(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131406
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】シミュレータ、医療補助装置、情報処理装置及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G09B 9/00 20060101AFI20230914BHJP
G09B 23/28 20060101ALI20230914BHJP
【FI】
G09B9/00 Z
G09B23/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022036150
(22)【出願日】2022-03-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り [公開の事実1] 刊行物:関東学生会第60回学生員卒業研究発表講演会論文集 発行日:令和3年3月10日 [公開の事実2] 刊行物:日本機械学会関東支部 第27期総会・講演会 講演論文集 発行日:令和3年3月10日
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【弁理士】
【氏名又は名称】右田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】古目谷 暢
(72)【発明者】
【氏名】高橋 俊
(72)【発明者】
【氏名】福田 紘大
(72)【発明者】
【氏名】木村 啓志
【テーマコード(参考)】
2C032
【Fターム(参考)】
2C032CA03
(57)【要約】
【課題】結石の自然排石メカニズムをコンピュータシミュレーションにより明らかにすることを目的としたシミュレータ等を提供する。
【解決手段】シミュレータは、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置してコンピュータシミュレーションを行い、前記コンピュータシミュレーションに基づいて、体内空間における結石の挙動、又は体外に結石が排石される条件のうち少なくとも一方を求める。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置してコンピュータシミュレーションを行い、
前記コンピュータシミュレーションに基づいて、体内空間における結石の挙動、又は体外に結石が排石される条件のうち少なくとも一方を求める、
ことを特徴とするシミュレータ。
【請求項2】
前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルに作用する重力、浮力、及び流体抗力をパラメータとして含む運動方程式を用いる、
請求項1に記載のシミュレータ。
【請求項3】
前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルが前記臓器モデルの内壁に接している場合には、当該内壁が法線方向に対して前記結石モデルに与える反発力を模擬する反発係数モデル及び当該内壁が接線方向に対して前記結石モデルに与える摩擦力を模擬する摩擦係数モデルをパラメータとして更に含む運動方程式を用いる、
請求項2に記載のシミュレータ。
【請求項4】
前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルが前記臓器モデルの内壁に接している場合には、当該結石モデルが当該内壁に対して滑り運動及び/又は転がり運動を模擬する挙動を再現する、
請求項3に記載のシミュレータ。
【請求項5】
前記コンピュータシミュレーションは、前記臓器モデルが動いている場合には、前記結石モデルに作用する慣性力をパラメータとして更に含む運動方程式を用いる、
請求項2に記載のシミュレータ。
【請求項6】
前記コンピュータシミュレーションに用いられる運動方程式のパラメータに含まれる流体抗力は、前記臓器モデル内に存在する尿の流速を零として算出される、
請求項2から5のいずれか一項に記載のシミュレータ。
【請求項7】
体内空間における結石の挙動を現実空間に再現した三次元模型実験の実験結果を取得し、取得した前記実験結果と所定の値を与えたパラメータに基づく前記コンピュータシミュレーションの解析結果とを比較して、当該パラメータの精度を検証する検証処理を行う、
請求項1から6のいずれか一項に記載のシミュレータ。
【請求項8】
前記検証処理によって精度が良好であると判定されたパラメータを蓄積する記憶手段を備え、
前記記憶手段に蓄積されたパラメータを用いて、新たな前記コンピュータシミュレーションを行う、
請求項7に記載のシミュレータ。
【請求項9】
前記三次元模型実験は、MRI検査、レントゲン検査、CT検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査のいずれかによって得られた腎臓の画像に基づいて内部形状を現実空間に再現した腎臓の模型を用いる、
請求項7又は8に記載のシミュレータ。
【請求項10】
前記臓器モデルは、腎盂から複数の腎杯が枝分かれしている腎臓の内部形状、又は前記腎臓の内部形状に膀胱及び尿道を組み合わせて再現したものであり、
前記コンピュータシミュレーションは、複数の前記結石モデルを前記臓器モデル内に配置して、与えた条件に応じて前記臓器モデルを移動する複数の前記結石モデルの挙動を求めるものであり、
前記コンピュータシミュレーションに基づいて、前記臓器モデル内における複数の腎杯のそれぞれについて結石が残存するリスクを求める、
請求項1から9のいずれか一項に記載のシミュレータ。
【請求項11】
前記臓器モデルは、診断対象となる患者に対して行った検査結果に基づいて、当該患者の腎臓の内部形状、又は前記腎臓の内部形状に膀胱及び尿道を組み合わせて再現したものであり、
前記コンピュータシミュレーションに基づいて、前記臓器モデル内における複数の腎杯のそれぞれについて、外科手術によって破砕された結石が残存するリスクを求め、残存リスクの高い腎杯に対して推奨される対処方針を出力する、
請求項10に記載のシミュレータ。
【請求項12】
前記コンピュータシミュレーションに基づいて求めた尿路内における結石の挙動を可視化した動画を表示する表示手段を備える、
請求項1から11のいずれか一項に記載のシミュレータ。
【請求項13】
使用者の姿勢を変化させることによって、体内空間における結石の排石を促す医療補助装置であって、
体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づいて定めた入力条件によって制御される、
