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  • 特開-厚鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130322
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】厚鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230912BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20230912BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20230912BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230912BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C21D8/02 B
C22C38/04
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023033159
(22)【出願日】2023-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2022034302
(32)【優先日】2022-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 義浩
(72)【発明者】
【氏名】柚賀 正雄
(72)【発明者】
【氏名】横田 智之
(72)【発明者】
【氏名】末吉 仁
(72)【発明者】
【氏名】村上 善明
(72)【発明者】
【氏名】藤田 昇輝
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA01
4K032CA02
4K032CB02
4K032CD05
4K032CD06
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
【課題】 高強度であり、全厚での伸び特性および耐疲労き裂伝播特性ならびに靭性に優れた厚鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】質量%で、C:0.05~0.20%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.50~2.00%、P:0.05%以下、S:0.02%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、ミクロ組織は、板厚方向に、表面から表面下100μmまでの範囲において、面積率で80%以上のフェライト相を含み、板厚1/4位置において、面積率で90%以下、かつ平均結晶粒径が25μm以下のフェライト相を含み、残部が硬質相からなり、前記硬質相がフェライト相中に分散し、硬質相はパーライト相を含み、硬質相間の平均間隔が25μm未満である厚鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05~0.20%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
ミクロ組織は、
板厚方向に、表面から表面下100μmまでの範囲において、面積率で80%以上のフェライト相を含み、かつ
板厚1/4位置において、
面積率で90%以下、かつ平均結晶粒径が25μm以下のフェライト相を含み、
残部が硬質相からなり、前記硬質相がフェライト相中に分散し、硬質相はパーライト相を含み、硬質相間の平均間隔が25μm未満である厚鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~2.00%、
Ni:0.01~2.00%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
Sn:0.005~0.500%、
Sb:0.005~0.200%、
Nb:0.005~0.200%、
V:0.005~0.200%、
Ti:0.005~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
Zr:0.005~0.100%、
Ca:0.0001~0.020%、
Mg:0.0001~0.020%、および
REM:0.0001~0.020%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の厚鋼板。
【請求項3】
硬質相はパーライト相、またはパーライト相とベイナイト相との混合相からなり、前記混合相においてパーライト相の面積率が前記ベイナイト相の面積率に比べて大きい請求項1または2に記載の厚鋼板。
【請求項4】
請求項1または2に記載の成分組成を有する鋼素材を900~1200℃に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱された鋼素材に累積圧下率50%以上の熱間圧延を施して厚鋼板とする圧延工程と、
前記厚鋼板を冷却する前記圧延工程後の冷却工程と、
前記圧延工程後の冷却工程で冷却された厚鋼板を、Ac3変態点以上、950℃以下の第1の再加熱温度に再加熱する第1の再加熱工程と、
前記第1の再加熱工程で再加熱された厚鋼板を冷却する第1の冷却工程と、
前記第1の冷却工程で冷却された厚鋼板を、Ac1変態点以上、950℃以下の第2の再加熱温度に再加熱する第2の再加熱工程と、
前記第2の再加熱工程で再加熱された厚鋼板を1.5~20℃/sの平均冷却速度で350~600℃の第2の冷却停止温度まで冷却する第2の冷却工程と、
前記第2の冷却工程で冷却された厚鋼板に水冷を施す水冷工程と、
を有する厚鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記第2の冷却工程の平均冷却速度が1.5~7℃/sである、請求項4に記載の厚鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚鋼板およびその製造方法に関し、特に、全厚での伸び特性および耐疲労き裂伝播特性ならびに靭性に優れた厚鋼板およびその製造方法に関する。本発明の厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなど、構造安全性が強く求められ、溶接構造物に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなどの構造物に広く用いられている。このような厚鋼板には、強度、靭性などの機械的特性および溶接性が優れることに加え、耐疲労特性に優れることが求められる。
【0003】
上述したような溶接構造物を使用する際には、該構造物に対して、風や地震による振動など、繰返し荷重がかかる。そのため、厚鋼板には、そのような繰返し荷重が負荷された場合でも構造物の安全性を確保するため、延性破壊、脆性破壊および疲労破壊に対する耐久性が求められる。
【0004】
延性破壊はひずみ速度の小さい静的な応力下で、微小なボイドが発生し、連結することで材料の破損に至る事象である。延性破壊に対する耐久性は、引張試験で数値化される降伏応力、引張強度、伸びを高めることで向上する。
【0005】
脆性破壊は、ひずみ速度の大きな衝撃力により、変形などの破損の前兆をともなわずに破損に至る事象である。脆性破壊に対する耐久性は、シャルピー衝撃試験で数値化される靭性値を高めることで向上する。靭性値は、一般に強度の上昇ならびに板厚の増加に対して相反するように低下することが知られている。
【0006】
疲労破壊とは、最初に微細なき裂(疲労き裂)が発生し、次にそのき裂が広がっていく(進展)という段階をたどる現象である。疲労破壊は、一般的には溶接部から疲労き裂が発生し、鋼材中を伝播して破壊に至るケースが多い。これは、溶接部がその形状から応力集中部となりやすいこと、加えて溶接後に引張の残留応力が生じることなどに起因するとされている。このため、溶接部からのき裂発生を抑制する手段として、ピーニングなどで圧縮の残留応力を導入する技術などが広く知られている。
