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特開2023-130028眼鏡レンズ、および眼鏡レンズの設計方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130028
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ、および眼鏡レンズの設計方法
(51)【国際特許分類】
   G02C 7/02 20060101AFI20230912BHJP
   G02C 7/06 20060101ALI20230912BHJP
【FI】
G02C7/02
G02C7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022034462
(22)【出願日】2022-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祥平
【テーマコード(参考)】
2H006
【Fターム(参考)】
2H006BD01
(57)【要約】
【課題】遠視軽減機能を奏する眼鏡レンズにおいて、網膜手前側の偽集光を抑制することができる眼鏡レンズを提供する。
【解決手段】物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置Aに収束させるベース領域と、位置Aよりも物体側から離れた位置Bに光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域と、を備え、最近傍の3つのデフォーカス領域の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、デフォーカス領域の直径dで除した値(d/d)が、2超3未満である、眼鏡レンズ。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置Aに収束させるベース領域と、
前記位置Aよりも物体側から離れた位置Bに光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域と、を備え、
最近傍の3つの前記デフォーカス領域の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、前記デフォーカス領域の直径dで除した値(d/d)が、2超3未満である、眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記複数のデフォーカス領域が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されている、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記直径dが±20%の範囲内に収まるように、前記複数のデフォーカス領域が配置されている、ファンクショナル領域を有する、請求項1または請求項2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記ファンクショナル領域において、前記デフォーカス領域の面積比は、30%以上である、請求項3に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
前記複数のデフォーカス領域の表面形状は、球面形状である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
眼鏡レンズは遠視軽減レンズである、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置Aに収束させるベース領域を設計する工程と、
前記位置Aよりも物体側から離れた位置Bに光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域を設計する工程と、を有し、
前記複数のデフォーカス領域を設計する工程では、最近傍の3つの前記デフォーカス領域の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、前記デフォーカス領域の直径dで除した値(d/d)が、2超3未満になるように、前記複数のデフォーカス領域を設計する、眼鏡レンズの設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ、および眼鏡レンズの設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遠視軽減機能を奏する眼鏡レンズの一形態として、通常処方されたレンズ表面(ベース面)に、度数を持つ小凹部(セグメント面)を付加するものがある。
【0003】
例えば、特許文献1には、光の進行方向において網膜上の位置よりも物体側から離れた(すなわち位置Aよりも奥側の)位置に光束を収束させる作用を持つようにデフォーカス領域を構成した眼鏡レンズが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2020/067028号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一実施形態は、遠視軽減機能を奏する眼鏡レンズにおいて、網膜手前側の偽集光を抑制することができる眼鏡レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置Aに収束させるベース領域と、
