(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130137
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】冷間圧延用ロール
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230912BHJP
C22C 37/00 20060101ALI20230912BHJP
C22C 38/56 20060101ALI20230912BHJP
C21D 9/38 20060101ALN20230912BHJP
【FI】
C22C38/00 301L
C22C37/00 A
C22C38/00 302E
C22C38/56
C21D9/38 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022034635
(22)【出願日】2022-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】伊東 誠司
(72)【発明者】
【氏名】河西 大輔
(72)【発明者】
【氏名】廣川 博英
(72)【発明者】
【氏名】河原 魁人
(72)【発明者】
【氏名】花折 和也
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA20
4K042BA02
4K042BA03
4K042BA05
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA13
4K042CA17
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
4K042DE05
(57)【要約】
【課題】放電ダル加工によって得られる冷間圧延用ロールであって、改善された粗度維持性を有するとともに、耐肌荒れ性、耐き裂性及びロール母材の研削性についても改善された冷間圧延用ロールを提供する。
【解決手段】ロール母材と、前記ロール母材の表面に形成された溶融再凝固層とを備え、前記ロール母材が3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5を満たす所定の化学組成を有し、前記溶融再凝固層が質量%でCu:0.10~3.00%を含有する冷間圧延用ロールが提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール母材と、前記ロール母材の表面に形成された溶融再凝固層とを備え、
前記ロール母材が、質量%で、
C:0.70~2.50%、
Si:0.2~2.0%、
Mn:0.2~1.5%、
P:0.030%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.050%以下、
N:0.0200%以下、
O:0.0050%以下、
Cr:2.8~11.0%、
Mo:2.0~6.0%、
V:1.0~6.0%、
Cu:0.10%未満、
B:0.0100%以下、
Ni:0~2.0%、
W:0~6.0%、
Nb:0~2.0%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5 ・・・式1
前記溶融再凝固層が質量%でCu:0.10~3.00%を含有する、冷間圧延用ロール。
ここで、式1中の各元素記号には、前記ロール母材中の各元素の含有量(質量%)が代入され、元素を含まない場合には0が代入される。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Ni:0.01~2.0%、
W:0.01~6.0%、及び
Nb:0.01~2.0%
を含む、請求項1に記載の冷間圧延用ロール。
【請求項3】
前記溶融再凝固層のビッカース硬さが650Hv以上である、請求項1又は2に記載の冷間圧延用ロール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間圧延用ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
複数の圧延スタンドから構成される冷間タンデム圧延機において、例えば、第1圧延スタンドでは、噛み込み性向上等のために、表面をダル(梨地)加工して粗面化させたワークロールが使用される場合があり、最終圧延スタンドにおいても、冷間圧延後の焼鈍中におけるコイルの密着防止等のために、同様に表面をダル加工して粗面化させたワークロールが使用される場合がある。また、調質圧延機においても、製品の塗装性(塗装膜の密着性や鮮映性)を向上させたり、潤滑油を保持しやすくして製品の絞り加工性を向上させたりするために、ダル加工したワークロールが使用される場合がある。
【0003】
ダル加工法の1つとして放電ダル加工法が知られている。放電ダル加工法は、ワークロールを絶縁性の加工液中に浸し、ワークロールと対向する電極(一般にCuから構成される)との間に高電圧をかけ、放電パルスによってロール表面を粗面化加工するものである。ロール表面が粗面化する原理についてより詳しく説明すると、まず、放電エネルギーでロール表面及び電極を加熱、溶融させる。これと同時に周辺の加工液の急激な気化、膨張による爆発現象で溶融した金属が吹き飛ばされ、吹き飛ばされた金属の一部が再びロール表面及び電極に溶着する。その直後に周囲の冷たい加工液が侵入し、まだ残っている熱を急速に奪い取って冷却し、1回の放電加工が完了してロール表面に放電痕が形成される。このような放電加工が繰り返されることで、ロール表面に放電痕が無数に集積して、ロール表面がダル加工されて粗面化した状態となる。
【0004】
ダル加工したワークロールは冷間圧延機に組み込まれて使用されるが、使用とともにロール表面の粗さが次第に低下すると、圧延スリップ等の通板トラブルが生じやすくなる。このため、粗度の低下に応じて又は定期的にワークロールの交換を実施することが必要となる。したがって、放電ダル加工等によりダル加工したワークロールには粗面を長期的に維持すること、すなわち高い粗度維持性が要求される。
【0005】
