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  • 特開-スマの排卵卵の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023132090
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】スマの排卵卵の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/10 20170101AFI20230914BHJP
【FI】
A01K61/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022037211
(22)【出願日】2022-03-10
(71)【出願人】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】松原 孝博
(72)【発明者】
【氏名】後藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 大樹
(72)【発明者】
【氏名】西宮 攻
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 充
(72)【発明者】
【氏名】ディパック パンディ
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA01
2B104BA03
2B104CB17
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、スマの排卵卵を効率的に回収できる技術を提供することである。
【解決手段】本発明は、スマの産卵時刻を特定する産卵時刻特定工程と、前記産卵時刻に基づき、最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマを、閉鎖空間に入れるスマ移送工程と、前記スマ移送工程後、前記スマの産卵行動が認められず、かつ、前記産卵時刻よりも後の時点で前記スマを屠殺し、排卵卵を得る排卵卵回収工程と、を含み、前記閉鎖空間における水平方向の径が、前記スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下である、スマの排卵卵の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スマの産卵時刻を特定する産卵時刻特定工程と、
前記産卵時刻に基づき、最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマを、閉鎖空間に入れるスマ移送工程と、
前記スマ移送工程後、前記スマの産卵行動が認められず、かつ、前記産卵時刻よりも後の時点で前記スマを屠殺し、排卵卵を得る排卵卵回収工程と、
を含み、
前記閉鎖空間における水平方向の径が、前記スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下である、
スマの排卵卵の製造方法。
【請求項2】
前記スマの最低回転直径が、前記スマの体長の2.5倍以上3倍以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記スマ移送工程において、前記スマの移送を、前記産卵時刻よりも1時間以上3時間以下早い時点で行う、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記排卵卵回収工程において、前記スマの屠殺を、前記産卵時刻から1時間以内の時点で行う、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記スマの月齢が、12ヶ月以上60ヶ月以下である、請求項1から4のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スマの排卵卵の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、優良な形質を有する魚類の育種や安定した供給のために、人工授精が行われている。
【0003】
魚類の人工授精に関連して各種技術が提案されており、例えば、特許文献1には、魚類幹細胞の培養技術について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-126055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、人工授精の際に用いる未受精卵(排卵卵)は、魚類の産卵のコントロールが難しいことから、必要とする時に充分量の確保が難しいという問題がある。
特に、本発明者らは、魚類のうちスマに着目し、スマの排卵卵を効率的に得られる技術を研究した。
【0006】
