(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130229
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法
(51)【国際特許分類】
G05B 19/418 20060101AFI20230912BHJP
G05B 23/02 20060101ALI20230912BHJP
G06Q 50/04 20120101ALI20230912BHJP
【FI】
G05B19/418 Z
G05B23/02 Z
G06Q50/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022034779
(22)【出願日】2022-03-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180655
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】久山 修司
【テーマコード(参考)】
3C100
3C223
5L049
【Fターム(参考)】
3C100AA29
3C100AA57
3C100AA58
3C100AA70
3C100BB13
3C100BB15
3C100BB27
3C100EE10
3C223AA01
3C223AA05
3C223BA03
3C223CC02
3C223DD03
3C223EB01
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3C223EB05
3C223EB07
3C223FF02
3C223FF04
3C223FF12
3C223FF13
3C223FF22
3C223FF24
3C223FF35
3C223FF42
3C223FF45
3C223FF52
3C223GG01
3C223HH03
3C223HH08
3C223HH29
5L049CC04
(57)【要約】
【課題】高精度に品質要因を推定可能な品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法が提供される。
【解決手段】品質要因解析装置(10)は、過去に製造された製品における品質因子、操作因子及び中間因子に関する製造データを蓄積するデータベース(110)と、製造データから品質因子、操作因子及び中間因子の値の範囲を表す初期の確率分布を算出する初期化部(106)と、因子の一部に対して計測又は設定によって確定された条件を読み取る条件読取部(107)と、確定された条件、初期の確率分布及び因子の間の関係に基づいて条件付確率を算出し、条件付確率に基づいて因子の確率分布を更新する因果推論部(108)と、因子の少なくとも1つについて、初期の確率分布及び更新された確率分布を表示させる表示制御部(109)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
製品の品質特性を表す品質因子、前記品質特性を得るための製造プロセスの操作量を表す操作因子、及び、前記操作量と前記品質特性との関係に影響し得る中間的な因子を表す中間因子を含む因子を用いて前記品質特性の要因を解析する品質要因解析装置であって、
過去に製造された前記製品における前記品質因子、前記操作因子及び前記中間因子に関する製造データを蓄積するデータベースと、
前記製造データから前記品質因子、前記操作因子及び前記中間因子の値の範囲を表す初期の確率分布を算出する初期化部と、
前記因子の一部に対して計測又は設定によって確定された条件を読み取る条件読取部と、
前記確定された条件、前記初期の確率分布及び前記因子の間の関係に基づいて条件付確率を算出し、前記条件付確率に基づいて前記因子の確率分布を更新する因果推論部と、
前記因子の少なくとも1つについて、前記初期の確率分布及び更新された確率分布を表示させる表示制御部と、を備える、品質要因解析装置。
【請求項2】
前記表示制御部は前記因子の間の関係を視覚的に表示させる、請求項1に記載の品質要因解析装置。
【請求項3】
前記製品は鋼材であって、
前記因子の間の関係は、前記鋼材の機械的特性並びに内部及び表面の性質の少なくとも1つを表す前記品質因子と、前記鋼材の製造条件である前記操作因子と、前記中間因子との間の関係である、請求項1又は2に記載の品質要因解析装置。
【請求項4】
前記品質因子は、前記鋼材の強度、延性、靱性、表面疵、介在物及び内質の少なくとも1つを表す、請求項3に記載の品質要因解析装置。
【請求項5】
前記操作因子は、前記鋼材の製造条件のうち加熱条件、圧延条件、冷却条件及び素材の化学成分の少なくとも1つである、請求項3又は4に記載の品質要因解析装置。
【請求項6】