これに関連して、特許文献1では、ロール表面と電極間に絶縁物を介して周期的に電圧を印加し、ロール表面に所定の放電痕を形成する圧延用ロールのダル加工において、放電につづいて、少なくとも該放電部分をサブゼロ処理することにより、耐磨耗性が高くかつ寿命の長いダル面を形成せしめる圧延用ロールのダル加工方法が記載されている。また、特許文献1では、放電の際にダル面直下に多量に生成した残留オーステナイト等に起因して低下した硬度を、サブゼロ処理によって当該残留オーステナイトをマルテンサイトに変態させることで回復させ、それによってダル面の磨耗を防止し、寿命を向上させることが教示されている。
【0006】
特許文献2では、放電加工によってその表面に梨地加工を施した圧延ロールを使用するに際し、前記圧延ロール対をミルスタンドに組み入れた状態で、前記圧延ロール対を、相互に被圧延材を装入せずに所定圧力下で空転させて、前記圧延ロールの表面層を硬化せしめることを特徴とする放電加工された金属圧延ロールの処理方法が記載されている。また、特許文献2では、対になった圧延ロール同士を空転させることで、圧延ロール表面のオーステナイトがマルテンサイト変態を生じ、しかも加工硬化作用によって圧延ロール表面をロール表層の脱落防止ができる硬度にすることができ、その結果、梨地圧延ロールとして長時間最大粗さを保つことができると教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭51-045614号公報
【特許文献2】特開昭53-026233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ダル加工したワークロールにおいては、上記のように高い粗度維持性が要求されることに加えて、腐食や摩耗等に伴う肌荒れの抑制、耐き裂性、さらには研削性に優れることなど、種々の特性の改善についても継続したニーズがあり、従来技術の圧延用ロールにおいてもこれらの観点で依然として改善の余地がある。
【0009】
そこで、本発明は、放電ダル加工によって得られる冷間圧延用ロールであって、改善された粗度維持性を有するとともに、耐肌荒れ性、耐き裂性及びロール母材の研削性についても改善された冷間圧延用ロールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、ロール母材の化学組成及び放電ダル加工によって当該ロール母材の表面に形成される溶融再凝固層中の成分に着目して検討を行った。その結果、本発明者らは、ロール母材において特定の合金元素を比較的多く含有させることによりロール母材の研削性を良好なレベルに維持しつつ、粗度維持性を大きく向上させることができ、一方で放電ダル加工によって電極由来で溶融再凝固層中に取り込まれるCuの含有量を適切な範囲内に制御することにより、耐肌荒れ性と耐き裂性の両方を向上させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)ロール母材と、前記ロール母材の表面に形成された溶融再凝固層とを備え、
前記ロール母材が、質量%で、
C:0.70~2.50%、
Si:0.2~2.0%、
Mn:0.2~1.5%、
P:0.030%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.050%以下、
N:0.0200%以下、
O:0.0050%以下、
Cr:2.8~11.0%、
Mo:2.0~6.0%、
V:1.0~6.0%、
Cu:0.10%未満、
B:0.0100%以下、
Ni:0~2.0%、
W:0~6.0%、
Nb:0~2.0%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5 ・・・式1
前記溶融再凝固層が質量%でCu:0.10~3.00%を含有する、冷間圧延用ロール。
ここで、式1中の各元素記号には、前記ロール母材中の各元素の含有量(質量%)が代入され、元素を含まない場合には0が代入される。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Ni:0.01~2.0%、
W:0.01~6.0%、及び
Nb:0.01~2.0%
を含む、上記(1)に記載の冷間圧延用ロール。
(3)前記溶融再凝固層のビッカース硬さが650Hv以上である、上記(1)又は(2)に記載の冷間圧延用ロール。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、放電ダル加工によって得られる冷間圧延用ロールであって、改善された粗度維持性を有するとともに、耐肌荒れ性、耐き裂性及びロール母材の研削性についても改善された冷間圧延用ロールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】放電ダル加工によって得られるワークロールのロール表面における断面模式図を示す。
【
図2】実施例及び比較例のロール試験片に対する二円筒式転動摩耗試験機を用いた転動摩耗試験を模式的に示す略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<冷間圧延用ロール>
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、ロール母材と、前記ロール母材の表面に形成された溶融再凝固層とを備え、
前記ロール母材が、質量%で、
C:0.70~2.50%、
Si:0.2~2.0%、
Mn:0.2~1.5%、
P:0.030%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.050%以下、
N:0.0200%以下、
O:0.0050%以下、
Cr:2.8~11.0%、
Mo:2.0~6.0%、
V:1.0~6.0%、
Cu:0.10%未満、
B:0.0100%以下、
Ni:0~2.0%、
W:0~6.0%、
Nb:0~2.0%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式1を満たす化学組成を有し、
3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5 ・・・式1
前記溶融再凝固層が質量%でCu:0.10~3.00%を含有することを特徴としている。
ここで、式1中の各元素記号には、前記ロール母材中の各元素の含有量(質量%)が代入され、元素を含まない場合には0が代入される。
【0015】
図1は、放電ダル加工によって得られるワークロールのロール表面における断面模式図を示す。
