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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130115
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】耐炎繊維シート
(51)【国際特許分類】
   C09K 21/14 20060101AFI20230912BHJP
   C09K 21/06 20060101ALI20230912BHJP
   A62D 1/06 20060101ALI20230912BHJP
   H01M 10/658 20140101ALI20230912BHJP
   H01M 50/204 20210101ALI20230912BHJP
   H01M 50/278 20210101ALI20230912BHJP
   H01M 50/276 20210101ALI20230912BHJP
   H01M 50/28 20210101ALI20230912BHJP
   H01M 50/282 20210101ALI20230912BHJP
【FI】
C09K21/14
C09K21/06
A62D1/06
H01M10/658
H01M50/204 401E
H01M50/204 401F
H01M50/278
H01M50/276
H01M50/28
H01M50/282
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022034601
(22)【出願日】2022-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】515162442
【氏名又は名称】旭化成アドバンス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000114905
【氏名又は名称】ヤマトプロテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 都子
(74)【代理人】
【識別番号】100135895
【弁理士】
【氏名又は名称】三間 俊介
(72)【発明者】
【氏名】関 透
(72)【発明者】
【氏名】富山 昇吾
【テーマコード(参考)】
2E191
4H028
5H031
5H040
【Fターム(参考)】
2E191AA06
2E191AB01
2E191AB32
2E191AB52
2E191AC08
4H028AA22
4H028AA41
4H028AB01
5H031AA09
5H031BB02
5H031CC01
5H031CC02
5H031CC05
5H031EE03
5H031EE04
5H031HH03
5H031HH08
5H040AA37
5H040AS06
5H040AS07
5H040AS12
5H040AS19
5H040AT08
5H040AT09
5H040JJ01
5H040LL04
5H040LL06
5H040NN00
5H040NN01
(57)【要約】
【課題】優れた耐炎・消火性能を発現することに加え、薄く、可撓性に優れ、かつ、繰り返しの変形に耐久性のある耐炎繊維シートの提供。
【解決手段】燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分と耐炎繊維シート基材から構成される耐炎繊維シート、該耐炎繊維シートの製造方法、並びに該耐炎繊維シートにより被覆されている電池セル又は電池セルユニット。本発明の耐炎繊維シートは、電気製品の発火延焼防止用、加熱調理器具による発火延焼防止用等にも有用である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分と耐炎繊維シート基材から構成される耐炎繊維シート。
【請求項2】
前記消火剤成分が、有機カリウム塩である、請求項1に記載の耐炎繊維シート。
【請求項3】
前記消火剤成分は、燃焼により熱エネルギーを発生させる無機酸化物をさらに含む、請求項1又は2に記載の耐炎繊維シート。
【請求項4】
前記耐炎繊維シート基材が、抄紙、織布、不織布又はフェルトの形態にある、請求項1~3のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【請求項5】