ことを特徴とする医療補助装置。
【請求項14】
使用者の操作を受け付ける入力手段と、
前記入力手段によって受け付けた操作に基づいて解析処理を行う解析手段と、
前記解析処理の結果を出力する出力手段と、
を備える情報処理装置であって、
前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、
前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、
ことを特徴とする情報処理装置。
【請求項15】
使用者の操作を受け付ける入力処理と、
前記入力処理によって受け付けた操作に基づく解析処理と、
前記解析処理の結果を出力する出力処理と、
をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムであって、
前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、
前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、
ことを特徴とするコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレータ、医療補助装置、情報処理装置及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
尿路結石症は、シュウ酸カルシウムなどが尿路内で結晶化することで発症する疾患である。直径の小さい結石は自然排石による治療が期待できるが、直径約6mmを超えると自然排石は困難であり手術治療が必要になることが多い。
尿路結石症の手術治療は、体外衝撃波結石破砕術、経尿道的尿路結石除去術、経皮的尿路結石破砕除去術がある。尿路結石症は、再発率が高く、手術による身体への負担を考慮する必要がある。そのため、発症初期の段階で自然排石を効果的に促す治療法が求められている。
しかしながら、尿路結石の自然排石メカニズムは未だ十分に明らかになっておらず、自然排石を効果的に促す治療法は確立されていない。
尿路結石の治療に関する技術の一具体例として、下記の特許文献1を例示する。
【0003】
特許文献1には、体内空間で結石を破砕するデバイスと内視鏡とを組み合わせた医療装置に関する発明が開示されている。当該医療装置は、破砕した結石の破片が、体内でどのような軌跡で動くのか、最終的な位置がどこになるのか、を画像解析によって追跡することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の開示されている医療装置は、現実の体内空間で結石を破砕した後に、破砕した結石を追跡する技術であるため、外科手術を施す必要があり、被験者に負担をかけてしまう。また、手術中の患者を動かすことはできないし、手術後の体内空間の運動や姿勢の変化に伴う結石の挙動を観察できないため、日常生活における自然排石メカニズムの解明には役に立たない。この他、体内空間の結石の動きを正確にシミュレーションするためには、体内空間における壁面と結石の関係と、体内空間に満たされている流体の流れを解析するが、これらを同時に演算処理するためには、処理負荷が大きく、スーパーコンピュータなどの大型計算機の使用が必要になり、1回あたり数日程度の時間と多大な利用料が発生し、必要なときにすぐにシミュレーションができない課題がある。
そこで、発明者らは、計算コストを大幅に削減し、通常の電子計算機でも短時間の演算処理で精度の高い運動や姿勢の変化に伴う結石挙動や、日常生活における自然排石メカニズムの解明に使用できるシミュレータに加え、更に、前述のシミュレータよりも計算コスト、演算処理時間が必要になるが、より精度の高い運動や姿勢の変化に伴う結石挙動や、日常生活における自然排石メカニズムの解明に使用できるシミュレータの開発に至った。
【0006】
本発明は、上記の課題に鑑みなされたものであり、計算コストを大幅に削減し、通常の電子計算機でも演算処理時間を大幅に削減した精度の高い結石の自然排石メカニズムをコンピュータシミュレーションにより明らかにすることを目的としたシミュレータ、及び、それにより明らかになった結石の自然排石メカニズムに基づく医療補助装置、情報処理装置及びコンピュータプログラム、及び計算コストを削減し、演算処理時間を削減したより精度の高い結石の自然排石メカニズムをコンピュータシミュレーションにより明らかにすることを目的としたシミュレータ、及び、それにより明らかになった結石の自然排石メカニズムに基づく医療補助装置、情報処理装置及びコンピュータプログラムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置してコンピュータシミュレーションを行い、前記コンピュータシミュレーションに基づいて、体内空間における結石の挙動、又は体外に結石が排石される条件のうち少なくとも一方を求める、ことを特徴とするシミュレータが提供される。
【0008】
本発明によれば、使用者の姿勢を変化させることによって、体内空間における結石の排石を促す医療補助装置であって、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づいて定めた入力条件によって制御される、ことを特徴とする医療補助装置が提供される。
【0009】
本発明によれば、使用者の操作を受け付ける入力手段と、前記入力手段によって受け付けた操作に基づいて解析処理を行う解析手段と、前記解析処理の結果を出力する出力手段と、を備える情報処理装置であって、前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、ことを特徴とする情報処理装置が提供される。
【0010】
本発明によれば、使用者の操作を受け付ける入力処理と、前記入力処理によって受け付けた操作に基づく解析処理と、前記解析処理の結果を出力する出力処理と、をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムであって、前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、ことを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、計算コストを大幅に削減し、通常の電子計算機でも演算処理時間を大幅に削減した精度の高い結石の自然排石メカニズムをコンピュータシミュレーションにより明らかにすることを目的としたシミュレータ、及び、、及び計算コストを削減し、演算処理時間を削減したより精度の高い結石の自然排石メカニズムをコンピュータシミュレーションにより明らかにすることを目的としたシミュレータ、及び、それにより明らかになった結石の自然排石メカニズムに基づく医療補助装置、情報処理装置及びコンピュータプログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】静止した結石モデルに作用する重力F
