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特開2023-132323ソバ粉の風味評価方法、風味評価用プログラムおよび風味評価装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023132323
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】ソバ粉の風味評価方法、風味評価用プログラムおよび風味評価装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20230914BHJP
   G01N 33/10 20060101ALI20230914BHJP
   A23L 7/10 20160101ALI20230914BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N33/10
A23L7/10 Z
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022037569
(22)【出願日】2022-03-10
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】391003808
【氏名又は名称】有限会社八剣技研
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】井上 直人
(72)【発明者】
【氏名】清水 尚哉
【テーマコード(参考)】
2G043
4B023
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA14
2G043CA06
2G043DA09
2G043EA01
2G043FA06
2G043FA07
2G043JA01
2G043JA02
2G043JA03
2G043KA02
2G043KA03
2G043LA03
2G043NA01
2G043NA06
2G043NA12
4B023LC02
4B023LT60
(57)【要約】
【課題】ガスクロマトグラフィー等の大がかりな設備を用いることなく、励起蛍光分析により、ソバ粉の風味評価、特に、香りの良さを簡便に評価できるソバ粉の風味評価方法、風味評価用プログラムおよび風味評価装置を提供すること。
【解決手段】ソバ粉の風味評価においては、ソバ粉の励起蛍光分析から得られる所定波長のタンパク質由来の蛍光量である第1測定値A、第2測定値B、PSII由来の蛍光量である第3測定値C、PSI由来の蛍光量である第4測定値Dを用いて、分光指数法により、目的変量であるソバ粉の脂質含有量(リン脂質含有量+糖脂質含有量)を推定している。推定した脂質含有量に基づき、ソバ粉の香りの良さを評価している。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象のソバ粉から得られる励起蛍光の分光分析に基づき前記ソバ粉の風味を評価するソバ粉の風味評価方法であって、
前記風味の評価指標の一つである香りの良さの評価を、分光指数法により算出した前記ソバ粉の脂質含有量の推定値に基づき行い、
前記分光指数法においては、
500nm~550nmの第1波長帯域に含まれる第1波長の蛍光量を第1測定値、
640nm~650nmの第2波長帯域に含まれる第2波長の蛍光量を第2測定値、
PSII由来の第3波長の蛍光量を第3測定値、および、
PSI由来の第4波長の蛍光量を第4測定値
として算出し、
前記第2測定値を正規化のための基準値として用いて、前記第1測定値と前記第2測定値との差を正規化した第1分光指数、および、前記第3測定値あるいは前記第4測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数を算出し、
前記第1分光指数と前記第2分光指数との相乗平均を算出し、
前記相乗平均を、前記脂質含有量の推定値として用いることを特徴とする励起蛍光分光法によるソバ粉の風味評価方法。
【請求項2】
前記風味の評価指標の一つである鮮度の評価を、前記第2分光指数に基づき行う
請求項1に記載のソバ粉の風味評価方法。
【請求項3】
前記風味の評価指標の一つである味の良さの評価を、前記第1分光指数に基づき行う
