(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023129753
(43)【公開日】2023-09-19
(54)【発明の名称】スリーブ付き磁石式義歯アタッチメントとその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61C 13/235 20060101AFI20230911BHJP
【FI】
A61C13/235
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022033999
(22)【出願日】2022-03-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】713000630
【氏名又は名称】マグネデザイン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】本蔵 義信
(72)【発明者】
【氏名】菊池 永喜
(72)【発明者】
【氏名】本蔵 晋平
(57)【要約】 (修正有)
【課題】磁石式義歯アタッチメントの吸着力を飛躍的に改善すると同時に、自動調心機能を付与して、デジタルデンチャーの維持装置としての機能を提供する。
【解決手段】スリーブ付き磁石式義歯アタッチメント本来の吸着力は、ステンレス鋼磁石を活用することで改善を図る。その上で、スリーブ111をキャップ11に一体成形し、スリーブとキーパー20との勘合で、横方向の移動や回転を抑制して、磁石構造体10とキーパーの被吸着面211を平行に維持し続けて、食事中に本来の強い吸着力を維持し続けることを可能にする。スリーブについては、キャップと同じであるCr系ステンレス磁性材料として、冷間プレスで一体成形し、吸着力を低下させることなく、キーパーとの篏合性および製造しやすさを実現した。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
義歯床に配設されるスリーブ付きの磁石構造体と支台歯の上に配設される軟磁性材料からなる凸形状のキーパーとからなり、前記磁石構造体に設けられた吸着面と前記キーパーに設けられた被吸着面とを当接させることにより両者が磁気吸引力によって互いに吸着するように構成されたスリーブ付き磁石式義歯アタッチメントにおいて、
前記磁石構造体は、永久磁石と該永久磁石を内蔵するキャップと、該キャップの開口部に蓋をするシールドプレートと、該キャップの開口部の先端から径方向外方に延在するスリーブとを備え、
前記キャップと前記スリーブは、同じCr系軟磁性ステンレス鋼よりなり、両者は一体的に形成されており、
前記シールドプレートは、非磁性のCr-Ni系ステンレス鋼よりなる外縁部とCr-Ni系ステンレス磁石よりなる外縁部以外とからなり、
かつ、前記キャップと前記シールドプレートとの境界部は、溶接によって接合されており、その溶接部は平滑化された吸着面を形成しており、
前記凸形状のキーパーは、Cr系軟磁性ステンレス鋼よりなり、下部は円板状にて上部は外周側に傾斜面を有して前記スリーブの凹部との両者で嵌め合い状態を形成し、
かつ、前記磁石構造体の前記吸着面の全面が前記キーパーの被吸着面に吸着するように両者の吸着面・被吸着面の直径が関係づけられていることを特徴とするスリーブ付き磁石式義歯アタッチメント。
【請求項2】
請求項1において、
前記磁石構造体は、直径1.5mm~5mm、高さ0.6mm~2mmからなり、
前記スリーブは、深さ0.1mm~0.3mm、最大内径1.7mm~7mmからなり、
前記キーパーは、前記凸部の上面の直径は1.55mm~5.20mm、高さは0.1mm~1.5mmにて、底面の直径は1.7mm~7mmからなることを特徴とするスリーブ付き磁石式義歯アタッチメント。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記Cr-Ni系ステンレス磁石は、8,000~12,000Gの飽和磁化、100~200Oeの保磁力、800G以上の異方性磁界かつ6,000~10,000Gの残留磁気を有することを特徴とするスリーブ付き磁石式義歯アタッチメント。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項において、
前記キーパーの被吸着面は、Cr拡散層を有していることを特徴とするスリーブ付き磁石式義歯アタッチメント。
【請求項5】
永久磁石とCr系軟磁性ステンレス鋼製のスリーブ付きキャップ素材、Cr-Ni系ステンレス磁石とその外縁部は非磁性のCr-Ni系ステンレス鋼とからなるシールドプレートとから構成される磁石式義歯アタッチメント用のスリーブ付き磁石構造体の製造方法であって、
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを冷間伸線加工にて50%以上のマルテンサイト変態を生ぜしめ、長さ方向に繊維組織を形成し、張力を0~30kg/mm2負荷した状態で450℃~570℃の温度で張力熱処理を施したのちに、そのワイヤから円板を切り出し、次に、このマルテンサイト変態状態の円板の外縁部(外周部)を加熱してオーステナイト相に戻す非磁性改質を行ない、外縁部は非磁性材料で外縁部以外(外周部以外)は半硬質磁性材料からなる複合シールド板を作製する工程と、
(2)Cr系軟磁性ステンレス鋼の鋼板を打ち抜いて円筒素形材を形成し、前記円筒素形材を冷間加工によりスリーブ付きキャップ素形材を作製する工程と、
(3)前記スリーブ付きキャップ素形材を温度700℃~850℃にて熱処理する工程と、
(4)熱処理された前記スリーブ付きキャップ素形材Aのキャップ内に永久磁石を内蔵した後、前記キャップの開口部を複合シールド板により蓋をして磁石構造体を組み立てる工程と、
