(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023013014
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】振動を用いた害虫の行動及び成長の制御によりキノコ類を保護する方法
(51)【国際特許分類】
A01M 1/00 20060101AFI20230119BHJP
A01M 29/22 20110101ALI20230119BHJP
A01G 18/00 20180101ALI20230119BHJP
【FI】
A01M1/00 E
A01M29/22
A01G18/00
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021116885
(22)【出願日】2021-07-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター、イノベーション創出強化研究推進事業「害虫防除と受粉促進のダブル効果!スマート農業に貢献する振動技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(71)【出願人】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(71)【出願人】
【識別番号】000222048
【氏名又は名称】東北特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】向井 裕美
(72)【発明者】
【氏名】高梨 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 隆一
(72)【発明者】
【氏名】阿部 翔太
(72)【発明者】
【氏名】小野 利文
【テーマコード(参考)】
2B121
【Fターム(参考)】
2B121AA11
2B121DA49
2B121EA30
2B121FA13
(57)【要約】
【課題】キノコ類について、振動によって害虫を防除する方法を確立し、提供すること。
【解決手段】振動により行動及び成長が制御される害虫(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバ)の幼虫もしくは成虫が生息するキノコ類の菌床もしくは前記害虫が発生しえるキノコ類の菌床に、25~1500Hzの周波数及び0.18m/s2以上の振幅を有する振動を加振機により1回又は2回以上与えて、前記害虫の行動及び成長の少なくとも1つを制御して前記害虫を防除する方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動により行動及び成長が制御される害虫(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバ)の幼虫、蛹もしくは成虫が生息するキノコ類の菌床もしくは前記害虫が発生しえるキノコ類の菌床に、25~1500Hzの周波数及び0.18m/s2以上の振幅を有する振動を加振機により1回又は2回以上与えて、前記害虫の行動及び成長の少なくとも1つを制御して前記害虫を防除する方法。
【請求項2】
以下の工程の1つ又は2つを含む、請求項1に記載の方法:
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が8.7m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫の行動を制御する工程;及び
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が10.2m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの成虫の行動を制御する工程。
【請求項3】
周波数の範囲が100~950Hzであり、振幅の範囲が0.18m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、又はリュウコツナガマドキノコバエの幼虫、蛹、もしくは成虫の成長を制御する工程を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
以下の工程の1つ又は2つをさらに含む、請求項1~3のいずれかに記載の方法:
-周波数の範囲が25~1000Hzであり、振幅の範囲が1m/s2以上である振動を菌床に与えて、ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの幼虫の行動を制御する工程;及び
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が4.8m/s2以上である振動を菌床に与えて、ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの成虫の行動を制御する工程。
【請求項5】
振動の周波数の範囲を25~1500Hzとし、振動の振幅の範囲を10.2m/s2以上として、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバの少なくとも一種を防除することを含む、請求項1、2又は4に記載の方法。
【請求項6】
振動の周波数の範囲を100~950Hzとし、振動の振幅を0.18~9.6m/s2として、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、及びリュウコツナガマドキノコバエの少なくとも一種を防除することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
菌床が棚に設置され、該棚に振動を与える工程を含む請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
振動の発生に磁歪材が用いられる、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の方法によりフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバを防除する工程を含む、キノコ類の子実体形成を促進する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動を用いた害虫の行動及び成長の制御によるキノコ類の保護技術に関する。より具体的には、本発明は、振動を用いて害虫の行動及び成長の制御により対象害虫を直接又は間接的に防除してキノコ類に対する加害を減じ、もって該キノコ類を保護する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫において、振動は忌避、誘引、交尾、摂食、産卵等の行動や、変態等の成長に影響を及ぼす、重要かつ普遍的な信号であることがわかっている。したがって、振動信号を人工的に制御することで、様々な害虫の行動や成長を制御することが可能となり得る。
