(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131308
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】エチレン生産鉄酸化細菌およびエチレン生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20230914BHJP
C12P 5/02 20060101ALI20230914BHJP
C12N 13/00 20060101ALN20230914BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20230914BHJP
C12N 15/52 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P5/02
C12N13/00
C12N15/31
C12N15/52 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022035979
(22)【出願日】2022-03-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年1月13日、Microbiology Resource Announcements,2022,Volume 11,Issue 1,e01006-21において発表
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(71)【出願人】
【識別番号】000001317
【氏名又は名称】株式会社熊谷組
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100070024
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 宣行
(72)【発明者】
【氏名】西澤 智康
(72)【発明者】
【氏名】久留主 泰朗
(72)【発明者】
【氏名】太田 寛行
(72)【発明者】
【氏名】中村 孝道
【テーマコード(参考)】
4B033
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B033NG02
4B033NH04
4B033NJ01
4B064AB04
4B064CA02
4B064CA19
4B064CA21
4B064CC12
4B064CC30
4B064CD01
4B064CD30
4B065AA01X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BB03
4B065BB22
4B065BC07
4B065BD50
4B065CA03
4B065CA27
(57)【要約】
【課題】二酸化炭素を固定しながらエチレンを生産できる鉄酸化細菌を用いたエチレン生産技術の生産性、費用効率性等を向上させる。
【解決手段】二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03583又はNITE P-03584の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものが提供される。エチレン生産鉄酸化細菌を、火山砕屑物と水性液との混合物に接触させて、二酸化炭素の存在下で培養し、混合物の上部空間からエチレンを回収することを含む、エチレン生産方法も提供される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03583の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものである、鉄酸化細菌。
【請求項2】
二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03584の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものである、鉄酸化細菌。
【請求項3】
エチレン生産鉄酸化細菌を、火山砕屑物と水性液との混合物に接触させて、二酸化炭素の存在下で培養し、前記混合物の上部空間からエチレンを回収することを含む、エチレン生産方法。
【請求項4】