【0007】
しかしながら、構造物内に多数存在する溶接部全てにこのような処理を施すことは、作業性および製造コストの面からも現実的ではない。そのため、仮に溶接部などから疲労き裂が発生したとしても、その後の鋼材中のき裂伝播を遅延させることで溶接構造物としての疲労寿命を延命させることが重要であり、鋼材自身の耐疲労き裂伝播特性を向上させることが望まれている。
【0008】
例えば、特許文献1には、板厚20mm以下の厚鋼板の製造方法において、C添加量を低くしてCeq(炭素当量)を特定の範囲に制御するとともに、冷却停止温度を低くすることで伸びと耐疲労き裂伝播特性を両立させた厚鋼板が記載されている。
【0009】
また、特許文献2には、加熱、圧延、加速冷却および熱処理を降伏応力に応じて組み合わせることにより、き裂伝播特性の異方性が小さい厚鋼板を製造する方法が記載されている。
【0010】
特許文献3では、ベイナイトと、面積率で38~52%のフェライトとからなるミクロ組織を有する二相鋼とし、フェライト相部分のビッカース硬さと、フェライト相とベイナイト相の間の境界の密度を制御することで耐疲労き裂伝播特性を向上させている。
【0011】
特許文献4では、優れた耐疲労き裂伝播特性と全厚での伸び特性を向上させるために、板厚方向に、表面から表面下100μmまでの範囲におけるミクロ組織が、面積率で80%以上のフェライト相を含み、表面下100μmから板厚1/2位置の範囲におけるミクロ組織が、面積率で80%以下のフェライト相を含み、残部がパーライト相、ベイナイト相、またはパーライト相とベイナイト相との混合相からなる厚鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2010-196109号公報
【特許文献2】特開2007-332402号公報
【特許文献3】特開平08-225882号公報
【特許文献4】特開2019-026927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1~4に記載されているような従来の技術には、以下のような問題がある。
【0014】
特許文献1に記載された方法では、圧延と加速冷却制御によるオンラインプロセスにより厚鋼板が製造されている。そのため、特に、板厚が20mm以下であるような薄物においては、熱間圧延時および加速冷却時において、鋼板先尾端での温度偏差が生じやすくなり、全長に亘って安定的な機械特性を得ることができない。
【0015】
また、特許文献2に記載された方法では、二相域再加熱後に即焼入れを行うと、変態収縮に伴い厚鋼板の形状が低下し、また、厚鋼板の最表層が焼入れにより微細化され、硬化することで全厚での伸び特性が劣化する。これらの傾向は、特に、板厚が薄い場合に顕著である。
【0016】
特許文献3に記載された方法では、特許文献1と同様に、圧延と加速冷却制御によるオンラインプロセスにより厚鋼板が製造されている。そのため、特に、板厚が20mm以下であるような薄物においては、熱間圧延時および加速冷却時の温度偏差を原因として全長に亘って安定的な機械特性を得ることができないという問題がある。
【0017】
特許文献4では、再加熱された熱延板は平均冷却速度3~20℃/sで冷却され、焼入れされている。この方法では、靭性値は着目されておらず、パーライト相よりベイナイト相が優位に生成する場合があり、かつベイナイト相中には島状マルテンサイトが存在するため、靭性値が低下する場合があった。
【0018】
このように、従来の製造方法では、強度、全厚での伸び(全厚伸びとも称する)特性、耐疲労き裂伝播特性および靭性の全てを兼ね備えた厚鋼板を製造することができないという問題があった。
【0019】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高強度であり、全厚での伸び特性および耐疲労き裂伝播特性ならびに靭性に優れた厚鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を行った結果、以下の知見を得た。
(1)熱間圧延が終了し、冷却された後の厚鋼板には、冷却停止温度の偏差に起因する圧延方向(長手方向)の組織のバラツキが存在する。しかし、Ac3点以上の温度域に再加熱する(第1の再加熱工程)ことで、熱延後の冷却停止温度の偏差に起因する組織のバラツキが解消されるだけでなく、冷却後の板厚内部のフェライト相を微細化することができ、靭性を向上できる。
(2)第1の再加熱工程後にAc1点以上の温度域(2相域)の温度以上に再加熱する(第2の再加熱工程)することで、表層にフェライトが生成され、伸び特性が改善する。
(3)第2の再加熱工程後に冷却を設けることにより、板厚内部のフェライト相がさらに微細化し、さらに靭性が向上する。
(4)板厚が薄い場合であっても、第2の再加熱工程後の冷却パターンを制御することにより、全長に亘って高い強度を確保しながら、全厚での伸び特性と耐疲労き裂伝播特性を両立できる。
(5)第2の再加熱工程後の冷却パターンのうち、冷却速度を適切に制御し、パーライト相をベイナイト相よりも多く生成させることによって、さらに靭性を向上できる。
【0021】
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨構成は次のとおりである。
[1] 質量%で、
C:0.05~0.20%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.50~2.00%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
ミクロ組織は、
板厚方向に、表面から表面下100μmまでの範囲において、面積率で80%以上のフェライト相を含み、かつ
板厚1/4位置において、
面積率で90%以下、かつ平均結晶粒径が25μm以下のフェライト相を含み、
残部が硬質相からなり、前記硬質相がフェライト相中に分散し、硬質相はパーライト相を含み、硬質相間の平均間隔が25μm未満である厚鋼板。
[2] 前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~2.00%、
Ni:0.01~2.00%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
Sn:0.005~0.500%、
Sb:0.005~0.200%、
Nb:0.005~0.200%、
V:0.005~0.200%、
Ti:0.005~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
Zr:0.005~0.100%、
Ca:0.0001~0.020%、
Mg:0.0001~0.020%、および
REM:0.0001~0.020%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する、[1]に記載の厚鋼板。
[3] 硬質相はパーライト相、またはパーライト相とベイナイト相との混合相からなり、前記混合相においてパーライト相の面積率が前記ベイナイト相の面積率に比べて大きい[1]または[2]に記載の厚鋼板。
[4] 前記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼素材を900~1200℃に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱された鋼素材に累積圧下率50%以上の熱間圧延を施して厚鋼板とする圧延工程と、
前記厚鋼板を冷却する前記圧延工程後の冷却工程と、
前記圧延工程後の冷却工程で冷却された厚鋼板を、Ac3変態点以上、950℃以下の第1の再加熱温度に再加熱する第1の再加熱工程と、
前記第1の再加熱工程で再加熱された厚鋼板を冷却する第1の冷却工程と、
前記第1の冷却工程で冷却された厚鋼板を、Ac1変態点以上、950℃以下の第2の再加熱温度に再加熱する第2の再加熱工程と、
前記第2の再加熱工程で再加熱された厚鋼板を1.5~20℃/sの平均冷却速度で350~600℃の第2の冷却停止温度まで冷却する第2の冷却工程と、