かかる制御としては、有益な昆虫に対する正の制御及び害虫に対する負の制御がある。正の制御として、害虫防除の資材として用いられる天敵・捕食者の対象害虫への誘引等が挙げられ、また、負の制御としては、忌避ならびに交尾、摂食及び産卵の阻害等による、該害虫の防除を行うことが挙げられる。
【0003】
たとえば、木材等を伝播する振動を用いた害虫の防除方法は、かかる行動制御を利用した害虫防除の例である。かかる方法は、物理的防除に包含されるものであるところ、化学合成殺虫剤における普遍的な問題である薬剤抵抗性の問題や人体、環境及び非標的生物に対する悪影響の問題を伴わないといった利点を有する。したがって、かかる方法は、薬剤に抵抗性を持つ害虫の出現や、環境・食品の安全・安心志向の高まりから、長年にわたり社会的に求められている、薬剤の代替となる環境調和型の害虫防除技術の開発に資するものである。
【0004】
振動による害虫の防除について例示するに、特許文献1~3には、超音波を用いた家屋害虫の防除装置について開示されている。
特許文献4にも振動による害虫の防除について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-252002号公報
【特許文献2】特開2000-204684号公報
【特許文献3】特許第5867813号公報
【特許文献4】特願第2020-027836明細書
【特許文献5】国際公開第2018/230154号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
化学合成農薬を用いない、種々の作物における害虫防除の試みはなされているものの、所期の目的を達成した例は極めて限定的である。化学合成農薬を用いない防除における条件設定の困難性が、有効な防除手段を確立する際の大きな障害になっている。
振動を用いる防除は化学合成農薬を用いない防除の一つの手法である。しかしながら振動を用いる防除においては、振動による影響を受ける害虫における周波数を含む振動のパラメータと行動や生態(もしくは成長への影響)との関係は害虫の種類により固有のものが存在し区々であるところ、かかる関係についての知見を得ることの困難性や、個々の害虫の生息媒体における外部からの振動の影響を精査することの困難性等の理由により、それぞれの害虫の特定の行動や成長を制御する振動の周波数及び振幅を決定することは困難である。
【0007】
近年、キノコ類の生産現場においても、物理的保護技術や生物農薬などの化学合成農薬に依存しない新たな害虫防除技術の開発についての需要が高まっている。キノコ類においてはとくに安心・安全な生産物としてのニーズが高く、これまでに登録されている農薬が極めて少ないこと、あるいは近年登録された線虫や細菌等の天敵微生物を利用した生物農薬にとどまっていることにより、かかる需要は一層高まる傾向にある。しかしながら、振動を用いる害虫防除技術も含め、かかる需要を充足するキノコ類の害虫を防除するための資材や方法は存在していない。
これらの背景の下、本発明は、キノコ類の害虫を防除するための新たな方法を確立し、提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意研究を重ねる中で、害虫の防除に資する特性を有する振動を用いることによって上記課題が解決する可能性があること見出し、さらに鋭意研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、少なくとも以下の発明に関する(以下の発明にかかる方法においては、周波数及び/又は振幅が相互に異なる振動のそれぞれを、同時に又は異なるタイミングで与えてよい):
【0009】
[1]
振動により行動及び成長が制御される害虫(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバ)の幼虫、蛹もしくは成虫が生息するキノコ類の菌床もしくは前記害虫が発生しえるキノコ類の菌床に、25~1500Hzの周波数及び0.18m/s2以上の振幅を有する振動を加振機により1回又は2回以上与えて、前記害虫の行動及び成長の少なくとも1つを制御して前記害虫を防除する方法。
[2]
以下の工程の1つ又は2つを含む、[1]に記載の方法:
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が8.7m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫の行動を制御する工程;及び
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が10.2m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの成虫の行動を制御する工程。
[3]
周波数の範囲が100~950Hzであり、振幅の範囲が0.18m/s2以上である振動を菌床に与えて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、又はリュウコツナガマドキノコバエの幼虫、蛹もしくは成虫の成長を制御する工程を含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
以下の工程の1つ又は2つをさらに含む、[1]~[3]のいずれかに記載の方法:
-周波数の範囲が25~1000Hzであり、振幅の範囲が1m/s2以上である振動を菌床に与えて、ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの幼虫の行動を制御する工程;及び
-周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が4.8m/s2以上である振動を菌床に与えて、ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの成虫の行動を制御する工程。
[5]
振動の周波数の範囲を25~1500Hzとし、振動の振幅の範囲を10.2m/s2以上として、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバの少なくとも一種を防除することを含む、[1]、[2]又は[4]に記載の方法。
[6]
振動の周波数の範囲を100~950Hzとし、振動の振幅を0.18~9.6m/s2として、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、及びリュウコツナガマドキノコバエの少なくとも一種を防除することを含む、[1]に記載の方法
[7]
菌床が棚に設置され、該棚に振動を与える工程を含む[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
振動の発生に磁歪材が用いられる、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