請求項1または2に記載のソバ粉の風味評価方法。
【請求項4】
前記風味の評価指標の一つである緑度の評価を、
前記第4測定値を正規化のための基準値として、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数を算出し、算出した前記第3分光指数に基づき行う
請求項1、2または3に記載のソバ粉の風味評価方法。
【請求項5】
前記第2分光指数として、前記第3測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数を算出し、
前記風味の評価指標の一つである緑度の評価を、前記第2分光指数に基づき行い、
前記第4測定値を正規化のための基準値として、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数を算出し、
前記風味の評価指標の一つである鮮度の評価を、前記第3分光指数に基づき行う
請求項1または3に記載のソバ粉の風味評価方法。
【請求項6】
評価対象のソバ粉から得られる励起蛍光の分光分析に基づき前記ソバ粉の風味を評価するソバ粉の風味評価をコンピュータに実行させるソバ粉の風味評価用プログラムであって、
前記ソバ粉から得られる前記励起蛍光の分光分析結果に基づき、予め定めた複数の波長の蛍光量の測定値を抽出する抽出ステップと、
前記測定値から、前記ソバ粉の脂質含有量の推定に用いる複数の分光指数を算出する算出ステップと、
前記分光指数を用いて、前記ソバ粉の脂質含有量を推定する推定ステップと、
推定された前記脂質含有量に基づき、前記ソバ粉の風味評価の指標である香りの評価値を算出する評価ステップと、
を含み、
前記抽出ステップでは、
前記分光分析結果から、500nm~550nmの第1波長帯域に含まれる第1波長の蛍光量である第1測定値と、640nm~650の第2波長帯域に含まれる第2波長の蛍光量である第2測定値と、PSII由来の第3波長の蛍光量である第3測定値と、PSI由来の第4波長の蛍光量である第4測定値とを抽出し、
前記算出ステップでは、
前記第2測定値を正規化ための基準値として用いて、前記第1測定値と前記第2測定値との差を正規化した第1分光指数、および、前記第3測定値あるいは前記第4測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数を算出し、
前記推定ステップでは、
前記第1分光指数と前記第2分光指数との相乗平均を算出し、
前記相乗平均を、前記脂質含有量の推定値として出力することを特徴とするソバ粉の風味評価用プログラム。
【請求項7】
前記評価ステップは、更に、
前記風味評価の指標である鮮度を評価する鮮度評価ステップを含み、
前記鮮度評価ステップでは、前記鮮度の評価を、前記第2分光指数に基づき行う
請求項6に記載のソバ粉の風味評価用プログラム。
【請求項8】
前記評価ステップは、更に、
前記風味評価の指標である味を評価する味評価ステップを含み、
前記味評価ステップでは、前記味の評価を、前記第1分光指数に基づき行う
請求項6または7に記載のソバ粉の風味評価用プログラム。
【請求項9】
前記評価ステップは、更に、
前記風味評価の指標である緑度を評価する緑度評価ステップを含み、
前記緑度評価ステップでは、
前記第4測定値を正規化のための基準値として用いて、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数を算出し、
前記緑度の評価を、前記第3分光指数に基づき行う
請求項6、7または8に記載のソバ粉の風味評価用プログラム。
【請求項10】
前記風味の評価指標の一つである緑度を評価する緑度評価ステップおよび前記風味の評価指標の一つである鮮度を評価する鮮度評価ステップを含み、
前記緑度評価ステップでは、
前記第2分光指数として、前記第3測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数を算出し、
前記緑度の評価を、前記第2分光指数に基づき行い、
前記鮮度評価ステップでは、
前記第4測定値を正規化のための基準値として、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数を算出し、
前記鮮度の評価を、前記第3分光指数に基づき行う
請求項6または8に記載のソバ粉の風味評価用プログラム。