前記耐炎繊維シート基材を構成する繊維は、難燃性、耐熱性、及び類炎防止性を有する有機繊維である、請求項1~4のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【請求項6】
前記消火剤成分が、フェルトの形態にある耐炎繊維シート基材に含浸されたフェルトの形態にある、請求項1~5のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【請求項7】
厚み0.1mm以上10mm以下、かつ、目付10g/m2以上1000g/m2以下である、請求項6に記載の耐炎繊維シート。
【請求項8】
前記消火剤成分の含有量は、前記耐炎繊維シート基材の重量に対し20重量%以上200重量%以下である、請求項6又は7に記載の耐炎繊維シート。
【請求項9】
以下の工程:
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分の有機溶剤希釈液に耐炎繊維シート基材を浸漬する工程;
得られた耐炎繊維シート基材から、該希釈有機溶媒を除去し、乾燥させて、該消火剤成分が該耐炎繊維シート基材に含浸された耐炎繊維シートを得る工程;
を含む、請求項6~8のいずれか1項に記載の耐炎繊維シートの製造方法。
【請求項10】
前記消火剤成分が、フェルトの形態にある2つの耐炎繊維シート基材の間に、挟まれたフェルトの形態にある、請求項1~5のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【請求項11】
請求項1~8、及び10のいずれか1項に記載の耐炎繊維シートにより、個々の電池セル及び/又は複数の電池セルのアセンブリが被覆されている、二次電池セル又は二次電池セルユニット。
【請求項12】
電気製品の発火延焼防止用の、請求項1~8、及び10のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【請求項13】
加熱調理器具による発火延焼防止用の、請求項1~8、及び10のいずれか1項に記載の耐炎繊維シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアロゾル消火剤成分と耐炎繊維シート基材から構成される耐炎繊維シート、その製法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下の特許文献1には、火炎が発生したときの消火剤として使用することができるエアロゾル消火剤組成物が開示されている。かかるエアロゾル消火剤組成物は、消火器、消火装置などの消火剤として使用したとき、粉末系の消火剤を使用した場合に比べて、コンパクト、軽量することができるとされる。かかるエアロゾル消火剤組成物は、成分(A)燃料、成分(B)無機酸化物、及び成分(C)有機カルボン酸カリウム塩を含有している。成分(A)の燃料、例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ジシアンジアミド等は、成分(B)の無機酸化物、例えば、硝酸カリウム、過塩素酸カリウム等と共に燃焼により熱エネルギーを発生させて、成分(C)の有機カルボン残カリウム塩、例えば、クエン酸三カリウム、酢酸カリウム等に由来するエアロゾル(カリウムラジカル、負触媒効果により燃焼の連鎖を断ち切り、素早い消火を実現する)を発生せ、これにより、消火が行われる。特許文献1には、エアロゾル消火剤組成物は、粉末や所望形状、例えば、顆粒、ペレット、錠剤、球形、円板等の成形体にすることができると、また、各種バッテリーの近傍に配置して使用することができると記載されているものの、得られる成形体が、耐炎繊維シート基材と共に構成し、可撓性を有する耐炎繊維シートとして使用することができるものであることは教示も示唆もされていない。
【0003】
