(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023013074
(43)【公開日】2023-01-26
(54)【発明の名称】単一分子性有機金属単結晶及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C07D 495/04 20060101AFI20230119BHJP
【FI】
C07D495/04 101
C07D495/04 CSP
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021116987
(22)【出願日】2021-07-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2020年9月11日公開 Royal Society of Chemistryが発行する学術論文誌Chemical Science、2020,Volume11,P.11699-11704 https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/sc/d0sc03521a#!divCitation DOI:10.1039/D0SC03521A
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】小林 由佳
(72)【発明者】
【氏名】松下 能孝
(72)【発明者】
【氏名】平田 和人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 恵
(72)【発明者】
【氏名】西尾 直子
【テーマコード(参考)】
4C071
【Fターム(参考)】
4C071AA01
4C071BB01
4C071CC24
4C071EE12
4C071FF22
4C071GG04
4C071JJ07
4C071LL10
(57)【要約】
【課題】 粒界抵抗の寄与を軽減し、多くの用途に適した高伝導性を発現する良質な有機金属を供給する目的で、単結晶X線構造解析が可能なサブミリメートルスケールの大きさを有する針状単結晶を育成する方法を提供する。
【解決手段】酸化・還元試薬などのドープ剤を添加することなく高伝導性を発現する有機金属分子粉末を粉砕し、前記有機金属分子粉末の重量に対して、30~400倍の高沸点有機溶媒および、5~300倍の塩基性添加剤を加えた後に0℃から50℃までの温度条件で数日から数ヶ月の期間静置し、前記TEDの茶褐色針状単結晶を得ることを特徴とする単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式で表されるいずれかの化合物(式中、R1、R2、R3、R4及びR’は同一であっても異なっていてもよい。)であることを特徴とする単一分子性有機金属単結晶。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【請求項2】
下記式で表される化合物であることを特徴とする単一分子性有機金属単結晶。
【化5】
【請求項3】
長径が50μm以上、5000μm以下であり、短径が5μm以上、500μm以下で表される針状結晶形状であることを特徴とする請求項1又は2に記載の単一分子性有機金属単結晶。
【請求項4】
粉砕された有機金属分子粉末の重量に対して、沸点が100℃から250℃までの第1の比率の高沸点有機溶媒、および第2の比率のpH 7.5以上の塩基性添加剤を加える工程と、
0℃から50℃までの温度条件で静置する工程と、
金属特性を有する針状単結晶が得られる工程を有することを特徴とする単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項5】
前記有機金属分子粉末は、酸化剤又は還元剤を含むドープ剤を用いることなく高伝導性を発現することを特徴とする請求項4に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項6】
さらに、長軸が100μm以上に成長した前記単結晶を濾過し、試料重量の2倍以上100倍以下の水にて洗浄した後に乾燥して最終生成物を得ることを特徴とする請求項4に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項7】
前記有機金属分子は、縮環テトラチアフルバレン骨格上または縮環テトラセレナフルバレン骨格上のラジカルカチオンをプロトン欠陥によって電気的に中性化することにより、化学的に安定化した分子である請求項4に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項8】
前記有機金属分子は、縮環テトラチアフルバレンジカルボン酸(tetrathiafulvalene-extended dicarboxylate)または、そのセレン置換体である縮環テトラセレナフルバレンジカルボン酸である請求項7に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項9】
前記縮環テトラチアフルバレンジカルボン酸、又は縮環テトラセレナフルバレンジカルボン酸は、次の化学式に従って合成された
【化6】
請求項8に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項10】
前記高沸点有機溶媒は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)の少なくとも何れか1種類を含む請求項4乃至9の何れか1項に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項11】