本発明は以上の実情に鑑みてなされたものであり、スマの排卵卵を効率的に回収できる技術の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、最終成熟期後期の段階にあるスマを、所定の閉鎖空間内に一時的に収容することで産卵行動が停止するという現象を利用すると、排卵卵を効率的に回収できることを見出し、本発明を完成させた。具体的に、本発明は以下を提供する。
【0008】
(1) スマの産卵時刻を特定する産卵時刻特定工程と、
前記産卵時刻に基づき、最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマを、閉鎖空間に入れるスマ移送工程と、
前記スマ移送工程後、前記スマの産卵行動が認められず、かつ、前記産卵時刻よりも後の時点で前記スマを屠殺し、排卵卵を得る排卵卵回収工程と、
を含み、
前記閉鎖空間における水平方向の径が、前記スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下である、
スマの排卵卵の製造方法。
【0009】
(2) 前記スマの最低回転直径が、前記スマの体長の2.5倍以上3倍以下である、(1)に記載の製造方法。
【0010】
(3) 前記スマ移送工程において、前記スマの移送を、前記産卵時刻よりも1時間以上3時間以下早い時点で行う、(1)又は(2)に記載の製造方法。
【0011】
(4) 前記排卵卵回収工程において、前記スマの屠殺を、前記産卵時刻から1時間以内の時点で行う、(1)から(3)のいずれかに記載の製造方法。
【0012】
(5) 前記スマの月齢が、12ヶ月以上60ヶ月以下である、(1)から(4)のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スマの排卵卵を効率的に回収できる技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】スマ受精卵の発生段階と、受精からの経過時間との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施形態を詳細に説明するが、本発明はこれに特に限定されない。
【0016】
<スマの排卵卵の製造方法>
本発明に係るスマの排卵卵の製造方法(以下、「本発明の製造方法」ともいう。)は、スマの産卵時刻を特定する産卵時刻特定工程と、該産卵時刻に基づき、最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマを、閉鎖空間に入れるスマ移送工程と、スマ移送工程後、スマの産卵行動が認められず、かつ、産卵時刻よりも後の時点で前記スマを屠殺し、排卵卵を得る排卵卵回収工程と、を含む。閉鎖空間における水平方向の径は、スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下である。
【0017】
スマは、例えば愛媛県愛南町の海域では、7~8月を盛期として、6~9月に産卵する。成熟した雌は、かかる産卵期の中盤には、ほぼ毎日排卵及び産卵していると考えられる。
【0018】
スマの卵形成の概要は以下のとおりである。
卵母細胞は、数ヶ月かけて内部に充分な栄養(卵黄)を蓄えた後、順次、卵(受精可能な雌の配偶子)となる。このプロセスは「最終成熟」と呼ばれ、スマでは24時間以内に完了する。
最終成熟では、核の変化が生じ、卵母細胞が濾胞層から外れ(この工程を「排卵」という。)、卵巣内の卵巣腔に産卵までの期間保存される。
受精可能な、卵巣腔内の未受精卵を「排卵卵」という。
【0019】
排卵卵は人工授精による受精率が高いため、充分量の良質な排卵卵の確保は、効率的な人工授精等を可能にする。そのためには、従来、排卵後かつ産卵前のスマから卵を回収する必要があった。
しかし、スマにおいて、排卵から産卵までの時間は極めて短い(推定数十分以内)。さらに、排卵した雌は、雄から激しい追尾を受けながら高速で逃げているような行動(産卵行動)が観察され、捕獲が難しい。
また、最終成熟は、卵成熟誘起ホルモンによって開始し、途中で停止できない機械的事象であると考えられており、排卵のタイミングをコントロールすることも非常に難しい。
以上のような事情から、従来は排卵卵の回収が困難だった。
【0020】
そこで、本発明者らは、産卵が、雄及び雌の産卵行動を伴った行為であり、途中で停止できる事象であることに着目した。
そして、卵の最終成熟を進行させつつも、産卵を起こさせないようにすることで、スマの体内から排卵卵を効率的に回収できることを見出した。
具体的には、最終成熟期後期の段階にあるスマに対し、適度のストレスの負荷、すなわち、狭い閉鎖空間への移送を行うと、産卵行動を行わなくなる。ただし、上記のとおり最終成熟は機械的事象であるため、産卵行動を停止しても最終成熟は進行し、排卵が生じる。
そして、このように産卵行動を停止したスマを、産卵時刻後に屠殺すると、体内から排卵卵を回収できる。
回収した排卵卵は、そのまま、又は適切な条件下での保存後に、人工授精に供することができる。
