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特開2023-131244スペクトル測定装置を用いた分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131244
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】スペクトル測定装置を用いた分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20230914BHJP
   G01N 30/74 20060101ALI20230914BHJP
   G01N 21/05 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N30/74 Z
G01N21/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035858
(22)【出願日】2022-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100205981
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 大輔
(72)【発明者】
【氏名】藤次 陽平
(72)【発明者】
【氏名】長井 悠佑
【テーマコード(参考)】
2G043
2G057
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043CA03
2G043DA05
2G043EA03
2G043EA18
2G043FA06
2G043KA01
2G043NA01
2G057AA02
2G057AB02
2G057BA05
(57)【要約】      (修正有)
【課題】フローセルを流れる溶液中の分析対象成分のスペクトルデータを高い信号強度で取得する。
【解決手段】分析対象成分のスペクトルデータを取得するための分析方法であって、スペクトル測定装置10で取得した試料溶液のスペクトルデータと予め取得した溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分に基づいて、取得すべき対象波長範囲を決定し、前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っている場合に前記スペクトル取得ステップで取得した前記試料溶液のスペクトルデータと前記溶媒のスペクトルデータを前記試料溶液と前記溶媒のそれぞれの条件適合スペクトルデータとし、前記試料溶液の前記条件適合スペクトルデータから前記溶媒の前記条件適合スペクトルデータを前記対象波長範囲において差し引くことにより、前記対象波長範囲における前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する演算ステップと、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部を液が流れるフローセル、及び前記フローセルからの波長帯域ごとの光の量を検出するための光検出部を備えて前記フローセルを流れる液のスペクトル測定を行なうように構成されたスペクトル測定装置を使用し、分析対象成分のスペクトルデータを取得するための分析方法であって、
前記スペクトル測定装置の前記スペクトル測定の条件パラメータを暫定的に設定し、分析対象成分を含む試料溶液についての前記スペクトル測定を実行し、前記試料溶液のスペクトルデータを取得するスペクトル取得ステップと、
前記スペクトル取得ステップの後で、前記試料溶液の前記スペクトルデータと予め取得した溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分に基づいて前記分析対象成分のスペクトルデータを取得すべき対象波長範囲を決定する対象範囲決定ステップと、
前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っている場合に前記スペクトル取得ステップで取得した前記試料溶液のスペクトルデータと前記溶媒のスペクトルデータを前記試料溶液と前記溶媒のそれぞれの条件適合スペクトルデータとし、前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが前記所定の基準範囲から外れている場合は、前記対象波長範囲における前記スペクトルデータの信号強度のレベルが前記基準範囲に入るように前記条件パラメータを変更して前記試料溶液について前記スペクトル測定を再実施して前記試料溶液の当該対象波長範囲について前記基準範囲に入る条件適合スペクトルデータを取得するとともに、前記溶媒についての条件適合スペクトルデータを取得する条件適合スペクトル取得ステップと、
前記試料溶液の前記条件適合スペクトルデータから前記溶媒の前記条件適合スペクトルデータを前記対象波長範囲において差し引くことにより、前記対象波長範囲における前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する演算ステップと、を含む分析方法。
