(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131760
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法
(51)【国際特許分類】
B01D 61/46 20060101AFI20230914BHJP
B01J 19/00 20060101ALI20230914BHJP
B01J 19/08 20060101ALI20230914BHJP
B01D 61/28 20060101ALI20230914BHJP
C02F 1/44 20230101ALI20230914BHJP
【FI】
B01D61/46 500
B01J19/00 C
B01J19/08 A
B01D61/28
C02F1/44 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022036702
(22)【出願日】2022-03-09
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002826
【氏名又は名称】弁理士法人雄渾
(72)【発明者】
【氏名】平田 一弘
【テーマコード(参考)】
4D006
4G075
【Fターム(参考)】
4D006GA13
4D006GA17
4D006HA41
4D006HA93
4D006JA42A
4D006JA42C
4D006KA31
4D006KA33
4D006KB30
4D006KD30
4D006MA03
4D006MA13
4D006MB06
4D006MC28
4D006PA02
4D006PB03
4D006PB04
4D006PB05
4D006PB06
4D006PB08
4D006PB27
4D006PC80
4G075AA04
4G075AA15
4G075BA08
4G075BB01
4G075CA20
4G075DA02
4G075EB01
4G075EC21
4G075FA03
4G075FB02
4G075FB03
4G075FC02
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、大気中の二酸化炭素濃度の増加に伴う環境問題を解決するための技術として、低エネルギーで大気中の二酸化炭素を炭酸イオン類として水中に濃縮することができる炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法を提供することである。
【解決手段】上記課題を解決するために、水素イオンを選択的に透過する水素イオン交換膜と、前記水素イオン交換膜を挟んで配置するカソード電極及びアノード電極と、前記カソード電極側に配置され、二酸化炭素を含む第1溶液と、を備え、前記カソード電極と前記アノード電極を短絡させることを特徴とする、炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法を提供する。これにより、低エネルギーで大気中の二酸化炭素を炭酸イオン類として水中に濃縮することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素イオンを選択的に透過する水素イオン交換膜と、
前記水素イオン交換膜を挟んで配置するカソード電極及びアノード電極と、
前記カソード電極側に配置され、二酸化炭素を含む第1溶液と、を備え、
前記カソード電極と前記アノード電極を短絡させることを特徴とする、炭酸イオン類濃縮装置。
【請求項2】
前記第1溶液は、大気に開放されていることを特徴とする、請求項1に記載の炭酸イオン類濃縮装置。
【請求項3】
前記第1液は、海水であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の炭酸イオン類濃縮装置。
【請求項4】
水素イオン交換膜を挟んでカソード電極とアノード電極を配置するステップと、
前記カソード電極側に二酸化炭素を含む第1溶液を配置するステップと、
前記カソード電極と前記アノード電極を短絡させるステップと、を備えることを特徴とする、炭酸イオン類濃縮方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中に炭酸イオン類を濃縮する炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法に関するものである。特に、本発明は、空気中の二酸化炭素を水中に溶解した後に、低エネルギーで炭酸イオン類として濃縮することが可能な炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化などの環境問題に対して大きな影響を与えるとされる二酸化炭素について、環境への排出を抑制することが早急に対応すべき課題となっている。この課題に対し、二酸化炭素の排出量自体を削減する技術や、排出された二酸化炭素を回収し、固定化する技術に係る研究が進められている。