図1を参照すると、放電ダル加工によって冷間圧延用ロール等のワークロール1を製造すると、ロール母材2の表面に溶融再凝固層3が形成され、当該溶融再凝固層3によって粗面部4が構成される。先に述べたとおり、放電ダル加工等によりダル加工したワークロールには粗面を長期的に維持すること、すなわち高い粗度維持性が要求される。しかしながら、放電ダル加工でロール表層を粗面化すると、一般的に、最表層には母材よりも硬さが低い溶融再凝固層が形成されることが知られている。より詳しく説明すると、例えば、合金元素を含むロールは、マトリックスと、マトリックス中に溶け込みきれなかった合金元素等によって形成された炭化物とを含む2相構造を一般に有している。これに対し、放電ダル加工では、このような組織を有するロールの表層が瞬間的に溶融され、次いで冷却されて瞬間的に凝固されることになるため、2相構造において分離して存在していた炭化物も瞬間的に溶融され、次いで瞬間的に凝固されることになる。したがって、ロールの最表層に形成される溶融再凝固層においては、もともと2相構造であった組織が単相又はより単相に近い組織に変化しており、それゆえ当該溶融再凝固層中の合金元素濃度は当初のマトリックス中の合金元素濃度に対して相対的に高くなるものと考えられる。加えて、放電ダル加工では、溶融及び凝固過程において加工液由来のCが溶融再凝固層中に取り込まれることになる。したがって、放電ダル加工によってロール表層を粗面化した場合には、ロール最表層に形成される溶融再凝固層においてCや合金元素が濃化して存在することとなる。従来、このような濃化したCや合金元素が放電加工中の凝固過程においてロールにおけるMs点(マルテンサイト変態温度)の低下に寄与し、このようなMs点の低下に関連してマルテンサイトに変態できないオーステナイトが比較的多く残ってしまうために、すなわち軟質な残留オーステナイトが形成されやすくなるために、最終的に得られる溶融再凝固層の硬さが低下するものと一般に推測されている。したがって、溶融再凝固層のこのような硬さの低下を抑制することができれば、放電ダル加工したワークロールの粗度維持性を向上させることが可能になるものと考えられる。
【0016】
一方で、ワークロールとしては優れた研削性を有することも求められるが、合金元素を含むロールにおいては、上記のような炭化物の形成に起因してロール母材の研削性が低下する場合がある。また、粗度維持性を向上させるために硬さを高くすると、研削性の低下を招く場合もあることから、ワークロールの粗度維持性とロール母材の研削性の両立を図ることは一般に難しい。
【0017】
そこで、本発明者らは、ロール母材の研削性を良好なレベルに維持しつつ、溶融再凝固層の硬さの低下を抑制してワークロールの粗度維持性を向上させるべく、ロール母材の化学組成に着目して検討を行った。まず第一に、本発明者らは、ロール母材成分と溶融再凝固層の硬さ及び粗度維持性との関係について調査した。放電ダル加工の場合、形成される溶融再凝固層には、加工液由来のCと電極由来のCuが取り込まれているものの、それら以外の成分は、概ねロール母材の成分と同等となる。したがって、ロール母材が合金元素を含む場合には、溶融再凝固層も同様に合金元素を含み、ただし、先に述べたとおり、これらの合金元素は炭化物を形成することなく、単相又はより単相に近い組織において溶融再凝固層中に取り込まれるものと考えられる。従来、これらの合金元素は、溶融再凝固層の硬さの低下に寄与するものと考えられてきたが、この度の調査の結果、本発明者らは、特定の合金元素、より具体的にはMo、W、V及び/又はNbをロール母材において比較的多い量で含有させた場合、すなわちMo、W、V及びNbのそれぞれを適切な量で含有させることに加えて、それらの合計の含有量を3.0質量%以上とした場合には、むしろ逆に溶融再凝固層の硬さの低下を抑制して粗度維持性を大きく向上させることができることを見出した。さらに、本発明者らは、これらの合金元素の含有量を適切な範囲内に制限すること、すなわちMo、W、V及びNbのそれぞれを適切な範囲内に制限することに加えて、それらの合計の含有量を17.5質量%以下に制限することにより、粗大な炭化物の形成を抑制することができ、これに関連してロール母材の研削性についても良好なレベルに維持することができることを見出した。
【0018】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、Mo、W、V及びNbの合金元素による固溶強化と組織のアモルファス化に起因して溶融再凝固層の硬さの低下を大きく抑制することが可能になるものと考えられる。より詳しく説明すると、放電ダル加工においては、Mo、W、V及びNbの合金元素は、溶融再凝固時に急冷されるため、その多くは炭化物を形成することなく、溶融再凝固層のマトリックス中に固溶された状態で取り込まれることになる。従来、これらの合金元素はロールのMs点を低下させて軟質な残留オーステナイトを形成させやすくすることで溶融再凝固層の硬さを低下させるものと考えられていた。しかしながら、これらの合金元素を従来技術と比較して十分多く含有させて当該合金元素の固溶量を増加させることで特異的な固溶強化がなされ、それによってMs点の低下に基づく負の効果を考慮しても、溶融再凝固層の硬さの低下を大きく抑制することが可能になるものと考えられる。加えて、Mo、W、V及びNbの合金元素は、Feに比べて原子半径が大きく、それらの原子半径自体も異なる。このような原子半径の異なる複数種類の元素が急冷凝固されることで、得られる組織がアモルファス化しやくなり、このような組織のアモルファス化に起因して溶融再凝固層の硬さを高めることが可能になるものと考えられる。
【0019】
次に、放電ダル加工による粗面化の場合、レーザーダル加工などによる粗面化の場合とは異なり、得られる溶融再凝固層には電極由来のCuが濃化している。一般に、ワークロールは、使用時の腐食や摩耗等に伴って次第にロール表面の肌荒れが進行したり、き裂が発生したりする場合がある。一方で、Cuは耐食性向上作用などを有することから、本発明者らは、放電ダル加工によって溶融再凝固層中に含まれる電極由来のCuがロールの特性に及ぼす影響についても検討を行った。その結果、本発明者らは、放電ダル加工の際の放電条件を変化させて溶融再凝固層中のCu含有量を所定の範囲内、より具体的には0.10~3.00質量%の範囲内に適切に制御することにより、き裂を生じさせることなく又はき裂の発生を十分に抑制しつつ、ロール表面の耐肌荒れ性を顕著に向上させることができることを見出した。