【0021】
上記のとおり、本発明は、スマの最終成熟を進行させつつも、産卵行動を停止させることで、排卵卵が卵巣内に溜め置かれるため、効率的に排卵卵を回収できるという新規な知見に基づく。
【0022】
以下、本発明の製造方法について詳述する。
【0023】
(1)スマ
本発明において「スマ」は、スズキ目サバ亜目サバ科スマ属の魚類である、「Euthynnus affinis」を意味する。
【0024】
本発明の製造方法で使用するスマは、雌であれば特に限定されないが、充分な排卵卵を得る観点から、月齢が、好ましくは12ヶ月以上60ヶ月以下、より好ましくは24ヶ月以上48ヶ月以下である。
【0025】
本発明の製造方法で使用するスマは、充分な排卵卵を得る観点から、体長が、好ましくは45cm以上75cm以下、より好ましくは50cm以上70cm以下である。
【0026】
本発明において「体長」とは、尾叉長(上顎の先端から尾鰭が二叉する中央部のへこみの外縁までの距離)を意味する。
【0027】
本発明の製造方法で使用するスマは、充分な排卵卵を得る観点から、体重が、好ましくは2kg以上8kg以下、より好ましくは2.5kg以上6.5kg以下である。
【0028】
後述するスマ移送工程に供するまで、スマは、自由に遊泳できるほどに充分に広い通常の生簀(海域内の一部を竹垣や網等で囲った空間)の中で、ストレスを与えずに生育させる。
【0029】
本発明の製造方法において用いるスマの個体数は特に限定されない。通常、生簀内のスマは雌雄混泳しているため、後述する最終成熟期後期の段階にあるスマをより確実に取得するため、複数の個体(例えば、5~6尾)を用いることが好ましい。
【0030】
(2)産卵時刻特定工程
産卵時刻特定工程は、スマの産卵時刻を特定する工程である。
【0031】
産卵期にあるスマは、毎日、ほぼ一定の周期で排卵及び産卵している。
例えば、産卵と産卵との間隔は、通常24時間程度であり、産卵と次回最終成熟完了時点(特に、排卵時点)との間隔は23時間以上と考えられる。
最終成熟を迎え、排卵が生じたスマには産卵行動が認められる。また、産卵された卵は、その発生段階を観察することで受精からの経過時間を推定することができる。
そのため、スマの産卵行動(激しい追尾行動等)の目視や、産卵された卵の発生段階の確認等によって産卵時刻を特定できる。
【0032】
産卵時刻は、例えば、実施例に示した方法で特定できる。該実施例では、卵の発生段階に基づき、受精後からの経過時間を推測することで排卵時刻を特定した。
なお、通常、産卵期盛期のスマの産卵時刻は、17時30分から18時30分までの間であることが多い。
【0033】
なお、排卵時刻は、通常、産卵時刻よりも前、かつ産卵時刻から1時間以内であると考えられる。
【0034】
産卵時刻特定工程は、より正確な産卵時刻を特定する観点から、後述するスマ移送工程の前日(例えば、スマ移送工程の開始よりも20~24時間前)に行うことが好ましい。
ただし、大雨等の環境下では、スマに過度のストレスがかかり、排卵や産卵の周期が乱れることがある。そのため、産卵時刻特定工程、及びそれに続くスマ移送工程は、荒天を避け、安定した天気(好ましくは晴天)の日に行うことが好ましい。
【0035】
(3)スマ移送工程
スマ移送工程は、産卵時刻特定工程において特定された産卵時刻に基づき、最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマを、閉鎖空間に入れる工程である。
この工程により、スマの最終成熟が進行しつつも、産卵行動が停止するため、排卵卵が卵巣内に溜め置かれ、効率的な排卵卵回収が可能となる。
【0036】
スマが最終成熟期後期の段階にあるかどうかは、産卵時刻特定工程の時点(通常は、スマ移送工程の前日)での産卵状況、及び産卵時刻から判断できる。
具体的には、産卵と最終成熟完了時点(特に、排卵時点)との間隔は、通常23時間程度であるため、産卵時刻から18時間以上22時間以下(特に、21.5時間以上22時間以下)経過したスマを最終成熟期後期の段階にあると判断できる。
【0037】
最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマは、閉鎖空間に移送する。
【0038】
卵への影響を少なくする観点から、スマの移送は、産卵時刻よりも、好ましくは1時間以上4時間以下早い時点、より好ましくは1時間以上3時間以下早い時点で行う。
【0039】
スマを生簀から閉鎖空間へ移送する際には、通常、釣り具等を用いたスマの釣獲を行う。ただし、スマに過度のストレス(突起物等による傷、釣り針の飲み込み等)を与えないように留意する。
【0040】
(閉鎖空間の詳細)
本発明者らは、これまでの研究結果から、体重2.5~4.0kgのスマの場合、釣獲後、直径10m以上の円形生簀(深さ8m程度)や、一辺10m以上の角型生簀(深さ8m程度)に収容すると、通常どおり産卵を行うことを見出した。
