(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023130687
(43)【公開日】2023-09-21
(54)【発明の名称】対物レンズ
(51)【国際特許分類】
G02B 13/04 20060101AFI20230913BHJP
G02B 13/00 20060101ALI20230913BHJP
G11B 7/135 20120101ALI20230913BHJP
G11B 7/1374 20120101ALI20230913BHJP
【FI】
G02B13/04
G02B13/00
G11B7/135
G11B7/1374
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035127
(22)【出願日】2022-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】592163734
【氏名又は名称】京セラSOC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】弁理士法人大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田邉 貴大
【テーマコード(参考)】
2H087
5D789
【Fターム(参考)】
2H087KA26
2H087LA01
2H087NA14
2H087PA09
2H087PA17
2H087PB09
2H087QA02
2H087QA06
2H087QA17
2H087QA22
2H087QA25
2H087QA32
2H087QA41
2H087QA45
2H087UA03
2H087UA04
5D789AA01
5D789EC03
5D789JA44
5D789JB01
5D789JB02
5D789JB03
(57)【要約】
【課題】損傷しにくく、レーザーの発振波長内で色消しされており、NAが高く、視野角を通常の顕微鏡と同等に広く取る。
【解決手段】対物レンズ1は、拡大側から順に並べられた第1レンズ~第9レンズによる9枚構成とされる。第1レンズL1は負の屈折力を持つメニスカスレンズ、第2レンズL2は両凹レンズ、第3レンズL3は正の屈折力を持つメニスカスレンズ、第4レンズL4は両凸レンズ、第5レンズL5は負の屈折力を持つメニスカスレンズ、第6レンズL6は両凸レンズ、第7レンズL7は正の屈折力を持つ任意形状のレンズ、第8レンズL8は正の屈折力を持つメニスカスレンズ、第9レンズL9は正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。対物レンズ1は、接合レンズを含まず、開口数が0.75よりも大きく、かつ視野半角が2.5°以上である。第9レンズL9の厚みは対物レンズ1の焦点距離の1.5倍~3倍である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合レンズを含まず、開口数が0.75よりも大きく、かつ視野半角ωが2.5°以上である9枚構成の対物レンズであって、拡大側から順に並べられた、
拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第1レンズ、
両凹レンズからなる第2レンズ、
拡大側に凹面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第3レンズ、
両凸レンズからなる第4レンズ、
拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第5レンズ、
両凸レンズからなる第6レンズ、
正の屈折力を持つ任意形状のレンズからなる第7レンズ、
拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第8レンズ、及び、
拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第9レンズにより構成されており、
最も試料面側の前記第9レンズの厚みが当該対物レンズの焦点距離の1.5倍~3倍である対物レンズ。
【請求項2】
前記第9レンズの厚みが当該対物レンズの焦点距離の2.13倍~2.15倍である請求項1に記載の対物レンズ。
【請求項3】
前記第5レンズの分散が前記第6レンズの分散より大きい請求項1又は2に記載の対物レンズ。
【請求項4】