【請求項11】
評価対象のソバ粉から得られる励起蛍光の分光分析に基づき前記ソバ粉の風味を評価するソバ粉の風味評価装置であって、
評価対象のソバ粉を載せる試料載置部と、
前記試料載置部に載せた前記ソバ粉に励起光を照射する励起光照射部と、
前記試料載置部に載せた前記ソバ粉から発生する励起蛍光の分光分析を行う分光器と、
前記分光器による分光分析結果に基づき前記ソバ粉の風味評価を行う制御部と、
前記制御部において算出された風味評価結果を出力する表示出力部と、
を備えており、
前記制御部は、
前記ソバ粉から得られる前記励起蛍光の分光分析結果に基づき、予め定めた複数の波長の蛍光量の測定値を抽出する抽出部と、
前記測定値から、前記ソバ粉の脂質含有量の推定に用いる複数の分光指数を算出する算出部と、
前記分光指数を用いて、前記ソバ粉の脂質含有量を推定する推定部と、
推定された前記脂質含有量に基づき、前記ソバ粉の風味評価の指標である香りの評価値を算出する評価部と、
を含み、
前記抽出部では、
前記分光分析結果から、500nm~550nmの第1波長帯域に含まれる第1波長の蛍光量である第1測定値と、640nm~650nmの第2波長帯域に含まれる第2波長の蛍光量である第2測定値と、PSII由来の第3波長の蛍光量である第3測定値と、PSI由来の第4波長の蛍光量である第4測定値とを抽出し、
前記算出部では、
前記第2測定値を正規化ための基準値として用いて、前記第1測定値と前記第2測定値との差を正規化した第1分光指数、および、前記第3測定値あるいは前記第4測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数を算出し、
前記推定部では、
前記第1分光指数と前記第2分光指数との相乗平均を算出し、
前記相乗平均を、前記脂質含有量の推定値として出力することを特徴とするソバ粉の風味評価装置。
【請求項12】
前記評価部は、更に、前記風味評価の指標である鮮度を評価する鮮度評価部を含み、
前記鮮度評価部は、前記鮮度の評価を、前記第2分光指数に基づき行う
請求項11に記載のソバ粉の風味評価装置。
【請求項13】
前記評価部は、更に、前記風味評価の指標である味を評価する味評価部を含み、
前記味評価部は、前記味の評価を、前記第1分光指数に基づき行う
請求項11または12に記載のソバ粉の風味評価装置。
【請求項14】
前記評価部は、更に、前記風味評価の指標である緑度を評価する緑度評価部を含み、
前記算出部は、前記第4測定値を正規化のための基準値として用いて、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数を算出し、
前記緑度評価部は、前記緑度の評価を、前記第3分光指数に基づき行う
請求項11、12または13に記載のソバ粉の風味評価装置。
【請求項15】
前記評価部は、更に、前記風味評価の指標である緑度および鮮度をそれぞれ評価する緑度評価部および鮮度評価部を含み、
前記算出部は、
前記第2分光指数として、前記第3測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数の算出、および、前記第4測定値を正規化のための基準値として、前記第3測定値と前記第4測定値との差を正規化した第3分光指数の算出を行い、
前記緑度評価部は、前記緑度の評価を、前記第2分光指数に基づき行い、
前記鮮度評価部は、前記鮮度の評価を、前記第3分光指数に基づき行う
請求項11または13に記載のソバ粉の風味評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励起蛍光分光分析によりソバ粉の風味の良否の指標となる香り、味、鮮度、緑度を評価する風味評価方法、風味評価用プログラム、および、風味評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明の発明者等は、特許文献1において、励起蛍光分析によりソバの種子の品質評価を適切に行うことのできる方法を提案している。当該方法では、玄ソバ、丸抜きソバの品質の良否を判断するために、タンパク質含有量に応じて増減するタンパク質由来蛍光量に基づき味の良さを評価し、クロロフィル含有量に応じて増減するクロロフィル由来蛍光量に基づき鮮度の良さを評価している。
【0003】