【0020】
レーザーダル加工などの場合、溶融再凝固層中に電極由来のCuが取り込まれることはなく、また従来技術においては、Ms点の低下に基づく負の効果を考慮して、Mo、W、V及びNbなどの合金元素は含有されないか又は含有される場合であっても比較的少ない量においてしか含有されていない。したがって、放電ダル加工に基づいて溶融再凝固層中のCu含有量を適切に制御するとともに、Mo、W、V及びNbの合金元素を比較的多い所定の範囲内でロール母材中に含有させることにより、得られる冷間圧延用ロールの粗度維持性、耐肌荒れ性及び耐き裂性を向上させつつ、ロール母材の研削性についても改善することができるという事実は従来知られておらず、今回、本発明者らによって初めて明らかにされたことである。以下、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールについてより詳しく説明する。
【0021】
[ロール母材の化学組成]
まず、ロール母材の化学組成について説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0022】
[C:0.70~2.50%]
炭素(C)は、ロール表層の硬さを高めるのに必要な元素である。このような効果を十分に得るために、C含有量は0.70%以上とする。C含有量は0.80%以上、0.90%以上、1.00%以上、1.10%以上又は1.20%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、粗大な炭化物が生成し、上記の効果が十分に得られない場合がある。したがって、C含有量は2.50%以下とする。C含有量は2.40%以下、2.30%以下、2.20%以下、2.00%以下又は1.80%以下であってもよい。
【0023】
[Si:0.2~2.0%]
シリコン(Si)は、一般的に鋼を脱酸し、さらに焼入れ性を高める元素である。これらの効果を十分に得るために、Si含有量は0.2%以上とする。Si含有量は0.3%以上、0.4%以上、0.5%以上、0.6%以上又は0.7%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、炭化物が偏析しやすくなって十分な靱性が得られない場合がある。したがって、Si含有量は2.0%以下とする。Si含有量は1.8%以下、1.6%以下、1.4%以下、1.2%以下又は1.0%以下であってもよい。
【0024】
[Mn:0.2~1.5%]
マンガン(Mn)は、焼入れ性を有効に高める元素である。このような効果を十分に得るために、Mn含有量は0.2%以上とする。Mn含有量は0.3%以上、0.4%以上、0.5%以上、0.6%以上又は0.7%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、十分な靱性が得られない場合がある。したがって、焼入れ性を有効に高めかつ十分な靱性を確保するために、Mn含有量は1.5%以下とする。Mn含有量は1.4%以下、1.3%以下、1.2%以下、1.1%以下又は1.0%以下であってもよい。
【0025】
[P:0.030%以下]
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、P含有量は0%超である。Pは、粒界に偏析して、鋼材の靱性が低下する場合がある。したがって、P含有量は0.030%以下とする。P含有量は0.025%以下、0.022%以下又は0.020%以下であってもよい。P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量の過剰な低減は、製鋼工程の精錬コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮すれば、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。P含有量は0.002%以上であってもよい。
【0026】
[S:0.020%以下]
硫黄(S)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、S含有量は0%超である。Sは、粒界に偏析して、鋼材の靱性及び熱間加工性が低下する場合がある。したがって、S含有量は0.020%以下とする。S含有量は0.005%以下、0.004%以下又は0.003%以下であってもよい。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の過剰な低減は、製鋼工程の精錬コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮すれば、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。S含有量は、0.0002%以上であってもよい。
【0027】
[Al:0.050%以下]
アルミニウム(Al)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、Al含有量は0%超である。Alは、溶鋼段階で鋼を脱酸する。一方で、Alを過度に含有すると、Al窒化物が粗大化し、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、Al含有量は0.050%以下とする。Al含有量は0.040%以下又は0.030%以下であってもよい。Al含有量は0.001%以上又は0.002%以上であってもよい。本明細書において、Al含有量は鋼中の全Al含有量を意味する。
【0028】
[N:0.0200%以下]
窒素(N)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、N含有量は0%超である。Nは、固溶強化により鋼の強度を高める。一方で、Nを過度に含有すると、粗大な窒化物系介在物を形成し、鋼材の靭性が低下する場合がある。したがって、N含有量は0.0200%以下とする。N含有量は0.0150%以下又は0.0100%以下であってもよい。N含有量は0.0001%以上又は0.0002%以上であってもよい。
【0029】