g、浮力F
b、流体抗力F
dの大きさの変化を示す図である。
【
図2】本実施形態において再現された腎杯三次元模型を示す図である。
【
図3】本実施形態に用いた加速度運動実験システムを示す図である。
【
図4】コンピュータシミュレーションによって解析された、高速モードにおける結石モデルの排石軌道を示す図である。
【
図5】コンピュータシミュレーションによって解析された、低速モードにおける結石モデルの排石軌道を示す図である。
【
図6】本実施形態において再現された臓器モデル及び臓器モデルに配置された100個の結石モデルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。なお、すべての図面において、同様の構成要素には同一の符号を付し、適宜に説明を省略する。
【0014】
<本発明に係るシミュレータ100について>
本発明に係るコンピュータシミュレーションを実現する装置を、本実施形態ではシミュレータ100と称して説明する。シミュレータ100は、本発明に係るコンピュータシミュレーションの実現に必要なハードウェア資源を含んでいる。ここでハードウェア資源とは、具体的には、シミュレータ100に内蔵されているCPUやメモリ、使用者の操作入力を受け付ける入力装置、及び使用者の操作や各機能の実現に必要な画面や音声等を出力する出力装置等を例示することができる。
本実施形態の説明の便宜上、シミュレータ100が単一の装置であるものとして説明するが、本発明に係るコンピュータシミュレーションは複数の装置が協働することによって実現されてもよい。
【0015】
シミュレータ100は、臓器モデル及び結石モデルを配置した仮想空間において当該結石モデルの排石軌道のコンピュータシミュレーションを行うコンピュータ装置である。シミュレータ100は、当該コンピュータシミュレーションに基づいて、体内空間における結石の挙動、又は体外に結石が排石される条件のうち少なくとも一方を求める。
ここで臓器モデルとは、体内空間に生じる結石が存在し得る臓器を模して仮想空間内に表したものであり、具体的には腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む構成又は複数を組み合わせた構成からなる。仮想空間内に表す臓器モデルの元となるデータは、CT検査に由来するものでなくてもよく、MRI検査、レントゲン検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査のいずれかによって得られた腎臓の画像データであってもよい。更に、 臓器モデルは、生体内での臓器の可動性を考慮し、臓器を生理学的に起こりうる角度に傾斜した形にしてもよい。
ここで結石モデルとは、体内空間に生じる結石を摸して仮想空間内に表したものである。仮想空間内に表す結石モデルは解析しやすいように球形や多角形等の単純な形状に設定してもよいし、過去に手術で摘出されたり、自然排出された結石をスキャンしてデータ化してもよい。更に、CT検査、MRI検査、レントゲン検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査の何れかによって得られた結石画像データであってもよい。
【0016】
シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションは、結石モデルに作用する力を考慮した計算処理、より具体的には離散要素法(Discrete Element Method;DEM)によって結石モデルの運動を解析する処理である。また、後述するが、臓器モデル内に存在する流体(尿)の速度uwを零であるものと近似してシミュレーションを行う場合には、DEMのみによる解析処理を行う。より精密な解析が必要と判断される場合には、臓器モデル内に存在する流体(尿)の速度uwを零と近似せずに、DEMと並行して数値流体力学(Computational fluid dynamics;CFD)を用いて解析処理を行う。なお、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションに係る計算手法は上記に限られず、本発明の目的を達成する範囲において適切な計算手法に置換可能である。
シミュレータ100は、結石モデルが臓器モデルの内壁に接している状況(壁面接触時)を解析するか、結石モデルが内壁に接していない状況(非壁面接触時)を解析するか、によって使用する運動方程式が異なる。また、シミュレータ100は、臓器モデルが動いている状況(動作時)を解析するか、臓器モデルが動いていない状況(静止時)を解析するか、によって使用する運動方程式が異なる。
【0017】
シミュレータ100が、静止時であって非壁面接触時である場合の解析に使用する運動方程式である式(1)と、シミュレータ100が、静止時であって壁面接触時である場合の解析に使用する運動方程式である式(2)と、を以下に示す。
【数1】
【数2】
【0018】
シミュレータ100が、動作時であって非壁面接触時である場合の解析に使用する運動方程式である式(3)と、シミュレータ100が、動作時であって壁面接触時である場合の解析に使用する運動方程式である式(4)と、を以下に示す。
【数3】
【数4】
【0019】
上記の式(1)~式(4)において、mpは結石モデルの質量[kg]、maddは結石モデルの付加質量[kg]、xpは結石モデルの位置[m]、tは時刻[sec]、Fgは重力[N]、Fdは流体抗力[N]、Fbは浮力[N]、Fg,tは重力の壁面接線方向成分[N]、Fd,tは流体抗力の壁面接線方向成分[N]、Fb,tは浮力の壁面接線方向成分[N]、Fc,nは反発力の壁面法線方向成分[N]、Fc,tは摩擦力の壁面接線方向成分[N]、Fiは結石モデルに作用する慣性力[N]を表す。
【0020】
上述したように、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションは、非壁面接触時/壁面接触時のいずれであっても、静止時/動作時のいずれであっても、結石モデルに作用する重力、浮力、及び流体抗力をパラメータとして含む運動方程式を用いることを特徴とする。