(5)前記キャップの開口部と前記複合シールド板との境界部を溶接により接合する工程と、
(6)前記磁石構造体素体の溶接部と前記複合シールド板の吸着面とを研磨により平滑化する工程と、
(7)前記スリーブ付きキャップ素形材Aのスリーブを内周側に曲げ加工する工程と、
(8)工程(1)から(7)で作製した磁石構造体を高さ方向に着磁装置により着磁する工程と、
からなり、工程(3)については省略することも可能であることを特徴とするスリーブ付き磁石構造体の製造方法。
【請求項6】
磁石式義歯アタッチメント用の磁石構造体を構成するシールドプレートの製造方法であって、
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを長手方向に冷間延伸加工し、50%以上のマルテンサイト変態を生じせしめる工程、
(2)前記マルテンサイト変態した半硬質磁性材料を切断加工、または打ち抜き加工により円板状のシールド板に加工する工程と、
(3)前記シールド板の外縁部のみを非磁性改質する工程と、
(4)前記外縁部の非磁性材料と外縁部以外の半硬質磁性材料とよりなる複合シールド板を作製する工程と、
(5)磁石構造体を構成するキャップに永久磁石を内蔵し、前記複合シールド板でもって蓋をし、前記キャップと前記複合シールド板との境界部を溶接により接合した後に接合部を研磨・平滑化して、前記永久磁石と前記複合シールド板を重ねて電磁石により印可する工程と、
からなることを特徴とするシールドプレートの製造方法。
【請求項7】
請求項6において、
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼板を冷間圧延加工により20%以上のマルテンサイト変態を生じせしめる工程と、
(2)打ち抜き加工により円板状のシールド板を作製する工程と、
からなることを特徴とするシールドプレートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科医療分野において磁石吸引力を利用して義歯を維持固定するために用いる強力な吸着力を有するキャップ状のスリーブ付き磁石式義歯アタッチメントに関する。
【背景技術】
【0002】
義歯としては、有床義歯、ブリッジおよびインプラントなどがある。支台歯への維持の仕方は、ねじ、クラスプ、接着剤および磁石が使用されており、ねじ、クラスプ、接着剤は義歯と支台歯とを勘合する必要がある。しかし、接続面の精密加工を必要とし、義歯の製作には高度な技能を有するとともに手間暇がかかっており、高価である。一方磁石方式は、自己吸引力で吸着するために義歯の製作が容易であり、さらに義歯の着脱が容易である。有床義歯の維持装置として、特許文献1に開示されている磁石構造体を使用しているタイプが、広く普及している(
図11)。
しかし、磁石は垂直方向には大きな力を提供できるが、水平方向には力は生じない。さらに義歯が水平方向の力を受けると回転力に変化し、磁石は回転力で傾斜して、簡単に外れてしまうという欠点がある。
【0003】
特許文献2(
図1)では、
図12に示すような磁石構造体側に非磁性のガイドリングを取り付けて、上記欠点を解消した強力な吸着力を有するキャップ状の磁石式義歯アタッチメントが開示されている。ガイドリング材質に非磁性素材を使用してガイドリングから磁束が漏れることを防いでいる。またキーパーとガイドリングの傾斜を同じとし、かつ嵌め合い精度を両側で0.2mmとして、篏合力を強めている。
しかし、磁石構造体の直径が4mmのものが6mmと大きくなりすぎるという欠点があること、構造が複雑で組立・溶接作業が難しいことによる品質を安定させることが難しいこと、非磁性ガイドリングの精密部品の製作が高価であることなどの問題があり、実用化に至っていない。それゆえに小型で安価で品質が安定した勘合タイプの磁石式義歯アタッチメントの開発が求められている。
【0004】
また、磁石のメリットと欠点を考慮して、ブリッジやインプラントへの応用も試みられている。
特許文献3では、
図13に示すように、インプラントの人工歯(補綴冠)とインプラント先端芯部
との精密篏合と磁石の吸着力を併用して十分な維持力を有する可撤性インプラントが開示されている。
しかし、臨床の現場で、人工歯(補綴冠)内面のテーパとインプラント先端のテーパおよび磁石埋設用穴の芯部の精密加工が難しいうえ、磁石とキーパーの2部品を人工歯内奥部とインプラント先端に接着剤で精密よく固定することが困難で実用化されていない。工場で出荷される際に、製品として精密度を確保した勘合タイプの磁石式義歯アタッチメントの開発が求められている。
【0005】
近年義歯は、X線画像解析装置や3次元の形状測定を使って、口腔内の歯列状態を診断して、コンピュータで義歯を設計し、設計したデジタルデータをもとに、3次元プリンターで製作され始めている。つまり義歯は、精密鋳造デンチャーからデジタルデンチャーへと変わりつつある。3次元プリンターで製作した義歯個々に維持装置を精度よく設計することは難しいので、デジタルデンチャーの維持装置として、強力な力で吸着する磁石が期待されている。さらに、デジタルデンチャーには、0.1mm程度の遊びが生じてしまい、高精密な勘合力で義歯を維持する機械的維持装置をデジタルデンチャーには使用するのが難しいという問題が浮かび上がってきている。
デジタルデンチャーの維持装置として、自動調心機能を有し、かつ小型で強力な吸着力を有する磁石式義歯アタッチメントの開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8-317941号公報
【特許文献2】特開2005-270678号公報