前記第2の冷却工程で冷却された厚鋼板に水冷を施す水冷工程と、
を有する厚鋼板の製造方法。
[5] 前記第2の冷却工程の平均冷却速度が1.5~7℃/sである、[4]に記載の厚鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高強度であり、全厚での伸び特性および耐疲労き裂伝播特性ならびに靭性に優れた厚鋼板を得ることができる。さらに、本発明の厚鋼板では、仮に応力集中部や溶接部等から疲労き裂が経年的に発生したとしても、その後のき裂の伝播が抑制されるため、鋼構造物全体の安全性を高めることが可能である。また、本発明の厚鋼板を橋梁・船舶・建築構造物、建設産業機械などの構造物に好適に用いることにより、かような構造物のメンテナンスコスト、ひいてはライフサイクルコストを低減することが可能となり、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、疲労き裂伝播試験に用いた、片側切欠単純引張型疲労試験片の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明を実施する方法について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な実施態様を示すものであり、本発明は以下の説明によって何ら限定されるものではない。
【0025】
[成分組成]
本発明の厚鋼板の成分組成について、その限定理由を以下に説明する。なお、以下の説明における「%」は、特に断らない限り「質量%」を表すものとする。
【0026】
C:0.05~0.20%
Cは、基地相(マトリクス)硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素である。また、セメンタイト相の集合であるパーライト相を生成させる効果があるため、耐疲労き裂伝播特性が高まる。このような効果を得るためには、C含有量を0.05%以上とすることが必要である。C含有量は、好ましくは0.08%以上であり、より好ましくは0.10%以上であり、さらに好ましくは0.12%以上である。一方、C含有量が0.20%を超えると、基地相の硬度が過度に上昇し、全厚での伸びが劣化する。このため、C含有量は0.20%以下とする。C含有量は、好ましくは0.18%以下であり、より好ましくは0.16%以下であり、さらに好ましくは0.14%以下である。
【0027】
Si:0.01~0.50%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、鋼中に固溶して固溶強化により基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる元素である。このような効果を得るためには、Si含有量を0.01%以上とする必要がある。Si含有量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.10%以上であり、さらに好ましくは0.15%以上であり、もっとも好ましくは0.20%以上である。一方、Si含有量が0.50%を超えると、全厚での伸び、靭性が低下する。このため、Si含有量は0.50%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.40%以下であり、さらに好ましくは0.35%以下であり、もっとも好ましくは0.30%以下である。
【0028】
Mn:0.50~2.00%
Mnは、基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素である。このような効果を得るためには、Mn含有量を0.50%以上とする必要がある。Mn含有量は、好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは0.70%以上であり、さらに好ましくは0.80%以上であり、もっとも好ましくは1.00%以上である。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、溶接性が低下することに加えて、介在物であるMnSが過剰に偏析し靭性が低下する。このため、Mn含有量は2.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.85%以下であり、より好ましくは1.70%以下であり、さらに好ましくは1.55%以下であり、もっとも好ましくは1.40%以下である。
【0029】
P:0.05%以下
Pは、不可避的不純物として鋼に含まれる元素である。Pは、粒界に偏析し、母材および溶接部の靱性を低下させるなど、悪影響を及ぼすため、できるだけ低減することが好ましいが、0.05%以下の含有は許容できる。このため、P含有量は0.05%以下とする。P含有量は、好ましくは0.04%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。一方、P含有量の下限は限定されないが、過度の低減は精錬コストの高騰を招くため、P含有量を0.001%以上とすることが好ましい。P含有量は、好ましくは0.002%以上であり、より好ましくは0.003%以上である。
【0030】
S:0.02%以下
Sは、不可避的不純物として鋼に含まれる元素である。Sは、MnS等の硫化物系介在物として鋼中に存在し、脆性破壊の発生起点となり靭性が劣化するため、できるだけ低減することが好ましいが、0.02%以下の含有は許容できる。このため、S含有量は0.02%以下とする。S含有量は0.01%以下とすることが好ましい。一方、S含有量の下限は限定されないが、過度の低減は精錬コストの高騰を招くため、S含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
【0031】
残部はFeおよび不可避的不純物からなる。なお、不可避的不純物として含有される酸素(O)の含有量が0.0050%を超えると、鋼板表面での介在物の存在割合が大きくなるため、介在物を起点としたき裂発生が生じやすくなる。そのため、O含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。同様に、不可避的不純物として含有されるNの含有量が0.0050%を超えると、鋼板表面での介在物の存在割合が大きくなるため、介在物を起点としたき裂発生が生じやすくなる。そのため、N含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。N含有量は0.0040%以下とすることがより好ましい。同様に、不可避的不純物として含有されるsol.Alの含有量が0.060%を超えると、溶接時に溶接金属部にAlが混入して、溶接部の靭性が劣化する。そのため、sol.Al含有量は0.060%以下とすることが好ましい。sol.Al含有量は、0.050%以下とすることがより好ましく、0.040%以下とすることがさらに好ましい。なお、上記の酸素(O)含有量、sol.Alの含有量、N含有量は0%であってもよい。
【0032】
さらに、本発明において、Cr:0.01~1.00%、Cu:0.01~2.00%、Ni:0.01~2.00%、Mo:0.01~1.00%、Co:0.01~1.00%、Sn:0.005~0.500%、Sb:0.005~0.200%、Nb:0.005~0.200%、V:0.005~0.200%、Ti:0.005~0.050%、B:0.0001~0.0050%、Zr:0.005~0.100%、Ca:0.0001~0.020%、Mg:0.0001~0.020%、およびREM:0.0001~0.020%のうちから選ばれる1種または2種以上を任意に含有することができる。
【0033】
Cr:0.01~1.00%
Crは、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。また、Crはセメンタイト生成を促進する元素であり、耐疲労き裂伝播特性に有利なパーライト相の生成を促進する。Crを含有する場合、前記効果を得るために、Cr含有量を0.01%以上とする。好ましくは0.10%以上とする。一方、Cr含有量が1.00%を超えると溶接性と靭性が損なわれる。そのため、Crを含有する場合は、1.00%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.80%以下、より好ましくは、0.50%以下とする。