[O:0.0050%以下]
酸素(O)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、O含有量は0%超である。Oは、粗大な酸化物系介在物を形成し、鋼材の靭性を低下させる場合がある。したがって、O含有量は0.0050%以下とする。O含有量は0.0040%以下、0.0035%以下又は0.0030%以下であってもよい。O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮すれば、O含有量は0.0001%以上又は0.0005%以上とすることが好ましい。O含有量は0.0010%以上であってもよい。
【0030】
[Cr:2.8~11.0%]
クロム(Cr)は、焼入れ性を高めて、ロール母材の硬さを向上させる元素である。このような効果を十分に得るために、Cr含有量は2.8%以上とする。Cr含有量は3.0%以上、3.5%以上、4.0%以上、4.5%以上又は5.0%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、炭化物が粗大化して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、Cr含有量は11.0%以下とする。Cr含有量は10.0%以下、9.0%以下、8.0%以下、7.0%以下又は6.0%以下であってもよい。
【0031】
[Mo:2.0~6.0%]
モリブデン(Mo)は、比較的多く含有させることで溶融再凝固層の硬さを向上させることができる元素である。このような効果を十分に得るために、Mo含有量は2.0%以上とする。Mo含有量は2.2%以上、2.5%以上、2.8%以上、3.0%以上又は3.5%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、炭化物が粗大化して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、Mo含有量は6.0%以下とする。Mo含有量は5.8%以下、5.5%以下、5.0%以下、4.5%以下又は4.0%以下であってもよい。
【0032】
[V:1.0~6.0%]
バナジウム(V)は、Moと同様に比較的多く含有させることで溶融再凝固層の硬さを向上させることができる元素である。このような効果を十分に得るために、V含有量は1.0%以上とする。V含有量は1.2%以上、1.5%以上、1.8%以上、2.0%以上又は2.5%以上であってもよい。一方で、Vを過度に含有すると、炭化物が粗大化して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、V含有量は6.0%以下とする。V含有量は5.5%以下、5.0%以下、4.5%以下、4.0%以下又は3.5%以下であってもよい。
【0033】
[Cu:0.10%未満]
銅(Cu)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、Cu含有量は0%超である。Cuは、鋼の熱間加工性を低下させる場合がある。したがって、Cu含有量は0.10%未満とする。Cu含有量は0.09%以下、0.08%以下、0.07%以下、0.06%以下又は0.05%以下であってもよい。Cu含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Cu含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、Cu含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Cu含有量は0.002%以上であってもよい。
【0034】
[B:0.0100%以下]
B(ホウ素)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、B含有量は0%超である。Bは、鋼の靭性を低下させる場合がある。したがって、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は0.0080%以下、0.0060%以下、0.0040%以下、0.0020%以下又は0.0010%以下であってもよい。B含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、B含有量の過剰な低減は製造コストを引き上げる。したがって、B含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。B含有量は0.0002%以上であってもよい。
【0035】
本発明の実施形態に係るロール母材の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該ロール母材は、必要に応じて以下の元素のうち1種又は2種以上を含有していてもよい。
【0036】
[Ni:0~2.0%]
ニッケル(Ni)は、焼入れ性を高める元素である。Ni含有量は0%であってもよいが、このような効果を十分に得るためには、Ni含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Ni含有量は0.1%以上、0.2%以上、0.3%以上又は0.4%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、残留オーステナイトが過剰に形成され、十分な硬さを維持できなくなる場合がある。したがって、Ni含有量は2.0%以下とすることが好ましい。Ni含有量は1.5%以下、1.2%以下、1.0%以下、0.8%以下又は0.6%以下であってもよい。
【0037】
[W:0~6.0%]
タングステン(W)は、Mo及びVと同様に溶融再凝固層の硬さを向上させることができる元素である。したがって、ロール母材の製造上の都合に応じて、Mo及びVに加えてWも添加することができる。Wの添加効果を確実に得るためには、W含有量は0.01%以上又は0.1%以上であることが好ましい。W含有量は0.3%以上、0.5%以上、0.8%以上、1.0%以上又は1.5%以上であってもよい。一方で、Wを過度に添加すると、炭化物が粗大化して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、W含有量は6.0%以下とすることが好ましい。W含有量は5.0%以下、4.0%以下、3.0%以下、2.5%以下又は2.0%以下であってもよい。