前記培養は、前記混合物に電圧をかけながら行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
火山砕屑物と水性液との混合物、および、前記混合物に接触されたエチレン生産鉄酸化細菌を含む、エチレン生産システム。
【請求項6】
前記混合物に電圧をかけるように構成された少なくとも一対の電極をさらに含む、請求項5に記載のエチレン生産システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレン生産鉄酸化細菌に関する。より具体的には、エチレンを生産するように遺伝子組み換えされた鉄酸化細菌、およびそのようなエチレン生産鉄酸化細菌を用いてエチレンを生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エチレン(C2H4)は、二重結合をもつ炭化水素のうち最も単純なものであり、化学工業において、プラスチック、繊維、アルコール等の様々な有機物質を構築するための基本原料として広く用いられている化合物である。エチレンはまた、天然の植物ホルモンでもあり、農業において果実成熟を促進させるために使用されることもある。
【0003】
エチレンは、上述したように、化学工業において他の物質を製造するための基本原料とされるが、エチレン自体も工業的に生産される。実際、世界で年間1億トンを超えると推定されるエチレンの工業生産量は、他のどの有機化合物の工業生産量よりも多いと言われている。そしてそのエチレンの工業生産量のほぼすべてが、化石資源(特に原油および天然ガス)に含まれる炭化水素をクラッキングすることから作られている。
【0004】
しかしながら、化石資源の埋蔵量は有限である。また、化石資源に含まれる炭化水素をクラッキングする過程できわめて多量の温室効果ガスが放出されるという問題もある。従って、エチレン工業生産のための多量の化石資源の消費を少しでも減らすことが望まれる。
【0005】
特許文献1では、鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子を導入することにより、この細菌を用いて二酸化炭素からエチレンを生産する技術を開発したことが開示されている。鉄酸化細菌は、Fe2+をFe3+へ酸化して、その際に得られるエネルギーを用いてCO2から炭素を固定し増殖することができる細菌である。特許文献1に記載の技術は、化石資源を直接的な原料とせず生物のバイオプロセスを利用するものであり、しかもCO2を捕獲しかつ利用する、CCU(CO2 Capture & Utilization)技術を体現するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示の実施形態は、二酸化炭素を固定しながらエチレンを生産できる鉄酸化細菌を用いたエチレン生産技術の生産性、費用効率性等を向上させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
天然の鉄酸化細菌のなかでも、著しい遺伝学的多様性が存在していると見られる。しかし、エチレン生産という特定の目的において有利となり得る遺伝学的バックグラウンドを見出す試みは従来特に存在していなかった。
【0009】
本発明者らは、火山灰等の火山砕屑物試料から分離された多様な微生物を分析するなかで、新規の鉄酸化細菌がそこに存在していたことに注目した。本発明者らは、鉄酸化細菌を用いたエチレン生産のために特に好適な環境を、火山砕屑物が(すなわち火山砕屑物ベースの培地が)提供できることを見出した。さらに、火山砕屑物試料から分離された特定の鉄酸化細菌株が、優れたエチレン生産能力を提供でき、火山砕屑物ベースの培地中では特に顕著なエチレン生産能力を提供できることを発見した。本発明はこれらの発見に基づくものである。
【0010】
本開示の様々な実施形態は、鉄酸化細菌によるエチレン産生ということを火山砕屑物に結び付けているという点で互いに技術的特徴が対応している。
本発明には、以下の実施形態が包含される。
[1]
二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03583の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものである、鉄酸化細菌。
[2]
