(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130470
(43)【公開日】2023-09-20
(54)【発明の名称】感温性ゲル及びオリゴペプチドを含む組成物、並びにその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230912BHJP
A61K 38/06 20060101ALI20230912BHJP
A61K 38/07 20060101ALI20230912BHJP
A61K 38/08 20190101ALI20230912BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20230912BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230912BHJP
A61P 17/02 20060101ALI20230912BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20230912BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20230912BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230912BHJP
C07K 7/06 20060101ALN20230912BHJP
C07K 5/10 20060101ALN20230912BHJP
C07K 5/097 20060101ALN20230912BHJP
C07K 5/083 20060101ALN20230912BHJP
【FI】
C12N5/071
A61K38/06 ZNA
A61K38/07
A61K38/08
A61K45/00
A61P43/00 105
A61P17/02
A61P43/00 121
A61K47/34
C12N5/0735
C12N5/10
C07K7/06
C07K5/10
C07K5/097
C07K5/083
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023114107
(22)【出願日】2023-07-11
(62)【分割の表示】P 2021544034の分割
【原出願日】2020-09-03
(31)【優先権主張番号】P 2019163166
(32)【優先日】2019-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】305061771
【氏名又は名称】国際先端技術総合研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】弁理士法人第一国際特許事務所
(74)【復代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小松 信明
(72)【発明者】
【氏名】若林 真千子
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 朋子
(57)【要約】
【課題】 やけど及び創傷を十分に保護し、必要に応じてやけど及び創傷の治癒を促進でき、且つ、簡単に洗い流すことができる被覆剤、組成物又は被覆剤を用いた、やけど又は創傷の治療方法、所望の培養細胞の効率的な増殖を可能にするとともに、得られた細胞を簡便且つ容易に回収できる培養基材、生体組織の保存及び運搬に利用できる基材、並びに、上記被覆剤、培養基材、生体組織の保存及び運搬用基材などに利用できる組成物を提供すること。
【解決手段】 本開示は、細胞増殖を促進でき、創傷などの被覆及び細胞・組織の培養又は保存に利用できる、高分子化合物を含む組成物に関する。本開示の組成物は、ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む高分子化合物、並びに、細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含む。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む架橋された高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチドであって、プロリルイソロイシルグリシル単位又はイソロイシルグリシルセリン単位を含むアミノ酸3~7までの水溶性オリゴペプチド及びそれらの水溶性塩から選択されるオリゴペプチド、
を含み、
前記オリゴペプチドの細胞増殖作用が上皮細胞増殖作用、細胞再生促進作用、iPS細胞又はES細胞増殖作用である、組成物。
【請求項2】
前記高分子化合物が、線維芽細胞の増殖に必要な足場の空間よりも広い空間を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記高分子化合物は、20℃~45℃の範囲のゾル-ゲル転移温度を有する、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記組成物が、殺菌剤、局所麻酔剤、痛み緩和剤、保存剤を更に含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物を含む被覆剤。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物を含む細胞培養用基材。
【請求項7】
iPS細胞又はES細胞の三次元培養基材である、請求項6に記載の細胞培養用基材。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物を含む生体組織運搬用基材。
【請求項9】
細胞培養における請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物の使用。
【請求項10】
前記細胞培養が、上皮細胞、がん細胞、iPS細胞又はES細胞の培養である請求項9に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、感応性ゲル及びペプチドを含む組成物、並びに当該組成物の利用に関する。より詳細には、本開示は、ゾル-ゲル転移温度を有し、当該ゾル-ゲル転移温度よりも低い温度で可逆的に液体状態(ゾル状態)を示す高分子化合物[サーモリバーシブルゲル化ポリマー(Thermoreversible Gelation Polymer)(TGP)]及び細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含む組成物に関する。本開示の組成物は、創傷用被覆剤、各種細胞の増殖、生体組織の保存などに利用することができる。
【背景技術】
【0002】
従来、癌細胞などの細胞を培養する際には、コラーゲン、寒天、高分子化合物などのゲルマトリックスを用いた培養基材を用いることがある。
【0003】
