(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131216
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】摺動部材、歯車装置、摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20230914BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20230914BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20230914BHJP
F16C 33/24 20060101ALI20230914BHJP
C23C 10/36 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
F16H1/32 A
F16H55/06
F16C17/02 Z
F16C33/24 Z
C23C10/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035816
(22)【出願日】2022-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】戸嶋 清斗
【テーマコード(参考)】
3J011
3J027
3J030
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011BA02
3J011DA01
3J011DA02
3J011KA02
3J011MA02
3J011QA04
3J011SE06
3J027FA21
3J027GB03
3J027GC02
3J027GE12
3J030AC01
3J030BC02
(57)【要約】
【課題】潤滑性能を向上させる。
【解決手段】ハウジング44は、歯車装置1に用いられ、内歯ピン44aと摺動する内歯溝44bを有する。内歯溝44aの表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層Lが形成されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯車装置に用いられる摺動部材であって、
相手部材と摺動する摺動部を有し、
前記摺動部の表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層が形成されている、
摺動部材。
【請求項2】
前記モリブデン含有層は、表面からの深度が大きくなるに連れて二硫化モリブテンの含有率が小さくなる部分を含む、
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
当該摺動部材は、前記摺動部として歯面を有する歯車部材であり、
前記モリブデン含有層は、前記歯面のうち、噛合いピッチ点よりも歯先側及び歯元側の少なくとも一方に形成されている、
請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の摺動部材と、
前記摺動部材と摺動する前記相手部材と、を備える、
歯車装置。
【請求項5】
偏心体に揺動される外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車とを備える偏心揺動型の歯車装置であって、
前記外歯歯車及び前記内歯歯車の少なくとも一方に前記モリブデン含有層が形成されている、
請求項4に記載の歯車装置。
【請求項6】
前記内歯歯車は、前記外歯歯車と噛合う内歯ピンと、前記内歯ピンが配置される内歯溝と、を有し、
前記内歯溝には前記モリブデン含有層が形成されている、
請求項5に記載の歯車装置。
【請求項7】
前記内歯ピン及び前記外歯歯車には前記モリブデン含有層が形成されていない、
請求項6に記載の歯車装置。
【請求項8】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い型の歯車装置であって、
前記外歯歯車の内周面及び前記起振体軸受の外輪の外周面の少なくとも一方に前記モリブデン含有層が形成されている、
請求項4に記載の歯車装置。
【請求項9】