【特許文献3】特開平7-95988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
第1の課題は、特許文献1に開示されている磁石構造体よりも、さらに強い吸着力を有する新たな磁石構造体設計を考案し、強力な吸着力を実現することである。また吸着面の硬さを上げて摩耗しにくくすることである。さらに溶接部強度を高めて破損しにくくすることである。
【0008】
第2の課題は、特許文献2に開示されている非磁性ガイドリングを使った水平力や回転力に強い外れにくい磁石構造体の欠点を解決することである。キャップとガイドリングの2部品を製作して、それらを溶接するという方法は、高価で製造コストが高く、しかも品質を安定的に確保するには難しい工法である。これに代わる信頼性が高く、安価に製造可能な構造と工法を考案することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の課題に対しては、本発明者らは、シールドプレートを従来の軟磁性ステンレス鋼に代えて、Cr-Ni系ステンレス磁石に置き換えた新たな磁気回路を形成すると、磁気吸引力の向上を図ることができるのではないかとの新しい考えに思い至った。そこで、Cr―Ni系ステンレス磁石の残留磁気を種々代えて磁石式磁性アタッチメントの吸着力に対する影響を調査することにした。その結果、この新しい考えの有効性を確認した。
【0010】
研究は磁場解析プログラムを使って行った。
磁石構造体の大きさは、直径4.0mm、高さ1.3mmで、内蔵されている永久磁石は50MGOeのNdFeB磁石(以下、Nd磁石という。)にて、その直径は3.2mm、高さ0.9mmとする。
【0011】
キャップは、軟磁性18Cr系ステンレス鋼ステンレス鋼を冷間プレス加工した後、熱処理を実施して使用した。外形は直径4mm、内径は3.2mm、高さは1.3mmとした。
シールドプレートは、非磁性の18Cr-8Ni系ステンレス鋼ワイヤを常温で60%以上伸線加工して直径は3.2mmとした。この加工でマルテンサイト変態を誘起して、マルテンサイト量を50%以上とし、550℃の張力熱処理を施して半硬質磁性材料とした。それを切断加工により0.1mm厚さの円形プレートとしてその外周のリング幅0.3mm部を非磁性改質して磁石構造体に溶接組付けした後、Nd磁石と一緒に着磁磁界は30,000Gで飽和着磁して、保磁力80OeのCr-Ni系ステンレス磁石としてプレート素材とした。キーパーは軟磁性18Cr系ステンレス鋼とした。
【0012】
その結果、
図1に示すように、Cr-Ni系ステンレス磁石の残留磁気量に比例して磁気吸引力が増加することが分かった。すなわち、NdFeB磁石に加えてステンレス磁石の採用により、磁石構造体の内蔵する磁気エネルギーを増大させて磁気吸引力の向上が可能となる。
【0013】
次に、吸着面の硬さを高め、かつ溶接部の品質を安定化させる製造方法の簡素化について研究した。
シールドプレートの構成について、軟磁性材料よりなるシールド板と非磁性材料よりなるリングとの2部品から、Cr-Ni系ステンレス磁石からなるシールドプレートの1部品に変更する。
シールドプレートの製造方法は、先ずCr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを冷間伸線加工にて50%以上のマルテンサイト変態を生ぜしめ、長さ方向に繊維組織を形成し、張力を0~30kg/mm2負荷した状態で450℃~570℃の温度で張力熱処理を施したのちに、そのワイヤから円形のシールド板を切り出す。
次に、このマルテンサイト変態状態のシールド板の外縁部をレーザー加熱または高周波加熱してオーステナイト相に戻す非磁性改質を行う。これにより、外縁部(リング部)は非磁性材料で外縁部以外(円板部)は磁性材料からなる複合シールド板を作製できる。本発明においてシールド板のリング部の非磁性改質の方法は上記方法に限らない。
【0014】
そして、この複合シールド板の着磁は、磁石構造体に溶接接合した後に、Nd磁石の着磁と一緒に30,000Oeの磁界を印加して行なった。
【0015】
キャップの製造方法は、軟磁性Cr系ステンレス鋼板を打ち抜いて円筒素形材を作り、それを冷間加工によりスリーブ付キャップを作製した後、透磁率2000程度の軟磁気特性を回復させるための熱処理を実施した。この段階ではスリーブはキャップからつば上に水平方向に張り出した形で取り付けられており、磁石構造体の組立・溶接・吸着面の研磨後に曲げ加工してキーパーのテーパ部と勘合可能なスリーブ形状に成形される。
【0016】
磁石構造体の組み立て製造方法については、先ず、組み立てはCr系ステンレス鋼よりなるスリーブ付キャップに永久磁石を装入し、キャップの開口部に蓋としてのCr-Ni系ステンレス鋼および半硬質磁性材料(印可によりCr-Ni系ステンレス磁石となる。)との複合シールド板を圧入する。次に複合シールド板とキャップとの境界部を一体的に溶接する。溶接された境界部(溶接部)は、軟磁性のCr系ステンレス鋼と非磁性のCr-Ni系ステンレス鋼を溶け込ませた合金のためにδフェライト相が析出して弱磁性部となる。そこで、非磁性の外周部の境界面側において、境界部にある溶け込み部は外周部幅より小さくして、残りを非磁性部のままに残存させることができるので磁気的遮断は完全にすることが可能となる。
【0017】
キャップと複合シールド板の境界面の一ヶ所をレーザー溶接するだけなので、溶接部は強度、磁気特性、耐食性の点で安定した特性を容易に確保できる。吸着面は、溶接によって凹凸が生じるので、平面研磨をする。この時キャップから水平に張り出したスリーブ内面も合わせて研磨する。
【0018】
次に、吸着面となる磁石構造体に対して被吸着面となるキーパーの構成は次の通りである。