例えば、高分子化合物には、ゾル-ゲル転移温度を有し、転移温度よりも低い温度で液体状態(ゾル状態)になり、転移温度よりも高い温度で固体状態(ゲル状態)になるものが存在する。このような高分子化合物が、癌細胞、上皮細胞の培養のための足場として利用されている(特許第3190145号公報:特許文献1、特許第3190147号公報:特許文献2)。
【0004】
また、各種細胞の増殖促進作用を有する活性物質も知られている。特に、上皮系細胞の増殖促進作用を有する活性物質として特定のペプチドが知られている(特許第4654418号公報:特許文献3)
【0005】
また、創傷用の被覆剤には、ガーゼ、粉末剤、軟膏、クリーム剤等が使用されてきた。これらのうちの大部分は、患部である創傷表面を保護し、患部の治癒効果を高めようとするものである。
【0006】
最近では、被覆剤として、ハイドロコロイドやハイドロゲル(特開2018-121756号公報:特許文献4)、コラーゲンフィルムを含む積層体(特開2018-187850号公報:特許文献5)などを用いたものが知られている。
【0007】
これらの被覆剤には、必要に応じて、被覆剤の表面又は被覆剤に隣接する層などに滅菌効果を有する活性物質を含むものもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3190145号公報
【特許文献2】特許第3190147号公報
【特許文献3】特許第4654418号公報
【特許文献4】特開2018-121756号公報
【特許文献5】特開2018-187850号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでの被覆剤は、熱傷(所謂やけど。本明細書では、以後やけどとも称する。)又は創傷部分を含む患部を被覆するとともに、治療効果を高めることができるものであるが、この被覆剤をやけど又は創傷表面から取り除く(例えば、被覆剤を交換する)際に、やけど又は創傷表面と被覆剤が接着していると、治癒中のやけど又は創傷表面を傷つけたりすることがあった。
【0010】
本開示は、やけど及び創傷を十分に保護し、必要に応じてやけど及び創傷の治癒を促進でき、且つ、簡単に洗い流すことができる被覆剤を提供することを目的とする。
【0011】
本開示は、上記組成物又は上記被覆剤を用いた、やけど又は創傷の治療方法を提供することを目的とする。
【0012】
また、本開示は、所望の培養細胞の効率的な増殖を可能にするとともに、得られた細胞を簡便且つ容易に回収できる培養基材を提供することを目的とする。
【0013】
本開示は、生体組織の保存及び運搬に利用できる基材を提供することを目的とする。
【0014】
本開示は、上記被覆剤、培養基材、生体組織の保存及び運搬用基材などに利用できる組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示は、
(A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む架橋された高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチドであって、プロリルイソロイシルグリシル単位又はイソロイシルグリシルセリン単位を含むアミノ酸3~7までの水溶性オリゴペプチド及びそれらの水溶性塩から選択されるオリゴペプチド、
を含み、
前記オリゴペプチドの細胞増殖作用が上皮細胞増殖作用、細胞再生促進作用、iPS細胞又はES細胞増殖作用である組成物に関する。
【0016】
前記高分子化合物が、線維芽細胞の増殖に必要な足場の空間よりも広い空間を有することが好ましい。
【0017】
前記高分子化合物は、20℃~45℃の範囲のゾル-ゲル転移温度を有することが好ましい。
【0018】
上記組成物は、殺菌剤、局所麻酔剤、痛み緩和剤、保存剤を更に含むことが好ましい。
【0019】
本開示は、上記の組成物を含む、被覆剤、細胞培養用基材(例えば、iPS細胞又はES細胞の三次元培養基材)、生体組織運搬用基材である。
【0020】
本開示は、上記組成物の制帽培養における使用に関する。
【0021】
本開示の組成物は、上皮細胞、がん細胞、iPS細胞又はES細胞などの細胞培養に使用することが可能と考えられる。
【発明の効果】
【0022】
本開示の組成物は、周囲温度によりゾル-ゲル転移を可逆的に行うことができる高分子化合物と所定の細胞増殖作用を有するオリゴペプチドとを含むので、被覆剤、細胞培養用基材、生体組織の保存又は運搬に利用することができる。
【0023】
特に、被覆剤においては、初期状態で液体状態にできるので、やけど又は創傷表面への被覆が容易であり、被覆部分の温度により固体状態に変化してやけど又は創傷部分を覆うことができる。また、被覆剤を除去する場合には、被覆部分を冷却することで被覆部分の被覆剤が液体状態になるので、被覆剤を容易に洗い流すことができ、被覆部分を傷つけることなく被覆剤を除去できる。
【0024】
更に、本開示はやけど又は創傷を治療する方法に関する。本開示の治療方法は、
ステップa) (A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチド
を含む組成物又は当該組成物を含む被覆剤を、やけど又は創傷を含む患部に適用する工程であって、前記組成物又は前記被覆剤が患部上でゾル-ゲル転移を起こしてゾル上に変化し、患部を被覆する工程を含む。本開示の治療方法は、ステップa)に続いて、前記組成物又は前記被覆剤を冷却し、前記患部から前記組成物又は前記被覆剤を除去する工程を更に含むことができる。
【0025】
本開示の治療方法では、患部を覆っている本開示の組成物又は被覆剤を冷却することで、本開示の組成物又は被覆剤が液体状態になるので、これを容易に洗い流すことができる。これにより、治癒中のやけど及び創傷表面が傷つけられる可能性が低減される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本開示の組成物を腕(基材に相当)に塗布する時点の状態を示す写真であり、組成物はゾル状態であることを示す。
【
図2】本開示の組成物を腕に塗布した直後の状態を示す写真であり、組成物が塗布後腕の体温で即時にゲル状態に変化したことを示す。
【
図3】
図2のゲル状態に変化した本開示の組成物に冷水をかけた状態を示す写真であり、冷水(低温化)によりゲル状態に変化した組成物がゾル状態に逆変化して冷水により除去されたことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(I)組成物
本開示の組成物は、(A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該ゾル-ゲル転移温度より低い温度で可逆的に液体状態(ゾル状態)を示す高分子化合物、及び(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含む。
【0028】