具体的には、紫レーザー励起蛍光を用いた場合に玄ソバから得られる500~640nmの波長帯の蛍光量(強度)を測定して果皮の充実度に対応する評価基準値を予め設定しておき、評価対象の玄ソバから得られる同波長帯の蛍光量を評価基準値と比較して品質評価を行うようにしている。また、丸抜きソバを評価する場合には、評価基準値として、ソバの粘りに応じて変化する種皮の粗タンパク質含有量に対応する500nmを含む波長帯域の蛍光量と、鮮度に応じて変化する種皮のクロロフィル含有量に対応する680nmを含む波長帯域の蛍光量とを用いて、粘りと鮮度を評価するようにしている。
【0004】
ここで、ソバの種子だけでなく、ソバ粉(一番粉、二番粉、三番粉、挽きぐるみ等)についても、同様に励起蛍光分析により風味を評価できると便利である。ソバ粉の風味評価においては、味の良さ、鮮度だけでなく、香りの良さも重要な評価要素である。香りの評価には、ソバ粉の香り成分の含有量を測定する必要があるが、香り成分の含有量は微量であり、測定あるいは検出が容易ではない。例えば、特許文献2において提案されているように、ガスクロマトグラフィーにより、香り成分の分析結果に基づきソバ粉の品質評価を行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-36150号公報
【特許文献2】特開2021-173672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、このような点に鑑みて、ガスクロマトグラフィー等の大がかりな設備を用いることなく、励起蛍光分析により、ソバ粉の風味評価を簡便に行えるソバ粉の風味評価方法、風味評価用プログラムおよび風味評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明は、評価対象のソバ粉から得られる励起蛍光の分光分析に基づき前記ソバ粉の風味を評価するソバ粉の風味評価方法であって、
前記風味の評価指標の一つである香りの良さの評価を、分光指数法により算出した前記ソバ粉の脂質含有量の推定値に基づき行い、
前記分光指数法においては、
500nmから550nmの波長帯域に含まれる第1波長の蛍光量を第1測定値、
640nm~650nmの波長帯域に含まれる第2波長の蛍光量を第2測定値、
PSII由来の第3波長(685nm)の蛍光量を第3測定値、および、
PSI由来の第4波長(740nm)の蛍光量を第4測定値
として算出し、
前記第2測定値を正規化のための基準値として用いて、前記第1測定値と前記第2測定値との差を正規化した第1分光指数Y、および、前記第3測定値あるいは前記第4測定値と前記第2測定値との差を正規化した第2分光指数Xを算出し、
前記第1分光指数と前記第2分光指数との相乗平均を算出し、
前記相乗平均を、前記脂質含有量の推定値として用いることを特徴としている。
【0008】
本発明者は、ソバ粉には香り成分の元である脂質として、リン脂質と糖脂質が含まれており、リン脂質の殆どが細胞膜、核、小器官の内部に存在し、糖脂質の殆どが葉緑体の内部に存在していることに着目した。これに基づき、リン脂質の含有量(mg)と細胞膜等におけるタンパク質の含有量(g)との間には有意の相関があり、リン脂質の含有量を、タンパク質由来蛍光量(波長帯域500nm~550nm)を指標として用いて推定できるとの知見を得た。また、糖脂質成分の含有量(mg)と、葉緑体における光合成の活性の程度を反映しているPSII由来蛍光成分強度(685nm)あるいはPSI由来蛍光成分強度(740nm)との間にも有意な相関があり、糖脂質含有量を、PSII由来蛍光成分強度(685nm)あるいはPSI由来蛍光成分強度(740nm)を用いて推定できるとの知見を得た。
【0009】
これらの知見に基づき、本発明では、ソバ粉の励起蛍光分析から得られる所定波長のタンパク質由来の蛍光量と、PSII由来の蛍光量あるいはPSI由来の蛍光量とから、目的変量であるソバ粉の脂質含有量(リン脂質含有量+糖脂質含有量)を推定している。推定した脂質含有量に基づき、ソバ粉の香りの良さの評価値を算出している。算出した評価値は、ソバ粉の香りの良さの程度を反映するものであることが確認された。
【0010】
本発明によれば、励起蛍光分析から直接に得ることが困難な香りの元となるソバ粉に微量に含まれている脂質の含有量を、励起蛍光分析結果から得られる所定波長の蛍光量を用いて推定することができる。大掛かりな分析用の設備を用いることなく、分光器を用いた簡便な装置を用いてソバ粉の香りを評価することが可能になる。