[1]~[8]のいずれかの方法によりフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバを防除する工程を含む、キノコ類の子実体形成を促進する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によればキノコ類(シイタケ等)を菌床で生育させている施設において、とくに振動の発生に磁歪材等を用いた加振機(振動発生装置)を用いて、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバといった害虫を防除することができる。これらの害虫はいずれも幼虫及び成虫が振動により行動を制御され、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、又はリュウコツナガマドキノコバエについては幼虫、蛹もしくは成虫の成長も制御されるため、本発明の方法により、幼虫による加害や変態、及び成虫による生殖行動を抑制し、防除が行われる。
また本発明によれば、単一の上記加振機から、単数又は多数の生息媒体(菌床及びキノコ類の子実体(胞子形成のための構造体であり、いわゆるキノコに相当)又は菌糸)に振動を与えるための、治具や方法も提供される。かかる治具又は方法としては、単数又は複数の菌床に振動を与える治具や、近接してキノコ類の栽培に供試されている菌床に振動を伝える治具が挙げられる。
加振機として、磁歪材を用いる本発明の方法は好ましい。磁歪材を用いることにより、広範囲から選択した周波数にて、大きな加振力を発生させることが可能になるからである。磁歪材とは磁化により外形変化を生ずる磁性材料であり、コバルト-鉄系合金を使用することで、加工しやすく、かつ製造コストを抑えることになる。更に望ましくは、国際公開番号WO2018/230154A1の発明である磁歪材料と軟磁性材料或いは異符号の磁歪材料(例えば、コバルト-鉄系合金に対しニッケル系合金)とを接合して磁歪効果を増幅したクラッド構造の磁歪材を振動素子に用いることにより、効率よく高トルクの加振を行うことができる。
磁歪材を用いる加振機は、従来のボイスコイルや圧電材による装置よりも、耐久性、耐水性、耐候性において優れている。本発明においては、上記各害虫の防除に用い得る特定の振動を発生させるための制御装置と電子回路により、家庭用電源を用いて、かかる振動を発生させる上記加振機を用いることができる。
【0011】
さらに、本発明の方法とトラップ等とを組み合わせることにより、作物又は生息媒体であるキノコ類から離脱した害虫を誘殺し、振動による防除効果を増強することができる。
【0012】
登録されている農薬自体が少ないため、化学合成農薬がキノコ類の栽培において用いられることは他の農作物に比較して少ない。しかしながら、キノコ類における新たな害虫防除技術の開発についての需要は高まっているところ、一般的に化学合成農薬は、標的でない天敵等他種にも殺虫効果を及ぼす等の欠点があるばかりでなく、作業者への影響や環境汚染の問題も招来する。
これに対し、本発明の方法は、対象害虫の特性に応じた生息媒体に伝播及び/又は伝達された振動により、特定の対象のみをピンポイントで効率的に防除することを可能にするものである。すなわち、本発明の方法は上記のような化学合成農薬の問題を伴わない特性とともに、生息媒体を伝播する振動を用いる方法であるため騒音を発生させない特性を有する、環境にやさしい防除技術を提供するものである。また、本発明の方法のうち、振動の持続時間が短い(たとえば1s以下)ものにおいては、振動を人間が感知しにくい点において環境にやさしいといった利点もある。
このようにキノコ類の害虫を振動により防除することは本発明により初めて可能になったことであり、本発明は化学合成農薬や生物農薬を用いる従来技術とは全く異なる手法によるものである。また本発明は、作物の安全性を化学合成農薬や生物農薬より確実に担保できるものであり、これらの従来技術によっては達成することが不可能な格別な効果を奏するものである。
【0013】
本発明の方法はとくにシイタケのようなキノコ類の保護を指向するものであるところ、シイタケのキノコバエ類害虫であるナガマドキノコバエ類はシイタケの子実体や菌糸を食害し、食品への異物混入が近年問題となっている。菌床上に本種幼虫が2.5頭以上存在すると、シイタケ廃棄率が収穫の5%を超えるという深刻な被害状況にある。子実体の生育期間が短く、また消費者の安心・安全を求めるニーズが大きい栽培キノコ類には薬剤がほとんど使用できないため、農薬に依存しない物理的防除技術のニーズは極めて大きい。これらの害虫防除に関する問題に加え、シイタケ栽培においては、菌床や原木に振動などの物理的刺激を与えて、子実体を発生させることは経験的な常識となっているものの、害虫の発生を抑制する振動とそのメカニズムに関する研究や試みはこれまで皆無であった。
かかる現況及び従来の技術に鑑みれば、本願発明については、その課題さえ認識されず、課題の解決は当然に試みられることさえなかった、画期的な発明なのである。このことからも、本発明が奏する効果は、格別顕著なものであるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1-1】フタマタナガマドキノコバエ幼虫の振動に対する反応閾値を特定する試験の結果を示す図である。
【
図1-2】フタマタナガマドキノコバエ成虫の振動に対する反応閾値を特定する試験の結果を示す図である。
【
図2-1】アツバ類幼虫の振動に対する反応閾値を特定する試験の結果を示す図である。
【
図2-2】アツバ類成虫の振動に対する反応閾値を特定する試験の結果を示す図である。
【
図3】実施例3-1の試験方法を模式的に示す図である。
【
図4-1】実施例3-1における試験の結果をグラフにより示す図である。
【
図4-2】実施例3-1における、振動処理区で得られた羽化個体と対照区で得られた羽化個体の雌の卵巣の例を示す写真図である。振動処理区で得られた羽化個体においては、卵巣の発達が遅れている。
【
図5】実施例3-2における試験の結果をグラフによりを示す図である。
【
図6】実施例4における試験の結果(不明幼虫総数及び死亡幼虫総数、蛹化幼虫総数及び羽化幼虫総数)をグラフにより示す図である。
【
図7】実施例4における試験の他の結果(菌床上での蛹化幼虫数)の経日変化をグラフにより示す図である。
【
図8】実施例4における試験のさらなる他の結果(羽化幼虫数の経日変化)をグラフにより示す図である。
【
図9】実施例4における試験のさらなる他の結果(羽化失敗から死亡に至る主要因)についてグラフにより示す図である。
【
図10】実施例5における試験の結果(シイタケの子実体形成に与える影響)をグラフにより示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(定義)
本明細書において「生息媒体」とは、昆虫が生息・定着するあらゆる基質を意味し、植物体及び動物体等の生物体ならびに建築物及び水、土壌等の構造物等のあらゆる基質を包含する。また、実験室内における試験の場合には、「生息媒体」は、自然環境下で防除対象害虫が生息・定着する基質以外の人工的な媒体を包含する。本発明における生息媒体は、菌床、ならびにキノコ類の子実体及び菌糸である。
