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  • 特開-缶蓋用アルミニウム合金板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131622
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】缶蓋用アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20230914BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230914BHJP
   C22F 1/047 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/00 623
C22F1/00 673
C22F1/00 630A
C22F1/00 630B
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 685Z
C22F1/047
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022036491
(22)【出願日】2022-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】工藤 智行
(72)【発明者】
【氏名】竹澤 巧基
(72)【発明者】
【氏名】田添 聖誠
(72)【発明者】
【氏名】江崎 智太郎
(57)【要約】
【課題】缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、高強度及び高靭性を両立できる缶蓋用アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】本開示の一態様は、Siの含有量が0.10質量%以上0.60質量%以下であり、Feの含有量が0.20質量%以上0.70質量%以下であり、Cuの含有量が0.10質量%以上0.40質量%以下であり、Mnの含有量が0.5質量%以上1.2質量%以下であり、Mgの含有量が1.1質量%以上4.0質量%以下であり、0.2%耐力σ0.2、引張強度σ、及び0.2%耐力と引張強度との平均値σfmが下記式(1)を満たす、缶蓋用アルミニウム合金板である。
σfm/(σ0.2/σ)≧350MPa ・・・(1)
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素(Si)の含有量が0.10質量%以上0.60質量%以下であり、
鉄(Fe)の含有量が0.20質量%以上0.70質量%以下であり、
銅(Cu)の含有量が0.10質量%以上0.40質量%以下であり、
マンガン(Mn)の含有量が0.5質量%以上1.2質量%以下であり、
マグネシウム(Mg)の含有量が1.1質量%以上4.0質量%以下であり、
0.2%耐力σ0.2、引張強度σ、及び0.2%耐力と引張強度との平均値σfmが下記式(1)を満たす、缶蓋用アルミニウム合金板。
σfm/(σ0.2/σ)≧350MPa ・・・(1)
【請求項2】
請求項1に記載の缶蓋用アルミニウム合金板であって、
表層における板面と平行な断面において、面積が0.3μm以上のMgSi粒子の前記断面における総面積の割合が1.0%以下である、缶蓋用アルミニウム合金板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の缶蓋用アルミニウム合金板であって、
エリクセン試験によって成形されるエリクセンカップの周方向において、圧延方向に対し0°周辺の領域及び180°周辺の領域それぞれにおける側壁高さの最大値の平均値h0pと、前記圧延方向に対し45°周辺の領域、135°周辺の領域、225°周辺の領域、及び315°周辺の領域それぞれにおける側壁高さの最大値の平均値h45pと、前記圧延方向に対し0°から45°の領域、45°から135°の領域、135°から180°の領域、180°から225°の領域、225°から315°の領域、及び315°から360°の領域それぞれにおける側壁高さの最小値の平均値hとが、下記式(2)を満たす、缶蓋用アルミニウム合金板。
(h0p-h45p)/h×100≧-7.0 ・・・(2)
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の缶蓋用アルミニウム合金板であって、
Siの含有量が0.20質量%以上0.60質量%以下であり、
Feの含有量が0.30質量%以上0.70質量%以下であり、