また、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションは、結石モデルが臓器モデルの内壁に接している場合(壁面接触時)には、当該内壁が法線方向に対して結石モデルに与える反発力を模擬する反発係数モデル(後述する反発係数Cr)及び当該内壁が接線方向に対して結石モデルに与える摩擦力を模擬する摩擦係数モデル(後述する摩擦係数Cf)をパラメータとして更に含む運動方程式を用いることを特徴とする。上記の摩擦係数モデルは、結石モデルが臓器モデルの内壁に接している場合には、当該結石モデルが当該内壁に対して滑り運動及び/又は転がり運動を模擬する挙動を再現する、ことができる。
そして、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションは、臓器モデルが動いている場合(動作時)には、結石モデルに作用する慣性力をパラメータとして更に含む運動方程式を用いることを特徴とする。
【0021】
続いて、結石モデルに対する重力F
gを式(5)、結石モデルに対する流体抗力F
dを式(6)、結石モデルの浮力F
bを式(7)、結石モデルへの反発力F
c,nを式(8)、結石モデルへの摩擦力F
c,tを式(9)、結石モデルへの慣性力F
iを式(10)で表す。
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
【数9】
【数10】
【0022】
上記の式(5)~式(10)において、gは重力加速度[m/s2]、Vpは結石モデルの体積[m3]、ρpは結石モデルの密度[kg/m3]、ρwは液体の密度[kg/m3]、upは結石モデル速度[m/s]、uwは流体の速度[m/s]、CDは抗力係数[-]、Apは結石モデルの投影断面[m2]、Crは反発係数[-]、Cfは摩擦係数[-]、up,nは結石モデル速度の壁面法線方向成分[m/s]、up,tは結石モデル速度の壁面接線方向成分[m/s]、xcは臓器モデルの回転中心位置[m] 、xpは結石モデルの位置[m]、Ciは慣性力係数[-]、ωは臓器モデルの回転角速度[rad/s]を表す。
上記の各パラメータのうち、重力加速度g、結石モデルの体積Vp、結石モデルの密度ρp、液体の密度ρw、結石モデルの投影断面Ap、臓器モデルの回転中心位置xc、臓器モデルの回転角速度ωは、コンピュータシミュレーションの入力条件であり、不変の値又は解析者が任意に定める値である。
流体の速度uwは、結石に対する周囲の流体(すなわち尿)の速度である。
反発係数Cr及び摩擦係数Cfは、結石と臓器内壁の形状と性状に基づいて決定されるパラメータであり、後述するシミュレータに入力した数値による結石モデルの挙動と、三次元模型実験の実験結果と相関を取りながら決定される。新しくシミュレーションをする臓器モデル、結石モデルが過去のシミュレーションで使用した臓器モデル、結石モデルと類似している場合は、三次元模型実験を省略して、過去に使用した反発係数Cr及び摩擦係数Cfをシミュレータに入力して結石モデルの挙動解析を行うことができる。また、更に三次元模型実験を行い、結石モデルと三次元模型実験の実験結果の相関を取ると、より精度の高いパラメータを見出すことができる。
抗力係数CD及び慣性力係数Ciは、既知の研究によって決定された値を流用する。
結石モデル速度up(結石モデル速度の壁面法線方向成分up,n、結石モデル速度の壁面接線方向成分up,t)及び結石モデルの位置xpは、コンピュータシミュレーションによって解析される条件である。
【0023】
本発明者らは、本発明に係るコンピュータシミュレーションを実施するに先立って、流体の速度u
wについて以下のような見解を得ている。
結石は臓器モデルに充満した尿の中を上部尿管まで移動する。この移動の際には、流体からの抗力が結石に作用するが,その抗力は尿流と結石の相対的な速度に応じて変化する。
既知の研究によって、成人の典型的な時間平均尿流量は5.56mm
3/sと報告されている。また、直径3mmの一対の尿管を通過する尿の流速は、尿管を円管と近似した場合、0.39mm/sと報告されている。また、1対の腎臓に合計16個の腎杯があると仮定し、腎盂の断面を直径3mmの円形と仮定すると、腎盂内部の平均流速は0.049mm/sとなった。その結果、典型的な成人の腎盂から上部尿管までの平均尿流速は0.04mm/s以上であって0.4mm/s未満であるとした。
図1(a)は静止した結石モデルに作用する重力F
g、
図1(b)は静止した結石モデルに作用する浮力F
b、
図1(c)は静止した結石モデルに作用する流体抗力F
dの大きさの変化をそれぞれ示している。
図1(a)~
図1(c)において、横軸は結石の直径を示しており、縦軸は尿の流速を示している。評価対象となる結石の直径と尿流速の最大値は、それぞれ5mmと5mm/sとした。
図1に示すように、尿流速が十分に大きいにもかかわらず、流体抗力F
dは、重力F
gや浮力F
bに比べて約1/100であった。つまり、流速の範囲内では、流体抗力F
dは重力F
gや浮力F
bに比べて無視できる程度であった。
そこで本実施形態におけるコンピュータシミュレーションでは、モデル内部の尿流を無視し、流体抗力F
dを算出する際には、臓器モデル内に存在する流体(尿)の速度u
wを零であるものと近似することにした。これにより、コンピュータシミュレーションに係る処理負荷を低減することができ、解析速度を大幅に向上することができた。これにより、スーパーコンピュータなどの大型計算機を使用せずとも、通常の電子計算機で1回あたり10分位の演算処理で精度の高い結果を得ることに成功した。
【0024】
上述したように、式(8)及び式(9)に用いられる反発係数Cr及び摩擦係数Cfは未知のパラメータである。本発明者らは、妥当性及び汎用性の高い反発係数Cr及び摩擦係数Cfを同定するべく後述する2通りの三次元模型実験を実施し、三次元模型実験の実験結果と所定の値を与えたパラメータに基づくコンピュータシミュレーションの解析結果とを比較して、当該パラメータの精度を検証した。以下、これらの三次元模型実験について説明する。
なお、本実施形態において、三次元模型実験とは、現実空間において体内空間における結石の挙動を再現する実験を意味しており、仮想空間において結石の挙動を再現するコンピュータシミュレーションとは異なる意味を為す用語である。また、以下の説明において、三次元模型実験に用いる具体的な構成を挙げるが、本発明の実施における三次元模型実験の構成はこれらに限られず、その三次元模型実験の目的に応じて三次元模型実験の構成は変更してもよい。
【0025】
<三次元模型実験(1):上体起こし運動を模擬した三次元模型実験について>
本三次元模型実験では、結石の自然排石を促す運動の検証として、ヒトの日常動作である上体起こし運動による加速度負荷が排石に及ぼす影響について着目した。
【0026】
