塩水などが挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、チオグリコール酸、およびチオ乳酸などが挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、および塩酸リドカインなどが挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウムおよびブドウ糖などが例示されうる。
【0075】
本発明に係る予防剤および/または治療剤はまた、有効成分に加え、必要に応じて、一般的に用いられる各種の添加剤成分をさらに含みうる。
【0076】
本発明に係る予防・治療剤に含有される有効成分の量は、当該有効成分の用量範囲や投薬の回数などにより適宜決定されうる。
【0077】
用量範囲は特に限定されず、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無など)、および担当医師の判断などに応じて適宜設定されうる。
【実施例0078】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。なお、特記しない限り、以下の操作は室温(25℃)で行った。
【0079】
<製造例1:含フッ素ポリイミドフィルム(含フッ素ポリマー基材)の製造(1)>
100mL容量の三口フラスコに2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP) 3.602g(8.77ミリモル)、N-メチル-2-ピロリドン42.5gを仕込み溶解した。そこへ4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物(6FDA) 3.898g(8.77ミリモル)を加え、窒素雰囲気下、室温で5日間攪拌して、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15.0質量%)を得た。ここで、得られたポリアミド酸の重量平均分子量は280,000であった。なお、ポリアミド酸の重量平均分子量と、焼成後の含フッ素ポリイミドの重量平均分子量とは実質的に同一である。
【0080】
上記で得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を、焼成後の含フッ素ポリイミドフィルムの厚みが40μmとなるようにダイコーターを用いてガラス基体上に塗布し、塗膜を形成した。次いで、340℃にて1時間、窒素雰囲気下で塗膜の焼成を行った。その後、焼成物をガラス基体から剥離して、含フッ素ポリイミドフィルム1を得た。
【0081】
この含フッ素ポリイミドフィルム1の静的水接触角は83.0°、転落角は24.5°
であった。
【0082】
<脂肪組織由来間葉系幹細胞の採取>
コラゲナーゼ処理および遠心比重法を利用した周知の方法を用いて、ヒト脂肪組織からヒト脂肪組織由来幹細胞(Adipose derived Stem Cell:AdSC)を採取した。
【0083】
具体的には、まず、コラゲナーゼ溶液として、DNaseI(0.1mg/mL、ロッシュ、1284932)および3mM CaCl2を含むコラゲナーゼ1型(1mg/mL、和光純薬工業、035-17604)/1%BSA HBSS溶液を調製した。次いで、ヒト脂肪組織(1g~2g程度)をメスで細断し、その組織体積の3倍程度の上記コラゲナーゼ溶液とともに15mLチューブに入れ、37℃にて60分間振盪インキュベーションを行った。その後、インキュベートした15mLチューブ内に室温の5mM EDTA/PBS(EDTA(0.5M EDTA、pH8.0、ライフ テクノロジーズ、AM9260G)、10×DPBS(Ca(-)、Mg(-))(GIBCO、14200-166)を希釈して作製)を加えて、15mL程度の細胞懸濁液としてから300×gで5分間の遠心処理を施した。その後、上清(脂肪層を含む)を吸引除去し、5mM EDTA/PBSを加えて20mLにした。得られた細胞懸濁液をセルストレーナー(70μm、BD)に通しながら、新しい50mLチューブに回収し、室温のHistopaque1077 4mLの入った2本の15mLチューブに、上記回収した細胞溶液を10mLずつ穏やかに混入させずに重層した。これらを室温800×gで20分間(ブレーキ無し)の遠心処理を施し、遠心後に単核球細胞層だけを18G針付2.5mLシリンジで回収し、新しい15mLチューブに移して、冷却した5mM EDTA/PBSで14mLとした。その後、200×gで10分間(ブレーキ有り)の遠心処理を施し、上清を捨てた。次いで、1mLの冷却した5mM EDTA/PBSで細胞を懸濁し、14mLまでメスアップした後、200×gで10分間の遠心処理を施して、上清を捨てた。得られた細胞ペレットを初代培養用培地(10%FBS/DMEM F12、シグマ D8042+Antibiotic-Antimycotic、GIBCO 15240-062)で懸濁してから3×104/cm2~4×104/cm2程度の細胞密度で培養皿に播種した。その後、5%(v/v)CO2インキュベーター内で4~5日間培養し、接着細胞をヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞として、以下の実験に用いた。
【0084】
<ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の拡大培養>
上記で得られたヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞を1mLのCELLOTION(ZENOAQ製)で洗浄し、10%FBS/DMEM F12培地(シグマ製)を添加して10mLとした。次いで、250×gで5分間の遠心処理を施した。遠心処理後、上清を除去し、2mLの10%FBS/DMEM F12培地(シグマ製)で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。細胞懸濁液は2×105細胞/mLの濃度となるように調製した。その後、100mmディッシュ(ファルコン製)に9mLの培地を予め加えておき、そこに上記の濃度に調整した細胞懸濁液を1mL加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で拡大培養を行った。
【0085】