以下の特許文献2には、火災の発生し得る場所、設備、構造物等に用いることができる初期消火機能を有する消火シートであって、生産性、量産化、多量生産に好適な消火シートを提供すべく、所定温度に到達すると熱分解してエアロゾル消火成分を発生させる消火や薬剤を含む消火シートが開示されている。特許文献2には、リチウムイオン電池に接触又は隣接配置して用いることができることも記載されている。かかる消火シートは、ポリエステル樹脂、ポリビニルアセタール樹脂等の結合剤と、強力な酸化剤である塩素酸カリウム等の塩素酸塩と、塩素酸塩の燃焼により生じた熱エネルギーによりエアロゾル(カリウムラジカル)を発生させるためクエン酸三カリウムとを混合し、溶媒を添加してスラリー化し、さらに混合してチクソ性を有するペースト状(マヨネーズ状)の塗料を得、これをPETフィルム上に塗工、乾燥、裁断を経て、製造される。しかしながら、特許文献2には、得られる消火シートが、耐炎繊維シート基材と共に構成し、可撓性を有する耐炎繊維シートとして使用することができるものであることは教示も示唆もされていない。
【0004】
以下の特許文献3には、燃焼によってエアロゾルを発生する消火剤を含むスラリー又は粉体と、熱可塑性樹脂とを混錬することによって消火用組成物の混錬物を得る工程と、上記混錬物を成形する工程を含む、消火用フィルムの製造方法が開示されている。熱可塑性樹脂としてはポリエチレン系樹脂等が挙げられ、消火剤として、熱可塑性樹脂と無機酸化剤の燃焼により生じた熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生させる成分としてクエン酸三カリウム等が挙げられている。得られる消火用フィルムは、熱可塑性樹脂を基材とした消火用フィルムである。かかる消火用フィルムは、透明性を有する樹脂基材、アルミニウムやステンレス等の金属、不燃紙、ガラスクロス等に積層されることも記載されている。かかる積層の目的は、消火用フィルムに耐熱性や耐衝撃性を付与したり、意匠性を高めることであり、得られる積層体が、耐炎繊維シート基材と共に構成し、可撓性を有する耐炎繊維シートとして使用することができるものであることは教示も示唆もされていない。
【0005】
ところで、例えば、リチウムイオン二次電池などの蓄電デバイス(電池、バッテリー、セル、電池セルともいう。)は、モバイル機器、工具、建機、自動車、船舶、鉄道、航空機等に広く用いられている。バッテリーには、損傷、内部短絡、外部応力などを原因として熱暴走し、発火、発煙、爆発、劣化などの不具合を起こし得るという問題が知られている。
【0006】
乗り物などの高容量・高出力バッテリーを搭載する用途では、単電池(セルともいう。)だけでなく、複数セルを含む組電池(セルユニット、セルスタック、セルアセンブリ、蓄電モジュール、セルパック、バッテリーパックともいう。)も使用される。セルユニットの場合には、1つのセルに関する上記の不具合が、隣接するセルに、又はセルユニット外装体に及ぶことが懸念される。また、リチウムイオン二次電池の安全規格では、耐類炎試験を行うことがある。耐類炎試験において、不具合の発生を抑制するために、熱暴走又は異常高温の状態にあるセルの熱を、周囲の別のセル又は外装体に伝え難くする対策が検討されており、例えば、樹脂及び膨張性黒鉛を含む樹脂成形体を、粘着剤とともにセルに貼り付けたり、セルユニットにおいて隣接する複数セル間に配置したりされている。
【0007】
例えば、以下の特許文献4には、無機繊維及び粘土鉱物を含む耐熱断熱シートを、セルスタックの最外層に積層したり、セルユニットにおいて複数セル間に配置したりすることが記述されている。
また、以下の特許文献5には、ガラス繊維及び湿熱接着性バインダー繊維を含む基材と、無機粒子層とを備える耐火シートが記述されており、それを含むセルパックも提案されている。
また、以下の特許文献6には、水ガラス組成物に炭酸エステルを加えて作製した塩基性ゾルを、不織布繊維に含浸させてヒドロゲル-不織布繊維の複合体を生成し、複合体に含まれる液体を乾燥除去することにより断熱シートを製造し、製造された断熱シートを、発熱を伴う電子部品と筐体の間に配置することが記述されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-168255号公報
【特許文献2】特開2021-118847号公報
【特許文献3】特開2021-137345号公報
【特許文献4】特開2020-165065号公報
【特許文献5】特開2020-191274号公報
【特許文献6】特開2020-193413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