【0003】
特に、二酸化炭素の回収・固定化に係る技術として、様々な方法が検討されている。例えば、二酸化炭素含有ガスから二酸化炭素を回収する方法として、モノエタノールアミンなどの吸収液に二酸化炭素を溶解させる化学吸収法や、ガス吸着能を有する吸着剤に二酸化炭素を吸着させる物理吸着法のほか、膜を用いた膜分離法などが知られている。また、これらの方法以外に、大気中の二酸化炭素濃度を低減させるという観点から、海洋に二酸化炭素を供給することで、海洋中に二酸化炭素を貯留し、大気からは二酸化炭素を隔離するという海洋貯留に係る方法が検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、深層の海水を海面付近まで汲み上げ、汲み上げた海水に二酸化炭素を吸収させる二酸化炭素の固定化システムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されるように、海水に二酸化炭素を吸収させる場合、大気中の二酸化炭素を一時的に海水中に溶存させることができるが、大気中の二酸化炭素分圧との差分により海水中に溶存した二酸化炭素は再び大気中に放散されてしまう。そのため、海水中に効果的に二酸化炭素を溶存させ、海洋における二酸化炭素の貯留量を高める必要がある。
【0007】
本発明の課題は、大気中の二酸化炭素濃度の増加に伴う環境問題を解決するための技術として、低エネルギーで大気中の二酸化炭素を炭酸イオン類として水中に濃縮することができる炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題について鋭意検討した結果、水素イオン交換膜を用い、二酸化炭素を含む海水から水素イオンを透過させることにより、二酸化炭素が炭酸イオン類を形成する方向に化学平衡反応が移動し、二酸化炭素を炭酸イオン類(重炭酸イオン(HCO3
-)、炭酸イオン(CO3
2-))として濃縮できること、その際に、カソード電極とアノード電極を短絡させることにより、低エネルギーで炭酸イオン類を形成する化学平衡反応を促進することを見出して、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法である。
【0009】
上記課題を解決するための本発明の炭酸イオン類濃縮装置は、水素イオンを選択的に透過する水素イオン交換膜と、前記水素イオン交換膜を挟んで配置するカソード電極及びアノード電極と、前記カソード電極側に配置され、二酸化炭素を含む第1溶液と、を備え、前記カソード電極と前記アノード電極を短絡させることを特徴とする。
この炭酸イオン類濃縮装置によれば、電極に挟まれるように水素イオン交換膜を設け、カソード電極側に二酸化炭素を高濃度で含有する第1液を配置するため、水素イオンの濃度勾配により第1液中の水素イオンがアノード側に移動する。これにより、第1液では、水素イオン濃度が低下するため、二酸化炭素から炭酸イオン類を形成する方向に化学平衡反応が移動して、炭酸イオン類が濃縮される。
また、水素イオンの移動によりカソード電極とアノード電極との間に電位差が生じる。本発明の炭酸イオン類濃縮装置では、カソード電極とアノード電極を短絡させるため、カソード電極からアノード電極に向かって電子が移動し、アノード電極の水素イオンに電子が供給されて水素ガスが生成する。これにより、電圧をかけるなどの電気的エネルギーを利用しなくても、アノード電極側の水素イオン濃度が低下するため、カソード電極側からの水素イオンの移動を促進することができる。以上の反応により、本発明の炭酸イオン類濃縮装置では、低エネルギーでカソード電極側の第1液中に炭酸イオン類を濃縮することができる。
【0010】
また、本発明の炭酸イオン類濃縮装置の一実施態様としては、第1溶液は、大気に開放されているという特徴を有する。
この特徴によれば、第1溶液に溶解している過剰な二酸化炭素が徐々に大気中に放出されることから、薬品などを使用しなくても第1溶液のpHを上昇することが可能となる。第1溶液のpHが上昇すると、炭酸イオン類(炭酸イオン)の溶解度が過飽和の状態となるため、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの二価の陽イオンと反応して析出させることができる。これにより、炭酸イオンを炭酸塩として固定することが可能となる。
【0011】
また、本発明の炭酸イオン類濃縮装置の一実施態様としては、第1液は、海水であるという特徴を有する。
海水は、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの二価の陽イオンや、炭酸イオン類が過飽和の状態で溶解しているため、第1液中で濃縮された炭酸イオンを速やかに炭酸塩として固定することができる。また、海水は自然界から取得することができるため、低コストで大気中の二酸化炭素を炭酸塩に固定することが可能となる。