Cuの含有量が0.11質量%以上0.40質量%以下であり、
Mnの含有量が0.7質量%以上1.2質量%以下であり、
Mgの含有量が1.1質量%以上3.0質量%以下である、缶蓋用アルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、缶蓋用アルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境意識の高まりから製造工程においてCO排出量の少ないアルミニウム合金板が求められている。アルミニウムの圧延工程においてCOの排出に間接的に大きく寄与するのは鋳造工程におけるアルミニウム新地金の配合である。
【0003】
アルミニウム新地金の製造は、その精錬工程において大きな電力を使用し、大量のCO排出に繋がる。そのため、アルミニウム新地金の配合量を減らし、水平リサイクル率を上げることがアルミニウム合金板の製造にとってCO排出量削減に繋がる。
【0004】
一般的にアルミニウムスクラップを再溶解して鋳造した場合のCO排出量は、アルミニウム新地金を製造する場合に対して約30分の1まで抑えられると言われている。特に世界中で使用される飲料缶用アルミニウム合金板の生産量は非常に多く、その水平リサイクル率をさらに向上させることは環境負荷低減に大きな意味を持つ。
【0005】
その中でも、5182アルミニウム合金(AA5182合金)で形成される缶蓋は、3104アルミニウム合金(AA3104合金)で形成される缶胴に比べて、Si、Fe、Cu、Mn等の成分規格上限が低く、3104アルミニウム合金を混合した缶材由来のスクラップを配合しにくい。
【0006】
例えば、市中から発生する缶スクラップ(UBC:Used Beverage Can)をそのまま配合すると、缶胴と缶蓋との重量比から3104アルミニウム合金の成分をより多く含むため、5182アルミニウム合金の成分上限を超えやすくなり、新地金で成分を希釈する必要が出てくる。
【0007】
そのため、缶蓋用アルミニウム合金板は、缶胴用アルミニウム合金板に比べて新地金を多く使用して5182アルミニウム合金の成分に調整しており、リサイクル率が低い。したがって、缶蓋を3104アルミニウム合金が配合しやすい成分の合金に変更することにより、缶蓋の新地金使用率を大きく低減させることができる。
【0008】
特許文献1-5ではリサイクル性に優れる3104アルミニウム合金の成分に比較的近づけた缶蓋用アルミニウム合金板が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-73106号公報
【特許文献2】特開平9-070925号公報
【特許文献3】特開平11-269594号公報
【特許文献4】特開2000-160273号公報
【特許文献5】特開2016-160511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
缶蓋用の合金を3104アルミニウム合金に近い成分にする場合の課題として、缶蓋の耐圧及び材料の靭性の低下が挙げられる。缶蓋の耐圧とは、缶内部の圧力に対して缶蓋が反転するときの内圧値であり、外部環境の変化で缶の内圧が不慮に増加したときの抵抗値となる。
【0011】
特にビールや炭酸飲料用途の陽圧缶は、高い耐圧が求められる。一般的に材料の強度が大きくなるほど、また、板厚が厚くなるほど耐圧は増加する。そのため、陽圧缶の蓋にはMgを多く含有した高強度の5182アルミニウム合金が使用される。
【0012】
これに対し従来の3104アルミニウム合金を缶蓋に使用すると耐圧が大きく低下し、不意に缶内圧が増加したときに蓋が反転して内容物が漏洩するおそれが高くなる。また、耐圧を増加させるために板厚を厚くしすぎると、蓋重量の増加及び蓋原価の上昇を招く。
【0013】
材料の靭性は蓋の成形性や開口性に影響する。材料の靭性が低いと、特に蓋のリベット部で成形割れが生じることがある。また、不意に缶内圧が増加したときにスコア部で亀裂が生じ、缶の内容物が漏洩するおそれが高くなる。
【0014】
しかしながら、従来の3104アルミニウム合金の成分に比較的近づけた缶蓋用アルミニウム合金板は、上記2つの課題、すなわち材料の強度(蓋の耐圧)と靭性(成形性及び開口性)とのどちらか、もしくは両方を満足するものではない。
【0015】