正の屈折力を持つ前記第3レンズ、前記第4レンズ及び、前記第6レンズ~前記第9レンズがCaF2よりなり、負の屈折力を持つ前記第1レンズ、前記第2レンズ及び前記第5レンズのうち少なくとも1枚が石英よりなる請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の対物レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対物レンズに関し、特にレーザー光源の集光用途やレーザー光源による照明下での観察用途に適した小型の対物レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種レーザーの発振波長に対して収差補正された対物レンズは、レーザー加工装置や各種検査装置などのイメージング用途に広く使われている。レーザーの波長としては、例えば、266nm、355nm、532nm等のYAGレーザーの高調波、エキシマレーザーである193.4nmや248nmないしこれらに近似した固体レーザー波長、レーザーダイオード光源の405nmなどが挙げられる。
【0003】
この種の対物レンズでは、開口数(Numerical aperture、NA)が大きく、視野が広いと同時に小型かつ低コストであることが望ましいとされる。以下に詳細な説明を加える。
【0004】
まず、NAは0.75以上であることが望ましい。これは、レンズのスポット径はNAにより決定され、NAが大きければ大きい程高い解像力が発揮できるためである。
【0005】
視野角は一般的な顕微鏡対物レンズの視野角と同等の値を確保できることが、特に観察用途には望ましい。ここで、視野半角ωは、視野直径をD、対物レンズの焦点距離をfとすると、次の式で定義される。
ω=arctan(D÷2÷f)
あるいは、像高yを用いて、次のように定義することもできる。
ω=arctan(y÷f)
【0006】
例えば、一般的な視野数である視野数が20の50倍対物レンズを考える。この場合、結像レンズの焦点距離がf=200mmであるとすれば、対物レンズの焦点距離はf=4mmである。視野数は、結像レンズ像面側のmmを単位とする視野直径であるので、対物レンズの試料面直径はD=20mm÷50=0.4mmとなる。このとき、対物レンズの視野半角は、ω=arctan(0.4mm÷2÷4mm)=2.86°となる。
【0007】
また、この種の対物レンズであっても、市販の顕微鏡と同程度の大きさであることが望ましい。具体的には、全長が100mm以下、鏡筒を含めた直径40mm以下が望ましいとされる。これは、レンズを駆動するためのピエゾステージが、安価な市販用のステージを利用できるためである。
【0008】
コストについていえば、この種の対物レンズであっても非球面や回折光学素子を含まないことが望ましい。すなわち、対物レンズを構成する各要素は、従来から知られている通常の球面レンズから構成されることが望ましい。これは、非球面や回折光学素子といった特殊な光学素子は大きなコストアップ要因となるうえ、球面レンズには無い誤差要因になるためである。
【0009】
また、当然ながら、レーザーの波長域内での色消しを実現しつつレンズ枚数は極力少ないことが望ましい。これは、コスト面からの要求もさることながら、レンズ枚数を低減することで、レンズ面で発生するフレアやゴーストの悪影響を除くためである。
【0010】
したがって、単一波長のレーザー光源の集光用途やレーザー光源による照明下での観察用途に特化した特殊な対物レンズであっても、市販の対物レンズと同程度の大きさを実現しつつ、NAはより大きく、視野はより広く、低コストを満足させる必要がある。さらに、実用に供するためにはレーザー光源のスペクトルの範囲(数pm~数100pm)の範囲内で色消しがなされている必要があると同時に、枚数は極力少ないことが望ましい。
【0011】
ここで、従来の対物レンズとして、非特許文献1や特許文献1~10に開示されたものが公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平6-242381号公報
【特許文献2】特開平11-30754号公報
【特許文献3】特開2002-182116号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2004/0070846号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2006/0087725号明細書
【特許文献6】特開2000-155267号公報
【特許文献7】特開2004-212920号公報
【特許文献8】特開2004-118072号公報
【特許文献9】特開2010-55006号公報
【特許文献10】米国特許第6,952,256号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J. Webb et al., "Optical Design Forms for DUV&VUV Microlithographic Processes", Optical Microlithography XIV, Proceedings of SPIE Vol. 4346 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、従来の対物レンズでは、上記の要求を同時に満足するものは知られていない。以下、従来の対物レンズの課題を順に説明する。