【0012】
上記課題を解決するための本発明の炭酸イオン類濃縮方法は、水素イオン交換膜を挟んでカソード電極とアノード電極を配置するステップと、前記カソード電極側に二酸化炭素を含む第1溶液を配置するステップと、前記カソード電極と前記アノード電極を短絡させるステップと、を備えることを特徴とする。
この炭酸イオン類濃縮方法によれば、上記炭酸イオン類濃縮装置と同様、低エネルギーでカソード電極側の第1液中に炭酸イオン類を濃縮することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、低エネルギーで大気中の二酸化炭素を炭酸イオン類として水中に濃縮することができる炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置の概略説明図である。
【
図2】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置における物質の状態の一例を示す概略説明図である。
図2は、初期状態から短絡を開始するまでの状態を示す。
【
図3】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置における物質の状態の一例を示す概略説明図である。
図3は、短絡初期から第1液及び第2液中の物質が濃度平衡に達するまでの状態を示す。
【
図4】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置における物質の状態の一例を示す概略説明図である。
図4は、第1液及び第2液中の物質が濃度平衡に達した状態から各溶液中の二酸化炭素濃度が大気と平衡になるまでの状態を示す。
【
図5】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置における物質の状態の一例を示す概略説明図である。
図5は、第1溶液及び第2溶液中の二酸化炭素濃度が大気と平衡となった後、炭酸塩として固定される状態を示す。
【
図6】pHの変化に伴う海水中の炭酸イオン類の存在比の一例を示すグラフである(1気圧、25℃)。
【
図7】本発明の第1の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置における第1液及び第2液のpHの変化を示すグラフである。
【
図8】本発明の第2の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置の概略説明図である。
【
図9】本発明の第3の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置の概略説明図である。
【
図10】本発明の第4の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置の概略説明図である。
【
図11】本発明の第5の実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置の概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しつつ本発明に係る炭酸イオン類濃縮装置の実施態様を詳細に説明する。また、本発明に係る炭酸イオン類濃縮方法の説明については、本発明に係る炭酸イオン類濃縮装置の動作に係る説明に置き換えることができるものとする。
なお、実施態様に記載する炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法については、本発明に係る炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法を説明するために例示したに過ぎず、これに限定されるものではない。
【0016】
(炭酸イオン類濃縮装置)
本発明の炭酸イオン類濃縮装置は、水中に炭酸イオン類を濃縮するためのものである。具体的には、二酸化炭素を水中に溶解した第1液(炭酸水)の電離平衡により生ずる水素イオンを、水素イオン交換膜を介して移動させることで、第1液中に炭酸イオン類を濃縮させるものである。ここで、本発明の炭酸イオン類濃縮装置は、水素イオン交換膜を挟んで配置されたカソード電極とアノード電極を短絡させることにより、アノード電極側に流入した水素イオンにアノード電極から電子が供給されて水素が発生する。そのため、アノード電極側の水素イオン濃度が減少することにより、第1液からの水素イオンの移動を促進することができる。
【0017】
本発明の第1液に利用できる炭酸水としては、二酸化炭素を溶解した水溶液であれば、その由来については特に限定されない。原水に人為的に二酸化炭素を溶解したものであってもよいし、はじめから二酸化炭素を溶存するものであってもよい。原水として利用できるものとしては、例えば、河川水、湖沼水、地下水、雨水、海水のような天然資源のほか、水道水、純水、工場からの排水・廃水、埋立地の浸出水等が挙げられ、好ましくは海水である。海水は、カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの二価の陽イオンが含まれており、濃縮された炭酸イオン類(炭酸イオン)を炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムなどの炭酸塩として固定することができる。
