(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023133104
(43)【公開日】2023-09-22
(54)【発明の名称】軟磁性線材および軟磁性棒鋼ならびに軟磁性部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230914BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230914BHJP
H01F 1/14 20060101ALI20230914BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230914BHJP
H01F 1/33 20060101ALI20230914BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20230914BHJP
C21D 9/52 20060101ALN20230914BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20230914BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C22C38/60
H01F1/14 130
H01F1/147
H01F1/33
C21D8/06 A
C21D9/52 103B
C21D6/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022186848
(22)【出願日】2022-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2022037304
(32)【優先日】2022-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】池田 憲史
【テーマコード(参考)】
4K032
4K043
5E041
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
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4K032AA36
4K032BA02
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4K043AA02
4K043AB01
4K043AB03
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4K043AB27
4K043AB29
4K043AB30
4K043BA01
4K043BA03
4K043BA04
4K043BB01
4K043DA05
5E041AA11
5E041AA19
5E041BC01
5E041CA04
5E041NN02
(57)【要約】
【課題】多量に合金元素を添加することなく、磁気特性、冷間鍛造性および耐食性に優れた軟磁性線材または棒鋼ならびにこれらを用いた軟磁性部品を提供する。
【解決手段】C:0.075質量%以下、Si:1.00質量%以下、Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下、P:0.100質量%以下、S:0.100質量%以下、Cu:1.00質量%以下、Ni:1.00質量%以下、Cr:1.00質量%以下、Al:0.030質量%未満、N:0.0200質量%以下、およびSn:0.002質量%以上、0.050質量%以下、を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、フェライトを面積率で80%以上含み、当該フェライトの結晶粒度番号が5.0以下であり、ビッカース硬さがHV140以下である軟磁性線材または棒鋼である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.075質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下、
P :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.030質量%未満(0質量%を含む)、
N:0.0200質量%以下(0質量%を含む)、および
Sn:0.002質量%以上、0.050質量%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
フェライトを面積率で80%以上含み、当該フェライトの結晶粒度番号が5.0以下であり、
ビッカース硬さがHV140以下である軟磁性線材または棒鋼。
【請求項2】
以下の(a)~(d)の1つまたは2つ以上を満足する請求項1に記載の軟磁性線材または棒鋼。
(a)Si含有量が0.50質量%以下(0質量%を含む)
(b)Mo:1.00質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有
(c)Ti:0.100質量%以下(0質量%を含まず)、V:0.100質量%以下(0質量%を含まず)およびNb:0.100質量%以下(0質量%を含まず)から成る群から選択される1種または2種以上を更に含有
(d)B:0.0050質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有
【請求項3】
フェライトを面積率で90%以上含む請求項1または2に記載の軟磁性線材または棒鋼。
【請求項4】
C :0.075質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下、
P :0.100質ある量%以下(0質量%を含む)、