【0015】
非特許文献1では、各種の紫外レーザーに適した対物レンズの具体例が述べられている。しかしながら、これらはいずれも上記した本発明の用途の対物レンズには適さない。例えば、非特許文献1の
図1においてNA0.6、使用波長248.4nmの対物レンズの設計例が示されているが、NAは0.6と小さく、全長(track length)は315mmと極めて長い。
【0016】
特許文献1では、対物レンズを構成する単レンズを共通として間隔を変えることで、各種のレーザー波長に対応する例が開示されている。ここで開示された例は小型の対物レンズではあるが、特許文献1の段落[0006]、[0013]に記されたように、視野が狭い場合にのみ成り立つ構成である。具体的な画角を計算すると、f=2.5mmに対し、像高がy=0.05mmなので、視野半角はω=arctan(0.05÷2.5)=1.14°となり、通常の顕微鏡対物レンズの視野半角の半分以下である。また、特許文献1の段落[0011]の表に示されるように、設計基準状態を除きNAはそれほど大きな値を取ることができない。したがって、上記した本発明の用途には適さない。
【0017】
特許文献2では、対物レンズを最も試料側のレンズとそれ以外のレンズ群に分けて構成することで、最も試料側のレンズを光軸方向に移動させることで、種々の深さの観察面を収差不変に保ったまま観察する方法が開示されている。ここで、特許文献2の段落[0014]によると、対物レンズの焦点距離はf=8mmであり、NAは0.8である。しかしながら、この構成では後述するように視野を広く取ることができない。特許文献2の実施例の収差図(
図2及び
図3)によると、視野半角は高々ω=1.076°である。すなわち、通常の顕微鏡の視野に比べて視野は半分以下であるため、上記した本発明の用途には適さない。
【0018】
特許文献3及び特許文献4においては非球面あるいは回折光学素子を使った例が開示されている。しかしながら、本発明で想定する用途では、極力低いコストで対物レンズを構成するためにすべて球面よりなる対物レンズが最適である。したがって、これらの文献で開示された例は上記した本発明の用途には適さない。
【0019】
特許文献5においては、波長157nmにおける屈折型対物レンズや反射屈折型対物レンズの種々の例が開示されている。これらは液浸も含めて、NA1.3、1.1、0.9などの例を含むが、視野は極めて狭く(段落[0031]参照)、色消し範囲も極めて狭く(段落[0023])、上記した本発明の用途には適さない。
【0020】
特許文献6、特許文献7、特許文献8、特許文献9及び特許文献10においても、各種紫外レーザー光源用の対物レンズが例示されているが、これらのいずれも、対物レンズの大きさが市販顕微鏡対物に比べて極めて大きい。そのため、これらのいずれも市販のピエゾステージには搭載できず、さらには非常に高コストである。したがってこれらは上記した本発明の用途には適さない。
【0021】
ここまで見てきたように、レーザー加工装置や各種検査装置において、安価かつ高性能な対物レンズはこれまで存在しなかった。そのことにより、本来は紫外レーザー用途ではない市販の対物レンズにより装置を構成することが行われてきた。その結果、十分な加工精度が得られなかったり、高画質の画像が取得できなかったり、強いレーザー光源により対物レンズが損傷したりするなどの問題があった。
【0022】
本発明は、以上の背景に鑑み、損傷しにくく、レーザーの発振波長内で色消しされており、NAが高く、視野角を通常の顕微鏡と同等に広く取ることができる小型の対物レンズの構成を確立することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、接合レンズを含まず、開口数が0.75よりも大きく、かつ視野半角が2.5°以上である9枚構成の対物レンズであって、拡大側から順に並べられた、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第1レンズ(L1)、両凹レンズからなる第2レンズ(L2)、拡大側に凹面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第3レンズ(L3)、両凸レンズからなる第4レンズ(L4)、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第5レンズ(L5)、両凸レンズからなる第6レンズ(L6)、正の屈折力を持つ任意形状のレンズからなる第7レンズ(L7)、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第8レンズ(L8)、及び、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる第9レンズ(L9)により構成されており、最も試料面側の前記第9レンズの厚みが当該対物レンズの焦点距離の1.5倍~3倍であること特徴とする。