【0018】
炭酸水において、二酸化炭素(CO
2)が水(H
2O)に溶解している場合には、一般的には式1に示すような化学平衡式が成り立っている。
【数1】
【0019】
式1に示すように、二酸化炭素は水に溶解すると、炭酸(H2CO3)との平衡状態に達した後、炭酸の一部が水素イオンと重炭酸イオン(HCO3
-)に電離する。さらに、重炭酸イオンが水素イオンと炭酸イオン(CO3
2-)に電離する。なお、本発明において、「炭酸イオン類」とは、「重炭酸イオン(HCO3
-)」及び「炭酸イオン(CO3
2-)」の総称である。
【0020】
二酸化炭素が溶解した水溶液中には、水素がイオン状態で含まれるため、水素イオン交換膜を介した、水素イオンの移動が可能である。また、水素イオンが移動した後の第1液においては、式1で示した化学平衡は、炭酸イオン(CO3
2-)を生成する方向に反応が進行することになるため、第1液中に炭酸イオン類が濃縮される。なお、炭酸(H2CO3)も浸透圧によりわずかに水素イオン交換膜を通過する。
さらに、本発明の炭酸イオン類濃縮装置は、水素イオン交換膜を挟んで配置されたカソード電極とアノード電極が短絡しているため、カソード電極からアノード電極に電子が流れ、アノード電極上で水素が発生する。これにより、アノード電極側の水素イオン濃度が低下し、水素イオンの移動がさらに促進されて炭酸イオン類を発生する。このとき第1液では、水素イオンの移動によるpHの上昇が観察される。その後、水素イオン交換膜を介する物質の移動が平衡状態となり、第1液における水素イオンの移動が制限される。
次いで、物質の移動が平衡状態となった第1液からは、第1液に溶解していた二酸化炭素が空気中に放出され、pHが徐々に上昇する。このプロセスを経ることにより、第1液は、炭酸イオン類を高濃度で含む状態でpHが上昇することになり、炭酸イオン類が過飽和な状態を作ることができる。
【0021】
また、本発明の炭酸イオン類濃縮装置の特徴として、消費電力が少ないことが挙げられる。水素イオン交換膜を挟んで配置されたカソード電極とアノード電極を短絡させるだけで、水素イオンの移動を促進することができる
【0022】
〔第1の実施態様〕
図1は、本発明の第1の実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Aの構造を示す概略説明図である。
本実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Aは、
図1に示すように、処理槽10を有し、処理槽10内には、水素イオン交換膜12を備えている。そして、水素イオン交換膜12には、一対の電極(カソード電極11a、アノード11b)が設けられている。なお、
図1に示すように、処理槽10内は、水素イオン交換膜12を介して、二酸化炭素を含む第1溶液を投入するための第1室13a(カソード電極側)と、第1液中の水素イオンが流入する第2液を投入するための第2室13b(アノード電極側)とに分かれている。
また、処理槽10には、原水S
0を導入するラインL1と、第1室13aに二酸化炭素(CO
2)を導入するラインL2が接続されている。
【0023】
なお、ラインL1、L2の配置はこれには限定されない。例えば、ラインL1による原水S0の導入は、第1室13aのみに接続する構成として、第2室13bには、純水や電解溶液、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、塩化カリウム水溶液、及び塩化ナトリウム水溶液を導入するようにしてもよい。これにより、電気透析の原理に基づくイオン移動が生じ、水素イオン交換膜12を介した水素イオンの移動速度を速め、溶液のpH上昇に係る時間短縮が可能となるという利点も有する。また、二酸化炭素の導入の構成、態様についても限定されない。例えば、第1室13aを加圧、又は減圧することにより、原水S0へ溶解する二酸化炭素の濃度を目的とする溶液のpHに応じて調整可能な構成としてもよい。また、第1室13aの下部から二酸化炭素の細かい気泡を発生するような構成として、随時二酸化炭素の溶解度を均一に維持できるような構成としてもよい。
【0024】
ここで、二酸化炭素の供給源(あるいは発生源)については、特に限定されない。具体的な二酸化炭素の供給源の例としては、例えば、生活・産業活動に伴い、各種施設(発電施設・工場・一般家庭等)や運輸手段から排出される二酸化炭素を含むガスのほか、大気や火山ガス等、天然に存在する二酸化炭素を含むガスなどが挙げられる。なお、目的とするpHの溶液が得られる程度に、原水S0が十分な二酸化炭素をはじめから溶解している場合には、二酸化炭素を導入する構成を省略することもできる。