S :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.030質量%未満(0質量%を含む)、
N:0.0200質量%以下(0質量%を含む)、および
Sn:0.002質量%以上、0.050質量%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
フェライトを面積率で80%以上含み、当該フェライトの結晶粒度番号が5.0以下であり、
ビッカース硬さがHV140以下である軟磁性鋼部品。
【請求項5】
以下の(a)~(d)の1つまたは2つ以上を満足する請求項4に記載の軟磁性鋼部品。
(a)Si含有量が0.50質量%以下(0質量%を含む)
(b)Mo:1.00質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有
(c)Ti:0.100質量%以下(0質量%を含まず)、V:0.100質量%以下(0質量%を含まず)およびNb:0.100質量%以下(0質量%を含まず)から成る群から選択される1種または2種以上を更に含有
(d)B:0.0050質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有
【請求項6】
フェライトを面積率で90%以上含む請求項4または5に記載の軟磁性鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、軟磁性線材および軟磁性棒鋼ならびに軟磁性部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の省エネルギー化に対応して、自動車等の電装部品(特に電磁部品)の多くでは省電力化と精緻制御化が求められている。特に磁気回路を構成する鋼材には、磁気特性として、弱い外部磁界で容易に磁化し且つ保磁力が小さいことが要求される。
【0003】
上記鋼材として通常は、鋼材内部の磁束密度が外部磁界に応答し易い軟磁性鋼材が使用される。上記軟磁性鋼材として具体的には、例えばC量が約0.1質量%以下の極低炭素鋼(純鉄系軟磁性材料)などが用いられる。軟磁性鋼材の形態として、板材(電磁鋼板)、線材および棒鋼が一般的に広く用いられている。この中で、板材は比較的簡便な加工を施して電磁部品として用いる軟磁性部品を得ることが多い。一方、線材または棒鋼を加工して軟磁性部品を得る場合、線材または棒鋼に熱間圧延を施した後、二次加工工程、すなわち、酸洗い、潤滑処理および引抜加工等を行って得た鋼線に、部品成型(鍛造、切削)および磁気焼鈍等を順次施すことが多い。また、近年は製造コストを低減するという観点から、線材・棒鋼を冷間鍛造により成型して軟磁性部品を得ることが多く、更なる複雑形状化、高寸法精度、鍛造時の製造コスト低減が要求されており、軟磁性線材または棒鋼には、冷間鍛造時の変形抵抗が小さいことが要望されている。
【0004】
更に、電磁部品は、使用環境によっては耐食性を要求される。この耐食性が要求される部位には電磁ステンレス鋼が使用されている。電磁ステンレス鋼は、磁気特性と耐食性を兼ね備えた特殊鋼であり、用途は、センサ、アクチュエータ、モータ等の磁気回路を活用した部品および腐食環境で使用される電磁部品などが挙げられる。
【0005】
上記の電磁ステンレス鋼として、従来13Cr系電磁ステンレス鋼が用いられており、例えば特許文献1では、13Cr系電磁ステンレス鋼の冷間鍛造性および被削性を改善する手法が示されている。
【0006】
一方、例えば特許文献2および特許文献3は、極低炭素鋼において、成分および鋼中の硫化物の分散状態を制御することによって、磁気特性を低下させずに強度および被削性を向上させることを開示している。
特許文献4は、耐食性と磁気特性を両立した鋼材およびその製造方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平06-228717号公報
【特許文献2】特開2010-235976号公報
【特許文献3】特開2007-46125号公報
【特許文献4】特開2014-198874公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1が開示する13Cr系電磁ステンレス鋼は、難加工性であり極低炭素鋼のような優れた冷間鍛造性を得ることが困難である。また、合金元素が多いことに起因して材料価格が高く、合金元素の価格高騰時には連動して材料価格が大きく上昇する、および材料供給が困難になるといった問題もある。
また、特許文献2および3が開示する極低炭素鋼では耐食性が必要となる場合についてまで検討されておらず、十分な耐食性を得ることができない虞がある。
【0009】
特許文献4が開示する鋼材では、表層酸化被膜中に非晶質層を形成することにより、優れた耐食性と磁気特性の両立を図っているが、1質量%以上のSiを添加することが必要であり、冷間鍛造時の変形抵抗が高い、すなわち冷間鍛造性が劣るという問題がある。
【0010】
本開示は、このような状況に鑑みてなされたものであり、多量に合金元素を添加することなく、磁気特性、冷間鍛造性および耐食性の何れも向上させた軟磁性線材または軟磁性棒鋼ならびに軟磁性部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の態様1は、
C :0.075質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下、
P :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.030質量%未満(0質量%を含む)、
N:0.0200質量%以下(0質量%を含む)、および