前記位置Aよりも物体側から離れた位置Bに光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域と、を備え、
最近傍の3つの前記デフォーカス領域の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、前記デフォーカス領域の直径dで除した値(d/d)が、2超3未満である、眼鏡レンズである。
【0007】
本発明の第2の態様は、
前記複数のデフォーカス領域が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されている、上記第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0008】
本発明の第3の態様は、
前記直径dが±20%の範囲内に収まるように、前記複数のデフォーカス領域が配置されている、ファンクショナル領域を有する、上記第1または第2の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0009】
本発明の第4の態様は、
前記ファンクショナル領域において、前記デフォーカス領域の面積比は、30%以上である、上記第3の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0010】
本発明の第5の態様は、
前記複数のデフォーカス領域の表面形状は、球面形状である、上記第1から第4のいずれか1つの態様に記載の眼鏡レンズである。
【0011】
本発明の第6の態様は、
眼鏡レンズは遠視軽減レンズである、上記第1から第5のいずれか1つの態様に記載の眼鏡レンズである。
【0012】
本発明の第7の態様は、
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置Aに収束させるベース領域を設計する工程と、
前記位置Aよりも物体側から離れた位置Bに光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域を設計する工程と、を有し、
前記複数のデフォーカス領域を設計する工程では、最近傍の3つの前記デフォーカス領域の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、前記デフォーカス領域の直径dで除した値(d/d)が、2超3未満になるように、前記複数のデフォーカス領域を設計する、眼鏡レンズの設計方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一実施形態によれば、遠視軽減機能を奏する眼鏡レンズにおいて、網膜手前側の偽集光を抑制することができる眼鏡レンズを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、参考例に係る眼鏡レンズにおける、偽集光の発生を説明する模式図である。
図2図2は、参考例に係る眼鏡レンズにおける、波動光学計算によるコントラスト(縦軸)と、位置Aを基準としたデフォーカス量(横軸)の関係の一例を示すグラフである。
図3図3は、本発明の第1実施形態に係る眼鏡レンズ100の物体側の面の平面図である。
図4図4は、本発明の第1実施形態に係る眼鏡レンズ100のデフォーカス領域20の拡大平面図の一例である。
図5図5(a)は、本発明の実施例に係るサンプル1のデフォーカス領域20の配置態様を示す図であり、図5(b)は、本発明の実施例に係るサンプル2のデフォーカス領域20の配置態様を示す図であり、図5(c)は、本発明の実施例に係るサンプル3のデフォーカス領域20の配置態様を示す図であり、図5(d)は、本発明の実施例に係るサンプル4のデフォーカス領域20の配置態様を示す図である。
図6図6(a)は、本発明の実施例に係るサンプル1の波動光学計算によるコントラストとデフォーカス量との関係を示すグラフであり、図6(b)は、本発明の実施例に係るサンプル2の波動光学計算によるコントラストとデフォーカス量との関係を示すグラフであり、図6(c)は、本発明の実施例に係るサンプル3の波動光学計算によるコントラストとデフォーカス量との関係を示すグラフであり、図6(d)は、本発明の実施例に係るサンプル4の波動光学計算によるコントラストとデフォーカス量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<発明者の得た知見>
まず、発明者が得た知見について説明する。図1は、参考例に係る眼鏡レンズにおける、偽集光の発生を説明する模式図である。図1においては、眼鏡レンズの一部断面を模式的に表現している。なお、図1に示すベース面110は、設計に応じたカーブを持つことが一般的だが、簡略化のため、ここでは平面として示している。図1の横軸は、網膜上の所定の位置(位置A)を0とし、網膜の奥側を+、網膜の手前側を-で表している。図1の縦軸は、位置Aを0とし、上方を+、下方を-で表している。なお、本明細書においては特に断りのない限り、以降の図においても、網膜の奥側を+、網膜の手前側を-で表すものとする。
【0016】
図1において、位置Aは、ベース面110を通る光束が収束する位置である。また、図1に示すように、セグメント面111(Segment1)を通る光束は、位置Aよりも網膜の奥側の位置Bに収束し、セグメント面112(Segment2)を通る光束も同様に、位置Aよりも網膜の奥側の位置Bに収束するようになっている。このように、セグメント面に負のデフォーカスを与え、網膜よりも奥側にスポットを設けることで、網膜が受ける刺激をコントロールし、遠視軽減の効果を奏するものと考えられる。