二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03584の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものである、鉄酸化細菌。
[3]
エチレン生産鉄酸化細菌を、火山砕屑物と水性液との混合物に接触させて、二酸化炭素の存在下で培養し、前記混合物の上部空間からエチレンを回収することを含む、エチレン生産方法。
[4]
前記培養は、前記混合物に電圧をかけながら行われる、[3]に記載の方法。
[5]
火山砕屑物と水性液との混合物、および、前記混合物に接触されたエチレン生産鉄酸化細菌を含む、エチレン生産システム。
[6]
前記混合物に電圧をかけるように構成された少なくとも一対の電極をさらに含む、[5]に記載のエチレン生産システム。
【発明の効果】
【0011】
本開示の実施形態は、CO2を捕獲しかつ利用するCCU技術であるエチレン生産の効率性の向上を提供し得るものである。また、降り積もった火山灰等の火山砕屑物は、地表を覆い土壌を酸性にするなどして農業に負の影響を与えることが多いほか、交通、電力、水道等の分野においてもしばしば悪影響となるものであり、厄介者として除去されるばかりになりがちなところ、本開示の実施形態は、火山砕屑物に積極的な有用性を見出しそれをシンプルに活用できるという利点も有する。本開示の実施形態によるエチレン生産の方法およびシステムは、大量に存在する火山砕屑物を複雑な処理をせずとも活用でき、大規模化および省コスト化に適している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、火山砕屑物と水性液との混合物のpHおよび酸化還元電位(ORP)の経時変化を示す。
【
図2】
図2は、異なる水性液と火山砕屑物との混合物に接触されたエチレン生産鉄酸化細菌によるエチレン生産を示す、小規模バイアル静置実験のデータである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
一態様において本開示は、二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03583の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものを提供する。受託番号NITE P-03583の鉄酸化細菌は、2022年1月6日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている。本開示において、受託番号NITE P-03583の鉄酸化細菌株は、NFP11とも呼ばれる。
【0014】
本開示は、二酸化炭素の存在下でエチレンを生産する、もう1つの系統の鉄酸化細菌であって、火山砕屑物由来である受託番号NITE P-03584の鉄酸化細菌にエチレン生成酵素遺伝子が導入されたものを提供する。受託番号NITE P-03584の鉄酸化細菌は、上記と同様に、2022年1月6日付でNPMDに寄託されている。本開示において、受託番号NITE P-03584の鉄酸化細菌株は、NFP31とも呼ばれる。NFP31のゲノム配列は最近公表された(Microbiol Resour Announc. 2022 Jan 20;11(1):e0100621)。
【0015】
「火山砕屑物」とは、火山の噴火により火口から噴出された、溶岩流を除く噴出物である。粒径により、直径2mm未満のものを火山灰、直径2~64mmのものを火山礫、直径64mm超のものを火山岩塊と分類することもできる。本開示において、微生物の文脈で用いられる「火山砕屑物由来」という用語は、自然界に見出される火山砕屑物から分離された微生物を表し、すなわち、火山砕屑物中に生存していた微生物を表す。
【0016】
受託番号NITE P-03583およびNITE P-03584の鉄酸化細菌(NFP11およびNFP31)は、2000年の三宅島噴火で噴出され島に堆積していた火山砕屑物(火山灰)の試料から分離培養された株である。これらの株は、Valdes et al.によって全ゲノム配列が報告されているAcidithiobacillus ferrooxidansのATCC 23270株(BMC Genomics 2008, 9:597)と比べてゲノム全体としては少なくとも98.9%以上の配列同一性を有し、Acidithiobacillus属の鉄酸化細菌であることは明確であるが、配列上も特性上もATCC 23270株と非同一な新規株である。NFP11およびNFP31は、エチレン生成酵素遺伝子を導入して形質転換を行った場合に、下記で詳しく説明する火山砕屑物ベースの培地での培養において、対応する標準株を有意に上回るエチレン生成能を示すことが見出された。とりわけNFP11は、火山砕屑物ベースの培地だけでなく従来型の液体培地での電気培養でも著しく高いエチレン生成速度を示した。