【0034】
Cu:0.01~2.00%
Cuは、固溶により強度をさらに上昇させる元素である。Cuを含有する場合、前記効果を得るため、Cu含有量を0.01%以上とする。Cu含有量を0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることがより好ましい。一方、Cu含有量が1.00%を超えると、溶接性が損なわれ、また、厚鋼板の製造時に疵が生じやすくなる。そのため、Cuを含有する場合、2.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.60%以下、さらに好ましくは0.50%以下とする。
【0035】
Ni:0.01~2.00%
Niは、低温靭性を向上させる効果を有する元素である、また、Niは、Cuを含有した場合の熱間脆性を改善する。Niを含有する場合、前記効果を得るために、Ni含有量を0.01%以上とする。Ni含有量を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Ni含有量が2.00%を超えると溶接性が損なわれ、鋼材コストが上昇する。そのため、Niを含有する場合、Ni含有量は2.00%以下とする。Ni含有量は好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.40%以下とする。
【0036】
Mo:0.01~1.00%
Moは、基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有することができる。Moを含有する場合、この効果を得るために、Mo含有量を0.01%以上とする。Mo含有量を0.05%以上とすることが好ましい。しかし、Mo含有量が1.00%を超えると溶接性と靭性が損なわれるので、含有する場合は、Mo含有量を1.00%以下とする。Mo含有量を0.80%以下とすることが好ましく、0.70%以下とすることがより好ましい。
【0037】
Co:0.01~1.00%
Coは、基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有することができる。この効果を得るために、Coを含有する場合、Co含有量を0.01%以上とする。Co含有量は好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.20%以上であり、さらに好ましくは0.35%以上である。一方、Co含有量が1.00%を超えても効果が飽和することに加え、合金コストが増大する。このため、含有する場合は、Co含有量は1.00%以下とする。Co含有量は好ましくは0.50%以下とする。
【0038】
Sn:0.005~0.500%
Snは、基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有することができる。このような効果を十分に得るためには、Snを含有する場合は、Sn含有量は0.005%以上とする。Sn含有量は好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.020%以上、さらに好ましくは0.030%以上とする。一方、Sn含有量が0.500%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。このため、含有する場合は、Sn含有量は0.500%以下とする。好ましくは、Sn含有量は0.300%以下、より好ましくは0.200%以下であり、さらに好ましくは0.100%以下である。
【0039】
Sb:0.005~0.200%
Sbは、基地相の硬さを増加させ、強度を向上させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有することができる。このような効果を十分に得るためには、Sbを含有する場合は、Sb含有量を0.005%以上とする。Sb含有量は、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.020%以上である。一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。このため、含有する場合は、Sb含有量は0.200%以下とする。好ましくは0.150%以下、より好ましくは0.100%以下、さらに好ましくは0.080%以下、もっとも好ましくは0.050%以下である。
【0040】
Nb:0.005~0.200%
Nbは、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶を抑制し、最終的に得られる結晶粒を細粒化し、靭性を向上させる効果を有する元素である。また、Nbは、加速冷却後の空冷時に析出し、強度をさらに向上させる。Nbを含有する場合、前記効果を得るために、Nb含有量を0.005%以上とする。Nb含有量は0.007%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。一方、Nb含有量が0.200%を超えると、焼入れ性が過剰となり、ベイナイトが過剰に生成するため所望の組織が得られなくなり、靭性が低下する。そのため、Nbを含有する場合、Nb含有量は0.200%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.070%以下、より好ましくは0.050%以下、さらに好ましくは0.040%以下、もっとも好ましくは0.030%以下とする。
【0041】
V:0.005~0.200%
Vは、Nbと同様、熱間圧延時におけるオーステナイトの再結晶を抑制して細粒化するとともに、熱間圧延後の空冷過程において析出することで強度を上昇させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて任意に含有することができる。前記効果を得るために、Vを含有する場合、V含有量を0.005%以上とする。V含有量は、0.010%とすることが好ましく、0.020%以上とすることがより好ましく、0.030%以上とすることがさらに好ましい。しかし、V含有量が0.200%を超えるとVCが多量に析出し、靭性が損なわれる。そのため、Vを含有する場合は、V含有量を0.200%以下とする。V含有量は、0.150%以下とすることが好ましく、0.100%以下とすることがより好ましく、0.070%以下とすることがさらに好ましい。
【0042】
Ti:0.005~0.050%
Tiは、窒化物形成傾向が強く、Nを固定して固溶Nを低減するため、母材および溶接部の靭性を向上させる効果を有する。また、Bを含有する場合には、Tiを合わせて含有することにより、TiがNを固定し、BがBNとして析出してしまうことを抑制できる。その結果、Bの焼入れ性向上効果を助長して、強度をさらに向上させることができる。そのため、所望する特性に応じて任意に含有することができる。前記効果を得るために、Tiを含有する場合、0.005%以上とする。Ti含有量は、0.007%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがより好ましい。しかし、Ti含有量が0.050%を超えるとTiCが多量に析出し、靭性が損なわれる。そのため、Tiを含有する場合は、Ti含有量を0.050%以下とする。Ti含有量は、0.040%以下とすることが好ましく、0.030%以下とすることがより好ましく、0.020%以下とすることがさらに好ましい。
【0043】
B:0.0001~0.0050%
Bは、微量の含有でも焼入れ性を著しく向上させ、強度を上昇させる効果を有する元素であり、所望する特性に応じて含有することができる。前記効果を得るために、Bを含有する場合、B含有量を0.0001%以上とする。B含有量は、0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。しかし、B含有量が0.0050%を超えるとその効果が飽和するだけでなく、溶接性を低下させるため、Bを含有する場合は、B含有量を0.0050%以下とする。B含有量は、0.0040%以下とすることが好ましく、0.0030%以下とすることがより好ましく、0.0020%以下とすることがさらに好ましい。