他方で、本発明者らは、釣獲後、一辺5m程度の角型生簀(深さ4m程度)に収容すると、産卵が認められないこともあわせて見出した。産卵が認められない理由としては、産卵に先立つ追尾行動を充分に行えないことや、小さな空間内へ入れられたことによる環境変化のストレスが考えられる。
上記を踏まえ、本発明者らは、所定の閉鎖空間にスマを収容することで、スマの産卵行動をコントロールできることを発見した。
【0041】
本発明において「閉鎖空間」とは、水平方向の径が、スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下である空間を意味する。
本発明者らの検討の結果、上記閉鎖空間よりも広い空間であるとスマの産卵行動が停止せず、上記閉鎖空間よりも狭い空間であると、壁との摩擦や窒息によりスマを死傷させてしまうことを見出した。
換言すれば、本発明における閉鎖空間は、スマに適度なストレスを与え、スマの最終成熟を進行させつつも、産卵行動を停止できる空間である。
【0042】
本発明において「(閉鎖空間の)水平方向」とは、水面と平行する方向を意味する。本発明において「(閉鎖空間の)水平方向の径」とは、閉鎖空間の形状に応じて、一辺の長さや、円の直径を包含する。
【0043】
本発明において「スマの最低回転直径」とは、スマが閉鎖空間の壁(網やシート等)に体を擦らずに呼吸しながら遊泳する際の円形運動軌道の最低直径を意味する。
【0044】
閉鎖空間において、該空間を構成する少なくとも1つの水平方向の径を、スマの最低回転直径の2倍以上4倍以下に設定する。
ただし、産卵行動を確実に停止させる観点から、閉鎖空間の水平方向の径のうち全てがスマの最低回転直径の2倍以上4倍以下であることが好ましい。
【0045】
スマの最低回転直径は、スマの体長(尾叉長)や体重に応じて特定できるが、好ましくは、スマの体長の2.5倍以上3倍以下である。
例えば、体長50cm(通常、体重約2.5kg)スマの場合、最低回転直径は、125~150cmに設定できる。この場合、閉鎖空間における水平方向の径は、250~600cmに設定できる。
【0046】
スマ移送工程に複数のスマ個体を供する場合、スマへの過度なストレスを避ける観点から、閉鎖空間における水平方向の径を、上限値付近(例えば、スマの最低回転直径の3~4倍)に設定することが好ましい。
【0047】
本発明の閉鎖空間の形状等は特に限定されず、角型(正方形、立方形等)、円型(筒型等)等であり得る。
【0048】
本発明の閉鎖空間の深さ(水面に対して垂直方向の径)は、スマの身体全体が充分に水中に浸れば特に限定されない。
例えば、本発明の閉鎖空間の深さの下限は、スマの体高(腹部から背中(鰭を除く)までの最大距離)の5倍以上であり得る。
本発明の閉鎖空間の深さの上限は、スマに適度なストレスを与える観点から、スマの体高の25倍以下であり得る。
【0049】
本発明の閉鎖空間は、角型の場合、縦2.5~6m×横2.5~6m×深さ1~5mであり得る。
本発明の閉鎖空間は、円型の場合、直径2.5~6m×深さ1~5mであり得る。
【0050】
閉鎖空間を構成する材料は特に限定されず、通常の生簀の材料(網、ビニール等)と同様であり得る。
【0051】
(4)排卵卵回収工程
排卵卵回収工程は、スマ移送工程後、スマの産卵行動が認められず、かつ、産卵時刻よりも後の時点で該スマを屠殺し、排卵卵を得る工程である。
スマ移送工程において、スマの最終成熟が進行しつつも、産卵行動が停止するため、卵巣内に溜め置かれた排卵卵を、排卵卵回収工程で回収する。
【0052】
スマの移送完了時点から、屠殺のために閉鎖空間からスマを取り揚げるまでの時間、すなわち、閉鎖空間内のスマの滞在時間は、産卵時刻経過後、かつスマの産卵行動が認められない間の任意の時点までの時間である。
ただし、確実に排卵卵を回収する観点から、産卵時刻経過後からの時間は短いほど好ましい。
【0053】
確実に排卵卵を回収する観点から、スマの屠殺は、産卵時刻から1時間以内の時点で行うことが好ましい。
【0054】
スマの屠殺の方法は特に限定されず、活締め等が挙げられる。
屠殺したスマを適宜氷上保存し、解剖することで、卵巣から排卵卵を回収することができる。
【0055】
得られた排卵卵は、必要に応じて任意の方法で保存し、人工授精等に供することができる。
なお、排卵卵の保存時間は短いほど(例えば、5時間以内)、受精率が高い傾向にある。
【実施例0056】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0057】
<試験1>
以下の方法に基づき、スマから排卵卵を得た。
なお、以下の工程は、いずれも海水の水温を約24℃に保って行った。
【0058】
本例においては、約24ヶ月齢、体長50~56cm、体重2.1~3.2kgのスマ(雌)を用いた。
【0059】
(1)産卵の確認
まず、産卵時刻を特定するために、生簀内のスマの産卵行動を観察した。
産卵時刻におけるスマには激しい追尾行動が認められ、それに続いて、水面近くで大きな水音が聞こえた(この水音は、産卵に伴うスマの動きによって生じる。)。