【0011】
本発明においては、ソバ粉の風味の評価指標として、香りの他に、味の良さ、鮮度、緑度を採用している。
【0012】
本発明では、味の良さの評価を、ソバ粉の励起蛍光分析から得られるタンパク質由来の蛍光量に基づき行っている。
【0013】
また、ソバ粉の鮮度の評価を、ソバ粉の励起蛍光分析によって得られる光合成の活性の程度を反映しているPSII由来の蛍光量(685nm)あるいはPSI由来の蛍光量(740nm)を用いて行っている。特に、ソバ粉の励起蛍光から得られる蛍光スペクトルにおいて、光酸素化酸化障害が生じている場合には、そうでない場合に比べて、PSI由来の蛍光量が大幅に低下する。よって、PSI由来の蛍光量の低下の程度を、ソバ粉の緑度の評価に用いることができる。
【0014】
さらに、ソバ粉の緑度の評価を、ソバ粉の励起蛍光分析によって得られるソバ粉のPSII由来の蛍光量とPSI由来の蛍光量との差から推定したクロロフィル含有量に基づき行っている。クロロフィル含有量と、ソバ粉の励起蛍光分析から得られるPSII由来の蛍光量とPSI由来の蛍光量との差との間には、有意な相関がある。この差から推定したクロロフィル含有量に基づき、ソバ粉の緑度を評価することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明を適用したソバ粉の風味評価装置の概略構成を示す説明図である。
図2】(A)は図1の装置の制御部の主要機能を示す機能ブロック図、(B)は図1の装置の表示画面の一例を示す説明図である。
図3】(A)はソバ粉の蛍光スペクトルの一例を示すグラフ、(B)は風味の4指標の算出式を示す一覧表である。
図4】ソバ粉のタンパク質含有量とリン脂質含有量との関係を示すグラフである。
図5】ソバ粉の鮮度低下を示す蛍光スペクトルを示すグラフである。
図6】ソバ粉の蛍光スペクトルにおける正規化された分光指数(NDSI)の算出に用いる2波長の組み合わせと、クロロフィル含有量との間の相関係数とを列記した一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態に係るソバ粉の風味評価装置の一例を説明する。図1に示すように、ソバ粉の風味評価装置1(以下、単に「風味評価装置1」と呼ぶ。)は、分析ユニット2と、タブレット端末、パーソナルコンピュータ等の情報処理ユニット3と、これらのユニットを接続するUSB等の電源ラインおよび信号ラインを含む配線ケーブル4とから構成される。
【0017】
分析ユニット2は、ユニットケースとしての暗箱21を備えており、暗箱21の上面には、評価対象のソバ粉を載せるためのソバ粉サンプルカップ22が取り付けられている。暗箱21の内部には垂線を中心として左右対称な状態で、励起光源である一対のLED23が配置されている。各LED23から射出される励起光はショートパスフィルタ24を介して透光性のソバ粉サンプルカップ22に載せたソバ粉を底面側から照射する。励起光を照射することによりソバ粉から発生する励起蛍光は、ロングパスフィルタ25を介して、CMOSイメージセンサを備えた分光器26によって受光され、蛍光スペクトルが測定される。分光器26の演算処理部27を介して、得られた分光情報(蛍光スペクトル)が、入出力端子部28に接続された配線ケーブル4を介して、情報処理ユニット3に送られる。
【0018】
本例のLED23は355nm~405nmの波長帯域の紫外線LEDである。ショートパスフィルタ24によって400nm以上の波長成分がカットされた励起光がソバ粉を照射する。ソバ粉から得られる励起蛍光は、ロングパスフィルタ25を介して、450nm以下の波長成分がカットされて、分光器26の受光面に到達する。
【0019】
情報処理ユニット3は、コンピュータを中心に構成される制御部31、記憶部32、操作入力部33、表示出力部34等を備えている。制御部31には、入出力端子部35に接続された配線ケーブル4を介して、分析ユニット2の側からソバ粉の分光情報が取り込まれる。制御部31において、ソバ粉の励起蛍光分析結果に基づき、ソバ粉の風味が評価される。本例では、風味を評価するために、香りの良さ、味の良さ、鮮度および緑度の4つの指標が採用され、各指標の評価値を算出して表示するようになっている。