【0017】
エチレン生成酵素(EFE:ethylene forming enzyme)遺伝子、および鉄酸化細菌へのその導入については、特許文献1に詳述されている。EFE遺伝子は、Pseudomonas syringaeグループの細菌に典型的に見出され、例えばPseudomonas savastanoi由来のものが好ましい。しかしながら、鉄酸化細菌中でα-ケトグルタル酸からエチレンを生成する反応活性が維持される限り、他の微生物のホモログ、または、天然のEFEに対してアミノ酸残基の追加、削除、もしくは置換を行った酵素をコードするEFE遺伝子であってもよいことが当業者に理解される。本実施形態において使用されるEFE遺伝子は、好ましくは、Pseudomonas savastanoi pv. PhaseolicolaのEFEのアミノ酸配列(GenBank登録番号AAD16440.1、配列番号2)に対して90%以上の配列同一性を有し、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む酵素タンパク質をコードする遺伝子である。あるいは、本実施形態において使用されるEFE遺伝子は、好ましくは配列番号1中の第95塩基から第1144塩基までのORF(Open Reading Frame)の核酸配列に対して90%以上の配列同一性を有し、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは100%の配列同一性を有する核酸配列を含む遺伝子である。
【0018】
発現効率をより改善させるために、コドン最適化等のコード配列改変を行ってもよい。コドン最適化の手法は当業者に知られておりは、例えば、鉄酸化細菌の全ゲノムにおける各コドンの使用頻度を集計して、使用頻度がより高いコドンをEFE遺伝子に適用することにより達成され得る。
【0019】
EFE遺伝子を導入・発現するためのプラスミドベクター、プロモータ、その他の転写制御エレメント、翻訳制御エレメント等は、当業者が本願明細書および公知の情報に基づいて適宜選択することができる。EFE遺伝子を含むプラスミドベクターは、形質転換によりそれを取り込んだ細胞、またはそれを染色体ゲノムに組み入れた細胞を選択するための、薬剤耐性遺伝子をさらに含むことが好ましい。そのような薬剤耐性遺伝子の例としては、カナマイシン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、およびこれらの組合せが挙げられる。しかしこれらの薬剤あるいは薬剤耐性遺伝子産物は、鉄酸化細菌を生育させる低pH環境では機能が低下し選択効率が低下すると見られたところ、本発明者らは、クロラムフェニコール耐性遺伝子とクロラムフェニコールの組合せが特に良好に機能することを見出した。
【0020】
プロモータは、恒常的に発現するものであってもよいし、発現誘導可能なものであってもよい。従って、本明細書における「EFE遺伝子が導入された鉄酸化細菌」およびそれに類する表現は、その鉄酸化細菌があらゆる瞬間においてEFE遺伝子を発現していることは必ずしも意味せず、「EFE遺伝子を発現可能な鉄酸化細菌」という意味で解されるべきである。EFEまたはEFE遺伝子に関する「発現」とは、遺伝子DNAが転写され翻訳され酵素タンパク質が産生されることを意味する。
【0021】
鉄酸化細菌への外来遺伝子の導入は、接合法(大腸菌等のプラスミドドナー細菌からのコンジュゲーション)または電気穿孔法(エレクトロポレーション)によって達成することができる。NFP11およびNFP31はどちらの手法にも適合している。導入効率が高いこと、およびプラスミドを小型化できることという観点から、電気穿孔法が特に好ましい。EFE遺伝子のような外来遺伝子が導入された鉄酸化細菌は、形質転換体と呼ばれ、組換え体あるいは組換株とも呼ばれ得る。導入されたEFE遺伝子は、プラスミドの形態で鉄酸化細菌中に維持され得、あるいはゲノム染色体に組み入れることも可能である。
【0022】