【0044】
Zr:0.005~0.100%
Zrは、強度をさらに高める効果を有する元素である。前記効果を十分に得るためには、Zrを含有する場合、Zr含有量を0.005%以上とする。Zr含有量が、0.010%以上とすることが好ましく、0.030%以上とすることがより好ましく、0.050%以上とすることがさらに好ましい。一方、Zr含有量が0.100%を超えると、その強度向上効果が飽和する。そのため、Zrを含有する場合、Zr含有量は0.100%以下とする。
【0045】
Ca:0.0001~0.020%
Caは、Sと結合し、圧延方向に長く伸びるMnS等の形成を抑制して、硫化物系介在物が球状を呈するように形態制御し、溶接部等の靭性向上に寄与するため、所望する特性に応じて含有することができる。Caを含有する場合、この効果を得るために、Ca含有量を0.0001%以上とする。Ca含有量が、0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。しかし、Ca含有量が0.020%を超えるとその効果が飽和するだけでなく、鋼の清浄度が低下し、表面疵が多発し表面性状が低下する。このため、Caを含有する場合は、Ca含有量を0.020%以下とする。Ca含有量は、0.010%以下とすることが好ましく、0.006%以下とすることがより好ましく、0.002%以下とすることがさらに好ましい。
【0046】
Mg:0.0001~0.020%
Mgは、結晶粒の微細化を介して靭性を向上させる効果を有する元素である。Mgを含有する場合、前記効果を得るために、Mg含有量を0.0001%以上とする。Mg含有量は、0.0003%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。一方、Mg含有量が0.020%を超えると、その効果が飽和する。そのため、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.020%以下とする。Mg含有量は、0.015%以下とすることが好ましく、0.010%以下とすることがより好ましく、0.005%以下とすることがさらに好ましい。
【0047】
REM:0.0001~0.020%
REM(希土類金属)は、靭性を向上させる効果を有する元素である。REMを含有する場合、前記効果を得るために、REM含有量を0.0001%以上とする。REM含有量は、0.0003%以上とすることが好ましい。一方、REM含有量が0.020%を超えると、その効果が飽和する。そのため、REMを含有する場合、REM含有量は0.020%以下とする。REM含有量は、0.010%以下とすることが好ましく、0.005%以下とすることがより好ましく、0.001%以下とすることがさらに好ましい。
【0048】
[ミクロ組織]
次に、厚鋼板のミクロ組織の限定理由について説明する。なお、ミクロ組織の説明における「%」は、特に断らない限り面積率を指すものとする。
【0049】
表面から表面下100μmまでの範囲の組織(表層部組織)
本発明の厚鋼板における、板厚方向に、表面から表面下100μmまでの範囲(以下、単に「表層部」という場合がある)におけるミクロ組織を、面積率で80%以上のフェライト相を含むものとする。Ac1変態点以上Ac3変態点未満とする二相域では、表層脱炭反応が起き、表層部に80%以上のフェライト相を生成させて厚鋼板の表層を軟化させることにより、全厚での伸び特性を顕著に向上させることができる。この表層脱炭反応は、第2の再加熱工程で二相域を通過もしくは二相域に保持することで起きる。一方、表層部におけるフェライト相の面積率が80%未満であると、ベイナイト相、パーライト相、マルテンサイト相、またはそれらの混合相からなる硬質な残部が多く存在することになる。その結果、表層部の硬度が増大して所望の全厚での伸び特性を得ることができない。また、引張強度が過大となる場合がある。
【0050】
なお、ここで表層部におけるフェライト相の面積率は、厚鋼板の、表面から表面下100μmまでの範囲におけるフェライト相の面積率の平均値を指すものとする。また、表層部におけるミクロ組織は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所の表層部のミクロ組織を指すものとする。したがって、本発明の厚鋼板は、厚鋼板の圧延方向における任意の位置から採取した二箇所において、表面から表面下100μmまでの範囲におけるフェライト相の面積率を測定し、その平均値が80%以上である。なお、通常は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所における表層部のミクロ組織が上記条件を満たしていれば、厚鋼板の圧延方向全長に亘って前記条件を満たしている。したがって、本発明の厚鋼板は、圧延方向の全長に亘って、表層部のフェライト相の面積率が80%以上であるといえる。なお、上限値について、所望の強度を確保するため、表層部のフェライト相は100%であってよい。
【0051】
表層部のミクロ組織におけるフェライト相以外の残部は、硬質相であることが好ましく、硬質相はパーライト相、またはベイナイト相とパーライト相との混合相からなることが好ましいが、ベイナイト相は島状マルテンサイトを含有し、靭性を低下させるため、ベイナイト相は少ないほど好ましく、パーライト相のみとすることがより好ましい。
【0052】
板厚1/4位置の組織(板厚内部組織)
本発明の厚鋼板における、板厚1/4位置(以下、単に「板厚内部」という場合がある)におけるミクロ組織を、面積率で90%以下のフェライト相を含むものとする。過度な強度増加と靭性低下の抑制を目的として面積率で50%以上のフェライト相を含むことが好ましい。板厚内部のミクロ組織が前記条件を満たすことにより、所望の強度および耐疲労き裂伝播特性を得ることができる。また、フェライト相の平均結晶粒径は25μm以下とする。板厚内部のミクロ組織が前記条件を満たすことにより、所望の靭性を得ることができる。好ましくは23μm以下、より好ましくは20μm以下である。一方、過度な強度増加と靭性低下の抑制を目的としてフェライト相の平均結晶粒径は3μm以上が好ましい。
【0053】
なお、ここで板厚内部におけるフェライト相の面積率は、厚鋼板の板厚1/4位置におけるフェライト相の面積率の平均値を指すものとする。また、ここで板厚内部におけるミクロ組織は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所における板厚内部のミクロ組織を指すものとする。したがって、本発明の厚鋼板は、厚鋼板の圧延方向における任意の位置から採取した二箇所において、板厚1/4位置におけるミクロ組織が上記条件を満たす。なお、表層部の組織と同様に、通常は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所における板厚内部のミクロ組織が上記条件を満たしていれば、厚鋼板の圧延方向全長に亘って前記条件を満たしている。したがって、本発明の厚鋼板は、圧延方向の全長に亘って、板厚内部のミクロ組織が、面積率で90%以下、かつ平均結晶粒径が25μm以下のフェライト相であるといえる。
【0054】
また、本発明では、上記硬質相はフェライト相に分散させることが重要である。硬質相をフェライト相に分散させることで、フェライト相を伝播する疲労き裂が硬質相に遭遇した際に屈曲や分岐する。その結果、耐疲労き裂伝播特性が改善する。硬質相間の平均間隔は25μm以上になると、耐疲労き裂伝播特性が劣化する。そのため、硬質相をフェライト相に分散させる際には、硬質相間の平均間隔を25μm未満とする必要がある。硬質相間の平均間隔とは、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所の観察視野におけるフェライト相中に分散している硬質相同士の間隔を測定し、それらを平均化した距離を指しており、具体的に、例えば、硬質相がベイナイトとパーライトからなる場合には、全てのベイナイト相-ベイナイト相間の距離、パーライト相-パーライト相間の距離、ベイナイト相-パーライト相間の距離を求めて、それらを平均化した距離を指す。好ましくは20μm未満とする。より好ましくは10μm未満とする。また、硬質相はフェライト相に分散している必要があることから、硬質相間の平均間隔は0μm超えであればよい。好ましくは2μm以上とする。