【0025】
処理槽10は、水素イオン交換膜12を備え、原水S0を貯留可能となるように形成されているものであればよく、特に素材や形状は問わない。例えば、電解槽や電気透析槽として知られている構造に用いられる素材や形状を使用すること等が挙げられる。また、処理槽10は上部が開放されていることが好ましい。処理槽10の上部を開放することにより、第1液から二酸化炭素を大気中に放出することができる。
【0026】
カソード電極11a、アノード電極11bは、水素イオン交換膜12の表面あるいは近傍に設けられ、導線を用いて電気的に接続されている。本実施態様におけるカソード電極11a、アノード電極11bは、第1液と第2液を短絡させるためのものである。
【0027】
カソード電極11a、アノード電極11bとしては、材質及び形状については特に限定されない。カソード電極11a、アノード電極11bの材質の例としては、例えば、電気化学分野で電極材料として広く用いられている炭素や金属(金、白金、銀、パラジウム、ガリウム、ステンレス、銅等)が挙げられる。また、カソード電極11a、アノード電極11bの形状の例としては、例えば、平板状、棒状、メッシュ状、又は導電性基板に粒子状の金属粒子を塗布した電極基板等が挙げられる。なお、カソード電極11a、アノード電極11bは水素イオン交換膜12の表面あるいは近傍に設けることが好ましい。なお、電極を水素イオン交換膜12の表面あるいは近傍に設ける際、水素イオン交換膜12に対する物質移動を阻害しないような形状とすることが好ましい。したがって、本実施態様におけるカソード電極11a、アノード電極11bの形状としては、例えば、メッシュ状や針金等の細い棒状などが挙げられる。さらに、カソード電極11a、アノード電極11bの別の例としては、メッキ処理などの手法により、水素イオン交換膜12の表面に直接電極パターンを作成するもの等が挙げられる。このとき、電極パターンの形状は特に限定されないが、水素イオン交換膜12に対する物質移動の阻害しないものとすることが好ましい。
【0028】
水素イオン交換膜12は、水素イオンを選択的に透過することができる膜である。
本実施態様においては、例えば、水素イオン交換膜12としては、炭酸イオン類を透過させずに水素イオンを透過させる機能を有するものであればよく、具体的な成分や構造については特に限定されず、公知のものを用いることができる。例えば、炭素-フッ素からなる疎水性テフロン骨格とスルホン酸基を持つパーフルオロ側鎖から構成されるパーフルオロカーボン材料が挙げられる。なお、原水S0に含まれる一価の陽イオンが水素イオンのみであることが明らかである場合など、炭酸イオン類濃縮工程を行う条件によっては、水素イオン交換膜12として、一価の陽イオンを選択的に透過できるように処理したもの(いわゆる一価イオン選択膜)や、二価の陽イオンを含む陽イオン交換膜を用いるものとしてもよい。このとき、一価イオン選択膜や陽イオン交換膜を構成する具体的な成分や構造については特に限定されず、公知のものを用いることができる。
【0029】
炭酸イオン類濃縮装置1Aは、水素イオン交換膜12を介して、原水S0に二酸化炭素を溶解させた第1液(炭酸水)から水素イオンを選択的に透過させ、炭酸イオン類の濃縮を行うものである。より具体的には、炭酸イオン類濃縮装置1Aは、原水S0が供給された第1室13a内において、二酸化炭素(二酸化炭素含有ガス)を導入し、水素イオン交換膜12を介して、第1室13aで生成した水素イオンを選択的に透過させ、第1液中の炭酸イオン類の濃度を高めるものである。
【0030】
本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aにおける炭酸イオン類の濃縮工程について、
図2~
図5に基づき説明する。
図2は、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aにおける炭酸イオン類濃縮工程を示す概略説明図である。
図2は、炭酸イオン類濃縮工程の初期状態から短絡を開始するまでの状態を示す。
図2における処理槽10内の構成は、
図1に示した構成と同じであり、第1室13a及び第2室13b内にはいずれにも原水S
0として海水を導入している。また、第1室13aには、ラインL2(不図示)を介して二酸化炭素(二酸化炭素含有ガス)が導入されており、二酸化炭素を十分に溶存する状態(炭酸水)となっている。なお、図示された各物質の数は量比を正確に示すものではない。
【0031】
図2に示すように、第1室13aには、二酸化炭素を含む第1液が導入されており、炭酸(H
2CO
3)と、炭酸の一部が電離して発生した水素イオン(H
+)、重炭酸イオン(HCO
3
-)を含む。また、海水中に含まれるカルシウムイオン(Ca