菌床とは、おがくずのような木質基材に米糠等の栄養源を混ぜた人工の培地である。本発明の方法が適用される菌床の大きさや組成、あるいは形状は限定されない。菌床の大きさは、たとえば約8000cm3~約100,000cm3であり、形状は略直方体や略円筒等である。菌床を用いるキノコ類の栽培方式には、下方を浸水して上方のみより子実体を発生させる上面発生、全面から子実体を発生させる全面発生等の栽培方法がある。
本明細書において、「振動」とは、空気以外の基質を媒体として伝播・伝達されるものを意味する。したがって、本発明における「振動」には、空気を媒体とする、聴覚への刺激である音自体は包含されないが、音を生ぜしめる原因となる媒体における振動は包含される。
本明細書において「行動及び成長を制御」するの表記は、害虫の成虫又は幼虫が通常はとらない行動を該成虫又は幼虫に行わせたり(行動の制御)、害虫の幼虫の蛹化及び/もしくは羽化といった変態又は脱皮、又は成虫の成熟を阻害し成長を抑制すること(成長の制御)を意味する。「行動及び成長を制御」することには行動及び成長のいずれか一方のみを制御する場合も包含され、当該表記は行動及び成長の両方を制御する場合のみを意味するものではない。
本明細書において、「害虫を防除する」とは、生息媒体における、害虫の生息密度を低減せしめることのほか、害虫による生息媒体に対する被害(食害、他の有害生物の拡散等)を低減せしめることも包含する。
本明細書において「~」(波線)又は「-」(ハイフン)により数値範囲が示されている場合、同数値範囲はそれを規定する下限値及び上限値、ならびに該下限値及び上限値と同等の効果を示す、下限値及び上限値に近い数値を包含する。
【0016】
本発明の方法は、振動により行動及び成長が制御される害虫(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバ)の幼虫もしくは成虫が、生息するキノコ類の菌床もしくは生息が予測されるキノコ類の菌床に、25~1500Hzの周波数及び0.18m/s2以上の振幅を有する振動を加振機により1回又は2回以上与えて、前記害虫の行動及び成長の少なくとも1つを制御して前記害虫を防除する方法である。
ただし該害虫のうち、
-フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫の行動制御については、振動の周波数の範囲は25~1500Hzであり、振幅の範囲は8.7m/s2以上が好ましく、前記幼虫の成長制御については、振動の周波数の範囲は100~950Hzであり、振幅の範囲は0.18m/s2以上が好ましい;
-フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの成虫については、振動の周波数の範囲は25~1500Hzが好ましく、振幅の範囲は10.2m/s2以上が好ましい;
-ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの幼虫については、振動の周波数の範囲は25~1000Hzが好ましく、振幅の範囲は1m/s2以上が好ましい;及び
-ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの成虫については、振動の周波数の範囲は25~1500Hzが好ましく、振幅の範囲は4.8m/s2以上が好ましい。
本発明の方法について、以下に詳述する。
【0017】
理論に束縛されるものではないが、本発明の方法によれば、振動信号により害虫種の行動を制御し、1)生息媒体(菌床及びキノコ類の子実体又は菌糸)からの忌避、2)定着・交尾の阻害、3)摂食・産卵の阻害、4)成長の遅延、5)本発明の方法と既存の防除技術(例:光や誘引物質によるトラップ等)の組み合わせ、等による害虫防除を行いえる可能性があると考えられる。
【0018】
本発明の方法により防除対象害虫の防除を実施するためには、たとえば、対象害虫の成虫が生息しているか又は生息が推測されるキノコ類の菌床を設置した棚ごとに1個又は2個以上の加振機を設置することによって前記菌床及び該菌床に生じているキノコ類の子実体や菌糸に振動を与え、菌床及び該キノコ類の子実体や菌糸における該害虫の忌避、産卵阻害、摂食阻害等の行動を制御すること、又は蛹化及び/もしくは羽化といった変態、及び性成熟を含む成長を制御(阻害)することにより防除を行うことができる。
【0019】
<振動の付与について>
本明細書においては、菌床に振動を与えることを、「菌床に振動を付与する」、「菌床に振動を適用する」や「菌床を振動させる」といった記載で表すことがある。
本発明において菌床に与えられた振動は、該菌床に発生しているキノコ類の子実体や菌糸、ならびに該菌床や子実体や菌糸に生息している害虫に、振動の振動数及び振幅が大きく変化することなく伝搬される。
【0020】
本発明において、菌床への振動の付与は、
(i)菌床に直接振動を与えること、及び/又は
(ii)菌床が接している資材に振動を与え、該振動を菌床に伝達すること、
により行ってよい。
【0021】
(i)菌床に直接振動を与える場合、振動は菌床の両底面のいずれか又は両方、及び/又はあらゆる側面から、与えてよい。
(ii)菌床が接している資材に振動を与え、該振動を菌床に伝達する場合には、菌床が載置されている棚(「栽培棚」ということがある)に振動を与えてよい。すなわち、前記栽培棚が用いられる場合、振動は菌床が載置されている栽培棚の支柱、栽培棚の棚板のような菌床の載置部、あるいは栽培棚の天井部や底部に振動を与えてよい。栽培棚全体を振動させることは好ましい。
本発明の方法においては、キノコ類の栽培に栽培棚が用いられているか否かにかかわらず、菌床が接している資材に振動を与え、該振動を菌床に伝達して与えてもよい。
【0022】
本発明の方法においては、防除対象害虫の特定の行動を誘発又は抑制する、該害虫の生息媒体における振動の周波数の範囲及び/又は振幅の範囲を決定する工程を含むことは好ましい。防除に好適な振動の周波数の範囲及及び/又は振幅の範囲を決定することにより、防除をより効率的に行うことが可能になるからである。
上記周波数の範囲及び振幅の範囲は、対象害虫種及び制御の対象である行動等を特定し、信号発生器及び加振機を用いて種々の周波数及び振幅の組み合わせからなる振動を当該害虫に与え、該行動を観察・記録し、同行動や成長を制御する周波数及び振幅の閾値の組み合わせを特定することによって決定することができる。上記閾値は、実際の防除において用いられる可能性がある周波数及び振幅の目安となるものであり、防除対象害虫種、本発明の方法が適用される環境に応じて調整して用いられることは好ましい。
振動の周波数の範囲及び振幅の範囲を決定する工程において、与える振動の持続時間はとくに限定されず、適宜設定してよい。
【0023】
持続時間が2s以下である振動を少なくとも1回含む本発明の方法は好ましい。
振動を与える回数も、とくに限定されず適宜設定してよい。振動を与える回数は、2回以上が好ましい。