【0055】
また、硬質相が全面でバンド状に存在すると所望の耐疲労き裂伝播特性が得られないため好ましくない。ここで、バンド状に存在する組織とは、鋼板の圧延方向と板厚方向からなす面(L断面)において板厚1/4の位置を観察した際に、圧延方向に100μm以上にわたり硬質相が連続して形成されている組織を指す。そのため、所望の耐疲労き裂伝播特性を得るためには、硬質相は圧延方向に長径で100μm未満であることが好ましい。より好ましくは25μm以下である。硬質相は圧延方向に長径で1μm以上であることが好ましい。
【0056】
板厚内部のミクロ組織における残部は、靭性を劣化することなく疲労き裂伝播特性を改善するためパーライト相を含む硬質相とする必要があり、硬質相はパーライト相、またはパーライト相とベイナイト相との混合相からなることが好ましい。
ベイナイト相は島状マルテンサイトを含有し、靭性を低下させる。このため、パーライト相の面積率を、ベイナイト相の面積率よりも多くすることが好ましい。ベイナイト相の面積率は、15%以下とすることが好ましい。ベイナイト相の面積率は、より好ましくは13%以下であり、さらに好ましくは11%以下であり、さらに好ましくは9%以下である。なお、下限について、ベイナイト相は0%であってもよい。パーライト相の面積率は5%以上とすることが好ましく、30%以下とすることが好ましい。
なお、マルテンサイト相は伸びと靭性を低下させるため、硬質相としてのマルテンサイト相の分散は好ましくない。特にマルテンサイト相単体での分散はより好ましくない。
なお、ここで板厚内部のミクロ組織における残部は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所における厚鋼板の板厚1/4位置における残部を指す。すなわち、厚鋼板の圧延方向全長に亘って、ミクロ組織の残部は、硬質相であり、パーライト相を含む硬質相であり、好ましくは、硬質相はパーライト相、またはパーライト相とベイナイト相との混合相からなり、硬質相はフェライト相に分散して存在する。
【0057】
なお、表層部および板厚内部におけるミクロ組織は、実施例に記載した方法で評価することができる。
【0058】
[全厚伸び]
厚鋼板の全厚伸びは、特に限定されないが、板厚16mm超えの場合19%以上、板厚16mm以下の場合、15%以上であることが好ましい。本発明においては、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所において、上記全厚伸びの条件を満たすことが好ましい。なお、通常は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所が前記条件を満たしていれば、厚鋼板の圧延方向全長に亘って前記条件を満たしている。また、全厚伸びは、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0059】
[引張強度]
厚鋼板の引張強度(TS)は、特に限定されないが、490MPa以上であることが好ましい。また、TSの上限も特に限定されないが、例えば、JISにおける490MPa(50kgf/mm)級とする場合には、TSを610MPa以下とすればよい。また、JISにおける570MPa(60kgf/mm)級とする場合には、TSの上下限をそれぞれ570MPaおよび720MPaとすればよい。本発明においては、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所において、上記TSの条件を満たすことが好ましい。なお、通常は、厚鋼板の圧延方向において任意の位置から採取した二箇所が前記条件を満たしていれば、厚鋼板の圧延方向全長に亘って前記条件を満たしている。また、TSは、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0060】
[靭性]
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた靭性を備える。本発明の厚鋼板の靭性はとくに限定されないが、試験片厚10mmの場合、靭性の指標の一つである、0℃におけるシャルピー吸収エネルギーvEを100J以上とすることが好ましく、130J以上とすることがより好ましく、150J以上とすることがさらに好ましく、270J以上とすることが最も好ましい。試験片厚5mmの場合、シャルピー吸収エネルギーvEを50J以上とすることが好ましい。一方、vEの上限についても限定されないが、例えば、400J以下であってよい。なお、vEは実施例に記載した方法で測定することができる。
【0061】
[疲労き裂伝播特性]
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた耐疲労き裂伝播特性を備えることができる。疲労き裂伝播特性の指標としては、疲労き裂伝播速度(da/dN)を用いることができる。疲労き裂伝播速度の値はとくに限定されないが、本発明においては、ΔK=25MPa√mでの疲労き裂伝播速度8.50×10-8m/cycle以下が好ましい。なお、疲労き裂伝播速度(da/dN)は実施例に記載した方法で測定することができる。
【0062】
[板厚]
本発明における「厚鋼板」とは、本技術分野における通常の定義に従い、厚さ6mm以上の鋼板を指すものとする。一方、本発明における厚鋼板の板厚の上限は特に限定されず、任意の値とすることができる。
【0063】
[製造方法]
本発明の厚鋼板は、上述した成分組成を有する鋼素材に対し、加熱工程と、圧延工程と、圧延工程後の冷却工程と、第1の再加熱工程と、第1の冷却工程と、第2の再加熱工程と、第2の冷却工程と、水冷工程とを順次施すことによって製造する。
【0064】
鋼素材
本発明の鋼素材としては、上記成分組成を有し、熱間圧延が可能なものであれば任意のものを用いることができるが、通常は鋼スラブとすればよい。例えば、上記の成分組成を有する溶鋼を、転炉等の手段により溶製し、連続鋳造法等の鋳造方法で、スラブ等の鋼素材とすることができる。また、造塊-分解圧延法によりスラブ等の鋼素材とすることもできる。
【0065】
加熱工程
上記成分組成を有する鋼素材を、900~1200℃に加熱する。加熱温度が900℃未満であると、次の圧延工程での鋼素材の変形抵抗が高くなり、熱間圧延機への負荷が増大し、熱間圧延が困難になる。そのため、加熱温度は900℃以上とする。加熱温度は950℃以上とすることが好ましい。一方、加熱温度が1200℃を超えると、逆変態したオーステナイトが粗大化し、最終的に得られる板厚内部のフェライト相の結晶粒が粗大化する結果、靭性が低下する。そのため、加熱温度は1200℃以下とする。加熱温度は1150℃以下とすることが好ましい。
【0066】
なお、連続鋳造などの方法によって鋼素材(スラブ)を製造した場合、当該スラブは、冷却することなく直接上記加熱工程に供してもよく、冷却したのちに上記加熱工程に供してもよい。また、加熱方法は特に限定されないが、例えば、常法にしたがい、加熱炉で加熱することができる。
【0067】
圧延工程
次いで、加熱された鋼素材を熱間圧延して厚鋼板とする。その際、靭性を確保するため、累積圧下率を50%以上とする。累積圧下率が50%未満の場合は、最終的に得られる板厚内部のフェライト相の結晶粒が粗大化して局所的に脆性が低い領域が生じ、脆性き裂が発生しやすくなり靭性が低下する。上限については、特に限定しないが、圧延機の荷重制約による能率低下を抑制する観点の点から99%以下とすることが好ましい。熱間圧延工程に関する他の条件は特に限定されない。
【0068】
圧延工程後の冷却工程