請求項3から5のいずれか一項に記載の品質要因解析装置が更新した前記操作因子の確率分布に基づいて、前記鋼材の製造条件を決定することを含む、製鉄所の操業方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、操業条件が品質に影響する製造プロセスにおいて、操業条件などから製品の品質を予測する様々な手法が提案されている。例えば特許文献1は、操業データから製品品質を予測する装置であって、操業変数の局所領域ごとに操業と品質との関係を表す関数式を有することで、高精度に品質を予測する装置を開示する。
【0003】
また、例えば特許文献2は、品質異常の原因推定支援方法であって、品質評価指標と製造工程との相関関係と、決定木学習によって選定された温度・圧力・水量の数値情報又は文字情報がオペレータに表示されることによって、品質異常の原因を、オペレータの経験度合いに左右されることなく推定する方法を開示する。
【0004】
また、例えば特許文献3は、複数製造工程に対する異常工程推定方法であって、工程ごとに正常状態における特徴を機械学習によって相関モデルを生成し、正常状態からの乖離を異常度合と判定することによって、異常工程を精度よく推定することができる方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-137813号公報
【特許文献2】特開2014-179060号公報
【特許文献3】特開2019-49940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、上記の従来手法は、品質異常の原因を特定するために、製品品質データと製造条件データから品質と製造条件の相関に基づく関係に着目することで原因推定を行っている。しかしながら、相関関係があれば必ず因果関係があるということにはならない。
【0007】
例えば製造条件と品質の間に交絡がある場合、製造条件及び品質に関する変数間に多重共線性が生じて擬相関が起こり得るため、従来手法では因果関係が無いにも関わらず原因候補と推定することがあった。ここで、「製造条件と品質の間に交絡がある」とは、製造条件の変数と品質の変数の両方に影響を与える外部変数が存在することを意味する。このような場合に、従来手法によって品質異常の要因と推定された製造条件を変更しても、品質不良及び異常状態が改善しない又は悪化してしまうことがある。
【0008】
以上の問題を解決すべくなされた本開示の目的は、高精度に品質要因を推定可能な品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法を提供することにある。ここで、品質要因は、品質異常及び品質向上などの品質の変化の原因となる因子である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一実施形態に係る品質要因解析装置は、
製品の品質特性を表す品質因子、前記品質特性を得るための製造プロセスの操作量を表す操作因子、及び、前記操作量と前記品質特性との関係に影響し得る中間的な因子を表す中間因子を含む因子を用いて前記品質特性の要因を解析する品質要因解析装置であって、
過去に製造された前記製品における前記品質因子、前記操作因子及び前記中間因子に関する製造データを蓄積するデータベースと、
前記製造データから前記品質因子、前記操作因子及び前記中間因子の値の範囲を表す初期の確率分布を算出する初期化部と、
前記因子の一部に対して計測又は設定によって確定された条件を読み取る条件読取部と、
前記確定された条件、前記初期の確率分布及び前記因子の間の関係に基づいて条件付確率を算出し、前記条件付確率に基づいて前記因子の確率分布を更新する因果推論部と、
前記因子の少なくとも1つについて、前記初期の確率分布及び更新された確率分布を表示させる表示制御部と、を備える。
【0010】
本開示の一実施形態に係る製鉄所の操業方法は、
前記製品を鋼材とする、上記の品質要因解析装置が更新した前記操作因子の確率分布に基づいて、前記鋼材の製造条件を決定することを含む。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、高精度に品質要因を推定可能な品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態に係る品質要因解析装置の概略を示す構成図である。
【
図2】
図2は、演算処理部の処理を示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、初期化の処理を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、データベースに格納されている製造データの例である。
【
図6】
図6は、因果ダイアグラムを例示する図である。
【
図8】
図8は、条件付確率テーブルを例示する図である。
【
図9】
図9は、実施例における実験データのグラフである。