【0038】
[Nb:0~2.0%]
ニオブ(Nb)は、Mo及びVと同様に溶融再凝固層の硬さを向上させることができる元素である。したがって、ロール母材の製造上の都合に応じて、Mo及びVに加えてNbも添加することができる。Nbの添加効果を確実に得るためには、Nb含有量は0.01%以上又は0.1%以上であることが好ましい。Nb含有量は0.2%以上、0.3%以上、0.5%以上、0.8%以上又は1.0%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に添加すると、炭化物が粗大化して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、Nb含有量は2.0%以下とすることが好ましい。Nb含有量は1.8%以下、1.7%以下、1.5%以下、1.3%以下又は1.2%以下であってもよい。
【0039】
本発明の実施形態に係るロール母材において、上記の元素以外の残部は、Fe及び不純物からなる。不純物とは、ロール母材を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0040】
[3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5]
本発明の実施形態に係るロール母材の化学組成は、下記式1:
3.0≦Mo+W+V+Nb≦17.5 ・・・式1
を満たし、ここで、式1中の各元素記号には、ロール母材中の各元素の含有量(質量%)が代入され、元素を含まない場合は0が代入される。
【0041】
ロール母材に含まれる各元素の含有量を上記のとおり制御することに加えて、さらにMo、W、V及びNbの合計の含有量を3.0%以上に制御することで、先に述べたようにこれらの合金元素による固溶強化と組織のアモルファス化に起因して、放電ダル加工によってロール最表層に形成される溶融再凝固層の硬さの低下を確実に抑制することができ、一方でMo、W、V及びNbの合計の含有量を17.5%以下に制限することで、ロール母材の研削性、さらには冷間圧延用ロールの靭性を良好なレベルに維持することが可能となる。溶融再凝固層の硬さをより改善する観点からは、Mo、W、V及びNbの合計の含有量は高いほど好ましく、例えば3.5%以上、4.0%以上、4.5%以上、5.0%以上、5.5%以上、6.0%以上、6.5%以上又は7.0%以上であってもよい。一方で、Mo、W、V及びNbの合計の含有量が高すぎると、これらの合金元素が粗大な炭化物を形成して、ロール母材の研削性や冷間圧延用ロールの靭性が低下する場合がある。したがって、このような粗大な炭化物の形成を抑制してロール母材の研削性等をより改善する観点からは、Mo、W、V及びNbの合計の含有量は17.0%以下であることが好ましく、例えば16.0%以下、15.0%以下、14.0%以下、13.0%以下、12.0%以下、11.0%以下又は10.0%以下であってもよい。
【0042】
[溶融再凝固層のCu含有量:0.10~3.00%]
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、上記のロール母材の表面に形成された溶融再凝固層を備えており、当該溶融再凝固層は、質量%でCu:0.10~3.00%を含有している。先に述べたとおり、放電ダル加工による粗面化の場合、レーザーダル加工などによる粗面化の場合とは異なり、得られる溶融再凝固層には電極由来のCuが濃化している。しかしながら、従来の放電ダル加工では、溶融再凝固層に濃化するCuの量を所定の範囲内に制御して、得られる圧延用ロールの特性を改善することは行われていない。Cuは耐食性向上作用などを有することから、本発明の実施形態においては、溶融再凝固層中のCu含有量を0.10%以上に制御することで、使用時の腐食や摩耗等に伴って次第にロール表面の肌荒れが進行することを抑制することができ、その結果としてロール表面の耐肌荒れ性を顕著に向上させることができる。ロール表面の耐肌荒れ性をさらに改善する観点からは、溶融再凝固層中のCu含有量は0.20%以上であることが好ましく、例えば0.40%以上、0.60%以上、0.80%以上又は1.00%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、Cuが粒界に偏析してロール表面に微小き裂等のき裂が生じる場合がある。これに対し、本発明の実施形態においては、溶融再凝固層中のCu含有量を3.00%以下に制御することで、Cuの粒界偏析を十分に抑制して冷間圧延用ロールの耐き裂性を向上させることができる。耐き裂性をより向上させる観点からは、溶融再凝固層中のCu含有量は2.90%以下であることが好ましく、例えば2.80%以下、2.60%以下、2.40%以下、2.20%以下、2.00%以下、1.80%以下又は1.60%以下であってもよい。
【0043】
溶融再凝固層中のCu含有量は、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた元素分析(点分析)により以下のようにして決定される。まず、ロール外周の任意の場所を基準位置として選択し、次いで当該基準位置からロール外周を8分の1の等間隔で分割する合計8点の箇所を特定する。次に、特定された各点から溶融再凝固層の厚み方向の中央部におけるCu含有量をEPMAにより測定し、得られた合計8点の測定値のうち最大値と最小値を除く6点の平均値を算出し、算出された平均値を溶融再凝固層中のCu含有量として決定する。本方法によれば、ロールの寸法等にかかわらず、溶融再凝固層中のCu含有量及び以下に説明する溶融再凝固層のビッカース硬さを適切に決定することが可能である。
【0044】
[溶融再凝固層のビッカース硬さ:650Hv以上]
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールによれば、改善された溶融再凝固層の硬さを達成することができ、例えば溶融再凝固層において650Hv以上のビッカース硬さを達成することができる。粗度維持性を向上させる観点からは、溶融再凝固層のビッカース硬さは高いほど好ましく、例えば660Hv以上、680Hv以上、700Hv以上、720Hv以上、740Hv以上又は760Hv以上であってもよい。上限は特に限定されないが、例えば、溶融再凝固層のビッカース硬さは1000Hv以下、950Hv以下又は900Hv以下であってもよい。