次に、圧延工程後の厚鋼板を冷却する。圧延工程後の厚鋼板を冷却することにより、最終的に得られる板厚内部のフェライト相の結晶粒を微細化し、靭性を向上することができる。冷却工程では、室温まで冷却することが好ましい。なお、冷却は、任意の方法、例えば、空冷または水冷により行うことができる。ただし、結晶粒の粗大化を抑制する観点では水冷がより好ましい。また、冷却条件については特段制限されない。
【0069】
第1の再加熱工程
第1の再加熱工程では、冷却工程後の厚鋼板を、Ac3変態点以上、950℃以下(第1の再加熱温度)に再加熱する。このようにAc3変態点以上、950℃以下に再加熱することにより、鋼板全体のミクロ組織がオーステナイト相へ逆変態し、冷却停止温度の偏差に起因する圧延方向(長手方向)のミクロ組織のバラツキを解消することができる。その結果、機械的特性(強度)のバラツキを解消することができ、さらに、第1の冷却工程後の板厚内部のフェライト相の結晶粒も微細化するため、靭性も向上する。一方、第1の再加熱温度が950℃を超えると逆変態したオーステナイト相の結晶粒が成長して粗大化するため、最終的に得られる板厚内部のフェライト相の結晶粒も粗大化し、靭性が低下する。
【0070】
なお、上記第1の再加熱工程においては、第1の再加熱温度まで加熱した後、当該温度に保持することが好ましい。保持時間が、60分を超えると、逆変態したオーステナイト相の結晶粒が過剰に成長することで、靭性が低下する傾向にある。一方、保持時間が10分未満であると、オーステナイト相への逆変態の進行が不十分となることから、板厚内部のミクロ組織が不均一となり、鋼板の一部において、靭性が劣化する。そのため、第1の再加熱工程における保持時間は10分以上、60分以下とすることが好ましい。
【0071】
第1の冷却工程
第1の冷却工程では、第1の再加熱工程後の厚鋼板を冷却する。第1の再加熱工程後の厚鋼板を冷却することにより、最終的に得られる板厚内部のフェライト相の結晶粒をさらに微細化し、靭性をさらに向上することができる。板厚50mm以下の厚鋼板であれば、第1の冷却工程での冷却は、任意の方法、例えば、空冷または水冷により行うことができ、結晶粒の粗大化を抑制する観点で水冷が好ましい。このため、1℃/s以上が好ましく、より好ましくは20℃/s以上、さらに好ましくは40℃/s以上である。上限は特に限定される必要はないが、冷却に用いる水資源の有効利用の観点から100℃/s以下とすることが好ましい。冷却停止温度(第1の冷却停止温度)は、第2の再加熱温度より低ければよく、300℃以下、室温(20℃)以上がより好ましい。また、板厚50mm超えの厚鋼板では、第1の冷却工程の冷却は、空冷だと板厚内部において所定の組織を得るのに十分な冷却速度を達成することが難しい場合があり、水冷により、平均冷却速度20℃/s以上が達成できるため、水冷を適用することが好ましい。
【0072】
第2の再加熱工程
第2の再加熱工程では、第1の冷却工程後の厚鋼板を、Ac1変態点以上950℃以下(第2の再加熱温度)に再加熱する。第2の再加熱温度は、好ましくはAc3変態点未満とする。
【0073】
第2の再加熱温度がAc1変態点以上Ac3変態点未満の場合、二相域に特有の脱炭反応が進行し、表層部におけるフェライト相の面積率を80%以上とすることができる。一方、第2の再加熱温度がAc3変態点以上950℃以下の場合、第2の再加熱温度での保持時間を短時間とすることで、二相域通過時の表層脱炭反応により生成した表層部におけるフェライト相がオーステナイト相に逆変態する反応が抑制され、表層部におけるフェライト相の面積率を80%以上とすることができる。第2の再加熱温度がAc1変態点未満の場合、二相域に特有の表層脱炭反応が進行せず、表層部におけるフェライト相の面積率が80%未満となる。その結果、表層部の硬度が増大して所望の全厚での伸び特性を得ることができない。さらに、板厚内部でオーステナイト相への逆変態反応が起きず、第2の冷却工程後に、板厚内部のフェライト相の結晶粒の微細化が生じない。その結果、靭性が低下する。一方、第2の再加熱温度が950℃超えであると、二相域通過時の表層脱炭反応により生成した表層部におけるフェライト相がオーステナイト相に逆変態する反応が促進され、表層部におけるフェライト相の面積率が80%未満となる。その結果、表層部の硬度が増大して所望の全厚での伸び特性を得ることができない。さらに、板厚内部で逆変態したオーステナイト相が成長して粗大化し、その結果、局所的に脆性の低い領域が発生して靭性が低下する。
【0074】
また、第2の再加熱温度がAc3変態点以上、950℃以下である場合は、板厚内部のオーステナイト相の結晶粒は、第2の再加熱温度がAc3変態点未満である場合に比べ、粗大化するものの、靭性を過度に劣化させない。さらに、この温度域では板厚内部のオーステナイト相への逆変態の進行速度が上昇する。このため、短い加熱時間でオーステナイト相への逆変態反応が完了し、所定時間に製造可能な厚鋼板の枚数が増加するので生産性が向上する。
【0075】
なお、Ac1変態点は、例えば、下記(1)式により求めることができる。
Ac1(℃)=723+29.1×Si-10.7×Mn-16.9×Ni+16.9×Cr…(1)
また、Ac3変態点は、例えば、下記(2)式により求めることができる。
Ac3(℃)=961.6-311.9×C+49.5×Si-36.4×Mn+438.1×P-2818×S+12.7×Al-51×Cu-29×Ni-8.7×Cr+13.5×Mo+308.1×Nb-140×V+318.9×Ti+611.2×B-969×N…(2)
ここで、上記(1)~(2)式における元素記号は、各元素の含有量(質量%)を意味し、当該元素が含有されていない場合にはゼロとする。
【0076】
以下で、第2の再加熱工程における保持時間について説明する。
【0077】
上記第2の再加熱工程においては、第2の再加熱温度まで加熱した後、当該温度に保持することが好ましい。第2の再加熱温度がAc1変態点以上、Ac3変態点未満の場合、保持時間が10分未満であると、オーステナイト相への逆変態が鋼板全長に亘って開始されず、第2の冷却工程後に板厚内部において所望のミクロ組織が得られにくい。また、表層部では、表層の脱炭反応が十分に進行せず、表層部においても所望のミクロ組織が得られにくい。そのため、保持時間は10分以上とすることが好ましい。上限については特に限定する必要はないが、長時間の加熱は加熱炉維持の運用コスト増大を招く観点から120分以下が好ましい。一方、第2の再加熱温度がAc3変態点以上、950℃以下の場合、保持時間が30分を超えると、板厚内部において逆変態したオーステナイト相が成長して結晶粒が粗大化し、靭性が低下する。また、表層部では、オーステナイト相への逆変態がより進行し、表層部においても所望のミクロ組織が得られにくい。そのため、保持時間は30分以下とすることが好ましい。下限は特に限定されるわけではないが、相変態を十分に進行させるために5分以上とすることが好ましい。
【0078】
第2の冷却工程
第2の冷却工程では、第2の再加熱工程で再加熱された厚鋼板を350~600℃の第2の冷却停止温度まで冷却する。その際、第2の平均冷却速度を1.5~20℃/sとする。第2の平均冷却速度が1.5℃/s未満であると、前述しているようにパーライトがバンド状に生成し、疲労き裂とパーライトの遭遇頻度が増加するため、耐疲労き裂伝播特性が低下する。そのため、第2の平均冷却速度は、1.5℃/s以上とし、パーライト相をフェライト相に分散させる。一方、第2の平均冷却速度が20℃/sを超える場合、板厚内部のミクロ組織においてパーライト変態が十分に進行せず、ベイナイト変態が進行しやすくなる。ベイナイトには、島状マルテンサイトが含まれるため、ベイナイト面積率の増加に伴い靭性が低下する。20℃/s以下であれば、鋼板内部のミクロ組織においてパーライト変態が適度に進行すると共に、第2の冷却工程よりも前の工程において、フェライト相の結晶粒径の微細化が生じているため、所望の靭性が得られる。さらに、7℃/s以下であれば、ベイナイト相の面積率がパーライト相の面積率よりも少なくなり、靭性がさらに向上する。第2の平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以下、より好ましくは4℃/s以下、さらに好ましくは3℃/s未満とする。なお、平均冷却速度は、冷却後の鋼板の温度分布を非接触型の放射温度計を用いて測定し、冷却前後の温度履歴を計算により算出することで求めることができる。加えて、接触型の熱電対などを用いて、冷却前から冷却尾までの温度履歴を常時測定し、算出することもできる。