本開示の組成物は、上記高分子化合物(A)と上記オリゴペプチド(B)を含む溶液の形態でありうる。このような溶液は、上記高分子化合物の溶液(例えば水溶液)と細胞増殖作用を有するオリゴペプチドの溶液(例えば水溶液)を混合することにより得ることができる。また、本開示の組成物は、上記高分子化合物(A)及び上記オリゴペプチド(B)を、例えば別々の層などに含む積層体のような形態あってもよい。このような積層体は、上記高分子化合物(A)及び上記オリゴペプチド(B)を別の層として形成し、これらを適宜積層する(例えば、一方の成分を含む層を形成し、これに他方を含む溶液を塗布するか、シートなどを積層する)などの方法により得ることができる。
【0029】
一実施形態では、本開示の組成物は、水又は水溶性有機溶剤と混合した溶液であってもよい。但し、本開示の組成物は、水又は水溶性有機溶剤と混合した溶液の状態であっても、高分子化合物の転移温度を境にしてゾル状態とゲル状態で可逆的に変化することが必要である。
【0030】
一態様では、水性有機溶剤は、例えば、エチルアルコールのようなアルコール類、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、グリセリン、1,3-ブチレングリコールのような多価アルコール類、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドのような極性有機溶剤などである。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせてもよい。好ましい混合溶媒は、水、プロピレングリコール及びエチルアルコールの混合溶媒である。
【0031】
本開示の組成物には、任意選択的に、活性物質を含有してもよい。本開示において、「活性物質」は上記組成物の必須成分(A)及び(B)の以外の、生理活性物質をいう。一実施形態では、本開示における活性物質は殺菌剤などである。殺菌剤の例には、例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化セチルピリジニウム、アルコール類(エタノール、イソプロパノールなど)などを挙げることができるが、これらに限定されない。一実施形態では、活性物質は、例えば、グリチルリチン酸、イソプロピルメチルフェノール、ヒノキチオール、センプリ抽出液、トウガラシチンキ、又はビタミン類(例えばビタミンA、ビタミンB、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンH、ビタミンK、ビタミンP、ビタミンU、パントテニルアルコール、カルチニン、フェルラ酸、γ-オリザノール、リポ酸、オロット酸又はそれらの誘導体)である。その他、活性物質は、ジブカイン、テトラカイン、リドカインなどの局所麻酔剤、非ステロイド性又はステロイド性抗炎症剤などの痛み緩和剤、酸化防止剤、防腐剤などの保存剤等を含むことができる。これらの活性物質は従来から公知のものを用いることができる。本開示の組成物が上記の活性物質を含むことにより、被覆剤、各種基材などへの利用を促進することができる。
【0032】
本開示では、活性物質は、0.005~10質量%、好ましくは0.01~2.0質量%の範囲で組成物中に含まれる。
【0033】
本開示の組成物は、上記各成分に加え、必要に応じて、香料、着色剤、pΗ調整剤、界面活性剤、噴射剤など、慣用されている添加剤を加えることができる。これら添加剤の量は、好ましくは、0.001~5質量%、好ましくは0.01~2.0質量%の範囲である。
【0034】
本開示の組成物は、後述する高分子化合物と同様の、20~45℃、好ましくは20~40℃、より好ましくは20~37℃、更に好ましくは20~30℃の範囲にゾル-ゲル転移温度を有する。
【0035】
本開示の組成物の成分(A)及び成分(B)について、以下に詳細に説明する。本開示において、以下の説明は例示であり、本開示は以下の説明に限定されない。
【0036】
(A)高分子化合物
本開示における高分子化合物は、分子内に疎水性部分と親水性部分とを有する。この高分子化合物の親水性部分は、上記したゾル-ゲル転移温度より低い温度で該高分子化合物が水溶性になるために必要である。また、疎水性部分は、該高分子がゾル-ゲル転移温度より高い温度でゲル状態に変化するために必要である。換言すれば、該疎水性部分間の結合がゲルの架橋点の形成のために必要である。
【0037】
本開示の高分子化合物は、20~45℃、好ましくは20~40℃、より好ましくは20~37℃、更に好ましくは20~30℃の範囲にゾル-ゲル転移温度を有する。
【0038】
本開示の高分子化合物は、上記高分子化合物中の疎水性部分間の結合、即ち疎水性結合の以下に記す性質を利用したものである。
【0039】
疎水性結合は、その結合力が温度の上昇と共に強くなるという性質を有するために、温度上昇と共に架橋の強さ及び架橋密度が増大し、本開示においては、ゾル-ゲル転移温度より高い温度でゲル化状態に変化することが可能である。また、上記疎水性結合力の温度依存性が可逆的であるという性質によって、本開示の高分子化合物はゾル-ゲル転移が可逆的におこる。
【0040】
一方、上記高分子化合物中の親水性部分は、ゾル-ゲル転移温度より低い温度でゾル状態に変化するために必要である。また、親水性部分は、ゾル-ゲル転移温度より高い温度で疎水性結合力が増大しすぎて上記高分子化合物が凝集してしまうことを防止しながら、ゲルを形成するために必要である。
【0041】
本開示の高分子化合物は、基材に塗布した場合、所定温度以上でゾル状態からゲル状態に転移する。例えば、ヒトの皮膚に高分子化化合物を含む溶液を塗布した場合の状態の変化を
図1~3に示した。ヒトの皮膚(例えば腕)に本開示の高分子化合物を含む溶液(高分子化合物ゾル)を塗布する(
図1参照)と、皮膚の温度(36℃程度)で、直ちにゾル状態からゲル状態に変化する(
図2参照)。次に、皮膚上の高分子化合物ゲルに、冷水(例えば0℃)を注ぐと、冷水の温度により、高分子化合物ゲルはゲル状態からゾル状態へ転移し、冷水で洗い流す(冷水に溶ける)ことができる(
図3参照)。
【0042】
定義
(1) ゾル-ゲル転移温度
本開示において、「ゾル状態」、「ゲル状態」及び「ゾル-ゲル転移温度」は以下のように定義される。この定義については文献(Polymer Journal,18(5),411-416(1986))を参照することができる。
【0043】
高分子溶液(以下に示す高分子化合物を含む高分子溶液)1mLを内径1cmの試験管に入れ、所定の温度(一定温度)とした水浴中で12時間保持する。この後、試験管の上下を逆にした場合に、溶液/空気の界面(メニスカス)が溶液の自重で変形した場合(溶液が流出した場合を含む)には、上記所定温度において高分子溶液は「ゾル状態」であると定義する。一方、上記試験管の上下を逆にしても、上記した溶液/空気の界面(メニスカス)が溶液の自重で変形しない場合には、該溶液は、上記所定温度において「ゲル状態」であると定義する。
【0044】
上記した「所定温度」を徐々に(例えば1℃きざみで)上昇させて、「ゾル状態」が「ゲル状態」に転移する温度を求めた場合、これによって求められる転移温度を「ゾル-ゲル転移温度」と定義する。なお、この際、「所定温度」を例えば1℃きざみで下降させ、「ゲル状態」が「ゾル状態」に転移する温度を求めてもよい。