摺動部と、前記摺動部を潤滑する潤滑剤と、を備える歯車装置であって、
前記摺動部の表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層が形成され、
前記潤滑剤には、二硫化モリブテンが含まれていない、
歯車装置。
【請求項10】
摺動部を有する摺動部材の製造方法であって、
前記摺動部の表層部を加工する加工工程と、
前記加工工程で加工された前記摺動部の表層部に、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層を形成する層形成工程と、
を備える、
摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、歯車装置、摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯車部材等の摺動部材の潤滑に用いられる潤滑剤の添加剤として二硫化モリブテンを含むものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
二硫化モリブデンは、その性状が基油の油温に強く依存する傾向にある。つまり、二硫化モリブデンが添加された潤滑剤では、油温に依存した二硫化モリブデンの構造・組成比の潤滑皮膜が生成され、例えば80℃以下の低温域では二硫化モリブデンの潤滑皮膜が生成されにくい。そのため、低温域の潤滑環境では所望の潤滑性能を得られないおそれがある。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、潤滑性能を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、歯車装置に用いられる摺動部材であって、
相手部材と摺動する摺動部を有し、
前記摺動部の表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層が形成されている。
【0006】
また本発明は、摺動部と、前記摺動部を潤滑する潤滑剤と、を備える歯車装置であって、
前記摺動部の表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層が形成され、
前記潤滑剤には、二硫化モリブテンが含まれていない。
【0007】
また本発明は、摺動部を有する摺動部材の製造方法であって、
前記摺動部の表層部を加工する加工工程と、
前記加工工程で加工された前記摺動部の表層部に、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層を形成する層形成工程と、
を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、潤滑性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態に係る歯車装置を示す断面図である。
【
図2】
図1のII-II線における歯車装置の部分断面図である。
【
図3】歯面に形成された場合のモリブデン含有層を説明するための図である。
【
図4】第1実施形態のハウジングの製造工程例を示すフローチャートである。
【
図5】ハウジングの表層部に拡散されたモリブデン含有層を示す模式図である。
【
図6】第2実施形態に係る歯車装置を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0011】
<第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る歯車装置1を示す断面図である。
以下では、図中の中心軸Ax1(第2実施形態では中心軸Ax2)に沿った方向を「軸方向」、中心軸Ax1に垂直な方向を「径方向」、中心軸Ax1を中心とする回転方向を「周方向」という。また、軸方向のうち、外部の被駆動部材と連結される側(図中の左側)を「負荷側」といい、負荷側とは反対側(図中の右側)を「反負荷側」という。
【0012】
[歯車装置の全体構成]
図1に示すように、第1実施形態に係る歯車装置1は、偏心揺動型の歯車装置であり、偏心体軸41、外歯歯車42A、42B、42C、出力軸43、ハウジング(ケーシング)44を備える。