【0045】
溶融再凝固層のビッカース硬さは、JIS Z 2244-1:2020に準拠して、マイクロビッカース試験機により以下のようにして決定される。まず、溶融再凝固層のCu含有量の場合と同様に、ロール外周の任意の場所を基準位置として選択し、次いで当該基準位置からロール外周を8分の1の等間隔で分割する合計8点の箇所を特定する。次に、特定された各点から溶融再凝固層の厚み方向の中央部におけるビッカース硬さをマイクロビッカース試験機により試験荷重10gfで測定し、得られた合計8点の測定値のうち最大値と最小値を除く6点の平均値を算出し、算出された平均値を溶融再凝固層のビッカース硬さとして決定する。
【0046】
[ロール表面の表面粗度]
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、溶融再凝固層が所定量のCuを含有することからも明らかなように放電ダル加工によって製造されるものである。放電ダル加工では、放電加工が繰り返されることでロール表面に放電痕が無数に集積してロール表面が粗面化される。したがって、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、溶融再凝固層から構成される粗面部を有する。ロール表面におけるこのような粗面部の表面粗度は、特に限定されず任意の適切な値であってよく、例えばダルロールとして適用するのに有用な任意の適切な値であってよい。例えば、溶融再凝固層から構成される粗面部の算術平均粗さRaは、特に限定されないが、0.5μm以上若しくは1.0μm以上であってもよく、及び/又は10.0μm以下若しくは5.0μm以下であってもよい。算術平均粗さRaは、JIS B 0601:2013に規定される算術平均粗さRaをいうものであり、JIS B 0633:2001に準拠して決定される。
【0047】
[冷間圧延用ロールの製造方法]
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、当業者に公知の任意の適切な方法によって製造することが可能である。特に限定されないが、例えば、当該冷間圧延用ロールは、主として、造塊法等によりインゴットを鋳造する鋳造工程、鋳造されたインゴットをロール形状に成形する鍛造工程、成形されたロールを焼鈍する焼鈍工程、研削により得られたロールを所望のロール形状に粗加工する粗研削工程、A3点以上の温度に加熱する熱処理工程、焼入れ工程、ロールの硬度を調整するための焼戻し工程、研削により最終ロール形状に加工する仕上げ研削工程、及び最終形状に加工されたロール表面を放電ダル加工して粗面化仕上げする放電ダル加工工程を含む方法により製造することができる。熱処理工程では、特に限定されないが、鍛造されたロールが一般的に900~1100℃の温度で数時間、例えば3時間以上にわたり加熱される。また、焼入れ工程は、特に限定されないが、水冷によりロール表面の冷却速度が150℃/分以上、好ましくは300℃/分となるように実施することが好ましい。また、焼戻し工程は、一般的には100~600℃の温度範囲で実施することが好ましい。なお、放電ダル加工するロールには、遠心鋳造法や連続鋳掛肉盛法によって製造され、外層材および芯材の複層構造を有し、鍛造を実施しない外層材を含むロールを用いることもできる。また、圧延で使用して粗度が低下した放電ダル加工ロールは、研削により溶融再凝固層を除去した後に、再び放電ダル加工することで、再使用が可能である。
【0048】
放電ダル加工工程では、例えば、従来のCu電極を備えた放電ダル加工機を用いて、電流値とパルス時間を適切に選択して放電エネルギーを調節することにより、溶融再凝固層中に導入される電極由来のCu量やロール表面の表面粗度を所望の範囲内に制御することが可能である。例えば、電流値を高くして放電エネルギーを大きくすることで、溶融再凝固層中に導入されるCu量やロール表面の表面粗度を大きくすることができる。放電ダル加工工程における電流値は特に限定されないが、例えば3~22Aの範囲内で適切に選択すればよい。また、パルス時間についても特に限定されないが、例えば8~50μsecの範囲内で適切に選択すればよい。
【0049】
本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、放電ダル加工によって製造されたものであり、したがってロール表面が粗面化され、さらには上記のとおりMo、W、V及び/又はNbをロール母材において比較的多い量で含有させることによりロール母材の研削性を良好なレベルに維持しつつ、粗面化したロール表面の硬さの低下を抑制して、冷間圧延用ロールの粗度維持性を大きく向上させることができる。加えて、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールでは、放電ダル加工によって電極由来で溶融再凝固層中に取り込まれるCuの含有量を0.10~3.00%の範囲内に制御することにより耐肌荒れ性と耐き裂性の両方を向上させることができる。したがって、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールを使用することで、ロール原単位を顕著に向上させることが可能となる。加えて、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、高い粗度維持性等を有することから、ダルロール用に使用するのに非常に有用である。しかしながら、本発明の実施形態に係る冷間圧延用ロールは、いわゆるダルロールとしての使用には必ずしも限定されず、放電ダル加工が適用される任意の冷間圧延用ロールにおいて適用することが可能である。
【0050】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例0051】