鉄酸化細菌の培養の文脈で用いられる「二酸化炭素の存在下」あるいは「二酸化炭素を含む雰囲気下」という表現は、二酸化炭素を含む外気環境中に鉄酸化細菌を含む培地が置かれること、および/または、鉄酸化細菌を含む培地中に二酸化炭素含有ガスが通気されることを意味し得る。
【0023】
一態様において本開示は、エチレン生産鉄酸化細菌を、火山砕屑物と水性液との混合物に接触させて、二酸化炭素の存在下で培養し、上記混合物の上部空間からエチレンを回収することを含む、エチレン生産方法を提供する。天然の鉄酸化細菌はエチレンを生産しないところ、「エチレン生産鉄酸化細菌」という用語は、エチレン生成酵素(EFE)遺伝子が導入されて形質転換された鉄酸化細菌を表す。NFP11株またはNFP31株の鉄酸化細菌を該形質転換の宿主として利用することが特に好ましく、NFP11株がより好ましい。
【0024】
本実施形態では、火山砕屑物と水性液との混合物が、エチレン生産鉄酸化細菌を培養するための、すなわち当該鉄酸化細菌を生存維持または増殖させるための、培地となることが理解される。例えば培地の固形分重量の50%以上、90%以上、または100%を火山砕屑物とし得る。該混合物に鉄酸化細菌が「接触」するとは、典型的には、該混合物中に鉄酸化細菌群が均一に混合されることを表すが、鉄酸化細菌群の密度が局所的に高くなっている状態で接触が起こる態様も企図される。水性液中で火山砕屑物の濃度が非均一になっている態様も企図される。水性液1mL当たり、例えば107以上、好ましくは108以上、より好ましくは109以上の細胞数の鉄酸化細菌が最初に提供され得る。水性液に鉄酸化細菌を懸濁させたものを火山砕屑物と組み合わせることが簡便である。細胞数は培養中に変化し得る。
【0025】
本実施形態で使用される火山砕屑物は、例えば、火山から噴出されてから50年以内、25年以内、10年以内、5年以内、1年以内、1カ月以内、1週間以内、または1日以内のものであってもよい。
【0026】
火山砕屑物は、水性液との接触面積を増やすために、粒の半数以上が好ましくは64mm未満、より好ましくは10mm未満、さらに好ましくは2mm未満の粒径のもので占められ得る。つまり、火山砕屑物は、粒の半数以上が火山礫および/または火山灰であることが好ましく、火山灰であることがより好ましい。例えば2mm未満の粒径の火山砕屑物とは、目開き2mmの篩を通るものを意味する。火山砕屑物は、火山から噴出され堆積した時点でこれらのサイズを有していてもよいし、採取後に人為的に破砕してこれらのサイズに調整してもよい。エチレン生産鉄酸化細菌と組み合わされる前に、例えば100~120℃のような高温処理で火山砕屑物を滅菌してもよい。
【0027】
本実施形態では、火山砕屑物から浸出する鉄イオンがエチレン生産鉄酸化細菌によって利用されると考えられる。鉄は地球で最も豊富な金属の一つであり、典型的に火山砕屑物も当該鉄酸化細菌の培養のために十分な量の鉄を含んでいる。火山砕屑物は例えば、酸化物基準の重量%で0.5~50%、1~30%、あるいは5~20%の鉄を含み得る。火山灰が土壌を酸性化する問題が知られているように、火山砕屑物は固有の酸性特性を有しており、水に懸濁した場合に、典型的には4.0以下のpHが得られる。特定の理論に拘束されないが、火山砕屑物の酸性特性は、吸着した火山ガス成分に起因し得ると考えられる。火山砕屑物の吸着成分は、培地としての還元力にも影響し得る。
【0028】
水性液は、水であってもよいし、水にその他の成分が溶解した水溶液であってもよい。鉄酸化細菌の生存および増殖を妨げない溶質成分(例えば無機塩)は当業者が通常の知識に基づいて適宜選択することができる。火山砕屑物とは別に、水性液に鉄成分を含ませてもよいがそれは必須ではない。水性液を火山砕屑物と組み合わせて得られる混合物のpHは好ましくは5.0未満であり、例えば4.3以下、4.0以下、3.5以下、または3.0以下であり得る。鉄酸化細菌を培養するための培地のpHは通常1.0以上であり、典型的には1.5以上である。
【0029】
少なくとも、火山砕屑物の最上部まで水性液で浸されることが好ましく、混合物がスラリーまたは懸濁液の状態になってもよい。例えば混合物中の水性液の割合は重量基準で10~90%、15~70%、または20~60%であり得る。例えば混合物中の火山砕屑物の割合は重量基準で10~90%、30~85%、または40~80%であり得る。培養開始後に、水性液、火山砕屑物、またはその両方を補充または部分的に交換することも可能である。