樹脂、黒鉛、粘土鉱物などを含む樹脂成形体、例えば、樹脂シートなどは、その重量のためにセル又はセルユニットへの組み込み、セル又はセルユニット製造、及び後加工プロセスにおいて、ハンドリング性、生産性、又は電池特性を損なうことがある。
また、特許文献2、3に開示されるエアロゾル消火剤を含む消火用シート又はフィルムでは、単独では又は追加の基材と積層されたとしても、得られるシート又はフィルムの可撓性が低く、曲げや変形の繰り返しに耐えられず、形状維持が難しい。
また、無機繊維、例えば、ガラス繊維など、又は無機物、例えば、ガラス材料などを含む耐火・断熱シートでは、無機繊維の溶融粘性のために、熱暴走又は異常高温の状態にあるセル、セルユニット又はセルスタックにおいて溶融することがある。
さらに、耐火・断熱シートを重くしたり厚くしたりして蓄電モジュールの熱暴走又は類炎を物理的に防止するという考え方もあるが、蓄電モジュールは各種の機器内に設置されるため、敷設空間が限られ、寸法制限がある。蓄電モジュールの高容量化に伴い、耐類炎化と小型化の両立も求められる。
【0010】
前記した従来技術の問題に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、優れた耐炎・消火性能を発現することに加え、薄く、可撓性に優れ、かつ、繰り返しの変形に耐久性のある耐炎繊維シート、及びその製法、並びに電池特性を確保しながら類炎防止性を備えるセル及びセルユニットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は、かかる課題を解決すべく鋭意検討し実験を重ねた結果、例えば、抄紙、織布、不織布又はフェルトの形態にある耐炎繊維シート基材に、燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分を含有させることにより、前記課題が解決できることを予想外に見出し、発明を完成するに至ったものである。
【0012】
すなわち、本発明は、以下のとおりのものである。
[1]燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分と耐炎繊維シート基材から構成される耐炎繊維シート。
[2]前記消火剤成分が、有機カリウム塩である、前記[1]に記載の耐炎繊維シート。
[3]前記消火剤成分は、燃焼により熱エネルギーを発生させる無機酸化物をさらに含む、前記[1]又は[2]に記載の耐炎繊維シート。

[4]前記耐炎繊維シート基材が、抄紙、織布、不織布又はフェルトの形態にある、前記[1]~[3]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
[5]前記耐炎繊維シート基材を構成する繊維は、難燃性、耐熱性、及び類炎防止性を有する有機繊維である、前記[1]~[4]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
[6]前記消火剤成分が、フェルトの形態にある耐炎繊維シート基材に含浸されたフェルトの形態にある、前記[1]~[5]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
[7]厚み0.1mm以上10mm以下、かつ、目付10g/m2以上1000g/m2以下である、前記[6]に記載の耐炎繊維シート。
[8]前記消火剤成分の含有量は、前記耐炎繊維シート基材の重量に対し20重量%以上200重量%以下である、前記[6]又は[7]に記載の耐炎繊維シート。
[9]以下の工程:
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分の有機溶剤希釈液に耐炎繊維シート基材を浸漬する工程;
得られた耐炎繊維シート基材から、該希釈有機溶媒を除去し、乾燥させて、該消火剤成分が、該耐炎繊維シート基材に含浸された耐炎繊維シートを得る工程;
を含む、前記[6]~[8]のいずれかに記載の耐炎繊維シートの製造方法。
[10]前記消火剤成分が、フェルトの形態にある2つの耐炎繊維シート基材の間に、挟まれたフェルトの形態にある、前記[1]~[5]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
[11]前記[1]~[8]、及び[10]のいずれかに記載の耐炎繊維シートにより、個々の電池セル及び/又は複数の電池セルのアセンブリが被覆されている、二次電池セル又は二次電池セルユニット。