2+)やマグネシウムイオン(不図示)を含む。第1液は、炭酸を含むことによりpHが5付近となる。
図6には、海水のpHと炭酸イオン類の存在比を示しており、pHが5付近では炭酸イオン(CO
3
2-)をほとんど含まない状態である。
【0032】
第1液のpHの変動は
図7に示しており、
図2に示す状態は、
図7のグラフ中の[1]である。なお、第2室13bに導入された第2液(海水)は、pHが8程度である。
【0033】
図3は、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aにおける炭酸イオン類濃縮工程を示す概略説明図であり、短絡初期から第1液及び第2液中の物質が濃度平衡に達するまでの状態を示す。第1液と第2液の水素イオン濃度の勾配により、水素イオン(H
+)が第1液から水素イオン交換膜12を介して第2液に透過する。
【0034】
また、水素イオン(H+)の透過により、第1液と第2液に電位差が生じ、カソード電極11aがアノード電極11bに向かって電子が流入する。そして、第2液の水素イオン(H+)と電子が反応して水素を生成する。この反応により、第2液の水素イオン濃度を低下することができるため、第1液からの水素イオンの透過を促進することができる。
【0035】
図7に示すように、第1液は水素イオン濃度が低下することにより、pHが約6に上昇し、第2液は水素イオン濃度が上昇することにより、pHが約6に低下する(
図7のグラフ中の[2]参照。)。この状態で物質が濃度平衡に達し、物質の移動が制限される。なお、
図6を参照すると、第1液と第2液には、主に、炭酸(H
2CO
3)と重炭酸イオン(HCO
3
-)が存在し、炭酸イオン(CO
3
2-)をほとんど含まない状態である。
【0036】
図4は、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aにおける炭酸イオン類濃縮工程を示す概略説明図であり、第1液及び第2液中の物質が濃度平衡に達した状態から各溶液中の二酸化炭素濃度が大気と平衡になるまでの状態を示す。
図4に示すように、物質の移動が制限された第1液と第2液は、大気中に二酸化炭素を放出する。これにより第1液と第2液のpHは徐々に上昇する(
図7のグラフ中の[3]参照。)。
【0037】
図5は、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aにおける炭酸イオン類濃縮工程を示す概略説明図であり、第1溶液及び第2溶液中の二酸化炭素濃度が大気と平衡となった後、第1液中の炭酸イオンが炭酸塩として固定される状態を示す。
二酸化炭素の放出後は大気と平衡状態となることから、第1液と第2液のpHは、元の海水と同程度の8まで上昇する(
図7のグラフ中の[4]参照。)。pH8付近まで上昇すると、炭酸イオン(CO
3
2-)が存在するようになる(
図6参照。)。ここで、第1液は、炭酸イオン類が濃縮されていることから、海水に含まれていたカルシウムイオンと反応して炭酸カルシウムを形成する。これにより、二酸化炭素を炭酸カルシウムとして固定することが可能となる。なお、第2液は、海水と同濃度の炭酸イオン類に戻るだけであり、炭酸カルシウムがほとんど形成されない。
【0038】
以上のように、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Aは、
図2~
図5に示すプロセスを経ることにより、ほとんどエネルギーを使用することなく、気体の二酸化炭素を炭酸カルシウムなどの炭酸塩として固定することが可能となる。
【0039】
〔第2の実施態様〕
図8は、本発明の第2の実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Bを示す概略説明図である。なお、
図8は第1の実施態様における原水S
0に二酸化炭素を溶解する手段として、溶解槽30を設けたものを示している。
【0040】
図8に示すように、本実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Bは、二酸化炭素(二酸化炭素含有ガス)を導入するラインL2を溶解槽30に接続し、処理槽10での反応の前処理として、二酸化炭素を原水S
0にあらかじめ溶解することができるように構成したものである。また、溶解槽30と処理槽10の第1室13aを接続することにより、二酸化炭素を溶解した原水S
0を炭酸水として、処理槽10での反応に用いることができる。なお、ラインL2の溶解槽30への接続の態様については、特に限定されず、溶解槽30の上部の空間に接続されるものであってもよく、溶解槽30の下端から二酸化炭素の気泡を発生するように構成してもよい。溶解槽30を設けることにより、二酸化炭素溶解を確実にすることができると同時に、反応に使用する前処理として均一な炭酸水の調製を適宜行うことが可能となる。
【0041】