【0030】
培養は、二酸化炭素を含む雰囲気下で行われる。空気はその一例である。培養雰囲気中の二酸化炭素濃度は、空気中濃度またはそれ未満とすることも可能ではあるが、空気中濃度以上とすることが好ましく、例えば1体積%以上、5体積%以上、10体積%以上、あるいは30体積%以上とし得る。二酸化炭素濃度は80体積%またはそれ以上にも達し得る。培養雰囲気には、空気中濃度またはそれを下回る濃度の酸素が含まれていてもよい。雰囲気中の酸素濃度は、例えば20.95体積%以下、20体積%以下、あるいは15体積%以下とし得る。培養雰囲気中の酸素濃度は、例えば0.5体積%以上、1体積%以上、3体積%以上、5体積%以上、あるいは10体積%以上とし得る。上述したように、これらの二酸化炭素含有ガスを培養の外気環境としてもよく、および/または、これらの二酸化炭素含有ガスを水性液・火山砕屑物混合物中に通気させてもよい。
【0031】
培養温度は例えば10~37℃であり得、好ましくは20~35℃、より好ましくは25~35℃、特に好ましくは28~32℃である。室温での培養が好適である。培養の継続時間は特に限定されないが、エチレンの収量を考慮すれば通常は10時間以上であり、好ましくは24時間以上、より好ましくは72時間以上、あるいは1週間以上もしくは1ヶ月以上であってもよい。理論上、培地成分を補給し続けることにより、半永久的に培養およびエチレンの収穫を行い続けることができると考えられる。
【0032】
エチレンは、上記混合物の上部空間に放出され、蓄積する。従って、培養開始後、鉄酸化細菌により合成されたエチレンを含むエチレン含有気体が、上部空間すなわちヘッドスペースから回収される。例えば、上部空間からエチレン含有気体を積極的に(例えばポンプを介して)引き抜くことができる。エチレン含有気体の回収は、連続的に起こってもよいし、バッチごとに行ってもよい。
【0033】
収穫される気体から、公知の方法を用いてエチレンを分離することができる。本実施形態に係るエチレン生産方法は、培養後の混合物の上部空間から回収されたエチレン含有気体からエチレンを分離することをさらに含み得る。公知のエチレン分離方法の例としては、低温蒸留法、ゼオライト等の吸着材を用いた圧力変動吸着法、および膜分離法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
一実施形態では、培養は、上記混合物に電圧をかけながら行われる。培地に電圧をかけながら行う培養は電気培養として知られている(例えば特開2004-16023号公報)。電気培養のためには少なくとも2つの電極すなわち作用極と対極が水性液に接触(例えば挿入)される。鉄酸化細菌は培地中の鉄イオンを二価から三価へと酸化させるところ、この三価鉄Fe3+を二価鉄Fe2+へと再生(還元)するに足りるだけの電子e-を作用極から供給するように作用極と対極との間で電圧を印加することによって、鉄酸化細菌は代謝のために二価鉄を利用し続けることができるようになる。還元力の提供は、鉄酸化細菌の生存・増殖を増強するだけでなく、EFE自体の活性の増強にもつながり得る(EFEは活性中心に二価鉄が配位した酵素である)。
【0035】
培養槽のうち作用極側区画と対極側区画との間をイオン交換膜(具体的には一価陽イオン交換膜、より具体的にはプロトン交換膜、さらに具体的にはナフィオン膜)で隔てることが好ましい。イオン交換膜は、水素イオンの膜透過を許容することにより培養槽の両区画でのpHの偏りを防ぐとともに、作用極側区画に入れられた細菌細胞や鉄イオンが対極側区画に流出することを実質的に妨げ得る。対極側区画は火山砕屑物、鉄酸化細菌、またはその両方の含有を省略してもよい。作用極および対極の素材は例えば炭素または白金であり得るがこれらに限定されない。培養槽内の電気化学的状態を制御および/または監視するために、作用極側区画に参照極を設けてもよい。印加電圧、あるいは作用極の電位は、例えば1.0~-1.0V(vs.Ag/AgCl)の範囲内であり得る。
【0036】