【0024】
この態様によれば、損傷しにくく、レーザーの発振波長内で色消しされており、NAが高く、具体的には0.75以上で視野角を通常の顕微鏡と同等に広く取ることができる小型の対物レンズが構成される。
【0025】
上記の態様において、前記第9レンズの厚みが当該対物レンズの焦点距離の2.13倍~2.15倍であるとよい。また、上記の態様において、前記第5レンズの分散が前記第6レンズの分散より大きいとよい。これは、凹レンズである第5レンズと凸レンズである第6レンズの組み合わせにより全体の色収差が低減できるためである。また、上記の態様において、正の屈折力を持つ前記第3レンズ、前記第4レンズ及び、前記第6レンズ~前記第9レンズがCaF2(フッ化カルシウム、蛍石)よりなり、負の屈折力を持つ前記第1レンズ、前記第2レンズ及び前記第5レンズのうち少なくとも1枚が石英よりなるとよい。これも、凹レンズを高分散、凸レンズを低分散材料で構成することにより、全体の色収差低減に役立つためである。
【発明の効果】
【0026】
以上の態様によれば、損傷しにくく、レーザーの発振波長内で色消しされており、NAが高く、視野角を通常の顕微鏡と同等に広く取ることができる小型の対物レンズの構成を確立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図2】厚い平行平板による屈折に起因する収差の説明図
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
【0029】
図1は、実施形態に係る対物レンズ1の光路図である。
図1に示すように、対物レンズ1は、拡大側から順に並べられた第1レンズL1~第9レンズL9による9枚構成とされている。第1レンズL1は、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。第2レンズL2は、両凹レンズからなる。第3レンズL3は、拡大側に凹面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。第4レンズL4は、両凸レンズからなる。第5レンズL5は、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。第6レンズL6は、両凸レンズからなる。第7レンズL7は、正の屈折力を持つ任意形状のレンズからなる。図示例では、第7レンズL7は、拡大側に凸面を向けたメニスカスレンズからなる。第8レンズL8は、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。第9レンズL9は、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズからなる。
【0030】
この構成により本実施形態では、少ない枚数により高NA(高開口数)と広い視野、レーザー波長幅での色消しを実現するという目的が、最適なレンズ配置により全長や外径を大きくすることなく実現された。また、対物レンズ1はレンズ同士を樹脂で接合した接合レンズを備えておらず、それゆえ、レーザー光源が強くても対物レンズ1は損傷しにくい。
【0031】
まず、最も拡大側より、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ(第1レンズL1)と両凹レンズ(第2レンズL2)よりなる負のレンズ群の作用により広い視野が達成できる。
【0032】
対物レンズ1の視野は、対物レンズ1自体の像面彎曲により決定され、その量はペッツバール和で決まる。ペッツバール和は光学系を構成する各レンズのパワーを屈折率で除した値の和として定義されるため、全体として正の屈折力を持つ対物レンズ1のペッツバール和は必然的に正の値となる。したがって、対物レンズ1のペッツバール和をゼロに近づけるためには、強い負の屈折力を持つ群が必要である。
【0033】
第1レンズL1及び第2レンズL2を構成するこれらの2枚のレンズは、強い負の屈折力を持つことにより、全体のペッツバール和を減少させる役割を果たす。さらに、本発明に特徴的なこれら2枚のレンズの形状は、軸上マージナル光線に対して球面収差が最小になる形に近いため、球面収差の発生が極力抑制される。すなわち、これら以外の形状によりレンズを構成すると、補正過剰な球面収差が発生し、全体の球面収差を良好に保つことができない。この構成を持たない従来の対物レンズ(例えば、特許文献1や特許文献2、非特許文献1の
図1)では、ペッツバール和を小さくすることができず、それゆえ像面彎曲が大きいため視野角を広く取ることができない。
【0034】