[12]電気製品の発火延焼防止用の、前記[1]~[8]、及び[10]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
[13]加熱調理器具による発火延焼防止用の、前記[1]~[8]、及び[10]のいずれかに記載の耐炎繊維シート。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、優れた耐炎・消火性能を発現することに加え、薄く、可撓性に優れ、かつ、繰り返しの変形に耐久性のある耐炎繊維シート、並びに電池特性を確保しながら類炎防止性を備えるセル及びセルユニットを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態につき詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されることなく、各種の変形を行なうことができる。
<定義>
本明細書において、「セル」とは、単電池を指し、正極材、負極材、セパレータ、正極端子、負極端子等が外装体に収容された電池の最小構成単位である。セルとしては、例えば、リチウムイオン二次電池、ニッケル・水素電池、リチウム・硫黄電池、ニッケル・カドミウム電池、ニッケル・鉄電池、ニッケル・亜鉛電池、ナトリウム・硫黄電池、鉛蓄電池、空気電池、全固体電池、全樹脂電池等の二次電池などが挙げられ、中でも、リチウムイオン二次電池が本発明の所望の作用効果の観点から好ましい。
本明細書において、「アセンブリ」とは、複数セルの集合体を指し、そして「セルユニット」とは、アセンブリを含む組電池を指し、筐体に収納される場合には蓄電モジュールとして、複数セルが重なる場合にはセルスタックとして、複数の蓄電モジュールが筐体に収容される場合にはバッテリーパックともいわれる。アセンブリ及びセルユニットの内部には、セルの他に、セルと電気的に接続される電気接続ケーブル、リードタブなどの部材が必要に応じて含まれてよい。
【0015】
本明細書において、「耐炎繊維」とは、有機繊維を酸化性雰囲気中で熱処理することにより得られる繊維を指し、酸化繊維又は不融繊維という。耐炎繊維は、例えば、炭素繊維の製造プロセスにおいて、最初の又は上流の工程である耐炎化工程で得られる。
本明細書において、「被覆」とは、保護対象物の表面の少なくとも一部分が別の物で覆われていることを指し、保護対象物と別の物とが直接接触するかどうかを問わないが、保護対象物の表面が全面的に、連続的に、規則的に又は不規則に覆われることを包含する。
本明細書において、「類炎」とは、保護対象物の周囲にある他の火元から、その保護対象物へ燃え移る炎を指し、「もらい火」とも呼ばれる。「類焼」とは、類炎により保護対象物が焼けることを指す。「延焼」とは、保護対象物を火元として発生した火が、その保護対象物の周囲へ燃え広がることを指す。
【0016】
本発明の第一の実施形態は、燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分と耐炎繊維シート基材から構成される耐炎繊維シートである。
【0017】
(耐炎繊維、耐炎繊維シート基材)
前記したように、耐炎繊維は、空気中で不燃又は不融であり、耐火性の有機繊維の一種である。耐炎繊維は、所望により、耐熱性、耐薬品性、可撓性、柔軟な肌触り、絶縁性などを有することができる。
耐炎繊維としては、類焼又は延焼の防止の観点からは、難燃性、耐熱性、及び類炎防止性を有する有機繊維が好ましく、安全性の観点からは、難燃性、耐熱性、及び耐薬品性を有する有機繊維が好ましい。耐炎繊維は、類焼又は延焼の防止とセルの安全性の観点からは、JIS K7201に従って測定される限界酸素指数(LOI)が40以上であるものが好ましく、50以上60以下の範囲がより好ましい。
【0018】
有機繊維の原料は、限定されるものではないが、例えば、焼成すると炭素となる熱炭化性ポリマーが挙げられる。