振動を2回以上与える場合、個々の振動の持続時間及び与える間隔はとくに限定されず適宜設定してよい。また、前記持続時間及び与える間隔は、各振動ごとに同一でも異なってもよい。
【0024】
測定機器の制限から加速度として振幅の測定が困難である場合には、振動中の媒体の振動の速度及び周波数から換算した振幅の値を求めることができる。すなわち、速度(v)と加速度(a)及び周波数(f)との間には、a=(2πf)・vの関係がある。したがって、たとえば5kHzの周波数における0.000000032m/sの速度を加速度に換算すると、0.001m/s2となる。
【0025】
持続時間が10s以下である振動を少なくとも1回含む本発明の方法は好ましく、持続時間が、100ms以上5s以下である振動を少なくとも1回含む本発明の方法は好ましい。
振動を与える間隔が100ms以上かつ100s以下である方法は好ましく、200ms~60sであるものはより好ましく、500ms~30sであるものはさらにより好ましく、1s~30sであるものはとくに好ましい。
本発明の方法のうち、振動の持続時間が500ms以上2s以下であり、振動を与える間隔が10s~30sであるものは、前記害虫の行動制御をより効率的に行えるため好ましい。
本発明の方法のうち、振動の持続時間が1s以上5s以下であり、振動を与える間隔が1s~30sであるものは、前記害虫の成長制御をより効率的に行えるため好ましい。 与える振動の波形は限定されず、サイン波ならびに矩形波、三角波、ノコギリ波等の非正弦波のいずれでもよい。
【0026】
振動の周波数の範囲は、対象害虫種及び制御の対象に応じて設定された範囲であれば限定されない。また、スイープやノイズと定義される、これらの周波数帯を全て又は一部含むものも有効であり好ましい。
さらに、2種類以上の周波数を組み合わせることは、順応回避に有効であるため好ましい。
【0027】
振動の振幅の範囲も対象害虫種及び制御の対象に応じて設定された範囲であれば限定されない。
本発明の方法においては、周波数及び/又は振幅が相互に異なる振動のそれぞれを、同時に又は異なるタイミングで与えてよい。
【0028】
<加振機>
本発明の方法において、振動を発生せしめる方法は限定されないところ、加振機やアクチュエータを用いることは好ましい。加振機やアクチュエータを用いることにより、所期の周波数及び振幅の振動をより正確に菌床に与えることができるからである。
本発明の方法において、菌床に振動を与えるために加振機を用いることは好ましく、加振機として磁歪材を用いることは好ましい。
【0029】
害虫を防除する対象である菌床が載置された菌床載置用部材の数が単数である場合には、1個の加振機を用いればよいが、必要な振幅の大きさに応じて、複数個の加振機を用いてもよい。本発明においては上記菌床載置用部材の種類は限定されず、棚、台、テーブル、及び網が少なくとも包含される。
また、害虫を防除する対象である菌床が複数存在する場合には、複数の加振機を用いて個々の生息媒体に振動を与えてもよく、あるいは、より少ない個数又は単数の、十分な加振力を与えることができる加振機を用いてもよい。
たとえば約1mの幅の栽培棚の場合には、加振機を各棚板に1個ずつ設置してよい。複数の平行に配置されたパイプ等の棒状部材により載置面が構成される場合には、加振機を各載置面に1個ずつ設置してよい。加振機を複数設置した場合には、該複数の加振機は同時に振動させてもよいし、異なるタイミング及び/又は持続時間により個別に振動させてもよい。
前記栽培棚(菌床載置用部材に包含される)の大きさに応じて、栽培棚1台当たりに設置される加振機の個数を増減してよい。
さらに、害虫を防除する対象である菌床の大きさ又は菌床が設置される施設の広さに応じて複数の加振機を用いてもよく、あるいは、より少ない個数又は単数の、十分な加振力を与えることができる加振機を用いてもよい。
キノコ類の栽培施設内において、一定面積ごとに1個又は2個以上の加振機を設置してもよい。
【0030】
加振機を設置する場所は限定されず、菌床載置用部材として栽培棚が用いられる場合には該栽培棚の棚板のいずれかの端部付近を含む位置、又は棚板の中央部を含む位置に、設置してよい。
【0031】
振動を発生させる部位は、防除対象害虫が発生している菌床自体又は発生が予測される菌床自体でよいが、該菌床に振動を伝える他の媒体でもよい。たとえば、菌床が栽培棚に載置されている場合には、載置されている栽培棚の棚板又は棚板を構成するパイプ等の棒状部材に振動を与えることによって、菌床に間接的に振動を与えてよい。
【0032】
加振機を設置するに際しては、ロッドやワイヤー、パイプ、あるいはバンドのような帯状の部材や菌床載置用部材同士を連結する部材等の部材(振動伝達部材)を介して振動を伝播させて栽培棚や菌床に振動を与えてもよい。また、これらの部材を用いて加振機を設置してよい。
振動伝達部材の材質は、加振機からの振動が十分に伝播・伝達されるものであれば限定されない。ロッドの材質としてはジュラコンが、バンドの材質としてはポリプロピレンが、それぞれ例示される。これらの材質からなる素材は、振動の伝達性能やコストの面において好適であり好ましい。
【0033】
本発明において、加振機を菌床載置用部材に緊結固定する際には、金属又は樹脂製の取り付け用治具をラチェットベルトもしくは磁石等で緊結固定すること、又はネジ締結することは好ましい。
該加振機の具体的な設置するために棚を構成するパイプのような棒状部材に前記取り付け用治具を用いて該装置を直接コンタクトさせ、該装置から発生する振動を前記パイプのような棒状部材の主要部位まで伝達する方法により上記各害虫の行動を制御することは好ましい。
【0034】
本発明において用いられる振動の厳密なコントロールには、磁歪材を用いることが好ましい。磁歪材を用いることにより、樹木や農作物等の広域に広がる対象や家屋等の建造物に対しても十分な加振力を与えることができるばかりでなく、より広い周波数制御範囲により、周波数の制御をより厳密に行うことができる点において、現在多く用いられているボイスコイル式の電磁加振機に対する優位性を有するからである。また、小型加振機として、圧電素子を利用したものもあるが、圧電素子は駆動するためには高電圧が必要なのに対し、磁歪材は低電圧で駆動可能である。
【0035】
なお、磁歪材とは、コイル電流などによる磁界変化によって磁化方向に伸縮する磁歪現象を示す材料である。その変形量は例えば超磁歪材と呼ばれるターフェノールDは、大きいもので2000ppmに達し、変形速度もns~μsという早い特質を有し、アクチュエータやセンサとして、機械・建築・医療・環境分野で実用化されている。
また最近では、コバルト-鉄系合金やニッケル系合金などの磁歪材料と軟磁性材料或いは異符号の磁歪材料とを接合して磁歪効果を増幅したクラッド構造(国際公開番号WO2018/230154A1(特許文献5))が超磁歪材と同等以上の特性を示し、また生産性が高いことからクラッド構造を利用したアクチュエータの普及拡大が期待されており、特に好ましい。
【0036】