【
図10】
図10は、実施例における従来手法による結果を示すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例における因果ダイアグラムと確率分布を示す図である。
【
図13】
図13は、実施例における条件付確率テーブルである。
【
図14】
図14は、実施例における品質要因解析装置の解析結果を示す図である。
【
図15】
図15は、実施例における因果ダイアグラムを示す図である。
【
図16】
図16は、実施例における不良率100%と設定した場合を示す図である。
【
図17】
図17は、実施例におけるMn(マンガン濃度)の確率分布を示す図である。
【
図18】
図18は、実施例における不良率ゼロと設定した場合を示す図である。
【
図19】
図19は、実施例における不良率ゼロの場合のMnの確率分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本開示の一実施形態に係る品質要因解析装置及び製鉄所の操業方法が説明される。
【0014】
本実施形態に係る品質要因解析装置は、製品の品質特性を表す品質因子、品質特性を得るための製造プロセスの操作量を表す操作因子、及び、操作量と品質特性との関係に影響し得る中間的な因子を表す中間因子を含む因子を用いて品質特性の要因を解析する。品質要因解析装置が対象とする製品は限定されないが、本実施形態において、鉄鋼プロセスによって製造される鋼材を対象として例示する。品質要因解析装置が実行する処理は、製鉄所の操業方法の一部として行われる。
【0015】
(構成)
図1は、本実施形態に係る品質要因解析装置10の構成例を示す図である。ここで、
図1には、品質要因解析装置10の他に、品質要因解析装置10の使用者40と、解析結果などを使用者40に表示する表示装置20と、使用者40から入力を受け付ける入力装置30が示されている。
【0016】
品質要因解析装置10は、品質要因解析を実行するための各種演算処理を行う演算処理部101と、品質要因解析プログラム102を記憶する記憶部(ROM103)と、各種演算処理の結果及び演算値などを一時的に記憶する一時記憶部(RAM104)と、バス105と、過去に製造された製品における因子に関する製造データ(製造実績データ)を蓄積するデータベース110と、を備える。
【0017】
演算処理部101は、ROM103に記憶された品質要因解析プログラム102を読み込んで実行し、品質要因解析に必要な各種演算処理を実行する。演算処理部101は、1つ以上のプロセッサである。プロセッサは、例えば汎用のプロセッサ又は特定の処理に特化した専用プロセッサであるが、これらに限られず任意のプロセッサとすることができる。例えば品質要因解析装置10がコンピュータであって、演算処理部101はCPUで実現されてよい。
【0018】
このような演算処理部101は、品質要因解析プログラム102の実行によって機能する機能ブロックとして、初期化部106、条件読取部107、因果推論部108と、表示制御部109と、を備える。
【0019】
(処理)
図2は、演算処理部101の処理を示すフローチャートである。演算処理部101は、概要として、初期化(ステップS201)、条件読取(ステップS202)、因果推論(ステップS203)、結果表示(ステップS204)及び終了判定(ステップS205)の処理を実行する。初期化(ステップS201)の処理は初期化部106で実行される。条件読取(ステップS202)の処理は条件読取部107で実行される。因果推論(ステップS203)の処理は因果推論部108で実行される。結果表示(ステップS204)及び終了判定(ステップS205)の処理は表示制御部109で実行される。演算処理部101は、入力装置30を介して使用者40からの開始指示を受け取ると、品質要因解析の処理を開始する。
【0020】
(初期化)
初期化部106は、
図3に記載のフローチャートに基づき処理(ステップS201-1からステップS201-4)を実行し、因子の値の範囲を表す初期の確率分布を算出する。
【0021】
初期化部106は製造データの読み込みを実行する(ステップS201-1)。初期化部106は、データベース110に格納されている過去に製造された多数の鋼材における加熱条件、圧延条件、冷却条件、素材の化学成分、走査型電子顕微鏡等により撮像し読み取った鋼材のミクロ組織の特徴量、強度などの鋼材の材質要求値、引張試験等による材質特性値などを因子として抽出する。ここで、本実施形態において素材はスラブである。また、過去に製造された多数の鋼材のデータである製造データは、
図4に示すように製品ごとの因子をまとめた製造データとして管理されている。行は過去に製造された製品を表す。また、列は因子を表す。
【0022】