偏心体軸41には、複数(本実施形態では3つ)の偏心体41a、41b、41cが設けられている。偏心体軸41には、図示しないモータの出力軸が接続される。
【0013】
外歯歯車42A~42Cは、中心軸Ax1からオフセットされた位置に周方向に離間して設けられた複数の内ピン孔と、偏心体軸41を挿通される中央の貫通孔とを有する。外歯歯車42A~42Cは、偏心体41a~41cとの間にそれぞれ配置された偏心体軸受45a、45b、45cにより、偏心体41a~41cに対して回転自在に支持されており、偏心体41a~41cの回転により揺動する。また、外歯歯車42A~42Cは、鉄鋼素材から構成される。
【0014】
出力軸43は、偏心体軸41の外周側であって外歯歯車42A~42Cの負荷側に配置され、図示しない被駆動部材に固定される。出力軸43は、反負荷側へピン状に膨出するように形成された複数の内ピン43aを有する。内ピン43aは、外歯歯車42A~42Cの内ピン孔に挿通される。内ピン43aの反負荷側には、キャリア体48が固定される。キャリア体48と出力軸43は、偏心体軸41との間に配置された軸受46a、46bにより、偏心体軸41を回転自在に支持している。
【0015】
ハウジング44は、外歯歯車42A~42C、出力軸43及びキャリア体48の外周側に配置される。ハウジング44の内周部には、内歯歯車44Gが設けられている。内歯歯車44Gは、内歯となる複数の内歯ピン44aと、内歯ピン44aを保持する複数の内歯溝44bとを含み、外歯歯車42A~42Cと内接噛合する。内歯ピン44aは、軸方向に延在する円柱状のピンである。内歯溝44bは、軸方向に沿った断面略半円状の溝であり、ハウジング44の内周面に形成されて内歯ピン44aが回転自在に配置される(
図2参照)。ハウジング44は、キャリア体48及び出力軸43との間に配置された主軸受47a、47bにより、キャリア体48及び出力軸43を回転自在に支持している。ハウジング44及び内歯ピン44aは、例えば高炭素クロム軸受鋼鋼材等の鉄鋼素材から構成される。
また、ハウジング44は、本発明に係る摺動部材の一例であり、その内周面にモリブデン含有層が形成されている。この点については後述する。
【0016】
以上の構成を具備する歯車装置1では、偏心体軸41の回転に伴って、偏心体41a~41cが外歯歯車42A~42Cの内側で回転し、これにより外歯歯車42A~42Cが互いに異なる位相(例えば120度ごとずれた位相)で揺動する。外歯歯車42A~42Cは、揺動により中心軸Ax1から最も離れた外歯が内歯歯車44Gと噛合し、この噛合位置は揺動に伴って周方向に変化する。具体的には、偏心体軸41が一回転するごとに、内歯歯車44Gと外歯歯車42A~42Cとの噛合位置が周方向に順次ずれていく。外歯歯車42A~42Cと内歯歯車44Gとには歯数差があり、偏心体軸41が一周するごとに、外歯歯車42A~42Cは上記の歯数差分だけ自転する(位相がずれる)。この自転成分が、内ピン43aを介して出力軸43に伝達される。これにより、偏心体軸41の回転運動が減速され、出力軸43に連結された被駆動部材から取り出される。
【0017】
また、歯車装置1では、Oリングやオイルシールで閉塞された内部空間S1内に、潤滑剤(例えばグリース)が封入されている。この潤滑剤には、添加剤(例えば酸化防止剤や防錆剤(金属不活性剤)等)として、二硫化モリブテンが含有されていない。
【0018】
[モリブデン含有層]
図2は、
図1のII-II線における歯車装置1の部分断面図である。
この図に示すように、ハウジング44のうち、内歯溝44bを含む内周面44cの表層部には、二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層L(
図5参照)が形成されている。モリブデン含有層Lは、後述するように、二硫化モリブデンの微粒子を高速でハウジング44の内周面44cに衝突させるショットピーニングにより形成される。
また、内歯溝44bに配置されて互いに摺動する内歯ピン44aや、内歯ピン44aと噛合する外歯歯車42A~42Cには、モリブデン含有層Lが形成されていない。
【0019】
このように、ハウジング44の内周面44c(内歯溝44b)にモリブデン含有層Lが形成されていることにより、主に内歯歯車44Gと外歯歯車42A~42Cとの噛合いや、内歯溝44bと内歯ピン44aとの摺動における潤滑性能を向上させることができる。