前記有機金属分子粉末の重量に対する、前記高沸点有機溶媒の第1の比率は、30倍以上、400倍以下である請求項10に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項12】
前記塩基性添加剤は、ヒドロキシルアミン水溶液、アンモニア水溶液、ジメチルアミン水溶液の少なくとも何れか1種類を含む請求項4乃至11の何れか1項に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【請求項13】
前記有機金属分子粉末の重量に対する、前記塩基性添加剤の第2の比率は5倍以上300倍以下である請求項12に記載の単一分子性有機金属単結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タッチパネルなど、高伝導性と透明性の両立が必要とされるような用途に好適な単一分子性有機金属単結晶及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機物は元来、絶縁性であるが、酸化、還元試薬などのドープ剤を用いることにより伝導性を付与することが可能であることが知られている。しかしながら、ドープ剤の混入が化合物の安定性低下の原因となり、また、ドープ剤そのものが製品の他の部分に悪影響を及ぼすことが知られており、有機電子材料の応用可能性を著しく低下させている。
一方で、単一分子性有機金属(例えば、特許文献1、2参照)は、その分子構造の優位性により、酸化・還元試薬などのドープ剤の添加をすることなく高い伝導性が得られる特徴がある。もしこれが応用用途に適した薄膜化が可能となれば、透明電極を始めとする多くの電子機器において、その波及効果は極めて大きい。
【0003】
そこで、単一分子性有機金属について、X線構造解析が可能な程度の大きな結晶粒径の単結晶が得られれば、X線構造解析を用いることで、材料探索が好適に進む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5943285号公報
【特許文献2】特許第6145660号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nature Mat. 2017, 16, 109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の製造方法では、放射光を用いても単結晶構造解析が可能な程度の大きさの単結晶、例えば長軸がサブミリメートルスケール程度の結晶が得られず、X線単結晶構造解析が出来ないため、物性解析が進まないという課題があった。
また、単一分子性有機金属であっても、微細な多結晶な物質状の粉体では、粒界抵抗が大きいため、高い電気伝導性を発現することが出来ないという課題があった。そこで、例えば、タッチパネルなど、高伝導性と透明性の両立が必要とされるような用途において、その性能を下げる原因であった。
【0007】
本発明は、上記の課題を解決したもので、粒界抵抗の寄与を軽減し、多くの用途に適した高伝導性を発現する良質な有機金属を供給する目的で、単結晶X線構造解析が可能なレベルのサブミリメートルスケールの大きさを有する単結晶を育成する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]本発明の単一分子性有機金属単結晶は、下記一般式で表されるいずれかの化合物(式中、R1、R2、R3、R4及びR’は同一であっても異なっていてもよい。)である。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【0009】
[2]本発明の単一分子性有機金属単結晶[1]において、好ましくは、下記式で表される化合物であるとよい。
【化5】
[3]本発明の単一分子性有機金属単結晶[1]~[2]において、好ましくは、長径が50μm以上、5000μm以下であり、短径が5μm以上、500μm以下で表される針状結晶形状であるとよい。
【0010】
[4]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法は、酸化、還元試薬などのドープ剤を用いることなく、高伝導性を発現する有機金属分子粉末を粉砕し、前記有機金属分子粉末の重量に対して、沸点が100℃から250℃までの高沸点有機溶媒および、pH 7.5以上の塩基性添加剤を加えた後に0℃から50℃までの温度条件で静置し、金属特性を有する針状単結晶を得ることを特徴とする。
好ましくは、前記金属特性を有する針状単結晶は[1]~[3]に記載の針状単結晶であるとよい。
【0011】
[5]本発明の単一分子性純有機金属単結晶の製造方法[4]において、好ましくは、前記有機金属分子粉末は、酸化剤又は還元剤を含むドープ剤を用いることなく高伝導性を発現するとよい。
ここで、高伝導性とは、一般的な有機半導体と有機金属の抵抗率の境界である1(Ωcm)より低い、金属並みの良伝導体としての数値を有するものをいう。
[6]本発明の単一分子性純有機金属単結晶の製造方法[4]において、好ましくは、さらに、成長した前記単結晶を濾過し、回収した単結晶の重量に対して大過剰の水にて洗浄した後に乾燥して最終生成物を得るとよい。
ここで、成長した前記単結晶は、例えば長軸が100μm以上に成長した単結晶をいい、大過剰の水は試料重量の2倍以上100倍以下の水をいう。
[7]本発明の単一分子性純有機金属単結晶の製造方法[4]において、好ましくは、前記有機金属分子は、縮環テトラチアフルバレン骨格上または縮環テトラセレナフルバレン骨格上のラジカルカチオンをプロトン欠陥によって電気的に中性化することにより、化学的に安定化した分子であるとよい。