本開示の一局面は、缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、高強度及び高靭性を両立できる缶蓋用アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示の一態様は、ケイ素(Si)の含有量が0.10質量%以上0.60質量%以下であり、鉄(Fe)の含有量が0.20質量%以上0.70質量%以下であり、銅(Cu)の含有量が0.10質量%以上0.40質量%以下であり、マンガン(Mn)の含有量が0.5質量%以上1.2質量%以下であり、マグネシウム(Mg)の含有量が1.1質量%以上4.0質量%以下であり、0.2%耐力σ0.2、引張強度σ、及び0.2%耐力と引張強度との平均値σfmが下記式(1)を満たす、缶蓋用アルミニウム合金板である。
σfm/(σ0.2/σ)≧350MPa ・・・(1)
【0017】
このような構成によれば、缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、アルミニウム合金板の高強度及び高靭性を両立できる。すなわち、缶胴用の3104アルミニウム合金のスクラップを一定量配合でき、新地金使用率及びCO排出量を削減できる。さらに、高耐圧が求められる陽圧缶蓋用途に使用し得る缶蓋用アルミニウム合金板が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1Aは、エリクセンカップの模式的な斜視図であり、図1Bは、エリクセンカップの模式的な平面図である。
図2図2は、エリクセンカップの側壁高さの測定結果の一例を示すグラフである。
図3図3は、実施例におけるt2.27×σfm/(σ0.2/σ)と耐圧との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本開示が適用された実施形態について、図面を用いて説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.構成]
<組成>
本開示の缶蓋用アルミニウム合金板(以下、単に「合金板」ともいう。)は、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)を含む。
【0020】
Siの含有量の下限としては、0.10質量%であり、0.20質量%が好ましい。Siの含有量が0.10質量%未満であると、熱延及び溶体化処理後の冷間圧延の加工熱におけるSiの析出量が低下し、合金板の強度が不足するおそれがある。
【0021】
また、JIS-H-4000:2014で規格される3104アルミニウム合金のSi成分規格の平均値は、0.30質量%であり、JIS-H-4000:2014で規格される5182アルミニウム合金のSi成分規格の平均値は、0.10質量%である。そのため、Siの含有量を0.20質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0022】
Siの含有量の上限としては、0.60質量%であり、0.40質量%が好ましい。Siの含有量が0.60質量%超であると、MgSi粒子が増加し、合金板の靭性が低下する。
【0023】
Feの含有量の下限としては、0.20質量%であり、0.30質量%が好ましい。3104アルミニウム合金のFe成分規格の平均値は、0.40質量%であり、5182アルミニウム合金のFe成分規格の平均値は、0.18質量%である。そのため、Feの含有量を0.30質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0024】
Feの含有量の上限としては、0.70質量%である。Feの含有量が0.70質量%超であると、Al-Fe-Mn系、又はAl-Fe-Mn-Si系の金属間化合物(つまり第二相粒子)が増加する。その結果、亀裂の伝搬経路が生成され、合金板の靭性が低下する。
【0025】
Cuの含有量の下限としては、0.10質量%であり、0.11質量%が好ましく、0.20質量%がさらに好ましい。Cuの含有量が0.10質量%未満であると、固溶又は析出によって強度を増加させるCuが不足し、合金板の平均強度が低下する。熱延及び溶体化処理後の冷間圧延の加工においてCuを析出させることで、合金板の強度が著しく増加する。
【0026】
また、3104アルミニウム合金のCu成分規格の平均値は、0.15質量%であり、5182アルミニウム合金のCu成分規格の平均値は、0.075質量%である。そのため、Cuの含有量を0.11質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0027】
Cuの含有量の上限としては、0.40質量%である。Cuの含有量が0.40質量%超であると、合金板の靭性が低下する。
【0028】
Mnの含有量の下限としては、0.5質量%であり、0.7質量%が好ましく、0.8質量%がさらに好ましい。Mnの含有量が0.5質量%未満であると、固溶又は析出によって強度を増加させるMnが不足し、合金板の平均強度が低下する。