Sn:0.002質量%以上、0.050質量%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
フェライトを面積率で80%以上含み、当該フェライトの結晶粒度番号が5.0以下であり、
ビッカース硬さがHV140以下である軟磁性線材または棒鋼である。
【0012】
本発明の態様2は、Si含有量が0.50質量%以下(0質量%を含む)である態様1に記載の軟磁性線材または棒鋼である。
【0013】
本発明の態様3は、Mo:1.00質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有する態様1または2記載の軟磁性線材または棒鋼である。
【0014】
本発明の態様4は、Ti:0.100質量%以下(0質量%を含まず)、V:0.100質量%以下(0質量%を含まず)およびNb:0.100質量%以下(0質量%を含まず)から成る群から選択される1種または2種以上を更に含有する態様1~3のいずれかに記載の軟磁性線材または棒鋼である。
【0015】
本発明の態様5は、B:0.0050質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有する態様1~4のいずれかに記載の軟磁性線材または棒鋼である。
【0016】
本発明の態様6は、フェライトを面積率で90%以上含む態様1~5のいずれかに記載の軟磁性線材または棒鋼である。
【0017】
本発明の態様7は、
C :0.075質量%以下(0質量%を含む)、
Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下、
P :0.100質ある量%以下(0質量%を含む)、
S :0.100質量%以下(0質量%を含む)、
Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む)、
Al:0.030質量%未満(0質量%を含む)、
N:0.0200質量%以下(0質量%を含む)、および
Sn:0.002質量%以上、0.050質量%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなり、
フェライトを面積率で80%以上含み、当該フェライトの結晶粒度番号が5.0以下であり、
ビッカース硬さがHV140以下である軟磁性鋼部品である。
【0018】
本発明の態様8は、Si含有量が0.50質量%以下(0質量%を含む)である態様7に記載の軟磁性線鋼部品である。
【0019】
本発明の態様9は、Mo:1.00質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有する態様7または8記載の軟磁性鋼部品である。
【0020】
本発明の態様10は、Ti:0.100質量%以下(0質量%を含まず)、V:0.100質量%以下(0質量%を含まず)およびNb:0.100質量%以下(0質量%を含まず)から成る群から選択される1種または2種以上を更に含有する態様7~9のいずれかに記載の軟磁性鋼部品である。
【0021】
本発明の態様11は、B:0.0050質量%以下(0質量%を含まず)を更に含有する態様7~10のいずれかに記載の軟磁性鋼部品である。
【0022】
本発明の態様12は、フェライトを面積率で90%以上含む態様7~11のいずれかに記載の軟磁性鋼部品である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の1つの実施形態によれば、多量に合金元素を添加することなく、磁気特性(低保磁力)、冷間鍛造性および耐食性の何れも向上させた、軟磁性線材または軟磁性棒鋼ならびに軟磁性部品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した。その結果、本発明者らは、化学成分組成を適切に調整し、さらに金属組織についてフェライト分率を面積率で80%以上とし、且つ当該フェライトの結晶粒度番号5.0以下とし、ビッカース硬さをHV140以下とすることで多量に合金元素を添加することなく、優れた磁気特性、優れた冷間鍛造性および優れた耐食性の何れも実現できることを見出した。
以下、本発明の実施形態で規定する各要件について詳細に説明する。
【0025】
1.化学組成
本発明の実施形態では、軟磁性線材または軟磁性棒鋼ならびに軟磁性部品(「軟磁性鋼部品」ともいう)を対象とする。以下に、化学成分組成について説明する。本発明の実施形態に係る線材、棒鋼および軟磁性部品の化学組成は以下に説明するように添加元素の含有量が少ないことから、製造コストを抑えることができる。
なお、本明細書において「線材」および「棒鋼」は、好ましい実施形態では長手方向に垂直な断面の形状が円であるが、これに限定されるものではなく例えば正方形または正六角形を含む多角形等の円以外の形態であってもよい。なお、断面形状が円形でない場合、断面内での長手方向と短手方向の比は2以下である。線材の場合、その直径(断面が円形以外の形状の場合は円相当径)は特に限定されないが、例えば3.0mm~55mmである。また、棒鋼の場合、その直径(断面が円以外の形状の場合は円相当径)は特に限定されないが、例えば18mm~105mmである。
【0026】
[C:0.075質量%以下(0質量%を含む)]