また、溶解槽30の機能、態様は限定されない。原水S0への二酸化炭素の溶解度を調整できるよう、溶解槽30を加圧又は減圧可能な構成にしてもよいし、温度を調整できるようにしてもよい。さらに二酸化炭素を溶解する目的以外にも、処理槽10での反応に好ましくない物質を取り除いておくための前処理を行うようにすることもできる。
【0042】
〔第3の実施態様〕
図9は、本発明の第3の実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Cを示す概略説明図である。
図9に示すように、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Cは、ラインL4を第1室13aと接続することにより、炭酸カルシウムが形成された処理後溶液Sを、系外に流出するようにしている。同時に、処理後溶液Sの放出に伴い、原水S
0を適宜、第1室13aに補充できるようにしている。したがって、炭酸イオン類の一連の濃縮処理を繰り返して実施することが可能となる。
また、ラインL4から排出した処理後溶液Sから炭酸カルシウムを回収して、炭酸カルシウムを他の用途に利用してもよい。
【0043】
〔第4の実施態様〕
図10は、本発明の第4の実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Dを示す概略説明図である。
図10に示すように、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Dは、ラインL5を第2室13bの上部と接続することにより、炭酸イオン類の濃縮工程で発生した水素と二酸化炭素を回収するものである。
【0044】
なお、回収した水素の回収及び利用の態様は限定されない。例えば、発生した水素ガスを貯留施設に移送して貯留するものとしてもよく、あるいは直接ユースポイントに移送してエネルギー源として利用してもよい。また、水素と二酸化炭素からメタネーションによりメタンガスを生成してもよい。
【0045】
また、カソード電極11a、アノード電極11bは水素イオン交換膜12の近傍に設けることが好ましい。これにより、水素イオン交換膜12を透過した水素イオンをより効率的に水素とすることができ、水素の回収効率を向上させることが可能となる。
【0046】
〔第5の実施態様〕
図11は、本発明の第5の実施態様における炭酸イオン類濃縮装置1Eを示す概略説明図である。
図11に示すように、本実施態様の炭酸イオン類濃縮装置1Eは、ラインL1を介して第1室13aのみに原水S
0を導入し、第2室13bは設けずに、水素イオン交換膜とアノード電極11cを大気中に開放するものである。
なお、アノード電極11c側に配置する気体は、大気に限定するものではなく、水素と反応せず、かつ水素より比重の重い気体であればよい。
【0047】
なお、上述した実施態様は、炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法の一例を示すものである。本発明に係る炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法は、上述した実施態様に限られるものではなく、請求項に記載した要旨を変更しない範囲で、上述した実施態様に係る炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法の構成を相互に互換、又は変形してもよい。
【0048】
例えば、本実施態様における炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法において、水素イオン交換膜を設ける個数は1つに限定されるものではない。例えば、膜の個数を増やし、炭酸イオン類濃縮槽に相当する区画を増やすことで、炭酸イオン類濃縮処理の大規模化を図るものとしてもよい。また、海洋に水素イオン交換膜とカソード電極及びアノード電極を設置して、海洋中で炭酸イオン類を濃縮してもよい。
【0049】
また、本実施態様における炭酸イオン類濃縮装置において、電極の配置は、処理槽内の水素イオン交換膜の両端部に限定されるものではない。例えば、水素イオン交換膜から一定の距離をもって配置されてもよい。また、複数の電極を設けることとしてもよいし、それらを処理槽全体で均一に反応が起こるように均等に配置することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の炭酸イオン類濃縮装置及び炭酸イオン類濃縮方法は、低エネルギーで炭酸イオン類を濃縮することができることから、大規模な二酸化炭素固定システムに好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0051】
1A,1B,1C,1D 炭酸イオン類濃縮装置、10 処理槽、11a カソード電極,11b,11c アノード電極、12 水素イオン交換膜、13a 第1室,13b 第2室、30 溶解槽、L1~L5 ライン、S0 原水、S 処理後溶液