【0017】
ここで、図1に示すように、セグメント面111の上端を通る光線(Segment1上光線)と、セグメント面112の下端を通る光線(Segment2下光線)とは、網膜の手前側の位置Cで交差している。したがって、網膜と位置Cとの間では、セグメント面111を通る光束によるスポットと、セグメント面112を通る光束によるスポットとが重なり、網膜手前側で偽集光が発生する。
【0018】
図2は、参考例に係る眼鏡レンズにおける、波動光学計算によるコントラスト(縦軸)と、位置Aを基準としたデフォーカス量(横軸)の関係の一例を示すグラフである。図2の横軸は、網膜からの距離を、デフォーカス度数に換算して示している。図2に示すように、偽集光が発生した場合、ベース面による網膜上のメインピークIと、セグメント面による網膜の奥側のピークIとに加え、網膜の手前側にもコントラストのピークIがあることがわかった。このような偽集光によるピークIは、網膜の奥側にスポットを設けることで、網膜が受ける刺激をコントロールし、遠視を軽減するという遠視軽減レンズの効果を妨げてしまう恐れがある。つまり、偽集光によるピークIが顕著な場合、遠視軽減の効果が充分に得られない可能性がある。
【0019】
なお、コントラスト計算においては、VSOTFと呼ばれる指標を用いた。VSOTFは、網膜構造又は神経系に起因すると考えられるコントラスト感度特性を加味したスカラー量である。VSOTFは、眼の空間周波数ごとの感度特性を考慮して重みづけたOTFの実部の和である。具体的な数式を挙げると以下の通りである。
【数1】

分子のOTF:実際のレンズにおけるOTF(Optical Transfer Function)である。
分母のOTFDL:レンズにおいて無収差と仮定したときのOTFである。
CSF:人の視覚の空間周波数に対するコントラスト感度関数(Contrast Sensitivity Function)である。CSFは、カットオフ周波数に対して十分低い低周波にて感度のピークを持つ。
【0020】
OTFとは、レンズ性能を評価する尺度のひとつであり、視認対象が有するコントラストを像面上でどれだけ忠実に再現できるかを空間周波数特性として表した複素数値による指標である。OTFの絶対値が大きいことはレンズを介して物体を見たときに装用者が認識するコントラストが高いことを、OTFの偏角が小さいことは像の位置ズレが小さいことを意味する。OTFの重み付け和であるVSOTFの値が大きいことは、像のボケや滲みが少なく、エネルギーの集中度が高いことを意味する。
【0021】
VSOTFに関しては、以下の文献「Thibos LN, Hong X, Bradley A, Applegate RA. Accuracy and precision of objective refraction from wavefront aberrations. J Vis. 2004 Apr 23;4(4):329-51.」に記載されており、ここでの説明は省略する。
【0022】
本発明者は、上述のような問題に対して、鋭意検討を行った。その結果、セグメント面の形状、サイズ、配置態様等を適切に制御することで、偽集光のピークを顕在化させずに、網膜上のメインピークの一部として(メインピークに埋もれさせるように)機能させることができることを見出した。これにより、実質的に偽集光によるピークの形成を抑制し、遠視軽減の作用を効果的に得ることができる。また、偽集光を抑制することで、眼鏡レンズの装用感も向上させることができる。
【0023】
[本発明の実施形態の詳細]
次に、本発明の一実施形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0024】
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。この関係は、眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、レンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0025】
<本発明の第1実施形態>
(1)眼鏡レンズ
図3は、本実施形態の眼鏡レンズ100の物体側の面の平面図である。本実施形態の眼鏡レンズ100は、遠視軽減機能を奏する遠視軽減レンズであって、ベース領域10と、複数のデフォーカス領域20と、を備えている。本実施形態において、ベース領域10とは、上述のベース面が形成されている領域である。ベース領域10は、装用者の処方屈折力を反映して設計された屈折領域であり、物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、装用者の眼球を介して網膜上の所定の位置(位置A)に収束させるように設計されている。また、本実施形態において、デフォーカス領域20とは、上述のセグメント面が形成されている領域である。デフォーカス領域20は、物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、装用者の眼球を介して位置Aよりも物体側から離れた位置(つまり、位置Aより網膜の奥側の位置B)に光束を収束させる性質を持つように構成されている。
【0026】
ベース領域10は、装用者の処方屈折力を実現可能な形状の部分であり、その表面形状は特に限定されない。ベース領域10は、球面形状、非球面形状、トーリック面形状、またはそれらが混在した形状であってもよい。本実施形態においては、ベース領域10が球面形状である場合を例示する。
