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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023131823
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】成形構造体
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/10 20150101AFI20230914BHJP
   G02B 5/08 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
G02B1/10
G02B5/08 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022036794
(22)【出願日】2022-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 豪朗
(72)【発明者】
【氏名】十川 博行
(72)【発明者】
【氏名】岡 遼太郎
【テーマコード(参考)】
2H042
2K009
【Fターム(参考)】
2H042DB11
2K009EE02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】高い液滴排出効果を有し、防曇効果に優れた光学部品などの成形構造体を提供する。
【解決手段】曲面を含む基材の表面に複数の溝要素を第1の方向に一列に連結してなる少なくとも1つの第1の溝を有し、複数の溝要素の各々は第1領域と前記第1領域に接続された第2領域とを有し、溝要素の第2領域と該溝要素に隣接する第1領域との境界面である断面を第1開口面とし、溝要素の第1領域と第2領域との境界面である断面を第2開口面としたとき、第1領域及び前記第2領域の長さをL1,L2とし、第1開口面における溝幅及び溝深さをW1,D1とし、第2開口面における溝幅及び溝深さをW2,D2としたとき、溝要素は、L1>L2、W1<W2、D1<D2及び(D1/W1)>(D2/W2)を満たす。
【選択図】図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に複数の溝要素を第1の方向に一列に連結してなる少なくとも1つの第1の溝と、を有し、
前記複数の溝要素の各々は、第1領域と、前記第1領域の前記第1の方向に接続された第2領域とを有し、
前記溝要素の前記第2領域と前記溝要素に隣接する溝要素の第1領域との境界面であり、前記第1の方向に垂直な面における断面を第1開口面とし、
前記溝要素の前記第1領域と前記第2領域との境界面であり、前記第1の方向に垂直な面における断面を第2開口面としたとき、
前記第1の方向に、前記第1開口面から前記第2開口面に向かうに従って溝幅及び溝深さが増大し、前記第2開口面から隣接する溝要素の前記第1領域の前記第1開口面に向かうに従って溝幅及び溝深さが減少し、
前記第1の方向における前記第1領域及び前記第2領域の長さをL1,L2とし、前記第1開口面における溝幅及び溝深さをW1,D1とし、前記第2開口面における溝幅及び溝深さをW2,D2としたとき、前記溝要素は、
L1>L2 ・・・式(1)
W1<W2 ・・・式(2)
D1<D2 ・・・式(3)
(D1/W1)>(D2/W2) ・・・式(4)
を満たし、
前記基材は曲面を含む成形構造体。
【請求項2】
前記溝要素は、深さ方向において溝幅が一定、又は深さ方向において溝幅が単調に減少する形状を有する、請求項1に記載の成形構造体。
【請求項3】
前記溝要素は、前記基材上に滴下された液滴の平衡接触角をθとし、前記第1開口面の外周長をS1とし、A1=S1/W1としたとき、
A1・cosθ-1>0 ・・・式(5)
を満たす、請求項1又は2に記載の成形構造体。
【請求項4】
前記基材の前記曲面部分において、前記溝要素の前記第2領域と、前記溝要素に隣接する前記第1領域と、が前記第1の方向に対して垂直な方向に角度θcを成して接続されることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の成形構造体。
【請求項5】
前記溝要素は、前記基材に垂直な面において矩形形状、V字形状、U字形状及び放物面形状のいずれかの断面を有する、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の成形構造体。
【請求項6】
前記基材は前記表面に複数の前記第1の溝を有し、当該複数の第1の溝は前記第1の方向に直交する方向に一定の間隔を有して配列されている、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の成形構造体。
【請求項7】
前記少なくとも1つの第1の溝に交差する少なくとも1つの第2の溝を有する、請求項1ないし6のいずれか一項に記載の成形構造体。
【請求項8】
前記第2の溝は、前記溝要素の前記第2開口面の位置で前記少なくとも1つの第1の溝に交差している、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の成形構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形構造体、特に基材の表面に微細溝が形成された成形構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学部品などの表面が曇ることを防ぐために、部品表面に防曇コーティングを施すことや、部品表面に水滴を水膜化させるための微細溝を形成することが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、スプレーや薄膜の塗布や、電気的な手段に頼ることなく、基材表面の構造だけで、親水性、防曇性、セルフクリーニング性を発現する成形構造体について開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、親水性を有する鏡の表面に水膜として保持可能な許容量を超えた余剰の水を誘導する手段を設けた浴室用鏡について開示されている。
【0005】
また、非特許文献1には、開口表面の微細溝の形状と、接触角、毛細管流動に関する動力学の研究について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-193002号公報
【特許文献2】特開2000-279296号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.R.Rye et al., Capillary Flow in Irregular Surface Grooves,Langmuir 1998, 14, 3937-3943