キーパーの材質は、Cr系軟磁性ステンレス鋼からなる。そのキーパーの被吸着面の材質としては、優れた軟磁性が求められている。さらに優れた耐酸化性と耐摩耗性を有することが好ましい。
【0019】
従来は、CrメッキやTiNコーティングが行われていたが、その際に非磁性膜ができ、磁気吸引力低減の一因にもなっている。そこで、本発明ではCr拡散層を形成することにより、硬さはHv400程度、好ましくはHv450以上することにする。硬くすることによりキーパーの被吸着面とシールドプレートの吸着面の摩耗防止、特にキーパーの被吸着面の硬さをシールドプレート(円板部のマルテンサイト組織)の硬さより硬くして、キーパーの摩耗を防止することが好ましい。
【0020】
第2の課題に対しては、スリーブとキャップの一体構造を検討することにした。
まず非磁性ガイドリングを見直すために、まずガイドリング素材を磁気特性の影響を検討し、非磁性素材から磁性素材への変更の可否を検討した。そのために、磁石構造体とキーパーを吸着した時の吸着力に及ぼすスリーブ素材(特許文献2のガイドリングに対応する。)について磁場解析プログラムを使って調査した。
【0021】
従来は、スリーブとキーパーとは密着した構造としており、その場合、スリーブが磁性材料の場合には磁束がスリーブに流れて吸着面を流れる磁束が弱まり、吸着力が低下すると考えられていた。
そこで、キャップとキーパーは磁性材料で、スリーブには非磁性素材が使用されていた。本実験の結果、従来のようにスリーブ内面とキーパー傾斜面とを使った篏合の場合には、スリーブ素材には磁性素材を使用すると吸着力が低下するが、両者の間に0.1mm程度の隙間を設けて、両者の篏合は、斜面で篏合する代わりに、スリーブの先端部で主に篏合させることにすると、キャップとスリーブが同じCr系磁性ステンレス鋼であっても、吸着力に影響しないことを見出した。この結果を踏まえて、キャップとスリーブを同じCr系磁性ステンレス鋼として一体成形して製作し、しかもスリーブとキーパーとの篏合はスリーブ内面端であるスリーブ先端部のみとすることにした。
【0022】
図2に、スリーブ111とキーパー斜面212との間に0.1mm程度の隙間を設けて、篏合させた様子を示す。
スリーブの端部内面113が、キーパー斜面212に接触した際に、磁石構造体10の吸着面131とキーパー20の被吸着面211との間に隙間が生じないことが重要である。キーパー20の被吸着面211の直径を磁石構造体10の吸着面131の直径よりの0.1~0.5mm大きくし、かつスリーブ端部内面113の直径がキーパー斜面212の接触点の直径より0.1mm程度大きくなるように調整をすることが好ましい。調整の仕方は吸着面に隙間が生じないように篏合する方法ならば、上記方法にこだわるものではない。
【0023】
次に、スリーブ111の曲げ加工について、
図3により説明する。
スリーブ111は、円筒素形材を冷間加工によりつば上に水平方向に張り出した形で取り付けられている。
このスリーブ付きキャップ素材を必要に応じて熱処理し、キャップ内に永久磁石を内蔵(装入)し、キャップの開口部を複合シールド板にて蓋をし、キャップの開口部と複合シールド板との境界部を溶接により接合した後に、溶接部と複合シールド板の吸着面およびスリーブ張り出し面を研磨により平滑化する。
この平滑化した磁石構造体素体10の面をダイ32の上に載せ、円筒形パンチ31を降下させてスリーブの曲げ加工を行なう。
【0024】
ダイ32とパンチ31とキーパー20との関係は次のとおりである。
円筒形状よりなるパンチ31の下部内面の傾斜面の勾配は、円錐台形状よりなるダイ32の上部外周面の傾斜面の勾配と同じである。パンチ31の下部端部の内面の直径とダイ32の上面の直径と同じである。
パンチ31およびダイ32の傾斜面の勾配はキーパー20の上部の傾斜面の勾配より大きく、ダイ32の上面の直径はキーパー20の上面の直径より大きい。
【0025】
曲げ加工の工程は、a1)に示すように、ダイ32の上に被曲げ加工素材である磁石構造体素形体10が載せられ、パンチ31が降下する。パンチ31の降下により、スリーブ111がダイ32に圧接され曲げられる。a2)にスリーブを曲げ加工した状態を示す。スリーブ内面の形状と寸法は高い精度になる。
パンチ31を上昇させ、ダイ32から降ろしてスリーブが曲げ加工された磁石構造体10をキーパー20と組み合わせると、上
図2のとおりである。
【0026】
磁石式義歯アタッチメントの製造方法をまとめて示すと、
第1に、スリーブ付キャップ、キーパーはCr系軟磁性ステンレス素材を冷間プレス加工して作製後に、熱処理により軟磁気特性を回復させる。この段階ではスリーブはキャップからつば上に取り付けられている。
第2に、プレートはCr-Ni系ステンレスワイヤを50%以上の冷間伸線加工して、マルテンサイト量を50%以上として、450570℃の張力熱処理を施し、8,000~12,000Gの飽和磁化、100~200Oeの保磁力、800G以上の異方性磁界かつ6,000~10,000Gの残留磁気を有する磁石の素材とした後、ワイヤからプレートを切り出し、外周部を加熱して非磁性組織に改質する
第3に、キャップの開口部に磁石を配置し、プレートで蓋をしたのち、キャップとプレートの境界部をレーザー溶接する。レーザー溶接された吸着面を平面研磨する。
第4に、キャップからつば上に張り出していたスリーブを曲げ加工して所定の形状にする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によると、シールドプレートにステンレス磁石を採用することにより、高い磁気吸引力を実現すると同時に、キャップにスリーブを一体成形して凹部を設けるとともにキーパー側に凸部を設けて、両者の凹凸部の嵌め合いで、横移動と回転を抑制して、磁石本来の吸着力を実現できる。これにより、義歯を支台歯に安定した維持が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】磁気吸引力に及ぼすCr―Ni系ステンレス磁石プレートの残留磁気の強さの影響を示す図である。