【0029】
また、3104アルミニウム合金のMn成分規格の平均値は、1.1質量%であり、5182アルミニウム合金のMn成分規格の平均値は、0.35質量%である。そのため、Mnの含有量を0.7質量%以上とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合できる。
【0030】
Mnの含有量の上限としては、1.2質量%であり、1.0質量%が好ましい。Mnの含有量が1.2質量%超であると、Al-Fe-Mn系、又はAl-Fe-Mn-Si系の金属間化合物(つまり第二相粒子)が増加する。その結果、亀裂の伝搬経路が生成され、合金板の靭性が低下する。
【0031】
Mgの含有量の下限としては、1.1質量%である。Mgの含有量が1.1質量%未満であると、固溶によって強度を増加させるMgが不足し、合金板の平均強度が低下する。熱延及び溶体化処理後の冷間圧延の加工においてMgを析出させることで、合金板の強度が著しく増加する。
【0032】
Mgの含有量の上限としては、4.0質量%であり、3.0質量%が好ましい。3104アルミニウム合金のMg成分規格の平均値は、1.05質量%であり、5182アルミニウム合金のMg成分規格の平均値は、4.5質量%である。そのため、Mgの含有量を4.0質量%以下、さらに好ましくは3.0質量%以下とすることで、3104アルミニウム合金のスクラップを多く配合しつつ、Mg含有原料の追加配合量を低減できる。
【0033】
合金板は、チタン(Ti)を含んでもよい。Tiの含有量の上限としては、0.10質量%が好ましい。Tiを含むことで、合金板の鋳塊組織が微細化される。また、合金板は、亜鉛(Zn)を含んでもよい。Znの含有量の上限としては、0.25質量%が好ましい。さらに、合金板は、クロム(Cr)を含んでもよい。Crの含有量の上限としては、0.10質量%が好ましい。
【0034】
合金板は、合金板の性能を著しく損なわない範囲で、不可避的不純物を含んでもよい。つまり、合金版は、Si、Fe、Cu、Mn、及びMgをそれぞれ上述の範囲で含有し、残部がアルミニウム及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物の上限としては、0.15質量%が好ましい。
【0035】
<材料強度及び耐圧>
本開示のアルミニウム合金板の0.2%耐力σ0.2、引張強度σ、及び0.2%耐力と引張強度との平均値σfmは、下記式(1)を満たす。
σfm/(σ0.2/σ)≧350MPa ・・・(1)
【0036】
アルミニウム合金製の蓋の耐圧値は、経験的にアルミニウム合金板の材料強度(つまり式(1)の左辺)と板厚tとで表される下記式(3)の値Vと正の相関が強い。
V=t2.27×σfm/(σ0.2/σ) ・・・(3)
【0037】
そのため、合金板の材料強度σfm/(σ0.2/σ)の値が350MPa以上であることで、板厚を大きく増加させることなく、十分な耐圧値を有する蓋を成形することができる。
【0038】
式(1)の左辺の下限(つまり式(1)の右辺の値)は、370MPaがより好ましい。材料強度σfm/(σ0.2/σ)を370MPa以上とすることで、蓋の耐圧値をさらに高められる。
【0039】
式(1)及び式(3)における0.2%耐力σ0.2及び引張強度σは、JIS-Z-2241:2011に規定されている方法で測定される。板厚tは、例えばマイクロゲージで測定される。
【0040】
アルミニウム合金板の耐圧は、例えば以下の手順で測定される。アルミニウム合金板から成形したシェルを治具に固定し、内圧を付与する。徐々に内圧を増加させ、シェルが反転(つまりバックル)した際の内圧値を耐圧値とする。
【0041】
具体的には、シェルの成形にはφ204Fullform(B64)形状シェル金型を用いる。内圧値の測定は、VERSATILE TECHNOLOGY社のバックル&ミサイル測定機DV036Eを用いる。詳細には、専用の治具で成形したシェルを固定した後、プログラムにより内圧を上昇させ、シェルが反転した際の内圧値を読み取る。例えばおよそ175kPa/sの速度で内圧を上昇させ、およそ350kPaから400kPaに達した時点で、10kPa/sの速度で内圧を増加させる。
【0042】
<靭性>
蓋の成形性、及びスコア部の開口に要する力(つまり開口力)には、アルミニウム合金板の靭性が影響することが知られている。
【0043】
(繰り返し曲げ回数)
アルミニウム合金板の靭性の評価指標の一つとして、繰り返し曲げ試験がある。板厚が同じであれば繰り返し曲げ回数が多いほど、アルミニウム合金板は靭性に優れる。本開示のアルミニウム合金板は良好な繰り返し曲げ回数を達成し得る。