【0012】
[8]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[7]において、好ましくは、前記有機金属分子は、縮環テトラチアフルバレンジカルボン酸(Tetrathiafulvalene-Extended Dicarboxylate、略してTED)または、そのセレン置換体である縮環テトラセレナフルバレンジカルボン酸であるとよい。
[9]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[8]において、好ましくは、前記縮環テトラチアフルバレンジカルボン酸および縮環テトラセレナフルバレンジカルボン酸は、次の化学式で示される工程により製造されるとよい。
【化6】
【0013】
[10]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[4]~[9]において、好ましくは、前記高沸点有機溶媒は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチルピロリドン(NMP)の少なくとも何れか1種類を含むとよい。
[11]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[10]において、好ましくは、前記有機金属分子粉末の重量に対する、前記高沸点有機溶媒の比率は、30倍以上、400倍以下であるとよい。
[12]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[4]~[11]において、好ましくは、前記塩基性添加剤は、ヒドロキシアミン水溶液、アンモニア水溶液、ジメチルアミン水溶液の何れか1種類を含むとよい。
[13]本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法[12]において、好ましくは、前記有機金属分子粉末の重量に対する、前記塩基性添加剤の比率は、5倍以上300倍以下であるとよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の単一分子性有機金属単結晶の製造方法によれば、単一分子性有機金属単結晶は、合成した直後は個々の粒子がナノスケール片の粉体であるが、X線構造解析が可能な単結晶長軸が数百ミクロンメートルサイズの針状単結晶が得られる。
また、多くの用途に適するサブミリメートルスケールの単結晶の電気特性は、粒界抵抗からの寄与が抵抗率に影響せず、単一分子性有機金属単結晶として最大の電気伝導性を発現する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の製造方法によって育成された有機金属(TED)針状単結晶の一例を示す写真である。
【
図2】本発明の製造方法の範囲外を示すもので、有機金属(TED)針状単結晶が得られなかった比較例を示す写真である。
【
図3A】TED単結晶構造解析で、ユニットセル構造(単位はオングストローム)を示している。括弧内の数字は最小桁の誤差値を示す。
【
図3B】TED単結晶構造解析で、b軸投影した層状構造を示している。
【
図3C】TED単結晶構造解析で、a軸投影した層状構造を示している。
【
図3D】TED単結晶構造解析で、分子間のπ軌道の配置図を示している。
【
図4】金電極を用いた4端子法によるTED単結晶の電気抵抗の温度依存性を示す図である。
【
図5】TED単結晶の室温における反射率を示す図である。
【
図6】有機金属(TED)針状単結晶(下段)と粉末体(上段)の室温における粉末X線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明では、単一分子性有機金属単結晶の1例として、縮環テトラチアフルバレンジカルボン酸(Tetrathiafulvalene-Extended Dicarboxylate,以下、略してTEDともいう)の単結晶育成法を提供する。
【実施例0017】
ジメチルスルホキシド(DMSO)とヒドロキシルアミン水溶液は、それぞれ和光純薬とアルドリッチから購入した。TEDは、単一分子性有機金属の合成法を示す次の化学式に従って合成された。
【化6】
【0018】
TEDの粉末結晶(1mg、21μmol)を乳鉢で粉砕し、DMSO(160μL)に溶解した。溶液の酸性度を制御するために、ヒドロキシルアミン水溶液(50wt%溶液、50μL)を溶液に加えた。溶液を密閉バイアル容器に入れ、室温で数か月間保管した。成長した単結晶は濾過により回収し、TED重量の10倍量ほどの水で洗浄した後に、自然乾燥した。茶褐色針状単結晶は、400μmx20μmx10μmの典型的な寸法で得られる。(例えば、
図1参照)。
【0019】
TED粉末を粉砕し、重量に対してある特定の比率の高沸点有機溶媒および、塩基性添加剤を加えた後に0℃から50℃までの温度条件で長期間静置することにより茶褐色の針
状単結晶を得る。
成長した単結晶を濾過し、適量の水にて洗浄した後に乾燥して最終生成物を得る。
【0020】
TED粉末はナノスケール片であるが、上記の方法により結晶成長を行った場合、長軸がサブミリスケールの針状単結晶が得られる(
図1)。
表1は、本発明における単結晶成長条件の一例を示す。表内の数値は、基質重量を1とした時のそれぞれの使用重量の比を示す。ここで、溶媒は、左からDMSO、DMF、NMP、NH
2OH水溶液、NH
3水溶液、NH(Me)
2水溶液である。
【表1】
【0021】