本例では、水音が聞こえた時刻を大まかな産卵時刻として把握した。
【0060】
なお、生簀は、スマが自由に遊泳できるほどに広い、円形(直径:10m程度、材料ポリビニル製)のものを用い、その内側を水深3m程度のビニールシートで囲んだ。
これは、スマの卵の比重(塩濃度約3.3%相当)が海水よりもやや軽く、海面付近で浮遊しやすいことから、卵の散逸を防ぐためである。
【0061】
(2)産卵時刻特定工程
上記(1)で把握した大まかな産卵時刻に基づき、産卵行動終了後の時点で生簀から卵を採集した。採集の際には、卵を傷つけないように、柔らかい網(昆虫用のタモ網等)を用いた。
採集した卵の顕微鏡観察によって発生段階を特定し、産卵時刻(本例では18時頃)を特定した。
【0062】
なお、発生速度は水温に依存する。図1に示されるとおり、例えば、16細胞期の卵であれば、24℃の水温下で、受精後95分から110分前に産卵された卵であることがわかる。
【0063】
(3)スマ移送工程
産卵時刻の特定(産卵時刻特定工程)を行った翌日、スマを釣獲し、閉鎖空間に入れた。
【0064】
(3-1)スマの釣獲
スマの釣獲は、卵への影響を少なくする観点から、産卵時刻に近い時間帯を選択した。本例では、人工授精試験の準備時間(2時間程度)を考慮し、産卵時刻の2~2.5時間前に釣獲を行った。釣獲を行った時点でのスマは、「最終成熟期後期の段階にあると判断されたスマ」(産卵時刻から約21.5~22時間経過したスマ)に相当する。
釣獲の際には、市販の釣り針を用いた。ただし、スマを傷つけないために「かえし」を削り落とし、かつ、釣り針の飲み込みを防止するためにビニール製結束バンドをつけたものを用いた。
【0065】
釣獲したスマは、水ダモ網(5m角の網、底面がビニール製のもの)に取り揚げた後、10秒以内に釣り針を外し、過度なストレスを与えないように注意した。
【0066】
(3-2)閉鎖空間(小型生簀)への収容
釣獲したスマを小型の角型生簀に収容した。
該収容(スマの移送)は、産卵時刻よりも2~2.5時間早い時点で行った。
本例で用いたスマの体長は、約50~56cmであるため、スマの最低回転直径は約125~170cm(スマの体長の2.5~3倍)であると算出した。この値に基づき、小型生簀の水平方向の長さを縦5m×横5m(スマの最低回転直径の3~4倍)、深さ4mに設定した。
【0067】
(4)排卵卵回収工程
閉鎖空間に収容した、産卵行動(追尾行動等)の認められないスマを取り揚げ、スマの屠殺、及び排卵卵の回収を行った。
スマは、水ダモ網(直径50cm程度のタモ網で、底面がビニール製のもの)にゆっくり取り揚げた。取り揚げは、産卵時刻後、かつ産卵時刻から1時間以内に行った。取り揚げを行った時点でのスマは、「産卵行動が認められず、かつ、産卵時刻よりも後の時点のスマ」に相当する。
取り揚げたスマを、速やかに脊椎切断及び脱血により活締めして屠殺した後、直ちにクーラーボックス内の氷上に置いて冷却した。
次いで、スマの腹部を切開し、卵巣後部の生殖孔から、排卵卵が流出しないようクランプで押さえてから卵巣を摘出した。卵巣外部の血液や体液を除去してから、プラスチックの容器内に排卵卵を回収した。
回収した排卵卵は、プラスチック試験管(50ml)に10~15g入れ、20℃の恒温インキュベータで、0~12時間保存した。
【0068】
(5)人工授精
得られた排卵卵が授精可能であるかどうかを検討するため、以下の方法(乾導法)により授精を行った。
スマ精液として、生理塩類溶液(ハンクス液)で100倍に希釈後、10℃の恒温インキュベータで保存したものを使用した。
排卵卵を0.1~0.2g量り取り(卵数は150~300粒)、プラスチックコップ(450ml)に入れ、その上に精液0.1mlをかけた。
次いで、直ちに濾過海水(24℃)を50ml加え、軽く混ぜて5分間静置した。5分経過後に250mlの濾過海水を加えて、24℃の恒温インキュベータで保存した。
【0069】
(6)結果
得られた排卵卵の受精率は極めて高く、ほぼ100%だった。特に、排卵卵の保存時間(排卵卵回収工程と人工授精との間隔)が短いほど、受精率が高かった。具体的には、排卵卵の保存時間が5時間以内であると、受精率が安定的に高かった。
【0070】
また、得られた排卵卵の孵化率、及び正常仔魚率のいずれも高く、それぞれ、90%前後、80%前後だった。
【0071】
なお、本例において、受精率、孵化率、及び正常仔魚率は、それぞれ以下を意味する。
受精率(%)=受精して胚発生した卵数÷用いた全排卵卵数×100
孵化率(%)=孵化した仔魚数÷用いた全排卵卵数×100
正常仔魚率(%)=奇形でない正常な仔魚数÷孵化した全仔魚数×100
【0072】
以上のことから、本発明によれば、良質なスマの排卵卵が効率的に得られ、優良個体の計画的な掛け合わせによる種苗の大量生産や、代理親生産における不妊化のための顕微注入処理数の増大を実現し得ることがわかった。

図1