【0027】
デフォーカス領域20は、その領域の中の少なくとも一部がベース領域10による集光位置には集光させない領域である。本実施形態の複数のデフォーカス領域20は、眼鏡レンズ100の物体側の面または眼球側の面の少なくとも一方に形成されていればよい。本実施形態においては、眼鏡レンズ100の物体側の面のみに複数のデフォーカス領域20を設けた場合を例示する。
【0028】
デフォーカス領域20の表面形状は、例えば、球面形状であることが好ましい。デフォーカス領域20が非球面形状の場合、スポットの外周に火面と呼ばれる明域が発生し、偽集光が増長してしまう可能性がある。これに対し、デフォーカス領域20の表面形状を球面形状とすることで、偽集光の増長を抑制することができる。なお、本実施形態において、「デフォーカス領域20の表面形状が球面形状である」とは、デフォーカス領域20が完全に球面形状である場合の他、デフォーカス領域20の直径の90%以上の範囲において、球面形状となっている場合も含むものとする。本実施形態においては、デフォーカス領域20が球面形状の凹面である場合を例示する。
【0029】
眼鏡レンズ100が備える複数のデフォーカス領域20の個数は、特に限定されないが、例えば、20個以上500個以下である。
【0030】
本実施形態では、複数のデフォーカス領域20は、例えば、島状に(つまり、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されている。複数のデフォーカス領域20の配置態様は、周期性を有することが好ましい。これにより、特定の方向にぼやける等の不快感を抑制し、眼鏡レンズ100の装用感を向上させることができる。
【0031】
図3に示すように、眼鏡レンズ100の中央部にデフォーカス領域20を形成しなくてもよいし、眼鏡レンズ100の中央部にデフォーカス領域20を形成してもよい。なお、本明細書において、眼鏡レンズ100の中央部とは、眼鏡レンズ100のレンズ中心(幾何中心、光学中心、または芯取り中心)およびその近傍を意味する。本実施形態では、眼鏡レンズ100の装用者が正面視をした際の視線がレンズ中心を通過する場合を例示する。
【0032】
図4は、デフォーカス領域20の拡大平面図の一例である。ここで、図4に示すように、最近傍の3つのデフォーカス領域20の中心を結ぶ三角形の外接円を考え、その直径をdとする。また、デフォーカス領域20の直径をdとする。最近傍の3つのデフォーカス領域20の直径がそれぞれ異なる場合、3つの平均値を直径dとしてもよい。製造誤差等により、デフォーカス領域20の形状が平面視で真円でない場合、円で近似した直径をdとしてもよい。なお、本実施形態において、「最近傍の3つのデフォーカス領域20」とは、注目するデフォーカス領域20を含み、直径dが最小になるように選んだ3つのデフォーカス領域20を意味する。
【0033】
偽集光の発生には、上述の直径dと直径dとが深く影響していることを説明する。以下、式(1)を用いて、網膜からの空気換算距離x(mm)を、光学的な作用との関係を明確にしやすいようデフォーカス度数X(単位:ディオプター、Dpt)に換算して表す。Xは、空気換算距離xと同じく、網膜の奥側で+、網膜の手前側で-となるように定義した。
x=(1000/眼の度数-1000/(眼の度数+X)) ・・・(1)
【0034】
説明を簡便にするため、2つのデフォーカス領域20によって偽集光が発生する例を説明する。図1に示したように、Segment1上光線とSegment2下光線とが交差するデフォーカス地点qから網膜の間において偽集光が発生する。qを導くには、Segment1上光線およびSegment2下光線の網膜上(x=0)でのy座標の差Δyと、傾きの差Δaとを求めればよい。y座標の差Δyは、以下の式(2)で表される。
Δy=直径d×セグメント度数÷眼の度数 ・・・(2)
【0035】
また、Segment1上光線の傾きは、セグメント半径×(セグメント度数+眼の度数)/1000、Segment2下光線の傾きは、-セグメント間隔×眼の度数/1000+セグメント半径×(セグメント度数+眼の度数)/1000で表されるため、差Δaは、以下の式(3)で表される。なお、式(3)におけるセグメント間隔は、実際には直径dに相当する。
セグメント間隔×眼の度数/1000-直径d×(セグメント度数+眼の度数)/1000 ・・・(3)
【0036】
qは、以下の式(4)によって導くことができる。
Δy+q×Δa=0 ・・・(4)
【0037】
式(1)を用いて、qをデフォーカス度数Qに換算し、式(4)に代入してQについて解くと、以下の式(5)が得られる。
Q=-セグメント度数×直径d÷(セグメント間隔-直径d) ・・・(5)
【0038】
式(5)において、セグメント間隔を直径dとし、d/d=Kとすると、以下の式(6)が得られる。
Q/セグメント度数=-1/(K-1) ・・・(6)
【0039】
したがって、式(6)に示したように、正規の集光と偽集光との関係には、Kのみが影響することになる。
【0040】