【請求項2】
前記対象範囲決定ステップを2回以上実行して互いに重複しない複数の対象波長範囲を決定し、決定した前記複数の対象波長範囲のそれぞれについて前記条件適合スペクトル取得ステップ及び前記演算ステップを実行し、それによって、前記複数の対象波長範囲のそれぞれにおける前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記条件適合スペクトル取得ステップにおいて、前記複数の対象波長範囲ごとに互いに異なる前記条件パラメータを前記スペクトル測定装置に設定して複数の前記条件適合スペクトルを取得する、請求項2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記複数の対象波長範囲のそれぞれにおける前記分析対象成分のスペクトルデータを互いに繋ぎ合わせて、前記分析対象成分の1つの仮想的なスペクトルデータを作成する合成ステップをさらに備えている、請求項2又は3に記載の分析方法。
【請求項5】
前記対象範囲決定ステップにおいて、前記対象波長範囲は前記試料スペクトルに複数のピークが存在し、前記溶媒スペクトルにピークが存在しない波長範囲である、請求項1から4のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項6】
前記所定の基準範囲の下限は、前記スペクトル測定装置の検出限界強度の80%である、請求項1から5のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項7】
前記所定の基準範囲の上限は前記スペクトル測定装置の検出限界強度の100%である、請求項1から6のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項8】
前記スペクトル測定装置はラマン分光装置であり、前記スペクトル測定は、前記フローセルからのラマン散乱光の単位時間あたりの量を前記検出部で検出する露光動作を一定時間間隔で周期的に実行するものであり、
前記条件パラメータは、1回の前記露光動作における前記単位時間の長さである露光時間、及び前記スペクトル測定に含まれる前記露光動作の回数である前記積算回数を含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項9】
前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項10】
前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含み、
前記条件適合スペクトル取得ステップにおいて、前記スペクトルデータの信号強度が前記所定の基準範囲の上限を超えている場合には前記光の強度を小さくする、請求項1から8のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項11】
前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含み、
前記条件適合スペクトル取得ステップにおいて、前記スペクトルデータの信号強度が前記所定の基準範囲の下限未満である場合には前記光の強度を大きくする、請求項1から8、及び10のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項12】
前記フローセル内で液体クロマトグラフの分離カラムからの溶出液を流す、請求項1から11のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項13】
前記演算ステップで取得した前記分析対象成分のスペクトルデータに基づいて前記分析対象成分の物質を同定する、請求項1から12のいずれか一項に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペクトル測定装置を用いた分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
混合された複数成分のそれぞれがどのような物質であるかを同定するために、液体クロマトグラフ(以下、LC)がよく利用される。液体クロマトグラフでは、分離カラムによって複数成分を互いに分離し、分離カラムからの溶出液の光学的特性の変化を、UV検出器、PDA検出器、RID検出器などを用いて測定することによって、分離カラムから溶出した各成分を検出することが一般的である。
【0003】