【0044】
繰り返し曲げ試験は、以下の手順で行われる。例えば、幅12.5mm、長さ200mmの短冊状の試験片を、曲げ稜線方向が合金板の圧延方向になるように加工する。この試験片の両端をチャックで固定し、荷重200Nで張力をかける。この状態で、短冊長さ方向中心に配置した曲げR2.0mmの治具を支点として片方のチャックを左右に90°回転させることで繰り返し曲げを行い、試験片が破断するまでの曲げ回数を測定する。
【0045】
曲げ回数は、左右どちらかに90°曲げて、また元の0°位置に戻ってくること(つまり、90°曲げ後、90°曲げ戻し)を1回とカウントする。途中で破断した場合、その角度θ(0°-180°)を読み取り、下記式(4)で繰り返し曲げ回数Nを計算する。式(4)中、Nは左右どちらかに90°曲げて、また元の0°位置に戻ってきた回数(つまり、90°曲げから90°曲げ戻しへの一連の動作の実行回数)である。
N=N+Θ/180 ・・・(4)
【0046】
繰り返し曲げ評価は、板厚が大きい程不利になるため基準となる板厚で補正して考える必要がある。そこで、板厚0.245mmを基準として下記式(5)により規格化された繰り返し曲げ回数Nを求める。t(mm)は試験片の板厚である。
=N×t/0.245 ・・・(5)
【0047】
(第二相粒子)
靭性は強度と第二相粒子の分布とが影響する。つまり、強度が大きいほど、また、第二相粒子の密度が高いほど、靭性が低下する。特にMg、Siの含有量が高くなると、MgSi粒子が形成されやすくなる。その結果、MgSi粒子が亀裂の起点及び伝播経路となり靭性の低下に影響する。
【0048】
本開示のアルミニウム合金板は、表層における板面と平行な断面において、面積が0.3μm以上のMgSi粒子の断面における総面積の割合が1.0%以下であることが好ましい。
【0049】
MgSi粒子の面積割合は、以下の方法で測定できる。測定サンプルの表面のうち、測定を行う面(つまり、合金板の板面)を研磨する。研磨の深さは、測定サンプルの板厚の約1%とする。
【0050】
研磨面(つまり、合金板の表層における板面と平行な断面)を、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察し、10個の視野を得る。SEMの倍率は500倍とし、1つの視野の範囲を0.48mmとして撮影を行い、COMPO(反射電子組成像)を取得する。
【0051】
撮影したCOMPOに対し、画像解析ソフトImageJにより解析を行う。具体的には、256階調での画像の輝度の最頻値をバックグラウンドの輝度とし、最頻値の輝度から30減じた値よりも低い輝度の粒子をMgSi粒子と判定する。
【0052】
判定されたMgSi粒子のうち、0.3μm以上の面積を持つ粒子の総面積を計算し、撮影面積で除することで、面積が0.3μm以上のMgSi粒子の断面における総面積の割合が算出される。
【0053】
(耳率)
繰り返し曲げ回数には集合組織も影響し、cube方位の集積度が高いほど良好となる。cube方位の集積度は、図1A及び図1Bに示すエリクセン試験によってアルミニウム合金板から成形されるエリクセンカップ1の耳形状に表れる。
【0054】
具体的には、エリクセンカップ1のアルミニウム合金板の圧延方向RDに対して45°方向の側壁高さH(つまり耳高さ)に対する、圧延方向RDに対して0°/180°方向の相対的な側壁高さHが大きいほどcube方位の集積度が高いことが示唆される。すなわち、本開示のアルミニウム合金板はcube方位の集積度が比較的大きく、0°/180°方向の側壁高さHが高いものが含まれる。
【0055】
45°方向の側壁高さに対する0°/180°方向の相対的な側壁高さは、耳率(Earing Balance)という指標で評価することができる。以下、耳率の測定手順について説明する。
【0056】
耳率は、下記式(2)の左辺で表される。
(h0p-h45p)/h×100≧-7.0 ・・・(2)
【0057】
式(2)中、h0pは、圧延方向に対し0°周辺の第1領域A1及び180°周辺の第2領域A2それぞれにおける側壁高さの最大値の平均値である。第1領域A1は、例えば、圧延方向に対し0°±11°の範囲である。第2領域A2は、例えば、圧延方向に対し180°±11°の範囲である。
【0058】
45pは、圧延方向に対し45°周辺の第3領域A3、135°周辺の第4領域A4、225°周辺の第5領域A5、及び315°周辺の第6領域A6それぞれにおける側壁高さの最大値の平均値である。
【0059】