【0045】
本開示の疎水性部分と親水性部分とを含む高分子化合物は、例えば、ポリプロピレンオキシドとポリエチレンオキシドのブロック共重合体などに代表されるポリアルキレンオキシドブロック共重合体;メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどのエーテル化セルロース;キトサン誘導体(K.R.Holme. et al、Macromolecules. 24,3828(1991));プルラン誘導体(出口茂ら、Polymer Preprints. Japan. 19,936(1990))などの変性多糖類;ポリN-置換(メタ)アクリルアミド誘導体、ポリビニルアルコール部分酢化物、ポリビニルメチルエーテルなどに代表される温度感応性高分子と水溶性高分子化合物との結合体(例えば松田武久ら、Polymer Preprints. Japan,39(8),2559(1990))などがあげられるが、これらに限定されない。
【0046】
本開示の高分子化合物は、上記の疎水性部分と親水性部分とを含む高分子化合物を架橋剤により架橋することで調製することもできる。
【0047】
本開示の高分子化合物のゾル-ゲル転移温度は、高分子化合物中の疎水性部分及び親水性部分の組成、並びに、高分子化合物の疎水性度若しくは親水性度、分子量などにより調節することができる。また、高分子化合物のゾル-ゲル転移温度は、高分子化合物の架橋の度合いを調節することにより適宜調整することもできる。本開示の高分子化合物に対しては、ゾル-ゲル転移温度の調節には制限がないが、高分子化合物のゾル-ゲル転移温度は0℃から60℃で適宜調整することが好ましい。
【0048】
本開示の組成物における高分子化合物の濃度は、設定されるゾル-ゲル転移温度等によっても異なるが、後述するような所定のオリゴペプチドとの混合物中で用いる場合、組成物の総質量に基づいて0.1~30質量%、好ましくは1~20質量%である。
【0049】
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチド
本開示の組成物は、細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含む。このオリゴペプチドは、プロリルイソロイシルグリシル単位又はイソロイシルグリシルセリン単位を含むアミノ酸単位3~7個を有するオリゴペプチド及びそれらの塩である。
【0050】
本開示の上記オリゴぺプチドは、所望の細胞の増殖を促進する効果を有するものであればよい。一実施形態では、本開示のオリゴペプチドは、特に上皮系細胞増殖促進作用を有することが好ましい。別の実施形態では、本開示のオリゴペプチドは、上記上皮系細胞増殖促進作用に加え、上皮移植、皮膚潰瘍や老化皮膚復元の際の細胞再生を促進する効果を示すことが好ましい。更に別の実施形態では、本開示のオリゴペプチドは、iPS細胞、ES細胞等の細胞増殖作用を示すことが好ましい。
【0051】
本開示のオリゴペプチドは、所望の細胞増殖作用を有する限り、上述のアミノ酸数のオリゴペプチドそのものだけでなく、これらのオリゴペプチド単位をその分子構成単位として有するポリペプチドであってもよい。一実施形態では、好ましくは、本開示のオリゴペプチドは水溶性である。
【0052】
一実施形態では、特定のアミノ酸単位を有するオリゴペプチドが、優れた上皮系細胞増殖促進作用を示す。このような上皮系細胞増殖作用を有するオリゴペプチドは、後述する種々の用途に適しているため、特に好ましい。このような上皮系細胞増殖促進作用を示すペプチドは、例えば特許第4654418号公報(特許文献3)などに記載されているものがある。具体的には以下のものがある。
【0053】
本開示のオリゴペプチドは、上述のとおり、3~7個のアミノ酸を含むペプチドであることが好ましい。例えば、トリペプチドには、イソロイシルグリシルセリン、プロリルイソロイシルグリシンを挙げることができる。またテトラペプチドとしては、例えば上記トリペプチドの前後にグリシル、アラニル、アルギニル、アスパラギル、リジル、セリル、ノリル又はダルタミル基などのアミノ酸残基が結合したものを挙げることができる。好ましくは、グリシルプロリルイソロイシルグリシン(配列番号1)及びプロリルイソロイシルグリシルセリン(配列番号2)である。
【0054】
ペンタペプチドには、例えば、グリシルプロリルイソロイシルグリシル(配列番号1)基の前後にセリル基又はトレオニル基などのアミノ酸残基が結合したものを挙げることができる。グリシルプロリルイソロイシルグリシルセリン(配列番号3)及びグリシルプロリルイソロイシルグリシルトレオニン(配列番号4)のペプチドが好ましい。
【0055】
また、へキサペプチド、へプタペプチドには、上記ペンタペプチド単位をカルボキシル基末端に有するものが挙げられる。例えば、アラニルダリシルプロリルイソロイシルグリシルセリン(配列表番号5)、セリルグリシルプロリルイソロイシルグリシルセリン(配列番号6)などが好ましい。
【0056】
本開示のオリゴペプチドは、遊離形のものであってもよく、その塩であってもよい。この塩は、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩などである。
【0057】
本開示のオリゴペプチドは、ポリペプチド合成の際にペプチド結合を形成する場合に慣用されている方法、例えば縮合剤法、活性エステル法、アジド法、混合酸無水物法などにより(α-アミノ基を保護した原料アミノ酸とカルボキシル基を保護したアミノ酸とを反応させてペプチドを形成したのち、保護基を脱離する工程を繰り返すことによって製造することができる。
【0058】
この縮合剤法は、最も一般的なペプチド結合の形成方法である。この方法で使用される縮合剤は、例えばジシクロへキシルカルボジイミド(DCC)、ジイソプロピルカルボジイミド(DIPC)、N-エチル-N’-3-ジメチルアミノプロピルカルボジイミド(WSCI)及びその塩酸塩(WSCI・HCl)、ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ-トリスジメチルアミノホスホニウムへキサフルオロホスフェート(BOP)、ジフェニルホスホリルジアジド(DPPA)などを単独で、或いは、N-ヒドロキシスクシンイミド(HONSu)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)、又は3-ヒドロキシ-4-オキソ-3,4-ジヒドロ-1,2,3-ベンゾトリアジン(HOObt)と組み合わせて用いる。
【0059】
活性エステル法における活性エステルには、例えばp-ニトロフェニルエステル(ONp)、N-ヒドロキシスクシンイミドエステル(ONSu)、ペンタフルオロフェニルエステル(OPfp)などを挙げることができる。
【0060】