一方で、上記のような一般的なLC用検出器では、化学的特性や感度の問題から正確な同定結果が得られないような物質も存在する。そのような場合は、ラマン分光装置などの装置(特許文献1参照)を用いて分析対象成分のラマンスペクトルといった光学的特性を測定し、測定した光学的特性から各成分の物質を同定するといったことが行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-117022号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ラマン分光装置のようなスペクトル測定装置を用いてLCの分離カラムで分離された成分の同定を行なう場合、溶出液の液滴を乾燥させて溶媒を蒸発させてからスペクトル測定装置で分析対象成分のスペクトル測定を行なうことが一般的である。しかしそのような方法では、成分の分離から同定までをオンラインで行なうことができない上、分析時間が長くなる。そのため、分離カラムからの溶出液を直接的にスペクトル測定装置に導入して、分析対象成分のスペクトルデータを取得することが望まれる。
【0006】
分析対象成分のスペクトルデータをリアルタイムで取得するためには、分離カラムからの溶出液をフローセルに導入し、フローセルを流れる溶出液のスペクトル測定を行なう必要があるが、フローセルを流れる溶出液には分析対象成分のほかに溶媒が含まれているため、分析対象成分と溶媒のスペクトルが重なって測定されることになる。そのため、分析対象成分由来のスペクトルデータを取得するためには、溶出液のスペクトルデータから溶媒のスペクトルデータを差し引く演算処理が必要である。
【0007】
しかし、分離カラムからの溶出液に含まれる分析対象成分の量は溶媒の量に対して圧倒的に少ないため、溶出液のスペクトルデータから溶媒のスペクトルデータを差し引いて得られた分析対象成分由来のスペクトルデータの信号強度は非常に小さくなる。スペクトルデータの信号強度は、励起光の強度を高くしたりスペクトルの測定時間を長くしたりすることで上げることができる。しかし、励起光強度を高くしすぎると、フローセル内で分析対象成分が変質する恐れがある。また、スペクトルの測定時間を長くすると、分析対象成分がフローセルを通り過ぎた後もスペクトル測定を行なってしまう可能性があり、スペクトルデータの正確性が低下する恐れもある。そのような問題を避けるために、LCの移動相の流量を低下させて分析対象成分がフローセルを流れている時間を長くすることも考えられるが、移動相の流量を変更すると分離カラムでの成分の分離が適切に行われなくなる可能性がある。そもそも、単純に試料溶液のスペクトルデータの信号強度を高めるだけでは、溶媒由来のスペクトルデータの信号強度の上昇によって測定波長範囲のどこかで信号強度が飽和してしまう恐れがある。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、フローセルを流れる溶液中の分析対象成分のスペクトルデータを高い信号強度で取得できるようにすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る分析方法は、内部を液が流れるフローセル、及び前記フローセルからの波長帯域ごとの光の量を検出するための光検出部を備えて前記フローセルを流れる液のスペクトル測定を行なうように構成されたスペクトル測定装置を使用し、分析対象成分のスペクトルデータを取得するための分析方法であって、
前記スペクトル測定装置の前記スペクトル測定の条件パラメータを暫定的に設定し、分析対象成分を含む試料溶液についての前記スペクトル測定を実行し、前記試料溶液のスペクトルデータを取得するスペクトル取得ステップと、
前記スペクトル取得ステップの後で、前記試料溶液の前記スペクトルデータと予め取得した溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分に基づいて前記分析対象成分のスペクトルデータを取得すべき対象波長範囲を決定する対象範囲決定ステップと、
前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っている場合に前記スペクトル取得ステップで取得した前記試料溶液のスペクトルデータと前記溶媒のスペクトルデータを前記試料溶液と前記溶媒のそれぞれの条件適合スペクトルデータとし、前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが前記所定の基準範囲から外れている場合は、前記対象波長範囲における前記スペクトルデータの信号強度のレベルが前記基準範囲に入るように前記条件パラメータを変更して前記試料溶液について前記スペクトル測定を再実施して前記試料溶液の当該対象波長範囲について前記基準範囲に入る条件適合スペクトルデータを取得するとともに、前記溶媒についての条件適合スペクトルデータを取得する条件適合スペクトル取得ステップと、
前記試料溶液の前記条件適合スペクトルデータから前記溶媒の前記条件適合スペクトルデータを前記対象波長範囲において差し引くことにより、前記対象波長範囲における前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する演算ステップと、を含む。
【0010】