第3領域A3は、例えば、圧延方向に対し45°±22°の範囲である。第4領域A4は、例えば、圧延方向に対し135°±22°の範囲である。第5領域A5は、例えば、圧延方向に対し225°±22°の範囲である。第6領域A6は、例えば、圧延方向に対し315°±22°の範囲である。
【0060】
は、圧延方向に対し0°から45°の第7領域A7、45°から135°の第8領域A8、135°から180°の第9領域A9、180°から225°の第10領域A10、225°から315°の第11領域A11、315°から360°の第12領域A12それぞれにおける側壁高さの最小値の平均値である。
【0061】
図2は、エリクセンカップの側壁高さの測定結果の一例を示すグラフである。図2に示される角度は、圧延方向に対する角度である。また、グラフの中心からの距離は側壁高さを示す。
【0062】
図中のa-dは、それぞれ、第3領域A3から第6領域A6における最大値である。e,fは、それぞれ、第1領域A1及び第2領域A2における最大値である。g-lは、それぞれ、第7領域A7から第12領域A12における最小値である。
【0063】
エリクセンカップ1は、例えば、ブランク系57mm、パンチ径33mmの条件で成形される。エリクセンカップの側壁高さは、例えば株式会社小坂研究所社製Roncoder EC1550を使用して測定される。
【0064】
具体的には、圧延方向を基準(0°/180°)にしてエリクセンカップの開口部に測定端子を置き、エリクセンカップを置いたテーブルを1周回転させて、周方向360°の開口部高さを測定する。
【0065】
式(2)が満たされる、つまり、耳率が-7.0%以上であることで、cube方位の集積度が高くなる。その結果、合金板の繰り返し曲げ回数を大きくすることができる。
【0066】
<アルミニウム合金板の製造方法>
本開示のアルミニウム合金板は、例えば、以下のように製造することができる。まず、本開示のアルミニウム合金板の組成を有するアルミニウム合金に対し、常法にしたがって半連続鋳造法(つまりDC鋳造)を行い、鋳塊を製造する。
【0067】
次に、鋳塊の表面を面削する。その後、鋳塊を均熱炉に投入して均質化処理を行う。均質化処理における温度は、例えば470℃以上620℃以下が好ましい。均質化処理の時間は、例えば1時間以上20時間以下が好ましい。
【0068】
均質化処理における温度が400℃以上である場合、鋳塊組織の偏析を解消させやすい。さらに均質化処理における温度が450℃以上である場合、MgSi粒子を再固溶させ、合金板の強度及び靭性を向上させることができる。さらに均質化処理における温度が490℃以上、より好ましくは550℃以上であると、MgSi粒子の再固溶が促進され、合金板の強度及び靭性をさらに向上させることができる。一方、均質化処理における温度が620℃以下である場合、アルミニウム合金の局部融解が生じ難い。
【0069】
均質化処理の時間が1時間以上である場合、スラブ全体の温度が均一になり、鋳塊組織の偏析も解消しやすく、MgSi粒子を再固溶させやすい。均質化処理時間が長いほど、MgSi粒子を再固溶させることができる。ただし、均質化処理の時間が20時間を越えると、均質化処理の効果が飽和する。
【0070】
均質化処理後、鋳塊を熱間圧延に供する。熱間圧延工程は、粗圧延工程と、仕上圧延工程とを有する。粗圧延工程では、リバース圧延によって、鋳塊を約数十mmの厚さの板材に加工する。仕上圧延工程では、例えばタンデム圧延等によって、板材の厚さを約数mmに落とすと共に、板材をコイル状に巻き取った熱延コイルを形成する。
【0071】
仕上圧延の総圧下率が高いと、巻き取り後に再結晶組織となりcube方位の集積度を高めることができる。仕上圧延の巻取温度が高いと、巻き取り後に再結晶組織となりcube方位の集積度を高めることができる。
【0072】
また、熱延コイルを溶体化処理し、Mgなどを再固溶させることで高強度の合金板を得ることができる。例えば連続焼鈍炉を用いて目標実体温度440℃以上、30秒以上の熱処理(つまり焼鈍)を実施し、その後、空冷などで強制冷却することで、合金板の強度を効果的に増加させることが可能である。
【0073】
熱間圧延に続いて板材の冷間圧延を行う。冷間圧延では、製品板厚となるまで熱延コイルを圧延する。冷間圧延は、シングル圧延及びタンデム圧延のどちらであってもよい。シングル圧延による冷間圧延では2パス以上の複数回に分けて圧延を実施するとよい。
【0074】
最終パス以外の途中パスにおける冷間圧延の上がり温度を120℃以上とすることで、Si、Cu及びMgが微細析出し、時効硬化するため、合金板の強度を増加させることができる。さらに上がり温度を130℃以上とすることで、合金板の強度をより増加させることができる。
【0075】