本開示はさらなる態様において、火山砕屑物と水性液との混合物、および、該混合物に接触されたエチレン生産鉄酸化細菌を含む、エチレン生産システムを提供する。例えば、エチレン生産システムは、火山砕屑物と水性液との混合物、および、該混合物に接触されたエチレン生産鉄酸化細菌を含む、培養槽と、上記混合物の上部空間にある気体を覆うことによりエチレン含有気体がシステム外に拡散することを防ぎエチレンを捕捉する覆いとを含み得る。一実施形態では、エチレン生産システムは、該混合物に電圧をかけるように構成された少なくとも一対の電極をさらに含む。火山砕屑物、水性液、混合物、エチレン生産鉄酸化細菌、および電極を含め、このエチレン生産システムの実施形態の構成要素については、本明細書の他箇所で提供してきた説明が適用され得る。例えば、エチレン生産システムは、上記混合物に二酸化炭素含有ガスを通気するように構成された二酸化炭素含有ガス排出路を上記混合物中に含んでもよい。エチレン生産システムの実施形態を用いて、上述したエチレン生産方法を実施することができる。エチレン生産システムにおけるエチレン生産鉄酸化細菌がNFP31の形質転換体であることが好ましく、NFP11の形質転換体であることがより好ましい。
【実施例0037】
[実施例1:火山灰由来の鉄酸化細菌に基づく形質転換体によるエチレン生産の評価]
配列番号2のEFEポリペプチドをコードしAcidithiobacillus ferrooxidans用にコドン最適化された核酸配列を、同細菌のイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(IDH)遺伝子由来プロモータ配列と大腸菌用発現ベクター由来のrrnBターミネーター配列との間に有するプラスミドを構築した。IDHは、TCAサイクルにおいてイソクエン酸からα-ケトグルタル酸(EFEの基質となる化合物)を生成する酵素であるため、IDHに匹敵する発現量でEFEを存在させる設計とするためにIDH遺伝子プロモータを使用した。このプラスミドはクロラムフェニコール耐性遺伝子も有するが、これは酸性培養環境における形質転換体の選抜効率を著しく改善させることが見出された。このプラスミドを、エレクトロポレーションによって鉄酸化細菌に導入し、形質転換体すなわちエチレン生産鉄酸化細菌を得た。
【0038】
表1は、異なる形質転換体(「組換株」)を同じ培養装置において実質的に同条件で288時間にわたり電気培養するあいだに観察された最大エチレン生成速度ならびにその際の細胞密度および細胞乾燥重量を示す。培養装置は、液体培地を収容する培養槽の作用極槽および対極槽ならびにそれら二区画を分けるイオン交換膜(ナフィオン膜)の他に、ポテンショスタットと、それに付随する三つの電極、すなわち作用極、対極、および参照極を含むものであった。培養槽内に9K改良型液体培地を入れ、バブリングにより圧縮空気を連続的に導入し、0~200mV(vs.Ag/AgCl)の範囲内の定電圧を掛けて作用極を陰極として作用させながら30℃で培養を行った。エチレン生産鉄酸化細菌は、イオン交換膜を介して分離された培養槽の2区画のうち、作用極と参照極が浸漬された方の区画(作用極槽)に存在させた。上記圧縮空気は、約400ppmのCO2のほか約20%の酸素を含み残部はほとんど窒素である。経時的に培養液およびヘッドスペース気体をサンプリングして、細胞密度およびエチレン蓄積量(ガスクロマトグラフィーによる)を計測した。表2は9K改良型液体培地の組成を示し、その残部は水である。
【0039】
【0040】
【0041】
表1中、AF-rEF3は、American Type Culture Collection(ATCC)から入手可能なAcidithiobacillus ferrooxidans ATCC 19859株に基づく形質転換体を表す。ATCC 19859は、特許文献1の実施例でも使用されていたいわば標準株である。NFP11-rEF3およびNFP31-rEF3は、それぞれ、2000年の三宅島噴火で噴出され堆積した火山灰の試料から分離された株である受託番号NITE P-03583およびNITE P-03584の鉄酸化細菌(NFP11およびNFP31)に基づく形質転換体を表す。NFP11およびNFP31株に基づくエチレン生産鉄酸化細菌は、培養液体積当たりおよび/または細胞当たりのエチレン生成を有意に高いレベルで達成できることが明らかになった。NFP11株に基づくエチレン生産鉄酸化細菌によるエチレン生成能がとりわけ顕著であった。
【0042】
[実施例2:エチレン生産用培地としての火山砕屑物の利用]