熱炭化性ポリマーとしては、ポリアクリロニトリル等のアクリル系樹脂、セルロース、フェノール系樹脂、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)等のPBO樹脂、芳香族ポリアミド(アラミド)系樹脂、エポキシ樹脂、ピッチ系樹脂などが挙げられる。これらは、炭素繊維製造工程の原料として用いられるが、上述原料繊維を、例えば、空気のような酸化性雰囲気中で、200~400℃の温度範囲で加熱処理することにより、酸化/安定化された耐炎化繊維とすることができる。本発明においては、酸化/安定化されたアクリル系樹脂から成る繊維が特に好ましい。
【0019】
耐炎繊維は、セル等を被覆する観点から、抄紙、織布、不織布又はフェルトの形態であることが好ましく、不織布又はフェルトの形態であることがより好ましく、フェルトの形態であることが更に好ましい。ここで、フェルトとは、不織布の一種であり、繊維を絡合させるためのニードルパンチング、柱状流パンチング(スパンレース)などの処理により、繊維を交絡し一体化したものである。耐炎繊維から成る抄紙、織布、不織布又はフェルトの寸法は、例えば、セル又はアセンブリの被覆面積と被覆手段に応じて決定することができる。
耐炎繊維から成る抄紙、織布、不織布又はフェルト等の繊維構造物(耐炎繊維シート基材)は、前述した酸化/安定化された耐炎化繊維を繊維構造物の形状に加工することによっても得られるが、予め原料繊維を繊維構造物とした後に、加熱処理することによっても得られる。この方法によれば、繊維構造物全体が加熟された空気と接触しており、繊維構造物を形成する個々の繊維が耐炎化されていくため、必然的に繊維構造物全体が均―に耐炎化されたものとなる。
耐炎繊維シート基材は、例えば、消火剤成分を含有させる場合、本実施形態の耐炎繊維シートの厚みは、好ましくは0.1mm以上10mm以下、より好ましくは0.6mm以上1.2mm以下である。また、本実施形態の耐炎繊維シートの目付は、好ましくは10g/m2以上1000g/m2以下、より好ましくは150g/m2以上450g/m2以下である。かかる厚みと目付の数値範囲の上限、下限は、基材の形態に応じて、任意の組み合わせであることができる。基材の形態は、求められる機能に応じて適宜選択することができ、例えば、抄紙であれば、厚み0.1mm以上3.0mm以下、目付10g/m2以上300g/m2以下の範囲とすることができる。
【0020】
耐炎繊維シート基材は、火花の防護の観点から、スパッタリング、ナイフコーター、ロータリースクリーン等の方法によりシリコンコーティングされていることが好ましい。
耐炎繊維から成る織布又は不織布は、例えば、アクリル系繊維を空気中で200~400℃で酸化/安定化して得られた耐炎繊維をシート成形するか、又は耐炎繊維を製織又は交絡一体化し、所望によりシリコンコーティングすることにより得られる。アクリル系繊維を成形した織布又は不織布を、空気中で200~400℃で酸化/安定化して耐炎繊維構造物としてもよい。
【0021】
耐炎繊維シート基材は、所望の作用効果の観点から、上記で説明された厚みと目付けの任意の組み合わせを有することが好ましい。耐炎繊維から成る不織布には、セル又はアセンブリの被覆を容易にするために、バインダー材料を付着させてもよく、また、可撓性を損なわない限りアクリル樹脂等の形態安定樹脂をディッピング、噴霧、コーティング等の方法で付着させてもよい。
【0022】
耐炎繊維から成るフェルトは、例えば、アクリル系繊維を空気中で200~400℃で酸化して得られた耐炎繊維を、ニードルパンチ等によって布状に構成することで得られ、又は、アクリル系繊維をニードルパンチ等によって布状に構成してから、空気中で200~400℃で酸化/安定化することによって得られる。このとき、繊維の酸化処理する条件、繊維をニードルに絡ませる条件などを適切に制御することにより適宜性状を調整することができる。
【0023】
耐熱繊維シート基材の具体例は、特に制限されないが、旭化成アドバンス株式会社製「ラスタン(登録商標)」シリーズのスパッタシート、スパンレース不織布(TOP 5150等)又はフェルト(TOP 8150等)などが挙げられる。
【0024】
(燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分)