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、防曇コーティングでは保水量に限界があり、液滴排出効果も無い。また、毛細管現象を利用した従来の縦溝加工では、水滴のピン止め効果が発現し、液滴が移動しなくなってしまう問題があった。また、液滴が移動しなくなると、視認できるような大きな水滴が形成されるという問題があった。
【0009】
本発明は上記した点に鑑みてなされたものであり、高い液滴排出効果を有し、防曇効果に優れた光学部品などの成形構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の1実施形態による成形構造体は、
基材と、
前記基材の表面に複数の溝要素を第1の方向に一列に連結してなる少なくとも1つの第1の溝と、を有し、
前記複数の溝要素の各々は、第1領域と、前記第1領域の前記第1の方向に接続された第2領域とを有し、
前記溝要素の前記第2領域と前記溝要素に隣接する溝要素の第1領域との境界面であり、前記第1の方向に垂直な面における断面を第1開口面とし、
前記溝要素の前記第1領域と前記第2領域との境界面であり、前記第1の方向に垂直な面における断面を第2開口面としたとき、
前記第1の方向に、前記第1開口面から前記第2開口面に向かうに従って溝幅及び溝深さが増大し、前記第2開口面から隣接する溝要素の前記第1領域の前記第1開口面に向かうに従って溝幅及び溝深さが減少し、
前記第1の方向における前記第1領域及び前記第2領域の長さをL1,L2とし、前記第1開口面における溝幅及び溝深さをW1,D1とし、前記第2開口面における溝幅及び溝深さをW2,D2としたとき、前記溝要素は、
L1>L2 ・・・式(1)
W1<W2 ・・・式(2)
D1<D2 ・・・式(3)
(D1/W1)>(D2/W2) ・・・式(4)
を満たし、
前記基材は曲面を含んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】静止状態における固体の表面張力γas、液体の表面張力γal、及び固体/液体間の界面張力γslの3つの張力を説明する図である。
図1B】溝構造と液滴移動の関係を説明する図である。
図2A】本発明の第1の実施形態による成形構造体10の上面を模式的に示す上面図である。
図2B】成形構造体10の表面に形成された溝GRの一部を拡大して示す部分拡大図である。
図2C】溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2を模式的に示す斜視図である。
図2D】x方向から見たとき(図中、方向V)の溝要素GEの側面を示す図である。
図2E】z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
図3】溝要素GE1から、溝要素GE1のz方向に接続された溝要素GE2への液滴の移動を説明する図である。
図4A】本発明の第2の実施形態による成形構造体10における溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2を模式的に示す斜視図である。
図4B】z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
図5A】実施例1(Ex.1)の溝GRにノズルから水滴を滴下し、滴下された水滴の変化を基板11の側面側から観察した観察像を示す図である。
図5B】基材11上に滴下された水滴AQの接触角φを模式的に示す図である。
図6A】実施例1における水滴滴下後の経過時間に対する水滴端部AQ2の接触角φの測定結果を示すグラフである。
図6B】実施例1における水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図6C】実施例1における溝GRに垂直な方向(-y方向)の水滴頂部の高さを示すグラフである。
図6D】実施例1における水滴両端部の溝GRに垂直な方向+x方向の移動距離を示すグラフである。
図7A】比較例1-3(Comp.1 - 3)の溝要素GEを模式的に示す斜視図である。
図7B】比較例1-3において、z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
図8A】比較例1の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図8B】比較例2の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図8C】比較例3の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図9A】実施例2(Ex.2)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図9B】実施例3(Ex.3)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図10A】実施例4(Ex.4)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図10B】比較例4(Comp.4)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図11】比較例5,6(Comp.5,Comp.6)の溝要素GEの上面図(左上)、側面図(左下)及び断面図(右下)を纏め示す図である。
図12A】比較例5の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図12B】比較例6の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図13】比較例7,8(Comp.7,Comp.8)の溝要素GEの上面図(左上)、側面図(左下)及び断面図(右下)を纏め示す図である。
図14A】比較例7の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図14B】比較例8の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
図15】実施例1-4(Ex.1-Ex.4)及び比較例1-8(Comp.1 -Comp.8)についての結果を纏めた表である。
図16A】第3の実施形態の成形構造体20の基材11の表面11Sを模式的に示す上面図である。
図16B図16Aに示す溝GXが溝GRに交差する部分Wを拡大して示す部分拡大図である。
図17】第4の実施形態の成型構造体30の側面を模式的に示した側面図である。
図18】x方向から見たとき(図17中、方向V)の溝GSに形成される溝要素GEの側面を示す図である。
図19A】第4の実施形態における水滴滴下後の経過時間に対する水滴端部AQ2の接触角φの測定結果を示すグラフである。
図19B】第4の実施形態における水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下においては、本発明の好適な実施形態について説明するが、これらを適宜改変し、組合せてもよい。また、以下の説明及び添付図面において、実質的に同一又は等価な部分には同一の参照符を付して説明する。