【
図2】磁石構造体のスリーブとキーパーとを篏合させた状態を示す図である。
【
図3】磁石構造体のスリーブを曲げ加工する工程を示す図である。
【
図4】スリーブ付磁石式義歯アタッチメントの断面図である。
【
図5】シールド板(b1)および非磁性と半硬質磁性よりなる複合シールド板(b2)の断面図である。
【
図6】キャップと複合シールド板との境界部(接合部)の表面側におけるレーザー溶接を示す断面図である。
【
図7】凸形状からなるキーパーの製造工程における断面図である。
【
図8】スリーブ付き磁石式義歯アタッチメントの製造工程に関し、スリーブ付きキャップ素材(d1)、スリーブ付きキャップ素材に永久磁石と複合シールド板による組み立て(d2)および溶接により接合(d3)を示す断面図である。
【
図9】溶接部などを研磨による平滑化(d4)、スリーブが曲げ加工(d5)および冷間プレス加工によるキーパー(d6)を示す断面図である。
【
図10】磁石構造体とキーパーとの組み合わせ(d7)を示す断面図である。
【
図11】特許文献1における、磁石構造体を使用しているタイプを示す図である。
【
図12】特許文献2(
図1)に示す磁石構造体側の非磁性ガイドリングを示す図である。
【
図13】特許文献3のインプラントの人工歯(補綴冠)を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明の第1実施形態は次の通りである。
義歯床に配設されるスリーブ付の磁石構造体と支台歯の上に配設されるCr系軟磁性ステンレス鋼からなる凸形状のキーパーとからなり、前記磁石構造体に設けられた吸着面と前記キーパーに設けられた被吸着面とを当接させることにより両者が磁気吸引力によって互いに吸着するように構成された磁石式義歯アタッチメントにおいて、
前記磁石構造体は、永久磁石と該永久磁石を内蔵するCr系軟磁性ステンレス鋼製のキャップと該キャップの開口部に蓋をするシールドプレートとからなっている。
前記キャップは、その開口部の先端から径方向外方に延在する前記スリーブと一体成形されたもので、Cr系軟磁性ステンレス鋼よりなっている。
前記シールドプレートは、非磁性のCr-Ni系ステンレス鋼よりなる外縁部とCr-Ni系ステンレス磁石よりなる外縁部以外とからなり、
かつ、前記キャップと前記シールドプレートとの境界部は溶接によって接合されており、その溶接部は平滑化された吸着面を形成している。
前記キーパーは、Cr系軟磁性ステンレス鋼よりなり、凸形状にて外周側に斜面よりなる凸部を有するもので、凸部外周部と前記スリーブの内周端部の両者で嵌め合い状態を形成している。
前記磁石構造体の前記吸着面の全面が前記キーパーの被吸着面に吸着するように両者の吸着面・被吸着面の直径が関係づけられている。
【0030】
これにより、磁気吸引力が向上し、自動調心機能を確実なものにすると同時に磁石構造体とキーパーが吸着時に横ずれおよび回転を抑制し、両者に働く吸着力を弱めることなく、両者を吸着維持することが可能となる。また、製造工程の簡素化が可能となる。
【0031】
磁石式義歯アタッチメントについて、
図4を用いて説明する。
磁石式義歯アタッチメント1は、スリーブ付の磁石構造体10とキーパー20とから構成されている。磁石構造体10は義歯床(図示なし)に配設されて磁気吸引力を発揮している。一方、キーパー20は支台(図示なし)に配設される磁性材料のCr系軟磁性ステンレス鋼からなる。
両者の関係は、一方は磁石構造体10に吸着面131が設けられ、他方はキーパー20に被吸着面211が設けられており、吸着面131と被吸着面211とは当接されることにより両者が磁気吸引力によって互いに吸着し、吸着されるように構成されている。
【0032】
先ず、スリーブ付の磁石構造体10について説明する。
磁石構造体10は、永久磁石12と永久磁石を収納するキャップ11とキャップ11の開口部の蓋をするシールドプレート13から構成されている。
永久磁石12は、Nd-Fe-B系磁石(Nd磁石という。)など希土類磁石が好ましい。Nd磁石では、最大エネルギー積(BHmaxという。)は大きいほど好ましく、BHmaxは40~55MGOeとする。BHmax40MGOe未満のBHmaxでは十分な磁気吸引力を得ることができない。上限は汎用的なNd磁石の上限であるBHmax55MGOeとする。
【0033】
キャップ11は、Cr系軟磁性ステンレス鋼からなり、その特性は、透磁率2000程度である。これにより十分な磁気吸引力を得ることができる。
【0034】
スリーブ111は、キャップ11と一体で成形され、磁石構造体に組み立てられ、平滑化のために研磨された後に、キャップの開口部の先端から径方向外方に延在するように内側に曲げ加工されている。
スリーブ111の内側の傾斜面は、キーパー20の凸部の傾斜面と嵌め合い状態を形成し、内側の最小径はキーパー凸部の上面(被吸着面)の外径より0.1~0.5mm大きくしている。これにより両者の間に小さな隙間を設けて篏合が容易となる。
材質は、キャップと同一である。磁気特性については、曲げ加工により透磁率は2000から200程度に低下し、スリーブを介して漏洩する磁束量を小さくすることができる。
【0035】
シールドプレート13は、
図5の(b2)に示す複合シールド板133をキャップ11等とともに磁石構造体を組み立て、レーザー接合後、永久磁石とともに3万Oe程度の着磁磁界を印加により磁石化した状態である。