すなわち、摩擦低減に寄与する二硫化モリブデンを潤滑剤のみに添加した場合、油温が低い(例えば80℃以下)ときには二硫化モリブデンの潤滑皮膜が生成されにくく、所望の潤滑性能を得られないおそれがある。この点、本実施形態では、摺動部である内歯溝44bの表層部に二硫化モリブデンを含むモリブデン含有層Lが形成されているため、潤滑剤の温度環境に依らず、内歯溝44bの摺動によって二硫化モリブデンが好適に生成される。これにより、内歯溝44bと内歯ピン44aとの摺動部には勿論、内歯歯車44Gと外歯歯車42A~42Cとの噛合い部にも好適に二硫化モリブデンを供給でき、その摩擦低減を図ることができる。また、この二硫化モリブデンは潤滑剤に混入されてその他の摺動部(例えば各軸受やオイルシール等)にも供給されるため、歯車装置1の全ての摺動部において摩擦低減が期待できる。モリブデン含有層Lは、その拡散深さまで摩耗しきるまで、二硫化モリブデンを供給して潤滑性を維持できる。
また、基材であるハウジング44自体に二硫化モリブデンを拡散させることで、二硫化モリブデンを潤滑剤に添加する場合等に比べ、二硫化モリブデンが酸化され難くなり、この酸化による副生成物(異物)の発生を抑制できる。
【0020】
なお、モリブデン含有層Lは、外歯歯車42A~42C及び内歯歯車44Gの少なくとも一方(すなわち、外歯歯車42A~42C、内歯ピン44a及び内歯溝44bの少なくともいずれか一つ)に形成されていればよい。
さらに言えば、モリブデン含有層Lは、摺動部の表層部に形成されていればよい。ここで、「摺動部」とは、例えば歯車(歯面)や軸受部等は勿論のこと、相手部材と摺動(摺動)する部分を広く含む。すなわち、本発明に係る摺動部材は、摺動部として歯面を有する歯車部材に限定されない。
また、例えばインボリュート歯車である歯面Tの表層部にモリブデン含有層Lを形成する場合、
図3に示すように、その歯面Tのうち、噛合いピッチ点(ピッチ円P上の点)よりも歯先側(
図3の上側)及び歯元側(
図3の下側)の少なくとも一方に形成されているのが好ましい。ピッチ円Pとは歯丈の中央を通る円である。また、噛合いピッチ点を含む部分には、前記モリブテン層が形成されていない部分があってもよい。この場合、特に効果のある噛合いピッチ点(ピッチ円P上の点)よりも歯先側(
図3の上側)及び歯元側(
図3の下側)の少なくとも一方に形成することにより、特に外歯歯車42A~42Cが大きい場合に、加工工程を少なくすることができる。
【0021】
[ハウジング(摺動部材)の製造工程]
図4は、ハウジング44の製造工程例を示すフローチャートである。
この図に示すように、ハウジング44の製造工程では、まず主たる機械加工が行われる(ステップS1)。ここでは、ハウジング44の素材(例えば高炭素クロム軸受鋼鋼材等の鉄鋼素材)が、旋盤加工その他の機械加工(歯面を有する部材の場合にはホブ盤加工含む)等により、完成形状又はそれに近い形状まで加工される。
次に、熱処理が行われる(ステップS2)。ここで行われる熱処理は、例えば、焼入れ・焼戻し(調質)、浸炭焼入れ(耐摩耗用)、高周波焼入れ(耐疲労用)等を含む。
【0022】
次に、内周面44cのショットピーニングが行われる(ステップS3)。本実施形態では、ショットピーニングのなかでも、例えば200μm以下の二硫化モリブデンの微粒子を高速で衝突させるWPC処理(登録商標)が行われる。これにより、
図5に示すように、ハウジング44の内周面44cの表層部に二硫化モリブデンが拡散・浸透され、モリブデン含有層Lが形成される。こうして形成されたモリブデン含有層Lは、概ね、表面からの深度が大きくなる(深くなる)に連れて二硫化モリブテンの含有率(所定の間隔の深さ毎に断面を取り、その断面の全体の面積に対する二硫化モリブテンが拡散・浸透された面積の割合をいう)が小さくなる。
また、ショットピーニングにより、結晶の微細化(亀裂進展の抑制)、圧縮残留応力の付与(疲労強度の向上)、表面硬度の向上(亀裂発生の抑制)、微細なディンプルの形成(油溜まり効果)等の表面処理効果も併せて得られる。
【0023】
次に、
図4に示すように、内周面44c等の仕上げ加工が行われる(ステップS4)。ここでは、例えばバフ研磨等の表面仕上げが行われる。