次に続く2枚の拡大側に凹面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズ(第3レンズL3)と両凸レンズ(第4レンズL4)の作用によりNAを大きくすることができる。これら2枚のレンズは発散光束に対して球面収差最小形に近いという特徴を持っている。したがって、これら2枚のレンズにより、新たに発生する収差を抑えながら発散光束の幅を広げることができる。この構成を持たない従来の対物レンズ(例えば、非特許文献1の
図1)は、大きなNAに対して球面収差を補正することができず、NAを大きく取ることができない。
【0035】
さらに、次に続く拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ(第5レンズL5)と両凸レンズ(第6レンズL6)の作用により球面収差を補正し、NAをさらに大きくすることができる。これら2枚のレンズは、いわゆる分離ダブレットの形状をしており、球面収差を積極的に補正する。この構成を持たない従来の対物レンズ(例えば、非特許文献1の
図1)は球面収差を十分に補正することができず、NAを大きく取ることができない。
【0036】
また、これら2枚のレンズ(第5レンズL5及び第6レンズL6)を構成する硝材の分散が異なることにより、色収差がさらに良好に補正される。例えば、可視から355nmまでの波長領域では、通常の光学ガラスが選択可能であり、凹レンズにフリントガラス、凸レンズにクラウンガラスを選択すればよい。また、波長が355nmより短い領域では、凹レンズに合成石英、凸レンズにCaF2が選択可能である。
【0037】
最後に、正の屈折力を持つ任意形状のレンズ(第7レンズL7)、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズ(第8レンズL8)、拡大側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカスレンズ(第9レンズL9)の作用について説明する。これら3枚のレンズにより、一旦広げられた軸上光束を、収差を大きく発生させることなく、高いNAで集光することができる。
【0038】
ここで、本発明のもう1つの特徴である、「最も試料面側の第9レンズL9の厚みがレンズ全体の焦点距離の1.5倍~3倍であること」の作用について補足する。試料面側、すなわち縮小側あるいは集光側に配置された厚いレンズは、球面収差の補正に役立つとともに、色収差の補正にも役立つ。
【0039】
厚いレンズを平行平板になぞらえ、
図2に示すように、集光角U
0の集光光束に厚みがt、屈折率がnの平行平板が挿入されている状態を理論的に考える。
【0040】
屈折の法則と平面幾何により、平行平板による像点移動Δxは以下の式で表される。
【数1】
【0041】
これを、NA=sinU
0によりテイラー展開し、二次項まで取ると、以下の近似式が得られる。
【数2】
【0042】
式(2)の第1項は、平行平板による像点移動を示す。第1項は分母に屈折率nを含むことから、波長毎の屈折率の変化を考えると軸上色収差を意味する。使用波長内の2つの屈折率n
1>n
2を考え、その差Δx
cを考えると、次の式が得られる。
【数3】
【0043】
2つの屈折率n1>n2に対し、Δxcは正なので、これは補正過剰な軸上色収差を示している。通常のレンズは補正不足なので、厚い平行平板による補正過剰な軸上色収差と打ち消し合い、軸上色収差が全体として小さくできることを示している。
【0044】
式(2)の第2項は、NAが大きくなるにつれて大きくなる正の値を示す。つまり、第2項は補正過剰な球面収差量を示している。通常のレンズは補正不足なので、厚い平行平板による補正過剰な球面収差と打ち消し合い、球面収差が全体として小さくできることを示している。さらに、厚いメニスカスレンズはペッツバール和を小さくする効果がある。
【0045】
これらの効果はメニスカスレンズに相当する平行平板が厚ければ厚い程有利であるが、平行平板が厚すぎると対物レンズ1の作動距離を短縮する作用があるため、実用上不利である。したがって、平行平板の厚みにはおのずと最適な範囲が存在する。ここで、第9レンズの厚みは、少なくともレンズ全体の焦点距離の1.5倍~3倍の範囲にあることが望ましい。第9レンズの厚みが下限である焦点距離の1.5倍を下回ると、球面収差及び色収差が補正不足となるためである。また、第9レンズの厚みが上限の3倍を上回ると、球面収差が補正過剰になってしまうと同時に、作動距離に対して不利になるためである。さらに、検討の結果、最も試料面側の第9レンズL9の厚みがレンズ全体の焦点距離の約2.14倍(2.13倍~2.15倍、好ましくは2.135倍~2.14倍)であることがより望ましいことが分かった。
【0046】
以上により、少ない枚数で、球面のみから構成され、小型かつ高性能を達成するためには、
図1に示した構成が必須である。そのことについて本条件を満たしていない引用例を用いて説明する。