外縁部以外(円板状)134MはCr-Ni系ステンレス磁石よりなる磁石材料と外縁部(リング状)135はCr-Ni系ステンレス鋼よりなる非磁性材料(非磁性部)からなる。これは、外縁部以外(円板状)134は、半硬質磁性材料を飽和着磁して磁石材料とし、磁石の性能は、8,000~12,000Gの飽和磁化、100~200Oeの保磁力、800G以上の異方性磁界かつ6,000~10,000Gの残留磁気とした。外縁部135を非磁性にすることで、キャップ11とシールドプレート13の間を磁気的遮断して、磁石構造体10とキーパー20と磁気回路を形成して吸着力を大きくするものである。
【0036】
さらに、シールドプレート13は、キャップの開口部に蓋をするとともに境界部をレーザー溶接して隙間を塞ぎ、キャップ11に収納されている永久磁石12を口腔内の唾液などから保護する役割を有するものである。
【0037】
キーパー20は、
図7(c2)に示すように、凸型形状にて凸部21の外周側に傾斜面(テーパ面)212を有するように冷間プレス加工により作成した。凸部21の上面(被吸着面211)の直径は磁石構造体の直径と同等ないし最大0.5mm程度大きくし、かつ両者を篏合した時に、スリーブ内面端とキーパー斜面との接触位置は吸着面・被吸着面間に隙間が出ないように調整する。これにより、強い篏合力を保持しながら、吸着力の低下を防止することが可能となる。
【0038】
ここで、Cr-Ni系ステンレス磁石の製造方法および磁石構造体の組み立て方法は次の通りである。
先ず、シールド板に用いるCr-Ni系ステンレス磁石の製造方法は、
図5に示すように、オーステナイト相からなるCr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを60%以上の伸線加工をして、これにより50%以上のマルテンサイト変態を生ぜしめた伸線ワイヤを作製し、そこから図(b1)のシールド板132を切り出す。
次に、このマルテンサイト変態状態のシールド板132の外縁部を高周波加熱して、オーステナイト相に逆変態させて非磁性改質を行なう。そのリング状の幅は0.15~0.3mm、厚みは0.05~0.10mmが好ましい。これにより、中央部の外縁部以外(円板状)134は磁性材料からなるとともにリング部の外縁部135は非磁性材料(非磁性部)からなる図(b2)の複合シールド板133を作製する。
なお、伸線ワイヤの外周部を高周波加熱して、オーステナイト相に逆変態させて非磁性改質を行ない、次に複合シールド板133を切り出してもよい。
【0039】
この複合シールド板133の着磁は、以下の磁石構造体に組み立て・溶接・研磨を終えた後に、あるいはスリーブ曲げ加工した後、Nd磁石と一緒に電磁石を用いて30000~40000Oeの磁界を印加して行ない、8,000~12,000Gの飽和磁化、100~200Oeの保磁力、800G以上の異方性磁界かつ6,000~10,000Gの残留磁気の性能を有するCr-Ni系ステンレス磁石よりなる外縁部以外(円板状)134MとCr-Ni系ステンレス鋼よりなる外縁部(リング状)135とからなるシールドプレート13が形成される。
【0040】
磁石構造体の組み立ては、Cr系軟磁性ステンレス鋼よりなるキャップ11にNd磁石よりなる永久磁石12を装入し、次いでキャップ11の蓋となる複合シールド板133を圧入する。
【0041】
溶接については、
図6に示すように、Cr系軟磁性ステンレス鋼のキャップ11と複合シールド
板133のリング状のCr-Ni系ステンレス鋼135との境界部(接合部)の表面側をレーザー
溶接する。レーザー溶接により形成される溶接部135は、Cr系軟磁性ステンレス鋼11とCr
-Ni系ステンレス鋼135を溶け込ませた合金にてδフェライト相が析出はしているが、Cr-
Ni系ステンレス鋼134の半硬質磁性部にまで至らないので磁気的遮断は完全にすることができ
る。
なお、溶接部136のサイズは、幅0.10mm、深さ0.08mm、その公差は0.01mmが
好ましい。
【0042】
その後、溶接部136は研磨されて平坦面となる。この時、スリーブのキャップから水平方向に張り出していたスリーブの内面は同時に研磨される。スリーブは、その後曲げ加工されて、キーパーとの篏合に適した所定の形状に成形される。
【0043】
キーパー20は、
図7に示すように、Cr系軟磁性ステンレス鋼板を円板状200(c1)の所定のサイズにて打ち抜き、次いで凸形状(c2)からなり、上部である凸部21の外周側には傾斜面212を有するキーパー20にプレス加工して作製した。プレス加工状態のままキーパー20として使用することもできるし、700℃~850℃の温度で焼鈍熱処理をして、磁気特性を改善して使用することもできる。700℃より低い温度の場合、磁気特性の回復が十分ではない。また850℃より高い温度では、再結晶が進み結晶粒度が粗大化するので好ましくない。
または、Cr系軟磁性ステンレス鋼板から直接凸部21の外周側傾斜面212を有する凸形状よりなるキーパー20を打ち抜き、プレス加工により作製してもよい。なお、下部22は円板状である。
【0044】
第2実施形態は次のとおりである。
上記の磁石構造体10は、直径は1.5mm~5mm、高さ0.8mm~2mmの円柱形状からなり、スリーブ111は深さ0.1mm~0.3mm、直径は1.7mm~6mm、キーパー20は凸形状にて凸部21の高さは高さ0.15mm~0.4mm、キーパー20の底面の直径は1.7mm~7mmである。
磁石構造体10の直径と高さは装着する歯に合わせて極力小さいことが好ましいが、吸着力は断面積や高さに比例して大きくなるので、円柱形状として、直径は1.5mm~5mm、高さ0.8mm~2mmの範囲が好ましい。