上記のように、因子は、製品の品質特性を表す品質因子、品質特性を得るための製造プロセスの操作量を表す操作因子、及び、操作量と品質特性との関係に影響し得る中間的な因子を表す中間因子を含む。例えば、強度などの鋼材の材質要求値は、製品である鋼材の品質特性を表すものであって、品質因子に対応する。また、例えば加熱条件、圧延条件、冷却条件、素材の化学成分などは、鋼材の製造条件であって、操作因子又は中間因子(品質因子以外の因子)に対応する。本実施形態のような製鉄所の操業方法の一部として行われる品質要因解析において、品質要因解析装置10は、品質因子として、鋼材の強度、延性、靱性、表面疵、介在物及び内質の少なくとも1つを表す因子を用いてよい。ここで、内質は例えば中心偏析、ポロシティなどである。また、品質要因解析装置10は、操作因子として、鋼材の製造条件のうち加熱条件、圧延条件、冷却条件及び素材の化学成分の少なくとも1つを用いてよい。ただし、以下において、説明及び図示の便宜上、因子及び因子の値について数字(1、2、3…)及び文字(A、B、C)を用いて抽象的に表現することがある。
【0023】
初期化部106は、因子間の因果関係を表現した因果接続表を読み込む(ステップS201-2)。因果接続表は、例えば使用者40によって予め用意されて、データベース110に格納されている。
図5は、因果接続表を例示する図である。因果接続表は、行が原因の因子、列が結果の因子を表し、行列が交差するセルに1が示されていれば因果関係があることを意味する。
図5の例において、因子Aから因子B、因子Aから因子C、因子Bから因子Cへの因果関係がある。初期化部106は、読み込んだ因果接続表に基づき因果関係を図示した因果ダイアグラムを生成して、データベース110に記憶させてよい。
図6は、因果ダイアグラムを例示する図である。
図6の例において、因果ダイアグラムは、因果関係のある因子が矢印で結ばれており、矢印の元に原因となる因子が示され、矢印の先に結果となる因子が示されている。因果ダイアグラムは、表示制御部109によってデータベース110から読みだされ、表示装置20に表示されてよい。
【0024】
初期化部106は、各因子のヒストグラムの計算をする(ステップS201-3)。初期化部106は、各因子の確率分布(発生確率)も算出する。
図7は、因子の確率分布を表す図である。例えば
図4における因子A、因子B及び因子Cの度数及び確率分布は、
図7のような表形式でそれぞれ表現される。ここで、1列目が各因子の値の範囲、2列目が度数、3列目が確率分布を表す。
【0025】
初期化部106は、条件付確率を取得する(ステップS201-4)。
図8は、条件付確率テーブルを例示する図である。初期化部106は、
図4の製造データ、
図5又は
図6で表現される因果関係及び
図7で表現される各因子の確率分布に基づいて条件付確率テーブルを生成することによって、ステップS201-4の処理を実行できる。ここで、条件付確率は、ある因子について条件が満たされる(ある事象が起こる)場合における、別の因子の確率分布を表現したものである。
図8の条件付確率テーブルは、因子Aがある事象が起こる因子、因子Bが別の因子であって、因子Aの値が特定の範囲である場合における、因子Bが値a、b又はcをとり得る確率を示す。
図5に示したように、因子Aから因子Bへの因果関係が存在している。例えば因子Aが1.2以上1.4未満のとき、因子Bの値がaとなる条件付確率が0.5、bとなる条件付確率が0.5である。また、初期化部106は、データベース110から条件付確率テーブルを読み込むことによって、ステップS201-4の処理を実行してよい。つまり、条件付確率テーブルは初期化部106によって生成されるのでなく、予め準備されてデータベース110に格納されていてよい。このとき、条件付確率テーブルの値は、物理学等の科学理論、実験で得られた経験則、日々の操業から得た人の経験則等をもとに設定されてよい。
【0026】
(条件読取)
条件読取部107は、因子の一部に対して計測又は設定によって確定された条件を読み取る。本実施形態において、条件読取部107は、条件読取の処理(
図2のステップS202)として、入力装置30から入力された因子の観測情報を読み込む。観測情報(確定情報)は、例えば、因子Aの値が1.0であるというような確定された因子の値についての情報である。条件読取部107は、1つ以上の因子についての観測情報を読み込む。条件読取部107が、全ての因子についての観測情報を読み込む必要はない。ここで、複数の因子についての観測情報が読み込まれた場合に、各因子についてステップS202からステップS204の処理が実行される。
【0027】
(因果推論)
因果推論部108は、条件読取部107が読み取った確定された条件、初期化部106によって算出された初期の確率分布及び因子の間の関係に基づいて条件付確率を算出し、条件付確率に基づいて因子の確率分布を更新する。本実施形態において、因果推論部108は、