【0020】
図2(A)は制御部31の主要機能を示す機能ブロック図であり、この図に示すように、制御部31は、予めインストールされているソバ粉の風味評価用プログラムを実行することにより、抽出部36、算出部37、推定・評価部38、表示制御部39等として機能する。抽出部36は、ソバ粉から得られる蛍光の分光分析結果に基づき、予め設定されている複数の波長帯の蛍光量測定値を抽出する。算出部37は、抽出した測定値からソバ粉の脂質含有量の推定等に用いる複数の分光指数を算出する。推定・評価部38は、算出した分光指数を用いてソバ粉の風味評価の4指標(香りの良さ、味の良さ、鮮度および緑度)の推定・評価を行う。表示制御部39によって、算出された評価値等が、表示出力部34の表示画面40に表示される。
【0021】
図2(B)は、表示出力部34の表示画面40の表示画像の一例を示す説明図である。表示画面40には、測定ボタン41が表示され、その近傍位置の表示欄42には「試料をセットし「測定」を押してください」などの操作案内用のメッセージが表示される。試料であるソバ粉を分析ユニット2のソバ粉サンプルカップ22に載せ、測定ボタン41をクリックすると、分析ユニット2での測定動作が開始される。測定結果は、表示画面40の風味指数表示領域44における香り表示欄、味表示欄、鮮度表示欄および緑度表示欄に、それぞれ0~100までの評価値で表示される。また、風味指数表示領域44の隣には蛍光スペクトル表示領域50が配置されている。この蛍光スペクトル表示領域50には、測定結果であるソバ粉の蛍光スペクトルが表示される。また、風味評価に用いるために設定した4種類の第1~第4波長の表示欄、測定された各波長の蛍光量の表示欄も配置されている。図においては、第1~第4波長の表示欄に、それぞれ、500nm(第1波長)、640nm(第2波長)、685nm(第3波長)および740nm(第4波長)が表示されており、各波長の蛍光量の表示欄にも測定値が表示されている。
【0022】
図3(A)はソバ粉の蛍光スペクトルの一例を示すグラフであり、図3(B)は風味の4指標の算出に用いる計算式を示す一覧表である。図2および図3を参照して、ソバ粉の風味評価装置1において行われる分光指数法によるソバ粉の風味評価手順を説明する。
【0023】
制御部31の抽出部36においては、ソバ粉から得られる励起蛍光の分光分析結果に基づき、予め定めた第1~第4波長の蛍光量の測定値を抽出する。抽出部36では、第1波長帯域である500nmから550nmに含まれる第1波長、本例では500nmの蛍光量である第1測定値Aを抽出する。また、第2波長帯域である波長640nm~650nmに含まれる第2波長、本例では640nmの蛍光量である第2測定値Bを抽出する。さらに、PSII由来の第3波長(波長685nm)の蛍光量である第3測定値C、およびPSI由来の第4波長(波長740nm)の蛍光量である第4測定値Dを抽出する。
【0024】
算出部37においては、第1~第4測定値A~Dから、ソバ粉の風味の評価に用いる複数の分光指数を算出する。本例では、640nmの蛍光量である第2測定値Bを正規化するための基準値として用いて、第1測定値Aと第2測定値Bとの差を正規化した第1分光指数Y、第4測定値Dと第2測定値Bとの差を正規化した第2分光指数Xを算出する。また、第4測定値Dを正規化のための基準値として用いて、第3測定値Cと第4測定値Dとの差を正規化した第3分光指数Vを算出する。
Y=(A-B)/(A+B)
X=(D-B)/(D+B)
V=(C-D)/(C+D)
【0025】
推定・評価部38においては、算出された分光指数X、Y、Vを用いて、ソバ粉の香りの良さ、味の良さ、鮮度および緑度の評価値を算出する。
【0026】
(香りの良さの評価)
まず、香りの良さを評価するために、推定・評価部38では、第1分光指数Yと第2分光指数Xとの相乗平均Zを取り、これを、ソバ粉に含まれる脂質含有量の推定値とする。算出された相乗平均Zを0~100の範囲で変化する評価指数に換算し、これを香り評価値として出力する。
Z=(X・Y)1/2
【0027】
香りの良さの評価指数として、正規化した第1分光指数Yおよび第2分光指数Xの相乗平均Zを用いることについて説明する。