こうして、ハウジング44が完成する。ただし、ハウジング44の製造工程は、ここに記載したものに限定されず、少なくとも摺動部の加工が完了した後にステップS3のショットピーニングが行われるものであればよい。
【0024】
[第1実施形態の技術的効果]
以上のように、第1実施形態によれば、摺動部である内歯溝44bの表層部に、二硫化モリブデンを含むモリブデン含有層Lが形成されている。
これにより、二硫化モリブデンを潤滑剤に添加する場合と異なり、潤滑剤の温度環境に依らず二硫化モリブデンを好適に生成して摺動部の摩擦低減を図ることができる。したがって、二硫化モリブデンを潤滑剤に添加していた従来に比べ、潤滑性能を向上させることができる。
【0025】
また、第1実施形態によれば、摺動部である内歯溝44bの表層部に二硫化モリブデンを拡散・浸透させている。
これにより、二硫化モリブデンを潤滑剤に添加する場合等に比べ、二硫化モリブデンが酸化され難くなり、この酸化による副生成物(異物)の発生を抑制できる。
【0026】
また、第1実施形態によれば、内歯溝44bにモリブデン含有層Lが形成され、内歯ピン44a及び外歯歯車42A~42Cにはモリブデン含有層Lが形成されていない。
このように、面圧が高い歯面自体にはモリブデン含有層Lを形成せず、その近傍の摺動部である内歯溝44bにモリブデン含有層Lを形成することにより、モリブデン含有層Lの摩耗や剥がれ等を抑制できる。
【0027】
また、第1実施形態によれば、潤滑剤に二硫化モリブテンを添加させなくてよいため、潤滑剤の製造コストが低下するほか、クリーンになる分だけ潤滑剤の管理等の取り扱いが容易になる。
【0028】
<第2実施形態>
続いて、本発明の第2実施形態について説明する。
図6は、本発明の第2実施形態に係る歯車装置2を示す断面図である。
第2実施形態に係る歯車装置2は、第1実施形態に係る歯車装置1と異なり、撓み噛合い型の歯車装置である。具体的には、
図6に示すように、歯車装置2は、筒型の撓み噛合い型歯車装置であり、起振体軸31、外歯歯車32、第1内歯歯車33G及び第2内歯歯車34G、ケーシング35、第1カバー36及び第2カバー37を備える。
【0029】
起振体軸31は、中心軸Ax2を中心に回転する中空筒状の軸であり、中心軸Ax2に垂直な断面の外形が非円形(例えば楕円状)の起振体31Aと、起振体31Aの軸方向の両側に設けられた円形断面の軸部31B、31Cとを有する。
【0030】
外歯歯車32は、可撓性を有するとともに中心軸Ax2を中心とする円筒状の部材であり、外周に歯が設けられている。外歯歯車32は、起振体31Aとの間に配置された起振体軸受32Aにより、起振体31Aに対して相対回転可能となっている。外歯歯車32は、ニッケルクロムモリブデン鋼等の鉄鋼素材から構成される。起振体軸受32Aは、外輪32B、転動体及び保持器がいずれも高炭素クロム軸受鋼等の鉄鋼素材から構成される。
また、外歯歯車32の内周面と、起振体軸受32Aの外輪32Bの外周面とのうち少なくとも一方には、上記第1実施形態と同様のモリブデン含有層Lが形成されている。
【0031】
第1内歯歯車33Gと第2内歯歯車34Gは、中心軸Ax2回りに起振体軸31の周囲で回転を行う。これら第1内歯歯車33Gと第2内歯歯車34Gは、軸方向に並んで設けられ、外歯歯車32と噛合している。第1内歯歯車33G及び第2内歯歯車34Gは、第1内歯歯車部材33及び第2内歯歯車部材34の内周部の該当箇所に内歯が設けられて構成される。
【0032】
ケーシング35は、第1内歯歯車部材33と連結され、第2内歯歯車34Gの外径側を覆う。ケーシング35は、主軸受38を介して第2内歯歯車部材34を回転自在に支持している。
第1カバー36は、第1内歯歯車部材33と連結され、外歯歯車32と第1内歯歯車33Gとの噛合い箇所を軸方向の反負荷側から覆う。第1カバー36は、軸受39aを介して起振体軸31を回転自在に支持している。
第2カバー37は、第2内歯歯車部材34と連結され、外歯歯車32と第2内歯歯車34Gとの噛合い箇所を軸方向の負荷側から覆う。第2カバー37は、軸受39bを介して起振体軸31を回転自在に支持している。第2カバー37と第2内歯歯車部材34は、共締めにより被駆動部材に連結される。
【0033】