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分(ラジカル発生剤)としては、カリウム塩又はナトリウム塩が挙げられ、カリウム塩として、硝酸カリウム、プロピオン酸カリウム、クエン酸第一カリウム、クエン酸第二カリウム、クエン酸第三カリウム、エチレンジアミン四酢酸三水素一カリウム、エチレンジアミン四酢酸二水素二カリウム、エチレンジアミン四酢酸一水素三カリウム、エチレンジアミン四酢酸四カリウム、フタル酸水素カリウム、フタル酸二カリウム、シュウ酸水素カリウム、シュウ酸二カリウム、重炭酸カリウムが挙げられ、また、ナトリウム塩として、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウウム、重炭酸ナトリウムが挙げられる。これらのうち一種を単独で又は二種以上を併用してもよい。
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分は、例えば、有機カリウム化合物、無機カリウム化合物、及びエタノールを構成成分とする、市販品としてのヤマトプロテック株式会社製のスラリー状エアロゾル消火剤の中の有機カリウム化合物であることができる。
【0025】
本実施形態の耐炎繊維シートは、特許文献1~3に揚げられたラジカル発生剤以外の燃焼により熱エネルギーを供給するための無機酸化剤、例えば、硝酸カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸ストロンチウム、過塩素酸アンモニウム、過塩素酸カリウム、塩基性硝酸塩、酸化銅(I)、酸化銅(II)、酸化鉄(II)、酸化鉄(III)、三酸化モリブデン等をさらに含有してもよい。
【0026】
(耐炎繊維シートの製造方法)
本発明の第二の実施形態は、以下の工程:
燃焼により生じる熱エネルギーによりエアロゾル(ラジカル)を発生する消火剤成分の有機溶剤希釈液に耐炎繊維シート基材を浸漬する工程;
得られた耐炎繊維シート基材から、該希釈有機溶媒を除去して乾燥させて、該消火剤成分が該耐炎繊維シート基材に含浸された耐炎繊維シートを得る工程;
を含む、耐炎繊維シートの製造方法である。
例えば、有機カリウム化合物、無機カリウム化合物、及びエタノールを構成成分とする、市販品としてのヤマトプロテック株式会社製のスラリー状エアロゾル消火剤を、エタノール等の溶剤で適度に希釈して希釈液を作製し、かかる希釈液中に、前記耐炎繊維シート基材を浸漬(ディッピング)し、これを乾燥させることにより、前記消火剤成分が耐炎繊維シート基材に含浸された耐炎繊維シートを製造することができる。浸漬(ディッピング)に代えて、塗工又は塗布又はコーティングにより、前記消火剤成分が耐炎繊維シート基材の全体又は一部に含浸された耐炎繊維シートを製造してもよい。
【0027】
所望の耐炎性能が発揮される限り特に制限はないが、消火剤成分の含有量は、耐炎繊維シート基材の重量に対し20重量%以上200重量%以下であることが好ましい。
【0028】
あるいは、前記消火剤成分が、フェルトの形態にある2つの耐炎繊維シート基材の間に、挟まれたフェルトの形態にある耐炎繊維シートとしてもよい。この場合、塗工又は塗布又はコーティングにより、前記消火剤成分が耐炎繊維シート基材の一部に含浸された耐炎繊維シートとなる。
【0029】
(耐炎繊維シートのよる保護対象物の被覆)
耐炎繊維シートにより、例えば、セル又はアセンブリを覆う手段としては、特に限定されるものではないが、例えば、接着、接続、はめ込み、咬合、噴霧、接触帯電、摩擦帯電、植毛、包装、折り畳み、一体成型、印刷、封止などの様々な技術を使用してよい。
【0030】
不織布又はフェルトの形態の耐炎繊維シートで保護対象物を被覆する場合には、不織布又はフェルトで、例えば、セル又はアセンブリを包めばよく、密封の完遂を問わない。耐炎繊維シートそのものは絶縁性でもよいため、耐炎繊維シートで、例えば、セル又はアセンブリを覆う際には、電気的統合又は電気的接続のための端子、ケーブル又はタブを露出させてもよい。
【0031】
例えば、耐炎繊維シートで被覆したセル又はセルニットでは、出力特性、容量特性、サイクル安定性などの電池特性を確保しながら、セルそのものの耐炎性が向上するだけでなく、周囲の部材、例えば、周囲の別のセル又はセルユニット、外装体、電極、電解質又は電解液、電極端子、ケーブル、蓄電モジュールの筐体又は接続端子、電子機器、工具、乗り物などの火元からの類炎、又はセルを火元として周囲の部材への延焼を、防止又は抑制することができる。
【0032】