冷間圧延率(つまり狙いの総圧下率)は、80%以上が好ましい。冷間圧延率が80%以上である場合、合金板の強度を高められる。冷間圧延率が低いほど、cube方位が残存する。冷間圧延率は、92%以下が好ましい。
【0076】
冷間圧延率R(%)は、熱間圧延板の板厚t(mm)、冷間圧延後の製品板厚t(mm)を用いて、下記式(6)で求められる。
R=(t-t)/t×100 ・・・(6)
【0077】
製品板厚は所望の耐圧が得られるよう適宜選択することができる。上述の式(3)に示すように、板厚が増加するほど耐圧が向上する。製品板厚は、t2.27×σfm/(σ0.2/σ)≧14の範囲で選択することが好ましい。上述のように、本開示のアルミニウム合金板によれば耐圧を高く保つための板厚の増加を抑えることができる。
【0078】
また、本開示のアルミニウム合金板の作用効果を奏する限り、上述のアルミニウム合金板の製造方法において、例えば、冷間圧延の前後やパス間において、焼鈍を実施してもよい。
【0079】
製品板厚まで冷間圧延したコイルに対し、塗装ラインなどでプレコートを実施する。冷間圧延されたコイルは、表面に対する脱脂、洗浄、化成処理が施され、さらに塗料が塗布された後、塗装焼付処理される。
【0080】
化成処理では、クロメート系、ジルコニウム系等の薬液が用いられる。塗料は、エポキシ系、ポリエステル系等が用いられる。これらは用途に合わせて選択可能である。塗装焼付処理ではコイルの実体温度(PMT:Peak Metal Temperature)で220℃以上270℃以下、およそ30秒以内の間、加熱される。このときPMTが低いほど、材料の回復が抑制され、合金板の強度を高く維持することができる。
【0081】
[1-2.効果]
以上詳述した実施形態によれば、以下の効果が得られる。
(1a)缶材由来のスクラップ原料を配合しつつ、アルミニウム合金板の高強度及び高靭性を両立できる。すなわち、缶胴用の3104アルミニウム合金のスクラップを一定量配合でき、新地金使用率及びCO排出量を削減できる。さらに、高耐圧が求められる陽圧缶蓋用途に使用し得る缶蓋用アルミニウム合金板が得られる。
【0082】
[2.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されることなく、種々の形態を採り得ることは言うまでもない。
【0083】
(2a)本開示には、上記実施形態のアルミニウム合金板以外に、このアルミニウム合金板で構成される部材、及びこのアルミニウム合金板の製造方法等の種々の形態も含まれる。
【0084】
(2b)上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【0085】
[3.実施例]
以下に、本開示の効果を確認するために行った試験の内容とその評価とについて説明する。
【0086】
<アルミニウム合金板の製造>
実施例及び比較例として、表1及び表2に示すS1-S22のアルミニウム合金板を製造した。具体的な製造手順を以下に説明する。
【0087】
まず、表3に示す合金番号1-11の成分(質量%)を含有し、残部がアルミニウム及び不可避的不純物からなる鋳塊を半連続鋳造法により製造した。鋳塊は、0.10質量%以下のTi、0.25質量%以下のZn、0.10質量%以下のCr、0.15質量%以下の不可避的不純物を含む。
【0088】
次に、鋳塊の4面を面削した。その後、鋳塊を炉に入れ、均質化処理を行った。均質化処理の温度は、表1に示す通りである。均質化処理後、炉から鋳塊を出し、すぐに熱間圧延を開始して圧延板とした。
【0089】
得られた圧延板に対し、焼鈍を実施した。焼鈍の温度は表1に示す通りであり、時間は30秒とした。焼鈍後、圧延板を空冷で室温まで冷却した。冷却後、圧延板に対し冷間圧延を実施した。冷間圧延における狙いの総圧下率は、表1に示す通りである。なお、冷間圧延後の製品板厚(つまり式(6)におけるt)はおよそ0.245±0.01mmの範囲とした。冷間圧延中及び最終冷間圧延後に、表1に示す上がり温度を付与した。
【0090】
冷間圧延後、板面に塗料を塗布し、30秒間の塗装焼付処理を実施した。塗装焼付時の実体温度(PMT)は、表1に示すとおりである。塗装の焼付により、S1-S22のアルミニウム合金板が得られた。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【0093】
【表3】
【0094】
<アルミニウム合金板の評価>
(引張特性)