Cは、鋼材の強度と延性のバランスを支配する元素であり、添加量を低減するほど強度は低下し、延性は向上する。C含有量を低減するため真空脱ガス処理等を実施するが、通常の鋼の製造工程ではC量を完全にゼロとすることは困難であり、通常不純物として0.001~0.010質量%程度含まれている。磁気特性は、強磁性体であるフェライト分率が多いほど良好である。C量が過多になると、フェライト粒径が小さくなり、結晶粒界が磁壁移動の妨げとなるため、磁気特性が悪化する。C量がより過多(例えば0.100質量%以上)になると、フェライト面積率が著しく減少するとともにセメンタイト析出も促進し、セメンタイトが磁壁移動の妨げとなるため、磁気特性が悪化する。また、C量が多過ぎると、割れの起点となるセメンタイトの析出が過剰となり、冷間鍛造性が低下する。さらにセメンタイトは腐食環境下で局部電池として作用するため、C量が過多で、セメンタイト量が増え過ぎると耐食性が悪化する。そこで、C量の上限は0.075質量%と定めた。C量は、好ましくは0.060質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下である。C量が0.075質量%以下である限りCは意図的に添加されてもよい。
【0027】
なお、本明細書において「0質量%を含まず」とは、当該元素が意図的に添加されていること、すなわち不純物レベルを超える量が含有されていることを意味する。一方、本明細書において「0質量%を含む」とは、意図的に添加しない実施形態、すなわち不可避不純物レベルまたはそれ以下の含有量である場合を包含する(意図的に添加した場合を排除するものではない)ことを意味する。
【0028】
[Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)]
Siは、磁気特性を向上させる効果をもたらす。上記効果を有効に発揮するためにSiを添加してもよい(すなわち、0質量%を含まず)。しかし、Siは必須の元素ではなく要求される磁気特性を満足できるのであれば意図的に添加しなくてもよい(すなわち、0質量%を含む)。Siは溶製時に脱酸剤として用いられることもある。通常の鋼の製造工程ではSi量を完全にゼロとすることは困難であり、通常、不純物として0.005~0.01質量%程度含まれている。Siが過剰に含まれると、磁気特性および冷間鍛造性は低下する。このためSi量の上限は1.00質量%と定めた。Si量は、好ましくは0.75質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下であり、更に好ましくは0.30質量%以下である。
【0029】
[Mn:0.10質量%以上、1.00質量%以下]
Mnは、脱酸材として有効に作用する。さらに、Mnは、鋼材中に含まれるSと結合してMnS析出物として微細分散することで、切削加工の際に生じる切屑のチップブレーカーとなり、被削性の向上に寄与する。こうした作用を有効に発揮させるため、Mn量を0.10質量%以上と定めた。Mn量は、好ましくは0.15質量%以上であり、より好ましくは0.20質量%以上である。Mn量が多過ぎると、磁気特性および冷間鍛造性が悪化するため、Mn量は1.00質量%以下と定めた。Mn量は、好ましくは0.75質量%以下であり、より好ましくは0.50質量%以下である。
【0030】
[P:0.100質量%以下(0質量%を含む)]
Pは、鋼材中で粒界偏析を起こして磁気特性及び冷間鍛造性を悪化させる元素であり、不可避不純物である。よってP量を0.100質量%以下に抑えて磁気特性の改善を図る。P量は、好ましくは0.075質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下である。P量は少なければ少ないほど好ましいが、通常0.005質量%程度含まれる。
【0031】
[S:0.100質量%以下(0質量%を含む)]
Sは、鋼材中で粒界偏析を起こして、磁気特性および冷間鍛造性を悪化させる元素であり、不可避不純物である。よってS量を0.100質量%以下に抑えて磁気特性の改善を図る。S量は、好ましくは0.075質量%以下であり、より好ましくは0.050質量%以下である。S量は少なければ少ないほど好ましいが、通常0.005~0.010質量%程度含まれる。
【0032】
[Cu:1.00質量%以下(0質量%を含む)]
Cuは耐食性を向上させる元素である。上記効果を有効に発揮するためにCuを添加してもよく、また意図的な添加を行わなくてよいことから0質量%を含む。換言すれば下限は0質量%である。Cuを意図的に添加する場合、Cu含有量は好ましくは0.03質量%以上である。より好ましくは0.05質量%以上である。しかし、Cuが過剰に含まれているとFe母相の磁気モーメントが低下し、十分な磁気特性が得られないため、Cu量は1.00質量%以下とする。Cu量は好ましくは0.50質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下であり、更に好ましくは0.10質量%以下である。なお、添加を行わない場合でも、不純物レベルとして通常、Cuが0.01質量%程度含まれる。
【0033】
[Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)]
Niは耐食性を向上させる元素である。上記効果を有効に発揮するためにNiを添加してもよく、また意図的な添加を行わなくてよいことから0質量%を含む。換言すれば下限は0質量%である。Niを意図的に添加する場合、Ni含有量は好ましくは0.03質量%以上である。より好ましくは0.05質量%以上である。しかし、Niが過剰に含まれているとFe母相の磁気モーメントが低下し、十分な磁気特性が得られないため、Ni量は1.00質量%以下とする。Ni量は好ましくは0.50質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下であり、更に好ましくは0.10質量%以下である。なお、添加を行わない場合でも、不純物レベルとして通常、Niが0.01質量%程度含まれる。
【0034】
[Cr:1.00質量%以下(0質量%を含む)]