ここで、試料溶液と溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分に基づいて対象波長範囲を決定するとは、試料溶液と溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分が他の波長範囲に比べて大きい波長範囲、すなわち、分析対象成分のスペクトルの特徴が比較的よく表れている波長範囲を対象波長範囲とすることを意味する。すなわち、本発明の分析方法では、まず、スペクトル測定の条件パラメータを暫定的に設定して、試料溶液についてスペクトル測定を行ない、そのスペクトル測定で得られた試料溶液のスペクトルデータを予め取得された溶媒のスペクトルデータと比較し、分析対象成分のスペクトルの特徴が比較的よく表れている波長範囲を、分析対象成分のスペクトルデータの取得対象となる対象波長範囲とする。ここで、対象波長範囲内の溶媒のスペクトルデータの信号強度がすでに所定の基準範囲に入っている場合は、すでに取得されているスペクトルデータを「条件適合スペクトルデータ」として扱う。一方で、対象波長範囲内の溶媒のスペクトルデータの信号強度が基準範囲から外れている場合は、当該対象波長範囲内における試料溶液のスペクトルデータの信号強度のレベルが基準範囲に入るように条件パラメータを変更して試料溶液についてのスペクトル測定を再実施し、最終的に、試料溶液と溶媒についての「条件適合スペクトルデータ」を取得する。その後、試料溶液の「条件適合スペクトルデータ」から溶媒の「条件適合スペクトルデータ」を差し引く演算処理を対象波長範囲内において行なうことにより、対象波長範囲における分析対象成分のスペクトルデータを取得する。
【発明の効果】
【0011】
上記のとおり、本発明に係る分析方法によれば、分析対象成分のスペクトルの特徴が出ている対象波長範囲にのみ着目し、その対象波長範囲のスペクトルデータの信号強度が所定の基準範囲から外れている場合には当該対象波長範囲における試料溶液のスペクトルデータの信号強度のレベルが基準範囲に入るようにスペクトル測定装置の条件パラメータを変更してスペクトル測定の再実施を行ない、最終的に、分析対象成分について波長範囲が限定されたスペクトルデータを取得するので、分析対象成分のスペクトルの特徴が表れている対象波長範囲について高い信号強度のスペクトルデータが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】スペクトル測定装置を備えた分析装置の一例を示す図である。
図2】分析方法の一実施例を説明するためのフローチャートである。
図3】重ね合わされた試料溶液のスペクトルデータと溶媒のスペクトルデータの一例である。
図4】試料溶液のスペクトルデータから溶媒のスペクトルデータを対象波長範囲において差し引く演算処理を説明するための概念図である。
図5】複数の対象波長範囲における分析対象成分のスペクトルデータを繋ぎ合わせる合成処理を説明するための概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明に係る分析方法の一実施例について説明する。
【0014】
本発明の分析方法の実施に使用される分析システムの一例を図1に示す。
【0015】
図1の分析システムはLCシステムであり、分析流路2、送液ポンプ4、インジェクタ6、分離カラム8、スペクトル測定装置10、演算処理装置12、ディスプレイ14、及び入力装置16を備えている。
【0016】
送液ポンプ4は、分析流路2中で移動相を送液する。インジェクタ6は、分析流路2を流れる移動相中に試料を注入する。分離カラム8は、インジェクタ6により移動相中に注入された試料に含まれる成分を互いに分離するためのものである。スペクトル測定装置10は、分離カラム8からの溶出液が内部を流れるフローセル18、フローセル18を流れる溶出液に対して励起光を照射する励起光源20、及び、励起光によって励起された溶出液からのラマン散乱光を波長帯域ごとに検出して溶出液のラマンスペクトルを測定する光検出部22を備えたラマン分光装置である。演算処理装置12は、スペクトル測定装置10の光検出部22から出力されるラマンスペクトルデータを使用して演算処理を行なうように構成されたコンピュータ装置である。ディスプレイ14は、演算処理装置12から出力された種々の情報を表示するためのものである。入力装置16は、キーボードなど、演算処理装置12に対してユーザが情報入力を行なうためのものである。
【0017】
次に、上記の分析システムを使用した分析方法の一実施例について、図1とともに図2のフローチャートを用いて説明する。
【0018】
[ステップ101:スペクトル測定]
LCの分析条件として、分析対象成分が他の成分から良好に分離されるような条件(移動相流量、カラム温度等)を設定してLC分析を実施する。このとき、スペクトル測定装置10の条件パラメータ(励起光強度、露光時間、積算回数、スリット幅等)を暫定的に設定し、分離カラム8からの溶出液のうち分析対象成分を含む部分(試料溶液)と分析対象成分を含まない部分(溶媒)のラマンスペクトルをそれぞれ測定する。スペクトル測定装置10により取得された試料溶液と溶媒のそれぞれのスペクトルデータを演算処理装置12に読み込ませ、ディスプレイ14に表示させる。このとき、試料溶液と溶媒のスペクトルデータを互いに比較しやすくするために、互いに重ね合わされた状態でディスプレイ14に表示させることが好ましい。
【0019】
[ステップ102:対象波長範囲の決定]