【0047】
例えば、非特許文献1の
図1では、最も拡大側に配置された第1レンズL1及び第2レンズL2に相当する「拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズと両凹レンズ」が存在しない。また、第5レンズL5及び第6レンズL6に相当する「拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ及び両凸レンズ」が存在しない。その結果、本引用例ではNAが0.65と小さく、全長も非常に長い。
【0048】
特許文献2では、最も拡大側に配置された第1レンズL1及び第2レンズL2に相当する「拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズと両凹レンズ」が存在しないため、像面彎曲が補正できておらず、したがって視野角が狭い。
【0049】
特許文献3及び特許文献4においては繰り返しになるが、非球面あるいは回折光学素子を使った、本発明とは異なる構成の対物レンズが開示されている。しかしながら、これらの従来の対物レンズの構成は、本発明の意図する極力低いコストで対物レンズ1を構成する目的に反している。
【0050】
特許文献5においても繰り返しになるが、波長157nmにおける屈折型対物レンズや反射屈折型対物レンズの種々の例が開示されている。これらの従来の対物レンズは本発明の構成とは異なっており、その結果、視野は極めて狭く(段落[0031]参照)、色消し範囲も極めて狭く(段落[0023])、上記した本発明の用途には適さない。
【0051】
特許文献6においては、最も拡大側に配置された第1レンズL1及び第2レンズL2に相当する「拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ及び両凹レンズ」の形状が異なっている。また、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ(第5レンズL5)及び両凸レンズ(第6レンズL6)が存在しない。さらに、最も縮小側の凸メニスカスレンズの厚みも焦点距離の1倍程度と薄い。その結果、球面収差を補正するために、本願明細書により開示された構成より多くのレンズが必要となり、全長を短くすることができない。また、色収差も補正されていない。
【0052】
特許文献7においても特許文献6と同様、最も縮小側のレンズの厚みがほぼ焦点距離に等しいため、レンズの厚みを積極的に色収差補正に使っておらず、凹レンズと凸レンズを多数組み合わせることにより球面収差と色収差の補正を行っている。このような構成では凹レンズと凸レンズの組み合わせはペッツバール和を悪化させるため、像面彎曲の補正が困難であり、視野を広く取ることができない。これは特許文献8及び特許文献9においても同様であり、これらの従来の対物レンズは広い視野と高いNAを両立するために多くのレンズ枚数と長大なレンズ長が必要になる。
【0053】
特許文献10においては、拡大側に凸面を向けた負の屈折力を持つメニスカスレンズ(L5)、両凸レンズ(L6)の組み合わせと、最も縮小側の厚いメニスカスレンズが存在しない。したがって、球面収差の補正が困難となり、また、ペッツバール和の補正も困難であり、いずれかを犠牲にする必要があった。その結果、広い視野を確保するために、長い焦点距離と全長が必要となった。
【0054】
本発明の対物レンズ1は、ペッツバール和、球面収差、色収差を最適なレンズ配置により効果的に補正するため、少ない枚数により高NAと広い視野、レーザー波長幅での色消しを実現できる。そのため、本発明の対物レンズ1は、検査装置やレーザー加工装置に最適な、安価なステージと組み合わせて、高い結像性能を持つシステムを構成できるという利点がある。
【実施例0055】
対物レンズ1の実施例1のレンズデータは表1に示す通りである。実施例1は、焦点距離はf=4mm、波長193.4±0.004nm、NA0.85、視野直径D=0.45mmの対物レンズ1である。視野半角ωは、ω=arctan(0.45÷2÷4)=3.21°である。最も試料面側の第9レンズL9の厚みは8.544mmであり、(最も試料面側のレンズの厚み)÷(レンズ系全体の焦点距離)=2.136である。第5レンズL5は石英であり、第6レンズL6はCaF2である。したがって、第5レンズL5の分散が第6レンズL6の分散より大きい材料よりなる。また、すべての正の屈折力を持つレンズ(第3レンズL3、第4レンズL4及び、第6レンズL6~第9レンズL9)がCaF2よりなる。負の屈折力を持つレンズ(第1レンズL1、第2レンズL2及び第5レンズL5)のうち少なくとも1枚が石英よりなる。
【0056】
【0057】
実施例1の対物レンズ1の縦収差図は
図3に示す通りであり、実施例1の対物レンズ1
の横収差図は
図4に示す通りである。