【0013】
[毛細管現象による微細溝内の液滴移動]
毛細管現象が発生した溝内で液滴は、以下の式により移動の可否が決定される。
【0014】
図1Aは、静止状態における固体の表面張力γas、液体の表面張力γal、及び固体/液体間の界面張力γslの3つの張力を示す図である。また、図1Bは、溝構造と液滴移動の関係を説明する図である。
【0015】
図1Aを参照すると、液滴の端点では、固体の表面張力γas(気体/固体間の界面張力)、液体の表面張力γal(気体/液体間の界面張力)、及び固体/液体間の界面張力γslの3つが働いており、静止状態では下記式が成り立つ(Youngの式)。
γas=γal・cosθ+γsl
図1B及び非特許文献1を参照して溝部でのYoungの式の拡張について以下に説明する。
【0016】
表面張力(表面自由エネルギー)は、単位面積あたり移動するときに必要となるエネルギーであるため、表面張力γの試料が、微小表面積dσだけ動いた場合の仕事は次式のように表される。
dW=γdσ
固体/液体間での微小面積ΔAslと、気体/液体間での微小面積ΔAalを用いて、そのエネルギー変化は次式のようになる。
ΔE=(γsl-γas)・ΔAsl+γal・ΔAal
=(ΔAal-ΔAsl・cosθ)
微小面積は、図1Bのような溝構造の場合、溝の外周長S、溝幅w、奥行き方向の微小長さΔzから次式のように算出される。
ΔAsl≒SΔz
ΔAal≒wΔz
以上より、水滴端点にかかる力Fγは次式のように定義される。
ΔE=γal(w・Δz-S・cosθΔz)
Fγ=-dE/dz=γal(S・cosθ-w)
なお、上記したYoungの式及び拡張したYoungの式において、θは平衡接触角(equilibrium contact angle)である。また、外周長Sは、溝の当該断面における溝の外周の全長又は弧長(arc length)である。
【0017】
[第1の実施形態]
上記したように、溝内の流体の移動のしやすさについては、溝形状によらず、基材表面における溝幅Wおよび溝の軸に垂直な断面における溝の外周長Sが関係していることがわかっている。
本出願の発明者らは、溝の軸方向でこの移動のしやすさに変化を設けることで移動方向の特定が可能と想定し検討を行った。
(1)構造
【0018】
図2Aは、本発明の第1の実施形態による成形構造体10の上面を模式的に示す上面図であり、図2Bは、成形構造体10の表面に形成された溝GRの一部を拡大して示す部分拡大図である。
【0019】
図2Aに示すように、成形構造体10の基材11の表面11Sには、z方向(以下、第1の方向ともいう。)に伸長する互いに平行な複数の微細な溝GR(以下、第1の溝ともいう。)が形成されている。当該複数の溝GRはx方向(第2の方向)に配列され、y方向(深さ方向、第3の方向)に掘られた溝である。
複数の溝GRはx方向(第2の方向)に一定の間隔で配列されていても、あるいは異なる間隔で配列されていてもよい。
【0020】
図2Bに示すように、溝GRの各々は、溝要素GEがz方向に繰り返し連結又は接続された構造を有する。溝要素GEは、第1領域R1とその+z方向に接続された第2領域R2とからなる。第1領域R1及び第2領域R2は、z方向においてそれぞれ長さ(領域長)L1及びL2を有する。
【0021】
図2Cは、溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2を模式的に示す斜視図である。なお、理解の容易さのため、第1領域R1及び第2領域R2を分離して図示している。図2Dは、x方向から見たとき(図中、方向V)の溝要素GEの側面を示す図であり、図2Eは、z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
【0022】
第1領域R1及び第2領域R2は、溝GRの伸長方向(+z方向)に垂直な断面(xy面)において矩形形状を有している。第1領域R1においては、溝GRの伸長方向に向かうに従って基材表面11Sにおける溝幅W及び溝深さDが増大し、第2領域R2においては、溝GRの伸長方向(+z方向)に向かうに従って溝幅W及び溝深さDが減少している。
【0023】
また、溝要素GE(すなわち第1領域R1及び第2領域R2)は、溝GRのz方向の中心線CL(図2B参照)を含み、基材11の表面11Sに垂直な面に対して対称な構造を有している。
【0024】
より詳細には、図2Cに示すように、第1領域R1は、溝GRの伸長方向(z方向)に垂直な断面(xy面)における領域端部の開口部の面(以下、開口面という。)OP1(第1開口面)と、第2領域R2との境界面であり、溝幅W及び溝深さDが第1開口面OP1よりも大なる開口面OP2(第2開口面)とを有している。
【0025】
また、第2領域R2は、第2開口面OP2を第1領域R1との共通の面として有し、溝GRの伸長方向(+z方向)に向かうに従って溝幅W及び溝深さDが減少し、隣接する溝要素GEの第1領域R1との境界面であり共通面でもある開口面OP1を有している。
【0026】
具体的には、図2Eに示すように、第1開口面OP1は溝幅W1及び溝深さD1を有し、第2開口面OP2は溝幅W2及び溝深さD2を有している(W1<W2、D1<D2)。
また、第1領域R1は、側面(溝の内壁)SS1と、底面BS1とを有し、第2領域R2は、側面(溝の内壁)SS2と、底面BS2とを有している。
(2)液滴移動の要件
【0027】
本願の発明者は、検討及び実験の結果、上記した溝構造を有し、溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2が所定の形状及び条件を満たすとき、液滴が微細溝内をz方向に移動することを見出した。この溝要素GEの形状及び条件について、以下に詳細に説明する。
【0028】
図3は、溝要素GE1から、溝要素GE1のz方向に接続された溝要素GE2への液滴の移動を説明する図である。説明の容易さのため、図2B,2D及び2Eと同様な図を一組として示している。また、溝要素GE1、GE2を特に区別しない場合には、溝要素GEとして説明する。
なお、液滴が水の場合を例に説明する。また、溝要素GE中の水についてハッチングを施して示している。
【0029】
初期状態ST1において、溝要素GE1に水が入り始める。さらに水が溝要素GE1に入ると水位が上昇し、溝要素GE1に水が蓄えられる(ST2:水位上昇)。
【0030】
さらに、毛細管現象による駆動力が生じる程度に溝要素GE1に水が流入すると、ST2(水位上昇)の状態から、溝要素GE1から溝要素GE2への水の移動(ST3)が生じる状態に遷移する。
基材11の表面まで水位が上昇することで、溝要素GE1の上部に存在する水滴が移動するため接触角が小さくなり親水性を示す(ST4:親水化)。
そして、隣接する溝要素GE2が、初期状態ST1となり、ST1(初期状態)~ST4(親水化)が繰り返される。
従って、表面張力により水が広がり、溝要素GEに水が入る状態が続く限り、水位は上昇し続け、特定方向(+z方向)への水の移動が生じる。