ディスプレイ14に表示された試料溶液と溶媒のスペクトルデータを比較し、両者の信号強度の差が他の波長範囲(波数範囲)に比べて大きくなっているような1つ以上の波長範囲(波数範囲)をそれぞれ対象波長範囲として決定する。または、溶媒のスペクトルデータにはピークが存在せず、試料溶液のスペクトルデータにはピークが存在する波長範囲を対象波長範囲としてもよい。ここで決定された対象波長範囲は、全測定波長範囲のうちの分析対象成分のラマンスペクトルの特徴部分であると考えられるため、以降のステップを対象波長範囲にのみ着目して実行する。
【0020】
[ステップ103:信号強度の評価]
上記のステップ102で決定した1つ以上の対象波長範囲のそれぞれについて、各対象波長範囲内のスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っているか否かをそれぞれ評価する。所定の基準範囲とは、各対象波長範囲内の試料溶液のスペクトルデータの信号強度を飽和させない範囲で向上させる余地があるか否か又は向上させた方がよいか否かの基準の範囲であり、スペクトル測定装置10の検出限界強度に基づいて設定することができる。基準範囲は、例えば、上限を検出限界強度の100%、下限を検出限界強度の80%と設定することができる。信号強度のレベルが基準範囲に入っているか否かは、例えば、対象波長範囲内の試料溶液のスペクトルデータの信号強度の最大値が基準範囲の上限に達しているか否か、対象波長範囲内の試料溶液のスペクトルデータの信号強度の最小値が基準範囲の下限以上であるか否かによって判定することができる。
【0021】
[ステップ104:最適化されたスペクトルデータの取得]
上記ステップ103でその対象波長範囲内のスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っていると評価した対象波長範囲については、ステップ101で取得した試料溶液のスペクトルデータと溶媒のスペクトルデータをそれぞれ、当該対象波長範囲についての試料溶液と溶媒のそれぞれの「条件適合スペクトルデータ」とすることができる。
【0022】
一方で、上記ステップ103でその対象波長範囲内のスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲から外れていると評価した対象波長範囲については、その対象波長範囲内のスペクトルデータの信号強度が基準範囲に入るような条件パラメータをスペクトル測定装置10に設定し、LCの分析条件は変更せずに試料溶液と溶媒のそれぞれについてスペクトル測定の再実施を行なう。スペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲から外れている対象波長範囲が複数存在する場合、対象波長範囲ごとにスペクトルデータの信号強度を基準範囲に収めるようなスペクトル測定装置10の条件パラメータを決定し、それぞれの条件パラメータでのスペクトル測定を試料溶液と溶媒について実施する。再実施されたスペクトル測定で取得された試料溶液のスペクトルデータと溶媒のスペクトルデータをそれぞれ、当該対象波長範囲についての試料溶液と溶媒のそれぞれの「条件適合スペクトルデータ」とする。
【0023】
[ステップ105:演算処理]
上記ステップ104で取得された試料溶液の「条件適合スペクトルデータ」から溶媒の「条件適合スペクトルデータ」を差し引く演算処理を各対象波長範囲において行なうことで、各対象波長範囲における分析対象成分のスペクトルデータを取得する。なお、ここまでの説明では、試料溶液と溶媒のそれぞれについてスペクトル測定を実施し、試料溶液と溶媒のそれぞれの条件適合スペクトルを取得しているが、本発明はこれに限定されるものではない。溶媒のスペクトルデータは予め用意されたものであってもよい。その場合、分析前に予め用意されたスペクトルデータを、試料溶液の条件適合スペクトルを取得するために変更された条件パラメータを考慮して補正し、溶媒の条件適合スペクトルデータとすることができる。
【0024】
[ステップ106:合成処理]
上記ステップ105で取得された各対象波長範囲における分析対象成分のスペクトルデータを互いに繋ぎ合わせる合成処理を行ない、分析対象成分についての仮想的なスペクトルデータを作成する。この合成処理で互いに繋ぎ合わされるスペクトルデータは、同じ測定条件(条件パラメータ)で取得されたデータに基づくものでないことがあり得るが、分析対象成分がどのような物質であるかを同定するためのデータとしては問題がない。なお、対象波長範囲が1つのみである場合は、この合成処理により、対象波長範囲以外の信号強度が基準強度(例えば、ゼロ)となるようなスペクトルデータとなり得る。
【0025】
[ステップ107:分析対象成分の同定]
上記ステップ106で作成された分析対象成分についての仮想的なスペクトルデータを、演算処理装置12内にあるデータベース、若しくは演算処理装置12が接続されているネットワーク上にある物質のスペクトル情報を格納したデータベースを参照することで、分析対象物質がどのような物質であるかを同定する。
【0026】