さらに、磁歪材は圧電素子と同等以上の耐久性があるため、磁歪材を用いる方法は、コスト面においても、たとえば化学合成農薬を用いる害虫の防除方法に優るものである。また、磁歪材による加振機は、無線による遠隔操作や省電力な太陽電池でも駆動可能である。そして、磁歪材による加振機を用いることによって、振動伝達性の金属・木材・樹木等を加振、又はこれらの振動伝達性のロッドを介して生息媒体を加振することも可能となる。
また、磁歪材による加振機を用いれば、長いフレキシブルなステンレスワイヤーやセラミック等の硬いロッドを装着させ、その先端に減衰をあまり生じない振動を発生させることも可能であるところ、かかる振動の発生は遠隔地や局所の加振に有利である。そのため、磁歪材による加振機を用いる本発明の方法は、局所的な生息媒体から広面積な物体、例として作物栽培施設、家屋、倉庫から農耕地、果樹園、森林まで適用が可能であり、適用の対象となる生息媒体は限定されない。
【0037】
本発明において、菌床又は栽培棚のような菌床載置用部材への装着部材を磁歪材が備え、該装着部材は磁歪材本体に接続されたロッドを具備する方法は好ましい。
【0038】
<本発明の方法が適用される範囲について>
本発明の方法は少なくともフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバに適用される。これらの害虫以外の害虫の防除が基とされる場合であっても、上記いずれかの害虫が発生しているか、又は発生する可能性が否定できない場合や発生することが予測される場合には、本発明の方法が適用されることになる。
本発明の方法において害虫の行動が制御される場合、防除の対象とする害虫の行動はとくに限定されず、探索、定位、定着、集合、摂食、交尾、産卵、逃避、不動化及び警戒等が例示される。これらの行動制御の結果として、又はこれらの行動制御の影響により、成長遅延、成長不全、性比の攪乱、死亡、変態の阻害等が害虫の個体又は個体群に生じ、当該害虫の発生密度を低減し防除を行うことが可能になると考えられる。
【0039】
本発明の方法が適用されるキノコ類は限定されず、シイタケ、キクラゲ、ブナシメジ、マイタケ、エノキタケ、エリンギ、及びナメコが例示される。本発明の方法は、シイタケに好適に用いることができる。
【0040】
以下にフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバの本発明の防除の方法について、個々に説明する。
なお、本発明の方法の防除の方法における周波数及び振幅は、上記又は下記の数値範囲内において適宜改変した種々の組み合わせを用いてよい。
また、本発明の防除の方法における周波数及び振幅は、上記又は下記の数値範囲内において、経時的に改変してよい。
【0041】
(1)キノコバエ類(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ)
キノコバエ類は、シイタケの子実体や菌糸を食害し、食品への異物混入が近年問題となっているシイタケ等のキノコ類の重要害虫である。
国内の菌床シイタケ栽培施設では、ナガマドキノコバエ類による被害が顕著であり、菌床上に本種幼虫が2.5頭以上存在すると、シイタケ廃棄率が収穫の5%を超えるという深刻な被害状況にある。子実体の生育期間が短く、また消費者の安心・安全を求めるニーズが大きい栽培キノコ類には薬剤がほとんど使用できないため、農薬に依存しない物理的防除技術のニーズは極めて大きい。しかしながら、物理的防除技術によるこれらの害虫防除に関する研究は、皆無であった。
本発明の方法においては、以下の振動によりフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、もしくはリュウコツナガマドキノコバエの幼虫及び成虫の行動を制御し、及び/又はフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、もしくはリュウコツナガマドキノコバエの幼虫の蛹化及び/又は羽化といった変態もしくは脱皮、又は成虫の性成熟を阻害して成長を制御することにより、防除を行いえる:
-フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫については、周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が8.7m/s2以上である振動による行動制御、又は周波数の範囲が100~950Hzであり、振幅の範囲が0.18m/s2以上である振動による成長制御;
-フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの成虫については、振動の周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が10.2m/s2以上である振動。
これらの振動により、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエに対する菌床からの忌避を促し、蛹化及び/又は羽化といった変態を遅延させるか又は阻害して防除を行いえる。
本発明の方法として、ナガマドキノコバエ類の防除を、100~950Hzの周波数及び約0.1~約9.6m/s2の振幅(例えば0.1~4.5m/s2の振幅、0.15~4.4m/s2の振幅、又は0.18~9.6m/s2の振幅)を有する振動により行う方法も好ましい。
本発明の方法として、ナガマドキノコバエ類幼虫の変態、とくに蛹化を阻害する工程を含む方法は好ましい。かかる蛹化を阻害する工程として、100~950Hzの周波数を有する振動を用いることも好ましく、100~950Hzの周波数を有し、約4m/s2以上の振幅を有する振動を用いることは一層好ましい。ナガマドキノコバエ類幼虫の蛹化を阻害する工程として、約100Hzの周波数を有し、約10m/s2以上の振幅を有する振動を用いることも、好ましい。
本発明の方法のうち、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ及びリュウコツナガマドキノコバエの2種以上に対して、幼虫、蛹又は成虫の成長を制御することにより、防除を行いえる方法は好ましい。
本発明の方法のうち、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ及びリュウコツナガマドキノコバエの少なくとも1種に対して、幼虫、蛹及び成虫の成長を制御することにより、防除を行いえる方法も好ましい。
【0042】
(2)ガ類害虫(ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバ)
ガ類も、シイタケの子実体や菌糸を食害し、食品への異物混入が近年問題となっているシイタケ等のキノコ類の重要害虫である。
これらの害虫についても、物理的防除技術による防除に関する研究は皆無であった。
本発明の方法においては、以下の振動によりムラサキアツバ、及びナミグルマアツバの幼虫及び成虫の行動を制御し、防除を行いえる:
-ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの幼虫については、周波数の範囲が25~1000Hzであり、振幅の範囲が1m/s2以上である振動;
-ムラサキアツバ又はナミグルマアツバの成虫については、振動の周波数の範囲が25~1500Hzであり、振幅の範囲が4.8m/s2以上である振動。
これらの振動により、ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバに対する停止と驚愕の反応を生じさせ、成長を遅延させたり交尾行動を抑制することにより、防除を行いえる。
【0043】
本発明の方法のうち、振動の周波数の範囲を25~1500Hzとし、振動の振幅の範囲を10.2m/s2以上として、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、及びナミグルマアツバの少なくとも一種を防除する方法は、複数種の害虫をより確実に防除することを可能とするため好ましい。
【0044】
<キノコ類の子実体形成を促進する方法>
本発明の下記の方法によれば、キノコ類の子実体形成を促進することができる:
本発明の害虫を防除する方法によりフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバを防除する工程を含む、キノコ類の子実体形成を促進する方法。
本発明のキノコ類の子実体形成を促進する方法によれば、子実体の発芽や形成自体を促進することができる。そのため本発明の上記方法によれば、キノコ類の収量を増加に適用することができる。
本発明のキノコ類の子実体形成を促進する方法には、本発明の害虫を防除する方法において用いられる上記振動の周波数及び加速度を有する振動を有する振動を適用してよい。本発明のキノコ類の子実体形成を促進する方法のうち、例えば周波数の範囲として約100~約1500Hz及び振幅の範囲として約0.18~約9.6m/s2を有する振動は好ましく、周波数の範囲として約100~約950Hz及び振幅の範囲として約0.18~約9.6m/s2を有する振動はより好ましい。
本発明のキノコ類の子実体形成を促進する方法における周波数及び振幅は、上記の数値範囲内において適宜改変した種々の組み合わせを用いてよい。
本発明のキノコ類の子実体形成を促進するる方法における周波数及び振幅は、上記の数値範囲内において、経時的に改変してよい。
【0045】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。ただし当該記載はあくまで例示を目的とするものであって、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【実施例0046】
振動を用いた害虫防除技術開発のために、シイタケ菌床表面に存在するキノコバエ類及びアツバ類の成虫及び幼虫、ならびにの移動や摂食等の行動を阻害する振動パラメータ(周波数、時間、振幅等)を特定した。
【0047】
●実施例1
1.ナガマドキノコバエ類の行動を制御する振動の特定
[材料と方法]
フタマタナガマドキノコバエの5齢幼虫及び成虫において、驚愕反応(成虫・幼虫)や不動化(幼虫)、飛翔(成虫)を観察し、振動の作用を実験室内にて明らかにした。市販ボイスコイル式の加振機に固定したガラスシャーレ上に、幼虫又はプラスチック容器中の成虫を1頭ずつ置いて、各振動刺激あたり2回まで提示した。振動刺激は、25~1500Hzの単一周波数ごとに振幅(加速度)を0.3~100m/s
2に変化させて、持続時間1秒の振動刺激を与えた。行動を制御する振動の範囲を特定し、害虫防除のための振動パラメータ(周波数・振幅)を決定した。
[結果]
フタマタナガマドキノコバエの幼虫は、25~1500Hzの振動に対して行動反応(驚愕反応、フリーズ反応と収縮、後退)を示した。特に、1000Hzでは8.7m/s
2、100Hzでは38.2m/s
2と、行動反応がおこる最小の振幅である閾値が低かったことから、これらの周波数の振動によって幼虫の制御が可能であることが示された(
図1-1)。
フタマタナガマドキノコバエの成虫は、25~1500Hzの振動に対して敏感に行動反応(驚愕反応、飛翔)を示した。特に、1000Hz(15.6m/s
2)又は100Hz以下の振動(10.2m/s
2)に対して、低い閾値の行動反応が観察されたことから、これらの振動によって幼虫だけでなく成虫の制御も可能であることが示された(
図1-2)。
【0048】
●実施例2
2.ガ類の行動を制御する振動の特定
[材料と方法]
菌床表面を食害するムラサキアツバとナミグルマアツバの老齢幼虫、及びそれらの成虫において、驚愕反応や不動化を観察し、振動の作用を実験室内にて明らかにした。市販ボイスコイル式の加振機に固定したガラスシャーレ上に、幼虫又はプラスチック容器中の成虫を1頭ずつ置いて、各振動刺激あたり2回まで提示した(間隔10~30s)。振動刺激は、持続時間1秒の振動刺激を、25~1000Hzの単一周波数ごとに、振幅(加速度)を1m/s
2又は10m/s
2とした。行動を制御する振動の範囲を特定し、害虫防除のための振動パラメータ(周波数)を決定した。
[結果]
ムラサキアツバとナミグルマアツバの幼虫は、25~1000Hzの振動や気流の物理刺激に対して敏感に行動反応(停止と驚愕)を示した(
図2-1)。特に、100~1000Hz(1又は10m/s
2)の振動に70%前後の行動反応が観察されたことから、これらの振動によって幼虫の制御が可能であることが示された。ムラサキアツバの幼虫において、停止は100Hzと500Hzにて70%前後と高く、驚愕反応は25Hzと1000Hzにて高くなった。
ムラサキアツバとナミグルマアツバの成虫は、25~1500Hzの振動に対して敏感に行動反応(驚愕反応)を示した。特に、1000Hz(4.7m/s
2)又は100Hz以下の振動(14.6m/s
2)に対して、低い閾値の行動反応が観察されたことから、これらの振動によって成虫の制御が可能であることが示された(
図2-2)。
【0049】
●実施例3-1
振動によるナガマドキノコバエ類の成長への影響-1(上面発生)
[材料と方法]
菌床栽培法のひとつである「上面発生」の菌床を使った実験を行った。振動処理区では、800Hzの振動を菌床の底面から与えた。幼虫は実験開始前に菌床の上面に導入した。
より具体的には、フタマタナガマドキノコバエの5齢幼虫20頭を菌床に乗せ、市販ボイスコイル式の加振機により振動を与えた「振動処理区」(
図3)と振動を与えなかった「対照区」にて、前記幼虫に与える影響を調査した。振動処理区では上述1.(実施例1)の実験結果からの閾値を考慮し、800Hz(平均2.4m/s
2)の高周波領域の振動を持続時間2s、間隔28sとして菌床に与えた。幼虫の滞在エリアを記録し、幼虫の成長速度を蛹化や羽化タイミングにより比較した。
[結果]
上述のとおり幼虫は実験開始前に菌床の上面に導入されたが、その後側面に移動し定着する傾向が見られた。振動処理区では、上面に滞在する期間が対照区に比べ長い傾向が見られた。
幼虫の成長段階は、振動を与えた実験区(振動処理区)と振動を与えない実験区(対照区)との間に差は生じなかった(