また、アジド法は、アミノ酸又はペプチドに無水ヒドラジンを反応させて対応するヒドラジドを形成させる方法である。この方法は、ラセミ化の少ないセグメント縮合法として知られている。
【0061】
更に、混合酸無水物法は、イソブチルオキシカルボニルクロリド、塩化ジエチルアセチル、塩化トリメチルアセチルなどを用いてアミノ酸のカルボキシル基の混合無水物を形成させる方法である。この方法は、低温においてカルボキシル基を強力に活性化できるという利点を有する。
【0062】
一態様では、アミノ酸は、酸処理、加水分解、接触還元などの脱保護により容易に脱離する保護基を用いて保護する。一実施形態では、α-アミノ基の保護基は、ベンジルオキシカルボニル基、tert-ブトキシカルボニル基、9-フルオレニルメトキシカルボニル基、3-ニトロ-2-ピリジンスルフェニル基、メトキシベンジルオキシカルボニル基などである。一実施形態では、カルボキシル基の保護基は、メチル又はエチルエステル、ベンジルエステル、tert-ブチルエステル、フェナシルエステルなどである。
【0063】
また、側鎖にヒドロキシル基をもつα-アミノ酸の場合は、このヒドロキシル基を保護する必要がある。一実施形態では、この保護基は、ベンジル基又はtert-ブチル基である。ベンジル基は、白金黒触媒による接触還元や強酸処理により容易に脱離することができる。tert-ブチル基は弱酸処理により容易に脱離することができる。
【0064】
上述のようなα-アミノ酸エステル、アミノ基又はヒドロキシル基が保護されたアミノ酸は、市販品として容易に入手可能である。
【0065】
本開示のオリゴペプチドの製造方法は、原料であるアミノ酸又はその誘導体を溶媒中に均一に溶解して、これらを反応させる液相法であってよい。或いは、原料のアミノ酸又はその誘導体を不溶性の樹脂上で縮合させ、ペプチド鎖を伸長させる固相法であってもよい。一実施形態では、本開示のオリゴペプチドは自動固相合成装置により製造すること好ましい。この方法は、所望のオリゴペプチドを短時間且つ高純度で製造できる。
【0066】
本開示の組成物で使用するオリゴペプチド又はその塩は、ラセミ体として得られる。このようなラセミ体はそのまま使用することもできるが、所望であれば、慣用の方法により光学分割して光学活性体として得ることもできる。光学分割法には、ラセミ体のアミノ酸と適切な光学活性物質からジアステレオマーを形成させ、これを分別結晶する方法、酵素を用いる方法又はキラルな担体を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いる方法などが含まれる。
【0067】
本開示のオリゴペプチドは、水又はアルコール類に可溶である。本開示のオリゴペプチドは、質量分析、赤外吸収スペクトル又は高速液体クロマトグラフィーなどの慣用手段により同定することができる。
【0068】
本開示のオリゴペプチドは、上皮細胞を直接的に増殖促進させる作用を有することに加えて、表皮細胞を直接的に増殖促進させる作用も有する。即ち、本開示のオリゴペプチドは、培養皮膚移植、皮膚潰瘍、皮膚欠損創などの治療に有用である。
【0069】
本開示のオリゴペプチドは、本開示の組成物に0.0001~10質量%の濃度で含まれうる。
【0070】
(II)組成物の利用
本開示の組成物は各種用途を有する。一実施形態では、被覆剤、各種細胞の増殖、生体組織の保存などに利用することができる。本開示の組成物の利用の具体例を以下に説明する。本開示は以下の利用に限定されない。
【0071】
(a)被覆剤
本開示の組成物は、各種基材上を覆う被覆剤として利用することができる。例えば、本開示の組成物を含む被覆剤が提供されうる。一実施形態では、本開示の組成物は、液体状態(ゾル状態)で被覆剤として提供されうる。このような被覆剤は、スプレー剤、塗布剤、浸漬剤などの形態で提供されうる。スプレー剤の場合、被覆剤は本開示の組成物を適切な噴射剤及び/又は溶剤と混合し、噴霧器に充填することで得ることができる。塗布剤及び浸漬剤の場合、本開示の組成物を適切な溶剤に溶解(但し、ゾル-ゲル転移をする範囲である)すればよい。これらの剤型の被覆剤は、慣用の手順で患部に塗布することができる。
【0072】
一実施形態では、本開示の組成物は、やけど、創傷などを覆う被覆剤として利用することができる。例えば、本開示の組成物は絆創膏、包帯のような慣用の被覆材料の代わりとして利用することができる。本開示の組成物は、やけど、創傷などの部分(以下患部ともいう)に塗布した際、患部(例えばヒト皮膚表面)の温度により、液体状態(ゾル状態)から固体状態(ゲル状態)に転移し、患部を容易に保護することができる。例えば、
図1~3に示したように、本開示で使用する高分子化合物は、ヒトの体温、又は、やけど、創傷などにより温度が高くなった患部の温度でゾル状態からゲル状態へ転移することができる。このため、この高分子化合物を含有する本開示の組成物も同様にヒトの体温又は患部の温度でゾル状態からゲル状態へ迅速に変化することができる。例えば、やけど、創傷などにおいて、本開示の組成物で患部を迅速に被覆することは、患部を空気中の酸素から迅速に遮断し、やけど、創傷などの治癒及び皮膚再生を促進できる。
【0073】
例えば、上記高分子化合物及び上皮系細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含む本開示の組成物を用いて、やけどなどの患部を本開示の組成物で覆う、本開示の一実施形態では、本開示の組成物及び被覆剤は、ケロイド等の線維芽細胞の増殖を防止し、且つ患部の上皮細胞増殖効果(表皮の再生)により患部の再生効果を高めることができる。この実施形態では、オリゴペプチドは上皮細胞に対して選択的に増殖作用を示すので、これを含む組成物の被覆剤は他の細胞を増殖するおそれが低減される。このように、本開示の組成物を含む被覆剤は極めて有用である。
【0074】
理論に拘束されるものではないが、この効果は以下の理由によるものと考えられる。線維芽細胞の増殖には、足場が必要となるが、本開示の高分子化合物は、この足場となるために必要な空間よりも広い空間を有する。このため、線維芽細胞は本開示の組成物及び患部で増殖できないと考えられる。また、やけど、創傷などを覆う被覆剤としては、本開示の被覆剤は、転移温度よりも低い温度で可逆的に液体状態に変化するため、水洗などの簡便でやけど、創傷などの患部に負荷のかからない方法で被覆剤を除去することができる。
【0075】
この実施形態の被覆剤では、やけど、創傷などの治癒を促進させる活性物質を更に含んでいてもよい。このような活性物質には、細胞増殖・分化因子、細胞接着因子等が包まれる。
【0076】
細胞増殖・分化因子としては、血小板由来成長因子(PDGF)、上皮成長因子(EGF)、インターロイキン群などが挙げられる。これらの細胞増殖・分化因子は、本開示の組成物の高分子100部に対して、10-7~10-3部、好ましくは10-6~10-4部程度用いることが好ましい。
【0077】
細胞接着因子としては、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスやゼラチンなどがあげられる。これらの細胞接着因子は、本開示の組成物の高分子100部に対して、0.01~50部、好ましくは0.1~10部程度用いることができる。