上記分析方法の具体例を、図2とともに図3図5のデータを用いて説明する。
【0027】
上記ステップ101のスペクトル測定により、試料溶液と溶媒について、図3に示されるようなスペクトルデータが得られたとする。なお、図3の横軸は、励起光の波長に対するラマン散乱光の波長のシフト量を示すラマンシフト[cm-1]であり、太い線で描かれた波形が試料溶液(分析対象成分を含む溶出液)のスペクトルデータ、細い線で描かれた波形が溶媒(分析対象成分を含まない溶出液)のスペクトルデータである。図3の例では、1100cm-1~1600cm-1辺りと、1750cm-1~2050cm-1辺りの2つの範囲が他の範囲に比べて、試料溶液と溶媒のスペクトルデータの信号強度の差が大きい部分が多い(分析対象成分の特徴がよく表れている)ように見えるため、これら2つの範囲をそれぞれ対象波長範囲1、対象波長範囲2とした(図2:ステップ102)。
【0028】
次に、対象波長範囲1と対象波長範囲2のそれぞれにおける信号強度の評価を実施する(図2:ステップ103)。
【0029】
対象波長範囲1については、試料溶液の信号強度の最大値が検出限界強度付近に達している(所定の基準範囲に入っている)ため、試料溶液の信号強度を向上させる必要がないと判断できる。したがって、ステップ101のスペクトル測定で取得した試料溶液のスペクトルデータと溶媒のスペクトルデータを「対象波長範囲1の条件適合スペクトルデータ」とする(図2:ステップ104)。
【0030】
一方で、対象波長範囲2については、検出限界強度と試料溶液の信号強度の最大値との間に数10%の開きがあり(所定の基準範囲の下限未満である)、試料溶液の信号強度を向上させる余地があると判断できる。したがって、この対象波長範囲2の試料溶液の信号強度が基準範囲に入る(例えば検出限界強度の80%以上で100%以下)になるようにスペクトル測定装置10の条件パラメータを設定し、試料溶液と溶媒のそれぞれについてスペクトル測定を実施する。これにより、対象波長範囲2において高い信号強度をもつ「対象波長範囲2の条件適合スペクトルデータ」が得られる(図2:ステップ104)。なお、「対象波長範囲2の条件適合スペクトルデータ」は、対象波長範囲2以外の波長範囲(例えば、対象波長範囲1)では試料溶液の信号強度が飽和したものとなり得るが、以降の処理においてこのスペクトルデータが使用されるのは対象波長範囲2の部分のみであるため問題がない。むしろ、対象波長範囲2のように信号強度のレベルが低い波長範囲に着目し、他の波長範囲において信号強度が飽和するか否かを考慮せずに信号強度を高めるようなスペクトル測定を実施することが、本発明に係る分析方法では重要である。
【0031】
次に、対象波長範囲1と2のそれぞれについて、試料溶液の条件適合スペクトルデータから溶媒の条件適合スペクトルデータを差し引く演算処理を行ない、図4に示されるような、対象波長範囲1と2のそれぞれにおける分析対象成分のスペクトルデータを取得する(図2:ステップ105)。なお、図4では対象波長範囲1の演算処理のみが図示されているが、対象波長範囲2についても、試料溶液と溶媒の「対象波長範囲2の条件適合スペクトルデータ」を用いた演算処理を実施する。
【0032】
次に、対象波長範囲1と2のそれぞれにおける分析対象成分のスペクトルデータを互いに繋ぎ合わせる合成処理を行ない、図5の下段に示されるような、分析対象成分の全測定波長範囲における仮想的なスペクトルデータを作成する(図2:ステップ106)。その後、作成した仮想的なスペクトルデータを用いて、分析対象成分の同定を行なう(図2:ステップ107)。
【0033】
なお、上記実施例では、スペクトル測定装置としてラマン分光装置を使用しているが、FIIRをスペクトル測定装置として使用した場合でも同様に本発明を適用することができる。
【0034】
以上において説明した実施例は、本発明に係る分析方法の実施形態の一例に過ぎない。本発明に係る分析方法の実施形態は以下のとおりである。
【0035】
本発明に係る分析方法の一実施形態では、内部を液が流れるフローセル、及び前記フローセルからの波長帯域ごとの光の量を検出するための光検出部を備えて前記フローセルを流れる液のスペクトル測定を行なうように構成されたスペクトル測定装置を使用し、分析対象成分のスペクトルデータを取得するための分析方法であって、
前記スペクトル測定装置の前記スペクトル測定の条件パラメータを暫定的に設定し、分析対象成分を含む試料溶液についての前記スペクトル測定を実行し、前記試料溶液のスペクトルデータを取得するスペクトル取得ステップと、
前記スペクトル取得ステップの後で、前記試料溶液の前記スペクトルデータと予め取得した溶媒のスペクトルデータの信号強度の差分に基づいて前記分析対象成分のスペクトルデータを取得すべき対象波長範囲を決定する対象範囲決定ステップと、