結石は、腎臓の腎杯内部で発生することが多い。結石の自然排石を促すためには、まず、出口が小さい腎杯から腎盂へ結石を移動させる必要がある。本三次元模型実験では、自然排石の可否に最も重要な部位である腎杯の形状に着目し、排石軌道可視化実験の対象部位とした。
腎杯の形状を再現するために、現に結石を有している患者の腎臓を測定し、測定した腎臓の内部形状に基づいて、三次元の腎杯三次元模型20を作製した。より具体的には、結石患者に対するCT検査によって取得された画像データを、画像処理ソフト(INVESALIUS(Version:3.1.1)とMeshmixer(Version:3.5))を用いて加工して、この結石患者の腎杯の三次元データを作成した。次に鋳型として、3Dプリンタ(da Vinci Jr. Pro X+,XYZprinting Inc.)を用いて、5倍スケールに拡大したPLA樹脂製の腎杯形状を積層ピッチ0.02mmで作製・研磨し、直径50mmのアクリル樹脂製円柱を接着した。最後に、作製した鋳型の形状をシリコーンの一種であるPDMS(Polydimethylsiloxane)へ転写し、鋳型を除去することで、5倍スケールの実腎杯形状の中空構造を持つ三次元の腎杯三次元模型20を作製した。
上記のように再現した腎杯三次元模型20を、
図2に示す。なお、
図2の中に示す「20mm」との表記は、その表記の下側の示す直線の長さを表すものであり、当該直線との対比によって腎杯三次元模型20の大きさを示している。
腎杯三次元模型20は、透明な材料(シリコーンゴム)で作製されている。腎杯三次元模型20は、腎杯部分が空洞になっており、この空洞の中に水と結石模型を入れて三次元模型実験を実施する。
図2に示すように、腎杯三次元模型20は、腎杯出口付近での排石挙動をスムーズにするため、腎杯出口直径よりも大きい円柱型空間を設けられている。腎杯の3次元モデルをそのまま立体構造にした模型では、表面の屈折率が複雑になり、透明な材料で構成されていたとしても外部から内部の光学測定が難しいが、腎杯三次元模型20のようにすることで、内部を光学測定しやすくなる。また、上述したように、腎杯三次元模型20は、実際の腎杯に比べて5倍スケールになっているので、排石軌道可視化実験の空間分解能が向上する。なお、臓器モデルを基にして三次元模型を等倍スケールで作成しても、十分に測定可能である。
【0027】
なお、本三次元模型実験では、腎杯を対象部位として、CT検査によって得られた腎臓の画像データに基づいて腎杯三次元模型を作製したが、本発明の実施はこの態様の実施に限らない。
三次元模型実験の対象部位は、腎杯に限らず、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つであってもよいし、これらのうち複数を組み合わせてもよい。
また、対象部位を再現する三次元模型の元となる画像データは、CT検査に由来するものでなくてもよく、MRI検査、レントゲン検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査のいずれかによって得られた腎臓の画像データであってもよい。
更に、三次元模型実験で使用する三次元模型は、生体内での臓器の可動性を考慮し、臓器を生理学的に起こりうる角度に傾斜した形に作製してもよい。
結石模型は、解析しやすいように球形や多角形等の単純な形状で作製してもよいし、過去に手術で摘出されたり、自然排出された結石をスキャンしたデータから作製してもよい。更に、CT検査、MRI検査、レントゲン検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査の何れかによって得られた結石画像のデータに基づいて作成してもよい。
【0028】
続いて、生理的な上体起こし運動による加速度を再現するため、尾てい骨から腎臓中部までの距離を再現した上体起こし運動ステージ50を作製した。ここで、上体起こし運動ステージ50に、腎杯三次元模型20と、カメラ31、32と、光源41、42と、を取り付けた加速度運動実験システムを
図3に示す。
上記の加速度運動実験システムにおいて、、腎杯三次元模型20の腎杯部分の中には不図示の結石模型を導入した上で水が充填されている。結石模型は、一般的な結石の主成分であるシュウ酸カルシウムの密度2.12g/cm
3に近い密度2.00g/cm
3、直径6.29mmの陶器球を使用した。
カメラ31は、腎杯三次元模型20をステージ51の長手方向に撮影するハイスピードカメラであり、光源41は、カメラ31の撮影方向に対向する向きに露光するように配置されている。カメラ32は、腎杯三次元模型20をステージ51の短手方向に撮影するハイスピードカメラであり、光源42は、カメラ32の撮影方向に対向する向きに露光するように配置されている。カメラ31、32の撮影条件は、シャッタースピード1/640,ISO感度100,フレームレート300fps,35mmフィルム換算した焦点距離36mmとした。
【0029】
図3に示すように、上体起こし運動ステージ50は、腎杯三次元模型20・カメラ31・カメラ32・光源41・光源42が取り付けられるステージ51と、
図3に図示する矢印の方向に回転可能な回転軸53と、ステージ51と回転軸53とを繋いでいる接続部材52と、を含む。
ステージ51と回転軸53の間の距離、すなわち接続部材52の寸法は、腎杯三次元模型20の元となるCT検査の対象となった結石患者の尾てい骨から腎臓中部の5倍スケールになっている。従って、回転軸53の回転運動が伝達されたステージ51に搭載されている腎杯三次元模型20の移動は、その結石患者が上体起こしを行った際の腎臓の移動を再現したものになる。
上体起こし運動ステージ50は、高速モードとして0.43rad/s,低速モードとして0.12rad/sの2種類の角速度条件での回転動作が可能であり、高速モードでは結石模型に対して低速モードの12.8倍の遠心力(慣性力)を負荷することができる.これら角速度は,健康成人の角速度0.65rad/sを下回る生理的な角速度であり、結石患者が実践可能な日常動作の範囲内である。
本三次元模型実験では、高速モードの実験は10回、低速モードの実験は9回実施した。
【0030】
更に、本三次元模型実験と同様の条件を入力条件として、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションを実施した。本三次元模型実験は腎杯三次元模型20を動作させる条件であるため、シミュレータ100が使用する運動方程式は、式(3)及び式(4)となる。