以上の構成を具備する歯車装置2では、起振体軸31が回転すると、起振体31Aの運動が外歯歯車32に伝わる。このとき、外歯歯車32は、起振体31Aの外周面に沿った形状に規制され、軸方向から見て楕円形状に撓む。さらに、外歯歯車32は、固定された第1内歯歯車33Gと長軸部分で噛合っているため、起振体31Aと同じ回転速度で回転することはなく、外歯歯車32の内側で起振体31Aが相対的に回転する。そして、この相対的な回転に伴って、外歯歯車32は長軸位置と短軸位置とが周方向に移動するように撓み変形する。この変形の周期は、起振体軸31の回転周期に比例する。
外歯歯車32が撓み変形する際、その長軸位置が移動することで、外歯歯車32と第1内歯歯車33Gとの噛合う位置が回転方向に変化し、外歯歯車32が自転する。一方、外歯歯車32は第2内歯歯車34Gとも噛合っているため、起振体軸31の回転によって外歯歯車32と第2内歯歯車34Gとの噛合う位置も回転方向に変化する。ここで、第2内歯歯車34Gの歯数と外歯歯車32の歯数とが同数であるとすると、外歯歯車32と第2内歯歯車34Gとは相対的に回転せず、外歯歯車32の回転運動が減速比1:1で第2内歯歯車34Gへ伝達される。これらによって、起振体軸31の回転運動が減速されて、第2内歯歯車部材34及び第2カバー37へ伝達され、この回転運動が被駆動部材に出力される。
【0034】
また、歯車装置2では、Oリングやオイルシールで閉塞された内部空間S2内に潤滑剤(例えばグリース)が封入されている。この潤滑剤には、添加剤(例えば酸化防止剤や防錆剤(金属不活性剤)等)として、二硫化モリブテンが含有されていない。
【0035】
以上のように、第2実施形態によれば、摺動部である外歯歯車32の内周面と起振体軸受32Aの外輪32Bの外周面とのうち少なくとも一方に、二硫化モリブデンを含むモリブデン含有層Lが形成されている。
これにより、上記第1実施形態と同様の効果を得ることができる。すなわち、二硫化モリブデンを潤滑剤に添加していた従来に比べ、潤滑性能を向上させることができる。また、外歯歯車32の内周面と起振体軸受32Aの外輪32Bの外周面との間で生じうるフレッチング摩耗を好適に抑制できる。
【0036】
[その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限られない。
例えば、上記実施形態では、ショットピーニングにより摺動部の表層部に二硫化モリブテンを拡散させてモリブデン含有層を形成することとした。しかし、摺動部の表層部にモリブデン含有層を形成する手法は、当該表層部に二硫化モリブデンを拡散させる手法に限定されない。例えば、蒸着その他の成膜処理により、摺動部の表層部に二硫化モリブテンを含む皮膜を形成してもよい。ただし、このような皮膜としてモリブデン含有層Lを形成した場合、剥がれるおそれがある、均一な皮膜形成が困難、付着しやすさが対象材質に影響される等の課題が生じる。
【0037】
また、上記実施形態では、潤滑剤に二硫化モリブテンが含まれていないこととした。しかし、摺動部の表層部に二硫化モリブテンを含むモリブデン含有層が形成されていれば、潤滑剤には二硫化モリブデンが含まれていてもよい。また、潤滑剤はグリースでなくともよく、オイル(潤滑油)等であってもよい。
【0038】
また、上記実施形態では、本発明に係る歯車装置の一例として、センタークランク型の偏心揺動型歯車装置や筒型の撓み噛合い型歯車装置を例示した。しかし、本発明に係る歯車装置は、摺動部を有する摺動部材を備えるものであれば特に限定されない。例えば、カップ型やシルクハット側の撓み噛合い型歯車装置、振り分け型の偏心揺動型歯車装置や単純遊星型歯車装置等であってもよいし、平行軸減速機や直交減速機等の歯車装置であってもよい。
その他、上記実施形態で示した細部は、発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0039】
1、2 歯車装置
41 偏心体軸
41a~41c 偏心体
42A~42C 外歯歯車
44 ハウジング(摺動部材)
44G 内歯歯車
44a 内歯ピン
44b 内歯溝
44c 内周面
31 起振体軸
31A 起振体
32 外歯歯車(摺動部材)
32A 起振体軸受
32B 外輪(摺動部材)
33G 第1内歯歯車
34G 第2内歯歯車
L モリブデン含有層
P ピッチ円
T 歯面