前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが所定の基準範囲に入っている場合に前記スペクトル取得ステップで取得した前記試料溶液のスペクトルデータと前記溶媒のスペクトルデータをそれぞれの条件適合スペクトルデータとし、前記対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度のレベルが前記所定の基準範囲から外れている場合は、前記対象波長範囲における前記スペクトルデータの信号強度のレベルが前記基準範囲に入るように前記条件パラメータを変更して前記試料溶液について前記スペクトル測定を再実施して前記試料溶液の当該対象波長範囲について前記基準範囲に入る条件適合スペクトルデータを取得するとともに、前記溶媒についての条件適合スペクトルデータを取得する条件適合スペクトル取得ステップと、
前記試料溶液の前記条件適合スペクトルデータから前記溶媒の前記条件適合スペクトルデータを前記対象波長範囲において差し引くことにより、前記対象波長範囲における前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する演算ステップと、を含む。
【0036】
上記一実施形態の第1態様では、前記対象範囲決定ステップを2回以上実行して互いに重複しない複数の対象波長範囲を決定し、決定した前記複数の対象波長範囲のそれぞれについて前記条件適合スペクトル取得ステップ及び前記演算ステップを実行し、それによって、前記複数の対象波長範囲のそれぞれにおける前記分析対象成分のスペクトルデータを取得する。
【0037】
上記第1態様において、前記条件適合スペクトル取得ステップでは、前記複数の対象波長範囲ごとに互いに異なる前記条件パラメータを前記スペクトル測定装置に設定して複数の前記条件適合スペクトルを取得することができる。これにより、対象波長範囲ごとに互いに異なる条件パラメータを設定してスペクトル測定を実行するため、対象波長範囲の選定の自由度が広がり、分析対象成分の同定に多くの波長範囲を使用することが可能になる。
【0038】
また、上記第1態様において、前記複数の対象波長範囲のそれぞれにおける前記分析対象成分のスペクトルデータを互いに繋ぎ合わせて、前記分析対象成分の1つの仮想的なスペクトルデータを作成する合成ステップをさらに備えている。これにより、幅広い波長範囲における分析対象成分の仮想的なスペクトルデータが得られ、分析対象成分の同定を正確に行なうことが可能になる。
【0039】
上記一実施形態の第2態様では、前記対象範囲決定ステップにおいて、前記対象波長範囲は前記試料スペクトルにピークが存在し、前記溶媒スペクトルにピークが存在しない波長範囲である。このような波長範囲では、試料溶液のスペクトルと溶媒のスペクトルの差分をとったときに分析対象成分の特徴的なスペクトルが表れやすいため、分析対象成分の同定精度の向上に寄与することができる。
【0040】
上記一実施形態の第3態様では、前記基準範囲の下限が、前記スペクトル測定装置の検出限界強度の80%である。これにより、スペクトル測定の再実施により試料溶液の対象波長範囲における信号強度が高いスペクトルデータが得られ、最終的に得られる分析体操成分の当該対象波長範囲におけるスペクトルデータの信号強度も高くなる。
【0041】
上記一実施形態の第4態様では、前記基準範囲の上限が、前記スペクトル測定装置の検出限界強度の100%である。これにより、対象波長範囲内の信号強度が飽和することを防止できる。
【0042】
上記一実施形態の第5態様では、前記スペクトル測定装置はラマン分光装置であり、前記スペクトル測定は、前記フローセルからのラマン散乱光の単位時間あたりの量を前記検出部で検出する露光動作を一定時間間隔で周期的に実行するものであり、
前記条件パラメータは、1回の前記露光動作における前記単位時間の長さである露光時間、及び前記スペクトル測定に含まれる前記露光動作の回数である前記積算回数を含む。
【0043】
上記一実施形態の第6態様では、前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含む。
【0044】
上記一実施形態の第7態様では、前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含み、前記条件適合スペクトル取得ステップにおいて、前記スペクトルデータの信号強度が前記基準範囲の上限を超えている場合に前記光の強度を小さくする。
【0045】
上記一実施形態の第8態様では、前記条件パラメータは、前記フローセルに対して照射される光の強度を含み、前記条件適合スペクトル取得ステップにおいて、前記スペクトルデータの信号強度が前記基準範囲の下限未満である場合に前記光の強度を大きくする。
【0046】
上記一実施形態の第9態様では、前記フローセル内で液体クロマトグラフの分離カラムからの溶出液を流す。このような態様により、本発明に係る分析方法をLCシステムに適用することができる。
【0047】
上記一実施形態の第10態様では、前記演算ステップで取得した前記分析対象成分のスペクトルデータに基づいて前記分析対象成分の物質を同定する。
【符号の説明】
【0048】
2 分析流路
4 送液ポンプ
6 インジェクタ
8 分離カラム
10 スペクトル測定装置
12 演算処理装置
14 ディスプレイ
16 入力装置
図1
図2
図3
図4
図5