上述したように、反発係数Cr及び摩擦係数Cfは未知のパラメータであるため、反発係数Crを0.1、0.3、0.5、0.7、0.9の5パターンのうちいずれかと定め、摩擦係数Cfを0.1、0.3、0.5、0.7、0.9の5パターンのうちいずれかと定め、それぞれの組合せについて高速モード(回転角速度ω=0.43rad/s)と低速モード(回転角速度ω=0.12rad/s)のコンピュータシミュレーションをシミュレータ100に行わせた。
すなわち、シミュレータ100は、5パターン×5パターン×2モード=50通りのコンピュータシミュレーションを行った。
【0031】
本三次元模型実験の実験結果と比較したところ、反発係数C
r=0.1及び摩擦係数C
f=0.1とした場合、高速モードでの相関係数は0.93以上であり、低速モードの相関係数は0.97以上であり、高速モードと低速モードのいずれにおいても実験結果と強い相関を示すことがわかった。
図4及び
図5に、反発係数C
r=0.1及び摩擦係数C
f=0.1とした場合におけるコンピュータシミュレーションによって解析された結石モデルの排石軌道を示す。ここで、
図4(a)は、y軸方向(カメラ31の撮影方向に相当)から視た高速モードの結石モデルの排石軌道を示しており、
図4(b)は、x軸方向(カメラ32の撮影方向に相当)から視た高速モードの結石モデルの排石軌道を示している。また、
図5(a)は、y軸方向(カメラ31の撮影方向に相当)から視た低速モードの結石モデルの排石軌道を示しており、
図5(b)は、x軸方向(カメラ32の撮影方向に相当)から視た低速モードの結石モデルの排石軌道を示している。
【0032】
高速モードと低速モードとは結石モデルに作用する遠心力(慣性力)が12.8倍異なる条件下にも関わらず、反発係数Cr及び摩擦係数Cfの値を変えずとも、実験結果を再現可能であることから、当該コンピュータシミュレーションの妥当性および汎用性は高いと結論づけることができる。
【0033】
<三次元模型実験(2):傾斜平板を用いた三次元模型実験について>
本三次元模型実験では、静止時における結石の挙動を検証するため、水槽内に傾斜平板を設置して、その平板上に自然落下させた結石模型の動きを測定した。
本三次元模型実験に用いる結石模型は、結石の主成分であるシュウ酸カルシウム(2.12g/cm3)に密度が近いソーダ石灰ガラス(2.65g/cm3)によって形成されている直径1.79mmのガラス球とした。このガラス球を、水槽内で静止状態から落下させ、その様子をハイスピードカメラ(CASIO EXLIM EX-F1)で撮影し、粒子追跡ソフト(Kinovea Version 0.8.27-x64)を用いて、ガラス球の落下速度と位置の時間履歴を算出した。
本三次元模型実験では、x軸を中心に30deg、y軸を中心に20deg、平板を回転させた第一のパターンと、x軸を中心に30deg、y軸を中心に40deg、平板を回転させた第二のパターンと、x軸を中心に30deg、y軸を中心に60deg、平板を回転させた第三のパターンと、計3つのパターンについて測定した。
【0034】
更に、本三次元模型実験と同様の条件を入力条件として、シミュレータ100によるコンピュータシミュレーションを実施した。本三次元模型実験は、静止状態における結石モデルの動作を模擬するものであるため、シミュレータ100が使用する運動方程式は、式(1)及び式(2)となる。
コンピュータシミュレーションをするにあたり、反発係数Crを0.1、0.3、0.5、0.7、0.9の5パターンのうちいずれかと定め、摩擦係数Cfを0.1、0.3、0.5、0.7、0.9の5パターンのうちいずれかと定め、シミュレータ100は、5パターン×5パターン×3パターン=75通りのコンピュータシミュレーションを行った。
【0035】
本三次元模型実験の実験結果とコンピュータシミュレーションの解析結果とを比較すると、腎杯三次元模型20を動作させた三次元模型実験と同様に、反発係数Cr=0.1及び摩擦係数Cf=0.1とした場合に、三次元模型実験の結果とコンピュータシミュレーションの結果の相関係数が最大になることがわかった。また、傾斜平板が第一のパターン、第二のパターン、第三のパターンのいずれの場合であっても、当該相関係数は0.5以上であり、適正値と言える結果となった。
【0036】
上述したように、反発係数Cr=0.1及び摩擦係数Cf=0.1とするコンピュータシミュレーションは、腎杯が動作する場合にも静止している場合にも適正な再現をすることができ、妥当性および汎用性は高いものである、と結論付けることができる。
【0037】
なお、本実施形態では、反発係数Cr=0.1及び摩擦係数Cf=0.1とした場合のコンピュータシミュレーションについて説明したが、臓器モデルの基となる被験者の腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道の状態、結石モデルの基となる被験者の結石の状態、更には、流体の基となる被験者の尿の状態によって適宜、反発係数Crは0≦Cr≦10、Cfは0≦Cf≦10の範囲で設定することができる。なお、Cr=0は無反発(結石が壁面に接触した直後に付着する状態)を模擬することができる。Crは、後述のような臓器モデルの壁面の状態や、結石の状態、尿の状態が異なる様々な状態においても、Crは模型の形状や動作、結石形状に応じて0から10程度までの値で調整することができる。Cf=0では摩擦がゼロ(凹部以外では殆ど止まらずに滑る状態)で、Cf=1では結石が壁面に接触した後に止まりやすい(コンクリートとゴムの間の摩擦程度)で、Cf=10では結石が壁面に設置した地点から殆ど滑らずに止まる状態を模擬することができる。なお、Cr、Cfは実数で定義する。実施例では有効数字1桁であり、有効数字1桁でも十分な解析が可能であるが、好ましくは、有効数字4桁 にすることで、より精密な解析が可能になる。より好ましくは、これらの係数の分解能は無段階で設定できる。すなわち、小数点以下の有効桁数は無限に設定できる。
Cr、Cfを調整する理由としては、被験者の健康状態によって臓器の壁面の状態は変化するため、柔らかい状態や、硬い状態、凹凸の激しい状態などの様々な状態が考えられる。結石についても、体質や食生活によって、シュウ酸カルシウム結石、リン酸カルシウム結石、尿酸結石、リン酸マグネシウムアンモニウム結石、シスチン結石などの様々な成分で構成され、比重、弾性、形状などは多岐にわたる。尿についても、濃度が薄くサラサラな状態から、濃度が高く粘性が生じた状態などの様々な状態が考えられる。このようにモデルとなる被験者の健康状態や個人差によって、臓器モデルの壁面の状態や、結石の状態、尿の状態が異なることから、反発係数Cr及び摩擦係数Cfは常に一定とは限らない。そのため、三次元模型実験による実験結果と相関を取りながら、反発係数Crは0~10、摩擦係数Cfは0~10の範囲で適した値を設定する仕組みを導入し、各モデルにおけるCr、Cfに適した数値が得られるようにしてある。