【0031】
本願の発明者は、溝を有する成形構造体が以下の条件を満たすときに、基材11上の余剰の水を特定方向へ移動させやすい構造体を提供することができることを見出した。具体的には、溝要素GEが以下の条件を満たすときに、溝要素GE1から隣接する溝要素GE2への水の移動が生じる。
【0032】
まず、第1領域R1における溝幅W及び溝深さDの増大率(絶対値)が第2領域R2における溝幅の減少率(絶対値)よりも大きいことである。すなわち、溝幅W及び領域長Lが(W2-W1)/L1>(W2-W1)/L2を満たし、溝深さD及び領域長Lが(D2-D1)/L1>(D2-D1)/L2を満たす。以上の条件から、下記の条件が導出された。
L1>L2 ・・・式(1)
W1<W2 ・・・式(2)
D1<D2 ・・・式(3)
【0033】
なお、ここで、溝幅Wは基材11の表面11Sにおける幅であり、溝深さDは基材11の表面11Sに垂直な方向(y方向)における深さであり、領域長Lは溝GRの伸長方向(z方向)における長さである。
【0034】
また、開口面における溝幅Wに対する溝深さDの比をアスペクト比AR(=D/W)と定義すると、AR1>AR2、すなわち次式を満たすことを条件とする。
(D1/W1)>(D2/W2) ・・・式(4)
【0035】
換言すれば、アスペクト比AR(=D/W)は、第1開口面OP1から第2開口面OP2に向かうに従って減少し(すなわち、AR1からAR2へ減少)、第2開口面OP2から第1開口面OP1に向かうに従って増大する(すなわち、AR2からAR1へ増大)。
【0036】
なお、上記においては、溝幅W又は溝深さDは単調に変化(すなわち、増大又は減少)していることが好ましい。なお、ここで単調に増大又は減少とは、実際の溝GRの表面が小さな凹凸を有する場合には、溝GRの表面の包絡面における溝幅W及び溝深さDが単調に増大又は減少することを意味する。
さらに、溝幅W又は溝深さDは線形に増大又は減少することが好ましい。
(2)毛細管現象による駆動力
【0037】
次に、水滴端点にかかる力Fγ=γal(S・cosθ-w)から、毛細管現象による駆動力は式C=S・cosθ-Wによって決定されると考察された。
【0038】
すなわち、C=S・cosθ-W>0を満たすときに、駆動流が生じ、水滴は+z方向に移動する。逆に、C=S・cosθ-W≦0のときには、水滴は移動しない、又は凝集する。
【0039】
なお、以下においては、Cを無次元化した式、C/W=A・cosθ-1(A=S/W)によって、上記した構造を有する溝GR中の+z方向(特定方向)への水の移動が決定されるとの結論が得られた。
なお、本明細書において、「特定方向」とは、溝GRの伸長方向であり、溝要素GEにおいて第1領域R1から第2領域R2に向かう方向(+z方向)である。
【0040】
より具体的には、溝要素GE1の第2領域R2の第1開口面OP1、すなわち当該溝要素GE1に隣接する溝要素GE2の第1領域R1の第1開口面OP1について、次式を満たすことが好ましい。
A1・cosθ-1>0 ・・・式(5)
【0041】
ここで、A1=S1/W1であり、また、上記したようにθは平衡接触角(equilibrium contact angle)であり、溝GRの伸長方向の中心軸CLに垂直な断面における溝GRの外周長Sは、溝の外周の全長又は全弧長(arc length)である。
【0042】
具体的には、第1開口面OP1が矩形形状を有する場合には、当該外周長S1は、S1=2・D1+W1で表され、第1開口面OP1が三角形状を有する場合には、当該外周長S1は、S1=2(D1^2+(W1/2)^2)^(1/2)で表される。
【0043】
すなわち、溝要素GE1から当該溝要素GE1に隣接する溝要素GE2(すなわち、+z方向)への毛細管現象による駆動力は、これらの間の開口面である第1開口面OP1が式(5)を満たすときに発揮される。
【0044】
この条件を満たすとき、水滴の接触角φが減少し、親水性が発揮され、溝要素GE1の第2領域R2から+z方向において当該溝要素GE1に隣接する溝要素GE2の第1領域R1に水滴が容易に移動する。
【0045】
なお、実際の溝GRの表面が溝形成上の理由などにより、小さな凹凸を有する場合には、外周長Sは、当該断面における凹凸による溝の輪郭をなぞった長さである。
[第2の実施形態]
【0046】
図4Aは、本発明の第2の実施形態による成形構造体10における溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2を模式的に示す斜視図である。なお、理解の容易さのため、第1領域R1及び第2領域R2を分離して図示している。図4Bは、z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
第2の実施形態による成形構造体10は第1の実施形態と同様の上面(図2A図2B参照)及び側面(図2D参照)を有している。
【0047】
第2の実施形態の溝GR(第1の溝)は、V字形状の溝として形成されている。より詳細には、溝要素GEの第1領域R1及び第2領域R2は、溝GRの伸長方向に垂直な断面(xy面)において三角形形状を有している。
【0048】
第1領域R1においては、溝GRの伸長方向に向かうに従って溝幅W及び溝深さDが増大し、第2領域R2においては、溝GRの伸長方向(+z方向)に向かうに従って溝幅W及び溝深さDが減少している。また、溝GRの深さ方向(+y方向)に溝幅Wが減少している。
【0049】
以下に、第2の実施形態の実施例(Example)及び比較例(Comparative Example)について、図15に示す表6(Table 6)を参照して詳細に説明する。実施例および比較例を構成するサンプルは、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)からなる基板にレーザ加工により溝を形成して作成した。また実施例および比較例を構成するサンプルでの水滴の観察は、接触角計(協和界面科学製PCA-11)を用い、いずれも接触角計のノズルから2μlの水滴を滴下して行った。また、溝の形成されていない基板上に滴下した水の平衡接触角θは、76°であった。これは溝の形成されていない基板に水を滴下して、30秒後の液滴の接触角をθ/2法により測定したものである。図15は、以下に詳細に説明する実施例1-4(Ex.1-Ex.4)及び比較例1-8(Comp.1 -Comp.8)についての結果を纏めた表である。
【0050】
なお、以下に説明する実施例1-4、及び比較例1-8において、溝幅または溝深さは、本発明の実施形態として一例である。実施例1-4、及び比較例1-8において、溝幅Wおよび溝深さDは線形に増大又は減少する構成とした。また、以下に説明する実施例1-4、及び比較例1-8において、溝GRのピッチは、140μmとした。溝GRのピッチは、1つの液滴内に溝が複数本含まれるように配置することが好ましく、200μm以下が好ましいと考えられる。
(1)実施例1(Ex.1)