先に述べたように、ソバ粉には香りの元となる脂質が含まれているが、極めて微量であり、これを直接測ることが困難である。本発明者は、ソバの種子に含まれている脂質にはリン脂質と糖脂質とがあり、リン脂質はその殆どが細胞膜、核、微小器官の内部に存在し、糖脂質はその殆どが葉緑体の内部に存在することに着目した。
【0028】
リン脂質が含まれている細胞膜等のタンパク質含有量は、励磁蛍光におけるタンパク質由来の蛍光量(500nmから550nmの波長帯域に含まれる第1波長の蛍光量)から推定可能である。本発明者は、タンパク質含有量の増減に応じてリン脂質含有量も増減し、蛍光量から推定したタンパク質含有量を用いて、間接的にリン脂質含有量を推定できると仮定した。この点を検証するために、ソバ粉のタンパク質含有量とリン含有量との関係を調べたところ、これらの間には有意の相関があることが確認された。
【0029】
図4は、測定により得られたソバ粉(末粉)のタンパク質含有量とリン脂質含有量との関係を示すグラフである。このグラフから、分光分析に基づき推定したタンパク質含有量に基づき、香り成分であるリン脂質含有量を推定可能なことが示された。本例では、分光指数法により、タンパク質由来の第1波長(波長500nm)の蛍光量と第2波長(波長640nm)との差に基づき、ソバ粉のリン脂質の含有量を推定している。
【0030】
一方、植物や藻類の葉緑体では、葉緑体の膜脂質の90%が糖脂質であることが知られている。また、糖脂質が含まれている葉緑体については、葉緑体が多いと葉緑体由来の蛍光量も多くなり、光合成の活性の程度を示す685nm波長のPSII由来の蛍光量あるいは740nm波長のPSI由来の蛍光量も多くなる。本発明者は、PSII由来の波長685nmの蛍光量あるいはPSI由来の波長740nmの蛍光量の増減に応じて葉緑体に含まれる糖脂質含有量も増減し、PSII由来あるいはPSI由来の蛍光量に基づき、間接的に糖脂質含油量を推定できるとの知見を得た。これに基づき、本例では、分光指数法により、PSI由来の第4波長(波長740nm)の蛍光量である第4測定値Dと基準値である640nmの蛍光量である第2測定値Bとの差に基づき、リン脂質含有量を推定している。
【0031】
このようにして推定したリン脂質含有量および糖脂質含有量の相乗平均を取り、これを用いて香りの良さを示す香り評価値を算出している。本発明者等の検証実験によれば、得られた評価値は、ソバ粉の脂質含有量に基づき評価される香りの良さを反映するものであることが確認された。
【0032】
ここで、香りの評価において使用する第1分光指数Y、第2分光指数Xの算出に用いる第1波長と第2波長の組み合わせ、第2波長と第4波長の組み合わせは、それぞれ、目的変数であるリン脂質含有量、糖脂質含有量のそれぞれとの間で適切な相関関係が得られるように、適切に選定することができる。
【0033】
なお、糖脂質含有量の推定に用いる第2分光指数Xの算出のために、第2波長(640nm)の蛍光量である第2測定値Bと、第3波長(685nm)の蛍光量である第3測定値Cとを採用し、次のようにして算出した分光指数を第2分光指数X´として用いることも可能である。
X´=(C-B)/(C+B)
【0034】
(味の良さの評価)
味の良さの評価は、ソバ粉のタンパク質含有量に基づき評価できる。タンパク質由来の第1波長帯域である500nmから550nmに含まれる第1波長、本例では500nmの蛍光量である第1測定値Aと、正規化のための第2波長帯域である波長640nm~650nmに含まれる第2波長、本例では640nmの蛍光量である第2測定値Bとの差を正規化した値である第1分光指数Yに基づき行う。
【0035】
味の良さの評価において使用する第1分光指数Yの算出に用いる第1、第2波長の組み合わせは、本例では、香りの評価に用いた第1、第2波長の組み合わせと同一であるが、異なる波長の組み合わせとすることも可能である。いずれの場合においても、目的変数であるタンパク質含有量との間で適切な相関関係が得られるように選定すればよい。
【0036】
(鮮度の評価)
鮮度の評価は、葉緑体における光合成の活性の程度を示すPSI由来の740nm波長の蛍光量である第4測定値Dに基づき行っている。
【0037】