本発明者は、直径dを直径dで除した値K(=d/d)を2超3未満とすることで、網膜手前側の偽集光を抑制できることを見出した。値Kが2以下では、偽集光によるコントラストのピークが顕著に現れてしまい、遠視軽減の効果が充分に得られない可能性がある。これに対し、値Kを2超とすることで、偽集光によるピークを網膜上のメインピークの一部として(メインピークに埋もれさせるように)機能させることができるため、実質的に偽集光によるピークの形成を抑制し、遠視軽減の効果を効率的に得ることができる。また、偽集光を抑制することで、網膜上以外のピークの数が減るため、眼鏡レンズ100の装用感も向上させることができる。一方、値Kが3以上では、ベース領域10に対するデフォーカス領域20の面積比が小さくなってしまうため、遠視軽減の効果が充分に得られない可能性がある。これに対し、値Kを3未満とすることで、デフォーカス領域20の面積比を所定の値以上に確保できるため、遠視軽減の効果を効率的に得ることができる。
【0041】
値Kは、例えば、2.2超2.5未満であることがより好ましい。値Kを2.2超とすることで、偽集光によるピーク位置が、網膜上のメインピークにより近づくため、メインピークのコントラストを向上させることができる。また、値Kを2.5未満とすることで、デフォーカス領域20の面積比をより大きく確保できるため、遠視軽減の効果をさらに得ることができる。
【0042】
図3に示すように、本実施形態の眼鏡レンズ100は、ファンクショナル領域30を有することが好ましい。ファンクショナル領域30とは、直径dが±20%(好ましくは±10%)の範囲内に収まるように、複数のデフォーカス領域20が配置されている部分である。つまり、ファンクショナル領域30内のあるデフォーカス領域20に注目した際の直径dの±20%の範囲内に、ファンクショナル領域30内の他のデフォーカス領域20に注目した際の直径dが収まるように、複数のデフォーカス領域20が配置されている。直径dが±20%の範囲内に収まるように、複数のデフォーカス領域20が配置されているということは、複数のデフォーカス領域20の配置態様がある程度の周期性を有していることを示している。したがって、ファンクショナル領域30を有することにより、特定の方向にぼやける等の不快感を抑制し、眼鏡レンズ100の装用感を向上させることができる。
【0043】
一方、ファンクショナル領域30は、複数のデフォーカス領域20の配置態様がある程度の周期性を有していることにより、偽集光が発生しやすい部分であるともいえる。しかしながら、本実施形態においては、上述の通り、値Kを制御することで、眼鏡レンズ100の装用感を向上させつつ、偽集光を抑制することができる。
【0044】
なお、ファンクショナル領域30以外の部分に、デフォーカス領域20が配置されていてもよいが、眼鏡レンズ100の装用感を向上させる観点からは、例えば、眼鏡レンズ100が備えるすべてのデフォーカス領域20のうち、80%以上(より好ましくは90%以上)のデフォーカス領域20が、ファンクショナル領域30に配置されていることが好ましい。
【0045】
ファンクショナル領域30は、例えば、眼鏡レンズ100のレンズ中心から直径20mmの円内において、50%以上の面積を占めることが好ましい。レンズ中心から直径20mmの円内とは、日常的な視覚挙動の範囲内を想定したものである。これにより、眼鏡レンズ100の装用感を向上させつつ、遠視軽減の効果を効率的に得ることができる。
【0046】
ファンクショナル領域30において、デフォーカス領域20の面積比は、例えば、30%以上60%以下(より好ましくは40%以上60%以下)であることが好ましい。デフォーカス領域20の面積比が30%未満では、遠視軽減の効果を充分に得られない可能性がある。これに対し、デフォーカス領域20の面積比を30%以上とすることで、遠視軽減の効果を充分に得ることができる。一方、デフォーカス領域20の面積比が60%を超えると、眼鏡レンズ100の装用感や外観に悪影響を及ぼす可能性がある。これに対し、デフォーカス領域20の面積比を60%以下とすることで、眼鏡レンズ100の装用感や外観を保つことができる。
【0047】
なお、必ずしもすべてのデフォーカス領域20について、値Kが2超3未満になっていなくともよい。偽集光を効率的に抑制する観点からは、例えば、ファンクショナル領域30内に配置されているデフォーカス領域20のうち(または、眼鏡レンズ100が備えるすべてのデフォーカス領域20のうち)、80%以上(より好ましくは90%以上)のデフォーカス領域20について、値Kが2超3未満になっていることが好ましい。
【0048】
眼鏡レンズ100を構成するレンズ基材としては、一般的に使用される各種レンズ基材を使用可能である。レンズ基材は、例えば、プラスチックレンズ基材またはガラスレンズ基材としてもよい。ガラスレンズ基材は、例えば無機ガラス製のレンズ基材としてもよい。レンズ基材としては、軽量で割れ難いという観点から、プラスチックレンズ基材が好ましい。プラスチックレンズ基材としては、(メタ)アクリル樹脂をはじめとするスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR-39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する硬化性組成物を硬化した硬化物(一般に透明樹脂と呼ばれる。)が挙げられる。硬化性組成物は、重合性組成物と称しても構わない。レンズ基材としては、染色されていないもの(無色レンズ)を用いてもよく、染色されているもの(染色レンズ)を用いてもよい。レンズ基材の厚さおよび直径は特に限定されるものではないが、例えば、厚さ(中心肉厚)は1~30mm程度としてよく、直径は50~100mm程度としてもよい。レンズ基材の屈折率は、例えば、1.60~1.75程度としてもよい。ただしレンズ基材の屈折率は、この範囲に限定されるものではなく、この範囲内でも、この範囲から上下に離れていてもよい。本明細書において、屈折率とは、波長500nmの光に対する屈折率をいうものとする。