第2の実施形態の実施例1(Ex.1)の溝GRにおける水滴の移動について、図5A5B図6A図6Dを参照して以下に説明する。
【0051】
第2の実施形態の実施例1(Ex.1)の溝GRにおいて、溝要素GE、すなわち第1領域R1及び第2領域R2は上記した式(1)~式(5)を満たすように形成された。
【0052】
図5Aは、実施例1(Ex.1)の溝GRにノズルから2μlの水滴を滴下し、滴下された水滴の変化を基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に平行な側面側から接触角計のカメラで観察した観察像を示している。なお、水滴の滴下後の経過時間が1sec(秒)、10sec、20sec、30secの像を順次並べて示している。
【0053】
また、図5Bは、基材11上に滴下された水滴AQの接触角φを模式的に示している。接触角φが大きい場合(φ=φ1)と小さい場合(φ=φ2)の水滴AQを模式的に示している。以下において、接触角φは、基材11上の水滴AQが基材表面11Sとなす角度として測定された。
【0054】
図5Aを参照すると、滴下直後(経過時間1sec)の位置から、時間の経過とともに水滴AQの+z側の水滴端部AQ2が溝方向(+z方向)に向かって移動しており、一方、-z側の水滴端部AQ1には殆ど移動が観察されなかった。なお、水滴端部AQ2の移動のデータは経過時間12secまでしか取得できなかった。
【0055】
図6Aは、水滴滴下後の経過時間に対する水滴端部AQ2の接触角φの測定結果を示すグラフである。図6Bは、水滴端部AQ2の溝方向(+z方向)の移動距離(黒丸)及び水滴端部AQ1の溝方向(z方向)の移動距離(黒三角)を示すグラフである。なお、以降説明する図6C図8図9図10図12図14図19においても同様に示している。
【0056】
図6Cは、溝GRに垂直な方向(-y方向)の水滴頂部の高さを示すグラフである。すなわち、水滴AQの頂部の位置と基材11の表面11Sとの間のy方向の距離を示すグラフである。
【0057】
図6Dは、水滴AQを基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察したときの両端部について溝と垂直方向(x方向)の移動距離を示したものである。図6Dは、水滴滴下後の経過時間に対する水滴の右端部のx方向の移動距離(黒丸)及び水滴の左端部のx方向の移動距離(黒△)を示すグラフである。
【0058】
図6Aに示すように、水滴端部AQ2の接触角φは時間の経過とともに低減し、経過時間が30secでは23.4°であった。平坦な基材11の素地上に滴下した場合の平衡接触角θ=76°に比べ、時間の経過とともに水滴AQの接触角が大きく低減されることが確認された。
【0059】
また、図5A及び図6Bに示すように、時間の経過とともに、水滴端部AQ2が溝方向(+z方向)に移動することが確認された。これに対して、水滴端部AQ1の移動はほぼなかった。そして、経過時間が5~10sec程度の短時間で水滴が大きく移動することが確認された。
【0060】
一方、図5Aに示すように、水滴AQの他端(水滴端部AQ1)の-z方向への移動は観察されなかった。また、図6Cに示すように、時間の経過に伴って(水滴端部AQ2の+z方向の移動に伴って)、水滴頂部の高さが低くなることを確認できた。そして、表1に示すように接触角φが23.4°と小さくなっていることと一致する結果となった。
【0061】
さらに、図6Dに示すように、水滴AQについて、基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察した結果、両端部のx方向の移動はほとんど観察されなかった。
【0062】
以上のことから、実施例1(Ex.1)の溝GRにおいて、毛細管現象による駆動力及び親水化によって特定方向(+z方向)に水滴が移動することが確認された。
(2)比較例1-3(Comp.1 - 3)
【0063】
図7Aは、比較例1-3(Comp.1 - 3)の溝要素GEを模式的に示す斜視図である。また、図7Bは、z方向から見たときの溝要素GEの断面を模式的に示す断面図である。
【0064】
比較例1-3(Comp.1 - 3)の溝要素GEは、溝GRの伸長方向(z方向)に垂直な断面における断面が溝GRの伸長方向において一定の三角形状(V字形状)である溝として形成されている。すなわち、比較例1-3(Comp.1 - 3)の溝GRは、伸長方向において溝深さD、基材11の表面11Sにおける溝幅Wが一定で、三角形状の断面を有している。
【0065】
図8A図8B及び図8Cは、それぞれ比較例1、比較例2及び比較例3の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1のz方向の移動距離を示すグラフである。
【0066】
また、下記の表1(Table 1)は、実施例1(Ex.1)の結果と、比較例1-3(Comp.1 - 3)の結果を対比して示している。なお、表1における「+z方向の移動」欄には、水滴端部AQ2の+z方向へ移動し、かつ、水滴端部AQ1の±Z方向の移動がない又は微小であるものを「○」、水滴端部AQ2の+Z方向の移動が見られなかったもの又は不十分なもの、あるいは、水滴端部AQ2の+Z方向の移動は見られるが水滴端部AQ1の-Z方向の移動が微小ではないものを「×」で示している。ここで、水滴端部AQ1の移動距離について、微小と評価したのは、水滴滴下位置に依存した平衡位置への移動分と考えられる程度であって、水滴端部AQ2の+Z方向への移動距離より小さい距離である。また、接触角φは、水滴の滴下後30sec後の値を示している。以降に示す表2~表5の「+z方向の移動」欄、および図15中の「結果」欄においても同様の基準での結果を示している。
【0067】
なお、比較例1、比較例2及び比較例3の水滴AQについて、基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察した結果、時間の経過に伴う端部のx方向の移動は観察されなかった。
【0068】
【表1】
【0069】
表1(Table 1)を参照すると、溝GRの構造を数値で具体的に示すように、比較例2の溝GRは実施例1の溝GRに近いサイズ(溝幅W及び溝深さD)を有し、比較例1の溝GRは実施例1の溝GRよりも小さいサイズを有し、比較例3の溝GRは実施例1の溝GRよりも大きいサイズを有している。
(接触角φ)
【0070】
表1(Table 1)に示すように、比較例2(Comp.2)及び比較例3(Comp.3)の場合では、接触角φが基材11の素地上の平衡接触角θ(76°)と比較して大きな変化が見られなかった。
【0071】
より詳細には、比較例1(Comp.1)の溝GRでは、接触角φが素地上の接触角(76°)に比べて低減され、比較例2及び比較例3の場合に比較すると高い親水性が観察された。これは、比較例1の溝GRが比較例2及び比較例3に比べ、高いアスペクト比AR(=D/W)を有しているためであると考察された。
(+z方向の移動)
【0072】