<実施例1:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の接着培養>
100mmディッシュから培地を除去し、細胞剥離液TrypLE select(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を3mL添加した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で5分間程度保持して細胞を剥離した。次いで、10%FBS/DMEM F12培地を用いて総量が10mLになるようにチューブへ移した。250×gで5分間遠心処理を施し、2mLの10%FBS/DMEM F12培地(シグマ製)で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。その後、1×105細胞/mLの濃度となるように調製した。
【0086】
上記製造例1で作製した含フッ素ポリマー基材である含フッ素ポリイミドフィルム1を細胞培養面に配置した24穴プレートに、上記で調製した細胞懸濁液を1mLずつ播種(1×105細胞/ウェル)した(培養0日目)。その後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養を行い、3日目まで培養した。
【0087】
その結果、培養の経過に伴い、含フッ素ポリマー基材(含フッ素ポリイミドフィルム1)に保持された(接着した)スフェロイドが出現することが光学顕微鏡を用いた観察によって確認された。ここで、光学顕微鏡による観察像を、
図1に示す。
図1(a)は培養1日目の観察像を示し、
図1(b)は培養3日目の観察像を示す。
【0088】
<実施例2:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の浮遊培養>
含フッ素ポリイミドフィルム1を細胞培養面に配置した24穴プレートに代えて、PrimeSurfaceマルチウェルプレート24well(住友ベークライト製)を用いたこと以外は、上述した実施例1と同様の手法により、ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の培養を行った。
【0089】
本実施例においてもスフェロイドの形成が確認できたが、当該スフェロイドはウェル底面に接着しておらずウェル底面に非接着の状態で沈んでいた。ここで、光学顕微鏡による培養3日目の観察像を、
図2に示す。
【0090】
<比較例1:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の平面培養>
含フッ素ポリイミドフィルム1を細胞培養面に配置した24穴プレートに代えて、24穴ポリスチレン基材(ファルコン製)を用いたこと以外は、上述した実施例1と同様の手法により、ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の培養を行った。本比較例において、培養された細胞は二次元的(平面状)に増殖するのみであり、スフェロイドの形成は確認されなかった。
【0091】
<遺伝子発現量の解析>
実施例1および実施例2並びに比較例1において間葉系幹細胞の培養を行った培養プレートから、細胞を回収した。回収した細胞から、NucleoSpin RNA(コスモバイオ製)を用いてRNAを回収した。
【0092】
回収したRNAを試料として、定量PCR法にてヒトTGFβ1遺伝子(軟骨分化起因因子)のmRNA発現量を測定した。なお、定量PCR用のキットとしてはBioRad
SsoFast EvaGreen Mastermix(バイオラッド製)を用い、測定機器名:BioRad CFX Connect 96well(バイオラッド製)により分析した。TGFβ1の遺伝子発現量は、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDH遺伝子の発現量に対するそれぞれの遺伝子の発現量の相対値として校正することにより算出した。結果を
図3に示す。
図3は、各培養条件におけるヒトTGFβ1遺伝子の発現量の結果を示すグラフである。
【0093】
図3に示すように、実施例1および実施例2において含フッ素ポリイミドフィルム1上で培養された間葉系幹細胞は、比較例1において培養された間葉系幹細胞と比較して、ヒトTGFβ1遺伝子について有意に高い発現量を示した。このことから、培養された間葉系幹細胞を含むスフェロイドにおいては、当該遺伝子の発現が促進されることがわかる。また、実施例1と実施例2との対比から、細胞培養用基材上で接着培養することにより、浮遊培養を行う場合と比較して、当該遺伝子の発現がよりいっそう促進されることもわかる。
【0094】
<製造例2:含フッ素ポリイミドフィルム(含フッ素ポリマー基材)の製造(2)>
100mL容量の三口フラスコに1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン2.976g(10.2ミリモル)、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物4.524g(10.2ミリモル)、N-メチル-2-ピロリドン42.5gを仕込んだ。窒素雰囲気下、室温で、5日間攪拌することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15.0質量%)を得た。ここで、得られたポリアミド酸の重量平均分子量は100,000であった。なお、ポリアミド酸の重量平均分子量と、焼成後の含フッ素ポリイミドの重量平均分子量とは実質的に同一である。
【0095】
上記で得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を、焼成後の含フッ素ポリイミドフィルムの厚みが40μmとなるようにダイコーターを用いてガラス基体上に塗布し、塗膜を形成した。次いで、360℃にて1時間、窒素雰囲気下で塗膜の焼成を行った。その後、焼成物をガラス基体から剥離して、含フッ素ポリイミドフィルム2を得た。
【0096】
この含フッ素ポリイミドフィルム2の静的水接触角は81.2°、転落角は19.9°であった。
【0097】
<ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の拡大培養>