【0049】
(2)眼鏡レンズの設計方法、製造方法
本発明は、眼鏡レンズ100の設計方法、または、製造方法にも適用可能である。本実施形態の眼鏡レンズ100の設計方法(製造方法)は、物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼球を介して網膜上の所定の位置(位置A)に収束させるベース領域10を設計する工程と、位置Aよりも物体側から離れた位置(つまり、位置Aより網膜の奥側の位置B)に光束を収束させる性質を持つ複数のデフォーカス領域20を設計する工程と、を有し、複数のデフォーカス領域20を設計する工程では、最近傍の3つのデフォーカス領域20の中心を結ぶ三角形の外接円の直径dを、デフォーカス領域20の直径dで除した値K(=d/d)が、2超3未満になるように、複数のデフォーカス領域20を設計する、眼鏡レンズ100の設計方法(製造方法)である。各工程で設計するベース領域10、デフォーカス領域20の詳細は、上述の(1)眼鏡レンズと記載内容が重複するため省略する。
【0050】
<本発明の他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0051】
例えば、上述の実施形態では、複数のデフォーカス領域20が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されている場合について説明したが、必ずしもすべてのデフォーカス領域20が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されていなくてもよい。しかしながら、複数のデフォーカス領域20が隣接して配置されている場合、デフォーカス領域20が連なる方向にぼやけやすい等、眼鏡レンズ100の装用感が低下する可能性がある。そのため、眼鏡レンズ100の装用感を向上させる観点からは、例えば、眼鏡レンズ100が備えるすべてのデフォーカス領域20のうち、90%以上のデフォーカス領域20が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されていることが好ましく、ファンクショナル領域30内に配置されているすべてのデフォーカス領域20が、互いに隣接することなく離間した状態で配置されていることがより好ましい。
【実施例0052】
次に、本発明に係る実施例を説明する。これらの実施例は本発明の一例であって、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0053】
以下の条件により、眼鏡レンズ100のサンプル1を設計した。ベース領域10およびデフォーカス領域20は球面形状とした。図5(a)に、サンプル1のデフォーカス領域20の配置態様を示す。
セグメント度数(デフォーカス領域20のベース領域10に対する相対度数):-3.5D
デフォーカス領域20の面積比:46%
最近傍の3つのデフォーカス領域20の中心を結ぶ三角形の外接円の直径d:1.67mm
デフォーカス領域20の直径d:1.0mm
値K:1.67
【0054】
また、眼鏡レンズ100のサンプル2は、デフォーカス領域20の配置態様を変化させ、直径dを1.91mmとし、値Kを1.91とした以外は、サンプル1と同様に設計した。図5(b)に、サンプル2のデフォーカス領域20の配置態様を示す。
【0055】
また、眼鏡レンズ100のサンプル3は、デフォーカス領域20の配置態様を変化させ、直径dを2.31mmとし、値Kを2.31とした以外は、サンプル1と同様に設計した。図5(c)に、サンプル3のデフォーカス領域20の配置態様を示す。
【0056】
また、眼鏡レンズ100のサンプル4は、デフォーカス領域20の配置態様を変化させ、直径dを2.31mmとし、値Kを2.31とした以外は、サンプル1と同様に設計した。図5(d)に、サンプル4のデフォーカス領域20の配置態様を示す。
【0057】
サンプル1~4について、波動光学計算により、コントラストとデフォーカス量との関係を算出した。サンプル1の結果を図6(a)に、サンプル2の結果を図6(b)に、サンプル3の結果を図6(c)に、サンプル4の結果を図6(d)に、それぞれ示す。
【0058】
図6(a)に示すように、値Kを2以下(1.67)としたサンプル1においては、網膜の手前側(-2.7Dpt)に偽集光によるピークIが現れた。また、図6(b)に示すように、値Kを2以下(1.91)としたサンプル2においても、網膜の手前側(-2.0Dpt)に偽集光によるピークIが現れた。これに対し、図6(c)および図6(d)に示すように、値Kを2超(2.31)としたサンプル3およびサンプル4においては、網膜の手前側に偽集光によるピークIは現れなかった。以上より、値Kを2超とすることで、偽集光によるピークIを網膜上のメインピークIに埋もれさせ、実質的に偽集光を抑制できることを確認した。
【符号の説明】
【0059】
10 ベース領域
20 デフォーカス領域
30 ファンクショナル領域
100 眼鏡レンズ
110 ベース面
111、112 セグメント面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【手続補正書】
【提出日】2022-12-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】図面
【補正対象項目名】図1
【補正方法】変更
【補正の内容】
図1