比較例1においては、上記したように接触角φは小さいが、図8Aを参照すると、水滴端部AQ2の+z方向の移動は殆ど見られなかった。なお、図8Aにおいて、初めの3秒間に+z方向の僅かな移動が示されているが、この移動は、その後に移動が確認されないことから、水滴の滴下位置による平衡位置への移動分と考察した。また、水滴端部AQ1の移動も確認できなかった。
【0073】
比較例2(Comp.2)及び比較例3(Comp.3)の場合は、接触角φが大きく、図8B及び図8Cに示すように、いずれも、水滴端部AQ1は-z方向に、水滴端部AQ2は+z方向に移動した。特に比較例3において水滴端部AQ1および水滴端部AQ2の移動が大きかった
【0074】
以上から、溝の伸長方向において、溝の深さD及び溝幅Wを変化させることが水滴の移動に有効であることが確認された。また、アスペクト比ARを大きくすることが水滴移動及び親水化に有効であることが確認された。
(3)実施例2,3(Ex.2,3)
【0075】
図9A及び図9Bは、それぞれ実施例2(Ex.2)及び実施例3(Ex.3)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
【0076】
また、下記の表2(Table 2)は、実施例2(Ex.2)及び実施例3(Ex.3)の結果を実施例1(Ex.1)の結果と対比して示している。
【0077】
【表2】
【0078】
表2(Table 2)に示すように、実施例2及び実施例3は、実施例1と同様な溝構造、すなわち溝要素GE、第1領域R1及び第2領域R2を有するが、実施例2においては第1領域長L1が実施例1の場合の0.5倍と短くなっており、実施例3においては第1領域長L1が実施例1の場合の2.5倍と長くなっている点において実施例1と相違する。なお、第2領域長L2は実施例1、2及び3で同一とした。
なお、実施例2及び実施例3における第2領域長L2は、実施例1の場合と同一である。また、アスペクト比ARも実施例1の場合と同一である。
第2の実施形態の実施例2,3(Ex.2,3)の溝GRにおいて、溝要素GEは上記した式(1)~式(5)を満たすように形成された。
【0079】
表2(Table 2)を参照すると、実施例2及び実施例3の両者において、溝の形成されていない平坦な基材に基づく平衡接触角θ(76°)と比較して、接触角φは低減されたが、実施例1の場合よりは大きいことが観察された。
【0080】
また、図9A及び図9Bに示すように、実施例2及び実施例3の両者において、+z方向への水滴端部AQ2の移動が確認された。一方、実施例2及び実施例3の両者において水滴端部AQ1のz方向の移動は確認されなかった。なお、実施例2において、4秒後までに水滴端部AQ1に僅かな移動が確認されているが、この移動は、その後に移動が確認されないこと、および、第1領域長L1より小さい距離であることから、水滴端部AQ1が最寄りの第1開口面OP1に引き寄せられた移動分であり、水滴の滴下位置に依存した平衡位置への移動分と考察した。
また、実施例2の場合、実施例1の場合よりも移動距離は減少し、実施例3の場合、移動距離はさらに減少することが観察された。
【0081】
実施例2及び実施例3の場合、溝要素GEの全長TL(=L1+L2)が実施例1の場合とは異なる。すなわち、実施例2では、溝GRの単位長当たりの溝要素GEの繰り返し数は、実施例1よりも多いが、第1領域長L1が短くなったことで、第1領域R1におけるアスペクト比ARの増大率と第2領域R2のアスペクト比ARの減少率(絶対値)との差が実施例1と比較して小さくなり、駆動力が減少したと考えられる。
【0082】
逆に、実施例3では、第1領域R1におけるアスペクト比ARの増大率と第2領域R2のアスペクト比ARの減少率(絶対値)との差が実施例1と比較して大きくなったが、単位長当たりの繰り返し数が減少して毛細管力が小さくなったと考えられる。
【0083】
すなわち、溝要素GEの当該繰り返し数と、第1領域R1及び第2領域R2間の毛細管力の差(=駆動力)と、をパラメータとして溝GR中の水の移動及び親水化が決定されると考えられる。
(4)実施例4(Ex.4),比較例4(Comp.4)
【0084】
図10A及び図10Bは、それぞれ実施例4(Ex.4)及び比較例4(Comp.4)の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。
また、下記の表3(Table 3)は、実施例4及び比較例4の結果を、上記した実施例1の場合と対比して示している。
【0085】
なお、実施例4及び比較例4においても、水滴AQの、基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察した結果、時間の経過に伴い、水滴頂部の高さは減少したものの、端部のx方向の移動は観察されなかった。
【0086】
【表3】
【0087】
実施例4は、表3(Table 3)に示すように、実施例4の溝GRは、溝幅W1,W2が実施例1の場合よりも小さく、比較例4の溝GRは、溝幅W1,W2が実施例1の場合よりも大きい点で実施例1と相違する。
【0088】
具体的には、実施例4の溝GRの溝幅W1,W2は実施例1の場合の約1.2倍であり、比較例4の溝GRの溝幅W1が実施例1の場合の約0.97倍であり,W2が実施例1の場合の約0.74倍である。
【0089】
実施例1のアスペクト比AR(=D/W)に着目すると、第1開口面OP1におけるアスペクト比AR1(=D1/W1)は2.20であり、第2開口面OP2におけるアスペクト比AR2(=D2/W2)の1.79よりも大となっている(AR1>AR2)。
【0090】
図15の表6に示すように、実施例4(Ex.4)の溝GRは式(1)~式(5)の全ての条件を満たすように形成されているが、比較例4(Comp.4)の溝GRは式(4)のアスペクト比ARの条件(AR1>AR2)を満たしていない。また、比較例4は式(5)のA1・cosθ-1>0を満たしていない。
実施例1においては、上記したように接触角φが大きく低減し、短時間で+z方向に水滴が移動することが確認された。
【0091】
同様に、実施例4においても、アスペクト比がAR1>AR2が満たされており、接触角φが大きく低減し、親水性が発揮されていることが確認された。また、図10Aに示すように、水滴端部AQ2の+z方向への大きな移動が確認され、水滴端部AQ1の移動は観察されなかった。
【0092】
一方、比較例4の場合、アスペクト比がAR1<AR2、また、A1・cosθ-1(=-0.124)<0となっており、接触角φの低減は小さく、図10Bに示すように、水滴端部AQ2の+z方向への移動は小さく、水滴端部AQ1の-z方向への移動が観察された。
(5)比較例5,6(Comp.5,Comp.6)
図11は、比較例5,6(Comp.5,Comp.6)の溝要素GEの上面図(左上)、側面図(左下)及び断面図(右下)を纏めて示している。
【0093】