【0078】
本開示の被覆剤が上記のような細胞増殖性の活性物質を含有することで、やけど、創傷などの患部の治癒を促進することができ、やけど、創傷などの治癒を早めることができる。
【0079】
本開示の被覆剤の塗布頻度は特に限定されないが、例えば、患部に1日1~5回程度塗布することができる。
【0080】
(b)細胞増殖用基材、組織又は組織片(例えば移植用臓器)の保存又は運搬時の基材
本開示の組成物は、細胞増殖用基材、組織又は組織片(例えば移植用臓器)の保存又は運搬時の基材などに利用することができる。例えば、細胞増殖用基材としては、iPS細胞、ES細胞などの細胞系の三次元培養基材が挙げられる。
【0081】
本開示の組成物を用いた培養基材の好ましい一例を以下に記載する。
【0082】
まず、本開示の組成物を、細胞増殖に必要な所望の培地中に組成物のゾル-ゲル転移温度よりも低い温度で均一に溶解する。この時に適宜、細胞増殖に必要な活性物質も同時に溶解することも可能である。
【0083】
次に、本開示の組成物を含む培地溶液中に所望の細胞を混合分散させる。続いて、この混合物の温度を上記ゾル-ゲル転移温度より高く上げることによって、該混合物を速やかに且つ容易にゲル化させることが可能である。
【0084】
増殖させたい細胞を含有する培養基材を成型する方法には、例えば以下の方法がある。これらの成型方法は例示であり、本開示はこれらの方法に限定されない。
【0085】
細胞を含有する培養基材を粒子状に成型する方法は、例えば以下の方法がある。
(1)ゾル-ゲル転移温度よりも低い温度で該細胞及び/又は細胞塊を混合分散した本開示の組成物の培地溶液を、マイクロディスペンサーなどを用いて、ゾル-ゲル転移温度より高い温度に加温された培地中に滴下しゲル化させる方法;又は
(2)該細胞及び/又は細胞塊が混合分散された本開示の組成物の培地溶液をゾル-ゲル転移温度よりも低い温度で多量の流動パラフィン中に添加して、攪拌下に懸濁した後に、該懸濁液の温度をゾル-ゲル転移温度より高くすることによって該懸濁粒子をゲル化させ、次に該ゲル粒子懸濁液にゾル-ゲル転移温度より高く加温された培地を添加して遠心分離する方法。
【0086】
上記(2)の方法においては、遠心分離により、上層に流動パラフィン層が、下層に上記ゲル粒子の培地懸濁液層が分離され、容易に流動パラフィンから該細胞及び/又は細胞塊含有ゲル粒子を分離することが可能である。
【0087】
細胞を含有する培養基材をファイバー状に調製するには、マイクロディスペンサーなどから連続的に、本開示の組成物の培地溶液をそのゾル-ゲル転移温度より高く加温された培地中に押し出せばよい。
【0088】
細胞を含有する培養基材をフィルム又はシート状に調製するには、本開示の組成物の培地溶液をそのゾル-ゲル転移温度より高く加温された平面状の支持体上に流布して、ゲル化させればよい。
【0089】
ここで、本開示の培養基材中で培養された細胞及び/又は細胞塊を回収又は継代するためには、該基材中から細胞を分離する必要がある。この分離方法として最も簡便で容易な方法は、まず、培養基材のゾル-ゲル転移温度(本開示の組成物のゾル-ゲル転移温度)より低い温度に培養基材の温度を下げて培養基材をゾル状態にし、該細胞及び/又は細胞塊の懸濁溶液を作ることである。この方法は、培養された細胞及び/又は癌細胞塊を培養基材から損傷なく分離できるという利点を有する。
【0090】
本開示の一実施形態では、組織又は組織片の保存又は運搬時の基材としては、臓器移植用又は皮膚移植用に摘出した臓器又は移植片などを所定容器に入れて運搬する際、その容器と組織又は移植片との間を埋める基材を挙げることができる。
【0091】
このような保存又は運搬用の基材は、本開示の組成物を所定温度以下に冷却し、ゾル状態で所望の組織又は組織片を収容した容器に注ぐことで調製できる。また、基材から組織又は組織片を回収するには、基材のゾル-ゲル転移温度(本開示の組成物のゾル-ゲル転移温度)より低い温度に保存又は運搬用基材の温度を下げて該基材をゾル状態にして、冷却した精製水などで洗い流せばよい。
【0092】
本開示は、上記組成物又はこの組成物を含む被覆剤を用いたやけど又は創傷を含む患部を治療する方法を包含する。この方法は、
ステップa) (A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチド
を含む組成物、又はこの組成物を含む被覆剤を、やけど又は創傷を含む患部に適用する工程であって、前記組成物又は前記被覆剤が患部上でゾル-ゲル転移を起こしてゾル状態に変化し、患部を被覆する工程を含む。
【0093】
ステップa)の一実施形態では、本開示の組成物又は前記組成物を含む被覆剤を、液体状態(ゾル状態)でやけど又は創傷上に塗布する。本開示のやけど又は創傷を治療する方法では、本開示の組成物はそれ自身を患部に適用することができ、又は、本開示の組成物を含む被覆剤として患部に適用することもできる。被覆剤は、上記被覆剤の項で説明したものを使用することができる。使用する本開示の組成物及び被覆剤は、スプレー剤、塗布剤、浸漬剤などの形態で提供されうる。スプレー剤の場合、本開示の組成物を適切な噴射剤及び/又は溶剤と混合し、噴霧器に充填することで得ることができる。塗布剤及び浸漬剤の場合には、本開示の組成物を適切な溶剤に溶解(但し、ゾル-ゲル転移をする範囲である)すればよい。これらの剤型の本開示の組成物は、噴霧、ブレードによる塗布、本開示の組成物を含む溶液への浸漬などの慣用の手順で患部に塗布することができる。本開示の組成物を含む被覆剤を使用する場合も、上記と同様に適用することができる。
【0094】
一実施形態では、本開示のやけど又は創傷を治療する方法において、本開示の組成物又は被覆剤は絆創膏、包帯のような慣用の被覆材料の代わりとして利用することができる。本開示のやけど又は創傷を治療する方法においては、やけど及び創傷の部分(患部)に塗布した際、患部(例えばヒト皮膚表面)の温度により、液体状態(ゾル状態)から固体状態(ゲル状態)に転移し、患部を容易に保護することができる。例えば、
図1~3に示したように、本開示の治療方法で使用する高分子化合物は、ヒトの体温でゾル状態からゲル状態へ転移することができる。このため、この高分子化合物を含有する本開示の組成物も同様に患部でゾル状態からゲル状態へ迅速に変化することができる。例えば、やけどにおいて、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤で患部を迅速に被覆することは、患部を空気中の酸素から迅速に遮断し、やけどの治癒及び皮膚再生を促進することになる。
【0095】