【0038】
<本発明に係るコンピュータシミュレーションの応用>
上記のような手法で決定された反発係数C
r及び摩擦係数C
fを用いて、以下のようなコンピュータシミュレーションを実施した。
先ず、診断対象となる結石患者のCT検査によって得られた生体CTデータに基づき、腎盂から複数の腎杯が枝分かれしている腎臓の内部形状を再現した臓器モデルを仮想空間に再現した。再現した臓器モデルを
図6(a)に示す。
なお、本発明の実施において使用する臓器モデルは、
図6(a)に図示するものに限られず、腎臓の内部形状に膀胱及び尿道を組み合わせて再現した臓器モデルを使用してもよい。
【0039】
そして、腎杯・腎盂内の様々な位置にある結石の挙動を解析するため、結石モデル100個を臓器モデル中にランダムに配置した。結石モデルを配置した臓器モデルを
図6(b)に示す。
図6(a)及び
図6(b)において、重力の向きを図中のY軸方向とし、立位状態を仮定して諸条件を定め、臓器モデルを移動する100個の結石モデルの挙動を解析するコンピュータシミュレーションを実施した。本コンピュータシミュレーションの結果から、各腎杯にある結石モデルが尿道に向けて排出される傾向を確認することができた。一方で、各腎杯内に残存する結石も存在する。これらの結石は立位状態では排出されずに腎杯内で成長し、自然排出されない可能性が高い。なお、本コンピュータシミュレーションでは、上腎杯、中腎杯、下腎杯の全ての腎杯で自然排出されずに残存する結石モデルが確認され、それぞれの腎杯によって結石モデルが残存するリスクが異なることが確認された。
上記のようなコンピュータシミュレーションを実施することによって、例えば、体外衝撃波結石破砕術(ESWL:extracorporeal shock wave lithotripsy)によって破砕された結石のうち、どれくらいの割合の結石が自然排石されるか、残存リスクの高い部位はどこであるか、この他、経尿道的尿路結石除去術(TUL:transurethral ureter lithotripsy)のあとに残存した微小砕石片のうち、どれくらいの割合の砕石片が自然排石されるか、残存リスクの高い部位はどこであるか、などを施術の事前にシミュレーションすることができる。
【0040】
なお、本実施形態で説明したシミュレータ100によるコンピュータシミュレーションで解析された尿路内における結石の挙動は、動画(経時的に変化するアニメーション)としてディスプレイ装置(表示手段)に表示させることが好ましい。その表示を見た者が、結石の挙動を容易に理解でき、インフォームドコンセントや医療の教育現場において役立つことが想定されるからである。
【0041】
<本発明の変形例について>
ここまで実施形態に即して本発明を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的が達成される限りにおける種々の変形、改良等の態様も含む。
【0042】
上記の実施形態では、特定の被験者(結石患者)に対して実施されたCT検査等の医療検査の結果に基づいて臓器モデルを構築してコンピュータシミュレーションを実施することを前提として説明したが、本発明の実施はこれに限られない。
例えば、ヒトの平均的な臓器モデルを構築してコンピュータシミュレーションを実施してもよいし、過去のコンピュータシミュレーションの解析結果に基づいて臓器モデルを複数のグループ(例えば、被験者の年齢や性別、体型、生活習慣、体脂肪率、臓器のサイズ、臓器の形状などで分類したグループ)に分け、グループごとの臓器モデルを構築してコンピュータシミュレーションを実施してもよい。
上記のような変形性によって本発明を実施する場合、当然ながら、過去のコンピュータシミュレーションの解析結果及び解析によって精度良好と検証されたパラメータが、所定のデータベース(記憶手段)に蓄積されることが好ましい。また、新たなコンピュータシミュレーションは、所定のデータベースに蓄積された解析結果及びパラメータをフィードバックして実施されることが好ましい。
【0043】
上述の実施形態におけるコンピュータシミュレーションでは、モデル内部の尿流を無視し、尿の速度を零であると見做して結石モデルの挙動を解析したが、尿の速度を有意な値として(零に近似せずに)解析をしてもよい。スーパーコンピュータなどの大型計算機での演算処理が必要になるが、従来技術のシミュレータよりも短時間で、より高精度な解析が可能になる。
【0044】
上述の実施形態では、三次元模型実験の実験結果とコンピュータシミュレーションの解析結果とを比較することによって、反発係数Cr及び摩擦係数Cfを同定する手法について説明したが、本発明に係るコンピュータシミュレーションによって同定可能なパラメータは、これらに限られない。
例えば、上述の実施形態では、既知の研究によって決定された値を流用することとした抗力係数CD及び慣性力係数Ciについても同様に、三次元模型実験の実験結果とコンピュータシミュレーションの解析結果とを比較することによって、独自に同定することも可能である。
【0045】
上述の実施形態では、単純な上体起こし運動を模擬する三次元模型実験とコンピュータシミュレーションを実施することを例示したので、結石モデルに作用する力が遠心力のみであるものと見做して慣性力Fiを式(10)で計算して解析を行ったが、他の運動(より複雑な運動)を模擬することを想定する場合、想定する運動ごとに異なる式で結石に作用する力が算出されてもよい。
このような変形例によって本発明が実施されることによって多様な運動についてコンピュータシミュレーションの解析結果を得ることができた後には、結石の排石を促す運動を解明することも可能である。また、結石患者に対して結石の排石を促す運動を補助する装置の開発も想定される。
すなわち、当該装置は、当該装置の使用者の姿勢を変化させることによって、体内空間における結石の排石を促す医療補助装置である。そして、当該装置の入力条件は、体内空間に生じた結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じた結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づくものであることが望ましい。
ここで「当該装置の使用者」は、上記の医療補助装置を使用する者であり、結石の患者(体内空間に結石を有する者)に限られず、医療従事者や患者を補助する者など、第三者も含まれ得る。
【0046】