S1-S22のアルミニウム合金板からJIS-Z-2241:2011に規定される5号試験片を作成した。この試験片は、圧延方向に対して0°の角度をなす方向に延びる。この試験片について、JIS-Z-2241:2011に準拠して引張試験を行い、0.2%耐力及び引張強さを測定した。0.2%耐力σ0.2及び引張強さσの測定結果と、0.2%耐力と引張強度との平均値σfmを表1に示す。
【0095】
S1-S22のアルミニウム合金板において、マイクロゲージにより板厚を測定し、上述の式(3)の値V(=t2.27×σfm/(σ0.2/σ))を計算した。値Vの計算結果と、σfm/(σ0.2/σ)の値とを表2に示す。
【0096】
(靭性)
S1-S22のアルミニウム合金板において、実施形態において説明した測定方法により、面積が0.3μm以上のMgSi粒子の断面における総面積の割合(面積率)を算出した。測定結果を表2に示す。
【0097】
S1-S22のアルミニウム合金板において、実施形態において説明した測定方法及び式(2)の左辺から耳率を算出した。その結果を表2に示す。なお、表中の「-」は未測定を表す。
【0098】
S1-S22のアルミニウム合金板において、実施形態において説明した測定方法及び式(4)、(5)から繰り返し曲げ回数を算出した。その結果を表2に示す。なお、表中の「-」は未測定を表す。
【0099】
(スクラップ配合率)
S1-S22のアルミニウム合金板の組成に関し、3104アルミニウム合金のスクラップの可能配合率が50質量%以上となるか否か判断した。その結果を表2に示す。
【0100】
表2中、「≧50」とされているアルミニウム合金板は、3104アルミニウム合金を50質量%以上配合することが可能である。なお、3104アルミニウム合金のスクラップの可能配合率は、表4に基づいて判断される。
【0101】
表4は、3104アルミニウム合金と5182アルミニウム合金との配合比率と、成分規格の平均値との対応を表している。表4の1行目は、3104アルミニウム合金の成分規格の平均値であり、2行目は、5182アルミニウム合金の成分規格の平均値である。
【0102】
例えば、3104アルミニウム合金の配合割合が50質量%の場合、Siの平均値は0.20質量%、Feの平均値は0.29質量%、Cuの平均値は0.11質量%、Mnの平均値は、0.7質量%、Mgの平均値は2.8質量%となる。
【0103】
したがって、アルミニウム合金板の各成分の割合が上記のSi、Fe、Cu、Mn、Mgの数値以上であるとき、3104アルミニウム合金板の可能配合率が50質量%以上となる。3104アルミニウム合金の配合割合が大きくなるほど、Si、Fe、Cu、及びMnの含有量は上がり、Mgの含有量は下がる。S1、S15-S22のアルミニウム合金板は、3104アルミニウム合金のスクラップを50質量%以上配合可能である。
【0104】
【表4】
【0105】
(耐圧)
S1-S22のアルミニウム合金板において、実施形態において説明した測定方法により耐圧を測定した。その結果を表2に示す。S1、S7-S9、S15-S22のアルミニウム合金板は、550kPa以上の高い耐圧を示した。
【0106】
式(3)の値V(=t2.27×σfm/(σ0.2/σ))と合金板の耐圧の関係とを表すグラフを図3に示す。図3から、値Vと耐圧との間に高い相関関係があることが確認された。したがって、式(1)の左辺のσfm/(σ0.2/σ)の値が350MPa以上であれば、大きな板厚増加を伴うことなく、550kPa以上の高い耐圧を備えることができる。
【0107】
均質化処理温度を高くしたS20-S22のアルミニウム合金板は、著しく高い耐圧を示した。また、S1のアルミニウム合金板は、熱延後の焼鈍温度が高いため、少ないMg含有量でも高い強度及び耐圧が得られた。
【0108】
いずれのアルミニウム合金も塗装焼付温度(PMT)が低いほど強度が高くなった。例えば、S15-S17、S20-S22のアルミニウム合金板を比較すると、塗装焼付温度が低い実施例ほど耐圧が高い値を示した。
【0109】
S1-S3、S6-S14、S20-S22のアルミニウム合金は、MgSi粒子の面積率が小さく、1.0%以下であった。S15-S22のアルミニウム合金の中で、均質化処理温度を高くしたS20-S22のアルミニウム合金板は、特にMgSi粒子の面積率が小さかった。
【0110】
そのため、S18のアルミニウム合金板とS21のアルミニウム合金板とを比較すると、S21のアルミニウム合金の耐圧がS18のアルミニウム合金板よりも50kPa近く高いにも関わらず、繰り返し曲げ回数は同等以上であった。また、S8のアルミニウム合金板もMgSi粒子の面積率が小さいため、耐圧が高いにも関わらず、S17のアルミニウム合金板よりも繰り返し曲げ回数が多かった。
【符号の説明】
【0111】
1…エリクセンカップ。
図1
図2
図3