一実施形態の本開示の組成物(例えば、上記高分子化合物及び上皮系細胞増殖作用を有するオリゴペプチドを含むもの)又はこれを含む被覆剤を用いたやけど又は創傷を治療する方法では、やけど又は創傷などの患部を、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤で覆うことにより、ケロイド等の線維芽細胞の増殖を防止し、且つ患部の上皮細胞増殖効果(表皮の再生)により患部の再生効果を高めることができる。この実施形態では、オリゴペプチドは上皮細胞に対して選択的に増殖作用を示すので、これを含む組成物又はこれを含む被覆剤を用いた本開示の治療方法は他の細胞を増殖するおそれがなく有利である。
【0096】
本開示の治療方法で使用される本開示の組成物は、任意選択的に、活性物質を含有してもよい。本開示において、「活性物質」は上記組成物の必須成分(A)及び(B)の以外の、生理活性物質をいう。一実施形態では、本開示における活性物質は殺菌剤などである。殺菌剤の例には、例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化セチルピリジニウム、アルコール類(エタノール、イソプロパノールなど)などを挙げることができるが、これらに限定されない。一実施形態では、活性物質は、例えば、グリチルリチン酸、イソプロピルメチルフェノール、ヒノキチオール、センプリ抽出液、トウガラシチンキ、又はビタミン類(例えばビタミンA、ビタミンB、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンH、ビタミンK、ビタミンP、ビタミンU、パントテニルアルコール、カルチニン、フェルラ酸、γ-オリザノール、リポ酸、オロット酸又はそれらの誘導体)である。その他、活性物質は、ジブカイン、テトラカイン、リドカインなどの局所麻酔剤、非ステロイド性又はステロイド性抗炎症剤などの痛み緩和剤、酸化防止剤、防腐剤などの保存剤等を含むことができる。これらの活性物質は従来から公知のものを用いることができる。本開示の治療方法において、これらの活性剤が本開示の組成物に含まれることにより、治療効果をさらに促進することができる。
【0097】
上記やけど又は創傷を含む患部を治療する方法は、前記ステップa)に続いて、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤を冷却し、前記患部から前記組成物又はこれを含む被覆剤を除去する工程(ステップb))を更に含むことができる。
【0098】
一実施形態では、ステップb)は、塗布された本開示の組成物又はこれを含む被覆剤が液体状態(ゾル状態)に変化する温度まで冷却し、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤を冷却した精製水などで洗い流すことにより実施できる。
【0099】
本開示の治療方法では、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤に含まれるオリゴペプチドがステップb)の洗浄後においても患部に残留することができるので、本開示の組成物又はこれを含む被覆剤を洗い流した後のやけど又は創傷の治療においても治療効果を持続及び/又は促進できる。
【実施例0100】
(実施例)
以下に実施例により、本開示を更に具体的に説明する。本開示の範囲は特許請求の範囲により規定されるものであり、以下の実施例により限定されるものではない。
【0101】
(調製例1)
本実施例では、高分子化合物(F-127重合体)を使用した。この高分子化合物は特許第3190145号(特許文献1)又は特許第3190147(特許文献2)に記載されており、これらの文献に記載の方法に従って合成及び滅菌した。
【0102】
(F-127重合体の合成)
F-127重合体は、上記特許文献に従って、ポリプロピレンオキシドとポリエチレンオキシドとのブロック共重合体であるプルロニック(登録商標)F-127(旭電化工業(株)製)ヘキサメチレンジイソシアネートを五酸化リン共存下で反応させることによって得た。
【0103】
得られたF-127重合体を、氷冷下、10wt%の濃度で蒸留水に溶解し、ゆるやかに加温してゆくと、21℃から徐々に粘度が上昇し、約27℃で固化し、ハイドロゲルとなった。このハイドロゲルを冷却すると、21℃で水溶液にもどった。この変化は、可逆的に繰り返し観測された。
【0104】
(F-127重合体滅菌法)
上記により得られたF-127重合体を、上記特許第3190145号(特許文献1)に記載の手順で滅菌した。得られたF-127重合体は完全に滅菌されていることを確認した。
【0105】
次に、本開示のオリゴペプチドを調製した。この調製は、国際公開第2005/095441号に記載の手順に従った。
【0106】
(調製例2)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型のイソロイシルグリシルセリンを得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0107】
(調製例3)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型プロリルイソロイシルグリシンを得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0108】
(調製例4)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型プロリルイソロイシルグリシルセリン(配列番号2)を得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0109】
(調製例5)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型グリシルプロリルイソロイシルグリシン(配列番号1)を得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0110】
(調製例6)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型グリシルプロリルイソロイシルグリシルセリン(配列番号3)を得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0111】
(調製例7)
上記国際公開第2005/095441号に記載の手順に従って、ラセミ型グリシルプロリルイソロイシルグリシルトレオニン(配列番号4)を得た。物性等は、当該公報と同様であった。
【0112】
(実施例1)
本開示の組成物について以下に具体的に説明する。
上記調製例1で得られた高分子化合物(F-127重合体)(15mg)と、調製例2~7で得られたオリゴペプチド(428μg)をそれぞれ150μLの水に溶解して混合した。得られた組成物は上記高分子化合物と同様のゾル-ゲル転移温度を有していた。
【0113】
(実施例2)
以下に、本開示の組成物を用いたES細胞培養用基材の例を示す。