比較例5,6の溝要素GEは、溝GRの伸長方向(z方向)において、溝幅Wが一定であり、第1開口面OP1における溝深さがD1、第2開口面OP2における溝深さがD2(D1<D2)である。すなわち、溝深さDのみが溝GRの伸長方向に変化する三角形状の断面を有している。
【0094】
図12A及び図12Bは、それぞれ比較例5,6の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。また、下記の表4(Table 4)は、比較例5,6の結果を具体的に示している。
【0095】
なお、比較例5及び比較例6の水滴AQについて、基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察した結果、時間の経過に伴う端部のx方向の移動は観察されなかった。
【0096】
【表4】
【0097】
表4(Table 4)を参照し、比較例5,6のアスペクト比AR(=D/W)に着目すると、第1開口面OP1におけるアスペクト比AR1(=D1/W1)はそれぞれ1.7、2.0であり、第2開口面OP2におけるアスペクト比AR2(=D2/W2)のそれぞれ2.5、3.1よりも小さい(AR1<AR2)。
【0098】
すなわち、比較例5,6の溝GRは、いずれもアスペクト比ARの条件AR1>AR2(式(4))を満たしておらず、また、式(5)のA1・cosθ-1>0も満たしていない。
【0099】
また、比較例5,6の接触角φの低減は小さく、親水性は発揮されていない。図12Aに示すように、比較例5の場合では、水滴端部AQ2の+z方向への移動を確認したが、水滴端部AQ1の-z方向の移動についても確認された。また、図12Bに示すように、比較例6の場合では、水滴端部AQ2及び水滴端部AQ1のいずれも+z方向への移動は殆ど見られなかった(図12Bにおいてプロット点が重なっている)。
(6)比較例7,8(Comp.7,Comp.8)
図13は、比較例7,8(Comp.7,Comp.8)の溝要素GEの上面図(左上)、側面図(左下)及び断面図(右下)を纏めて示している。
【0100】
比較例7,8の溝要素GEは、溝GRの伸長方向(z方向)において、溝深さDが一定であり、第1開口面OP1における溝幅がW1、第2開口面OP2における溝幅がW2(W1<W2)である。すなわち、溝幅Wのみが溝GRの伸長方向に変化する三角形状の断面を有している。
【0101】
図14A及び図14Bは、それぞれ比較例7,8の水滴端部AQ2の+z方向の移動距離及び水滴端部AQ1の+z方向の移動距離を示すグラフである。また、下記の表5(Table 5)は、比較例5,6の結果を具体的に示している。
【0102】
なお、比較例7及び比較例8の水滴AQについて、基板11の溝GRの伸長方向の中心軸に垂直な側面から観察した結果、時間の経過に伴う端部のx方向の移動は観察されなかった。
【0103】
【表5】
【0104】
表5(Table 5)を参照し、比較例7,8のアスペクト比AR(=D/W)に着目すると、第1開口面OP1におけるアスペクト比AR1(=D1/W1)はそれぞれ2.8、4.1であり、第2開口面OP2におけるアスペクト比AR2(=D2/W2)のそれぞれ1.9、2.5よりも小さい)。
【0105】
すなわち、比較例7,8の溝GRは、いずれもアスペクト比ARの条件AR1>AR2(式(4))を満たしている。また、式(5)のA1・cosθ-1>0も満たしている。
一方、上記したように、比較例7,8の溝要素GEは溝GRの伸長方向(z方向)において、溝深さDが一定であり、式(3)のD1<D2を満たしていない。
【0106】
表5(Table 5)に示すように、比較例7,8の接触角φの低減は見られず、むしろ溝の形成されていない平坦な基材11の素地上に滴下した場合の平衡接触角θ=76°よりも大きくなっている。
【0107】
図14Aに示すように、比較例7の場合では、水滴端部AQ2及び水滴端部AQ1のいずれも+z方向への移動はほぼ観察されなかった。また、図14Bに示すように、比較例8の場合では、水滴端部AQ2の+z方向への移動は観察されず、水滴端部AQ1の-z方向への僅かな移動が観察された。
[第3の実施形態]
【0108】
上記した実施形態においては、基材11の表面11Sの第1の方向(z方向)に伸長する互いに平行な複数の溝GRが形成されている場合について説明した。第3の実施形態においては、当該複数の溝GRに交差する溝GX(第2の溝)が形成されている。
【0109】
図16Aは、第3の実施形態の成形構造体20の基材11の表面11Sを模式的に示す上面図である。基材表面11Sには、z方向(第1の方向)に伸長する互いに平行な複数の微細な溝GRが形成されている。
【0110】
複数の溝GRの各々の溝要素GEがz方向において同一位置であるように複数の溝GRが配置されている。すなわち、各溝GRの第1開口面OP1がx軸に平行な線上に整列し、また、第2開口面OP2がx軸に平行な線上に整列するように複数の溝GRが整列して配置されている。
【0111】
また、基材表面11Sには、x方向(第2の方向)に伸長し、少なくとも1つの溝GRに交差する少なくとも1つの微細な溝GXが形成されている。図16Aに示す場合では、互いに平行な複数の溝GXが形成されている。また、溝GXは、基材表面11Sにおいて一定の幅を有している。
【0112】
図16Bは、溝GXが溝GRに交差する部分Wを拡大して示す部分拡大図である。溝GXは、溝要素GEの第2開口面OP2の位置、すなわち第2開口面OP2を含む領域で溝GRに交差している。
【0113】
水滴に対する第1領域R1から第2領域R2への駆動力が発揮される点で、溝GXが第2開口面OP2の位置で溝GRに交差していることが特に好ましい。
【0114】
しかし、溝GXが溝GRに交差する位置は、第2開口面OP2の位置に限定されないが、第1開口面OP1の位置以外の領域で溝GRに交差することが好適である。上記した溝要素GEの構成によれば、第1開口面OP1において毛細管現象による駆動力が発揮され、溝要素GEから当該GEに隣接する溝要素GEへの水滴の移動が促進されるからである。
【0115】
溝GRに交差する複数の溝GXを配列することによって、水滴を基材表面11S上に伸ばして水膜化することができる。従って、複数の溝GXを配列する間隔は水滴の大きさに応じて定めることが好適である。
【0116】
例えば、図16Aに示すように、z方向において、複数の溝GXが溝要素GEの複数周期(PZ=n×GE、nは2以上の整数)毎に溝GRに交差するように設けられている。
【0117】
図16Aに示すように、複数の溝GRが周期PX、複数の溝GXが周期PZで溝GRに交差するように配列される場合、周期PX及びPZは、水滴の大きさに応じて、例えば、成形構造体の用途に応じた、所定の水滴の大きさの範囲内であるように定めることが好適である。
溝GXが溝GRに交差する角度に特に限定は無いが、複数の溝GXが複数の溝GRに直交するように設けられていることが好ましい。
【0118】
溝GRに交差する溝GXの部分は、当該部分の基材表面11S上の幅をW4とし、溝深さをD4としたとき、D4=D2、W1<W4<W2であることが好ましい。