図2のステップS203に対応する処理として、ステップS202で読み込んだ観測情報に基づいて、以下に説明する式に従うベイズ推論によって、S201で算出した確率分布を更新する。
【0028】
因果推論部108は、ある因子(ここでは因子Uと呼ぶ)に対して、設定によって確定された条件(観測情報)が与えられた場合に、下記の式(1)に従うベイズ推論によって、因子Uの原因となる因子(ここでは因子Sと呼ぶ)の確率分布を更新する。更新された因子Sのヒストグラムは、因子Uが観測情報の通りである場合における、因子Uの原因の因子Sの値の推論値を意味する。
【0029】
【0030】
ここで、P(S|U=u)は、因子Uの値がuと確定したときの因子Sの事後確率である。P(U=u|S)は因子Sと因子Uの尤度関数である。P(S)は因子Sの事前確率である。また、P(U=u)は因子Uの観測情報である。
【0031】
また、因果推論部108は、ある因子(ここでは因子Uと呼ぶ)に対して、設定によって確定された条件(観測情報)が与えられた場合に、下記の式(2)に従うベイズ推論によって、因子Uの結果となる因子(ここでは因子Tと呼ぶ)の確率分布を更新する。更新された因子Tのヒストグラムは、因子Uが観測情報の通りである場合における、因子Uの結果の因子Tの値の推論値を意味する。
【0032】
【0033】
ここで、P(T|U=u)は、因子Uの値がuと確定したときの因子Tの事後確率である。P(T|U)は因子Tと因子Uの尤度関数である。また、P(U=u)は因子Uの観測情報である。
【0034】
ここで、因果推論部108は、データベース110から
図5又は
図6で表現される因果関係を取得することによって、因子Uの原因の因子S及び因子Uの結果の因子Tを特定することができる。因果推論部108は、観測情報が与えられる因子Uに対する原因の因子S及び結果の因子Tの全てについて、上記の式(1)及び式(2)に従って、確率分布を更新する。ここで、因果推論部108は、因子間の因果関係が多段に設定されるような場合に、再帰的に(全ての原因と結果の因子をたどりながら)確率分布を更新する。
【0035】
(結果表示)
表示制御部109は、因子の少なくとも1つについて、初期の確率分布及び更新された確率分布を表示させる。本実施形態において、表示制御部109は、
図2のステップS204に対応する処理として、ステップS203で更新された各因子の確率分布を、因果ダイアグラムとともに、表示装置20に表示させる。つまり、本実施形態において、表示制御部109は、因果ダイアグラムの表示によって因子の間の関係を視覚的に示し、使用者40が容易に因子の間の関係を把握できるようにする。
【0036】
(終了判定)
表示制御部109は、
図2のステップS205に対応する分岐処理として、入力装置30から使用者40の終了指示があった場合に一連の処理を終了させる。そうでない場合に、再び
図2のステップS202の処理が行われる。例えば使用者40の終了指示がなく、複数の因子についての観測情報が読み込まれた場合に、再度のステップS202の処理において別の因子についての観測情報が読み込まれる。
【0037】
(操業方法)
品質要因解析装置10は、鋼材の機械的特性(例えば強度など)並びに内部及び表面の性質(例えば疵及び欠陥の有無など)の少なくとも1つを表す品質因子と、鋼材の製造条件である操作因子と、中間因子との間の関係を解析できる。品質要因解析装置10は、解析結果(更新した操作因子の確率分布)を上位システムに出力してよい。上位システムは、例えば鋼材の製造を管理するプロセスコンピュータを備えて構成され、製鉄所の操業方法を実行する。例えば品質因子に対して所望の結果を観測情報として与えた場合に、品質要因解析装置10が原因となる操作因子を特定して、確率分布を更新することができる。上位システムは、所望の品質の鋼材を製造するために、品質要因解析装置10が更新した操作因子の確率分布に基づいて、鋼材の製造条件を決定してよい。
【0038】
以下、本実施形態に係る品質要因解析装置10の効果を説明するために、厚板鋼材の製造に適用した実施例が説明される。
【0039】
(実施例1)
鋼材商品の強度は、鉄鋼ミクロ組織の特徴である炭窒化物の析出形態、固相の種類等によって決まる。鉄鋼ミクロ組織の特徴は、製造の冷却過程おける鋼材温度変化量[℃]に影響される。ここで、様々に条件を振った実験データを製造データとして用いて、冷却時の鋼材温度変化量・析出物の大きさ・強度の関係性を解析する実験が行われた。
【0040】
様々に条件を振った500サンプルに対して連続する識別番号であるサンプル連番が与えられた。
図9は、横軸をサンプル連番として、縦軸をその識別番号を有するサンプルの因子の値とする実験データのグラフである。「A」は温度変化量である。「B」は析出物半径の逆数である。「X」は鋼材の強度である。これらの数値は-1から1の範囲に含まれるように正規化が行われている。強度について基準値(-0.12)以上を示すサンプルが品質合格、すなわち「良」と判定される。