マウス由来ES細胞を37℃の温水中で溶解し、D-MEM(和光純薬、Gibco FBS 10%含有)に懸濁した。これを、一晩4℃で冷却しながら溶解した高分子化合物(トリペプチド1μM含有)に播種し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で30分間ゲル化した。この後、培養培地を重層し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で培養した。
継代の際は、培養物を4℃に冷却し、ゾル化させて細胞を回収し、1,000rpmで1分間遠心分離した。遠心分離後、上清を除去し、培養液を加えた細胞懸濁液を、冷却溶解した高分子化合物(トリペプチド含有)に播種し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で30分間ゲル化した。ゲル化の後、培養培地を重層し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で培養した。
【0114】
本実施例において、トリペプチド含有高分子化合物で、ES細胞が培養可能であることを確認した。
【0115】
なお、一般的には、ES細胞はフィーダー細胞上で培養されるが、フィーダー細胞がなくとも培養可能である。従って、本開示の培養では、継代及び回収時に細胞の剥離及びフィーダー細胞との分離は必要ない。冷却のみでES細胞の回収が可能である。
【0116】
(実施例3)
以下に、本開示の高分子化合物及びオリゴペプチド(本開示の組成物に対応)を用いた細胞増殖の例を示す。
【0117】
試験細胞:
ヒトケラチノサイト細胞(ケーエーシー社:KER110)
【0118】
培養用基材:
本開示の高分子化合物(調製例1のTGP)及びオリゴペプチドを含む本開示の組成物。
【0119】
1.上皮細胞の培養
凍結ヒトケラチノサイト細胞(ケーエーシー社:KER110)を37℃の温水中で溶解し、Human Keratinocyte Growth Supplement(HKGS)(Thermo社:S0015)を添加したEpiLife Medium(Thermo社:MEPI500CA)に懸濁し、25cm2フラスコに播種し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で培養した。
【0120】
2.上皮細胞の継代
培養細胞は、DPBS(Thermo社:14190144)で洗浄し、トリプシン液(Thermo社:12604013)を加えて細胞を回収し、1,000rpmで3分間遠心分離した。遠心分離後、上清を除去した。細胞沈査に培養液を加えた細胞懸濁液を、25cm2フラスコに播種し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で継代培養した。
【0121】
3.培養用基材の準備及びこれへの播種
調製例3のトリペプチドを培養培地に溶解し、1μM、3μM、10μM、30μM、100μM、及び1000μMの6種類の濃度の試料を調製した。また、対照として培養培地のみを用いた。
【0122】
48well Plateに、本開示の高分子化合物(調製例1のTGP)を充填し、凍結乾燥させた。この各wellに上記6種類の濃度の試料及び対照用の培養培地をそれぞれ120μL添加し、一晩4℃で冷却しながら溶解した。
【0123】
継代操作と同様の手順で回収した細胞懸濁液を48well Plateの本開示の高分子化合物内に30μL播種し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で30分間ゲル化した。この後、6種類の濃度の上記試料及び対照の培養培地を300μL重層し、5%CO2を含む雰囲気中37℃で培養した。
【0124】
4.細胞増殖試験
培養7日後、培養上清250μL除去し、Cell Counting Kit-8(同人化学社)を60μL添加し、5%CO2を含む雰囲気中、37℃で一晩反応した。得られた反応物の上清80μLを96well Plateへ分注した。この上清を、マイクロプレートリーダーを用いて、測定波長450nmで測定し、細胞増殖について評価した。
【0125】
5.結果
1μM、3μM、10μM、30μM、100μM及び1000μMの細胞増殖率は、対照群と比較した、結果は以下の表1に示す通りであった。
【0126】
【0127】
有意差検定ダネットの多重比較検定の結果、すべての濃度において、危険率1%未満(p<0.01)が認められた。
【0128】
本出願は、以下の開示を包含する。
(a1)
(A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチド
を含む組成物。
(a2)
前記細胞増殖作用を有するオリゴペプチドが、プロリルイソロイシルグリシル単位又はイソロイシルグリシルセリン単位を含むアミノ酸3~7までの水溶性オリゴペプチド及びそれらの水溶性塩である、上記(a1)に記載の組成物。
(a3)
前記オリゴペプチドの細胞増殖作用が上皮細胞増殖作用である、上記(a1)に記載の組成物。
(a4)
前記高分子化合物は、20℃~45℃の範囲のゾル-ゲル転移温度を有する、上記(a1)に記載の組成物。
(a5)
前記組成物が、殺菌剤、局所麻酔剤、痛み緩和剤、保存剤を更に含む、上記(a1)に記載の組成物。
(a6)
上記(a1)に記載の組成物を含む被覆剤。
(a7)
上記(a1)に記載の組成物を含む細胞培養用基材。
(a8)
iPS細胞又はES細胞の三次元培養基材である、上記(a7)に記載の細胞培養用基材。
(a9)
上記(a1)に記載の組成物を含む生体組織運搬用基材。
(a10)
細胞培養における上記(a1)に記載の組成物の使用。
(a11)
前記細胞培養が、上皮細胞、がん細胞、iPS細胞又はES細胞の培養である上記(a10)に記載の使用。
(a12)
ステップa) (A)ゾル-ゲル転移温度を有し、該転移温度よりも低い温度で可逆的にゾル状態に変化する、疎水性及び親水性部分を含む高分子化合物、並びに、
(B)細胞増殖作用を有するオリゴペプチド
を含む組成物、又は当該組成物を含む被覆剤を、やけど又は創傷を含む患部に適用する工程であって、前記組成物又は前記被覆剤が患部上でゾル-ゲル転移を起こしてゾル上に変化し、患部を被覆する工程を含む、やけど又は創傷を治療する方法。
(a13)
前記ステップa)に続いて、前記組成物又は前記被覆剤を冷却し、前記患部から前記組成物又は前記被覆剤を除去する工程を更に含む、上記(a12)に記載のやけど又は創傷を含む患部を治療する方法。
(a14)
前記細胞増殖作用を有するオリゴペプチドが、プロリルイソロイシルグリシル単位又はイソロイシルグリシルセリン単位を含むアミノ酸3~7までの水溶性オリゴペプチド及びそれらの水溶性塩である、上記(a12)に記載のやけど又は創傷を治療する方法。
(a15)
前記オリゴペプチドの細胞増殖作用が上皮細胞増殖作用である、上記(a12)に記載のやけど又は創傷を治療する方法。
(a16)
前記高分子化合物は、20℃~45℃の範囲のゾル-ゲル転移温度を有する、上記(a12)に記載のやけど又は創傷を治療する方法。
(a17)
前記組成物が、殺菌剤、局所麻酔剤、痛み緩和剤、保存剤を更に含む、上記(a12)に記載のやけど又は創傷を治療する方法。