図4-1)。
一方振動処理区で得られた羽化個体は、対照区で得られた羽化個体に比べて、雌の卵巣の発達程度が遅れており(
図4-2)、繁殖機能が低下した可能性が示唆された。このような繁殖機能の低下には、本発明の方法による行動制御及び成長への影響が関与していると考えられた。
これらの結果から、本発明の方法により、ナガマドキノコバエ類の防除を行いえる可能性が示された。
【0050】
●実施例3-2
振動によるナガマドキノコバエ類の成長への影響-2(全面発生)
[材料と方法]
次に、菌床栽培法の他のひとつである「全面発生」の菌床を用いて振動を菌床の底面から与える試験を行った。上述の上面発生の菌床による栽培においては、子実体を菌床の略上半分に発生させる。これに対し全面発生による栽培においては、菌床の略上半分のみならず下半分の部位も含む菌床全体に子実体を発生させる。
100Hz(平均20.5m/s
2)の振動は菌床の底面から持続時間2s、間隔28sとして与えた。上記上面発生の菌床における試験と同様に、幼虫は実験開始前に菌床の上面に導入された。
[結果]
振動処理区及び対照区ともに、すぐに菌床の側面や底面に供試幼虫が移動する傾向が見られた。幼虫の成長段階については、振動処理区で蛹化が遅れて成長が阻害される傾向が見られた(
図5)。
これらの結果から、振動が幼虫の成長に影響を与えること、及びかかる影響は振動の周波数によって異なることが示唆された。
【0051】
●実施例4(ナガマドキノコバエ類に対する成長抑制)
[材料と方法]
・幅7.2m、長さ9.9m、高さ3.5mの栽培用ビニルハウス内の半面に、幅2.0m、長さ2.0m、高さ2.0mのタープテントを4台設置し、前記タープテントのそれぞれに栽培棚をひとつずつ設置し、菌床をひとつずつ載置した。
・4つの処理区;対照区(加振機無設置)、950Hz振動区(菌床上の加速度0.18~0.4m/s
2、東北特殊鋼製950Hz最適化装置2台)、100Hz振動区(2.1~9.6m/s
2、東北特殊鋼製100Hz最適化装置1台)、800Hz振動区(2.6m/s
2、市販ボイスコイル式加振機2台)を設定した。
・各菌床上にフタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫を10頭ずつ乗せた。該幼虫は、生産者の栽培ハウスより採集したのち実験室内にて継代飼育したもので、体長1.0mm以上の5齢幼虫を選抜して用いた。
・各処理区の棚(上面発生栽培用の菌床3-4個、全面発生栽培用の菌床3-4個)に、持続時間2秒、間隔13秒の振動を与えた。
・前記幼虫は、蛹化(蛹になること)、羽化(成虫になること)を経て、繁殖可能な成虫となる。本調査では、以下の項目について、前記幼虫及び蛹への影響を調査した。
・調査項目
(1)死亡、(2)不明(菌床からの離脱)、(3)成長速度(蛹化・羽化するまでの期間)
・菌床は、生産者も多く利用している商用のもので、完熟状態で納品されたものを実験に使用した。上面発生栽培用の菌床は、直方形のブロック型で納品時の重さは2.5kgであり、下側をビニル袋で覆い水を入れた状態で維持をし、子実体を上面のみから発生させる栽培方法が適用された。全面発生栽培用の菌床は、円筒形で納品時の重さは1.2kgであり、菌床の全面から子実体を発生させる栽培方法が適用された。
・菌床の乾燥を防ぐために、実験期間中は1日1回、午前8:00に5分間の散水を行った。散水は、タイマーで毎日自動散水されるよう設定され、いずれの処理区も栽培棚の上方から噴霧された。
[結果]
菌床上で死亡する幼虫数が増加するとともに(
図6における「死亡幼虫総数」)羽化数が減少し(
図6における「羽化幼虫総数」)、蛹化及び羽化が遅延した(
図7、
図8)。また、羽化失敗から死亡に至る主要因として、蛹形成を失敗する蛹化不全、及び蛹化後に発達不全を起こして蛹期間中に死亡する蛹化後発達不全が多くみられ、蛹化が通常どおりになされ羽化そのものに失敗する羽化不全は比較的少なかった(
図9)。
これらの結果から、振動により、キノコ害虫のうち、ハエ類に属する害虫(フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ)の防除が、蛹化に影響を与えることにより可能であることが示された。
950Hz振動区で最も効果が高く、対照区に比べて、羽化幼虫総数を40%も抑制した。
なお、これら3種の害虫のうち、リュウコツナガマドキノコバエに対する防除効果が最も顕著に生じた。
【0052】
●実施例5(子実体形成に与える影響)
[材料と方法]
実施例4と同じ条件設定により、菌床に子実体を形成させた。すなわち、4つの処理区を以下のとおりに設けた:
対照区(加振機無設置)
950Hz振動区(菌床上の加速度0.18~0.4m/s2、東北特殊鋼製950Hz最適化装置2台)
100Hz振動区(2.1~9.6m/s2、東北特殊鋼製100Hz最適化装置1台)
800Hz振動区(2.6m/s2、市販ボイスコイル式加振機2台)。
フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエの幼虫の接種も、実施例4と同じ条件により行った。
各処理区における形成された子実体について、子実体数及び子実体総重量を調査した。
【0053】
[結果]
振動を与えることにより、子実体数及び子実体の総重量のいずれもが増大した(
図10)。とくに100Hz振動区における増大が顕著であった。
これらの結果から、本発明の害虫を防除する方法は、キノコ類の子実体形成の促進に好ましい効果を与えることが示された。
【0054】
(参考試験例1)加振機による菌床への振動伝達
[材料と方法]
実施例4で使用した栽培用ビニルハウスでにおいて試験を実施した。より具体的には、加振機(東北特殊鋼製100Hz最適化装置1台)からの100Hzの振動伝達を、棚の2段に各8個設置した菌床において確認した。
[結果]
加振機と同じ段で30cmと近接した上面発生栽培用の菌床Aにおいて、上面の加速度は6m/s2、シイタケ子実体の柄の加速度は8m/s2であった。加振機を設置したパイプの加速度は50m/s2であった。
一方、加振機から60cm下の段で80cmと離れた菌床Bにおいて、上面の加速度は1.5m/s2、シイタケ子実体の柄の加速度は1.5m/s2であった。
また、加振機を設置した直近のパイプの加速は50~200m/s2で、下段のパイプでは5m/s2であった。
前記加振機を用いた場合、シイタケにおいて防除が可能と想定される1.5~8m/s2の加速度を100Hzの周波数について得られることが明らかになった。
本発明によれば、フタマタナガマドキノコバエ、フクレナガマドキノコバエ、リュウコツナガマドキノコバエ、ムラサキアツバ、又はナミグルマアツバの幼虫又は成虫の行動及び成長を制御することにより、これらの害虫を防除することができる。そのため本発明は、化学合成農薬に代替する環境調和型の防除技術の発展に大きく貢献できると考えられる。したがって、本発明は、害虫防除産業、環境保全及び関連産業の発展に寄与するところ大である。