一方で、本発明で示す好適な条件(例えば表1)での成長を行わない場合は、単結晶が成長せず、粉体のままである(
図2)。
【0022】
針状単結晶は、X線結晶解析にて2分子を非対称単位とした周期構造を取り、a、b軸方向に積層した分子シートから成る層状結晶構造である(
図4)。
図3Aは、TED単結晶構造解析で、ユニットセル構造(単位はオングストローム)を示している。括弧内の数字は最小桁の誤差値を示す。
図3Bは、TED単結晶構造解析で、b軸投影した層状構造を示している。
図3Cは、TED単結晶構造解析で、a軸投影した層状構造を示している。
図3Dは、TED単結晶構造解析で、分子間のπ軌道の配置図を示している。
結晶格子は:P2
1/m,a=3.7464(2)Å,b=11.8946(6)Å,c=20.2094(11)Å,b=93.506(2)Å,V=898.88(8)Å,R
1=5.38%.(X線構造解析は113Kにて行った。)括弧内の数値は、X線構造解析における最小桁の誤差値を示す。
図3Aにおいて、灰色点線と黒色点線はそれぞれ、オングストローム単位で示されたS…S接触の分子間距離と分子内水素結合を示す。
図3B、Cにおいて、灰色網掛け部は、1分子層を示す。
図3Dにおいて、π軌道の重なり方は、それぞれa軸に沿ってπ・・・πスタックにより縦方向に重なり、b軸に沿ってS…S接触により横方向に重なっている。
【0023】
X線結晶解析
単結晶の結晶構造解析は、Rigaku SaturnCCDシステムを用いて113Kにて収集された高解像度の回折画像に基づく1922の反射を使用して行われた。水素原子を除くすべての原子は非等方的に決定された。
【0024】
抵抗率測定
電極プローブとして金ワイヤー(0.01mmΦ)を、接触点に銀ペースト(Dupont 4922N)を用いて針状単結晶の長軸方向に4本に装着した。抵抗率測定は、305~2KのHeクライオスタット内で温度変調を行い、ソースメーター(KEITHLEY 2450)およびナノボルトメーター(KEITHLEY 2182A)で電気特性を測定した。
【0025】
抵抗率の温度依存性を示す(
図5)。ここで、縦軸は抵抗率(Ωcm)、横軸は温度(K)であり、100K以上のプロット上に引かれた実線は温度Tの三乗に比例する関数でフィッティングしたものを示す。
図4中の挿入図は、単結晶に電極を装着した実験の様子を示す。
室温における伝導度は、粉末を加圧加工したペレットや自立膜状態では、最大で530S/cm
-1であるところ、単結晶では最大で2,300S/cmであり、伝導度の向上は明白である。
【0026】
光学測定
反射スペクトルは、室温で顕微鏡UV-Vis-NIR分光計(JASCO MSV-5200)および顕微鏡FT-IR分光計(FT/IR-JASCO 6700タイプA)でP波を使用して測定した。標準のAlミラーの反射率を基準として使用した。
反射率を示す(
図6)。縦軸は反射率(%)、横軸は波長範囲(nm)である。
【0027】
結晶構造
TEDは、溶液プロセスを介したプロトン欠陥誘起キャリア生成法に基づいて合成された。単結晶は、電気化学的結晶化技術を使用せずに有機溶媒から数ヶ月かけてゆっくりと成長し、通常の寸法は400μmx20μmx10μmになった(実験方法を参照)。粉末X線構造解析によると、ここで得られた単結晶は、粉末体と類似した反射ピークを有することから、同結晶系であることが示唆される。(
図6)
【0028】
TEDの結晶構造は、113Kでの単結晶X線回折(SXRD)により決定された。空間群はP2
1/m、格子データは、P2
1/m,a=3.7464(2)Å,b=11.8946(6)Å,c=20.2094(11)Å,b=93.506(2)Å,V=898.88(8)Å
3である。構造解析の精度の指標であるR因子は5.38%である。
図3aに示すユニットセルは、c方向に沿った長軸とa方向のオフセットを備えた2つの平面TED分子で構成されている。ユニットセル内の分子間距離は3.4957(13)Åである。TED分子はa軸に沿って面間距離3.7464(2)Åで、b軸に沿って3.6821(13)Å間隔で集積し、TED分子層を形成する。
図3bおよびcに示すように、c軸に沿って積み重なったTED層は、層間に小さな空隙を作って層状構造を形成する。ここで、その空隙に溶媒(DMSOおよび/またはH
2Oなど)を混入する場合がある。この混入した溶媒は、TEDとの水素結合などの顕著な分子間相互作用はないが、抵抗率に影響を与える。この実施例では、溶媒混入のない無溶媒TED結晶のみを報告している。
【0029】
TEDの2つの中心C=C結合距離は互いに近い値(1.345(8)および1.365(8)Å)をとる。C-S結合距離も、2つのTTF部分で互いに非常に近い値を有する。さらに、対称的な形を持つ分子内水素結合では、2つのカルボキシレート酸素間の距離が2.420(8)Åである。この分子内水素結合は、プロトンが中心に位置する強い相互作用エネルギーを有する水素結合(SSHB)または低エネルギー障壁水素結合(LBHB)に分類されるものである。これは、π軌道の非局在化と共役した共有結合的な性質を持っており、TED分子内のラジカル電子を非局在化および安定化するために重要な役割を果たしている。これらの事実は、ラジカル電子がTTF部分の片側だけに局在化するのでなく、π共役を介してTED分子全体に広がり、電荷輸送に有利なラジカル電子の特性を裏付けている。
従来技術では線源として放射光を用いても単結晶X線構造解析可能な大きさの単結晶は得られなかったが、本発明により、長軸がサブミリメートルスケールの針状単結晶が得られた。これにより、単結晶構造解析が可能になっただけでなく、粒界抵抗を軽減した電気伝導性を発現することができた。