本実施例では、学術調査で入山した三宅島で採取された火山砕屑物によるデータを示すが、他の火山由来の火山砕屑物試料でも本質的に同様の結果が生じ得る。まず、火山砕屑物を、110℃で24時間熱処理して滅菌した。その後、すり鉢で細かく砕いてふるいにかけて、粒径<2mmの火山砕屑物試料とした。仮比重は0.92であった(11g/12mL)。この試料を化学分析したところ、文献に見られる典型的な火山砕屑物に該当する組成が示され、鉄の含有量はFe2O3換算で平均15質量%程度であった。
【0043】
上記火山砕屑物試料を、5倍量(重量対体積)の水性液に懸濁して得た組成物の電気化学的特性を調べた結果を
図1に示す。水性液としてBS液、ES液、および純水を用いた場合のpHのグラフを図中それぞれ「BS」(三角印マーカー)、「ES」(丸印マーカー)、および「DW」(菱形印マーカー)として示している。横軸は、組成物調製後の時間(hours)を示している。BS液の組成は、1L当たり0.5 g KH
2PO
4、3.0 g (NH
4)
2SO
4、0.1 g KCl、0.5 g MgSO
4・7H
2O、15.0 mg Ca(NO
3)
2・4H
2O、残部水であり、pHは4.6~4.8である。ES液は、上述した9K改良型培地からFeSO
4・7H
2Oを除いたものに相当し、pHは2.0である。これらの水性液はいずれも鉄イオンを含んでいない。いずれの水性液を用いても、火山砕屑物自体の酸性に基づいて、鉄酸化細菌によるエチレン生産に適した低pHが達成されたことがわかる(
図1)。さらに興味深いことに、火山砕屑物と水性液の混合物である組成物は、経時的に酸化還元電位(ORP)の低下を示した(
図1中、水性液が純水である場合のORPのグラフを破線で示している)。この観察は、火山砕屑物が還元力を提供していることを示唆するものであり、これは鉄酸化細菌によるエチレン生産をさらに促進させる環境を提供するものと理解される。
【0044】
図2は、火山砕屑物に基づく培地におけるエチレン生産鉄酸化細菌によるエチレン生産を示す。水性液に関しDW、BS、ESの区別は上述した通りである。また、実施例1で用いたのと同じAF-rEF3(実線)、NFP11-rEF3(破線)、およびNFP31-rEF3(一点鎖線)のエチレン生産鉄酸化細菌を使用した。上記火山砕屑物試料5gを水性液5mLと混合し、5×10
9細胞のエチレン生産鉄酸化細菌も混合物中に均一に導入して、バイアル中に封入した。気相を空気中5体積%のCO
2に置換した。このバイアルを25℃にてインキュベーションした。バイアル栓を通して経時的にヘッドスペースガスを吸引して採取し、ガスクロマトグラフィーによりエチレン濃度を測定した。水性液の種類に関わらず、NFP11株に基づくエチレン生産鉄酸化細菌であるNFP11-rEF3が(そして次いでNFP31-rEF3が)一貫して高いエチレン生成を示した(
図2)。
【0045】
同様のバイアル静置培養において、9K改良型液体培地を用いた実験(ここでは液体培地実験と呼ぶ)と、上記のように火山砕屑物とBS液との混合物培地を用いた実験(ここでは火山砕屑物培地実験と呼ぶ)との間で、エチレン生産結果を比較した。ただし、エチレン生産鉄酸化細菌の細胞接種量は、前者では1.2×109cells/mL(0.228 g-CDW/L)、後者では1.0×109cells/mL(0.190 g-CDW/L)であった。培養開始後168時間の時点でのエチレン生成速度(μmol/g-CDW/h)を比較すると、AF-rEF3株に関しては、火山砕屑物培地実験でのエチレン生成速度は液体培地実験の約0.6倍であってむしろ遅かったのに対し、NFP31-rEF3株では約1.3倍、NFP11-rEF3株では約2.0倍、火山砕屑物培地実験の方が高いエチレン生成速度が得られていた。この結果は、NFP31およびNFP11株に基づくエチレン生産鉄酸化細菌が火山砕屑物培地でのエチレン生産において特に顕著な性能を発揮できるということをさらに実証している。
【0046】
また、AF-rEF3株に関しては、液体培地実験と比較して火山砕屑物培地実験でのエチレン生産が見劣りするようにも見られるが、しかし液体培地実験では高濃度の鉄イオンが人工的に添加されていたのに対し、火山砕屑物培地実験では火山砕屑物から浸出する鉄イオンのみを利用していることに留意すべきである。火山砕屑物はほぼ無尽蔵ともいえる量で利用可能でありそれを水性液に浸すという培養環境の調製は大規模化も容易であるため、火山砕屑物とエチレン生産鉄酸化細菌を利用するエチレン生産は大局的にはきわめて高い費用効率性の可能性を有している。