Crは耐食性を向上させる元素である。上記効果を有効に発揮するためにCrを添加してもよく、また意図的な添加を行わなくてよいことから0質量%を含む。換言すれば下限は0質量%である。Crを意図的に添加する場合、Cr含有量は好ましくは0.03質量%以上である。より好ましくは0.05質量%以上である。しかし、Crが過剰に含まれているとFe母相の磁気モーメントが低下し、十分な磁気特性が得られないため、Cr量は1.00質量%以下とする。Cr量は好ましくは0.50質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下であり、更に好ましくは0.10質量%以下である。なお、添加を行わない場合でも、不純物レベルとして通常、Crが0.01質量%程度含まれる。
【0035】
[Al:0.030質量%未満(0質量%を含む)]
Alは、Fe母相の磁気モーメントを低下させ、磁気特性を低下させる元素である。更にAlは鋼材中のNと化合してAlNを形成し得る不可避不純物である。形成されたAlNは、焼鈍工程において結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として作用するため、Al磁壁移動の障害となる結晶粒界を増加させて、磁気特性を低下させる。また、結晶粒成長抑制に伴うフェライト結晶粒微細化によって、冷間鍛造性も悪化する。従って、Al量は0.030質量%未満と定めた。より優れた磁気特性を発揮するためには、Al量は0.025質量%以下が好ましく、より好ましくは0.020質量%以下である。Al量は少なければ少ないほど好ましいが、通常0.001質量%程度含まれる。
【0036】
[N:0.0200質量%以下(0質量%を含む)]
Nは不可避的に含まれる不純物であり、鋼中に固溶してひずみ時効効果を生じ、冷間鍛造性が悪化する。またN量が多いと、窒化物が生成し、焼鈍工程において結晶粒成長を抑制するピン止め粒子として作用するため、磁壁移動の障害となる結晶粒界を増加させて、磁気特性を低下させる。こうしたことを考慮し、N量の上限は0.0200質量%とした。N量は好ましくは0.0150質量%以下であり、より好ましくは0.0100質量%以下である。N量は少なければ少ないほど好ましいが、通常0.0010質量%程度含まれる。
【0037】
[Sn:0.002質量%以上、0.050質量%以下]
Snは、本発明の実施形態において特に重要な元素である。本発明の実施形態に係る線材および棒鋼ならびに軟磁性部品のような成分含有量の少ない純鉄系ベースの成分系では、元素拡散がしやすく、微量のSnでも、表層にSn系酸化被膜を生成し、著しい耐食性向上効果を発揮する。ただし、Sn量が少な過ぎると、Sn系酸化被膜の生成が不十分なため、十分な耐食性を得ることができない。そのため、Sn量は、0.002質量%以上とした。Sn量は好ましくは0.004質量%以上であり、より好ましくは0.006質量%以上であり、更に好ましくは、0.010質量%以上である。またSn量が多いと冷間鍛造性が低下する。こうしたことを考慮し、Sn量の上限は0.050質量%とした。Sn量は、好ましくは0.045質量%以下であり、より好ましくは0.040質量%以下である。
【0038】
本明細書の実施形態に係る線材および棒鋼ならびに軟磁性部品の基本成分は上記のとおりであり、好ましい実施形態の1つでは、残部は鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、As、Sb、Ca、O、H等)の混入が許容される。
なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0039】
・その他の選択的元素
さらに、本発明の別の好ましい実施形態では、本発明の実施形態に係る作用を損なわない範囲で必要に応じて上述した以外の元素を含有させてよい。そのような選択的元素の例を以下に示す。含有される成分に応じて鋼の特性が更に改善される。
【0040】
[Mo:1.00質量%以下(0質量%を含まず)]
Moは耐食性を向上させる元素である。この効果を有効に発揮するためにMoを添加してよい。すなわち、Mo量は0質量%を含まず、換言すれば下限を0質量%超としてよい。Mo量は、好ましくは0.01質量%以上である。しかし、Moが過剰に含まれていると、Fe母相の磁気モーメントが低下して、磁気特性が低下するため、Mo量は、1.00質量%以下としてよい。Mo量は、好ましくは0.50質量%以下、より好ましくは0.30質量%以下、更に好ましくは、0.10質量%以下である。
【0041】
[Ti:0.100質量%以下(0質量%を含まず)、V:0.100質量%以下(0質量%を含まず)およびNb:0.100質量%以下(0質量%を含まず)から成る群から選択される1種または2種以上]
Ti、VおよびNbは、炭化物生成元素であり、炭化物を生成し、固溶Cを低減するため、磁気特性の向上およびひずみ時効抑制による冷間鍛造性の向上に有効である。このため、Ti、VおよびNbから成る群から選択される1種または2種以上を添加してよい。すなわち、Ti、VおよびNbから成る群から選択される1種または2種以上について、0質量%を含まず、換言すれば下限を0質量%超としてよい。Ti、VおよびNbのそれぞれの元素について、添加する場合、その含有量は好ましくは、0.005質量%以上である。Ti、VおよびNbのそれぞれについて過剰に含まれていると、炭化物によるピンニング効果により、結晶粒成長が阻害され、磁気特性が低下する。従って、Ti、VおよびNbのそれぞれの元素について、添加する場合、その含有量は0.100質量%以下、好ましくは、0.075質量%以下、より好ましくは、0.050質量%以下である。
【0042】
[B:0.0050質量%以下(0質量%を含まず)]