図9の例では、サンプルの総数が500であるところ、基準値を下回るサンプルが149個あり、29.8%の不良率であった。
【0041】
従来の相関に基づく方法では、まず、「A」及び「B」が強度である「X」に与える影響を把握するために、「X」を目的変数、「A」及び「B」を説明変数とする線形回帰モデルをつくる。
図7のデータに基づいて、X=0.78×A+1.03×Bという回帰式が得られる。従来の方法では、「X」の最小値が-0.67であるため、「X」を1.0だけ上げて合格率(「良」である比率)を高めるように説明変数が調整される。このとき、1.0を「A」の回帰係数0.78で除した値が1.28であるため、「A」の狙い値を1.28だけ上げる。
図10は、調整後の(「A」の狙い値を1.28だけあげた)結果である。
図10における「X」の平均値は0.04であって、
図9における調整前の「X」の平均値である0.05からほとんど変化しない。また、
図10において、基準値を下回るサンプルが依然として108個あり、21.6%の不良率であった。
【0042】
従来の相関に基づく方法で意図通りに不良率を改善できない理由は、因子Bが因子Aから影響を受けるという現象を考慮できないためと考えられる。つまり、因子Aの変更が因子Bに影響しており、因子Aの変更による因子X(強度)の改善が、影響された因子Bによる因子Xへの改悪で打ち消され、結果として「X」が改善されていないと考えられる。
【0043】
同じ例において品質要因解析装置10による要因解析が行われた。初期化部106は、
図11に示される因果接続表と
図9のデータを読み込み、因子A、因子B、因子X、因子Yに対する因果ダイアグラムと各因子の確率分布、条件付確率テーブルを算出した。
図12は、本実施例における因果ダイアグラムと確率分布を示す図である。
図13は本実施例における条件付確率テーブルである。ここで、因子Yは良・不良の判定を表す因子である。
【0044】
次に、条件読取部107は「因子Yにおける不良率が0%」という観測情報を取得する。因果推論部108は、ベイズ推論に基づいて「因子Yにおける不良率が0%」を観測情報としたときの各因子の確率分布を更新する。表示制御部109は、
図14のように、更新の前後の確率分布を表示させる。
図14によれば、不良率を0%にするためには、因子Aの平均値を0.15あげるだけでなく、因子Aの分布の幅を狭めて、かつ、因子Bの平均値を0.2下げる必要があることが視覚的に示されている。ここで、
図14の「OK」が「良」に対応し、「NG」が「不良」に対応する。
【0045】
以上のように、品質要因解析装置10は、従来技術に比べて高精度に品質要因を推定できる。
【0046】
(実施例2)
本実施例では、厚板鋼材の強度・靱性の不良リスクを例として、製造プロセスの不良原因の解析と改善の方法が説明される。本実施例における因子は、
図15の因果ダイアグラムで示されるように、圧延条件の因子として、鋼材の仕上幅[mm]、仕上厚[mm]、制御圧延中の圧延材の厚み[mm]を含み得る。また、本実施例における因子は、温度条件の因子として、加熱炉抽出温度、制御圧延温度、仕上温度、冷却温度を含み得る。また、本実施例における因子は、スラブの化学成分濃度の因子として、炭素、シリコン、マンガン、リン、サルファ-、銅、ニッケル、クロム、モリブテン、ニオブ、バナジウム、チタン、ボロン、アルミ、窒素、水素、酸素、カルシウムを含み得る。また、本実施例における因子は、製品の金属学因子として、炭化物析出量、鉄組織への元素固溶量、マルテンサイト分率を含み得る。また、本実施例における因子は、材質の因子として、引張強度、靱性を意味するシャルビー試験により算出される遷移温度、試験片ばらつき及び試験条件ばらつきを除いた引張強度と遷移温度を含み得る。また、本実施例における因子は、材質要求値の因子として、引張強度の上限値、引張強度の下限値、遷移温度の下限値を含み得る。また、本実施例における因子は、不良リスク因子として、引張強度の要求割れリスク、遷移温度の要求割れリスクを含み得る。ここで、
図15において、黒塗りの四角は各因子の確率分布を簡略化して示したものである。
【0047】
本実施例では、(1)不良リスク診断、(2)不良要因の推定、(3)不良率ゼロの操業アクションの決定という3つ段階で、因果関係に基づいて品質要因を推定する。これらの3つの段階のそれぞれで、上記の実施形態における条件読取(ステップS202)、因果推論(ステップS203)及び結果表示(ステップS204)の処理が実行される。
【0048】
(不良リスク診断)