上記で得られたヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞を1mLのCELLOTION(ZENOAQ製)で洗浄し、KBM ADSC-1培地(コージンバイオ製)を添加して10mLとした。次いで、250×gで5分間の遠心処理を施した。遠心処理後、上清を除去し、2mLのKBM ADSC-1培地(コージンバイオ製)で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。細胞懸濁液は2×105細胞/mLの濃度となるように調製した。その後、100mmディッシュ(ファルコン製)に9mLの培地を予め加えておき、そこに上記の濃度に調整した細胞懸濁液を1mL加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で拡大培養を行った。
【0098】
<実施例3:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の接着培養>
100mmディッシュから培地を除去し、細胞剥離液TrypLE select(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を3mL添加した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で5分間程度保持して細胞を剥離した。次いで、KBM ADSC-2培地(コージンバイオ製)を用いて総量が10mLになるようにチューブへ移した。250×gで5分間遠心処理を施し、2mLのKBM ADSC-2培地(コージンバイオ製)で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。その後、1×106細胞/mLの濃度となるように調製した。
【0099】
上記製造例2で作製した含フッ素ポリマー基材である含フッ素ポリイミドフィルム2を細胞培養面に配置した35mmシャーレに、上記で調製した細胞懸濁液を0.2mLずつ播種(2.0×105細胞/ウェル)し、KBM ADSC-2培地(コージンバイオ製)を1.8mL加えた(培養0日目)。その後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養を行い、3日目まで培養した。
【0100】
その結果、培養の経過に伴い、含フッ素ポリマー基材(含フッ素ポリイミドフィルム2)に保持された(接着した)スフェロイドが出現することが光学顕微鏡を用いた観察によって確認された。
【0101】
<実施例4:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の浮遊培養>
実施例3で用いた含フッ素ポリイミドフィルム2を細胞培養面に配置した35mmシャーレに代えて、ELPLASIA(クラレ製)を用いた。また、3.5×105細胞/mLに調製した細胞懸濁液を1mLずつ播種した(培養0日目)。その後、37℃の5%(
v/v)CO2インキュベーター内で培養を行い、3日目まで培養した。なお、本実施例においてもスフェロイドの形成が確認できたが、当該スフェロイドはウェル底面に接着しておらずウェル底面に非接着の状態で沈んでいた。
【0102】
<比較例2:ヒト脂肪組織由来の間葉系幹細胞の平面培養>
実施例3で用いた含フッ素ポリイミドフィルム2を細胞培養面に配置した35mmシャーレに代えて、24穴ポリスチレン基材(ファルコン製)を用いた。また、8×103細胞/mLに調製した細胞懸濁液を1mLずつ播種した(培養0日目)。その後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養を行い、3日目まで培養した。本比較例において、培養された細胞は二次元的(平面状)に増殖するのみであり、スフェロイドの形成は確認されなかった。
【0103】
<変形性膝関節症モデルマウスを用いた幹細胞スフェロイドの変形性膝関節症治療効果の確認>
12週齢の雄のBALB/cヌードマウスに対して変形性膝関節症誘発(前十字靭帯および半月板片側切除モデル)を行った。モデル作製後に十分なホイール運動負荷をかけ、1週間後に、上記比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞、並びに上記実施例4および実施例5で得られた間葉系幹細胞スフェロイドをそれぞれマウスの関節(軟骨欠如領域)に関節内局所投与した。ここで、間葉系幹細胞は5×10
4細胞/マウスを投与し、間葉系幹細胞スフェロイドについても5×10
4の細胞からなるスフェロイドを投与した。モデル作製から3週間(21日目)の時点で解剖を行い、サフラニンO染色を実施して、脛骨骨頭部の軟骨層の厚みと軟骨基質の染色状況を確認した。結果を
図4および
図5に示す。
図4は、比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞並びに実施例3および実施例4で得られた間葉系幹細胞スフェロイドを投与した変形性膝関節症モデルマウスにおける組織学的関節損傷度の半定量的スコアリング評価の結果を示すグラフである(スコアが小さいほど関節の損傷度は低いことを意味する)。また、
図5は、比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞並びに実施例3および実施例4で得られた間葉系幹細胞スフェロイドを投与した変形性膝関節症モデルマウスにおける関節組織に対してサフラニンO染色を行った結果を示す顕微鏡写真である。
【0104】
図4に示すように、実施例3および実施例4で得られたスフェロイドを投与したマウスでは、いずれも比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞を投与したものと比較して優れたスコアリング評価の結果を示した。また、
図5に示すように、実施例3で得られたスフェロイドを投与したマウスでは、比較例2で得られた平面培養された間葉系幹細胞を投与したものと比較して厚い軟骨層を示しており、サフラニンOにより染色される軟骨基質の赤色も有意に多いものであった(比較例2と比べてよい傾向が認められた)。なお、
図4および
図5に示す「ブランク」は、細胞を含まない緩衝液のみを投与して同様に実験を行ったものである。
【0105】
なお、本出願は、2016年12月2日に出願された日本特許出願第2016-235286号および2017年8月22日に出願された日本特許出願第2017-159670号に基づいており、その開示内容は、参照により全体として引用されている。