図5に示すように、ソバにおいて光酸素化酸化障害が生じると、灰色のラインL2で示す励磁蛍光スペクトルが黒色のラインL1で示すように変化し、PSI由来の740nm波長の蛍光量が他の波長成分に比べて大きく低下する。このPSI由来の蛍光量の低下に程度に基づき、ソバ粉の鮮度を評価できる。本例では、PSI由来の蛍光量である740nm波長の蛍光量である第4測定値Dと640nm波長の第2測定値Bとの差を正規化した値である第2分光指数Xに基づき、ソバ粉の鮮度を評価している。
【0038】
使用する第2分光指数Xについても、2つの波長を、目的変数との間で適切な相関関係が得られるように、選定することができる。例えば、第2分光指数Xの算出のために、第2波長(640nm)の蛍光量である第2測定値Bと、第3波長(685nm)の蛍光量である第3測定値Cとを採用して算出した分光指数X´{=(C-B)/(C+B)}を用いることも可能である。
【0039】
(緑度の評価指数)
次に、緑度はソバ粉のクロロフィル含有量に基づき評価できる。クロロフィル含有量は、PSII由来の第3波長(685nm)の蛍光量である第3測定値Cと、PSI由来の第4波長(740nm)の蛍光量である第4測定値Dとの差に対して、負の相関がある。本例では、第4測定値Dを正規化のための基準値として用いて、第3測定値Cと第4測定値Dとの差を正規化した第3分光指数Vを算出し、算出した分光指数Vを用いて、(1-V)の値Wを算出し、これを0~100の範囲で変化する評価指数に換算し、緑度の評価値として出力している。
W=1-V=1-{(C-D)/(C+D)}
【0040】
図6に示す一覧表には、クロロフィル含有量推定のための分光指数Vの算出に用いる第1、第2波長Wi、Wjの組み合わせから算出した正規化分光指数と、クロロフィル含有量との間の相関係数を示してある。685nm及びその近辺の波長と740nm及びその近辺の波長とを用いて算出した正規化分光指数と、クロロフィル含有量との間の相関が高い。最も適切な相関関係が得られる2つの波長の蛍光量を用いることで、精度良くクロロフィル含有量を推定でき、これに基づき、ソバ粉の緑度を適切に評価できる。
【0041】
本例では、鮮度の評価を、第2分光指数Xに基づき行っている。この代わりに、本例において緑度を評価するために用いた値W[=1-{(C-D)/(C+D)}]を使用し、この値Wと鮮度の評価値との間の予め設定した相関に基づき、算出された値Wから鮮度の評価値を求めてもよい。
また、緑度の評価を、第2波長(640nm)の蛍光量である第2測定値Bと、第3波長(685nm)の蛍光量である第3測定値Cとを採用して算出した分光指数X´{=(C-B)/(C+B)}に基づき行ってもよい。この場合は、分光指数X´と緑度の評価値との間の予め設定した相関に基づき、算出された分光指数X´の値から、緑度の評価値が求められる。
【0042】
(評価対象のソバ粉の種類)
なお、本例の風味評価方法は、各種類のソバ粉の風味評価に用いることができるが、特に、玄そば粒を粉砕して得られる玄ソバ粉の風味評価に適している。これは、玄ソバ粉に比べて、石臼などで製粉された一番粉、二番粉等のソバ粉は、子葉の部分が少なく、胚乳のデンプンが多いので(タンパク質や脂質を多く含む部位が取り除かれているので)、葉緑体の中のPSIの蛍光が出にくいからである。
【0043】
以上説明したように、本発明のソバ粉の風味評価方法および装置では、励起蛍光の分析結果に基づき、選定した波長の蛍光量を用いて、ソバ粉の風味を、香り、味、鮮度および緑度の4指標のそれぞれの評価値を算出している。本発明によれば、今まで一般的には行われていなかった客観的な指標に基づくソバ粉の風味評価を、分光分析結果に基づき算出した評価値に基づき行うことができる。よって、大掛かりな設備を用いることなく、ソバ粉の風味評価を客観的に行う簡便な方法および装置を実現できる。
【符号の説明】
【0044】
1 風味評価装置
2 分析ユニット
3 情報処理ユニット
4 配線ケーブル
21 暗箱
22 ソバ粉サンプルカップ
23 LED
24 ショートパスフィルタ
25 ロングパスフィルタ
26 分光器
27 演算処理部
28 入出力端子部
31 制御部
32 記憶部
33 操作入力部
34 表示出力部
35 入出力端子部
36 抽出部
37 算出部
38 推定・評価部
39 表示制御部
40 表示画面
41 測定ボタン
42 表示欄
44 風味指数表示領域
50 蛍光スペクトル表示領域
51~54 測定蛍光強度の表示欄
図1
図2
図3
図4
図5
図6