品質不良リスク診断は、圧延条件、温度条件、スラブの化学成分濃度の全ての条件が与えられたとき、その条件下で製造するとどれくらいの確率で不良が発生しそうか、というリスクを算出することである。上記の実施形態における初期化の処理の後に、条件読取の処理として、圧延条件、温度条件、スラブの化学成分濃度の各因子の条件が入力される。因子の値は1つの確定値ではなく、操業バラツキを考慮した分布として与えられる。上記の実施形態における因果推論の処理によって、金属学因子、材質の因子、材質要求値の因子、不良リスク因子が推論され、各因子の確率分布が更新される。
図15は、このような推論によって、不合格の確率(NG)及び合格の確率(OK)が表示された様子を示す。
【0049】
図15は、現操業における圧延条件、温度条件、スラブの化学成分濃度のばらつき(確率分布)で、最終的な不良率が26.626%となり得ること(品質不良リスク診断の結果)を示している。
【0050】
(不良要因の推定)
不良要因の推定では、不良要因を特定するために、条件読取の処理として、不良率が100%であると設定する。
図16はこのような設定を行った場合を示す図である。上記の実施形態における因果推論の処理によって、入力された条件に基づき各因子の確率分布が更新される。結果表示の処理によって、各因子について、更新の前後の確率分布が表示される。
【0051】
図17は、一例として、スラブの化学成分濃度の因子であるMn(マンガン濃度)の確率分布を示したものである。横軸は、-5.5~+5.5に正規化されたMn濃度である。縦軸は、各Mn濃度となる確率を示している。更新前を表すグラフのMn量の確率分布は0.5~1.5にピークがある。一方、更新後を表すグラフのMn量の確率分布は、-2.5~-1.5にピークがある。よって、不良の原因の一つはMn量が3単位ほど少ないためと推測できる。ここで、1単位は、横軸の正規化された濃度の1つの区間に対応する。
【0052】
(不良率ゼロの操業アクション)
不良率ゼロの操業アクションでは、合格率が100%であるように、換言すると不良率がゼロであると設定する。
図18はこのような設定を行った場合を示す図である。上記の実施形態における因果推論の処理によって、入力された条件に基づき各因子の確率分布が更新される。結果表示の処理によって、各因子について、更新の前後の確率分布が表示される。
【0053】
図19は、不良率ゼロの場合のMnの確率分布を示す図である。横軸は、-5.5~+5.5に正規化されたMn濃度である。縦軸は、各Mn濃度となる確率を示している。更新前を表すグラフのMn量の確率分布は、平均-0.25、標準偏差2.15である。一方、更新後を表すグラフのMn量の確率分布は、平均0.63、標準偏差1.69である。このことから、不良率を減らすためには、Mn量の狙いを現行より0.89(=0.63-(-0.25))増やして、さらに0.46(=2.15-1.69)だけレンジを狭めるように制御する必要があることが分かる。
【0054】
ここで、本実施例において、スラブの化学成分濃度に基づいて製造コスト分布が更新されて、他の因子とともに表示される。製造コスト分布は、例えば
図20のように表示される。横軸が正規化された費用で0~10の値で表現され、縦軸は確率を表す。更新前のグラフ(左軸の数値を使用)と更新後のグラフ(右軸の数値を使用)を比較すると、更新前と比べて更新後の値が大きい。そのため、Mnの狭レンジ化によって、コストが増大し得ることも推定することができる。
【0055】
以上のように、品質要因解析装置10は高精度に品質要因を推定できる。また、品質要因解析装置10は、不良要因の推定も、不良率ゼロの操業アクションも、同様の操作によって容易に実行することが可能であり、さらにコストについての変動も解析することが可能である。
【0056】
本開示に係る実施形態について、諸図面及び実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形又は修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形又は修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各構成部又は各ステップなどに含まれる機能などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の構成部又はステップなどを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。本開示に係る実施形態は装置が備えるプロセッサにより実行されるプログラム又はプログラムを記録した記憶媒体としても実現し得るものである。本開示の範囲にはこれらも包含されるものと理解されたい。
【符号の説明】
【0057】
10 品質要因解析装置
20 表示装置
30 入力装置
40 使用者
101 演算処理部
102 品質要因解析プログラム
103 ROM
104 RAM
105 バス
106 初期化部
107 条件読取部
108 因果推論部
109 表示制御部
110 データベース