【0079】
また、第2の冷却停止温度が350℃未満の場合は、板厚内部においてフェライトが過剰に生成するため鋼板全体が軟質化し、所望の引張強度を得ることが出来ない。そのため、第2の冷却停止温度は350℃以上とする。一方、第2の冷却停止温度が600℃を超える場合、未変態オーステナイトが多量に残留したまま焼き入れられるので、板厚内部で硬質なベイナイトやマルテンサイトが過剰に生成する。その結果、全厚での伸び特性が低下し、靭性も低下する。そのため、第2の冷却停止温度は600℃以下とする。
【0080】
本願の製造法に依れば、第一の再加熱まで、第一の再加熱から第一の冷却工程、第二の再加熱から第二の冷却工程の、計3回の正変態と逆変態を繰り返す工程が鋼板に与えられる。正変態と逆変態を繰り返すことで結晶粒は微細となる。したがってこの工程は結晶粒の微細化にとって重要であり、フェライト相の平均結晶粒径は所望の値が得られる。
【0081】
水冷工程
水冷工程では、バンド状組織の生成を防止するために、第2の冷却工程後の厚鋼板に水冷を施す。したがって、水冷温度は、350~600℃の範囲となる。水冷は、特に限定されることなく、任意の条件で行うことができるが、Ms点以下の温度、好ましくは200℃以下まで水冷することが好ましい。なお、Ms点は、例えば、下記(3)式により求めることができる。なお、水冷とは平均冷却速度が20℃/s以上で冷却することを指す。平均冷却速度の上限として、100℃/s以下が好ましい。
Ms(℃)=517-300×C-11×Si-33×Mn-17×Ni-22×Cr-11×Mo…(3)
ここで、上記(3)式における元素記号は、各元素の含有量(質量%)を意味し、当該元素が含有されていない場合にはゼロとする。
【0082】
上記以外の製造条件については特に制限されないが、以下の条件で行うことが好ましい。
【0083】
水冷工程後の冷却
本発明では、水冷工程後の冷却方法はとくに限定されず、例えば、空冷、水冷など、任意の方法で行うことができる。
【実施例0084】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0085】
表1に示す組成の溶鋼を溶製し、鋼素材(スラブ)とした。なお、表1に示したAc1点、Ac3点、およびMs点、の値は、それぞれ上述した(1)、(2)、(3)式で求めた値である。
【0086】
次に、得られたスラブに対し、表2に示す条件で加熱(加熱工程)および熱間圧延を施し(圧延工程)、全長20mで、表2に示した板厚の厚鋼板とした。その後、厚鋼板を表2に記載の冷却方法にて室温まで冷却し(冷却工程)、表2に示した第1の再加熱温度まで再加熱し、表2に示した保持時間の間保持した(第1の再加熱工程)。その後、表2に示した冷却方法にて第1の平均冷却速度で第1の冷却停止温度まで冷却した(第1の冷却工程)。次いで、表2に示した第2の再加熱温度まで再加熱し、表2に示した保持時間の間保持した(第2の再加熱工程)。その後、表2に示した冷却方法にて第2の平均冷却速度で第2の冷却停止温度まで冷却した(第2の冷却工程)。その後、水冷処理を施した(水冷工程)。水冷工程では150℃以下まで水冷した。
【0087】
なお、比較のため、一部の比較例(表2のNo.31)では第2の再加熱後に第2の冷却工程を行うこと無く、すぐに水冷を行った。この比較例における水冷条件は、平均冷却速度44.0℃/s、冷却停止温度110℃とした。
【0088】
得られた厚鋼板について、(1)ミクロ組織、(2)全厚伸びおよび引張強度(TS)、(3)疲労き裂伝播特性、(4)靭性について、それぞれ評価した。厚鋼板の圧延方向、ならびに幅方向での特性のばらつきを評価するため、試験片は厚鋼板の圧延方向における任意の位置のそれぞれから採取し、最もばらつきの大きかった二箇所(位置1、位置2)を評価した。試験方法は次の通りである。なお、上記の各試験片は、鋼板の圧延方向端部より100mm入った位置から採取した。
【0089】
(1)ミクロ組織観察
以下の手順でミクロ組織を観察した。
【0090】
表層部におけるフェライト相の面積率、板厚内部におけるフェライト相の面積率、板厚内部におけるパーライト相およびベイナイト相の面積率
まず、得られた厚鋼板から、観察面が圧延方向に垂直な断面(板厚方向断面)となるように組織観察用試験片を採取し、鏡面となるまで研磨した後、腐食液(硝酸メタノール溶液)で腐食し、光学顕微鏡(倍率:400倍)もしくは走査型電子顕微鏡(倍率:400倍)を用いて、鋼板表面から板厚方向に板厚1/4位置まで観察し、画面が連続するように撮像した。得られた組織写真を用い、画像解析により相を同定し、(a)厚鋼板の、表面から表面下100μmまでの範囲におけるフェライト相の面積率の平均値、(b)板厚1/4位置におけるフェライト相の面積率の平均値、JIS G 0551に記載の切断法により求めたフェライト結晶粒径の平均値、および(c)板厚1/4位置におけるパーライト相およびベイナイト相の面積率を求めた。なお、上記画像において、白色部をフェライト相、黒色部をパーライト相、残部をベイナイト相として判断している。また、硬質相間の平均間隔は、上記画像においてImage-Jにて画像解析を行いエッジ間距離で算出する。具体的には、硬質相、具体的にはパーライト相、ベイナイト相の各領域での相境界をエッジ(輪郭線)として検出、描画し、最近接する硬質相(パーライト相又はベイナイト相)のエッジ同士の距離を測定した。以上の評価を10視野に対して行い、それらを平均化した値を硬質相間の平均間隔として算出した。
【0091】
硬質相のサイズはパーライト相、ベイナイト相の各領域での相境界をエッジ(輪郭線)検出、描画し、圧延方向の幅を測定している。
【0092】
マルテンサイト相は上記で撮影した走査型電子顕微鏡(倍率:400倍)の画像から硬質相の模様により判別している。
【0093】
ミクロ組織の測定結果を表3に示す。
【0094】
(2)引張試験
厚鋼板の幅中央部から板幅方向が引張方向と一致するように採取したJIS Z 2201 1A号の全厚試験片を用いて引張試験を実施し、引張強度(TS)および全厚伸びを求めた。引張強度は490MPa以上を合格とした。伸び特性は板厚16mm以下の場合は15%以上、板厚16mmを超える場合は19%以上を合格とした。
【0095】
(3)疲労き裂伝播試験
図1に示す片側切欠単純引張型疲労試験片を用いて疲労き裂伝播試験を行い、鋼板の幅方向にき裂が進展する時の疲労き裂伝播挙動を評価した。試験片は板厚1/4位置から採取したコンパクトテンション試験片を用い、試験条件は、ASTM E647に準拠し、応力比0.1、周波数10Hzとし、室温大気中で実施した。本発明では溶接構造物において溶接部などから発生したき裂が鋼材中を進展するときの伝播速度を低減することが目的であるため、このような状況を想定し、応力拡大係数範囲(ΔK)が10~30MPa√mの範囲で試験を行った。ΔK=25MPa√mでの疲労き裂伝播速度8.50×10-8m/cycle以下を合格とした。
【0096】
(4)靭性
厚鋼板の板厚中心部から、圧延方向(L方向)に平行にシャルピー衝撃試験片を採取した。試験片厚は、板厚10mm以上の場合は試験片厚10mmとし、板厚10mm未満の場合は試験片厚5mmとした。試験はJIS Z 2202に準拠してシャルピー衝撃試験を0℃で行い、吸収エネルギーvEを測定した。試験片厚10mmの試験片は吸収エネルギーが100J以上を合格とした。試験片厚5mmの試験片は吸収エネルギーが50J以上を合格とした。
【0097】
測定結果を表4に示す。この結果から分かるように、本発明の条件を満たす実施例においては、全厚での伸び特性と耐疲労き裂伝播特性と靭性を具備した厚鋼板が得られている。一方、本発明の条件を満たさない比較例では、厚鋼板の圧延方向において評価した二箇所の一つの位置において、強度特性か、全厚での伸び特性か、疲労き裂伝播速度か、靭性かの少なくとも一つが劣っている。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
図1