Bは、鋼材中のNと結合してBNを形成し、固溶Nを低減させることにより、磁気特性向上およびひずみ時効抑制による冷間鍛造性の向上を図れる元素である。この効果を有効に発揮するためにBを添加してよい。すなわち、B量は0質量%を含まず、換言すれば下限を0質量%超としてよい。B量は好ましくは0.0005質量%以上である。Bが過剰に含まれるとFe2B等の化合物が粒界に析出して磁気特性を悪化させる。このためBを添加する場合、B量は0.0050質量%以下とする。B量は、好ましくは0.0040質量%以下であり、より好ましくは0.0030質量%以下である。なお、Bは不純物として通常0.0003質量%程度含まれる。
【0043】
2.金属組織
[フェライトの面積率80%以上]
Fe母相の磁気モーメントを増大させるため、強磁性体であるフェライト組織を多く含む必要がある。また、フェライト組織の割合が小さいと、冷間鍛造性も悪化する。このため、本発明の実施形態に係る線材および棒鋼ならびに軟磁性部品の金属組織は、フェライト組織の割合(フェライト分率)を面積率で80.0%以上とする。フェライト組織の面積率は好ましくは90.0%以上であり、より好ましくは95.0%以上、更に好ましくは、96.0%以上である。
【0044】
なお、フェライト以外の組織を含む場合、そのような組織として球状セメンタイト、パーライトおよびベイナイトを例示できる。念のため、付け加えるとパーライトが存在する場合、パーライト中の層状のフェライトは上記のフェライトの面積率に含まれない。
【0045】
[フェライトの結晶粒度番号が5.0以下]
線材および棒鋼ならびに軟磁性部品の結晶粒径が小さ過ぎると、結晶粒界が磁壁の移動を阻害する影響が大きくなり、磁気特性の低下を招く。そのため、結晶粒径を大きくし、結晶粒界の存在密度を低減する必要がある。このため、本発明の実施形態に係る線材および棒鋼ならびに軟磁性部品はフェライト結晶粒度番号が5.0以下である。フェライト結晶粒度番号は、好ましくは4.5以下である。より高い磁気特性を実現する観点からは結晶粒径は大きいほど良いが、非常に大きな結晶粒径を得るのは工業生産上困難である他、極端に結晶粒が粗大化すると延性および靭性が低下して冷間鍛造性が悪化するため、フェライト結晶粒度番号は好ましくは-3.0以上であり、より好ましくは-1.0以上、さらに好ましくは、0.0以上である。
なお、結晶粒度番号は、日本工業規格 G0511(JIS G0511)に準じた測定により求めることができる。また、念のため、付け加えるとパーライトが存在する場合、パーライト中の層状のフェライトは上記のフェライトの結晶粒度番号測定の対象に含まれない。
【0046】
3.ビッカース硬さ
熱間加工および冷間加工により付与される加工ひずみは、磁気特性を劣化させる。本発明者らはこの加工ひずみ量に対応した特性としてビッカース硬さを制御することで優れた磁気特性を得ることができることを見出した。具体的には本発明に係る実施形態の成分系においては、ビッカース硬さをHV140以下とすることで優れた磁気特性を得ることができる。ビッカース硬さがHV140を超えると加工ひずみ量が多いことに対応して磁気特性が悪化する。ビッカース硬さは好ましくは、HV130以下、より好ましくはHV120以下、更に好ましくはHV115以下である。
【0047】
ビッカース硬さは、線材または棒鋼の特性を代表する位置であるD/4位置(表面から中心に向かって直径Dの4分の1の距離にある位置。断面形状が円形でない場合、Dは円相当径)で測定する。JIS Z2224に従い、隣りあった圧痕の距離を3d(d:圧痕の対角線長さ)以上を離して測定した3点の平均を算出しビッカース硬さとする。なお、荷重は1kgf(9.81N)とする。
【0048】
4.製造方法
本発明の実施形態に係る軟磁性線材または棒鋼は、以下に示すように、所定の温度域で所定の熱間圧延または熱間鍛伸を行った後に所定の条件で冷却を行うことで製造することができる。
【0049】
まず、上記の成分組成を満足するように製鋼原料を溶融して得た溶鋼を鋳造し鋳造材を得る。鋳造材を得る方法は線材および棒鋼の製造に用いられている通常の方法を用いてよい。鋳造は鋳塊を得るようにバッチ処理で行ってもよく、また連続鋳造により行ってもよい。また、鋳造材は必要に応じて面削等の加工を施してよい。
次に得られた鋳造材を950℃~1250℃に加熱した後、950℃以上で熱間圧延または熱間鍛伸を行い、所望の形状を得た後、平均冷却速度0.1℃/秒~10℃/秒で500℃まで冷却する。500℃より低い温度域での冷却は任意の速度で行ってよい。
これにより、所定の面積率および所定の結晶粒度番号のフェライト組織および所定のビッカース硬さを得ることができる。
【0050】
本明細書において線材または棒鋼は、上述の通り、長手方向に垂直な断面の形状が円(上述のように円以外の断面形状であってもよい)であるものを含む。このような線材または棒鋼は上述の熱間圧延または熱間鍛伸により得ることができるが、これに加えて、熱間圧延または熱間鍛伸後にさらに冷間引抜加工等の冷間加工を行うことで所望の形状を得たものも本発明の「鋼線」または「棒鋼」に包含される。ただし、過度な冷間加工はフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが大きくなるため、好ましい加工条件として冷間加工率(例えば冷間引抜加工率)20%以下を例示できる。しかしながら同じ冷間加工率であっても加工速度、加工温度等の加工条件によって導入されるひずみ量が異なるため冷間加工率が20%を超えても所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが得られる場合がある点は留意されたい。
【0051】