本実施形態の耐炎繊維シートは、保護対象物、例えば、電池セル周囲の被覆にとどまらず、各種電気製品の発火延焼対策、日用品用途(台所用消火シート、エプロン等)、キャンプ用途(アウトドア調理用、焚火シート等)にも広く利用可能である。
【実施例0033】
以下の実施例、比較例により、本発明を具体的に説明する。
まず、実施例、比較例で用いた各種試験方法、特性の測定方法等を説明する。
【0034】
[消火試験]
実施例及び比較例で得た耐炎繊維シートを縦200mm×横300mmにカットすることによって試料を得た。アルミニウム製容器の内部に設置したΦ100mm、高さ70mmのSUS製円筒カップの中に着火材として100ccのn-ヘプタンを投入し、着火材に火をつけて火炎を生じさせた。火炎している着火材に対して試料をピンセットで掴んだまま高さ20mmの位置にまで近づけた。これにより、試料を燃焼させた後、火炎が消火するまでの時間を観察した。
消火性能を以下の評価基準に基づいて評価した。
(評価基準)
A:10秒以内に消火できた。
B:10秒以内では消火できない箇所があった。
C:消火するまでに60秒以上かかった。
【0035】
[実施例1]
旭化成アドバンス株式会社製「ラスタン(登録商標)」シリーズのフェルト(TOP 8150)(目付150g/m2、厚さ2.5mm)を、ヤマトプロテック株式会社製スラリー状エアロゾル消火剤(商品名、有機カリウム化合物、無機カリウム化合物、及びエタノールからなり、不揮発固形分が40重量%であるもの)を適宜エタノールで希釈した希釈液に、ディッピング(浸漬)し、乾燥させて、目付189.3g/m2、厚み2.6mmのエアロゾル消火剤含浸ラスタンフェルトを得た。
【0036】
[実施例2]
ディッピング条件を変更して、目付439g/m2、厚み3.0mmのエアロゾル消火剤含浸ラスタンフェルトを得た以外は、実施例1と同様に、エアロゾル消火剤含浸ラスタンフェルトを得た。
【0037】
[比較例1]
エアロゾル消火剤を含浸させない、旭化成アドバンス株式会社製「ラスタン(登録商標)」シリーズのフェルト(TOP 8150)(目付150g/m2、厚さ2.5mm)を用いた。
【0038】
[消火試験]
以下に、各例の消火試験結果を示す。
(比較例1)
ラジカル消火剤が含浸されていないラスタンフェルト基材自体に関する比較例1では、2分後に窒息消火した。ラスタンフェルト自体は消火後も、脆くならず、可撓性を維持していた。評価結果は「C」であった。当然ながら、エアロゾル発生による消火効果は全く確認できなかった。
(実施例1)
【0039】
ラジカル消火剤を不揮発固形分として目付39.3g/m2(耐炎繊維シート基材の重量に対し26.2重量%)で含浸したラスタンフェルトに関する実施例1では、着火6秒後に、火炎に晒された箇所のみからエアロゾルが発生し、31秒後に消火した。比較例1に比較して短時間で消火したことから、窒息消火だけでなく、エアロゾル発生による消火効果が確認できた。評価結果は「B」であった。消火後、反応した中央付近が脆くなっていた。
【0040】
(実施例2)
ラジカル消火剤を不揮発固形分として目付289g/m2(耐炎繊維シート基材の重量に対し193重量%)で含浸したラスタンフェルトに関する実施例2では、着火直後に多量のエアロゾルが発生し、2.5秒後に消火した。すなわち、実施例1に比較して、ラジカル消火剤の含有量が高いため、消火に要する時間が極めて短時間であった。消火完了11秒後まで、エアロゾルの発生が確認できた。比較例1に比較して短時間で消火したことから、窒息消火だけでなく、エアロゾル発生による消火効果が確認できた。評価結果は「A」であった。消火後、反応した中央付近が脆くなっていた。図1の下段に示すように、消火後約10分間、赤熱がシート全体に伝播し、全体的に脆くなった。尚、消火後に脆くなることは使用上問題とはならない。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、優れた耐炎・消火性能を発現することに加え、薄く、可撓性に優れ、かつ、繰り返しの変形に耐久性のある耐炎繊維シート、並びに電池特性を確保しながら類炎防止性を備えるセル及びセルユニットを提供することができる。本発明の耐炎繊維シートは、電池周囲の被覆にとどまらず、各種電気製品の発火延焼対策、日用品用途(台所用消火シート、エプロン等)、キャンプ用途(アウトドア調理用、焚火シート等)にも広く利用可能である。