上述した実施形態におけるシミュレータ100は、本発明を実施する専用装置であるものとして説明したが、汎用的なパーソナルコンピュータ等の情報処理装置によって本発明が実現されてもよい。また、汎用的なパーソナルコンピュータ等にインストールされることによって本発明に係るコンピュータシミュレーションを情報処理装置に実行させるアプリケーションソフトウェア(コンピュータプログラム)によって本発明が実現されてもよい。
この変形例において、情報処理装置(上記のコンピュータプログラムがインストールされたものを含む)は、当該装置の使用者の操作を受け付ける入力処理と、入力処理によって受け付けた操作に基づく解析処理と、解析処理の結果を出力する出力処理と、を少なくとも実行可能である必要がある。ここで解析処理は、体内空間に生じた結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じた結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、出力する解析処理の結果は、結石の排石を促す対処方針である、ことが望ましい。
ここで「当該装置の使用者」は、上記の情報処理装置(上記のコンピュータプログラムがインストールされたものを含む)を使用する者であり、結石の患者(体内空間に結石を有する者)に限られず、医療従事者や患者を補助する者など、第三者も含まれ得る。
【0047】
本実施形態は以下の技術思想を包含する。
(1)体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置してコンピュータシミュレーションを行い、前記コンピュータシミュレーションに基づいて、体内空間における結石の挙動、又は体外に結石が排石される条件のうち少なくとも一方を求める、ことを特徴とするシミュレータ。
(2)前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルに作用する重力、浮力、及び流体抗力をパラメータとして含む運動方程式を用いる、(1)に記載のシミュレータ。
(3)前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルが前記臓器モデルの内壁に接している場合には、当該内壁が法線方向に対して前記結石モデルに与える反発力を模擬する反発係数モデル及び当該内壁が接線方向に対して前記結石モデルに与える摩擦力を模擬する摩擦係数モデルをパラメータとして更に含む運動方程式を用いる、(2)に記載のシミュレータ。
(4)前記コンピュータシミュレーションは、前記結石モデルが前記臓器モデルの内壁に接している場合には、当該結石モデルが当該内壁に対して滑り運動及び/又は転がり運動を模擬する挙動を再現する、(3)に記載のシミュレータ。
(5)前記コンピュータシミュレーションは、前記臓器モデルが動いている場合には、前記結石モデルに作用する慣性力をパラメータとして更に含む運動方程式を用いる、(2)に記載のシミュレータ。
(6)前記コンピュータシミュレーションに用いられる運動方程式のパラメータに含まれる流体抗力は、前記臓器モデル内に存在する尿の流速を零として算出される、(2)から(5)のいずれか一つに記載のシミュレータ。
(7)体内空間における結石の挙動を現実空間に再現した三次元模型実験の実験結果を取得し、取得した前記実験結果と所定の値を与えたパラメータに基づく前記コンピュータシミュレーションの解析結果とを比較して、当該パラメータの精度を検証する検証処理を行う、(1)から(6)のいずれか一つに記載のシミュレータ。
(8)前記検証処理によって精度が良好であると判定されたパラメータを蓄積する記憶手段を備え、前記記憶手段に蓄積されたパラメータを用いて、新たな前記コンピュータシミュレーションを行う、(7)に記載のシミュレータ。
(9)前記三次元模型実験は、MRI検査、レントゲン検査、CT検査、エコー検査、内視鏡検査、尿路造影検査、核医学検査のいずれかによって得られた腎臓の画像に基づいて内部形状を現実空間に再現した腎臓の模型を用いる、(7)又は(8)に記載のシミュレータ。
(10)前記臓器モデルは、腎盂から複数の腎杯が枝分かれしている腎臓の内部形状、又は前記腎臓の内部形状に膀胱及び尿道を組み合わせて再現したものであり、前記コンピュータシミュレーションは、複数の前記結石モデルを前記臓器モデル内に配置して、与えた条件に応じて前記臓器モデルを移動する複数の前記結石モデルの挙動を求めるものであり、前記コンピュータシミュレーションに基づいて、前記臓器モデル内における複数の腎杯のそれぞれについて結石が残存するリスクを求める、(1)から(9)のいずれか一つに記載のシミュレータ。
(11)前記臓器モデルは、診断対象となる患者に対して行った検査結果に基づいて、当該患者の腎臓の内部形状、又は前記腎臓の内部形状に膀胱及び尿道を組み合わせて再現したものであり、前記コンピュータシミュレーションに基づいて、前記臓器モデル内における複数の腎杯のそれぞれについて、外科手術によって破砕された結石が残存するリスクを求め、残存リスクの高い腎杯に対して推奨される対処方針を出力する、(10)に記載のシミュレータ。
(12)前記コンピュータシミュレーションに基づいて求めた尿路内における結石の挙動を可視化した動画を表示する表示手段を備える、(1)から(11)のいずれか一つに記載のシミュレータ。
(13)使用者の姿勢を変化させることによって、体内空間における結石の排石を促す医療補助装置であって、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づいて定めた入力条件によって制御される、ことを特徴とする医療補助装置。
(14)使用者の操作を受け付ける入力手段と、前記入力手段によって受け付けた操作に基づいて解析処理を行う解析手段と、前記解析処理の結果を出力する出力手段と、を備える情報処理装置であって、前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、ことを特徴とする情報処理装置。
(15)使用者の操作を受け付ける入力処理と、前記入力処理によって受け付けた操作に基づく解析処理と、前記解析処理の結果を出力する出力処理と、をコンピュータに実行させるためのコンピュータプログラムであって、前記解析処理は、体内空間に生じる結石が存在し得る腎杯、腎盂、尿管、膀胱、及び尿道のうち少なくとも一つを含む又は複数を組み合わせた臓器モデル及び体内空間に生じる結石を摸した結石モデルを仮想空間に配置したコンピュータシミュレーションに基づく解析であり、前記解析処理の結果は、体内空間における結石の排石を促す対処方針である、ことを特徴とするコンピュータプログラム。
【符号の説明】
【0048】
100 シミュレータ
20 腎杯三次元模型
31 カメラ
32 カメラ
41 光源
42 光源
50 上体起こし運動ステージ
51 ステージ
52 接続部材
53 回転軸