所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが得られない場合、必要に応じて磁気焼鈍を行って所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さを得てよい。磁気焼鈍後の線材・棒鋼として、熱間圧延または熱間鍛伸後に磁気焼鈍を施すもの、熱間圧延または熱間鍛伸後に、冷間引抜加工を施し、磁気焼鈍を施すものが挙げられる。磁気焼鈍は、下記の「4.軟磁性鋼部品」の磁気焼鈍条件として記載の条件で実施するのが好ましい。最終的に得られた線材および棒鋼が所望のフェライト面積率および所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが得られるのであれば、冷間引抜加工の際に中間焼鈍を施してもよい。
【0052】
なお、線材および棒鋼の直径が小さくなるほど、冷間引抜加工が必要で且つ冷間引抜加工率が高くなることから、より確実に磁気焼鈍および中間焼鈍を行う必要が生ずる。とりわけ、直径が3.0mm未満となると焼鈍回数(磁気焼鈍と中間焼鈍の合計回数)が増加する。このため本発明の実施形態に係る線材および棒鋼はその直径または円相当径が3.0mm以上であることが好ましい。
【0053】
5.軟磁性鋼部品
本発明の実施形態に係る線材および棒鋼を用い、これを加工および磁気焼鈍の一方または両方を行うことで軟磁性鋼部品を得ることができる。しかしこれに限定されるものではない。本発明の実施形態に係る線材および棒鋼で規定した上述の化学組成、フェライト面積率、フェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さHVを有する限り、他の鋼材、とりわけ他の線材または棒鋼を用いて得ることができる。このようにして得た軟磁性鋼部品も本発明の技術的範囲に包含される。線材または棒鋼を用いて得た軟磁性鋼部品は軸方向に垂直な断面において(例えば、複数の断面を観察した場合にその1つ以上において)、外周が円形または円形の一部が変形した形状であることが多い。ただし、これは全ての線材または棒鋼を用いて得た軟磁性鋼部品の有する特徴ではなく、この特徴を有しないものもある。
【0054】
軟磁性鋼部品としては、例えば自動車、電車および船舶などを対象とする各種電磁部品を挙げることができ、これらは電磁弁、ソレノイドおよびリレー等の鉄心材、磁気シールド材、アクチュエータ部材、モータ・センサー部材を含む。
【0055】
軟磁性鋼部品を得るために本発明の実施形態に係る軟磁性線材または軟磁性棒鋼を用いて所望の部品形状に成形してする場合、これを冷間鍛造し、必要に応じて冷間鍛造後に磁気焼鈍を行うことで軟磁性鋼部品を得てよい。また、本発明の実施形態に係る軟磁性線材および軟磁性棒鋼と異なるが化学組成は満足する線材または棒鋼を用いる場合、冷間鍛造および冷間鍛造後の磁気焼鈍を行うことで本発明の実施形態に係る軟磁性鋼部品を得てよい。冷間鍛造率(冷間鍛造の加工率)が大きくなるとフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが増加するため、冷間鍛造率は20%以下とすることが好ましい。なお、冷間鍛造後に所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが得られない場合は、以下に記載の条件で磁気焼鈍を実施してよい。また、最終的に得られた軟磁性部品が所望のフェライト面積率、所望のフェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さが得られるのであれば、冷間鍛造加工の際に中間焼鈍を実施してよい。
【0056】
磁気焼鈍の条件として、700℃~1000℃の温度で1時間~5時間保持することを例示できる。この条件では磁気特性を劣化させるひずみを除去することもできる。保持後の冷却速度は特に限定しないが、結晶粒成長促進およびひずみ除去(ビッカース硬さ低減)のため、400℃まで平均冷却速度500℃/時間以下で冷却するのが好ましい。この場合、400℃未満の温度域での冷却速度は結晶粒成長および冷却に伴う熱ひずみ対し、実質的に影響を及ばさないことから特に限定しないが、生産性の観点から空冷または急冷が好ましい。雰囲気については、特に限定はしないが、窒素、アルゴンまたは水素等の不活性ガス雰囲気で処理することが好ましい。
【0057】
磁気焼鈍後に、軟窒化処理またはめっき処理等の表面処理を施しても、フェライト面積率およびフェライト結晶粒度番号は、変化しないため、所望のビッカース硬さを満足する限り、必要に応じ、これらの処理を実施してもよい。
【0058】
軟磁性鋼部品のフェライトを面積率、フェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さの測定は部品表面から部品内部に向かって、部品表面に垂直な方向で最も長い横断線のD’/4位置(D’は、断面において最も長い横断線の長さ)で測定すればよい。
【実施例0059】
表1に示す化学組成を有する供試材を通常の溶製法で溶製した後、鋳造材を得た。得られた鋳造材を1100℃に加熱した後、1100℃で熱間鍛伸し、続いて500℃までの平均冷却速度が0.9℃/秒で10分冷却して、サンプルNo.1~10については直径10mmの線材をサンプルNo.11、12については直径12mmの線材を製造した。No11、12については、この熱間鍛伸後、冷間引抜を施し、1パスで直径10mmの線材サンプルとした(引抜加工率:約30%)。サンプルNo.6については、更に、850℃まで加熱し3時間保持し、400℃まで平均冷却速度100℃/時間で冷却する磁気焼鈍を行った。サンプルNo.12については、更に、550℃まで加熱し30分保持し、窒素ガスで急速冷却する磁気焼鈍を行った。
なお、サンプルNo.4、No.6およびNo.12は同じ組成であるが表2に示すように磁気焼鈍の有無および磁気焼鈍の条件が異なる。