スリーブ111とキーパー20の凸部21との篏合については、水平方向と回転方向の移動を抑制するために、スリーブ111は深さ0.1mm~0.3mm、直径は1.7mm~6mm、凸部21の高さは0.15mm~0.4mmとすることが好ましい。
【0045】
第3実施形態は、次のとおりである。
Cr系軟磁性ステンレス鋼の透磁率は、1000以上を有するものである。
Cr-Ni系ステンレス磁石は、8,000~12,000Gの飽和磁化、100~200Oeの保磁力、800G以上の異方性磁界かつ6,000~10,000Gの残留磁気を有する。
これにより、磁石構造体のNd磁石の磁力を加重することができる。
【0046】
第4実施形態は、次のとおりである。
キーパー20の被吸着面211は、Cr拡散層を有していることを特徴とするものである。
磁石式義歯アタッチメントを長期に使用した場合、吸着面が摩耗するトラブルが発生するので、キーパー20にCr拡散層を付与して、表面の硬さを硬くしておくことが好ましい。
【0047】
第5の実施形態は、永久磁石とCr系軟磁性ステンレス鋼製のスリーブ付きキャップ素材、Cr-Ni系ステンレス石とその外縁部は非磁性のCr-Ni系ステンレスとからなるシールドプレートとから構成される磁石式義歯アタッチメント用のスリーブ付き磁石構造体の製造方法である。
その製造方法は、
図8、9を用いて説明する。
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを冷間伸線加工にて50%以上のマルテンサイト変態を生ぜしめ、長さ方向に繊維組織を形成し、張力を0~30kg/mm
2負荷した状態で450℃~570℃の温度で張力熱処理を施したのちに、そのワイヤから円板を切り出し、次に、このマルテンサイト変態状態の円板の外縁部(外周部)を加熱してオーステナイト相に戻す非磁性改質を行ない、外縁部は非磁性材料で外縁部以外(外周部以外)は半硬質磁性材料からなる複合シールド板を作製する工程と、
(2)Cr系軟磁性ステンレス鋼の鋼板を打ち抜いて円筒素形材を形成し、該円筒素形材を冷間加工によりスリーブ付きキャップ素形材(d1)を作製する工程と、
(3)前記スリーブ付きキャップ素材を温度700℃~850℃にて熱処理する工程と、
(4)熱処理された前記スリーブ付きキャップ素材Aのキャップ内に永久磁石を内蔵した後、前記キャップの開口部を複合シールド板により蓋をして磁石構造体(d2)を組み立てる工程と、
(5)前記キャップの開口部と前記複合シールド板との境界部を溶接により接合(d3)する工程と、
(6)前記磁石構造体素体の溶接部と前記複合シールド板の吸着面とを研磨により平滑化(d4)する工程と、
(7)前記スリーブ付きキャップ素材Aのスリーブを内周側に曲げ加工(d5)する工程と、
(8)工程(1)から(7)で作製した磁石構造体を高さ方向に着磁装置により着磁する工程と、
からなる。
【0048】
上記の製造方法において、工程(3)前記スリーブ付きキャップ素材を温度700℃~850℃にて熱処理する工程を省略してもよい。
【0049】
また、上記のスリーブ付き磁石構造体の製造方法に加えて、次のキーパーの製造方法(9)および製造されたキーパーを上記のスリーブ付き磁石構造体と組み合わせたスリーブ部付き磁石式義歯アタッチメントの製造方法としてもよい。
その製造方法は、
図9、10を用いて説明する。
(9)Cr系軟磁性ステンレス鋼の鋼板を凸型形状にて凸部の外周側に傾斜面(d6)を有するように冷間プレス加工により作成する工程と、
(10)上記(1)から(8)の工程で作製された磁石構造体と上記(9)の工程で作製されたキーパーとを組み合わせる(d7)工程と、
からなる。
【0050】
第6の実施形態は、
磁石式義歯アタッチメント用の磁石構造体を構成するシールドプレートの製造方法であって、
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼ワイヤを長手方向に冷間延伸加工し、50%以上のマルテンサイト変態を生じせしめる工程、
(2)前記マルテンサイト変態した半硬質磁性材料を切断加工、または打ち抜き加工により円板状のシールド板に加工する工程と、
(3)前記シールド板の外縁部のみを非磁性改質する工程と、
(4)前記外縁部の非磁性材料と外縁部以外の半硬質磁性材料とよりなる複合シールド板を作製する工程と、
(5)磁石構造体を構成するキャップに永久磁石を内蔵し、前記複合シールド板でもって蓋をし、前記キャップと前記複合シールド板との境界部を溶接により接合した後に接合部を研磨・平滑
化して、前記永久磁石と前記複合シールド板を重ねて電磁石により印可する工程と、
からなるシールドプレートの製造方法である。
【0051】
また、上記の製造方法において、Cr-Ni系ステンレス鋼の素材の形状をワイヤから鋼板に変更した次の製造方法でもよい。
その製造方法は、
(1)Cr-Ni系ステンレス鋼板を冷間圧延加工により20%以上のマルテンサイト変態を生じせしめる工程と、
(2)打ち抜き加工により円板状のシールド板を作製する工程と、
からなる製造方法である。
【0052】
いずれの製造方法においても、Cr-Ni系ステンレス鋼素材を冷間加工によりマルテンサイト変態を生じせしめて半硬質磁性材料とすることは可能である。
【0053】
また、これらの製造方法で作製される複合シールド板は、スリーブの有無にかかわらずキャップに圧入することも可能である。
【0054】
なお、ワイヤ素材の場合には円板状が好ましく、鋼板素材の場合は円板状に限らず略矩形状でも可能である。
【実施例0055】
[実施例1]
本発明にかかるスリーブ付き磁石式義歯アタッチメントおよびその製造方法について、
図4~10を用いて説明する。
本例のスリーブ付き磁石式義歯アタッチメント1は、