以下の実施例では、下表1に示す種々の化学組成を有するロール材料を製造し、それからφ80mm×10mmのロール試験片を製作し、当該ロール試験片の円周面を3mm/分で回転させながら、Cu電極を用いたパルス放電により、下表2に示す電流値(A)及びパルス時間(μsec)の条件下でロール試験片の円周面に放電ダル加工を施した。実施例12以外のロール試験片は、造塊法によりインゴットを鋳造し、次いで鋳造されたインゴットに鍛造工程を実施することで得られた鍛鋼ロールとし、一方で、実施例12のロール試験片は、簡便に製作するために芯材は用いず、置注鋳造法によって製造された外層材の単層構造からなる鋳造ロールとした。これらのロール試験片の表層における断面試料を製作し、下表2に示すように、溶融再凝固層のビッカース硬さ及びCu含有量を測定した。ビッカース硬さ及びCu含有量の測定は以下に示す方法により行った。
【0052】
[溶融再凝固層のビッカース硬さ]
溶融再凝固層のビッカース硬さは、JIS Z 2244-1:2020に準拠して、マイクロビッカース試験機により以下のようにして決定した。まず、ロール試験片外周の任意の場所を基準位置として選択し、次いで当該基準位置からロール試験片外周を8分の1の等間隔で分割する合計8点の箇所を特定した。次に、特定された各点から溶融再凝固層の厚み方向の中央部におけるビッカース硬さをマイクロビッカース試験機により試験荷重10gfで測定し、得られた合計8点の測定値のうち最大値と最小値を除く6点の平均値を算出し、算出された平均値を溶融再凝固層のビッカース硬さとして決定した。
【0053】
[溶融再凝固層のCu含有量]
溶融再凝固層中のCu含有量は、EPMAを用いた元素分析(点分析)により以下のようにして決定した。まず、溶融再凝固層のビッカース硬さの場合と同様に、ロール試験片外周の任意の場所を基準位置として選択し、次いで当該基準位置からロール試験片外周を8分の1の等間隔で分割する合計8点の箇所を特定した。次に、特定された各点から溶融再凝固層の厚み方向の中央部におけるCu含有量をEPMAにより測定し、得られた合計8点の測定値のうち最大値と最小値を除く6点の平均値を算出し、算出された平均値を溶融再凝固層中のCu含有量として決定した。
【0054】
[粗度維持性、耐肌荒れ性及び耐き裂性の評価]
次に、上記のロール試験片を対象として、二円筒式転動摩耗試験機により、摺動面の粗度維持性、耐肌荒れ性及び耐き裂性を評価した。
図2は、実施例及び比較例のロール試験片に対する二円筒式転動摩耗試験機を用いた転動摩耗試験を模式的に示す略図である。
図2に示す二円筒式転動摩耗試験機10を用いて、ロール試験片11に接触させる圧延材試験片12は、鋼種S45C、寸法φ160mm×15mmとした。転動摩耗試験は、誘導加熱コイル13を用いた高周波誘導加熱により圧延材試験片12を200℃に加熱し、接触荷重700N、ロール試験片11の回転数2000rpm、すべり率5%、無潤滑で、転動回数20000回まで実施した。すべり率(%)は下記式によって定義される。
すべり率(%)=(圧延材試験片周速度-ロール試験片周速度)/ロール試験片周速度×100
転動回数20000回後のロール試験片11の摺動面性状から、粗度維持性、耐肌荒れ性及び耐き裂性を評価した。粗度維持性の評価指標は粗度維持率を用いた。粗度維持率(%)は下記式によって定義される。摺動面の表面粗度は算術平均粗さRaによって評価し、算出された粗度維持率が36%以上であるロール試験片を粗度維持性が良好と評価した。
粗度維持率(%)=(試験後の摺動面の表面粗度/試験前粗度)×100
耐肌荒れ性及び耐き裂性は、試験後のロール試験片の摺動面における肌荒れ及びき裂の有無を目視観察し、肌荒れ及びき裂が発生していないロール試験片を耐肌荒れ性及び耐き裂性が良好と評価した。
【0055】
[ロール母材の研削性の評価]
ロール試験片の母材の研削性については、寸法φ80mm×150mmのロール母材試験片を別途製作し、円筒研削盤を用いて研削試験を実施することにより評価した。砥石としては、アルミナ系砥粒をビトリファイド系結合材で結合した材質からなる寸法φ350mm×20mmの砥石を用いた。研削試験は、研削方式を湿式トラバース研削とし、取り代φ0.3mm、1パスあたりの切り込み量φ0.005mm、砥石周速30m/秒、ロール母材試験片周速0.03m/秒、トラバース速度500mm/分で実施した。研削性は、試験後のロール母材試験片の研削面におけるスクラッチ疵の有無を目視観察し、スクラッチ疵が発生していない試験片をロール母材の研削性が良好と評価した。その結果を下表2に示す。
【0056】
【0057】
【0058】
本実施例では、粗度維持率が36%以上であり、肌荒れ、き裂及びスクラッチ疵が発生していない場合に、改善された粗度維持性を有するとともに、耐肌荒れ性、耐き裂性及びロール母材の研削性についても改善された冷間圧延用ロールとして評価した。表1及び2を参照すると、比較例1、2及び6は、Mo及びV含有量が低く、さらにはMo、W、V及びNbの合計含有量も低かったために、溶融再凝固層の硬さが低下し、十分な粗度維持性を達成することができなかった。比較例3及び7は、放電ダル加工時の電流値が低く、これに関連して溶融再凝固層中のCu含有量が低くなったために、肌荒れが発生し、十分な耐肌荒れ性を達成することができなかった。比較例4及び8は、放電ダル加工時の電流値が高く、これに関連して溶融再凝固層中のCu含有量が高くなったために、Cuの粒界偏析が生じたものと考えられる。その結果として、き裂が発生し、十分な耐き裂性を達成することができなかった。比較例5は、Mo及びV含有量が高く、さらにはMo、W、V及びNbの合計含有量も高かったために、形成される炭化物が粗大化したものと考えられる。その結果として、研削後のロール母材にスクラッチ疵が発生し、十分なロール母材の研削性を達成することができなかった。比較例9は、同様にMo、W、V及びNbの合計含有量が高かったために、形成される炭化物が粗大化したものと考えられる。その結果として、研削後のロール母材にスクラッチ疵が発生し、十分なロール母材の研削性を達成することができなかった。
【0059】
これとは対照的に、実施例1~12では、ロール母材を所定の化学組成の範囲内に制御するとともに、放電ダル加工によって溶融再凝固層中に導入されるCu含有量を0.10~3.00%の範囲内に制御することで、溶融再凝固層のビッカース硬さを650Hv以上に維持して粗度維持率を36%以上とし、肌荒れやき裂も生じず、さらには研削後のロール母材におけるスクラッチ疵の発生も抑制することができた。したがって、全ての実施例において、比較例1~9と比べて、高い粗度維持性、耐肌荒れ性、耐き裂性及びロール母材の研削性を達成することができた。