Si量について、サンプルNo.7および8は意図的に添加したものであり、その他のサンプルは不純物レベルである。Cu、Ni、Cr、Mo、VおよびNbそれぞれの元素の量について、サンプルNo.9は意図的に添加したものであり、その他のサンプルは不純物レベルである。TiおよびBそれぞれの元素の量について、サンプルNo.9および10は意図的に添加したものであり、その他のサンプルは不純物レベルである。
【0060】
【0061】
それぞれのサンプルについて、以下に示す条件で、フェライト面積率(フェライト分率)およびフェライト結晶粒度の測定、ビッカース硬さの測定、保磁力測定、耐食性評価試験ならびに冷間鍛造性評価試験を実施した。
【0062】
(フェライト面積率の測定)
各サンプルの横断面(軸線に垂直な断面)を鏡面研磨した後、ナイタールエッチングによって金属組織を現出させた。横断面のD/4(D:線材サンプルの直径)の位置を、光学顕微鏡にて50~100倍で3視野(1視野の大きさは縦950~1200μm、横1900~2400μm)撮影した。撮影した写真に対し、等間隔の10本の縦線と、等間隔の10本の横線を、格子状になるように引いた。これにより、縦線と横線の交点を100個形成した。100個の交点のうち、フェライト上に位置する交点の数(フェライトの点数)を計測し、フェライトによる交点の占有率よりフェライト面積率を算出した。3枚の写真(3視野)のそれぞれにおいて同様の作業を行い、それぞれの視野におけるフェライト面積率(%)の平均値をそのサンプルのフェライト面積率とした。
【0063】
(フェライト結晶粒度番号)
上記それぞれのサンプルについて日本工業規格G0511(JIS G0511)に準じて3視野の写真それぞれについて結晶粒度番号を求め、その平均値をそのサンプルのフェライト結晶粒度番号の値とした。
【0064】
(ビッカース硬さ測定)
それぞれのサンプルのD/4位置(直径Dが10mmであることから表面から2.5mmの位置)で測定した。JIS Z2224に従い、荷重は1kgf(9.81N)で、隣りあった圧痕の距離が3d(d:圧痕の対角線長さ)以上を離れるように3点測定し、この3点の値の平均値をビッカース硬さとした。
【0065】
(保磁力測定)
磁気特性評価として各サンプルの保磁力を測定した。測定は、自動計測保磁力計Hcメーター(東北特殊鋼株式 会社製 K-HC1000)を用いて行った。各サンプルからから、φ8.0mm×40.0mmの測定用サンプルを2個ずつ切削加工(加工前のφ10mm線材サンプルと中心線が一致するようにφ8.0mmに切削加工)で作製し、各測定用サンプルについて3回ずつ測定し、測定結果の平均値を算出し、それぞれのサンプルの保磁力とした。保磁力の測定に際して円柱形状の測定用サンプルの軸方向と磁化方向が平行になるように磁場を印加した。保磁力が100A/m未満であれば磁気特性が良好であると判定した。
【0066】
(耐食性評価試験)
それぞれのサンプルからφ5.0mm×20.0mmの耐食性評価試験用サンプルを切削加工(加工前のφ10mm線材サンプルと中心線が一致するようにφ5.0mmに切削加工)で作製した。これらの耐食性評価試験用サンプルについて、1%H2SO4水溶液を用いたビーカーテストにて、水溶液を撹拌しながら室温で24時間(Hr)浸漬した。そして試験後腐食減量測定を行った。浸漬前後の試験片の質量変化量を試験片の初期表面積で割った値を「腐食減量」として求めた。
腐食減量が70g/m2以下であれば耐食性が良好であると判定した。
【0067】
(冷間鍛造性評価試験)
それぞれのサンプルからφ8.0mm×12.0mmの冷間鍛造試験用サンプルを切削加工(加工前のφ10mm線材サンプルと中心線が一致するようにφ8.0mmに切削加工)で作製した。この冷間鍛造性試験用サンプルに、鍛造プレスを用い、室温にて、ひずみ速度5/秒~10/秒で、加工率80%の冷間鍛造試験を2回行った。加工率80%の冷間鍛造試験について、より詳細を説明すると高さ12.0mmの円柱形状の冷間鍛造用サンプルを円柱形状の軸方向に平行な方向に高さ2.4mmになるまで圧縮した。それぞれの冷間鍛造試験において加工率40%の際の変形抵抗を測定した。得られた変形抵抗の平均値をそのサンプルの変形抵抗とした。サンプルの変形抵抗が460MPa以下であれば冷間鍛造性が良好であると判定した。
以上の方法により測定した、結晶粒度番号、フェライト面積率、ビッカース硬さ、保磁力、腐食減量および変形抵抗を表2に示す。
【0068】
【0069】
サンプルNo3、4および6~9は、本発明の実施形態で規定する成分組成、フェライト面積率、フェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さの全てを満足しており、磁気特性、耐食性および冷間鍛造性の全てが良好であった。
この中でサンプルNo6は、磁気焼鈍を施したサンプルであり、磁気焼鈍後であっても成分組成、フェライト面積率、フェライト結晶粒度番号およびビッカース硬さの全てを満足しており、優れた磁気特性、耐食性および冷間鍛造性を有する
サンプルNo1は、Sn量が少な過ぎるため、耐食性が劣る。
サンプルNo2は、C量が過剰で且つ、結晶粒度番号が過大であるため、磁気特性、冷間鍛造性および耐食性の全てが劣る。
サンプルNo5は、Snを過剰に含有しているため、冷間鍛造性が劣る。
サンプルNo.10は、Snが添加されておらず、またAl含有量が過多であることから、耐食性および磁気特性が劣る。
サンプルNo.11は、冷間加工率が過大で且つ磁気焼鈍も行っていないことから、ビッカース硬さが過大となり、磁気特性が劣る。
サンプルNo.12は、冷間加工率が過大で且つ磁気焼鈍の温度が低過ぎることから、ビッカース硬さが過大となり、磁気特性が劣る。