図4に示すように、磁石構造体10は永久磁石12と、永久磁石12を収納する容器であるキャップ11と、キャップ11の凹所開口部の蓋となるシールドプレート13およびスリーブ111とからなり、凸形状のキーパー20とともに構成されている。
【0056】
磁石構造体10の各構成について、説明する。
永久磁石12は、組成はNd磁石にて、そのBHmaxは50MGOe、Msは1.33Tである。サイズは直径3.0mm、高さ0.8mmの円柱状からなり、上下面のコーナーにはR部が形成されている。
【0057】
キャップ11は、18Cr-2Mo系軟磁性ステンレス鋼にて、その透磁率は2000、サイズは直径3.8mm、高さ1.3mmである。スリーブ111はキャップ11とともに冷間プレス加工で一体成形した。スリーブ111は、深さ0.25mm、内径は4mmとした。
その製造方法は、厚さ0.3mmの18Cr-2Moステンレス鋼板を直径6.4mmの円板状
に打ち抜いて、次いでプレス加工法により直径3.8mm、高さ1.3mmの容器にして、熱処理を
行い、透磁率2000の磁性材料とした。
【0058】
シールドプレート13は、外縁部以外(円板状)134Mである中央部は18Cr-8Ni系ステンレス磁石、外縁部(リング状)135は非磁性の18Cr-8Ni系ステンレス鋼からなる複合磁性プレートとした。磁石の特性としては、保磁力は100Oe、飽和磁化Msは1.2T、異方性磁界は1000G、残留磁化は9000Gである。サイズは、直径3.2mm、厚み0.10mmである。
その製造方法は、18Cr-8Ni系ステンレス鋼ワイヤを直径2.4mmに引抜し、冷間加工度
60%によりマルテンサイト量85%のマルテンサイト組織とし、そのワイヤから厚み0.1mmのシールド板132を切り出した。その外縁部の幅0.3mmからなるリングを高周波加熱して、18Cr-8Ni系ステンレス鋼のオーステナイト相とするリング状の外縁部135を形成した。
外縁部以外(円板状)134である中央部は、マルテンサイト組織の状態を維持し、両者からなる複合シールド板133が得られる。
次いで、磁石構造体に組付けた後で、外縁部以外(円板状)134である中央部はNd磁石と一緒
に30,000Gの磁界を印可して飽和着磁を行ない、18Cr-8Ni系ステンレス磁石134M
とした。
【0059】
永久磁石12をキャップ11に装入し、次いでキャップ11の凹所開口部に蓋となるシールドプレート13を圧入する。Cr系ステンレス鋼磁石のキャップ11とシールドプレート13のリング状の外縁部のCr-Ni系ステンレス鋼135との接合部の表面側をレーザー溶接する。溶接部136の幅は0.3mm、深さは0.08mmとした。
【0060】
次に、キーパー20について説明する。
キーパー20は、軟磁性材料の18Cr-2Mo系ステンレス鋼にて、その透磁率は2000、飽和磁束密度Bsは1.6Tである。厚さ1mmの18Cr-2Mo系ステンレス鋼板を上面の直径3.8mm、凸部21の高さ0.3mm、底面の直径は4.2mmとして凸形状のキーパー20を冷間プレス加工により製作し、温度750℃にて熱処理をして磁気特性を改善した。
【0061】
本発明のCr系軟磁性ステンレス鋼のキャップ11とCr-Ni系ステンレス磁石134Mとから構成されるキーパー付き磁石式義歯アタッチメント1と、従来の軟磁性ステンレス鋼のヨークとシールプレートから構成される義歯アタッチメントについて、磁気吸引力の比較試験を行なった。
両者ともにサイズおよび永久磁石等は同じで、プレートがCr―Ni系ステンレス磁石式かCr系軟磁性ステンレス鋼式かの相違のみである。
その結果、垂直方向の吸着力は、従来の義歯アタッチメントは600gに対して、磁石式義歯アタッチメントは950gと磁気吸引力は50%の向上が得られた。さらに、患者の使用時においては、吸着力が磁石構造体の2度程度の傾きによって急減し、義歯が外れるトラブルが発生していたが、スリーブ先端部とキーパーの傾斜面との略線接触による篏合で解決できることを確認した。これにより、自動調心機能を発揮することができる。
【0062】
[実施例2]
実施例1において、キーパー20の被吸着面211に厚み5μmのCr拡散層を形成した。その結果、表面の硬さHv500を得て、対摩耗性を改善することができた。
【0063】
[実施例3]
実施例1の製造方法で、工程は次のとおりである。
工程は、順に第1に、スリーブ付キャップ、キーパーは18Cr-2Mo系軟磁性ステンレス素材
を冷間プレス加工して作製後に、温度750℃にて熱処理を施して軟磁気特性を回復させる。この段階では、スリーブはキャップからつば上に取り付けられている。キーパーは凸型形状に冷間加工され、凸型上部は外周側に傾斜面を有している。
第2に、複合シールド板はCr―Ni系ステンレスワイヤを50%以上の冷間伸線加工して、マルテンサイト量を60%以上として、張力を25kg/mm2の張力を負荷して温度550℃の張力熱処理を施し、ワイヤからプレートを切り出し、外周部を高周波加熱して非磁性組織に改質する。
第3に、キャップの開口部に磁石を装置し、複合シールド板で蓋をしたのち、キャップと複合シールド板の境界部をレーザー溶接する。レーザー溶接された吸着面を平面研磨する。
第4に、キャップからつば上に張りだしていたスリーブを曲げ加工して所定の形状にする。次いで、この磁石構造体に30,000Gの磁界を印可して飽和着磁して、磁石体とした。
これにより、永久磁石12からの磁気回路が一層強まることにより、吸着力を950gとさらに高めることができた。
本発明は、ステンレス磁石とキャップと一体成形されたスリーブを活用して、スリーブ付き磁石式義歯アタッチメントの吸着力を飛躍的に改善し、自動調心機能を有したものである。デジタルデンチャーの維持装置として、幅広い普及が期待される。