【0119】
なお、溝GXの上面形状及び断面形状は特に限定されないが、溝GXの基材表面11Sにおいて一定の幅を有する場合には、溝GXの基材表面11Sにおける幅は溝GRの第2領域R2の長さL2未満であることが好ましい。
【0120】
また、溝GXとして上記した溝GRと同様な構造を有していてもよい。この場合、溝GX及び溝GRは、溝GX及び溝GRの各第2開口面OP2を含む領域が互いに交差するように接続されていることが好ましい。
【0121】
あるいは、溝GXは、基材表面11Sにおいて一定の幅を有し、溝GXの伸長方向に垂直な面における断面が矩形形状、三角形形状(V字形状)又はU字形状又は放物面形状を有していてもよく、あるいは不規則形状の溝であってもよい。
[第4の実施形態]
【0122】
上記した実施形態においては、基材11が平坦である面に溝GRが形成されている場合について説明した。第4の実施形態においては、成形構造体10が平面及び曲面を有する基材30の平面部分に溝GR、曲面部分に溝GSが形成されている。ここで、溝GSは溝要素GEを曲面に適用したものである。
【0123】
図17は、第4の実施形態の溝GSを形成する基材30を模式的に示した側面図である。平面領域T1はx―z平面に対して平行であり、平面領域T3はx―y平面に対して平行であり、曲面領域T2は領域T1と領域T3とを所定の曲率半径を有する曲面で滑らかに接続している領域である。
【0124】
図18は、図17の曲面領域T2に形成されている溝GSのx方向から見たときの溝要素GEの側面を表す図である。溝GSは、上記溝要素GE1の第1開口面OP1が隣接する他方の溝要素GE2のOP1に、式(1)~式(5)を満たす範囲で角度θcを成しつつ接続して形成された溝である。換言すると、溝GSは、溝要素GE1の領域R1の一部が隣接する他方の溝要素GE2の領域R2に角度θcを成し、領域R1が領域R2に重なりつつ連続して接続されて形成されている。また、平面領域T1及び曲面領域T2の境界部分において、平面領域T1の溝要素GE1の領域R1(R2)と、曲面領域T2の溝要素GE2の領域R2(R1)と、が角度θcを成しつつ接続されている。
【0125】
角度θcは、溝要素GE1の領域R1の上面と、隣接する他方の溝要素GE2の領域R2の上面と、が成す角度である。角度θcの角度が大きくなればなるほど、溝要素の領域R1の一部が、隣接する他方の溝要素GE2の領域R2と重複する領域が大きくなる。このとき、隣接する他方の溝要素GE2の領域R2の開口面OP1の面積は一定である。
【0126】
溝GSは相互に角度θcを成す溝要素GEが連続して接続されて形成されている。角度θcは曲面領域T2の傾斜角度によって、式(1)~(5)を満たす範囲で任意の角度に変化させることが可能である。
例えば、基材30の曲面領域T2に半径FLを有するフィレット(円弧)形状Fが形成された曲面である場合、角度θcは次式で表現できる。
θc=θd/((2π・FL)・(θd/360)/(L1+L2))・・・式(6)
【0127】
ここで、θdはフィレット(円弧)形状Fを成す円の中心角θdであり、(2π・FL)・(θd/360)はフィレット(円弧)形状の長さを表し、(L1+L2)は溝要素GEの長さを表している。なお、式(6)の右辺の分母はフィレット(円弧)に設けられた溝GEの個数が表されている。
次に、式(6)において、フィレット(円弧)形状Fの半径FLがFL=20mm、中心角θd=90°と設定して行った実験結果を示す。
【0128】
図19Aに示すように、水滴端部AQ2の接触角φは時間の経過とともに低減し、経過時間が30secでは38.1°であった。平坦な基材11の素地上に滴下した場合の平衡接触角θ=76°に比べ、時間の経過とともに水滴AQの接触角が大きく低減されることが確認された。
【0129】
図19Aに示すように、水滴端部AQ2の接触角φは時間の経過とともに低減し、経過時間が30secでは38.1°であった。平坦な基材11の素地上に滴下した場合の平衡接触角θ=76°に比べ、時間の経過とともに水滴AQの接触角が大きく低減されることが確認された。
【0130】
また、図19Bに示すように、時間の経過とともに、水滴端部AQ2が溝方向(+z方向)に移動することが確認された。これに対して、水滴端部AQ1の移動はほぼなかった。
【0131】
なお、溝GSの上面形状及び断面形状は特に限定されないが、溝GSの基材表面11Sにおいて一定の幅を有する場合には、溝GSの基材表面11Sにおける幅は溝GSの第2領域R2の長さL2未満であることが好ましい。
【0132】
そして、上記第3の実施形態にも第4の実施形態を適用可能である。この場合、当該複数の溝GR及び溝GSに交差する溝GX(第2の溝)が形成されている。
【0133】
また、溝GSは、基材表面11Sにおいて一定の幅を有し、溝GSの伸長方向に垂直な面における断面が矩形形状、三角形形状(V字形状)又はU字形状又は放物面形状を有していてもよく、あるいは不規則形状の溝であってもよい。
また、曲面の領域R4は、本実施形態においてフィレットに適用した場合を説明したが、適用対象はこれに限定されない。
[他の実施形態]
【0134】
上記した実施形態においては、溝要素GEの伸長方向に垂直な面における断面が矩形形状又は三角形形状(V字形状)の場合を例に説明したがこれに限定されない。溝要素GEは、深さ方向において溝幅が一定、又は深さ方向において溝幅が単調に減少する構造を有していればよく、例えばU字形状、放物面形状を有していてもよい。
【0135】
また、上記した実施形態においては、溝要素GE(すなわち第1領域R1及び第2領域R2)が、溝GRの中心線CLを含み、基材表面11Sに垂直な面に対して対称な構造を有している場合を例に説明したが、非対称であってもよい。
本発明による成形構造体は、特に車両(Vehicle)の灯具又はウインドウなどの内外表面に好適に用いることができるが、これに限定されない。
【0136】
また、基材11はガラス、樹脂などを用いることができる。基材11は透明な素材に限らず、着色されていてもよい。あるいは、鏡など裏面に反射層が形成されていてもよい。
以上、詳細に説明したように、本発明によれば、高い液滴排出効果を有し、防曇効果に優れた光学部品などの成形構造体を提供することができる。
【符号の説明】
【0137】
10,20,30:成形構造体
11:基材
11S:基材表面
AQ:水滴
GE:溝要素
GR:溝
GX:溝
GS:溝
OP1:第1開口面
OP2:第2開口面
R1:第1領域
R2:第2領域
T1:平面領域
T2:曲面領域
T3:平面領域
図1A
図1B
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図6D
図7A
図7B
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図10A
図10B
図11
図12A
図12B
図13
図14A
図14B
図15
図16A
図16B
図17
図18
図19A
図19B